ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第67話  眠れる大戦艦

 第67話

 眠れる大戦艦

 

 甲冑星人 ボーグ星人 登場!

 

 

「杉材が足りねえぞ! 追加発注急げ」

「砂鉄と鉄鉱石の搬入、第五工房がしびれを切らしてるぞ。一分一秒も無駄にするな!」

「鋲だ! 熱いうちに早く打ち込め!」

 

 職人たちの喧騒が飛び交い、槌の音が響いたり、荷車の車輪の音がひっきりなしに行きかう。

 ここは、ラグドリアン湖の東岸にあるトリステイン最大の造船港。一週間前に焼失した造船所から、二十リーグほど北上したところから海に向かって流れ出す大河の中流に存在している。

 収容艦艇数は大小合わせて五百隻の巨大港で、トリステイン空軍の主力艦のほとんどは現在ここで作られていた。

 船台上には、ガリアのシャルル・オルレアン級に対抗するために建造中の、トリステイン初の本格的二百メイル級重装甲戦列艦ガスコーニュ号が艤装を受けており、傷ひとつないピカピカの大砲がドラゴンに引き上げられて船体に載せられていく。

 また、整備用ドッグにはラ・ロシェールの観艦式に姿を見せた新鋭艦ブルターニュ号が横たわって、怪獣ゾンバイユを相手にまったく通用しなかった武装の強化工事を施されている。

 働いている人間は官民合わせて二万人をゆうに超える。これはラ・ロシェールはおろか、首都トリスタニアに次ぐ人口の多さである。

 まさにここは、小国であったトリステインが大国ガリアやゲルマニアと肩を並べるための努力を象徴する場所なのだ。

 

 だが、様々な船を作り、ガスコーニュ号の完成にトリステインの未来がかかっていると信じて昼夜兼行の工事をしてきた熟練の造船工たちも、五日前にラグドリアン湖から曳航されてきた船を目の当たりにしたときは、まさしく次元の違いを思い知らされた。

 運河としても使えるように、狭い場所でも幅五百メイルもある大河を圧して進んでくるとてつもない偉容。あまりの巨体ゆえに、操業している漁船は、その船の作り出す大波で転覆させられないよう出漁禁止が発令され、対岸の小さな桟橋などはまるごと水中に沈められた。

 近隣の人々は、微速で進むその船を噂で知って呼び集め合い、今まで見たこともない鋼鉄の巨大戦艦をひと目見ようと、数百数千の眼が堤防の上に集まる。

「なんなんだあれは……あんなでかい船がこの世にあるのか!」

 上空を護衛しているメルカトール型の旧式戦列艦プロヴァンスなど、まるで水雷艇のようにしか見えない。

 人々は驚き、噂は噂を呼んでさらに人を集めたが、軍はそれを静止しなかった。その戦艦のあまりの巨体ゆえに、到底秘密の保持などは不可能だとあきらめざるを得なかったのだ。

 結果、丸一日かけて港にその戦艦がやってきたとき、戦艦大和こと新・東方号を目撃した人間は万を軽く超えていた。その中には、当然ガリアやゲルマニアの間諜もいるだろうけれど、もはや報告したければすればいいと開き直るしかない。

 

 そして、到着した新・東方号は岸壁に係留された。あまりの巨体ゆえに、収容できるドックがなかったためである。

 ここで東方号は、艦内設備の調査の続行をするのと並行して、改装工事が始められることとなった。

 表向きの総責任者はエレオノール。彼女は、アカデミーの所長を、なかば恫喝にも近い方法で説き伏せて権限を得た。無名のコルベールでは、技術力はあっても統率力はないために、ここはどうしてもヴァリエールの高名が上に必要だったからである。

 その意気込みに恥じず、彼女は持ち前の度胸と威圧感を持って、見事に多数の個性が入り混じる部下たちを統率していた。

 アカデミーからエレオノールが連れてきた学者だけでなく、軍民問わずに優秀な技術者たちが昼夜を問わずに大和の甲板を闊歩している。そのせいで、ほかの艦の建造や修理に遅れが生じているものがあるものの、誰もがどの艦を優先するべきかをよく心得ていた。

 

 さて、岸壁に固定されて、工事開始を待つばかりとなった新・東方号だが、曳航中の調査によってエレオノールとコルベールは、これが大工事になることを覚悟していた。

 船体は、ミミー星人によってほぼ完全に修復されていたものの、船内は三隻の船が合体したためと、戦闘に必要のない部分は沈没時のままで放置されていたので、超巨大な立体迷路と化していた。そのため、曳航中に見取り図を作ろうと船内に入っていって迷子になる調査員が続出、エレオノールとルイズも才人とコルベールが談笑している最中に機関室を目指して出られなくなり、テレポートでようやく脱出する始末をさらした。

 結局、行方不明になった全員を救出するために一時作業は完全に麻痺した。

 それでもなんとか船内見取り図を完成させると、アカデミーの学者たちはそれを元に作業計画を作成した。なにせ、全長四百五十メイルの超巨艦であるから、全体を改装していては間に合わない。優先順位をつける必要上、調査で判明したアイアンロックスの艦内構造が、大きく分けて二つに区分できることを利用することとなった。

