ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第62話  新造探検船オストラント号

 第62話

 新造探検船オストラント号

 

 すくらっぷ幽霊船 バラックシップ 登場!

 

 

 六千年の間、国家間のいさかいやエルフへの遠征はあれど、平和と秩序を保ち続けてきた世界・ハルケギニア。

 だがその平和は、突如この世界に襲来した異次元人ヤプールの侵略によって、無残にも砕け散った。

 才人とルイズは、ウルトラマンAの力を借り、ヤプールの侵略を食い止め続けてきたが、時が経つにつれて予想もしなかった事態が起きてきた。ヤプールの侵略による混乱につけいるかのように、この世界の人間たちの中にも不穏な動きを見せ始める者も現れたのだ。

 虚無の力を狙い、何度も卑劣な攻撃を仕掛けてきたガリアの王ジョゼフ。かつて地球で、怪獣頻出期の混乱につけいって多くの宇宙人が侵略をかけてきたように、彼の存在を皮切りにロマリアも動き出した。

 ワルドを傀儡とした何者かの陰謀は撃破したものの、同時に多くの謎も残した。

 誰が、何の目的を持って人間の怪物化をはかったのか? すべては闇の中に消えた。

 代わりに残ったのはルイズの新たなる虚無の魔法の覚醒。瞬時に別空間への転移を可能にする呪文・テレポート。

 完全に成功すると思われたワルドの計画を頓挫させたこの魔法は、さすがに伝説の系統にふさわしい驚異的な効果を発揮した。だがその反面、連続する虚無の覚醒はこの世界に迫り来る暗雲の厚さをも想像させた。

 

 地下に潜んで強大化の一途をたどる数々の悪の勢力、もはや躊躇している時ではないとアンリエッタは決断した。

 

 ジョゼフや、まだ影もつかめない謎の勢力も確かに脅威だ。しかし彼らの暗躍する土壌となり、この世界を狙う最大の敵はヤプールにほかならない。生物の邪悪な思念・マイナスエネルギーを糧とするヤプールのパワーアップを止めるには、この世界で六千年間続いてきたエルフとの不毛な争いに終止符を打つしかないのだ。

 アンリエッタは、現在唯一エルフとのつながりを持ち、なおかつエルフが潜在的に恐れている虚無への敵対心を消し去れる可能性を持つルイズに白羽の矢を立てた。

 しかし前途は険しい。エルフの大多数は人間を蛮人と呼んでさげすんでおり、その強力な武力を持って、ためらうことなく攻撃を仕掛けてくるだろう。しかもエルフの国、いまだ人間が到達したことのないはるか東の果てに向かうためには、通常の手段では不可能だ。

 だがその不可能を可能にするため、現れたエレオノールとコルベールは希望の名を告げた。

「行かせてあげるよ君たちを、私たちの作った新型高速探検船『東方(オストラント)号』でね!」

 エレオノールとコルベールの語る『東方号』とは何か? 

 ハルケギニアを狙う、飽くなき邪悪の増長に反旗を掲げるために、人間側の逆襲が始まろうとしていた。

 

 

 戦いの夜が明けて、ラ・ロシェールの街は最大最後の熱狂の渦の中にあった。この一ヶ月、トリステインで盛大かつ華麗な婚礼の儀をあげてきたアンリエッタとウェールズ夫妻が、今日いよいよもうひとつの母国であるアルビオンへと旅立つのだ。

 昨夜のウルフファイヤーとの戦闘はかん口令が敷かれ、一般大衆はほとんど知らない。豪奢に飾られたお召し艦が桟橋を離れ、夫妻はその脇をカリーヌとアニエスに護衛されながら、見送りの人々へと感謝の手を振る。

「みなさまありがとう。アルビオンとトリステインの変わらぬ友好を築き上げるため、わたしたちは行ってまいります」

 陽光を受けてきらびやかな輝きを放っているかのような夫妻の門出だった。見送る人々もそれを受けて、喉も枯れんばかりの大歓声とともに見送る。桟橋の上には国に残る重臣や各国の大使、世界樹のほかの枝にも一目見ようと多くの人々があふれ、世界樹の根元やラ・ロシェールの建物の屋上などにも手を振る人は尽きない。

 

 しかし、その中にルイズたちの姿はなかった。そのころ才人、ルイズ、ティファニア、ルクシャナの四人はすでに街を離れて、銃士隊の一個小隊とともに南へ向かっていたのである。目的地はラグドリアン湖の東方にある分湖の対岸にある造船所街。ラグドリアン湖そのものは、ガリアとトリステインの関係を良好に保つためと、水の精霊への敬意を込めて軍事施設等の建設は条約で禁止されているが、その奥にある河川や小さな湖は両国共に存分に利用していた。

「着いたぞ、降りろ」

 街の入り口のある馬車駅で、四人は乗ってきた馬車から降ろされた。ここでは軍備増強中のトリステイン空軍の軍艦が続々と建造されているので、木材や鉄鋼を搬送する荷車や人夫でとてもにぎやかだ。最近では、先日の観艦式でお披露目された巡洋艦なども、ここで建造されたものが数隻混じっている。

