ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第78話  涙は愛の言葉

 第78話

 涙は愛の言葉

 

 くの一超獣 ユニタング

 一角超獣 バキシム 登場!

 

 

「エーコ、ビーコ、シーコ……」

 

 まるで濁った水の中のような世界。超獣ユニタングの体内にあるマイナスエネルギー空間の中で、ベアトリスはエーコたちの魂と会っていた。

 魂の形は、持ち主が己自身だと認識する形で固定されるらしく、ベアトリスもエーコたちも実体と変わらない姿で、服も身にまとって浮いている。

 見詰め合う、かつての主人と家来……しかし、明らかに歓迎していない様子のエーコたちは、怪訝な様子でベアトリスに尋ねかけた。

 

「姫殿下、どうしてここに?」

「あ、ウルトラマンAに助けてもらって、わたしの心を超獣の中に送ってもらったの」

「そう、ですか……」

 特に感嘆を受けた様子もなくエーコはつぶやいた。ビーコとシーコも、無言のままで視線だけを向けてきている。

 ベアトリスは、さすがに「よく来てくれた」と歓迎されることは期待していなかったものの、想像以上に冷たい対応に戸惑った。だがそれでも、勇気を振り絞って彼女はエーコたちに来訪の目的を告げようと試みた。

「あ、あのわたし、たすけに」

「帰ってください」

「えっ……」

 開口するまでもなくエーコから放たれた拒絶の言葉はベアトリスをたじろがせた。エーコはゆっくりと首を振ると、自分たちを拘束している闇の鎖を視線で指し示した。

「これが見えるでしょう。わたしたちが勝手なことができないようにと、ヤプールが用意していたこの鎖が。ここは魂の牢獄です。これがある限りわたしたちは、身動きすることさえ許されません」

「なっ、こんなものがなによ! こんな細いものわたしの力でも!? うぁぁぁっ!」

「で、殿下!」

 闇の鎖に触れたベアトリスは、雷に打たれたようなショックを受けて手を放した。シーコが悲鳴をあげるが、彼女は身動きできずにベアトリスはひとりではじきとばされてしまった。

「くぅぅ……」

「だから言ったんです。肉体から切り離された魂といっても、擬似的に具現化している以上痛みはあるんですよ」

 エーコの言葉が、苦しんでいるベアトリスの意識をかろうじて保たせた。エーコも、かなうことならば駆け寄って抱き起こしてあげたいが、それはできない。邪悪な思念が具現化した鎖は、良い心を持った魂にとっては真っ赤に灼熱した鎖と同等である。とても触れられるものではなく、無理に断ち切ろうとしたときの苦痛は想像を絶する。

 ビーコもシーコも、不安げなまなざしを向けるしかできない。けれど、昔とは違って嘘偽りのない思いやりのある彼女たちの瞳が、ベアトリスにほんの少しの勇気を与えた。

「うっ、うう……なにか、あなたたちを助ける方法はないの?」

「無理ですよ。わたしたちの体は、もう完全にわたしたちのものではなくなってしまっています。体のない魂がどうなると思います?」

「っ! でも、ウルトラマンAは助けられるって! あなたたちが自分の体を取り返せれば、元の姿にも戻れるって言ってたもの!」

「だめよ。この鎖は、ただの闇の力の結晶じゃないの。わたしたち姉妹の、クルデンホルフや世界への憎しみが凝り固まって作られているのです……皮肉なものよね、自分の心で縛られてるなんて」

「エーコたちの、憎しみ」

「そう、もしこの鎖が切れるとしたら、わたしたち姉妹がこれまでに抱えてきた恨みを捨て去らなければいけない。でも、そんなことはできっこないのよ」

「そんな、そんな……」

 エーコは、もうどうしようもないのだというふうに首を振った。いくらベアトリスを憎めなくても、クルデンホルフや父を見殺しにした世界への憎しみは消しようもない。ましてや、姉たちとなればなおさらだ。

 愕然とするベアトリスに、エーコたちはすでに覚悟を決めた笑顔を向けた。そして精一杯の優しさをこめて、帰るように告げようとした。

 しかし……

「さあ、もう帰ってください。あなたが来てくれただけで、とてもうれしかったです。ここにいたら、あなたの魂も危ないですから、さあ……」

「やだ……」

「殿下! わがままをお言いにならないでください」

 うつむいたまま拒否の言葉を言おうとしたベアトリスに、エーコは業を煮やして叱り付けようとした。

 ところが、顔をあげたベアトリスは眼に大粒の涙を浮かべると、そのまま糸が切れたように、あるいは幼児のように……

「やだやだやだやだぁ! エーコたちを置いていくなんてやだぁ! 死んじゃうなんてやだぁーっ! うわぁーっ! うぇーん!」

「で、殿下……」

 もはやエーコたちを説得しようとする言葉でも、自分を奮い立たせる決意の台詞でもなんでもなかった。自分の非力にどうしようもなく、それでもエーコたちをあきらめられないという気持ちが、ただただ涙と叫びとなって吐き出されるのみの声。

「エーコ、ビーコ、シーコ、お願いだから帰ってきてよぉ! あなたたちがいないと寂しいよぉ、もうわがまま言わないし、なんでも言うこと聞くからさぁ! 行っちゃだめぇ! ひかないでひょぉ! あぁーっ! あ~ん!」

