ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第70話  プライド・オブ・レディース (前編) 

 第70話

 プライド・オブ・レディース (前編) 

 

 悪質宇宙人 メフィラス星人 登場!

 

 

 倉庫街で巨大化し、自爆して果てたボーグ星人。

 その遺体は自然と街の人々の関心を集め、衛士隊が周辺を立ち入り禁止にするまで黒山が続いた。

 しかし興味本位で見物にやってきている人間たちとは裏腹に、空の上から冷たい視線をボーグ星人に注いでいる者たちがいた。

 

「ボーグ星人め、口ほどにもないやつだ。自分の爆弾で自分が死ぬとは、その無様な姿が貴様にはお似合いだ。今度は永遠に怪獣墓場の闇の中をさまよっているがいい」

 作戦失敗に対して、ヤプールの態度は冷断そのものだった。もとより、いくらでも替えが効く捨て駒として蘇らせたので死んでも惜しくもなんともない。ましてや期待を裏切ったやつなどは、始末する手間がはぶけたとさえ思っていた。

「しかし、いったい何者がボーグ星人を倒したのか。やつめ、それぐらい知らせてから死ねばよかったものを……つくづく使えんやつだった」

 唯一気がかりだったのは、ボーグ星人が何者にやられたのかがわからずじまいだったことだ。恐らくは失態を最期まで隠しておきたかったのだろうが、おかげで不確定要素が残ってしまった。

 だが、ボーグ星人が倒されたからとて、打つ手がなくなってしまったわけではなかった。

 正面きって超獣で襲うことは簡単だが、それではウルトラマンAと人間たちに阻まれる。ならば破壊工作員を送って、内部から落としてやるまでのこと。そしてそれは、姦計を好むヤプールにとって、まさに願ったりな方法であった。

 ただし、まだ直接動く必要はない。自分の代わりになって動く、しもべの宇宙人はすでに用意していた。

 

「ウッハッハッハ! ようやくオレの出番か。待ちくたびれたぞ!」

 

 尊大な態度で、さらに大声で笑いながら現れた宇宙人を、ヤプールはつまらなさげに見返した。もっとも、異次元空間にたゆとうヤプールの実体は明確な形を持たず、赤紫色をしたとんがり頭ののっぺらぼうが揺らめいているようにしか見えないのだが、それでも肩をすくめて見せるくらいのことはできた。

「たいした自信だが、貴様もウルトラ兄弟に敗れて一度は死んだ身だということを忘れてはいるまいな。ボーグ星人は自らの死で失敗をあがなったが、貴様も失敗したら怪獣墓場に送り返してやるからな」

「フン! オレをあんなセコいやつといっしょにするな! 人間なんぞを改造したところでたいした役に立つはずはない。まったく、ボーグ星人などにまかさず、最初からこのオレにやらせておけばよかったのだ」

 無駄に自信にあふれた、黒い体をした宇宙人に対して、ヤプールはその半分も信頼を置いてはいなかった。

 この宇宙人は、数いる星人の中では五本の指に入る強豪の一族で、ヤプール自身もかつてはその同族と並んでウルトラ兄弟と戦ったことがある。その名はメフィラス星人、かつて同族が初代ウルトラマンとの戦いで引き分けて、宇宙大皇帝エンペラ星人の配下の四天王の一人であったこともある文句なしの強豪宇宙人だ。

 だが、強さに関しては文句をつける者はいない反面、性格に難がある者が多いために、力は認めても内心では毛嫌いしている星人もまた数多く、ヤプールもその例にもれてはいなかった。

「よかろう、超獣軍団を率いてこの世界を一気に攻め落とす日も近い。そのために、不安要素は徹底してつぶしておくのだ」

「むろんだ。そのときはオレも存分に暴れさせてもらおう。が、手始めに頭脳指数一万を誇るオレの作戦を見せてやる。せいぜい参考にするがいいさ。ウハハハハ!」

 品性などまったく感じさせない笑い声を残して、メフィラス星人はヤプールの前から消えていった。

「フン、せいぜいお手並みを拝見させてもらおう……今回はちゃんと見張りもつけていることだしな」

 作戦は事前に聞かされていたから問題はない。成功したら、ボーグ星人のやり方とは別な意味で東方号は飛べなくなるであろう。ただ、失敗したときに、その失態を隠されたら面倒なので、協力者兼監視役として、配下を数人奴の下に送り込んでおいた。

「あの者たちは、奴の立てた作戦には絶好の素材になる。奴はそれを使わざるを得まい……フフ、だが人間たちも、まさかこんな手段で自分たちが陥れられるとは思うまいて……クハハハ」

 ヤプールは、その作戦が発動したとき、人間たちがどれだけ狼狽し、そして絶望していくのかを想像して、暗夜の沼地から響いてくるような、暗く湿った笑い声を立てた。

 

 

 時は一週間ほどを経過し、再び造船所へ返る。

 

