ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第60話  決着の必殺剣

 第60話

 決着の必殺剣

 

 サイボーグ獣人 ウルフファイヤー

 異形進化怪獣 エボリュウ

 超異形進化怪獣 ゾンボーグ 登場!

 

 

 日付が変わり、なおも続く夜の帳に包まれたラ・ロシェールの街。

 すみきった空気の冬の寒空に、わずかばかりの雲と銀河が映える晴天の日。見上げれば、三日月となった青い月がどんな画家でも再現できない美しい星空をかざり、無数の星座がまたたいて、数万光年先からはるばるやってきた光を、旅路の終点となった星の大地に降り注がせている。

 宇宙は生きている……あの何億何兆という星々には数え切れないほどの生命が息づき、このハルケギニアという世界にも劣らない様々なドラマをつむぎたてているのだろう。

 しかし、そうした生命のドラマの中には喜劇もあれば悲劇もある。今、この星の運命は悲劇に向かって見えない坂を転がり落ちつつあった。

 

 夜明けまでにはまだ遠く、人々は深く眠りについて目覚めない時間。家の中で幸せな夢の世界に身を落とす人々の眠る、そのわずか壁ひとつはさんだ路上で、月光を怪しく反射した剣が幾重ものきらめきを見せていた。

「せゃぁぁぁっ!」

 気合とともに上段から振り下ろされた鋼鉄の剣が、夜の街を徘徊して人を襲っていた狼人の体に深い傷を入れ、ついで背後から突き出された剣が胸を刺し貫いてとどめを刺す。燃える炎のようなたてがみを振り乱した狼人は、そのいかつい体躯からは不似合いな子犬みたいな悲鳴をあげて、そのまま溶けて消滅した。

「はぁ、はぁ……これで四体目か、てこずらせてくれて」

 肩で息をしながら、一人の銃士隊員が剣を杖にしてつぶやいた。数十分前に突如ラ・ロシェールの各地に出現した、正体不明の獣人たち。それを討伐するために、非常時に備えて待機していた銃士隊は出動した。

「四番隊から八番隊まではただちに全員出動! 一番隊、二番隊、三番隊は王族と教皇聖下の宿泊する施設のまわりを固めろ、急げ!」

 敵出現の報を聞いたときのアニエスの反応は早かった。歴戦の戦士の血が働き、その場でもっとも有益と思われる命令を自然と口からつむぎださせる。即座に敵の排除を考えながら、陽動作戦の可能性も考慮して最重要防衛対象の守りも緩めない。

 仮本部の宿にアニエスと予備兵力の一隊だけを残し、即座に街中に散った隊員たちは、二人一組、技量の足りない者は三人一組になって捜索を開始した。敵の詳しい戦力が不明な以上、単独での行動は危険きわまる。その点、二人以上なら互いをサポートし合えるし、万一の場合に助けを呼んだり逃げ延びたりする場合でも生存率が高まる。

「私の隊から、もう一人たりとて犬死は出させん」

 以前ツルク星人戦で、銃士隊はなすすべなく殉職者を出してしまった。あれ以来、隊は戦力の向上はもちろん生還率の向上に大きく力を入れてきた。相手が人間だけならともかく、常識が通用しない怪物との遭遇戦がこれからも続くならば、どんな状況にも対応できるようにしておかなくては、なにもできないまま殺されてしまうことになる。あのとき、星人の刃にかかって惨殺された仲間の無念の死に顔は、アニエスの心に消えずに残っていた。

 出動した隊員たちと、炎のような体を持つ狼、ウルフファイヤーと名づけられた獣人との戦闘は同時発生的に複数個所で始まった。街の各所に出現したウルフファイヤーは、身長およそ二メイル。全身は筋肉質で、頭部や鳴き声は狼に非常に酷似している。ハルケギニア固有の亜人であるコボルドに似ているが、体躯や死亡時の消滅の仕方から別種から判断された。

「そっちに行ったぞ! 逃がすな」

「リムル! 左から回り込め!」

「ひっ! こ、ここから先にはいかせないわよ」

 新人は先輩に支えられて、勇気を振り絞って敵に挑みかかっていく。銃を使えば眠っている街の人間を起こしてしまうので、剣だけの勝負だ。黄緑色の髪の小柄な隊員の振り下ろした剣と、腕力にものをいわせてつかみかかってくるウルフファイヤーが真っ向からぶつかる。しかし新人はウルフファイヤーの力に負けて剣を取り落としてしまった。すかさず掴みかかってくるウルフファイヤー、そこに先輩の激が飛んだ。

「ひるむな! 投げ飛ばせ」

「は、はぃっ!」

 考えるより先に体が動き、体を縮めて攻撃をかわすと、相手の体の下にもぐりこんで首筋の毛をつかんだ。そのまま相手の突進する力を利用して、一気に投げをうつ。

「てぃやぁーっ!」

 相手もまさか自分の半分の体格もない相手に投げられるとは思ってなかったのか、背中から受け身もとれずに石畳に叩きつけられる。そこへ別の隊員が剣を突き立ててとどめを刺した。

「よくやったぞリムル、初陣にしては上出来だ」

「は、はい。ありがとうございます」

「腰を抜かしてる暇はないぞ。次だ、立て」

 個々の力が劣るのをチームプレーでカバーしつつ、銃士隊はウルフファイヤーを駆逐するために走る。

 

