ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第61話  未知なる世界の空を目指して

 第61話

 未知なる世界の空を目指して

 

 サイボーグ獣人 ウルフファイヤー

 超異形進化怪獣 ゾンボーグ 登場!

 

 

 人は心を持つがゆえに人であり、心は愛を知ったときに魂となる。

 ならば愛を捨て、心を失ったときに人はなにになる……

 

 まだ夜明けには遠く、星の淡い光に照らされたラ・ロシェールの街。しかしこの街は今、血の様に赤い光にも照らされていた。

 エボリュウ細胞を充填したロケット。それを搭載していた空中船に満載されていた大量の爆薬。本来であれば、この街に眠る幾万という人々を怪物化するために用意されていた悪魔の種は、皮肉にもそれをばらまこうとしていた張本人を宿主に選んだ。

 天に唾した者のむくいか、すべてのエボリュウ細胞に体を乗っ取られたワルドは、エボリュウ以上の超異形進化怪獣ゾンボーグと化して街を襲う。

 死人のような茶色い皮膚に、肥大化した上半身。鎧のように胸元から伸びる六本の突起物。

 彼の醜い姿は歪んだワルドの心の映し鏡か。道を踏み外し、引き返すこともできなくなった果ての末路。

 

 暴走するゾンボーグを食い止めようと、ウルトラマンAは単身立ち向かっていく。

 人間の未来を信じる光の戦士と、間違った進化を遂げてしまった怪物。両極に位置する正邪の対決がはじまった。

「シュワッ!」

 街へこれ以上の接近を許すまいと、エースは正面からゾンボーグに挑みかかった。

 腕をぶつけあってよっつに組み合い、力と力の試しあいとなる。乾いた地面に足が食い込んで砂埃をあげ、互いの筋肉がきしんで拮抗状態が生まれた。だがそれも一瞬のこと、十四万トンのタンカーを持ち上げることのできるエースのパワーはゾンボーグを押し返し、勢いを緩めずに上手投げが炸裂する。

「ヘヤァッ!」

 地響きが鳴り、背中から地面に叩きつけられたゾンボーグを粉塵が覆う。最初の一手はエースの勝利だ。しかし、これで怒りに火がついたゾンボーグは起き上がる前に口から稲妻状の光線を吐き出してきた。

「フッ! ウォォッ!」

 エースの胸元で火花が散り、のけぞってひざをついた隙にゾンボーグは起き上がってくる。裂けた口を大きく広げて、第二撃を食らわすつもりだ。そうはいかないと、エースは体の前で腕を回し、円形の光の壁を作り出した。

『サークルバリヤー!』

 光線は方向を強制的に変更させられて、逆にゾンボーグの回りに複数の爆発を引き起こさせる。

 同じ手は二度通用しない。そのことを知ったゾンボーグはエースに接近し、格闘戦に持ち込んできた。太い腕を振り上げて殴りかかり、胸元から伸びた鋭い突起物がエースを狙う。

 しかし格闘センスはエースもさるもの、ゾンボーグに足払いをかけて転ばせると、背中にのしかかってパンチの連打をお見舞いする。上半身が大きくて重心のバランスの悪いゾンボーグはなかなか起き上がれない、そこを突いてエースの連続攻撃が続く。

 

 だが、一見エースの優位で進行しているように見える戦いを、アニエスとミシェルは予断を許さない目で見守っていた。

「油断するな。そいつの実力はそんなものではないはずだ」

 直接、不完全とはいえ異形進化怪獣エボリュウと戦ったことのある二人には、あの怪獣の実力がこの程度だとは思えなかった。

 地下道で、人間大の怪獣と化してしまったワルドの力は、少し思い出すだけでもすさまじかった。腕力、防御力、さらに光線を発射する能力。あのときも特殊な条件でなければ勝てたかどうかわからない。変貌し、巨大化したやつはそれらを強化して身につけているはず、他にもどんな能力を隠し持っているかも未知数だ。

「あっ、危ない!」

 エースがゾンボーグの背中から振り落とされた。ゾンボーグはさしたるダメージを受けたようには見えず、真っ赤な目を光らせてエースをにらみつけて、口を大きく開いた。

「雷撃が来るぞ! 避けろ!」

 光線という単語になじみの薄いミシェルは、光線の外見のとおりに雷撃と呼んだ。一瞬ののちに、言葉のとおりに緑色の電撃型光線がゾンボーグの口から放たれる。しかしさらに一瞬早くミシェルの声が届いていたエースは、大ジャンプして光線を飛び越える。

「トオォーッ!」

「よしっ!」

 エースの掛け声とミシェルの歓声が同時に響く。山をも跳び越すエースの跳躍力なら、この程度の攻撃をかわすなど造作もないことだ。そして今度は奴の頭上から一撃を食らわされられる! そう思ったときだった。

「なにっ! 跳んだっ!?」

 ゾンボーグはエースに合わせるようにして、蛇腹状になった足を大きくしねらせてジャンプした。今まさに急降下態勢に移ろうとしていたエースは避けきれず、頭から体当たりされて空中から叩き落された。

「ウワァァッ!」

 背中から荒野に墜落し、今度はエースが大量の砂塵を巻き上げる。ゾンボーグはゆうゆうと着地して、溜飲が下がったようにうなり声をあげた。その憎らしい声に、アニエスとミシェルも奥歯を噛む。