 この頃になると、ボーグ星人のせいで起きた騒ぎもだいぶ収まり、造船所は元通りの活気をせいしていた。

 コルベール指導の元で水蒸気機関搭載の翼も骨組みまでができ、新・東方号のほうでも取り付けのための事前工事が始まっている。

 特に、新・東方号に搭載する水蒸気機関は大きさを旧型の倍のスケールにパワーアップし、発数も双発から四発に増強されるために、各工場はそれぞれ腕を競い合っている。

 これは決してありえないことではない。旧・東方号は元となる船体が小さかったために、エンジンもそれに見合った大きさにする必要があったのだが、今回ベースとなる船体は大和である。事実上大きさの制限はないに等しいどころか、十五万トンの超重量を推進させるためには、旧型の馬力ではとても間に合わない。

 幸い、大きいものを小さくコンパクトにするのは難しいが、逆に小さなものを大きくするのは比較的容易である。出力もエンジン数を倍に増やせば単純に倍になる計算だ。コルベールが旧型の設計図を元に、一週間不眠不休で書き上げた新エンジンの設計図、それは文字通り彼の血と汗と涙の結晶と呼んでよい。ほおをこけさせて、設計図を書き上げたときのコルベールの姿に、才人は仕事に打ち込む人間の本当の姿を見たような気がした。

「コルベール先生、英雄って言葉はあんたのためにあるぜ……」

 かつて地球に、巨大な妖星ゴランが接近して地球滅亡の危機が訪れたときも、TACは兵器開発部の梶隊員を筆頭に、惑星間弾道ミサイル『マリア二号』をわずか一週間で組み立てるために死力を尽くしたと伝えられている。そのとき梶隊員は、メトロン星人Jrによって焼却された設計図を、自らの記憶のみを頼りに補填したそうだ。まさに、天才の頭脳と地球を守る強い意志が合わさったからこそ生まれた奇跡、コルベールの新・東方号のエンジンは妖星ゴランを見事粉砕したマリア二号の再来となるのだろうか。

 

 新・東方号本体のほうの作業も、外に負けずに頑張られている。

 船内の清掃作業もこの頃になるとだいぶんめどがついた。元々が三千人が乗り組む巨艦といえども、今度乗り込むのはせいぜい数百人だ。清潔に片付いた船内に、今度は大工や家具師が入って、人が住める環境に作り変えていった。

 

 一方で、掃除から解放されたギーシュたちは、来るべき日に備えて毎日を鍛錬にいそしんでいた。木造帆船であった旧・東方号でも、帆の上げ下げなどで大変な体力がいることを身を持って学んだので、その十倍以上ある巨大戦艦を動かすためには、今のままではすぐにへばってしまう。

 全長四百二十メイルの新・東方号の甲板を使って、水精霊騎士隊の少年たちは指導役の銃士隊員に怒鳴られながら走っていた。

「ほらそこ、足を下げるな! なんだお前ら、たった甲板十周駆け足でもうへばったのか」

「はい! 了解です!」

「声が小さい! 遅れた奴は容赦なく舷側から河中に叩き込むぞ!」

 苛烈さで知られる銃士隊の指導は、ともすれば自分を甘やかしがちな少年たちにはちょうどいい厳しさで、彼らの頭上に怒声を響かせていた。旧日本軍で、「月月火水木金金」といい、休日なしで猛訓練を続けたという殺人的な激しさにはさすがに及ぶべくもなかったが、半月ほどの猶予では基礎体力をつけるくらいしかできないだろうので、ひたすら筋力トレーニングにはげむだけで十分ではあった。

 日中みっちり体をいじめた少年たちは、若さゆえの元気さで、翌日には元に戻って日々体力作りを繰り返した。

 その熱心な訓練風景に、最初は教官役をしぶしぶ請け負っていた銃士隊員たちも、しだいに見方を変えるようになっていった。

「ふぅん、あの小僧ども、戦士としてはまるで役には立たんが、もうしばらくすれば船乗りの卵くらいにはなれるかもしれんな」

 強い目的があれば、人はそれに向かって全力で突っ走る。ギーシュたちにとっては、まずは敬愛するアンリエッタ姫の命令であることがくる。が、現在はそれと同じかそれ以上に、将来夢見ている将軍や元帥たちですら乗ったことのない超巨大戦艦のクルーになれるという、この上ない名誉が目の前にあったからだ。

「水精霊騎士隊、声出せーっ!」

「おおーっ!」

「ファイト! オーッ! ファイト! オーッ!」

 努力がむくわれる日を目指して、少年たちはカレンダーを指折りしながら毎日をひたすら耐えていった。

 しかし、彼らはよくも悪くも精気あふれる若者たちであり、若さが自分にとって仇になることがあろうとは夢にも思っていなかった。

 

 そんなある日のことである。彼らにとって、生涯忘れられないであろう、あの事件が幕を上げたのは……

 

 その日も、表面上は何事もない平穏な日常であったように思えた。

 朝起きて、銃士隊にしごかれて、昼飯を食って、また銃士隊にしごかれて、やがて日が西の空に沈んでいく。

 大和の甲板も朱に染まり、艦橋が作り出す影が数百メートル先にまで届くようになると、きつかった訓練もようやく終わりを告げられた。

「ようし、今日の鍛錬はここまでだ。全員整列!」

「教官方に礼! ありがとうございました」

 ギーシュたちは、日暮れと同時に解放されると、疲れを知らないかのように飛び出していった。あっという間に大和の甲板には水精霊騎士隊は一人もいなくなり、指導に当たっていた隊員は呆れたようにつぶやいた。

