ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第64話  激突! 東方号vs戦艦大和 (前編)

 第64話

 激突! 東方号vs戦艦大和 (前編)

 

 すくらっぷ幽霊船 バラックシップ

 軍艦ロボット アイアンロックス 登場!

 

 

 超々ジュラルミンの翼に、真っ赤な日の丸を輝かせて飛ぶ零式艦上戦闘機。その昔、ゼロ戦という略称でありながらも勇ましい二つ名を冠するこの戦闘機は、無敵の称号と共に太平洋の空の王者として君臨した。

 それは半世紀以上前の過去の栄光。だが、数奇な運命はゼロ戦を再び戦いの空へと蘇らせた。

 才人の手によってハルケギニアの平和を守る翼となったゼロ戦。

 しかし、運命の女神……いや、悪魔はさらにとてつもない亡霊を過去から蘇らせた。

「戦艦……長門! それに、扶桑に比叡! うそだろ、ビスマルクまでいやがる」

 才人は、まるで自らが過去にタイムスリップしてしまったかのような感覚に襲われた。

 かつて、第二次世界大戦で沈没した軍艦を集合、合成した超巨大戦艦。いや、動く要塞島というべきそれは、鈍い金属音を死神の歌声のように響かせ、湖面を這うように進みながら火焔とともに巨弾を吐き出し続けている。

 才人は震える手でGUYSメモリーディスプレイを操作した。該当は一件、ドキュメントUGMにあるすくらっぷ幽霊船バラックシップ。ある国が作ったコンピューター制御の無人貨物船クィーンズ号が事故にあって沈没し、そのショックで自我を持ってしまったコンピューターが、積荷であったMK合金の磁力で沈没船や航行中の船舶を吸収して船体を再生させたロボット怪獣の一種。

 もちろん以前のバラックシップとは形も全然違い、大きさもかつての五倍はゆうにある。

 才人は年頃の少年らしく、小さな頃からアニメのロボットのおもちゃなどと並んで戦艦のプラモデルをよく作ってきた。なかには壊れたり作り損ねたりしたプラモを合体させて、自分のオリジナルの船を製作して遊んだりしたが、眼下のそれは子供の遊びをはるかに巨大かつ凶悪にしたような禍々しい存在感を持って、美しい湖水の上に聳え立っている。

 一隻ずつ、知っている軍艦の名前をつぶやく才人。それを聞きつけたルイズも、才人から眼下の鉄の城の正体を聞き及ぶと愕然として叫んだ。

「ええっ! あれ全部、あんたの世界の船だっていうの」

「ああ、おれの世界で昔起こった戦争で沈んだ戦艦……いや、巡洋艦や空母もいやがるか。そんなのが何十隻も合体してやがる」

 風防ごしに見える怪物の容姿は、朝日が高く昇っていくにつれて詳細になっていった。

 全長は水面に浮いている分だけでも六百メートル。内部のほうは圧力でつぶれているのか元の形状を判別することはできないが、外殻に無数に張り付いている艦船はどれも巨大な砲塔を振りたてた戦艦や巡洋艦ばかりで、盾にするように数隻の空母の姿もある。大小合わせて、砲門の総数は三百門は下るまい。

 すでに確認したもののほかにも、物見やぐらのような長大な艦橋を持つ戦艦は『霧島』と『山城』。三連装砲塔を三基備えた無骨な外観を持つドイツ戦艦『シャルンホルスト』。巡洋艦は日本の『妙高』級と『利根』型くらいしかわからないけど、左舷に小さな艦橋を持つ巨大空母は日本の『赤城』、その反対側にある巨大な艦橋と煙突を持つ空母は同艦と並び称されたアメリカの『サラトガ』に間違いない。

「しっかし、『ビスマルク』が、『フッド』と『プリンス・オブ・ウェールズ』に仲良く並んでるのは、ある意味壮観な眺めだな」

「は? ウェールズ陛下がどうしたっての」

「いや、そういう名前の戦艦があったんだよ。だが、ヤプールめ、よりによってなんて怪物を作り上げやがったんだ!」

 これに比べたら超獣などかわいく見える。戦艦とは、航空機には手も足も出ないでくのぼうのように言われることもあるが、実際には核兵器が登場するまでは地上最強の破壊力を有していた兵器なのである。主砲は数十キロのかなたから厚さ数メートルの鋼鉄をぶち抜く威力を秘め、自分はその破壊力に耐えられる装甲を持っている。それが数十隻集まったら、小さな国くらい灰にすることも可能なのだ。

