ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第68話  不思議な風来坊

 第68話

 不思議な風来坊

 

 甲冑星人 ボーグ星人 登場!

 

 

 酒場での軽口から平民たちの怒りを買い、暴漢と化した男たちに捕らえられてしまったベアトリスを助けたのは、テンガロンハットを首にかけた壮齢の男だった。憎悪に燃える平民たちの中にあって、風のように前触れもなく現れた彼は、ナイフを少女に突きたてようとしていた男を取り押さえたのだった。

「て、てめえ放しやがれ! いだだだ!」

「じゃあ、この物騒なものは預からせてもらうよ」

 そう言うと、テンガロンハットの男はナイフを奪い取って手を放した。放してもらった男は、痛む腕を押さえながらひいひい言って逃げていった。

 ベアトリスは、慌てて駆け寄ってきたミシェルたちやエーコに「ご無事でしたか!?」と、問いかけられながら、呆然として自分を助けてくれた男を見上げていた。そして彼は、いきりたつ男たちの中にあってただ一人冷静さを保ち、堂々と臆することなく彼らに向かい合ったのだ。

 だが、酒場に集っていた男たちは黙っていなかった。いまだ侮辱された怒りが収まらない様子で、いいところで邪魔をしてくれた男に矛先を変えて怒鳴ってくる。

「てめえ、よくも余計なまねをしてくれやがったな。おれたちの邪魔をしてくれたからには、てめえも覚悟はできてんだろうな!」

 真っ黒に日焼けした、顔に大きなななめ傷のある男だった。声もどすがきいており、気の弱い男ならばそれだけで足がすくんで動けなくなるだろう。しかし、テンガロンハットの男はまったく臆した様子もなく、落ち着いた声で返した。

「邪魔をしたとは、自分の娘くらいの子供を、よってたかってなぶりものにしようとしていたことかな?」

「うっ! ぬ」

 確信を直球で射抜かれて、さすがに動揺が男たちに走った。別の形での怒りも湧いてくるが、その言葉に反論の余地はない。いっせいに襲い掛かろうとしていた男たちのあいだに冷や水を打ったような空気が流れ、幾人かの男は正気に戻って列の後ろへと下がっていった。

 しかし、まだ大半は良心の呵責を思い出し始めつつも興奮が冷めていない。

「貴様、俺たちと同じ平民のくせに貴族に味方しやがるのかよ! ああ!」

「彼女が貴族だということと、君たちが数にまかせて暴力をふるおうとしていることは、まったく別の問題だ。違うかね?」

「いや! 元はといえばその貴族の娘が、おれたちのことをバカにしやがったのがいけねえんだ。身分が上だからって、どんなことを言ったって許される道理があるかよ!」

「それは確かに彼女も悪い。しかし、今君たちがやろうとしていたことは明らかにそれ以上に卑劣な行為だ。相手も悪いからといって、それが自分の悪行の免罪符にはならない。君たちは、汗水たらして働く自分の仕事に誇りを持っている。ならばその大事な手を、血で汚すような真似をしてはいかんよ」

 とつとつと諭すテンガロンハットの男の声色は穏やかで、じっくりと興奮していた男たちの胸に染み入っていった。はじめは怒気に支配されていた職人たちの顔に、理性の色が戻っていって、ひとり、またひとりと下がっていく。

 まるで、父親に子供が諭されていっているようだとミシェルたちは思った。これは単なる人柄ではなく、相応の人生を歩んできた者にしか出せない深みだ。

 けれども、幾人かは説得に応じずに残った。理性や誇りよりも、一度乗り出したからには引けないという意地だけで残っているような連中だ。店内にあった棒切れやワイン瓶などを武器にして、一触即発の気を振りまいている。こういう輩には道理を説いても無駄で、叩き伏せるしかないとミシェルは部下たちに合図しようとした。

 だが、テンガロンハットの男は実力行使に出ようとしているミシェルたちを手で制すと、男たちに再度呼びかけた。

「君たちも、もう帰りたまえ。さもないと、取り返しのつかないことになるぞ」

「ふざけるな! ここまで来て引き下がれるか」

「こんな場所で長々と騒いでいたら、衛士隊が大挙して押し寄せてくるぞ。逮捕されたらどうなるか、君たちにもわかるだろう?」

 その一声で男たちの顔から血の気が引いた。騒乱だけならまだしも、貴族への暴行未遂である。いや、相手が平民であっても子女への暴力は許されざる大罪であることは変わりない。即刻死罪ならまだ救いがあるほうで、処刑目的の拷問という身の毛もよだつような末路もありうる。