「やれやれ、さっきまで死にそうな顔をしていたくせに、あのバカどもめ……いったいどこにあれだけの元気が残っていたのやら」

 一応、素人に合わせて手加減してやっていたのだが甘かっただろうか? いや、鍛えていない人間ならば、へたばるギリギリの線にしておいたのだが、なんなんだあの連中は? まあ、貴族なのに平民の自分たち銃士隊におとなしく従ってくれて、訓練も熱心なのはいいのだけれど……

「よくわからないが、変わった連中だな」

 その隊員は、なにか晴れ晴れとしない思いを抱いたあとで、まあ子供が元気なことに悪いことはないかと、背伸びをして気分を入れ替えた。

 さて、子供のお守りもすんだことだし帰るとしようか、今日のディナーは川魚のソテーだっただろうか? 贅沢さはなくとも、空腹という最高の調味料がある以上、味に対する期待はいやがうえにも膨らんでいった。

 

 日は落ちて、代わりに月と星が優しく大地を照らす時間がやってきた。

 昼間を働く時間とすれば、夜は遊ぶためにあると言って否定する者は少ないだろう。特に、無駄に体力だけは有り余っている特定の連中からすれば、夜こそ本領を発揮できる時間だと言ってよい。

 さて、その特定の一味のリーダーである金髪で、薔薇の花がトレードマークの少年は、悪友たちを引き連れて夜の街を闊歩していた。

「よーし諸君! 今日もまたこのときがやってきたあーっ! こんな辺鄙な場所の男くさい街なんかには、ろくな娯楽もないものと最初は半ばあきらめていたが、探してみればこんな街だからこそ充実してるところもあるものだ。というわけで、突撃隊長のギムリくん!」

「はいよ! ギーシュ隊長、本日はこのおれに担当を任せたことを心から感謝することになるぜ。街の男たちの噂話を集めて、工場長のおっさんにわいろを贈ってまで得たこの情報、値千金の価値があるとおれは信じる。さあ、こよいも諸君と繰り出そう、男のオアシス、うるわしきご婦人方との愛の巣へ!」

 少年たちの、魂から響いてくるような掛け声がギーシュとギムリに応えた。

 彼らが向かっているのは、酒と食べ物を提供する歓楽街よりさらに奥にある風俗街だった。このような男ばかりが集まるような職場では、自然と色気が不足する。ならばそれを提供する店が集まってくるのは自然な流れである。

 ピンク色の、いかにも怪しげな看板の店が並び立ち、他の場所とは一味違った雰囲気の空気が街に充満している。店舗の内容は、あの魅惑の妖精亭を基準にして、金額で上げ下げしたようなものばかり。まさしく、男の世界に夜の彩りを与える花畑と呼んでよく、男としては十分すぎるほど目覚めているギーシュたちがこれに食いつかないはずはなかったのだ。

 もっとも、彼らの懐具合では一番のサービスをしてくくれる店には入れず(無理すれば可能だが、抜け駆けをすると多数の恨みを買ってしまう)、逆に安すぎる店はなにかと危険なので、モンモランシーたちが案ずるようなことにはまだなっていなかった。

 それでも、彼らの思考からすれば美人の女性と思う存分たわむれられるだけで、興奮のピークは満足させられていた。

「あら、これはお坊ちゃま方、今日もいらしてくれましたのね。毎日大変だとおうかがいしてましたから、今日はもう来てくれないんじゃと身を震わしておりましたのよ」

「はっはっは! いや、ぼくたちはいつ何時国のために命を散らせてもいい覚悟、あの程度の訓練はなんでもありませぬ!」

 妖絶に誘惑する店の女と、いい気分で誇張した武勇伝を語るギーシュたち。もしこの場にジェシカがいたら、これほどのカモはめったにいないわねと呆れたことだろう。

 この日も、数件の店をはしごして、すっかり酔いもまわった彼らは数組のグループに分かれて街をぶらついていた。

 とはいって、よく言って”ぶらついていた”のであって、実態は相当にヤバくなっていた。

「カロリーニちゃーん! 君と会うためだったらたとえ火の中水の中! じゃーんじゃん酒持ってきてちょーだい!」

「こーなったら財布の中身ぜーんぶあげちゃう。店のねーちゃんみんな呼んできてーっ! あーっはっはっ!」

 やや酔いがまわりすぎ、危険なレベルにまで達しているが酔っ払いはそれがわからない。しかもまともな大人ならともかく女性に免疫のない十代半ばの健康な男子に、たとえば美人でおっぱいがでかくて露出度の高いドレスを着たおねえさんが色っぽくアプローチをかけたとしたら……

 答えは簡単、道を歩いてると母親が子供に「見ちゃいけません」と諭すような顔面が崩壊した、いわゆるバカができあがるのだ。

 加速度的に軽くなっていく財布の中身のことなんかは、彼らにとってはまったく知ったことではない。貧乏貴族が大半といえども、貴族である以上はそれなりに手持ちはあるが、それは『あった』と過去形になりかけていた。

 

