ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第46話  揺るがぬ意志との戦い

 第46話

 揺るがぬ意志との戦い

 

 深海怪獣 ピーター 登場

 

 

 照りつける日差しはトリステインでの真夏が小春に思えるほど暑く、全身から吹き出す汗は常時水筒の水を喉に欲しさせる。

 道なき道は、一歩ごとに足を飲み込もうとし、歩くだけでも相当な体力を必要とする。

 話に聞き、頭で想像していたよりもはるかに厳しい砂漠の旅が、弱音を吐く気力さえ一行から失わさせた。

 だが、気力を振り絞ってひとつ、またひとつと砂丘を越え、ひときわ大きな砂の長城を一行は制した。その瞬間、先頭を歩いていた才人の眼前に、ついに待ち望んでいた目的地が姿を現した。

 

「見えたぜ! あれがアーハンブラ城か、砂漠に浮かぶ島ってとこだな」

 

 一週間の旅路を経て、ルイズたち一行はついに目的地であるアーハンブラへ到着した。

 それまでの緑にあふれた世界から一転して、砂にあふれた乾いた世界。初めて見る砂漠を踏破して、とうとうティファニアが囚われている古代の要塞へと、一行はやってきた。

「ここがガリアの最東端……人間の世界の終わりってわけね」

 砂漠に孤高に立つ古びた小城を間近まで来て仰ぎ見て、ルイズは感慨深げにつぶやいた。

 昔話や学校の歴史の授業で、過去幾百回と繰り返し聞かされた人間とエルフとの戦い。それが、ここでおこなわれてきたかと思うと、散っていった幾万もの霊魂がさまよっているような、薄ら寒い錯覚すら覚える。

 しかし、それとは別の悪寒を、ルイズたちはふもとの町から城へ上がる道を歩きながら感じた。

「誰もいなかったわね。やっぱり、町全体が無人になってるのね」

 どこまで行っても子供ひとり出てこないほど静まりかえった町が、これからティファニアを助けに行くのだという一行の心中に水を差した。しかも、どの家も元々人がいないのではなく、きちんと戸締りされていた。つまり、少し前まで人間がいたという生活観が残っていることが、よりいっそうの不気味さをかもし出している。

 彼らは、ジョゼフの命によってアーハンブラから住人が強制退去させられたことを直前の宿場町で聞いてはいた。しかし、いざ沈黙で覆われた町に迎えられてみると、嵐の前の静けさのような、待ち構えられているかのような圧迫感が伝わってくる。

 そんな暗い雰囲気を敏感に察して、ルクシャナがやれやれと首を振った。

「あなたたち、そんなんじゃあ叔父さまに会ってもぜったいかなわないわよ。もっとシャキッとしてもらわないと、せっかく連れてきた貴重な研究材料があっさり死んじゃったら、私の苦労が台無しになるんだからね」

 自分が連れてきたくせに、まるで他人事のように言うルクシャナにさすがに才人たちもカチンとくる。しかし、一週間の旅路で彼女が研究第一で、その他は自分も含めて優先度ががくんと落ちることを知っていたたため、顔に出しても口には出さない。その代わりに、エレオノールが別のことを尋ねた。

「ねえあなた、今日までもう何度も聞いたけど、あなたの叔父、ビダーシャルってエルフはそんなに強いの?」

「強いわよ。私たちエルフの行使手の中でも叔父さまほどの人はそういないわ。人間のメイジだったら、スクウェアクラスでも素手で勝てるくらい。魔法を使えない兵士なら、四~五百人は軽く片付けられるでしょうね」

 平然と話すルクシャナに、エレオノールは知っていたとはいえ、おもわずつばを飲み込んだ。

 旅の途中で、一行はルクシャナから先住魔法を見せてもらっていた。彼女はたいした用もないのに精霊の力を行使するのは冒涜だと言ったけれど、知識では知っていても、実際に見たことがあるものはいなかったから当然の備えである。が、いざ目の当たりにしてみると、その威力は想像をはるかに超えていた。

 ルクシャナが命じるとおりに森の木々が動き、鋭い槍や鞭に変形した。「風よ」と簡単に命じるだけで、タバサやエレオノールの唱えた攻撃魔法が軽くはじきかえされてしまった。土も岩も水も、同様にルクシャナの言うとおりに動いて武器となった。実際、学院のルイズの部屋で正体を明かしたとき、もしも交渉が決裂して戦闘になっていたら、石の精霊に塔を自壊させて全員を生き埋めにするつもりだったらしく、一同はぞっとしたものである。しかも、ルクシャナ自身は戦士ではなく、行使手としては弱いというのである。

 そんな相手とこれから戦わねばならないのかと、才人はうんざりした。

「なんとか、話し合いでティファニアを返してもらえないかなあ……?」

「叔父さまの性格からして、まあ無理でしょうね」

「そんなに気難しい人なのかよ?」

「よく言えば真面目、悪く言えば頑固者ってところかしらね。でも、保身しか考えてない評議会のおじいさんたちや、決まりきったことしか研究してない学者たちよりはずっと物分りがいいほうよ。そこのところは、蛮人の世界とたいした違いはないと思うわ」