 才人は、船台上でマストを立てられている軍艦や、道を荷車に載せていかれる大砲を見て感嘆の吐息を漏らした。軍備は理想的な平和主義者からしたら悪の象徴と言われる。確かにそれは一端の真実であるのだが、この世には他者のものを奪い取って恥じず、むしろそれを誇るような人間や国がいるのも事実だ。人間という生物の目を逸らしてはいけない愚かしい一面だが、この世が完璧な理想世界とは程遠い以上、一定以上の軍事力は国家にとって必要とされる。

 もちろん、戦力の拡充のしすぎは財政の悪化を呼び、守るべき国を戦争に駆り立てるという本末転倒な事態を招く。なにせ軍隊とは一粒の米も、一滴の酒も生み出さない、いるだけで金食い虫となる存在なのだ。それを防ぐためには、為政者の拡大の限界を見極めて手を引く冷静な判断力が必要となる。来年早々に女王となるアンリエッタの重要な課題となるだろう。

「やあ諸君、よく来たね。歓迎するよ」

「全員無事到着した。案内を頼む」

 才人たちの降り立った馬車駅には、コルベールとエレオノールが先に来て待っていた。二人はラ・ロシェールで才人たちにおおまかな説明をした後に、出迎える準備をすると言って竜籠で一足早く帰っていたのだ。

 こちらの人員は、才人たち四人のほかは「ルイズたちの手助けをしてやってください」と、アンリエッタ直々に命令を受けた銃士隊の一個小隊三十名で、指揮官にはミシェル。本来ならば近衛部隊である銃士隊の副長が残るなどは考えられなかったが、アニエスとアンリエッタの二人の同時指名で決定されたのである。

 なお、この人事を後で耳にしたとき、当初ルイズが渋い顔をしていたが、主君からの命令とあっては言いだてもできなかった。そんな娘の様子を見て、母カリーヌは無表情の仮面の下で嘆息していたが、娘はむろん知る由もない。

 

 コルベールとエレオノールの出迎えを受けた一行は、そのまま二人の案内で造船所内を進んでいった。ここはトリステイン軍の直轄の施設なので、許可のない者は立ち入りできないために、さすがに奥に行くほど物々しくなっていく。

 ここで、例の『東方号』という船を建造しているのだろうか? 才人は立ち並ぶ数々の軍艦や輸送船を眺めながら思った。王宮ではコルベールは「ここではどこで誰が聞き耳を立ててるかわからないからね」と、才人たちは『東方号』についてほとんど具体的な説明を受けていなかった。わかっていることは船名と、それが高速探検船という聞きなれない別名を持つということだけ。

 ルイズも、コルベール先生とエレオノール姉さまとは、なんとも珍妙な組み合わせだと不思議に思った。二人に接点があるとすれば教鞭をとっていることと、アカデミーのつながりが思いつくけれど、二人が揃って仕事をしているとは知らなかった。まさか、この二人できてるってことは……ないわねと、ルイズは姉に向かってけっこうひどいことを思うのだった。

 さらに疑問を深めているのがルクシャナである。知識の虫である彼女は、サハラを越える能力があるという新型船とやらに大いに興味をよせていたが、ここに来て尋ねても、コルベールは後のお楽しみだと教えてくれない。コルベールは自信満々な様子だが、ルクシャナも人間への蔑視を完全に捨てたわけではない。これまで何百回、思いつく限りの方法を使って攻めてきたくせに、一度もサハラを踏めなかった蛮人が作った船に、何十という障害と妨害を突破してサハラを越えるという、前人未到の偉業をおこなえる力があるのか? 

 自然に才人やルクシャナは、表情に疑問の色が浮かんでくるのを抑えらなくなっていった。すると、教師としての面目躍如か、敏感に彼らの不満を感じ取ったコルベールはようやく口を開いた。

「いや、もったいぶってしまってすまないね。どうも物事にいらない前置きをつけてしまうのは私の悪い癖だ。そのせいで授業がつまらないと常々言われるのにねえ。サイトくん、私がいろいろな未知なるものを見たいと思っているということを前に言ったね。だから私は手当たりしだい、あらゆる手段を使って未知を求め、さらなる未知へ挑戦しようと試みてきた。その答えのひとつが、君の見せてくれた、あの”ひこうき”だ。あれほどのものは、我々の技術では到底つくれない。しかし、私はあきらめたくなかった。そのとき、興味を示してくださったのがミス・エレオノールだった」

「ええ、私も正直あんなものは見たこともなかったわ。でも、一時は興奮したけど私はすぐにあれは再現不可能だと結論を出したわ。それをこのハゲ頭ったら本気で自分でも作ろうなんて考えて……バカとしか言いようがないじゃない」

「はは、でもあなたが協力してくれなければ、私の夢はおもちゃで終わっていたでしょう。学者の本能というですかな?」

「勘違いしないで。婚約がふいになって、たまたま式の費用が浮いてただけよ」

 エレオノールは、ぷいっと横を向いてしまった。こういうところはさすがルイズの姉だけあって、よく似ている。しかし、まだ疑問の核心にコルベールは答えていない。東方号とは結局なんなのか? 知りたいのはそれだ。じらされていらだつ才人たちに、コルベールははげ頭にわずかに残った髪をばつが悪そうにかいた。

