ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第49話  堕ちた聖地

 第49話

 堕ちた聖地

 

 殺し屋超獣 バラバ

 地帝大怪獣 ミズノエノリュウ

 灼熱怪獣 ザンボラー

 台風怪獣 バリケーン 登場!

 

 

「怨念がある限り、幾度でも蘇る」

 その言葉のとおり、悪魔は幾度となく人類を恐怖に陥れてきた。

 何度倒されようと、滅ぼされようと、封印されようと消えはしない。

 悪魔は死なない。なぜなら、その命の源は生き物の発する怒り、憎しみ、欲望といった邪悪な心。マイナスエネルギー。

 人が人であり続ける限り、悪魔もまた不滅なのだ。

 それは、時空を超えた世界でも例外ではない。

 ウルトラマンAによって、溜め込んだすべてのマイナスエネルギーを昇華させられた悪魔は、復讐を誓って姿を消した。

 以来、闇に潜んでじっと機会をうかがってきた悪魔は、三ヶ月の月日を経てついに地上に再び現れた。

 

 エルフの住まう地サハラ。その洋上の群島『竜の巣』から、新たな悪夢が幕を開ける。

「お前は、いったいなんなんだ……?」

 恐怖に支配された鯨竜艦の艦長が、人の形をした闇に問いかける。

 黒衣の男は不敵に笑い、マントを翻して天を仰いだ。

 まだ、エルフたちはその悪魔の名を知らない。ならば、二度と忘れずに恐怖で震えるよう教えてくれる。

 

 黒雲がたちこめて、血のような真っ赤な雨が降り始める。

 それこそが我ら復活のしるし。復讐のときは来たれり!

 

「我らは、異次元人ヤプール。今度こそ、ウルトラ一族を葬り去り、全宇宙を暗黒に染めてやる。さあ、我らの怨念を受けし復讐の使者よ。この地に降り立て! 現れろ! 超獣バラバ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 空が割れ、真っ赤な裂け目から凶悪なシルエットがひとつの島の上に降り立つ。

 鋭い牙の生えた口、右腕に棘つき鉄球、左腕に鎌、頭部に剣を装着した容姿は、まさに全身凶器。

 ヤプールによってアゲハ蝶の幼虫と宇宙怪獣が合成されて誕生した、その名も殺し屋超獣バラバ。

 

 地上に足を下ろしたバラバは、裂けた口を開くと金属音のような遠吠えをあげた。それはまるで、ヤプールの復活の喜びを代弁するかのようで、エルフたちは背筋を凍らせ、ヤプールは楽しげに笑う。

「ふっはっはは、頼もしいやつよ。遠慮はいらん、お前の思うとおりに破壊しつくせ。まずは、この艦隊から始末しろ!」

「なっ、なんだと!」

 艦長の驚愕する声を喜ばしく耳に焼付け、ヤプールはきびすを返した。艦橋の空間に亀裂が生じ、人一人通れるくらいの次元の裂け目が現れる。

「では、死にたくなければせいぜいあがいてみることだ。ふっ、ふっはっはははっ! あーっはっはは!」

 呆然と、夢を見ているように立ち尽くすクルーの耳に哄笑を響かせ、ヤプールは異次元の裂け目へと消えていった。

 だが、悪魔が去ったことは悪夢の始まりでしかない。見張り員の絶叫が艦橋に響いたとき、自失していた艦長たちは最悪の現実の中に引き戻された。

「艦長! 怪物がこちらに向かってきます! は、はやく、はやく指示を!」

「はっ! あ、わ……せ、全艦戦闘配置! 砲撃用意、全砲門を怪物に向けろ!」

 やっと我に返った艦長の命令で、遅まきながら鯨竜艦に搭載されているすべての砲の照準がバラバに向けられた。

 鯨竜艦の装備は、回転式の大口径連装主砲塔が艦橋をはさんで前後に一基ずつ、あとは近接戦用の副砲として、小口径砲が複数装備されている。その、一隻につき四門の主砲、艦隊は四隻だから十六門の砲が旋回して仰角を上げていく様は壮観でもあった。

「艦長、全艦射撃準備完了であります」

「うむ」

 砲術長からあがってきた報告に、艦長は落ち着きを取り戻した声で答えた。鯨竜艦に積まれている砲の総数はたった四門と少ないけれど、進んだ技術力を持つエルフによって作られたため、人間の戦艦の持つ大砲の何倍もの威力を誇る。それが全艦で一斉砲撃をおこなったとき、着弾点で無事でいられる建造物も、生きていられる生物もこの世界には存在しない。彼はずっとそれを信じて、誇りに思って水軍に籍を置いてきた。

 だが、相手がこの世界のものではないとしたらどうだろうか? 艦長の「撃て!」という命令により、鯨竜艦隊は砲撃の火蓋を切った。閃光、衝撃波に続いて砲弾が砲身を飛び出していき、硝煙がなごりとして風に舞う。

