ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第39話  シルフィだって怪獣は退治できるのね! (後編)

 第39話

 シルフィだって怪獣は退治できるのね! (後編)

 

 バリヤー怪獣 ガギ 登場!

 

 

「きゅーい! きゅゅーい!」

 ニナがさらわれてから、シルフィードはただひたすら空に向かって叫び続けていた。

 ここは、バリヤー怪獣ガギの作り出した円形ドームの中。ガギのバリヤーは目で見ることはできず、並みの衝撃は跳ね返し、レーザーさえも光の屈折を利用してはじいてしまう。そんな中に閉じ込められて、シルフィードはずっと狂ったように叫んでいた。

 だが、シルフィードは無為に叫び続けていたわけではなかった。

「お願い、誰か……この声に気づいて!」

 声を飛ばして、仲間に助けを求めようとシルフィードは試みていた。これは、犬や狼などが遠吠えで遠方の仲間とコミュニケーションをとるのと同じようなものである。しかし、状況からそれは非常に困難なものだといわざるを得なかった。

 この場所から魔法学院までは、山を越えてさらに数十キロもの距離を飛ばなければならない。当然、風向きや気象によって音の届く距離は大きく左右され、途中に混ざる雑音も加われば学院まで声が届く確率はかなり低いと思われた。おまけに、ハルケギニアの先住言語を使った呼びかけは、普通の動物では聞き取れず、韻竜のような古代種か知能を発達させた使い魔しか受け取ることができない。

 それでも、バリヤーに阻まれて逃げることも、タバサに救いを求めることもできないシルフィードにやれることはこれしかなかった。

「ニナちゃん、けほっ……きゅゅーい!」

 もう、ゆうに一時間は叫び続けている。すでに、喉は枯れて唾液も乾き、血を吐きそうな痛みを感じて、シルフィードは倒れた。

 しばらく咳き込んだ後で、激しい喉の渇きに襲われ、ニナといっしょに摘んだ蛙苺を口に運ぶ。じわっとした酸味が口内に広がって、果汁が喉に流れ込んでくると、痛みが和らいでほっと息をついた。

「ほんとなら、これをいっぱい持って帰って、ニナちゃんもおうちで家族と楽しくしてるはずだったのに……」

 寝そべったまま、シルフィードは蛙苺の粒を太陽にすかした。口に運ぶと、また同じ味とともに渇きと飢えが癒されていくのを感じる。でも、ニナとイチゴ狩りをしながら食べたときとは何かが足りない感じがして、青く澄んだ大きな瞳から自然に涙が漏れてきた。

 このまま、ニナが帰ってこなかったら彼女の両親は心配するだろう。明日、あさって、それでも帰ってこなかったら深く悲しむに違いない。そういえば、自分も竜の巣を強引に出てきてから両親とも一度も会っていない。心配しているだろうか、もしここで自分が怪獣の餌食になってしまったら、悲しんでくれるのだろうか。

「こんなとき、おねえさまならどうするのね? いいえ、おねえさまなら最後まであきらめずに、知恵と勇気を振り絞って最後には勝つのね! それに引き換え、お前はなんなのねシルフィード! それでも誇り高き風韻竜なのね? それでもおねえさまの使い魔なのかね!?」

 気力を取り戻したシルフィードは、立ち上がると再び仲間を呼び始めた。

 やがて、さらに小一時間ほどが過ぎた頃。叫ぶのにも疲れ果てて、草の上に横たわっていたシルフィードの前の地面がもこもこと盛り上がり、中から大きなモグラが顔を出した。

”やあ、青いの待たせたね。無事だったかい?”

”モグラ! 来てくれたのね!”

”ぼくだけじゃないよ。ほら”

”やれやれ、君の土を掘るスピードは並じゃないんだから、ついていくこっちの身にもなってほしいな”

”赤いの、おまえも来てくれたのかね!”

 穴からは、ぜいぜいと息を切らせたサラマンダーも現れて、意気消沈していたシルフィードは歓声をあげた。

 ジャイアントモールのヴェルダンデ、サラマンダーのフレイム。いずれもシルフィードの使い魔仲間たちが駆けつけてくれたのだ。

”あなたたち、よく来てくれたのね”

”なに、礼には及ばないさ。でも、君は運がよかったよ。たまたま学院の上でツバメと速さ比べをしていたフクロウが、君の声を聞きつけてくれてね。「誰か助けて」って、何回も聞こえたそうだから、驚いてみんなに伝えてくれたんだ”

 フレイムから、自分の声が学院にまで届いていたことを教えられたシルフィードは、必死の努力が報われたことを知った。

 だがそれは、まさに奇跡としか呼べないような確率が起こした結果であった。

 

 偶然、風向きが魔法学院のほうに向いていなかったら?

 偶然、耳のよいフクロウが学院の上を飛んでいなかったら?

