ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第35話  激震!二大怪獣

 第35話

 激震!二大怪獣

 

 赤色火焔怪獣 バニラ

 青色発泡怪獣 アボラス

 ミイラ怪人 ミイラ人間

 ミイラ怪獣 ドドンゴ

 友好巨鳥 リドリアス

 岩石怪獣 ネルドラント

 毒ガス怪獣 エリガル

 古代暴獣 ゴルメデ

 カオスネルドラント

 カオスエリガル

 カオスゴルメデ 登場!

 

 

 炎に惹かれた蛾は、最後には自ら炎に飛び込んで燃え尽きる。

 象牙の塔は瓦礫となり、禁忌を犯した好奇心は、災厄となって己自信に降り注ぐ。

 トリステイン王立魔法アカデミーは驟雨に洗われるその身を、いまや破滅の色に塗りつくそうとしていた。

 アカデミーの象徴たる、巨大な研究塔が轟音をあげて崩れ落ち、中から青い怪獣が姿を現す。

 青色発泡怪獣アボラス……強靭な肉体と太く長い尻尾、短く太い角を生やした巨大な頭部を持ち、その全身は名前の通りに青く染まっている。赤色火焔怪獣バニラと対を成す、青い悪魔と呼ばれたもう一匹の怪獣だ。

 未来に希望をつなげるために、古代人によって液体に変えて封じ込められていた古代の大怪獣は、皮肉にも古代の神秘を解き明かそうという人間の欲求から、復活を遂げて動き出す。瓦礫を踏み越え、観葉樹を蹴倒し、解放されたことを喜ぶかのように、大きく裂けた口からあげられた凶暴な叫び声が響き渡る。

「なんだ!? うわーっ! か、怪獣だ。逃げろーっ!」

 研究塔の崩壊の轟音により、他の施設から飛び出してきた研究員たちは、アボラスの姿を見るなり一目散に逃げ出した。雨中に彼らの白衣がひるがえり、まるで白蟻の行進のようにも見える。それが気に障ったのか、アボラスは一度空に向かって吼えると、アカデミーの施設の一つ、魔法実験をおこなうための石造りの頑丈な建物に、巨大な顎の奥から白い霧状の泡沫を噴射した。

「あ……建物が、泡で溶けていく!」

 一人の研究員の絶叫が、まるで水をかけられたケーキのように崩れていく建物の末路を知らしめた。

 これが、バニラが赤色火焔怪獣と呼ばれるように、アボラスが青色発泡怪獣と呼ばれるゆえんである。アボラスの口から放たれる白い泡は、一瞬にして相手を包み込むと、例えコンクリートのビルでもものの数秒で溶かしてしまう恐るべき溶解泡なのだ。

 小山ほどの規模があった建物を、一瞬のうちにあぶくまみれの泥の山に変えてしまったアボラスは、次に目に付いた倉庫らしき建物に腕を振り下ろした。轟音が鳴り、怪力に負けた倉庫は紙細工のように崩れ去る。一方的な暴虐に、王立魔法アカデミーの敷地の半分がすでに瓦礫と化している。さえぎるものもないままに、悪魔と呼ばれた怪獣は六千年前と同じように、破壊をほしいままにしていた。

 ほんの数分で、めぼしいものを破壊しつくしたアボラスは、くるりと方向を変えて歩き出す。その後姿を追うように飛んできた風竜の背から、エレオノールは廃墟と化したアカデミーを見下ろして、絶望に顔を染めてつぶやいていた。

「間に合わなかった……もう一匹の怪獣まで、復活させてしまった」

 赤い怪獣と赤いカプセルのキーワードから、青いカプセルにも怪獣が封じ込められていると直感したエレオノールの予感は最悪の形で的中した。魔法衛士隊から竜を借りて、死に物狂いで駆けつけてきたことも一足違いで間に合わなかった。

 悠然と去りゆくアボラスの後姿を見送りつつ、研究塔の残骸のそばに竜を着陸させたエレオノールは、面影もなく破壊された塔を見上げて、喉も割れんばかりに叫んだ。

「ヴァレリー! どこなのーっ!」

 雨つぶが瓦礫を叩く中を、エレオノールは親友の名を叫びながら走り回った。

「なんてこと、元はといえば私がカプセルの開封なんかを頼んだばかりに。ヴァレリー、頼むから無事でいて」

 エレオノールは、今ほど自分を責めたことはなかった。この光景を生み出してしまった責任は、どう取り繕おうが自分にある。軽率に、正体のわからない古代の遺物などに手を出してしまったがために、アカデミーがこんなことに。せめて、彼女だけでも無事でいてくれとエレオノールは叫ぶ。

