ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第47話  進化の道筋

 第47話

 進化の道筋

 

 深海怪獣 ピーター

 菌糸怪獣 フォーガス 登場!

 

 

「消え去れ、愚か者たちがしがみつく虚栄の城よ。そして、この私の新たな進化の苗床となるがいい」

 激震に見舞われ、幼児の手の中でもてあそばれる積み木の城のように揺さぶられるアーハンブラ城。古来よりこの城の歴史を見守ってきた、美しい装飾の施された壁石が崩れ去り、絢爛なステンドグラスが粉々の破片に変わって舞い散る。

 瓦礫と化していく城に代わって台頭してくるのは、敷石を突き破って伸びていく巨大な柱のような物体だ。一本が直径五メートルはあるそれは、城のありとあらゆる場所から、さらに城の立つ丘やふもとの町からも空を目指して伸びていく。

 未知の物体に侵食され、別のものへと変貌しようとしているアーハンブラ城。かろうじて原型を保ち続けているのは城の中庭だけだ。そこで、才人たち一行と、ビダーシャルとルクシャナを不気味な怪人が見下ろして笑っていた。その顔は人間とも、この星に住むあらゆる亜人とも違い、目や口は昆虫的だが、頭部全体はオレンジ色のこぶで形成されており、まるでキノコが寄り集まってできたような不気味な形状をしている。

 使用人として送り込まれ、顔を隠してずっと自分を監視してきたこの怪人はなんなのか。ビダーシャルは本性を現した黒衣の怪人に向かって叫んだ。

「お前は、いったい何者だ!」

「ファハハハ……フォーガス、別の世界では私はそう呼ばれていた」

「フォーガス……?」

 その名が、地球では英語で『毒キノコ』を意味する単語であることを彼らは当然知らない。しかし、エレオノールやロングビルにとっては名などはどうでもよかった。ともかくこいつは自分たちを排除しようとしている上に、ビダーシャルと違って話が通じる雰囲気は微塵もない。ならば、先制攻撃あるのみだ。

「くらえ化け物!」

 話をさえぎって、ロングビルの投げナイフとエレオノールの『土弾(ブレッド)』の魔法が怪人を襲う。よけるまもなく頭部をナイフで打ち抜かれ、硬化した土の弾丸を無数に浴びせられた怪人は全身をボロボロにされてひとたまりもなく倒れこむ。しかし、ルクシャナがまだ聞きたいことがあったのにと抗議しようとした瞬間、信じられないことが起こった。なんと地面からキノコが生えるように、まったく同じ怪人の姿のフォーガスが出現したのだ。

「やれやれ、まだ自己紹介もすんでないというのに、低脳な生き物はこれだから困る」

「そんなっ!? どういうことなの」

 倒したはずの相手が何事もなかったかのように復活するさまを見て、攻撃をかけた二人は愕然とした。フォーガスはそんな二人をあざ笑うかのように笑い、城全体を覆った謎の柱を、いまや数百本に相当するまで増えて、数百メートルの高さでひとつに絡み合おうとしてる謎の物体を指差した。

「この姿は、お前たちと会話するために作り出した私の分身にすぎん。お前たちでいうなら髪の毛の一本というところになろう。私の本体は、それ、君たちが見ている光景そのものだよ」

「光景って……まさか!」

 ありえない答えに、一行は例外なく空を見上げた。巨大な柱状の物体がからみあったものは、アーハンブラ城の上空で木が枝を広げるように四方へと拡大していき、やがて城がすっぽりと影に覆いつくされるほど巨大な傘に変わる。そして、その傘の裏側にあたる部分のひだのような放射状の独特の模様が、彼らにある生物の名前を連想させた。

「こいつはもしかして、とんでもなくでかいキノコの化け物かよ」

 才人のつぶやいた、普通なら正気を疑われるような言葉を否定する者はいなかった。彼らは傘の半径が数百メートルにも及ぶ超巨大キノコの真下にいる。一同は常識を超えた光景を目の当たりにして絶句したが、特に頭の回転の速いエレオノールやルクシャナは、キノコならばといち早く我に返った。

「わかったわ。信じられないけど、あんたは知性を持ったキノコの怪物ってわけなのね」

「本体は地面の底に潜って、分身だけを地上に上げて叔父さまを監視してたのね。道理で、叔父さまでも正体がつかめなかったはずだわ」

「ほう、お前たちはほかの連中と違って多少は知恵がありそうだ。そのとおり、私はいまやこの城を完全に支配した巨大な知性だ。お前たちの見ているものすべてが私の脳だ。たかだか数キログラムしかないお前たちの脳など比較にもならぬ、全宇宙最高の頭脳を持つのがこの私だ!」

 高らかにフォーガスは宣言し、アーハンブラ城は中庭を残して完全に巨大キノコに取り込まれた。一行は、自らの視界を埋め尽くすものを見て、これがすべて脳なのかとさらに戦慄した。こんな、山ほどもある脳など聞いたこともない。

 ただ、進化の可能性としてはありえなくもない。ルクシャナは、専門からは離れるが、かつて学んだ生物学の知識から、そのことを生命の危機から意識をそらそうとするように分析した。