 放たれた砲弾は、敵が巨大だったこともあって半分が命中した。バラバの巨体の各所で爆発が起こり、外れた弾も至近で炸裂して、岩を猛烈な勢いで周辺に撒き散らす。相手が船であったなら、これだけでもう跡形もなく破壊しつくしていたであろう。艦長や、艦隊のクルーたちは勝利を待ち望んで、炸裂した砲煙が晴れて、怪物が倒れ伏した姿が現れるのを待った。

 しかし、煙が晴れたとき、そこには何事も無かったかのように平然と咆哮するバラバの姿があったのだ。

「ば、ばかな!?」

 あれだけの砲撃を受けてまったく無傷だというのか。いや、そんなはずはない。これはたまたま当たり所が悪かっただけだ。現実を受け入れられない者たちは、次弾装填を狂ったように叫び、準備完了と報告があがると同時に発射を命じた。

 そして、結果も完全に再現された。二回目の砲撃は、最初より距離が近づいていただけに七割が命中したものの、一発たりともバラバの皮膚を傷つけられたものはなかった。絶対の自信を持っていた力が、おもちゃ同然だと思い知らされる恐怖。それはかつて地球人が幾度となく味わい、ベロクロンを前にしたトリステイン軍が感じた絶対的な力の差、それが今度はエルフたちに襲いかかろうとしている。

「艦長! 怪物がこっちを、う、うわぁぁ!」

 一隻の鯨竜艦の見張り員が絶叫したとき、バラバの口から真っ赤な火炎が放射された。回避運動をとる暇もなく、海面を這って進んできた炎に鯨竜が丸ごと包み込まれる。それが、この船の最期となった。石造りの艦橋構造物は火炎にある程度の抵抗を見せたが、生き物である鯨竜は高熱に到底耐えられず一瞬で焼き殺され、エルフたちが魔法を使う暇もなく、全乗員を道連れに海中に没したのである。

「二番艦、ご、轟沈……」

 艦隊旗艦の艦橋に流れた絶望的な報告に、顔を青ざめさせなかったものはいなかった。水軍の主力艦をものの一撃で、そんなことが起きるなど、誰一人夢にも思ったことはない。

 しかし、現実を拒否しても破滅しか待っていない。かろうじて冷静さを保っていた一人の将校が、自失して動けないでいる艦長に怒鳴るようにして目を覚まさせた。

「艦長! 敵が迫っています。ご指示を!」

「ぁ……う。て、撤退だ! 全艦取り舵一杯! この海域を離脱しろ!」

 艦長の悲鳴そのものの命令が、かろうじて艦隊を全滅から救うこととなった。バラバの火炎はさらに一隻の鯨竜艦を撃沈し、続いて彼の艦の後尾を進んでいた船に襲い掛かった。その船の鯨竜は即死は免れたものの、熱さに耐えられなくなって、勝手に海中へ潜って逃げていってしまった。エルフには水中呼吸の魔法もあるが、間に合ったかどうかは祈るしかない。

 やっとのことで火炎の射程外に逃れたとき、艦隊は旗艦を残して全滅状態。母港に向かってよろよろと進む艦で、艦長にできることは、ことの有様を本国の司令部に通達することだけだった。

 

『竜の巣にて、正体不明の敵と遭遇。敵は身長五十メイルを超える怪物を召喚し、我が艦隊は壊滅。敵は竜の巣を占領せんものとする模様。至急、対策を乞う』

 

 その報告が、本国の水軍司令部、さらにエルフの最高意思決定機関である評議会に届いたとき、彼らの反応は素早かった。

 

『あらゆる手段を尽くしても、竜の巣を敵の手から奪還せよ』

 

 ただちに、水軍のみならず空軍にも、稼動全軍による竜の巣への出撃が命じられた。

 鯨竜艦十隻、空中戦艦二十隻、空中巡洋艦十隻。これだけでもハルケギニアのすべての国の戦力を合計したに等しい強大な軍事力だ。しかも、これはこのとき即時出撃可能な戦力だけであり、本国にはこの何倍もの戦力がまだ温存されている。

 しかし、艦隊の将兵にはこの出撃に疑問を抱く者も少なくなかった。

”なぜ、竜の巣などを奪還するのに、これだけの兵力を動かす必要があるのだ?”

 敵に奪われた地を取り戻すのはわかる。ただ、竜の巣はそれほどの戦力を傾ける価値があるとは思えない。

 蛮人どもの侵攻ルートからも外れた洋上にあり、むろん基地などが建設されているわけでもなく、資源などもとれない。

 住んでいるものもなく、むしろ周辺海域には海竜や巨大鮫などが生息していて危険ですらある。

 一部のエルフのうちには、ここに古代の韻竜の生き残りが生息していることが知られているが、それが理由とは到底思えない。

 あとは海上に突き出た岩山が奇怪な形の群島を形成する、利用価値のない不毛の土地だけ。

 そんな場所を取り戻すためだけに、水軍と空軍が全力出動とは評議会はなにを考えている? 

