ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第18話  遠い星から来たお父さん (前編)

 第18話

 遠い星から来たお父さん (前編)

 

 エフェクト宇宙人 ミラクル星人

 緑色宇宙人 テロリスト星人 登場!

 

 

 トリステイン王国の首都、トリスタニア

 

 今日も、トリスタニア一の大通り、ブルドンネ街は人々でごったがえしていた。

 あのツルク星人と銃士隊との戦いからも、すでに五日が過ぎ、人々はたくましい生命力と商魂を発揮して、あちこちの店から威勢のいい声が飛んで、騒々しいが平和な賑わいを見せている。

 

 そして、そんななかを歩くひときわ目立つ六人組の一団があった。

 端的にいえば、桃色と青色と赤色の髪をした少女が三人と、緑色の髪の眼鏡をかけた妙齢の女性がひとりに、黒髪のメイドがひとり、あとたくさんの荷物を抱えてひいこら言っている黒髪の少年がひとりだった。

 

「こらサイト、早く来なさい。いつまで待たせるのよ」

「こ、この……こんな量、ひとりでどうにかできるわけないだろう。もう二十キロは軽くあるぞ……もうだめだ」

 両手いっぱいに野菜やらワインやらを持たされていた才人は、とうとう根を上げて地面にへたり込んでしまった。

 それを見たルイズは不機嫌そうなまなざしを彼に向けたが、かばうようにその半分くらいの荷物を持っていたメイド、シエスタがこぼれ落ちた才人の荷物を拾い上げながら言った。

「まあまあ、いきなり不慣れな仕事をさせられてもうまくいくはずありませんって。本来わたしの仕事ですからサイトさんは楽にしてください」

 シエスタはそのまま才人の持っていた荷物の半分を取り上げると自分の荷物に加えて、あっという間にふたりの荷物の量が逆転した。そしてそれをよいしょっととさほど問題なく持ち上げる。彼女の華奢な体つきからは信じがたいが、この世界は地球と違って電化製品など無く、家事仕事はすべて手作業でこなさざるを得ないために、メイドなんて仕事をしていれば、自然体力も現代の高校生の平均など軽く突破する。

 才人のほうもハルケギニアに来て以来、いろいろと鍛えてはいるがまだ一ヶ月とちょっと、筋肉がつくにはまだまだ早い。目の前で、今まで自分が必死になって運んでいた荷物を軽々持つ女の子に情けなさを感じるものの、やせ我慢にも限度がある。

「サ、サンキュー、助かったよシエスタ」

「いえいえ、どういたしまして」

 本来ならこの反対であるべきだが、現実はいかんともしがたい。

 それを見ていたルイズは当然呆れた顔をした。

「まったく、荷物運びもろくにできないなんて、ほんとどうしようもない駄目犬ね」

「この、人の苦労も知らないで……だいたい必要の無いお前の荷物が五つもあるじゃねえか」

 才人の反論に、ルイズは「知るか!」というふうにそっぽを向いた。

 と、そんなふたりが愉快に見えたのか、キュルケが笑いながら話しかけてきた。

「こーらルイズ、そんなこと殿方に言ったら嫌われる一方よ。かわいそうなダーリン、ねえこんな薄情な子置いておいて、あたしともっと楽しいところ行かない?」

「ツ、ツェルプストー!! あんたまた勝手に人の使い魔に何言ってくれてるのよ!!」

 ルイズはむきになって怒鳴るが、当然それはキュルケの予想のうち。

「あーら、使い魔と馬車馬の区別もつかない誰かさんとは違って、わたしは正当な評価と待遇を与えてあげようとしてるだけよ。さっ、重いでしょ、わたしが手伝ってあげるわ」

 キュルケが杖を振って『レビテーション』を使うと、才人の荷物のいくつかが宙に浮き上がった。

 ルイズは、それで才人がキュルケに「ありがとう」と笑顔を向けるものだからさらに気に喰わない。歯噛みしながら才人に持たせていた荷物をひとつふんだくるように取り上げた。

