ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第71話  プライド・オブ・レディース (後編)

 第71話

 プライド・オブ・レディース (後編)

 

 悪質宇宙人 メフィラス星人

 怪草 マンダリン草 登場!

 

 

 肩を文字通りに怒らせて街を行くルイズたち一行。

 何者かの陰謀によって、全員が病院送りにされて事実上全滅状態にされてしまった水精霊騎士隊の仇を討ち、犯人の持つ解毒剤を手に入れるために彼女たちは出動した。

 作戦名『プライド・オブ・レディース』、それは淑女の誇りという意味を持つ。いつも女性だからと後ろにいることを強いられて、まるで役立たずのような扱いを悪意はなくともしてくる男たちを見返すための、それは決意を込めた命名だ。

 リーダーはルイズ、サブリーダーはモンモランシー、その他ルイズの級友たちで水精霊騎士隊に恋人がいる女子で構成されたメンバーは総勢十三名。その中に、たまたま鉢合わせしただけのベアトリスを加えて、彼女たちは目を光らせて街を闊歩する。

 しかし、街をただひたすら歩き回るだけで、特に変わった行動をとろうとしないルイズに、モンモランシーはどうしたのかと尋ねた。

「ところでルイズ、意気込んで出てきたけど、どうやって犯人を見つける気なの? なんかかっこいい作戦名をつけたのはいいけれど、いい加減作戦を説明してちょうだいよ」

「あ、別にないわよ」

「はぁっ!?」

 あんまりにも意外なルイズの答えに、モンモランシーは外れた声を出してしまった。てっきり、なにか犯人を突き止める思いもかけないアイデアを持っているものかと思ったら、完全に無策で歩き回っていたというのか? いやしかし、病院を出る前にルイズはちゃんと作戦はあると言っていたではないか?

 女生徒たちも信じられないように歩を止めてルイズを見る。だがルイズは平然と彼女たちを見返した。

「早合点しないで、正確に言えば策を弄する必要は特にないということよ。今まで犯人は、東方号の乗組員候補ばかりを狙ってきてる。だったらわたしたちも該当するってこと。ほっとけば向こうからやってくるわよ」

「なるほど……でも、水精霊騎士隊が全滅してしまった今、わたしたちなんかに目をつけるかしら?」

「大丈夫、犯人は東方号の出航を妨害したいのは明白。けど直接的に狙うには警備が厳重だから、一番重要だけど簡単に始末できる連中から狙ってきたんでしょ。あんなバカたちでも、人が乗ってない船はただの浮かぶ鉄の箱ですもの。そんな陰湿で卑劣で姑息な手を使ってくるやつなら、よりか弱い女ならなおさら嬉々として襲ってくるでしょう。それでいて、残りのメンバーに加えて『東方号の改造工事に多額の出費をしていて、いなくなったら完成に大きく響く重要人物』が同行してるんですもの」

「え? それってもしかして」

 ルイズが暗喩した、なにやら聞き捨てならない不穏な言葉に、なし崩し的に同行させられているベアトリスが悪い予感を口から漏らした。するとなにか、この人は犯人をおびきだすために、クルデンホルフ大公国の姫であるわたしを……

「あの、ヴァリエールさん? もしかして、わたしって……エサ?」

「ご名答、考えてみたらギーシュたちを全員つぶすよりも、あんたひとりを始末したほうが都合がいいんだから絶対かかってくれるでしょうよ。真っ先に狙われると思うから、がんばってね」

 それは、鞭を持って才人に迫るときのルイズの笑顔だった。一瞬で顔から血の気を失わされたベアトリスは、全速力で逃げ出そうとするが、襟首をルイズに掴まれてしまった。

「いやーっ! 帰る! 帰らせてくださいぃ!」

 当たり前だがベアトリスは撒き餌になるのはイヤだった。このヴァリエールの人は、かわいい顔をしているくせにとんでもなく非道なことを思いつく。しかも華奢そうな体つきのくせにすごい力だ、周りの誰かに助けを求めようにも、ヴァリエールの権勢がこの中では一番なので命令を出すこともできない。

「ヴ、ヴァリエールさん! わたしに万一のことがあったら東方号の工事はどうなるんですの!」

「あのバカたちが復帰しないと、どっちみち意味ないわよそんなの。わたし、サイトが乗ってない船なんて絶対乗る気ないし。大丈夫だって、あんたが刺されてもちゃんと解毒剤は手に入れてあげるから」

「解毒剤持ってなかったらどうするんですか! どこの誰とも知らない怪しい奴に毒針打たれるなんて絶対やです! お願いですから許してください、ヴァリエールさん!」

「ヴァリエールさんなんて他人行儀な言い方しないで、ルイズでいいわよ。心配しないで、わたしたちだってかわいい後輩になる子に怪我なんかさせたくないわ。でも、今一番確実な方法はあなたが囮になってくれることなのよ。後でクックベリーパイおごるから、協力してよね」

「ぜんぜんリスクと対価が吊り合ってないじゃないですか! わたしになにかあったら、ヴァリエールとクルデンホルフで戦になるかもしれないんですよ!」

 ベアトリスはついに最後のカードを切った。戦争になるぞとおどせば、さすがに少しは引くだろう。そうなればその隙に……と、思ったのだがルイズは平然と言い放った。

「そうなったときはクルデンホルフごとひねりつぶしてあげるから心配無用よ。大丈夫だって、わたしなんてもっと危険な冒険を何十回も繰り返してきてるんだけど、いまだに生きてるんだし」