 

 ひとつはミミー星人に改造され、遠隔操作で稼動する機関部と兵装部。

 元は乗組員の居住区だったらしく、沈没時と変わらずに廃墟のままで放置されている区画。

 

 このうち、戦闘区画は危険が見込まれたので、さらに一週間の調査期間が置かれることになった。

 危険を承知で未知の機材で囲まれた区画に調査員が入っていき、入れない場所にはメイジが猫やネズミの使い魔を送り込んで、視覚の共有でスケッチをとったりしていく。こういう方法は地球ではとることができないもので、もしも地球で知られたらあらゆるところから引く手あまたに違いない。災害時の危険区域での生存者の捜索など、何百万円もする小型ロボットがなければできないようなことばかり、数えれば役立つ用途が限りない。

 もっとも、そんな俗な役立ち方は誇り高い貴族は嫌がるだろうが、貴族ではないメイジたちが、いつかそうした方法で人々の役に立つことができるのだとわかったら、世の中に少し笑顔が多くなるかもしれない。

 

 戦闘区画が実質立ち入り禁止なために、工事は先んじて放置区画で始まった。完全に幽霊船状態の中を、魔法のランプを壁に取り付けて明かりを確保し、形を保っていた道具や設備を運び出していく。それらはほとんどは劣化して使い物にならなかったけれど、頑丈で原型を保っていた軍靴は靴屋が引き取り、拳銃や小銃は鍛冶屋に渡され、意外にも鉛筆が発見されたときはその便利さにエレオノールが驚嘆して、すぐに複製が命じられた。

 ただ、そうして残骸をあさる中で、たまに眼鏡や金歯、ベルトなどが現れると、彼らは自分たちが墓荒らしをしているのだという気分の悪さを味わわざるを得なかった。戦死者の遺骨こそ、海底で長年のうちに消滅してしまったけれども、ここには確かに何百何千という人間がいたのだ。

 そうした遺品の数々は、才人の頼みを受けたコルベールの指示で、街の郊外に埋葬されることとなった。異世界の人間をブリミル教では弔えないが、そうすることでせめてもの慰霊だけでなく、罪悪感や呪いを恐れる調査員たちの心情を慰めることもできたのだ。

 だが、呪いとは関係ないが苦痛の叫びはあがっていたことを付け加えておこう。調査が終わった居住区画では、いずれ新乗組員が住まうことになるのだから清掃作業がおこなわれていた。ただ、その担当を任された水精霊騎士隊は不満たらたらであった。

「あーっ! どうしてぼくらがこんな平民の雑用がするようなことをしなきゃいけないんだ!」

「ギーシュ、その文句は十回くらい聞いたぜ。でも、ほんと臭いし暗いし汚いし、いったいどれだけ掃除したら終わるんだよ!」

「ギーシュ、ギムリ、文句を言ってる暇があったら手を動かせよ。しょうがないだろ、ぼくたちだって船ができるまで遊んでるわけにはいかないし、乗り組んだときに迷わないようにも清掃がてら船内構造を頭に叩き込んでおけって命令は正しいよ」

「はぁ……まったく、いつになったらぼくらは華々しい戦果をあげられる日が来るんだろう……」

 バケツとほうきとブラシとゴミ袋を手に、少年たちはその日を目指して地道な下積みを重ねていく。

 

 その一方で、才人は別件で船に乗ってはいなかった。彼はルクシャナやアカデミーの風や地のメイジといっしょに、街からやや離れた草原にいたのである。そこは、将来港を拡充するときに備えて、新しい街道を作るための舗装作業がおこなわれていたのだが、その平坦な地形を利用して彼らはある実験をおこなっていた。

「ようし、じゃあ始めるか……風を送ってください!」

 メイジの送ってくれた風を受けて、彼らの実験はスタートした。結果的に、この日の彼らの実験は失敗に終わるのだが、翌日も彼らは失敗した箇所を改良して同じ実験を繰り返した。

 それは、遠目からしたら変な形の鉄の塊を、大勢のメイジが真剣な顔で弄り回しているという奇妙な光景だった。実際、通り過ぎていく人は首をかしげたり失笑していく人もいたけれど、彼らは気にも止めなかった。

 これが成功したら、東方号には大きな力になる。才人はそれを信じ、未完成のそれに描かれた真っ赤な日の丸を見上げた。

 

 そして、東方号の完成へ向けての生徒たちの努力は、連絡を受けたコルベールの胸も熱くした。

「そうか、彼らも立派にやっているのか。ならば、私も負けてはおられんな」

 船舶の部品を作る工場で働いていたコルベールは、火花をあげて作り上げられていく東方号の部品を前に決意を新たにした。

 コルベールの顔はすすで汚れて、いつもは輝いている頭頂部も今日は黒ずんでしまっている。実際、現在もっとも多忙であるのは彼であったことは疑いない。東方号の設計者であって、改造計画の調整から部品の設計、あらゆる方面の補助をしなければならない彼にはそれこそ風呂にはいる暇もなかった。休息は短い睡眠と食事の間だけ、その他の時間は必ずどこかで仕事をしている。