「キノコは植物に似てるけど、実は菌糸という細い糸のようなものが寄り集まってできてる。確かに、動物の脳の構造と似ているといえばそうかもしれないわね。でも、どんな進化を遂げてもあなたみたいな生物が突然生まれるはずがない。あなた、いったいどこから来たの?」

「ほお、おもしろい。未開の惑星だと聞いていたが、そこまでの知性を持つものもいたのだな。よかろう、理解できるかは知らぬが、教えてやろう。私がいた、こことは違う別の世界のことを」

 別の世界という聞き捨てならない単語に動揺する一行に、フォーガスはさらに語った。

「かつて私は、ここよりもはるかに進んだ文明を持つ世界に存在していた。そこにもお前たちのような人間がいて、独自の文明を築いていたが、その文明の進化は行き詰っていた。そんな人間たちを見た私は、無用な人間を滅ぼして、この頭脳をさらに進化させる苗床にしようと考えたのだ。菌糸を伸ばし、無限に巨大化することのできる私はいわば無限の進化を可能とする究極の頭脳だからな。街をひとつ飲み込み、私は全世界に影響力を発揮できるまで進化した。しかし、残念なことにあと一歩のところで私の進化は阻まれ、私は滅ぼされてしまった」

「ふん、でかくなるしか能のないキノコが無限の進化とは笑わせるわ。身の程を超えた野望は失敗して当然よ」

 見下すようなエレオノールの言葉に、フォーガスは怒るかと思われたが、むしろせせら笑うように返した。

「ファハハハ! 貴様らこそ進化を語るには身の程を知らん。文明の発祥から六千年のときを経過しながら、なんの進化もなく停滞し続ける貴様らなど、最初から知的生命としての価値などありはしないのだ!」

「なん……ですって! だけどあんただって、無謀な進化を試みたあげくに滅ぼされたって言ったじゃない」

「フッ、あれは私も油断した。もっと巨大に成長してから行動を起こせばよかったのが、焦ったのが失敗だった。しかし、運命は私に味方した! 完全に焼き尽くされたかと思われた私の本体から、菌糸一つが奇跡的に生き残って回収されたのだ。この世界に連れてこられた私は地下で増殖し、今日ついに完全な復活を遂げた。今度はこの世界を覆いつくし、進化の究極を達成してみせるぞ!」

「なんですって!? あなた、ジョゼフに従ってるんじゃないの?」

「人間なぞに私は従わん。私の再生が完了するまで利用させてもらっただけだ。奴は私をくだらぬ見張り役などに使うつもりだったようだが、まずはガリアを呑みつくしてその思い上がりを正してやる。次はハルケギニア全体、そして貴様らエルフどもの土地、最後にはこの惑星全体が私と一体化するのだ!」

 恐るべき計画をあらわにしたフォーガスを、一同は憎憎しげににらみつけた。しかし、攻撃をかけようにもいまやアーハンブラ城すべてがフォーガスと化してしまったようなものなのでどうにもならない。そうしているうちにもフォーガスの菌糸は中庭にも侵食してきて、通路はひとつ残らず塞がれてしまった。

 寄ってくる菌糸を才人が切り裂き、ほかの面々は魔法で食い止めるが、文字通りきりがない。強力な先住魔法を使えるビダーシャルやルクシャナも、かろうじて自分の周りを守るだけで精一杯だ。

「叔父さま! 叔父さまはこの城全体の精霊と契約してるんでしょ。なんとかできないの?」

「無理だ! 石も風の精霊も、完全に奴に呑み込まれてしまった。もうこの地で、我に従う精霊はない」

 自然の精霊の力を借りるという先住魔法の弱点が現れていた。借りるべき精霊を封じられたら文字通りなにもできない。

 フォーガスは円陣を組んで、必死に防戦している一同を見て愉快そうに笑った。

「ファハハハ、貴様らの力など所詮その程度よ。今日から貴様らに代わって、私がこの星の支配者になってくれる。手始めに、貴様らはこのガラクタの城とともに消え去るがいい!」

 その瞬間、フォーガスの菌糸の侵食についに耐えられなくなったアーハンブラ城が轟音を立てて崩壊し始めた。城砦も、尖塔も、すべてバラバラの岩石に分解されて崩れていく。逃げ場はない、このままでは全員数千トンもある城の成れの果てに生き埋めにされてしまうだろう。

 だがそのとき、ビダーシャルが意を決したように叫んだ。

「全員! 私に掴まれ!」

「えっ!? どうい」

「説明している時間はない! 死にたくなければ言うとおりにしろ」

 ルクシャナも見たことないほど鬼気迫ったビダーシャルの表情に、一同は反射的にその言葉に従った。わけもわからないまま、とにかくビダーシャルにしがみつき、間に合わなかった者はしがみついている者に掴まる。

「ようし、全員掴まったな。いくぞ!」

 ビダーシャルは左手で右手を握り締めた。それを合図に、彼の指にはめられている指輪に仕込まれていた風石が力を解き放った。一気に重力が逆になったような感覚が全員を襲い、次の瞬間彼らは空へと飛び上がった。

 

