ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第40話  ふたつめの虚無

 第40話

 ふたつめの虚無

 

 寄生怪獣 マグニア 登場!

 

 

 怪獣ゾンバイユのラ・ロシェール襲撃から一週間後、ウェールズ新国王とアンリエッタ王女との結婚式が、トリスタニアで盛大に開催されていた。

「アルビオン王国万歳! ウェールズ陛下万歳!」

「トリステイン万歳! アンリエッタ姫万歳!」

 高らかな歓声が鳴り響き、軽快なファンファーレがそれに彩りを与える。人々は手に手に両国の旗を振り、シャンパンをかけあってこのめでたい日を喜び合った。

 先日のアボラス・バニラとの戦闘はトリスタニア外縁部の区画でおこなわれたために式典に影響はない。いやむしろ、人々はそのときの苦難を笑って乗り越えようとしているように、楽しもうとしていた。

 ウェールズ王を護衛してきた魔法学院の生徒たちも、パレードの列に加わって誇らしげに行進していく。

 学院の教師たちは、小高い丘の上に立つトリスタニア王宮の正門の前に整列して彼らを待っていた。遠目からでも、トリスタニアの大通りを悠然と行進してくる行列と、それに加わって一世一代の役割を果たしている生徒たちが見える。

「おお、来おった来おった。若い連中、張り切っておるのう」

「ウェールズ陛下にいいかっこ見せようとして、醜態をさらす子がいないか心配してましたが、杞憂だったようですわね。皆、自分の役割をきちんと果たしてくれたみたいですわ」

 オスマンとロングビルが満足げに話し合っている。彼らの少し離れた場所では、コルベールも教え子達の晴れ舞台に目じりを熱くして、彼らがやってくるのを今か今かと待ちわびていた。

 だが、そんな中にあってただ一人だけ、カリーヌは生徒たちの中にルイズがいないのを気にかけていた。

”ルイズ、どうしたというの? こんな国の大事に留守にするなんて、あなたになにがあったというの”

 カリーヌはルイズの身の上に何かが起きたのだと確信していた。親だから、ルイズがどんなときにどういう行動をとるのかはすべて把握している。あのルイズが、親友でもあるアンリエッタの婚礼を蹴るなどありえない。

 カリーヌや教師たちは、ゾンバイユとの戦いのときにはトリスタニアに向かっていたために虚無の炸裂を知らない。

 また、ラ・ロシェールからトリスタニアまでは馬車で向かっていたために、空を飛ぶシルフィードには追い越されてしまった。そのため、彼らがトリスタニアに着いたのはアボラス・バニラとの戦いが終結した翌日だった。

”さらにいえば、調べようとしたとたんの姫殿下からの通知。あれも、どういう意味か……”

 

『しばらくルイズの身の上を学院から外します。理由等については、式典が終了した後にお呼びしてお話いたします。ご息女のことにつき、ご納得いただきがたいものと存じますが、わたくしを信じて少しのあいだお待ちいただきたく願います』

 

 一時は強引にアンリエッタに問いただしに行こうと思ったけれども、公爵夫人としての立場をかんがみて思いとどまった。それに、ルイズも今では自分の庇護が必要な子供ではない。自分で考えて、自分で行動することができる。なによりも、今のルイズには自分などよりずっと頼りになる仲間たちがいる。

”ルイズ、あなたが今どこでなにをしているかは知りません。しかし、あなたにあなたにしかできない役目があるというのでしたら、それを全力で果たしなさい。母は、いつでもあなたの無事を祈ってますよ”

 カリーヌはそれでルイズのことを考えるのを打ち切った。今の自分は教師である。肌に合わない仕事かもしれないけれど、世界はのんびりと隠居を許してくれるような状況ではない。それこそ『烈風』が十人でも百人でも欲しいような火急のときなのだ。しかし国の将来を担う少年少女たちには、まだまだ教え導くものが必要なのである。本当の苦難と脅威に立ち向かえる強さを教えられる人間は、残念ながらそう多くはない。

 王宮へと続く坂を上ってくるアルビオンの一行と、それに付いてやってくる生徒たちを見下ろして、カリーヌはあらためて自分の役目を自分に言い聞かせた。

 式典はこれからアンリエッタとウェールズの顔合わせを経て最高潮にいたる。人々は、今日だけは世界の危機も忘れて、祭りの楽しさに酔いしれた。

 

 

 一方、先日は大変なにぎわいを見せたラ・ロシェールは、現在は観光客もすっかり出て行って、やや閑散としていた。

 出店もほとんどが閉まり、道を歩く人間もまばらとなっている。ウェールズ新国王のご一行を目当ての観光客と、彼らを目当ての商人たちがほとんどだったのだから、当然といえば当然だが、元々の住人たちは少し寂しい気分を感じていた。

 もっとも、トリスタニアでの式典が終了し、新婚夫婦が今度はアルビオンに上がる番になれば、またにぎわうことになるのはほぼ間違いないことである。そのため、居残った商人たちは次の出店のための準備に余念がなく、街には警備のために銃士隊がまだ数個小隊残っている。

