ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第50話  退場者と入場者

 第50話

 退場者と入場者

 

 宇宙魔人 チャリジャ 登場

 

 

 晴天の夜空に満天の星々が輝き、青い半月が地上を柔らかく照らし出している。

 耳をすませば、どこからか虫の鳴く声が細く聞こえてきて、夜が決して無音の死の時間ではないということを教えてくれる。

「この空の果てで、悪魔が蘇ってるなんてとても信じられねえよな」

 才人はぽつりと、宿屋の窓から空を見上げてつぶやいた。

 アーハンブラ城からティファニアを助け出し、ビダーシャルと別れてから二日ほど。彼らはへき地の小さな宿場町で宿を借りていた。

 振り向いて部屋の中を見ると、ルイズが薄汚れた毛布をかぶってすやすやと眠っているのが目に映る。両隣の部屋では、エレオノールとルクシャナ、ロングビルとティファニアがそれぞれ同じように寝息を立てているだろう。

 思い返せば、この旅が始まったときには、エレオノールが仮にも貴族のわたしがこんなダニやノミの巣みたいな汚いところで眠れないわと、さんざん文句を言っていて、なだめるのに苦労した。だが、わからなくもない。ルイズもあちこち泊まり歩き始めたころは似たようなものだったし、自分だってハルケギニアに来るまでは、よそに泊まるといえば修学旅行の旅館くらいしか経験がなかった。

 自分で言うのもなんだが、適応力は人よりかなりあるほうだと思っている。ルイズの使い魔になってすぐのとき、寝床がないからといってあてがわれたわら束に、数日で愛着まで持てるようになったのは我ながらすごいと思う。誰にも自慢できることではないけれど……

 とはいえ、もう旅慣れてしまった自分たちに比べたらエレオノールもよくがんばったほうだろう。ごねはしたけれど、連日の疲れが数日で抵抗の意思すら削ぐ中で、それでも帰らずに最後は野宿までできるようになった。

 そして、最後はそれぞれの力を合わせてティファニアを救い出し、ジョゼフの用意した刺客も倒すことができた。

 

 これが子供向けのおとぎ話か何かであれば、めでたしめでたしとなっているころだろう。

 きっと、今ごろはつらかったけどいい思い出になったなと、夢に見て楽しむことができたかもしれない。

 しかし、そうはならずに、才人たちの心境は旅立つ前よりも、はるかに危機感に満ちていた。

 

「ヤプールが、とうとう復活しやがった。しかも、おれたちが手を出しようのないエルフの土地で」

 美しい星空を見ているというのに、才人は奥歯をぎりりと噛み締めた。

 

 二日前、エルフの竜騎兵が命がけで伝えてくれた知らせは、ティファニアの救出成功に沸いていた才人たちに冷水を浴びせた。

 異次元人ヤプールの復活。その攻撃を受けて、エルフの本国艦隊の一個艦隊が壊滅。水軍も大損害を受けて、大敗したという。

 青天の霹靂というには凶事に過ぎる知らせに、ビダーシャルやルクシャナが驚愕したのはいうまでもない。

 一方で、才人たちにとっては恐れていたことがついにやってきたという感じで、ショックは受けたが驚きはさほどではなかった。

 しかし、ヤプールの復活自体は、ほぼ確定事項だったが、その場所が才人たちの予想を超えており、さらに大きな問題があった。

 占領されたのは、サハラの洋上の群島『竜の巣』。ほとんどのエルフにとって、そこは地図上の地名のひとつに過ぎない忘れられた土地だった。だが、エルフの最高意思決定機関『評議会』の議長から命を受けてきた竜騎兵は、その土地のことを『シャイターンの門』と呼んで、ビダーシャルのみならずルクシャナをも驚かせた。

「叔父さま、シャイターンの門って! まさか」

「そのまさかだ。なんということだ……これは、大変なことになったぞ」

 二人のエルフは深刻な様相を見せ、それをルイズやエレオノールは見逃さなかった。

「あなたたち、今『シャイターンの門』って言ったわね。そこって、わたしたちがいう『聖地』でしょ。そこにヤプールが現れたっていうの!」

「ぬっ。それは、お前たちには知る必要がないことだ」

「関係おおありよ。ヤプールは私たちの世界の侵略を企んでるのよ。いずれ、間違いなくやつはハルケギニアも攻撃してくるわ」

「ルイズの言うとおりね。それにしても、まさか先にエルフの国に現れるとは思ってもみなかったわ。それに、これまで、『聖地』がエルフの国のどこにあるのかは謎だったけど、まさか海の上だったとは盲点だったわね」

 してやったりと睨むエレオノールに、ビダーシャルは苦虫をかんだような不快感を覚えたが、顔には出さなかった。

 だが、ルイズやエレオノールは無言で逃げるのは許さないとばかりに睨んでくる。彼は、蛮人にこのことを明かすのは本来大罪であるのだが、もうほぼ推測されているだろうとして、あきらめることにした。