 そのとき、それまで造船所街への艦砲射撃を継続していたバラックシップの砲火がやんだ。そして船体がゆっくりと旋回し、砲塔が回転して照準が別方向へ向く。才人とルイズは、その方向になにがあるかを見て慄然とした。

「いけない! オストラント号が狙われてるわよ!」

 遠目にも、ゼロ戦からはラグドリアン湖へと接近してきている東方号の姿が見えている。向こうからもこちらの姿は見えているはずだが、増速や回避運動をとる気配は無い。いや、見えていてもコルベールやエレオノールにはまだバラックシップは黒い塊か島のようにしか見えず、あれが戦艦だということはわからないのだろう。

「やべえぞ! あんな砲撃をまともに受けたらオストラント号は木っ端微塵だ!」

「ど、どうするのよ! このひこうきでどうにかできないの?」

「馬鹿言え! こいつは爆撃機でも雷撃機でもねえんだ。お前こそ、自慢の虚無呪文で止めてみろ!」

「無理に決まってるでしょうが!」

 二人が無益な言い合いをしているうちにもバラックシップは照準の調整を済ませていく。戦艦で砲の照準をする測距儀という装置は、遠距離の敵艦を撃つ必要性から艦橋の頂上にある場合が多く、それは三十から四十メートルもの高さに備え付けられている。当然接近してくる大きな船など丸見えだ。

 街ひとつをほんの十数分で灰燼に帰した破壊力が、たった一隻の木造船に向けられる。結果など、どれほど楽観的な阿呆が想像したところでひとつしかない。かといって、連絡しようにも無線機などはない。ゼロ戦を捨てて、ルイズのテレポートで飛ぶにしたって詠唱の時間が……そのとき、才人の頭に出発前にコルベールから言い渡されたことが思い起こされた。

「そうだ! ルイズ、おれの足元に黒板とチョークがあるだろ。それをとってくれ!」

「えっ! そうか、その手があったわね」

 ルイズもすぐに了解して言われたものを取り出す。これはゼロ戦に元々搭載してあった装備で、日本軍は航空機搭載型の無線機の性能が悪かったために、これを使って近距離での意思の疎通をおこなっていた。もっとも、慣れたパイロットだと手信号や機体の動作だけで以心伝心できたというから、当時の日本のパイロットがいかに化け物じみていたかがわかるだろう。

 才人はハルケギニアの字はまだ書けないし、第一操縦桿を握っているからルイズが黒板に文字を書く。しかし、東方号との距離はまだ十五リーグはある。黒板の文字など見えても到底読めない。だがルイズは東方号に向けて黒板を向け、才人は頼むから気づいてくれと祈りを込めて、搭載機銃のトリガーを引き絞った。

 

 一方そのころ、ラグドリアン湖方面へと急行しつつあった東方号。こちらでも才人たちの思ったとおり、湖の異変は捉えても、それが具体的になんであるかはわかっていなかった。ただ、猛烈な火力を持つ何者かがそこにいることだけは理解していたので、その上空で旋回しているゼロ戦を目当てに進んでいる。

 と、そのとき舵を握りながら前方を睨んでいたレイナールが、ゼロ戦の機銃が放たれているのに気づいた。

「コルベール先生、サイトのひこうきの翼が光ってます!」

「そうか、合図だな。ミス・エレオノール、用意のあれを頼む」

 コルベールが要請すると、エレオノールはブリッジにすえつけられていた大きな鏡に向き合った。

「さて、アカデミー特性の目標追尾機能付きの遠見の鏡、早くも本番で実験ね」

 杖を軽く振ると、鏡にこちらに向かって横腹を見せているゼロ戦がくっきりと浮かび上がった。倍率を上げれば、才人とルイズの表情も見分けられる。けれどなによりも、これだけ高速で動き回っているゼロ戦を逃すことなく映し続けている新型のマジックアイテムの威力は、アカデミーのレベルが着実に上がっていることを証明するものだろう。

 一瞬だけ感慨に浸ったエレオノールは、ルイズがこちらに向かって黒板を向けているのに気づいた。

「うん? なにか書いてあるわね。『ネラワレテイル、ハヤクヨケロ』。なんですって!」

「レイナールくん! 面舵いっぱい、全速回避!」

「り、了解!」

 はじかれたようにレイナールは蛇輪をいっぱいに回し、東方号は右に進路を急変していく。

 その瞬間、ラグドリアン湖に浮かんでいる不気味な黒い島が一瞬真っ赤に染まった。続いて前方の空に、カラスの大群のような黒点が無数に出現する。砲弾の速さを平均秒速七百メイルとして、着弾まで二十秒。避けられるか!? 船体を大きく傾け、東方号はプロペラをいっぱいに回して旋回する。船内ではバランスをくずした者が転げ周り、備品が散乱する。

