ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第77話  ウルトラマンの背負うもの

 第77話

 ウルトラマンの背負うもの

 

 くの一超獣 ユニタング 登場!

 

 

「ねえ、神さまっているのかな?」

「なあに、シーコったら突然?」

「えへへ、ちょっと昔を思い出しちゃったの。お父さまたちが生きてたころは、降臨祭のときにみんなそろってお祈りしてたじゃない……」

「ええ、あのころはみんな幸せだったね……」

「うん、戻れるものなら戻りたいね。そういえばさ、シーコは去年はなんてお祈りしたの?」

「みんなとずーっと、いつまでもいっしょにいられるようにって。だってさ、神さまって正しい人の味方なんでしょ? 姉さんたちはみんなすごく優しいから、不幸になることなんて絶対ないって。だからみんないっしょにいれたら、それが一番幸せなんだと思って……へへ……お願い、かなっちゃったね」

「そうね……でも、かなえてくれたのは神さまじゃないわよね。わたしたちみんな、悪い子になっちゃったんだもの……」

「なにがいけなかったんだろうね。神さまは、わたしたちのことが嫌いなのかな……」

「ほんと、シーコみたいにいい子のこと忘れちゃうなんて、ひどいやつだよ。けどもういいじゃない……いろいろあったけど、こうしてもう一度セトラ姉さんもエフィ姉さんも、キュメイラ姉さんもディアンナ姉さんもイーリヤ姉さんともいっしょにいれるようになったんだし」

「こらビーコ、ユウリにティーナのこともちゃんと数に入れてあげなさいよ」

「エーコこそ、そのふたりに限って姉さんとつけないんだからいっしょだよ……ふわぁ……どうしたんだろ、急に眠くなってきちゃった」

「わたしも、なんか眠いよ」

「しょうがない子たちね。わかったわ、あとで起こしてあげるからしばらくお眠りなさい」

「もう、エーコは相変わらずシーコには甘いんだから。けど、目が覚めたらお父さまとお母さまにまた会えるような気がするよ……」

「ええ、わたしも……」

「おやすみ、みんな……」

 

「いつまでも、いっしょだよ……」

 

 闇に食われた魂たちが眠りに落ちるとき、悲劇の凶獣はその本性を表す。

 鋭い牙の生えそろった口で空高く吼え、人間の作り出した建物を踏み壊して暴れまわる様はまさしく悪魔の使いにふさわしい。

 悪魔の誘惑に乗って、魂を売り渡した人間の末路……それは自らもまた悪魔となること。

 そして、身も心も闇に染まった魂が救われることは、もはやない。

 

 東方号の完成まで、あと数時間と迫った造船所。この世界を覆う暗雲を晴らすべく、人間たちが心血を注ぎ込んで作り上げた希望の飛翔を妨害せんものと、ヤプールはくの一超獣ユニタングを送り込んできた。

 倉庫街に四度出現し、再び暴れ始める超獣を迎え撃たんと、ウルトラマンAも姿を現した。

 しかしこの戦いが、光の戦士とともに戦う才人とルイズにとって大きな試練になろうとは、このときの彼らはしるよしもない。

「ヘヤァ!」

 戦闘態勢をとり、油断なく敵を見据えるエースに一寸の隙もない。鋭い眼差しは戦闘開始の咆哮をあげるユニタングの一挙一投足を余さず睨み、燃える闘志は三人分が全開でたぎる。

〔サイト、東方号が飛び立てるようになるまで、あとどれくらい必要?〕

〔あと少なくとも二時間はいるってさ。できたばっかりの水蒸気機関をあっためるにも時間はいるし、実際はさらに時間かかるだろってコルベール先生は言ってたぜ〕

〔はぁん、機械ってのはいろいろめんどうなのね。てことは、時間稼ぎじゃ生ぬるいわね。散々引っ張りまわされた分、利子つけてお返ししてあげましょうか!〕

〔ああ、十倍返しでいこうぜ!〕

〔ふたりとも燃えているな。ようし、ならば私も負けてはいられないな。いくぞ! 勝負だ!〕

 ユニタングが倉庫の残骸を蹴り倒したのを合図として、戦いの火蓋は切って落とされた。

 ウルトラ兄弟の中でも、常に前に進むタイプの戦い方を得意とするエースの戦法は先手必勝あるのみだ。両者の間合いが一気に詰まると、すれ違いざまにエースの手刀がユニタングの胸に火花を散らせる。

「トァッ!」

 第一撃の手ごたえ、あり。手刀が肉に食い込んで、エネルギーがほとばしる感触は確かに得た。

 だが、この程度で倒せるような相手ではないことはわかっている。実際、ユニタングはたいしたダメージを受けたようには見えず、今度は向こうからユニコーンのような一本角を振りかざして襲ってくる。だが、真っ向きって受け止めるのは馬鹿のやることだ。

〔なんのっ!〕

 寸前まで引きつけてかわしたエースは、ユニタングの背中を思い切り蹴っ飛ばした。たまらず、勢い余ったのも含めて別の廃倉庫に頭から突っ込んでいく。たちまち三件ほどの廃倉庫が崩れ落ち、近場に合った給水塔跡や見張り小屋などもあおりを食って、ガラガラと音を立てて崩れていった。