「……仕方がないな。確かに、お前たちのいう『聖地』、われらにとっての『シャイターンの門』は海上にある。ただし、このことは我らのなかでも最重要機密事項に指定されているので、一般の者には『竜の巣』とだけ教えてある。しかし……わざわざタブーを犯してまでその名を伝言させるとは、テュリューク統領も相当あせっているらしいな」

 ただシャイターンの門に異変があったと伝えるなら、竜の巣の正体を知っているビダーシャルならば「竜の巣で異変が起きた」だけですむはずだ。それを秘密が漏洩することを承知で伝言に入れるとは、危機の重大さを強調したかったからか。それとも、なにか別にもくろみがあったのか……ビダーシャルは、旧知の仲であるエルフの最高指導者の人を食った顔を思い浮かべた。

 

 使者のエルフは、ビダーシャルに伝言を語り終えると、そこで気力が尽きたのか沈むように気を失ってしまっている。

 彼は、ヤプールの呼び出した二大怪獣によって壊滅した第一艦隊の生き残りだという。ときおりうわ言を言いつつうなされているのは、あの戦いのことを夢に見ているからなのか。しかし、生きて帰れただけ、彼は相当に幸運だったといえるだろう。

 もっとも、彼と彼の愛竜ともに奇跡的に無傷で生還したおかげで、テュリューク統領の執務室に呼ばれたのは不運であったかもしれない。そして、労をねぎらうのもそこそこに、老エルフは彼に彼を呼んだ理由を説明した。

「よく来てくれたのう。さっそくじゃが、評議会の連中が大慌てで、わしもすぐに行かねばならんので手短に話そうかい。君は先日の、『竜の巣』での会戦の生存者じゃのう? おおまかなことは報告書を読んだが、どうじゃった? 実際に体験してみた敵の感想は」

「はっ、我らの力がまったく通じず。悪夢としか、いいようがないものでした……」

「そうか、ヤプール……と、そやつは名乗ったそうじゃな。わしも調べてみたが、そやつはここ最近、蛮人世界を荒らしている正体不明の侵略者だという。それがついにサハラにも手を伸ばしてきたということのようじゃ。それにしても、我らの力も通じず、精霊すら陥れるとは恐ろしい……だが、ほとんどの者は知らぬが、ヤプールはただ『竜の巣』を占領しただけではなく、もっと恐ろしいことをもくろんでいるのに違いない」

「もっと、恐ろしいことですか?」

「うむ、君を呼んだのはそのことで特別な任務を与えたいためじゃ。ただし、これからわしが語る秘密を他言しないと誓約し、なおかつ大変な危険もともなう。そのため君に拒否権を与える。これはわしの個人的な要望じゃ。拒否しても、君の軍歴に支障は残らんし、逆に成功しても功績にはならん。どちらかといえば命令というよりは頼みじゃ、どうかな?」

「いえ! 統領ご自身のたっての頼みがくだらないことのはずはありません。私もサハラを守る戦士の一員、喜んで誓約し、任務を請け負わせていただきます」

 そうして、テュリュークは彼にエルフの秘密を教えた。すなわち、『竜の巣』にこそ『シャイターンの門』はあり、敵がそこを占領したのはそれを狙っているからとして間違いないこと。そのために、蛮人世界に調査におもむいているビダーシャルを、すぐに連れ戻してほしいということを。

 

「了解いたしました。しかし、なぜわたくしのようなものにそんな任務を? 呼び戻すだけならば、ガーゴイルによる通信でもなんでもあるではないですか」

「いいや、敵の力をじかに体験した君の話だからこそ信憑性があるのじゃよ。それに、シャイターンの門を襲った敵は、我々が懸念していたシャイターンの末裔ではない、まったく別の敵じゃ。我々は正直、この敵に関してなにも知らんが、蛮人世界を見て回った彼ならば、なにかを掴んでいるかもしれぬ。間接的な方法では、間に合わないかもしれないんじゃ」

 

 そうして、彼は危険を承知で砂漠を横断する道を選んだ。しかし、統領直々の極秘任務ということではやりたち、若さと竜の力にまかせての強硬な横断は無謀にすぎた。砂漠を越えられただけでも奇跡、さらに力尽きたところにビダーシャルがいたとは、奇跡を超えて超越的な意思の存在を信じたくなったとしても無理はない。

「まったく無茶をする。しかし、おかげでサハラの危機をいち早く知ることができた。礼をいうぞ」

 ビダーシャルは、木の根元で濡れタオルで頭を冷やしながら眠っている彼に、ねぎらいの言葉をかけた。

 竜のほうは、砂漠の熱気から解放されるとたくましく息を吹き返した。これから、ビダーシャルは彼とともにこの竜に乗り、船のある場所へと急ぐことになる。しかし、その前にルイズやエレオノールは、ビダーシャルからシャイターンの門について可能な限り聞き出そうとした。

 だが当然のことながら、シャイターンの門に関してはいくら直接手を下すのを諦めたとはいえ、人間に教えることを彼は拒否した。

「まだ、お前たちを完全に信用しきったわけではない。この中の一人からでも、シャイターンの門の秘密が漏れたならば、それ幸いにサハラへの侵攻をもくろむ人間が出てこないとも限らんからな」