 市民に知れてパニックが起きる前に事態を収拾するため、出動しているのは銃士隊だけではない。上空からは魔法衛士隊もグリフォンやドラゴンで監視しつつ地上の部隊に指示を送る。

 また、正規の部隊とは別個に戦っている者たちもいた。才人たち一行である。彼らは今夜も銃士隊の宿に泊まっていたが、事件が起きたことを知るやすぐに参戦することをアニエスに告げ、ミシェルがサポートとしてつけられた。

 なお、ルクシャナは戦力としては惜しいものの、街中で先住魔法を使われたら大変なので、宿でティファニアを守ってもらっている。

 けれども、意気込みとは裏腹に、正規の銃士隊員より力の劣る才人は苦戦を余儀なくされていた。

「くっそ、この野郎! ガンダールヴじゃなくなったって、なめんな!」

「相棒、右だ! 飛んでかわせ。次は後ろに跳べ、顔をひっかかれてえか!」

 獰猛なうなり声とともに攻撃してくるウルフファイヤーの攻撃を、デルフリンガーのサポートを受けながら才人はどうにかさばいていた。こういうとき、普段一言多くても六千年間剣だったデルフリンガーの経験は非常に頼りになる。

「落ち着け相棒。こいつは見かけはいかついが、そこまで強いってわけじゃねえ。自分の力を信じろ、敵を観察するんだ」

「ああっ!」

 自信のあるデルフリンガーの言葉に気持ちを落ち着かせた才人は、徐々に体に染み付いた動きを思い出していった。ルーンのあったころに比べたら天と地の差だけれども、自分の力で戦えているということは才人に純粋な自信を与えていく。それに、デルフリンガーの言うとおり、ウルフファイヤーは怪力だけども、パワーもスピードも人間の力で抗しきれないというレベルではなかった。

 思い返してみたら、ズタボロにされたアニエスとの決闘に比べたら何ほどのことも無い。

「相棒、身をかがめろ! やつは図体がでかいんだ、足元を狙え!」

 デルフリンガーの指示を受けた才人が、ウルフファイヤーのすねを切りつけて動きを鈍らせた。ウルフファイヤーは悲鳴を上げて才人を捕まえようとしたが、すでに才人はすばしっこく逃げ出していた。

「バーカ、捕まってたまるかよ」

 一撃離脱、本職の剣士に腕力も技量もかなわない才人のとりえはすばしっこさだ。だてにルイズの世話で日夜学院を駆け回っていない。そして、動きの止まったそこへ、ルイズの魔法が炸裂する。

「エクスプロージョン!」

 ダイナマイトを投げつけたような爆発で、ウルフファイヤーは煙の晴れたときには跡形もなく消えてしまっていた。

「やった!」

 一匹を撃破し、才人が指を鳴らして喜ぶ。ルイズは威力の調節が実戦でも役立ちはじめていることに、まんざらでもないようだ。そこへ、剣ではなく杖を持ったミシェルが口笛を吹きながら来た。

「以前にも増して、すごい威力だな。任せておけと豪語するだけのことはあるか」

「あら、おほめにあずかり光栄ですわ。まあ、この程度の怪物なんか、一発で充分よ」

「確かに、単純な破壊力だけだったら、並のメイジ三、四人ぶんくらいには匹敵するかもしれんな。失敗魔法にしておくのが惜しいくらいだ」

 ミシェルはルイズの魔法が虚無だということは知らない。ルイズが詠唱するときも、サイレントの魔法で音が外に漏れないようにしてくれていたために、呪文は聞いていないのだ。虚無に関われば余計なトラブルに巻き込まれかねないのは、もう嫌というほど味わった。いつか話すときが来るかもしれなくても、それを一分一秒でも長くしたいというのが才人の本音だった。

 ただ、才人の考えとルイズの思惑は違う。場合が場合だが、ウルフファイヤーを一撃で仕留めたエクスプロージョンの威力にミシェルは舌を巻いている。気分がよくなったのも合わさって、ルイズは、ライバルに差をつける絶好の機会を最大限に活かそうと、得意げに髪をかきあげた。

「ふふん、このわたしを誰だと思ってるの? 天下のラ・ヴァリエール家の三女、ルイズさまよ。そんじょそこらのメイジといっしょにしないでもらいたいわ」

 尊大というにはかわいすぎる顔で、ない胸を精一杯そらしてルイズは偉ぶった。才人は、ああまたルイズのすぐ調子に乗る悪いくせが出たと思うが、口には出さない。昨日帰ってきてから最悪だったルイズの機嫌がようやく直ったのに、わざわざ鎮火した山火事にタバコを投げることはなかった。

”しっかし、我ながらよくもまあ殺されずにすんだもんだ”

 実際、ミシェルとデートを決意したときは、よくて半殺しを覚悟していただけに、こうして両の足で立っている自分がいまいち信じられなかった。それが機嫌が悪い程度で済んでいるのは、才人とミシェルが教皇のパレード中に見た、あの男の影が皮肉にも幸いしていた。

”ワルド……あいつがこんなところにいるわけがない。だが、万一やつだったとしたら、いったいなにを企んでいるんだ?”