「いやいやすまん。またまた悪い癖が出てしまった。しかし、もう一言だけ言わせてもらうとしたら、私はサイトくんのおかげでハルケギニアの外の世界をどうしても見てみたくなったのだ。そして、もう待ってもらう必要はないよ。なぜなら、ここが目的地だからね!」

 コルベールは足を止め、手を高く掲げて見せた。そこには、才人たちがまるで小人に見えるような巨大な建物が、威圧するようにそびえていた。

 しかし、それは単に大きな建物ではない。船を建造するための、造船施設の見せる氷山の一角に過ぎないのだ。

 この中に『東方号』が……才人たちはごくりとつばを飲み込むと、コルベールに続いて施設に足を踏み入れていった。

 

 天幕で覆われた、全長二百メイルほどの船台。他の軍艦や商船が建造されている船台とは明らかに様相が異なり、外からは内部が一切うかがい知れないようになっている。しかも入り口にはラ・ヴァリエールのものと思われる私兵が、入場者を厳しくチェックしており、軍艦並みの警戒厳重さを見せていた。

 入り口で誰かが化けていないか、魔法で催眠にかけられていないかを検査されると、ようやく分厚い鉄ごしらえの門が開いて一同を受け入れた。内部はまるで東京ドームのように広大で、一同はここでなにが作られているのだと息を呑む。しかし内部は天幕のおかげで薄暗く、なにやら巨大なものが鎮座しているのはわかるけれど、全体像を把握することはできなかった。

 コルベールは一同にそこで待つように言い残すと、エレオノールとともに壁に取り付けられたなにかの装置の前に立った。

「待たせてすまなかったね。すでに艤装は九割五分完了している。本来ならば、百パーセントパーフェクトになってから動かしたかったが、現在でも航行・戦闘ともに支障はないはずだ。さあ見てくれ、これが私の夢の第一歩であり、君たちを運ぶハルケギニア最速の船、『東方号』だ!」

 スイッチとともに天幕の中に白い明かりが満ち満ちる。一般に使われている魔法のランプの仕組みを大規模にしたものであるらしいが、悪いけれどエレオノールのそんな説明は耳に入らない。才人たちの目の前には、想像を一歩も二歩も超えた異形の船が鎮座していたからだ。

「こ、これは……船、なの?」

 全容を眺めたルクシャナが思わずつぶやいた。彼女の知識層には、専門外の事例ながらエルフの艦船についておおまかに記録されており、人間たちが使う船についても文献で見てきたが、このような形式の船は初めて見る。

 いや、正確に言えば船の形はしている。船首から船尾までの設計様式はハルケギニアでポピュラーな形式の帆走木造船で、それだけ見ればなんの変哲もない。しかし異彩を放っているのは、舷側から大きく側面に張り出した翼にあった。

 通常、風石で浮力を得るハルケギニアの空中船は、地球の木造帆船に似た船体に鳥のような翼を取り付ける。そのため地球育ちの才人などからすれば船と白鳥が合わさったような印象が持て、さすがファンタジーだと妙な感想が出る優美な姿をしている。

 だが、この船に取り付けられている翼は優美さとは無縁なものだった。地球の航空機のような直線と曲線でできた、強いて言うならジャンボジェット機のそれに似た金属製の翼が取り付けられていた。差し渡しは百三十メイルはあろうか、エルフの世界にも鋼鉄軍艦は存在するけれど、こんな形の翼はどこにもない。

 それだけではなく、その翼には後ろむきに明らかにプロペラとわかる巨大な装置が取り付けられていた。この翼に、あのプロペラの形……才人の中にあった予想が、一瞬で確信に変わって口からこぼれ出る。

「先生! こいつは、おれのゼロ戦を!」

「ああ、そのとおりだ。この船は君が持ってきてくれた”ひこうき”を研究して、私なりに再現したものだ。従来の船では風任せで、翼は姿勢制御くらいの役目しか果たせていなかったが、この船は違う。風石で浮遊するところは同じだが、あの翼が巨大な浮力を発生させて風石の消費を抑えてくれる。そして、なによりの目玉があの両翼に一基ずつ配置された”えんじん”だ。あれから突き出た風車が、この船に圧倒的な加速を与えてくれるはずだよ」

「すげえ……先生、すごすぎるぜ!」

 才人はまさしく天才を見る目でコルベールに熱い視線を送った。あのゼロ戦一機から、こんな巨大な船を作り上げてしまうとは常人のなせる業ではない。

「いやあ、そうしてほめられるとむずがゆいというか……はは」

 得意そうに笑うコルベール、そこへのけ者にされていたエレオノールが不満そうに割り込んできた。

「ちょっと、あなただけの功績みたいに言わないでちょうだい。この船の建造費に私がいくら出したと思ってるの? それに、この船の翼を支えるための百メイル以上の鋼材の製作、私をはじめアカデミーのトライアングル以上のメイジが何人がかり必要になったとおもってるの?」

