ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

142 / 338
第43話  ハルケギニアの果てへ

 第43話

 ハルケギニアの果てへ

 

 宇宙有翼怪獣 アリゲラ 登場!

 

 

 アーハンブラ城は、人間の住む世界ハルケギニアと、エルフの住む砂漠の地サハラの境界に位置する古城である。

 はじめは砂漠の小高い丘にエルフが作った城砦のひとつだったここを、一躍歴史の表舞台に立たせることになったのは、千年近く前に人間の聖地回復連合軍がここを奪取したことに始まる。以後、人間がサハラに侵攻するための拠点となるアーハンブラはエルフの攻撃を受けて奪い返され、人間がまた奪還し、またそれを奪還しようとするエルフとのあいだで、幾度となく争いが繰り返された。

 最後となったのは数百年前、聖地回復連合軍が所有者となったときである。しかし、長引く戦いで疲弊しつくした人間側にはサハラに攻め込む余裕はもはやなく、エルフの持つ力を思い知らされていた聖地回復連合軍はこれを持って終了することとなった。

 現代はすでに戦略上の拠点からは外され、城砦は役目を失って放棄された。ただ、そのおかげで平和が訪れ、ふもとの町だけはオアシスがあることで交易地として繁栄してきた。

 しかし現在、アーハンブラはほぼ無人と化している。ある日突然やってきたガリア軍によって民衆は追い出され、そのガリア軍も廃城であったアーハンブラ城を改築した後に撤収したからだ。それは、ジョゼフがこのアーハンブラをビダーシャルのための、誰の目にも止まらない技術提供の場とすることと、捕らえてきた虚無の担い手が逃げ出せない天然の牢獄として使用するためであった。

 城内は美しく清掃され、エルフが建造した当時の見事な彫刻を浮き出させている。もしここが博物館であれば、連日数え切れないほどの人々でにぎわうであろう。だけれども、この城にたった一人で幽閉され、心を奪われる日を待つのみの身となったティファニアには、芸術はなんの慰めにもならない無機質なものでしかない。また、彼女の事実上の死刑執行人とされたビダーシャルも、先祖の残した造形美を観察する余裕はなく、尖塔の最上階の部屋に設けられた作業室に閉じこもっていた。

 陽光による薬品の変質を防ぐために、窓にはカーテンがかけられて、薄暗い室内には様々な薬品を入れたガラスの器具が所狭しとならべられている。このビダーシャル専用の作業室は、彼が魔法薬の精製をおこなうために必要な道具がすべて揃えられており、城の中で唯一異色を放っている。そこで彼はティファニアに使うための心身喪失薬を作っていたが、同時に一人ですべてを手がけることの限界も感じ始めていた。

 

 ジョゼフに用意させた魔法の製薬器具から離れたところに、ビダーシャルがサハラから持って来たいくつかの魔道具が並べられている。今、ビダーシャルはその中の一つである、遠方の仲間と交信できる魔鏡を使っていた。交信しようとしてる相手は、自分についてハルケギニアへやってきたもう一人のエルフである。ジョゼフの部下になった自分とは別行動をとり、独自にこの世界の異変を調査していたその者を、ビダーシャルは呼び戻そうとしていた。

「聞こえているか? お前の協力が必要になった。すぐにこちらに来てもらいたい」

「あら叔父様、なにかおもしろそうなことが起きたんですの? ふふっ、こちらに来てから毎日が刺激の連続ね」

 魔鏡から返って来た若い女性の声に、ビダーシャルはため息まじりで応えた。相手の声は明瞭で快活であり、子供を思わせるような無邪気さも感じられる。つい先程まで暗く沈んだティファニアの相手をして、これからまた気乗りのしない仕事を始めなければならない彼には、相手の元気さが少々憎らしくもあった。

「君は蛮人の世界に来ても何も変わらないな。前々から、蛮人の道具を買い集めたりと奇行が目立っていたが、蛮人の世界の実物を見て、少しは幻滅したのではないか?」

「まさか? 幻滅どころか、楽しい日々を送っていますわ。蛮人たちは彼らなりに独自の魔法理論を構築してますし、なによりもここにはサハラにはないものが山ほどあります。見るもの聞くもの触れるもの、すべて私にとっては宝物ですわよ」

 人間よりもはるかに高度な文明を有するエルフは、人間を蛮人と呼んで見下しているものが多い。ビダーシャルもその例外ではなく、人間世界で暮らしていることには少なからぬ疲れを感じている。ところが、相手のエルフの女性はビダーシャルとはまったく対照的に、人間を蛮人と呼んでも、そこに悪意はなく、人間社会を楽しんでいる様子だった。