 網をかけるように砲弾の雨が降り注いでくる。その一発一発が冥府への案内人となる地獄の火車だ。

 二発の砲弾が東方号を挟んですり抜けていった。一瞬遅れて、音速を超える砲弾が生む衝撃波が船体や帆を震わし、気の弱い者であればこれだけで気絶するような光景だが、さらに何百発もの黒い塊が空間を突き抜けていく。

「耐えろっ!」

 戦場経験があるコルベールや銃士隊の皆も、こんなすさまじい弾雨は味わったことはなかった。

 だが、弾雨の中を東方号はついに一発の命中も経験せずに乗り切った。船体にはかすり傷ひとつなく、エンジンにも異常はなく回り続けている。けれどコルベールたちはほっとする間もなく、外れた砲弾が森林地帯に着弾して巻き起こった惨劇を目の当たりにして絶句した。

 森が一瞬にして炎に包まれたかと思うと、木々の姿は幻のように掻き消え、業火とともに周辺の森ごと宙に舞い上げられていく。

 それはあたかも、星の表面が見えざる手によって引き剥がされているようでもあった。破壊などという表現では生易しい、ついさっきまで森のあった場所には、直径数十メイルのクレーターが無数にこしらえられて、数リーグ四方に渡って生物の存在し得ない煮えたぎる荒野となっていた。

「なんて破壊力だ……」

 コルベールはそうつぶやくのが精一杯だった。エレオノールは顔を青ざめさせて身じろぎもできず、レイナールは蛇輪を握ったまま歯をカチカチと震わせている。ブリッジに上がってきて、コルベールに指揮権を渡すように言いに来たベアトリスも、腰を抜かせて立つこともできない。

 戦艦一隻の火力は陸兵三個師団に匹敵するという説がある。陸上兵器の重砲の最大口径が一二七ミリから一五五ミリがせいぜいなのに、戦艦は三十六センチ以上の巨砲を八門から十二門も搭載しているからケタが違う。その説に従えば、推定四十個師団にも及ぶ火力が東方号一隻に集中したことになる。街に向いていた砲撃は、距離があったことと街全体を標的にするために照準が散乱していたが、一点に集中した場合に破壊できないものなどこの世にないだろう。

 まったく、回避に成功したのは運がよかったからだと言うしかあるまい。しかし呆然としている余裕はなかった。ゼロ戦からはまだ狙われているとルイズが必死に訴えてくる。コルベールはレイナールに叫ぶように命じた。

「レイナールくん! 高度を上げるんだ。低空ではいい的になる!」

「あっ、は、はぃぃっ!」

 任務に忠実であろうとすることだけが、レイナールの正気を保たせていた。東方号は速力を維持しながらじわじわと上昇していき、やがてバラックシップをはるか下方に見下ろせるようになった。

「高度二千メイル……こ、ここまで来れば」

 これだけ高空に来れば、東方号も向こうからは豆粒くらいにしか見えまい。砲弾そのものは届くだろうけど、照準を正確に合わせるのは無理だろう。極度の緊張から解放された安堵感から、レイナールはへなへなと床に腰を下ろし、コルベールもあえてそれをとがめなかった。

「やれやれ、危なかったな。しかし、あんな怪物がラグドリアン湖に侵入していたとは」

「ラグドリアン湖は深いからね。水の精霊もそうだけど……実際、なにが潜んでいてもおかしくはないところよ」

 エレオノールがハンカチで汗を拭きながら答えた。ラグドリアン湖の水深は正確に計測されたことはない。風魔法で空気の球を作って潜っても、いずれ水圧に押しつぶされてしまうために計る方法がないのだ。一説には水深一千メイルを超え、湖底には水の精霊の都市があるとも言われている。それが正しいかどうかはともかく、それだけの広さと深さを誇る湖なのだ。隠して隠せないものなどないだろう。

「しかしミスタ・コルベール、ラグドリアン湖に住む水の精霊は、湖を汚す異物を許さないと聞きますが?」

 ベアトリスが先ほどの失態をごまかそうとするように尋ねた。

「水の精霊は心を操る力では比類ないが、相手が心を持たない鉄の塊では通用しないだろう。直接的な攻撃力には水の精霊は乏しいからね。実質、やりたい放題というわけだろう」

「そんな、水の精霊でもかなわないなんて」

 人間にとっては恐ろしい水の精霊も、非生物に対してはまったくの無力。ベアトリスは、水の精霊の聖域と聞かされてきたラグドリアン湖までが、こんなに簡単に敵の跳梁を許すとはと驚いた。