 そんなときである。ギーシュの率いる五人ばかりのグループに、路地の影から扇情的な声で呼びかけてきた女性がいた。

「ねえん、そこのお兄さま方……こっちに来て、いっしょにいいことしない?」

「ぬぉーっ! これはなんと美人のおねえさま! これは前世から定まっていた運命に違いないっ! いくいく、行きますよ!」

「おいギーシュよせよ、そろそろマジで手持ちもヤバくなってるんだしさ」

「お金なんていらないわ……さっ、みんなそろってど・う・ぞ」

「うぉーっ! 喜んでぇーっ!」

 金髪ロングヘアの誘惑に、ギーシュが抗うことは不可能だった。わずかに冷静さがあった仲間の言うことも、まるで耳に入らない。

 衛士隊に見つかったら、「ちょっと詰め所まで来い」と、怖い顔で声をかけられてもしょうがない連中は、怪しい美人の誘惑にあっさりとかかって、路地の暗がりの中に足を踏み入れていった。

 それが、自らの命取りになるとも知らずに……

 

「あびゃーっ!」

 

 悲痛だが間抜けな悲鳴が五つ、夜の街にこだました。

 

 翌日……水精霊騎士隊の泊まっている宿に、ギーシュたち五人が病院に担ぎ込まれた知らせが届いた。

 なんでも、路地で倒れているところをゴミ清掃の平民に発見されたそうだが、最初はどうせ酔いつぶれてぶっ倒れたんだろうと誰も相手にしなかった。しかし、どうもただごとではないらしく、銃士隊には遅れますと伝言を頼んで全員で病院に駆けつけた。

「ギーシュ! 無事か」

「おっ? おおサイトにギムリ! いやはや、心配かけてしまったみたいだね」

 病室に飛び込むと、意外に平然とした様子でベッドに寝ているギーシュたちがいて、才人たちは気が抜けた思いをした。

「なんだよ、元気そうじゃねえか。ったく、心配かけやがって、なんか大変だって聞いてきたのに」

「あはは、どうやら医師がおおげさに言ってしまったようだね。まあ、ごらんのとおりピンピンしてるさ」

 ベッドに寝たままで、ギーシュは上半身で腕を上げ下げして見せた。

「うるせえよ、後で銃士隊に叱られるのはおれたちなんだぜ。それに、モンモンなんか半泣きだったんだぞ」

「ギーシュ! あんたが倒れたって聞いて、人がどれだけ心配したと思ってるのよ! バカバカバカ!」

「おおっ! す、すまないモンモランシー、君に心配かけるつもりはなかったんだ」

 モンモランシーが叫びながらギーシュのベッドに飛び込んでいくと、さしものギーシュもふざけるのをやめて、彼女の肩を抱いて慰めた。目を見詰め合って、きざな言葉が連呼される。才人からしてみれば、聞いているほう、見ているほうが恥ずかしくなる光景であったが、この二人はこれで幸せなようだった。

 だが、水をさして悪いが、ばら色……桃色空間を持続されてはこちらの精神衛生上よくない。

「ごほん! 二人とも続きは退院してからでもいいだろう。それよりギーシュ、お前仮にもメイジだろ? 何者かに襲われたようだとか聞いたけど、いったい何があったんだよ?」

「ううむ……実は、あまりよく覚えてないんだよ。何軒かの飲み屋をまわって、かなり酔っていたからなあ……気づいたときには路地の中で腰から下が動かなくなって倒れてて……あっ! でも最後にすっごくきれいなおねえさまに手招きされた、それは間違いない!」

 記憶にかたよりがあって、それが女性に傾くあたりはさすがにギーシュだ。ここまで行くと、もはや感心する以外にどうしろというのだろうか。もしかしたら、ギーシュは出会ったことのある女性すべてを記憶しているのではなかろうか?

 しかし、ギーシュは自分で見事に地雷を踏み抜いたことにまだ気づいていなかった。モンモランシーから桃色のオーラが消え去り、代わって近づくだけで花が枯れ、草木は砂と変わりそうな凶悪な殺気が全身を包み込んでいる。

「ギーシュ……美人の誘いに乗って暗がりに入って、腰が動かない状態で倒れてたって、あなたまさか……」

「へ? モ、モンモランシー! 違う、ぼくはそんなことしていない!」

 何が”違う”で、”していない”なのか明言されていないけれど、暗示されている内容ははっきりしていた。状況とギーシュの証言からして、それを連想してしまったとしても無理はない。そしてギーシュに好意を抱いているモンモランシーからして、それは到底容認できる事態ではなかった。

「ギーシュ、あなたの性格や趣味はよく知ってるわ。だから、夜遊びで店の女と金で飲むくらいは見逃してあげてた……でも、将来あなたのためにと、わたしはわたしを大事にしてきたのに……さ・い・て・い・ね……」

 一瞬でギーシュのベッドの周りが無人になる。ほかの寝台の患者は看護婦が素早く室外に連れ出して、才人たちもドアの外へと逃げ出した。すさまじい早業に拍手を送ってもよさそうなものだが、たった一人で怒れる大魔神の前に残されてしまったギーシュはほめるどころではない。