 ちらりと視線を向けられたエレオノールは、思い当たる節が多々あるので閉口した。

「ともかく、人格的には尊敬できる人よ。ただ、使命を果たすためなら自分の筋を曲げることもいとわない責任感の強い人だから、正直言って説得は難しいと思うわ」

「やっぱりなあ……せめて、タバサとキュルケがいてくれたら心強かったんだけど。お母さんが急病じゃ仕方ねえもんな」

 才人は、ため息をひとつついて西の空を望んだ。

 タバサとキュルケが昨晩に一行から離脱したことは、ロングビルの口からタバサの母親が急病で倒れたという知らせが伝書フクロウで来て、二人はそのためにシルフィードで帰ったというふうに説明されていた。これに、才人やルイズは土壇場で貴重な戦力が離れることをもちろん惜しんだけれど、すぐにお母さんの命には代えられないなとあきらめたのだった。

 こちらに残った戦力は、才人とルイズ、エレオノールとロングビル。なお、ロングビルの昨夜の負傷は自力で手当てをして、後は代えの服で傷口を隠してごまかしている。ルクシャナは叔父と戦うわけにはいかないだろうから、実質のところは素人に毛が生えた程度の剣士と、爆発しか使えない虚無の担い手、戦闘は専門外のメイジと、魔法の使えなくなった盗賊……他人が見たら、これでエルフに勝負を挑もうとするなど狂気のさた以外の何者でもないだろう。

 だが、才人たちに引き返そうとする気持ちはさらさらない。自分たちの目的はエルフを倒しに来たのではなく、ティファニアを救出しに来たのだ。その意味を履き違えるなと、才人とルイズは自らに言い聞かせる。

 

 やがて丘の上の城門に一行はたどりついた。巨大な鉄製の門は固く閉ざされていて、まるで動く気配もなかったが、ルクシャナが前に立っただけで開門した。どうやら、ルクシャナが到着したら開くようにビダーシャルが門の精霊と契約していたらしい。

 城門をくぐると、突然それまでの砂漠の熱気が消えて、秋口のような涼しげな空気が一行を包んだ。

「うわっ? なんだ、急に涼しくなったぞ」

「ああ、叔父様がこの周辺の大気の精霊と契約して、気温を下げてるんでしょう。わたしも自分の家の周りにこれをやってるけど、城ひとつを覆わせるなんてさすが叔父様ね」

 軽く言うルクシャナに、一行は例外なくぞっとした。いくら小さいとはいえ、城ひとつを覆う大気を自在に操るとは。同じことを人間の風のメイジで再現しようとしたら、いったいどれだけの人数が必要になるか想像もつかない。

「たいしたものね……」

「あら、このくらいで驚いてたらとても叔父様の相手はできないわよ。それに、契約がなされてるってことは、ここに間違いなく叔父様がいるってこと。覚悟しておくことね」

 ごくりとつばを飲み込む音が誰からともなく流れた。

 城内はルイズたちが想像したものを裏切り、古城とは思えないほど美しく整えられていた。だがやはり、人の気配は皆無で、その生活感のない無機質さが才人たちをいっそう警戒させた。

 兵士たちの詰め所を素通りし、廊下をしばらく進むと中庭に出た。そこは、砂漠の中だとは思えないような、水をたたえたオアシスになっていて、乾燥した世界に慣れていた才人たちの目を癒した。しかし、彼らの目を本当にひきつけたのはそこではなかった。池のほとりの芝生の上で、憂えげに空を見上げている金色の妖精……その姿が蜃気楼でないとわかったとき、誰よりも早くロングビルがその名を叫んでいた。

「テファ!」

「えっ? えっ!? あ、マ、マチルダ姉さん!?」

 戸惑いながらもティファニアがロングビルの本名を答えたとき、真っ先にロングビルが駆け出し、一歩遅れて才人たちも続いた。

 駆け寄ってきたロングビルとティファニアは熱い抱擁を交わしあい、互いに本物であることを確認しあう。ほんの数秒しか経っていないというのに、ロングビルの顔はすでに涙でぐっしょりと濡れていた。

「本当に、本物のマチルダ姉さんなのね。いったい、どうやってここまで来たの?」

「まあいろいろあってね。話せば長くなるけど、みんなで助けにきたんだよ」

 ティファニアはロングビルの肩越しに、才人とルイズの顔を見つけて表情を輝かせた。

「サイト、ルイズさんも、あなたたちも来てくれたんですね!」

「ああ、もちろんさ。用があって今はいないけど、キュルケとタバサも来てたぜ」

「ウェストウッドの子供たちも無事よ。今はトリステインで預かってもらってて、元気で待ってるわ」

 子供たちの安否が知れたことで、ティファニアに心からの安堵の笑みが浮かんだ。こんな状況にあっても、一番に子供たちのことを考え続けているとは、やはりティファニアは優しいなと才人は思う。それに、一番ティファニアの心配をしていたはずのロングビルも、外聞など眼中になく彼女の無事を確かめていた。