「この世に無敵の存在なんて存在しないよ。我ら人間だってエルフはおろか、オーク鬼や吸血鬼、狼や毒蛇にだって毎年のように食い殺される人が後を立たない。っと、これは失言だったか」

 コルベールは、この船にはエルフが二人乗っていることを思い出して咳払いをした。意識しないつもりでいたが、やはり無意識に刷り込まれたエルフへの敵愾心はそうやすやすと消せないらしい。コルベールはどうやら危機意識が足りなかったようだと感じ始めていた。自分でこれなのだから、生徒たちや銃士隊の中からティファニアやルクシャナに不用意な発言から重大な問題が発生する可能性も多分にある。そうなれば、エルフ世界との和解という目標にも障害となる。船長として、早めに解決しておかねばならない課題だろう。

 そのとき、東方号と並ぶようにして才人のゼロ戦が近づいてきた。彼らも東方号が安全圏内に入ったことで安心したに違いない。黒板でしきりに無事かを尋ねてくる彼らに、コルベールは一番わかりやすい方法で答えた。すなわち、笑顔で手を振ってやったのである。

 ゼロ戦では才人とルイズにそれが見えたようでほっとしている。コルベールは次に、敵艦について近づいてみてなにかわかったかと尋ねた。声は当然届かないから、こちらもブリッジに黒板を持ち込んで大きく字を書いて見せるという方式だ。

「まどろっこしいわね、この方法」

「そうかね? 私は気に入ってるがね」

 このあたり、コルベールは腐っても教師ということだろう。

 返事はすぐに来た。敵が才人の世界の沈没船の集合体であること、その規模が数十隻の規模であることなど、事実は彼らを大きく驚かせた。

「ううむ、異世界の戦艦とは。道理で、ハルケギニアの常識では計り知れない破壊力を持っているはずだ」

「ミスタ・コルベール、感心している場合ではありませんわよ。相手がそんな怪物なら、商船改造のこんな船じゃ到底太刀打ちできっこないですわよ。どうしますの?」

「そうだな、ここは逃げるとするほかあるまい」

 コルベールの決断は早かった。しかし、それを弱気と受け取ったのかベアトリスが噛み付いてくる。

「ミスタ・コルベール! 逃げるとは聞き捨てなりませんわね。この船にはわたしどもも多額の出資をしたのですわよ。戦歴にいきなりそんな不名誉な記録を残して、クルデンホルフの名に泥を塗る気ですの?」

「ミス・クルデンホルフ、この船は軍艦ではないのだ。戦うすべはあるが、自衛の域を超えるものではない。目的はあくまでアンリエッタ姫殿下の命令を遂行することにある。文句なら姫殿下に言いたまえ」

「うっ……」

 王族の名を出されては、大公国の姫とはいえトリステインの臣下であるベアトリスとしては従うほかはなかった。コルベールとしては、このような虎の威を借る論法は好きではないのだが、長々議論して危険空域に居座ると何が起こるかわからない。幸い才人の世界の戦艦は飛べないらしいから、逃げるならば楽だろう。

 だが、地球の戦艦は飛べない代わりに飛ぶ敵への対処法を持っていた。ここまでは攻撃が届くまいと思っていた東方号の周りに、砲弾が炸裂する黒煙がいくつも出現して、破片や爆風が船体を揺さぶる。

「なんと! こんな高度まで正確に狙える砲があるのか!」

 確かに高度二千メイルに浮かぶ標的を主砲では狙えないが、その代わりに対空用の高角砲や両用砲がうなっていた。こちらはほとんどが口径12.7センチと小ぶりだが、その代わり連射が利いて、さらに砲弾は空中で炸裂するから直撃させる必要はない。

「まずいっ! レイナールくん、取り舵一杯。全速力で逃げろ」

 今度は反対者は出なかった。まだ照準が甘いようだが、早くも船体のあちこちに損傷が出始めている。万一エンジンに被弾するようなことになれば、それこそ銃口の前の七面鳥も同然だろう。

 しかし弾幕はどんどん濃密になり、船体には醜い破口が次々開いていく。しかも、全速力で遁走を計ろうとした東方号の行く足が急に鈍くなり、高度もどんどん落ち始めた。

「どうしたっ! 高度が落ちているぞ」

「わかりません。エンジンはフル回転してるのに? まるであの船に引き寄せられるみたいだ」

「引き寄せられて……そうか、しまった!」

 コルベールはすべてを理解したが遅かった。この船には通常の帆船とは違って金属部分が非常に多い。バラックシップは無数の戦艦を合体させている磁力を使って、今度は東方号を引き付けようとしているのだ。全力で抵抗を試みる東方号だが、バラックシップを形成しているMK合金の磁力はジェット戦闘機でも逃げられないほど強力なのだ。どんどん引きづられ、このままでは至近距離で集中砲火を受けてバラバラにされてしまう。