「いゃーっ!」

 モンモランシーたちは、この日はじめてベアトリスに同情した。家がクルデンホルフに大量の借財を抱えていて、頭の上がらない生意気な年下だと思っていたが、ルイズが強すぎて哀れな子羊にしか見えない。

 まったくもって、とんでもない先輩を持ってしまったベアトリスの不幸。しかも今のルイズは機嫌が最悪だから、みんなかわいそうだと思っても手を出すことができない。

”彼女が入学してきたら、できるだけ優しくしてあげましょう”

 女子たちのあいだに、先輩意識のような不思議な連帯感が生まれつつあった。

 

 ほとんど見世物のように泣き叫ぶベアトリスを連れて、轟然と街をゆくルイズたち一行。

 目立つといえば、振り返らずにはいられないであろうその光景は、当然ながら事件の黒幕の目にも入っていた。

 

「なんだあいつらは? ほお、なにかと思ったら次のターゲットどもではないか。ふふ、どうやら昨日の連中と同じように我々を捜しに来たようだな。まったく飛んで火にいる夏の虫とはやつらのことだ! 手間が省けていい、まとめて一網打尽にしてくれるわ! ウワッハッハハ!」

 モニターごしに眺めながら、メフィラス星人は妙に地球のことわざに詳しいところを見せつつ笑った。

 そう、もはや隠す必要もないことだが、この事件の黒幕はメフィラス星人であったのだ。

 メフィラスは、ハルケギニアを侵略するのに邪魔になる人間たちの抵抗運動、その中でもマイナスエネルギーの発生を著しく低下させるかもしれない、東方号のエルフとの講和計画を妨害することをヤプールから命じられた。その手段としてメフィラスが考えたのが、乗組員となる少年少女たちを襲うことであった。

「フハハハ、こいつの毒の威力は相変わらずすごい。あいつらも、俺のマンダリン草の餌食にしてくれるわ!」

 手に持った赤い実を持ち、ヘビのように不気味にうごめくつるを生やした植物を見つめてメフィラスは笑った。

 これは地球にも古代に生息していた、怪奇植物の一種であるマンダリン草である。ジュランなどの古代植物と同じく、成長すると全長数十メートルにまで大型化する性質を持ち、自身で移動することはできないものの、外敵にはスフランのように自在に動かせる触手のようなつるの先についている毒針で攻撃する性質を持っている。この毒針に刺されると、人間は小児麻痺のような下半身不随に陥り、立ち上がることすらできなくなってしまうのだ。

 メフィラスは、この恐るべき毒草に、さらに魔法による解毒も不能なような改良も加えて、東方号に乗る少年少女たちを一人残らず虚弱児童にしてしまおうと企んだのである。

 触手をうごめかせるマンダリン草を愉快そうになでるメフィラス……そこへ、この場には不釣合いな若い女性の声が響いた。

「おや、あれはクルデンホルフの小娘じゃあないか?」

 発したのは、金髪の背の高い女だった。先日ギーシュたちの前に現れて、言葉巧みに誘い込んだ女だ。見た目は人間そのもので、メフィラス星人も等身大でいるために人間にしか見えない。

 彼女は、モニターに映し出されたベアトリスを指差した。すると、彼女の後ろからも複数の女性の声が響いてきた。

「あら、本当ですわね」

「あのガキっぽいツインテールは間違いないな」

「なんでこんなところにいるのかしら? 確かあれは、銃士隊の副長に護衛されてるはずではなかったかしら」

「なにか、嫌々ひきずられているようにも見えるわね」

「ははっ! あのクソ生意気なガキがわんわん騒いでるぜ。いい気味だ」

「そんなことはどうでもいいでしょー、ベアトリスといえば絶好のカモだよー。んー、いやちょっと違うかなー、ともかくいい機会だから殺しちゃおうよ!」

 響いた声は六人分、大人っぽいものや子供っぽいもの、優雅さを漂わせた声や男っぽいものもある。

 見た目も同様で、六人とも容姿が似ている者はほとんどいない。髪の色も黄色から銀髪、ロングヘアや三つ編みにした子から、眼鏡をかけた子や少年のような顔つきをした子もいる。一見、まったくの別人たちのように思えたが、金髪の女が彼女たちに向けて言った。

「あわててはいけないわよ、あなたたち。確かにベアトリスとなれば願ってもない獲物だけど、だったらなおさら慎重にならないといけないわ。殺すなんてもってのほか、足どころか泣くこともできないくらいに全身動けないようにしてやりましょうよ」

「はい、姉さん」

 どうやら彼女たちは姉妹のようである。たまに血はつながっていても、まったく容姿の違う姉妹もいるものだが、彼女たちはそうした分類に入るらしい。そう、昨日レイナールたちをだまし討ちにした女たちである。

