ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第72話  東方号完成、三日前

 第72話

 東方号完成、三日前

 

 くの一超獣 ユニタング 登場!

 

 

 メフィラス星人の陰謀は、ルイズの体を張った『星人凍結作戦』によって阻止された。

 被害に会った水精霊騎士隊の少年たちも、ルイズの手に入れたマンダリン草の実で回復し、元の元気を取り戻した。

「うお! 動く、足が動く! やった、やったぜ! ルイズ、君は一生の恩人だよ」

「わたしはむしゃくしゃしたから暴れたかっただけよ。礼なら、初陣なのに恐れずに戦った彼女たちに言いなさい」

 回復した少年たちは口々にルイズにお礼を言った。けれどもルイズは、彼らの謝辞にはそっけない態度をとって、才人に向かい合った。

「どうサイト? わたしたちもなかなかやるでしょう」

「ああ、まさかお前たちだけで、あのメフィラス星人を倒しちまうなんて思わなかったぜ。すげえな、今回はマジで見直したぜ」

「ふふん、当たり前のことよ。あんなへなちょこ宇宙人、ルイズさまの手に掛かったらちょちょいのちょいだわ」

 才人からの褒め言葉に、ルイズは上機嫌で胸を張った。もっとも才人は内心で、張る胸がもうちょっとあったらいいのになと恩知らずもはなはだしいことを思ったのだが、口にだけはしなかったのでベッドに逆戻りは避けられた。

 ほかにも、この場にはいないがモンモランシーも今頃は地下からギーシュを引っ張り出しているころだろう。別の意味で足腰が立たなくなっているかもしれないが、助けてやる義理のある人間はこの中に一人もいない。第一自業自得なのだし、あの目をしたモンモランシーに物申す勇気は誰にもなかった。

 ともかく、ルイズをはじめとする少女たちは一躍英雄として水精霊騎士隊に祭り上げられた。

「ありがとう、本当にありがとう。実は、もう二度と歩けないのかもって不安でしょうがなかったんだ。ラシーナ、おれは自分で自分が情けない。君に危険な思いをさせて、寝ているしかできなかったなんて」

「いいのよ、なにも言わないで。わたしたちは、ただやりたいことを思う様にやっただけ。でも、やっぱり実戦になると、とても怖かったわ。ルイズやみんながいなかったら、間違いなく逃げ出していた。それでも、待っているだけの寂しさに比べたら、あなたの元気な姿が見られてよかったと思う。できれば、今度からは少しずつわたしも連れて行ってほしいな」

「ああ、おれは君を守っていたつもりで、実はうぬぼれていたのかもしれない。ぼくらの進む先はいばらの道だけど、着いて来てくれるかい?」

「ええ、あなたの隣だったら、どこまでだって」

 ラシーナは、恋する少年と手を取り合って頬を染めあった。

 

 この事件を期に、少年たちと少女たちの距離はぐっと縮まったようだった。メフィラス星人は、ある意味で彼女たちの恋のキューピッドをしてくれたようだ。当人が聞いたらさぞかし悔しがるだろうが、こんなバカたちを歩けないようにしたところで、夜遊びができないことを悔しがるくらいで、むしろ看護婦に世話してもらえることを喜んだかもしれない。

 なんだ、よく考えたらこいつらはバカじゃなくて大バカだったのかとルイズは思った。だったら才人と気が合うのも、貴族らしさが足りないのも、こんなことに喜んで首を突っ込んでくるのも、ついでにどんなときでも楽しそうなのも納得いく。見習いたくはないが、なんともうらやましい人生を送っているものだ。

 

 しかし、回復した水精霊騎士隊にはヘマをした分のペナルティが待っていた。足腰が治ったのだから、当然翌日から訓練がはじまったのだが、事情をすべて知った上で待ち構えていた教官役の銃士隊員は烈火のごとく怒っていた。

「お前たち! せっかく毎日我々が時間を割いて鍛えてやっていたというのに、よくもたった二日で全滅などという失態をさらしてくれたな。子供だからと甘くしてやっていたのが間違いだったようだ。今日からは殺してくれと懇願するようなくらいに痛めつけてやるから覚悟しろ!」

「ひっ! き、教官どの、あれは我々ちょっとばかり油断していただけで、決して……」

「だまれ! あげくに非戦闘員に助けられたというのに恥じもせずにヘラヘラと、お前たちに必要なのは武力よりもまずは精神力だった。そのたるんだ根性を芯から叩きなおしてやる。今後一切、夜間の外出は禁止する!」

「えっ! そ、そんな」

 居酒屋のなじみのお姉さんに会えなくなると、幾人かの少年は思わず不満の声を口にした。が、それが悪かった。限界ギリギリのところで抑えていた教官の怒りの火に油を注いでしまったのだ。

「馬鹿者! あれだけあってまだこりてないのか。ようし、お前たちは自分がどれだけ罪深い存在なのか思い知る必要があるようだな。全員パンツ一丁で艦内一周だ!」

「えっ! そ、そんな。ぼくらは貴族なの……」

「さっさと行け! 遅れた奴はぶった斬るぞ!」

「り、了解しましたぁ!」

 白刃を抜いて怒鳴る銃士隊員に追い立てられるようにして、水精霊騎士隊は慌てて服を脱ぎ散らかすと下着一つで全力疾走していった。貴族の誇りもなにもあったものではない、胆力の点で完全に彼ら全員よりも教官一人のほうが勝っていた。