 ガクガクと全身を恐怖で震わせ、ギーシュは目の前ですさまじい魔力をほとばしらせている魔女を見上げた。

 金髪ロールが悪魔の角のように震え、目が据わって見下げてくる様は怖いなんてものじゃない。すでに彼女得意の水魔法は空気中の水分を集めてスタンバイ完了であり、あとはウォーターカッターで首を跳ね飛ばすなり、巨大水球で溺れ死にさせるのも自由。

 そして逃げようにも足が動かないので、まな板の上の鯉同然のギーシュにできることはもはやなかった。

「お、おいみんな待ってくれ! た、助けてくれよ、友達だろ!」

「ギーシュ、お前が悪い。罪滅ぼしにおとなしく殺されろ」

 残念ながら擁護してくれる仲間はゼロだった。才人も南無阿弥陀仏と祈って、あとは二人でゆっくり話し合ってくれとドアが閉じられる。

 以後、その病室は現世から隔絶された煉獄となって、厳重に封印されることとなった。

 

 さて、勇敢だった隊長の冥福を祈りつつ、一同は部屋を変えた。ギーシュといっしょに被害にあった四人を別室のベッドに寝かせると、レイナールが中心になって彼らと話を再会した。

「真面目な話だけど、君たち足の具合はどうなんだい? たちの悪い商売女に、質の悪い薬を盛られたとかいうんじゃないのか」

「レイナール、君までそんなことを言うなよ。いくら酔っても、ぼくたちだって最低限の境界は心得てるよ。一夜のあやまちで全部だいなしにはしたくないからね。まあ、情けなくもこのとおりだが、ここはいい水メイジもいるし、すぐに治るだろう」

 言われて、ズボンのすそをまくった彼の足を見ると、虫にでも刺されたような赤黒いあとがついていた。おそらくは針のようなもので毒を注入されたようだが、貴族目当ての物取りだったのだろうか、その女とやらは。

 そうして、他愛もない話をしばらく続けていると、唐突に医師から室外に出るように言われた。レイナールたちは怪訝に思ったが、とりあえず言うとおりにすると、医師に別室に来るように誘われて、そのまま彼らは医師から信じられない話を聞くことになった。

「ギーシュたちの足が、治らないですって! 先生、それはどういうことなんですか!」

 ギムリが血相を変えて、掴みかからんばかりの勢いで問い詰めると、医師は額から汗を流しながらつらそうに答えた。

「彼ら五人に投与されたのは、私も見たこともない極めて強力な毒物なんだ。どういう作用かわからないが、完全に下半身の水の流れを狂わされている。こんなものはまったく前例がない」

「解毒は!? ここには水の精霊の涙をはじめ、あらゆる秘薬と最高位の治癒を使えるメイジがそろっていると聞きますが!」

「残念ながら、成分さえ不明で解毒薬は作れない。彼らが眠っているうちに、すでに可能な限りの魔法も試したのだが、効果はなかった……」

「そんな……」

 医師の顔に浮かぶ、どうしようもないという苦悩の色は嘘とはとても思えなかった。

 ギーシュたちは、もう一生歩けないかもしれない。彼らはまだ何も知らずに、のんきに寝転がっているけれど、知ったら……

 

 それから、彼らは人間の知識では無理でもエルフならばと、ルクシャナを呼んで彼らの足を見せた。しかし、返ってきた答えは期待からは程遠いものだった。

「残念だけど、こんな毒物症状はわたしもはじめてよ。精霊の力すらはじかれる、まるで呪いみたいな強力さを持っているわ」

「の、呪いですか!」

「勘違いしないで、比喩表現で言っただけで、呪いなんて代物じゃないわよ。けど、明らかに魔法に対する耐性を持たせた毒物でしょうね。専用の解毒剤以外では、治癒は不可能と断言してもいいくらい」

 エルフの力でも無理だとしたら、レイナールたちに治療法を見つけることは無理だった。

 いや、可能性がなくはない。レイナールは浮き足立つギムリたちを見渡して、思いついた可能性を披露した。

「みんな聞いてくれ! これだけ強烈な毒なら、犯人は万一のために必ず解毒剤も持っているはずだ。ギーシュたちの仇を討つためにも、ぼくらで今夜その女を探し出しそうじゃないか」

 レイナールの提案に、才人や水精霊騎士隊の少年たちは病院中に轟くほどの叫びをあげた。特に、ギーシュと気性が合っているギムリなどは、怒りもあらわにして杖を天井に向けて誓いを立てた。

「おお! やってやるぜ、見てろよ、ギーシュの弔い合戦だ!」

「いや、まだギーシュは死んでないと思うぞ……多分」

 やる気が出てきているのはけっこうだが、首尾よく解毒剤を手に入れてきても、そのとき生きている保障がないのが気がかりといえば気がかりであった。

 結局その後、彼らは病院関係者に「病院内では静かに!」と全員追い出されて、「遅すぎるぞ! いい度胸だ貴様ら!」と、大和の艦橋を駆け足で上り下り百周させられたのだった。

 

 

 さてその晩、銃士隊にしこたまいじめ抜かれた水精霊騎士隊と才人は、例の歓楽街の入り口に集合していた。

 全員、休む間もなく倍の訓練をさせられたためにボロボロだが、ギーシュたちの仇を打とうとする目の光だけは失っていない。隊長代理のレイナールの指示で、残りのメンバーによる囮作戦が開始された。