 そのとき、才人のゼロ戦がバラックシップに向かって急降下していくのが遠見の鏡に映った。

「ルイズ、あの子どういうつもりなの!」

「違う! あのひこうきも吸い寄せられてるんだ。サイトくん!」

 コルベールは叫んだが、その声が届くはずもない。

 しかし才人のゼロ戦は、ただ漫然と引き寄せられていたわけではなかった。

 加速度がついて今にも空中分解しそうな機体を操り、才人はゼロ戦を背面飛行の状態にして風防を開いた。

「サイト、いいわよ!」

「いくぜっ! 脱出!」

 シートベルトを外すと、ルイズを抱きかかえたままで才人はコクピットから飛び出した。

 次の瞬間、対空砲弾の直撃を浴びたゼロ戦は粉々に吹き飛ぶ。

”コルベール先生、せっかく直してくれたゼロ戦、いきなり壊しちゃってすいません”

 内心で謝りつつ、才人はルイズとともに重力に身を任す。眼下には、今まさに東方号へととどめの一撃を加えんとするバラックシップが迫ってくる。

 あれを止められるのは、もうおれたちしかいない! 二人が決意したとき、ウルトラリングが光を放った。

 

「フライング・ターッチ!」

 

 数百数千の砲弾の光が凶悪にきらめく中で、唯一違った光が膨れ上がる。

 その瞬間、東方号へ向かおうとしていた砲弾の雨は吹き飛ばされ、逆方向からの美々しい光線がバラックシップに突き刺さる。

『メタリウム光線!』

 大威力の破壊光線の直撃で、バラックシップに巨大な火柱が立つ。吹き上げられた残骸の中には数隻の戦艦の変わり果てた姿もあり、一撃の威力のすさまじさを物語る。

 そして、一撃を放った張本人は、バラックシップと東方号の中間の空域に、東方号を背中に守るように浮いている。

〔どうやら間に合ったか〕

 ウルトラマンAは小破に等しい損傷を負った東方号を、肩越しに見やって思った。東方号は船体のあちこちから煙を吹いているものの、エンジンなどの主要区画には命中しなかったようでどうにか浮いている。磁力もメタリウム光線の一撃で消滅したらしく、舵の自由も取り戻したようで、ブリッジを見ればコルベールやレイナールたちも無事でいた。

 対して、バラックシップは戦艦二隻ほどを船体から脱落させたものの、まだ健在な姿で浮いていた。さすが重量に換算したら百万トンは下るまいという地上最大の不沈要塞だ。かつてウルトラマン80に撃沈されたバラックシップが、全長一二〇メートル、四万トンだったというからケタが違う。

〔メタリウム光線にも耐えるとは、すげえやつだ〕

 才人は黒煙を吹き上げながらも、無数の主砲を旋回させつつあるバラックシップを見て思った。これはかつて東京湾を目前に沈んだバラックシップをヤプールが強化復元したものか、あるいは……

〔まてよ、沈没船を再生させたやつといえば……〕

〔サイト! 来るわよ!〕

 なにかを思い出しかけていた才人の思考はルイズの一声で中断させられた。バラックシップの主砲はすべて仰角を上げてウルトラマンAを指向している。高角砲のような豆鉄砲ではエースに通用するはずがないから当然の選択だ。だが、そうはさせじとエースはバラックシップへ挑みかかる。

「ショワッチ!」

 飛行するエースの傍らを、何発もの砲弾がすり抜けていくが命中はない。もとよりエースの体はベロクロンのミサイルが直撃してもびくともしないのだから、当たったとしても実害があるとは思えない。それでもいまだ危険空域から逃げ出せずにいる東方号にとっては大変な脅威だ。

〔お前の相手はこっちだ!〕

 心を持たない機械の相手に呼びかけても感じるはずはないが、東方号を守り抜こうという三人の決意の表れであった。主砲ではエースを追いきれないと感じたバラックシップは、副砲や機銃などまで持ち出してエースを撃墜しようと撃ってくる。対してエースは照準を狂わせようと、高速でバラックシップの周りを旋回した。敵の対空砲は追いかけようとするが、砲塔の旋回速度よりエースの飛行速度が勝っているために砲弾はあさっての方向へ飛んでいき、流れ弾は数十リーグを飛んで、ラグドリアンの湖面に巨大な水柱を幾本も立てた。