 しかし、新・東方号こと大和の艦内は広い。いくつもの階層に分かれていて、ひとつの都市くらいの規模の広大さを誇るから、一周といっても十数キロものとんでもない長さになる。もちろん、工事中だから無人ということはなく、行くところごとに作業をしている平民に「なにやってるんだあいつら?」と好機の目で見られて、パンツ一丁のギーシュたちは恥ずかしくて死にそうな思いをしながら、ひたすら走り続けたという。

 

 教官役の隊員が言ったことは脅しではなく、それからの訓練は激烈を極めた。さすがに剣だけで成り上がってきた銃士隊式の訓練は並ではなく、公務のときには女を捨てているという噂もうなづける。たるんだ根性を叩きなおす、鉄は熱いうちに打て、冷めたら思いっきり強くぶっ叩け、つまりバカが根まで染みこんだ連中をなんとかするには、徹底的に痛めつけてやる必要があるということだ。

 どっちみち、エルフの国に乗り込もうという無茶の三乗をしようとしているのだ。このくらいでへばられてはこっちが困る。若いうちの苦労は買ってでもしろ、なぜなら若いんだから。

 

 事件のその後については、ルイズから事情を聞いた銃士隊が事後処理をおこなった。物理的な被害は少なかったものの、軍の秘蔵品である凍結弾を全部使用してしまったことについては空軍から物言いが来た。しかし、星人を造船所に大きな被害が出る前に撃破できたということで、なんとか合い合いにすることができた。

 だが、女子生徒たちだけで星人に立ち向かったことについては、当然のごとくミシェルやエレオノールからきついお説教があった。

「あなたたちだけで危険なことをして、もしものことがあったらどうするつもりだったんですか!」

「で、でもお姉さま、解毒剤は手に入れたし、悪巧みをしていたヤプールの手下もやっつけたんだからいいじゃないですか」

「そんなことは別の手段でも解決できたわ! いい? あなたたちに触発されて、成果さえあげたら勝手な行動をとってもいいという人たちが増えたらどうなると思うの!」

「そ、それは……」

 エレオノールの怒声に、ルイズは自分の不見識を恥じるしかなかった。

 結局、ルイズたちについての処分は、首謀者のルイズは謹慎三日間と反省の作文三十枚、その他の者たちについては共犯ということで一日の謹慎と作文十枚が言い渡された。

 なお一般には、事件のあらましは公開されなかった。貴族の子弟が遊び歩いたあげくに色仕掛けにかかってやられたなど、世間に恥を振りまくようなものだからである。メフィラスの出現は、破壊活動をしようとしたためと説明され、倒したのは軍だと公表された。

 

 しかし、ルイズたちにとって世間の評判などはどうでもよかった。なぜなら、一番認めてほしいと思う人がずっとそばにいてくれるようになったからである。

「ただいま、ルイズ」

「あ、あらお帰りサイト、早かったのね」

「お前がさっさと帰って来いって言ったからだろうが。ったく、おれたち以上に無茶するからなお前は。心配で、おちおち寄り道もできなくなったこっちの身にもなれ。さ、メシにしようぜ」

 ルームサービスを頼んできた才人といっしょに、ルイズはその夜二人きりのディナーを楽しんだ。もちろん才人も、照れ隠ししながらも、久しぶりのルイズと二人きりを楽しんだのは言うまでもない。

 それに、モンモランシーたち、共にメフィラスと戦った女生徒たちも似たふうにボーイフレンドと仲良くできていた。気の多い男子たちにも、自分のために命がけで戦った少女たちの思いはちゃんと届いていたのだ。遅くまで語り合ったり、早い者では婚約を言い出したカップルまでいた。

 要するに、淑女の誇りを懸けた作戦『プライド・オブ・レディース』は見事に成功したのであった。

 

 ちなみに、蛇足ながら付け加えておくと、彼女のいない水精霊騎士隊の隊員たちは、涙を呑んで同僚をうらやみつつ毎夜を疲れにまかせて眠る日々を送った。また、性懲りのしの字もなく宿の女性従業員に声をかけていたギーシュが、その後三日間訓練を欠席して、四日後に骸骨かと見まごう姿でやってきたときには全員が誰だかわからなかったという。

 

 さらにもう一つ、忘れてはいけない事柄があったのを付け加えておこう。

「先輩方、おはようございます!」

「おはようミス・クルデンホルフ、今日も元気そうね。それじゃ、今日はわたしたちがあなたといっしょに街を見て回るわね。護衛としては頼りないかもしれないけど、我慢してね」

「そんなことはありませんわ、よろしくお願いします先輩方!」

 あれ以来、ベアトリスとラシーナたち少女たちはすっかり打ち解けていた。先輩と後輩という、ベアトリスにとっては新鮮な間柄に入ることで、クルデンホルフの名を一切出すことなく人と付き合えるようにもなった。ラシーナたちも、先輩と呼んでくれるかわいい子ができることはまんざらでもない。喜んで、小さな後輩の面倒を見ようとしていた。