 もう最後は声にさえなっていなかった。本当に、幼い子供のように泣きじゃくるだけ、それしかできることがないかのように。

「わーっ! うわ~っ! あ~~っ!」

「ひ、姫さま」

「ど、どうしようビーコ?」

「え、ええと……」

 涙と鼻水で顔をいっぱいにして泣くベアトリスに、エーコもビーコもシーコもどう対処したらいいのかわからなくなってしまった。なにか理屈をつけて「あきらめるな」などと言ってくるのであったら、はっきりと拒否して帰るよう説得することもできるのだが、だだっこのように泣き喚く相手にはなにを言えばいいのか、さっぱり見当がつかなかった。

「エーコぉ! ビーコぉ、帰ってきてよお! シーコぉ! ほかになんにもいらないからさぁ! うぇ~~ん! ぁぁーっ!」

 エーコたちを呼びながら、大声で泣き続けるベアトリス。泣くしかない、大好きな人がいなくなるのに、それを止められないのなら、もう残った道は悲しみのままに泣くしかなかった。

 そして、悲痛な悲しみの叫びは、押し殺してきたエーコたちの感情も呼び起こしていった。

「姫、殿下……わたしたちだって、死にたくなんてない。まだ、やりたいことはいっぱいあるのよ!」

「帰りたい……みんなでいっしょに、天国なんてほんとは嫌なのよ」

「うわーん! わたしも、わたしだって姫さまと別れたくなんてない。くぅぅ! 離してよ、もう超獣の力なんていらないのにぃ!」

 叫び声と泣き声の大合唱が魂の世界の中にこだました。

 そうだ、いくら包み隠して自分をごまかしていても、ほんとうの気持ちを捻じ曲げることはできない。悲しいものは悲しい、嫌なものは嫌なのだ。運命という大きな流れに人は抵抗しようとするが、その波濤があまりに大きすぎたときに、打ちのめされた人間にできることは思いっきり泣くしかないではないか。

 ベアトリスも、エーコもビーコもシーコも、ただ感情のおもむくままに泣き、叫んだ。そこに修飾された美や、理屈付けられた体裁などは一切なく、お互いに別れたくないという悲しさと寂しさ、愛する者への素直な心の吐露のみがあった。

 そして、いくばくかの時間が流れただろうか。心の涙も枯れ果てた彼女たちは、絶望と虚無の入り混じった眼で互いを見つめていた。もっとも、この魂の世界に時間という概念はあるようでないようなもので、一瞬か永劫かの区別など無意味に等しい。

 いっそこのまま、無限の虚無の中で消えてしまいたい。疲れ果て、がんばることもあきらめることもできなくなってしまった彼女たちは、せめて救いがあるならとそう思った。

 しかし、四人しかいなかったはずの魂の空間の中に、彼女たちのものではない穏やかな優しい声が響いた。

「もういい……あなたたち、もう充分よ」

「っ! エフィ姉さん」

 それは、十姉妹の次女エフィの言葉だった。

 驚いて振り向くと、エフィだけでなく、セトラやイーリヤたち姉妹全員が目を覚ましていた。皆、悲しそうな瞳でエーコたちを、そしてベアトリスを見つめていた。

「姉さんたち、気がついていたの!」

「ええ、途中からだけどね。たぶん、エーコたちの感情が強くなったから、私たちを縛る力が弱くなったんだと思う。あなたたちの話は聞いていたわ……ミス・クルデンホルフ」

「は、はい……」

 エフィに話しかけられ、ベアトリスはびくりとこわばりながらこたえた。十姉妹の中でも、特に自分をひどく恨んで痛めつけられた次女エフィ。しかし、覚悟して待った彼女の言葉は静かだった。

「帰りなさい……」

「えっ」

「あなたを見ていて、あなたがどれだけエーコたちを大切に思ってくれていたかがわかったわ。この世界では心がむき出しになるから嘘はつけない……さっきはひどいことをしてしまって、ごめんなさい」

「そんな、元はといえばわたしの家のせいなのに」

 すまなそうに言ったベアトリスに、エフィは首を振り、セトラが代わって答えた。

「いいえ、きっかけはなんであっても、それに負けてしまって闇に心を売ってしまったのは私たち……どうしたって、生き延びる努力をするべきだったのに、甘い言葉にだまされて、こうして生きながら死んでいるような体にされて、ようやく間違いに気づいたわ」

 自分自身をも失いかけて己を見返し、ようやく誤りに気がつけた。続いてキュメイラ、イーリヤ、ティーナも言う。

「バカだったわ、本当に。あげく、唯一正気だったエーコたちの言葉に耳を貸さずに、この有様。エーコたちがいなかったら、人間の心まで完全に失った獣に落ちるところだった。ふっ、こんなになって気づいても手遅れなのにね」

「敵討ちなんて、私たちに合うはずはなかったのに、恥ずかしいまねをしちゃったわ。ごめんなさいね、許してくれとは言えないけれど、あなたを殺さなくてよかった」

「ひひ、あんなにぎゃんぎゃん泣いてるのを見て怒る気もうせたよ。もういいって、やめやめにして、あたしたちも失せるからあんたもとっとと帰りなよ。巻き添えなんかにしたら、あの世で面倒見るのが面倒だよ。ひひ」

 彼女たちの顔から、ベアトリスを痛めつけていたときの狂気の色は消えていた。

 誰もが、ベアトリスに帰れと言っていた。しかし、ベアトリスはそれでよいことはない。姉妹が復讐をあきらめてくれても、それで彼女たちが生きることまでもあきらめてしまったとしては救いに来た意味がないのだ。

 

”君は彼女たちを助けることはできなかったけど、少なくとも心は救えていたはずだよ”

 

 そんな使い古された慰めの言葉などがかけられる結末なんて、所詮自己満足しかない最悪のエンドでしかない!