 さすがに向こう見ずな男たちも言葉を失い、意地と恐怖のはざまで立ち尽くしている。テンガロンハットの男は、そんな彼らを見渡すと、つとめて優しく語りかけた。

「今日のことは、酒に酔ったあげくの少しの過ちだ。本当の君たちはそんなことをする人間じゃあない。そうだろう?」

「あ、ああ……」

「なら、悪い酒は抜いて、明日に備えて早く寝ることだ。今日のことは、ちょっと悪い夢を見ていただけ、それでいいだろう」

 夢ならば、眠って目を覚ませば露と消える。夢だったのなら、意地を張る必要も無い。男たちは、全部を酒と夢のせいにすることで、ようやく自分の中に妥協点を見つけられた。

 すっかりしらふに戻った男たちは、床板に悲鳴を上げさせながら店外に駆け出していく。あれで恐らくはこりただろう。

 店内は急に静かになり、あれだけ騒がしかったのにまるで別の場所になってしまったかのようにさえ思えた。なにか、自分たちのほうこそ悪い夢を見ていたような気がする。

「さて、君たちも怪我はないかい?」

「あ、ああ」

 と、気が抜けかけたところでミシェルは、ふと男の顔に見覚えがあるような気がした。そういえば、そのテンガロンハットは確か。

「あなたは、あのときの風来坊!」

「おや、君たちは先日この帽子を買ったときに選んでくれた人たちか。そうか、その制服を見るとあのときは私服でパトロール中かなにかだったのかな。その節はお世話になったね」

 男は、屈託の無い笑顔を浮かべてミシェルたちに応えた。暴漢たちに向けていたのとは違う、温厚そのものの声色に、忘れかけていた祭りの日の一瞬の記憶が蘇ってくる。

「いや、今回は我々こそ危ないところを助けられた。しかし、なぜこのような場所に?」

「はは、見てのとおりの根無し草なものでね。今はこの街で働かせてもらっている。それよりも、そちらのお嬢さんたちは大丈夫かな?」

「はっ! クルデンホルフ姫殿下、お怪我はあられませんか?」

「え、ええ、大丈夫よ」

 ベアトリスはふらふらと立ち上がると、風来坊に顔を向けて目すじを引き締めた。

「平民、よく危ないところを助けてくれたわね。ほめてつかわすわ」

 感謝してはいるものの、目線を上からにした高慢な言葉だった。しかし、それは彼女のせいではない。クルデンホルフ大公国の姫として育ってきたベアトリスは、平民に頭を下げたりするような教育や経験は一切受けてこなかった。だからこれでも、彼女にとっては最大限の謝辞なのである。

 だけれども、風来坊は気分を悪くした様子も無く、ベアトリスに普通に話しかけた。

「私に礼を言うよりも、君にはほかに気にかけるべき人がいるんじゃないのかな?」

「えっ? あっ、シーコ!」

 言われて、ベアトリスは隅でうずくまって苦しい息を吐いているシーコに駆け寄った。

「シーコ、あなた怪我をしてたじゃない。大丈夫なの!?」

「あっ、姫殿下……姫殿下こそ、よくご無事で。申し訳ありません、役に立たない護衛で」

「バカ! いいのよそんなことは。ああ、どうしよう、こんなに血が……」

 額の傷口を抑えたシーコの手のひらは血に塗れて、そでの一部も赤く染まっている。ベアトリスは、どうしていいのかわからずにおたおたするしかできなかった。

 だがそこへ、風来坊が店から借りてきたと見える救急箱と濡れたタオルを持ってきて、ベアトリスに差し出した。

「心配しなくても傷は浅い、額はほかよりも血が出やすいだけで出血はもう止まっている。君の友達なのだろう、これを使いなさい」

「あ、はい」

 タオルを受け取ったベアトリスは、傷口を抑えているシーコの手をどけさせると、濡れタオルで血の汚れをぬぐい始めた。

「あっ、ひ、姫殿下! そんな、お手が汚れます。およしください」

「いいから、怪我人は黙ってじっとしてなさい。ほら、痛くない?」

 ベアトリスは、うろたえるシーコの顔をできるだけ優しくぬぐっていった。

 やがて、血のりがとれてシーコの少年ぽさのある顔立ちがきれいに戻った。しかし、額にはグラスをぶつけられたときに負った傷口が赤黒く残っている。あとは薬を塗ればいいのだが、ベアトリスには救急箱のどの薬を使っていいのかはわからない。そこへ、エーコが救急箱の中から一本のビンを取り出した。

「姫殿下、お手をわずらわせて申し訳ありませんでした。あとは、わたくしがやりますので」

「えっ、でも」

「もうこれだけしてくださったら結構ですわ。元はといえば、わたしがこのような場所に寄ろうと言ったのが原因。それで妹に怪我を負わせてしまった以上、わたしが手当てするのが義務です」

 そう言うと、エーコは薬のビンから綿に薬を染みこませて、シーコの傷口に塗っていった。彼女の、その有無を言わせぬ強い口ぶりに、ベアトリスは彼女たちの絆の深さを垣間見たような気がした。

 エーコ、ビーコ、シーコの三人は姉妹である。ある貴族の家系につらなる十人姉妹の最後に三つ子として生まれた彼女たちは、容姿は異なるものの同じ年齢であるということで、いつでもいっしょにすごしてきたのだという。それこそ、実家が没落して姉妹が離散してからも、三人助け合って……