〔しまった、少しやりすぎたか〕

 エース・北斗が、百メートル四方が一気に壊滅してしまった様を見てまずそうに言った。怪獣との戦いで、街にある程度の被害が出てしまうのはやむを得ないが、町への被害は最低限に抑えるのが基本である。メビウスは最初、ディノゾールとの戦いでこれを知らなかったために街の一角を壊滅状態にしてしまい、当時隊員だったアイハラ・リュウに怒鳴られてしまったことがある。

 けれども、ここでの戦いなら問題ないとルイズは言った。

〔気にしなくていいわ。どうせこのあたりはいずれ取り壊す予定だって聞いたから、むしろ手間がはぶけるってものよ。だから遠慮なく、あいつをぶっ飛ばしちゃってちょうだい!〕

〔そうか、そういうことなら本気を出していいな!〕

 エースは、血気盛んなTAC隊員北斗星司だったころに戻ったように言った。好戦的、といえば少し違うだろうが、ウルトラ兄弟の中で誰が一番血の気が多いかと問われれば、まずエースが選ばれるのは間違いない。

 ゾフィー・マン・セブンは生真面目な理性派だし、若い頃は無謀さが目立ったタロウやレオも現在では教官を務めるほどに落ち着いており、教職にあった80は言うに及ばず、ジャックも自らの心の隙を突かれた経験を多く持つせいか猪突はしなくなっている。

 が、中で例外的に若い頃とたいして変わっていないのがエースである。考えるよりも先に手が動き、感情が隠れず表に出る。タロウが地球で戦っていたころも、メビウスのころも弟がピンチになると真っ先に飛び出したがったのはエースだった。恐らくは、エースと同化した北斗の元々の性格が強く影響したのだろうが、それであるがゆえに才人やルイズとの相性はよく、シンクロの度合いは人間とウルトラマンが同化した中ではトップクラスだろう。

 

「トォーッ!」

 

 ユニタングの角からの緑色破壊閃光をかわしてエースが跳んだ。跳躍五百メートル、太陽を背にして空中できりもみ回転しながら落ちてきたエースは、ほとんど直角からユニタングの後頭部に急降下キックをお見舞いする。

〔どうだっ!〕

 重量物が超高速で激突したときに起こる爆発音にも似た衝撃波が空気を揺るがし、超獣にそのぶんの打撃を与えた。

 前のめりにのけぞって苦しむユニタング。が、超獣の強靭な生命力は人間であれば頚椎粉砕するほどの衝撃にも耐えて、なおも十分以上の余力を持って反撃に出てくる。

 刃物になった腕に鋭い牙に角、肉体そのものが武器である超獣をエースは素手で迎え撃つ。

「テヤァァッ!」

 パワーにまかせたユニタングの攻撃をさばき技で威力を殺して受け流し、中段キック、頭部へのチョップ打ち下ろし、すばやく腰を落としての下段キックの三連コンボが炸裂する。だがユニタングはそれにも耐えて、エースへと執念じみた執拗な攻撃を仕掛けてくる。

〔ヤプールの怨念のなせるわざということか、しかし私も負けるわけにはいかない!〕

 生き物という枠に入る『怪獣』ならば、まだ生きるために暴れていると認められる点もあるが、悪意によって動いている『超獣」はなにがあっても絶対に認めるわけにはいかない。エースとユニタングの、息もつかせぬ攻防は続く。

 しかし、戦いの流れは目に見えてエースに傾いていった。ユニタングも弱い超獣ではなく、この個体も対エース用に先代の個体よりも攻撃力が引き上げられているのに、なぜかというと。

〔お前の攻撃方法はみんな予習済みなんだよ!〕

 才人が得意げに言ったのには訳がある。昨日、それにおとといと続いたユニタングの出現に、才人は戦うことになったらなにがなんでも逃がすまいと、GUYSメモリーディスプレイを使ってユニタングのデータを徹底的に暗記してきた。さっきの破壊閃光をエースが簡単に避けられたのも、実は直前に才人がアドバイスしたからなのだ。

 今では以前に直接戦ったエース本人よりもユニタングに詳しいだろう。まったく、地球にいたころにその勉強熱心さの半分でもあれば優等生になれたに違いないが、そのおかげで得た才人の自信と情報アドバンテージは確かだ。ウルトラマンを倒そうと狙う宇宙人も、強豪と呼ばれる一団の大半は事前にウルトラマンの戦法や能力を徹底的にリサーチしたものばかり、ならば、その理屈がウルトラマンにも適用されないはずはない。

 攻撃を一方的に受け続けて、かつ自分の攻撃はことごとく外されたユニタングは怒って、めちゃめちゃに手足を振り回しながら向かってくるが、そうなればかえってエースの思う壺なのはいうまでもない。エースも足場が壊れることを気にする必要がないので、好きなように身をかわすことができ、むろんユニタングの得意技に対しても構えはできている。

 業を煮やしたユニタングの、鋭いハサミになった手からの白い糸攻撃。忍者漫画で言うのならば、忍法蜘蛛の巣とでも名づけられるべきかもしれないそれがエースをからめとろうとしてくる。

「セヤアッ!」

 掛け声とともにエースは側転して糸攻撃をかわした。しかし、外れた糸が当たった廃倉庫は、糸の強烈な粘着質とユニタングの怪力によって持ち上げられ、分銅のようにエースに襲い掛かってくる。