「それにしても、しばらくぶりですわね叔父さま。ここのところ連絡がありませんでしたけど、お元気でしたか?」

「最悪と呼んで差し支えない気分だ。お前は相変わらずどころか、以前よりも元気になったように思えるな」

「それはもう、こちらに来てからは未知の発見と興奮の毎日ですもの。こちらの一日が、あちらの一年にも匹敵する密度ですから、退屈などしてられないです」

「研究者である君にとっては、蛮人の世界も夢の国になるか。うらやましい限りだが、正体がばれるようなことはなっていまいな?」

「それはもちろん。精霊の力での『変化』を、蛮人の魔法では見抜くことはできないことは叔父さまもご承知のはず。ちゃんと耳、隠れているでしょう?」

 そう言って、相手の女性は首をかしげるようなしぐさをして見せた。しかし、あいにくビダーシャルはその問いに答えることができなかった。

「あいにく、映像が乱れていて細かいことはわからん。この道具、もう少し感度はよくならないのか?」

 鏡面には、薄ぼんやりとした様子で相手の姿が映っているが、ときおり映像が乱れて途切れそうになる不安定なものだった。この道具は、ガリアに交渉に行くことになった際に、相手の女性がどこかしらか持って来たものである。けれども、その通信感度は日によって大きくばらついて、つながらないことも多々あるという頼りなげな道具だった。エルフの技術を持ってしても、遠方との通信はたやすいものではないのだった。

「あら、それは残念ですわね。古代の秘術を研究して作った魔鏡だったのですが、まだまだ改良の余地があるようですね」

「それはいずれ、サハラに帰ってからゆっくりとやってくれ。しかしこんなもの、ここで使うよりも、君の婚約者に渡したほうがよかったのではないのか?」

「あら、それは絶対だめですわよ。こんなものを渡したら、アリィーのことだからそれこそ四五日中話しかけてくるに決まってますわ。私が静かに研究に集中する時間を削られるなんてまっぴらごめんです」

 一切躊躇なく答えた彼女に、ビダーシャルは苦笑するしかなかった。

「君も罪な女だな」

「はい?」

「いや、なんでもない。ところで、君のほうは異変や悪魔の力に関して調査は進んでいるのか?」

 話を変えて尋ねると、相手の女性はその質問を待っていたとばかりに話し出した。

「それはもちろん。収穫がありすぎて、どこから話していいかわからないくらいですわよ。ええと、私がここに来てからすぐのことなんですけれど」

「いや、説明はいい。君に話させると、サハラの日が沈んで昇るまで聞かされることになるからな。それに関しては、こちらで直接聞かせてもらうことにするよ」

「こちら? ああそういえば、最初にそんなことをおっしゃってましたわね」

「ああ、少々やっかいごとが起きてな。君の助力が必要になった。私の言うところまで来てもらいたい」

「いいですけど、おもしろいことですわよね?」

 そこでビダーシャルはすべてを明かした。ジョゼフからの命令のこと、アーハンブラ城にいること、そして虚無の担い手……彼らにとっては悪魔の力を受け継ぐものがここにいることを、無感情に話しきった。

「そういうわけだ。我らがここに来た第一の目的である悪魔の力を受け継ぐものが見つかったために、その脅威に抑制を持たせなければならない。しかし、本来薬学などは私の専門外だからな。君の知識と技術が必要なのだ」

 ビダーシャルは自分の能力の限界を理解していた。心身喪失薬はその気になれば独力でも充分に作れる。しかし、単に心を消し去ればよいのならまだしも、心を操るレベルに調整するとなったら絶対に失敗の許されない緻密さが要求される。それに、薬が完成するまでのあいだ、女性の相手をするにはやはり女性のほうがよいだろう。そういう気遣いをこめていたのだが、相手は彼とは別個の考えがあるようだった。

「ちょっと待ってください叔父さま。そのやり方は少し性急すぎはしませんか? 聞くところ、その担い手の子はハーフエルフであるとか! 私個人としても学術的に大いに興味があります……と、それはおいておいても悪魔の力の正体もあばかないうちに、下手に手を出すのは危険ではありませんか?」

「本音と建前がずれているぞ。君の職務は理解しているつもりだし、私としてもあまり気は進まない。しかし、我々の使命は一刻も早く悪魔の力の脅威から一族を解放すること。ジョゼフが悪魔の力を得たとて、せいぜい蛮人同士のくだらぬ争いに用いる程度だ。一族の安全こそが急務であり、それが第一であることを忘れてはいけない。違うかね?」

 強行に反対されても、ビダーシャルはにべもなく首をふった。相手の女性は、まだなにか言いたげにうめいていたけれど、反論しても正論を楯に断固拒否されることがわかっていたので、仕方なげに了解した。

「わかりましたわ。では、そちらのほうへ向かわせていただきます。アーハンブラ城でよろしかったですね」

「うむ。できる限り早く頼む。五日以内に来てくれればありがたいが、やってもらいたいのは心身喪失薬の最終調整だから多少遅れてもかまわない。ただし、十日以内にやってこなかった場合は到着を待たずに薬を与える。待っているぞ」

 事務的にそう告げると、ビダーシャルは魔鏡の操作を終了した。鏡面が元通りの、何の変哲もない鏡に戻って、ビダーシャル自身の姿がそこに映し出される。鏡に映った自分の顔を見て、ビダーシャルは我ながらいやな顔をしているなと少し思い、やがて何事もなかったように薬の精製作業に戻っていった。

 