 見間違いの可能性をどうしても捨てきれず、思い切って帰ってアニエスと、それからルイズにも相談した。もちろん、当初ルイズは烈火のごとく怒ったが、ワルドがこの街に来ている可能性を聞くといくぶんか冷静さを取り戻した。

「ワルドが? そう……」

 それ以上は言わなかったものの、ルイズもまだワルドに対して複雑な思いが残っているのは確かなようだ。それもルイズがもっとも敬愛するアンリエッタの花の舞台に現れるとは、見過ごしておけるわけもないだろう。おかげで才人は飛び蹴りからの逆エビ固めだけで、奇跡的に無事にすんでいた。

 もっとも、何事も無くデートが継続していたらどうなっていたか。それを思うと、少々惜しい気持ちもしなくはない。

 アニエスもワルドの目撃情報に、表情をひきしめて警戒態勢を強めるように命じた。トリステインにいたら処刑が疑いようも無いワルドが危険を冒して、わざわざこの街に今来るとしたら、自分たちへの復讐にほかあるまい。今回、銃士隊が異例の速度で鎮圧に乗り出せたのも、こういう事態を想定していたからであった。

 しかし、まだ楽観視することはできない。狼の声はなおも街中から響いてきている上に、襲撃の目的がはっきりしない。

「なあ二人とも、やっぱりこの騒動はワルドの仕業だと思うか?」

 回想を打ち切る才人の言葉に、ふんぞり返っていたルイズと、いいかげんうんざりし始めていたミシェルはともに考え込んだ。

「そうね。あなたたちが見たっていうのがワルドだったら、関わってる可能性は充分あると思うわ。でも、仮にも魔法衛士隊の隊長をつとめた人間にしては、怪物を放つだけなんて大雑把にすぎる気もするわ」

「私もミス・ヴァリエールに同意見だ。それに、ワルドが一人でこんな真似をしでかしたとも考えがたい。聖堂騎士に潜り込んでいたとして、レコン・キスタやリッシュモンのように、奴を利用している黒幕がいるのかもしれん」

 二人とも説得力は充分だった。ワルドのやり口は、有力な権力者の後ろ盾を得ることで、その力を利用して事をすすめるのが常套だった。今回もそのパターンとすれば、ワルドに手を貸している者は誰か? トリステインとアルビオンの結束が妨害されて得をする者がいるのか……? いくつか候補者が頭をよぎるが、確証を持てる者は存在せず、響いてくる狼の遠吠えが長考を許さなかった。

「ちっ! ともかく敵の出方がわからん以上は、場当たり的だがこいつらを駆逐していくしかないか……二人とも、私から離れるなよ」

 ミシェルも昨日の昼間に見せた弱弱しい表情は消え、才人とルイズを戦士として見る冷徹な目になっている。

 敵はいったいこの街で何を企んでいるのか、わからなくても街の人を傷つけるわけにはいかない。

 それにしても、なぜ夜中のこの時間を選んだのか……? 昼間だったらパニックが起こり、軍が総動員されても収集のつけられない事態になっていたものを……読めない敵の目論見が、いつまでも頭に染み付いて離れない。

 

 銃士隊と各魔法衛士隊の活躍で、犠牲者が出る前に、出現したウルフファイヤーは次々と撃退されていった。

 しかしどこからともなく出現してくるウルフファイヤーに対抗するために、現れる度に彼らは大急ぎで移動を余儀なくされていく。

 そんな、血眼で街中を駆けまわる騎士たちを見下ろして、冷ややかな笑いを浮かべている目があった。

「ふふふ……そうです。そうしてがんばって走り回りなさい。始祖も、献身と努力は尊いことだとおっしゃられています。きっとあなた方には祝福が与えられることでしょう」

「くっくく、その祝福の内容を知ったら、彼らは恐れおののくでしょうに。怖いお人だ」

「そういうあなたも、昔とは大きく変わっているでしょうに。それより、彼は準備のほうはよろしいのですか?」

「ええ、もう用意が完了する頃でしょう。そしてこれが成功すれば、我々は精強なる神の兵団を十万人は揃えることができます、楽しみですね……」

 薄ら笑いを浮かべる二人の人間が誰であるのか、この時点でそれに気づいている者は誰もいない。

 

 そして、死闘が続く街の様子を見下ろしている目がもう一対あった。

 ラ・ロシェールの街のシンボルである、世界樹の枯れ木。その超高層ビルにも匹敵する威容のたもとで、眼下に見える街の、時折ちらつく魔法のものと思われる光を見下ろす冷たい瞳。長身の、痩せてはいるが歴戦の戦士のものと主張する雰囲気を残す……しかし、同時に壊れかけのマリオネットのような、そんな疲れた空気を漂わせる男、ワルドがそこにいた。

「やっているな、ご苦労なことだ。俺一人を自由に動かすために、ここまでお膳立てしてくれるとは、さすが懐が広い」

 せせら笑うワルドの顔には、その言葉の十分の一ほども感謝の意思はのぞいていなかった。彼にこの仕事を依頼した人間は、貧民街でこじき同然の生活をしていたワルドに、普通なら考えられないような厚待遇を与えてくれた。金も女も望むだけ用意され、今回にいたっては非公式ながら聖堂騎士団の一員としての権限まで与えられた。しかしそのどれも、ワルドの信用を得るにはいたらなかった。