「ふふっ、先輩なんて照れるわね。でも、やるからには真剣にやらなくちゃね。わたしたちは、東方号の工事が可能な限り能率的にいくようにお手伝いすること、気の抜けない重要な仕事よ」

「はい、でもすみません。エーコたちにあげた休暇のあいまに、思ったよりも仕事が溜まってしまったばかりに」

「いいのよそれくらい。なんでもエーコさんたちって、ずいぶん久しぶりにご姉妹と会われるそうじゃない。家族水入らずを邪魔したら野暮よ、わたしたちだってお手伝いくらいできるわ」

 少女たちは、まかせてよとばかりに胸を張った。その優しくも頼もしい様子に、ベアトリスは大きく安心感を覚えるのだった。

「申し訳ありません、このお礼は必ずいたしますわ」

「そんなにかしこらなくてもいいわよ。ああもうっ! かわいいんだからっ!」

「きゃっ! ちょっ、先輩」

 ひとりの少女がベアトリスを抱きしめて、思いっきり胸にうずめた。ベアトリスはつんけんしていたら憎たらしいけれど、おとなしくしていたら小柄でツインテールなところが幼さを引き立てて小動物的な魅力がある。下手に出て頼ってくる容姿は、母性本能というか庇護欲を思いっきり刺激するものがあった。

 連れだって、あれこれと話をしながら歩いていくさまは、すでに仲のよい学友たちと呼んでも何差し支えない和やかさをかもし出している。たまに道ですれ違う、ベアトリスと何度も会ったことのある工員などは、最初の彼女のイメージと今の彼女を合わせるのに苦労したようだ。

 ベアトリスと女生徒たちは、それぞれ命を懸けた戦いの中で隠しようのない素の姿を見せあったことで、信頼のおける相手だと確信することができたのだ。

 また、副産物的に銃士隊がベアトリスの護衛から解放されたのも大きい。せっかく仲良くなりかけたのにと残念なところもあるが、同じ街にいていつでも会えるのだからと、ミシェルは隊員たちを直接指揮して職務に精励していった。

 

 

 東方号の工事のほうも、関係性がある部署は動員数を増やされた衛士隊に厳重に警備され、作業が急がれていた。

 しかし、その作業は必ずしも順調ではない。すでに露呈していた機関部の再始動ができないという難題に加え、あまりにも巨大な翼を作る作業ゆえに、従来の空中船の要領で組み立てをしようとして失敗や事故が続発、至急新しい方式を考案しなければいけない事態に陥って、組立部門の責任者たちが頭をひねっている。

 このほかにも、翼の骨組みとなる巨大鋼鉄パイプ、表面に張られる薄い鋼板などはいずれもトリステインの鍛冶師たちの想像を絶する代物であったために、苦悩していない部署はないと言っていい。

 が、それらは彼らにとって不可能に限りなく近くても、決して不可能なレベルではなかった。

 確かに地球の工業レベルはハルケギニアを圧倒的にしのぐ。だが、それらの最初はこうして単純な棒や板をよりよく作るところからスタートしたのだ。成功は星の数ほどの失敗と汗の上にこそあるのである。

 それに、最近は工員たちの働く環境も、多少なりとて改善していた。いつもは、魔法で平民の何倍もの仕事をこなせるメイジたちが、平民の工夫たちを見下して、事あるごとに馬鹿にしにくるのがなくなっていた。

 これは、ベアトリスが見回りの際に平民の工員とメイジが言い合っていたのに遭遇し、平民とメイジの確執が大きくなることを恐れて手を打ったからである。もちろん、ただメイジに平民にちょっかいを出すなと言い渡しても、それが守られる見込みは少ない。そこで、ミシェルや銃士隊の皆に知恵を借りたところ、出された答えがメイジと平民を競わせることであった。

 内容はしごく単純で、現在製作中の東方号のパーツを、納期内により高精度に作れたほうにほうびを出すというものだ。速さや量ではなく質を競うならば、手作業の平民にも十分勝ち目がある。平民たちが奮闘するのはもちろん、メイジたちも平民に負けたら大恥だと、遊んでいる暇はなくなった。

「平民もメイジも、仕事のやり方が別なだけで本質に違いはありませんよ。職人としての誇り、それを目覚めさせてやれば、あとは余計な口出しをしなくても勝手に働いてくれますよ」

 実家が町工場をしていたという隊員から、ベアトリスが聞いたことがそれだった。上からあれこれ指図するのではなく、彼らが存分に働ける環境を作ってやって、あとは見守る。それはベアトリスにとって、発想を根本から入れ替えただけでなく、まったくの門外漢と思っていた人間からも学べることはあるということを知れる、大事な体験となった。

 

 

 霧中において大山の全容を知ろうとしているにも等しい難事業を、人々はそれぞれ自分たちなりの仕事とやり方で進めていった。

 彼らの誰もが、この新・東方号がトリステインの命運を握っていることを承知している。その真の目的を知っていても知らなくても、この異世界から来た巨大戦艦以上に強力な戦力などはないことくらいわかる。この船ならば、トリステインのいかなる兵器をもってしても進撃を食い止めることさえかなわなかった大怪獣たちと戦うことができると信じて、彼らは汗を流す。