「くそっ、前は鈍重だったくせに、なんて跳躍力だ」

「ウルトラマンに届くほど跳べるとは、やはり肉体は相当に強化されているな。いかん! また来るぞ」

 ゾンボーグの口から放たれた光線がエースを襲い、エースはとっさに地面を転がって避ける。あの光線もエボリュウのときに比べたら格段に強化されているはずだ、まともに食らったら危ない。しかし接近するにしても、うかつに近づけば的にされてしまう。

 ならば! エースは攻撃のあいまをついて立ち上がり、再度空中へ飛び上がった。

「馬鹿な! 空中戦では五分なんだぞ、どうする気だ」

 アニエスが、勝機は半分でしかないエースの行為に叫んだ。いちかばちかの賭けに出たのか? いや、エースはそんな自棄な戦法をとる戦士ではない。追って跳んだゾンボーグとあわや空中衝突かと思われたそのとき、空中で一回転したエースはゾンボーグとそのまま組み合って落下した。

「うまいぞ、捕まえた」

 わざと狙われるようにしたのは逆におびき寄せて捕まえるためだったのか。やはりエースはすごいと二人に笑みが戻る。

 組み合った状態から戻った両者は、そのまま格闘戦に移行した。こうなると、チョップ技、キック技に長けたエースは得意の間合いから連続攻撃を決め、体の下からすくい投げをかけて転がせる。

「ようし、いいぞそのまま逃がすな!」

「一気にとどめを刺してしまえ。今度こそ逃がすな!」

 まだまだ、油断のできる相手ではないが戦いには勢いというものがある。よく訓練された精鋭の騎士が、ふいを突かれるだけで、雑兵に反撃もままならずに討ち取られてしまうなどよくあることだ。アニエスとミシェルは数々の経験からそのことをよく学び、ゾンボーグがひるんでいるこの隙に、撃破してしまえと声を張り上げる。

 

 しかしそのころ、戦いの流れを大きく揺るがす出来事が起ころうとしていた。

 ラ・ロシェールの街を襲ったウルフファイヤーの群れ、その大半は銃士隊と魔法衛士隊によって撃破されたが、一匹残らず掃討されたというわけではなかった。最後に残った一匹が、追撃してくる銃士隊から逃げて街の外へと飛び出してくる。

「逃すな! 追え!」

 部隊の小隊長を先頭に、小隊全員が馬に乗って街道にまで出て追いかける。女ばかりの部隊とはいえ、くぐってきた戦場の数と質ではいまやハルケギニアでも有数だ。男どころか鬼神も退く激烈な闘志で、絶対に逃してはなるかと馬に拍車を入れる。

 ところがそのとき、山陰にでも隠れていたのか緑色の閃光を放って空飛ぶ円盤が現れた。

「し、小隊長!」

「いけない。全員止まれ!」

 以前アブドラールスのUFOがトリスタニアを攻撃したことを覚えていた隊員たちは馬を止めた。今回の円盤も、あのときのように空襲をかけてくるのか!? 警戒する隊員たちの前で、円盤は高速で飛んでくると、ウルフファイヤーの頭上で静止して、光線をウルフファイヤーに照射した。

 するとどうか、人間大であったウルフファイヤーが瞬時に身長五十三メートルに巨大化したのだ。

「なっ!」

 巨大な遠吠えをあげるウルフファイヤーを見上げて、隊員たちは絶句した。さらに肩越しに自分たちを振り向かれると、狩るものと狩られるものの立場が逆転してしまったことを悟った。

「いかん……さ、散開しろ!」

 小隊長の叫びとともに、部隊はクモの子を散らすように逃げ出した。しかし、ウルフファイヤーの口が大きく開かれると、口腔の奥から灼熱の火炎が放射された。

「うわぁぁーっ!」

 直撃は免れたが、火炎が岩に当たって蒸発する際の爆風で数人が吹き飛ばされた。しかも、爆音で馬が怯えていうことを聞かなくなってしまった。巨大ウルフファイヤーは、追い回されたことを恨んでいるかのように迫ってくる。

 踏み潰される! 頭上に迫ってくる巨大な足に、引き裂くような少女の悲鳴がこだまする。そのときだった。

「テェーイッ!」

 間一髪で、ウルトラマンAがウルフファイヤーを羽交い絞めにして引き離した。

 助かった。ほっとする間もなく、圧死を免れた隊員は早く逃げろというエースのしぐさに従って、仲間たちに支えられて必死で逃れていく。

 しかし、銃士隊員たちを救うことと引き換えに、大ダメージを与える寸前でゾンボーグを解放してきたことがエースにとってあだとなった。ウルフファイヤーから銃士隊員たちを逃すために必死で押さえつけるエースの背後から、ゾンボーグはその腕を巨大な触手のように伸ばしてエースの首を締め上げてきたのだ。

「グッ、フォォッ!」

 エースから苦悶の声が漏れる。怪力で首を絞められたら、さしものウルトラ戦士でも危ない。首を押さえ、なんとか振りほどこうとエースはもだえる。そこへ、羽交い絞めから解放されたウルフファイヤーが攻撃をかけてきた。怪力のパンチが胸を打ち、キックが腹に食い込む。