 しかし、普通の人間であったら倒れるような激務の中でも、コルベールの顔には疲労の色はなかった。むろん、肉体には過酷さによって刻まれた疲れはあるけれど、頭がそれを感じてはいなかった。

 一世一代、ハルケギニアを救う船を自分が作るんだという使命感がコルベールにはある。彼はこのとき、技術者として心から仕事を楽しんでいた。楽しいことに疲れを感じるはずがない。自分の力を思う存分発揮して、長年の夢であった魔法に寄らない機械を……それもハルケギニアの誰一人として見たことも聞いたこともないものを作るのだ。

「みんな頑張ってくれ! 東方号にはトリステインの命運と、姫殿下の期待がかかっているんだ。君たち職人の技術はもうガリアやゲルマニアの者たちにも劣らないと聞いている。その力を、存分に発揮して最高の仕事をして見せてくれよ!」

 コルベールの激励に、工場の職人たちは「おおーっ!」と、建物を揺るがしそうな大声で答えた。

 ここで働いている職人たちは皆平民である。錬金を使って即座に優れた製品を作り出せるメイジに、いつも下に見られていた彼らは、敬愛するアンリエッタ王女の期待の仕事が自分たちに回ってきたことに、かつてないやる気を自分たちの中に見出していた。

 すでに何隻もの軍艦の部品を作り上げて、腕に自信を持っていた彼らは、コルベールの図面に詳しく記された部品を現実のものにしようと、炉の火を限りなく熱くし、赤熱化した鋼鉄に槌を入れて鍛え上げていく。

 

  

 誰もが忙しく行き来し、巨大な港は過去最高の繁栄をしているかに見えた。

 だが、そんな大量の人間の往来の中にあって、作業現場をまるで他人事のように優雅に見守っている少女たちの一団があった。作業現場から少し離れた空間を占拠し、数人の女騎士に護衛されて、四人の少女たちがひとつの卓を囲んで座っている。その中でも特に高慢そうな金髪でツインテールの小柄な少女は、汗だくになって働いている工員たちを横目でちらりと見た後で、退屈そうにつぶやいた。

「作業は順調なのかしら? 日程では二十五日で完成するとあったけど、五日経ってもあまり変化がないように思えるのだけれども?」

「ご安心くださいませ殿下、工期はとどこおりなく消化しております。外見上の変化が少ないのは、元々の船体を傷つけないで運用するためで、本格的な工事はまだ先でございます」

「そう、ならいいわ。ノルマが一日遅れれば、何十万エキューの損失につながるわ。見込みのない人間はすぐに取り除きなさい。代わりはいくらでもいるわ」

 そう何気なしに命じると、ベアトリスは卓上のティーカップに手を伸ばして、紅茶を優雅にすすった。

「それにしても、自分の出資先を見届けるのは最低限の務めとはいえ、このようなところはほこりっぽくて嫌ですわね」

 紅茶に浮かんだ微細な粒を見下ろして、ベアトリスはふぅとため息をついた。すぐさま、取り巻きの一人が淹れなおした新しい紅茶で、少しだけ表情に笑みを戻す。しかし、優雅な姿は工員たちの敵意は刺激しても、敬意を持たれることは決してないことに彼女は気づこうともしていない。

「うん、やはり東方からの直輸入のものは香りが違うわね。それにシーコ、腕を上げたわね。温度がちょうどいいわ」

「はいっ! ありがとうございます! わたし、努力したかいがありました」

「そ、そこまで感激しなくてもいいけれど……」

 緑色の短髪をした子の大げさな喜びように、ベアトリスは気おされてちょっと引いた。彼女は先日、才人の無礼に対して最後まで怒っていた子で、一番年少ではあるけれど活発で子供っぽいところがベアトリスは気に入っていた。ただし、時々こうして行き過ぎたところはあるのだが。

 ともあれ、気を取り直したベアトリスはもう一口紅茶を飲んで口の中を潤すと、アイアンロックスの巨体を見上げた。

「まったく、ヤプールもとんだ贈り物をしてくれたものね。ミスタ・コルベールたちは、異世界の技術だとか浮かれていますけど、わたくしにとってそんなことはどうでもいいわ。重要なのは、今わたくしたちの手元にこれがあるということ。お馬鹿な人たちは、これが将来どれほどの価値を生むのか、まったくわかっていないようで、なんとも滑稽なこと」

「ええ、まったくですわ。それにしても姫殿下、わたくしにはこのような鉄の塊が、どのようにして富をもたらすのか、いまひとつぴんとこないのですが」

 取り巻きの一人の、金髪を後ろでやや乱雑なポニーテールにまとめた少女が尋ねた。傍目からは、わざと持ち上げているとしか思えないそぶりだが、そうされることが当然に育ってきたベアトリスは気づいていない。

「しょうがない子ね。じゃあ、簡単に説明してあげるわ。この船……オストラント号二世、まあ新旧の区別が難しいし、まだ完成してもいないから、この船の元々の名前……なんといったかしら?」