 かつて広島県呉市のドックで、大和の建造にあたった人々もこんな気持ちだったのだろうか。日本国のすべてを懸けて建造された超戦艦大和、残念ながら価値を発揮する機会を与えられずに最期を迎える運命を辿ってしまったが、大和が希望の象徴であったことには変わりない。

 大和のたどった悲劇を繰り返してはならない。太平洋戦争でも、大和一隻を投入していれば勝てた戦いはいくつもあった。世界最強の戦艦を持ちながら、出し惜しんで戦争そのものを逃してしまった旧日本軍の愚行を繰り返してはならない。ましてや空中戦艦と改造されようとしている今、その価値は計り知れない。それ以上に、送られた希望の願いを無にしては絶対にいけないのだ。

 

 

 メフィラス星人の事件以後、造船所はさらに厳戒態勢を強いて工事が続けられた。これだけの大戦艦の建造、軍も最初からヤプールがどこかで妨害を仕掛けてくるのではないのかと警戒していたのだが、船ではなく人間を狙ってくるやり方もあるとわかるとさらに警戒を強められた。

 ヤプールは人間を見下しているが、同時に過小評価もしていない。西暦一九七二年にウルトラマンAと戦っていたときも、超獣攻撃隊TACが開発した超光速ロケットエンジンや超獣攻撃用ミサイルV7を破壊するために超獣を送り込んできている。油断したら、どこからどんな手段で襲ってくるかわからない卑怯な敵、それがヤプールなのだ。

 

 警戒態勢の強化が幸いしたのか、それから十日ほど何事も起きずに平和な日々が続いた。

 コルベールは寝食を忘れて、ハルケギニア初にして人生最大の作品に没頭し、水精霊騎士隊はボロボロになるまでしごかれる。

 

 そして、そんなある日、皆の士気を大いに高めるビッグニュースが、文字通り街の空を駆け抜けた。

 

「よーし準備いいぜ! プロペラ回せ! 風送ってくれーっ!」

 街から離れた草原でおこなわれていた才人とルクシャナが主導になっておこなわれていた実験。それが今日、ついに実を結ぼうとしていた。

 才人の合図をきっかけにバリバリというエンジン音が高らかに鳴り響き、三枚羽根のプロペラがうなりをあげて空気をかき乱していく。それは旧日本軍が開発した、最高の一千馬力エンジンとうたわれた栄の放つ目覚めのうなりであった。

 そして、この音を放つのは旧日本軍に二機種ある。ひとつは陸軍で『隼』の愛称で慕われた一式戦闘機。もうひとつは言うに及ばず、日本海軍の空の象徴である銀翼の戦士、零式艦上戦闘機・通称ゼロ戦。この両機種は極めてよく似ているが、才人の乗っている機体には海軍機の象徴である着艦フックがあった。

「やった! 動いたぜ」

 コクピットでガッツポーズをとる才人の顔が、けんか別れをした友達と十年ぶりに再会したように輝いている。

 手の中にある操縦桿、そして目の前の計器類もたった数週間ぶりだというのに嫌に懐かしい。才人は、またこのコクピットに戻ってこれたことを心から喜んでいた。

「この音、この振動……帰ってきたんだな。久しぶりだな、ゼロ戦。またお前といっしょに飛べる日が来るなんてな!」

 ラグドリアン湖での戦いで、才人が異空間から持ち帰って愛機にしていたゼロ戦はアイアンロックスの砲火を浴びて失われた。

 しかし、もう二度と乗れないと思っていたゼロ戦との再会は、思いも寄らないほど早く才人の元へやってきた。

 それは、バラックシップに吸収されて一部とされていた多数の空母。沈没せずにラグドリアン湖の上を漂流したり、岸に座礁していたりしたその格納庫の中に、多数の艦載機が残存していたのである。

 むろん、それらは海底で腐食していたが、調べてみたところ腐食の度合いは意外なほど少なかった。金属製品とは腐食に弱いものと思われがちだが、実は結構頑丈なのである。実際に大戦から六十年以上経った今でも、墜落した航空機の残骸が飛行場跡などに現存しているし、放棄されていた機体を再生させた例もある。

 それらの機体があることを知ったとき、真っ先にコルベールが飛びついたのは言うまでもない。彼は早速竜騎士やグリフォン、マンティコアなどをあるだけチャーターして残骸を運ばせた。

 残存していた空母は、才人が確認したところでは『赤城』『蒼龍』『瑞鶴』『飛鷹』の四隻。ほかにアメリカの『サラトガ』と『レキシントン』、イギリスの『ハーミス』もいたが、サラトガは水爆実験で沈んでいたために搭載機がなく、レキシントンは搭載機が旧式低性能だったので戦力外とされ、ハーミスは沈没していた上に、搭載機もゼロ戦はおろかアメリカ機に比べても格段に性能が劣るものしか積んでなかったので、サルベージは見送られた。