 軍艦とはただで動くわけではない。水軍ならば鯨竜の餌、空軍ならば風石が大量に必要になり、その費用も膨大だ。

 しかも、今はどの軍隊にも余力はほとんどない。連日、いつ出現するかわからない怪獣に備えて、警戒態勢を崩せないために、将兵のほとんどが疲労し、修理中の艦も少なくない。

 これは、魔法の鏡を使ってビダーシャルにも伝えられたディノゾールやアリゲラの襲撃も当然含まれる。このときも、あるだけの戦力を投じてディノゾールリバースを撃破、アリゲラの群れを追い返すことに成功している。しかし、その代償としてそれぞれ五隻以上の艦が撃沈破され、死傷者も多数に上っている。

 普段やたらと偉そうにしている評議会の連中も、その程度のことは承知しているはず。なのに、全力出動をためらいもなく命じるとは、竜の巣にはもしかして何か秘密があるのか? 水軍の哨戒海域にも、ほとんど必要がないのになぜか常に盛り込まれているし、なによりもそこを占領したという敵はなにを目的としているのか?

 将兵たちはこみ上げる疑問を仲間たちと話し合い、竜の巣で待ち構えているという敵のことを考えた。水軍の一個艦隊が壊滅させられたというが、今度はこちらは空中戦力を持っている。巨大な怪物が待ち構えていたとしても、必ず撃破できるはず。彼らは、今までにも何度も怪獣と戦ってきた経験と自信から自らを奮い立たせた。

 

 しかし、竜の巣において相対することとなった敵は、これまで彼らが戦ってきた『怪獣』とは一線を隔する『超獣』であった。

「五番艦、六番艦、ともに撃沈! 巡洋艦隊も半数が大破しました。司令、このままでは」

 戦いがはじまってほんの十分足らずで、空軍の戦力は半壊していた。彼らは、たった一匹の怪物を倒すために水軍と歩調を合わせてはおれんと、空軍の艦隊のみで攻撃をはじめ、完全な返り討ちにあったのだ。

 竜の巣に到着し、バラバの姿を確認した司令は、水軍艦を焼き払ったという火炎の射程に入らないように、その外からの攻撃で一方的に勝負を決めようとした。しかし、彼らが自信を持って発射した艦隊全艦をもっての一斉砲撃は、水軍が直面したのと同じ結末に終わった。

「あれだけの砲撃が、まるで役にたたんとは……」

 彼らは知らないことであったが、バラバの皮膚はタックスペースのロケット弾やミサイル攻撃はおろか、超兵器ウルトラレーザーの破壊力を持ってしてもかすり傷もつけられないほどの強度を誇る。人間のものより勝るとはいえ、たかが大砲で傷つけられるような代物ではなかったのだ。

 それでも、艦隊司令は任務を遂行しようとさらなる砲撃を命じた。一発や二発ではだめでも、何百発も撃ち込めば効果があるかもしれないというのが彼の目論見だった。幸い、敵は空は飛べないようであり、火炎の届かないところからなら安全に攻撃が続けられる。

 が、そうした甘い計算はバラバには通用しなかった。バラバの右腕の鉄球の先についている鍵爪が鞭のように伸びると、あっというまに一隻の戦艦を絡めとってしまったのだ。

「振りほどけっ!」

「無理です! わぁぁっ!」

 一度バラバ鞭に捕まってしまうと、タックアローの推力ですら脱出は不可能であり、まして風石船の力では効しきれるはずがなかった。怪力で引きずり落とされ、海面に叩きつけられた戦艦は大破して戦闘続行不能になる。艦長にできるのは、沈みゆく船から一人でも多くの乗員を脱出させることだけだった。

 思いもよらぬ手段でたやすく戦艦を沈められ、愕然とした司令の命で艦隊は再度砲撃をバラバに浴びせかける。だが、やはりバラバには通用せずに、逆に艦隊の攻撃が自分になんの痛痒も与えないと確信したバラバは、砲撃をシャワーでも浴びているかのように平然と体で受け止め、あざ笑うかのように遠吠えをあげる。

 また一隻バラバ鞭に捕らえられた戦艦が、今度はバラバの手元まで引き寄せられて、左腕の巨大な鎌で一撃の下に真っ二つにされた。鋼鉄で装甲を張った艦が、なんの抵抗もなく切り裂かれるとは信じられないと艦隊将兵たちは愕然とするが、バラバの鎌は地球上の物質で切れないものはないとされているほどの切れ味を誇る。

 破壊した戦艦を踏み潰し、バラバの攻撃は容赦なく艦隊を襲う。

 今度は巡洋艦二隻が一度に破壊された。バラバ鞭に捕まった一隻が、そのまま別の船にぶつけられたのだ。バラバは、まるでゲームのコツを掴んできた子供のように、鞭で艦隊を翻弄しながら沈めていく。破壊と殺戮を思うままにするバラバの暴れように、空から悪魔の声が響いた。

 

「そうだ破壊しろ。徹底的に破壊するのだ。我々がお前に与えた力はまだまだそんなものではない。暴れろ、暴れろバラバぁ!」

 

 空を覆い尽くす黒雲がそれであるように、ヤプールのおぞましい声が将兵たちの背筋を凍らせる。

 まるで、ヤプールの悪意が乗り移ったようにバラバは吼え、対抗するすべのなくなった艦隊へ破壊を撒き散らす。

 一隻ずつでは面倒と思ったのか、鞭を縦横に振り回し、叩きつけることで次々と戦艦が破壊されていく。

 威容を誇った艦隊が、その様を失っていくのにかかった時間はあまりにも短かった。必勝を確信していたのに、なにを間違えたのか?