 なすべき道は、エーコたちだけでなく、誰一人欠けることなく救い出すこと。ほかになにがあるというのだ。

「待って! あなたたちを置いていくことはできないわ。あなたたち全員が力を合わせれば、肉体を取り返すこともできるはず、だったら人間の姿に戻すこともできるはずよ」

「無理よ、闇の拘束はまだ十分すぎるほど力を残している。エーコが言ったでしょう、これは私たちの憎しみの結晶……あなたひとりを許すことはできても、それですべてが消えてしまったわけじゃない」

「そ、そんな……でも!」

 なおもあきらめまいとベアトリスは食い下がった。けれど、そんな彼女をユウリとディアンナが一喝した。

「うるせぇ! 帰れったら帰れ、てめえはまだいいとして、てめえの親父はまだ許したわけじゃねえんだからな!」

「そうよ! 元はといえば、クルデンホルフがお父さまの仕事の邪魔さえしなければこんなことにはならなかったわ! そんなの、許そうったってできるわけないじゃない!」

「そ、そんな……」

 ベアトリスは愕然とした。そればかりは、今自分がどうこうできる問題ではない。しかし、それが彼女たちの憎しみの原点になっているのならば、無理でもどうにかしなくては解決することは出来ない。

「お、お父さまのことは心からお詫びするわ。だから、どうか」

「やかましい! もうごたくは聞きたくねえ」

「そ、それでもどうか! あと少し、あと少しでみんな助かるのよ。だから、なんとか怒りをおさめて」

「ご好意はうれしく思いますわ。でも、私たちはすでに覚悟を決めているのです。生き恥をさらさぬため、我らに貴族としての死に場所をくださいませ」

 セトラの、切腹を前にした武士のような生を拒絶する言葉はベアトリスを絶句させた。

 確かに、敵に利用されたあげくにおめおめと生きながらえるなど、誇りを重んじるトリステイン貴族からしたらできるはずがない。

 けれど、けれどそれでも……

 迷うベアトリスを前に、姉妹はそれぞれ帰れと言ってくる。エーコたちでさえ、姉さんたちが正気に戻ったからもう十分だと、死を受け入れたようになってきた。

 でも、それではだめだ、だめなのだ! なにか方法はないのか、なにか!

 苦しむベアトリスと、姉妹たち。

 

 そのときだった。この場所に、絶対にありえるはずのない人間がベアトリスの眼前に現れて、その桃色の髪を振り乱して雷のような猛声を放ったのだ。

 

「黙って聞いてればあなたたち、寝とぼけたことをガタガタとふざけんじゃないわよ! それで栄光と伝統あるトリステインの貴族だなんて笑わせるわ! 十人もいるくせにいつまでもうじうじぐだぐだと、傷の舐めあいを続けるのも大概にしなさいよね!」

「なっ!?」

 

 突如、空気を読まないどころかぶち壊して響いたルイズの怒声は姉妹たち全員の度肝を抜いた。いきり立っていたセトラやユウリだけでなく、エーコたちやベアトリスもとんでもない乱入者に仰天している。

 が、驚愕の波がある程度引いていくと、彼女たちの中で一番ルイズと面識があったベアトリスが恐る恐る声をかけた。

「あ、あのヴァリエール先輩」

「なによ」

「なんで先輩が、こんなところにいるんですか?」

「……あ」

 ルイズは固まり空気が死んだ。自分のやったことを後悔してももう遅い。

 せっかくの悲壮な雰囲気もなにもかも台無しにして、一同に平等に注目されたままで、ルイズは凍り付いて動けない。

 そんな様子を離れて見ていた才人は、呆れ返ってつぶやいていた。

「あんの、バカ……」

 人一倍頭は回るくせに、頭に血が上ったときにはその万分の一も思慮が働かない。人間は右脳で感情を、左脳で理性をつかさどっているというが、ルイズの場合頭蓋骨の中の八割くらいは右脳でできているのではないかと、才人は自分のことは棚にあげてけっこうひどいことを考えた。

 とはいえ、フォローしてやらなければルイズがウルトラマンAだということがベアトリスに知られてしまう。どうやらヤプールは才人とルイズがウルトラマンAに変身することは伝えていなかったらしいが、秘密を守る努力は最大限にしなくてはいけない。才人はテレパシーでルイズにひそひそ声を送った。