「グッ、ウォォッ!」

 防御の姿勢をとることもできず、ウルフファイヤーの攻撃がおもしろいようにエースに決まっていく。さらに、後方から触手で引き倒されたエースを、二匹は引きづり回しながら踏みつけ、いいように痛めつけていった。

「くそっ! これじゃなぶり殺しじゃないか」

 アニエスがあまりの惨状に思わず叫んだ。これではまるで、首にロープをくくりつけて馬で引く拷問と同じだ。首が絞まろうとするのを抑えれば体が痛めつけられ、体を守ろうとすれば首が絞まる。

 残酷な奴らめ、特にワルドは本当に意識が消えているのか? もしかしたら、ワルドの狡猾で卑劣な頭脳だけが、そっくりそのままゾンボーグに残ったのではあるまいか。アニエスたちの周りには、窮地を逃れた銃士隊員たちも集まってきて、深刻げに戦いを見守っている。

「隊長、すみません。私たちが深追いしたばかりに」

「もういい。それよりも、これからのことを考えろ」

 実際、部下の不手際を責めている時間などなかった。ウルトラマンAのカラータイマーは明滅をはじめ、残り時間がわずかであることを示している。こんなとき、自分たちの非力が恨めしい。いや、いままで何回ウルトラマンAの戦いを見てきたのだ、彼はいつでも絶対的不利をくつがえしてきたではないか。

「エースくじけるな! そんなもの振り払ってしまえ」

「ヌッ、フォォッ!」

 アニエスの怒声がエースの気合を呼び起こした。首が絞まるのを覚悟で両手を離し、その両手を合わせてエネルギーをらせん状に集中させる。

『ドリル光線!』

 近接専用の特殊な光線で、大蟹超獣キングクラブの尾をバラバラにしたこともあるこの技ならば、ゾンボーグの触手も吹き飛ばせるはずだ。しかし、その危険性を察知したのか、ウルフファイヤーの火炎がエースを吹き飛ばして、光線の型が崩れてしまった。

「おのれっ!」

 動物的勘というやつか、同じ手は二度と通用するまい。ゾンボーグとウルフファイヤー、二匹の怪獣はエースにまだ戦う力が残っていることを知ると、さらに攻撃を強めてくる。

 エースを拘束したままで、ゾンボーグはエースを引きずりまわして逃れる隙を与えない。ウルフファイヤーは踏みつけ攻撃を続け、エースは象の足元の蟻のようにつぶされ続ける。

 アニエス、ミシェル、銃士隊はその凄惨な光景をただ見つめているしかなかった。自分たちの力ではなんの助けにもならない。それでも、なにかできることはないのか? 考えろ、圧倒的な力を誇る怪獣たちに対して、人間の武器は最後まであきらめない勇気と、そして知恵しかない。

 かつて何度も救われたように、今ウルトラマンAを救えるのは自分たちしかいない。そのとき、ミシェルの胸中にひとつの記憶が蘇った。才人に救われたあの日、襲ってきたノースサタン星人を倒したエースの力。ミシェルは決意すると、腰に刺した剣を引き抜いて走り出した。

「ミシェル! なにをする!」

 剣一本で二大怪獣に挑むつもりか、無茶すぎる。やめろとアニエスと銃士隊員たちの声が響くが、ミシェルの足は止まらない。

 二大怪獣が歩くたびに飛ばされてきた石や岩が、何個もすぐそばを通り過ぎていく。どれも、当たればよくて大怪我、悪ければ即死する大変な凶器だ。それでもミシェルの足は止まらずに、エースの近くまで来ると、手に持った剣をエースの手元に向かって精一杯の力で投げた。

「エース! そいつを使えぇーっ!」

 エースの目に、手元近くの地面に針のように突き刺さった剣が見える。そうか! これしかない! エースは剣を掴み取ろうと手を伸ばす。むろん、なにをするかはわからなくても本能的に危険を察知したウルフファイヤーが飛び掛ってくる。だが、一瞬早く剣を掴み取ったエースは、渾身の力で指先でやっと掴めるほどしかない大きさの剣を振り上げた。

「デェェーイ!」

 銀色の閃光がひらめき、猛烈な風圧と真空波がウルフファイヤーを吹き飛ばす。

 ありがとう、これでまだ戦える! エースは手のひらに伝わってくる確かな感触に闘志を取り戻した。今のエースは素手ではない。高く掲げた手の中には、鈍く鉄色の輝きを放つ一振りの大剣が握られていた。

『物質巨大化能力!』

 あらゆる物体の伸縮を自在とするエースの超能力により、ミシェルの剣はエースが使うにふさわしい大きさの大剣となったのだ。

 息苦しさを必死でこらえながら、エースは首を絞め続けているゾンボーグへ向き直る。いつまでも調子に乗っていられると思うな!