 エーコは手際よく、シーコの手当てをすませていく。こんな店の救急箱には、水の秘薬のようなよい薬はないから応急処置も原始的な手法に頼らざるを得ない。

 あとは、包帯を巻いて傷口を覆うだけとなった。エーコは巻かれた白い包帯を箱から取り出そうと手を伸ばした。

 だが、包帯はその前にベアトリスが手に取り、彼女は唖然とするエーコに向かって言ったのだ。

「最後、包帯を巻くのはわたしにやらせて」

「姫殿下、ですが」

「いいの、シーコが怪我をしたのはわたしを守るために戦ってくれたから。だったら、主君として報いるものがなければいけないけど、わたしには治癒の魔法は使えない。だからせめて」

 祈るようなベアトリスの言葉に、エーコは無下に断れなかった。シーコを見ると、わたしはいいよとうなづいていた。

「わかりました。では、お願いします」

 許可をもらったベアトリスは、恐る恐る包帯を解いてシーコの額に巻いていった。その手つきは不器用で危なかしく、体の震えがツインテールのはしにも伝わっているのが見て取れる。

 しかし、同時に真剣で非常に丁寧に治療しようとしているのもわかった。ミシェルや銃士隊の隊員たちは、ベアトリスのそんな真摯な態度を、驚きを持って見つめていた。

”本当にこれが、あの高慢なお姫さまなのか?”

 もしもここに、先ほどまでの酔っ払いの男たちがいたとしても、同じように感じたに違いない。本当に、ここにいるこの娘は平民たちに残忍ともいえる仕打ちを与えた、あの非道な貴族と同一人物なのかと?

 だがそれは、平民から貴族を見た偏見が混ざっていると言わざるを得ない。ベアトリスが、本当に血も涙も無い鬼ならば、そもそも取り巻きなどはつけずに金銭で雇った用心棒に護衛させ、エーコたちも奴隷商人に売り飛ばしていた。東方号も、人のいいコルベールをだまして奪い取っていたに違いない。

 最初から善人として生まれる人間などいない。それは貴族も平民も変わりなく、誰もがまっさらな赤ん坊としてこの世に生を受けてくる。優しさ、思いやりというものは物心つくにつれて、人から受けることで教わっていくものだ。

 もちろんベアトリスもその例外ではなく、彼女も幼いころは両親の愛情に包まれて、愛されるということがどういうものかを学んできた。受けた愛情のぶんだけ、父母を愛することを知り、その愛情を草花や小鳥を愛でるように他者に与えることもできるようになった。ミシェルたちが見てきたのは、ベアトリスの一面だけにすぎない。

 だが、ベアトリスの周りにいた平民は、すべて使用人として命令には絶対服従するか、領民として地にひれ伏す者しか存在しなかったことが、少女の人格形成に大きな影をもたらしていた。もとより、これは彼女だけの特別なことではない。貴族と呼ばれる者たちの多くに共通されることで、ギーシュたちのような者こそ少数なのである。

 地球でもこれを笑えない。高度に近代化した現代でも、探せばそうした差別意識は強く残っている。優しさの向け方を正しい形で学ばなかった者たちが、なんの悪意も無く他者を傷つける。人間の心とは、組み方ひとつで簡単にいびつになる、不完全なパズルのようなものなのだ。

 しかし、ベアトリスの心の中には確かに優しい心もある。包帯を多少歪んだ形ながらも巻き終えた彼女は、恐る恐るシーコに尋ねた。

「ええと、これでいいのかしら? わたし、がんばったんだけどへたくそで」

「いいえ、ありがとうございました。もう、痛くないです」

 シーコは笑顔を浮かべて立ち上がり、ベアトリスはほっと息をついた。シーコは手についた血の汚れをぬぐい、汚れたタオルを返すと、風来坊は救急箱といっしょにそれを受け取った。

「帰ったら、明日にもちゃんとした医者に診せるといい。傷口が荒れていなかったから、丁寧に治療していけば跡も残らないだろう」

「あ、ありがとう……えと、おじさん」

「礼ならば、君のお姉さんと友達に言えばいい。私はなにもしていないよ」

 風来坊は軽く笑うと、ベアトリスのほうも向いた。

「君も、初めてにしてはよくやった。なかなかいい手際だったぞ」

 それは、まったくの他意のない褒め言葉で、普通だったら素直に喜ぶべきものだったろう。しかし、平民に頭からものを言われたようなことは、彼女の逆鱗に触れてしまった。

「無礼者! 平民が、このわたしに向かってなんという横柄な口の利き方! 分をわきまえなさい」

 歪んだプライドが、一気に彼女を元に戻してしまっていた。

 だが、風来坊はこれまでにベアトリスが会ってきた平民ならば、顔色を失って許しをこうところ、まるで恐れを抱いていない表情で言ったのである。

「悪いが、私は君の臣下ではない。仕えるべきと決めた相手でもない人間に、無条件で頭を下げるわけにはいかないな」

「なっ、なんですって!」

 ベアトリスは愕然とした。貴族を相手に、顔色ひとつ変えない平民などこれまでに会ったことはなかった。貴族は平民を統治すべき絶対の存在と、少なくとも信じ込まされてきた彼女は、ゆえに想像もしていなかった相手の反応に即座にどう言うべきかを選択することができなかった。