 

 いずれにしても、シルフィードの叫びは誰にも感知されることはなかったに違いない。

”それで、仲間の危機を見捨てるわけにはいかないから、動きやすいものから駆けつけることにしたのさ。しかし、どういうわけかこのへん一帯に見えない壁みたいなものがあって、鳥やコウモリでも入れなくてね。だから、もしかしたら地中からならというわけで、自分たちが急いで来たのだよ”

”みんな……シルフィはいい友達を持ってうれしいのね”

 シルフィードは、こみあげてくる感情を抑えきれずに、何度も目じりをぬぐって手の甲を濡らした。

 一方で、ヴェルダンデたちも、シルフィードが無事だったことを喜んだ。けれど、のっぴきならない状況はシルフィードの様子を見るだけですぐにわかる。二匹は、ぐすぐすと鼻をならすシルフィードが落ち着くまで待つと、改めて問いかけた。

”それにしても、蛙苺を採りに行くだけのはずが、なんともひどいかっこうじゃないか。いったいなにがあったんだい?”

”あっ! そうだったのね! 聞いてよね。大変なのよね!”

 我に返ったシルフィードは、二匹に自分が遭った出来事について話した。ニナという少女に出会い、この場所を紹介してもらったこと。でも、ここには以前タバサと戦って逃亡した怪獣が隠れていて、自分たちは逃げることもできずにニナが捕らえられてしまったこと。

 一切をシルフィードから聞いた二匹は、想像以上に重大であった事態に戦慄した。彼らとて、主人といっしょに何度も怪獣と戦ったこともあるし、物好きな宇宙人によってコレクションにされかかったこともある。しかし、まさかこんな近くに怪獣が巣を張っていたとは想像もしていなかった。

”それは大変だったね……ぼくが軽い気持ちで野いちごなんか薦めたばかりに、ごめんよ”

”あなたは悪くないのね。ほんとうに、来てくれて感謝してるのね”

”うん。さあ、こんなところに長居は無用さ。その怪獣がまた現れる前に、急いでおさらばすることにしようよ”

 フレイムは、さあ早く行こうとシルフィードに穴に入るよううながした。竜の姿ならとても無理だが、人間に変化している今なら問題なく穴をくぐれるだろう。

 しかしシルフィードは穴に入ろうとはせず、二匹に向かって信じられないことを言ったのだ。

”お願いするのね。ニナちゃんを助け出すの、手伝ってほしいのね!”

”な、なんだって!?”

 仰天した二匹は、思わずひっくり返りそうになった。まともに考えたら冗談ではない。

”君、正気かい? 相手は怪獣だよ。しかも、君のご主人たちが二度に渡って戦いながら、それでも倒せなかった相手だというではないか”

”そうだよ。確かにぼくらサラマンダーはほかの使い魔たちよりかは、多少は強いよ。でも、ぼくらの何十倍かという体躯を誇る怪獣相手には、分が悪いなんてものじゃない”

 ヴェルダンデとフレイムの言い分はもっともである。それでも、シルフィードは本気だとなおも言う。

”戦って勝とうと言っているわけではないのね。捕まったニナちゃんを助ける。それだけできればいいのね。そのためには、残念だけどシルフィの力だけでは無理なのね”

”ううむ、だがしかし。いくらなんでも危険が大きすぎる。怪獣の巣に飛び込もうというのだろう? ぼくは恐ろしくて、とてもそんな冒険はできないよ”

”ぼくも同感だね。ミイラ取りがミイラになりたくはない。第一、ご主人でもない人間のために、そこまでしてやる義理はないね”

 シルフィードの必死の頼みにも、二匹はがんとして首を縦には振らなかった。

 彼らは今は使い魔として人間に従っているけれど、元々は野生の動物であり、人間はそもそも敵だった。主従の契約を結んだメイジを命がけで守っても、関係ない人間とは極力関わらない。シルフィードも、タバサに召喚されてしばらくは人間を下等に思っていた時期があったから、冷たいようだが気持ちはわかった。

”さ、ともかく帰ろう。その人間のことが気にかかるなら、君のご主人に相談するといい。君のご主人はいい人だそうだし、ぼくらよりずっと力になってくれるよ”

”それじゃ遅いのね!”

 激しく怒鳴ったシルフィードの剣幕に、ヴェルダンデとフレイムは一瞬気おされた。

”こうしてるあいだにも、ニナちゃんは怖い思いをしてるに違いないのね。少しでも早く助けてあげなきゃ、あの子の心に一生残る傷がつくかもしれないのね”

”し、しかし……生きているという保証もないし”

”生きてるのね! あの子は強い子だもの、今でもきっと助けがくるって信じて待ってるに違いないのね!”

 半泣きになりながら、必死にシルフィードは訴えた。ヴェルダンデとフレイムも、彼女の本気に軽い気持ちではぶつかれないと、言葉に真剣味を添えて尋ね返す。

”青いの、どうして君はそこまで本気になれるんだい? 君が、人間もぼくらも分け隔てしない優しいやつだってことは、ぼくらもわかってるつもりだ。しかし、今日会ったばかりの子供一人のために命までも張ろうというのか? なぜだ?”