「うわぁぁぁぁーっ!」

 

 降り注いでくる瓦礫を潜り抜け、巨大キノコの傘スレスレのところを彼らは固まって飛んだ。

 天地が逆転し、自分がどこにいるのかすらわからない。ただ、手を離せば終わりという恐怖だけが、必死にしがみつく手に力を込めさせて、失神することを許さなかった。

 そんな感覚が数十秒ほど続いただろうか。気がついたときは、彼らは砂漠の中に砂まみれになって放り出されていた。

「げほっ、げほっ、こ、ここは……?」

 吸い込んでしまった砂を咳き込んで吐き出しながら、ルイズは周りを見渡した。自分たちのいるのは砂丘の中腹で、みんななかば埋もれるようにして散らばっている。むろんその中には才人もおり、ルイズはまず安心するとともにさらに遠くまでを見渡した。アーハンブラ城を飲み込んだフォーガスの巨大キノコは、自分たちのいる場所から、ほんの数リーグしかない場所に聳え立っており、あまり遠くまで来たわけではないようだ。

 やがて、皆が砂の中から這い出してきて集まってきた。

「あいてて、下が砂でも腰を打っちゃったわ。あなた、いったいなにをしたのよ?」

 緑髪を砂まみれにしたロングビルが尋ねると、同じように砂まみれになっていたビダーシャルが頭を払いながら答えた。

「万一のための脱出用の風石の指輪を使ったのだ。一度限りだが、効力はみてのとおりだ」

「はぁ、たしかに指輪が台座だけになってるわね。そういえば、テファもお母様から治癒の効力を持った指輪をもらってたっけ。あれと同じようなものか、エルフの技術ってのはほんとすごいわね」

 ロングビルや才人たちは、以前タルブ村で聞かされた昔話を思い出した。三十年前にタルブ村を襲った吸血怪獣ギマイラとの戦いで命尽きた佐々木隊員を蘇生させたのも、ティファニアの母が持参していた水の力を秘めた魔法の指輪だったという。

 エレオノールたちはあらためて、エルフの持つ高度な魔法技術に恐れ入った。先住魔法の威力だけでなく、こうした魔法道具の利便性に関しても、エルフは人間を大きく上回っている。しかし、そのおかげで命拾いしたのはまぎれもない事実だった。

「感謝するわ。まさか、エルフに命を救われるなんて夢にも思わなかった」

「勘違いするな。置き去りにしてもよかったが、選んでいる時間がなかっただけだ。それよりも、本来は数十リーグを飛べるのだが、さすがにこの人数を抱えては城の外まで飛ぶのが精一杯だったようだ」

 エルフ、人間合わせて総勢七人は定員オーバーもいいところだったようだ。まともに飛ぶこともできず、途中で失速してしまった結果がこれだったらしい。下が砂丘でなかったら命も危なかった。

 いや、実のところの原因は別にあるようだ。一同は、ティファニアが大事そうに抱えている生き物に目をやり、ロングビルが呆れたように言った。

「テファ、あなたそいつまで連れてきてたの。道理で重過ぎるわけだわ」

「だって、あのままあんなところに置いておくわけにはいかないじゃない」

 なんと、ティファニアはピーターまで連れてきてしまっていた。こいつは巨大化するに従って体重も増加するので、砂漠の外気にさらされればそれは重くなる。実際、ティファニアが暑さよけに外套をかぶせてやっているものの、もう体格は三メートルを超えていた。最大時には一万五千トンにもなるので、もう三トンくらいにはなっているかもしれない。むしろアーハンブラの街中に墜落しなかったのが奇跡的だ。

 ロングビルはティファニアの優しさを否定するわけにもいかず、ピーターは助けられたことがわかるのかティファニアに鼻を摺り寄せている。連れて帰ってもどうしようかと思ったが、まあ変な虫がつかないためのボディガードにはいいかもしれない。

 

 しかし、命が助かったことにほっとしていられたのもそこまでだった。

「見ろ! フォーガスの野郎、まだ巨大化するつもりかよ」

 才人の指差した先で、フォーガスの巨大キノコは目に見えて成長を続けていた。すでにアーハンブラ城は完全に飲み込まれて跡形もなく、ふもとの町もキノコの幹に取り込まれかけている。さらに菌糸は砂漠にも侵食を始めているではないか。

「なんてことなの! このまま奴が砂漠を越えたら本当にガリアどころか、ハルケギニア全体がフォーガスに飲み込まれるわよ!」

 エレオノールがフォーガスの成長スピードの速さに悲鳴のように叫んだ。奴の言ったことは誇張でもなんでもなく、本気で全世界を取り込んでしまうつもりなのだ。最終的には星そのものと同化した、超巨大な生命体と化す。それこそが奴のいう究極の知性、惑星大の脳というわけだ。