 しかも、しかもである。自分の目算が外されたら、普通は相手に対しての怒気が次に来る。ベアトリスはその人間心理の基本に従って、感情のままに罵声をあげようとしたのだが、風来坊はそれよりも一瞬早く、ベアトリスの頭に手を置いて、なんとなでてきたのだ。

「こらこら、女の子がそんなに大声を出すものじゃない。人の見ている前だろう」

「なっ、ななななっ!?」

 怒声をあげようとしていたベアトリスはおろか、エーコとシーコ、ミシェルたちも仰天してしまった。貴族を恐れないどころか、まるでベアトリスを子供……いや、孫のように扱うこの気さくさはなんなのだ。

 完全に怒気を抜かれて唖然とするベアトリス。すると、風来坊はすっかり閑散としてしまった店内を見渡して言った。

「やれやれ、すっかり寂しくなってしまったなあ。すまないねマスター、客を追い出すことになってしまって」

「いやいや、店内を荒らされるよりましだよ。こういうところじゃ、よくある話さ。気にしないでくれ」

 なれっこだというふうに酒場のマスターは首をふった。もっとも、この風来坊ではあるまいに、大貴族のいるところで怒ってみせるだけの度胸、あるいは非常識さが彼にはなかっただけとも言える。

 とはいえ、店内ががらんどうになってしまったのも事実だ。ここで彼らが退店したら、店内は無人と化してしまう。それを不憫に思ったのか、風来坊はある提案を持ちかけてきた。

「なあ君たち、よかったら食事をやり直すのにつきあってもらえるかな?」

「なんですって? てっ、なんでクルデンホルフ姫殿下ともあろうわたくしが、平民とディナーをともにしなきゃいけないのよ!」

「そりゃ、食事をするのは腹が減ったからに他ならないさ。さっきの騒ぎで、食べ始めたところで中断させられてしまったからね。それに、私は昔あちこちをまわって地図を作る仕事をしていたことがあってね、人の話を聞くのは好きなんだ。お姫様と話す機会など、そうそうないから大事にしたいんだよ」

 怒っても完全にのれんに腕押しでしかなかった。ベアトリスはいっそのこと、魔法で無礼打ちにしてやろうかと思ったが、仮にも命の恩人に対してそんなことをすれば自分の器の浅さを露呈してしまうようで嫌だった。けれど、かといってこの無礼な平民をなんとか思い知らせてやりたいという思いはある。それに第一……。

”おなかすいた……”

 さっきは中途半端なところで食事が中断されたために、実はまだほとんど食べていない。そこに緊張からどっと解放された安堵感が重なって、体に意思を裏切られたベアトリスであった。

「し、仕方ないわね。恩を受けたら返すのが貴族として正しい道。どうせあなたなんか、たいしたもの食べてなかったんでしょうから、わたしの財布で好きなだけ食べていっていいわよ」

 これで逆転だ、とベアトリスは思った。無礼を許す器量を見せ、なおかつ太っ腹なところを見せれば見直されるだろうと。

 が、今度もまた彼女の思惑は方向を変えて裏切られた。

「そうか、ならばご好意に甘えるとしようか。さあ、そちらの君たちも席に着きたまえ、立ったままでは食事にならないだろう」

「え? いやしかし、我々銃士隊は姫殿下の護衛をせねばならない身ですので」

「我々以外誰もいないのに、何から護衛する必要があるんだね? 食事は大勢でしたほうがうまいに決まっている。酒が入らなければ問題なかろう。そうでしょう、お姫様?」

「う、あ、まあ、そうね」

 またも、機先を制されて、ベアトリスは気づいたときには後追いの承認を与えてしまっていた。

 こうして、思いも寄らない形で銃士隊の四人も席を同じくすることになった。計八人の男女は、先ほどの騒動でテーブル席がめちゃくちゃになってしまったので、カウンター席に着いた。ベアトリスを中心に、右側にエーコとシーコが座って、左側にもしもに備えてミシェルが、その左に風来坊と銃士隊の三名が腰を下ろす。

 

 ベアトリスにとって、人生で一番奇妙なディナータイムはこうして始まった。

 

「マスター、さっきと同じメニューをよろしく。早くね」

 さて、なにはともあれ食事は食べなければ始まらないので、ベアトリスはエーコとシーコの分も合わせて、食べ損なったぶんをさっそく注文した。店のマスターは、一番高いメニューを選んでもらったことと、大貴族の覚えをよくしてもらおうという魂胆から二つ返事でオーダーを厨房に伝える。