「か、かんちがいするんじゃないわよ。使い魔の面倒を見るのが主人の当然の務めなんだから、別に当たり前のことしてるだけなんだからね!」

「それ、元々お前が衝動買いしたアクセサリーだろ、しかも一番軽いやつ」

 ルイズの右上段回し蹴りが才人のこめかみにクリーンヒットした。才人は荷物を放り出して悶絶したが、数秒後には荷物を拾って起き上がってきたからさすがである。

 そんな様子を、タバサが後ろからいつものようにじーっと眺めていた。

 とはいえ、それでも荷物の量は最初の三分の一程に減って、だいぶ軽くなっていた。

「ふう、とりあえず助かった。死ぬかと思った」

 やっと一息つけて、才人はうきうきしながら立ち上がった。

 が、喜んだのもつかの間、やっと減った荷物の上に、またどかどかと新しい荷物が積まれていった。

「げ!? ロ、ロングビルさん?」

 見ると、ロングビルが眼鏡の下から涼しい瞳でこちらを見ていた。

「またまだですよサイトくん。年に一度のフリッグの舞踏会、必要な物はまだたくさんあるんですからね」

「ひえーっ!」

 思わず泣きそうな声を才人はあげた。

 

 彼らは今、翌日に迫った魔法学院の年一度のイベントである『フリッグの舞踏会』のための食料品や飾りつけのための品をいろいろと買い込むために、このブルドンネ街までやってきていた。

 ただ本来なら、学院お抱えの商人が必要な物資を学院まで運んできてくれるのだが、今年は三度にわたった怪獣災害のせいで、直前になってキャンセルになり、秘書に復帰したロングビルが直接買出しに来たというわけだ。

 が、なぜシエスタはともかく才人以下の顔ぶれがいるかというと……まずロングビルがたまたま空いていたシエスタに買出しの同行を頼み、シエスタがそれをまた、たまたま食堂に来ていた才人に。

「ちょっとした買出しなんですが、よろしければ、いっしょに来てくれれば、うれしいな、なんて……」

 それで一も二もなく承諾した才人だったが、それをルイズにかぎつけられて。

「あんた、またあのメイドとふたりでどこ行くつもりよ!?」

 それでルイズも無理矢理同行することになり。

 学院を出発したと思ったら、これまたたまたまキュルケに見つかって。

「タバサ、ルイズが街に出かけたの。あなたの使い魔じゃないと追いつけないから、またお願いするわ」

 と、キュルケがタバサを巻き込んでシルフィードで追っかけてきて、最終的にこうなったという三段コンボであった。

 だが、いざ来てみれば、とても一人や二人では運びきれない量になったから、結果的に人手が増えたことは幸いであった。

 