 一方、ビダーシャルと話していた相手側のエルフも、薄暗い部屋で、効果が切れてただの鏡になった魔鏡に映った自分の顔を見ていた。

「叔父さまのバカ! 世にも貴重なハーフエルフを、あまつさえシャイターンの力を持つなんて、二度と手に入らないような貴重な研究資料を使い物にならなくしようなんて! 絶対に許せないわ」

 ビダーシャルに言ったこととは裏腹に、やはり納得できていなかった彼女はおおいに荒れていた。

 彼女のなめらかな金髪が、怒りのあまり頭をかきむしったことで大きく乱れて、食いしばった歯からぎりぎりといやな音が漏れる。足元で怒りのとばっちりを受けた椅子が壁に叩きつけられて、テーブルの上に積んであった本が崩れても彼女は意にも介さない。人ならば妖精にたとえるであろう美しい顔立ちも、このときばかりは鏡が映すのを嫌がりそうなくらいになっていた。

「そりゃあ、私だって使命が第一だってことはわかるわよ。でもそれにしたってやりようがあるじゃない。ほんとに、叔父さまは真面目すぎるんだから、もう」

 部屋が半壊したところでやっと落ち着いた彼女は、ため息をついて魔鏡に映った自分の顔を眺めてみた。不愉快そうで、おせじにも美しいとはいいがたい顔に、自分のものながらおかしさがわいてくる。古今の東西を問わずに、鏡には不思議な力が宿るという伝承が数え切れないほど伝わっているのは、自分の姿という普通では絶対に見れないものを見せてくれる神秘性から生まれたものかもしれない。

 鏡に醜い顔を映すのをやめた彼女は、冷静に考え直してみた。

 やはり、何度考えても悪魔の末裔に強行に手を加えるのは無謀にすぎる。個人的感情が混ざっているのは否定しないし、やはりとてつもなくもったいないと思うけれど、なんの裏づけもなく短慮で行動していいものか。第一、ジョゼフが悪魔の力を蛮人同士の争いに使うのならばエルフに被害は来ない、などと虫のいい計算ではないか。

 彼女は、手持ちの魔道具の中から通信用とは別の魔鏡を取り出した。それは、以前ビダーシャルがサハラの情景をジョゼフに見せたものと同じ、映像を記録するタイプのマジックアイテムである。自分と、ビダーシャルにも届いているに違いないそれに記録されていた映像を見つめて、彼女はつぶやいた。

「サハラがこんなになっていたら、叔父さまが焦りたくなる気持ちもわかるけどね……それでも、この異変とシャイターンの復活とが関連性があるという確固たる証拠はまだないのよ、やっぱり軽率な行動だわ。けれど、叔父さまは蛮人の王の要求をこばめないし、私の説得なんか耳を貸してくれないし、どうしようかしら……」

 彼女はしばらく考え込んだ後、よしと指を鳴らすと顔をあげた。

「私がだめなんだったら、別の誰かに叔父さまを止めてもらいましょう。となると、悪魔の力に対抗するにはこちらも悪魔の力を持っていくしかないでしょうね」

 考えを決めた彼女は、さっそく身の回りのものをまとめると部屋を出た。

 外に出ると、晴れ渡った空からの陽光に目がくらみ、続いて周りの景色が見えてくる。崩れ落ちた瓦礫の塔と、その周りで作業をおこなう工夫や、学者風の男女の数々。ここは少し前にアボラスによって破壊されたトリステイン王立魔法アカデミーの跡地。彼女が出てきたのは、再建がかなうまでの仮の宿舎。その自室に鍵をかけると、彼女は近くにいた学者の一人から声をかけられた。

「お出かけですか? ちょうどよかった。遺跡から発掘された碑文の解読が終了したので、写し書きを魔法学院のエレオノール女史に届けていただきたいそうです」

「そう。それはこちらとしても都合がよかったわ。じゃ、これは確かに私から先輩に届けておくから。それと、しばらく留守にするからって、ヴァレリー教授に伝えておいて。ああ、戻ってきたときにはまた使うから、私の部屋ちゃんととっておいてよ」

 資料を受け取った彼女は、そのまま魔法学院へと旅立った。

 

 ティファニアの心が奪われるまで、あと十日。それを過ぎてしまえば、人間の力では彼女を助けることはできなくなる。

 才人たちは学院に戻ってからも、ティファニアを救出しようと八方手を尽くしていた。しかし、ティファニアの置かれている状況はおろか、居場所の手ががりすらつかめていない。ルイズの部屋に顔を揃えた才人とルイズ、キュルケとタバサにエレオノールは、希望がまったくなくて困り果てていた。

「ここまで探して手がかりゼロってことは、ティファニアがさらわれたのはトリステイン以外のどこかの国ってことになるわね」

 キュルケがつぶやいた結論に、才人たちはお手上げだといわんばかりにため息をついた。

「やっぱりそういうことになるか。でも、それだといくらなんでも探しようがないぜ」

 トリステインの中であるならば、アンリエッタや銃士隊などの協力をあおぐことはできる。しかし、国外ともなればまったくもって後ろ盾はないので、なにを調べるにしても時間も手間もかかりすぎる。そんな悠長なことをやっている暇はない。