「もちろん感謝しているさ。私はえんじんは作れても、船にはてんで無知だからね。設計図の製作から実際の建造まで、下げる頭が万あっても足りない思いだ」

「ふん、あんたの頭を見てありがたがる人間がいたらお目にかかってみたいわ。まあ、アカデミーが全壊して、施設が再建できるまで研究員たちを遊ばせておくこともないし、メカギラスやナースの装甲を研究した成果も試したかったから、いい機会ではあったけどね」

 なるほどと、ルクシャナは納得した。トリステインの冶金技術では、百メイルを超えて、なおかつ強度のある鋼棒の製作はメイジの技術を持ってしても不可能だが、宇宙人のロボット兵器に使われていた超金属を研究して、それに対抗できる金属の作成を前々から図っていたのか。

 しかし、研究者であるルクシャナは二人の説明と東方号の外観から、すでにいくつかの疑問点を抱いていた。

「ところで、えんじんだっけ? あのでかぶつをどうやって動かすの? 見るところ、羽根の直径だけでも十メイルはゆうにあるわ。あんなものを、推力を生み出せるほど回すには相当な力が必要なはずよ」

 するとコルベールは、よくぞ聞いてくれたとばかりに満面の笑みを浮かべた。

「よい質問です。あのえんじんの中には、石炭を燃やす炉と、その熱量を使って水を沸かし、発生する水蒸気を閉じ込めて強力な圧力を生み出す釜が入っています。羽根を動かす動力は、その圧力を利用します」

「水蒸気……そんなものを利用するの!?」

「なめたものではありませんよ。水を入れてふたをがっちりした鍋を火にかけると、やがて鍋をバラバラにするくらいの爆発を起こす力が出るのです。本当は、ひこうきのえんじんに使われていた、油をえんじんの中で爆発させて圧力を得る仕掛けのほうが小さくて済むのですが、機構が複雑で精密すぎて現在の私の技術では再現は無理でした。しかし、この水蒸気式のえんじんでも、相当な力は発揮できるはずです。私はこれを、水蒸気機関と名づけました」

 自信満面でコルベールは言った。しかし、ルクシャナはまだこの船には、どうしても聞かねばならない難点があることを見抜いていた。

「たいした自信ですね。でも、さっきから聞いていれば、あなたの説明はすべて”はずだ”ばかり。もしかして、この船はまだ一度も飛んだことがないんではないですか?」

「見抜かれたか、さすがアカデミーの逸材と言われるだけの方だ。ご明察どおり、この『東方号』はまだ飛行テストもおこなっていない未完成品です。いや、本来ならば『東方号』と名づけるのは、この後の船になるはずだったのだ」

「つまりこれは、本来は新型機関を試すための実験船だった?」

「そのとおりです。私たちはこの船を使って、あらゆる実験をおこない、そのデータを元にして完成品の東方号を建造する予定だったのです」

 自信から一転して、苦渋を顔に浮かべてコルベールは言った。するとエレオノールも気難しそうな顔で東方号を見上げる。

「軍から先の内戦で姫さまをアルビオンにまで運んだ、高速戦艦エクレールの実戦データももらってるけど、それでもこの船からすれば旧式に入るわ。なによりこの船は、建造期間の短縮をはかるために、船体は建造中だった高速商船のものを流用してあるから、高速飛行をしたときに船体がもつかは未知数よ。それに、エルフの艦隊に迎撃を受けたとしたら、当たり所によっては一発で沈没する危険もはらんでるわ」

 ぞっとすることを言うエレオノールに、才人たちは思わず顔を見合わせた。しかしそれでもコルベールは言う。

「しかし現在、エルフの国に到達できる可能性が少しでもあるのはこの船しかない。姫さまは、その可能性を信じて我々に指名をくださった。研究者としては失格かもしれんが、私も万全を待っていては手遅れになると思う。だから私は、暖めていた『東方号』の名をこの船につけたのだ!」

 断固として言い放ったコルベールの迫力に、才人たちはのまれた。研究者として、不完全な代物に教え子たちを乗せるには相当な苦渋があったはずだ。恐らく、出撃を命じたアンリエッタとの間にも激論があったことだろう。それでも動かすことを決めたからには、尋常な覚悟ではない。

「僭越ながら、私は船長としてこの船に乗り込む。その大役ゆえに、船が沈むときは運命を共にする覚悟で望むつもりだ。ん? サイトくん、そんな顔をするな。それくらいの覚悟で望むということだよ」

 からからとコルベールは笑って見せた。才人やルイズはほっとしたものの、いざとなったら殴り飛ばしてでもコルベールを船から降ろす必要があるなと、別の覚悟を決めた。

 新造探検船オストラント号……それはコルベールがハルケギニアの外にある、あらゆる未知への好奇心を形にした鋼鉄のうぶ鳥。早産を余儀なくされたこの鳥が、見かけだけ派手で飛べない孔雀で終わるか、それとも大空を支配するフェニックスとなるかは誰にもわからない。

 それにまだ、この船には飛び立つためにもっとも重要なものが欠けている。それをミシェルは指摘した。

「ミスタ・コルベール、あなたの決意のほどはわかった。しかし、これほど大規模な仕掛けを施された船を誰が動かすのだ? 機密保持のために空軍の水兵や一般の水夫は借りられない。ただ動かすだけなら、我ら銃士隊一個小隊三十名いれば可能だろうが、未完成な船で戦闘航行しながら進むのはさすがに不可能だぞ」