 結果、手に入ったものはゼロ戦十機、その他の雷爆撃機が二十機弱。ほかにもあったが、沈没時に大破していたり、腐食が激しすぎたものは放棄された。空母四隻で計三十機、まずまずの収穫といえるだろう。

 運ばれてきたそれらの残骸を使って、コルベールはさっそく復元作業を開始した。もっとも、彼には東方号の再建という大仕事があるために、代役の責任者としてルクシャナが指名された。彼女は最初、こんなガラクタをいじるなんてとしぶったけれども、「不器用なのか?」という一言に、「蛮人にできたことが、この私にできないなんてあるわけないでしょ!」と、買い言葉で引き受けることとなった。負けず嫌いな性格をうまく利用された形になる。

 そして復元対象に選ばれたのがゼロ戦だった。これならば、コルベールが一度隅から隅まで観察していたので詳細な図面が残っている。また、ガソリンや潤滑油などのサンプルもあったので、それらは容易に複製できた。それを頼りに、ルクシャナと十数人の研究員たちは、比較的状態のよかった一機をベースにして、ほかの残骸からパーツを取り出して復元を進めて、ついに一機を稼動可能なまでに修復したのだった。

「やったわ! けどすごい……本当になんの魔法も精霊の力も使わずに、鉄の組み合わせだけでこんなパワーを生み出せるなんて信じられない……異世界ね、そこにはもっとすごいものがいっぱいあるのかしら?」

 油まみれになったルクシャナの顔にも会心の笑みが浮かんでいた。

 一度本当に飛ぶゼロ戦を見ていたとはいえ、こんな鉄の塊が動くとは半信半疑だった。しかし、自分の手で一から組み上げたことにより、疑問は霧消となっていた。

 これから、完成したゼロ戦は飛行テストなどを繰り返した後で、良好であれば次の機体の修復に入る。うまくいけば、五機くらいの飛行隊を組めるようになるかもしれない。それに誰が乗ることになるかは未定だけれど、わずかでも東方号に空の守りができることになるだろう。

 かつての戦艦、大和と武蔵は護衛機のないところを一方的な空襲で撃沈されたが、東方号はそうさせない。才人は、ゼロ戦の操縦桿を握り締め、力強い爆音を聞きながら誓った。

「ゼロ戦、今度こそお前を無駄に死なせはしない。だから、もう一度おれといっしょに飛んでくれ!」

 スロットルを上げるに従って、ゼロ戦は才人の意気に答えるように轟音を上げていく。

 

 

 だが、ゴールを目指して順調に進んでいるような日々は、あと三日で工事が完了するというときに裏切られた。

 街中に響き渡るサイレンの音、そして慌てふためいて逃げていく人々の悲鳴、空から流れる竜騎士の叫び。

 

「超獣出現! 全工員は作業を中断して避難せよ! 繰り返す、超獣出現! 超獣出現!」

 

 前触れなどは一切なかった。造船所の一角に突如として出現した超獣は、そのまま周辺の建物を破壊し始めた。

 崩れ落ちていくレンガ造りの建物に、へし折られていく給水塔。超獣の巨体を前にしては、ただの建物などはひとたまりもなく次々と破壊されていく。破壊された建物からは火災も発生しだし、青空に黒煙がたなびきだした。

 しかし、超獣の暴虐が黙って見過ごされるはずはない。勇敢な騎士の乗ったドラゴンやグリフォンがすぐに駆けつけて、魔法や魔法武器での攻撃をはじめる。さらに、ゼロ戦のテスト飛行中であった才人も、そのまま機首を翻して現場に急行した。

「あいつか! 白昼堂々現れるとはいい度胸だ。ここから先に進めると思うなよ」

 コクピットからガラスごしに超獣を眺めて才人は気合を入れた。ゼロ戦は連日の調整のかいがあって、エンジンは快調そのものだ。

 旋回しながら才人は超獣の特徴を確認した。前に向かって大きく突き出た一本角と鋭い牙を持つ口、大きなハサミになっている手、緑色の胴体には女性の乳房に似た突起物が八つついている。

「くの一超獣ユニタング……ヤプールめ、とうとうハルケギニアにも超獣を投入してきやがったか」

 アルビオンでのバキシムとブロッケンを最後として、ハルケギニアに超獣が出現した事例がない記録はこれで破られた。それはすなわち、ヤプールがハルケギニアを攻撃するのに現地調達の怪獣を使わなくてもよいくらいに戦力が回復したことを意味する。今後ヤプールの攻撃はどんどん激しくなっていくだろう。この超獣はその先兵ということか。

「狙いは当然東方号だろうけど、近づけさせやしないぜ!」

 才人はパイロット用ゴーグルを下げると、乾いた唇をぺろりとなめた。操縦桿にぐっと力を込めてから力を抜き、計器をすばやくチェックする。油温、油圧、残燃料にフラップ、どれも問題はない。

 いくぞと覚悟を決めると、才人は機首をユニタングに向けた。このゼロ戦には機銃は装備されていないが、その代わりに魔法アカデミーやコルベールが作ったいくつかの新兵器が搭載されている、実戦テストにはもってこいだ。