〔ルイズ、いいか……〕

〔サイト? わ、わかったわ〕

 才人からアドバイスされたルイズは、精一杯ごまかそうとふんぞり返って言った。

「じ、実は近くを通りかかったらたまたまあなたたちを見かけてね。それでウルトラマンに君はベアトリスくんの友達だろうから、手助けしてやってくれって頼まれたのよ」

「そ、そうなんですか」

「そ、そうなのよ! あはは、あはははは」

 じっくり考えたらすぐに不自然なことに気づきそうなものだが、ルイズは勢いで笑ってごまかした。

 むろん、影で見ていた才人も同じくらいほっとしたことはいうまでもない。

〔ルイズの暴走を止めるのは相変わらず寿命が縮むぜ。だが……こいつは意外と災い転じて福と成すかもな〕

 ルイズの先走りを見て、才人はひとつ妙案と呼べるかはわからないが、彼女たちの心の堤防を打ち崩す手を思いついていた。が、それは才人にも相当な危険がともなう手だった。下手をすれば命に関わるほどの。

「だが、おれの命の危険で、確実に消える十人もの命が救われるならば安いもんだぜ!」

 才人はウルトラマンAにそのことを頼むと、残りの全精神力をテレパシーに変換して解き放った。

 複数個所へと送られた、そのテレパシーの相手とは……

 

 一方、なし崩し的に説得に加わったルイズは、甘えを許さない厳しい言葉で姉妹を責めていたが、やはり難航していた。

「あなたたち、そろいもそろっていくじなしの集まりなの? 自分が不幸だからって、それで人間としての誇りまで失っていいと思ってるの。ましてやその憂さ晴らしが弱い者いじめなんて、情けなくて涙が出てくるわ」

「聞いたふうな口を利くな! お前なんかになにがわかる。お前が、貴族からこじきに落ちたことがあるとでもいうのか!」

「不幸自慢なんて聞く気はないわ! 人より不幸なら偉いとでも思ってるの、はっきり言うけどね。そんなものただのひがみよ。ましてや更生しかけてる妹の足をそろって引っ張る姉なんて馬鹿者以外のなんでもないわ、恥を知りなさい!」

「ふざけるな! 貴様にお父さまを殺された我らの、クルデンホルフへの恨みの深さが理解できるかぁ!」

 ルイズと、主にセトラ、ユウリ、ディアンナとの口論はののしりあいにも近くなっていた。

 ルイズの長所であり欠点は、誰を相手にしても物怖じせずにずけずけと言いたいことをぶっつけられることだが、今回はそれが悪いほうへ傾いていた。相手を論破するならよいが、心を閉じている相手に言葉を届けるには力づくではいけない。犯罪者の説得にあたるネゴシエーターが決して犯人を威圧することは言わないように、むしろ論理より感情に訴えかける言葉が必要とされるのである。

 しかし、彼女たちの抑圧された感情をすべて表に引きずり出すことにだけは成功していた。

 会話に入っていけないベアトリスは、おろおろとした様子でエーコたちとともに経過を見守っている。

 そこへ、ベアトリスの肩に手のひらを乗せ、ルイズと姉妹たちを仲裁するように穏やかな声色を流した人がいた。

「ミス・ヴァリエール、もうそのくらいでいいだろう。人間、理屈では納得できないことのひとつやふたつはあるものだよ」

「っ! ミシェル、あなたも来たの」

「まあな。あなたと同様、助けてやってくれと頼まれた。事情はおおかた飲み込めた。わたしたちにも話させてくれ」

 わたしたちと複数形で言ったのは、やってきたのはミシェルだけではなく、サリュアや彼女たちとそばにいた数人の銃士隊員もいたからだった。才人が考えた手とは、現在ではベアトリスと浅からぬ関係のあるミシェルや銃士隊にも説得に協力してもらおうというものであった。

 ただし、この手は大きなリスクをともなう。ベアトリスひとりでさえ、才人とルイズが協力して意識を送り込んだのに、これだけの人数を才人ひとりのテレパシーで送るのは過度の負担がかかる。最悪、精神力を擦り切れさせて廃人になってしまう可能性もあるが、それすら覚悟で送った希望は確かに姉妹の前に立ち、そして驚くべきことを告げた。

「ミス・クルデンホルフ、あなたたちにこんな因縁があったとはな。しかし、単刀直入に言おう。お前たちがクルデンホルフ公爵を恨むのは大きな誤りだ。公爵はお前たちの思っているような人物ではない。お前たちの父を陥れたのは別の誰かだ」

「なっ! なにを言い出す! わたしたちの父は、クルデンホルフに陥れられて」

 ミシェルの言葉に、エフィは思わず反論した。しかしミシェルは構わずに続ける。

「そういう噂がまことしやかに流れていたのも知っている。だが、その事件が起きた当時、わたしは今は亡きリッシュモン高等法院長の近くで密偵をしていた。あの事件はよく覚えている。リッシュモンは金に貪欲な男で、常に国営行事の金の流れは目を光らせていたからな。そのリッシュモンが漏らしていたよ、あの金食い虫の事業の後を継ごうとするなど、クルデンホルフも酔狂だと。わかるか? クルデンホルフはお前たちの父から受け継いだ事業で一ドニエももうけを出してはいないのだ」

