ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第80話  さらばハルケギニア! 東方より愛をこめて!

 第80話

 さらばハルケギニア! 東方より愛をこめて!

 

 高速怪獣 デキサドル

 念力種族 ゼネキンダール人 登場!

 

 

 「とうとうこの日が来たか、長いような短かったような……ま、ともかくあっという間の一ヶ月だったな」

 真冬の熱のない陽光に照らされて、鉄色を輝かせる広大な滑走路。そこに鎮座して翼を休める銀翼の戦鳥のパイロットシートに深く身を沈めて、太陽をあおぎながら才人はつぶやいた。

 ここは、新・東方号の後部に広がる信濃の飛行甲板。全長およそ二百メートル、百ミリ近い分厚い甲鉄で出来た、頑強そのものの装甲甲板の上には、才人を乗せたゼロ戦のほかにも、三機の再生ゼロ戦が待機して整備を受けている。エンジンカウリングが開けられ、オイルパイプをチェックしているのは、造船所で手先の器用さを見込まれて雇われてきた職人たちだ。彼らはゼロ戦が回収された空母から同時に回収された整備器具を、まだ慣れない手つきながらコルベール製のマニュアル本に従って調整をおこなっていた。

 才人はシートから身を起こすと、風防を開いてコクピットのふちに腰掛けた。彼の見渡す先には、新造同様に磨き上げられ、鋼鉄の輝きを放つ新・東方号の第五、第六主砲に続いて、後部艦橋から前艦橋にいたるまでの圧倒的な存在感を示す艦上構造物の連なりが、天を突かんとするほどに聳え立っていた。

 そこに、一ヶ月前の焼け焦げて幽霊船同然だったみじめな姿はどこにもない。

「昔、映画の撮影で原寸大の大和の模型を作ったことがあるけど、そんな比じゃねえな。あったりまえか、こいつは正真正銘本物の戦艦大和なんだからな!」

 もう何度目になるかわからないくらい見上げたが、いまだに見飽きることも慣れることもない大和の威容は、この船が兵器という枠を超えた芸術品という域にまで達しているからだろう。世界最強、その一言のみを達成するために極限まで無駄を省かれた戦闘能力の塊、機能美の頂点を極めているとしてこれ以上のものはないだろう。

 往年の姿に比べたら、その容姿は大きく変わってしまっているものの、轟き叫ぶ鋼鉄の魂の咆哮はこの耳に聞こえてくるようだ。

 見よ、この世の大過を晴らすために生まれ変わった船のマストに翻る旗は、東方よりの風に吹かれて輝き唸っているではないか。

「地球とハルケギニアの魂の融合。これを希望と呼ばずしてなんて言うかい! ったく、この世界はしょっちゅうとんでもねえ空からの贈り物がくるが、こいつばかりは神様に感謝するぜ。へっ、朝日を浴びて東方号が赤く燃えてやがる」

 才人は飛行手袋で鼻をこすって、まさしく王者……いや、太陽という冠を頂いた女王のように君臨する新・東方号をうるんだ瞳でもう一度見上げた。詩文の才能などは小学校の頃から見限っている才人の言葉には、独創性は微塵も宿ってはいないものの、文章にできない感慨さは十分に込められていた。

 そう、この新・東方号という異形の超戦艦は、ハルケギニアという世界でなければ絶対に生まれることはなかったはずだ。

 

 

 いや、新・東方号だけではない。このハルケギニアという世界は、単なる一惑星としては異様なほど特殊な事例が満ち満ちている。

 

 

 晴れた夜空を見上げてみれば、そこには数億数兆の星星がきらめき、それらにはたくさんの生命が息づいているだろう。

 それは宇宙も同じで、我々の住む世界はひとつの宇宙に属し、ほかに無限に存在する別の宇宙と並行して存在しているのだ。

 つまり宇宙は閉鎖されたひとつの空間であり、その外には別の宇宙が水の中に浮かぶ泡のように無限に存在している。

 そして、それらの宇宙には、人類の発明した数の単位を砂粒ほどに笑うほどの生命が息づいているであろう。

 二十世紀、地球人類はこの可能性を提唱したが、人類の科学力では実証することは不可能だった。しかし、数々の宇宙侵略者や怪獣との戦いを経て、異次元世界の存在が証明され、二十一世紀初頭においてひとつの定説としてまとめた。それが多次元宇宙論、マルチバースである。

 

 しかし、無限にあるそれらの世界でも、悪は常にはびこっている。

 

 時に時空をもたやすく超えて攻撃を仕掛けてくる侵略者と、人類はウルトラ戦士と力を合わせて戦い抜いた。

 その中でも最大の敵となったのが、異次元人ヤプールである。

 何度倒されようとも怨念を強めて戻ってくるヤプールとの戦い。そして地球に対して、なおも執念を燃やすヤプールは、直接地球を攻めることは不利として、別世界を前進基地とすることを思いつき、不幸にもハルケギニアがその標的となってしまったことに、才人やウルトラマンAは憤りを覚えながら戦ってきた。

 しかし、この世界の人々は、次元を超えてやってきたウルトラマンAに助けられながらも、少ない力を結集して侵略に立ち向かっていった。ルイズや多くの人々の勇敢な姿に、才人もエースもどれだけ感激したかわからない。

