ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

165 / 338
第66話  東方号再建計画発動

 第66話

 東方号再建計画発動

 

 軍艦ロボット アイアンロックス 登場!

 

 

 地球の十二月に当たる、ハルケギニアのウィンの月。そろそろ寒風が本格的になるこの季節、いわし雲が流れていき、陽光がその隙間から雲の影をラグドリアン湖に投げかける。

 三日前、この湖を舞台にしてハルケギニアの消滅を賭けた激戦が繰り広げられたとは信じられない平穏な空気。

 その静かな湖面の上を、十数隻の小さな風石船の船団が低空で航行していた。

「速力二ノットを維持、五分後に船団全船面舵十度変進」

「アイ・サー。ヨーソロー」

 船団先頭を進む、全長五十メイルの司令船からの手旗信号が後続の船団に伝えられて、船団からは「了解」を意味する旗が全船ほぼ同時に上がった。船団を構成しているのは、二十メイル前後の小型船が多数で、どれもトリステインの旗を掲げている。先日焼き払われた造船所とは別の造船所街からやってきた船団で、乗員はすべてトリステイン空軍の軍属だ。

 けれど船団は軍艦ではなく、一切の武装は存在しない。普段の任務は自力では小回りの利かない大型船の前後左右に綱をつけて、狭い港湾の中でぶつからずに桟橋につけるように牽引することで、地球で言えば種別はいわゆるタグボートというやつだ。それぞれ帆は持たない代わりに風石を目一杯積んでおり、小ささに比して強い力を持っている。

 風石船のタグボート船団は、司令船の統率のもとで一糸乱れぬ陣形を組み、ゆっくりとラグドリアン湖の上を飛んでいる。タグボートといってなめてはいけない。彼らの動きがひとつ間違えば、大型船同士が港内で衝突して大事故に発展するから、操縦に要求される繊細さは正規の軍艦にも勝るところがあるのだ。

 軍艦ではないといえ、その隊列は見事の一言で、彼らの並々ならぬ錬度の高さが伺える。

 だが、世界中のどこに出しても恥ずかしくない整然とした船団運動も、彼らが牽引する一隻の戦艦の威圧感に抗することができるものではなかった。

 全長およそ四百二十メイルの巨体は、かつてアルビオン最大最強であったレキシントン号の、ゆうに倍以上の偉容を誇り、推定排水量十五万トンはあろうかという重量により、十数隻のタグボートが全力を出しても、たったの二ノットしか出すことはできない。

 船体の外観は延焼によるすすがこびりついて、黒く変色しているが、そんなことぐらいでこの船の優美さは少しも損なわれてはいなかった。小山のごとき主砲塔も、城郭のごとき艦橋もすべて健在な姿を保っている。

 木製の広大な甲板だけは、さすがにあちこちでめくれあがって無残な様相を成していたが、それ以外はほぼ無傷と呼んでいい。三隻の超弩級艦をひとつにした偉容は、死してなおケタ違いの存在感をラグドリアンに浮かべている。

 軍艦ロボット・アイアンロックス……大和の船体をベースに、かつてウルトラセブンに破壊されたそれを、同型艦武蔵と信濃のパーツで強化復元した鋼鉄の合成獣。ミミー星人の目論見により、トリステインとガリアの大半を道連れに自爆するはずであった爆弾戦艦は、操っていたミミー星人の死と同時に、自らも屍に戻ったかのように沈黙した。

 だが、動くことのない鉄塊となっても、アイアンロックスが忘れられることはなかった。ハルケギニアの人間にとって、まったく未知であった異世界のテクノロジー。その巨大なサンプルが無傷で手に入ったことに、トリステインのあらゆる人間が反応しないはずはなかった。

 曳航されていくアイアンロックスの船上には、軍人や王立魔法アカデミーの人間が群がって、あらゆるものを物珍しそうにメモしたりスケッチをとっている。先日のアカデミー崩壊で、多くの資料やサンプルが焼失した彼らにとっては、この船は宝の山と呼んで差し支えなかった。

 また一方で、それら大人に混じってギーシュたち水精霊騎士隊の少年たちの姿もちらほらある。機銃や高角砲に触って興奮したり、フライで主砲の砲身の上に登ってまたがっている様は無邪気なものだ。

 そして才人は、そんな彼らを高いところから見下ろして苦笑していた。

「まったく、ついこないだこいつに殺されかかったってのに、楽しそうにしちゃって」

 寒風を浴びながら、その冷たさを感じさせない陽気さで才人は言った。

 今、彼のいるところは前艦橋頂上部にある防空指揮所。いわばビルの屋上のような場所で、艦で一番高いところにあるところだ。ここからなら、艦の全体を見渡せるためにギーシュたちのバカ騒ぎも、砲身の上でポーズをとってアカデミーの研究者に怒られている様もよく見える。