「いいかみんな! 今日は楽しむためにここに入るんじゃない。酒は飲む振りだけ、食べ物は食べるふりだけ! たとえなじみの彼女と会っても今日は断るんだ。行動は五人一組が原則、絶対に単独で動くな。いつでも杖を抜けるように警戒を怠らずにな!」

「おう!」

「連日しごかれた苦悩を思い出せ! その成果を今日試すんだ。ギーシュたちの前に現れたのは『長い金髪で背の高い女』だったそうだ。忘れるなよ!」

「おう!」

「よーし! ここは昔からの合図で気合入れようか、いくぞ……WEKC出動!」

「おおーっ!」

 掛け声をあげて、少年たちはいっせいに街の中へと散っていった。彼らの胸中には、厳しい訓練の日々の中でのささやかな娯楽につけこんで、五人の仲間を傷つけた犯人への怒りが燃えている。どこのどいつだか知らないが、その女を見つけてふんじばってやる。衛士隊にも銃士隊にも力は借りない、おれたちの不名誉はおれたちで晴らす!

 才人も荷物にカモフラージュしたデルフリンガーを確かめて、レイナールたちと街に入っていった。

「覚悟してろよ金髪の女め。必ず解毒剤は手に入れて見せるからな!」

 普段からルイズに他の女に近づかないよう教育されてきたおれだ、色仕掛けなんかにゃひっかからんと才人は意気込む。

 その光景を、ルイズや仲間の女生徒たちは頼もしい目で見ていた。彼らは、「この囮作戦は女には無理だ。まあぼくらの初手柄を祝う準備だけしていてくれ」と言って、ルイズたちが参加するのを拒んだ。その男らしい姿に、彼女たちは心臓をどきりとさせて、思わず「はい」と答えたのである。

 闘志に燃える彼らは、散り散りになったそれぞれの場所で、聞き込み調査を始めていった。

 目的は、どこかで目を光らせているはずの金髪の女ひとりだけ、今日の水精霊騎士隊は一味違うのだ!

 

 そして翌日……

 ルイズは、深く腕組みをして、昨夜一晩熱心に犯人を探し回った水精霊騎士隊を見渡していた。

「で……よりにもよって、出かけた全員が同じ目に会って帰ってくるってのはどういう了見なのよ、あんたらはぁーっ!」

「すいませんでしたぁーっ!」

 ルイズの、親の仇を見るような威圧感満点の怒声に、少年たちの平謝りの合唱が病院にこだました。

 病室を埋め尽くす水精霊騎士隊の顔、顔、顔……地下の暗くて寒い特別室に移された隊長を除く全員が、下半身マヒでベッドに横たわり、上半身だけで土下座している様は哀れとかこっけいとかいうものを通り越しているように見える。

 まったく、意気揚々と出かけていった男たちは、呆れと怒りがまぜこぜになって、ゴミ同然に見下げてくるルイズや女生徒の視線に対抗できずに、冷や汗をかきながら頭を下げ続けるしかない。

「レイナール! あなたが指揮してながら、なんなのよこの醜態は!」

「ご、ごめん! 完全に油断してた。まさか、あんなことになるなるなんて」

「隊長代理は悪くないんです。おれたちが、あそこで誘いに乗ってしまったばかりに」

「黙りなさい! ほんとにもう……これだから男ってのは」

 ルイズは今日ほど男という生き物が汚く見えた日はなかった。こいつらは、あれだけ用心して出かけたにも関わらずに、全員路地や暗がりに誘い込まれてやられてしまったという。しかも、原因は一人残らず女に誘われたから。情けないにもほどがある。

 しかし、ルイズの怒りを極大化させたのはそんなことではなかった。

「ったく、どいつもこいつも……だけどサイト! なんでこんなときまでこのバカたちと仲良く病院送りになってるのよ!」

「ごめんなさいルイズさまぁ! 面目しだいもありませぇぇぇぇん!」

 毛布に頭を沈み込ませて土下座している才人の上から、ルイズは思いっきり踏みつけた。もちろん、カエルのつぶれたようなうめき声が漏れてくるが、そんなことでルイズの怒りはおさまりはしない。

「サ、サ、サイト……わたしはどうやらあなたを買いかぶっていたみたいね。最近は節操もついて、少しは立派な男になったと頼もしく思い始めてたのに……しかもこんなときに色仕掛けにはまってしまうなんて、あんたどこまでバカなのよ!」

「い、いや違うんだルイズ! おれは色仕掛けなんかにはまったんじゃない。ただちょっと、道端で苦しそうにしているお姉さんがいたから、どうしたんですかって声をかけたら」

「結局女じゃないのよ! 女を探しに行って女にやられるって、あんたの頭には頭蓋骨しか詰まってないの!?」

 才人の仲間たちは、なんか昔のサイトとルイズに戻ったみたいだなあと思いながら、とばっちりを受けないように毛布をかぶって身を潜めている。助け舟は怖くて誰も出せないために、才人は自力で危地を脱するためにルイズを説得しなくてはならなかった。