「で、でたらめだ! なんの証拠があると」

「そうか? ならお前たちのほうこそ、なんの証拠があってクルデンホルフ公爵が仇だと決め付けていた?」

「そ、それは……」

 ミシェルが告げた事実に、姉妹たちは急激に青ざめていった。

 証拠? そういえば、そんなものはなかった。ただ、どんぞこであえいでいたときに聞いた噂で、かっと熱くなってそのまま……

 ということは……だが、向こうも証拠があるわけではと姉妹は思ったが、ミシェルの声色は一部の嘘も感じさせないほど明朗で、でたらめなどではないことは直感的に誰でもわかった。なにより、この特殊な精神空間では嘘はつけないのは、先ほどエフィが言ったとおりだ。もっとも、言葉の中にわずかなトリックとして、当時はリッシュモン”の”密偵をしていたことを、リッシュモン”を”密偵していたように錯覚させているが、それは今は関係はない。

 さらにミシェルは愕然としている姉妹に向かって続ける。

「それに、お前たちの父の生前にクルデンホルフ公爵はゲルマニアの銀鉱山のひとつを売り払っている。その額は、そっくりそのままお前たちの父の銀行口座に振り込まれるはずだったのは調査済みだ」

「そ、そういえばお父さまは、クルデンホルフから融資の約束があると」

「それじゃあ、まさか……」

「そうだ、クルデンホルフ公爵は陥れようとしていたんじゃない。逆に、救おうと尽力してくれていたんだ!」

 何の前触れもなく始まった当事者の証言は、研ぎ澄ませたナイフのように姉妹の心に深く突き刺さってえぐっていった。それまで信じてきた事実が音を立てて崩れていく……そして、それが決壊したときに姉妹たちの心は砕け散った。

 

「い、いやぁぁーっ!」

 

 その悲鳴は、姉妹たちの魂からの絶叫であると同時に、姉妹たちの心に巣食っていた復讐という悪魔の断末魔の叫びでもあった。

 しかし、復讐という悪魔が去った後の姉妹の心を、今度は代わって虚無感という悪魔が支配していった。

「そ、それじゃあわたしたちはいったいなんのために今まで……」

 たとえ復讐という暗い目的でも、それはどん底に沈んでいた姉妹の心をかろうじて支えていた柱には違いなかった。それがへしおれてしまった今、彼女たちの心はぽっかりと大きな穴が空いたように虚ろになっている。

 エーコたちはおろか、年長者のセトラやエフィまで魂が抜けたようになっており、ベアトリスは彼女たちのあまりの惨状に慰めの言葉をかけようとした。が、ミシェルに制された。

「お前たちが復讐に狂ったのは、環境が生み出した自己催眠のようなものだ。体験したこともない貧困の中で、なんとか自らを保とうという本能が信憑性のない噂を真実だと自分に思い込ませたんだ。そこをヤプールにつけこまれて、さらに復讐心を増大させられるようにされてしまったんだろう」

 感傷にふけるように言ったミシェルの言葉は、そのままかつての自分をなぞっていた。どん底であえいでいる人間に甘い言葉で近づいて、都合のいい嘘を吹き込んで思うがままに操る。リッシュモンも使った、詐欺師の常套手段だ。

「しかし、それはもうすんだことだ。これからは生きることを考えろ」

「生きる? 今さらわたしたちに、どんな人生があるというのです。もう、最後の誇りを守るために、いさぎよくこのまま死なせてください」

 抜け殻のようになってしまった姉妹を代表してセトラが言った。ほかの姉妹たちも、あれだけ覇気のあったユウリやティーナでさえ別人のように死んだ眼をしている。

 これでは、助けに来たのに逆効果ではないかとベアトリスはミシェルに怒鳴ろうとした。しかし、ミシェルは慌てた様子もなくベアトリスを抑えると、姉妹に向かって呆れた様子で言ったのだ。

「やれやれ、世話のかかる子どもたちだ。おいお前たち、死ぬ覚悟をしてるのは結構なことだが、はっきり言って犬死にもいいところだぞ」

「なっ!」

 侮蔑を隠す気もなく言ってのけたミシェルの言葉に、姉妹たち……特にセトラやエフィは愕然とした。

 当然、口々に我らにはまだ貴族としての誇りがあると反論するが、ミシェルは微動だにしない。短く刈りそろえた青い髪を指先で適当にいじると、つまらなさそうに言った。

「たわけ、そういうかっこうつけた台詞を吐くのは十年早い。お前らが誇るにふさわしい何かをこの世に残したか? むしろ害悪を残しているだろうが。そういうのは無駄死に以下の死に逃げというんだ。くたばるならせめて、子供のひとりくらい作ってからにしろ」

「こっ、子供って!」

 怒声ではなく、むしろのんびりとした口調で言ったことで姉妹には響いていた。薄っぺらな誇りなど、世間の苦難を何十倍も多く体験してきたミシェルや銃士隊の面々には糸くずほどの重みも感じさせていない。

 だがそれでも、ディアンナは沈痛な面持ちでエーコたちが感じていたのと同じ苦悩を口にした。

「でも、たとえ人間の姿に戻れたとしても、わたしたちの体は人間以外のものへと改造されてしまったんです。そんな体で、どうして普通の生活に戻れって言うんです? ましてや恋なんて、子供なんてそんな……」

「余計な心配だ。じゃあ聞くが、もしお前たち姉妹の中の誰か一人だけ超獣に改造されてしまったとして、お前たちはそいつを、お前はもう人間じゃないから出て行けと言うのか?」