 

 さらに、このハルケギニアという、一種特殊な環境の惑星にある世界は、数多くの別次元からもウルトラマンたちを呼び寄せた。

 ティガ、ダイナ、ジャスティス……彼らもまた、居場所は違えど人々を守るために怪獣たちと戦った。

 

 だが、ハルケギニアを覆う邪悪の影はしだいにウルトラマンたちの手にも負えないほど強大になっていった。

 ヤプールの出現をきっかけにしての、ハルケギニア原住の怪獣たちの復活、宇宙からの怪獣の来襲の開始、さらにはヤプール以外の他の惑星、異次元からの侵略者の攻撃。それらが世界を混乱させる中で、ヤプールはどんどんと戦力を拡大し、もはやいつハルケギニアに総攻撃を仕掛けてきてもおかしくないほどに強くなっている。

 もはやヤプールの攻撃を迎え撃つだけでは平和を守ることはできない。なぜならば、ヤプールの力の根源は生物の怒りや憎しみといった負の感情であるために、この世界に満ち満ちる憎悪の連鎖が存在し続ける限り、ヤプールの力は実質無尽蔵ということになる。

 新・東方号はその憎しみの連鎖を断ち切るために生まれ変わったことは、すでに仲間たちの誰もが知っている。

 しかし、それにしてもハルケギニアに来てからのヤプールの勢力の強大化は異常だと、このところ才人の中に共存する北斗星司ことウルトラマンAは思うようになってきた。

〔やはり、この惑星はおかしい。普通、次元を超えるためにはよほど特殊な事例を別としたら、特化した超能力を持っているか、莫大なエネルギーを消費しなければならないはずなのに、偶然にしてはありえないほど別次元とつながることが多いようだ。自然現象とはとても思えない。ならばやはりきっかけは古代にあったという戦いか……その謎を解くためにも、聖地を……エルフたちと接触する必要はあるだろうな〕

 

 すでに明日の戦いを見据えて、才人やエースは強い決意を胸にして太陽へと向かい合う。

 それは銃士隊や水精霊騎士隊、この街の多くの人間たちも同様で、彼らの目指す先にはヤプールの脅威を打ち破り平和を取り戻したハルケギニアの姿が浮かんでいる。前をのみ見据えて進むその先には、希望の光が強く瞬いていた。

 そして未来を手に入れるための、『現在』が彼らの前に待っている。

 

「東方号発進、三十分前! 総員配置、全作業員はただちに退艦せよ。繰り返す、全作業員はただちに退艦せよ!」

「水蒸気機関、吸気はじめ。反重力場発生装置、テスト開始!」

 

 静謐を保っていた東方号から機械音が鳴り出し、眠れる獅子が目覚めのときを迎えた。

 さらに外でも、トリステイン軍の軍楽隊による演奏がおこなわれ、処女航海に出港しようとしている新・東方号を大勢の人間が見守っている。

 運河の両岸は一目見ようという人々であふれ、その数は数万にのぼるだろう。なにせ、これはトリステイン軍が強大な空軍力を掌中に収めたということを世間に喧伝するための、いわばデモンストレーションもかねているから当然だ。つい昨日あんなことがあったばかりというのに、平然と桟橋の見物席にふんぞりかえっているド・ポワチエらの面の皮の厚さには感心さえ覚えられる。

 しかし残念ながら、我々は見物人たちの期待にも軍のお偉いさんたちの希望にも答えてやることはできない。公にはまだできないが、この船にははるかに大きな使命が課せられているのだ。

 艦橋トップの防空指揮所につくエレオノールと、その下の東方号の中枢となるべき昼戦艦橋で、コルベールが緊張した面持ちで指示を出している。彼らは名目上はクルデンホルフの指揮下で、東方号のクルーとなっているが、これからやることは国家反逆罪にも値する大それたことなのだ。

「一応次期女王陛下の密命があるといえど、こりゃ下手をしたらラ・ヴァリエールも断絶ものね。ま、家名が残っても世界が滅んだら同じことだからしょうがないけどさ。ふぅ……」

 エレオノールは、短いあいだに自分もけっこう淑女から遠いところに来てしまったなとため息をついた。

 今頃艦内ではミシェルたち銃士隊が出港作業と並行して、別の意味での準備をしているはずだ。それだけでも、立派に重罪に問われるはずだ。もっとも、行って生きて帰れたらの話だが。

 

 しかし、愚痴を言うのはここまでだ! 全員とっくの昔に覚悟は決めている!

 

「出港用意! 錨をあげよ!」

 艦首から水中に下ろされた巨大な錨が鎖の音とともに引き上げられていき、新・東方号が桟橋から離れていく。

「第一、第二エンジン回転開始」

「微速前進、ようそろう!」

 コルベールの指示でレイナールが蛇輪を操り、東方号はゆっくりと水面を前進し始めた。

「おおっ! 動いたぞ」

 前進をはじめた東方号の姿に、観客からいっせいに歓声が上がった。

 プロペラを回すコルベール製の水蒸気エンジン。その回転が徐々に速くなっていき、東方号ははじめて自らの力で水を掻き分けていく。

「第三、第四エンジンに接続。第一戦速から第二戦速へ!」

 軍艦の方式で東方号は速力を上げていく。さらに、蒸気を溜めていた二基のエンジンも回転し出すと、眼に見えて加速度がつき始めた。

 艦首は河水を裂いて波を生んで対岸に叩き付け、四基の巨大なプロペラから与えられるパワーは莫大な風力を生み出し、後方に台風のような暴風を巻き起こしながら、この巨大な艦を対岸を馬で走って追いかける人をも置いていくほどの速さまで高めていった。

 すでに艦橋は四基のエンジンの轟音で満たされて、普通にしゃべることができないほどだ。

”まさか、ここまでの力を発揮できるとは!”