 やがて昼も過ぎ、才人が死にそうになり、ルイズとキュルケの手もいっぱいになり、タバサまで買い物袋を持たされたところでやっと買い物は終わった。

 駅に停めてあった馬車に荷物を運び込んで、ようやく皆は一息をつく。

「はーあ、疲れた。まさか舞踏会ひとつにここまで物がいるとは思わなかった」

「はい、わたしもここまでとは思いませんでした。でも、わたしだけじゃ三、四往復はすることになったでしょうから助かりました。皆さんありがとうございます」

 馬車のふちに腰掛けながらシエスタが皆にお礼を言うと、才人は照れくさそうに、ルイズたちはなんでもなさそうに。

「どういたしまして」

 と、答えた。

「じゃあ、ロングビルさんが戻ってきたら出発だな……お、うわさをすれば」

 見ると、駅の係員に料金を払いに行ったロングビルが戻ってくるところだった。

 だが、うかない顔で戻ってきたロングビルの口から出たのは予想しない言葉だった。

「え、出発できない?」

「ええ、どうもこの先の街道で事故が起きたらしくて、しかもどうやら王立魔法アカデミーの馬車だったらしくて、当分のあいだ通行止めですって」

 それを聞いたタバサ以外の全員の顔が「ええーっ!」というようなものになった。

「それで、通れるのはいつごろになるんですか?」

「早くて日暮れ、遅くて明日の朝ですって、悪くしたら今夜はここに一泊することになるかもね」

 やれやれと、ロングビルは肩を落とした。

 だが、合法的に外泊できるとわかったキュルケやルイズは頭の切り替えが早かった。

「早くて日暮れなら、こんなところにいる理由はないわね。ダーリン、あたしといっしょに遊びにいきましょう。すっごく楽しい大人の遊び場に招待してあげるわ」

「キュルケ!! 勝手に手を出すなって何度言えばわかるのよ! 来なさいサイト、舞踏会用のドレスを買いに行くわ!」

「ぷ、お子様用のドレスなら、あたしのお下がりをあげましょうか?」

「き、きーっ!! この成長過剰色ボケ女ぁ!!」

 というふうに、アボラスとバニラさながらのバトルに突入してしまった。

 才人としてはバニラに原子弾を撃ち込む気にはなれなかったから、経過を見守っていたが、漁夫の利を狙うようにシエスタが才人の手をとってきた。

「いまのうちいまのうち……サイトさん、わたしといっしょに来ませんか? こないだ来た時にすっごくおいしいブルーベリーパイのあるお店見つけたんです」

「え……でも」

「いいですから、早く!」

 そう言って強引に連れて行こうとしたが、才人がしぶったために結局はふたりに見つかり、誰についていってもほかの恨みを買うことになるため、仕方なくタバサとロングビルも連れて食べ歩きに行くことに落ち着いた。

 そうなるとさすが女性五人のパワーはすごいもので、あっちの店からこっちの店へと、たったひとりの男性である才人はただただ連れまわされることになった。

 

「ほらサイトさん、あっちがさっきわたしが言ってたお店です。ささ、早く早く」

「ちょ、シエスタ、そんなに引っ張るなよ。ルイズ、お前も杖を取り出すな!」 

「なに言ってるの? 使い魔が不埒なことをしないように見張るのは主人のつとめじゃない。さあ、こっちよ、ブルーベリーパイなんかよりクックベリーパイのほうがおいしいんだから」

 こういうふうにふたりが才人を取り合えば、キュルケが余裕の態度で笑って見て。

「まったく、そんな子供っぽいのばかり食べてるから胸が成長しないのよ。あら、タバサあなた何食べてるの? ちょっと味見させて……苦っ!?」

「はしばみ草のパイ……」

「あ、請求は王立魔法学院のオスマン学院長宛にお願いします。はい、はい、全部です。ふっふっふ、待ってなさいよあのセクハラジジイ」

 それで、最後にロングビルが領収書を取りながらついていくといったところである。

 

 だがやがて、長い夏の日差しもしだいに赤くなり、薄暗い空にうっすらとふたつの月が見え始めた。

「そろそろ日が落ちるな。このへんにして帰らないか?」

 いいかげん何かを食べさせられるのにもくたびれた才人は、疲れた声でそう言った。

「む、そうね。そろそろ店も閉まってくるころだし、街で聞いた話じゃ街道の事故はまだしばらくかかるっていうし、宿をとりましょうか?」

 シエスタと才人の腕の取り合いを続けていたルイズも、ようやく力を抜いてくれた。

 ただ、宿、といっても半分が貴族のこの面子を泊められるだけのレベルのホテルとなると、今彼女達のいるほうと反対側にしかなく、それなりに歩く必要があった。だがそこでシエスタが大きく手を上げて言った。

「じゃあわたしに任せてください。以前来たときに近道を見つけたんです。ショートカットです」

 そう宣言すると、さっさと才人の手を引いて裏道に入っていく。もちろん慌ててルイズ達も後を追う。

 