「ともかくテファ、怪我とかしてない? なにもされてない?」

「うん。大丈夫、ここではなにも不自由しない暮らしができてたから元気よ」

「でも、ひとりで寂しかったでしょ。いじめられたりしてない?」

「平気、最初は一人だったけど、ここでもお友達ができたから」

 そう言ってティファニアが手を数回叩くと、池の中から小さなトカゲのような生き物が顔を出した。だがそれは、水面から地上にあがってきたとたんに子馬ほどの大きさの、カメレオンに似た生き物に変わって皆を驚かせた。

「うわっ! な、なんだいこいつは!?」

「やめてマチルダ姉さん! この子は暴れたりしないから」

 驚いてナイフを取り出したロングビルを、ティファニアは慌てて止めた。確かにその生き物は暴れるでもなく、むしろぼぉっとした様子でティファニアの後ろで四つんばいで止まっている。しかしルクシャナは珍しい生き物ねと興味深げに眺めているが、カエルが苦手なルイズは、爬虫類系の容姿をしているそれにおびえて才人の後ろに隠れてしまって、エレオノールも気味悪がっている。

 ただ、才人は常時肌身離さないGUYSメモリーディスプレイを取り出して、その生き物の正体を探っていた。

「アウト・オブ・ドキュメントに記録が一件。やっぱり、深海怪獣ピーターの仲間か」

 エレオノールとかに見つかると後々うるさいので、スイッチを切ってさっさとしまった才人はルイズにこいつは危険はないと告げた。

 深海怪獣ピーター……正確には怪獣ではなく、学名をアリゲトータスという太平洋の深海に生息する普通の生物である。水陸両性で、性質はおとなしく、他者に危害を加えるようなことはない。だが、本来の体長はわずか二十センチくらいと普通のトカゲ程度の大きさしかないのだが、体内にある特殊なリンパ液の作用によって、周辺の温度変化に反応して一瞬にして大きさを変える能力を持っているのだ。

 まれに漁師や釣り人に釣り上げられることがあり、現在はそのまま海中に帰すことが義務付けられている。凶暴性はないのだが、あまりに高熱にさらされると最大体長三十メートルにも巨大化してしまうことがあり、過去にペットとされていたものが、山火事の影響で巨大化してしまった例が重く見られているのだ。

 才人はピーターの下あごあたりを軽くなでてみた。すると、気持ちよがっているのかは不明だが、喉を鳴らすように鳴いたので才人はおかしそうに笑った。

「これがテファの新しい友達か。ふーん、よく見るとけっこうかわいい顔してるじゃん」

「サ、サイトよしなさいよ。噛み付かれるわよ」

「だいじょぶだって。ティファニアのお墨付きだよ。それに、おれもこれを見るのははじめてなんでな。興味あるんだ」

 実は才人もピーター……アリゲトータスのことはよく知らないのだ。その性質ゆえに、動物園でもこれを飼うことは厳禁で、一般人が実物を見ることはほとんどない。しかし、普通海中深くにいるはずのこいつがなんでこんなところに? 首をかしげると、池の水が底からとめどなく湧き出ているのが見えて、はたと思いついた。

「そっか、地下の水脈がどこかで海までつながってるのか。それで、迷い込んだこいつがここまで来たってことか」

 知ってしまえばたいしたことではなかった。砂漠は表面は乾燥しきっていても、その地下には地底の海ともいうべき巨大な水源を抱えている。それが場所によっては地上に吹き出してオアシスとなり、砂漠に生きる人々の生命の源となっている。もしこれがなければ、いくらエルフとて砂漠に住むことは不可能だっただろう。

 しかし、ひとときピーターをなでる平穏な時間が流れたのも、危険の中のほんのわずかな休息時間にしか過ぎない。そのことを、ティファニアと会えて喜びに沸いていた彼らは忘れていた。

 

「お前たち、そこでなにをしている」

 

 突然響いてきた、高く、澄んだ男性の声が一行に現状を思い出させた。一部をのぞいていっせいに身構える。

 しくじった。ティファニアを見つけた時点でさっさと連れて逃げればよかったと思っても、後の祭りは変えられない。

 いや、仮にそんなことをしていたとしても、すぐに捕まって同じことだっただろう。姑息な手など通じないだけの、穏やかな声色の中に隠された巨大な威圧感を感じて、才人は無意識に乾いた唇をなめた。

 対して、相手……近づいてくるにつれてエルフだとわかった男は、まるで戦うそぶりなど見せずに無防備に歩いてくる。

 が、彼……ビダーシャルは、ティファニアを囲んでいる人間たちの中に見知った顔を見つけると、深くため息をついた。

「私はエルフのビダーシャル。招かざる客たちよ。お前たちに告ぐ……と、言おうと思ったのだが、ルクシャナ……お前の仕業か。これはどういうことか説明してもらおうか?」

「あら、説明させてくださるんですの? そりゃあもう、私も蛮人世界でけっこう苦労したんですよ。何度か命の危機にも会いましたし、でもそのおかげで、ラッキーな発見もありましたの」