 そんな、やや寂れた印象を与える港町に、ルイズと才人たちはやってきていた。

『アルビオン王国、スカボロー港ゆき、旅客船【ウィンド・オブ・ウィンディア】号、第十七番ポートより間もなく出航します。ご乗船の方はお急ぎください。お見送りの方は速やかに退船願います』

 ラ・ロシェールの象徴である巨大な世界樹の一本の枝から、鐘の音に送られて一隻の空中帆船が飛び立った。

 空は快晴、風は暖か南風。絶好の条件に後押しされてアルビオン王国を目指す船の甲板に、才人、ルイズ、キュルケ、タバサの四人が揃って、まだ見えない天空の白の国を見据えている。

「ふぅ、うまいこと条件のいい船が見つかってよかったな。時期が時期だから、一般の船は欠航かと思ってたけど杞憂だったな」

「なにせ、急いでアルビオンに渡ろうと思ったところで、シルフィードがなぜかくたくたでラ・ロシェールまでしか飛べないっていうんだものね。タバサ、シルフィードはどうしてるの?」

「船倉で寝てる」

「そう。でも、今回のアルビオン行きは正直言って気が進まないわね。必要とはいえ、友達の知られたくない秘密を暴きに行くようなものなんだから……」

 甲板で話し合う四人の顔色は、この日の陽光とはまるで反比例して暗く重い。

 彼らが再びアルビオン王国を目指している理由は、決して快いものではない。それは、エレオノールが魔法学院にやってきて、虚無の研究調査を進めたうえで判明した、一つの可能性。ルイズやデルフリンガーへの聴取から、虚無に関するわずかばかりの伝承をもほじくり返した末、浮かんだ虚無の特徴。

「すべての物質は小さな粒からなり、虚無を含めた系統魔法はこの粒に影響して効果を表す。ただ、虚無の系統は、四系統魔法が操れるよりもさらに極小の粒を操れるために、より高度な効果を生み出すことができる。と、なれば虚無の系統の担い手を探す方法はさして難しくないわ。通常の系統魔法は使えない代わりに、ルイズの爆発のように異常な効果を発揮する魔法を使う人間を探せばいい。あなたたち、そんな人物に心当たりはない?」

 エレオノールにそう問いかけられて、ルイズたちが記憶を漁った結果、一人だけそれに該当する人物がいた。

「ティファニア……あの子が使った『忘却』の魔法は、系統魔法とは明らかに違った」

 一度だけ見た、ティファニアの正体不明の魔法のことが、今となっては嫌に鮮明に思い出せる。

 聞いたこともない呪文に、他人の記憶を奪うという信じられない効果の魔法。四系統魔法では明らかになく、かといってエルフが使えるという先住魔法は、杖やスペルの詠唱を必要としない。そのときはすぐにブラック星人とスノーゴンとの戦いになり、すっかりと忘れていたけれど、ロングビルも系統がわからないと言っていたあの魔法は確かに普通ではなかった。

「でも、まさか……まさかよねえ」

 可能性よりも、ルイズたちはティファニアが虚無の担い手だということを信じたくなかった。

 エレオノールに、「思い当たる人間がいるなら、すぐに確認していらっしゃい!」と言われて飛び出してきたものの、人の家に土足で入り込んでいくような後ろめたさはぬぐえない。いや、それ以上に、あのおっとりと、優しく明るく、子供たちに囲まれて、ただ平和に過ごすことのみを願っていたティファニアが、世界の運命をも左右しかねない大魔法使いの片割れかもしれないという、馬鹿げた可能性がそもそも気に入らない。

「万が一、テファが虚無だったら彼女は世界を巻き込む戦いに巻き込まれる運命にあるのかもしれない。なんで、よりにもよってあんな虫も殺せないような子が担い手かもしれないのよ。悪い冗談だわ!」

 ルイズはここに来る途中、不愉快そうにそう吐き捨てていた。

 しかし、感情で否定しても証拠は揃っている。血統にしても、ティファニアの父はアルビオンのモード大公、始祖の力を受け継ぐ者は王家の血筋に現れるという条件とも合致している。だからこそ、なお気に入らなかった。

「なあルイズ、やっぱりロングビルさんに伝えないで来てよかったのかな?」

「こんな妄言めいたこと、どう話せっていうのよ。第一、ハズレであってくれたほうがうれしいんだから、余計な心配かけてもしょうがないでしょ」

 才人の気遣いをルイズは一蹴した。ロングビルはティファニアにとって育ての親、子を思う親の気持ちは才人よりも女性である自分のほうが、まがりなりにも理解できる。

「唯一の救いは、エレオノールお姉さまが直接来なかったということくらいね。資料の検分が忙しいって、まあありがたいといったらありがたいんだけど」

 エレオノールは虚無の研究と並行して、例の古代遺跡の発掘調査もまだおこなっていた。いまのところ、虚無に関連する一番有力な手がかりが眠っていそうなところがそこだからだ。ただ、アボラスがアカデミーを破壊し、ドドンゴが復活するときに遺跡を崩落させてしまったので、残った古代の碑文もほとんど破壊されていて調査は難航している。