 コルベールは自ら作り上げたものながら、その出力の高さに驚嘆していた。この超巨艦を動かせるだけのパワーを出せるかだけでも正直不安だったのに、予想をはるかに超えた速さを発揮している。しかも自分たちハルケギニアの人間だけで組み上げたものでだ。

 誇らしさを顔に浮かべるコルベールの前で、東方号は誰の予測をも超えた速さで波を切る。

 だが、水の上を走るだけでは足りないのだ。東方号が、その真価を試されるのはここから。コルベールは伝声管に向かって、船体中央部の宇宙円盤に指令を送った。

「ようし飛ぶぞ! 重力制御開始だ!」

 その瞬間、東方号の周囲の水が空へと吹き上がった。それはまるで滝が空に向かって落ちていくかのようで、見ていた人間のすべてが息を呑み、この世の光景かと眼を疑う。

 宇宙人の技術で上から下へではなく、下から上へと変えられた重力によって巻き上げられていく水。その中で東方号は水蒸気機関を全開にし、艦首を浮き上がらせていく。

 今こそ、若鳥の巣立ちのときは来た!

「新・東方号……発進!」

 艦首を天に向けて、東方号は飛び上がっていった。

 上昇角二十度、全速前進。にび色の船体に赤銅色の翼を太陽に輝かせて、巨大冒険船東方号はぐんぐん高度を増し続ける。

「飛んだ! 飛んだぞ!」

 地上で発進を見守っていた人々からいっせいに歓声があがった。東方号は、その圧巻そのものの巨体を持って、伝説の不死鳥も道を譲るであろう存在感で宙を舞い、一ヶ月のあいだ自らを育んでくれた街に巨大な影を投げかけて縦横に飛び回る。

 まさに、天空を征く鋼鉄の城。その舷窓には才人やギーシュたちが群がり、興奮を隠せずにはしゃぎまわっている。

 そして、新・東方号の生みの親である二人もまた、満足げな笑みを浮かべていた。

「成功したわね、ミスタ・コルベール」

「ありがとう、ミス・エレオノール」

 艦橋に下りてきたエレオノールの祝辞に、コルベールは照れくさそうに答えた。元々女っけのない男やもめの人生、作業中は仕事に専念していて意識しなくても、こうして顔を合わせて話すとやはりまだ照れてしまう。

 しかし、二人とも成功の喜びに浮かれたのは一瞬で、すぐに顔を引き締めなおすと、伝声管の先にいるミシェルに問いかけた。

「こちらブリッジだ。ミシェルくん、準備はよいかね?」

「こちら格納庫だ。準備はできてる。連中、油断してたから全員制圧するのに五分とかからなかった。いつでもいいぞ」

 疲れた様子もないミシェルの声に、コルベールは来るべきときが来たと覚悟した。

 ここから先は後戻りはできない。東方号を軍のものにせず、アンリエッタ姫から与えられた使命を果たすために、彼は決断した。

 

「進路を東に取れ! これより東方号はサハラにある、エルフの国ネフテスの首都アディールを目指して出港する!」

 

 全艦から咆哮にも似た歓声が上がり、街の上空を旋回していた東方号は艦首を東に向けて速度を上げていった。

 むろん、驚いたのはド・ポワチエをはじめとする軍の高官たちである。勝手に飛んでいく東方号を見て慌て、どうしたんだと騒ぎ立てる。

 そこへ、東方号から十艘ばかりの風石で浮かぶボートが流されてきたと報告があって、彼らはコルベールたちの意図を知った。それらのボートには、東方号に乗り込んでいた軍の士官や兵が満載されており、現在東方号には魔法学院の教員生徒と銃士隊しか乗っていないということになる。

「反乱だっ! これは重大な反乱行為だぞ!」

 東方号の真の目的を知らない彼らはいきり立ち、東方号を奪い返せと叫ぶが、それが不可能だということは明らかだった。東方号に追いつける船はこの世界に一隻たりとてなく、風竜では追いつけたとしても止める手段がない。

 ド・ポワチエらの苦し紛れの罵倒は虚しく宙に消え、地団太を踏む軍の高官や貴族たちの姿が周囲の冷笑と軽蔑を呼んだ。

 けれど、彼らを愚かだと笑うのはいいが、見下してはいけない。いかな虚栄心の塊のような人間でも、彼らにも愛する家族がいるだろう……公人・軍人としては二流のド・ポワチエにしても、家庭においてはよき父、よき夫であるかもしれない。一辺において醜くても、それを彼の人のすべてだと決め付けるのは傲慢以外のなにものでもないのである。