 着実に自分たちにも近づいてくるフォーガスに、危険を覚えたロングビルはティファニアをかばいながらエレオノールに叫んだ。

「ど、どうすんのよ! このままじゃ私たちもあの化け物キノコに飲み込まれるわよ。あなた学者でしょ、なんとかならないの!」

「む、無茶言うんじゃないわよ。ルクシャナ、あなたたちの先住魔法でどうにかできないの?」

「無理よ! だって大きすぎるんだもの。こりゃもう……やることはひとつしかないんじゃないの」

 ルクシャナがさすがに引きつった表情でいう方法を、エレオノールもロングビルも聞かなくても理解した。これはもう、人間でもエルフでも、個人の力でどうにかできる範囲を超えている。軍隊でも連れてこなくては太刀打ちできない。だが、ビダーシャルの風石の指輪はもうなく、できることはエルフでも人間でもひとつしか残っていない。

 

「走れっ!」

 

 大貴族も元盗賊もエルフも完全に意見が一致した。プライドや種族の差など、本当に追い詰められたときは何の価値も持たない。

 死ねばすべてが終わってしまう。たとえ多少の無様をさらしても、生き延びたい。生きなくてはなにも成し遂げることはできない。

 まだまだやりたい研究がある。ティファニアを子供たちのところに帰したい。手のかかる姪が嫁に行くまでは見守ってやりたい。

 思いは人それぞれなれど、このときは誰もが巨大キノコに押しつぶされて死ぬより、無様でも逃げて生き延びたいと願った。

 

 だが、逃げようとする一同に、頭の上からかぶさってくるようにフォーガスの声が響いてきた。

「逃げられると思ったか! 私の菌糸はすでに四方数十キロに広がっているのだ。もはや、この一帯の砂漠は私と一体となった。見よ!」

 その瞬間、彼らの目の前の砂丘が爆発したかと思うと、地底からキノコの塊がいびつに人型をとったような怪獣が現れて行く手を阻んできた。

 怪獣は全長五十六メートル、口の中に赤く光る単眼を持ち、両腕の鞭状になった菌糸を振りかざして襲ってくる。

「なんなのよこれは!?」

「ファハハ、驚いたか。ここまで巨大に成長した私なら、体の一部を変形させて分身を作るなどたやすい。つぶれて死ね、無力な生命よ」

 フォーガス・怪獣体は、両腕の触手を彼らに向かって容赦なく叩きつけてきた。

 ティファニアの頭上に迫った触手から、ロングビルが間一髪で彼女を助け出し、あおりを受けてエレオノールが吹き飛ばされる。

 先住の防御魔法『カウンター』でルクシャナと自分の身を守ろうとするビダーシャルも、重量だけで数千トンはある触手は防ぎきれない。

 その光景は、まるで蟻をつぶそうと追い回す幼児にも似て、無慈悲でかつ圧倒的であった。

 

 だが、いかに優れた頭脳を持った生命であろうと、暴力をもっての侵略は決して許されない。

 

「サイト、やるわよ」

「ああ、あいつは許さねえ」

 フォーガスの攻撃で、砂漠の砂が巻き上げられて周囲に立ち込め、視界を急速に奪っていく。

 どこからか、「ルイズ、どこなの!」というエレオノールの叫びが聞こえてくるけれど、今は見えないことこそ望ましい。

 才人とルイズは右手のリングをかざし、互いの意思がひとつであることを認め合った。

 そうだ、ハルケギニアもサハラも、あんな奴に渡してはいけない。この星は、この星に住むすべての生命のものなのだ。

 二つのリングがまばゆく輝き、二人はその光を手のひらとともにひとつに重ねた。

 

「ウルトラ・ターッチ!」

 

 乾いた砂塵を吹き飛ばし、銀の巨人がここに立つ。

 エレオノールたちにとどめを刺そうとしていたフォーガスは大きく弾き飛ばされ、彼女たちは醜い怪物に代わって、雄雄しく砂漠に立つ光の戦士の背中を見た。

「ウルトラマン……エース!」

 風に消えていく砂埃のように、絶望が希望に変わりゆく。これまで幾たびとなく、ハルケギニアの危機を救ってくれた光の巨人。

 エレオノールとロングビルは自然と手を取り合い、ティファニアはスノーゴンとの戦いのときを思い出して、ピーターの腹にぐっと体をよせて息を呑む。

 そしてルクシャナとビダーシャルは、噂に聞き、はじめて目の当たりにする世界の救世主の勇姿に、生まれて目にしてきたあらゆるものと違う圧倒的な存在感を感じていた。

「あれが……ウルトラマン。すごい! それに、叔父さま、この感覚は」

「ああ、あれが現れたとたんに、怒りに狂っていた周辺の精霊たちが静まった……いったい、これは」

 人間には感知できない自然の"声"とでも言うべきものを感じ取ったエルフの二人は、その自然の意思の化身『精霊』がウルトラマンを祝福しているのを感じた。

 それは、ウルトラマンが純粋な光の化身であるからだ。かつて、人間と同じ姿をしていた光の国の住人は、自らの星の太陽が消滅したことにより、人工太陽プラズマスパークを作って、その光に含まれるディファレーター因子により超人としての力を得た。しかし彼らはその圧倒的な力におぼれることなく、全宇宙を破壊と暴力による支配から守るために命をかけてきた。

 その気高い魂によって救われてきた数多くの星の命の息吹がエースに宿り、時空を超えてもエースを守り続けている。

 だからこそ、かけがえのない命の息吹を、自らの欲のために犠牲にしようとしているものは許さない!