「デャッ!」

 一撃で触手を叩き切り、振りほどいたエースが立ち上がった。対して触手、すなわち腕を失ったゾンボーグは錯乱して、もだえ苦しんでいる。今がチャンスだ。

 しかしエースは一気呵成に攻めにはいけなかった。なぜなら、エースは剣術にはそこまで詳しくはない。念力剣・エースブレードを使ったり、超獣バラバの剣を奪い取って戦ったことはあるが、メビウスやヒカリを例外として、あとはウルトラの父がエンペラ星人と一騎打ちをした際にウルティメイトブレードを用いたそうだが、一般的に宇宙警備隊で剣を使って戦うウルトラ戦士はほとんどいない。

 けれどエースはこの剣を捨てる気にはならなかった。この一振りの剣には、命を賭けて託してくれたミシェルの勝利への願いが込められている。だからこそ、エースは決断した。

〔才人くん、君がやるんだ。君が私になって二大怪獣を倒すんだ〕

〔ええっ! お、おれが? そんな、無理だよ〕

 精神は共有しているとはいえ、これまでエースの肉体の主導権はすべてエース自身が扱ってきた。その大役を自分に任せられると聞かされて才人は驚いた。けれどもエースは自信を持って才人を諭す。

〔自分を信じろ、私の戦い方はすでに君の体に染み付いているはずだ。剣の腕では君に一日の長がある。それに、その剣には君を思う人の意思が込められている。扱うのは君しかいない〕

 その言葉で、才人はこれがミシェルの剣だということを強く意識した。怪獣に踏み潰されるかもしれない危険を冒して届けてくれた起死回生の一振り、これはただの武器ではない。

〔おれが戦う……おれが、ウルトラマンに〕

 変身するだけじゃない、そのものと化して戦う。その責任の重大さは押しつぶされそうという表現では表しきれない。しかし躊躇する才人に、ルイズは厳しく言い放った。

〔サイト! あんた男のくせになにおじけづいてんのよ。あんた今頼られてんのよ、あんたしかできないって! それをなんなのその煮え切らない態度。一度でもあんたみたいなのに好きだって言った自分が恥ずかしくなるわ〕

〔っ! ……わかった。おれ、やってみる。北斗さん、お願いします!〕

 ルイズの叱咤に才人はついに決心した。エースはうなずき、才人の体の感覚がウルトラマンAと同調した。

 視界が大きく広くなり、ダメージを受けた体の痛みも、剣を握る感触も自分のものとなる。

〔これが、エースの見ている世界〕

 間接的に体験するのとは大きく違った。いつも見ている世界がミニチュアのようであり、現実感が麻痺してくる。

 体は動くはずなのだが、金縛りにあったように動けない。だがこれは現実なのだ、吹き飛ばされていたウルフファイヤーが疾走して飛び掛ってくる。

 どうする? どうすればいい? 舞台に初めて上がった素人役者のように固まる才人の耳に、エースの声が鋭く響いた。

〔恐れるな! 君の心の赴くままに斬れ!〕

 その瞬間、才人の中で何かが切れた。頭の中をぐるぐるしていたものがいっぺんに消え、体に染み付いたガンダールヴだったころの記憶がウルトラマンAの体を動かす。

「イャァーッ!」

 気合とともに剣が振り下ろされ、ウルフファイヤーの体を斜めに切り裂く。

 手ごたえ、あり。ウルフファイヤーは子犬のように絶叫してのけぞった。

〔やった、おれが……〕

 間合いが甘かったようで、両断するまではいかなかったものの、それは紛れもなく才人の剣が見せた戦果だった。

 そして同時に、ウルトラマンAと一体化した才人の体に限りない自信が湧いてくる。

 やれる。今なら、おれは持っている力をすべて使いこなせるはずだ!

 ただの一撃が、才人の中に不定形な様でただよっていた『剣士』としての自分を現実の形にしていた。剣の重さが自分の体のように感じ、どうすれば剣が動いてくれるのか手に取るようにわかる。才人は剣の柄から伝わってくる感触をしっかと確かめると、アニエスたちに助けられて離れた場所から見守っているミシェルへとうなずいてみせた。

〔ありがとう姉さん、この剣は絶対に無駄にはしないぜ!〕

 強く誓い、完全に自分自身を掌握した才人の大逆襲の幕が切って落とされた。

「トァーッ!」

 大剣を振るい、エースとウルフファイヤーが再び激突する。しかしウルフファイヤーも手傷を負ったとはいえ、動物は多少の傷では憶さずに逆に凶暴化してしまうものだ。上段から切り込んだエースの攻撃を、すばやい動きでかわしつつ、さらなる攻撃もさばきながら隙をついてパンチやキックをあびせようとしてくる。

 やるな! そうか、銃士隊との戦いで剣に対する対処法を学習したんだなと才人は感付いた。賢い狼は絶対に銃を持った人間に近寄ることはないように、動物は一度傷つけられると、二度とそのリスクを冒すことはない。ならば、こちらも持っているすべての力で相手の力を上回るしか勝つ方法はない。

 上段から中段、突進からフェイントを使った切り込みと、才人は知っている限りの剣技をエースの体を使って披露する。才人本来の肉体では負担が大きすぎて不可能なガンダールヴの技も、ウルトラマンの強靭な肉体でなら可能だ。

 そしてその壮絶な剣と肉体の激突は、戦いを見守るミシェルにおぼろげな思いを抱かせはじめていた。エースの振るう剣の太刀筋、体の運びや独特なくせなどに、剣士としての自分が呼びかけてくる。