 むろん、逃げ回るばかりではなくエースからの攻撃も加えられる。

『メタリウム光線!』

 第二波攻撃が炸裂し、直撃された戦艦ニューヨークが戦艦扶桑を巻き込んで湖に沈んでいく。だがそれでも、隣接していた戦艦金剛や巡洋戦艦レパルスは何事もなかったかのように砲撃を続行してきた。

〔きりがないな〕

 メタリウム光線二発でも、まるで弱った兆しを見せない敵に才人は舌を巻いた。いや、一撃で何万トンという巨大戦艦を何隻も吹き飛ばしてはいるのだが、敵が巨大すぎてその打撃が全体のダメージになっていないのだ。

 しかし無闇にメタリウム光線を乱射するわけにはいかない。光線技はただでさえエネルギーの消費が著しいうえに、今のエースは実は万全ではない。

〔エース、大丈夫?〕

〔昨日の今日だからな。仕方がないが、まだ大丈夫だ〕

 ゾンボーグとの戦いから一日しか経っていないことが、エースの体力の完全回復を妨げていた。光線技は、あと何発も撃ったらいつもよりも早くカラータイマーが点滅を始めるだろう。

 ひとつの手としては、東方号が離脱したらいったん退却することもできる。いくら強力とはいっても船なのだから、陸の上までは追ってくることはできないはずだ。ただそうした場合、ヤプールが腹立ちまぎれに沿岸部の街へ無差別攻撃をかける可能性も捨てきれない。

 才人とルイズの胸中に、焼き尽くされた造船所街が蘇る。東方号一隻を沈めるためだけに、街ひとつを消し去るほどのヤプールだ、こいつがこのままおとなしくしているはずがない。多少の無理はしても、バラックシップを沈めなくては数千数万の犠牲者が出てしまう。

〔こいつはここで破壊しておくしかない! 二人とも、少し痛いことになるかもしれないがいいな?〕

〔おう!〕 

〔もちろんよ。いつでも来なさい!〕

 意を決したエースはバラックシップに攻撃を再開した。高速で敵の周りを旋回しながら、砲撃の切れ目を狙って光線を撃ちおろす。

『ハンディシュート!』

 指先から断続的に放たれる矢のような光線がバラックシップに突き刺さり、合体している戦艦の砲塔や艦橋にダメージを与えていく。メタリウム光線に比べれば威力は低いが、エネルギーを節約しながら武装を削るにはこのほうがいい。大砲を撃てなくなった戦艦などは、ピストルのないガンマンのようなものだ。

 もちろんバラックシップも黙っているわけはなく、全砲塔から三十六センチ、三十八センチ、四十センチの砲弾が雨アラレと撃ち上げられてくる。エースにとって実害はなくても、流れ弾がどこに飛んでいくかわからないから早くけりをつけてしまわなくてはならない。

『ブルーレーザー!』

 同じく手先から、今度はやや威力の高い光線が発射された。それは戦艦長門と、その隣にいた戦艦ローマに命中したのだが、長門が煙突や後部艦橋を吹き飛ばされたのにも関わらず耐えたのに引き換え、ローマは船体中央から真っ二つに千切れ飛んでしまった。

〔恐ろしくもろい船だな〕

 才人はローマのやわさ加減に呆れてしまった。兵器の中でも特に船は作る国によって特色が分かれ、同じような大きさや武装でもまったく性能の違ったものができるというが、これはわかりやすい例だった。日本艦やドイツ艦はけっこう頑丈なのだが、アメリカ、イギリス艦と行くに従って壊れやすくなっていく。

 これは艦隊決戦思想や建艦技術の差など、いろいろと要素があるために、一概に弱いのが悪いとはいえない。だが攻める決定打を探していた才人やエースは好機と捉えた。

〔見えたぜ! あそこが弱点か〕

〔ああ、いくら巨大でもアキレス腱は必ずあるものだな〕

 わざわざ頑強な作りをした戦艦を狙う必要はないとわかったエースは、光線の照準を耐久力の低い艦艇にしぼって発射していった。防御力の低い巡洋戦艦レパルスが吹っ飛び、空母ヨークタウンが弾薬庫に引火して飛行甲板がめくれ上がる。

 シューティングビームの命中で巡洋艦インディアナポリスが爆発した。その影響で、巡洋艦酒匂も本体から脱落して湖に落ちていく。過去、原子爆弾を運んだ船と水素爆弾で沈んだ船が同時に沈むのは、ある意味皮肉な光景だが、合体している軍艦が外れるごとにバラックシップのエネルギーも減少していくようで、砲撃の密度も散発的になっていく。