〔エース、危ない〕

〔大丈夫だ!〕

 才人の叫びに応えて、エースは飛んでくる倉庫をパンチで破壊すると、ユニタングの糸を逆に掴み取った。そしてそのまま深く足をふんばり、漁師が地引網を引くときのように力を込めた。

〔いくぞ、力比べだ!〕

 ユニタングもエースの意図を悟って、雄たけびをあげて糸を引っ張り返す。ここに、超獣とウルトラマンの巨大な綱引きがスタートし、両者は相手を力の限りを尽くして引っ張り合った。

「ヌオォォッ!」

 マンモスタンカーを軽々持ち上げるエースの筋肉が猛り、ユニタングもパワーを全開にして張り合う。

 ギリギリと、糸の張力を限界まで使った綱引きは、互いに譲らず互角の様相を見せている。そんな力と力の純粋な勝負に、両者の足元の石畳の道は砕け散り、空からは駆けつけてきた竜騎士たちが歓声を送った。

「がんばれウルトラマン」

「腰を入れろ! 引き倒せぇ!」

 その応援が、拮抗していた両者のバランスを突き崩した。

「トァァッ!」

 一瞬、大きくパワーを増したエースの引き倒しが見事に炸裂した。ユニタングは正面から倒されて廃倉庫を押しつぶし、連鎖して崩れてきた瓦礫を全身に受けてもだえている。

 やった! すごいぞと歓声があがった。ウルトラマンは光の使者、その力の源は太陽の光のみならず、人々の心の光によるところが極めて大なのである。

 そう、闇は常に孤独だけれども、光あるところには人は自分以外の誰かを見出すことができる。応援してくれる人々の声のひとつひとつは小さなものであっても、重なり共鳴すればそれは大きなパワーとなって大歓声へと進化するのだ。

 攻めるのはいまだ! エースは起き上がろうとしているユニタングに駆け寄って蹴り飛ばすと、うつぶせに倒れたユニタングの背中に馬乗りになり、頭をつかむと地面に何度もぶっつけてやった。

「テヤァッ! トアッ!」

 組み合った状態からの連続攻撃もエースの得意技のうちだ。特に頭への攻撃はどんな相手にも有効な打撃となりえる。

 ユニタングは額から何度も石畳にぶつけられてふらふらだ。やっとエースを振り払って起き上がったかと思ったが、自慢の一本角はふらふらと揺らめいていてたよりない。

 そこへエースは間髪いれずに追撃の光線を叩き込んだ!

『パンチレーザー・断続光線タイプ!』

 額のウルトラスターから放たれる青色光線パンチレーザー。そのエネルギーを機関砲のような弾丸に変えた光線がユニタングに命中して爆発、巨体を弾き飛ばす。

〔ようし、効いてるぞ!〕

 通常はけん制程度の威力しか持たない光線でも、相手の弱点をついたり状態を見極めて使えば威力以上の効果を発揮することもできる。かつて初代ベロクロンの口を狙って放ったパンチレーザーが、口内のミサイル発射機を爆発させて、さらに体内の高圧電気袋にも大ダメージを与えて戦闘の決定打になったときがそれに当たる。

 今回も、ユニタングは万全ならば平気で耐えられただろうが、すでにダメージを負って防御力が弱っていたのが痛手になった。人間も気力が充実しているときと意気消沈しているときとでは、同じように殴られても痛さが違うのと理屈はいっしょだ。

〔今がチャンスだ、たたみかけるぞ!〕

〔おう!〕

〔ええ!〕

 エースの合図に従って、才人とルイズも気合を入れる。三人分の闘志が最大限に共鳴したウルトラマンAはまさに、天下無敵の力を発揮した。

「トァァッ!」

 走り寄ってのジャンプキックがよろめかせ、ミドルキックが超獣の胴を打ち、無理やり引き起こしたところで投げ飛ばす!

 至近距離での格闘戦では、ひじうち、膝蹴り、正拳突き!

 ダメージは一方的にユニタングに蓄積し、対してエースのカラータイマーはまだ青のまま。

 これまでのハルケギニアの戦いで、ここまで圧倒的な戦いに持ち込めたことはなかった。事前の情報とそれに対する備えの万全さが最高のコンディションを生み、本来互角であるべき戦いのてんびんを大きく傾けている。

 この好機を逃してはならない! エースは一気に決着をつけるべく、体を大きくひねって必殺光線の態勢に入った。

 

〔くらえ! メタリウム!〕

 

 だが、まさにそのときだった。

 

「待って! その超獣はエーコたちなの! 殺さないで!」

 

 突然響いた悲痛な声に、メタリウム光線をまさに発射しようとしていたエースは感電したかのように動きを止めた。

〔な、なんだって!?〕

〔今の声は……あの子〕

 声のした方向をエースの視線を借りて見たルイズは、ボロボロのなりをしたベアトリスが祈るようにエースを見上げているのを見た。

 彼女の顔は泥で汚れ、ルイズから見ても美しかった髪は黒く焼け焦げている。それにミシェルのマントを外套のように体に巻いており、一見してただごとではないことはわかった。