 一方の銃士隊四人は、酒抜きの軽めのメニューを選んだ。いざというときに満腹で動けなくては話にならないからだ。

 そして風来坊は、なにを注文するのかとベアトリスが横目で注目する前で、当たり前のように口を開いた。

「マスターのおすすめで一式出してくれ。その前に、ミルクを一杯たのむよ」

 は? と、一同は斜め上の答えにあっけにとられた。てっきり、雰囲気に従って古酒でも頼むのかと思ったら、ミルクとはまた意表を突かれた。エーコなどは、こらえきれずにくすくすと笑っている。が、ベアトリスはなんだかばかにされたような気がして不愉快になった。

「ちょっとあなた、このわたしがおごると言ってるのよ。なんなのよミルクって」

「しらふでいたい夜もあるさ。それに、私の古い友人の実家が牧場をしててね。行ったことはないが、わざわざ仕事場まで息子のために足を運んでくれる、いいお母さんがいた。そのときのことを思い出すんだ」

 少しだけ遠い目をした風来坊の前に、ミルクを入れたコップがコトンと置かれた。酒場で頼むと笑われるのに、なぜか必ず出てくるのが、これの不思議なところである。

 ほとんど貸切状態の中で、おごそかにディナーは始まった。

 ベアトリスやエーコたちは、ナイフとフォークを上品に使い、さすが上流階級らしい優雅な食事風景を見せる。

 ミシェルたち銃士隊も、王族の親衛隊にふさわしい訓練は受けているので、マナーに問題はなかった。

 またも意外だったのは風来坊である。食器を扱う手つきが非常に様になっていて、無作法さとはまったく縁がない。どこかでレストランでも経営していたとでも言われたら、迷わず信じてしまいそうな行儀のよさだった。

”この風来坊、本当に何者だ?”

 それがその場にいた全員の疑問であった。とてもじゃないが、放浪しているいっかいの平民とは思えない。だが、貴族であるようでもない。それほどに、不思議な男だった。

「あなた、いったいどこの生まれなの? ガリア、もしかしてロマリア?」

「どちらでもないが、遠いところさ。遠すぎて、たぶん君たちに言っても知ってはいないだろう。この国には最近来たんだが、人々にも活気があっていいところだ」

 うまくはぐらかされてしまったようにベアトリスは思った。しかし、身寄りがなくて物心ついたときから放浪している生国不詳の人間などいくらでもいるから、突き詰めても満足いく答えが返ってくるとは思えなかった。

 でも、そうしたミステリアスなところがベアトリスの好奇心を刺激した。もとより、裕福な貴族はたいていの願いはかなうだけの権力と魔法という実力も持っているので、退屈して刺激を求めている。彼女は、いままで会ったことのない、この不思議な男の秘密をあばいてやろうという気になった。

「トリステインを気に入ってもらえて、杖のもとに集う貴族としてうれしく思いますわ。そして、そのトリステインの中でも一、二を争う名家、クルデンホルフの姫であるわたくしが歓迎すること、これに勝る名誉はそうありませんわよ」

「それはすごいな、感謝しますよ」

「む、そんな落ち着いた顔で言わないでもらいたいわね。ちっともうれしそうに見えないわ」

 またも権勢をちらつかせて反応の薄かったベアトリスは、むっとして風来坊をにらみつけた。でも、まだ大人と子供の割合が、子供のほうに七割ほど傾くベアトリスが不機嫌そうにしても、すねているようにしか見えなくて、風来坊は微笑するとすまなそうに言った。

「そんなことはないさ、兄弟たちにいい土産話ができる。うれしく思ってるよ」

「あら? あなた兄弟がいらしたの」

「ああ、上に二人、下に八人いるよ。私はそのうちの三男なのさ」

 はじめて風来坊が自分の身の上らしいことを明らかにした。しかし、兄弟がいることは珍しくないが、数が驚いた。

「じゃあ十一人兄弟というわけなのね。へえ、エーコたちの十人姉妹も多いほうだと思ってたけど、上には上がいるものね」

「いや、私たちのほとんどは血のつながりはない。ただ、兄弟のように仲がよいということで、周りの人がいつのまにか兄弟と呼び始めただけさ」

「なんだ、そうですの。それで、ご兄弟はそれぞれなにをしてらっしゃいますの?」

「いろいろさ。長男は国にずっといるが、ほかの皆はあちこちを飛び回って、なにをしているかは彼らしだいだ。そうだ、弟が二人こっちに来ているが、もしかしたら君たちと会っているかもしれないな。お嬢ちゃんは、一人っ子かい?」

 また、「お嬢ちゃん」と勘に触ることを。ベアトリスはむっとしたが、いまさらなので抑えた。

「ええそうよ! クルデンホルフの正当後継者は、このわたしベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフだけ。将来、クルデンホルフの莫大な資産を継承するさだめを持った選ばれた者。どう、わかった?」