 昔はここで艦長が迫り来る敵機を見上げて、回避運動を指示していたというが、才人の視線はむしろ下に向いていた。

「でっけーよなあ」

 なにせ、艦橋だけでも十三階建てのビルに匹敵する高さなのだから見晴らしのよさが違う。前方下に目をやれば、陸上競技場のような広大な前甲板にそびえる三連装の主砲と副砲。両側面を見れば、増設された主砲と、それを守るように存在する高角砲と機銃群。最後に後方を見れば、煙突とマスト、後部艦橋に続く副砲と主砲。どれも、何個もプラモデルを作って夢想した姿以上で、いくら眺めても飽きることはなかった。

 ただ、後部主砲のさらに後方は元の大和の原型を保ってはいなかった。本来ならカタパルトとクレーンがあるはずのそこには、広大な鋼鉄の飛行甲板が広がっている。空母信濃のそれだ。空母の船体は攻撃力の増加にはつながらないが、セブンにひどく破壊された大和の船体を復元して、さらに武蔵の武装を搭載するためには信濃の船体をドッキングさせることが不可欠だったのかもしれない。

「三分の二が戦艦で、三分の一が空母。いわゆる航空戦艦ってやつになっちまったのか、ミミー星人は意識してなかっただろうけどな」

 才人は、八十年代の防衛チームUGMの大型宇宙艇スペースマミーを連想した。あれも船体内にシルバーガルを搭載していたから、広義的には航空戦艦と呼んでもいいだろう。とはいえ、アイアンロックスは航空機を運用することは考えられておらず、航空戦艦というよりは飛行甲板があるだけの戦艦と呼ぶべきか。

 才人は、防空指揮所のへりに腕を乗せて寄りかかりながら考えた。

 今頃は、艦内でもエレオノールらが調査を進めているころだろう。助手を言い渡されたルイズは人使いの荒いエレオノールのお供で、大変な思いをしているのが容易に想像できる。自分も雑用を言い付かっておきながら途中で抜け出してきたのは悪く思うが、どうしてもここに来たかった。

「悪いなほんと、だけど大和に乗ることは日本人の夢なんだ」

 恥ずかしいが、最初に大和の甲板を踏んだとき、涙が出てくるのを止められなかった。

 巨大な主砲を見上げ、艦橋の作り出す影を踏んだとき、自分が紛れもなく日本人なのだということを思い知った。

 外国暮らしの長い日本人は、米の飯など日本食が恋しくなるという。むろんハルケギニアの暮らしの長い自分にも覚えはあるが、これはそんなものとは比較にもならない、魂に呼びかけてくる声だった。

 超々弩級戦艦大和。それはかつて日本人が世界を相手に戦い抜いたという誇りと、死しても侵略者には屈しないという意志を体現した存在だからだ。

 それがこの、ハルケギニアという世界に蘇ったのはなんという運命のいたずらだろう。かなうならば、彼女をあの坊の岬沖の海底で静かに眠らせてやりたいが、今のハルケギニアには大和が必要なのだ。

 そのとき、鉄の床を踏みつける乾いた音を響かせて、防空指揮所にひとりの男性がやってきた。

「やあ、ここにいたのか。さっきミス・ヴァリエールと廊下で会ったが、サイトはどこだってカンカンに怒ってたよ」

「そりゃやべーな、あとで早めに殴られときます。ところで、体の具合はどうですか? ミスター・ミイラ男」

 才人は冷や汗を流しながら、相手の体の様子を見た。全身はローブで覆っているものの、手足は包帯で巻かれて真っ白で、左に松葉杖をついているのが痛々しい。顔面も半分は巻かれて、左目は見えずに口元をあまり動かせないようでもどかしそうだ。

 ただ、それでも頭頂部のつるっぱげだけは無傷なのはこの人のアイデンティティか? 才人の親しみを込めた憎まれ口に、ミイラ男コルベールは短く笑った。

「もうだいぶんよくなったよ。痛みだけならたいしてない、元々火のメイジだから火傷には強いからね。それでも、喉がまだ焼けてて、普通に食事をとれるようになるまでにはしばらくかかりそうだ」

「それはお察しします。でも、ほんとにそれだけですんでよかったですよ。オストラント号で特攻したときは、完全にダメだって思いましたもの」

 才人が悲しそうな目をすると、コルベールはすまなそうに顔を伏せた。

 

 そう、すべてはあの戦いの最後から始まった。

 

 あのとき、逃走しようとするミミー円盤を逃すまいと、コルベールは炎上する東方号ごとミミー円盤に体当たりをかけた。

 結果、円盤の撃墜には成功したものの東方号は大破。円盤を道連れにバラバラになって湖に墜落、ブリッジにいたコルベールも炎に撒かれながら水中に引きづりこまれ、一度は死を覚悟した。

 しかし、確実な死に向かっていたコルベールを救うものがいた。ラグドリアン湖の主、水の精霊であった。

 精霊は、船と共に水没していくコルベールの体を引き上げると、体内の水の流れを操って呼吸を取り戻させるとともに、秘薬の原料ともなる自らの体の一部を使って、全身火傷の致命傷を負っていた彼に応急処置を施した。