 エースはユニタングへの攻撃をやめて、じっとベアトリスを見下ろした。ベアトリスはエースの視線が自分を向いていることにびくりとしたが、おびえる彼女をミシェルがはげました。

「大丈夫、思い切って全部話して。ウルトラマンは、きっと聞き届けてくれるでしょう」

「うん……お願い、聞いてウルトラマン! その、その超獣はエーコにビーコにシーコ、わたしの友達たちなの! みんな、元々はただの人間なのに、あんな、あんな姿に……わたし、もうどうしていいのかわからなくて、お願い、彼女たちを殺さないで! 助けて、あげて……」

 それ以上はもう言葉にならなかった。ただでさえ折れそうな心を必死に奮い立たせて叫んだのだろう。大粒の涙を流してミシェルの胸に顔をうずめてしまい、後は糸が切れたように泣き続けた。

 しかし、勇気と気力を振り絞ったベアトリスの叫びは、確かにエースの心に響いていた。詳しい事情は今の話だけではわからないが、あの涙を信じられないようではウルトラマンとして失格だ。才人とルイズも、さして関わりが深いというわけではなくとも、ベアトリスが涙をだしにした嘘をつくような下劣な人間ではないと信じている。

 心を落ち着けて立ったウルトラマンAの目が光る。彼女の言葉を信じ、とどめを刺す機会を自然と棒に振って透視能力を使い、ユニタングの体内を見通した。

 すると、どうか!

〔くっ、なんてことだ! あの超獣の体内には、大勢の人間の魂が閉じ込められている〕

 エースは、目に映った光景のあまりの凄惨さに抑えきれない憤りを交えた声で言った。ユニタングの体内には、まるで幽閉か人質のような形で魂が封じ込められている。もしも、さっきあのままメタリウム光線を放っていたら、あの魂たちも巻き込んで粉々にしていたところだった。

 もちろん、驚いたのは才人とルイズも同じである。

〔な、ふざけんなよ! おれたちは危うく人間を殺しちまうとこだったのか!〕

〔エーコたちって、確かベアトリスの側近の三人のことよね。でもまさか、人間が超獣になるなんて、そんなことがありえるの?〕

〔少数だが、ある。くそっ、ひでえことをしやがるっ!〕

 人間が超獣化した例は、牛の怨霊に取り付かれた男が変貌した牛神超獣カウラや、地球人ではないが乙女座の精が異次元エネルギーで変異させられた天女超獣アプラサール、なりかけらされた例としてはマザロン人の差し金で妖女に変貌していた妊婦のことがあげられる。

 今回のことはそれらの例の中ではカウラに近いが、変貌させられたのが複数で合体変身していることと、超獣化の後は魂が気球船超獣バッドバアロンに捕食された魂のように体内に閉じ込められている点で違う。しかも、魂の様子を観察すると、単に体内に閉じ込められているどころではないことが才人とルイズにもわかってきた。

〔これは、魂がマイナスエネルギーの鎖でがんじがらめにされてやがる〕

〔ヤプールがいかに人間を信用してないかって、いい証明ね。この子たち……エレオノール姉さまやちぃ姉さまくらいの人もいる。みんな無理矢理眠らされて、ひどい〕

〔どんな理由があってヤプールと取引したかは知らないが、これじゃあんまりだ〕

 くもの巣にかかった羽虫も同然に拘束されている魂の姿に、才人とルイズは心の底から憤った。が、今の才人たちは悪の所業を他人事として見て傍観してすますような無責任な子供ではない。

〔なるほどな。ユニタングは、十人の人間に分離変身できる超獣だったはず。けど、今回は十人の人間が融合合体してるってことか〕

 ある意味では才人とルイズが合体変身するエースと同じということかと才人は思った。つまり、かつてのユニタングとは性質を正反対にしてきたということになる。

 しかし、大事なのはそんなことではない。ユニタングが体内に人間の魂を宿しているということはすなわち、エースが絶対不利に陥ってしまったことを意味していた。

 態勢を立て直し、逆襲に転じてきたユニタングの攻撃がエースを襲う。なぎなたのようにふるわれるユニタングの腕、だがエースは避ける事は出来ても反撃することはできない。そして追い込まれたエースに、ついにユニタングの攻撃がヒットしてしまった。

「グッヌォォッ!」

 顔面を強打され、よろめいたエースをユニタングは押し倒して乱打する。マウントポジションをとられ、防御もままならないエースに、容赦ないユニタングの攻撃は続く。そのあまりに野蛮で暴力的な攻撃ぶりに、ミシェルやサリュアは〔ほんとうにこいつは、元は人間なの!?〕と思い、苦悶の声を漏らすエースにベアトリスも思わず叫んだ。

「やめて! やめてエーコ、ビーコ! あなたたちはそんなことをする人間じゃないでしょ。止まって! わたしの話を聞いて!」

 いくら超獣に変えられてしまったとはいえ、元がエーコたちならとベアトリスは呼びかけた。

 だが、必死の叫びにも関わらず、ユニタングはぴくりとも反応しなかった。

「どうして! なんで答えてくれないの。わたしを憎んでたんでしょう! どうして」

「恐らく、ウルトラマンの姿を見たら人間の魂は封印されるように仕掛けられてたんだろう。卑劣なヤプールのことだ、人間を信用せずにそれくらいの仕掛けをしていてもおかしくはない!」