「欲で人間を虜にして思うままに動く僕に変える。人間の闇の部分に精通してきた奴ららしいやり口だ。どうせ俺も、用済みになったら始末されるのが関の山だろう。だがもはや俺に残された道はない。聖地に近づくためならば、死神の笛の音だろうと、あわせて下手なダンスでもなんでもしてくれる」

 自分がもはや道化に過ぎないことをワルドは理解していた。しかし、たとえ道化だろうとこのまま何もできずに朽ち果てていくよりはいい。

 暗い笑みを浮かべたワルドは、そのまま世界樹の中に足を踏み入れた。この時間はとうに職員もおらず、警備のためのわずかな兵士がいるだけである。しかも街の騒ぎが拡大しないように、こちらには様子が伝えられていなかったので警戒も薄かった。

 眠そうな顔をしている兵士はおよそ十数人、世界樹の内部空洞の各階に陣取っているが、ワルドが聖堂騎士のかっこうをしているために警戒する様子が無い。そんな彼らを一瞥したワルドは、無表情のままで呪文を唱えた。

『スリープ・クラウド』

 半密閉空間の世界樹の内部は催眠ガスが充満するには好都合だった。異変に気づくまもなく彼らはバタバタと倒れていき、ワルドは寝息しか聞こえなくなった空間でゆうゆうと階段を上っていき、一隻の船が係留された桟橋に出た。

「この船か」

 中型の、なんの変哲も無い貨物船にワルドは乗船した。出迎えの人間はおらず、船内に足を踏み入れると、あらかじめ聞いていたとおり、この船の外見がカモフラージュであることがわかった。船内には人影はなく、それどころか人間がここにいたという生活臭すらない幽霊船状態。ただし風石だけは満載され、メイジが一人いれば動かせるようにセットされていた。

 そして船倉に爆薬とともに配置されていた巨大な金属製の筒を発見すると、ワルドは不敵に笑ってブリッジに向かった。

『エボリュウ細胞』

 かつて異世界で異形進化怪獣を生み出した宇宙細胞の一種で、他の生物の細胞と容易に結合して、その肉体を格段に強化させる性質がある。ただし、変質した細胞は電気エネルギーを吸収し続けないと死滅してしまい、末期には元の生物の影も形も無いモンスターと化させてしまう。

 ワルドが発見したのは、このエボリュウ細胞が満載されたロケットだったのだ。かつて異世界で悪用されかけ、その危険性から異次元に処分されたそれが、内容物はそのままにここにあった理由……これからやろうとしているそれを思い返すと、さしものワルドも身震いした。

「俺を怪物に変えたこの薬品を、船に乗せて街の上からばらまくとは、あのお方はえげつないことを考える。銃士隊の小娘どもも魔法衛士隊も、街の騒ぎに気をとられて港にはまったく目が向いていない。とてもじゃないが、俺なんかの及びのつくところじゃあない」

 そう、すべてはこの恐るべき計画のための伏線だったのだ。現在ラ・ロシェールは、前回のゾンバイユ事件の反省から上空をあらゆる船舶の飛行が禁止されている。もしも今、どんな小型船であっても強引に所定航路を逸脱するものがあったら、有無をいわさず即座に撃沈させられるだろう。街を襲ったウルフファイヤーの群れは、すべて港から警戒の目をそらせるための囮であった。

「大方陽動であることは気づいていようが、守っているのはアンリエッタばかりだろう。しかし、狙われるならば王族というその思い込みが貴様らの命取りだ。俺と同じ苦しみを味わえ、ふっははは!」

 失った左腕がうずくたびに憎悪が湧き出し、暗い衝動から来る笑いがワルドを突き動かした。無人の船内にけたたましい声がこだまし、ワルドは風のメイジの操作で動かすことが可能なブリッジへと向かっていく。

 その背後で、いるはずのない人影がきびすを返し、船を飛び降りていくことがあったのに彼は気がついていない。

 

 一方で、街中でのウルフファイヤーの掃討作戦は順調に進んでいた。

 商店街に出現した一体が、幕をかけて道に置かれていた屋台を蹴倒して逃げていく。その後方からは銃士隊二人が追跡するが、狼らしい俊敏さのおかげで追いつけない。ところが、正面から別の銃士隊員が回りこんで逃げ道をふさいだ。

「ここから先は行き止まりだ。観念するがいい!」

 追いついてきた隊員も加えて、四人の銃士隊員に包囲されてはどうしようもなかった。反撃する間も無く、あっというまに四方から切り裂かれて消滅する。しかし、この入り組んだ街中でどうして完璧に先回りができたのか? それは彼女たちの頭上に答えがあった。

「お見事でした。さすが高名な銃士隊の皆さんです。思わず見とれてしまいました!」

「そちらこそ、うまい誘導だったぞ。タイミングが絶妙だった。よく見ていたな」

 十メイルほどでホバリングするドラゴンに乗った、やや少年のおもむきを残す金髪の若い竜騎士と一人の銃士隊員が笑みを交し合った。街中で下手に強力な魔法やドラゴンのブレスを使うわけにはいかない以上、戦闘の主役は銃士隊がならざるを得なかった。ただし、飛行可能な幻獣が偵察に非常に有効なのは誰でも思いつくことだ。彼らが見つけて彼女たちが叩く、その連携でもはやウルフファイヤーはほとんど敵ではなくなっていた。