 そして湖上で漂流していた才人たちを手近な岸辺に移動させると、かろうじて息を吹き返したコルベールを渡したのだ。

 そのときの才人たちの驚きと喜びようはなかった。

「水の精霊さん、なんてお礼を言ったらいいか」

「かまわぬ。これで、お前たちからの借りの一端でも返せれば安いものだ。それよりも、その個体は早く処置したほうがよかろう。我の力では、命をつなぎとめるのがせいぜいだ」

「ああ、ありがとう!」

 こうして、コルベールはモンモランシーたち水のメイジや、銃士隊の衛生兵に手当てされながら、ほかの負傷者といっしょに近くの町まで搬送されていって、手術の末に一命をとりとめた。しかし、精霊はせいぜいと言っていたが、ほぼ完全に死んでいた人間を救うとは、やはり先住の力はとてつもないものだと一同は思い知った。怒らすと心を奪われるという水の精霊、間違っても敵にはしたくない。

 

 そして、近隣の町でコルベールを救った才人たちは、その後全員糸が切れたように倒れ、丸一日眠り続けた。

 無理もない。先日ろくに寝てなかった上に、不完全な東方号を自らの力量以上の力で操り続けたのだから。

 けれども、翌日に宿屋で目を覚ましたとき、彼らを待っていたのはさわやかな目覚めではなかった。集計された被害をまとめた結果、それは戦勝の喜びを打ち消すのに十分で、頼みもしないおまけまで連れてきたからだ。

「まず、先日の戦闘の犠牲者だが、造船所はほぼ全壊。死傷者は調査中だが、千を下ることはないだろう。早朝で、工員が少なかったのがせめてもの慰めだが、施設は数年は使い物にならんだろうな」

 ミシェルが被害調査の魔法衛士隊から聞いた情報は、東方号の母港が消滅してしまったことを意味していた。死傷者の数も痛ましく、遺族の方々にはかける言葉も見当たらない。

「それに、我々のほうも無傷ではなかった。ミスタ・コルベールをはじめ、重軽傷者は合わせて二十名。これは、あの燃える砲弾を食らったときに出たものが多数で、全員が完治するまでには三週間。造船所の救護活動に水の秘薬が大量に必要とされているから、こちらに回ってこないのだ」

「それは仕方がないわね。人の命には換えられないもの……むしろ、こちらには死者が出なかったことを喜ぶべきね」

 ルイズがため息をつきながらうなづくと、ギーシュたちも同意した。ベッドで寝ている重傷者のほかにも、レイナールは脱出の際に腕を傷つけて包帯で吊っており、軽傷者に入らない者たちもかすり傷や切り傷をいくつも作っている。ギーシュは顔にいくつも絆創膏を張っていて色男が台無しだし、モンモランシーは自慢の巻き髪が数箇所焼け焦げている。

 しかし、死者を悼んで感傷に浸っている余裕はない。彼らがもっとも気になっていた、現実的な問題が残っていた。

「それから、もう覚悟していると思うがオストラント号は完全喪失だ。確認に飛んだマンティコア隊の報告によると、墜落した水面にはおびただしい木片が浮かんでいたそうだ。剥離した翼だけがエンジン部とともに岸辺に打ち上げられていたそうだが、船体はバラバラになって沈んだと考えるしかない」

「つまり、わたしたちがエルフの国に行く手段がなくなってしまったということね……」

 反論の余地もない結論が、一同の意気を消沈させた。全員が五体満足に生還できたことはうれしいけれど、船がなくては「サハラにおもむき、エルフとの間に和解の席をもうける」というアンリエッタからの命を成し遂げることはできない。ギーシュやギムリなどは、「姫さまのご命令なんだ。たとえ歩いてでも行こうじゃないか!」と意気込んでいるが、話をじっと聞いていたルクシャナに呆れられた。

「あなたたち、無知にもほどがあるわね。サハラと蛮人たちの世界のあいだには、ガリア方面からなら長大な砂漠地帯、ゲルマニア方面からなら、人間たちが『未開の地』と呼ぶ広大な森林地帯が横たわっているのよ。こんなメンバーで歩いていったら、砂漠で日干しになるか、未開の地に巣食う大量のオークやトロルに襲われてエサになるか。どうしてもっていうなら止めないけど、その覚悟はあるの?」

「うっ……」

 日干しかエサかと言われたら、能天気なギーシュたちも黙るしかなかった。考えてみたら、数千年の間人間の軍隊の攻撃を跳ね除け続けてきたのは、エルフの強大な戦力だけでなく、過酷な自然環境も大きな要因だったに違いない。

 そこを突破するための唯一の手段である東方号は失われた。乗員が無事でも船がなくては意味がない。ヤプールは、ミミー星人とバラックシップは失ったものの、東方号の出撃を妨害するという目的は果たせたということになる。

 つまり、勝負に勝って試合に負けたということか。ハルケギニアを壊滅から救うには、ああするしかなかったとはいえ、悔しい。

 ミシェルが損害調査報告書を置くと、室内はしんと静まり返った。彼女も、なめらかだった青い髪がすすけて乱れ、顔や衣服にはまだ黒いすすが付着している。銃士隊も、水精霊騎士隊も、きれいななりをしている者は一人もいない。それだけ、前回の戦いがすさまじかった上に、誰にも明るい話題を提供することはできなかった。