「ただ、本気で虚無だけ調べてるかは怪しいのよね。口実つけて発掘を楽しんでるようにも見えるし、ただめんどうくさいだけじゃないかしら?」

「そのほうがいいだろ。あの姉ちゃんに、ティファニアがハーフエルフだなんて知られたらどうなることか」

 考えるだけで身震いがすると、二人は演技ではなく本当に身震いした。

 ともかく、目的のためには手段を選ばずという人間の典型なので怖い。さすがに生体解剖するなどと残酷な行為には及ばないだろうけど、新作のポーションの人体実験くらいは平然とおこなうらしいので、誇張ではなく恐ろしいのだ。

 キュルケも、まったく同感だとばかりにつぶやく。

「まあ、あのお姉さんの前にハーフエルフなんて出すのは、飢えたドラゴンの前に生肉を見せるようなものだしねえ」

 きわどい比喩に、才人とルイズは苦笑するしかなかった。ただ、その表現には表に出ている以上に、ツェルプストーからヴァリエールに対する隠喩が含まれている。すなわち、臨時教師に身をやつして男子生徒まで対象に婿候補を探しているエレオノールを、飢えたドラゴンと暗示しているのだ。

 もっとも、文学的センスには乏しい才人とルイズにはそこまで読まれなかったようである。額面どおりにだけ受け取っている二人の反応に、キュルケは多少物足りなさを感じたが、教えてやる必要もないので方向を変えることにした。

「ああそれから、あのお姉さんじゃハーフエルフなんかじゃなくても、ティファニアを見たら激昂するかもね」

「は?」

「あらルイズ、なにキョトンとしてるの? あなたにも関係あることじゃない。もっかいティファニアに会うの、覚悟はできてるの?」

「覚悟? なんのことよ?」

 突然意味のわからないことを言い出したキュルケに、ルイズはやや苛立ちげに問い返す。すると、キュルケはここぞとばかりに満面の笑みを浮かべると、ルイズの胸部を人差し指の先でツンと突いた。

「ほらここ。あなたたち『絶壁』の姉妹には、あの子の『山脈』はまさに世界の屋根じゃない。転落防止の準備はいいの?」

 ルイズはその瞬間、久々に自分の血管が切れる音を聞いた。ティファニアの持つ二つの巨峰……それは自分のささやかな丘などでは、比べることさえはばかられる神の聖域。才人がそれを思い出して、「バ、バストレボリューション……」と、鼻を押さえながらほざいていたので、とりあえず先に股間を蹴り上げておいた。

 そして、自分以上に、いや未満になだらかなエレオノールのレベルでは、女として屈辱を通り越して、絶望のふちに沈まなければならないだろう。それが嫌だから、まして友達に嫉妬するなんてみっともないから考えないようにしていたというのに、この女は。

「キ、キュルケ……いえツェルプストー。最近ちょっと、馴れ合いが過ぎたみたいね。忘れるところだったわ、わたしはヴァリエールで、あなたはツェルプストーだったってこと」

「あら、わたしは忘れたことはなかったわよ。でも、ティファニアほどじゃないけど、出会ったときからわたしの勝ちは決まってたじゃない。ただ、勝者が敗者をなぶるなんて、そんな下卑た真似を誇り高いツェルプストーのわたしができるわけないじゃないの」

「どこの勝ち負けを問題にしてるのよ! そんなもの、ただの脂肪じゃない。いいわ、この際あんたとわたしは、不倶戴天の仇同士だってこと、はっきりさせときましょう」

 勝ち誇るキュルケと、憤怒の大魔神のごとく煮えたぎるルイズの舌戦がこれまた久しぶりに開幕した。

 甲板を狭しと、先祖の因縁がどうのとか、授業中あのときはどうだったかとか大声で言い合いが続く。

 タバサはそんな二人の光景を何気なしに眺めている。

「ちょうどいい気晴らし」

 短くつぶやくと、見ていても飽きると、彼女は船内に戻ろうときびすを返した。

 昔ならいざ知らず、今のルイズとキュルケが本気で憎み合うなどあるはずがない。互いの腹の中のものを出し尽くしたら自然に収まるか、キュルケがルイズをなだめて終わるだろう。気が沈んでいた今なら、向こうにつくまでに気分転換をしておくのも構わないだろう。

 股間を押さえてもだえている才人の横をすり抜けると、タバサは船内の階段を下りて、最下層の船倉に向かった。

 

 騎乗用の動物などを休ませておく厩舎で、シルフィードはぐっすりと眠っていた。

 今日は朝から飛ばせたし、疲れているのだろうとタバサは起こすのをやめて、そっとシルフィードの顔を眺めるだけにしておいた。

「むにゃむにゃ……ニナちゃん……シルフィ、もうおさかなもイチゴも食べ切れないのね」

 寝言から、楽しい夢を見ているのだなとタバサは思った。あの日、仲間たちとともにニナをガギの巣から救い出して以来、シルフィードは暇ができるたびに、ニナのところに遊びに行くようになっている。むろん、タバサはそれを知っているし、止めるつもりもない。正体がバレる危険を犯さない限り、いくら主人とてシルフィードの日常に介入する権利があるなどと思ってはいない。自分だって、読書の邪魔をされれば不愉快なのだ。