 山を張るにしてもガリア、ゲルマニア、ロマリアと国は多く、国土は広い。このハルケギニアでたった一人の人間を探し出すことが、いかに不可能に近いか嫌というほど思い知らされた。

 エレオノールも、なんとかなるかもといった甘い見通しは完全に捨てていた。

「あなたたち、最初の威勢はどうしたの?」

「そういわれても……」

 生返事しか返ってこず、初日に見せていた元気は見る影もない。

 彼女自身も、この先どう捜索すればいいのかわからない。正直に言えば、人探しなどは専門外なのだからできなくても当然である。だが、虚無に関することにこれ以上知っている人間を増やすわけにもいかない。かといって時間をかければ、ティファニアは敵となって自分たちの前に現れるだろう。

 現在できるもう一つのことは、虚無の魔法の秘密自体を暴いていくことだが、こちらも進んでいない。エレオノールは、遺跡の碑文の解読はまだ終わらないのかといらだっていた。ヴァレリーほど優秀な学者が、こなせない仕事だとは思えない。

 虚無に対抗するにはこちらも虚無を使いこなすことが望ましい。『エクスプロージョン』は強烈だけども、それだけでは心もとない。ルイズが新しい虚無の呪文を覚えるか、もしくは虚無の魔法を自在に使えるようになることができればいいのだけれど……

”ヴァレリー、まだなの?”

 溺れる者になった気で、エレオノールは解読文が届くことをひたすらに待った。

 そのときである。部屋の扉がノックされ、開けてみるとアカデミーの研究員の身なりをした少女が立っていた。

「先輩、こちらにいらっしゃいましたか」

「ルクシャナ、あなたが来たの」

 やってきたのがアカデミーの後輩であったことで、エレオノールは待ち望んでいたものが来たことを知った。

「お姉さま、その方は?」

「ああ、あなたたちと会うのは初めてだったわね。先日、アカデミーに入った優秀な新人よ」

「ルクシャナというの、よろしくね。あなたが先輩の妹さん? ふーん、あなたがねえ」

「は、はい?」

 あいさつをしたルクシャナに、まじまじと見つめられてルイズは困惑した。エレオノールの後輩だからか、遠慮のない態度はまあわかるとして、その好奇心にあふれた眼差しはなんであろうか。

「ルクシャナ、ルイズなんか見ても別におもしろくもないわよ。それより、用があって来たんじゃないの?」

「ええまあ。こちら、ヴァレリー先輩からの届け物です」

 ヴァレリーから預かってきたという書簡を受け取ると、間違いなく彼女のサインがされているのを確認する。厚い封筒に入ったそれは厳重に蝋で封印され、言ってあったとおりに人の目に触れないようにしてくれていたようだ。

「ご苦労様、じゃあもう帰っていいわよ」

「ええーっ、せっかくここまで来たのにそれはないですよ。その碑文の解読、なぜかヴァレリー先輩だけがまかされてほかの研究員は締め出されるし。読めるのを楽しみにしてたのに」

 入室から二分も経たずに追い出されかけて、当然のようにルクシャナは不満の声をあげた。

「あのねえ、ほかの研究員を締め出すってことは、秘密にしておきたいからに決まってるじゃないの」

「虚無に関わるからですか?」

「そう、虚無に……えっ!」

 ルクシャナの口から飛び出した、あってはならない単語にエレオノールの顔がこわばる。

 今、彼女はなんといった。聞き間違いでなければ、確かに『虚無』といった。この文書が、なぜ秘密扱いでヴァレリーに解読を頼まれたのかはヴァレリー本人ですら知らない。彼女は借りが大きくなることを承知で、訳を聞かずに引き受けてくれと懇願するエレオノールの頼みを聞いただけだ。

「ルクシャナ、どうしてあなたがそのことを……?」

 胸の動揺を抑えながら、つとめて冷静を装ってエレオノールは問いかけた。同時に、才人はルクシャナの背後に立ち、キュルケは部屋の扉にロックの魔法をかける。それなのに、ルクシャナは別に悪びれるでもなく、エレオノールの胸についているアカデミーのバッジを指差した。

「すみませんが、先輩が最近なにか隠しごとをしてるようなので、バッジに少し細工をね。受信機はほらこっち」

 ルクシャナが自分のバッジを外して見せると、そこからは確かに今エレオノールに言ったとおりの言葉が聞こえてきた。

「盗聴器!?」

「正解! といっても受信感度はいいとこ一リーグくらいなんですけど、先輩独り言が多いからバッチリ。でも、先輩の妹さんが虚無の担い手だって知ったのは、つい最近なんですが」

「嘘! だって盗聴の危険は常にディテクトマジックで排除してきた。今日だって、魔法の反応なんてどこにもなかったのに!」

 外したバッジを握り締めて詰め寄るエレオノールにも、ルクシャナは涼しい顔だった。すでにルイズやタバサも攻撃態勢に加わっている。虚無の秘密を知られた上に、盗聴までされていたとなれば当たり前だ。話によってはただで帰すわけにはいかない。