 厳しい口調で問いかけてくるビダーシャルにも、少しも悪びれた様子もなくルクシャナはこれまでのことをこまごまと説明した。

 やはり、虚無の担い手を薬にかけるのは絶対反対で、しょうがないので力づくでやめさせようと思った。でも自分だけではどうしようもないので、たまたま彼女の知り合いを見つけたのでけしかけたと平然と言う。これは弁明というよりも、自慢の論文を壇上で聴衆に発表しているに近い。そのふてぶてしさを超えた不遜さに、才人たちさえ呆れたが、当然ビダーシャルは怒った。

「ルクシャナ! 研究熱心なのはけっこうだが、度を超して人に迷惑をかけるなと言ってあるだろう。第一、蛮人の戦士を幾人か連れてきたところで、私に勝てると思っているのか?」

「ええ、ですから悪魔の末裔を連れてきたんですの」

「なに?」

 ビダーシャルの顔から怒りが消えて、困惑の色が浮かんだ。そしてルクシャナはルイズに対して、「出番よ」とでもいう風にうながす。

 ルイズはルクシャナの一歩前まで歩み出し、貴族の流儀を守った礼をして名乗った。

「わたしはトリステイン王国の貴族、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。エルフの国の使者、ビダーシャル卿、あなた方の探している虚無の担い手の一人は、このわたしです」

 毅然と名乗りきったルイズには、エルフに対しての恐れはない。覚悟ならとっくにすませていたし、なによりも後ろに才人がいて守ってくれているという安心感が、強く彼女を支えていた。

 一方のビダーシャルは、さすがに一瞬動揺した様子を見せたが、すぐさま鋭い目つきに戻るとルイズに問いかけた。

「お前が、悪魔の力の担い手だと?」

「ええ、始祖ブリミルが残した失われた系統……わたしもつい先日まで幻だと思っていましたが、始祖の残した秘宝のひとつ、始祖の祈祷書がわたしにすべてを教えてくれました」

 ルイズはビダーシャルの問いに、明白に、堂々と答えた。それはルイズの中に眠る血の力か、それともルイズ自身が持つ強い意思のなせる業か。このときだけは、人並みより小柄なルイズが長身のビダーシャルを見下ろしているような錯覚を才人たちは感じた。

「信じる信じないはあなたの自由です。ですが、ひとつだけ誓って、わたしたちはあなたと戦いに来たわけではありません。わたしたちは理不尽にさらわれた友を救うためだけに来たんです。願わくば、話し合いに応じられたく思います」

 ビダーシャルは瞑目した。即答を避けたのは、ルイズの言葉を否定したからではなく、事の唐突さと重大さが彼の判断力の処理限界をすら軽く上回っていたからだ。ティファニアなどは、「えっえっ? ルイズさんが、えっ?」と、困惑しきって、「ごめんテファ、話はあとでするから」と、才人になだめられている。彼はそれよりははるかにましなほうではあったけれど、それでも彼自身が一番論理的かと認めえる答えをはじき出すまでには数秒をようした。

「いいだろう。ルクシャナが連れてきたのだ、ただの蛮人ではあるまい。我々エルフも戦いは好まない。話を聞こう」

「感謝します」

 ビダーシャルが紳士的な対応を見せたことで、ルイズたちも肩の力を半分は抜くことができた。一応の覚悟はしてきてあったとはいっても、やはりエルフといきなり戦わずにすんだというのはほっとする。だがその喜びにも、すぐに冷水がかけられた。

「ただし、まず断っておくが、私はシャイターンの末裔を逃がすつもりはない。お前も、悪魔の力を宿しているというのであれば同じだ。この城から帰すわけにはいかない」

 冷たい目で断言したビダーシャルに、才人はデルフリンガーを向け、ロングビルはナイフを取り出す。しかし彼らの前に、意外にもエレオノールが立ちはだかった。

「やめておきなさいよ。まともに戦ったところでどうせ勝ち目なんかないし、せっかく向こうがまずは話を聞こうって言ってるんだから、ぶち壊しにしないでよ」

「でも、この野郎はおれたちを帰さないって言ってるんだぜ!?」

「それはまた後で考えましょう。どのみち、最初からそうなることは覚悟のうえだったんだし。それよりも、人間とエルフ、どっちが野蛮な生き物なんだかあんたたちが証明してみる?」

 その一言が、今にも攻撃をかけようとしていた二人の気持ちを落ち着かせた。

 様子を見ていたルクシャナも、いきなり戦闘に突入しなかったことでほっとした様子を見せている。

「ま、結論がどうなるにせよ、議論を尽くすのは無駄じゃないからね。さすが先輩、うまくまとめてくれました」

 目配せしあった二人には同じ目論見があった。すなわち、ルイズとビダーシャルに会話させることで、謎のベールに覆い隠されている虚無の実情を探ることである。なにしろ六千年も前のことであるので、人間とエルフのどちらにも断片的な記録しか残っていない。ルイズたちはすでにルクシャナから、聞けることは根掘り葉掘り聞き出しているものの、虚無に関してはエルフの間でも重要な機密らしく、ルクシャナもほとんど知らなかった。そのためにビダーシャルとどうしても話す必要があったのだ。