 金糸のようであったブロンドの髪は雨でべったりとしなだれ落ち、姫殿下に拝謁したときのままのドレスはクラゲのように縮れて見る影もない。それでも、エレオノールは親友の名を叫び続けた。アカデミーが受けた被害は計り知れない。これで、もしヴァレリーまでも死なせてしまっていたら、自分はどうすればいいのだ? なにが主席研究員だ、なにが選ばれた者だ。こんな単純なこと、ほんの少しの慎重さがあればわかったことではないか。馬鹿者め、自惚れ屋め。

 だがそのとき、エレオノールの必死の呼びかけに、ほんのかすかだが応える声があった。

「エレオノールなの? ここよ、助けて」

「ヴァレリー! そこにいるの、今行くわ!」

 大急ぎで声のしたところにある瓦礫を土魔法でどかすと、その下からはヴァレリーとルクシャナ、ほか数名の研究員がすすまみれの姿で現れた。

「ヴァレリー! 無事だったのね」

「ええ、なんとかね。瓦礫に埋まる寸前に、彼女が空洞を作ってくれたおかげで命拾いしたわ」

「はい。でも、あまりに急なことだったので、先輩と周りにいた人を助けるだけで精一杯でした」

「ルクシャナ、あなた土系統のメイジだったのね。ともかく、無事でよかったわ」

 瓦礫の穴の中から、ヴァレリーたち生存者を引き上げたエレオノールはほっと息をついた。死んでいった者には不謹慎かもしれないが、生きている者がいてくれたおかげで、少しだが救われた気がした。

 一方で、ヴァレリーたちも九死に一生を得た安堵から、なかば放心状態で雨に身をさらしていた。いつも人一倍にぎやかなルクシャナも、今は憔悴した様子で元気がない。エレオノールはヴァレリーに、深く頭を下げて詫びた。

「ごめんなさいヴァレリー、私がカプセルの開封を急ぐように言ったせいで、こんなことに」

「そうね、あなたの責任ね。罰として、来月までに魔法学院のかわいい子、五・六人見繕っておいてもらうわね」

 軽く肩を叩いて微笑したヴァレリーに、エレオノールは自分は本当によい友を持ったと眼鏡の奥の目を熱くした。ヴァレリーも、自分もろくに警戒せずに非常事態を口実にカプセルを開けた責任を感じている。それに、仮にエレオノールが何も言わなかったとしても、アカデミーにある以上、なんらかの理由で遅かれ早かれ封印が解かれていた可能性は常にあった。けれど、それを直接言っても母や妹と同じく責任感の強いエレオノールは、なによりも自分を許すまい。

 少し元気を取り戻したエレオノールとヴァレリーは、すでに見えなくなりつつあるアボラスの背中を見つめた。奴の行く先にはトリスタニアの市街地がある。エレオノールがここに来る前に軍にも通報しておいたから、間もなく魔法衛士隊も動き出すだろう。

「けれど、あの怪獣の進撃を食い止めることはできないでしょうね」

 ヴァレリーの一言にエレオノールもうなづいた。これまでの経験から、怪獣を相手に魔法やドラゴンのブレスなども含めて、通常の攻撃はほとんど通じないと思い知らされている。しかし、エレオノールは絶望はしていなかった。

「そう、相手は怪獣、まともに戦ったら人間の勝ち目は薄いことはわかっている。それでも、できることがないわけじゃあないわ。わたしたち学者には学者なりの戦い方がある。ヴァレリー、すまないけどもう一度手を貸して。カプセルといっしょに見つかった未解読の文書の残りを解読してみるの。もしかしたら、怪獣の弱点が記されてるかもしれない」

「なるほど、試してみる価値はありそうね。わかったわ、アカデミーのスタッフ全員で取り組めば数時間でなんとかなるかもしれない。すぐ取り掛かりましょう」

「あっ、先輩! 私も手伝います」

 ヴァレリーは軽くため息を吐き出すと、去りゆくアボラスを見つめてきっと唇を噛んだ。自分たちは学者、怪獣に立ち向かうのは仕事ではない。あとはド・ゼッサール隊長以下の、魔法衛士隊の活躍に期待するほかはない。

 

 

 現実の脅威がトリステインを襲っている頃、幻想の世界をたゆとう才人とルイズも、最大の脅威を目の当たりにしていた。

 岩石怪獣ネルドラント、毒ガス怪獣エリガル、古代暴獣ゴルメデ。三匹の怪獣に降り注いだ、毒々しい虹色の光。デルフリンガーが言う、この戦いを混沌に変えた本当の悪魔。それがもたらした災厄が今、二人の眼前に全容を現そうとしている。