 そのときだった。沈黙を破って、ベッドで眠っているはずのコルベールが入ってきたのだ。

「みんな、まだ絶望する必要はないぞ!」

「コルベール先生! 意識が戻ったんですか。いや、それにしても、一週間は絶対安静のはずでは!」

「こんなときにおとなしく寝てなんかいられないよ。こう見えても、若い頃は鍛えていたんだ。それよりも、よくぞ全員無事でいてくれた。東方号は壊れてしまったが、こんなうれしいことはないよ!」

 壁に寄りかかり、腕の包帯を涙で濡らしながらコルベールは泣いた。しかしすぐによろめいて倒れそうになり、驚いて駆けよったギムリがその体を支え、ティファニアがハンカチで額の脂汗をぬぐった。

「ううむ、すまないね。若い頃はこのくらい耐えられたのだが、年はとりたくないものだ」

「先生、無茶しないでくださいよ」

 ギムリが言い、コルベールは自分の教え子たちを見渡した。ギーシュやルイズ、皆心配そうに自分を見ている。彼は自分が生徒たちから大切に思われていることに別の涙を流した。けれど、自分は感動の再会をしに来たわけではない。

「ごほん。さて諸君、残念ながら東方号は壊れてしまった。サハラへおもむくという、我々の使命は頓挫してしまったわけだ。しかし、手立てが無くなってしまったわけではない。時間はかかるが、東方号を蘇らせる方法はある」

 コルベールの驚くべき発言に、一同は絶句した。

「本当ですか! いや、しかし! 時間がかかってはダメですよ。エルフとの和解は、今しか時期がないってことで命じられたんです。二隻目を建造してる余裕なんてとてもないですって!」

 改造船であるあの東方号でさえ、建造には数ヶ月を要したのだ。今から新しい船を見繕っていてはとても間に合わない。

 だが、コルベールの目の輝きは少しも曇ってはいなかった。

「大丈夫だ。ベッドの上で策はすべて考えた。まったくとは言わないが、時間をかなり短縮する方法があるんだ」

「はあ……先生、熱があるわけじゃ、ないですよね?」

「むろんだ。私にとって、頭は見た目はもうダメだが、中身までは抜けておらん。実は明日にも、今回の件の調査委員会が開かれるのだが、それに出席する。ここまで大事になっては、もう東方号の存在を隠し続けることはできないからな。当然、目的については隠しておくが、その席で私は東方号の再建を提案するつもりだ」

「つまり、軍の助力を得て再建を進めると? でも、そんな都合よく軍が動いてくれますか?」

 生徒たちも、銃士隊も揃って顔を見合わせた。軍は現在戦力拡充の真っ最中、一隻でも多く軍艦を揃えたいところに、目的もわからない特殊な船の建造に協力してくれるとは思えない。

「もちろん承知している。おそらく軍のお偉いさんたちは、耳も貸す気はないだろう。東方号は、建造費も莫大だからな。だが、秘策があると言ったろう? 軍を満足させて、建造費も捻出できて、かつ早期に東方号を再建できる方法があるのだよ」

 まったくもって、夢物語としか思えなかった。どうすればそんな都合のいいことができるのか。頭の回転の速いルイズやルクシャナもわからずに首をひねっている。

 ところがそこに、さらに思いも寄らない珍客が現れた。三人の取り巻きを従えて、とっくに帰ったと思っていたベアトリスが、不機嫌そうな面持ちで入ってきたのだ。

「ふん、不景気そうな顔が揃っているわね。まったく、よくもクルデンホルフ姫殿下たるこのわたしを散々な目に合わせてくれたものよ。しかも、うちが出資した船を早々に沈めてくれて、あなたたち弁償できるんでしょうね?」

 ツリ目で睨まれると、クルデンホルフに借金のある家の少年たちはぞっと肩をすくめた。だが彼女たちも、炎上する東方号から脱出して、ろくにシャワーも浴びていないらしくて、服は新調していたが顔や髪には黒ずみが目立つ。

「あ、あの姫殿下? どうしてまた、こんなところに」

「ふん! わたしもこんな殺風景な場所なんか一秒もいたくないわよ。でも、大損をさせられてそのまま引き下がっては、お父様になんと言われるか知れたものではないわ。ミスタ・コルベールとあなたたちには、元を取るまで徹底的に働いてもらいますからね!」

「ひっ!」

 年齢にしたら二、三才年下の少女に数十人の少年が気圧されるのは情けないものだ。金の力は恐ろしいものである。にしても、ベアトリスは彼らになにをさせるつもりなのだろうか? どうやらコルベールと関係があるようである。

「まあまあ、彼らは来年には君の先輩となる方々だよ。さて、お察しの者もすでにいるようだが、私の秘策が成功した暁には彼女の協力も必要となるのだ。もちろん、君たちのもな」

 そこでコルベールはおもむろに、自分の秘策の一部を語り始めた。そして語り終えたとき、彼らの顔には驚愕と、コルベールを人ならぬ存在に見る目が揃っていた。

 