「サイト、お前なのか……お前が」

 だが勝負はそのまま一対一とはいかなかった。ウルフファイヤーが苦戦していることを見て取った円盤が、エースの後方から怪光線で援護射撃を食らわせたのだ。

「ヌワァッ!」

 不意打ちを受け、よろめいたエースにウルフファイヤーの蹴りが炸裂して、さらにエースはなぎ倒された。

 しまった、敵は怪獣だけではなかったんだと空を見上げるエースに、円盤はさらに怪光線を発射してくる。しかもウルフファイヤーもその攻撃に呼応するように、口からの火炎攻撃に切り替えてきた。

〔くそっ! はさみうちか〕

 剣は近づかないと使えない。このままではやられる! 光線技はまだ撃ち方がよくわからないし、狙っても当たるかどうかはわからない。だが、エースにはできなくとも自分にはできるかもしれない戦い方がある。才人はガンダールヴだったころの感覚を思い出して、力の限りを尽くしてジャンプした。

「トオーッ!」

 ウルトラマンAの跳躍力は地上九百メートルにも及び、ウルトラマンレオに続いて二位を誇る。一瞬で円盤の頭上まで舞い上がると、そのまま渾身の力で剣を振り下ろし、円盤を真っ二つに切り裂いた。

「やった!」

 地上の銃士隊から歓声があがる。円盤も、これが下や横方向からの攻撃だったら回避の用意もしていたのであろうけど、才人の判断は完全に意表をついた。まさか上から襲われるとはまったくもって想定していなかったに違いない。

 両断された円盤は、片方は即座に墜落したが、もう片方はエンジン部は切られなかったと見えて少しの間浮いていた。しかしやがてフラフラとよろめいて、街から離れた場所に墜落していった。

 さあ、あとは二大怪獣だけだ。ウルフファイヤーは頼りの円盤が破壊されたことですっかり怖気ずき、ゾンボーグは両腕を失ったショックからようやく立ち直っているようだが、まだ攻撃態勢にはない。カラータイマーの点滅も限界に近づき、これが勝負を決める最後のチャンスだと悟った才人は、剣を左手の逆手に握りなおして、ウルフファイヤーに向かって突進した。

「イヤーッ!」

 すれ違いざまの一撃。ウルトラかすみ斬りの応用で繰り出した斬撃は、見事にウルフファイヤーの胴体を切り裂いた。

 仰向けに倒れ、爆発四散するウルフファイヤー。さあ、残るは一匹。

 しかし、ゾンボーグは最後のあがきか電撃光線を吐き出して抵抗してきた。ショックが全身を貫き、エースを通して才人にも苦痛が伝わる。だが、光線を吐くゾンボーグの姿が才人の脳裏でライトニング・クラウドを放つワルドと重なると、才人は大剣を全力でゾンボーグに向けて投げつけた。

「デャァッ!」

 銀の矢となって、ミシェルの剣はゾンボーグの胸の中央を貫いた。たまらずもだえ、苦しげな咆哮が夜闇に響き渡る。

 決まった……才人、エース、ルイズ、そしてアニエスとミシェル、銃士隊は決着がついたことを知った。

 完全に致命傷だ。いくら怪獣と化したとはいえ、胴体をぶち抜かれて生きていられるわけがない。抜こうともがくも、すでに腕はなく、助かるすべはなかった。

 これ以上はもう、苦しみを長引かせるだけだ。断末魔のあえぎを漏らすゾンボーグを見ているうちに、才人たちはあれだけあったワルドへの敵意が薄れていくのを感じていた。憎んでもあまりある悪党だったが、もう十分だ。

〔北斗さん……〕

〔わかった。あとは、まかせろ〕

 才人から肉体の主導権を返されたウルトラマンAは、苦しむゾンボーグを一瞬だけ見据えた。

 さらばだ。体を左に反らせ、エースは腕をL字に組んでとどめの一撃を放つ。

『メタリウム光線!』

 三色の光線はゾンボーグに吸い込まれていき、巨体は瞬時に炎に包まれる。それがゾンボーグの最期の姿だった。巨体が硬直したと思った瞬間、ゾンボーグは頭部から上半身が爆発を起こし、次いで下半身も誘爆すると、一気に大爆発の火焔を吹き上げて消し飛んだ。

「やった!」

 銃士隊から惜しみのない歓声がとどろいた。ゾンボーグは木っ端微塵となって飛び散り、虚空に跡形もなく消えていく。ウルトラマンAの勝利、そしてこれでトリステインにまとわり続けていたワルドの影も完全に消え去った。

 元は魔法衛士隊の隊長でありながら、レコン・キスタと通じて国を売り、さらにはリッシュモンの手下になってトリステインを滅ぼそうとした悪の末路は、自らが撒き散らそうとした毒に自らが食い尽くされることで終わった。しかし、何者がワルドを利用してラ・ロシェールの人々を狙ったのかはわからずじまいであったが、最後の最後まで他人の思うままに舞い続け、糸が切れたように燃え尽きていったさまはもはや哀れですらある。

 二大怪獣は消滅し、敵の気配が完全に途絶えたことを確認したエースは、天に瞬く銀河を見上げた。

「ショワッチ!」

 ハルケギニアの大地を離れ、ウルトラマンAは遠く天空を目指して飛んで行く。その後姿を見上げてミシェルは思った。

”ありがとう、これでまた私は一歩前に進める”