 まして、幸せな夢を見る邪魔をする権利など誰にもない。タバサは、シルフィードを起こさないように、そっと船倉を立ち去ろうとした。

 だがそのとき、誰もいないはずの船倉の暗がりから、若い女の声が唐突に響いた。

「こんにちは、かわいいメイジさん」

「っ! 誰!?」

 反射的に杖を振りぬき、その場を飛びのいて身構える。タバサの体に数々の戦いを経てしみこんだ戦士としての感覚が、彼女の意思よりも早く、臨戦態勢を整えさせていた。

「ふふふ、あなたが一人になるのをずっと待っていたわよ。私の声を、聞き忘れたかしら?」

「お前は……」

 暗がりの中から、闇が固形化したような黒いローブの人影が浮かび上がってきた。深くローブをかぶっているため顔は見えないが、長身で元々小柄なタバサより頭一つ高い。しかし、姿は見えなくともその声には確かな聞き覚えがあった。

「シェフィールド……」

「当たり……ふふふ……」

 敵意に満ちたタバサの言葉にも、まるで動じる気配もなくシェフィールドは笑った。いや、以前にも蝶型のガーゴイルを向けてきたことから、この人型もガーゴイルの可能性が高い。これを粉砕したところで、本人は痛くもかゆくもないだろう。上にいるルイズたちを呼んだとしても、すぐに消えて証拠は残すまい。ならば……

「わたしに、何の用?」

 杖を下ろして、話を聞く姿勢を見せたタバサに、シェフィールドは肩をゆすってみせた。

「うふふ、賢いわね。話が早くて助かるわ」

「わたしたちを、はってたのね」

「そう、あなたたちを泳がせれば、必ずほかの虚無の担い手を探そうとするはずだからね」

 タバサの奥歯で、ぎりりと噛み締める音が鳴った。こんな簡単な可能性に思い至らなかった自分を責めるのと同時に、冷静な部分がシェフィールドの目的を推測しようとする。なぜそんなことを自分に明かすのか? 尾行は相手に知られたら意味がないのに。するとシェフィールドは含み笑いの声を漏らすと、意外なことをタバサに言った。

「でもね。尾行用の小型ガーゴイルでは、声を集めるのにも限界があってね。それで、教えてほしいのよ。新たな虚無の担い手の、住んでいる場所を」

「わたしが、それを教えるとでも?」

 杖を構えなおし、タバサは神経を研ぎ澄ませてシェフィールドのガーゴイルと向かい合った。こんな場所で接触してきたのは、やはり虚無の情報をしゃべらせるためだった。恐らく、なんらかのマジックアイテムを利用して吐かせるつもりなのだろうが、そうはいかない。

 タバサは呪文を高速で詠唱し、シェフィールドがなにかをする前にガーゴイルを粉砕しようと狙った。

 しかし、タバサの呪文の詠唱よりも早く、シェフィールドの放った言葉の刃が彼女の胸をえぐった。

「まあそういきり立たないで、北花壇騎士タバサ殿」

 その瞬間、タバサの舌は凍りついた。杖を持つ手が力なく下がり、急激に体温を下げていくタバサに、シェフィールドは子猫をあやすような声で語りかける。

「いい子ね。そしてとても聡明だわ。まさに、あの方のおっしゃるとおりね。今日はあなたに特別な任務を与えるために来てあげたの。これに成功したら、大きな報酬があるわ。あなたの母親……毒をあおって心を病んだのよね。その、心を取り戻せる薬よ」

 

 

 中型旅客船【ウィンド・オブ・ウィンディア】は一日かけてスカボロー港に到着した。

 旅の疲れを癒すために、一行は港町で一夜の宿をとり、翌日にあらためてシルフィードで飛び立つ。彼女が疲れない程度の速度で飛ぶことにしたから、サウスゴータ到着は数時間後となるはずだった。

「もうすぐウェストウッド村か、テファたち元気かな」

 景色を眺めていた才人が、待ちわびてつぶやいた。夏休みからおよそ三ヶ月弱、言ってしまえば一言だけれど、彼女たちと過ごした夏休みの日々は本当に楽しかった。虚無がどうのは別で、また会えるのは皆楽しみにしていた。

「アイちゃんも、元気だといいわね」

「元気に決まってるわよ。もしかしたら、子供たちのボスに収まってるかもね」

 ルイズとキュルケも、ティファニアに預けたアイや、奔放な子供たちのことで思い出話に花を咲かせている。昨日のいざこざも、一晩ぐっすりと眠ったらすっかりと忘れていた。

 そういえば、ベロクロンの攻撃で孤児となったアイを育てていたミラクル星人と、彼を狙ったテロリスト星人との戦い。あれももう、かなり前のことになるかと、二人は空のかなたに去っていったミラクル星人に思いをはせた。アイを託して宇宙に帰還していった彼も、持ち帰った資料を母星の役に立てているだろう。才人の来た宇宙とは別次元にあるこの宇宙、しかし地球をはじめ、いくつかパラレルワールド的な歴史をたどった同じ星もあるということなので、この宇宙のミラクル星はいつまでも平和でいてほしい。