 だが、裏道をいくらか進んだところで、道はとぎれて、目の前に瓦礫と、焼け焦げて荒れた家々が立ち並ぶだけの廃墟に行き当たってしまった。

「あ、あら? おかしいですね……以前来たときには、ここを道が続いていたのに」

 あてが外れて呆然とするシエスタの背中に、ルイズの冷たい視線が突き刺さる。だが、後から来たロングビルがこの廃墟を見て言った。

「このあたり一帯は一ヶ月前のベロクロンの襲撃で燃え落ちたところですね。けれど、再建は表からやっていくものだから、裏通りのこのへんにまでは、まだ工事の手が及んでないんでしょう」

「ど、どうもすいません。わたしが差し出がましいことをしたばっかりに」

 シエスタは何度もぺこぺこと頭を下げて平謝りしたが、今更引き返したところで、本道へ出て宿まで行くのは時間がかかりすぎる。そして、キュルケやルイズは元々気の長いほうではない。

「いいわ、ここを突っ切っちゃいましょう」

 キュルケがかけらも迷わずに言った。

「えっ!? そんな、危ないですよ」

 その言葉にシエスタは驚いて止めようとした。こういう廃墟には、喰いっぱぐれたごろつきやチンピラの溜まり場になっていることがよくある。女子供ばかりの一団など、いいカモと思うに違いなかったが、才人の背中にかけられていたデルフリンガーがカタカタ笑いながら言った。

「心配ねーよ、メイドの娘っ子。お前さんが盗賊の立場になって考えてみろ、この面子にそこらのチンピラが敵うと思うか?」

「あ」

 言われてみればそのとおり、キュルケとタバサは学院で一、二を争うトライアングルクラスの使い手、ルイズの爆発の威力は学院の者なら知らぬ者はなく、ロングビルも学院長の秘書を任されるほどの使い手と聞く。実はこのときまだロングビルは魔法を使えないままだったが、盗賊フーケとして裏の世界で長年生きてきたキャリアは伊達ではない。そして最後に才人はメイジに勝つほどの剣の使い手、このなかで非戦闘員なのはシエスタ本人くらいだ。

「じゃあさっさと行きましょう。こんな廃墟で日が暮れたら面倒だわ」

 そういうわけで、一行は廃墟のなかを歩き始めた。町並みが崩壊しているとはいえ、通り道としては使われているらしく、人が通れる程度には道は整理されていた。

 そのなかを、一行は才人を先頭に、周りに注意しながら進んだ。

「誰もいないようだな……」

 幸いにも、懸念していた物盗りの襲撃などはなかった。もしかしたら、先日のツルク星人の一件で、ここに居た人々は逃げ出したのかもしれない。

 

 だが、ある廃屋の角を曲がったとき、急に廃墟の先が開けて、半径七十メイルくらいの、学校の運動場くらいの広場に出た。

「ここは……?」

 一行は、歩を止めてその広場を見渡した。さっきまでの狭苦しい雰囲気とは裏腹に、夕日が広場全体を紅く染めて、一種の美しさすら感じる。

「ここは、この地区の集会場かなにかだったのかしら?」

 キュルケがぽつりとつぶやいた。

 広場は、土がほどよく踏み固められていて、かつては多くの人がここを歩いたのだということがわかる。周囲が廃墟でなければ、子供の遊び場としてちょうどいいだろう。

 しばらく彼女達は、ぼんやりとその光景を見回していたが、才人の視界に、なにか光るものが入ってきたかと思った瞬間、彼の頭にこつんと小石のようなものが当たったような痛みが走った。

「いてっ!」

 思わず頭を押さえたが、たいしたものではなく、すぐに痛みは治まってこぶもできていないようだった。

「なんだ?」

 身をかがめて才人は自分に当たった何かを探した。すると、彼のすぐ足元に小さく透明なものが転がっているのをが見つけた。

「ビー玉?」

 それは、彼の言ったとおり、地球ではラムネのビンに普通についてくるようなありふれた形と色のビー玉だった。

 なんでこんなものがと、才人は不思議にそのビー玉を見つめていたが、そのとき彼の右手側の廃墟から唐突に声がした。

 