 ミシェルの中に残っていた、わずかな心の傷の痕。ワルドと同類であったかつての自分の姿。すでに許され、自分も自分を許したつもりでいたが、その事実は消せずに彼女の胸のうちにひっかかり続けていた。ワルドは本当にどうしようもない悪党だったが、もしかしたら、今日ここで灰になっていたのは自分だったかもしれない。

 ならば、ワルドと自分の運命を違えたものはなんであったのかと問われれば、ミシェルは迷わずこう答えるだろう。

「大切な仲間と、私を信じてくれた家族、そして私を救ってくれた愛する人」

 そう、ミシェルには闇の中に光を照らし、手を差し伸べてくれる人がいたがワルドにはいなかった。ワルドもひょっとしたら最初は愛や夢を持つ普通の人間だったのかもしれないが、いつの間にか誰との絆も持たない孤独な人間に成り下がってしまった。人とのつながりがないのなら、心などなんの意味も持たない。それでは、どんな高尚な理想を持っていようとも独善と狂信にしかならないのである。

 しかし、自分の選んだ道は間違いではなかった。

 今、過去の幻影はもう一人の自分とともに、完全にミシェルのうちから消え去ったのだ。

「私の居場所は、ここにある……」

 胸に手を当て、ミシェルは今ある自分を確かめるようにつぶやいた。

 隣を見ると、アニエスが肩を叩き、なくした剣の経費は出るのかと聞いてくる。仲間たちも、戦いのときに見せていた剣呑な表情をおさめて笑いかけてくる。ここにいる限り、もう二度と自分は道を誤ることはないに違いない。

 ラ・ロシェールは邪魔されかかった眠りに再びつき、人々はなにもなかったかのように朝を待って眠り続ける。

 街に帰ろうと荒野を歩くアニエスたち。その彼女たちに向けて、才人とルイズも駆けてきた。どこにいっていたんだと問いかけるアニエスに、才人は頭をかきながら答えた。

「いやあ船が落ちる瞬間、おれたちはルイズの魔法で脱出したんだけど、こいつがとんでもない場所に飛ばしやがるもんだから」

「あんたが暴れるからイメージが崩れちゃったんじゃないの。おかげでアニエスたちを拾い損ねちゃったじゃない」

「すいません。でも、姉さんたちもウルトラマンAに助けてもらえてたんですね。ほっとしました」

 どことなく白々しいが、アニエスたちは才人たちも無事だったことを喜んだ。ただ、ミシェルは才人の顔を少し複雑そうな表情で眺めていた。

「なあサイト」

「はい、なんですか?」

「お前、もしかして……いや、なんでもない」

 それきり、ミシェルは向こうを向いて歩き出してしまった。才人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら後を追う。二人を含めて一行はラ・ロシェールへと歩を進める。

 そんな平和な談笑をする一行を、少し離れた丘の上から見守っている男がいた。土色のジャケットをはおり、真新しいテンガロンハットをかむった壮齢の姿は、熟達したカウボーイを思わせるだろう。彼はしわが刻まれながらも、若々しさを根強く残す顔に笑みを浮かべた。

「よい仲間を持ち、そして深い絆を育んでいるな。その仲間たちがいる限り、どんな強敵にも立ち向かっていけるだろう。忘れるなよ、それが、光の戦士の本当の強さなんだ」

 わずかに感傷にひたる感じで、男はつぶやいた。そのとき、ミシェルはふと気配を感じて丘の上を見上げたが、丘の上には誰もおらずに、冬の冷たい風が流れているだけだった。

 

 だが、平和の静けさの中に戻ったかのように見えるラ・ロシェールにおいて、なお冷たい目を輝かせる者たちもいた。

「やれやれ、ワルド子爵は失敗しましたか。あれだけお膳立てをしてあげたというのに、使えない人でしたねえ」

「ええ、彼の執念を見込んで復仇の機会をあげたというのに、口ほどにもなかったですね。でも、目的の半分は達成できたのですから、僕たちが骨を折ったかいはあったのではないですか?」

「そうですね。虚無のさらなる覚醒は、万の雑兵を捨てるにも勝る成果であったと言えますね。その意味ではワルド子爵はよくやってくれました。神の力の目覚めに貢献できたとなれば、彼の魂はきっと天国に導かれるでしょう」

「はい……それに、子爵の一身に彼らの憎悪が集中してくれたおかげで、我等のことが表に露見することはないですしね。まったく、よい当て馬でした。もう聖地のことも考えずにすむようになって、彼もさぞ本望でしょう」

 慰霊の意思など少しも感じられない口調で、ふたつの声はそれぞれにしか聞こえない言葉でささやいた。ワルドが生前に洞察していたように、彼らは最初からワルドを捨て駒として捉えていた。それが思っていたとおりになったからとて、惜しむ気持ちは少しも湧くはずはない。

「ともあれ、これで彼らの現在の力はわかりました。ですが、四の四の四の大望を成就するには、まだ不十分ですね」

「では、もう一押しをかけてみますか?」

「それには及ばないでしょう。我らが助長しなくとも、虚無の成長が続いていることは確認できました。しばらくは見です。慌てずとも、目覚めるものは時が来れば自然に目を覚まします。我等はその間に、干ばつが来てから井戸を掘る愚を犯さぬように努めることとしましょう」