 ただし、六人に加えて金髪の女も共通していることがあった。姉妹全員が、ベアトリスを憎憎しげな目で睨みつけていたのだ。

 憎悪の視線をモニターの一点に向ける七人の女。その剣呑さに、メフィラスは興味深そうに尋ねた。

「どうした? あの小娘に因縁でもあるのか。今お前たちから立ち上る怨念のマイナスパワーは、相当なものだぞ」

「あなたは知る必要のないことよ。わたしたちはヤプールの命令で、あなたの計画の助けをしているだけ。余計な詮索は無用に願いましょうか」

「ふっ、人間の分際でオレより格上のつもりか。まあいい……ターゲットを誘い込むために、お前たちは十分に役に立っている。まったく人間の男というものは愚かよ。女がちょっと下手に出て誘うだけで簡単に罠にかかりおる」

「まあね、でもあそこまでたやすい連中はそうそういないわよ。かわいそうなくらい初心で耐性がなかったわ、わたしがその道の商売女だったら血の一滴までしぼりとってやるところ、惜しいことをしたわね」

 長女らしい金髪の女は、メフィラスに臆することなく会話をしていた。が、それもそのはず彼女たちはメフィラスに対する見張りの役目も担っていたからである。もしもメフィラスがヤプールに不都合な暴走をしかけたときは、報告する任務をおびている。むろんメフィラスはそのことは知らない。

「ふん、お前たちの因縁などはどうでもいいが、これは好機に違いないな。あいつらを始末すれば、もはや人間たちに空中戦艦を飛ばすための人材はいなくなる。有象無象の大人たちを集めてきたとしても、なおつけいる隙がある」

「使命感という点ね。こんなくだらない世の中、守る価値なんてありはしないのに……」

 彼女は目に暗い輝きを灯し、口元を醜く歪めて笑った。その瞬間、メフィラスはひとりの人間が発するものとしては大きすぎるのではないかというマイナスエネルギーを感知した。この女、どんな因縁が過去にあったというのか? だが、マイナスエネルギーの発生はむしろ望むところなので、口出しはしなかった。

「まあいい、オレが再生させたマンダリン草は想定どおりの効果を発揮している。いずれはこの星の全部の子供を虚弱児童にして、絶望の中で侵略をさせてもらうわ。さあ、早くやつらを誘い込んで来い、ウワッハッハッハ!」

「お前の悪趣味な計画などはどうでもいいけど、これも仕事だからね。しかし相手が女となると……そうね、ユウリ、あなたの出番よ」

 金髪の女は、妹たちの中から黒ずんだ赤髪を持つ、切れ長な目をした少女を指名した。

「けっ、あたしを指名ってことは、あの作戦でいくのかよ。気がすすまねえな」

「そう言わないの、女を女が誘ってもうまくいく確率は低いわ。それに、連中もそろそろ私たちの顔ぶれに気づき始める頃。あなたが男装してやつらを油断させて引き込むのよ」

「はいはい、ったくあたしが男に化けて盗みをやってたことがあるからって、これあんまり好きじゃねえんだぜ。さらしで胸締め付けると苦しいしよ、めんどくせえなあ」

 ユウリと呼ばれた少女は、ため息をつくと、人並みには大きさのある胸を窮屈そうに持ち上げた。具体例をあげると、だいたいアンリエッタくらいの大きさであろうか。ちなみに彼女の姉や妹の中で、ルイズやモンモランシー並の子が恨めしそうにユウリを睨んでいるが、本人はさっぱり気づいていない。

 メフィラスは人間の悩みなどはまったく興味ないという風に、モニターのほうを見て振り向きもしない。

 奇妙な姉妹は、ユウリの着替えを手伝いながら誘い込む算段を話し合っている。

 と、そのときであった。薄暗いメフィラスの基地の中に、別の人影が三人分入ってきたのだ。

「失礼します! 姉さんたち、もう来てる?」

「あっ! みんな、三人が来たよ! 来て来て!」

「おお! やっと来たかお前たち、出迎えてくれるっていうから期待してたのに遅いぞ」

「ごめん、朝はなかなか抜けられなくって。ぷっ、それよりユウリ、なによそのかっこ」

「うるせぇ、これも作戦なんだよ! ったく。ん? お前ケガしてるのか、どうしたんだよその額?」

「ああ、これはちょっとしたことでね。もうふさがりかかってるから気にしないで」

「やっぱりあのクソガキの世話なんてろくなことねえんだな。畜生、やっぱりあたしが代わればよかったぜ」

「落ち着いてユウリ、本当に大丈夫。これはわたしのミスなんだから……それに、仕事もそんなに悪くないんだよ。お給料はいいし、おいしいものも食べられるし……それに……も、よくしてくださるし」

「ん? なんだって? まあいいか。それよりも、久しぶりだな。こうしてあたしたち姉妹が全員揃うのは」

「ええ、お帰りみんな!」

 やってきた三人を、姉妹は歓迎した。そしてこの三人も姉妹の一員らしく、計すると彼女たちは十人姉妹らしい。

 しかし金髪の女は、すでにメフィラスには関心を持たず、かといって再会を喜ぶ妹たちも無視して、冷たい声で言い放った。

「あなたたち、気を抜くんじゃないわよ。今度の獲物は昨日までのバカな男たちじゃない。八つ裂きにしても飽き足らないクルデンホルフの小娘……わたしたちが平民以下の暮らしを強いられることになった恨み、骨の髄まで思い知らせてやるのよ」