”それは……あの子はシルフィのために大切なイチゴ畑のことを教えてくれたのね。騎士は借りを作らないものだって、おねえさまが言ってたのね”

”青いの、ごまかそうとしてもダメだぜ。これでも、人を見る目は多少はあるつもりだ。そんな建前じゃない……君の本音を聞かせたまえよ”

 実年齢はどうあれ、大人と子供というのであれば、ヴェルダンデのほうがずっと大人であった。嘘を言ったところで軽く見抜かれる。そして本音を言わなければ、認めてもらえないと知ったシルフィードは、息を一度大きく吸い込んで、覚悟を決めた。

”今日一日だけでも、ニナちゃんはいっしょに遊んだ友達なのね。ちょっと変わった子だけど、シルフィはあの子のことが好きになっちゃったのね! でも、シルフィの力じゃとても足りないのね……だから、このとおりなのね!”

 思いのすべてを一気に吐き出したシルフィードは、ぐっと頭を地面にこすり付けた。青くて美しい髪や、白磁のような肌の顔が泥に汚れる。しかしそれ以上に、ヴェルダンデとフレイムは驚いていた。

”青いの、君がそこまで……”

 二匹とも、シルフィードが古代の絶滅種と呼ばれる韻竜であることはよく知っている。だからこそ、そのことを誇りに思っている彼女が、ただの動物である自分たちに頭を下げるなど想像もしていなかった。

”青いの、君の覚悟はわかった。しかしそれでも、ぼくたちに死地に飛び込めというのかい?”

”正直にいうと、そのとおりなのね。でも! シルフィにできることならなんでもするのね! 芸でも使い走りでも、なんでも”

”誇りを捨てるというのか? 風韻竜である君が、人間ひとりのために。そんな堕ちた君を見て、ご両親はなんと思うかな?”

”逃げても誇りはなくなるのね。友達ひとりも救えない風韻竜なんて、誰に向かって誇ればいいのね? おねえさまは、おねえさまはどんなに恥辱を受けても、誇りを踏みにじられても戦って未来を勝ち取ってきた。シルフィは、そんなおねえさまに恥じない使い魔でいたい。おねえさまの使い魔であるという誇りをこそ守りたいのね!”

 ヴェルダンデは、シルフィードの包み隠さない本音を聞いた。そして思った。初めて会ったときは外の世界のことを何も知らない幼竜だと思っていたけど、いつの間にかこんな一人前の考えができるようになっていたんだな。

”もし、ぼくらが断ると言ったら?”

”お姉さまに、今度召喚する使い魔は強いのがいいねって、伝えてほしいのね”

 それだけ言うと、シルフィードは立ち上がって二匹に背を向けた。同情を引くためではない。本気で一人で戦いに望むつもりなのだ。

 立ち去ろうとしているシルフィードを、ヴェルダンデとフレイムは意を決して呼び止めた。

”待ちたまえ、死地に赴こうとする勇者を見送るのは名誉だが、塔から飛び降りようとする友人を見送るのは不名誉の極みだよ。君は我々に薄情者の汚名をかぶせるつもりかい?”

”君の死ぬところを、その少女に見せることになったら、その少女はそれこそ一生救われないよ。そうなったら君はどう責任をとるつもりだい? 仕方ないね、友人のそんな愚行を見過ごすわけにはいかない。一肌脱ぐとするか”

”あなたたち……それじゃ”

 助けてくれるのかね? と、恐る恐る尋ねたシルフィードに、二匹は喉をくっくと鳴らしながら首を縦に振った。

”婦女子のために生命を賭けるのは男子の本懐、ギーシュさまの使い魔ならギーシュさまの誇りを守らなければね”

”君はキュルケさまの友人の使い魔だものね。それに、風韻竜に土下座までさせて知らんふりしては、とんでもない極悪人みたいじゃないか。やれやれ、せっかくのんびりと平和な使い魔生活を謳歌できてたのに、また火竜山脈にいたころみたいな危険を冒すことになるとは。でもま、あのころは一匹だったが、仲間といっしょなら危険も悪くない”

”あなたたち……ありがとう! ほんとにありがとうなのね! このお礼は、きっとするのね!”

 涙で顔をめちゃくちゃにしながら、シルフィードは表現できる限りの感謝を二匹に送った。よくも悪くも、シルフィードは嘘のつける性格ではない。裸の謝意をおもうさまにぶつけられて、二匹は照れて、それを隠そうとわざとシルフィードをせかした。

”おほん。青いの、礼を言うのは後にしよう。君の言うように、救出は時間との勝負だ。急ぐに超したことはない”

”あっ、そうなのね! じ、じゃあモグラ。いや、ヴェルダンデ、お願いするのね”

 ヴェルダンデは、名前で呼ばれたことにちょっとした快感を覚えた。使い魔たちは人間につけられた名前をあまりよしとせず、相手の体色や特徴で呼び名をつけることが多い。でも、名前はその持ち主一人だけのものである。それで呼ばれたということは、どこか自分が特別な存在になったように思えた。

”うむ、では急ぐことにしようか青いの……いや、ぼくも今後君をシルフィードと呼ぶことにしようか。そうだ、フレイム、外の仲間たちには助力をあおいだほうがいいだろうか?”