 操縦桿についたトリガーに指をかけ、才人は照準機のど真ん中にユニタングを入れた。ユニタングは魔法騎士隊が足止めしており、動きが止まっている今が絶好のチャンスだ。

 だが、トリガーに力を込めようとした、まさにその瞬間だった。ユニタングの姿が陽炎のように揺らめくと、半透明になって実体感を失ってそのまま……

「消えたっ!?」

 時間にしたらざっと二秒とその前後であっただろう。才人が攻撃をかけようとしていた超獣は、まるで空気に溶け込むようにして消えてなくなってしまったのだ。

 思わず才人はゴーグルを外して目をこすった。しかし、自分の目がおかしいわけではない証拠に、魔法騎士隊も標的を失って右往左往している。前後左右、下とついでに上も見渡したが、超獣の姿はどこにもない。ただ、破壊された建物の残骸だけが、ここに超獣がいたという現実を物語っていた。

「逃げたのか……?」

 ぽつりと才人は自信なげにつぶやいた。

 いったいなんだったんだ、あの超獣は? どうやらヤプール得意の異次元転送でこの空間から引き上げさせたようだが、なぜあのタイミングで回収したのだろうか。形勢が不利になったとかいうのならばわかるけれど、形勢はむしろユニタングに有利であった。あのまま暴れさせたほうが、どう考えたっていいはずなのに。

「威力偵察だったのか……? なんか、とてつもなく悪い予感がするぜ」

 あの陰湿で目的を果たすための執念深さでは右に出る者のいないヤプールにしては、出るのも引くのもあっさりとしすぎている。なにか作戦があるというのか? それも、あのヤプールのことだから、最高に卑劣で悪辣な作戦を……

 目的を失って、火災を起こしている街の上空を旋回し続けるゼロ戦。やがてルイズや水精霊騎士隊も馬で駆けつけてきたが、彼らも肩透かしを食らったことを悟ると、不吉な予感に表情を暗く染めたのだった。

 

 結局、その日は逃げた超獣に備えるために厳戒態勢が続いた。数時間後に作業は再開されたものの、万が一にも工員たちに被害を出したら、あと一歩まできているスケジュールが台無しになってしまう。

 そうして、あっという間に昼から夕方になって、やがて闇の帳が街を包んだ。

 夜襲を警戒していた才人や水精霊騎士隊も、疲れには勝てずに兵士に見張りを任せて宿に帰っていき、銃士隊も交代で睡眠をとった。

 どこから襲ってくるのかわからない超獣、兵士たちは精神をすり減らしながら夜の闇に立ち続ける。

 ルイズたちは、ユニタングが現れたらすぐに才人たちを起こせるように、彼らが眠っている間中見張りに立った。モンモランシーやティファニアなど些少の料理ができる者は、具をはさんだパンや砂糖を濃く溶かした茶を用意して待った。

 ピリピリとした、落ち着かない雰囲気に街全体が包まれていた。超獣がいつ襲ってくるかわからないという緊張感は、普通の人間からはいちじるしく安眠を奪う。熊や狼のいる山で、テントを張って安眠できるほど神経の太い人間はそういない。

 

 時間だけが過ぎていく中で、造船所には夜間作業の音が、今日はやけに無機質に響き渡っていた。

 

 一方、街全体がそんなふうになっている中で、遅くまでランプの明かりが消えずに、ペンの紙をこする音が鳴り続けている部屋があった。

 ある高級宿の特別室、とはいっても軍人が泊まる用だから質素な作りのそこを借り切っているベアトリスたち一行。すでに夜もふけて日付も変わる時間を過ぎ、ルームサービスもやっていないこの時間、普通の客ならばとっくに寝静まっているころなのに、ベアトリスは机について一心不乱に本やノートと向き合っていた。

「トリステインのワインの産地は、北部にタルブ、南部に……ゲルマニアとの貿易の統計、六千二百四十年は……」

 彼女が読んで要点を書き写しているのは、トリステインの経済に関する資料やクルデンホルフが過去におこなった交易の記録であった。それらを一通りすませると、今度はトリステイン魔法学院の教本を取り出して、座学の問題に取り組み始める。

 来年度には魔法学院に入学するベアトリス、成績を最初から取りに行くための予習だった。こうした隠れた努力も、彼女がクルデンホルフ大公国の娘として生まれたがゆえの責務……人には他人に見せない姿の一つや二つはあるものだ。

 街の状況とは関係なく、時間はただ過ぎていく。ベアトリスにさぼっている余裕はない。じっと机に座ったままペンを動かすのを、時計の針が動く音だけが見守っていたが、やがて日付が変わってからさらに数時間が経過した時刻になったとき、部屋のドアがノックされた。

「誰?」

「エーコですわ。よろしいですか?」

「ええ、入りなさい」

 ドアの開く音がして、室内にエーコが入ってきた。振り向いたベアトリスの目に、ランプの明かりに照らされたエーコの茶色い髪と気の強そうな瞳が映ってくる。夜も遅いせいか、いつもは結んでいる髪が解かれて首の後ろまで垂れ下がっている。