「うっ!? う……」

 反論はなかった。エーコたちがずっと抱えていた悩みも、人生の先輩からしてみればたった一言で一刀両断できてしまう程度のものでしかなかったのだ。

「人間じゃないとかガタガタ抜かす奴など最初から相手にするな。千人のクズに嫌われたところでなんの痛痒がある? それどころか、お前たちにはそうであると知って、なお受け入れようとしている人がいるじゃないか。贅沢な悩みだぞ、お前たち」

 そう言うと、ミシェルはベアトリスの背中を押して前に出した。

「エーコ、ビーコ、シーコ、それにお姉さま方、どうか戻ってきてくださいお願いします! あなたたちの身柄は、わたしが全力でお守りいたします。人間に戻る方法も、きっと探し出してみせますから! だからどうか」

 ベアトリスの心からの叫びが、姉妹たちをつないでいた闇の鎖をほころびさせていく。

 さらに、サリュアたち銃士隊の仲間たちも口々に姉妹に力強い言葉をかけていった。

「気にすることなんかないよ! 銃士隊にはあなたたちと同じような境遇の仲間もいるし、悩みを相談したかったらいつでも受けてあげる。このサリュアさんの胸にどーんと飛び込んできなさいって!」

「このバカの言うことは気にしないでいいけど、銃士隊の懐の深さは甘く見ないでね」

「そうですわよ。あなたたちをいじめるような不埒な方がいたら、わたくしたちが始末いたしますから心配しないで!」

 数多くの暖かいはげましが、姉妹の心を溶かしていく。

 ああ、わたしたちはなんて愚かだったんだろう……なんの罪もないどころか、むしろ恩人を逆恨みした上に、世界中に迷惑をかけて。

 でも、でもそれでもこの人たちは生きていいと言ってくれるのか?

 もう涙を流していない子はひとりもいなかった。

 そして、エーコは涙にぐずる声で、搾り出すようにミシェルに尋ねた。

「ほんとうに、わたしたちを、許してくださるというのですか?」

「ふっ、許すも許さないも、子供のヘマにいちいち目くじらを立てていては大人は務まらないんだよ。さあ、悪魔のお膳立てした茶番劇も、もうそろそろ終わりにしてもいいだろう。決断しろ!」

「……はい!」

 この瞬間、姉妹を縛っていた闇の鎖は粉々に砕け散った。

 迷いは消えた、復讐の糸は断ち切られた。暗闇の中をさまよっていた姉妹は、友や同じ苦しみを知る人の導きで、ようやく正しい道に帰る方角を知ることができた。

 今こそ、しがらみを断ち切る時! 才人はテレパシーを解除して、ベアトリスやミシェルたちの魂は元の肉体へ戻っていく。

 

 

 舞台を現実の世界に戻して、ウルトラマンAとユニタングはその内なる戦いを終えて最後の仕上げにかかろうとしていた。

〔ウルトラマンA、あとはまかせたわ〕

 ルイズの言葉を受けて、エースはウルトラ念力を解除してユニタングを解放した。

 しかし、ユニタングは暴れることはなく、じっと立ち尽くしたままでエースを見つめている。そして、両手を広げるとなにかを求めるようにゆっくりとうなり声をあげた。

〔わかった〕

 エースはユニタングに人の心が戻ったことを確信した。だが、超獣の姿から人間の姿に分離するには、いまだマイナスエネルギーの呪縛が邪魔しているに違いない。ならば、それを浄化するまでだ。

 カラータイマーが激しく点滅する中で、エースは体を大きくひねると、破壊エネルギーではなく光の浄化光線として必殺技を放った。

 

『メタリウム光線!』

 

 L字に組んだ腕から放たれる三色の光線がユニタングに突き刺さって強烈な閃光を放った。

 ユニタングはひざを突くと、ゆっくりと前のめりに倒れた。戦いを見守っていた竜騎士たちは、エースがユニタングを倒したものと思ったがそうではない。かつて、獅子超獣シシゴランに取り込まれた子供を助けたときのように、外側を覆う邪悪なエネルギーの部分だけを破壊したのである。

 むろん、そのままでは不可能だが、心が正しい者に取り戻されたことで明確に邪悪のみを撃つことができるようになった。

 倒れこんだユニタングは発光して消滅し、ウルトラマンAはがくりとひざをついた。

〔やったのか……〕

 エースは地面に手を突いてかろうじて体を支え、ユニタングの消滅地点を見た。

 すでにその場所にはミシェルやベアトリスたちが駆けつけており、彼女たちはそこで倒れているエーコたちを見つけて駆け寄った。

「エーコ! ビーコ! シーコ!」

 倒れている彼女たちを抱え起こして、ベアトリスは何度も呼びかけた。ほかの姉妹たちにも銃士隊が駆けつけて助け起こしており、どうやら全員気絶しているだけだということがわかった。