「わかってるわよ、セトラ姉さん……」

 人の姉妹の、地の底からねめあげるような憎悪の視線が、モニターのベアトリスを射殺すように注がれ続けた。

 だが、その中で一人だけ、憎しみではない、悲しみに似た感情を向けている娘がいたことを、姉妹たちは気づいてはいなかった。

「殿下……」

 

 

 一方、自分たちを狙う者が動き始めているとはまだ知らず、ルイズたち一行は街のパトロールがてら歩き回っていた。

 街はにぎやかで活気に溢れており、事件が起きていることを知らない平民たちはいつもどおりに仕事をしている。

 

 そうしたことを歩きながら見聞きし、また語り合いながらルイズたちは街を不規則に闊歩していった。

 そして数時間が経過し、人通りが少ない一角に差し掛かったときである。ルイズたちに、横合いから急に話しかけて来た男がいた。

「ちょっとすみません。そちらのお嬢様方、少々よろしいでしょうか?」

 それは、黒ずんだ赤髪を背中のほうで無造作にまとめた凛々しい男性であった。この作業場でよく使われている作業着をまとっているが、整った顔立ちの中にも野生的な雰囲気をまとっており、女子たちの何人かはぽおっと見とれてしまっている。

 だが、ルイズは「きたな!」と心中で不敵な笑いを浮かべていた。しかしそれは表情には表さずに、つとめて平静を装って、笑顔で相手に対応する。

「あら、わたくしたちになにかご用事ですか? 困りごとでしたら、ご遠慮なくおっしゃってくださいませ」

 モンモランシーを含めて同級生たちはごくりとつばを飲んだ。今のルイズの優雅な返答ぶりは、一瞬そこにルイズがいるのだということを忘却させられてしまった。さすが、普段どれだけおてんばな振る舞いをしているとしてもヴァリエール家の一員だけはある。その気になったときの気品は、まさに大貴族の令嬢以外にはとれない上品さを兼ね備えていた。

 相手も、ルイズのその対応から警戒感を緩めたのであろうか、やや表情を緩めて話してきた。

「ああよかった。実は、あなた様方を格の高い貴族の方々と見込んで、お頼み申したいことがあるのです」

「どんなご用事ですの?」

「実は、向こうでわたくしどもの仕事に難癖をつけて邪魔しようとするメイジがいるのです。どうやら下級貴族くずれの者たちのようなのですが、どうかお助けいただけないでしょうか」

「わかりました。貴族の不正は王家から杖を預かりし我らの恥辱。すぐにまいって、その者たちを説いてさしあげます。案内をお願いできますか?」

「ありがとうございます。では、急がなければ同僚がどうなるか心配ですので、近道を通らせていただきます。どうぞ」

 彼に案内されて、ルイズたちは騒動が起きているという現場に向かい始めた。

 途中、彼が近道だというはずれの路地に入っていく。幅はあまり広くなく、二人くらいが通るのでやっとの道である。いよいよもって怪しくなってきたところで、モンモランシーがルイズに小声で尋ねた。

「ルイズ、どう思う?」

「十中八九、黒ね。サイトたちを襲ったやつの仲間と見て間違いないわ」

「どうしてそう思うの? 見たところ、ありふれた工員としか思えないけど」

「よく見なさい、工員のくせに手によごれがほとんどついてないわ。服装も、前半分はそれらしく汚してあるけど後ろはまるで新品みたい。不自然すぎるわよ」

 モンモランシーはルイズの指摘に、なるほどとうなづいた。様々な危機を潜り抜けてきた経験が、ルイズの観察眼も知らず知らずのうちに鍛え上げていたようだ。だが、モンモランシーは次にルイズがささやいた言葉には驚きを隠せなかった。

「それにあいつ……おそらく女よ」

「えっ! ど、どうしてそんな?」

「声が大きいわよ。もう一度、よく手を見てみなさい。あれが力仕事をする男の手? それにさっき、えり口を見たけどのどぼとけがなかったわ。声色を変える訓練はしてるみたいだけど、注意してみればすぐにわかるわ」

 ルイズの口元に自信に満ちた笑みが浮かんだ。ここまで証拠がそろえば、もはや疑う余地はないに等しい。

 だとしたら、自分たちがこの路地を無事に抜けられる可能性もゼロに等しい。ルイズはそでの中に杖を隠し持ち、ひじでつついて合図をしてモンモランシーや女生徒たちも、用心から戦闘配置に自分を切り替える。ベアトリスも逃げたいけれども、やむを得ずに震える手で杖を握り締めた。

 モンモランシーは、あとはいつ相手が仕掛けてくるかが勝負ねと考えた。相手が馬脚を表して、攻撃をかけてきたときこそがチャンス! そのときにいっせいに反撃して、黒幕を捕縛する。その機会は恐らくルイズが作ってくれるだろう、これだけ場数を踏んでいるところを見せてくれてるんだから、きっと信頼できるはず!