 なにか用かしらと問いかけるベアトリスに、エーコは逆に質問を返した。

「まだお勉強ですか? 姫殿下」

「ええ、クルデンホルフの人間が劣等生になるわけにはいかないものね。ビーコとシーコは?」

「もう寝ました。二人も今日は疲れたのでしょう」

 そう言うエーコも、どことなく眠そうな瞳をしているのにベアトリスは気がついた。

「ああ、今日、いえ昨日はまたあなたたち姉妹が全員集まったんでしたね。皆さん、お元気でした?」

「はい、皆変わりなく。今はこの街でそれぞれ仕事を見つけて働いています」

「それはいいことね。なんでしたら、紹介しにくればよろしいのに。あなたのお姉さんたちならわたしも会ってみたいわ」

 ベアトリスは残念そうな表情を浮かべた。ここ最近、何度かエーコたちには休暇を与えて姉妹たちに会いに行かせているけれど、ベアトリス自身はエーコたちの七人の姉妹とは、まだ一度も会ったことはなかった。

「すみません、皆しばらくトリステインを離れておりましたので、こちらに落ち着くまではしばらくゆっくりしたいと」

「仕方ないわね、そういえばお姉さんたちは他国ではどんなお仕事をなさっていたの? 差し支えない範囲でいいから教えてくれたら、そのうち会うときの参考になるのだけど」

 ベアトリスが尋ねると、エーコは軽くうなづいた。

「あちこちで、それこそいろいろとしていたようです。店に雇われて売り子をしていたり、少々前のアルビオンは内戦で人を集めていたそうですから、王党派にもレコン・キスタにも入ってメイドをしていたりもしたそうです」

「大変だったのね」

「ええ、ですがこうして姉妹全員で同じ街に住んで働けるようになりました。これも、姫殿下がこの街での雇用を増やしてくれたおかげです」

「そ、そんな礼を言われるようなことじゃないわ。あなたたちのことは、あくまで副次的なことなんだから……でも、はぁ……」

「どうなさいました?」

 唐突にベアトリスがため息をついたので、エーコは歩み寄ると彼女の顔を覗き込んだ。

「いえ、たいしたことじゃないわ。わたしは兄も姉もいない一人っ子だから、なんとなくあなたたちがうらやましくってね。父様は男子が欲しかったそうだけど、どういうわけか生まれたのは女子のわたしが一人だけ。おかげでねぇ……」

 口を閉ざしたベアトリスの言葉の先はエーコにもなんとなくわかった。本来男子が担うべき役割を押し付けられて、かなり息苦しい思いをしたに違いない。将来ベアトリスに婿をとらせてクルデンホルフを継がせるにしても、クルデンホルフほど大きな貴族では容易に他者を信用はできまい。それで、自然とベアトリスに女子としては過大な期待がかかることになる。

「ふぅ、どうでもいいことを言っちゃったわね、忘れてちょうだい」

「そうおっしゃられるのであれば、わたくしはそうするのみです。ところで姫殿下、そろそろ夜も遅いです。お休みになられるべきかと」

「そうね……じゃあ後数分、今やってるところを切り上げたら寝かせてもらうわ」

 そう言うと、ベアトリスはエーコに背を向けて机に再び向かった。

 エーコが覗き込むと、机の上には彼女の歳ではかなり難しめと思われる教本と、びっしり書き込まれたノートが置かれていた。きっと幼い頃から家庭教師に厳しく仕込まれてきたのだろう。集中して勉強に取り組んでいるベアトリスに、エーコはそのまま立ち去るべきかと思ったが、ふと彼女の背中から話しかけた。

「毎晩、勉強熱心でいらっしゃいますね」

「一応はね、本当はわたしも夜遊びとかしてみたいと思わないわけじゃないけど、わたしにはお父様とお母様の期待がかかってるから。お父様が一代でのし上げたクルデンホルフの将来はわたしにかかってる。いつか受け継ぐ日のために、魔法学院の主席卒業くらいは当然……そういうことよ」

「大変ですね……」

「そうでもないわよ。わたしはクルデンホルフに生まれたことを嘆いたことは一度もないわ。むしろ、なによりも誇りに思ってる。でも、まだまだクルデンホルフは金だけで伝統のない成り上がりと馬鹿にする連中も多いわ。だからね、そんなクルデンホルフを認めようとしない頑迷な古臭いだけの貴族は、将来わたしが思い知らすの。お父さまが築いたクルデンホルフは、わたしが世界一の貴族にしてみせる」

 強い決意が言葉に込められていた。人は目標を果たすための努力ならば苦痛にならない。少なくとも、ベアトリスにとっては、この程度の努力は苦痛とならずに、快い刺激と感じられているのだろう。

 しかし、熱意をペンに向けているベアトリスの背中に送られるエーコの視線には、好意以外の冷たい色が含まれていた。

「そうして、クルデンホルフが大きくなるために、いくつの貴族が犠牲にされてきたかご存知ですか……?」

「え? エーコ、なにか言った? ちょっと、悪いけど聞き取れなかったわ」

「いえ、なんでもありません。おやすみなさいませ……」

 ベアトリスの耳に、規則正しい足音の次にドアの閉まる音が響いて、また部屋は時計の音のみが鳴る空間に戻った。

「変なエーコ……ふわぁぁーっ……わたしもそろそろ寝ましょうか」

 大きなあくびをしたベアトリスは、教本とノートを閉じると机のランプを消した。

 部屋のベッドは丁寧にベッドメイクがされており、疲れた体を暖かく包んでいく。

「わたしが、ハルケギニアの女王になったら……大臣には、えー……参謀には、びー……くぅ」

 寝言ともつかないかわいらしい声が流れ、後の寝室には小さな寝息だけが残った。

 