「そうか、君もなかなかに大変な宿命を背負っているようだな。しかし、君は幸せだな、体を張って君のために尽くしてくれようとしている友がいる」

 風来坊は、そう言うとベアトリスの向こう側に座っているエーコとシーコを見た。

「わ、わたしたちですか? そんな恐れ多い! われらはしょせん、姫殿下のいやしいしもべにすぎません」

「そうかな? 主君と家臣というものは、大人同士でやるものだ。お嬢さんには、そういうことはまだ荷が重いように思えるがね」

「な、なんですって!」

「人はひとりでは何事を成し遂げることもできない。だからこそ、色々な形で人の力を借りて生きていく。そちらの銃士隊の彼女たちが力を合わせて戦っているようにね」

 風来坊に、まるで見ていられたように確信げに言われて、ミシェルたちは驚いてつばを呑みこんだ。

「……しかし、絆がなくては、どんなつながりでももろい。君は、君がさっきのような窮地に陥ったとき、命を顧みずに助けてくれる”臣下”を、何人持っているのかい?」

「う……」

 ベアトリスの言葉が詰まった。言われて初めて、そんな臣下などひとりもいないのだと気づかされたのだ。

 使用人や召使はいる、だがそれらはすべて雇われているだけだ。空中装甲騎士団にしたって、忠誠を尽くしているのはあくまでクルデンホルフで父の臣下でしかなく、真の意味での臣下などひとりもいない。

「臣下というものは、主君となる人間の志や人望に応じて集まってくるものだ。金や権力にこびて集まってくるような輩なら、すぐにでも揃うだろうが、君はそれでいいのかい?」

「そ、そんな下卑た部下なんか断じてお断りよ」

「だが、今の君には命をかけて忠誠を尽くす人間を集める器はないだろう。なぜなら、君は子供だからだ」

「……」

「しかし、子供であることは悪いことじゃない。大人と違って、子供には自由がある、なにものにも拘束されない、心の自由がな」

「心の、自由?」

 いつの間にか、ベアトリスは風来坊の話をじっと聞き入っていた。

「そうだ、つまらないしがらみに囚われずに生き方を決められるのは、大人になってから一番ほしいと思うものだ。君はもう、自分の将来について決めてしまっているようだが、だからといって焦る必要はない。世の中というものは、一面から見ただけでは到底理解しきれないほど複雑にできている。ときには寄り道をして、遊んでいったことが後から大事になることもある」

「無駄なことをするのが、役に立つって言うの?」

「ああ……昔、私は未知の土地をめぐって地図を作る仕事をしていたと言ったね。もう四十年以上昔になるか、ある土地に立ち寄ったときのことだ。そこは、未開だったがとてもうつくしく、すばらしい人たちが住むところだった。だが、それを狙って多くの卑劣な侵略者もいることを知った私は、とどまることを決意した」

「……」

「戦いは、つらく厳しかった。あるときは、捕らえられて十字架に磔にされて処刑されかけたこともある。でも、その土地で出会った仲間たちは、何度も私を救ってくれた。それに、愛する人もいた……そして、戦いの疲れからとうとうその土地を離れなければいけなくなったとき、仲間たちは死にかけの私を全力でかばってくれた。あの日のことは、一生忘れないだろう」

「それで、その後その土地は……?」

「私の意志を受け継いだ仲間たちが、その後もしっかりと守ってくれたそうだ。私も、その後何度か立ち寄って、彼らとともに戦った。それが、後の私の兄弟たちだ……」

 そこまで話されたとき、ベアトリスは風来坊の顔に、酔っているわけでもないのに赤みが差しているのを見た気がした。

「しかし、人生とは不思議なものだ。ちょっとした寄り道のようなものだったはずなのに、いつのまにかそれが人生のすべてになってしまっていた。任務を放棄して滞在を選んだのは、そのときは過ちだったかもしれないが、今はそうしてよかったと心から思っている。一度は多くのものを捨てた、しかしその代わりに、それ以上のかけがえないものを得ることができた。友と、愛する人と、兄弟たちと、そして第二のふるさとと呼べるところを」

 正道から外れ、多くを失ったからこそ得た大切なもの。ミシェルはそんな彼に、共感するものを覚えた。

「なんとなくわかります。私も、一度すべてを失いましたけれど、今では失う前にも劣らない多くのものに囲まれています。昔のままでいたらと思ったこともありますが、戻りたいとは思いません」

「そうか、それはたぶん君にとって今度こそ失ってはいけないものになっているのだろうな。大切にしたまえ、そうすればきっと君の大切な人たちは君に応えてくれるはずだ」

 ベアトリスはミシェルの過去は知らない。けれども、彼女の言葉が多くのものを積み重ねてきたからこそ持つ、大人の重みのようなものを感じ取ることはできた。

 悔しいが、こうして話せば話すほど、自分がこの中の誰よりも子供なのだということを思い知らされた。人生経験の差、それは虚勢や権勢などでは決して埋められない。

 だが、それでも譲りたくないものはベアトリスにもあった。

「あなたのおっしゃりたいことは、わたくしにもおぼろげですが見えた気がします。でも、わたしは生まれたそのときからクルデンホルフの名と宿命を背負ってるんです。あなたのように、投げ出していくことは断じてできません」