 強靭な心臓があって類まれな翼を持つ鳥も、体の中を流れる血液がなくては羽ばたくことはできない。そう言うミシェルに、コルベールはそのとおりだとうなづいた。船は巨大で精密な機械だ。帆を操り、舵をとり、周囲を見張り、風を読み、この船の場合は機関制御の複雑な工程も加わるので、三十人ではどうやりくりしてもギリギリだ。それだけではなく、厨房で働く者もいるし、戦闘を不可避とすれば兵装を操り、魔法をぶっ放す戦闘要員がいる。しかもまだ終わらない、負傷者を治療する者や損傷箇所を応急修理する要員も大勢必要だし、それらの人員が負傷したときに交代する要員もいる。

 つまり、戦闘艦とはまともに運用しようと思ったら膨大な人間を必要とするのだ。たとえば百メートルをわずかに超える程度の駆逐艦でも、乗員は二百名を軽く超える。この東方号はどう見積もっても、六十名から七十名の船員が必須となる。銃士隊と才人たちでは半分しかいない。むろん、片道だけで生還を帰さないのなら別だが、これは特攻ではなく無事到達して帰ってくることが絶対条件の作戦だ。

 ところがそれをコルベールに問いかけようと思ったとき、コルベールはにんまりと笑った。そして、船に向かって手を上げると叫んだ。

 

「おーいみんな! もういいだろう、そろそろ出てきたまえ!」

「あっ! 先生、もう少しじらしてから出ようと思ってたのに。しょうがない……やあサイト、待っていたよ!」

「あっ、お、お前!」

 聞きなれた声と、タラップからきざったらしくポーズをとって降りてきた金髪の少年を見て、才人は叫んだ。

「ギーシュ! それに、お前らも」

 薔薇の杖をかざして現れた三枚目に続いて、船内から続々と現れた面々を見て才人やルイズは目を疑った。

 レイナールにギムリ、水精霊騎士隊のメンバーたち。それだけではなく、モンモランシーや少年たちと懇意の少女たちもいる。

 これはどういうことかと仰天する才人たち。ギーシュはその顔がよほど見たかったのだろう、得意満面で説明をはじめた。

「なぁに、簡単なことだよサイト。ぼくらも、姫さまから密命をいただいてここに参上していたのさ。事情はすでに聞いているよ。ぼくら水精霊騎士隊の総力をあげて、君たちに協力しようじゃないか」

「姫さまが……てことはお前ら、この船がどこに行くのかも知ってるのかよ?」

「むろんさ。目指すははるかな東方、エルフの国。そちらの麗しいお嬢さん方がエルフだということも聞いているさ。それにしても、エルフとはもっと恐ろしげなものだと聞いていたが、これはなんと美しい! お嬢さん、昨日は話す時間もなかったが、よろしければお名前など……」

「教えてもいいけど、あなた死ぬわよ」

「へ?」

 ルクシャナの視線の先を追ったギーシュは、そこに大きな水の球を作り上げて、引きつった笑いを浮かべているモンモランシーを見た。

「ギーシュ、さっそくバラの務めとはご苦労なことね。し、しかも相手がエルフでもなんて、節操なしにもほどがあるわよ!」

「ま、待っ!」

 言い訳は言葉にならなかった。魔法の水の球に頭を呑みこまれ、ギーシュはおぼれてがぼがぼともがいている。

 いったいなにがしたかったんだあいつはと、彼の仲間たちはおろか、才人とルイズや銃士隊も呆れて助ける気も起きない。しかしこのままでは話が進まないので、隊の参謀役のレイナールがあとを継いだ。

「やれやれ、隊長がお見苦しいところをお見せしてすいません。ま、サイトももうだいたい見当がついていると思うけど、見てのとおり東方号にはぼくらがクルーとして乗船するよ。そのために、姫さまはぼくらに正式に水精霊騎士隊の称号を与えてくれた。つまりぼくらは今やトリステインの正式な騎士だ。これで頭数は銃士隊の皆さんと合わせて七十人を超える。定数は十分満たすはずだ」

「お前ら、だが!」

 これは今までとは危険の度合いが違う。それがわかっているのかと才人は叫びかけた。だがレイナールは才人の言葉を手をかざして防ぎ、ギムリとともに言った。

「おっとサイト、やぼは言わないでくれよ。世界が消えるって瀬戸際だ。それにぼくらは元々貴族、いざというときの覚悟はできている。それに第一、もしも君がぼくらの立場でも同じ事をしたはずさ。友達だものね」