 彼らにとっての誤算は、この敵がそれまで戦ってきた、本能だけで動き回る『怪獣』ではなかったことだ。

 『超獣』とは、単に強化された怪獣ではない。侵略・破壊を目的として頭脳・肉体を徹底的に改造された生物兵器なのである。

 戦艦が兵器であるなら、超獣も兵器。兵器と兵器の戦いであれば、より強力なほうが勝ってしまう。

 そしてもうひとつ、エルフたちにとって想像もしていなかった誤算があった。エルフの武力は、人間よりも優れた技術力だけにあるのではない。むしろ、人間たちが恐れているのはエルフの個々人が持っている、人間の系統魔法よりもはるかに強力な先住魔法の数々で、ディノゾール戦では魔法攻撃のみで一度はこれを倒すほどの力を見せている。

 だが、その強大な力も、この戦場ではまだ一度も発揮されていない。それだけではなく、不可解な事態が次々と彼らを襲いつつあった。

 

「竜騎兵隊はなんとかできないのか? あるいは、至近距離からの魔法攻撃であれば」

「それが、帰還しました兵の報告によりますと、精霊がこちらからの呼びかけに答えないそうなのです。魔法はすべて不発に終わりました。まるで、赤い雨が精霊の力をかき乱されてしまっているようなのです」

「なんだと!? 精霊が呼びかけに答えないなど、そんなバカな!」

「本当です。すでにこの艦からも、防御用の風魔法も使えなくなっていると先ほど報告が。それに、竜たちの様子もおかしいのです。まるで、雨の中へ出て行くことを恐れているような。おびえて、言うことを聞かなくなってきています」

「どういうことなんだ!? 普段あれだけ従順な竜たちまで……この赤い雨がいったいなんだというんだ」

 

 艦長は、甲板を流れ落ちていく赤い雨に地獄の風景を見たような恐怖を覚えた。

 精霊の力を封じ、竜をもおびえさせる赤い雨。まるで、空が血を流しているような真紅の豪雨。

 雨を浴びた鳥はぽとりと落ち、雨粒を注がれた海からは次々に魚が浮かんでくる。

 赤い雨など、自然界では絶対に降るはずはない。この雨こそ、ヤプールがエルフと戦うために用意した秘策であったのだ。

 

「ふははは。お前たちが頼りにする精霊の力とやらも、この中では役に立たんだろう。これは、かつてのバラバを守ったときの雨に、我らヤプールの怨念を溶かし込んだ死の雨だ。生きとし生けるものをすべて拒む、赤い雨の中では貴様らの力も無力だ。バラバよ、その小うるさい蚊トンボどもを蹴散らしてしまえ!」

 

 バラバの口からの高熱火炎が、接近しようと試みた竜騎兵を焼き払う。

 最大の武器である魔法を封じられたエルフたち。もしも魔法を全力で使える状況であれば、彼らはまだ善戦でき、勝機を見つけることもできたかもしれない。しかし、赤い雨の中での戦いを選んでしまった時点で、すでに勝機は失われていた。

 ウルトラ兄弟や人間たちを、幾度となく欺いてきたヤプールの狡猾で卑劣な罠。それにエルフたちもまんまとはめられてしまった。

 

 なすすべもなく撃沈されていく空軍の艦隊。水軍の艦隊も、そのころようやく到着しつつあったが、ときすでに遅いことは誰の目から見ても明らかであった。

 

 しかし、彼らはまだ戦いをあきらめてはいなかった。最初の慢心を捨てて、かなわないとわかっている相手に立ち向かおうとする。

「五番艦、六番艦、ともに撃沈! 巡洋艦隊も半数が大破しました。司令、このままでは」

「うろたえるな! まだ、我々は負けたわけではない。艦隊全艦、怪物の頭部を狙って集中攻撃。竜騎兵は攻撃準備が整うまで、なんとしても時間を稼ぐのだ。いいな!」

「はっ! 我ら一同、たとえ相手が悪魔であろうと、一歩も引くつもりはございません」

「よく言った。それでこそ、誇り高き砂漠の民よ。大いなる意志よ、どうか我らに悪魔を打ち倒す力を与えたまえ!」

 蛮勇かもしれない。命を軽んじる愚かな行為かもしれない。だが、侵略者に屈するまいとする誇りが彼らを支えていた。

 艦長は、自分が軍人としては失格かもしれないと思う。冷静に考えれば、ここは撤退すべきであろう。それでも、まだ戦う力が残っているのに逃げ出したくない。たとえ逃げるにしても、一矢を報いて、エルフは決してあなどれる相手ではないと思い知らせなくては、敵はいくらでも侵略の手を拡大させてくるだろう。

 

 我が身を捨てて、守るべきものを守ろうとする勇敢で気高い魂は、エルフも人間も関係なく受け継ぐ者がいた。

 