「返して!」

 

「!?」

 とっさに彼らはそれぞれの武器をとって身構えた。才人がデルフリンガーを握って前に立ち、両脇にルイズ達が立って、背後にシエスタをかばう体勢だ。

 だが、廃墟の影から出てきたのは、盗賊などとは似ても似つかない、才人の腰くらいの背丈しかない、年のころ七、八才くらいの茶色い髪の毛をした小さな女の子だった。

「アイのビー玉、返して!」

 その子は、才人のそばまで駆け寄ると、恐れる様子もなく才人に手のひらを差し出して要求してきた。

 才人は一瞬驚いたが、返さない理由など何も無い。にっこりと笑うと、その子の手のひらの上にビー玉を乗せてやった。

「これはきみのだったのか、ごめんね」

 ビー玉を受け取ると、そのアイという子は宝物を取り返したように、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうお兄ちゃん」

「君の宝物かい、まるで魔法がかかってるみたいにきれいなビー玉だね」

「そうよ、おじさんからもらった、アイの宝物なの」

 アイという子は、うれしそうにそのビー玉を才人達の前にかざした。才人やシエスタにとっては、夕日を浴びて輝くビー玉は大変きれいに見えたが、宝石を見慣れたルイズやキュルケにはただのガラス玉でしかないようだった。

「ふーん。でも、特に魔法がかかってるようには見えないわね。たんなるガラス玉みたい」

「そんなことないの! これはおじさんが、いつでもお父さんとお母さんに会えるようにってくれた、魔法のビー玉なの!」

 それを聞いて、彼女達はすでにアイの両親がもう二度と彼女と会えないところに行ってしまったんだということを悟った。

「ご、ごめんね。けど、お姉ちゃん達も魔法使いなんだけど、魔法がかかってるようには見えなかったから」

「じゃあ見せてあげる! これをかざして見ると、見たいものがなんでも見れるんだから!」

 そう言うとアイはビー玉をキュルケに差し出した。

「うーん……やっぱり、なにも見えないわ」

 キュルケは、それをかざして見てみたが、やはり何も見えなかった。順に、タバサ、ロングビル、シエスタにも回して見てもらったが、やはり何も見えなかった。

「……」

「……悪いけど、マジックアイテムの類じゃないわね」

「そんなこと言っちゃかわいそうですよ。皆さんだって、小さいころに自分だけの宝物とか大切にしたことあるでしょう」

 アイは、すっかり泣きそうな顔になっている。

 そして最後にルイズと才人の番になった。どちらが先に見るかは少しもめたが、才人が持ってふたりで同時に覗き込むということで落ち着き、いざ、とばかりにふたりは夕日にかざしたビー玉の中を覗き込んだ。

 

 すると。

 

(わっ、なんだこりゃ!?)

 ビー玉の中が一瞬泡だったかのように見えた後、ビー玉の中に映像が映った。いや、直接ふたりの頭の中に映像が投影されたといったほうがいいだろう。その風景にふたりは見覚えがあった。

 炎に包まれたトリスタニアの街、その街並みを踏み潰しながら暴れまわる一匹の超獣。

(ベロクロン……)

 それは、一月前に初めてベロクロンがトリスタニアに現れたときの映像であった。やがて空からグリフォンや飛竜の軍団が立ち向かっていったが、ミサイル攻撃によって、あっというまに全滅していった。