「我々のまねをしろと言っているわけじゃないさ。私の人生と、君の人生はまったく違ったものになって当たり前だ。ただ、その中でも少し立ち止まって道端の花をつむくらいの余裕はあっていいはずだ。君がお父さんから家名を受け継ぐには、まだ十数年はかかるだろうからな」

「わたしはクルデンホルフの姫として、弱みを見せるわけにはいかないのよ! たったひとりの跡継ぎが遊び歩いてるなんて、そんな噂が立ったらどうしてくれますの?」

「子供が変な心配をするものじゃない。子供というものは、親や大人に散々迷惑をかけて育っていくものだ。気にやむことはない、子供に甘えられるのは親の醍醐味みたいなものだ。そして、親に甘えられるのも子供のうちだけの特権だよ」

「……」

 気負いを簡単にへし折られて、ベアトリスは唖然とした。年頃の子供は、親の受けをよくしようと必要以上に気負ったりすることがよくあるが、そんなことは大人からしてみたらお見通しだった。

「ところで、君には夢はあるのかい?」

「夢、ですの?」

「そうだ、君の言うことは君の一族の義務であって、君の意思とは別個だろう。将来、なにかしたいことなどはないのかな?」

 自分が試されているようにベアトリスは思った。だが、将来の展望ならばちゃんとある。彼女は大きく息を吸い込むと、今度こそぎゃふんと言わせてやろうと、言葉を吐き出した。

「それはもちろん、クルデンホルフを世界一の大貴族に成長させることよ。今のクルデンホルフは大公国なんていっても、しょせんトリステインの一貴族。でも、いつかゲルマニアの都市国家群すら従えさせる名に育て上げて、わたしの名前を歴史に刻み込ませるの!」

 エーコとシーコが、その壮大な野望に拍手を送る。今度こそやったと彼女は思った。世界を目指す、これ以上大きな夢はあるまい。文句をつけられるならつけてみろ。

 だが、風来坊は微笑すると、ふんぞりかえるベアトリスに静かに言った。

「立派な心意気だ。しかし、君がその世界の女王になったとき、いったい何をしたいんだい?」

「え……?」

「頂点を目指す、それは立派なことだ。しかし競技ならともかく、王というものは到達点じゃない。そこでなにをしたかで、歴史に刻まれる名は大きく変わるんだ。君はもしかして、世界一になったらそれで終わりだと思ってたんじゃないのかい?」

「……」

「それに、君の選ぼうとしているのは茨の道だ。とてもひとりで登りつめられるものじゃない。つらいこと、どうしても我慢ができないこともたくさんあるだろう。そんなときには、助けてもらいたい人、慰めてもらいたい人が必要だ。そして最後に、その道を踏破して頂点に立ったとき、君は誰に「おめでとう」と言ってほしいのかな?」

「そ、それは……」

 口ごもったベアトリスは、無意識にちらりとエーコとシーコを見た。すると、風来坊はにこりと笑った。

「ならば、その人たちを大切にすることだ。大切な人を失うのは、我が身を切られるよりも痛い。そんな悲しい思いは、君にはさせたくない」

 風来坊はそう言うと、グラスに残っていたミルクを飲み干してカウンターに置いて立ち上がった。

「ごちそうさま。では、私はそろそろ失礼させてもらうことにするよ」

 テンガロンハットをかぶりなおし、風来坊はゆっくりと出口のドアに向かって歩き出した。

 だが、彼が扉を開ける前に、ベアトリスは彼を呼びとめた。

「待って! じゃあわたしはどうすればいいの? 悔しいけど、わたしはこれからどうすればいいのかわからない。子供にはなにもできない、夢もむなしいだけ、じゃあどうすればいいのよ!」

 信じていたものの虚構を打ち砕かれた、魂からの叫びだった。

 すると、風来坊は半分だけ振り返ると、視線だけはしっかりとベアトリスに向けて語ったのだ。

「言ったろう、子供には大人にない自由があると。迷ったときには、思い切って迷えばいい。君には友達がいる、気負わずに頼って、回りの大人に助けを求めればいい。世の中は、君が思っているよりも優しさのあるものだ」

「優しさ……?」

「そう、心を開いていろんな人と向き合っていくことだ。そうしているうちに、友達も増えていく。目に付いたことをひとつずつやっていって、世の中を知るといい。そのうちに、君にとって本当に大事なもの、かなえたい夢も見えてくる。ただ私としては、どうせ夢を見るならば、みんなのハートがあったかくなる、誰もがいっしょにハッピーになれる、そんな夢を見たいものだと思うね」

「まっ! あなたの名前は!?」

 きいと扉の音が鳴って、風来坊は消えていった。

 あとには、静まり返った店内と、夢を見ていたように呆けているベアトリスたちが残された。

 あの風来坊は、本当に現実だったのだろうか? 全員そろって同じ夢を見ていたと言われても、信じてしまいそうな気がした。

 