 大通りと大通りをつなぐ路地はところどころで折れ曲がり、もうすぐ中間点にやってくる。周辺には自分たち以外誰もおらずに、奇襲をかけるには絶好の環境だ。あとはいつ仕掛けてくるか? 手に汗を握らせて彼女たちは一瞬のチャンスを逃すまいと身構える。

 だがそう思ったのもつかの間、モンモランシーたちは信じられないものを見た。

 

「ねえ、ちょっとあなた」

「はい、なんでしょうか?」

「エクスプロージョン」

「へ?」

 

 閃光と爆発、モンモランシーたちはおろか相手も何が起こったかわからなかった。ただ、ルイズが呼びかけたと思った次の瞬間には爆発が起こり、相手は黒焦げになって道の真ん中で伸びていたのだ。

「ちっ、意外ともろいわね」

「ルゥイズゥーッ! あんたいきなりなんてことしてくれてんのよぉーっ!」

 正気を取り戻したモンモランシーが怒鳴った。せっかくの手がかりになんてことするんだ、しかももしただの一般人だったらどうしてくれるんだと。だがルイズは平然と、すわった目をして言う。

「先手必勝よ、うだうだ待つなんて性に合わないわ。どうせほとんどクロなんだし、茶番に付き合ってやるのも面倒でしょう?」

「あ、あなたねえ……」

「それにね……いい加減待ちくたびれてイライラしてたのよね……ははっ、そういえばなんでこんなことしてるんだろうわたし? 元はといえば、サイトがだらしないのが原因なのに、ねえ!」

「ひっ!」

 その瞬間、モンモランシーたちは明白な恐怖にとらわれた。やばい、このルイズはやばい。さっきまで猫をかむっていたが、やはりルイズはルイズだった。前にも何度か見たことがあるが、まるで噴火寸前の火山のように怒りのマグマが溜まりきっている。すなわち、才人という発散先がなくなったから、今のルイズは歩く爆弾に等しいということになる。

「さぁて、どうせコソコソ隠れてチャンスをうかがっていたんでしょうが、さっさと姿を現しなさい!」

 ルイズ得意の爆発の連続が、路地の左右の建物の壁を破壊する。れんがやしっくいが飛び散って、大きな穴が黒い口を開けた。

 すると、粉塵の中からさらに信じられないものが現れた。まるで大蛇のように太く、先端に大きな赤い針のついた植物のつるが何本も飛び出して、ルイズたちに襲い掛かってきたのだ。

「きゃああぁーっ! な、なによあれぇーっ!?」

 何人かの女生徒が、あまりのグロテスクさに悲鳴をあげた。しかし、ルイズは臆することなくパニックに陥りかけている級友たちに叫んだ。

「やっぱり人間の仕業じゃなかったわね。みんな、こいつがギーシュたちを刺した犯人よ! あの針に気をつけて撃ち落すの!」

「ひぃ! 無理、わたしたちにそんなことできっこないよぉ!」

「泣き言を言う弱虫を守ってあげるほどわたしは暇じゃないわよ。未来の後輩にかっこ悪いところを見せたいなら、さっさと逃げ出すがいいわ!」

 それだけ叫ぶとルイズは爆発を連打して、触手のようなつるを次々に粉砕していった。

 級友たちはその光景をすごいと思うと同時に、少しだけ落ち着いた頭で考えた。

『未来の後輩にかっこ悪いところを……』

 彼女たちの視線の先には、杖を握り締めたままで震えているベアトリスがいた。あまりの出来事に脳がついていけずに、涙目になったままで逃げることすら忘れてしまっている。

 そうだ……わたしたちには、わたしたちにもできること、やらねばならないことがあった。ルイズのような勇気はなくても、わたしたちだってやれることをやるために来たんだった!

 ルイズはエクスプロージョンではない、おなじみのほとんど詠唱を必要としない失敗魔法の爆発でつるを撃破していた。しかし、つるは一本や二本を切っても即座に次が来るために、モンモランシーや数人の女生徒が援護してくれているが、次第にさばききれなくなっていった。

「くっ、数が……抑えきれないっ!」

 彼女たちの手数よりも、つるの数と再生速度が勝っていた。そしてついに撃墜しきれなかったつるがルイズたちをすり抜けて、後ろで無防備でいたベアトリスに襲い掛かった。

「しまった!」

 毒針が一直線にベアトリスの胸を狙う、足でさえ半身不随に陥ってしまったというのに、心臓に近い場所に当たったらどうなるかわからない。

「ひっ!」

 ベアトリスは、もう何度目になるかわからない死の恐怖に直面していた。しかし、死という絶対的な存在に慣れるには彼女の心は幼すぎ、また恐怖に対してもろすぎた。

 ナイフを突きつけられたときのように、体が凍って動かなくなる。魔法を使えばいいはずなのに、喉から呪文が出てこず、頭もなぜか呪文を思い出せない。目の前に真っ赤な毒針が迫ってくる、けれども目を閉じることさえできない!