〔サイト、くっついてる船が離れていくわ〕

〔磁力も弱まってるみたいだな。あと一息でバラバラになるぜ!〕

 戦艦比叡が勝手に外れて、下にあった空母イーグルを押しつぶした。戦艦ビスマルクと空母瑞鶴が外れて流されていく。そしてその脱落した箇所の下から、見るからに真新しい船体を持った大型タンカーが現れた。あれは、沈没船ではなく航行中に吸収された船に違いない。甲板上には天然ガスと英語で書かれた大きなドームが並んでいる。

〔北斗さん! あれだ〕

〔よし、とどめだ!〕

 三発目のメタリウム光線がタンカーに吸い込まれ、何十万度という超高熱によってタンク内部に充填されていた膨大な液化天然ガスは一瞬で気化し大爆発を起こした。炎が、十万トンはあったかというタンカーを卵の殻を割るように噴出し、火焔が六百メートルの巨体を見る見るうちに飲み込んでいく。

 さながら、噴火した火山の山肌がマグマと火砕流に塗り替えられていくようなすさまじい光景。屈強を誇った戦艦群も、火焔の中でマストや機銃座が溶けて折れ曲がっていき、弾薬庫に引火したものから次々に自爆していく。

〔すげえ……〕

 攻撃を頼んだ才人も、燃え盛る炎と化した六百メートルの鉄塊の威容には圧倒された。すでにバラックシップからの反撃はまったくなく、弾薬庫や燃料庫に引火した戦艦があげる爆発の衝撃波は空気を震わせて、ラグドリアンの湖畔の森の木々を揺さぶり、じっと宙に浮いて見守るウルトラマンAの体を震わせる。

〔これが、サイトの世界の戦争……〕

 ぽつりと、恐ろしげにつぶやいたルイズの言葉には、言葉以上の恐怖が詰まっていた。これまで才人の世界から来る物は、いろいろな好奇心をかきたてて、才人が住んでいた世界に行ってみたいという気持ちをかきたててくれた。

 しかし、発達した技術力はひとたび戦争に転用されたら途方もない破壊と惨劇を呼ぶことがわかってしまった。それは特に、ゼロ戦の機能に興奮したコルベールが強く、彼は自らの目指すものの行く先のひとつがこれだと、東方号のブリッジで強く唇をかみ締めていた。

 東方号でも、帆柱が震え、傷ついた船体から木材の破片が落ちていく。火山の噴火するときの衝撃波は、数百キロの距離をへだててもガラスを割る威力を持つというが、バラックシップの数十隻に及ぶ軍艦や、燃料を満載したタンカーの起こす爆発の威力は、本物の火山以上の迫力を持っていた。

 逃げる必要がなくなり、滞空する東方号の船上に少年たちや銃士隊が集まってきていた。

 ギーシュは震えるモンモランシーの肩を抱きながらひざを震わせ、レイナールは曇ったメガネを拭くことも忘れ、ギムリも豪胆そうな顔を引きつらせている。

 エレオノールも息を呑み、毒舌のひとつもない。ベアトリスは虚勢を張ろうとしてたところで、一隻の戦艦の砲塔が紙細工のように、炎に巻き上げられていく光景に腰を抜かして取り巻きに支えられた。

 戦い慣れている銃士隊も、これほどの光景は見たことがなかった。以前トリステイン王宮が炎上したときすら、これにくらべたら子供の火遊びのようなものだ。

「恐ろしい敵だった……」

 ミシェルは額の汗を拭きながらつぶやいた。わずか十数分でひとつの街を焼き尽くした、こんなやつが本格的に動き出していたら、ラグドリアンの沿岸部は文字通り灰燼に帰していただろう。超獣のパワーアップも恐ろしいが、ヤプールはそれにとどまらずにどんどん新しい手を打ってくる。あらためて、これから自分たちが立ち向かおうとしている相手が容易でないことを肝に銘じた。

 バラックシップは燃え盛りながら、沈没船を合体させていた磁力も消滅したと見えて、くっついていた船が離れていく。黒焦げになった戦艦山城が、その名のとおりに艦橋からまっさかさまに湖に落ち、赤い船腹をさらした後に沈んでいく。空母蒼龍は下敷きにしていた空母レキシントンとともに横転したまま流され、浅瀬に座礁した。

 

 燃えながら少しずつ小さくなっていくバラックシップ。ウルトラマンAと東方号は、その最期を見守り続ける。

 だが、原型をとどめないほど崩れ、ついに全体が崩壊しはじめたときだった。

〔あれは、なに?〕

 ルイズが、崩れ落ちていく文字通りのバラックの炎の中に、黒い影のようなものを見つけた。

〔本当だ。なんだ? ありゃ〕

 才人も、その影に気づいて目を凝らす。見間違いではなく、瓦礫と炎の中にそれは確かに存在している。しかし、煙と炎と熱で湾曲した空気が光を邪魔して全容を詳しく知ることができない。ウルトラマンAは飛び去ろうとしたのを一時抑えて、その奇妙な影を見つめた。

”あれもバラックシップに吸収された船の一隻か? しかし、ほかの船が崩壊していく中で、なぜあれだけ燃えもしていない?”