 

 人それぞれの人生、夜はそのすべてを平等に包み込んでゆく。

 だが、夜よりもはるかにどす黒い闇の化身、ヤプールは人々の不安を栄養源として、さらなる邪悪な策謀をめぐらせていた。

 街の一角のとある二階建ての建物。どこにでもある安家賃だけがとりえのアパルトマン、地球で言えばアパートに該当するであろう、この街で働く平民や、その家族が住んでいる、なんの特徴も持たない古ぼけた建物。そんな何百軒もあるただの集合住宅の一室において、人々の希望や多くの命を踏みにじろうとする陰謀が企まれていたとしたら、シュールだと人は笑うだろうか?

 けれども、世の人々を震撼させる数多くの凶悪な犯罪や事件は、そのほとんどが何の変哲もない普通の街の中で起きているのだ。

 人は自分の日常が、ある日突然壊されるとは思わない。いや、思いたがらない。だから、壁ひとつだけ隔てた隣室の住人が自分を刺し殺すための包丁を研いでいて、その音が漏れていたとしても、大方の人は事件が起きた後でしかそのことを思い出さない。

 その心の隙間こそに、悪意が誰にも気づかれずに入り込む隙があるのだ。

 アパルトマンの、それなりに広く家族連れなどが入る部屋。そこでヤプールの使者は、先兵たちに指令を与えていた。

「まずは、作戦第一段階成功というところだな。よくやった、あれでこの街の人間どもには超獣の姿が強くすりこまれたことだろう。おかげで、眠ることすらままならない人間たちのあいだには不安がつのっている。いいざまだ」

「相変わらず趣味が悪いわね。あなたの嗜好などに興味はないわ、さっさと明日からの計画を話しなさい」

 ヤプールの使者、顔を仮面で隠した男と相対していたのは金髪をした長身の女だった。彼女の周りには、年頃や見た目も様々な少女が立ったり、椅子に腰掛けたり、床に座り込んだりしながら一様にこちらを見ている。その数は六人、全員が先日にメフィラス星人の元で暗躍していた女たちだ。

 彼女たちは、射殺すような視線を送ってヤプールの手下を牽制する。その視線の圧力は、並の男ならば冷や汗をかいて口調をどもらせてしまうだろう。しかし、ヤプールの手下はむしろ楽しそうに笑った。

「くくく、全員いい目をしている。猜疑心に満ちた、その冷たい目こそ我らヤプールの同志としてふさわしい」

 悪意の塊であるヤプールに、悪意を向けても効果はないに等しかった。女は軽く舌打ちすると、この相手がメフィラスとは違うことを認識せざるを得なかった。

「余計なお世話よ。無駄話をしていないで、さっさと用件を言いなさい」

「嫌われたものだな。いや、それともまだためらいがあるのかな? なにせ、お前たちは元々人間、この街の人間どもを皆殺しにする手助けをするのは、怖くなったか?」

 仮面の裏から、小ばかにするような笑いが響いて少女たちは歯噛みした。赤毛の少女が、「この野郎」とつぶやき、ナイフを持って立ち上がる。しかし金髪の女は赤毛の少女を制し、ヤプールの使いに厳然として言った。

「あなたたちと契約して、人間をやめたときから躊躇などはないわ。いずれ人間は滅びる、けれど私たち姉妹はあなたたちの配下となる代わりに生き残らせてもらう。そういう約束だったわね」

「ふ、そこまで言えるのならば問題はなかろう」

「代わりに、私たちの条件も忘れないでね。ヤプールの作戦は手伝う、ただしクルデンホルフの小娘だけは私たちが始末するわ。あの苦労知らずの小娘に、地獄の苦しみを与えてやるために」

 憎悪の炎が煮えたぎる女の目。ヤプールの使いは、それこそが見たかったとばかりに笑った。

「ふははは、そんな純粋な怨念を妨げる理由などはない。好きにするといい……復讐、これほど甘美な響きもあるまい」

「余計なことを言わないで」

「ふふ、いや……お前たちの気持ちはわかるさ。私も、今は人の姿を模しているが、内には復讐の炎が燃え滾っている。ウルトラマンAから、この身に受けた痛みと屈辱は忘れはしない。アルビオンでの借りを何十倍にして、今度こそ奴を八つ裂きにしてくれる!」

「勝手にするといいわ……」

「フッ、間もなく私も出る。お前たちも、せいぜい働いてもらうぞ……フフフ、ファハハハ!」

 部屋の明かりにヤプールの使者の影が照らし出され、巨大な角と鋭いとげを生やした腕を持つ本来の姿があらわとなる。

 悪魔の化身と、悪魔に魂を売った少女たち、その怨念が解き放たれるときは近い。

 

 

 続く


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