 

「シュワッ!」

 

 こぶしを握り、エースは吹き飛ばしたフォーガス・怪獣体を見据えた。奴はキノコの菌糸の変異体なので、動きは鈍重ですぐに反撃してくる様子はない。そして、怪獣体から怒りに震えたフォーガスの声が漏れてきた。

「おのれぇ。貴様がウルトラマンAか、余計なまねをしてくれて。貴様も、私の進化の邪魔をするつもりか」

「フォーガス、お前がいかに優れた生命であったとて、命を踏みにじる権利などは誰にもない! この星から出て行け」

「こざかしい。ならば貴様から倒すまでのことだ!」

 フォーガスは両腕の触手を伸ばしてエースを攻撃してきた。しかしエースはたじろぐことなく、体を大きく左にひねり、返す勢いを加えてフォーガスに向かって腕をL字に組んだ!

 

『メタリウム光線!』

 

 エース必殺の光線は、迫りきていた触手を爆砕し、そのまま威力を衰えさせずにフォーガスに直撃する。

 一瞬の硬直の後、フォーガスは木っ端微塵に吹き飛んで砂漠に破片を散らせた。

「やった!」

「あの巨体を一撃で。なんという力なんだ」

 エースの勝利に、エレオノールたちからは歓声が、ビダーシャルたちからは驚嘆の声が漏れる。

 しかし、あまりにもあっけなさすぎはしないか? 無限の進化を語っていたにしては、こうも簡単に倒されるとは……?

 勝利の美酒は、その当たり前の疑問を彼らの思考からわずかなあいだだけ消去させた。

「っ!? エース、後ろよ!」

 ロングビルの叫びがエースの耳に届き、振り向こうとしたときにはフォーガスの攻撃は成功していた。太い触手が首にからみつき、強力な力で締め上げてくる。

「ヌッ! ウォォッ!?」

 苦しみながら体ごと振り向いたとき、そこには倒したはずのフォーガスがいた。

 バカな! と思うまでもなく、その疑問の答えは示される。砂漠から、まるで枯れ木にキノコが増殖するようにフォーガスが二体目、三体目と出現してくるではないか。

「馬鹿め、私は数十キロ四方に広がる巨大な知性体だと言っただろう。お前は私の体の、ほんの一部分を破壊したにすぎんのだ」

 勝ち誇ったフォーガスの声が響き、触手に加わる力が強くなってくる。

 しまった。怪獣の派手な姿に幻惑されて、あれが奴の本体ではないということを忘れていた。あの怪獣体は、いわばタケノコのようなものだ。一本一本は独立しているように見えても、実際は地面の下の地下茎というものでつながっていて、地上のタケノコをいくら掘り返しても後から後から生えてくる。

 フォーガスは自らの力の強大さを誇示するかのように、さらに三体の怪獣体を増やしてエースを包囲してくる。これで敵の数は六体にまで増えた。そのあまりの展開力に、エレオノールは愕然として叫ぶ。

「なんてことよ! これじゃ、あいつは無尽蔵に怪獣を生み出せるってことじゃない」

「違うわよ。私たち全員が、もうあいつの体内に呑まれた獲物みたいなもの。これじゃ、いくらウルトラマンでも勝てっこないわ!」

 無限の敵を相手に勝つ手段などはない。生物の体内に入り込んだ異物が抗体に袋叩きにされるのにも似て、怪獣体は鈍重な動きを苦にせずに、腐肉に群がっていくハイエナのようにエースに向かっていく。

 このまま六体もの怪獣体に集中攻撃を受けたらエースとてひとたまりもない。脱出するなら今しかない、才人は叫んだ。

「エース、上だ! 地上で戦っても勝ち目はねえ!」

「ああ!」

 才人の声を受けて、エースは唯一フォーガスに侵食されていない空を見上げた。そして、首を拘束している触手を外すため、瞬間的に全身から高熱を放射した。

 

『ボディスパーク!』

 

 エースの全身が発光し、熱放射と同時に触手を引きちぎる。自由になったエースは砂漠の砂を蹴って飛び立った。

「ショワッチ!」

 飛翔したエースに向かって、怪獣体は触手を伸ばして追いかけてくる。しかし、兄弟最速の飛行能力を持つエースは触手の追撃を悠々とふりきると、安全な高度に達して空中に静止した。

 目の前にはアーハンブラの丘を完全に呑み込み、さらに巨大化を続けている巨大キノコが威容を誇っている。すでに、傘の半径はキロ単位に及び、エレオノールのいるあたりにも夜のような影が近づきつつある。

 少しも収まる気配のないフォーガスの成長速度は、この調子で奴の拡大を許せば一ヶ月も経たずに惑星すべてが呑まれてしまうだろうと予測するのは容易であった。奴を、今止めなければもうどんなことをしても止めることはできなくなる。