「う……」

 それを言われるとぐぅのねも出なかった。どんな世界にも馬鹿者はいるものだ。世界が危機にあることもわきまえず、己の独善でエルフに戦端を開こうとする愚か者にそんなことが知れ渡れば、せっかくかかりだした二つの種族の架け橋が崩されてしまうことは間違いない。かといって、ルイズたちは、ほぼ一方的にビダーシャルから情報を得ようとしていたわけだから、強く言う材料を持ち合わせていなかった。

 けれど、ヤプールがそのシャイターンの門に、なんらかの理由を持って現れたのならば、どうしてもある程度のことは知っておきたい。しかし彼を説得する方法が見つからないまま、立ち去ろうとする彼を見送りかけていたとき、才人が彼を呼び止めた。

「ちょっと待てよ。じゃあ交換条件ならどうだ? あんた、ヤプールのことを知りたいんだろう。教えてやるから、代わりにルイズたちにシャイターンの門とかいうやつのことを教えてくれよ」

「なに!? なぜ、お前がそんなことを知っているのだ?」

 ビダーシャルは、竜に乗ろうとしていた手を下ろして振り返った。彼としては、サハラを襲った敵の情報は本国に帰る上でぜひともほしいものであったから当然だ。しかし、ヤプールに関してはビダーシャル自身も滞在中に調べはしたものの、超獣と呼ばれる巨大生物をどこからともなく送り込んでくること以外、ほとんどなにもわからなかった。それを、教えてやると言われて、関心を持たないわけはない。

 才人は、ビダーシャルが食いついたことにほっとすると、彼の質問に答えた。

「おれはルイズの召喚魔法で異世界から来たんだ。ヤプールってやつは、元々はおれたちの世界で暴れていた侵略者なのさ」

 そう言うと、才人は信用を得るためにビダーシャルにGUYSメモリーディスプレイを手渡した。その精巧なメカニックに、ビダーシャルは息を呑んで見入り、ルクシャナやエレオノールが関心を持って触りたがるが、後でと言って抑えた。

 ただ、ルイズは才人の耳元で「秘密をそんな簡単にばらしちゃっていいの?」と、ささやいてくる。しかし才人は「もう、なりふりを構っているようなときじゃないだろ」と、リスクを負うことは覚悟だと返した。秘密を聞き出すためには、こちらもある程度の見返りは必要だ。

 ビダーシャルは才人にメモリーディスプレイを返すと、数秒悩んだ後に言った。

「わかった。ただし、話すのはお前が先だ。それで、信憑性を量る」

「疑り深い人だな。まあいいや、かいつまんで話すと……」

 才人は、かっこうをつけて咳払いをすると、自分の知っているヤプールについてのすべてを語った。

 異次元人ヤプール、その正体は、生物の邪悪な心の集合体である。やつは、優れた技術で怪獣と他の生物を合成して、生物兵器である超獣を作り出して、地球を攻撃してきた。

 人間側もこれを迎え撃ち、エースをはじめとするウルトラ兄弟の力も借りて、ついにヤプールを撃破することに成功する。

 しかし、ヤプールはマイナスエネルギーの集合体という性質上、完全に滅ぼすことはできなかった。

 パワーアップして何度も復活を続けるヤプールと、地球人やウルトラ一族との戦いは延々と続いた。

 その長さは、ウルトラマンAからメビウスの時代にいたるまでの、実に三十年以上にも及ぶ。

 むろん、常に現れ続けたわけではなく、なりを潜めていた期間はある。しかし、人間の知らないところでもヤプールの暗躍は続いていた。タロウに倒されてから力を溜め続けたヤプールは、二十年ほど前に究極超獣Uキラーザウルスとして復活を果たし、以来ウルトラ四兄弟の手で封印されてきたから、実質ヤプールは二十年近く生き続けていたことになる。

 その間にも、ひたすら人間とウルトラ兄弟への恨みを積み重ねてきたヤプールの怨念の深さは計り知れない。

「少し待て、それではヤプールが恨みを抱いているのはお前たちの世界ではないか。なぜ我々が狙われねばならない?」

「ヤプールは悪のエネルギーの集合体だって言っただろ。奴にとっては、自分以外のすべての生命体が侵略の対象に過ぎないのさ」

 才人はビダーシャルに、侵略そのものを目的としているという、生き物の常識を真逆にしたような存在こそがヤプールだと説明した。サイモン星人など、地球以外にもヤプールに滅ぼされた惑星が存在することはTACの時代から確認されている。

 奴らは自らを、暗黒より生まれすべてを闇に返すものと名乗る。命あるものを光とするならば、ヤプールは闇の存在、すなわち反生命と呼んでも過言ではないのだ。

 だからこそ、ヤプールを捨てておくことは全宇宙の破滅をも意味する。そのため、蘇るたびにウルトラマンたちは全力でヤプールを倒してきた。それでもヤプールはあきらめずに蘇り、今度は別世界からの侵略をもくろんだのだ。