 シルフィードも、到着を楽しみにしているようで、自然と飛ぶ速さが上がってきている。どうやらシルフィードには、別の楽しみがあるようであった。

”むふふ。この時期だったら、もう桃リンゴが一番熟れごろなのね。楽しみなのね”

 ウェストウッド周辺の名物の果実の甘さを思い出して、まだまだ食い気が一番に来るシルフィードはよだれを垂らした。

 景色はどんどんと流れていき、ウェストウッド村はもうすぐに近づいてくる。それにつれて、一行の顔もしだいにゆるんだものへとなっていき、着いたらなにをしようかなど、すっかり虚無のことなど忘れた話ばかり盛り上がっている。

 そんな中にあって、タバサは雑談には加わらず、いつもと変わらない風に本を読んでいた。

 しかしこのとき、タバサの様子が不自然であることに、うかれるルイズたちは気づけなかった。

 彼女が読んでいる本にろくに目を通さず、もう五回も最初から読み直していることに。

 

 ルイズたちの明るい展望を乗せて、シルフィードはサウスゴータ地方の上空に到達した。

 かつてのアルビオン王統軍とレコン・キスタの戦場跡を横切り、ウェストウッド村のある森林地帯へと差し掛かる。

 ところが、もうすぐ空から村が見えてくるであろうと思われるところで、奇妙な光景が一行の前に現れたのだ。

「なにこれ……霧?」

 高度およそ五十メートルから見下ろすシルフィードの背で、ルイズが怪訝そうにつぶやいた。

 ウェストウッド村の周辺は、一面が真っ白な霧に覆われていて、村の様子はまったく見えなかった。わずかに、背の高い樹木が霧の中から頭を出しているくらいで、これではどこにティファニアの家があるのかすらわからない。

 シルフィードは霧の上を何度も旋回して、裂け目がないかを探した。だが、周囲数百メートルは濃い霧に覆われている。その霧の濃さに、ルイズはなにか嫌なものを感じた。

「おかしいわね。霧なんかが発生する天気じゃないのに」

 授業を真面目に受けていたルイズは、気象の基礎知識という普通なら忘れられそうな知識もきちんと覚えていた。霧はおもに寒い日に、水辺で気温と水源の急激な温度差によって生じるもののはずだ。しかし、今日は真冬とはいえ気温は比較的高く、天気のいい日中である。第一、ウェストウッド村の近くに霧を出すほどの水源はなかったはずだ。

 一方で、才人やキュルケは到着間近で足止めを受けたことで不平を漏らしている。

「なんだよこれ、せっかく着いたら遊んでこうと思ってたのについてねえなあ」

「ほんとね。これはもしかして、虚無のたたりじゃないかしら? あらルイズ、そんなに怖い顔で睨まないでよ」

「じゃあことあるごとに人をおちょくらないでよね……ともかく、これじゃ危なくて下りられないわ。タバサ、霧の外にシルフィードを下ろして。あとは歩いていくしかないわ」

 タバサは無言でシルフィードを霧の外の街道に下ろした。ウェストウッド村の周辺は元々訪れる人も少ないので、今日も静かなものであった。巨体が邪魔なシルフィードを残して、一行の前に霧の壁が立ちふさがっている。

「行くわよ」

 白煙も同然の霧の中に一行は踏み込んだ。視界はせいぜい五メートル、隣にある木がようやく見える程度でしかない。人間は視力に頼る生き物だけに、それが封じられると本能的に不安がわいてくる。以前に迷い込んだトドラとゴルドラスのいた異次元空間を思い出して、才人はぽつりとつぶやいた。

「嫌な予感がするな」

 あのときは時空間の歪みによって、危うく別の世界に迷い込んで帰ってこれないところになりかけた。

 幸い、高山我夢、ウルトラマンガイアに助けられて帰ってくることができたが、考えてみたら最悪のピンチであった。次元を超えてしまったら、いくらウルトラマンAとはいえ自力での帰還は不可能であるから、永遠に次元の迷子になる可能性のほうが高かった。時空移動マシーンを独力で作ってしまうとは、我夢は本当にすごい天才だと才人は思う。

「ウルトラマンガイアか、すっげえかっこよかったな。もう一度会いたいな」

 異世界だろうとなんだろうと、ウルトラマンのかっこよさに差はなかった。あの世界は根源的破滅招来体という敵に狙われていると聞いたが、ガイアはその戦いに打ち勝つことができたであろうか。叶うことなら、あのときのお礼も含めてもう一度会って話がしたい。

 少し、思い出の世界を才人は楽しみ、現実に意識を戻した。ここはウェストウッド村、やってきた目的は別にある。

 しかし、霧は深くて少しでも離れたらはぐれてしまいそうだ。一行は白一色の世界で一番目立つ才人の黒髪を目印にして、固まって移動することにした。だが、そんなチャンスを悪い意味で逃さないのが赤い髪の小悪魔少女である。