 だが、殺気立ったメイジ四人に取り囲まれているというのにルクシャナは相変わらず少しも動じずに、笑いながら答えた。

「そりゃそうですよ。私たちの魔法は蛮人の魔法では察知できません」

「え……今、あなたなんて……?」

「だから、蛮人の魔法と精霊の力を行使した私たちの魔法は根本から違うから、そちらのディテクトマジックでは探知できないんですよ。落ち着いてくださいって、先輩ならこのくらいのこと説明しなくてもおわかりになるでしょう?」

 違う、驚いているのはそういうことではない。人間の魔法では探知できない魔法。精霊の力を行使した、その答えは一つしかない。さらに、我々のことを蛮人と侮蔑を込めた物言いで呼ぶ、そんな相手はやはり一つ。エレオノールだけでなく、ルイズもキュルケも、才人を除いた全員がルクシャナの正体に察しがついて戦慄した。

「あなた、まさか……」

「お気づきになられたみたいですね。じゃあま、もったいぶっても仕方がないし、単刀直入に話すとしましょうか」

 勝ち誇ったような笑いを浮かべると、ルクシャナは短く「我を纏う風よ。我の姿を変えよ」と、呪文を唱えた。淡い光がルクシャナを包んだかと思うと、すぐに光は消えてルクシャナの姿が現れる。そのルクシャナの容姿は、元と顔つきも体つきもほとんど変わってはいなかったが、一箇所だけ大きく変化している。耳が、長く鋭く伸びていたのだ。

「エルフ!?」

「ご名答。って、見ればわかるわよね」

 正体を現したルクシャナは、うーんと背伸びをすると元に戻った耳をなでた。その仕草だけを見るならば、年頃の女の子の別に珍しくもない行動ととれるだろう。しかし、彼女がエルフであるということが、ルイズたちの……ハルケギニアの人間の無意識に刷り込まれた恐怖心を呼び覚ましていた。

「エ、エルフ!」

「な、なんで!」

「くっ……」

 めったなことではうろたえないルイズやキュルケ、大抵のことでは無表情を貫いているタバサまでもがぐっと息を呑んで後づさる。平然としているのは才人だけだ。

「お、おいおいお前らなんだよビビッちまって。エルフって、相手はたった一人だろ」

 才人にとって、知っているエルフはティファニア以外にはいない。いや、ルイズたちにとってもそうなのだけど、ハルケギニアの人間にとってエルフとは、地球で言う鬼や悪魔のように恐ろしいものの代名詞として、幼い頃から教えられるものだ。頭では大丈夫だと思っても、深く植えつけられた恐怖心まではそうはいかない。

 だけれど、もっともショックが大きかったのはエレオノールであるのはいうまでもない。

「ルクシャナ……あなた、あなたがエルフだったなんて。これまでずっと、私たちをだましてきたっていうの!?」

「結果からいえば、そういうことになるわね。でも、エルフの姿のままじゃアカデミーに入れっこないし、そのへんは目をつぶってくださいね」

「そういう意味じゃないわよ。エルフが人間に化けてまで、なんでこんなところにいるのかってことよ!」

「うーん、それにはけっこうややこしい理由があるんで長くなるけど、一言で言えば蛮人の世界を探るためかな?」

 ルクシャナは、人間の姿のときに使っていた敬語を省いてエレオノールに答えた。といっても、エルフの寿命は人間よりもずっと長いために、一見ではやや瞳が鋭いくらいの少女にしか見えないルクシャナも、さしてエレオノールと歳の差はない。それでも、これまでずっと後輩と見てきたルクシャナの正体を知ったことで、エレオノールの心には深い屈辱感が生まれていた。

「これで、あなたが歳の割には異常なほど優秀だった理由もわかったわ。エルフは優秀な頭脳の持ち主だっていうから、さぞかし私たち人間のことがバカに見えたでしょうね」

「落ち着きなさいよ。いや、落ち着いてくださいよ。どうも偏見があるみたいなんで修正しておくけど、私たちはあなたたちと比べて寿命が長い分成人も遅いの。だから教育を受ける期間も長くて、それがあなたたちから見れば英知を持ってるように見えるんでしょうね。基本的な記憶力なんかは、実際ほとんど変わらないわ」

「本当でしょうね」

「少なからぬ時間、いっしょに過ごして体験したことだからね。私も学者よ、自分の検証は偽らないわ。それと、エレオノール先輩やヴァレリー先輩を尊敬してるのも事実です。正直、あなた方ほどの学者はエルフにもそうはいないわ。おかげで、いろいろと勉強させてもらったわ。ありがとう」

 中途半端に敬語が混じった言い方だが、どうやら嘘だけはついていないようだ。エレオノールは、同じ学者としてそれを信じることにすると、一回深呼吸をして気を落ち着かせた。