 それらのことをメモリーディスプレイも使いながら説明し終えると、彼はようやく納得したようにうなずいてくれた。

「にわかには信じがたい話だが、言っていることには筋が通っている。その話が本当だとすると、我々は、恐ろしい相手に目を付けられてしまったようだな。このことは、すぐにでも本国に報告する必要がありそうだ。もし、逆上して総攻撃でもかけたならば大変なことになってしまう」

 才人はほっとした。この世界の人間からしたならば、信憑性どころか正気を疑われても仕方ない話だったが、ビダーシャルは信用してくれた。やはり、話の前に直接ウルトラマンAの戦いを見ていたのが大きいだろう。論より証拠、百聞は一見にしかずというのは、世界を問わずに通用する真理らしい。

 それからビダーシャルは、ルクシャナから一冊のノートを受け取った。それは、アカデミーに回収されたメカギラスやホタルンガなどの怪獣・超獣の調査結果を彼女がまとめたもので、これも評議会を説得する重要な材料になるだろう。ただ、一部の阿呆どもはそうもいかないかもしれないが、犠牲を少しでも減らせるにこしたことはない。

「がんばって説得してくれよ。ヤプールはいずれ、エルフや人間どころか世界中のあらゆる生き物を滅ぼす気だぜ。じゃあ、今度はあんたが約束を守る番だ」

「ああ、約束は守ろう。しかし、蛮人にこれを教えたことが知れれば、私も立派な民族反逆者だな」

 どことなく達観した様子ながら、ビダーシャルは約束を守ってくれた。ただし、どこに耳があるのかはわからないので、ティファニアやロングビルには明かさずに、ルイズと才人とエレオノールに限定され、メモをとることも禁じられた。もっとも、才人やルイズが聞いても大方はちんぷんかんぷんなので、詳しいことはエレオノールが後でまとめて教えてくれることになった。

 けれど、漠然とだがヤプールがシャイターンの門を狙った理由かもしれない情報を得ることができた。

 

”大厄災のあらゆる惨劇はシャイターンの門の向こう側からやってきたという。悪魔どもは、その門からありとあらゆる害悪を呼び出して世界を汚し、最後は自らも滅んだと、我々のなかでもごく一部のものには言い伝えられてきた。現在でも、シャイターンの門の周辺では用途不明な道具が発見されることが多々ある。それらは、現在でもわずかながら活動を続けているシャイターンの門から吐き出されたものらしい”

  

 災厄を呼び出す門。それだけでもヤプールが狙う理由は十分に思えるが、自らが作り出す超獣に絶対の自信を持っているヤプールから考えると、それだけでは納得できない。門というからには、どこかにつながっているのだろうが、そのどこかとはどこか? 虚無の担い手の召喚術は、次元をも超えて人間を呼び寄せる効果を持っている。となると、その門にはそれ以上の効果があると推測するべきだろう。

 『異次元人』が、『門』を手に入れる。単語のつながりだけでも、悪寒がひしひしとする。

 そのほかの情報は、トリステインに帰ったあとでエレオノールがまとめるのを待たねばならないが、少なくともいい予感はしない。

 話を終えると、ビダーシャルは竜で急いで帰還していった。

 

 あれから二日。彼はもうサハラに到着しただろうか? エルフたちが無茶な行動に出ないように抑えてくれているだろうか。

「まったく。ろくでもない遺産を残すと子孫が苦労するんだぜ」

 才人は、自分がこの星の人間でもないくせに、天国のブリミルにむかって悪態をついた。

 よい親は子供の成長のために良い田畑を残さないというが、いらない遺産を子孫に押し付ける先祖はなんだろうか。

 地球でも、東西冷戦時代に作られた星の数ほどの原水爆が、平和の障害として残っている。まともな使い道など皆無で、解体するにも莫大な労力と費用が必要な、最悪のゴミを押し付けられた子孫はいい迷惑である。

 そのとき、いつのまに起きたのかルイズが後ろから話しかけてきた。

「ずいぶんと始祖ブリミルに言いたい放題言ってくれるわね。異端審問にかけるわよ」

「ルイズ、起きてたのか?」

「あんたが深刻な声でぶつぶつ言ってるから目が覚めてね。まあ気持ちはわかるけど……なんか、一気に大変なことになってきたものね」

 ルイズも憂鬱な表情で、才人の隣から夜空を見上げた。青い月の光がルイズの桃色の髪に当たって、不思議な光沢となって輝いている。才人は少しのあいだ、その神秘的な美しさに見とれた。

「きれいだな」

 そう口にできればいいなと才人は思った。好きな女の子への褒め言葉も軽く出てこないとは、まったくいくじなしというか。でも、頭の中では言えるのだが、どうしても口にできない言葉というものはあるものだ。本当に、よくこんな自分を好きになってくれる女の子がいてくれたものだとつくづく思う。

 ただ、言えば言ったで照れて怒るだろう。才人は柄にもない考えはやめて、真面目な話をすることにした。

「また、戦いが始まるな」

「わかりきってることを言わなくてもいいわよ。こうなることは、とっくの昔に覚悟してたでしょ。いまさらおじけづいた?」

 毅然として言うルイズに、才人は「ああ……」と、ややあいまいに答えた。むろん、中途半端な態度はルイズに嫌悪され、彼女の才人を見る目が厳しくなる。

 だが、才人はむしろルイズがうらやましかった。いつでも肝が据わっていて、男の自分以上にたのもしく見える。やっぱり、地球で安全に育ったおれとはできが違うと、自分がずっと小さく思える。