 翌日、コルベールはエレオノールとともにラ・ロシェールで開かれた、軍主導の調査委員会に出席した。

「さて、そうそうたる方々がおいでになって、まことに壮観な光景ですな。数名、場違いな方々もおられるようですが、退屈な前置きは省略いたしまして本題に入りましょう。参謀長、進行を頼むぞ」

「承りました、ド・ポワチエ将軍閣下。参謀総長ウィンプフェンです。それでは、さっそく議題をあげましょう。皆様もすでにご存知のことと思いますが、先日我が軍の造船所がひとつ壊滅いたしました。被害総額は数億エキューに相当するかと……そしてそこで、軍にはなんの連絡もなく、私設で武装船を作っていたやからがいたそうです。違いありませんな? トリステイン魔法学院のコルベール教諭と、アカデミーのヴァリエール女史?」

「はい」

「間違いありませんわ」

 尊大さを隠そうともしない将軍と、その威光がなくては気づくことさえ難しそうな小男がこの場の代表らしい。

 ここに集まっているのは、トリステイン空軍と陸軍の主要な将軍たちと、その代理でやってきた者たち。軍服が当たり前に見える中で、コルベールとエレオノールの姿は特に目立つ。

 将軍たちは一様に、面倒ごとを起こしてくれたアカデミーの二人に対して嫌悪感を向けていた。この場も、彼らに対する査問会のように思っている者が大多数だろう。

 しかし、コルベールは無駄話で時間を浪費するつもりはなかった。発言を求められるとおもむろに将軍たちを見渡し、堂々と直球で切り出したのだ。

「お集まりの皆様方、本日はご多忙の中でありがとうございます。さて、なにはともあれ我がほうは現在不幸なことになってしまいました。あの造船所で建造していた新造艦の喪失、軍の皆様の失望いたくいたみいります。さらに我々も、威信を込めて建造しておりましたオストラント号を失いました。ですが、燃えた森を嘆くよりも、その灰から生える若木のことを考えることが有益でしょう。私どもはここに、オストラント号の再建開始を宣言いたします!」

「なっ!」

 ド・ポワチエだけでなく、将軍たちもいっせいに驚きの声をあげた。

 場の空気を完全に無視するようなコルベールの態度は将軍たちを圧倒した。さらに、その隙を逃さずにエレオノールも口を開く。

「アカデミーの意向は、実験船東方号のすみやかな再建を望んでいます。これには、軍に提供するべき新兵器の技術も投入されていましたから、我々もこのまま引き下がるわけにはいかないのです」

 これはエレオノールの口からでまかせである。アカデミーの所長は保守的な臆病者なので、トラブルが起きればさっさと身を引こうとするだろう。しかし、エレオノールの態度があまりにも堂々としていたので、将軍たちに気づいた者はいなかった。

 だが、将軍たちは意表を突かれたものの、納得している者も一人もいなかった。

「なにを言い出すのですか! これほどの失態をしておきながら。まだ目が覚めないのですか」

「しかも今度は軍の顔に泥を塗る気でいる。皆様方、これは由々しき問題ですぞ」

「うむ、軍事のことは軍人に任せてもらいたいものだ。素人が珍しいおもちゃを見せびらかして入ってこれるほど、戦場は甘い世界ではない」

 喧々囂々、軍人たちはいっせいに二人を責めてくる。まさしく四面楚歌だった。

 けれども、こうなることくらいは簡単に想定できていた。高級軍人は気位が高いために、他人から命令されることを嫌うものだ。

 が、普通なら、ここでじっくりと会話を重ねて相手の緊張を解いていくところ、コルベールにもエレオノールにもそんなことで貴重な時間を無駄にする気はなかった。ヤプールの再侵攻が遠からぬ未来に待ち受けている以上、頑迷な軍人の機嫌をとっている暇は一秒たりとてない。

 コルベールは、できれば穏便に済ませたかったが、やはりそうはいかなかったなと内心で嘆息した。あまり好ましいやり方ではないが、若い頃に軍に籍を置いたこともあるコルベールは軍人の弱点も熟知していた。軍人は、入隊したときから上官には絶対服従することを求められる。そして、彼ら高級軍人にとっての上官とは……

 コルベールはエレオノールに目配せすると、彼女は持参したかばんから一通の書簡を取り出した。そこにサインしてある人間の名前と印を見て、一同の顔色が変わった。

「そ、それはアンリエッタ姫殿下のサイン! ま、まさか……」

「か、花押も本物だ! そ、それに見ろ」

「なっ! ウェールズ一世陛下のサインも! こ、これはいったい」

 一同を愕然とさせた書簡には、確かに現在アルビオンに赴いているはずの、アンリエッタ、ウェールズ夫妻の名と花押が存在していた。内容はかいつまめば、軍は東方号の再建に全力を持って応じること、この件に関してのみコルベールとエレオノール両名を私の代理人として扱うように、ということが記されていた。

 そう、コルベールは、こうなることを予期して先日のうちに伝書梟を使い、アンリエッタに事の次第を報告し、切り札としての書簡を要請していたのだ。トリステインの軍人は、さらには貴族は王家のためにその身を捧げるべしというのが鉄則だ。勅命を断るという選択肢は彼らには与えられていない。しかも、アンリエッタは万全を期すために、夫であるウェールズにも真相の一部を話して一筆頼み込んでいた。二国の王の直々の命、拒否すれば反逆とみなされて改易されてもおかしくはない。