「さあ次だ。朝になる前にさっさと殲滅してしまうぞ!」

「はい! それじゃあの……この戦いが終わったら、いっしょにお茶していただく約束……」

「心配するな! 忘れちゃいないさ。ほら気合入れなよ、男なら言葉より仕事っぷりで口説いてみな」

 軽口を叩く余裕もすでにある。はて、この若い少年騎士は彼女の眼鏡にかなうことができるのだろうか? 勇名を上げていく銃士隊は門地を重んじる貴族たちの間でも人気を上げつつあるが、当然生半可な男は身の程を思い知らされるのが常だった。

 

 だが、勝利へと近づいている余裕の影で、彼ら全員の注意が地上に集中してしまっていた。本来竜騎士隊が警戒しなくてはいけない上空はおざなりにされ、港の異変に気づいている者は一切いない。

 それは当然サイトたち三人についても同様だった。ウルフファイヤーの撃退に夢中になって、陽動の可能性を忘れかけている。いかに彼らといえども全能ではなく、千里眼を持っているわけでもない。発見できる敵をほぼ撃破し、いったん宿に帰ると、アニエスが伝令になにやらを伝えて送り出しているところだった。

「ミシェル、戻ったか。お前たちのほうはどうだった?」

「はっ、西の住宅街に出現した敵は発見したものはすべて撃破しました。現在グリフォン隊の半個小隊が予備警戒に当たっていますが、完全に殲滅したものと考えて間違いは無いかと」

「そうかご苦労、小休止して待機しておけ」

 二人ともこの時点では上官と部下以外の何者でもなかった。変わり身の早さ……いいや、必要なときにはこうして公私をきちんと使い分けられるのが大人というものなのだろう。ルイズは母の厳格な態度が、こうした職務の中で磨き上げられていったのだろうと、うっすらと感じていた。

 耳を澄ますと、最初はどの方向からも聞こえていた狼の遠吠えがほとんど消えていた。恐らくはほかの部隊も戦いをほぼ終えているのだろう。急増トリオの自分たちでさえほとんど無傷なのだから、銃士隊の皆もきっとみんな無事でいるはずだ。

 宿のロビーは仮本部となっていて、才人、ルイズ、ミシェルは眠気覚ましにもらった濃い茶のコップをそれぞれ手にしていた。

「サイト、これでもう終わりなのかしら? なにか、あんまりにもあっけなさすぎる気がするんだけど」

「そーいわれてもな、あんな趣味の悪いヒゲ男の考えなんておれにわかるわけねーだろ。おれはもうこれで終わってほしいよ」

 休息をとって冷静さを取り戻したルイズと違って、昨日のことで疲れている才人の答えは投げやりだった。それでカチンときたルイズは、ブーツの上から思いっきり才人の足を踏みつけた。

「いでーっ! なっ、なにすんだよルイズ!」

「あんたはやる気を出すタイミングを間違ってるのよ。お母さまだったら、朝が来るまで絶対安心しないわよ」

 才人は「くっ」と思ったが、ルイズのほうが正論なので文句もいえない。ミシェルに助け舟を求めても、ルイズがもっともだと逆に叱られてしまった。昨日と違って仕事モードのミシェルは甘くない、才人は観念してコップの茶を飲み干すと、頬を張って大きな音を立てた。

「目が覚めたか、本当にお前は気合が入っているときとないときの差が大きいな。もっと鍛えたほうがいいぞ」

「ほんのちょっと前までそこらの平民Aだった人間に無茶言わないでくださいよ……あ、アニエスねえさ、いやアニエスさん」

「うむ、疲れているところすまんな。だが、各部隊から入った報告によると、もううろついている奴は見当たらないそうだ。人家が襲われた形跡もないし、夫妻の宿も無事だ。どうやら、敵も在庫切れらしいな」

 すると、街にはほとんど被害なしでウルフファイヤーは全滅させられたようだ。続いて増援が送られてくる気配も無いし、今夜の騒動はこれで終わりなのだろうか? ルイズの言うとおりに、どうもあっさりとしすぎている気もするが、もしかして王族夫妻を狙うつもりが、警戒厳重すぎて断念したとか? ワルドは逃げ上手だからその可能性もありえる。だとしたら、いいかげんゆっくり寝られるか……才人は再び睡魔に身を任せようとした、そのときだった。

 

「だまされるな、敵はまだなにもあきらめていない」

 

 突然ロビーに男性の声が響いた。

「誰だ!」

 瞬時にアニエスら銃士隊は剣に手をかけて臨戦態勢をとり、才人とルイズも背を向け合って剣と杖を構える。

 しかしロビーには彼女たち以外の気配は感じられず、アニエスは先手をとって叫んだ。

「何者だ! 姿を現せ」

「すまないが、こちらにも事情があってね。今君たちの前に姿を現すわけにはいかないんだ。そんなことよりも、敵は今すぐにでも行動を起こすつもりだぞ」

「敵だと!? くそっ! もっとわかるように言え」

 アニエスの感覚をもってしても、相手がどこからしゃべっているのかはわからなかった。しかし、敵にしろ味方にしろ、言っていることの意味がわからなくては文字通り話にならない。