 けれど、ルイズもけして才人を見下しているわけではない。ため息をつくと、ぽつりとつぶやいた。

「世界の心配するのもいいけど、少しはわたしのことも気にかけなさいよ……なんて、どうしてわたしって、世界が大変だってときに自分のことしか考えられないのかしらね」

「ん? なにか言ったか?」

「なにも! あんたはいつまでもかっこ悪いままねって愚痴ってただけよ」

 結局、どちらもどちらなのだった。自分にないものを相手に見て、なくていい劣等感を覚えてしまう。長所と短所、美点と汚点というのは、実は似たようなものなのである。

 しかし、そうしたことをすべて悟るには十六・七歳は若すぎる。世界というものがとても複雑で、数え切れないほどの矛盾を抱えていることを理解するには、もっと遠くまで歩き続けなくてはいけないだろう。そして、男と女が本当の意味で互いのことを理解しあうには、それこそ二人とも白髪になるくらいまで必要かもしれない。

 でも、それでいいのだ。自分の子供の考えていることがわからなくて悩む親があたりまえにいるのだから、赤の他人の考えていることなどわからなくて当然。むしろ、相手のことがわからないからこそ、気遣いや心配も生まれてくるというものだ。

 まだまだ大人と呼ぶには程遠い二人は、形容しがたいもどかしさをごまかすように話を続けた。

「まあ、エルフのことは別としても、意気揚々と帰るはずが、むしろ行きより気が重いぜ」 

「そうね。帰ってから、ティファニアの住む場所も探さなきゃいけないし、姫さまにはお祝いの席に凶報を届けなきゃいけないし。お母さまには怒られるだろうし……はぁ」

「心配事と考えなきゃいけないことが多すぎて、気がめいってくるな」

 そのほかにも帰ってからやることが山のようにあると、二人はそろってため息をついた。その中でも、とりあえずの課題はティファニアの帰ってからの処遇だ。ただ、これが相当に難題であった。

「ともかく、テファはしばらくトリステインに残ってもらうしかないよな。ウェストウッドに帰して、またさらわれたじゃシャレにもならねえ」

「それに、子供たちやあの子も、いつまでも森に隠れてるわけにはいかないでしょう。この際、人のいるところで暮らすことに慣れ始めたほうがいいわ」

「でも、ハーフエルフだってことを人に知られたら危険なんだろう。ロングビルさんはいつまでも仕事を休めないし、その点をどうする?」

 才人が尋ねると、ルイズは指をあごに当てて首を傾ける仕草をとった。

「姫さまに相談するしかないわね。ヴァリエール家が後ろ盾になってもいいけど、いくらわたしの家でも、トリステインでは一貴族にすぎないから……お話を聞いてくださるといいけど」

「あの姫さまは優しい人だから大丈夫だと思うぜ。でも、正直、助け出した後のことをろくに考えてなかったなあ」

 善は急げで行動したものの、終わったら終わったで頭が痛くなる。しかも、今度は単純ではなく、世の中というものが相手であるから、まだ世間知らずなルイズや異世界人の才人は正直手も足も出ない。しかし、連れ帰るからにはティファニアの将来に責任を持たなければならない。

「こんなとき、タバサがいてくれたらなあ」

 才人がおもわずそう愚痴ると、ルイズもすぐにうなずいた。

「そうね。こんなときはタバサの知恵に頼りたいわね」

 自分たちの中で一番の知恵袋のことを思い出して、二人ともほおを緩ませた。

 思えば、ずいぶん前からタバサには助けてもらった思い出がある。いっしょに行動したときは、必ずどこかでタバサの力に頼っているし、才人が地球に帰るかどうかで二人が迷っていたとき、舌鋒鋭く後押ししてくれたこともある。口数は少ないが、頭はいいし気はいいし、素性については知らないことが多いが、それはまあどうでもいい。ともかく、早く会いたい。

「おれたちが帰り着くころには、タバサとキュルケも学院に帰ってるかな。お母さん、病気だっていうけど大丈夫かな?」

「きっと大丈夫よ。でも、あまり頼りすぎるわけにもいかないし、わたしたちもがんばらないとね。先行きは……あんまり明るくないけど」

 確実に苦労が待っていると知って気が重くならない人間は少ない。しかし、それも無事に帰りつけたらという前提が実ってからのことである。今のところは大丈夫だが、いつ来るかわからないジョゼフからの攻撃に身構えておく必要がある。それで無事帰れたとしたら、虚無の残りの謎を探したり、並行してヤプールのハルケギニアへの攻撃へ備えなければいけない。まさに、体も頭もいくつあっても足りないことになりそうだ。