 エレオノールは、わざわざ書簡の内容をゆっくりした口調で朗読すると、あらためて書簡を一同の目にさらした。

「以上です。東方号の建造は王家の意思、これより我ら両名の言葉は姫殿下の言葉と思っていただきます。よろしいですね」

「く、いたしかたあるまい」

 ド・ポワチエの表情に、もはや覇気はなかった。ただ、彼も数々の戦火をかいくぐって出世してきた将軍である。犬のように服従することはせずに、言うべきことは言ってきた。

「ただし、先んじてご両名に申し上げておくことがある。我らとて、現実にできることとできないことがあるのは理解してもらいたい。軍は現在、戦力をやっと他国の水準まで引き上げられるまで努力してきたために、正直に言うと余裕はほとんどない。施設は、まあなんとかできるかもしれんが、予算を削られるとトリステイン軍全体に亀裂が入るかもしれない」

 これは決してケチで言ってるわけではない。小国のトリステインにとって、軍事費を捻出するのは容易なことではないのだ。しかも、軍と一口に言っても空軍、陸軍、さらにそれは何百という部署や部隊に細分化されるから、予算を各所で分割しなくてはいけない。裏を返せば、予算の奪い合いとなるために、莫大な予算を食うであろう新造艦の建造に予算を取られたら、軍は悲鳴をあげるどころではすまないだろう。

 ほかの将軍たちもド・ポワチエに同調して、ない袖は振れないと口々に言う。けれども、それも二人は最初から想定していた。まったくうろたえた様子もなく、コルベールは軍人たちに向かって口を開いた。

「皆様方、どうかお静かにお願いいたします。予算の件でしたら、皆様方の懐をわずらわすつもりはございません。元より、これは私どもの独断に等しいものですので、出資者はすでに見つけてあります。ミス、どうぞご入室を」

「ずいぶん待たせてくれたわね。ごきげんよう、我がトリステインの勇猛なる志士の皆様。お久しぶりですわね」

「なっ! これは、クルデンホルフ姫殿下!」

 会議室に入ってきたベアトリスの姿に、将軍たちはまたも愕然とした。先ほどまでの喧騒が一瞬でやみ、ベアトリスが吊り目の視線を流すだけで室内は水を打ったように静まり返る。理由は簡単、この中の将軍たちもクルデンホルフに何らかの形で借財がある者は大勢いたからだ。

 さらに借財がない貴族も、もとよりトリステインは国土だけ見てもガリアやゲルマニアの半分もない小国である。領地の実入りも裕福と言えるところは少なく、そんな中で辛い領地経営をしている貴族も、クルデンホルフに睨まれたら身の破滅につながりかねない。例外なのはヴァリエール家くらいだ。

 偉ぶっていたド・ポワチエも、戦場はともかく金貨の戦いではクルデンホルフにはかなわない。将軍たちの中にはギーシュの父親のグラモン退役元帥もオブザーバーとしていたが、息子に遺伝した派手さが災いして特に大きな借金があり、ベアトリスの視線が自分に向いただけで顔を冷や汗で濡らしている。

「さて、わたしのような若輩の小娘には難しいことはわかりませんので用件だけ述べますわ。東方号には、わたくしどもも将来性を見込んで多額の出資をいたしておりました。ですが、やはり民用の建造方式では不完全だと思い知りました。よって、建造費用はクルデンホルフが持ちますから、軍にはよい船を作れるように施設と人材一切をお貸し願いたく思いますの。もちろん、最高のものをね」

「そ、そんな一方的な!」

「あら? それは残念ですわ。ではあきらめますが、わたしどももお友達が減るのは大変寂しいですわ。つれない方々には、お預けしてあるわたくしどもの善意を、すぐにそっくり返していただいて縁を切らせていただきます」

「えっ! そ、待ってください!」

 貧乏底なし。大の大人が少女に泣きつくのは情けないものだが、クルデンホルフに金を借りなくてはそれこそ首が回らなくなるのだ。

 これも、コルベールとエレオノールの秘策だった。クルデンホルフに金の首輪をかけられているトリステインの貴族たちの内情を利用したのである。もっとも、ふてぶてしい態度と口調で隠しているが、ベアトリスにはトリステインの貴族たちの借金を即座にどうこうする権限まではない。これはあくまでこちらをなめさせないためのおどし。多少、脅迫のようで気分のいいものではないが、交渉はきれいごとではすまない。

 