 すべての人々の未来と可能性のために、東方号はかなたの空へと去っていく。

 

 さらばトリステインよ、たとえ祝福されぬ旅立ちであろうとも、我らの歩みにためらいはない。

 けれども、その背中に手を振る仲間はここにいる。

 街外れの小高い丘に立つベアトリスとエーコたち十姉妹。彼女たちは、消えゆく東方号を涙さえ浮かべながら、口々に見送りの言葉を叫んでいた。

「ヴァリエール先輩! いろいろありがとうございました! ラシーナ先輩、先輩方もご無事で!」

「ミシェルさーん! お元気でーっ!」

「サリュアさーん! 必ず帰ってきてくださいね!」

「お世話になりましたーっ! ご武運をお祈りしてまーすっ! わたしたち、ずっと待ってますからーっ!」

 ベアトリスと、エーコ、ビーコ、シーコの声が遠く離れた東方号を追いかけていく。

 彼女たちにとって、この一ヶ月ほど人生において重要だった期間はなかった。ルイズたち魔法学院の上級生たちや、ミシェルたち銃士隊など、それまでの狭い世界では決して出会うことのなかったであろう人間たちとの対等の交流が、世の中には様々な人間がいるのだということを教えてくれた。

 そして、あの風来坊……モロボシ・ダン。彼がいてくれたからこそ、底なしの泥沼に沈もうとしていた自分たちはすんでのところで岸に手をかけて、救いの手を伸ばしてくれる人の手をとることができた。その思いに応えるためにも、かけがえのない家族と友を今度こそなくさないために、恩人たちが喜んで安心してくれるように、立派な人間になり……幸せにならなくてはいけない。

 セトラ、エフィ、キュメイラ、ディアンナ、ユウリ、イーリヤ、ティーナも妹たちを暖かく見守り、自分たちの運命を正しい方向に導いてくれた恩人たちの乗る船に手を振っている。

「お父さま、お母さま……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、わたしたちはもう大丈夫です。これからなにがあっても、姉妹みんなで力を合わせて生きていきます。だから、見守っていてくださいませ……」

 セトラの祈りが、姉妹の決意を表していた。

 確かに、いまだ肉体は改造されたままの彼女たちの前途には、想像もできない困難が待ち受けていることだろう。けれども、怨念という自らの内の悪魔の消えた彼女たちが二度と超獣になることはない。そして、完全な人間に戻る方法もきっとどこかにあるに違いない。

 そう、生きてさえいれば希望は消えない。決して、自ら死を選びはしない。

 とりあえずは、間もなく見えなくなる東方号……彼らが使命を果たして帰ってくるときのために、留守のこの国を守り抜き、落胆されないよう出迎える。それが目標だ。

 旅立つ者がいれば残る者もいる。残った者にも役割と戦いがある。ベアトリスと十姉妹にとっても、真の戦いはこれからなのだ。

 

 手を振る人に笑顔で応え、東方号は東へ向かう。

 山を越え、河をまたぎ、町や村を飛び越えて、ひたすら東へと突き進む。

 目指すはサハラ、かつて人間を拒絶し続けたエルフの住まう砂漠の世界。

 しかし、サハラに向かうためには、まずハルケギニアでクリアしなくてはいけない問題があった。

 巡航速度で飛ぶ東方号の艦内の、作戦会議室に指定された大部屋にコルベールとエレオノールのほか、ミシェル、才人やルイズにギーシュ、それにルクシャナにティファニアなどの主要メンバーが集まって大テーブルを囲んでいた。

 卓上には、ハルケギニア全土の地図が広げられており、コルベールはトリステインの場所を指差して議題を切り出した。

「さて、時間がないので手短に話そう。現在本船は、トリステイン領空を高度六千メイルで東方へ航行している。このままの進路を辿れば、おおよそ一時間で国境にたどり着けるだろう。しかし、トリステインから直接サハラに侵入するルートはないために、我々は三つの選択肢の中からひとつを選ばなくてはならない」

 全員を見渡し、コルベールは眼鏡の奥の眼を教師ではなく、戦場を知る人間のものにして続けた。

「まず一つ目は、いったん北方に出て、ゲルマニア北方の海上を迂回していくルート。二つ目は、東に直進してゲルマニアの領空を横断するルート、そして三つ目はやや南下してガリア領空からアーハンブラを経由してサハラに入るルートだ」

 それは、トリステインとサハラのあいだに二つの大国が横たわっているがゆえの避けられない道であった。

 サハラに到達するには、まずこの人間世界を通り抜けて行く必要がどうしてもある。しかし、どれもが大きな危険に満ちていることは誰しもが理解していた。ならばあとは消去法でいくしかなく、エレオノールが切り出す。

「まず、北方のルートは論外ね。ただでさえ地図もない北方の海上を、錬度不足の船で乗り出せば迷子になるのが落ちよ。第一距離がありすぎるわ」

 迂回ルートはあっさりと『沈没』した。ちなみに、ルクシャナやビダーシャルがガリアに来たときには、海上を道筋を知っているイルカに案内してもらえる船を使っていたそうなので、ルクシャナは海上の道は知らない。第一、その船はビダーシャルがサハラに帰ったときに使ってしまったので、ルクシャナに道案内してもらうためにはどうしても陸上を通る必要があった。