 しかし、決して悲観的なことばかりではない。才人には、大きく期待していることがあるのだ。

「異次元ゲートが閉じて、三ヶ月が過ぎた。もうすぐ、GUYSが第二の異次元ゲートを開けるはずだ。そうしたら、ウルトラ兄弟と力を合わせて、一気にヤプールをやっつけてやる」

 そう、地球でも来るべきヤプールとの決戦に備えて準備を整えているはずだ。同時に、M78星雲でも宇宙警備隊が出動態勢を整えているに違いない。ヤプールがパワーアップして復活したとしても、蘇ったばかりの今ならば不完全な部分が必ずあるはずだ。

 その期を逃さず、全力で叩き潰して、やつをこの世界から追い出してやる。そうすれば、またいつか蘇るとしても、かつてヤプールの復活に何度も関わったというエンペラ星人がすでにいない今なら、長い平和な時間を手に入れることができるだろう。

 メビウスは地球でがんばっているだろうか。あのときに託したガンクルセイダーやガッツブラスターはどうなっただろうか。

 またGUYSの人たちと会えるのが楽しみだ。それに、今度ゲートが開いたときにはいったん地球に帰って、GUYSクルーの入隊試験を受けさせてもらうことになっている。平和になったあとで、地球とハルケギニアの関係がどうなるかはわからないが、ふたつの世界を行き来することができるのは地球防衛隊員でなければ禁止されるだろう、地球に帰ってかつルイズたちと別れないために、GUYSライセンスの受験勉強をしてきたのだから、絶対に落ちるわけにはいかない。

 様々なことを脳裏に浮かべているうちにも、月は天頂から沈み始め、夜はさらにふけていく。

 才人とルイズは、明日にそなえて早く寝なければと思いつつも、今日に限ってやってこない睡魔を待ち焦がれて空を望み続けた。

 

 

 しかし、美しい夜空の下で、邪悪な陰謀をめぐらせているものたちは確実に存在する。

 才人たちのいる辺境から遠く、ガリア王国の首都リュティス。夜更かしな者たちが酒で天国を味わうとき、この国の王はグラン・トロワのバルコニーで、ひとりワイングラスをもてあそんでいた。

「美しい夜空よ。余が詩人であれば、ここで歌でもかなでるところであるが、余にとっては自然のおりなす芸術も、贅を尽くした宮殿の造形美も等しく空虚だ。この美酒も、余を酔わすにはいたらん」

 ジョゼフはそうつぶやくと、グラスに満ちた、庶民からすれば金が注がれているにも等しい液体をバルコニーからぶちまけた。

 一陣の風が舞い、飛び散った液体が赤い霧になって消えていく。しかし、数千のルビーが舞い散っていくようなその輝きも、ジョゼフの表情に変化をもたらすことはなかった。

「ふむ、確かブリミル歴六一八十年の逸品ものであったかな。父上がご健在であられたころは、シャルルが新しい魔法に目覚めるたびに、これで祝杯をあげていたっけなあ……しかし、父上の遺品を粗末に扱えば、少しは罪悪感が浮かんでくるかもと思ったのだが、別になにも感じんなあ。いや、料理を粗末にすることならば、王なら別にめずらしくもないな。ふむ」

 ジョゼフは空のワイングラスを手の中で回しながら、自分のした悪戯のできばえを確認する子供のように、しばらく独り言にいそしんだ。

「まったくもって、城暮らしというものは最高に退屈だ。これならば、酒場でうさばらしをしている庶人のほうがよほどに幸福といえようなあ。世の者たちは、なにゆえにこんなつまらない暮らしをすることにあこがれるのだろうか?」

 本当に不思議そうにジョゼフはつぶやいた。王の座というものは、余人たちは骨肉の争いの末に手に入れるのが当たり前のことだと信じているようだが、なってみるとこんなにつまらない身分はほかにない。すべての欲望がかなうとか幻想にすぎず、制限される自由と強制される政のなんと多いことよ。

 おかげで、毎回の暇つぶしにもいろいろと手間をかけなければならないと、ジョゼフは自分に同情したように苦笑した。苦笑したとはいっても、彼はガリア王家の血統である群青の髪と端正な美貌を持ち、引き締まった肉体を持つ長身の美丈夫であるために、そんなしぐさでも絵になった。だが、彼の心は美しさとは異種のものでしめられていた。

「政か……余にとっては庶人の暮らしなどはどうでもよいが、シャルル……もしお前が王であったならば、ガリアをよりよき国にするために奔走したのであろうな。ああ、もしそうなっていたならば誰にとっても幸せであったろうに、なぜ父上はお前を跡継ぎに指名しなかったのだろうな?」

 空をあおぎ、ジョゼフは三年前の先王の崩御のときのことを思い出した。あのとき、ジョゼフよりもあらゆる面で優れていた弟シャルルが次王になるものと、ジョゼフでさえも確信していたし、そのほうがよいと思っていた。しかし、先王が死に際にジョゼフを指名したことからすべてが狂った。

「父上、天国とやらから聞いておられますか? あなたの望みどおり、私は王になりましたよ。もちろん、王らしいこともちゃんとしております。弟を自らの手にかけ、その妻や娘も痛めつけるなど、まさに王の所業そのものでしょう?」