「ヤマト、ですわ」

「そう、そのヤマトですけれど、率直に聞いて、ビーコはこの船を見てどう感じます? 難しく考えずに、ただ見たままを答えていいわよ」

「はぁ、わたしは軍艦のことはさっぱりわかりませんが……ええっと、大きくてとても強そうだと思いました」

「いいことよ、”大きくて強そう”それでいいの。おそらく、ここでこうして働いている人間は皆そう思っていることでしょう。重要なのはそこなの」

 ベアトリスは、怪訝そうな表情を浮かべている少女たちに向かって、得意そうに語りだした。

「言うに及ばず、兵器とは戦うためにあるわ。でも、軍艦はほかの兵器とは違って、むしろ戦争以外のときにこそ役割が多いの。砲艦外交という言葉を知っているわね? 文字通り、艦隊を持って武力を誇示し、他国との外交を有利に働かせようとする、アルビオンやガリアがよくやるやつよ。特に、レコン・キスタが力の象徴とした、かつての『レキシントン』号はとみに有名ね」

「はい、あの巨艦はレコン・キスタが反乱を起こす前には、『ロイヤル・ソブリン』号として、当時ハルケギニア最大最強だったのは、よく宣伝してくれたものですね」

「よく覚えてるわね。おかげで、わたしもお父様のデスクの上に並んだ、【アルビオンには、ロイヤル・ソブリンあり】って新聞記事をよく目にしたわね。軍人たちも、どうやってロイヤル・ソブリンに対抗しようかって頭を悩ませてたわ。だからこそ、どんな素人が見ても絶対的に強そうに見えるヤマトをトリステインが手にしたら、平民だってトリステインが強くなったんだって思うでしょう? そのときに、鋼鉄艦の建造のノウハウをクルデンホルフが独占してたらどうする?」

「なるほど! 理解できました。そうなれば、トリステインだけでなく、世界中から建艦の依頼が来るというわけですわね」

「そういうことよ。だから今のうちに、優秀な工員はいくら出してもいいから引き抜いておくのよ」

 若いながらもクルデンホルフの血を引く者として、したたかな一面を見せるベアトリス。彼女は拍手をして持ち上げる三人の少女たちに手をかざして応えると、改めて報告の続きを求めた。

「さて、前置きはこのくらいにしてと。それでエーコ、現在の各部署の進行状況はどうなってるの?」

「はい、現在総責任者のエレオノール女史の下で、それぞれの部署ともにスケジュールの遅れなく作業を進めております。まず船体のほうは、あと五日をめどに徹底的に調査をした後で、翼を取り付けるための準備工事を開始いたします。次に……」

 冊子にまとめられた各所からの作業報告書を手に、エーコと呼ばれた褐色の髪の少女は、主であるベアトリスに東方号再建計画の現状を説明していった。

 

 しかし、ベアトリスへの報告とは裏腹に、実際には調査も工事も早くも難航していた。確かにコルベールや才人たちの努力によって、目覚しい成果を上げている部署もある。が、地球最大の戦艦大和こと、軍艦ロボットアイアンロックスを人間の手で扱える船に改造しようという計画は、当然ながら容易なものではないことは予想されてはいたものの、いざ開始してみるとさらに思わぬ障害や問題に次々ぶち当たった。

 先に述べられた戦闘区画と放置区画。このうち放置区画は物品の搬出と清掃、あとは居住できるように少々の修理をすればよいだけであるので問題は少なかった。

 問題が発生したのは、当然というか戦闘区画である。

 このうち、兵装については意外にも早期に調査が終わった。砲兵器については、その規模が巨大であるだけで、原理としてはハルケギニアの人間でも理解できた。人間が操作する部分こそ、自動装置が組み込まれていたものの、基本は大和型戦艦の四十六センチ砲のままだったのである。

 しかし、その兵装を動かすための動力が最大の問題であった。機関部については手動で稼動させる方法がないかを調査中であるが難航している。大和に元々あった重油燃焼式タービン機関は撤去されて、ミミー星のエンジンが搭載されていたが、これがどうすれば動くのかはコルベールにも才人もわからなかった。

 幸い、水蒸気機関が装備されるのは翼になるので、最悪船体はあるだけでも飛べるけれど、主砲を含む全兵装は現在使用できるめどは立っていない。しかし、ベアトリスや軍の目当てはあくまで異世界の技術で作られた強力な兵装なのである。それが動かせないとなると、せっかく乗り気になっている彼らが一気にやる気をなくす恐れがある。そのために、それらの内容は報告書からはぶかれていた。

 そうとも知らず、ベアトリスは高級な茶葉の香りを楽しみつつ、クルデンホルフの明るい未来を運んでくるであろう鋼鉄の宝船をうっとりと見上げた。

 

 しかも……ベアトリスはまだ気づいていないが、彼女の持つビジョンには極めて危険な要素が秘められていた。

 

 彼女の想定するとおり、ガリアやゲルマニアが、この超巨大戦艦の存在を知ったらどうするか? 彼女の考えるとおり、少なくとも危機感を持つことは間違いないだろう。対抗策を講じようにも、異世界の技術で建造された大和に相当する兵器はハルケギニアの技術では作ることができない。

 かといって、戦争を仕掛けるなどは論外。現在トリステインはアルビオンと同盟関係にある。いくら大国と呼ばれる両国とて、単独では動けないし、現在のトリステインにはアルビオン内戦でその復活が確認された『烈風』が抑止力となっている。また、ただでさえ、世界中に怪獣の出現が群発している中で軍は動かせない。