 悲嘆にくれるベアトリスの肩を抱きながらミシェルは吐き捨てた。かつて二度に渡ってヤプールと直接対峙したときの、あの人間を見下しきった気配は忘れようとしても忘れられるものではない。エーコたちにも、利用する目的で近づいたのだろうが、やはりただで人間に力を貸すわけがなかったか。

「それじゃあ、もうどんなに呼んでもエーコたちにはとどかないってことなの?」

「ええ、それに奴は侵略よりもウルトラマンAへの復讐を主眼にして行動しているふしがある。十人もの人間を改造したのも、侵略作戦よりもいざというときにエースへの人質として使えると思ったからだろうな」

 ミシェルの推測はほぼ当たっていた。ヤプールは、姉妹の復讐のためと銘打って彼女たちに超獣の力を与えて、その代わりに侵略の尖兵として動くことを強いていたが、ウルトラマンAが現れたときだけは人間の意識を消し去って凶暴な戦闘獣になるようにとセットしていたのだ。

 理由は、むろんヤプールのエースへの恨みの深さが第一である。ヤプールは人類以上の高等知的生命体であるが、マイナスエネルギーの集合体であるがゆえに感情の激するところは人間の何倍も大きい。知性と野心では侵略を望んでも、それ以上に深いのが復讐心だ。

 だが当然、悪辣なヤプールの考えはそれだけではない。知性を奪ったのは、元が人間であるがゆえにウルトラマンAと対峙することになったらおじけずくかもしれないことと、万一にも寝返ることを避けるためだ。そして、最大の利点は人間であれば人質として使えるからに他ならない。

〔うかつに攻撃したら、中の魂までもが巻き添えになる。しかも、肉体ごと変わっているから魂だけ取り出すこともできないっ!〕

 エースはユニタングの攻撃を耐えながら苦悶していた。かつて、超獣バッドバアロンやギーゴンに閉じ込められた魂を解放したときには、元の肉体が存在していたから魂は帰ることができた。しかし今回は人間そのものが超獣に変えられてしまっているために倒すわけにはいかない。

「ヘヤアッ!」

 なんとかユニタングを押しのけてエースは立ち上がった。しかし、受けたダメージは思いのほか大きく肩で息をしている。

 しかも、カラータイマーも点滅をはじめて、悩んでいる時間もないことを示している。

 どうすればいい? どうすれば!

 雄たけびをあげるユニタングと泣きじゃくるベアトリス。勝とうと思えばすぐにでも勝てるが、両者がエースに必殺技を撃たせることをためらわせている。

 そのとき、悩むエースと才人にルイズが毅然とした声で言った。

〔迷うことはないわ、とどめを刺しましょう〕

〔ルイズくん?〕

〔ルイズ! お前、何を言い出すんだよ!〕

 思いもかけないことを言い出したルイズに、エースはもとより才人は大きく反発した。相手は元々人間だぞ、言うまでもないことが口に出掛かるが、それは冷静を超えて冷酷とさえ言えるルイズの言葉にさえぎられた。

〔落ち着いて考えなさい。今この状況で超獣にされてしまった人間を元に戻す手段があるっていうの? ヤプールがそんなに甘い相手じゃないってことはよくわかってるじゃない。ここでわたしたちが敗れたら、東方号は確実に破壊されるわ。そうしたら、サハラに行くことも不可能になって、ハルケギニアの滅亡につながるのがわからないの〕

〔うっ、でも相手は人間だぞ!〕

〔今はもう悪魔の手先よ。わたしだって、エーコたちのことは少しは知ってる。ベアトリスの様子を見れば、あの子がどれだけ彼女たちを大切に思っていたかもわかる。だからこそ、これ以上苦しまないようにしてあげるべきじゃないの〕

〔うっ、けどな……〕

 ルイズの言うことが正論だということは才人にもわかった。しかし、それでも納得できずにいる才人にルイズは怒鳴った。

〔いいかげんにしなさい! わたしたちがどれだけ重いものを背負ってるか忘れたの? わたしだって、できるものなら助けてあげたいわ。けど、あの子たちのために世界を滅ぼすわけにはいかない。誰かがやらなきゃいけないなら、その苦しみを受けるのはわたしたちであるべき。悪魔と戦うっていうのは、そういうものじゃないの!〕

 ルイズの気迫に才人は圧倒された。同時にルイズが大きな苦渋に耐えていることも伝わってきた。

 なにかを守るためには、ほかのなにかを犠牲にしなければいけないこともある。ベアトリスをこれ以上苦しめないためにも、エーコたちがこれ以上罪を重ねないためにも、死なせて解放させてやろう。そのための苦しみを受ける覚悟、才人はルイズに強い正義の信念を見た。

 だが。

〔だめだ、おれには殺せねえ〕

〔サイト! あなたまだ強情をはるの! それでも〕

〔ふざけんじゃねえ!〕

〔なっ!?〕

 それまで耐えてきた才人の放った突然の怒号は、決意を固めていたルイズをも圧倒した。

〔ああ、お前の言ってることは正論だろうよ。だがな、『悲しいけど覚悟して死なせて、仕方がなかったんだごめんなさい』なんて、そんなのきれいにまとまってるだけでただの尻尾切りじゃねえか! 切られたほうは何も救われねえだろうが〕