 死人が返事をすることなどないのはわかっている。が、それでもジョゼフは言わなくては我慢できなかった。あの日、父は病気でぼけていたのだろう。しかし、その一言がどんな結果をまねいたのかの感想を、父に聞けるものならぜひ聞きたい。落胆しているか、激怒しているか、後悔しているのか、少なくとも喜んではいるまい。父の顔を想像すると、ジョゼフはぞくぞくするものを感じた。

「でもね父上、それもあなたの責任なのですよ。ですから、私はあなたの軽はずみな言葉のとおりに王をやってきました。おおそうだ! よい知らせがあるのですよ。シャルロット、あなたの可愛がっていた孫娘が私の与えた任務をしくじりましてね。なんとも、仲間に毒をもれという簡単な仕事だったのですが。それで、心が痛むのですが王としては家臣の信賞必罰には厳しくないといけませんからね。少々おしおきを加えることにしたのです。もしかしたら、父上のもとにゆくことになるかもしれませんが、そのときには昔のようにかわいがってあげてください」

 ジョゼフが、ガリアから脱出しようとする才人たちを放置していたのはそれが理由だった。ジョゼフにとって、刹那の楽しみが終われば、それに対する興味は即座に失われてしまう。そして今、ジョゼフの関心は虚無にはなかった。

 答えぬ存在に向かって独語し、ジョゼフは髪をかきあげた。前髪の下から現れた瞳には、深い憎しみの光が宿っている。

「では父上、今日はこのへんで失礼いたします。王というものは激務でして、夜も昼も関係ありません。ですが、父上が私に与えてくれた。”王の責務”を、きちんと果たさないといけませんからね」

 過去の幻影に別れを告げると、ジョゼフは自らの寝室に帰った。

 寝室には明かりはなく、窓から差し込んでくる月光が唯一の照明となっている。しかし、晴天の月は人工の明かりを必要としないだけの光量を与えてくれている。そうして、ジョゼフは代々の王が腰掛けてきた年代ものの椅子に腰を下ろす。彼の前には細身の女性が頭を垂れて待っていた。

「ご気分がすぐれませぬか、ジョゼフさま」

「うむ、酒で気を紛らわせようとしたが駄目だな。年は人並みにとっているのだが、どうも酒に酔う楽しみというものはいまいち理解できぬ。酔えれたなら、少しは退屈もまぎれたろうにな」

「いえ、ジョゼフさまが酔う姿はあまり様になりませぬわ。それよりも、お楽しみの時間がそろそろ始まるようでございます」

 シェフィールドのその言葉に、それまで気の抜けた様子であったジョゼフの顔に、ぱっと生気が蘇った。

「ほう! ようやくやってきたか。待ちかねたぞ」

「はい、まもなく到着するもようです。すでに、仕掛けは完了し、あとはジョゼフさまにご観覧あらせられるのみにございます」

 そうしてシェフィールドは、ジョゼフの前に特別製の遠見の鏡を用意した。これは通常のものよりも映し出せる距離が長く、最大数百リーグもの遠方のものを映し出すことができる。ただし、映し出したいところにあらかじめ準備しなくてはいけない上に、扱いが非常に難しいので、シェフィールドにしか使えない代物であった。

「ふむ、まだ映っていないではないか?」

「申し訳ありません。なにぶん、リュティスの魔法アカデミーで失敗作とされたものを引き取ったものですから。もうしばらくお待ちください。調整に、あと少々かかりますので」

「不便なものだな。しかし、お前のおかげで余はこれまでいろいろと楽しませてもらってきた。これも、お前がいなくてはガラクタに等しい代物だ。頼りにしておるぞ、余のミューズよ」

「そんな、もったいないお言葉を」

 鏡を操作しているシェフィールドの手が震えるのを、ジョゼフはやや苦笑しながら見守った。

「ところで、例の仕掛けの取り付けには手を焼いたのではないか?」

 準備ができるまでの暇つぶしにと、ジョゼフが尋ねた。

「はっ、なにせ異世界の技術でできたものですし、下手をすれば私まで虜にされてしまいかねない危険な代物でしたので、細心の注意をはらいました。本来なら、私が直接映像を送りたかったのですが……しかし、着実に発芽し、成長しているのは確認しました」

「ならばよい。チャリジャ……あの男はなかなか楽しませてくれたが、もういないからな。残った駒は大切に使わねばならん」

 ジョゼフの手元には、ワープロのようなもので印刷された薄い冊子が握られていた。その表紙には、『怪獣カタログ』と、ガリア語で記されており、チャリジャのサインも書かれている。

 数日前、タバサとロングビルの戦いのあった夜。それが、チャリジャがジョゼフの前に姿を現した最後となった。

 いつものとおりの軽い口調と営業スマイルで現れた白塗りの似非紳士は、宇宙人の姿を現すとうやうやしく礼をした。そして、いつもどおりに二人の会話ははじまった。

 

「久しぶりだな。どうだ、近頃の景気は?」

「王様のおかげで、こちらでの営業も順調です。この星では、私どもの世界にはいない怪獣が豊富に見つかりますもので、大いに助かっております。私どもの商品のほうも、お気にめしていただけていますか?」