「残るルートはゲルマニアかガリアだな。距離的にはゲルマニアが一番近いし、トリステインの同盟国だからちょうどいいんじゃないかね?」

 ギーシュが第二のルートを選び、地図上を一直線にサハラまで指し示した。

 だが、ミシェルがかぶりをふる。

「いや、ゲルマニアは危険だな」

「どうしてだね? 万一妨害してきても、この船を落とせる武器なんて世界中にないじゃないか」

「東方号はそれでいいだろう。しかし、あの国が力を持った都市国家の集合体である連合王国だということを忘れるな。アルブレヒト三世が力で抑え込んではいても、あの国の軍人や商人の自尊心の強さは下手な貴族よりはるかに上だ。そんなところを縦断していってみろ、連中はトリステインからの挑戦と受け取るに違いない。しかもゲルマニアは人口密度が高いから、相当な人目についてしまう」

 将来的に戦争の火種になるとミシェルは警告していた。

 才人やルイズは、なるほどあのキュルケの国ならありえるなと妙な納得をしていた。キュルケか……そういえば、タバサといっしょにしばらく会っていないが、いまごろどこでなにをしているだろうか?

 が、感傷に浸る時間はなかった。残るルートは、ある意味ではもっとも危険がともなうルートであったからだ。

「じゃあ最後は、ガリアを横断するルートか。ちょうど、ティファニアを助けに行った道を空から辿ることになるわけだな」

「けど、それじゃ虚無を狙ってるジョゼフ王の手の中に飛び込んでいくことになるわよ。あそこの貴族は無能王に尻尾を振るか、恨んでるかのふたつでまとまりがないけれど、ジョゼフがどんな手を打ってくるか想像もつかないわ」

 ひょっとしたらいきなりガリア全軍でトリステインに侵攻してくるかもしれない。それならば、ゲルマニアからのほうがまだいいのではないかとルイズは言った。

 一同に、決断をしかねる重い空気が流れた。ゲルマニアかガリアか、それはいうなればアルブレヒト三世かジョゼフかどちらかを選ぶということになる。この場合、アルブレヒト三世はある程度常識の範囲内で思考が読めるが、ジョゼフにいたってはこれまでの経緯からして、どんな反応を見せてくるか、ルイズの言うとおりまったく予測がつかないのが問題だった。

 それに、ジョゼフには方法はまだ不明だが怪獣を操る手段がある。軍艦なら楽々振り切ることはできるが、たとえばテロチルスやバードンのようなやつに襲われたら逃げ切れない。

 だが悩んでいる時間はない。全体の最高責任者として、コルベールは決断した。

「ここはいちかばちかの賭けになるが、ガリア経由のルートを選択しようと私は思う」

「理由は? ミスタ・コルベール」

「うむ、最大の理由はやはりガリアは国内の統一が不安定なことが理由にあげられる。本艦が領空を通過したら、国内の不平派がその不手際を理由にジョゼフを弾劾しはじめるかもしれん。ジョゼフ王がいくら暴君的な前歴を持つといえど、中と戦いながら戦争をすることは不可能だ」

「けど、下手をすれば外敵を接着剤にしてジョゼフ派と不平派が手を組む可能性もあるわよ」

「いや、それはまずない。無能王という称号がまかり通っていることからも、ジョゼフ王に本気で忠誠を尽くす臣下はごくごく少数、あとは利権目当てのごますりだろう。そんなやつらが攻め滅ぼしたところで、たいして取る土地もないようなトリステイン攻略など乗り気になるわけがない。不平派にしたって、トリステインに続いて確実にアルビオンと交戦になることはわかるから、ガリアは疲弊しきってしまうことくらいはわかるはずだ」

「なるほど……」

 たぶんに希望的観測が混じっているだろうが、分析はある程度的を射ていた。組織が人を動かすのに基本となるのは、まず利益であり次に恐怖が来る。ジョゼフがどう言いくるめたところで、トリステインにガリアが攻め込んでも、損害だけ大きくて得るものは少ない。第一、疲弊したところへ漁夫の利を狙ってゲルマニアが侵攻してくるのは明らかだ。

 ガリア王国は敵となりがたい、問題なのはジョゼフ個人……ならば、どうせリスクを背負わねばならないのだし、決断は早いほうがいい。コルベールは艦橋に通じる伝声管に向かって、決定を知らせた。

「レイナールくん! 進路を東南に向けてくれ! 本艦はこれより、ガリア王国を経由してサハラへと向かう!」

「アイ・サー! 面舵いっぱぁーい! ようそろぉ!」

 艦首を東南へ、進路をガリア王国へと向けて東方号は運命の舵を切った。

 これが吉と出るか凶と出るかは誰にもわからないが、決断しなくてはなにもはじまらない。

 ガリア国境まではおよそ二時間、それまで各員休息をとっておけと解散となり、一同は会議室から退室していく。

 けれど、才人が退出しようとしたところで、ティファニアにそでを掴んで止められた。

「あ、あのサイトさん……ちょっと、いいですか?」

「なんだい? おれにできることだったら、どんと言ってくれよ」

 不安げなティファニアの表情に、才人はできるだけ明るさを心がけて答えた。とはいえ、ティファニアの言いたい事はおおよそ想像がついている。そして才人の想像通り、ティファニアの口から苦しげな声が漏れ出した。