『ウィンド・ブレイク!』

『ファイヤー・ボール!』

 だが、ベアトリスの視界に映っていた恐怖は、一陣の風と炎によって消え去った。突風で叩きつけられたつるが、炎で焼かれて毒針を失い、肩を叩かれたベアトリスが振り向くと、そこには杖を指して優しい顔で自分を見ている女生徒たちがいたのだ。

「ごめんね、怖い思いをさせちゃって。でも大丈夫、わたしたちが守ってあげるから」

「ま、ドットメイジの集まりだけど、大切な次期後輩にケガさせるわけにはいかないしね」

「ゼロのルイズにだけいいかっこさせたら、これまでのあたしたちがバカみたいじゃん。負債を返すときかね」

「しょうがないよ、これも先輩のつとめ。もう心配しなくていいよ、ミス・クルデンホルフ」

 言葉も表情もそれぞれ違えど、誰もがベアトリスのそばに立ち、彼女を守るように陣形を組んだ。しかし、ギーシュたちと違って戦闘経験などほとんどない素人たちだ、一撃を食らえば確実に終わる敵を前にして、歯を鳴らしたり足を震わせたりしている者が大半だ。それでも彼女たちは、自分よりもさらに非力な者を守るために勇気を奮い起こして踏みとどまっていた。

 ルイズたちの迎撃網を突破したつるが、なおもベアトリスたちを狙ってくる。

『エア・ハンマー!』

 空気の塊がつるの勢いを殺し、建物の壁に叩きつける。タバサのそれに比べたら威力は数段劣るものの、その分は別の誰かが補って、真空波が切り刻んだ後で燃やし尽くす。

 そんな彼女たちの姿を、ベアトリスは信じられないように見ていた。

 なぜ? この人たちに、こうまでして自分を助ける理由なんてあるはずないのに?

 理解不能な状況が、ベアトリスの頭の中でめまぐるしくループする。敵の攻撃は執拗に続き、逃げようとすれば背中からやられてしまうだろう。切り抜けるには、正面からこの攻撃を打ち破るしかない。だが、初めての命を懸けての真剣勝負は、少女たちの精神に容赦なく食い込んでいく。

「ははっ、早くも精神力が切れかけてきたわ。こりゃ、死ぬかもね」

「あなた方、なんで、なんで逃げないんですの?」

「あら? ミス・クルデンホルフが心配してくれるとは意外でしたわね。そりゃ、今すぐにでも逃げ出したいですわ。でも、ここで逃げ出したら、どう言うんでしょうね……心にぽっかり穴が空いてしまうような、そんな気がするの」

「そんな、わけがわからないことで!」

「そうよね。でも不思議なのよ、正直あなたのことはいけすかないと思ってた。見捨てて、いい気味だと思うべきなのかもしれないけど、優しくしてあげようと思ったら、なぜかあなたのことがかわいく思えてきたのよ」

「え……?」

 少しだけ自分を見て微笑み、また戦いに戻ったひとりの先輩の言葉が奇妙にベアトリスの心に刺さった。

 優しく……わたしに?

 これまでベアトリスは、他人にそうした行為を要求したことはなかった。他人はすべて敵か味方で、信頼できるのは身内だけ。生き馬の目を抜く世の中で、クルデンホルフの人間が生き残っていくにはそれしかないと信じてきた。

 しかし、この人たちは自分の理解を超えている。

 そのときベアトリスの脳裏に、不思議な風来坊が言い残した言葉が浮かんできた。

”世の中は、君が思っているよりも優しさのあるものだ”

 あの言葉は、こういう意味だったのか……? 呆然として見るベアトリスは、まだ心の中で目の前の現実を整理しきれていない。自分の理解を超えたことが次々と起こり、どう対応していいのかさっぱりわからない。こんなふうに人から接せられることがあるなんて思ったことはなかったし、どうしたらいいのかなんて誰も教えてくれなかった。

 でも、このなんともいえない幸福感はなんだろう……まったく理解できないのに、悪くは感じない。いや、自分はこれを知っている……無意識の中から、遠くに忘れた過去の自分が語りかけてきて、杖を握る手にぎゅっと力が入る。

 その瞬間、女生徒たちが必死に迎撃していたつるが一本、魔法をかわして先頭で戦っていた子の喉元に迫ってきた。

「きゃっ!」

 弾丸のように迫る毒針、避けるには彼女には動体視力も瞬発力も不足していた。毒針はただ相手の気配を察知して狙ってくるに違いないが、この勢いでは喉笛を貫かれてしまう。だが!

『アース・ハンド!』

 地面から伸びた土の手がつるをがっちと掴み、つるはすんでのところで止まっていた。

 すぐさま風の誰かが動きの止まったつるを切り裂き、誰が魔法を使ったのかと振り返る。

「ありがとう助けてくれて……えっ! ミス・クルデンホルフ?」

 なんと、杖を振りかざしていたのはベアトリスだった。彼女は杖を持った手を震わせて、自分でも信じられないというふうな表情で魔法を使ったようだった。しかし、杖を持ったまま立ち尽くしているベアトリスに、助けられた銀髪の少女はにっこりと笑いかけた。

「ありがとうミス・クルデンホルフ、あなたのおかげで助かったわ」

「えっ! あっ、はい。な、なにか夢中でカーッとなって、その」

「ぷっ、あなたもそんなかわいい表情することがあるのね。でもごめんなさい、元はといえばわたしたちが原因で危険な目に合わせちゃったのに、あなたに助けられてちゃ先輩失格ね。さあ下がってて、そして機会を見て逃げて」

 少女の暖かい言葉がベアトリスの胸に沁みていった。

 逃げろ? 確かにそのとおりだ、そうしたほうがいいに決まっている。しかし、本当にそれでいいのか?