「は、話は最後まで聞いてくれ! おれたちは、ギーシュたちがやられたっていう金髪の女を捜してたんだ。でも、おれがやられたのは銀髪の小柄な女だったんだよ!」

「は?」

 ルイズの動きが止まった。そのわずかな隙を逃すまいと、才人たちは猛烈な勢いで抗弁をはじめた。

 昨晩、彼らはギーシュたちの証言に従って、『金髪で背の高い女』を捜していたのだが、全員がそれとは別の女に誘いをかけられたために油断して被害に会ってしまったのだという。

 才人をやった銀髪の女のほかにも、朱色や淡い青色の髪の女もいたというし、背が高かったり低かったり、巨乳だったりスレンダーだったりと統一性がない。証言はほかにも、おれは三つ編みの女だったとか、ぼくが見たのはショートヘアの気の強そうな子だったりとか、いろいろあった。

「なによそれ、つまり犯人の女は金髪のだけじゃなくて、ほかにも複数いたってこと?」

 さすがルイズは頭の回転が速かった。確かにそれだったら、単一目的に意識が集中している分、虚をついて仕留めやすくなる。

 しかし、その先を考えると問題も出てくる。

 つまり、犯人は水精霊騎士隊が捜索に出てくることも予測して、二日にかけての罠を用意していたということになる。

 いや、冷静になって考えるとさらに妙だ。昨日と今日で、毒を打たれて半身麻痺にされた患者は全員が水精霊騎士隊のメンバーである。歓楽街の規模からして、被害者が偶然彼らだけに集中するなどはありえない。

 ならば、犯人は明確に水精霊騎士隊”のみ”を狙ってきたということに他ならない。このメンバーに狙われるような重要な点があるとすれば、ただひとつ。

「新・東方号の次期乗組員ということ……」

 口の中だけでルイズはつぶやいた。それ以外に、こんなバカたちがわざわざ狙われる理由など一欠けらたりとも見つからない。

 ならば、仕掛けてきた相手は……ルイズはその相手を思い浮かべて、短慮は禁物ねと思い直した。東方号の完成を妨害しようとするガリアやゲルマニアの陰謀の可能性もある。

 だが、犯人の正体や手段がどうであれ、こうなった以上ルイズの考えはひとつだった。

「どこの誰だか知らないけれど、なめたまねしてくれるじゃない。東方号を直接狙えないからって、こんな卑劣で姑息な手段に訴えかけてくるとは許せないわ!」

 怒声をあげたルイズの前に、少年たちはびくりと体を震わせた。

「ル、ルイズお前まさか……」

「あんたたちはそこでしばらく反省してなさい。犯人は、わたしたちが代わりに締め上げてきてあげるからね! 行くわよあなたたち」

「なっ! ま、待てルイズ」

 そう言うと、ルイズはほかの女子生徒たちを引き連れて出て行ってしまった。才人たちは止めようとしたが、足が動かないのでどうしようもなかった。

 

 一方、バカ男たちを放り出して出てきたルイズは、そのまま廊下を女王のように歩いていた。

「まったく、うちの男どもは肝心なときにヘマするんだから……サイトも女と見ると、いまだに見境なく手を出すし、まったく」

「あ、あのルイズ」

「なにっ!」

「ひっ! い、いいえ」

 機嫌の悪いときのルイズに口出しできるものはいなかった。昔ルイズのことを『ゼロのルイズ』とからかっていた子も、現在の虚栄心からではなく本当の自信から来るルイズの迫力にはかなわない。

 そのまま廊下を誰も避けずに避けさせて進撃したルイズは、地下にいるモンモランシーを誘いに向かった。

 病院の地下深く、常に気温が低くたもたれていて静かな部屋の番人のように彼女はいた。

「なにルイズ……わたしね、ギーシュがもう一生動けないんだったら、わたしがずっといっしょにいてあげようって思ってるの。誰も邪魔しにこない冷たくて暗い場所で、ずっといっしょにね……うふふ、うふふふ」

 部屋に入れずに出迎えてきたモンモランシーの様相に、ルイズ以外の女生徒は一様に顔を青ざめさせて冷や汗を流した。なにか……すでに人間をやめているような感がひしひしとする。まあ、浮気の多さに定評のあるギーシュのこと、最近もリュリュとか銃士隊のお姉さま方とかにアプローチをかかさなかったので、モンモランシーも相当にストレスが溜まっていたのだろう。

 逃げられずに丸一日幽閉されていたギーシュが今どうなっているのかは考えたくもない。まだ魂が現世にいるのかどうかは不明だが、よくて生きた屍というところではないだろうか? 女心のわからない男のたどる自業自得なので同情はしないが。

 しかしルイズは、メイジというよりは魔女という雰囲気をかもし出すモンモランシーに臆することなく告げた。

「こんなところで遊んでる場合じゃないわよモンモランシー。あんたのところのバカもだけど、男たちにいらないことをしてくれた犯人をとっ捕まえに行くから手伝いなさい」

「はぁ? なんでわたしがやらなきゃいけないのよ」

「いくら自分の思い通りにいかないからって、人形遊びみたいなことで満足できないでしょう? 仮にも好きになった男、わたしはまだいっしょにお買い物とか……いっしょに、二人だけで、暮らしたりとか……ともかく、そういうことしてみたいの! あなただって、このまま幽閉しておいたところで長く続けられるわけないことくらいわかってるでしょう! だったら、あんたの足を治してやったのはわたしよって、一生押し付けられる恩を売ってやればいいじゃない!」