「ああ、どれも大いに役立て、楽しませてもらっている。だが、お前はそんなことを言いに来たわけではあるまい」

「ええまあ。こちらの世界もそろそろ雲行きが怪しくなってまいりましたので、そろそろ撤退を考えておりまして。でも、その前にお得意様に閉店セールのご案内に来たしだいであります」

 

 要するに、自分と手を切ると言いに来たチャリジャに、ジョゼフは怒ったりしなかった。むしろ、労苦をねぎらうように声を返した。

「ほお、そろそろ帰るということか。お前にはいろいろ役立ってもらっていたから惜しいものだな」

「申し訳ございません。私としてもこの世界には未練がありますが、物事にはなにごとも引き際というものがありまして。これをわきまえない商人は、よくて大損、悪くて破産するのです」

「ほほお、道理だな」

 怪獣バイヤーの処世術を、ジョゼフはうなずきながら聞いた。チャリジャが、怪獣バイヤーという危険な仕事をしながら今まで無事で来られたのは、危険が迫れば即座に身を引くあきらめのよさにあるという。たとえ、苦労をかさねて手に入れた怪獣でも、倒されてしまったらさっさと逃げるのが、生き残る秘訣なのだそうだ。

「私もこの世界でいろいろと仕入れさせていただき、王様には私どもの商品の実用試験をしていただきまして、本当に助かっておりました。ですが、そろそろ私の存在に気がつくものも現れ始めた様子。ここらが潮時ということですなあ」

「ははは、言いたいことをずけずけと言うやつよ。だがまあ、お前は言いたいことがあけすけだから話しておもしろいし、なによりも信用できる。にしても、やりたいだけやられて、気がついたときには元凶のお前はとうに逃げられていたと知ったら、お前の怪獣で痛めつけられたものたちは怒るであろうな。まあ余も、お前の怪獣は虚無をいぶりだすのに大いに役立たせてもらった。これ以上を望むのは、ちと欲深いであろうな」

「王様は無欲でいらっしゃいます。しかし私も商人のはしくれ、ひいきのお客様にはサービスさせていただきます。いくつか新商品のサンプルを持参いたしましたので、お納めください。では」

 そうしてチャリジャは一冊の冊子を残すと、すうっと消えていった。ジョゼフは冊子を手に取ると、ざっと流し読みした。

「ほほお、なかなかいいものが揃っているではないか……ま、道中気をつけていくことだ」

「ありがとうございます。それでは、ご縁がありましたら、また」

 こうして、ハルケギニアで暗躍した怪獣バイヤー・チャリジャは、あっけなくいずこかへ去っていった。

 しかし、ジョゼフの手元にはチャリジャの数々の置き土産が残っている。彼はそれらを、新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を輝かせて検分し、一つの項目に目をつけたのであった。

「これだ。これがちょうどよい! はっはっはは! これならば、シャルロットよ。お前との最後のゲームにはまさにうってつけだ」

 そうして彼はシェフィールドに命じて、”最後のゲーム”のための準備を始めさせた。

 

 それが数日前のこと、そしてゲームの準備が整うのを心待ちにしていたジョゼフは、期待に胸を膨らませて遠見の鏡を調整しているシェフィールドを見守っている。

 けれども、人間はこれからがというところで邪魔が入るのが常であるらしい。突然、寝室のドアがノックされると侍従の声が室内に響いた。

「夜分失礼いたします。ロマリアの特命大使と名乗る者が、至急お会いしたいと申しております」

「こんな時間になんだ! 追い返せ!」

 当然のようにジョゼフは怒鳴り返した。が、侍従のおびえたような声が一瞬響いた後に、続けて彼が言った言葉がジョゼフの眉を動かした。

「そ、それが……ジョゼフさまの、ゲームに彩りを与えるお手伝いができると、そう言えば必ずお会いになられるなどと、そう言っておられますが」

「なに……」

 苛立ちが一瞬で消えて、続いて疑問が湧いてくる。なぜ、ロマリアがそんなことを知っている? もしや、ビダーシャルの頼みでロマリアの動きを探っていたのを気づいたのか。だが、どうしてこのタイミングで、なにが目的だ。

「おもしろい、会おう。どんな奴だ?」

「それが、恐ろしいほど美々しい少年でして。謁見の間で、待たせておりますが」

「ふふ、ロマリアめ。なにを企んでいるかは知らぬが、余のゲームに加えてもらいたいというか。ミューズよ、すまぬが少し席を外す。すぐに戻るが、あとを頼むぞ」

「ご心配めされずとも、始まるまでにはまだしばらく時間がございますわ。それよりも、ロマリアがなにを企んでいますか得体がしれません。お気をつけください」

 シェフィールドが頭を垂れて見送る前で、ジョゼフは肩をいからせながら大股に寝室の扉をくぐっていった。

 

 一方で、動き始めた遠見の鏡には、森の中にたたずむ大きな屋敷と、空のかなたから近づく一頭の青い竜が映り始めていた……

 

 

 続く


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