「せ、先輩……わたしも、わたしもいっしょに戦わせてくださいっ!」

「ミス・クルデンホルフ! なにを」

「わたしには、今なにが正しくて間違ってるのかすらわかりません! けど、せめて最後までいっしょに見届けるくらいのことはさせてください」

「死ぬかもしれないのよ、いいの?」

「こ、怖いです! けどっ、先輩たちだって逃げるわけにはいかないって!」

 震えながら杖を握るベアトリスに少女たちは嘆息した。確かにベアトリスもメイジのはしくれだし、さっきは曲がりなりにも助けられたが、全体的に見たら足手まとい以外のなにものでもない。いや、逃げたら逃げたで足がもつれて転ばれても困るか……

「しょうがないわね。けど、戦うとなったらあなたも戦力として数えるから、泣き言を言ったら承知しないわよ」

「が、頑張ります先輩!」

「ラシーナよ、よろしくね後輩さん」

 ベアトリスを戦力に加えた少女たちは、再び襲ってくるつるを迎え撃っていった。金髪のベアトリスと並んで、銀髪を短く刈りそろえて銀色の目をしたラシーナのタッグは、ラシーナに合わせてベアトリスが同じ魔法を放つことで威力を倍加させて、毒のつるを撃ち落していく。

 

 一方、作戦が大きく狂ったメフィラス星人たちは、さらに想定外の防戦を見せる少女たちに困惑していた。

「おのれどういうことだ! なぜあんな小娘たちがこれだけの力を持っている!? これでは、先に倒したガキどものほうがおまけだったみたいではないか。これはどういうことだ、きさまら!」

「わたしたちに当てられても困りますわ。あなたの作戦の想定が甘かったということでしょう」

「それより姉さま、これじゃベアトリスのやつを捕まえられないよ!」

「なんであんなやつにあんなに味方がついてるのよ! こんなの聞いてない! なんであいつばっかり!」

「待って! それより先にユウリをなんとかしないと」

「イーリヤの言うとおりね。みんな、今のうちにユウリを回収するのよ」

「あっ! おいきさまら待てっ! おのれ、どいつもこいつも!」

 人徳のなさを露見してしまったメフィラスはじだんだを踏むが、今さらどうしようもない。宇宙において指折りの強豪として名をとどろかすメフィラス星人といえども、人の心をいいように自分のものにすることはできなかった。

 

 建物の中に潜む、十数メートルの本来の大きさを取り戻したマンダリン草。メフィラス星人によって改良が施されたそれは、持ち前の高い生命力で、切り落とされたつるを次々に再生させては送り込んでいる。古代にマンモスによって食い尽くされて絶滅したとされているが、進化の最終期にはマンモス以外の動物はまず寄せ付けないほど強力になっていたのだ。

 だが、手数の多さで圧倒したマンダリン草も、少女たち全員が戦闘に参加したことで余裕がなくなっていた。

 そして、そのわずかな隙を逃すほど、現在のルイズは甘くもなければ機嫌よくもなかった。

「ありがとみんな、これだけ詠唱できる時間があれば十分よ。根こそぎ吹っ飛ばしてあげる! 『エクスプロージョン!』」

 第二波の大型爆発がマンダリン草のつるを文字通り消滅させ、光芒は建物の奥に潜んだ本体にもダメージを与えた。並の攻撃魔法などは及びもつかない虚無の魔法の威力は、後ろで見守っていたモンモランシーたちも唖然とさせた。

「す、すごい……」

「これが、ルイズの『虚無』」

 マンダリン草は再生速度を上回る勢いで、一気につるを全部失って動かなくなった。そしてルイズは虚空に向かって高らかに叫んだ。

「さあ、これで前座は片付けたわよ。出てきなさいヤプールの手下! でないとここら一帯ごと消し飛ばすわよ!」

 ルイズの宣戦布告、それが脅しではないことは、今のエクスプロージョンの威力を見れば明白だった。

 地響きが鳴り、ルイズたちは急いで路地から大通りに避難する。そして、建物を崩して内部から巨大化して現れる身長六十メートルの黒々とした宇宙人の姿。

「うぉのれぇ! 人間ごときが調子に乗りおってえ」

「やっぱり宇宙人の仕業だったのね。その毒草を使って、サイトたちを襲ったのはあなたね?」

 ルイズがメフィラス星人が手に持っているマンダリン草を指差して叫ぶと、メフィラスは得意げに笑いながら答えた。

「そのとおりよ! オレはメフィラス星人、オレのマンダリン草の毒にかかれば、ガキどもは一生歩けない体よ! ウワッハッハ! そして動きたくても歩くことさえできないことへの負の感情が、マイナスエネルギーに変わるという寸法さ」

「っ、一思いに殺せば簡単なのに、よくもまあこんな卑劣で陰湿な作戦を思いついたものね。いいわ、あなたはわたしが倒してあげる! 覚悟しなさい」

「ウワッハッハッ! 笑わせるな、お前ごときちびすけが、このメフィラス星人を倒すだと? やれるものならやってみろ。冥土の土産に教えてやる、このマンダリン草の実から出る放射線を当てれば毒に侵されたガキどもは治るのだ」

「へえ、それはいいことを聞いたわ。じゃあ、あなたには早急に冥土に旅立ってもらわないとね」

「奪えるものならやってみろ! 踏み潰してくれるわ」

 一歩も引かないルイズとメフィラス星人との舌戦の末、戦いは始まった。建物を破壊しながらメフィラス星人はルイズを踏み潰そうと迫ってくる。だが、対して今のルイズは才人がいないためにウルトラマンAになることができない。