”むっ? い、いいややめておくべきだろう。頭数が増えれば、それだけ危険性も増す。なによりも時間が惜しいんだろう”

 フレイムも、名前を呼ばれたことに少々とまどいながらもまんざらでもない様子だった。

 

 だが、ともかくも時間が惜しいのは事実だ。

 

 シルフィードに言われた方角に向かって、ヴェルダンデはさっそくトンネルを掘り始めた。このあたりの土は黒土が主で、やわらかいのでジャイアントモールにとっては朝飯前である。ただ、あまり高速で掘っては、音で怪獣に気づかれるかもしれず、巣に勢いよく飛び込んだらそれこそ自殺行為なので、慎重に人が歩くくらいの速度で手探りに進む。

”この先に空洞があるね。いよいよだ、気をつけよ”

 ヴェルダンデの触覚が、ガギの巣が近いことを察知していた。トンネルの後ろから続くシルフィードとフレイムも、自然につばを飲み込んで、そのときに供える。

”出たぞ!”

 爪の先が手ごたえを失い、前から生暖かい空気が流れ込んでくる。

 入り口を広げて、ヴェルダンデの背中越しにシルフィードとフレイムも覗き込むと、そこは想像を絶する世界であった。

”ひゃああ”

”こ、これが、怪獣の巣か……”

 ガギの巣は、半径二十メートル、深さ八十メートルほどの巨大な円筒形の穴の形をしていた。ガギは、その中央でひざを抱くようにして眠っていたのだが、彼らを驚かせたのはガギの威容ばかりではなかった。巣の壁に、繭のような物質で貼り付けられている、無数の物体が彼らの目を引いたのだ。

”シルフィード、あの壁に縛り付けられているものたちは、まだ生きてるぞ”

”ええ。でも、あれは……”

”オーク鬼だね”

 ごくりと息を呑んで、三匹は巣の全域を見渡した。

 広大な巣の壁一面に、オーク鬼が繭でがんじがらめにされて貼り付けられていた。数は見たところ、ざっと百匹は下るまい。シルフィードはニナから聞かされていた話を思い出した。

”そういえば、ニナちゃんが今年はオーク鬼が里に一匹も現れないって言ってたのね……なるほど、こういうことだったのね……”

 群れごと根こそぎ怪獣に捕まっていたとは、さすがに想像の埒外であった。恐らくバリヤーで逃げられなくされ、一匹残らず仕留められるか捕らえられるかしたに違いない。普段は恐怖の対象である凶暴な人食い鬼も、さすがに怪獣にはかなわなかった。

 それにしても、この光景はなんなのだろうかと思う。オーク鬼を生きたまま捕らえて、保存食にでもするつもりなのだろうか?

”おい君たち、見とれている場合じゃないだろう。幸い、怪獣は眠っているようだ。その女の子が生きていたら、多分この中のどれかの繭に捕まっているはずだ。急いで探そう”

”あっ、そ、そうなのね”

 危うく目的を見失うところであった。怪獣の習性の推測などは後でいい。ここに来た目的はあくまでひとつ、ニナの救出以外にない。

 暗がりなのでシルフィードとフレイムの目はあまり利かず、もっぱらヴェルダンデが暗闇の中でこそよく見える目で、きょろきょろと巣の中を見渡す。そして、彼らから高さにして十メイルほど下、右下三十メイルの壁にニナが繭に捕まっているのが発見できた。

”いた! ようし、今行くのね!”

”待ちたまえ。いくら君でも、この巣の中を飛ぶには狭すぎる。それに、羽音で怪獣を起こしたらどうする? 焦らなくとも、あの子のところまで穴を掘り進めるから、慌てずついてきたまえ”

”う、わかったのね”

 竜の姿に戻って飛び出そうとしたシルフィードは、はやる気持ちを抑えるとヴェルダンデに従った。彼の言うとおり、ここで怪獣の目を覚まさせたらニナだけでなく、自分たち全員の死に直結する。フレイムも、焦るシルフィードを落ち着かせようと忠告した。

”シルフィード、ぼくも火竜山脈にいたころはそれなりにサラマンダーの仲間がいた。だけど、落ち着きのないやつは次々と火竜の餌食になって死んでいった。慎重っていうのは臆病じゃない。生き延びるための立派な知恵だ。間抜けになりたくなかったら、焦ってはいけないよ”

 人生の先輩二匹からの助言は、今のシルフィードにとってなによりもありがたかった。と同時に、二匹がこの図体の大きい子供をいかに気に入っているかという証拠でもある。だめな子ほど可愛いとはよくいうけれど、それ以上にひたむきに頑張っている子供というのは可愛いではないか。

 ヴェルダンデは、掘削の音を高くしないように慎重に土を掘る。シルフィードとフレイムは息を殺して後に続く。

 