 結果、それを唯一成しうる技術を持つクルデンホルフに注目が集まるまではいい。大金がクルデンホルフに流れ込み、いずれクルデンホルフが母国であるトリステイン以上の国力を持つことも、あながち夢ではない。実際地球でも、軍艦や戦車などの兵器産業をもちいる企業は国に対して強い影響力を今なお持っている。

 しかし、将来的に禍根が残ることは間違いないだろう。小国はあなどられるが、大国になると恐れられて警戒される。軍拡というものの難しいところだが、まだ若輩のベアトリスは戦場のきらびやかなイメージにのみとらわれて、強大な力を持つものが多くのものから恐怖と憎悪の対象となられることなど考えてもいない。

 暗殺、謀殺……将来ベアトリスがクルデンホルフの力を受け継いで、クルデンホルフが偏った力を持ちすぎたとき、それらがあらゆる方向から襲い掛かってくるかもしれない。そのとき、この小さな女の子が数千数万という悪意と憎悪に耐えられるのだろうか。

 

 富と権力の生み出す金のプールの中で、足を引っ張られて溺れ死んだ人間は数限りない。

 ベアトリスは若さゆえの、ある意味では無邪気さゆえに、金のプールの底に潜む魔物には気づかず、ただそのきらびやかな中に飛び込もうとしている。

 

 それからベアトリスは、取り巻きの三人と護衛の銃士隊を連れて造船所の各所を視察した。

 銃士隊が護衛についているのには少々理由がある。元々クルデンホルフは、空中装甲騎士団という精強な私設騎士団を持っているのだが、二つの理由により現在ベアトリスの指揮下にはない。

 そのひとつは、今やハルケギニアのどこであろうと他人事ではなくなった怪獣災害に備えるためである。特にクルデンホルフ領内にはパンドラ親子やオルフィなどの、多数の怪獣が住みかとしている山があるために備えがないと領民が安心できない。悪いことに、魔法学院で大騒動を起こしたせいで、怪獣の生息が領内に広く知れ渡ってしまったのである。

 もうひとつは、ベアトリス自身が護衛されることを辞退したのである。いくら人手が足りないとはいえ、娘一人を護衛する程度の余裕は当然ある。けれども、空中装甲騎士団つきで失態を見せた彼女は、今度はどうしても自分の力でなにか大事を成したいと固持した。

 それに当時、ある没落貴族の家から三人の少女を自分の秘書として引き抜いたこともある。彼女たちは、結局は成しえなかったものの、自力で家を建て直そうと試みていただけに、金の動かし方にもいささかの知識がある。また、メイジとしてのランクはエーコのみラインで、あとの二人はドットだったものの、メイジ三人となったら平民の傭兵程度であれば十数人を相手取れる力がある。

 心配する父に対して、ベアトリスは若さゆえの反抗心から、三人の少女だけを共にして家を出た。

 そうして、なにか以前の失態を帳消しにするような成果を探し続け、見つけたのが予算不足で頓挫しかけていた東方号計画だったのである。

 しかし、彼女のそうした事情は、貴重な人手を割かされるはめになった銃士隊には関係ないものであった。しかも、ベアトリスが空中装甲騎士団の護衛を断った経緯からしたら、銃士隊の護衛すら本来必要ないはずである。なのに銃士隊が護衛させられているのは、近年急速に勇名を上げている銃士隊を自らの護衛とすることで、それを見る平民や下級貴族たちの心象に影響させようというベアトリスの魂胆であったから、なお性質が悪い。

 銃士隊は断れるものなら断りたかったが、大スポンサーであるクルデンホルフの威光はここでも大きかった。アニエスがいない今では、ミシェルにできることは少しでも多くの隊員を東方号の仕事に回すために、人寄せの役目を自ら買って出ることだけだった。

「高名な銃士隊の二本の剣の一振りとうたわれる、副長ミシェル殿自ら護衛についてくださるとは感謝に耐えませんわ。これでわたしも安心して巡回することができます。期待しておりますわよ」

「はっ、光栄のいたりであります!」

 五歳は年上の相手にも、高慢さを隠そうともしないベアトリスの態度に、ミシェルは形だけは完璧な敬礼をとってみせた。

 が、内心ははらわたが煮えくり返る思いである。この大事なときに、この小娘は人を無くてもいい用事に駆り立ててくれた。本当なら、仲間たちといっしょにやらねばならない仕事は山のようにある。なのに、やらされていることは高慢な小娘の虚栄心を満たすための道化にすぎない。

「私はいったい、なにをしているのやら……」

 口の中から漏れない声で、表情は動かさずにミシェルはつぶやいた。ベアトリスは、四方を固めて護衛する銃士隊を露払いにするように、駆け回る平民たちのあいだを轟然と歩いていく。その行動そのものが、作業の妨害となることを考えないのだろうか? それに、確かに平民たちの目はベアトリスに集中しているようだが、それが好意的なものであるとは到底思えなかった。ミシェルたちの目に悪意のこもったフィルターがかかっていたとしても、平民たちはベアトリスたちを得体の知れない邪魔者、あるいはさわらぬ神にたたりなしといった無関心な感情しかなかった。