 それなのに、ルイズは不敵な表情を崩すことはなかった。メフィラスの巨体を前にして、さすがにかなわないと思ったモンモランシーたちがルイズに逃げようと言ってくるのに、彼女は微笑みながら答えた。

「みんな、協力ありがとう。あとはわたしがあいつを倒すから」

「倒すって!? いくら虚無でもあんなの無理よ。逃げましょう、もうわたしたちは十分にやったって」

「いいえ、虚無には頼らない。今回の事件の概要を聞いたときから、宇宙人が出てくることは予想してた。勝機はあるわ、見ててちょうだい、人間には知恵と勇気があることを!」

 つながれていた馬の手綱をとり、ルイズはさっそうとまたがって鞭を入れて走り始めた。モンモランシーやベアトリスは、ルイズの後ろ姿を呆然として見送ったが、すぐにルイズを追っていくメフィラス星人から逃れるために、逆方向に走らざるを得なかった。

「ルイズ、死なないで……」

 ここでルイズに死なれたら、彼女はまるで自分たちのために囮になったようなものだ。ルイズの考えなどはさっぱりわからないものの、せめて無事に帰ってきてくれることを祈るしかない。

 しかし、ルイズにさんざんコケにされたメフィラス星人は、ほかのものなど目に入らないというふうに足元にあるものを無差別に踏み潰しながら、馬で逃げていくルイズを追い続けた。

「待て小娘! でかい口を叩いた割には逃げ腰か? ウワッハハ!」

「ふん、案の定追ってきたわね。単細胞め、こっちよ! ついてきなさい」

 ルイズは慣れた手つきで手綱を操り、道の人や障害物を乗馬競技のようにかわしながら駆けていく。

 追うメフィラスと逃げるルイズ、両者の距離は縮まるようで縮まらず、じれたメフィラスは目から青白い光線を放ってルイズを攻撃してきた。

「わっと! 危ないわねえ」

 メフィラスの光線は、間一髪でルイズを逸れて脇の倉庫を粉々にした。降り注ぐ瓦礫を浴びながら、それでも走るルイズを見て、メフィラスはさらに調子に乗って笑った。

「ハハハハハ! 無様だな、そうしていつまで逃げられるかな? 俺を倒すんじゃなかったか? この俺を甘く見たむくいを受けるがいい」

「あと少し……このまま着いてきなさいよ」

 どうやらルイズはメフィラスをどこかに誘導しようとしているようだった。メフィラスの攻撃を黙って受け流しながら、じっと耐えて手綱を握り、やがて軍の弾薬などを貯蔵している立ち入り禁止区域に入っていった。

 星人の出現でパニックに陥っている警備兵を無視してゲートをくぐり、ルイズは弾薬庫を物色するように見渡した。

「普通の爆薬じゃあ、宇宙人に致命傷を与えるのは難しい……アレは、あった!」

 ルイズは弾薬庫から望んでいたものが貯蔵されているひとつを見つけると、その前でいかにも追い詰められたという風に立ち止まった。

「ウワッハッハッ! とうとう逃げ道がなくなったな、覚悟しろ」

「チェック・メイト」

 つかみ掛かってくるメフィラス、だがルイズは寸前のところで馬の身をかわさせて避けた。

 勢い余って弾薬庫の中に倒れこむメフィラス、もしここが普通の弾薬を充填した倉庫であったら、衝撃によって誘爆しても耐えられただろう。スカイホエールのミサイル攻撃にも耐えたくらいの皮膚は持っているのだ。

 だが、ルイズが誘導したこの倉庫に貯蔵されていたのは爆薬ではなかった。

「ぬぬ、小娘め。こしゃくなまねを……ぬ? なんだこれは! 体が、凍り付いていく」

「かかったわね。そこは水魔法で作られた凍結弾の貯蔵されてる倉庫。大型の幻獣も一撃で凍りつかせるそれを一気につぶしたら、そりゃそうなるわよねえ」

 凍結弾、それは凍結魔法を結晶の形で安定させたものを弾頭にした兵器だ。広義的には三年前にタバサの師匠のジルが使用した凍矢もこれに該当する。単価が高く、量産は難しいものの強力な兵器である。

「う、うぬぬ! こんなものでやられる、メフィラス星人ではないわ!」

「いいえ、終わりよ。知ってた? 凍った物質って、すごくもろくなるのよ」

 それはルイズの死刑宣告であった。彼女の口から、「エオルー・スール」という呪文が歌うように流れる。エクスプロージョン、しかも今度は最大出力だ。メフィラスは、罠にはまったことを悟ってもがこうとするが、凍りついた体は自由が利かない。

「や、やめろ! やめるんだぁーっ!」

「さよなら……ベオークン・イル!」

 その瞬間、白い光芒が一帯を包み込んだ。

 光が消え去った後、凍結弾の弾薬庫は跡形もなく消し飛んでいた。メフィラスの姿はどこにもなく、マンダリン草のみが赤い実をさらして残っていた。

「冥土の土産に教えてあげる。女を怒らせると怖いのよ」

 

 

 続く


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