「この街に出現した怪物はすべて囮だ。敵が狙っているのは、この街の人間すべてだ。恐るべきやつらだ、空を見てみろ、答えはそこにある」

「待て! お前は何者だ。どうして正体を明かさない!」

「俺は単なる風来坊さ。訳あって、まだ君たちに姿を明かすことはできない。だがいずれどこかで、出会うときも来るだろう」

「待て!」

 それ以上は、呼べど叫べど返事はなかった。銃士隊のほとんどは呆然としており、才人とルイズもどうしたらいいのかと混乱して動けない。なにせ急に姿も見せずに話しかけてきて、ほぼ一方的に用件だけ告げて消えたのだ、怪しさは百二十パーセントであり、当然誰もまともに信じようとはしていない。

 ところがそのとき、才人とルイズの魂の中にいるもう一人の声が二人の心に話しかけてきた。

〔才人くん、ルイズくん、すぐに外を見るんだ〕

〔北斗さん! いやでも、あれも敵の策略だったら〕

〔それはない。説明している時間はない! とにかく言うとおりにするんだ!〕

〔っ? はい!〕

 わけがわからなかったが、北斗星司・ウルトラマンAの言葉に偽りがあるわけがない。

「サイト、外よ!」

「ああ!」

 はじかれるように二人は宿の外に飛び出した。その後ろからアニエスの「待て」という声が追いかけてくるが、二人はかまわずドアの蝶番に悲鳴を上げさせて、街路から夜空を見上げる。目に飛び込んできたのは、何頭かのドラゴンやグリフォンの飛ぶ姿。そして、その上空に星々を背にして無音で飛ぶ一隻の空中船の不気味な船影。

「アニエスさん、あれを見てください!」

「なに? 馬鹿な、現在この街の上空は飛行禁止命令が出ているはず……そうかしまった! あれが敵の本命か」

「まずいな。あと数分もせずに街の中心部に到達するぞ。空中の魔法騎士は全部低空に降りている。もしあれに爆薬でも満載されていたら!」

 ミシェルの推測は当たりではないが、ほぼ核心をついていた。敵のこれみよがしな攻撃は、陽動だと思っていたが、まさかこんな方法で狙ってくるとは計算外だった。しかし今からでは魔法衛士隊に連絡を取っていては遅すぎる。それにほとんどの住民が就寝しているこの時間では避難させることもできない。

「くそっ! こっちの対策の裏をかかれた。どうする! どうすればいい」

 地上の敵ならメイジだろうが亜人だろうがなんとかする自信はあるが、相手が空の上ではどうしようもない。

 なにか方法はないか? アニエスは考え付く可能性を高速で検証した。竜騎士を呼ぶ時間はなく、港まで走るのは論外、あそこまで届く武器はない。せめてあと五分猶予があれば対策も打てたものを……自らの視野の狭さを悔いたが時間を逆行させることはできない。

 空中を悠然と飛ぶ船が街の中央部にまで到達するまでには、せいぜいあと一分。

 才人とルイズも顔を見合わせる。だめだ、変身しようにもここにはアニエスたちがいる。それにあの船に積まれているのが仮に爆薬か毒薬の類だったとしたら、うかつにメタリウム光線で打ち落とすわけにもいかない。

 そのときだった。ルイズは突然胸を突く衝動にさらされて、肌身離さず持ち続けている始祖の祈祷書を取り出した。見ると手の中の水のルビーも淡く輝き始めている。その衝動に突き動かされるまま、ページをめくっていくと、あるページが白紙から光るルーン文字の浮き出た一節に変わっていた。

「この呪文は……始祖ブリミル、わかったわ!」

 祈祷書とルビーがその呪文の効力を教えてくれる。ルイズは杖を取り出し、迷わずに呪文を詠唱し始めた。

「ルイズ!? その呪文は」

 才人やアニエスたちが怪訝な表情をしているが、説明している時間もない。今このピンチを切り抜けるには、この魔法の効力を発動させるしかないのだ。

 はじめて唱えるはずなのに、まるで喉の奥から呼吸するように自然に呪文が湧き出してくる。そして呪文が完成したとき、ルイズは空を見上げて大きく叫んだ。

「いくわよ。わたしたちをあの船まで運んで、虚無の魔法……『瞬間移動(テレポート)』!」

 刹那、ルイズたち四人の姿は宿の前から掻き消えていた。

 

 そのころ、ワルドは貨物船の船倉で今まさに作戦の最終段階にかかろうとしていた。

「さて、あとはこの導火線に着火すれば、十数秒後にはこの船は木っ端微塵。人間を怪物化させる薬が、ラ・ロシェールの町全体に降り注ぐことになる」

 その前に、あらかじめ渡されていた風石の仕込まれた指輪で自分は船から脱出すればいい。元はエルフの作ったものだというアイテムは、瞬時に安全なところにまで運んでくれるはずだ。