 そして、その魂に共鳴したかのように、竜の巣が鳴動し、裂けた地の中から巨大な影が現れる。

「あっ、あれは!」

 エルフたちは、地の底から出現した巨大な龍を見た。その体格はバラバをもはるかにしのぎ、全身は黒光りする鋼鉄のような鱗で覆われている。全高はざっと見積もっても六十メイル。頭部から尾までの体長は百メイルをゆうに超えるだろう。がっしりと地を踏みつける足は、数千年を生きた巨木のようだ。

 だがなによりも、たくましい顎を持つ頭は、それだけで普通の竜の何倍もの大きさと威圧感を備えていた。しかも、その龍の頭部は一つだけではなく、八つある尾のひとつひとつの先が小型の龍の頭部となっているではないか。

「なんて、でかいドラゴンなんだ……」

 ひとりの水兵が、龍のあまりの存在感に思わずつぶやいた。大きさだけなら鯨竜でも百メイルはある。しかし、地上の生物でこの巨大さは類を見ないどころか、あの龍からは赤い雨の中ではほぼ封じられていた精霊の力も、かつて感じたことがないほどに強く感じられる。

 地底から姿を現した巨大龍は、暴れまわるバラバへ向けて大きく吼えた。大気を揺さぶり、その声に込められた怒りの波動が、エルフたちをも身ぶるわせる。残存艦隊の艦橋で、今まさに死を懸けた最後の戦いに望もうとしていた艦長は、息を呑んで龍を見つめた。

「あれは、まさか……あの言い伝えは本当だったのか」

「艦長、なにかご存知なのですか?」

「私の祖父から聞いた話だ。竜の巣の底には、韻竜たちよりもさらに古い龍の王が眠っている。もしも、竜の巣を汚すことがあるならば、龍の王は必ず蘇ると……おとぎ話だと思っていたのだが、まさか本当だったとは」

「龍の……王」

 副官も戦慄した面持ちで、生まれてから見てきた、いかなる竜よりも巨大な龍の威容に見入った。

 地を汚したときに現れる龍の王。実は、異世界にもこれと同じ怪獣が出現した例がある。

 

 それが、地帝大怪獣ミズノエノリュウだ。

 

 東京を中心とする関東一帯の地脈、すなわち大地のエネルギーをつかさどる怪獣……いや、超自然的存在と呼んだほうがいいだろう。

 都心の地下開発により地脈が切断されたことにより出現し、食い止めようとしたウルトラマンガイアをも圧倒する力を見せている。

 はたして悠久の過去より人の手が入らずに、自然のままに守られてきたこの地にも、守護神がいたとしてもおかしくはない。

 大気を汚し、水を濁らせ、地を腐らせ、生命を殺す死の雨に怒り、大地の守護龍はついに目覚め、怒りの咆哮をバラバに叩きつける。

「戦うというのか……!」

 大地を踏みしめ、ゆっくりとミズノエノリュウは前進していく。

 対して、バラバもひるむどころかミズノエノリュウに猛然と向かっていった。左腕の巨大な鎌を振り上げ、猛然とミズノエノリュウの首を狙っていく。

「危ない!」

 誰かが叫んだ。バラバの鎌は戦艦をも一撃で真っ二つにする切れ味を持っている。そんなもので切りつけられたら、いくら鋼鉄のような鱗を持つとはいえただではすまないだろう。

 しかし、ミズノエノリュウはバラバが目の前にまで迫ってきた瞬間、八本ある尾を高く上げた。そして、その先端の龍の頭の口が開き、白い稲妻のような光線がいっせいに放たれた。直進していたバラバは避けられず、光線の乱打を浴びて大きくよろめく。

 ミズノエノリュウはその隙を見逃さなかった。光線の小爆発に押されて体勢が崩れたバラバに向かって、大きく顎を開くと肩口に深々と牙を突き立てた。たまらず、悲鳴のような声がバラバの口から漏れる。

「やった!」

 はじめて怪物があげた苦悶の声に、艦隊将兵たちから歓喜の叫びがあがった。

 皮膚を食い破られてダメージを受けたバラバは、逃れようと右腕の鉄球でミズノエノリュウを打ち据えようとする。しかし、ミズノエノリュウの尾は光線を放てるだけではなかった。バラバのあがきを見咎めるや、すぐさま右腕に食いついて動きを封じたのである。むろん、左腕の鎌も同様だ。

 あっという間に最大の武器である両腕を封じられたバラバに、ミズノエノリュウの牙がさらに深く食い込む。

 皮膚どころか肩の骨をも丸ごと噛み砕こうとせんとする顎の力に、さしものバラバも苦しんだ。首を振りながら金切り声のような鳴き声をあげ、なんとか食らいついている敵を振りほどこうとするが、半身を押さえつけられる状態ではかなわない。

 このままでは体を食いちぎられると思ったバラバは捨て身の攻撃に出た。至近距離からミズリエノリュウに向かって火炎を放射したのだ。体を焼かれ、反射的にミズノエノリュウは牙を離してしまう。