 エースだけでなく、才人とルイズも、この地上最大の怪獣……超巨大キノコへ向けて、全力の一撃を心をひとつにしてはなった。

『メタリウム光線!』

 並の怪獣なら跡形も残さず粉砕できるほどの破壊光線の奔流が、巨大キノコの幹の部分に突き刺さっていく。しかし、光線は表面をやや削り取ることはできたが、内部まで貫くことはできなかった。しかも傷つけた部分もすぐに新しい表皮に埋められてしまい、むだにエネルギーを消費させられたことに才人は歯噛みした。

「なんていう頑丈さなんだよ!」

「いや、攻撃の破壊速度よりも奴の成長速度が上回っているんだ。これでは、文字通り焼け石に水だ!」

 エースも打つ手が見つからず、点滅をはじめたカラータイマーに焦燥を覚え始めていた。不死身に近い生命力を持つ怪獣ならば、ウルトラ兄弟が戦ってきた相手の中にも数多くいたし、このハルケギニアに来てからも、前回戦ったマグニアのような相手もいた。しかしこいつはこれまでの敵にはいなかったタイプだ。巨大化という、もっともシンプルだがそれゆえに強力な方法で攻めてくる。

 そのとき、またもフォーガスの声が今度は砂漠全体に広がるほどに響いた。

「さすがの貴様も策に窮したようだな。ウルトラマンA、ここがもっと文明の発達した惑星であったならば、じっくりと菌糸を伸ばしてネットワークから乗っ取っていくところだが、そんなものはないこの星であれば、自己増殖のみに集中することができた。私はすでにこの惑星上において最大の生命体となった。いまや、貴様は象に挑む蟻にも劣る。まだ抵抗するつもりか?」

「ぬぅ……」

「ふははは。だが、私はこの宇宙で比類なき進化を遂げた君たち種族に大いに興味がある。どうだ? 進化の可能性の尽きたこんな星の生命など見限って、私につかないか?」

「なんだと!」

「この星の生命に、もはや進化の見込みなどないことは彼らの歴史が証明している。六千年もの時間を要しながら、なんらの文明の進歩もなく、宇宙へ出て行くすべすら持たない連中なぞ、存在する価値などない。さあ、お前は"奴"よりは利口だと思うが、返答はどうする?」

 自らを上位者だと信じて疑わない傲慢な要求だった。エレオノールたち人間も、ビダーシャルたちエルフも、身分や種族、または成績や才能の差で差別されることはあっても、生命としてここまで見下されたことはない。しかも、フォーガスの言っていることは一面では真実だと認めざるを得ない。

 六千年間、なんらの進歩のない世界。いくたびとなく襲来する、想像を絶した技術を誇る侵略者たちの残したものを見れば、おのずと自分たちが取り残されているということを痛感させられる。エレオノールやルクシャナは、かつてトリスタニアを襲撃し、回収されたロボット怪獣メカギラスやナースの残骸を検分するたびに、次元を超えた超テクノロジーの存在に震えを感じ、自らのいかなる技術を持ってしても作り出すことのかなわないそれに、劣等感を覚えさせられるのだ。

 そんな自分たちを、なぜウルトラマンは守ってくれるのだ。彼女たちは息を呑んで、エースの言葉を待った。

「断る」

「愚かな。貴様たちは、この宇宙でも比類なき進化を遂げた種族であるのに、なぜその力を無益なことに使おうとする? さらなる進化を追及し続けるのが生命の本能。その本能すらも忘れた生命になんの守る価値があるというのだ?」

「フォーガス、ただひたすら進歩を目指すだけが進化ではない。お前のやろうとしていることは宇宙の調和を乱し、最後には自らをも食い尽くして自滅へと突き進む、歪んだ進化だ。そんな過ちに、手を貸すわけにはいかない」

 それはエースが、地球人北斗星司として生きてきたときに学んだことであった。

 エースが地球に滞在していた西暦一九七十年代は、日本は高度経済成長の中でひたすらに進歩を求めてきた。

 山を切り開き、海を埋め立て、高度な技術で作り上げられた製品は人々の生活を格段に豊かにした。

 しかし、その代償に人間たちは心の豊かさを失い、自然を破壊し、公害で自らをも蝕んだ。

 ザンボラー、テロチルス、ムルチ、サウンドギラー、カイテイガガン、グロブスク。自然破壊が呼び、公害が育んだ怪獣は数多い。

 後年、ようやく見境のない発展が地球を破滅へ追いやることを知った人類は、自然保護に努めたが、それまでに奪われた命は数知れない。

「宇宙は、この星は、お前だけのためにあるわけではない。まして、人間でもエルフだけのものでもない。この星の生命すべてに平等に生きる権利があるんだ。もう一度言う。どんな理由があろうと、お前にこの星を自由にする権利などはない!」

「ならば、なぜ人間やエルフなどに味方する? この星にいるだけで、知的生命としてはなんらの存在価値もないではないか!」

 フォーガスの問いに、エースはすぐに答えようとはせずに、一度地上にいる人間とエルフ、ふたつの種族を見つめた。

 