 ほくそ笑みながら、ワルドは導火線に『着火』の魔法で火をつけようとした。だが、そのときだった。

「わーっ!?」

 突然、何の前触れも無く船倉内に才人、ルイズ、アニエス、ミシェルの四人が出現してきたのだ。

「お、お前たち!」

「ワ、ワルド!」

 どちら側も出会い頭のことでまともに反応することができずに固まった。それはそうだ、こんな事態は想定できているほうが常識的にどうかしている。だが、中でも一番早く事態の原因を悟った才人が、その張本人に向かって言った。

「ルイズ、お前の魔法か!?」

「ええ、虚無の魔法『瞬間移動』、時間を要さずに任意の場所に転移できる呪文よ……」

 精神力を浪費した後遺症からか、疲れた様子でルイズは答えた。また、アニエスらもその言葉である程度現状を理解し、ワルドも驚愕したように叫んだ。

「き、虚無の魔法だと?」

「ええ、ただ今のわたしの力じゃそう遠くまでは跳べないし、さすがにこの人数を同時に跳ばすのはきつかったわ。というわけで、あなたたち後はよろしくね」

 ため息をついて、ルイズは役目を果たした祈祷書を懐にしまいこんだ。そして、今度こそ完全に状況を飲み込んだ才人たちは、遠慮なく剣を鞘から引き抜いた。

「さすが伝説は伊達じゃねえな。ようし、後はまかせてゆっくり休んでろ」

「虚無、伝説、よくわからんがすごい魔法が発動したのだけは確かなようだな。後でいろいろ聞きたいが、とりあえず今はやるべきことがある」

「ええ、ワルド……今日こそ決着をつけてやる!」

 才人、アニエス、ミシェルの三人の剣が船倉の薄暗い明かりのなかで鈍い銀色の輝きを放つ。

 三重の殺気を食らわされて、ワルドもようやく正気に返った。

「おのれ、まさかもうそこまで虚無を自在に操れるようになっていたとは。仕方ない、一足先にここを貴様らの墓場にしてくれるわ!」

 逃げられないことを悟って開き直ったワルドが叫ぶ。腐ってもスクウェアクラスのメイジ、その自信は根拠が無いわけではない。先んじて呪文の詠唱を始めた。

「ユビキタス・デル……」

「させるか!」

 偏在の呪文を唱えようとしたワルドに高速でアニエスが突進した。自らの分身を作り出す風のスクウェアスペル『偏在』は、成功させれば一気に戦力が数倍に跳ね上がる。なんとしても使わせるわけにはいかない。アニエスの剣はとっさに身をかわしたワルドの前に空を切ったが、連続攻撃で詠唱を続ける呼吸を許さない。

「ちっ、こざかしい真似を!」

「我ら銃士隊がメイジ殺しと呼ばれている訳を忘れるな。『偏在』は上級スペルらしく詠唱が長めだから、完成する前に切り込めばつぶせる」

「それに、私たちは一人じゃあない!」

 横合いから突っ込んだミシェルの攻撃が、ワルドの衣のすそを切り裂いて布の切れ端を舞わせる。ワルドの見切りがコンマ一秒でも遅れていたらわき腹を切り裂かれていただろう。冷や汗を流しつつ、ワルドは自分に向けられている強烈な執念を感じた。

「き、貴様ら、二対一とは卑怯だぞ」

「どの口がそんなことを言うんだ。人にものを言う前に我が身を振り返れ!」

 偏在は自分自身だから百歩譲って正々堂々といえる。しかし、積み重ねてきた悪行を棚に上げていっぱしの騎士を気取るのは許せない。返す言葉を失ったワルドは、偏在を使うのをあきらめて通常攻撃に切り替えた。

「この、平民の騎士ごっこが!」

 怒りとともに詠唱を邪魔することもできないくらい短い『エア・ハンマー』の魔法が唱えられる。空気の弾丸の目標はミシェルだ。剣だけでなく、魔法を使えるミシェルを先に狙うのはワルドの中に残った戦士の本能と呼べるものだった。しかし、それを見越していた才人が空気の弾丸の前に立ちふさがって、デルフリンガーで魔法を吸収してしまった。

「無駄だ。下手な魔法はこいつにゃ通用しねえぜ」

「うひょー相棒! 俺の真の使い道を覚えててくれてありがとよ。なに、今日はラッキーデイってやつか」

「き、貴様ガンダールヴ!」

「あいにく今はちげえよ。だが、言ったろ。おれたちは一人じゃねえってな」

 才人の身には大いなる自信が宿っていた。確かに一対一では誰もワルドには勝てないが、弱い力も束ねれば悪に対抗することができる。アニエスは二人の戦友に、決着をつけるときが来たと告げた。

「やるぞ、ミシェル、サイト」

 うなづいた二人はアニエスの前に立って身構えた。見守っていたルイズは、この構えは、と、記憶の片隅を掘り返す。ワルドはただならぬ気配を悟って、背筋に冷たいものを覚えた。

 バカな、この俺がこんな女子供を恐れているというのか!