 勝ち誇るベロクロン、足元には逃げ遅れた人々が炎にまかれながら必死に逃れようとしている。そんな中に、ふたりは手を取り合って走るふたつの人影を見つけた。

「アイ、頑張って走るのよ!」

「お母さん、こわいよお」

 ひとつはアイ、もうひとつは彼女の母親であった。

 親子は、暴れまわるベロクロンと、街を覆う炎から必死に逃げ延びようとしていた。だが、ふたりのすぐ隣の石造りの建物に流れ弾のミサイルが当たり、ふたりの頭上に大量の岩が降り注いできた。

「アイ! 危ない!!」

「あっ! お母さん? お母さーん!!」

 背中を突き飛ばされて、前の地面に転がり込んだアイが振り返って見えたものは、目の前を埋め尽くす瓦礫の山だけだった。

「お母さん? ……わあぁぁっ!!」

 たかが八才程度の子供に、その光景を受け入れるのはあまりにもきつすぎた。

 街を覆う炎はさらに勢いを増して、泣き叫ぶアイの周りを包んでいく。だがそのとき、路地からひとりの男性が飛び出してきた。

「きみ、はやく逃げるんだ!」

「でもお母さんが、お母さーん!」

 男はアイを抱きかかえると、すぐさま安全なほうへ駆け出した。

 映像は、ふたりが炎から逃げ切ったところで再び泡に包まれて終わった。

 

「そうか……最初のベロクロンの襲撃のときに」

 ビー玉を下ろし、悲しそうに才人は言った。

「お兄ちゃんにも見えたのね!?」

「うん、それでそのとき助けられたおじさんから、このビー玉をもらったんだね」

 アイにビー玉を返して、才人はそう聞いた。

「そうよ、アイ、ひとりぼっちになっちゃったんだけど、おじさんがずっと守ってくれたの」

 誇らしそうに言うアイに、ルイズも優しくたずねた。

「いい人ね。こんな時勢じゃ、子供を狙う人攫いもあとを絶たないってのに。でも、こんなすごいアイテムを持ってるってことは、高名なメイジなのかしら?」

「わかんない、おじさんはおねえちゃんたちみたいに杖を持ってないし、でも、いろんなところを旅してきたから、すごく物知りなのよ」

 どうやらアイには難しい質問だったらしい、ルイズが苦笑すると、後ろにいたキュルケ達が驚いたように言った。

「ルイズ、あんたたち、そのビー玉に、その子の言うものが見えたの?」

 ルイズと才人がうなづくと、キュルケは今度こそ本気で驚いた。

「ええっ!? なんでわたし達に見えないのに、ゼロのあなたと平民のダーリンが!? どんなマジックアイテムよ、それ」

「平民はシエスタもでしょ。ゼロは関係ないわよ、マジックアイテムにもいろいろあるってことでしょ、知らないわよ」

 突っ返すように答えたが、ルイズには自分と才人にだけ見えた理由に心当たりというより確信があった。ふたりに共通することは、ウルトラマンAと同化しているという一点しかない。もちろんそれを口に出すことはしないが。

 

 と、そのときアイの出てきた廃屋から、ひとりの男性が現れた。

「アイちゃん」

 それは、たった今アイのビー玉で、ルイズと才人が見たあの人だった。

 年齢は見たところ四十前後、やや丸顔で、年相応に薄くなり始めた頭頂部と、短く伸びたひげ、服装はハルケギニアで標準的な平民のもので、特徴らしい特徴のない、普通の男性に見えた。

「あっ、おじさん」

 アイは、彼の姿を見つけるとうれしそうに駆け寄っていった。

「あまりひとりで遠くに行ってはいけないよ。危ないからね」

「うん、アイね。このおねえちゃんたちとね!」

 まだ会ったばかりだというのに、アイは彼にルイズたちのことを紹介していった。元々かなり奔放な子なのだろう。とはいえ、まだ名前も言ってないのだから、途中からルイズ達が自己紹介していったのだが。

「そうですか、あなた方がこの子と遊んでくれてたんですか、どうもありがとうございます」

「えっ、いやわたしたちは……ううん……」

 そう言われて、六人は顔を見合わせたが、まだ日が落ちるまでには少し時間があることから、ちょっとだけアイと遊んであげることになった。

 