 そうして、まずルイズは前置きとして、ルクシャナからなぜビダーシャルたちがこの地にやってきたのかなどは聞いていると告げた。

「あなた方の土地でも、すでに怪獣の出現や、異常な現象が起こっているそうですね」

「そうだ、それを確かめ、変調をきたしているこの地の精霊を鎮める。そうしてサハラへの影響を事前に食い止めるのが一つ目の任務。もうひとつが、お前たちシャイターンの末裔が揃うのを阻止することにある」

 ここまではお互いに確認のようなものだった。本題は、ここからである。 

「そのシャイターン……あなた方は悪魔と呼ぶ虚無の力、かつて大厄災とやらをもたらしたそうですが、それはいったいなんだったのですか?」

 ルイズの質問に、ビダーシャルはジョゼフやティファニアに語ったとおりのことを説明した。エルフの半数が死滅したというほどの恐るべき大災厄……ただし、その実情はビダーシャルすら知らないということが、少なからずエレオノールたちを落胆させた。

「お前たちの期待に添えなくてすまないな。だが、それではこちらからも質問させてもらおうか。お前が、本当にシャイターンの末裔というのならば、悪魔の力に目覚めたいきさつを聞かせてくれ」

「ええ、数週間前のことよ……」

 了承したルイズは、ビダーシャルにはじめて虚無の魔法を使ったあの日のことを話した。怪獣ゾンバイユの襲来、始祖の祈祷書と風のルビーの共鳴、現れた古代文字、そこから発現した魔法『エクスプロージョン』の威力など。そして、自分が虚無に目覚めたその事件が、すべてガリア王ジョゼフが虚無の担い手を探し出すために起こした事実も、包み隠さず語った。

「なんだと!? あの男が、自ら悪魔の力を……」

 この事実はビダーシャルにとってもショックに違いなかった。嘘でない証拠に、トリステインで起きたことはすべて事実だとルクシャナも証言している。彼としては、虚無の発現を防ぐために、わざわざ大きなリスクを背負って交渉を成立させた男が、陰では虚無の目覚めを早めていたと知って穏やかでいられるはずもない。

 が、ルイズたちとしては、まだビダーシャルに聞きたいことはある。その機を逃してはならないと、ルイズは矢継ぎ早に質問をぶつけた。

「もうひとつ聞きたいことがあります。ジョゼフは、わたしを虚無と見極めるときと、ウェストウッド村でティファニアをさらうときのどちらも怪獣を囮として使いました。人間が怪獣を使うなんて、普通じゃ絶対不可能なのに、ジョゼフはいったいどうやって怪獣を使役する術を手に入れたかご存知ですか?」

「いや……それも初耳だ。しかし、奴には奇怪な様相の側近が何人か存在していた。なかでも、一人は明らかに人間ではない、感じたこともない不気味な気配を放っていたのを覚えている」

「一人は間違いなくシェフィールドね。つまり、ジョゼフが怪獣を操っているんじゃなくて、ジョゼフの側近の何者かが怪獣を操る方法を持っているということになるわけね」

 ルイズは才人と目を合わせて意見を交換した。その、明らかに人間ではないというやつ。確証はないけれど、人間の能力をはるかに超えた相手、宇宙人だと考えれば可能性は高い。しかし、エルフに加えて宇宙人まで配下に加えているとすれば、ジョゼフとはいったい何者であるのか? その疑問に、ビダーシャルは苦々しく答えた。

「わからぬ。私が言うのもなんだが、ジョゼフ……あの男は蛮人の中でも別格といっていい。やつなら、なにをしでかしたとしても、私は驚きこそしても疑問には思わないだろう」

「無能王と呼ばれている。そんな男が、ですか?」

「無能王か……それは相当な偏見と誤解の産物だな。やつの頭の中身は、私からしても底が見えない。それは状況証拠だけを見ても、お前たちにも充分わかるはずだが?」

「ええ……」

 言われなくとも、それは十分に承知している。これまでのシェフィールドの手口の大掛かりさと合わせた狡猾さ、それをまったく外部に知られずにおこなうなど凡人のなせる業ではない。

「我も当初は蛮人どもの評を参考に、やつに接触を試みた。しかしそれが大変な誤りだと気づいたときには遅かった。こちらの弱みに付け込んで、あらかじめ用意していた交換条件の何倍もを提供させられるはめになってしまったのだ」

「まあ叔父様、そこまでなめられておいでなのに、よく生真面目に家来をやっていられるわね」

 ルクシャナが呆れたように言うと、ビダーシャルはやや疲れた笑みをこぼした。だが、それはあくまで表面的なものだ。ビダーシャルはジョゼフに対して知性以外の脅威を感じていたことを語った。

「確かにな。私もそう思う……が、どうにも抗えぬ妙な迫力を持った男でな。ともかく、直接会った者でなければ、奴の魔物じみた得体の知れなさはわかるまい」

 ティファニアを預けてきたときも、今思えば疑ってしかりだったとビダーシャルは思うが、そうはできなかっただろうなとも思うのだ。確かに虚無について調べてくれと頼みはしたけれど、その本人を見つけてくるとは想像していなかった。いったいどうやって見つけてきたのかと尋ねても、ジョゼフはロマリアの研究資料を拝借してなどと適当にはぐらかしてしまった。本当なら、もっと食い下がって疑うべきだったのに。