 そして、うっすらとシーコが目を開ける。

「あ……ひめ、さま?」

「シーコ、シーコなの? ほんとうにシーコなの!?」

「はい……ただいまです、姫さま」

「シーコ……よがっ、よがっだぁー! わあぁぁーっ!」

 ベアトリスはシーコを思いっきり抱きしめて泣き出した。シーコも強くベアトリスを抱きしめ返す。

 やがて、エーコとビーコも目を覚ますと、ベアトリスは感極まったというふうに、まだどこにそんなに涙が残っていたくらいに泣きに泣いた。

「エーコ、ビーコ、よかった、ほんとうによかった……ひぐっ、もう、勝手にどこかに行ったりしないよね」

「はい、まったくあなたみたいな泣き虫で甘えん坊な主君に仕えられるなんて、わたしたちくらいのものですよ」

「これからも、末永くよろしくお願いします」

 エーコたち三人の服は、ベアトリスの涙でまだらに濡れている。でも三人とも、ベアトリスに自分はここにいると教えるように手を取って、決して離れようとはしなかった。

 その様子をミシェルや銃士隊は、やや苦笑しながら見つめ、目を覚ましたセトラたち姉妹はうらやましそうに……しかし暖かく見守っていた。

 ウルトラマンA、才人とルイズもほっとした様子で再会を果たしたベアトリスたちを見ていた。

〔よかった。どうやら、うまくいったらしいな〕

〔ああ、仇討ちからはじまる友情ってのも、けっこういいものだなって……うぅっ〕

〔ちょっ! サイト大丈夫?〕

〔いや、今回はさすがにしんどかった。とんでもなくだりぃ……クラクラする〕

 無理もなかった。才人は超人でも人外でもなく、普通の人間に他ならない。むしろこの程度で済んだことが奇跡的といってよいだろう。

 

 暖かい眼差しの数々に囲まれて、再会を喜び合うベアトリスたち。

 だが、乾いた拍手の音とともに、咲きかけた奇跡と希望の花を摘み取ろうとする悪魔が現れた。

「ふっふふふ……いやいや、なかなかおもしろい見世物を拝見させてもらった。まさか、完全に支配したと思っていた超獣を人間に戻してしまうとは、正直君たちには感服したよ」

「誰だっ!」

 あざ笑うような口調のしわがれた男の声に、一同ははじかれたようにその方向を見た。

 そこには、銀髪の老人が軽く手のひらを叩き合せながら愉快そうに笑っており、銃士隊は即座に銃口をその男に向ける。しかし老人は物怖じする様子もなく笑い続け、一人ずつ順に一同を見回していく。

 そしてベアトリスに視線が向けられたとき、彼女はその老人が誰だったのかを明確に思い出した。

「ゴンドラン卿……?」

「ふふ、ご記憶いただけて光栄だね。しかし、それは世を忍ぶ仮の名……ふふ」

「姫さま、お下がりください。こいつは、この男はっ!」

 笑いかける老人からかばうように、エーコたちはベアトリスを背にして杖を抜き出していく。

 また、セトラたち姉妹も例外なく杖を抜き、こわばった表情で老人を睨みつけている。

 これは、もしや……直感的に悟ったミシェルは、老人を取り押さえようと近づきかけた部下を下がらせた。

 老人は、「賢明な選択だね」と、あざけるように言うと、不気味な笑いをセトラたちに向けた。

「さて、お前たちはよくも我々を裏切ってくれたな。その力を授けてやった恩を忘れおってからに」

「ふざけるな! 利用していただけのくせに!」

「フフ、まあ確かにそのとおりだよ。しかし、アカデミーの評議会議長に化けて紛れ込み、お前たちが起こしたパニックに紛れて東方号に潜入する手はずだったのに、その小娘に気をとられてくれたおかげで失敗してしまったときは焦ったよ……が、それと引き換えにウルトラマンAをそこまで消耗させてくれるとはうれしい誤算だった。ファハハハ」

 やはり、こいつは! 銃士隊、ベアトリス、そしてウルトラマンAの中で最悪のシナリオが組み立てられる。

「さあて、ウルトラマンAよ、アルビオンでの借りを今こそ返させてもらおうか!」

「そうか、貴様は!」

「そうさ! 私のことを忘れたわけではあるまい! ファハハ、フハハハハハ!」

 笑い声とともにゴンドラン卿の姿が赤い光に包まれて、みるみるうちに巨大化していく。

 そして、その光の中から姿を現した、青い巨体とオレンジ色の頭部を持つ超獣。青い眼をらんらんと光らせ、鋭いスパイクが生えた腕を振りかざして甲高い鳴き声をあげた凶悪な姿は、ウルトラマンAにとって忘れようもない。

「バキシム! やはり貴様だったのか!」

 そう、あのアルビオンの内乱をクロムウェルに化けて陰から操っていたヤプールの使者。ブロッケンと組んでエースをあと一歩で倒すところまで追い詰めたが、ウルトラマンメビウスとCREW GUYSの救援によって異次元に逃げ帰って、そのまま行方をくらませていたこいつが、とうとう戻ってきたのだ。