「惜しいっ!」

 あと一息で怪物の体を真っ二つにできたのにと、将兵たちは舌打ちをする。

 が、まんまと脱出したと思ったバラバも無事ではなかった。密着するほど近かったので、熱の逆流でバラバも少なからぬ熱傷を負わされたのだ。

 それでも、顔を焦げさせたバラバは、大きく傷つけられた体を震わせると怒りの声をあげた。ひどいダメージを受けてしまったが、まだ戦うには充分な余力がある。接近戦では手数の差が大きいだけ不利、ならば距離をとって飛び道具で勝負しようと、バラバ鞭をミズノエノリュウの首に向かって投げつける。

 バラバの意思で自由に動く鞭は、ミズノエノリュウの首に巻きついた。バラバはそのまま首を締め上げようと力を込め、鞭はじわじわとミズノエノリュウの首に食い込んでいく。

「危ない! 絞め殺されてしまうぞ」

「どうして振りほどかないんだよ!?」

 エルフたちの焦った声が戦艦の甲板に響き渡る。すでに甲板や舷窓は、二大怪獣の対決をひと目見ようとする者たちでいっぱいだ。

 艦長や副官も、それを止めようとはしない。水軍も同様に、鯨竜を止めて戦いに見入っている。

 あの名も知らぬ龍が勝たない限り、この戦いに望みはない。しかし、どうしてあの龍は振りほどこうともしないのだ!?

 そのときだった。ミズノエノリュウが大きく吼えると首を振った。その勢いだけで、バラバのほうが振り回されて転倒する。

 さらに、ミズノエノリュウは鞭に噛み付くと、まるで蜘蛛の糸のように一息に引きちぎってしまったではないか。

「すげえ」

 将兵たちは悟った。あの龍がすぐに抵抗しなかったのは、あんなものはいつでも振りほどけたからだ。それを、わざと敵に攻撃させてつぶしたということは……

「怒っている……地を汚されたことに、怒ってるんだ」

 ただ叩き潰すだけでなく、すべての攻撃を正面から跳ね返して自分のやったことを思い知らせる。龍の怒りの壮烈さに、エルフたちは自らが崇敬している大自然の意思へ弓引くことが、いかに恐ろしい報いとなって跳ね返ってくるのかと戦慄した。

「大いなる意思よ。どうか我らを守り、悪魔を打ち払いたまえ」

 エルフたちは祈りを捧げ、人知を超えた悪魔と守護神の戦いをただ見守り続けた。

 

 鞭を失い、よろめきながら起き上がってきたバラバに、ミズノエノリュウの容赦ない攻撃が再開される。

 本体と八本の尾、合計して九つの頭から放たれる破壊光線がバラバを襲い、灰色の巨体が爆発の赤い火炎に染められる。

 バラバが反撃する隙などはどこにもない。もはや、手数が違うどころの話ではないのだ。バラバが全身凶器でできているとしてもしょせんは一匹、ミズノエノリュウの頭部は九つであるから、バラバは九匹の怪獣をいっぺんに相手にしているのに等しいのである。

 九つの頭、すなわち九匹の龍は破壊光線の乱打をバラバに浴びせ続ける。圧倒的な火力の差。古代日本神話の英雄スサノオノミコトは、八つの頭を持つ大蛇・ヤマタノオロチを酒に酔わせて倒したが、はたして正面から戦ったとしてオロチを倒せるものがいたであろうか?

 しかし、バラバもその身に渦巻くヤプールの果てしなき怨念が、安易に倒れることを許さなかった。

 左手の鎌を盾代わりにして攻撃をしのぐ。たちまち鎌は何本もの光線を浴びて砕け散り、バラバは左手の武器も失った。

 だが、その代償にわずかな時間を稼いだバラバは、頭部の剣から閃光のようなショック光線を発射した。これは、回避が非常に困難であるうえに、ウルトラマンAを一発でダウンさせたほどの威力を持つ。が、バラバの目論見は外された。ショック光線はミズノエノリュウの周囲に張り巡らされた透明な障壁によって、まるで水面に投げつけられた石のように無効化されてしまったのだ。

「あれは、カウンターか!?」

 高位の行使手のエルフがそう叫んだ。精霊の力で外部からの攻撃をはじく先住魔法に、今の龍の防御法は同じでなくとも非常によく似ていた。精霊の力に守られているとは、やはりあの龍は大地の化身なのか……

 バラバの決死の反撃を軽くあしらい、ミズノエノリュウは再び大きく吼える。その瞬間、遠吠えの振動で地面の裂け目から水が噴き出し、ミズノエノリュウの周りをカーテンのように包み込む。水に守られ、大地を踏みしめる巨躯は、まさに龍の王と呼ぶのにふさわしかった。

 対して、バラバは両腕の武器を失い、すでに満身創痍のありさまである。それでも往生際悪く、最後の武器である頭部の大剣を発射するが、ミズノエノリュウの巨大な顎に受け止められたあげく、強大な力で粉々に噛み砕かれてしまった。

 すべての武器を失ったバラバに、もう勝機も戦う術も残されてはいない。

 

 だが、空と地を汚された守護龍の怒りはそんなことで収まるものではなかった。

 