 さて、多少強引ながら了解をえたところで、続いては東方号の実質的な再建計画についてであった。

 現在、東方号は設計図こそ残っているものの、実質ゼロから作り上げることになる。しかし、のんびり竜骨をひいて組み立てていたのでは到底時間が足りない。

「建造期間は一ヶ月をめどにお願いしようと思っています。それ以上は待てません」

「バカを言わないでもらいたい! たった一ヶ月で船が作れるか。一般的な中型船でも、年単位の期間がいるのだ。突貫工事でやったとしても、四ヶ月は絶対にみてもらいたい」

 会議に参加していた造船士官が当然のように怒った。コルベールの要求は常識を度外視している。ハルケギニアの造船は、魔法での補助が利くので地球で同じように作るよりは早くできる。先だってのアルビオンの内戦に参加したり、観艦式に出た新造艦もそうやってメイジを大量動員して、なんとか間に合わせたものだが、一ヶ月は短すぎる。

 しかし、コルベールは話を続けた。

「ゼロから作り上げる必要はありません。我々が欲している船の要目は、水蒸気機関を搭載できるだけの容量があるかということ、つまりは新造するのは推進機関を備えた翼だけで、その他の設備は後から搬入するだけでいいのです」

「なるほど、つまり最初の東方号のように中央船体は他から流用して、改造を施すというのですか。それで、軍から軍艦の提供を受けたいとおっしゃるのですか?」

「いえ、先日の戦闘によって、並の船の構造では東方号の最大加速には船体が耐えられないことが判明しました」

 緊急加速用ヘビくん、才人のいうロケットブースターの急加速には木造の船体はもろすぎた。それに、もうひとつ並の船ではいけない理由がある。

「東方号は、実験船である以上、あらゆる衝撃やアクシデントにも耐えなければなりません。そのためには、大きな容量と頑丈な船殻を持ち、なおかつ今度敵の攻撃を受けても撃退できるだけの戦力を有した船が望ましいです」

「そんな船がどこにあるというのですか? アルビオンからロイヤル・サブリン級の同型艦でももらってこいと? いくらなんでも、そこまでの妥協はできませんよ」

 造船士官は悲鳴をあげた。コルベールの要求に合致するものといえば装甲艦しかないが、それは空軍の虎の子だ。血のにじむような思いをして揃えた、宝石より貴重な戦力を、いくらなんでも渡すことはできない。

 だが、コルベールは軽く咳払いをすると、その場にいた全員が仰天するようなことを言った。

 

「適当な船ならあるではありませんか、ラグドリアン湖に一隻」

 

 その言葉がすべての流れを一気に変えた。

 ただ一隻でさえ、ハルケギニアのそれをはるかに超える威力を持つ異世界の巨大戦艦。それを自分たちの力として蘇らせようというのか? すぐさま「できるのか!?」という質問が乱れ飛び、それについてエレオノールは自信たっぷりに言ってのけた。

「アカデミーはこれまで異世界の技術については研究を重ねてきました。やれと言われれば、どのようなことでもやる自信がありますし、その実力も蓄積してまいりました」

 将軍たちの尊大さにも勝るエレオノールの自信。しかも、エレオノールは心中では冷静に将軍たちを見ていた。これまでは、必要とはいってもおどしをかけていたが、将軍たちから恨みまでを買っておく必要はない。彼らも不器用ではあっても、トリステインのために必死に働いて、戦場で命をかけている勇者たちなのだ。そのため、ふたりは彼らに対してひとつの提案を用意してきていた。

「皆さん、これはクルデンホルフへの提案でもあるのですが、皆さんにとってもこの話は耳寄りな部分があるのです。ご存知のとおり、現在ラグドリアン湖には数十隻の異世界の艦船が沈んでいます。トリステイン軍は、それらに興味はございませんこと?」

「どういう意味です?」

「簡単ですわ。我々アカデミーも、トリステインの前途を思うあなた方の同志に変わりありません。東方号をテストケースとして、いずれなんでしたら、ラグドリアンに沈んだほかの船も改造して、軍にお渡ししてもいいですわよ」

「なっ! なんですと」

 ポワチエ将軍以下、全員が目を見張った。そうすれば、トリステイン空軍は弱小の汚名を一気に返上できる。もっとも、そんなことができるようになるとしても数年後だろうが、興奮している将軍たちは気づかない。

「ぜひお願いしたい。軍は全力をあげてサポートいたしましょう!」

 

 こうして、あれよあれよで軍の協力を取り付けたコルベールたちはさっそく行動を開始した。

 タグボートをチャーターして、アカデミーの研究者たちを呼び寄せ、その日のうちに曳航作業を始めてしまった。

 もちろん、呼び寄せられた才人たちが飛び上がるほど驚いたのはいうまでもない。東方号を沈めたアイアンロックスを、東方号二世にしようというのだから、驚かないほうがどうかしている。

 しかし、いったん決まってしまえば、これほどの大戦艦に乗り組めるということが、少年たちの冒険心をくすぐらないはずはなかった。才人・ギーシュ以下、大はしゃぎして女子に呆れられた。

 また、なににも増してこの船ならば、エルフの艦隊が妨害しに来たとしても突破は夢ではない。

 飛行戦艦となった大和の姿を夢見て、才人は心を躍らせる。

 だが、才人は喜びながらもアイアンロックスの再生を提唱したコルベールの心情に、いまひとつ疑問に思うことがあった。

「でも、先生が戦艦を作るために、軍に技術の提供をしてまで協力を取り付けるとは思いませんでした。先生は、争いがおきらいなものだと思ってましたが」

「嫌いだよ。人が無益に死んでいく戦争は大嫌いだ。でも、東方号の代わりになれる船はハルケギニア中探してもこの船しかない。ならば、この船をまた戦争に利用しようと誰かがする前に、私がもらってしまったほうがいい」