 そのころ……ニナはガギの巣の壁面に頭以外の全身を、繭状の白い物質で縛られて貼り付けにされたままで泣いていた。

「うっ……ぐすっ……おかあさん、おとうさん……」

 捕まってから、すでに二時間以上、そのあいだずっとニナはすすり泣き続けていた。泣いているしか、幼いニナに自分を保っている方法はなかった。天井のわずかな隙間から光が差し込むだけの巣の中は薄暗く、それだけで恐怖心を呼び覚ます。目の前には、恐ろしげな姿をした怪獣が鋭い牙をむき出しにして鎮座し、周り中には人食いのオーク鬼たちが無数にいる。それらの生きたまま貼り付けにされたオーク鬼たちの放つ体臭が鼻をつき、苦しげな、あるいは怒りに満ちた叫びやうめき声が、耳を塞ぐことのできないニナの耳に容赦なく響いてくる。

 大の大人でも、一秒もいたくないような場所に、たった五歳の子供が幽閉されている苦痛は拷問にも等しいものであった。

「もうやだあ。やめて、静かにしてよお」

 すでに、ニナの心はこの環境に耐えるには限界にきていた。せめて、大声で泣き叫べたなら気も紛らわせるだろうが、目の前の怪獣の目を覚まさせたらと思うと、恐怖で喉も凍り付いてしまう。もし、このまま日没を迎えて、巣の中が闇に閉ざされてしまったら、ニナの心はとても耐えられないに違いない。

 だがそんな絶望的な状況にあっても、ニナは小さな体の、小さな心の中で必死に戦っていた。

「誰か、助けて……おねえちゃん……」

 自分の心の中の、恐怖という魔物とニナは全力で戦っていた。この地獄の中で、彼女の心をわずかに希望の中につなぎとめていたのは、捕らえられる直前まで自分を守ろうとしてくれていた、温かい手の記憶だった。たった五歳のニナでも、こんな山の奥地まで両親が助けに来てくれるとは思っていない。ただ一つの望みは、青い髪の奇妙な女の人。山の中で素っ裸でいる変な人だけど、村の大人たちみたいに怖くなくて、楽しくて優しくて……すぐに大好きになってしまったあの人。

「おねえちゃん……」

 鼻水をすすりながら、ニナはもう一度つぶやいた。

 

 そのときだった。

 ニナの捕まっている壁の、すぐ横の土がモコモコと盛り上がった。

「はぇ?」

 何事かと不思議がるニナの見ている前で、土が崩れて中から白い爪が伸びてくる。それが土をほじくって穴を空けると、中から茶色くて毛むくじゃらの顔が飛び出てきた。

「モグラ?」

 ジャイアントモールを初めて見るニナは、怪訝に目をしぱたたかせた。しかし、大きなモグラが開けた穴の中から、大きな火トカゲに押し出されるようにして、顔中泥だらけの青髪の女性が出てきたことで、暗く沈んでいたニナの顔は満面の笑みに満たされた。

「よっと。ニナちゃん、助けに来たのね」

「おねえちゃん!」

 シルフィードは、穴の端を少々危なかしげに伝って、ニナの元に近づいていった。すぐにシルフィードとニナの顔が、おでこがくっつくほど近くなる。すぐ目の前で、白い歯を見せて愉快げに笑うシルフィードの顔を見たとたん、ニナの不安はどこかに飛んでしまっていた。

「おねえちゃん、やっぱり助けに来てくれたんだ」

「もちろんなのね。騎士は友達を絶対に見捨てたりしないのね。さっ、この邪魔ッけなものとっちゃうから、動かないでなの」

 うれしそうに笑うニナに、シルフィードはウィンクして応えると、彼女の体を拘束している繭を取り去りにかかった。しかし、繭の糸はべとべとしていてとっかかりがなく、うまく取り除くことができなかった。

「うっ、くそっこの! しぶといのね」

 意外な伏兵に苦戦するシルフィード。すると、仲間のピンチを見て取ったフレイムが助けてくれた。

”シルフィード、繭の糸は乾燥してれば引きちぎれるけど、湿気てると柔軟して手じゃちぎれないよ。ぼくが代わろう”

 フレイムはそう言うと、口から加減した炎をバーナーのように吐いて糸を焼ききっていった。一分も経たず、ニナを捕まえていた繭は焼き切られて、中から助け出したニナをシルフィードはぐっと抱きしめた。

「おねえちゃん、ニナ怖かった。とっても怖かった」

「よしよし、よくがんばったのね。ニナちゃんは強い子なのね。さっ、いっしょに帰ろうなのね」

 シルフィードは、タバサにしてもらったようにニナの頭をなでてあげた。そして、足元に気をつけてと言いながら、横穴の中にニナを押し入れる。そこで待っていたヴェルダンデとフレイムの姿を間近で見て、ニナはあらためて目を丸くした。

「うわあ、おっきなモグラさんと、このトカゲさん尻尾が燃えてる。この子たち、おねえちゃんのお友達なの?」

「そうよ。シルフィの、大切な友達なの。ニナちゃんを助けるために、力を貸してくれたのよ」

「そうなんだ。モグラさん、火トカゲさん、ありがとう」

 ぺこりと可愛らしくおじぎをしたニナに、ヴェルダンデとフレイムも照れくさそうに頭をかいた。互いに顔を見合わせて、困った様子をしているしぐさには、たかが人間の子供一人と冷たく見捨てようとしていた面影はない。シルフィードがそれを見てくすくすと笑っているのに気づいたフレイムは、ごまかすようにシルフィードに言った。