 だが、ミシェルたちは漫然とベアトリスたちの護衛の形だけをしていればいいというわけではなかった。むしろ、まともに仕事をしていたほうが楽という難事が待ち構えていたのである。

 

 それは、ベアトリスがある材木せん断工場に入ったときのことである。入るなり、彼女は作業はほとんど見ずに、工場責任者に食って掛かったのである。

「ちょっとあなた、ここの甲板用材木の納期が予定の三パーセント遅れているわよ。どうなってるの?」

「はぁ、なにぶん今年の木材は長雨が続きましたので質が安定するまでにかかりまして……工員全員、全力を尽くしておるのですが」

「言い訳は聞きたくないわ。いいわ、あなたはクビよ。さっさと出て行きなさい」

「なっ! そ、そんなご無体な。お許しください、私には妻やまだ七つの息子もいるんです」

「知らないわよそんなこと! たかが木を切って板にするような、誰でもできるような仕事もこなせない無能者に用はないわ。目障りよ!」

 哀願する工場長にベアトリスは一眼だにしなかった。しかし、無能とはひどすぎる。木材は乾燥率や節の多さで切ったときの反り具合や収縮率が変わってくる。それを計算して加工するのは立派な職人芸なのに、誰でもできることと侮辱されて、百人近い工員たちもベアトリスに敵意のこもった視線を向けてきた。

 このままでは、暴動が起こりかねない。そう感じたミシェルは、工場長とベアトリスの間に立って仲裁し、なんとか首を取り下げて減給にとどめることに妥協させることができた。だが、工員たちの怒りは収まらなかった。

 しかも、事はそれだけで収まりはしなかった。ベアトリスはその後も、様々な工場や工事現場を視察したのだが、その度に素人考えから高慢に文句をつけて、ミシェルたちはベアトリスの機嫌をとることと、工員たちの怒りを鎮めることの二つをやらされるはめになったのだ。

 おまけに、ベアトリスの取り巻きたちも静止するどころかベアトリスに同調したものだから、一度ならずミシェルたちは剣を抜かざるを得なくなることを覚悟した。

 

 そうして、激務だが極めて無意味な一日はあっという間に過ぎていった。

 

 夕刻、日は早く傾いていき、港には本日の業務の終了と、勤務時間の交代を告げるサイレンが鳴り響く。

「あら? もうこんな時間なのね。今日のところはこれまでにして、続きは明日にいたしましょうか」

 港中を回り、言いたい放題を言い尽くしてきたベアトリスも、さすがに少々疲れを見せた声で告げた。

 その終了宣言に、ミシェルたちが一番ほっとしたのは言うまでもない。ようやくこれで、こんなくだらない仕事も終われると、不満を顔に出さないように努めて言った。

「ではお帰りになられますか殿下? お住まいまで、我らがお送りいたしましょう」

「そうね、では帰りましょうか。おなかもすいてきたことですし、三人ともいいわね?」

 ベアトリスが確認すると、まずシーコがうなづいた。しかし、エーコは即答せずにベアトリスの様子を見ると、明かりがつき始めている造船所内の飲食街の一角を指差した。

「姫殿下、せっかくですから夕食はこちらで食べていきませんか?」

「は? エーコあなたなにを言うの? クルデンホルフの姫ともあろうわたくしが、下々民に混ざって食事しろなんて、冗談ではないわ」

「いえ冗談ではありません。こういう場所の店は、意外とよい味を出しているものですよ。どうせ宿に帰っても、ここの宿は食事も軍人向けでろくなものが出ないのですから」

「ふむ、それもそうね……」

 金にまかせて宿を借りたものの、質素なものしか出ない宿のディナーに飽き飽きしていたベアトリスは一考した。

「ではエーコの言うとおりにしましょう。適当な店を選んで頂戴。ただし、できるだけ高級なものを出す店をね。ミシェル副長、今日はご苦労でした。わたくしがおごりますから、同席を許可しますわ」

「はぁ、ではご相伴に預かることにします」

 好意はうれしいが、正直言ってありがた迷惑だとミシェルは思った。騎士四人の腹を満たすだけの懐具合はベアトリスは当然あるだろうが、こちらは護衛の関連上、酒は飲めないし満腹になるわけにはいかない。

 しかし断ることもできないために、しぶしぶミシェルたちは同席を承諾した。

 エーコがベアトリスのために選んだ店は、中くらいの大きさを持つ酒場であった。ミシェルの見るところ、普段は佐官クラスの中級将校が使用するような店らしい。魅惑の妖精亭を少し大きくしたようなものと思えばいいだろう。ベアトリスはひとまず気に入った様子を見せた。