 ウルトラマンAの見下ろす先で、バラックシップが沈んでいくごとに黒い影はだんだんと大きくなっていく。

 あれは間違いなく船だ。しかも、かなり大きい。

 そのときだった。燃える炎の音しかしていなかったバラックシップから、突然古い工場のような甲高い機械音が鳴り始めた。

〔なんだっ!?〕

 あの状態のバラックシップがまだ動けるというのか! いや違う。音はあの黒い影のような船から出ている。

 一気に残骸が沈んでいき、黒い船が水に浮く。瓦礫を押しのけて動き出した黒い船から、一発の砲声が響き渡った。

〔あれはっ!〕

 砲撃の風圧で、一気に炎と煙が払われて黒い船の全容が明らかになった瞬間、才人は絶叫した。

 そうだ、バラックシップにはあれだけの数の戦艦が合体していたのに、どうしてこいつがいなかったのに思い至らなかったのか!

 次の瞬間、飛翔してきた三発の砲弾がエースの眼前で炸裂した。それは、破片や爆風はエースにダメージをもたらすような威力はなかったものの、大量の焼夷弾子が含まれていたらしい。目の前で燃え上がった、さながら巨大な花火ともいうべき炎の閃光がエースの視界を奪う。

「ヌッ! オォッ!?」

 世界が白く染まり、目を押さえてエースは視力を回復しようと試みた。だが、そうしてエースが完全に無防備になる瞬間こそ敵が狙っていたものだった。

 どこからともなく金属製の手かせと足かせが飛んでくると、生き物のようにエースの四肢を拘束してしまった。

〔なんだっ! これは〕

 がっちりとはめられた手かせと足かせは、共に太い鎖でつながれていてウルトラマンAのパワーでも引きちぎれない。しかもそのかせの鎖は湖の中へと続いており、バランスを崩したエースはラグドリアン湖に真っ逆さまに引きずりこまれていく。

「ウルトラマンA!」

 湖に高々と水柱が立ち上り、東方号から悲鳴があがった。水没点から激しく気泡が登り、誰もが船べりにしがみついて湖を見下ろす。だが、やがて落下したエースが水面に浮上してくると、ほっとため息が漏れる。

 けれども、安心するには早すぎた。エースは四肢を拘束されて思うように動けず、沈まないようにするだけで精一杯だ。

 そして、再び響いた砲声とともにエースの周辺に立ち上る水柱の林。それはいままでのどの戦艦の放った砲弾のものよりも高く大きく、エースが覆い尽くされてしまったかのようにさえ思えた。

〔この破壊力、間違いない!〕

 直撃されず、至近弾だったというのに衝撃が激しく来る。それまでの攻撃が豆鉄砲に感じられる巨弾、才人は確信した。こんな化け物じみた火力を持った船は、たった二隻しかない!

 バラックシップの残骸の炎の中から、ついに敵艦はその全容を現した。

 雄雄しく波を蹴立て、城郭のように聳え立つ優美さと重厚さを併せ持つ主艦橋。その後ろにそびえる、斜めに傾斜した巨大な煙突と三本のマスト。それらをハリネズミのように取り巻く、無数の高角砲と対空機銃。

 なによりも、一基が駆逐艦一隻に匹敵する重量を持つという、要塞のような装甲でできた主砲塔から伸びる三本の砲身。

 そのシルエットに、才人はおろか北斗も目を奪われて離すことができなかった。まさか、このハルケギニアでこれを見ることになろうとは。日本人であるなら、老若男女問わずにこの船の姿と名を知らない者は絶無と言って過言ではない、伝説中の伝説。

 軍艦ロボット・アイアンロックス、沈没した戦艦を改造して作り上げられた侵略兵器ロボット。その原型となった地上最大最強の戦艦。

 

「大和……」

 

 巨砲がうなりを立て、ウルトラマンAを、東方号を狙う。

 カラータイマーが赤になった。ウルトラマンAがんばれ、残された時間はもうわずかなのだ。

 

 

 続く


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