「ルイズ、あなた……」

 モンモランシーは、数ヶ月前とは別人を見るようにルイズを見返した。彼女の知っているルイズは、一見外側には強く見えるようにふるまうけれども、大事なことは決して外には表さずに内側に隠してしまう、だだをこねる子供のような子だった。いうなれば激しく威嚇して自分の弱さを隠そうとする子猫のようなもの、なのに今のルイズは自分の目的のために、自分の知られたくないような願望もさらしている。いやそれよりも、ルイズはここまで物事を力づくでもいい方向に向けようとするほどに、迷いなく前向きな人間だったろうか。

 成長したのねルイズ、とモンモランシーは思った。休む間もない冒険と激闘の日々は、ルイズの肉体と精神を削っていたが、それに見合うだけの成長を彼女に与えていた。困難を乗り越えたとき、人はより大きい困難と戦える力を得るのだ。

「わかったわ、ギーシュへのおしおきもそろそろ飽きてきたころだし、手を貸してあげる」

「そうこなくっちゃ」

 互いを必要としあう女同士の同盟がここに成立した。

 二人はその後、きちんと部屋に鍵をかけて戸締りを確かめると、女生徒たちと入り口のロビーに戻った。

 するとそこで……

「あら、あなたたちは……?」

 出入り口で、彼女たちは青髪の女騎士と金髪ツインテールの小柄な少女と鉢合わせした。

「ミシェル、あなたがここに来たということは今朝の被害者たちにご用事かしら?」

「ああ、被害者がこれだけ増えた以上は、もう我々銃士隊も傍観しておくわけにはいかんのでな。腑抜けた連中に活を入れるついでに、事情の聞き込みをしておこうと思ってな」

「ふぅん、バカどもの尻拭いも大変ね。そういえば、クルデンホルフの護衛も請け負ってるそうだけど、今日はその子ひとりだけしか見えないわね。ミス・ベアトリスでしたかしら? いつもついて回ってる三人組はどうしたの?」

「あ、こんにちはヴァリエール先輩。エーコたちは、今日は世界中に散らばっていた姉妹たちが、久しぶりに帰ってくるというので休暇をあげて迎えにいってるんです」

 ヴァリエール家を引き合いにしては、さすがにクルデンホルフもまだかなわないのでベアトリスも下手に出た対応を返した。

 つまり、今日はミシェルがベアトリスの護衛をしているというよりは、ベアトリスがミシェルの仕事に着いて回っているようだ。

 ルイズはふむと考えた。水精霊騎士隊が全滅してしまった今、騒ぎを拡大しないために水面下とはいえ衛士隊や銃士隊も動いている。捜査力は当たり前ながら本職が上、しかし犯人は是が非でも自分たちで捕らえたい。そういえば、彼女たちは公にはされていないが、先日の倉庫街での星人出現に際してなんらかの活躍があったらしい。

「ふむ……手ごろね」

「は?」

「ミシェル、サイトたちは二階にいるわ。わたしたちはさっき話してきましたからごゆっくりどうぞ。その間、ミス・クルデンホルフはわたしたちとお話ししてましょうよ」

 ルイズの提案に、ミシェルとベアトリスは怪訝な表情を見せたものの、とりあえずうなずいた。ベアトリスにとって、事情聴取につき合わされても退屈なだけだし、ヴァリエールの機嫌を損ねることは得策ではないと考えたからだ。

 ところが、ミシェルが上部階に登って行ってしまうと、とたんにルイズはベアトリスの手を取って走り出した。

「えっ!? あの、ミス・ヴァリエール! どこへ行かれるんですの」

「決まってるじゃない! この事件の犯人をわたしたちであげるのよ、あんたも手伝いなさい!」

「えっ! ええーっ!?」

 とんでもない答えにベアトリスは当たり前だが絶叫した。が、逃げようにもルイズは小柄な見た目に反してひきずるようにグイグイとベアトリスを引っ張っていく。あっというまに病院から出てしまい、市中引き回しの状態にされてしまったベアトリスは必死で叫んだ。

「無理ですミス・ヴァリエール! わたしたちで犯人を捕まえるなんてできっこないです! 第一どうやって犯人を見つけるんですか? お願いだからやめて、放してくださーい!」

「無茶じゃないわ、ちゃんと作戦は考えてあるの。ともかく今回は、絶対に男たちの力は借りないで解決したいのよ。キュルケやタバサはまだしも、いつもわたしたちを足手まといみたいに置いていって、守ったつもりでいる男たちの鼻をあかしてやる絶好の機会! そう、これは女の誇りをかけた戦いなの」

 ルイズの言葉に、モンモランシーたちもそのとおりだという風にうなづいた。

 そして、ルイズは振り返ると、仲間の女生徒たちを見渡して宣言した。

 

「いい! これはわたしたち全員が、男たちと対等以上になるかどうかの真剣勝負。作戦名はすなわち、プライド・オブ・レディース!」

 

 

 続く


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