「なんだ? 光が怪獣に、なんなんだこの気味の悪い光はよ!」

「この光、まるで生き物みたい。なんなの、なにが起こるっていうのよ!?」

「黙って見てな。すぐにわかるぜ。けっ、何回見てもえげつねえ光だぜ……」

 才人とルイズは困惑しながらも、デルフリンガーの言うとおりに三匹の怪獣を見つめた。虹色の光に全身を覆われて、彼らは爆発しそうなほどにまばゆく輝いている。それと同時に、激しい苦痛に襲われているように光を振り払おうと身もだえしていたが、ふっと虹色の光は怪獣たちの体内に吸い込まれるように消えた。

 すると、信じられないことが起こった。変化、と呼ぶのも生易しい変貌が怪獣たちに現れたのだ。

 

 ゴルメデの頭部にルビーの結晶のような、赤色の毒々しいとげが現れた。

 エリガルの腕が巨大で硬質な、恐ろしげな鎌に変わった。

 ネルドラントの爪が伸び、背中や頭部に巨大な鋭角の結晶が生えた。

 

 一瞬にして凶悪な容姿に変わってしまった三匹。しかし、もっとも変わってしまったのは外見よりも中身のほうであっただろう。操られながらも、どこか穏やかだった目つきは赤色の凶暴なものに変わり、それを証明するかのように吼えて、暴れ始める。

 混沌、すなわちカオスをもたらすものに憑依されたその姿は異形にして邪悪。

 ゴルメデがカオスゴルメデに、エリガルがカオスエリガルに、ネルドラントがカオスネルドラントに。

 カオス怪獣へと変異してしまったゴルメデたちは、今まで自分たちを操っていた者たちよりもさらに強力な呪縛に縛られて、それまでの主人へと牙を向ける。彼らの後ろで、思うように彼らを操っていたものたちが、狼狽しながら吹き飛ばされるまでに一分もあれば充分であった。

「んなっ!? お、おいデルフ、いったいなにが起こったんだよ!」

「見てわからねえか? 取り憑かれたんだよ。混沌を広げる、光の悪魔にな」

 吐き捨てるようなデルフの言葉に、二人は愕然として見ているしかできなかった。

 光に取り憑かれた三匹の怪獣は、前の主人ではかろうじてあった理性的な行動もしなくなり、目に付くものに無差別に攻撃を加えるようになっていった。ゴルメデの火炎が森を焼き、エリガルの毒ガスがあらゆるものを腐食させ、ネルドラントの怪力が山を崩す。

「なんてこと! こんなのが暴れまわったら、ハルケギニアなんて……」

 その先は言う必要すらなかった。あの虹色の光が、今世界中にあふれている怪獣たちに無差別に取り憑こうものなら、戦争などをするまでもなくこの世界は滅亡してしまう。

「ちくしょう! 変身できれば」

「アホ、ここは過去のビジョンの世界だと言っただろ。お前たちはここじゃ存在しないんだ」

「んなこといったってデルフ! なにがなんだがさっぱりわからないけど、この世界が滅亡しようってんだぞ。じっとしてられっかよ」

「落ち着けっての。何度も言うが、ここは過去だ。終わったことだ。いいから黙って先を見ろ、そろそろ、あいつの出番だぜ……」

「なにっ!? そりゃ」

 どういうことだ。という言葉を続けることはできなかった。デルフリンガーは、才人の言葉をさえぎるように「前を見てみな」と告げ、その言葉に従って視線を流した先に、はじめて二人にとって知った光景が見えてきたのである。

「あの湖は……」

「もしかして、ラグドリアン湖?」

 直感的に、二人は視界の先に広がる広大な湖を見てそう思った。もちろん、現在のものとは湖畔の地形や周辺の人家などの様子もまるで違う。それでも、ここがハルケギニアだというのであれば、あのなみなみと水をたたえた湖はほかにない。

 三匹のカオス怪獣は、破壊を繰り返しながら過去のラグドリアン湖へと向けて進撃していく。

「あいつら、ラグドリアン湖を狙うつもりなの!?」

 ルイズの脳裏に、以前スコーピスの砂漠化によってラグドリアン湖が危機に瀕したときの記憶が蘇った。総面積六百平方キロメイルを超える広大な湖とはいえ、微妙な自然のバランスによって成り立っていることの例外ではありえない。湖そのものをどうすることはできなくとも、周辺の森林を焼き払われたり、湖水に毒が混ぜられたりしたら、湖は毒沼へとたやすく変わってしまうことだろう。