 夜の繁華街は、昼間に働いた造船所の人々でごったがえして、明日への活力を彼らに与えんと賑わい続ける。

 そのどこかでは、力仕事で腹を減らしきったギーシュたちが、かわいい女の子のいる店をはしごして悪酔いしていたり、モンモランシーたち女性陣が、帰ってきたらこらしめてやろうとタバスコ入りのワインを造ってほくそ笑んだりしている。

 

 だが、人間たちの幸福をねたましく感じ、その不幸を喜ぶ者たちの邪悪な計画は、人知れず始まりつつあった。

 倉庫街の一角に設けられたボーグ星人のアジト。星人はそこに一人の銃士隊員を誘い込んで捕らえ、破壊工作のための兵士として改造を施してしまった。

 透明なカプセルの中に、機械的な椅子に拘束されて意識を失わされている銃士隊員。見た目はなにも変わらないが、すでに体の内部にはボーグ星人によって機械が埋め込まれて、サイボーグへと改造されてしまっていた。

 その傍らに立つ全身銀色の金属質の体を持つボーグ星人は、改造が終了するとカプセルを解放し、拘束を解くと、彼女の意識を覚醒させた。

「目覚めたな。娘、私はボーグ星人、今からお前は私の忠実なしもべとなって動くのだ。わかっているな?」

「はい……」

 隊員はうつろな表情でうなづいた。

「よろしい。お前は一見では人間のままのようだが、心は完全にボーグ星人のものになってしまったのだ。お前はこれから、銃士隊隊員としての立場を最大限に利用して、この街ごと人間どもの作っている船を破壊してしまうのだ」

 再び隊員はうなずくと、椅子から立ち上がって、星人から工具箱のような小さなケースを受け取った。

「その中には、強力なプレート爆弾が八つ入っている。爆破時間は、明日の夕刻に作業員が入れ替わるそのときだ。さあ命令だ、タイムリミットまでにそのプレート爆弾を要所に仕掛けろ。ゆけ!」

「はい……」

 命令を受けた隊員は、プレート爆弾を仕込んだケースを持って、アジトである倉庫から出て行った。

 見送ったボーグ星人は、笑っているのか肩をゆすってくぐもった声を出している。

 そこへ、歳若い少女の声が星人に話しかけた。

「星人さま、それではわたしも失礼させていただきます」

「ぬ? まだいたのか、さっさと消えるがいい。くれぐれも、作戦が露呈するようなボロはだすなよ」

 それは、この作戦の要である銃士隊員を拉致するための囮として使うようにと、ヤプールから使うように命じられたスパイであった。ボーグ星人は人間への変身能力を持っているが、人間らしさを表現する演技力には乏しかったので、怪しまれないための代理が必要であったのだ。

 少女は星人に一礼すると、アジトから出て行った。その見た目やしぐさは完全に人間のものであり、身につけている高級感のある衣服や、メイジのあかしであるマントもあいまって、知らない者が見たら完全に彼女を貴族と思い込んでしまうだろう。

 実際、あの銃士隊員も人間としか思わず、まんまとだまされて連れてこられてしまったのだった。超獣か、それともヤプール配下の星人が変身した姿なのか、素性を教えられなくて不愉快ではあるものの、役には立った。

 少女が出て行くと、入れ替わりに今度はひとりの老人が入ってきた。顔を仮面で覆って、素顔はわからないものの、身なりの優雅さからかなりの高級貴族であることだけはわかった。

「首尾はどうだ? ボーグ星人」

「上々、と言っておこう。明日にもこの街は、住人ごと吹っ飛んでしまっていることだろう」

「ふふ、奴らもまさか、仲間の手によって爆弾が仕掛けられるとは思ってもいまい。ウルトラマンAも、今度ばかりは防ぎようがないであろうな。ふっふふふ」

「うれしそうですな」

「うれしいとも、奴に傷つけられた我が身の再生も成り、やつへの怨念ははちきれんばかりに渦巻いている。復讐の日は近い……だが、その前に人間どもの希望も摘み取っておかなくてはな」

「成功は保障されております。ご安心を」

 ボーグ星人は気のない声で言った。この男は、ヤプールの使者として遣わされた、自分にとっては上司にあたるが、ボーグ星人にも侵略星人としてのプライドがあるので、ヤプールから頭ごなしに命令されるのは気に食わなかった。

 だが、男はボーグ星人の不満を感じ取ったのか、どすぐろい声で星人に告げた。

「ボーグ星人、裏切るなよ。ウルトラセブンに敗れ、怪獣墓場を魂だけでさまよっていたお前を蘇らせたのは誰だったのか、忘れてはいるまいな?」

「……もちろんですとも」

「ならばよい。くっくっく……それにしても人間というものはつくづく愚かよ。子供と見ればそれだけで油断してしまう。無邪気な顔の下に、どんな素顔が隠されているのもわからずにな」

 ボーグ星人でもぞっとするほどの邪悪な笑い声が、アジトの闇の中に流れた。

 

 

 続く


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