〔っく! 理想論を語ってるんじゃないわよ。それができればどれほどいいか! でも、可能性は限りなくゼロ、現実を見なさいよ〕

〔現実か、そんなもの言われなくても誰にだって見えるさ。ウルトラマンは神じゃない、届かない願いもあれば救えない命もある。確かにそのとおりだと思うし、ましてやおれみたいなバカにゃ方法は思いつかねえ……だけどな〕

 才人はそこで一度言葉を切り、そして魂の全力を込めたような叫びを放った。

 

〔たとえ可能性がゼロでも! 百人が百人とも見放しても! それでも助けを求める人がいるなら手を差し伸べるのがヒーローだ! ヒーローってのは悪人を倒すやつのことじゃねえ、悪人から弱い人を守るやつのことを言うんだ! ヤプールに騙されてたってなら、張り倒してでも目を覚まさせて連れ帰す。それができなきゃ、ただの殺し屋となにが違うってんだよ!〕

 

 才人の気迫はルイズに震えすら感じさせるものだった。才人にも、ルイズの正義の信念と真っ向からぶつかっても譲れない思いがある。

 ルイズは、なにを夢みたいなことをと怒鳴ろうとしたが、それをエースに止められた。

〔そうだな、才人くんの言うとおりだ。人を救うことを、あきらめちゃいけない〕

〔エース! あなたまでなにを〕

〔ルイズくん、君の言うことは正しい。しかし、人の命はそれ以上にかけがえのないものだ。思い出させられたよ、力は誰かを助けるために使ってこそ意味がある。ウルトラマンの本分は、助けを求める人を決して見捨てないことにあるんだ!〕

 エース・北斗の胸中には、故郷M78星雲光の国のウルトラ兄弟の姿が浮かんでいた。

 何千、何百年の時を超えて宇宙の平和のために戦い続けてきた宇宙警備隊。彼らを支えていたのは守るべき人々の幸福な笑顔。背中に子供が花を摘んで遊んでいられる世界があったからこそ、ウルトラマンたちはどんな苦しい戦いにも望んでいけたのだ。

 それをあきらめて妥協したりしたら、ウルトラの父に雷を落とされてしまうだろう。

〔でも! 実際に元に戻す手段はないのよ。どうするのよ?〕

〔いや、才人くんの言葉で気がついた。ひとつだけ可能性がある〕

〔えっ!〕

 エースは暴れるユニタングの、その体内に幽閉されている魂を指して言った。

〔あの超獣が、人間が変身してしまったというなら、肉体は変わってしまっても彼女たちのもののはずだ。だったら、彼女たちの意識を目覚めさせたら、肉体の主導権が戻るかもしれない〕

〔なるほど! テレパシーで呼びかけるってわけですね〕

〔そうだ、外側から助けることはできなくとも、内側からならあるいは。だが、この方法は大きな危険もともなう。くっ!〕

 身をかわしたエースのそばをユニタングの放った糸の束が通り過ぎていく。それだけではなく、接近打撃戦を挑んできたユニタングを受け止めて、防戦をはじめながらエースは告げた。

〔超獣め、心はなくとも本能で向かってくる。これの相手をしながらテレパシーを使うのは骨だぞ〕

〔ええっ! じゃ、どうすれば〕

〔なにを驚いてるんだ、人を助けるっていうのは簡単じゃあないってことは君もよくわかっているだろう? 悪いが、テレパシーに意識を向ける余裕は私にはない。代わりに、君たちが使うんだ〕

〔おれたちが、ですか?〕

〔そうだ、使い方は私の記憶を通じてすぐにでも知ることが出来る。ただし、集中を欠いたら通じない上に精神力を一気に削られてしまうから気をつけろ。超獣は俺がなんとしてでも抑え込んでおく! 頼んだぞ!〕

 エースはそう告げると、本能のままに襲い掛かってくるユニタングを迎え撃ちに意識を集中させていった。一人称が俺に変わっているのは北斗星司の意識が強くなっているからか。下手に傷つけるわけにはいかないので、力を加減して、かつ自分のエネルギーを少しでも節約しながら戦うのは相当に集中力をようする。これからエースに才人とルイズを支援する余裕はないといっていい。

 しかし、意気はあっても考えは追いつかない才人がとまどっていると、ルイズが一喝した。

〔しっかりしなさいサイト! あの子たちを助けるって言ったのはあんたでしょう。もたついている時間なんて一秒だってないはずよ! わたしもやるから、ぼやっとしてないでしゃんとしなさい!〕

〔ルイズ、お前反対してたんじゃ……?〕

〔あんた、わたしを血も涙もない鬼みたいに思ってるんじゃないでしょうね。わたしだって、誰かの泣き顔を見るのはだいっ嫌いなのよ! 人の命にかえられるものはないんでしょう。なら、ぐずぐずしない!〕