”おっとと、こんなことしている場合じゃなかった。怪獣が目覚める前に、急いでこんな場所からはおさらばしようじゃないか”

「あっ、そうだよね……ニナちゃん、さっ急ごうなのね」

 目的は果たした。もうこんな地獄のような場所に用はないと、一同は先頭にヴェルダンデ、その後ろにニナとシルフィードが続いて、フレイムが殿をつとめる形で穴の中を逆にたどって逃げていった。

 

 だが、このまま逃げ切れれば万々歳のところが、最後の最後になってガギの目がここで覚めてしまった。

 ヴェルダンデの掘った横穴から吹き込んでくる空気を感じ、横穴と破られた繭を見てガギは怒る。

 

”いけない! 見つかった”

 

 土を伝わってくる振動から、怪獣が追ってくることをヴェルダンデはいち早く察知した。反射的に、方向を転換して地上へと続く穴を急いで作る。馬と同等の地底移動速度を誇るヴェルダンデだけならともかく、シルフィードたちはとても逃げ切れないからだ。

 地上に飛び出て、穴からニナを引っ張り上げたシルフィードは周りを見渡した。

「ここは……よかった。もう見えない壁の外なのね!」

 閉じ込められていた蛙苺の畑の外の風景が目に飛び込んでくる。また、空にはヴェルダンデたちと同じく、自分たちを心配して探しに来てくれたであろう、バグベアーやグリフォンなどの使い魔仲間たちの姿も見える。シルフィードは彼らに向かって、大声で警告した。

「みんなーっ! 怪獣が出てくるのね! 急いで逃げてなのねーっ!」

 言い終わるや否や、シルフィードたちのすぐ後ろの地面が土煙を吹き上げる。地底から出現したガギを見て、使い魔たちは大慌てで逃げ出した。

 むろん、一番に狙われているシルフィードたちも逃げ出す。正確には地上に飛び出たシルフィードとニナとフレイムの、一人と二匹。彼女たちにとって頼れるのは、あとは自分の足だけだった。

「ニナちゃん、走れる?」

「うん!」

”急げ、来るぞ!”

 駆け出す彼女たちを、ガギも追ってくる。大きな足でのしのしと進む様は、見た目からしたら遅そうに見えるけれど、歩幅が桁違いなので実際にはかなり速いのだ。

”まずい、こりゃとても逃げ切れないぞ。君、変化を解いて飛んで逃げられないか!?”

”風に乗る前に撃ち落されちゃうのね。あいつの鞭にかすられでもしたら、ひ、ひとたまりもないのね”

 二度、ガギと戦ったことのあるシルフィードはガギの怖さも知り尽くしていた。角は以前ウルトラマンヒカリに破壊されたままなので、破壊光線による攻撃はないものの、それでも触手が鞭のように襲い掛かってくる。人間の姿では的が小さいから、どうにかかわせているけれど、風竜に戻ったら当てやすい的もいいところだ。

 何度も自分たちの横を、まるで巨木のような鞭が叩きつけていく。跳ね上げられる土を頭からかぶりながら、ニナはあまりの衝撃に泣き出しそうに叫んだ。

「おねえちゃん! お、おねえちゃん!」

「大丈夫! ニナちゃんはシルフィが絶対に守るから!」

 もう二度とこの手は離さないと、シルフィードはがっちりとニナの手を引いて走る。今、この子を守れるのは自分しかいないのだ。

 方法は? どうやって逃げ切る? そんなことは関係ない。一度決めたことは断じてやりとげる。タバサの使い魔として、それが今自分にできる、誇りを守る唯一の道だった。

 だが、ガギの魔手は確実にすぐそこまで迫ってくる。幼いニナの足がついに限界に達し、もつれて地面に転がり込んだ。

「きゃっ!」

「ニナちゃん!」

 転んだニナの上に、シルフィードはかばうように覆いかぶさった。別にそうすれば守れると思ったわけではない。無意識に、母親が子供を守ろうとするように、とっさにそうしてしまったのだ。しかし、シルフィードの意図はどうであれ、行く足の止まってしまった二人に、容赦なくガギの攻撃が襲い掛かってくる。

”シルフィード!”

 フレイムの悲鳴が響き、空の上の仲間たちの見守る前で、無防備な背中をさらすシルフィードの上にガギの影が覆いかぶさっていく。

 もうだめか。シルフィードは固く目をつぶって観念した。

 

”おねえさまごめんなさい。シルフィは、おねえさまに勝手に出かけて死んでしまう悪い子でした。でも、シルフィは最後までおねえさまの使い魔としての誇りだけは守りました。友達を守って死ぬんだから、墓前で褒めてくださいよね”

 

 自分がつぶされても、代わりにニナだけは守りきる。悲壮な覚悟を決めたシルフィードは、最期の時が来るのを覚悟して待った。

 しかし、シルフィードの耳に飛び込んできたのは、自分の骨の砕ける音ではなく、フレイムの思いもかけない声だった。

”危ない! そのまま動くな!”