「わかったわ。じゃあ、あなたの言うとおり単刀直入に話を進めましょう。あなたの目的はなに? どうしてエルフだってことをばらして、虚無に興味を持つわけ?」

「簡単よ。あなたたち、さらわれたハーフエルフの虚無の担い手を探してるんでしょう? 居場所を教えてあげに来たのよ」

「なっ!?」

 想像もしていなかった答えに、全員が例外なく絶句した。しかし一瞬の間を置き、我に返ったとたんに才人は反射的に叫んでいた。

「ティファニアの居場所を知ってるっていうのか!?」

「だからそう言ってるじゃない。物分りが悪い子たちねえ」

 叫んだ才人に、ルクシャナはめんどうくさそうに答えた。が、才人の驚いているのはそういうことではない。

「すっとぼけるなよ! なんでお前にティファニアの居所がわかるかっていってんだよ。まさかお前もシェフィールドの一味なのか?」

「はあ? あんたこそなにを訳のわからないこと言ってるの。私は別に誰にも従ってるわけじゃないわ……いえ、もしかしたら叔父さまと契約したっていうあの男なら」

「おい、どうしたんだよ?」

 突然考え込んでしまったルクシャナに、才人は問いかけるけれど彼女は答えない。

「なーるほど、そういうふうにつながってたんだ。ふむふむ、これはまた興味深い考察課題ができたわね」

「おいこら! 聞いてんのか!」

「うるっさいわねえ。これだから男ってのは野蛮で嫌いよ、しぱらく黙らせてあげましょうか」

 いら立った気配を見せたルクシャナに、ルイズたちはいっせいに身構えた。エルフの使う先住魔法、この中でその威力を直接見たものはいないが、伝承ではスクウェアクラスの魔法をもしのぐ威力を持っているという。

「なんだよ、やるっていうのか?」

「サイトやめなさい! エルフを怒らせちゃだめ」

 ルイズがエルフの脅威を知らない才人を引きずり倒した。才人は「なにすんだ」と抗議するが、背中からあばらがきしむほど踏みつけられた。その一撃で肺の空気を全部吐き出さされて、酸素欠乏症に陥らされた才人は金魚のように口をパクパクさせる。久々に見せるルイズのおしおきの前に、才人はテンカウントを待つことすらなく黙らされた。

「あなた、ずいぶんとまあ生物の常識を無視した沈静方法を使うわね……私が言うのもなんだけど、彼大丈夫なの?」

「こいつはこんなものじゃ死にはしないわよ。まったく、少しは会話の流れってものを読みなさいよね」

 多分聞こえてないだろうが、ルイズは足の下でもだえている才人に言った。しかし、さしものエルフでもルイズの折檻は引くものがあったらしい。才人への敵意はすっかり消えて、一転して同情のまなざしになっている。それほどまで才人の惨状は、見慣れているはずのキュルケなどからしてみても、これなら一思いに息の根を止められたほうが、まだ幸せかもしれないというふうに見えた。

 とはいえ、ティファニアの身が気になって冷静さを失っている才人では話にならなかったのも事実だ。呼吸困難で悶絶している才人を置いておいて、代わりにルイズがルクシャナに向かい合った。

「うるさいのは黙らせたわよ。だから話を続けてちょうだい」

「はぁ、すっかり話がそれちゃったけど、まあいいわ。えーっと、どこまで話したかしら?」

「いえ、本気でわたしたちに協力する気があるなら最初から全部話してちょうだい。ティファニアの命がかかってる以上、不確かな情報で動くわけにはいかないわ」

 鋭い目で睨み付けるルイズに、すでに毒気を抜かれていたルクシャナは含み笑いをしてうなづいた。

「あなた賢いわね。それにおもしろい。いいわ、観察対象として合格。話してあげるわ」

 ルクシャナは、ルイズのベッドに腰をおろすと、ことのあらましを語り始めた。

 自分は、エルフの世界で起きている異変を抑えるためにハルケギニアに派遣されてきた叔父にくっついてきたこと。そのためにガリア王ジョゼフと交渉し、叔父が彼の配下にならざるを得なくなったこと。自分は下働きなどおもしろくもないので、話に聞いたトリステインの魔法アカデミーに行ってみることにして今日まで来たことを、あっさりと全部話した。

「おおまかなことは言ったとおり、それで今あなたたちのお探しの虚無の担い手は、私の叔父さまといっしょにガリアのアーハンブラ城にいるわ」

「ガリアの王……まさか、それほどの相手だったなんて」

 シェフィールドがあれだけ自信を持つわけだとルイズは思った。組織どころか、国が背後についているのだから当然である。

「でも、なんでまたガリアの王様が虚無を狙うわけよ?」

「さあ。ジョゼフとの交渉は主に伯父さまがしてて、私はしばらく会ってもいないからね。けど、蛮人の考えることなんてだいたい同じじゃない?」

 人間を見下す様子を隠すでもないルクシャナに、ルイズは不快感を抱いたが否定もできなかった。ガリア王ジョゼフが『無能王』と内外で言われているのは、トリステイン人である自分も知っている。その汚名を晴らすために虚無を使って、ハルケギニアを統一しようなどという、ゆがんだ野心でも抱いているのだろうか?