〔ルイズ……ああ!〕

 才人はルイズの迷いのない言葉に目が覚めたように思えた。さっきは怒鳴ったのが恥ずかしい。ルイズにも人を助けられるなら迷わず危地に飛び込む熱い魂が宿っていた。

 ウルトラマンAは突進を繰り返してくるユニタングを抑え、牽制しながら時間を稼いでいる。しかし、カラータイマーが鳴り出した以上は長くは持たないのは明白であった。

 エースが必死につなげてくれているチャンスを無駄にするわけにはいかない。テレパシーを使ってエーコたちの意識を呼び戻し、ユニタングを自分自身の意思で人間体に戻らせる。だが、ヤプールによって人間の盾となるべくユニタングの中に幽閉されている魂は、簡単に目覚めさせられるものではないだろう。

〔ルイズ、やるか?〕

〔待って、このまま呼びかけても、あの闇の力の封印力は強すぎるわ。赤の他人のわたしたちの声じゃあ、心の底までは届かないかも〕

〔……だったら〕

〔ええ、方法はひとつしかないわ〕

 才人とルイズは自分たちの力でできる唯一の道に、すべてを懸ける決意をした。それは、ふたりの精神エネルギーを一気にすり減らしかねない危険なものであったが、迷いはなかった。

 ふたりが思いついた、いちかばちかの唯一の可能性。それを明かしたとき、ふたりを激励したエースでさえ一瞬動揺を見せたものの、それしかとるべき道はないことはすぐに理解した。

〔わかった。しかし、テレパシー能力をそんな使い方をした前例はほとんどない。ましてや、君たちは私の代役で能力を制御するのだから結果はどうなるか完全に未知数だ。下手をすれば、三人とも致命的なダメージを受けることにもなるぞ〕

〔かまわないわ、後でああしておけばよかったって一生後悔し続けるよりは万倍もましよ。決めたからには、なにがなんでもあの子たちを助ける。ラ・ヴァリエールに二言はないわ!〕

 自らが傷つくことなどはまったく念頭にないルイズの叫びに、エースは感心し、才人は頼もしさを覚えた。

 突進してくるユニタングを弾き飛ばし、エースは両腕を素早く回転させてから体の前でクロスし、腕全体から強烈な発光を放った。

『ストップフラッシュ!』

 閃光状の活動停止光線を受けて、ユニタングの動きが凍りついたように止まる。これで、わずかな時間ではあるがユニタングの動きは封じられた。そしてそれを維持するため、エースは気合を振り絞って念を飛ばした。

『ウルトラ念力!』

 敵の体を念力で縛って行動を封じるこの力、これならば力の続く限りユニタングの動きを封じ続けることができる。ただし、膨大な集中力をようするウルトラ念力を使い続けるためには、ウルトラマンAはその間まったく身動きすることさえできなくなる。残り少ないエネルギーを使っての足止め、チャンスは今しかない。

 意識を集中し、才人とルイズは脳波のベクトルを自分たちを中心にしたものから、自分たちを中継地点にしてテレパシーを別の場所へと飛ばす。その流れに乗って、エースは自らの思念をルイズたちの示した相手へと送った……

〔ベアトリス……ベアトリスくん……〕

「えっ! だ、誰? 今わたしを呼んだのは」

「姫殿下? 誰と話しているのです」

〔すまないが、説明している時間がない。君の友達を助けるのに君の力が必要だ、目をつぶって気持ちを落ち着けてくれ〕

「エーコたちを!……わかったわ」

 半信半疑ながら、わらにもすがりたい思いのベアトリスは言うとおりにした。手を組んで目をつぶり、ちょうどお祈りをするときと同じ姿勢で、意識を静まり返らせる。すると、ベアトリスの脳裏に直接イメージが転送されてきたではないか。

 光に満ちた世界に佇む、銀色の巨人。ベアトリスはその手のひらの上にいた。

 

〔よく来てくれた。私の声が、聞こえているか?〕

〔ウルトラマンA!? あ、あなたがわたしを呼んだの?〕

〔そうだ、よく聞いてくれ。今、君の友達はあの超獣の体内に魂を封印された状態になっている。助けたいが、私だけの力ではヤプールの呪縛を打ち破ることは出来ない。彼女たちを目覚めさせ、人間に戻すためには君の呼びかけが不可欠なんだ。協力してほしい〕

〔わたしの、呼びかけが……〕

〔そうだ、魂に呼びかけるには魂を持ってするほかはない。そして、それができるのは世界でたったひとり、君だけなんだ。彼女たちへの愛がこもった君の声以外に、闇の底に沈んだ彼女たちの心に届くものはないだろう。私は彼女たちを死なせたくはない。頼む、時間がないんだ〕

 ウルトラマンAの要請に、ベアトリスがたじろがなかったとしたらうそになる。普通の人間にとって、ウルトラマンが自分に語りかけてくるというそれだけでさえ、大いなる驚きであろうに、ベアトリスの精神力はすでに磨耗の極にあった。

 だが、それでも彼女は自己喪失には陥らなかった。全身を覆う疲労感も痛みも、のた打ち回りたいほどの吐き気もなにもかも忘れて、ただ大きな叫びをあげた。

〔やるっ、やるわ! あの子たちを助けられるならなんでもする。まだ言ってあげたいことも、してあげたいこともいっぱいあるんだもの。死に逃げなんて絶対に許さない! クルデンホルフの姫に手を上げたことだって忘れない! 誰一人だって、天国になんて行かせてあげない。それがわたしの復讐なの! お願い、力を貸してウルトラマン!」

 言っていることは滅茶苦茶だが、言葉の奥に込められた熱い思いは嫌というほど伝わってきた。

 人は憎しみで道を誤ることはある。しかし、誤った道から誰かが手を差し伸べれば戻ってくることもできる。

 ウルトラマンAはベアトリスの思いを受け取り、才人とルイズは意識を集中して、ベアトリスの心をユニタングの中へと続く道を作った。

 暗い暗い闇の沼の中へと、ベアトリスの魂は落ちていく。やがて、その闇の底へと沈んだ魂に、小さな声が届き始めていった。

 

〔エーコ……ビーコ……シーコ……起きて……〕

 

 暗い闇の中で、誰かの声がする。

〔起きて……わたしの声を聞いて、お願い〕

 女の子? 誰だろう……?