「彼らは決して進化を放棄しているわけではない。確かにお前の言うとおり、彼らの文明は未成熟かもしれない。しかし、彼らはそんな世界においても、毎日を悩み、苦しみながら、それでも明日を生きようと懸命に努力している。誰かを守るために戦い、自らを投げ打っても愛するものを救おうとする美しい心を育てている。そして今、憎むべき敵であったはずのふたつの種族は同じ大地に立っている。彼らは、エルフと人間は決して相容れないものではないことを証明した……憎しみや恐れを捨てて、異種族との共存の可能性を見せてくれた。それもまた進化だ。進化とは、心の成長、精神を美しくしていくことでもあるんだ!」

 

 ウルトラマンAは、フォーガスの求める進化とはまったく別の形での進化の姿を提示した。

 それは、形のある進化ではなく内面の変化。そう、生命はそれ単独で存在しているわけではないのだ。

 生きるために戦うことはある。しかし、生きるために助け合うこともある。他者を傷つけ、排除するのではなく、ともに生きること。

 人と動物はなにが違うのか。それは自らと異なるものを仲間として受け入れられること。心とは、そのためにある。

 宇宙には、高度な文明を発達させたが、超兵器開発のやりすぎで自らの星を滅ぼしてしまったメシエ星雲人や、怠惰な生活を続けたせいで使役していたロボットに反乱を起こされて滅ぼされたファンタス星人など、心の進化を置き去りにして自滅した星がいくつもある。

「進化とは、ただやみくもに文明を高度にしていくことではない。文明とはしょせん道具にすぎず、しかも諸刃の剣でもある。扱うものに心がなければ、たやすく持ち主に牙をむく。この星の人々には、お前にはない他者を慈しむ優しい心がある。それがなによりも大事なんだ!」

 エースのその言葉に、才人とルイズ、ロングビル、ティファニア、エレオノール、そしてビダーシャルとルクシャナは、ウルトラマンが見せかけだけの進化を人々にもとめていないことをおぼろげに悟った。

 いくら文明を発達させようと、花を美しいと思えなかったり、道端で泣いている子供の前を通り過ぎられるような人間は人間といえるのか。

 しかし、あくまで物質的な進化を求めるフォーガスはエースの願いを一蹴する。

「くだらん! 生命は常に弱肉強食。より進化したものが遅れたものを滅ぼし繁栄する。それが宇宙の真理だ」

「それは違う! 心を持つものが持たないものと異なる理由は、互いを理解し共存するためだ。私は信じる。この星に生きるものたちの心に宿る光を、明日を切り開いていく無限の可能性を!」

「なにを言ったところで、虫けらのように這い回って空を見上げるだけのそいつらには何もできん。死ね!」

 巨大キノコから触手が伸び、エースを串刺しにしようと襲ってくる。だが、そんなものにやられはしないと、エースは高速で回避する。

「シュワッ!」

 砂漠から、または巨大キノコから次々に触手が槍のように襲ってくる。エースは、かつて神戸で戦った究極超獣Uキラーザウルス・ネオとの戦いを思い出した。あのときも、無数の触手を伸ばして襲ってくるUキラーザウルスに対して、兄弟は壮絶な空中戦を演じて、エースもウルトラギロチンで数本の触手を切断している。

〔変幻自在のUキラーザウルスの攻撃に比べれば、このぐらいはなんということはない〕

〔でもエース、避けてばかりいても、なんとかしないとすぐにやられちゃうわよ〕

 ルイズの危惧ももっともだった。エースのエネルギー残量はメタリウム光線を二発撃ったためにかなり減少している。なにか、フォーガス攻略の決定的な糸口を早期に見つけなければ、エースの力はあっというまになくなる。

 だがエースは悲観してはいなかった。彼は一人で戦っているわけではないからだ。

 

 そのころ、地上ではエレオノールやルクシャナが必死に状況を打開する手段を模索していた。

「あいつめ、私たちをとことんバカにしてくれちゃって。見てなさいよ、人間の知恵がキノコに負けてなるものですか」

 フォーガスの意識がウルトラマンAへと向かっているため、幸運にもエレオノールたちは攻撃を受けることもなく安全でいられていた。しかしそれも一時だ。エースがやられれば、自分たちも一瞬で始末される。そうならないためには、なんとかしてフォーガスの弱点をエースに伝えなければならない。

 が、しかし。もはや数十キロの巨大さにも拡大した化け物に弱点などあるのだろうか? いや、この世に完璧などはない。奴にだってなにか弱みがあるはずだ。キノコの弱点……そうはいっても、キノコのことなんていくら優れた学者であるエレオノールやルクシャナでも専門外だ。