 また、キュルケはガリアの名を聞き、タバサの境遇を思い出して、彼女に視線を向けていた。しかし、キュルケの無言のうったえにタバサはなにも答えずに、無表情と沈黙を貫いている。

「ガリア王ジョゼフね……エルフを部下にするなんて、とんでもない男のようね。でも、誇り高いエルフが交換条件とはいえ人間にひざを折るなんて、サハラで起きている異変ってどういうものなの?」

 ルイズに質問されたルクシャナは、ふたつの答えを示した。ひとつはあなたたち虚無の担い手に関係するシャイターンの門の活動に関すること、もう一つは直接見たほうが早いと、ルイズに鏡のマジックアイテムを手渡した。覗き込んだルイズたちの瞳に、記録されていたサハラの情景が映し出される。

 まず見えてきたのは、一面の砂の世界の中に、宝石のように輝くエメラルドグリーンのオアシスだった。湖畔には緑があふれ、砂漠の中だというのにみずみずしい生命の息吹にあふれている。その周辺には取り巻くように美しい街並みが作られていた。

「きれいな街……」

 エルフのものだということを忘れて、ルイズたちはその街の美しさに見入った。建物はハルケギニアのどの国のものよりも規模が大きいだけでなく、精巧で機能的なデザインで組まれていて、どちらかといえば地球のビル街に近い。しかしコンクリート製の地球のビルや、ハルケギニアの石材やレンガ造りのものと違って、白磁に輝く見たこともない美しい石でできていた。

 ルクシャナはそれが、サハラの中で南海という場所に近いところにある地方都市だと語った。地方都市でこれとは、首都はどれほど雄大なのだろうとルイズたちはエルフとの技術差に心が寒くなる。

 だが、都市に見とれていられたのもわずかなあいだだった。空のかなたから突如現れた無数の影、それが翼を翻して都市の上空に接近してきたとき、都市の数十箇所で火の手があがったのである。

「あれは、竜!?」

「いえ、竜なんかよりはるかに大きい。怪獣の群れよ」

 現れたのは、赤い翼と鎧のような体を持つワイバーンのような怪獣の群れだった。才人はまだ痛む体の中で鏡を見上げてつぶやいた。

「アリゲラ……」

 それは、かつてウルトラマンメビウスが戦ったこともある宇宙有翼怪獣アリゲラの群れであった。数は画面から算定できるだけで最低七匹、それらが肩口や尻尾から放つ破壊光弾で街を攻撃している。

「ひどい……」

 エルフたちは逃げ惑い、美しかった街並みはみるみる破壊されていく。突然これだけの数の怪獣に襲われたのでは、いかにエルフの街とてひとたまりもなかった。

 これが、エルフの世界を襲っている異変……怪獣の出現はハルケギニアだけではなかったことに、ルイズたちはあらためて世界の危機を実感して息を呑んだ。

「ヤプールの影響が、エルフの世界にも波及してたのね」

 ルイズの言葉に、ルクシャナは「そう」とうなづいた。才人も同感で、アリゲラの大群の出現はヤプールが原因とみて間違いない。この世界でも、アリゲラは三十年前にオスマンを襲ってウルトラマンダイナに倒されているので、存在は確認されている。群れで現れたのは、かつて現れた個体はおそらくはぐれで、本来の生態は宇宙渡り鳥バルやディノゾールのように群れで渡りをする性質を持っているからなのだろう。

 そして、その性質ゆえに、渡り鳥が電磁波で目的地を見失ってしまうように、ヤプールの時空波に敏感に影響を受けてしまったのだ。

 画像は暴れるアリゲラの群れにエルフの空中艦隊が迎撃に向かったところで終わり、ルクシャナは再び口を開いた。

「今のところは私たちの軍隊が抑えているけど、それもいつまで持つか。だから叔父さまも焦ってるのね。だけれど、叔父さまはシャイターンの力が制御可能な形に落ち着けばそれでいいみたいだけど、私に言わせれば貴重な研究資料を台無しにするなんて冗談じゃないわ! で、私が直接叔父さまを説得するのは無理だから、同じシャイターンの末裔であるあなたたちに救出してほしいわけ」

「それがあなたがわたしたちに協力する理由ね。でも、ティファニアを助け出したとたんに手のひらを返してってことはないでしょうね? もし、あの子に痛みを与えるようなことをすれば、あなたたちが悪魔と呼ぶとおりにわたしはなってあげるわよ」

 脅しと呼ぶには壮烈すぎる殺気をぶつけるルイズに、ルクシャナはやれやれと首を振った。

「あなた、わたしのことを血も涙もない狂学者みたいに思ってない? 心配しなくても、体も心も手を加えるつもりはないわよ。私がしたいのはあくまで観察、自然な姿こそが重要なの」

 ルクシャナは断言し、ルイズは「ならいいわ。あなたを信用しましょう」と答えた。そんなルイズに、そのころようやく回復してきた才人が噛み付いた。

「ルイズいいのか? こんなやつを信用して」

「信用するわよ。この人は私たちに悪意を持ってるわけじゃないわ」

「ご理解ありがとう。やっぱりあなたは賢いわね」

 少しも遠慮せずに、ルクシャナはルイズを好成績を出した生徒のようにほめた。

「ふんっ。善意で協力しようとしてるわけでもないんでしょ。ようはあなたはあなたの研究欲を満たしたいだけ。でもそれでいいわ、今日はじめて会った相手をいきなり信頼できるわけもない……ただ、それがティファニアを助け出す唯一の道ならわたしは迷わない」