「わたし、怖いんです……確かにわたし、母の故郷の国に行ってみたいと思ってましたが、ずっと森の中でしか暮らしてこなかったわたしが、いきなりハルケギニアの代表だなんて……それに、ハーフエルフはエルフのあいだでも嫌われていると聞きました。だから……」

 覚悟はしていたつもりだったが、いざそのときになると一気に怖くなってしまったとティファニアは心中を吐露した。

 無理もない、なんといってもティファニアはまだ十七歳そこそこの少女なのだ。ましてルイズのように貴族として教育を受けてきたわけでも、死線をくぐってきたわけでもない。それが世界の運命すら左右する交渉の、最重要人物のひとりと位置されているのだから、不安にならないほうがおかしい。

「気にするなよテファ、もともとこの旅自体が苦し紛れのぶっつけ本番なんだ。勝算なんてないし、計算なんて最初からされてない。ただ、世界を救うのにほかにいい方法が浮かばなかったから、みんなで体当たりしようってんだ……だからさ、うまくいかなくてもテファの責任なんかじゃない。その後のことはおれたちでなんとかするから、テファは観光のつもりでエルフの国を見て回ってればいいよ」

「でも、わたし人と話すの苦手だし……わたしのせいで、エルフとの交渉が失敗しちゃったら」

「問題ねえよ、ケンカをやめて友達になろうって言いに来られて、グダグダダラダラくっちゃべってるほうが腹が立つさ。でもそうだな、テファにぜひやってもらいたい必殺技がひとつあるぜ」

「えっ! な、なんなんですかそれは?」

 興味津々とばかりにティファニアは才人に詰め寄った。そのおかげで、才人からは洋服に収まりきれていない胸元の谷間が嫌でも眼に入ってきてしまって、脳内麻薬の分泌がやばいことになりかけた。が、才人はルイズ相手では一生涯見ることの出来ないであろうありがたい巨峰から理性を総動員して眼を逸らし、ティファニアに向けてにこりと笑いかけた。

「なにも考えずに、思いっきり笑いかけてあげればいいよ。テファほどの美少女ににっこりやられたら、たいていの野郎はころっといっちゃうって」

「そ、そんな、サイトったら、もうっ! あ、でも相手が女の人だったらどうすればいいのかな?」

「そんときは、ルイズやみんなにやったみたいに体当たりでどーんとぶつかってけばいいのさ。心配すんな、頭の固いバカ野郎がいたとしても、おれがきっちり守ってやるからさ」

「うん! ありがとっ!」

 才人の自信に満ちたはげましに、ティファニアはほんのりとほおを染めて答えた。

 なんとなくだが、胸のつかえがおりたような気がする。まだ見ぬ母の故郷の国……そこになにが待っているとしても、自分には森の中にいた頃にはいなかったすばらしい友達がいるのだから。

 

 雲を切り裂き、鳥を追い抜いて東方号はひた走る。

 やがて見慣れたトリステインの景色から、ガリア王国の風景に眼下は変わっていった。

「コルベール船長! 今、国境を越えました」

「ようし、これからは砂漠に入るまで二十四時間の警戒態勢を続ける。皆、つらいだろうががんばってくれよ!」

 ガリア側の発見を少しでも遅らせるためと、人々を驚かせないように東方号は山地や未開の森林地帯などの上空を選んで飛行した。

 その間、才人やギーシュたちは寒風吹きすさぶ指揮所や後部艦橋に立って、どこから敵襲があってもいいように見張り続けた。

 進路を何度も変えるために、ガリア横断には一日かかる。アーハンブラ到着は、明日の昼前後。

 日が沈んで夜になり、灯火管制をしながら東方号は東進する。幸い、ガリア空軍の姿どころか、竜騎士一騎も見えることはなかった。

「案外このまま、見つからずにいけるんじゃないか? ガリアの防空もけっこうザルじゃないかい」

 ギーシュやギムリが平穏な船旅に、楽観的な希望を語り合う。

 だが、ジョゼフはそんなに甘くなかった。夜が明けて、アーハンブラまであと一時間という、以前の旅で野営をした森の上空まで到達したときのことである。見張りのギーシュに熱いミルクを差し入れようと甲板を歩いていたモンモランシーの目に、後方から飛んでくる黒い影が映ったのだ。

「なに? 鳥……いえ、ドラゴン!? グリフォン!? ち、違う、大きすぎるわ! か、怪獣よぉーっ!」

 モンモランシーの叫びが、奇襲を間一髪のところで回避させた。

「全艦戦闘配備! 取り舵いっぱい、全速前進!」

 艦内すべてに警報が鳴らされ、交代して眠っていたメンバーもそれぞれの持ち場に急行した。

 コルベールは、修復した日本製の双眼鏡を覗いて、接近中の怪獣を見た。

 全長は目測で五十メイル前後、ワシのような容姿をしているが、ドラゴンのように筋骨たくましい手足を持っている。

 あんな生物はハルケギニアにはいない。間違いなく、ジョゼフの送り込んできた怪獣だ!