 けれど、焦る二人とは裏腹に、デルフは穏やかな声で、懐かしそうにつぶやいた。

「ああ、ずっと忘れてたぜ……また、おめえの姿を見られるとはな」

 そのとき、宙に浮かぶ二人の目の前を、大きな影がすごい速さで飛びぬけていった。

「きゃっ! な、なに?」

「あそこだ……あれは、鳥? いや、違う」

 ありえないスピードで空を舞い、ドラゴンよりもはるかに大きなそのものを、二人は動体視力によって許された中で必死で追った。それは、薄い空色の体と、小さいがたくましい翼を持った、巨大な鳥の飛ぶ姿。赤いとさかを優美に風に翻し、空を切る勇姿に才人は一瞬心を奪われて、そこにひとつの記憶を重ね合わせた。

「リトラ? いや、違う!」

 ほんの一瞬だけだが、才人にリトラと誤認された大鳥はラグドリアン湖へ向かう三匹の怪獣の直上をフライパスし、上昇していった。当然、そのあからさまな挑発に気づいた三匹は、飛び道具を用いて撃ち落そうと試みるけれど、そのときには巨鳥は攻撃の届かない高さまで飛び上がってしまっていた。

 さらに、巨鳥は上空で反転してくると、急降下しながら怪獣たちに突っ込んでいった。その降下角度があまりに急だったために、対応しきれない怪獣たちの周りに巨鳥の吐いた光弾がいくつもの火柱をあげる。

「やるぅ!」

 あざやかなヒットエンドランの攻撃に、才人は思わず歓声をあげていた。まるで、ゴメスを翻弄するリトラのような胸のすく光景。先ほど、才人はその怪獣にリトラの姿を見た理由をなんとなく察した。

 むろん、落ち着いて見れば目の前の巨鳥は、リトラとはとさかを持つこと以外はほとんど似ていない。しかし、錯覚であったとしてもそう感じさせた何かがあの怪獣に見えたのも確かだ。あのリトラと……人間のためにその尊い命を犠牲に戦ったリトラに通じるもの。

 巨鳥は、上昇と降下を繰り返して攻撃を続ける。だが、そのうちに才人とルイズは巨鳥の放つ光弾が一発も怪獣たちには当たらず、三匹がしだいにラグドリアン湖から離れていっているのに気がついた。

「怪獣を傷つけずに、誘導しようとしているんだ」

「あんな危険を冒しながら? いえ……優しいのね。まるで、ちぃ姉さまみたい」

 ルイズのその言葉で、才人は自分の感じた既視感の正体を知った。そうだ、怪獣たちは操られているだけ、彼らにはなんの罪もありはしない。そう、救おうとする意思を翼に込めて飛ぶその巨鳥こそ、エギンハイム村の戦いでタバサとキュルケを救った、友好巨鳥リドリアスだった。

 彼は、あのときムザン星人に果敢に挑んでいった個体と同一のものかはわからなくても、その勇敢さにはいささかも劣るところなく戦いに望む。怪獣たちは猛り狂って撃ち落そうとするものの、きりきり舞いさせられるばかり。

 と、ふと才人はリドリアスの背中に誰か人影らしきものが乗っているのに気がついた。

「あれ? おいルイズ、あれ女の人じゃないか?」

「女ぁ? あんた、こんなときにまでなに言ってるのよ。みさかいないのも大概にしないと殺すわよ」

「違うって! ほら、あの鳥怪獣の背中、人が乗ってるんだって」

「はぁ? そんなこと言って、嘘だったら……」

 ルイズは才人のうったえに、半信半疑ながらも目を凝らしてみて驚いた。

 リドリアスの背中に、確かに人が立っていた。才人の言ったとおり、長身だが華奢な体つきは女の人のようで、短く刈りそろえた金髪が空によく映えている。また、彼女の顔の両脇から伸びた耳の形が、ティファニアと同じ形をしていることから彼女がエルフらしいということは読み取れた。彼女は寒風吹きすさび、常人ならば重力の変化で自分の状態を把握することもできないような場所にありながら、リドリアスの背をしっかと掴んで前を向いている。

「すごい」

 独創性のかけらもない表現が、何よりも彼女を正しく表していた。風竜の何倍ものスピードで高機動を続ける怪獣の背で、振り落とされもせずに乗り続けられるとは竜騎士などの比ではない。ラルゲユウスを操れる烈風カリン並みの技量はもちろんのこと、タバサとシルフィードのように両者のあいだには深い信頼関係があるに違いない。

 なびく髪に邪魔されて顔はうまく判別できないけれど、彼女はリドリアスの背から槍のような武器を振るってリドリアスに指示を与えているように見える。やはり、どこかへ怪獣たちを誘導しようとしているようだ。