「叔父様、もうこの際ジョゼフとは縁を切ったほうがいいんじゃありませんの?」

「しかし、そうすると我らがこの地に干渉する糸口を失ってしまう。それはできない」

 危険な匂いを感じ取ったルクシャナが警告しても、使命を重んじるビダーシャルは受け入れようとはしなかった。しかし、ルクシャナはやれやれと呆れたしぐさを大仰にとり、あらためて叔父に忠告した。

「叔父様、それでしたらもうこの場でほとんど解決できるんじゃありませんの? ここにはこのとおり、悪魔の末裔が二人もいるんですよ。私たちが恐れているのは揃った悪魔の力がシャイターンの門に到達することでしょう。そのうち半分をこっちに取り込めば安心なんじゃありませんか?」

「なっ!?」

 ルクシャナの言葉は乱暴ながら確信をついていた。人間よりはるかに強大な武力を誇るエルフにとって、警戒すべきは虚無の力ただひとつと極論してしまってもいい。ただの人間の軍勢が攻め込んできても、撃退することが可能なのはこれまでの歴史が証明している。

 だが、そのためには彼らが悪魔と呼ぶものたちと正面から向かい合わねばならない。ルイズは、今こそビダーシャルに自身の本心を伝えた。

「ビダーシャル卿。わたしや、このティファニアはエルフの世界に攻め込もうなどとは微塵も思ってはおりません。伝説がどうあれ、それがわたしの意志です。それに、もしも残りの二人の虚無の担い手が悪意を抱くようであれば、わたしたちが全力をもって阻止します。ですから、どうかわたしたちを信じて彼女を返してはくれないでしょうか」

 ルイズの言葉には、うそ偽りのない熱意のみが込められていた。これで、なおルイズを疑うとすれば、それは人間の良心を最初から信じていないものだけだろう。ビダーシャルは直立姿勢のまま瞑目し……やがて、ゆっくりと目を開いてルイズを見た。

「残念だが、それはできない。今はその気がなくとも、人間というものは心変わりするものだ。未来の危険を放置するわけにはいかない」

「くっ……未来の危険などを問題にするのであれば、それこそきりがないではないですか! 虚無といってもしょせん人が使う力、六千年前と同じ結果が出るとは限らないではないですか」

「そんな危険な賭けに一族をさらすことはできない。我らにとって、シャイターンの門を守るということは、もはや伝統という生易しいものではなく、”義務”なのだ」

 かたくななビダーシャルの態度に、ルイズはこのわからずやめと顔をしかめさせた。ここまで話ができて、ジョゼフへの信頼が薄らいでいる今なら説得できるのではないかという淡い期待は裏切られた。ルクシャナの言ったとおり、これはまた大変な頑固者らしい。使命感が強すぎて、まったくとりつくしまがない。

「ミス・ヴァリエール、残念だけど交渉は決裂のようね。こうなったら、もう力にうったえるしかないわ」

 ロングビルが落胆するルイズを慰め、戦うようにと促す。見ると才人も戦闘態勢に入っており、ビダーシャルも迎え撃つ気配を示している。

「来るがいい、悪魔の末裔よ。お前が完全に力に目覚める前に、ここで食い止める」

 戦うしかないのか……ティファニアを救い、ここから皆で帰るにはもうそれしかないのか。

 だが、杖を握りながらもルイズは納得できなかった。以前、始祖の祈祷書が見せてくれたビジョンの中では、人間とエルフはともに手を携えていた。なのに、その子孫である自分たちは血を流そうとしている。これでいいはずはない。なにか、なにかまだ方法はないのか? ビダーシャルを納得させ、無益な戦いを避ける方法が!

 

 そのときだった。ルイズの指にはめられた水のルビーが輝きだし、同時にルイズが肌身離さず持ち歩いている始祖の祈祷書が光を発しだしたのだ。

 

「こ、これはいったい!?」

 突如あふれ出した神秘的な光に、才人だけでなく、エレオノールやロングビルも目を覆って立ち尽くす。

 ビダーシャルとルクシャナも、目が見えなくては精霊に命ずることはできず、ティファニアもわけもわからずうずくまる。

 その中で、ルイズだけは妙に落ち着いた様子で祈祷書を開いていた。

「始祖ブリミル……そう、あなたもこんな戦いは望んでいないんですね」

 祈祷書を自分の体の一部であるように開き、ルイズは物言わぬ本に残されたブリミルの声を聞いていた。

 これまで、どんなに新しいページを開こうとしても応えることのなかった祈祷書が応えた。まるで、ルイズが真に必要とするときまでじっと待っていたように……ルイズが心から欲しているものを与えようとするように。

 

 虚無の魔法……『記録(リコード)』……それを使って始祖の祈祷書に残されたブリミルの記憶を皆に伝えるのだ!