「ふむ、悪くないわね。では、入りましょうか」

「あっ、姫殿下! 申し訳ありませんが、わたくしはここで失礼させていただきたいのですが」

「どうしたのビーコ?」

「いえ、今日見聞した出来事を早めに資料にまとめておきたいと思いまして。それに、姫殿下の帰りが遅くなっては騒ぎになってしまいますので、わたしが伝言しておきます」

「そうね。じゃあすまないけど、お願いするわ」

「はい」

 こうして、ビーコと別れた一同は酒場に入った。

 中は、店の外観のきれいさとは裏腹に工場で働く平民たちが多かった。ベアトリスは、酒とタバコの匂いがつんと鼻をついたものの、今さら出るのも恥ずかしかったので、一同はミシェルがとった奥の席に腰掛けた。

「この店で、一番いいワインと料理を持ってきなさい」

 ウェイトレスに開口一番でベアトリスは要求した。ウェイトレスは、思いも寄らない高級貴族の来店に驚きつつも、この上ない上客なので慌ててオーダーを持って飛んでいった。

 店内の平民たちはベアトリスに気づいてはいるものの、とりあえず追い出される様子はないので黙っていた。中には、すでに酒がまわったのか、バカ騒ぎを続けている豪胆な者もいる。けれども、招かれざる客を意図して無視しようとしてる意識はミシェルたちを不快にした。

”よく見たら、今日まわった工場の人間もいるではないか。面倒なことにならなければよいが”

 だが、ベアトリスは平民たちが自分をどう思っているかなどは興味のかけらもないらしい。運ばれてきた酒と料理に舌鼓を打ち、取り巻きの二人を相手に雑談をして楽しんでいる。

 しかし、最初のころは他愛も無い昔話をしているくらいでよかったのだが、酒が入ってくるに従って饒舌さが増していき、とうとうミシェルたちが恐れていたことを口にしてしまった。

 

「それにしても、この街の職人たちのレベルは思ってたより低いわね。いっそのことまとめて解雇して、ゲルマニアから雇ってきましょうか」

 

 その一言が、じっと我慢していた職人たちの怒りに火をつけてしまった。むろん、いくら大金を出しているとはいえ、軍属の職人たちをいっせいに入れ替えるなど軍が了承するはずはないが、酒が入った彼らには冷静な判断力が失われていた。

「おい嬢ちゃん、黙って聞いてりゃずいぶん言いたい放題言ってくれてるじゃねえか」

「誰が誰をクビにするって? ガキがなめくさったこと言ってるんじゃねえぞ」

「立てよ、お貴族さまだからってなにを言っても許されると思ってんじゃねえぜ」

 いつの間にか、ベアトリスたちの席の周りはいきり立った男たちに囲まれてしまっていた。

「な、なによあなたたち! 平民が無礼な」

「下がりなさい下郎! この方がクルデンホルフ姫殿下だと知っての狼藉?」

 シーコはベアトリスを守って一喝した。普通なら平民はこれだけで逃げ出すか平身低頭して許しを請う。だが、誇り高いのは職人も同じだ。シマウマだって怒ればライオンを蹴り殺すこともある。散々侮辱された彼らにはクルデンホルフの名は、もはやなんの意味も無かった。

「それがなんだってんだ? どこのお姫さまだろうが、この街はおれたちの城だ。勝手に入ってきて好き放題してくれた落とし前はつけさせてもらうぜ」

「そうだそうだ! どうせクビにされるんなら怖いもんはねえ! やっちまえ!」

 集団心理が興奮を増させ、理性を完全にぬぐいさらせていた。ここまでくると、ミシェルたちが一喝しても無駄だ。威嚇射撃も怒りを増させるだけだろう。

「副長!」

「くそっ! 姫殿下を守れっ!」

 やむを得ずミシェルは迎え撃った。相手は店中の男たち、ざっと見回して五十人はいる。対してこちらは銃士隊四人とメイジ二人、ベアトリスは狙われているから戦力には含められない。これだけの戦力で、八倍以上の人数と渡り合えるのか? だが、迷っている時間はなかった。

「貴様ら、骨の二、三本は覚悟しろ!」

 民間人相手に武器を使うわけにはいかないので、体術のみで銃士隊は応戦した。素手とはいえ、本格的な訓練を積んできた彼女たちは、相手が鍛え上げた男たちといえども負けはしない。

 また、エーコとシーコもそれぞれ魔法で応戦した。平民にとって、自在に火や風を起こせるメイジは子供でも脅威になる。

 しかし、銃士隊と違ってエーコとシーコには実戦経験が大幅に欠けていた。どこからか投げつけられたコップがシーコの額に当たって、ガラスの破片を撒き散らせる。

「きゃあっ!」

「シーコッ!」

 額を押さえてうずくまりかけるシーコへ、ベアトリスは駆け寄ろうとした。顔に当てた彼女の手のひらの端からは鮮血がどくどくと流れ出している。しかし、ベアトリスがそうして動いた一瞬の隙だった。カウンターの影に隠れていた男がベアトリスを後ろから羽交い絞めにして、喉元にナイフを突きつけたのだ。

「てめえら動くな! さもねえと、こいつの命はねえぜ!」

「ひっ、ひぅ……」

 白い喉に冷たい銀色が押し当てられ、ベアトリスは恐怖のあまり泣きそうな声を出した。

 人質をとられては、ミシェルたちもなすすべがない。「卑怯な……」と、つぶやくものの、抵抗をやめて手を上げるしかなかった。

 男たちは、敵意と悪意のこもった眼差しを怒りの対象であるベアトリスに向けてくる。しかし、もはや頼るものさえなくなったベアトリスには、その視線を跳ね返す覇気は残っていなかった。これから、自分がどうされるのか……ベアトリスの心を生まれて始めての死の恐怖とともに絶望が覆っていった。