「きれい……」

 ルイズは、母カリーヌの戦いぶりを見たときのように、うっとりと目を細めてつぶやいた。まるで妖精のように、華麗に宙を舞う彼女は何者も犯しがたいような気高さにあふれている。

 と……彼女がひときわ高く槍を天に向かって掲げたとき、二人は槍を掲げた彼女の左手にありうべからざるものを見た。

 彼女の左手の甲が輝いて、見覚えがある……否、見忘れられるわけがないルーンが浮き出ていたのだ。

「あのルーンは!?」

「ガ、ガンダールヴじゃねえか!」

 そう、才人がルイズの使い魔だったことを示す魔法の印と同じものが彼女の手にもあったのだ。ドラコとの戦いの際に才人が一度絶命し、契約が解除されてしまったために消え、再契約もしていないことから才人からは消滅したままになっているが、あの形は忘れるわけはない。

 なぜエルフがガンダールヴのルーンをと、驚愕する二人の前で、エルフの女性は大きな槍をタクトのように操って、リドリアスに行く先を教えている。最初は信じられなかった二人も、それを見るにつれて確信を深めていった。

「あの武器を自在に操る力、以前のサイトとそっくり。ほんとに、ガンダールヴだっていうの」

「この時代にもガンダールヴがいたのかよ」

「そりゃそうさ。これが虚無の力が見せている映像だってことを忘れるな。虚無には常に虚無の使い魔が付き従う。そう、あいつは強かったな。いや、あいつらか……」

「えっ」

 それはどういう、と言いかけたときだった。ガンダールヴの女性は、これまでになく大きく槍をふり、リドリアスはそれが彼の目であるかのように、大きく翼を翻した。はっとした二人が、視線をリドリアスからその先へと流すと、その先は草原になっており、小高い丘になったところに数人の人間が立っているのが見えた。

「おいまさか、たったあれだけの人数で立ち向かうつもりなのかよ!」

「無茶だわ。勝てるわけがないじゃない! いくらガンダールヴがいるからっ……」

 ルイズは罵声を途中で呑み込んだ。そうだ、ガンダールヴは虚無の使い魔、ならばその主人も当然。

 そう気づいたとき、ルイズは丘の上にいる人たちの中で、真ん中にいる小柄な男性が高く杖を掲げているのに気がついた。遠くて顔はわからないけれど、彼の杖に集中している光には見覚えがある。そして、聞こえるはずもないのに彼が詠唱している呪文の内容が、耳の奥に響く気がした。

 

”エオヌー・スーヌ・フィル・ヤルンクルサ……”

 

 間違いはない。たった一度しか詠唱しきれたことはないが、その呪文の内容は一言一句違わずに記憶している。次に彼がなんと詠唱するのか、手に取るようにルイズにはわかった。長い詠唱が終わりに近づき、リドリアスが彼らの上空を飛び越えていく。

 そして、呪文が最後の一小節に入ったとき、絶妙のタイミングで三匹の怪獣たちが草原に足を踏み入れた。

 呪文が完成し、彼は杖を振り下ろす。その瞬間、三匹の怪獣へむけて、白い閃光がほとばしった。

「うわっ! なんだ」

 目の前でカメラのフラッシュをたかれたような、人間の網膜が受け取れる許容量を超えた光に、才人は本能的に”見る”という行為を手放した。

 しかし、ルイズはその鳶色の瞳を白く塗りつぶされながらも、見る行為をやめようとはしなかった。この輝きは、あのときに見た光と同じ……わきあがる懐かしさに心を焼かれながら、ルイズの唇は疑うことなくひとつの言葉を口ずさんでいた。

「エクスプロージョン……?」

 光芒は視界を侵略し、あるときにぷつりと消えてなくなった。

 その後には、大きく吹き飛ばされて崩おれた三匹の怪獣の横たわる姿のみがある。

「なんて、威力なの……」

 一撃のもとに三匹もの怪獣を倒してしまった魔法の威力に、ルイズは呆然とするしかできなかった。才人も、なにが起こったのかまるで理解できていない様子であったが、ルイズのつぶやきを思い出すと、はっとして言った。

「おいルイズ! い、今のが……お前の使ったっていう、き、虚無の魔法ってやつなのか!?」

「え、ええ。あの輝きは確かに。でも、わたしが使ったときはこんなとんでもない威力じゃなかったわ」

 声を震わせるルイズに、またデルフリンガーの声が告げた。

「そりゃそうさ娘っこ、駆け出しのひよっこのお前さんなんかと比べ物になるわけがねえ。覚えときな、あれが正真正銘、元祖の虚無の使い手の力さ」

「元祖? そ、それってまさか!」

 虚無の使い手の元祖、それに値する人間の名をルイズは知っていた。いや、ハルケギニアに生を受けた人間であるのならば、誰でも知っている当たり前のこと。虚無を操った人間は歴史上たった一人しか存在しない。