「わーすごーい、お姉ちゃん氷でなんでも作れるんだ。次はお馬さん作って」

「……なんでも、じゃないけどそれなりには、お馬さんね、了解」

「んじゃ、いくわよタバサ、あたしたちの芸術センスを見せてあげましょ」

「危ないからあまり近づかないでね。飴は好き?」

 

 アイは、タバサが作った氷の塊をキュルケが炎で溶かして動物の像を作るのを、ロングビルからもらったお菓子を食べながら楽しそうに見ていた。

「すみません、見ず知らずの人にこんなに親切にしていただいて、あの子もしばらく遊び相手がいなかったものですから」

 男が頭をぽりぽりとかきながら、すまなそうに言うと、シエスタが笑いながら答えた。

「お気になさらずに、みなさんああ見えて優しい人ばかりですから。それに、子供ははだしで外を走り回って遊ぶものでしょう。ふふ、わたしも行ってきます」

 シエスタも、そう言って輪に入っていった。

 残ったのは、彼と才人とルイズ。

「ルイズ、お前は行かないのか?」

「ふん、ヴァリエール家の人間がツェルプストーといっしょに遊べるもんですか!」

「わたしも遊びたいって顔してるように見えるのは気のせいだろうね」

 二月近くもつき合って、才人もそこそこルイズの顔色が分かるようになってきていた。

 だが、冗談はさておき、キュルケたち五人の意識が向こうに向いていることを確認すると、才人は小声で男に話しかけた。

「ところで、あなたはこの星の人じゃありませんね」

 すると、男とルイズの目が一瞬見開かれた。

 特に、ルイズはバム星人のときのようなことになるのではと、懐の杖に手をかけたが、才人は軽く手で制して話を続けた。

「あのビー玉は魔法なんかじゃない、ハルケギニア以外の星の高度な科学力で作られたものだ」

「……驚きましたね。確かに、私はこの星の人間じゃありません……そういえば、あなたもこの星の人には見えない服装ですね。その服の合成繊維なんかは、この星の技術力では到底作れないでしょう」

 彼は、一目見て才人のパーカーがポリエステル製であることを見破ったようだ。才人とルイズは、正体を知られたことでその宇宙人が、何か反応を起こすかもと警戒したが、彼には殺気のようなものは一切感じられなかった。

 彼も、才人とルイズに敵意がないことを感じ取ったらしく、穏やかな口調のまま話を続けた。

「あなた方も、悪い人ではないようですね。はい、この星の人の姿を借りてはいますが、私はこの星の住人ではありません。ミラクル星、それが私の故郷の名前です」

「ミラクル星人、やっぱりそうだったんですか」

 その名前を聞いて、才人は万一のためにいつでも取り出せるよう用意していたガッツブラスターの安全装置をかけなおした。

 ミラクル星人、怪獣頻出期には数多くの侵略宇宙人が地球に襲来したが、その中でもごくわずかではあるが地球人と友好を結んだ平和的な星人もいて、ミラクル星人もそんななかのひとりだった。

「心配ない、ルイズ、この人に敵意はないよ」

「ほ、本当に?」

 ルイズは才人の言葉に怪訝な顔をしたが、少なくとも宇宙人に関しては自分より詳しい才人がそう言うのだからと、ゆっくり杖から手を離した。

「わかったわ、あんたを信じる。けど、なんでわざわざハルケギニアに来たの?」

「あなたは、この星の人ですね。私の星は、ここよりも文明が進んでいるのですが、文化が遅れ気味でしてね。それで、豊かな文化形態を持っている、このハルケギニアにそれを学びに来たのです」

「留学生ってわけ……ヤプールの手下じゃないのね?」

 彼はこくりとうなづいた。

「私がここに来たのは、ハルケギニアの暦で五年前です。そのあいだ私はガリアやロマリア、アルビオンから東方まで、様々な文化風習を学んできました。そして最後にこのトリステインに来たのですが……」