 ところが、ヒントは意外なところからやってきた。それまでずっと無言で戦いを見守ってきたティファニアが、おずおずとながら話しかけてきたのだ。

「あの、ちょっとよろしいですか? 変に思うことがあるんです」

「なに? もうこの際なんでもいいわ、言ってみなさい」

「えぅ、じ、実はわたしずっと森の中で過ごしてきて、よく森でキノコを採ったりするんですけど、それで」

「なに!? 時間がないんだから手短に言いなさい!」

 いらだったエレオノールに、ティファニアは「ひぅっ」とおびえながらも勇気を振り絞った。

「だ、だからおかしいんです。キノコは暗くて湿気の多いじめじめしたところに生えるのに、こんな明るくて乾いたところに生えるなんて」

 言い切ったティファニアは、怒鳴りつけられると思って、とっさに頭を抱えて目をつぶった。ところが、彼女の頭上にかかってきたのは、それとはまったく真逆の言葉だった。

「そうか! それよ。ルクシャナ、あなたも気づいたわね?」

「当然。だからあいつは無制限に巨大化できたのね。テファちゃんだっけ、お手柄よあなた」

「えっ? へっ、へぅぅ」

 二人は、手放しにほめられて唖然としているティファニアの頭をやや乱暴になでると、彼女の後ろにいるピーターを見た。

「キノコだけじゃなくて、植物が生育するには大量の水が必要。まして、あのサイズになるためには何百万トンという水量が必要となるはず」

「それを、この砂漠の真ん中で補給する方法はひとつしかないわ」

 正確にはキノコは植物ではなく菌類だが基本は同じだ。そう、もともと海洋生物であったピーターがここまで来られるくらいに長大かつ広大に伸びた地下の水脈、アーハンブラ城はそこと直結していた。奴はその無尽蔵の水源まで菌糸を伸ばして水分を得ているのだ。でなければ、この砂漠の乾燥と高温にはとても耐えられず、あっというまに干からびてしまうだろう。

 奴の成長を止めるには、水分の補給を絶つ以外に方法はない。二人はそう結論づけた。むろん、ビダーシャルは、どうやってそんなことができるのだと、机上の空論をとがめてくる。だが二人ともそんなことは百も承知だ。たとえ、人間やエルフにできなくとも、あるいは彼ならば。

 

「ウルトラマンA! そいつは地下の水脈まで根を張ってるのよ! 地上の部分をいくら攻撃しても無駄だわ。地底の水源から断ち切れば、そいつは自分を支えきれなくなって枯れてしまうわ!」

 

 ルクシャナの風魔法で増幅されたエレオノールの声が、上空のエースの耳に届く。

「そうか!」

 エースもすぐに合点した。かつてタロウが戦ったきのこ怪獣マシュラも、成長のために大量の水を欲したという。多湿の日本でさえそれなのだから、奴はただ立っているだけでも膨大な水分を蒸発により失っていくはずだ。

 狙うは地底。地上の巨大キノコはあくまで奴の一部に過ぎない。

 エースは地上のエレオノールたちに向かってうなずき、了解したことを伝えると、空中に静止した。

「ヘヤッ!」

 直立姿勢で止まり、腕を胸の前で交差させたエースはそのまま体をコマのように急速に回転させ始めた。そこへ、フォーガスはかっこうの標的とばかりに触手を突き出してくる。しかし高速回転に入ったエースはそれを弾き飛ばし、急速に落下すると、砂漠に突き刺さって砂中へと潜っていくではないか!

『エースドリル!』

 自らを巨大な掘削用ドリルに変えたエースは、地上に大量の砂塵を残すとさらに沈降していく。

 あっというまに柔らかい砂の層を突破し、礫層、岩盤層へと突入する。硬く侵入を拒むそこを貫通すると、突然抵抗がなくなって温度が急激に低下した。

 

「これは……地底湖か」

 

 見渡す限り、とてつもない広さの地底の湖がそこに広がっていた。

 高さは推定二百メートル以上、はては見えずに、どこまでも澄んだ水のみが広がっている。砂漠に染み込んだ水を、気の遠くなるような時間をかけて溜め込んできたであろうその水量は、何兆トンに達するのか想像もできない。天井からはフォーガスの根が無数に垂れ下がって、とめどなく水分を吸収しているけれど、これから見れば涙の一滴に過ぎないだろう。

「自然ってのは、とんでもないものを作り出すもんだな」

「ええ……」

 才人とルイズも、地底湖のあまりの雄大さには恐れ入るしかない。そうだ、人間の知っている自然の姿などは氷山の一角に過ぎないのだ。幼稚な人知を超越した大自然の驚異。フォーガスも、しょせんその恩恵にすがり付いているに過ぎない。この地底湖と奴を切り離せば地上のフォーガスは勝手に自滅する。だが、無数に伸びている根を切っていったところで、奴はすぐに再生させるだけだ。

 

 ならば、この地底湖の水を、奴が吸収できないものに変えてやる!

 

「いくぞフォーガス、お前と私、どちらが我慢強いか勝負だ!」

 

 その瞬間、エースは全身のエネルギーをすべて熱に変換し、地底湖の水に向けて放射した。

『ボディスパーク・最大出力!!』

 一瞬にしてエースの周辺の水が沸騰し、周りの水も熱湯へと変わっていく。

 そのあまりの熱量に、フォーガスの根もしおれ始めた。

「どうだ! 摂氏百度以上の高温水。吸えるものなら吸ってみろ!」

「おのれぇっ! やめろ、やめろぉ!」

 フォーガスの悲鳴が響き、エースは地底湖を焼き尽くさんばかりにエネルギーを放射する。

 果たして、エースのエネルギーが尽きるのが先か、それともフォーガスが耐え切れなくなるのが先か。

 今、互いの命と惑星の存亡をかけて、史上最大の持久レースがスタートした。

 

 

 続く


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