 ルイズの決意を聞き、才人も確かに今は誰の力を借りてもティファニアを救出することが先決だと思い直した。するとルクシャナは、「協定成立ね」と手を差し出してきた。しかしルイズは自分も手を出そうとはせず、ルクシャナに問いかけた。

「協定の前に一つだけ聞かせて。あなた、短い期間でもハルケギニアで暮らして、ここの人たちをどう思ったの? ただ蛮人の世界はおもしろいと思っただけ? エルフの人に比べて、人間は蛮人というとおりに本当に劣る存在だった?」

「それはないわ。確かに技術の差は格段だけど、エルフもここも、住んでる人にたいして違いはなかったわね。私があっさりここの生活に溶け込めたのがその証拠。実際、あんまり変化がないもので拍子抜けしちゃったわ」

「じゃあなんで、私たち人間のことを蛮人なんて見下した呼び方をするの?」

「あら、そんなこと気にしてたんだ。そうね……特に理由はないわ、物心ついたときからそう呼んでたし。それをいうなら、あなたたちだってエルフのことを化け物よばわりしてるでしょ」

 指摘されて、ルイズたちははっとした。相手のことばかり考えていたけど、今自分たちは彼女に対して明らかな敵意を向けている。彼女は最初から話し合いに来たと言っているのに、場を複雑にしているのは自分たちだ。先入観から初対面の相手を蔑視し、差別するのはおろかなことだとわかりきっているのに無意識にやってしまった。

「悪かったわね。エルフだからって殺気立っちゃって」

「気にしてないわよ。あなたたちはだいたいそんなものでしょ、気にしてたらきりがないわ」

 なんでもないように言うルクシャナは、人間の蔑視など歯牙にもかけていないようだった。ただ、そうして人間を見下してはいなくても、なめた様子のルクシャナにルイズの対抗意識がかきたてられてきた。

「そうね……じゃ、ほんとうのエルフがどういうものなのか、私もあなたを観察させてもらうわ。失望させないでよね!」

 力強く言い放つと、ルイズはがっちりとルクシャナの手を握った。ルクシャナはしばし呆然としていたけれど、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

「私を観察しようっていうの? やっぱりあなたおもしろいわね」

「よろしくね。わたしの名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。百や二百の論文で、わたしを語りつくせると思わないでよね」

「望むところよ、一生かけてもあなたと虚無の秘密、暴きつくしてあげるわ!」

 二人は互いに力を込めて手を握り返す。ここに、両者の協定は完全に成立した。

 むろん、まだ才人たちは納得しきれていない様子だった。だがルイズはそんな才人に楽観的に語り掛ける。

「まあなんとかなるでしょ。考えてみたら、人間じゃない相手なんてこれまで腐るほど相手してきたんだし。それに、忘れたのサイト? 始祖ブリミルはエルフを使い魔にしてたのよ」

「あっ!」

 そうだったと、才人はアボラス・バニラとの戦いのときに祈祷書に見せられた六千年前のビジョンを思い出した。あのときのガンダールヴの女性は間違いなくエルフだった。主人と使い魔という関係だったとはいえ、彼らはともに助け合って生きていた。ならば、現代に生きる自分たちがエルフとわかりあえないはずはないではないか。

「なになに? なんの話、もっとよく聞かせてよ!」

 その一言を聞きつけたルクシャナが、好奇心で顔をいっぱいに輝かせて詰め寄ってくる。ルイズは才人に目配せで、「ねっ」と言ってやって才人も理解した。なるほど、つまりこの人はコルベール先生と同じタイプの人間で、先生にとってのゼロ戦が彼女の場合はティファニアだというわけか。しかし、いくらエルフとはいえこういう人ばかりというのは少し考えがたい。

「もしかしてあんた、けっこう変わってるって言われない?」

「あら、よくわかったわね。私ね、ずっと前から蛮人の文化を研究してきたの。あなたたちの商人からいろんなものを買ったりしてね。だっておもしろいじゃないの、こうゴテゴテしてて。なのにみんな私の家をガラクタ屋敷よばわりよ。失礼しちゃうわ」

 憤然とするルクシャナを見て、全員が『コルベール先生の女性エルフ版がいる』と本気で思ってげっそりした。

 なにか、警戒していたのがアホらしくなってくる。

「ねえ、それよりもさ。今の話よく聞かせてよ」

「長くなるんであとにしてくれ! ようし、テファの居場所さえわかれば善は急げだ。すぐに出発しようぜ」

 

 勇躍して、才人たちは魔法学院を旅立った。

 エルフのルクシャナを仲間に加え、目指す地はガリア王国の辺境アーハンブラ。

 ティファニアが心を奪われる日まで、あと十日。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。