「危ない橋だったら、もういっしょに何度もわたってきたじゃんか。二度も三度でもピンチには杖を持って参上するのが、貴族の責務であり名誉だぜ。な、戦友」

「っ! お前ら」

 才人は騎士隊のみんなの友情に、感動のあまり目じりをぬぐった。困ったときに助けに来てくれる奴らこそ、真の友だというけれど、こいつらはまさに真の友だ。

 涙を流す才人に、三途の川を渡りかけているギーシュ以外は誇らしげな笑みを送った。

 が、ここまでであれば美しい友情物語でしめられたものを、ギムリが余計な口をすべらせた。

「うむ、サイトにだけいい思いをさせ続けるのは不公平だし、それに我々水精霊騎士隊にはギーシュ隊長のほかはまだまだ独り身が多い。この機会を逃すわけにはいかないからな」

「は?」

 涙が一瞬で枯れて、後悔が怒涛のようにやってきた。なるほど、騎士隊の男たちの視線を注意深く追っていくと、かっこつけている端で銃士隊のうら若い肢体に向いている。熱血展開で忘れていたが、青春とは思春期のことでもあった。

「なるほどな。お前らの本音がよーくわかった。人をだしに使いやがって、なーにが友情だ、この野郎ども」

「うっ! し、しまった。つい口が!」

「ギムリ! ご、誤解しないでくれよサイト。姫さまから命令があってぼくたちが参上したのは本当さ。それに、君たちの助けになりたいのも嘘じゃない。ぼくらが何度も肩を並べて戦った、あの思い出を忘れたかい?」

 必死に弁明するレイナールや、その後ろでかっこよさを失っている騎士隊の連中を、才人たちは白い目で見つめた。銃士隊の子女たちはさっそく身の危険を感じて敵意のこもった視線を返しているし、特にルイズはゴミを見る目つきで、睨まれている男たちのプレッシャーはハンパなものではない。

「まったくもう、あなたたちの頭の中身は全員ギーシュと同レベルね。それでここまで来るとは恐れいるわ。でもわかってるの? 銃士隊は平民の部隊なのよ。あなたたち貴族の自覚あるの?」

「なにを言ってるんだい、サイトは平民だけどルイズやおれたちとずっと前から対等だったろう。君はいまさら昔の事をむしかえすつもりかい?」

「そうそう、美しい婦女子に身分の差など……もとい、それに姫さまはぼくらに対して、貴族と平民のかきねを壊してくれとお命じになられたのだ。魔法衛士隊の中にはすでに彼女たちと交際を持ち始めている者もいるそうだ。よってぼくらが銃士隊と対等に肩を並べても、なんら問題はない」

「視線が泳いでるわよ、お題目は立派だけどごまかそうとしてるのが見え見えじゃないの」

 女の勘はごまかせなかった。少年たちを見る目がさらに冷たくなり、射殺されそうなくらい痛くなる。

 それでもレイナールやギムリはまだましなほうだったかもしれない。さらに不幸なのは、ギーシュのほか数名いる彼女を連れてきた少年たちだ。彼氏と危険を共にするロマンチックな夢を抱いていた彼女たちは、殺意すらこもった目つきで、震える手で杖を握っている。

 まさに四面楚歌、このままほっておけば水精霊騎士隊の少年たちは視線の圧力で押しつぶされて消えたかもしれない。

 そこへ、ミシェルがため息混じりに告げた。

「ふぅ……だが猫の手も借りたい今、貴重な頭数であることに違いはないか。お前たち、半端な覚悟ではつとまらんぞ。いいか!」

「は、はい!」

 よどんだ空気を吹き払う一喝に、少年たちは本能的に従った。この威圧感はさすがアニエスの右腕を勤めるだけのことはある。ミシェルはさらに部下たちに、「せいぜい小間使いができたと思ってしごいてやれ」と、命じた。そのとき彼女たちが「了解」という一言と共に浮かべた冷徹な笑みに、浮ついた気持ちでいたギムリたちは背筋が凍りついた。

 それを見て才人は、こいつらこれから大変だなと、同情的な視線を送った。銃士隊はそこらの女性とわけが違う。なめてかかれば並の男など食い殺してしまう強さを持っている。きれいな花にはとげがあるぞ、まあ自分たちで選んだ道だから、誰を恨みようもないことだが。

 ただ、才人はそう思いながらも、ギーシュたちを悪く思ってはいなかった。

”お前らはほんと昔から少しも変わってないな。そういえば、トリスタニアの王宮で寄せ合い騎士ごっこの水精霊騎士隊ができて戦ったときも、銃士隊といっしょだったっけ。あんときも中途半端にかっこつけて、けっきょく決まらなかったんだよなあ”

 戦友たちとの思い出は、才人にとってもかけがえのないものだった。

 王宮でバム星人と戦ったとき、ラグドリアン湖でスコーピスと戦ったとき、学院がヒマラとスチール星人に盗まれてしまったとき。

 どれも今思い返せば懐かしい。死闘だったこともあれば、バカバカしかったこともある。けれど、どのときもギーシュたちは自分を身分の違いなど関係なく、仲間として向き合ってくれた。そして今回も、動機の半分は不純ながらも危険を顧みずに駆けつけてきてくれた。