 何を目的としているのか、不気味に陰謀をめぐらす者たちの薄笑いが夜闇に溶けていく。

 

 ひとつの事件がこの夜に起こり、終わった。けれども、この事件がより巨大な計画のための下地に過ぎないことを知る者はいない。

 悪の根は一本ではなく複雑に絡み合い、ハルケギニアという土壌を食い尽くそうとする。けれども人は荒らされた土地を耕して、また花を植えようとする。たとえその畑に、何度雑草が生えようとしても。

 

 長かった夜が明けて、朝はまた来た。この日はいよいよアンリエッタとウェールズが、アルビオンに旅立つ記念すべき日となって街中が湧きに湧いている。

 むろん、新婚夫妻も復興なったアルビオンへの帰還を心待ちにしている。しかしその出航前に、アンリエッタはなかば強引に時間をねじ込んで才人たちを呼んでいた。目的はもちろん、昨晩の事件のあらましを問いただすこと、そしてもうひとつ、ハルケギニア全体の運命を左右するかもしれない、ある腹案を実行に移すためであった。

「そうですか、あのワルド子爵がとうとう……彼も昔は優秀な騎士だったのですが、どこで道を誤ってしまったのでしょうね。せめて魂だけは救われるよう、冥福を祈りましょう。それでアニエス、昨晩の事件はやはりワルド単独の仕業とは思えないのですか?」

「はい、あれだけの獣人の兵団や、人間を怪物化させる薬の存在を見ても、とうてい彼一人で調達できるものとは思えません。サイトとミシェルが目撃したという、聖堂騎士姿のワルドにしても、聖堂騎士団に問い合わせたところ、そのような者はいないの一点張りでした。この件には、なにか我々の想像を超えた強大な何者かが糸を引いていたように思えます」

 アニエスの見解にアンリエッタは無言でうなずいた。目の前には、アニエスとミシェル、そして才人とルイズにティファニアとルクシャナがそれぞれ控えている。彼らの活躍はアンリエッタの胸をいくぶんか熱くしたが、自分のお膝元でも平然と事件が起きる現状を笑ってはいられない。

「それでアニエス、その黒幕とは何者だとあなたは読みますか?」

 問いかけながらアンリエッタも酷な問いだと思った。今回証拠は残っていない。ワルドは死体も残さず消滅したし、証拠品となりうる船も炭と化したし、船籍一切の記録も偽装されたものだった。こんな真似をするやつは、何者だ? 最初に思いついたのはもちろんヤプールだったが、徹底した証拠隠滅はヤプールらしくない。ならば何度も虚無を狙ったガリアのジョゼフの仕業か? これの可能性がもっとも強いが、やはり証拠がないのが痛い。

「私にも今回の事件の裏は読めません。しかし姫さま、原因も重要ですが、これだけ用意周到に襲ってくる敵ならば尻尾は容易に掴まさせますまい。それよりも、いずれまた襲ってくることは確実でありましょうから、そのときにこそ備えて万全を施すことこそ急務かと」

 アニエスの進言に、アンリエッタは深く考えた。政治的な問題であれば、マザリーニ枢機卿に相談すれば有益な助言はいただけるが、この問題は前例がないから自分で判断しなければいけない。部屋の片隅で護衛についているカリーヌに視線を送ったが、彼女は相変わらず微動だにせず直立不動を保っている。

”大事な決断を人頼みにするなということですか”

 相変わらず厳しい。でも、それに見合うだけの実績をこの人は上げてきたのだ。考えて、アンリエッタはルイズたちに向けて息を大きく吸ってから発言した。

「ルイズ、ティファニアさん、単刀直入に申しましょう。エルフの国に行ってみるつもりはありませんか?」

「は……?」

 一瞬世界が風景画と化した。言葉の意味を飲み込めず、耳の奥にひっかかった言葉が脳に吸収されずに漂っている。それでも何度も言葉の意味を反芻し、頭の回転の特に速いルイズとルクシャナが同時に声をあげた。

「ひ、姫さま! わたしたちに東の果てへ行けというんですか」

「こ、この蛮人たちをサハラに案内しろというの!」

 どう考えてもそれ以外の答えがあるようには思えなかった。後になって才人たちも驚き始めたが、特にルイズの驚きが大きかった。アンリエッタが突拍子もないことを言い出すのはいつもだが、今回はとっておきだ。先日ティファニアとルクシャナにエルフと人間の架け橋になってくれと言ったことすら非常に常識的に思えてくる。

 だが何よりも、想像の斜め上どころか、天頂を刺し貫いているアンリエッタの真意がまったく読めない。単刀直入とは言ったものの、直入過ぎて消化できない。それにアニエスとミシェルについては、さらに意味がわからずに呆然としている。

 説明を求める一同に、アンリエッタは順を追って話を再開した。

「どうも結論を急いでしまって申し訳ありません。ですが、事は場合によっては一日の遅れが世界の破滅へつながるかもしれません。アニエス、もうあなたたちにも隠しておく必要はないでしょう。サイトさんは不本意かもしれませんが、もはやわずかばかりのかばいあいに意味があるとは思えません」