「一気に襲ってこないところを見ると、こちらの様子をうかがっていたのか……危なかった、黎明で皆の緊張が緩んでいるこのときに奇襲を受けたら立て直せなくなるかもしれなかった」

 コルベールは冷や汗をぬぐい、伝声管で全艦に指示を出している。そんな彼の姿を、寝ぼけ眼で艦橋に駆けつけてきたエレオノールは、怪獣を眼前にしてこれだけ冷静に指揮をとれるとは、この男はいったい若い頃になにをしていたんだと、いぶかしげに見ていた。

 しかし、東方号が速度を上げたのを見て怪獣はついに襲ってきた。東方号はあっという間に追いつかれ、追い抜きざまに怪獣は目から青色の怪光線を東方号に放ってきた。

「うわあっ!」

 攻撃を受けたことによる爆発の衝撃が、船体を大きく揺さぶった。

「被害報告! どこをやられた!?」

「右舷甲板に被弾! 火災は起きていますが、損傷そのものは軽微です!」

 伝声管からあがってきた報告は、航行に支障がないことをとりあえずは示していた。

 だが、危険なことに変わりはない。現在、東方号は母体となったアイアンロックスの武装はほとんど使えない状態のままなのだ。そのおかげで水精霊騎士隊や銃士隊の少数人数で動かすことも可能なのだが、水蒸気機関や重力制御ユニットに攻撃を受けたら一巻の終わり、こちらの使える武装は機銃しかない。

「くそっ! この船の能力さえフルに使えていたらなあ……」

 主砲の一斉射撃を食らわせれば、怪獣を叩き落すこともできたろう。この一ヶ月、研究に研究を重ねたが、ミミー星人製の機械の動かし方はついにわからずじまいだった。自分に、あれを解析する能力さえあったならと、コルベールは自らの非力を嘆いた。

 甲板上では、ギーシュたちが単装機銃に取り付いて撃ちまくっているが、怪獣は音速を超えて飛んでいるらしく曳光弾は怪獣のはるか後方を虚しく流れてしまっている。

 マッハで体当たりでもされたらたまらないと、皆の心にぞっとした予感が走る。それなのに仕掛けてこないのは、こちらを警戒しているからか? いや違う、カラスがツバメをなぶり殺しにしようとしているようなものなのだろう。

 才人とルイズは、東方号後部のゼロ戦の格納庫で顔を見合わせていた。

「仕方ねえな、ルイズやるか?」

「ええ、向こうでなにかあったときのために力は温存しておきたかったけど、やむを得ないわね」

 ウルトラマンAになって東方号を守る。後のことを考えれば、不安は残るがやむを得ない。

 怪獣は対空射撃をあざ笑いながら、大胆にも真正面から突っ込んできた。艦橋にビームを当てる気だ、危ない!

 才人とルイズはウルトラリングを輝かせ、変身しようと手を振りかざした。

 

 だが、そのときだった!

 

「シュワァッチ!」

 

 突如、天空高くから舞い降りてきた赤い流星。それは一直線に東方号に迫りつつあった飛行怪獣に急降下キックを浴びせ、猛烈な火花を撒き散らしながら吹き飛ばした。

「なんだっ!? あっ! あれは!」

 艦橋の窓枠にしがみついてコルベールとエレオノールは叫んだ。飛行怪獣はきりもみしながら落ちていき、東方号の前には空中に静止して怪獣を見下ろす赤い巨人が浮いていた。

 あれはセブン? いや、似ているがあのシルエットはあのときの! 才人とルイズの脳裏にアルビオンでの記憶が蘇る。

 

「ウルトラマンジャスティス!」

 

 そう、あのアルビオンでの戦いで出会った、エースら異邦人のウルトラマンとは違う、この世界のウルトラマン。

 彼が、いや彼女が助けてくれたのか。甲板に駆け上がった才人とルイズ、そして窮地を救われた東方号のクルーたちは手を振った。

 だけども、どうしてジャスティスがここに? 一瞬その疑問が才人とルイズの脳裏をよぎったが、悠長な思考をできたのはそこまでであった。撃墜したと思った怪獣が、急上昇して戻ってきたのだ。

「シュゥワッ!」

 羽根の生えたロケットのように突進してきた怪獣を、ジャスティスは飛行状態に入って回避した。

 しかし怪獣も、自分の羽は伊達じゃないと言わんばかりに驚くほど速く旋回して再突入してくる。もはや完全に標的はジャスティスに変わっている。自らの狩りの邪魔をした相手を、許すつもりはないようだ。

 壮烈な空中戦がスタートした。超高速飛行で迫る怪獣に対して、ウルトラマンジャスティスも飛行速度はマッハ十三を誇る。東方号を中心としての、まさに目にも止まらぬ戦いは、動体視力の低い者には理解することさえ許されない。

 だが、一見互角の勝負に見えた両者の戦いにおいて、ジャスティスは苦戦を強いられていた。

 怪獣の突進をかわし、その背後に向けて破壊光弾ジャスティススマッシュを放つが、怪獣はゆうゆうと避けて目からの光線で逆襲をかけてくる。

〔ぬぅ、やはり機動力では向こうの方が一枚上手か〕

 怪獣には翼があり、ジャスティスにはなかった。速度が同じならば、次に空中戦の優位を決めるのはいかに小回りが利くかということだ。才人が愛用するゼロ戦は、かつて圧倒的な身軽さを武器にして太平洋の空の覇者となった。