 

「お願い、始祖の祈祷書! わたしたちをもう一度、あの時代に連れて行って!」

 

 光が爆発し、人間もエルフも関係なくすべてを飲み込む。

 そして、光が消え去って祈祷書がただの古ぼけた本に戻ったとき、ルイズの望んだすべては終わっていた。

「まさか……あれが、六千年前のハルケギニア……」

 力を失い、芝生の上にへたり込んだエレオノールの声が短く流れた。ルイズの声に応えた始祖の祈祷書は、以前二人に見せた六千年前のビジョンを、この場にいた全員の脳に叩き込んだのだった。

 想像を絶する、破滅と殺戮の戦争の歴史……かろうじて立っているのはルイズと才人だけだ。ロングビルやティファニアも、白昼夢を見ていたように呆然としている。

 だが、もっとも衝撃が大きかったのはエルフの二人であった。これまで漠然とした伝承でしか知ることのできなかった、大厄災の光景。それを直接目の当たりにしたこと、そしてなによりも、エルフのあいだでは悪魔として伝えられているブリミルが、エルフとともに戦っていたということが、彼らの信じてきた"常識"に大きな揺さぶりをかけたのだ。

「あれが……大厄災」

 いつも人をバカにしたような態度をとっているルクシャナも、許容量を超える衝撃に腰を抜かしていた。人間とエルフの小競り合いなど比較にもならない、全世界規模の最終戦争。かつてエルフの半分を死滅させたという伝承をすら超える、世界を焼き尽くした大戦。そして、その戦火の中を戦い続けたブリミルと、その仲間たち。

 やがて、ショックからいち早く立ち直ったルクシャナは、隠し切れない興奮とともにビダーシャルに詰め寄った。

「叔父様、見ましたよね! あれ、あれって!」

「あ、ああ……」

「あれが悪魔、シャイターン本人なんですね! それに、いっしょにいたあのエルフ、光る左手を持ってましたよね! もしかしてあれが大厄災のときに私たちを救ったという、聖者アヌビスなのでは!? もしそうなら、学会がひっくり返るほどの大発見になりますよ!」

 好奇心の塊のようなルクシャナにとっては、たとえ自分の常識を根本から打ち砕くような出来事でも喜びの対象となるようであった。

 しかし、ひたすら愚直にエルフとして生きてきたビダーシャルにとっては、それは受け入れるにはあまりにも異質で大きすぎた。あのビジョンの歴史が真実であるならば、エルフと人間という、過去幾たびとなく争い続けてきた二つの種族のいがみ合う理由はなくなる。

 そのとき、迷うビダーシャルにルイズが呼びかけた。

「ビダーシャル卿、信じられない気持ちはわかります。わたしもはじめ見たときはそうでした。でも、人間とエルフは手を取り合うこともできていたんです。それだけじゃありません。翼人に、獣人、今は他の種族と交流を絶っている多くの種族が共に生きることができていたことがあったんです。過去にできていたことが、今はできないなんてことはないはずです。その可能性を信じてくれませんか?」

「しかし……あの映像が真実であったという証拠はない」

「いえ、あなたほどの使い手なら、あれが作り物であるのか違うのかわかるはずです」

 断言するルイズにビダーシャルは口ごもった。自然と口をついて出てしまった否定の言葉だったが、ビジョンはぬぐいきれない現実感を彼に突きつけていた。あの質感や熱は幻覚で再現できるものではない。ならば、やはり……

「残念だが、認めざるを得ないようだな。あの光景は太古の現実……そして、お前が悪魔の末裔であることも」

「あなたがわたしをどう呼ぼうと自由です。でも、悪魔だろうと心はあります。意志はあります。何度でも言います。わたしたちは誰一人としてあなたと、エルフと争うつもりはありません。だから、ティファニアを返してください。お願いします!」

 ぐっとルイズは小さな頭を体の半分まで下げた。その姿に、エレオノールはあのプライドの高いルイズがエルフに頭を下げるなどと驚き、ビダーシャルも、ここまでの魔法を見せながらなお戦おうとしないルイズに心を揺さぶられた。だがそれでも、ビダーシャルの答えは苦渋に満ちながらも変わらなかった。

「……何度言われようと、私の答えは変わらない。シャイターンの復活を……」

「いいかげんにしなさいよ!」

 ビダーシャルの言葉が終わらないうちに、猛烈な怒声でそれをさえぎったのはエレオノールだった。彼女はとまどうルイズを押しのけると、ビダーシャルを指差して怒鳴った。

「さっきから黙って聞いてたらなんなのよあなたは! これだけの証拠を突きつけられて、あまつさえ自分の半分も生きてないような子供に頭を下げさせておきながらその態度。あんたのその澄んだ目や長い耳は飾りなの? あんたは自分の目で見て、自分の耳で聞いたことすら信じられないわけ!?」

「貴様になにがわかるというのだ! 過去いくたびの蛮人との戦乱で同胞を失ってきたのは我らも同じだ。シャイターンの門を守るために散っていった大勢の先人たちの意志を、私が裏切るわけにはいかぬ」