「確かに……もしこの大和をこの世界の戦争に使えば、誰も敵わない絶対兵器になる」

 現在、大和の四十六センチ砲に匹敵する兵器はハルケギニアにない。軍人というものは、武力をいつでも行使したがっていることをコルベールは才人に諭し、才人は重くうなづいた。

「たとえヤプールを倒すことができても、その後にまた人間が戦争を始めたら元も子もない。そういうことですね?」

「そうだ。だから、軍人たちがこの船の本当の価値に気づく前に、所有権を確たるものにしたのだ。王族直轄の部隊の専用艦になってしまえば、軍人たちはこの船に手を出せなくなる」

「なるほど、ようやく先生の本意がわかりました。でも、この船やラグドリアンに沈んだたくさんの船の技術はいずれ軍に渡ります。それはいいんですか?」

 地球の武器で武装した軍隊がハルケギニアで戦争する。才人からして見ても、悪夢としかいえない光景だ。けれど意外なことに、その問いに対するコルベールの声色は陽気だった。

「実はその件については、私はあまり心配していないんだよ、サイトくん」

「は? なんで!」

「今こうしてアカデミーの連中が必死になって調べているこの船の技術や武器、それらはすべてハルケギニアの金属加工技術をはるかに超えるレベルの工程で作られている。簡単なものは、それを応用して役立てることもできるだろうが、大多数の設備は機構を理解することができても再現することはできない。あまりにも細かくて複雑すぎるんだ。事実、私はきみのひこうきの連発銃の弾を作ろうとしたが、ひとつのものををまったく同じに数百作らなくてはいけないことで、錬金ではとても不可能だと結論づけた」

「へえ、錬金って、おれはなんでも作れるものだとばかり思ってました」

「基本はね。しかし、錬金は極論すれば粘土を練って像を作ることを魔法で代用しているようなものだ。スクウェアの、よっぽど熟練した土メイジならあるいは可能かもしれんが、そんな人間は世界中に五人とおるまい。この船で一番小さな武器の、あの……二十五ミリ機関砲だっけかな。あれすら復元は不可能、ましてやこの船の主砲など、百年かかっても作り出せまいよ」

 確かに、四十六センチ主砲は日本海軍の最高秘密兵器だったのだ。魔法だろうがなんだろうが、そんなホイホイとコピーされたら地球の沽券に関わる。もちろん、ほかの戦艦も同様だ。

 モノはあっても、どうやってできているのかわからない。その構造を理解できても、作る工場がない。確かにそれならば安全だ。地球人も、異星人の科学力を反映した超絶科学兵器メテオールを配備してはいても、グロテスセルのように制御できずに廃棄せざるを得なかったりするものも多数ある。使用時間が一分間に限定されているのも、地球人にとってメテオールは諸刃の剣、火縄銃しか知らない侍にいきなりマシンガンを持たせるような危険さと隣り合わせだということを、常に忘れないようにするためだ。

「軍の皆さんもお気の毒ですね。超兵器を得れたと喜んだら、それはほとんど使い物にならないくず鉄の山なんですから」

 ものになるのはミミー星人に強化修復された大和のみで、ビスマルクや長門をサルベージしたとしても使い物にならないだろう。軍人たちは、すべてが終わった後で気がついても、後の祭りというわけだ。

「人が悪いと思うかね? まあ、私にしてもこの船を改造することはできても、修理することはできない。この船が、ほとんど無傷で残留してくれたのは、本当に運がよかった」

「ミミー星人も、あの世でじだんだ踏んでることでしょう。けど先生、この船の空きスペースいっぱいに風石を詰め込んだとしても、とても浮くものじゃありませんよ。どうやって飛ばすんですか?」

「ふふ、改造計画の一切はすでに私の頭脳の中にあるさ。その点もぬかりはない。ま、大船に乗ったつもりで待っていてくれたまえ」

「これよりでかい船がどこにあるんですか?」

「ははは! 確かにそのとおりだな」

 才人とコルベールは腹を抱えて、思う様に笑い続けた。

 

 曳航されていく超巨大戦艦大和。異世界の波を蹴立ててゆく先に、どのような運命が待ち受けているのかを知る者はいない。

 武蔵と信濃の魂魄を受け継ぐ船は、伝説を受け継いだルイズと才人、コルベールとエレオノールら学者たち、ギーシュたち水精霊騎士隊にミシェルたち銃士隊、ベアトリスら利権を画策する者、ほかにも数多くの人間をその上に乗せて、ラグドリアンの上に確かに存在している。

 しかし、戦艦としての宿命を背負って生まれた船に、平坦な運命はない。

 必ずや訪れるであろう戦いのとき、それが栄光に輝くか、再び志半ばに没するか。

 

 ラグドリアン湖に輝く太陽は、人間たちの運命を、あまねく照らし出していた。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。