 ミズノエノリュウの額に納められた、龍玉という宝玉が青色に輝くと、バラバの体が宙に浮き出した。

「念動力……あの何億リーブルって重さの怪物を、なんて力だ」

 手足をばたつかせ、もがくバラバがマリオネットのように宙に吊り上げられていく。能力の格が違いすぎると、エルフの行使手たちは一様に戦慄した。同じことを人間でやろうとしたら、何百万人、エルフでも何万人が必要となるかわからない。

 人間の魔法は己の精神力で自然の理を曲げ、エルフの魔法は自然の理に呼びかけることで力を行使する。そのためエルフの魔法は人間のそれを大きく凌駕するのだが、しょせん自然の力の借り物に過ぎない。自然の力、それそのものの発現は天災にも相当する、絶対的な抗えなさを心に植えつける。

 空中に磔にされ、防御も回避もできなくされたバラバに対してミズノエノリュウはとどめの攻撃を加えた。

 九つの龍の顎から放たれる雷が集中して、無数の爆発がバラバを包み込む。牙が折れ、角が吹き飛んでも攻め手が緩むことはなく、断末魔の遠吠えとともにバラバの目から光が消えたとき、すでにバラバは黒焦げも同然の状態であった。

 ふいに、バラバが糸の切れた風鈴のように落下した。ミズノエノリュウが念動力を切ったのだ。海面に大きく水柱が立ち、大量の気泡とともに巨体が沈んでいく……そして、完全にバラバの姿が消えてなくなり、海面が戻ったとき、ミズノエノリュウは空に向かって勝利の雄叫びをあげた。

「勝った、勝ったんだぁーっ!」

 地の守護龍の勝利に、エルフたちからも万歳の叫びが万雷のようにあがった。

 空軍の艦隊を半壊させた怪物は海の藻屑となり、もう二度と浮かんでくることはないだろう。決死を覚悟していた彼らは、想像もしていなかった大勝利に心の底から凱歌をあげた。

 

 しかし、赤い雨はなおも止むことはなかった。バラバが倒された後も振り続け、空からヤプールのおどろおどろしい声が響く。

「くっくっくっ……それで、勝ったつもりかな諸君」

 まるで、袋小路に追い詰めたネズミに語りかける猫のような、嫌悪感を誘う声に、勝利に沸いていた将兵たちは押し黙った。同時に、勝ったはずなのに、言い知れぬ恐怖と不安感が湧き上がってくる。いったい、やつのこの余裕はなんなのだ? あの怪物は確かに死んだはず、なら負け惜しみか? それとも。

「なにを言う! お前の手下は大いなる意思の使いが始末した。この戦いは我々の勝ちだ!」

 艦長は、おびえる部下と自分への叱咤も込めてヤプールへ怒鳴りつけた。大いなる意思の前では、貴様の手下の怪物の力などは取るに足りないことはわかったはずだ。さあ、さっさとこの雨を消して立ち去るがよいと。

 だが、ヤプールの返答は侮蔑と嘲笑の高笑いであった。

「フフフフ……ファハハハハ!」

「な、なにがおかしい!」

「ハハハ! お前たちエルフはどんなときに笑う?」

「なに!?」

 とまどう艦長とエルフたち。それがおかしいように、ヤプールの笑いはさらに高くなる。

「はははは! そうだな、どんなときに笑うかな。悲しいとき? 悔しいとき? いいや違う? うれしいときにこそ笑うだろう? そう、例えば……敵が罠にまんまとはまったときなどにな!」

「なっ!」

 絶句し、声なき悲鳴が彼らの喉から漏れたとき、暗雲に雷鳴が轟き、風が渦巻いて艦隊を揺らした。

 それが、ヤプールの本当の罠の始動の合図だった。

 それまでただ降り注ぐだけであった雨が風雨となり、暴風へと変わっていく。

 海は荒れ、巨山のような波頭が鯨竜を翻弄し、叩きつけられる波は頑丈に固定されているはずの砲台をももぎ取っていく。

 そして、龍の巣の大地は不気味な振動をはじめた。

「なんだ! 今度はいったいなにが起こるというんだ!?」

 怪物は倒したはずなのに、死の雨は嵐となってエルフたちを襲う。

 ミズノエノリュウも、空に潜む悪の元凶へと吼える。怒りのままに、怒りのままに吼える。

 なにが起こっているのか、なにが起ころうとしているのかわかるものはいなかった。ただ、生まれてからずっと精霊とともに生きてきたエルフたちは、汚しつくされた大気の、地の精霊たちがはてしのない怒りの叫びをあげていることだけは聞き取れた。

 こんなに憎悪にあふれた精霊の叫びは聞いたことがない。奴はいったいなにをしようとしているのだ!