「はぐれたら、ちょっと合流するのは難しそうね。でもサイトの髪って黒くてきれいね。もっと近くでみていいかしら」

「ちょっとキュルケ! サイトに勝手に近づくんじゃないわよ」

「あら、はぐれないように仕方なくよ。いいじゃない。どうせテファの家はすぐそこなんだし」

 やれやれ、と、才人はこんなときでもルイズをからかうことを忘れないキュルケに、なかば感心すらしていた。確かに自分は黒髪だけど、くせっ毛が強くて跳ね上がりがひどく、おせじにもきれいとはいえない。それに毎回乗るルイズもルイズだが、唯一救いがあるとしたら、キュルケを向いているおかげで、にやけかけた自分の顔を見られずにすんだことか。

 しばらく進むと、ようやく懐かしいティファニアの家が見えてきた。ドアの前に立つと、ノックをしてさっそく才人は皆を呼んでみた。

「おーいテファ! みんな! おれだ、平賀才人だ! また来たぜ。みんないるか!」

 霧の中を声が数度こだまし、また静寂が戻ってきた。

「おかしいな。声が小さかったかな……おーい! テファ、ジム!」

「アイちゃん、エマちゃん! いないの?」

 名前を次々に呼んで求めても、返事は一切返ってこない。

「変ね。もしかして、わたしたちを驚かせようと、わざと黙ってるのかしら」

 あのいたずら小僧たちならありうると、ルイズやキュルケは顔を見合わせた。しかし、家からは灯りがもれてくるし、ついさっきまで料理をしていたであろう香りが漂ってくる。居留守を使っても意味はないはずだ。

 いっそ、無礼は承知でドアを開けてみようかと才人はルイズたちに聞いてみた。ルイズもキュルケも、なんとなく不穏な気配を感じたのか、開けてみろと言って来る。ならばと、ノブに手をかけたそのときだった。じゃりっ、という靴音がして才人たちはとっさに音のしたほうへと身構えた。

「誰だっ……って、なんだエマちゃんか」

 ほっとして、デルフリンガーを抜きかけていた手を才人は下ろした。そこには、ティファニアといっしょに過ごしている小さな女の子が、こちらを向いてちょこんと立っていた。

「よかった。勝手に入って、後で怒られたらどうしようかと思った。なあ、テファたちはどこにいるんだ? 誰かの家に行ってるのかい?」

 才人はかがみこんで、エマの視線まで顔を下げて尋ねた。しかし、エマは答えずに首を横に傾けた妙な姿勢でこちらを見返している。目つきは虚ろで、なにかが妙だ。と、エマが無言のままポケットをまさぐり、果物ナイフを取り出した。

「危ねえっ!」

「サイトっ!」

 反射的に後ろに飛びのいた才人の上着が、ななめに切られてぱっくりと裂ける。今のは危なかった。喉元を狙われていたから、避けるのが遅れていたら頚動脈を切られていたかもしれない。駆け寄ってきたルイズたちも、才人が無事なことを真っ先に確認した。

「サイト、大丈夫なの?」

「ああ、それよりもどうも……ヤバい雰囲気みたいだぜ」

「えっ……あっ!」

「村中総出でお出迎えみたいよ。でも、最近のアルビオンは刃物を持って出迎えるのが流行なのかしらねえ……」

 気づいたときには、才人たちは霧の中から現れたウェストウッドの子供たちにすっかり囲まれてしまっていた。エマのほかにも、ジムやアイたち、見知った顔はすべている。そして子供たちの手にはすべて、ナイフやのこぎり、なたなどの凶器が握られていた。

 明らかに子供のいたずらのレベルではない。才人たちは背を向け合って四人で死角をかばいあい、それぞれの武器をかまえる。

「ちょっとこれ、いったいどうなってるのよ!?」

「おれが聞きたいよ。みんな! おれたちがわからないのか!」

 大声で怒鳴っても、子供たちの様子は変わらなかった。じりじりと包囲を狭めてくる子供たちに、才人たちも身構えるものの、子供相手に剣や魔法を使うわけにもいかない。

「こりゃ、今まで戦った中で一番の強敵かもね。タバサ、どうすればいいと思う?」

 キュルケに問われたタバサは迷わず、「一時撤退」と告げた。それを聞き、才人は「こいつらをほっていく気かよ」と抗議するが、「今は助ける術がない」と宣告されてしまった。悔しいけれど、本当に打つ手がまったくない。だがそれに勘付いたように、子供たちはいっせいに襲い掛かってきた。

「くそっ! みんな目を覚ましてくれ」

 ナイフや包丁をデルフリンガーではじき落としながら才人は叫んだ。しょせん子供の力なので、才人の力でも充分あしらうことができている。しかし、子供たちを倒してしまうわけにはいかないので、彼らはすぐにまた向かってきてきりがない。

「走るのよ! いったん村の外まで出ましょう」

 キュルケが先頭に立って、一行は村の外へと全力で走り出した。そうなると、子供の足では追いつくのは不可能になる。だがその前に、アイが小さな体に似合わない大きな草刈がまを持って立ちふさがってきたので、やむなく才人は鎌をはじき落として、この子だけはとアイの体を抱えて走り去った。