〔起きなさい! この、わたしの命令が聞けないの?〕

 うるさいな、人がせっかく静かに眠っているというのに、この蓮っ葉で、無遠慮さはどうだろう。

〔エーコ、起きなさいよ。あなたはいつでもわたしより先に起きて待ってたでしょ。寝坊なんて許さないわよ、エーコ、エーコ〕

 今度は、誰かの名前を呼び始めたようだ。エーコ、どこかで聞いたことがあるような……ああ、そうだ。

 『エーコ』……そういえば、それがわたしの名前だった。

 少しずつ、思い出してきた。

 そう、わたしの名前はエーコ。元トリステイン貴族の十四歳、ビーコとシーコはわたしの妹の名前。上には姉が七人いる。

 栗色の髪の丸顔、中途半端に髪を束ねるのは子供っぽいと言われるけど、気に入ってるんだからしかたがない。

 これが私、エーコという人間。

 そして、この憎たらしくも愛おしい声が誰なのかも、少々不本意ながらも思い出した。

「まったく、やっと楽になれると思ったのに。どうして邪魔をしにくるんですか?」

「あなたたちに、死んでほしくないからよ!」

 目を開けると、寝起きだというのに大声でがなりたててくる女の子がいた。

 やれやれ……どうしたんですか、その顔は? まるで以前にハチに刺されたときみたい、あんまりうるさいものだからビーコとシーコも起きちゃったみたい。

 

 まったく、あなたはいつでもわたしたちを困らせますね。今度は『死ぬな』と、きましたか。

 

 『死ぬ』……『死ぬ』ということがどういうことなのか……ふと考えて、夜眠れなくなった思い出があった気がします。

 人は死んだらどこに行くのか、神さまの使いという人が書いた本には天国というのがあると記してあったけど、尋ねて教えてくれる人はいなかった。

 当然だよね。死んだ先を見て、帰ってきた人なんていないんだもの。

 なのに……神さまって不公平だよね。まだ死んでもいないのに、なにも悪いことはしていないのに、地獄だけは見せてくれるんだもの。

 だからわたしたちは悪い子になっちゃって……そしたら、天罰だけはしっかりくれるんだもの、嫌になる……

 

 でも、犯した罪の取り返しのつかなさはわかる。わたしたちは、なんの罪もない人にひどいことをしてしまった。

 償いは、しないといけない。

 

 銃士隊に追い詰められて、周到に用意してきた復讐劇のシナリオが破れさったと思い知らされたとき、姉さんたちは実力行使に出ようとした。

 超獣ユニタング……それが、わたしたち姉妹が自らの肉体の代償として手に入れた力。

 けど、悪魔からもらった体には、わたしたちも知らされていなかった毒が含まれていたらしい。

 目の前に現れたウルトラマンAを見たとたんに、体の自由が利かなくなった。それだけではなく、全員の意思を統率していたセトラ姉さんが突然なにも答えてくれなくなって、ほかのみんなも次々に意識を失っていった。

 どうやら、ヤプールはわたしたちの体を、ウルトラマンを見たら超獣の本能が目覚めるように仕組んでいたらしい。

 気づいてみたら、馬鹿な話だ。人間を滅ぼそうとするヤプールが、ほんとうに人間に手を貸すと信じていたわたしたちが……

 けれど、これでよかったのかもしれない。どのみちわたしたちには、明るい未来なんてありえるはずはないってわかっていたし。

 みんなが堕ちていき、最後に残ったのはわたしとビーコとシーコだけ。

 でも、あの子たちは少しも取り乱すこともなく、ただ疲れただけのように眠っていった。

 そして、わたしも……

 まるで、ぬるま湯の浴槽に浸かっているような、けだるくて心地よい感覚……それが激しい眠気を誘って、意識が黒く染められていく。

 もう動きたくない、なにも考えたくない。暗くて気持ちのいい世界……そう、ここでこうしていたら、そのうちお父さまとお母さまのいる世界にも行けるだろうから、もう何もいらない、やっと安らかに眠ることができる。

 

 それなのに、あなたはどうしてもわたしたちを楽にしてはしてくださらないのですね……

 

 

 悪を倒すことは誰にでもできる。なぜならそれは暴力だから。

 しかし、正義を貫くことは難しい。なぜなら、人を救うためには優しさが必要であり、人を救わない正義はすなわち悪なのだから。

 戦えば楽に勝てる。しかし、かけがえのない命を闇から救うために、ウルトラマンAの力に頼らない困難な闘いが始まった。

 

 

 続く


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