 こいつらとなら、またおもしろい冒険ができるかもしれない。そう思った才人は、笑いをこらえながらギムリたちに言った。

「よかったなお前ら、トリステイン有数の騎士のみなさんにしごいてもらえる機会なんてそうはねえぞ」

「サイト! 君せっかく来てやったのにそれはないんじゃないか」

「むしろおれがついでのくせによく言うよ……けどま、考えてみりゃずいぶん久しぶりじゃねえか? 水精霊騎士隊が全員集合するなんてよ」

 不敵に笑った才人に、ギムリやレイナールははっとしたように思い返した。

「そうか、言われてみればおれたちが全員そろってなんて随分なかったな」

「おいおい、それもこれもサイトが自分ばっかりで冒険に行ってるからだろ。おかげでこっちは平和でいいが、退屈で仕方がなかったんだぜ。でも、今回はおいてけぼりはなしだよ」

「わかってるって、しかも今回は世界の命運がかかった大仕事だ。頼りにしてるぜ、戦友たち!」

 ぐっと、握りこぶしから親指を突き出すポーズをしてみせた才人に、ギムリとレイナール、それに水精霊騎士隊の仲間たちはそれぞれ同じポーズをとった。

「おう! まかせとけって」

 死線をさまよっているギーシュ以外の全員が、才人に応えて叫んだ。

 その熱血な光景に、ルイズやモンモランシーはこれだから男ってのは暑苦しくていやねと思い、ティファニアは男の子ってみんなこうなのかなと、間違った認識を持ち始めていた。

 でも彼らは真剣だ。真剣におちゃらけて、ふざけて、世界を救いに行くつもりなのだ。

 そんな規格外のむちゃくちゃな騎士隊がほかにあるだろうか? 銃士隊の隊員たちは、自分たちも常識外れの軍隊だけど、それ以上がいるとは思わなかったと呆れた。だが同時に、トリステイン王宮以来となる彼らとの共同戦線がなかなか面白いものになりそうだと、悲壮な決意の中に楽しさの予感を覚え始めていた。

 とてもこれから、一パーセントの生還率も認められない死地に赴こうとしている者たちには見えない。ルイズたちは呆れるが、男同士の友情は暑苦しさがあってなんぼなのだ。その熱気は伝染し、コルベールやエレオノールも苦笑を浮かべ、ミシェルはこれも才人の人を変える力なのかなと思った。

「サイトには関わった人間をよい方向に変えていく力があるのかもしれないな。お前の前では、貴族だとかなんとか、いろんなかきねがどんどんどいていく」

 どこの国の人とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ……ウルトラマンAの残した精神が才人の中で息づいているのを彼女は知らない。けれど、その優しさがあるからこそミシェルは才人のことが好きであり、そのおかげで自分以外の人を救い、愛することを思い出すことができた。

 そして今、自分はそれらを与えてくれた人を助けるために共に旅立とうとしている。本来ならば許されないことのはずだが、それを命じたときにアニエスとアンリエッタはこう言ったのだ。

「ミシェル、これはトリステインはおろかハルケギニアの命運を左右する重要な任務だ。私や烈風どのが姫さまから離れるわけにはいかん以上、指揮官の適任はお前しかいない……というのは建前だが、いいかげんサイトといっしょに冒険する特権をミス・ヴァリエールだけに独占させておくことはあるまい。お前はもう充分すぎるほど働いた。そろそろ自分の幸せに貪欲になっても誰も文句は言わんころだ。対等な立場で、思いっきり勝負して来い!」

「そうですわよ。ルイズがわたしの親友だからって遠慮することはありません。誰が誰を好きになろうと、それは自由ですもの。いってらっしゃいなさいな、でないと一生悔いが残りますわよ」

 はてさて、世界の危機も利用する姉バカと、小悪魔根性を発揮するアンリエッタにも困ったものである。けれども、こうでもしなければ才人の気持ちを思うあまり、ルイズに遠慮して一歩引いてしまうミシェルはいつまでたっても幸せをつかめないだろう。不謹慎にも思えるアニエスとアンリエッタの胸中には、それぞれ妹を思うが故と、自分と同じ愛に生きる者への激励が込められていた。

 だが、それでもミシェルは逡巡した。

「でも、サイトはミス・ヴァリエールのことが好きです。私の思いはもう伝えました、今さらあの二人の間に余計な亀裂を入れたら、恩を仇で返すことになってしまいます。私は今のままで、十分幸福ですから……」

 恋に臆病というよりも、愛してしまった人の幸せを思うがゆえの苦渋、しかしアンリエッタは言う。

「ミシェルさん、サイトさんの幸せを第一に思うあなたの心は、とても純粋で尊いものですわ。でも、待ってるだけでは恋は実りませんわ。サイトさんがルイズのことを好きなら、あなたはサイトさんの”大好き”をもぎとってみなさい。明日の幸せは、自分の力で勝ち取るものですよ」

 ウェールズとの、障害に埋め尽くされた恋路を一心不乱に駆け抜けてきたアンリエッタの言葉は虚言ではなく重かった。

 それに、これはルイズのためでもある。恋人はゴールではなく通過点に過ぎない。恋が恋のままで終わるか、愛に昇華するかはこれからの二人次第。それに気づかないままでは、いつか取り返しのつかない破局を招くだろう。だからこそ、悔いを残さぬように思い切りぶつかってこい……誰がなんと言おうと、人生は一度きりしかないのだから。