「はぁ、はぁ……もう、ここまで来れば」

 なんとか安全かと思われるところまで逃げ延びて、才人たちはやっと一息をついた。

 しかし、つれてきたアイは才人の腕の中で、まだ奇声をあげて暴れている。落ち着かせようと話しかけても、まるで聞く耳を持たない。やむを得ず、タバサの催眠の魔法で眠らせようと思ったときだった。ルイズがアイの首筋に、なにやら不気味に鼓動する風船のようなものがへばりついているのに気がついた。

「なにこれ? 生き物なの」

 例えるなら、泥水のあぶくを大きくしたような気味の悪い軟体だ。それがアイの首筋から血を吸っているかのようにうごめいている。まるで虫の体を栄養にして育つ冬虫夏草を連想する不気味さに、才人はすぐさまそれを引き剥がそうとしたが、タバサに止められた。

「待って、食いついているものを無理にはがすと危ない。見てて」

 タバサは呪文を唱えると、軟体に向かって杖を振った。すると、軟体は一瞬で凍り付いて剥がれ落ち、アイの目の色が元に戻った。

「あ、あれ? あたし……あっ! おにいちゃん、おねえちゃんたち!」

「よかった。正気に戻ったのね。ねえ、ここでなにがあったの? 落ち着いて話して」

 キュルケにうながされて、最初は動揺していたアイも、やがてみんながいることで安心して話し始めた。

「ええっと、お昼前だったかな……テファおねえちゃんたちと、お昼の準備をしてたときにね。森の向こうに空からおっきな石が降ってきたの。それでね、みんなで落ちたところを見に行ったんだ。でも、急に石から白い煙が出てきてそれから……」

 あとは覚えていないとアイは言い、才人たちは顔を見合わせた。

 空からの石、つまり隕石。ということは、そいつに乗ってきた何者かがこの霧を発生させ、あの気味の悪い軟体で子供たちを操っているのか。

「人間に寄生する宇宙生物ってわけか、なんてこった」

 まるで、以前に戦った円盤生物ブラックテリナのようだと才人たちは思った。あのときも、テリナQのおかげでアルビオン軍とレコン・キスタ軍がまとめて操られ、キュルケたちも一時取り付かれて大変なことになるところだった。この軟体がテリナQと同じ能力を持っているとすると、今の子供たちは操り人形ということになる。

 憤慨した才人は、氷付けになった軟体を踏み砕いた。その剣幕にアイはおびえて、ルイズにぎゅっとしがみついた。

「ねえおねえちゃん、みんなは? エマやサマンサたちはどこにいるの? みんなに何かあったの?」

 家族を戦火の中で失ったアイにとって、やっとたどりつけた新しい家族を失うことは、なによりの恐怖に違いない。震えるアイを、ルイズは昔カトレアにしてもらったように優しく抱きしめた。

「大丈夫、みんな無事よ。おねえちゃんたちが、きっとみんなも助けてあげるから……サイト、あんたは子供の前だってことわきまえなさいよね」

「う、わ、悪い」

 ルイズに母親にされるように叱られて、才人は恐縮するしかなかった。子供を守ろうとするときの女は、男よりも数段強い。これは才人とルイズが結婚したら、夫婦生活がどうなるかは見えているなと、キュルケはわかりきったことながらも苦笑した。

「ルイズ、そんな怖い顔したら淑女が台無しよ。ともかく、その石がくせものね。子供たちやテファも、きっとそこよ」

 キュルケの意見に、皆はうなづいた。相手の正体はまだわからなくても、元凶がわかっているなら対処のしようがある。

 隕石が宇宙生命体の母体ならば、破壊するまでだ。

 だがそのとき、タバサが突然杖を振りぬいて『ウェンディ・アイシクル』を唱えた。

「敵襲!」

 いつの間にか、アイに取り付いていたものと同じ寄生体が空中を浮遊しながら無数に迫ってきていた。タバサの放った氷の矢に射抜かれて、いくつかは撃ち落せたものの、まだ数は多い。

『ファイヤー・ボール』

『エクスプロージョン!』

 キュルケの火炎と、ルイズの詠唱省略の小型エスプロージョンがさらに撃ち落し、残ったものは才人が切り落とす。しかし、全滅させたと思ったのもつかの間、霧の中から次々に新しい寄生体が飛んでくるではないか。

「ちっ、こいつらこうやって人間に取り付くわけか」

 まさにテリナQそのものだ。数で人間を襲って取り付いていく。これでは、今は持ってもすぐにこちらの力が尽きる。しかもこの視界の利かない霧の中で、さらにアイをかばいながらでは逃げることもろくにできない。才人の剣は目の前の敵しか切れないし、キュルケの炎は一度に四~五匹程度が限界、ルイズの虚無は詠唱が長すぎる。この中で、この状況を打開できる能力を持っているのは、一人しかいなかった。

「タバサ、あなたの出番よ。やっちゃって!」

 キュルケは親友の力に、迷わず賭けることに決めたのだった。広範囲攻撃に長けた風の系統のトライアングルであるタバサなら、取り囲まれたこの状況でも打てる手はある。ところが、キュルケの呼びかけにもタバサは聞こえてないのか答えようとしなかった。