 ビダーシャルは、譲れないものがあるのはお前たちだけではないとはじめて怒鳴り返した。

 しかしエレオノールは、そんな彼を見据えるとはっきりと言い放った。

「違うわ。あなたはただ、楽な道を選ぼうとしているだけよ」

「なに……っ!?」

「先祖から代々受け継いできたしきたり。そりゃ確かに大事でしょうよ。でもね、”従う”なんてこと誰にだってできるのよ。自分じゃなにも考える必要はないからね。本当に難しいのは、自分で考えて決めるってこと。それが”生きる”ってことじゃないの?」

 エレオノールは心の中で、ほんの少し前までは私もあんたと同じだったんだけどねとつぶやいた。ヴァリエールとツェルプストー、対立して当たり前だとずっと思っていた自分の中の常識に、正面きってひびを入れてくれた妹と、生意気な赤毛の小娘がいなければ。

 彼女は整った顔をゆがめて立ち尽くしているビダーシャルに、最後の一言をたたきつけた。

「ここにいる者は、誰一人として強制されてきた者はいないわ。皆、自分の意志でここに立ってる。虚無だとか世界だとか関係なく、この子たちは友達を助けるために、私は妹を守るために覚悟を決めてね。なのに、その相手がこんな優柔不断男だとはがっかりだわ」

 過去何十人もの婚約者候補の男の心をへし折ってきたエレオノールの暴言が、容赦なくビダーシャルの心に突き刺さった。

 ルイズはもう一度争うつもりはないと告げ、才人もルイズの心意気に打たれてティファニアを帰してくれと頼む。

 使命と、歴史の真実のはざまでビダーシャルは迷った。一族の義務を守るか、それともあくまで戦うつもりはないとする目の前の少女を信じるか。そのとき、葛藤する彼にルクシャナが言った。

「叔父さま、結論を容易に出せるものではないのはわかります。でしたら、私が彼らのそばについて常時監視するということでどうでしょうか? もし、彼らが私たちに害あるものでなければそれでよし。もし不穏な行動があれば即伝えますし、私が害されればそれでもう結論となるでしょう。どうです?」

「いや、しかしそれでは君が」

「研究のためにこの身が滅ぶなら、むしろ本望ですわ。それに、どっちみちジョゼフとは手を切るんでしょ。こっちのほうが手がかからなくて確実ですって」

 それで使命にもある程度報いることもできるでしょうと、言外にルクシャナは言っていた。確かに……妥協案としてはかなり乱暴ではあるけれど、ビダーシャルとて虚無の担い手相手に確実に勝てるという自信があるわけではない。なにより、人の心を薬で奪うということに、彼の良心も痛んでいた。

 迷った末、彼はついに決断した。

「わかった。ルクシャナ、君にまかせよう」

 その瞬間、緊迫感に包まれていた場が、一転して歓喜の渦に変化した。

「やった! テファ、これで帰れるぜ」

「サイトさん……よかった。誰も傷つかないで、本当によかった……あ」

「ちょ、テファ! しっかりして」

 安堵して倒れ掛かるティファニアを、才人とルイズが支えた。

「信じられない。ほんとに、エルフと和解できるなんて」

 ロングビルも、最悪のときには刺し違えてもティファニアを逃がそうと覚悟していただけに、気が抜けてどっと疲れがきた。

 が、誰よりも解放された思いを味わっていたのはビダーシャルであった。悪魔の末裔を相手にしていたつもりだったのに、その相手は目の前で、今は小さな子供のようにはしゃいでいる。あれが本当に悪魔なのか? むしろ悪魔なのは……

 物思いにふけるビダーシャル、そこへいつの間にやってきたのかルイズが現れて言った。

「ありがとうございます。ビダーシャル卿」

「礼を言われる筋はない。それに、勘違いするな。我らとお前たちが敵であることに変わりはない」

「でも、人間の世界にはこんな言葉もありますよ。昨日の敵は今日の友って」

 なにげなく、ルイズは右手を差し出した。ビダーシャルは一瞬意味をはかりかねたが、すぐにルイズがなにを求めているのかを悟った。

 もしも、これが成立したらエルフと人間の両方にとって浅からぬ意味を持つ出来事となるだろう。彼はその引き金を自らの意思で引くべきかを考えた。

 

 だが、そのとき。

 

「見たぞ、裏切りものめ」

 突如、不気味な声がして一行はいっせいに振り返った。そこには、全身を黒いローブで包んだ男が立っていて、その姿を見たビダーシャルは忌々しげに言った。

「貴様は、あの女がよこしてきた使用人の……ただの使用人ではないと思っていたが、やはり監視だったか」

「ふふふ……協定は破棄なのだろう。ならば、この城から全員生きて帰すわけにはいかぬ。覚悟するがいい、もはやこの城は私の体の一部も同然だ。見よ! そして今度こそ、サヨナラ・人類……」

 男はローブを脱ぎ捨て、不気味な怪人の正体を現す。その瞬間、アーハンブラ城全体が激しく揺れ動きだし、地下から巨大な柱のような物体が無数に空を目指して生え出した。

 

 

 続く


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