 エルフたちがそう思ったとき、竜の巣のすべてに悪魔の宣告が響き渡った。

 

「フハハハ! 今の戦いで、大気に、大地に、怒りと憎しみのマイナスエネルギーが満ち溢れた。精霊よ、わしが憎いか? 破壊したいか? ならば願いを叶えてやる。さあ、実体となって現れるがいい! いでよ、台風怪獣バリケーン! 灼熱怪獣ザンボラー!」

 

 巨大な雷光が空中で交差し、大地に矢のように吸い込まれていく。

 すると、黒雲から降りてきた竜巻が渦巻き、裂けた大地からマグマが噴出しはじめた。

 そして、竜巻の大気が凝縮して形を成していき、マグマの中から小山のようななにかが浮き上がってきた。

「あっ、あれはーっ!」

 エルフたちは見た。竜巻が青白い巨大なクラゲのような怪物に変わり、マグマの中から背中を火山のように灼熱化させた怪獣が現れるのを。

 それが、台風怪獣バリケーンと灼熱怪獣ザンボラー。かつてウルトラマンジャックと初代ウルトラマンを苦しめた怪獣を、ヤプールがマイナスエネルギーを凝縮させることによって再生させたのだ。

 二大怪獣の出現と、それがもたらす災厄はすぐに始まった。

 バリケーンの頭部のクラゲのような傘が回転し始めると、猛烈な暴風雨が生み出され、ザンボラーの背中の棘が発光すると、超高温の熱波が周辺の岩を溶かし、遠く離れているはずの艦隊にも火災が発生し始めた。

「うわぁぁーっ!」

 圧倒的な暴風と、火山の爆発にも匹敵する熱波の中ではエルフの艦隊といえどもなすすべはなかった。竜は騎兵ごと吹き飛ばされ、舷側の装甲が引きちぎられて飛んでいく。もはや、戦うなどとは夢にも思えず、彼らに残されたできることはただ祈ることだけだった。

「大いなる意思よ! 我らをどうか、どうか悪魔の魔手より救いたまえ!」

 天災の前に、人知の抗うすべなどはない。将校も兵も関係なく、彼らは必死に祈った。唯一すがれることができる、強大なる力を持つ地の守護神に、心からの祈りを捧げた。

「龍の王よ、今一度その力を見せてください。再び怒って、どうか悪魔を倒してください!」

 しかし、彼らがいくら祈ってもミズノエノリュウは動かなかった。バリケーンとザンボラーがいくら暴れ、竜の巣が破壊され、自らが傷つけられていっても抵抗せずに、じっと耐えているだけだった。

「なぜ……なぜ戦わないんだ?」

 龍の王の力を持ってすれば、たとえ二大怪獣が相手でも戦えるはずだ。なのに、なぜ無抵抗なのだ? そのとき、エルフたちの困惑をあざ笑うように、ヤプールの声が響いた。

「いくら祈ろうと無駄だ。精霊は自らを汚す異物に対しては抵抗することができても、同じ精霊同士で争うことはできまい!」

「なっ、なんだと! ま、まさかあの怪物どもは」

 エルフたちは、まさかそんなことがあるはずはないと自らの考えを否定した。しかし、ヤプールの突きつける現実は、彼らにとってもっとも残酷な形で現れた。

「この星の自然に宿るエネルギーに意思があるならば、当然怒りや憎しみもある。死の雨で大気と地を汚し、戦いで怒りを駆り立ててれば、憎悪に支配された意思を操るなど我らにとってはたやすいこと。貴様らの信ずる精霊は、いまや我々の忠実なるしもべとなったのだ!」

 それこそが、ヤプールの真の狙いであった。マイナスエネルギーの集合体であるヤプールは、生物の負の心を操ることに長けている。かつても食用にされていった牛たちの怨念を操って、牛神超獣カウラや、水質汚染で死んでいったカブトガニの怨念を利用して大蟹超獣キングクラブを生み出している。

 すべては、精霊を掌中に収めるための罠だった。バラバははじめから囮で、ミズノエノリュウさえ利用されていたことに、エルフたちはようやく気づいたが、もはやなにもかも手遅れだった。

「まさか、精霊が悪魔のしもべと化すなんて。そんな、そんなバカなーっ!」

「悪魔だ。おれたちは本物の悪魔を相手にしてしまったんだ」

 空中艦隊は暴風に翻弄されて次々に墜落していく。水軍も、必死で海域を離脱しようと試みるが、海は鯨竜でも泳ぐことが困難なほど荒れ狂う。

 そして、竜の巣の大地が裂け、巨大な亀裂が口を開けて、すべてを飲み込みだした。

「ああっ! 龍の王が!」

 ミズノエノリュウが、悲しげな遠吠えとともに亀裂の中へと沈んでいく。それが、絶望への最終楽章であった。

 守護龍でさえも敗れ去った。頼るべきものをすべて失ったエルフたちは、あるものは無抵抗に艦と運命をともにし、あるものは現実を拒否したまま暗黒のふちへと消えた。

 だがそれでも、生への一片の可能性にかけて、執念を燃やしたものたちの操るわずかな艦が、海域から離脱しようとよろめきながら進んでいく。

 ヤプールは、それらの艦を打ち沈めようとはしなかった。慈悲の心があったわけではない、そんなものは奴にはない。さらに残酷なことを企んでいたからだ。

「フハハハ! せいぜい生きて帰るがいい。そして、貴様らの口から絶望と憎悪の声を広げるがいい。それこそが、我々の新たなる力となるのだ!」

 

【挿絵表示】

 

 勝ち誇り、高らかに笑い続けるヤプールの声が、死の大地と化した竜の巣を覆いつくしていった。

 

 

 続く


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