 逃げろ、ではなく動くな? どういう意味かと恐怖も忘れて不思議にシルフィードは思った。

 薄目を開けて、周りの様子を確認してみる。目が見えるということはまだ生きているようだ。

 そして、なんとなく首を横に向けたときだった。視界の上からガギの頭が入ってきて……轟音と砂煙ですべてが闇に包まれた。

「うっ、ごほごほっ! な、なにが起きたのね?」

”おーいシルフィード、無事かい?”

 砂煙が晴れ、激しく咳き込んでいるシルフィードの元へフレイムが駆け寄ってきた。目に入った砂をこすり落とすと、ヴェルダンデも土の中から出てきている。また、ニナもシルフィードのおなかの下から這い出てきた。

「みんな、無事だったのね」

 仲間たちの無傷な姿を見て、シルフィードはほっと息をついた。仲間たちも同じように、シルフィードの無事を喜んでいる。

 だが、気持ちが落ち着くと、目の前の光景の異様さが彼らに息を呑ませた。彼らの目の前には、巨体が横たわっていた。怪獣ガギが、自分たちを散々に苦しめたあの怪獣が、ほんの一瞬前には考えられもしなかった姿でそこにあったのだ。

「し……死んでるのね」

 シルフィードが見返したとき、地面に崩れ落ちたガギはすでに息絶えていた。恐ろしげな遠吠えを放った口も、大蛇のように襲い掛かってきた鞭も、今では彫像と化したようにぴくりとも動かない。

「どうして……? たった今まで、あんなに元気だったのに」

”恐らく、この怪獣はもう寿命だったんだろう”

 目を閉じて、眠るように息を引き取っているガギを見て、ヴェルダンデはシルフィードの疑問にそう答えた。

 怪獣の寿命は、短いものは生まれて一日も持たず、長いものは何万年も生きるけれど、ガギの寿命は偶然にも今日に重なっていたのかもしれない。

 いや、そうでなくともガギの体はサイクロメトラの寄生や、ウルトラマンヒカリとの激闘などのダメージで限界に来ていたのだろう。見た目ではわかりづらいけれど、人間と同じようにそうした傷や、老化が徐々にガギの体に蓄積されていた。それが今日、激しく暴れたせいで一気に噴出し、命を絶ったのかもしれない。

「怪獣さん。かわいそう……」

 ニナがぽつりとつぶやいた言葉を、誰も頭ごなしに叱りつけられはしなかった。あれだけひどい目にあわされ、殺されかけた憎い相手だというのに、今では冷たくなりゆく死体に過ぎない。もし、自分たちが来なかったらこの怪獣は眠ったままで、穏やかに息を引き取れていたかと思うと、無為に命を奪ったような、そんな気さえした。

「ニナちゃんは優しいのね。じゃ、怪獣さんのために祈ろうか。やすらかに、天国にいけるように」

 死ねば誰であろうと皆同じである。シルフィードは、人間たちの神は信じていなかったけれど、ニナの祈りが届くようにと、大いなる意思に向けて祈った。

 そして……

 

「さっ! それじゃあ帰ろう! なのね」

「なのね!」

 

 帰り道は、ニナにとって大変な驚きと興奮の連続となった。

「うわあっ! 飛んでる! 飛んでるぅ!」

 山を、森をずっと下に見下ろしながら、ニナは大興奮ではしゃいでいた。

「ねっ、早いでしょ。すごいでしょ。ほら、あそこ、あそこがシルフィとニナちゃんが初めて会った苺畑よ。あんなに小さいのねー」

 シルフィードもはしゃぐニナに合わせて楽しそうに応える。けれど、元に戻ったシルフィードにニナが乗っているわけではない。二人が乗っているのは、使い魔仲間のグリフォンの上だった。

”やれやれ、まさか伝説の風韻竜を背に乗せて飛ぶとは夢にも思わなかったよ。こりゃあ末代までの自慢にできるかねえ”

”やめてよね、こっ恥ずかしい。でも、みんな来てくれてうれしいのね。ほんとにありがとうなのね”

 ニナにはわからない言葉で、シルフィードはグリフォンに礼を言った。彼女たちの周りには、ほかの使い魔の仲間たちもいっしょになって飛んでいる。カナリアやフクロウ、カラスのような普通の鳥のほか、空飛ぶ蛇のバシリスク、ワイバーンの幼生体、一つ目のバグベアーなどの幻獣もいて、物珍しそうにニナに寄ってくる。

「わぁ! 見たこともない動物さんがいっぱい。ね、ね、こっちにおいでよ」

 普通は大人でも腰がひけてしまうような猛獣たちに囲まれているというのに、ニナは楽しそうにじゃれついていく。使い魔たちも、いつもは怖がられるばかりだというのに反対に懐かれてしまって、びっくりしながらもうれしそうに口ばしを摺り寄せたりしていた。

 そんな光景を地上から見上げて、ヴェルダンデとフレイムも面白そうに話している。

”世の中には、珍しい人間もいるものだね。あんなにぼくらを怖がらない人間は初めてだ”