「ヌハハハ! ウルトラマンAよ、我々の計画をまたもや破ってくれたことをほめてやろう! しかしもうエネルギーは残っているまい。ここで死ねぇ!」

 バキシムの腕からミサイルが放たれてエースを襲った。いつものエースなら避けられただろうが、爆発が連続し、エースの体が力なく崩れ落ちた。

「グッオォォ……」

「ハッハハハ! 作戦は失敗しても、貴様を倒せるのならば安い取引だ。なぶり殺しにしてくれるわ!」

 勝ち誇るバキシムの怨念の笑い。エースは立ち上がろうとするが、すでにエース本人はおろか才人が半死状態なので、しぼりだす余力はほとんど残されてはいなかった。

〔く、くそ……バキシムめ〕

〔サイト! なんとかできないの。根性見せなさいよ!〕

〔だ、だめだ。力が、はいらねぇ……〕

 カラータイマーはすでに限界で、消える寸前なのは誰が見ても一目瞭然であった。

 起き上がることすらできないでいるエースに、バキシムは嬉々としてミサイルを浴びせかける。

「ファハハ! 苦しめ、苦しむがいい。我らヤプールの恨みを知れ!」

「おのれ、卑怯な……」

「フフフ、この程度で我々の怨念は晴れはしないぞ。お前は最大限に苦しめた上で倒してくれる! そのために、まずは……」

 せせら笑いを流し、バキシムは攻撃の手をやめると、くるりと振り返った。その見下ろした先には。

「ひっ!」

「フッフッフ、エースの前にいろいろと働いてくれたお前たちに、まず礼をしなくてはな」

「貴様! やめろ!」

 バキシムのレーダーアイが冷たい眼差しでエーコたち姉妹を見下ろす。ミシェルたち銃士隊は逃げずに、彼女たちを守ろうと壁を組もうとしたが、バキシムはそんなものは蟷螂の斧だというふうにミサイルの照準をあわせた。

「クク、どんな理由があろうと我らを裏切った罪は許されんぞ。さあて、どいつから殺してくれようか? おっと、逃げようとしたらそいつから吹き飛ばすからな」

「おのれ、悪魔め!」

 ミシェルがベアトリスとエーコたちを背にしてかばいながら吐き捨てた。バキシムは一説にはヤプール人の一人が自ら超獣化したと言われ、その性質の狡猾さと卑劣さでは超獣の中でも比類ない。

 バキシムの放った鼻ミサイルが彼女たちの至近で爆発し、数人が爆発で吹き飛ばされた。

「きゃぁぁーっ!」

「イーリヤ! ティーナ!」

 セトラが妹たちの惨状に悲鳴をあげた。二人とも、爆風をもろに受けて、死にはしなかったものの立ち上がれないほどの痛みを受けていた。

「ふふ、すぐには殺さん。全員じわじわと痛めつけてくれる」

「貴様! よくも妹たちを!」

「安心しろ、すぐに貴様も同じ目に合わせてやる。まったく馬鹿なやつらよ、黙って騙され続けていれば長生きできたものを。だが、お前たちの復讐の念は同じ人間数百人分のマイナスエネルギーとなってくれた。わざわざ手間をかけて怨念を育て上げたかいがあったものよ」

「ど、どういうことよ!」

 とまどいの声をあげたセトラを、バキシムは頭部を小刻みに上下させて愉快そうに見下ろしていた。

 しかし、洞察力に優れたミシェルはそのわずかな一言で十分に真実を知りうることができていた。

「そうか、これですべて合点がいったぞ。彼女たちの父の仕事を妨害して心を病ませた上に、自殺に見せかけて殺したのは、貴様らの仕業だったんだなヤプール!」

「なっ!」

 姉妹たち全員から驚愕の声が漏れた。バキシムは、「違うか!」と指差してくるミシェルの視線に、愉快そうに笑い声を発した。

「ふははは、特に訂正してやるところは見当たらないな。強いて言えば、クルデンホルフが犯人だという噂を流したのも私だよ。よくぞ見抜いた、ほめてやる」

「貴様……なんのためにそんなことを!」

「ふっ、よかろう教えてやる。当時、まだこの世界に完全に地歩を築いてなかった我々は、人間のスパイがほしかった。しかし、使い物になるような人間はそうそういなくてな、ならば考えたのさ。いないのなら、そうなるように作ってしまえばいいとな」

「なんだと……」

 バキシムの口から語られた事実に、ミシェルは歯軋りした。

 だが、それ以上に許せないのはむろんエーコたちである。

「あなたが、お父さまとお母さまを殺したの。どうして、どうしてわたしたちでなくちゃいけなかったのよ!」

「たまたまさ、たまたま我らの目に入った中で、お前たちが人数も多く、容易に絶望に染まりそうだったから選んだまでのこと。手間と時間はかかったが、お前たちはよく計画通りに働いてくれた。マイナスエネルギーも得られたし、実に効率的だろう?」

「そんな、そんなことのためにわたしたちはぁ!」

「さあ、話はこれまでだ。最後は絶望して死んでいけ! その断末魔もまた、マイナスエネルギーとなって我らの糧となる!」

 バキシムの攻撃が再開された。ミサイルの爆風が、銃士隊を、姉妹たちを死なない程度に吹き飛ばしていく。

 ウルトラマンAはその惨状をずっと見ていたが、助ける力は残っていなかった。

 そしてついに、バキシムは自らの足元に倒れこんだベアトリスに向けて、巨大な足を振り上げた。

「まずはお前からだ。踏み潰してくれる!」

「姫さまーっ!」

 エーコ、ビーコ、シーコの絶叫がこだまする。エースは手を伸ばすが、その手は虚空を切るだけだった。

 

「くそぉっ! ここまできて救えないのかぁぁぁっ!」

 

 だが、そのときであった。

 

「エースよ、弟よ。あきらめてはいけない」

 

 戦場にひづめの音が高らかに鳴り響き、一人の男を乗せた馬が駆け込んでくる。

 希望は、決して潰えてはいない。

 

 

 続く


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