 姿勢移動に時間がかかるジャスティスに対して、怪獣は無駄のない動きで攻撃と防御を繰り返している。

 怪獣の目からの光線がジャスティスを襲い、ジャスティスは金色に輝くジャスティスバリアでこれをしのぐ。

 だがその一瞬の隙を怪獣は見逃さなかった。怪獣の口から放たれた光輪がジャスティスの体を拘束してしまった。

「ヌッ! フォォォッ!」

「まずい! あれじゃ戦えない」

 体を縛られた状態では、いかなジャスティスとて戦いようがない。怪獣はそれで調子に乗ったのか、猛然と体当たり攻撃を連続してかけてくる。ジャスティスは避けるだけで精一杯だ。

 危うし! ウルトラマンジャスティス。このままではやられてしまうと、東方号のクルーたちは震えながら見守る。そしてティファニアは大恩あるジャスティスのために、思わず祈っていた。

「神さまっ!」

 エルフの神か人間の神か、どちらでもいいから助けて欲しい。怪獣は避け続けて疲労したジャスティスに向けて一直線に突進してくる。まるで、翼の生えた隕石だ。

 しかし、そのときであった。錯覚か? 怪獣の動きを目で追っていた才人たちは、それまで驀進というにふさわしい飛行を続けていた怪獣のスピードが、急に鈍ったように思えたのだ。

〔いまだっ!〕

 緩急のあいまでできた隙を見逃さず、ジャスティスは体をひねって怪獣の突進をかわした。そして、渾身の力で体を縛っている光のリングを引きちぎった。

「デュオォォッ!」

 光輪はバラバラになって砕け散り、ジャスティスの身が自由になる。

 今、怪獣はジャスティスに対して背中を向けている。急旋回してくる気配はまだない。

 チャンスは今だ! ジャスティスはエネルギーを眼前に集中し、一気に前方へ向かって押し出した!

 

『ビクトリューム光線!』

 

 金色の光線は怪獣の背中に命中し、次の瞬間に怪獣は大爆発を起こして吹き飛んだ。

「やったぜ!」

 才人やギーシュたちの内から歓声があがった。怪獣はわずかな残骸と、羽くずを残して風の中に消えていく。

 ジャスティスは東の空を指差し、さあゆけと言っていた。

 ありがとう、ウルトラマン……だけど、どうしてあのとき怪獣の動きが突然鈍ったんだろうか?

 いぶかしげに思われるその答えは、戦場を離れた森の中にあった。

 倒れて消滅していく茶色い肌をした三人の怪人と、腕を十字に組んだ青いウルトラマン。

「行って、存分に働いてこい。エース、こちらのことは心配するな」

 等身大のウルトラマンヒカリは、東の空に向かってそうつぶやいた。あの怪獣を操っていた三人の怪人を、ヒカリが撃破したために、怪獣はコントロールを失って弱体化したのであった。

 

 一方、戦いの様子を遠見の鏡で見守っていたジョゼフは、シェフィールドとともに薄笑いを浮かべて朝食をとっていた。

「やれやれ、チャリジャの置き土産から作ったクローンどもめ、存外口ほどにもありませんでしたわね。あんな船一隻落とせないとはだらしない」

「そうでもないぞ、あの程度の障害を取り除けないような者では、とうていエルフ相手に太刀打ちはかなうまい。それに、デザートの時間までのよい見世物にはなった。おかげで、今朝は久々にうまい食事をとれたわ。余は十分に満足だ」

「ジョゼフさまがお喜びならば、わたくしはそれで満足です。しかし、連中をこのまま行かせてよろしいのですか?」

「かまわぬ。六千年に及んだエルフと人間の禍根を、本気で断ち切れると思っているやつらだぞ。必死になって止める必要がどこにある? 成功しても失敗しても、実におもしろそうなことになるとは思わんか? はっはっはっは!」

「そうですわね。むしろ、ここで打ち落とされていたほうが、彼らにとっては幸せだったかもしれませんわ。うふふふふ」

 ワイングラスを傾けて、楽しげに笑うジョゼフと、彼の横顔をうっとりと見つめるシェフィールド。暇つぶしにぶつけた怪獣の代わりなど、まだまだたくさんいる。次にどんな楽しみを見つけようかと、ジョゼフの興味はすでに東方号から移っていた。

 

 東へ、東へ……二人のウルトラマンに見送られて、東方号はひた走る。

「行くがいい、ティファニア……その先にどんな苦難が待っていたとしても、いずれは通らなければならない道なのだ」

「平賀才人、君が真のGUYS隊員にふさわしいかどうか、この旅で試されることになる。気を抜くなよ」

 ジャスティスとヒカリ、二人のウルトラマンはそれぞれ次世代を担う若者たちに期待をかけて見送った。

 

 エルフの国、そこに何が待っているにしても、平穏な道はありえない。

 そしてついに、東方号は人間の領域の最後を見下ろす空に到達した。

「砂漠だーっ! アーハンブラが見えたぞーっ!」

 ここから先は人間を寄せ付けぬ謎の世界。東方号の旅は、いよいよ本番を迎える。

 

 

 続く


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