”ああ、シルフィードが命をかけようとしたのもわかる気がするよ。なにかな、ぼくも彼女と苺を摘んでみたくなってきたよ”

 顔を見合わせて二匹は笑い、学園への帰途についていった。

 

 グリフォンの速度はさすがに速く、あっという間にニナの村の付近まで飛んできた。

 ところが、シルフィードが地上を見下ろしていたところだった。街道で馬に乗ったタバサが、こちらに向かって手を振っているのが見えて、慌てて下りるとタバサに杖で頭をこつんとこづかれた。

「いったぁーい! お、おねえさま、どうしてここに?」

「使い魔と主人は視界を共有できる。あなたのしてきたことは、見てた」

 あっ、と、シルフィードははっとした。メイジと使い魔の契約の魔法『コントラクト・サーヴァント』は、感覚の共有という効果も両者に付け加える効果もあるのだった。ただ、これは両者にとってあまり愉快なものはない上に、最近全然使っていなかったからすっかりと使えることを忘れていた。

「ご、ごめんなさいなのね……」

 しょんぼりとして、シルフィードは謝った。まだ叱られたわけではないが、きっと無茶して怒られると思ったからだ。

 だが、その前にニナがタバサの前に立ちふさがって叫んだ。

「おねえちゃんをいじめないで!」

「ニナちゃん……!」

 シルフィードは驚き、ニナはシルフィードを守るように両手を広げて、無表情のままで見下ろしてくるタバサを睨みつけている。しかし、タバサはニナの顔の高さまでかがむと、口元を緩めて語りかけた。

「大丈夫。おねえちゃんをいじめたりしない。ぶったのは、一人で勝手に出かけたおしおきだけ……」

「ほんと? ほんとにおねえちゃんを、もうぶたない?」

「約束する。それよりも、よくがんばったと思っている。仲間を集め、力を合わせてあなたを救い、わたしの誇りも守ってくれた。シルフィード、今日のあなたは……そう、勇者だった」

 その瞬間、シルフィードは大粒の涙を流してわんわんと泣き始めた。悔しさや悲しさからではなく、あこがれのタバサから認めてもらえたうれしさからの涙だった。

「お、お姉さま……シルフィは、シルフィは……」

「わかってる……あなたは、わたしの誇りだから」

 シルフィードはタバサの胸に顔をうずめて、おもいっきり泣いた。周り中では、使い魔仲間たちが何事かと呆然と見守っている。ニナも、「泣き虫なおねえちゃん」と、おかしそうに笑っていた。

 

 そうして一時後、タバサとシルフィードは村はずれのところでニナを見送った。

「じゃあニナちゃん、さよならなのね」

「ばいばい、おねえちゃん」

 手を振りながら、シルフィードは村の入り口へ駆けていくニナを名残惜しそうに見つめていた。村の中まで送らなかったのは、貴族と関わり合いになったのが知れると、彼女と彼女の家族が村の中で風当たりが悪くなりかねないからだ。シルフィードには理解しがたいことだけれど、人間の社会にはそうした理不尽が数多くあるらしい。

 ということは、貴族の使い魔である自分も、もうニナとは会わないほうがいいのかもしれない。第一、自分はタバサといっしょに、いつ死んでもおかしくないような任務に、いつ行かなければならないとも限らない。ニナは、自分が風韻竜だということは知らないのだから、変化しなければ偶然どこかで会っても、自分と気づくことはないはずだ。

 でも、それってとても寂しい。せっかくできた友達なのに、これっきりなんて。

 ところが、村の入り口で夕焼けを背にしながら振り返ったニナが、大きな声で呼びかけてきた。

「おねえちゃーん!」

「は、はーいなのね!」

「今日はありがとー! とっても楽しかったよ! 明日も、あのイチゴ畑で待ってるから、きっと来てねーっ!」

「え、えっ!?」

 驚いたシルフィードは、とっさにタバサの顔色をうかがった。行ってもいいのか、すがるようなシルフィードの視線にもタバサは眉一つ動かさない。やっぱりだめなのか? がっくりと肩を落とすシルフィードに、タバサは一瞥も与えないまま背を向けると、一言。

「蛙苺、籠いっぱい分。期待してる」

 それがタバサの答えだった。

 シルフィードは飛び上がらんばかりに喜ぶと、肺から空気を思いっきり吐き出して叫び返す。

「うん! 必ず行くから待っててねーっ! 明日は、友達もいっぱい連れて行くからーっ!」

「きっとだよーっ! 待ってるからねーっ!」

 村の中へと消えていくニナを、シルフィードはいつまでも見送っていた。

 夕日は赤々と山すそに映え、明日も空は晴れるだろう。

 そうしたら、今度はヴェルダンデやフレイム、ほかのみんなも連れていっしょに遊ぼう。

 大人は知らない、心優しい使い魔たちとの夢のパーティ。

 きっと明日は最高に素敵な一日になると、きゅいきゅいという声が、一番星の見えた空に吸い込まれていった。

 

 

 続く


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