 けれどミシェルは、命令は受諾したものの、最後まで二人の応援に「はい」とは言わなかった。しかし彼女の胸中には、アンリエッタの言葉によって、新しい胸のうずきも生まれ始めていた。

”サイトはミス・ヴァリエールが好き……でも、わたしがもっと好きになってもらう。そんなこと、考えたこともなかった”

 できるのか? そんなこと、怖くて今は考えることはできない。けれど、才人が好きだという自分のこの気持ちは消せない。だったら、才人とともに旅することでその答えを見つけに行こう。

 ミシェルは、自分についてきてくれた三十人の仲間を振り返った。自分は彼女たちの命も預かっている。けれど同時に彼女たちも自分の思いは知っている。きっと、困ったら手助けするようにとアニエスから密命もくだっていることであろう。まったく、おせっかいな姉や仲間を持ったものだとつくづく思う……でもそれが心地よい。

 およそ二十年の人生の中で、半分の十年は暗闇のふちにいた。そこから光の中に引き上げてくれたあの人にわたしは恋をして、ずっとそばにいたいと願っている……偽らざる思いを胸にして、ミシェルは才人から送られたペンダントのロケットをぐっと握り締めた。

”サイト、お前と歩む未来をわたしも欲しい。もしも、これに肖像画を入れることがあるとしたら、それはわたしとお前、そして……”

 目をつぶり、未来にミシェルは夢をはせる。からっぽのロケットを満たす絵に描かれているであろう、幸福に満ちた笑みを浮かべた自分と才人と、顔も知らないもうひとり。へその上から腹をなで、ミシェルはこの旅に必ず生きて帰ろうと誓った。

 

 若者たちの思いはつながり、彼らを乗せてはばたく翼はついに全容を現した。

 新造探検船オストラント号……その翼はいまだ未熟であり、乗り込むクルーたちも未経験の若者ばかりだ。

 しかし彼らの士気は旺盛で、死を覚悟しても生還をあきらめている者はひとりもいない。むしろお祭り気分でちょっと行ってくるかという気軽さの者たちが半分だ。

 エルフとの和解、それがどんなに困難でもヤプールの邪念からハルケギニアを救う方法はほかにないのだ。

 

 だが、ヤプールの先を超して行動しようとする彼らの思惑に反して、ヤプールは次段の作戦を着々と進めていた。

 時空を超えて位置するもうひとつの宇宙。才人の故郷、地球。

 このころ怪獣軍団による全世界同時攻撃による混乱も収まって、世界は一応の平穏を取り戻していた。けれどいつまた襲ってくるかわからない敵に対し、各国GUYSは油断なく警戒を続けていた。

 そして、場所は中部太平洋ビキニ環礁。その海底深くにおいて、世界の海を守るGUYSオーシャンは、数日に渡って捜し求めていた獲物をとうとう追い詰めていた。

「隊長、ソナーに感あり。でかい……ターゲットに間違いありません。現在北東に向かって速力十二ノットで移動中」

「ついに姿を現しやがったか。ここのところ世界中の海で船舶消失事件を起こした犯人が」

 GUYSオーシャンの移動司令部である、大型潜水艦ブルーウェイルのブリッジで、隊長の勇魚洋は獲物を見つけたサメのように笑みを浮かべた。

 怪獣軍団の攻撃が終わって間もなく、大西洋、地中海、インド洋、太平洋を問わずに大型船舶が突如SOSとともに消息を絶つという事件をGUYSオーシャンは調査していた。事故現場の位置と時間から規則性を割り出し、次はこのビキニ環礁に現れるだろうと網を張り、見事補足に成功したのだ。

「隊長、攻撃しましょう!」

「待て、まだ敵の正体がわからん。全センサーを使って敵の正体の解明につとめろ、アーカイブドキュメントへの検索も忘れるなよ」

 深海は地上よりもはるかに過酷な世界だ。慎重に慎重を重ねて悪いことはない。勇魚の指示で、海のフェニックスネストともいうべきブルーウェイルの機能が働き、結論が勇魚のもとに示された。

「敵からMK合金のものと思われる磁場が放出されています。同時に数百万トン規模の金属反応も、これはドキュメントUGMに記録にあるバラックシップと同じものと思われます」

「バラックシップ……あの強力な磁力で船を引き付けるやつか。ならシーウィンガーでの接近戦は危険すぎるな。ならば、魚雷発射用意だ!」

 ブルーウェイルの魚雷発射管が開き、対怪獣用の大型魚雷が放たれる。敵は強力な磁力を発する怪物だ。その特性上、金属でできた魚雷は絶対に当たる。魚雷は一直線にバラックシップへ向けて吸い込まれていく。

 全弾命中! 勇魚たちがそう確信した瞬間だった。

「これは! て、敵の反応消失……魚雷、すべて通過しました」

「なに! どういうことだ?」

「わかりません。突然、突然ソナーから消えたんです」

 GUYSオーシャンの戸惑いをよそに、海底は何事もなかったかのような穏やかさを取り戻した。

 しかし、この事件がやがてもうひとつの世界に大変な災厄をもたらすことを、このときは誰も知らない。

 

 

 続く


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