 そうしてアンリエッタは、まずアニエスとミシェルに虚無をはじめとする事のあらましを、才人とルイズも交えて説明した。むろん両者にとっては晴天の霹靂に等しいが、ティファニアとルクシャナがエルフだという確かな証を見せられると、納得する以外になかった。

「すみません、今まで黙ってて……お二人や、銃士隊のみんなを巻き込みたくなかったから」

 頭を下げて陳謝する才人に、アニエスはため息をひとつすると応えた。

「やれやれ、だがお前らしいな。過ぎてしまったことをいまさらどうこう言うつもりはない。エルフも、どちらかといえば新教徒に近い私にはどうでもいいことだ。しかし、お前たちの配慮はありがたく思うが、姫さまの言うとおりに、もはや些細な配慮が役に立つとは思えないようだな。ミシェル、お前もそう思うだろう?」

「ええ、世界が滅んでしまえばどのみちゼロですからね。サイト、配慮はありがたいが、銃士隊は全員お前らにまだまだ返しきれないほどの借りを抱えてるんだ。なんでも遠慮なく頼れ。第一、家族の危機を黙って見ているやつがいるか?」

 アニエスとミシェルはのけものにされて多少怒った様子だったが、快くすべてを受け入れてくれた。才人はただ一言、「ありがとうございます」と、涙で詰まった声で返した。

 そしてアンリエッタは、前置きが済んだことを確認すると、いよいよ本題に乗り出した。

「皆さん、今のお話であらためて認識できたかと思いますが、もはやハルケギニアの平和を乱そうとしているのはヤプールだけではありません。ガリア王ジョゼフは私欲のために虚無を狙い、ほかにもどんな勢力が水面下で胎動しているか想像もつきません。そしてこれらはほっておいても増えることはあっても減ることはないのです。今回のことで、もはや私の近くでも安全などないことも実証されました。これを解決するためには、もはやこちらも過去のいきさつにこだわって躊躇しているときではありません。わたしはここに、数千年に渡ったエルフとの抗争に終止符を打ち、同盟を結ぶための一歩を踏み出すことを決意しました」

 熱意に満ちたアンリエッタの言葉に、一同は圧倒された。エルフとの終戦、同盟の締結、それはハルケギニアでも人間たちがずっと考えてきたが、宗教、種族、強硬派の妨害と様々な要因によって果たしえなかった究極の理想だ。しかしアンリエッタは夢想を語っているわけではないことを強調する。

「皆さんのおっしゃりたいことはわかります。本来なら、何十年とかけて、段を重ねながら交渉していくしかない事柄でしょう。しかし、我らには一年先の保障もないのです。エルフとの和解は、ヤプールに勝つための絶対条件、ならば今動かないでいつ動くというのです?」

「ですが姫さま、申し上げにくいですが、エルフとの接触はそれだけでロマリアに異端と認識されます。そのようなことになれば、このトリステインの命運が」

「それにお姫さま、エルフのみんなはほとんどが人間を蛮人と呼んであざけってるわ。とても対等の同盟なんて結びようがないと思うわよ」

 アニエスとルクシャナの反論ももっともだった。しかしアンリエッタは歯牙にもかけない。

「言ったはずです。もはや小さなことを気にかけていられるときではないのです。むろん、ロマリアの妨害を避けるため、当初は秘密裏にことを運びます。エルフの統領テュリューク氏は懸命なお方と聞きました。それに、エルフも今ならばヤプールの恐ろしさが身に染みているはずです。逆に言えば、チャンスは今しかないのですよ」

 アンリエッタの訴えは次第に一同の心を動かした。確かに、細かないさかいなど滅亡してしまえば意味はない。このままだらだらと時間を費やしても、ヤプールは強大化しエルフは衰亡していくだけだ。ならば、一か八かにかけるしかないのではないか? ルイズはわかりましたと答え、ティファニアにあなたはわたしたちが守るからと告げた。

 だがそう思っても、現実的な、しかも物理的な問題が残っている。それをルクシャナは口にした。

「けれど姫さま、サハラに到達するためには広大な砂漠地帯を越えるか海上を迂回しなくてはいけませんわ。言っては悪いですが、人間の空中船では越えるだけで精一杯。しかも国境を監視する空軍も水軍も蛮人の海賊を相手にしてきて、根っからの蛮人嫌いと聞きます。和平の使者など、問答無用で撃沈されてしまいますよ」

「わかっています。妨害を突破し、ある程度こちらの実力と本気を示す必要があります。そのために、極秘に用意していたものがあります。入ってきてください!」

 アンリエッタが呼びかけると、扉が開いて二人の男女が入室してきた。しかも二人ともよく見慣れた人で、ルイズと才人は驚愕して相手の名を叫んだ。

「エレオノールお姉さま!」

「それに、コルベール先生も!」

「ルイズ、先んじて話は聞いたわ。本当なら、あなたをエルフの国にやれなんて命令、断固反対だけど、エルフの虚無への誤解を解くにはあなたしか適役はいないのよね」

「でも、かわいい生徒の君たちを無駄死にさせるわけにはいかない。だからとっておきを用意した。行かせてあげるよ君たちを、私たちの作った新型高速探検船『東方号』でね!」

 

 

 続く


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