「そこで、ベロクロンの襲撃に会い、アイちゃんと出会ったんですね」

「ええ、あの子は家族ともどもロマリアからこちらに逃れてきたそうです。あそこは、寺院による重税と異端狩りが激化しているそうですから、恐らく彼女の両親も新教徒だったのでしょう。ですが、ようやくガリアまで逃れてきたところで、領主同士の対立の紛争に巻き込まれて、父親はそのときに。そして母親といっしょに必死で逃げ延びてきたこのトリステインでも……」 

 才人とルイズはやりきれない思いでいっぱいになった。年端もいかない子供が国から国へと逃げ延びるのには、いったいどれほどの苦労があっただろう。しかも、逃げ延びてきた場所でも安住の地は無く、両親までも失って、あんな小さな子に何の罪もないのに、なぜそんな残酷な目にあい続けなければならないのか。

「悲しいものです。なぜあんな純粋な子供が苦しまねばならないのでしょう。しかも、この世界の大人達は、皆、神のため、正義のため、国を救うためといって彼女のような子供を作り続けています。ヤプールは明確な侵略者ですが、そんな人々はいったい正義をかかげて何がしたいんでしょう。私は、それだけはわかりませんでした」

 ふたりとも、返すべき言葉が見つからなかった。

「でも、あなたとめぐり合えたから、今あの子はああして笑っていられるんでしょう」

 耐え切れなくなった才人がそう言うと、彼は悲しそうな顔をした。

「いえ、実を言うと、私はもう自分の星に帰らなければなりません。ミラクル星では、大勢の仲間が私の帰りを待っています。どうにか、あの子の引き取り先も見つかりました。裕福な商家ですから大丈夫だと思います。ですが、あの子が寂しがるといけませんので」

「あのビー玉を渡したんですか」

「はい」

 どこまでも優しく、ミラクル星人の男は言った。

 

 

 やがて、太陽も山陰に姿を消しかけ、ルイズ達はアイといっしょに、旅立たねばならないミラクル星人を町外れにまで送っていった。

 別れ際に、アイは涙を浮かべて言った。

「おじさん、どうしても行っちゃうの?」

「ごめんよ。おじさんもいつまでも君といっしょにいたい、けれどもおじさんの国ではおじさんの友達がずっとおじさんの帰りを待ってるんだ。心配はいらない、そのビー玉を見れば、いつでもおじさんに会えるから……じゃあ、行くね」

 彼は、アイの頭を優しくなでると、夕闇の中を一歩、一歩と歩いていった。

 そして、二十歩ほど歩んだところで、彼は振り返りながら、ゆっくりとフクロウを擬人化したようなミラクル星人本来の姿に戻った。当然それを見てキュルケやシエスタ達は仰天したが、彼は穏やかな声で最後に別れの言葉を告げた。

「さようなら、アイちゃん」

 そう言うと、ミラクル星人の姿は、すうっと夕暮れの暗闇のなかに消えていった。

「おじさーん!!」

 輝きだした星空に、アイの声だけがどこまでも響き渡っていた。

「宇宙人にも、あんな善良な人がいるのね」

「人間なんかよりずっとな」

 ルイズと才人は、それぞれひとり言のようにつぶやいた。

 やがて完全に日も落ち、双月が太陽に代わってあたりを照らし始めた。

 

 

 だが、そのとき天の一角が割れて現れた真赤な裂け目から、巨大な円月刀を持つ怪人が降り立ったことに、気がついた人間はいなかった。

「ゆけ、テロリスト星人よ。ミラクル星人から、この世界の調査資料を奪い取るのだ!」

「ふはは、たやすいこと。奴を抹殺し、資料を奪ってやる。そして、この星の豊富なガス資源はすべて我々テロリスト星人のものだ!」

 

 

 続く


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