 理性では否定するが、本能が激しく危険を警告してくる。ワルドは知らないのだ、この構えはアニエス、ミシェル、才人の三人が命をかけて完成させた奥義であり、かつてトリスタニアを覆ったツルク星人の恐怖を払った、三人の絆のはじまりともなった必殺技。

「うぉぉーっ!」

 才人を先頭に、三人の突進がはじまった。なんとか迎え撃とうとするワルドは必死で対抗手段を模索する。通常の魔法ではデルフリンガーに吸収される。手持ちの魔法、それもすぐに使えるものでなんとかなるものはないか? まばたきする間ほどに考えたワルドは杖に魔力を込めて鋭い剣に変えた。

『ブレイド』

 魔力を放出せずに杖に込めるこれならば、あの剣に吸収されて無効化されることはない。それに相手は素人に毛が生えた程度のアマチュアだ。

 渾身の力を込めてデルフリンガーを振り下ろしてくる才人の斬撃を、ワルドは手馴れた動作ではじき返した。しかし、才人の後ろからすぐさまミシェルの第二撃が襲ってくる。避けられない! ワルドはこれもはじこうと試みたが、デルフリンガーとの激突でわずかなりとて魔力を吸われて切れ味が鈍っていた『ブレイド』ではミシェルの剣を受け止めきれない。

「なぁっ!?」

 杖がワルドの手から弾き飛ばされて宙を舞う。そして、完全に無防備になったワルドの心臓へと、アニエスの剣が一直線に吸い込まれていった。

「ぐぁぁぁーっ!」

 絶叫と共に、串刺しにされたワルドの体がアニエスの突進の勢いのままに背後のロケットに叩きつけられる。ワルドの体を貫通した鉄剣はロケットの外装をも打ち抜いて、磔にするとようやく止まった。アニエスは、深くロケットに食い込んだ剣を手放して、後ろによろめくとミシェルに受け止められた。

「姉さん」

「大丈夫だ。それよりも、二人とも見事な先導だったぞ」

 今の一撃は、まぎれもなく全身全霊の一撃だったのだろう。その緊張感が解けたことによる、一時的な疲労感だ。しかしこれで、長きに渡ったワルドとの因縁も、終わるときが来た。

「ば、かな……この俺が、こんな連中に」

 吐血し、苦しげなつぶやきがワルドの口から漏れた。アニエスは、ふっと息を吐くと死に体のワルドに向かって吐き捨てる。

「三段戦法……今の攻撃は文字通り、我ら三人の三位一体の切り札だ。いくら強くても、貴様のように誰も信じずに利用することしか思いつかない男には、決して破れはしない」

「知ったふうなことを……ぐっ、ぐぁぁっ!」

 そのとき、苦しんでいたワルドの体が強烈なスパークに包まれ始めた。とっさに飛びのいたアニエスたちは、前回戦った忌まわしい記憶を蘇らせた。

「これは、あのときの!」

 ワルドの肉体と同化したエボリュウ細胞が暴走を始めていた。たちまちのうちに、ワルドの姿が人間の形を失って、異形進化怪獣エボリュウへと変わっていく。しかもそれだけではない。ロケットに開いた亀裂から緑色の光が漏れ出して、ワルドの体に吸い込まれていっている。

「ワルド! まずい、脱出するぞ」

 過剰なエボリュウ細胞の流入で、ワルドの肉体には想定不能な変貌が現れていた。エボリュウは肉体変化を起こしながら巨大化していき、コントロールを失った空中船は墜落していく。アニエスは船からの脱出を試みようとしたが、船倉は崩れ、大量の瓦礫が降り注いできた。

 つぶされる! アニエスとミシェルは思わず目を瞑った。しかし死を目前にした二人を包み込むように、まばゆい光が闇を押し上げて現れる。

「ウルトラ・タッチ!」

 闇夜に生まれる太陽がひとつ、冥府の門を砕いて飛び上がる。アニエスとミシェルはその暖かな輝きの中で守られていると感じた。こんなにまばゆく力強いのに、少しも熱くもまぶしくもないのはなぜだろう? いや、この光の暖かさは覚えがある。アニエスの心に遠い日に父に抱かれていた子供の日が蘇り、ミシェルはあの雨の日に冷え切った体に人としてのぬくもりを取り戻させてくれた、思い人の優しさに満ちた体温を思い出した。

「サイト……お前、なのか……?」

 根拠などいらない。ただ心に感じたままをミシェルは口にした。そして、目を開いたとき、そこには夜空を背に浮かび、手のひらに優しく自分たちを乗せた銀の巨人の姿があったのだ。

「ウルトラマンA……」

 ラ・ロシェールの郊外に降り立ったエースは、地面に二人を降ろした。

 そのとき、空中船も街からやや離れた無人の荒野に墜落した。満載されていた爆薬に引火し、紅蓮の炎が高く天を突いて伸び上がる。その地獄の門のような火焔から現れたのは、エボリュウよりもさらに巨大かつ凶悪に変貌した、超異形進化怪獣のおぞましい姿であった。

「ワルド……とうとう、そこまで」

 アニエスは憐憫さえ混じった声でつぶやいた。エボリュウ細胞の取り込みすぎで、もはや完全に理性を失った怪獣となってしまったワルドは、雄たけびを上げながら街に向かってくる。憎悪に燃えているように見える様は、人間だったころに持っていた復讐心のなごりか。

 だが、罪無き人々を犠牲にするわけにはいかない。

「ヘヤァッ!」

 ウルトラマンAは、街の前に守護神のように立ち、最悪の超異形進化怪獣ゾンボーグと成り果ててしまったワルドを迎え撃った。

 

 

 続く


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