「どうしたのタバサ、ぼっとするなんてあなたらしくもない!」

「伏せてて」

 今度は明確な答えが来た。同時にタバサが呪文を詠唱しはじめるのを聞くと、キュルケは服が汚れるのもかまわずに地面に伏せて、才人とルイズもアイを抱いたままで続く。タバサが本気で魔法を使ったときの威力に巻き込まれたら、汚れるどころではすまないからだ。

「ラグース・ウォータル・イス・イーサ……」

 これは現在タバサが使える中では、最大・最強のものだ。彼女を中心に魔力が渦を巻いていき、魔力は周辺の大気に干渉して周辺の水蒸気を凝結させ、鋭い氷の刃を数百・数千と生み出す。むろん、その間にも寄生体の群れはようしゃなく迫ってくるが、タバサは微動だにせず詠唱を続け、大気そのものを動かして猛烈な勢いの竜巻を作り出した。

『氷嵐』

 タバサを中心に発生した氷の竜巻は、その中を渦巻く氷片がまばゆく輝き、芸術的とさえ呼べる美しさを持っていた。しかし、その実体は、すべてを切り裂き、凍りつかせて粉砕する、恐るべき『アイス・ストーム』である。完成した魔法を肌で確かめると、タバサはそれを自らを中心に、全方向へと解き放った。

 台風の中心にいるような、すさまじい風の音が吹き荒れる。伏せていても吹き飛ばされそうな風圧に、才人たちは目を閉じてじっとこらえるしかなかった。

 しかし、直撃を食らわされたほうはその比ではない。極低温の氷竜巻に飲み込まれた寄生体の群れは、一瞬にして凍結し、次の瞬間には粉々に打ち砕かれた。しかも、タバサの魔法の威力はそれにとどまらず、彼らを囲んでいた霧もまとめて吹き飛ばした。

「タバサ、すげぇな……」

「はぁ……やった、全滅よ!」

「タバサ、また腕を上げたみたいね」

 一瞬で状況を一変させたタバサの力に、才人もルイズもキュルケも惜しみのない賞賛を送った。アイも「おねえちゃん、すごーい」と拍手を送っている。本人は魔法を放つ前と同じように無表情を貫いているけれど、もう学院はおろか、魔法衛士隊にだってタバサに匹敵するメイジはそういないのではあるまいか?

 ただ、今日のタバサはいつもと同じように見えて、どこか違うような感じがするとキュルケは思った。どことはっきり言えないが、付き合いの長い自分だからか、かすかな違和感があるように思えた。

「タバサ……」

「……なに?」

「……いえ、なんでもないわ」

 キュルケは問いかけようとしてタバサに話しかけたけれど、彼女の青い瞳で見つめ返されると聞く気がなくなってしまった。

 やっぱり気のせいか。キュルケはタバサの魔法の成長に、心の奥で嫉妬していたのかもしれないなと、違和感を振り払った。

 周辺からは寄生体は一掃され、霧も吹き飛ばされて見慣れたウェストウッド周辺の景色があらわになっている。新手が来る様子も今のところはない。どうやらあの寄生体は霧の中でしか生きられないか、霧からあまり離れることはできないようだ。となると、残る問題はやはりこの霧か……はじめから不自然と思っていたが、敵の本体はこの霧を隠れ蓑にした奥か。

「でも、タバサがいれば霧なんか吹き飛ばしながら進めるから安心よね」

 ルイズはすっかりとタバサをあてにしてしまっているようだ。でも、タバサがそれを聞いてため息をついたように、魔法を使うための精神力には限りがあるから、あまり強い風はそうそう使えないのである。しかし、霧さえなくせれば見通しは利いて、こちらが圧倒的に優位に立てる。

 そう、思ったときだった。

「なんだっ! 霧が集まっていく」

 突然、森に充満していた霧が生き物のように動き出して一箇所に集まり始めた。すると、気体であった霧が密度を増して固体のように凝縮していき、さらには明確な形を形成して、巨大怪獣となって実体化した。

「あれが、霧の正体だったのか!」

 才人が、とうとう本性を現した怪獣を見上げて叫んだ。怪獣はさきほど襲ってきた寄生体と同じように、大小様々なボール状球体が無数にくっついて、いびつな恐竜型を形成したような姿をしている。いやな表現方法を使えば、目玉が寄り集まってできた怪獣とでもいうべき醜悪な異形。

 見たこともない怪獣に、才人はGUYSメモリーディスプレイでスキャンしてみたが、該当するものはなかった。

 やはりこいつも自分の世界にはいない、異世界の宇宙怪獣か。

 タバサはシルフィードを口笛で呼び、キュルケとアイを乗せて飛び立った。

 そして、才人とルイズは残って怪獣を見据える。これまでにないおぞましい容貌をした怪獣は、森の木々を蹴散らして向かってくる。

 

 彼らの知らない敵の名は、マグニア。

 ウェストウッドの子供たちを虜にし、襲い掛かってくるこの未見の怪獣がどんな能力を持っているのか、彼らはまだ知らない。

 

 

 続く


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