「し、始祖……ブリミル?」

「そのとおり、あいつが虚無の系統の始祖。ま、お前さんの遠いご先祖さね」

「いいいい! えええええっ!?」

 もはや、びっくりするとかそういう次元は通り過ぎていた。肉体はないはずなのに、才人の耳にルイズの絶叫がキンキンと響いてくる。これはルイズでなくても、たいていのハルケギニアの人間でそうなるだろう。始祖ブリミルといえば、ハルケギニアの歴史上最大の聖人である。もちろん、敬虔なブリミル教徒であるルイズの衝撃は才人の想像したそれを大きく超えていた。

 ブリミルと呼ばれた男の左右には、それぞれ数人の男女が控えている。虚無の使い魔は全部で四人いたというから、彼らの中にガンダールヴの仲間もいるかもしれないと二人は思った。

 しかし、倒れ伏した怪獣たちを見下ろすと、ここまでする必要があったのかとやるせない気持ちもわいてくる。彼らはあくまで外囲的な力で操られていただけで、悪意があったわけではないだろうに。

「怪獣三匹を一撃で倒すなんて、これが本当の虚無の威力……」

「いや、ルイズ。あれを見ろよ!」

「えっ……ま、まだ生きてる!」

 なんと、怪獣たちは横たわっていても、手足をわずかにけいれんさせているところから、気絶しているだけのようであった。驚く二人に、デルフは今度は誇らしげな声で語った。

「威力を調節して、失神させるだけにとどめたのさ。あいつは……あいつらは、決して無益に命を奪ったりはしなかった」

「すっげぇ! すごすぎるぜ」

「ええ。これが、虚無の力の本当の使い方なのね」

 エクスプロージョンの威力を調節したということよりも、怪獣たちを殺さなかったということのほうが二人を喜ばせた。

 特に、ルイズは心の中のもやを吹き飛ばされたような晴れ晴れとした思いを感じていた。虚無の系統という、突然手に入れてしまった強すぎる力をもてあましていた彼女にとって、虚無が破壊するだけの力ではないとわかったそのことは、闇夜を終わらせる朝日も同じ輝きを持っていたのだ。

 だが、悪魔の光に取り憑かれた怪獣たちは、まだ完全に戦闘不能に陥ったわけではなかった。宿主の肉体が使用不可能になったと悟ったのか、ゴルメデの、ネルドラントの、エリガルの体から虹色の光が離れていく。そのために、憑り付かれていた三匹は元の姿に戻った。しかし、それぞれの怪獣の肉体から抜け出した光は、一瞬まばゆく輝いたかと思うと、憑り付いていた怪獣とまったく同じ姿で実体化したのである。

「なにぃ!? おいデルフ、ありゃあ」

「あれが奴らの能力さ。奴らは怪獣に乗り移って操るだけじゃねえ、憑り付いていた怪獣から力を吸い取って、実体化することまでできるんだ」

 まったく、あのえげつねえ力にはブリミルも最後まで悩まされたぜと、デルフは吐き捨てた。

 オリジナルから分離したカオスゴルメデ、カオスネルドラント、カオスエリガルは凶暴な遠吠えをあげる。さらに、エクスプロージョンで失神し、エネルギーも抜き取られて身動きのできなくなっているオリジナルの怪獣たちへと、もう用済みだとばかりに攻撃を加えだして、才人とルイズはともに激昂した。

「あいつら! さんざん利用するだけしておいて、ひでぇことを!」

「デルフの言うとおり、悪魔ね。あいつらは」

 手を出せるなら、今すぐにでも駆けつけたい。瀕死のゴルメデたちに向け、カオス怪獣の攻撃が容赦なく加えられる。このままではすぐにも殺されてしまう。そのとき、降下してきたリドリアスのキックがカオスゴルメデにきれいにヒットし、隣にいたカオスネルドラントとカオスエリガルもドミノ倒しになぎ倒される。

 そう、ブリミルと仲間たちが、目の前の暴虐をそのまま見るに耐えかねて助けに入ったのだ。

「よっしゃあ! さっすがルイズのご先祖様。そのままさっきのでかいのでやっちまえ」

 才人がうれしさで歓声をあげた。それに、今度の相手は本物の怪獣ではなく、いわばコピー品だ。遠慮なくぶっとばしても誰にも迷惑はかからない。

 だが、カオス怪獣たちは起き上がると、ブリミルたちへと火炎や毒ガスを放った。とっさにブリミルのそばに控えていた者たちが魔法で風の障壁をはるが、完全には防ぎきれずに余剰エネルギーが暴風のようにブリミルたちを襲う。