「ひっ、えぅぅ」

「動くな、妙な真似したら刺すぜ」

 なにかをしゃべろうとしても喉が震えて声にならない、しかも男はおどしではないことを示すように、ナイフの腹で喉をなでてくる。その冷たい感触に、まぎれもない殺意を感じてベアトリスは震えた。

 殺される! 男があと少し力を込めれば、細い喉は引き裂かれて一瞬のうちに死んでしまうのは明らかだった。

 これまで自分が権力と金と力にまかせてやってきた恫喝が、さらなる恐喝に姿を変えて戻ってきたのだということを、精神の未熟な彼女は気づくことはできなかったが、運命の神は取り立てに非情であった。

 助けを求めようにも、人質をとられていてはエーコもシーコも、銃士隊四人も身動きができない。

 このままこうして、なすすべも無いまま怒りに燃えた男たちのいいようにされるのか。どんな辱めや暴力がふるわれるのか、さらにそのはてにどんな苦しい方法で命を取られるのか。それを想像するだけで、恐怖のあまりに涙が浮かんでくる。

”誰か、誰か誰か! なんでもするから、お願いだから助けて!”

 声にならない心の叫びは、当然誰の耳にも届かない。

 そして、勝ち誇る男はベアトリスを抑えたままで、笑いながら要求を突きつけようとした。

「ひゃはは! こいつ泣いてるのか、いい気味だ。だが、おれたちの恨みはこんなものじゃ晴れないぜ。さあ、まずはそっちの姉ちゃんたちもいっしょにっ! うぎゃあっ!?」

 そのときだった。突然男が悲鳴を上げたかと思うと、ベアトリスの体が腕の中から解放されて床に崩れ落ちた。

 いったいなにが? わけもわからず自由になったベアトリスは振り返ると、そこにはたった今まで自分を捕まえていたナイフを持った男と、その後ろにいつの間に現れたのか、ナイフを持った腕を掴んで締め上げている壮齢の男がいたのだ。

「よさないか、いい大人が子供にむかってみっともない」

 歳を重ねた、落ち着いた重々しい声だった。酒場の薄暗い明かりに照らされて、白髪の混ざった頭が見え、首の後ろにはあごひもでつるされたテンガロンハットがぶらさがっている。ベアトリスは命が助かったことも忘れて、なんとも伊達な風体だなと、妙に安心した気持ちで男を見上げていた。

 

 

 一方で、東方号にも新たな脅威の前兆が迫りつつあった。

 夜間、倉庫街……軍艦の資材を保管しておく倉庫は、現在は東方号の資材も保管されているために、銃士隊や衛士隊も含めて厳重な警備が敷かれている。関係ない者は、誰であろうと立ち入ることはできないだろう。

 が、倉庫街の中でも比較的警備の薄い場所もあった。空の倉庫が連立する区画、そこで警備についていた一人の銃士隊員に、ふと声をかけて連れ出した者がいた。

「こちらですわ。早く早く、お願いします」

「お待ちください貴族さま、こんな場所でいったい何があるというのです!?」

 その銃士隊員は、大変なものを見つけたと言ってきた一人の貴族の少女の後を追って、倉庫街のはずれの倉庫のひとつに足を踏み入れた。ここらは普段からもあまり使われておず、周囲に人気はほとんどない。

 中に踏み込んだ隊員は、先に入っていった少女の姿を捜し求めた。中は暗くて広い、おまけに窓も無い仕様だったので月明かりもほとんど入ってこなかった。その中を、彼女は少女が目立つ金髪をしていたことを頼りに目を凝らして歩き、そして。

「貴族さまーっ! どこですかぁ!」

「ここですわよ……ふふ、まんまと罠にかかりましたわね」

「なにっ!?」

 叫んだ瞬間、倉庫の明かりがいっせいについた。

「うっ! こ、これは!」

 まぶしさに目がくらみ、目を開けた瞬間、彼女は自分がガラスのような透明なカプセルに閉じ込められているのに気づいた。貴族の少女はすぐ近くで笑っており、その隣には全身を銀色の甲冑で覆っているような怪人が立っていたのだ。

「貴様何者だ! 私をどうするつもりだ!」

「くっくっく、貴様は銃士隊員という立場を利用して、この街をオストラント号ごと爆破するための尖兵として働いてもらう。そのために、貴様の体は改造されてサイボーグとなり、我らボーグ星人の忠実なしもべになるのだ」

「なっ、なに!?」

 その瞬間、カプセルの中に白いガスが充満しはじめた。これを吸ってはいけないと思い、剣を振るい、銃を撃つがカプセルはびくともしない。やがて、体がしびれていき、視界も真っ白になって彼女はカプセルの中に崩れ落ちた。

「ふ、ふくちょ……」

 すがるように上げた手が落ちたとき、彼女の意識は闇の中に閉ざされた。

 

 

 続く


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