 さらに、カオス怪獣たちの邪悪な気配に誘われたのか、方々から別の怪獣たちも現れ始めた。

 それらは、才人の知る限りの名前を並べるなら、暴れん坊怪獣ベキラ、毒ガス怪獣メダン、宇宙礫岩怪獣グロマイト。さらには、先にウルトラマンAが苦杯をなめさせられた赤色火焔怪獣バニラ、青色発泡怪獣アボラスも木々を蹴散らして集まってくる。カオス怪獣たちも合わせて総勢およそ十体……どれもその本性からして凶暴で、残忍な凶悪怪獣ばかりである。

「おいちょっと、冗談だろ! いくら虚無の魔法がすごくたって、あんな怪獣軍団を相手にできっかよ」

「戦力が違いすぎるわ! 逃げて、あなたたちが死んだらわたしたちが生まれなくなるのよ!」

 愕然とした二人は、ここが過去のビジョンだということも忘れて必死で叫ぶ。あれはもう勝てる勝てないのレベルの問題ではない。しかしそれでも、デルフは落ち着いた声で二人に告げる。

「ふっふっふ、黙って見ててやりな。確かに、あいつらの戦いは決して楽なもんじゃなかった。でもな、お前たちに大勢の仲間がいるように、やつらも決して孤独じゃなかったのさ」

 傷ついたブリミルたちを守るように、リドリアスが降下してその傍らに着陸する。

 さらに、ブリミルたちの後ろから、援軍も姿を現した。人間、翼人、獣人、エルフ、見たこともない亜人たち。二十人にも満たない少数だけれども、皆恐れもなくブリミルの周りに集まっていく。

「人間と亜人が、あんなに!」

 現代では、顔を見ればすぐ殺し合いに発展してもおかしくない者たちが、共に肩を並べて戦っている。信じられない光景に圧倒されるルイズ。それでも、十体もの怪獣軍団を相手にしては勝ち目など望めない。そう思ったとき、さらなる光景が二人を圧倒した。

「こっちにも、まだ怪獣がいたの!?」

 ルイズの叫びこそが、デルフの言葉の真意だった。援軍に続いて、彼らの後ろにも怪獣が出現してブリミルたちの味方についた。これでリドリアスも含めてブリミル側にも怪獣が五体。それらのほとんどは才人にとって見覚えのない種類だったものの、先頭に立つ金色の怪獣には記憶があった。

「あの、麒麟みたいな怪獣は確か……」

 中国の伝説上の動物に似たシルエットを持つ、その怪獣の特徴を才人は素早く頭の中に蘇らせた。

”あの怪獣は確か科学特捜隊の時代に出現した奴で、あいつといっしょに眠っていた……そういえば、亜人たちの中に……”

 しかし、考える余裕があったのはそこまでだった。いかに伝説の魔法”虚無”と五匹の怪獣であっても、相手は彼らの倍の数を誇る大戦力だ。まともにぶつかれば勝ち目はない。それでも、ブリミルと仲間たちは恐れずに凶悪怪獣たちへと挑んでいく。

 

”いったい、この時代でなにが……ブリミルたちは、どうしてこんな戦いをしなければいけなかったのか!?”

 

 戦いを見守りながら、才人とルイズは答えが出るはずもない疑問を何十回も頭の中で反芻した。

 ところが、終わりは唐突かつ理不尽にやってきた。激しい戦いの中で、リドリアスが翼に攻撃を受けて不時着し、その背からエルフの女性が投げ出される。それを見たブリミルが何かを叫んだように見えたとき、過去のビジョンは霧がかかったように輪郭を失い、代わって白くて無機質な光が満ちてくる。

 光芒は世界を白く塗り替え、その中で薄れていく意識の中で、二人はデルフのかすかな声を聞いた。

「なんだ、せっかくこれからってときに次回へ続くかよ。ブリミルのやろう、中途半端な仕掛けしやがって。お前ら、どうやら夢の時間は終わりのようだぜ。目を覚ましな、目を覚ましな……」

 デルフの声が遠ざかり、いくらかの時間が経過したのだろうか。

 静寂の中から、しだいに水の音、雨粒が木の葉を叩く音が二人の耳を打った。

「ぅ……ううん」

 うっすらと目を開けたルイズの目に、最初に映ってきたのは大きな木のうろの中であった。樹齢は軽く千年を超えているであろう大木の中に生まれた、小さな部屋。自分たちはそこに寝かされていた。

「どうして、こんな……」

 バニラとの戦いに敗れた後、いったい誰が自分たちを安全な場所に運んでくれたのかとルイズは思った。

 まだぼんやりするまぶたをこすって、周りを見回す彼女の目に、うろの外へと出て行こうとする人影が見えた。

「あなた……」

 青白い肌をして、猿のような頭をした人影に、ルイズは亜人かと思った。けれど、夢のせいか恐怖はない。

 ここに運んできてくれたのは、あなたなの? と言おうとしたときには、彼の姿はルイズの視界からは消えていた。

 それからしばらくして、いまだ大粒の雨が降り注ぐ中へ、才人とルイズも飛び出していく。謎の答えよりも、今やらなければならないことを果たすために。

 

 

 才人たちが夢から現実の世界に戻ってきたのと、ほぼ時を同じくしてトリスタニアでも戦いは続いている。

 街を横断しようとするアボラスを、ドラゴンやグリフォンに乗った魔法騎士が迎え撃つ。

 ただし、無理に食い止めようとして犠牲を増やしていた以前までと違って、今回からトリステイン軍は戦術を大幅に変更していた。

「下手に近づいて撃ち落される危険を冒すな! 遠距離から注意をひいて、街路に誘い込むんだ!」

 首都防衛の任についているド・ゼッサールの指揮の元、アボラスの溶解泡を浴びないように注意しつつ、魔法衛士隊はアボラスに魔法を浴びせる。むろん、遠くからの及び腰な攻撃ではスーパーガンやマルス133のビームでも傷一つ負わないアボラスに通用するはずはない。彼らの目的は、倒すことではなくて誘導することにあった。

 攻撃にいきりたって、魔法衛士隊を追うアボラスの前に広い道路が現れる。幅はおおよそ四十メイル、そこへアボラスを誘い込んだ彼らは、そのまま道路の先へとアボラスを挑発して引っ張っていく。

「ようしいいぞ。このまま被害の出ないところまで連れて行け」

 ニヤリと笑った衛士隊員の言うとおり、アボラスは道路を通って建物を壊さずに街中をすり抜けていく。

 これは、頻発する怪獣出現からトリスタニアを守るために、都市の復興と並行して、ザラガスの出現あたりから進められてきた都市改造計画の一つであった。なにせ、以前までのトリスタニアでは、敵の軍隊が攻め込んできたときのために、最大の通りであるブルドンネ街でも幅はたったの五メイルしかなかった。だが、人間相手ならともかく、怪獣はそんな狭い道は通れない。一歩ごとに確実に建物を破壊してしまい、かえって被害を拡大させてしまっていた。

 そのため、道幅を一気に八倍にすることで怪獣が通りやすくし、周辺の建物への被害を防ごうという逆転の発想がこれであった。

 怪獣だって、わざわざ好き好んで建物を壊しながら歩きにくいところを進むより、平坦な道を好むのは当たり前のことである。

 この広大な道路はトリスタニアを碁盤の目のように縫って広がっており、怪獣が街のどこに出現してもすぐに誘導できるように計算されて作られている。

「おかげで、街の雰囲気はずいぶん変わってしまったが、広い道は市民が避難するにもちょうどいい。これは想定していたよりも効果が大きいようだな」

 ド・ゼッサールは市街地を素通りしていくアボラスを見て、満足げにうなずいた。はじめは道を広くしただけで被害を減らせるものかと懐疑的だったが、これは予想以上の名手らしい。

 

 実は、同じことは地球でも怪獣頻出期の中ごろから取り入れられて効果をあげていた。

 怪獣頻出期の初期、市街地に出現したゴモラやテレスドンによって、多くのビルが破壊されて甚大な被害が発生してきた。

 ところが、ウルトラ警備隊の時代のある事件が契機となって、都市計画は大きく見直されることになった。

 発泡怪獣ダンカンがウルトラセブンと戦ったときのことである。戦闘能力の低いダンカンは、ウルトラセブンに対しては終始逃げに徹し続けた。最終的にダンカンはセブンのエメリウム光線で倒されることになるのだが、ビル街でおこなわれた両者の戦いは、道路を逃げるダンカンをセブンが追い回すという形になった。普通に考えたら怪獣とセブンが街中で追いかけっこをしたら甚大な被害が出そうなものだが、その街は道路が広かったおかげで、戦闘が終わってみた後で集計された被害はビルが二つ倒壊しただけという、極めて軽いものになったのである。

 これを機に、大都市の道路は必要を超えてもかなり広く作られるようになり、MATの時代にはさらにそれが発展されていった。それは、洪水を防ぐためにダムや遊水地を築くように、怪獣にも被害軽減のための遊水地を作ろうというのである。

 簡単に説明するならば、街中に出現した怪獣を攻撃するためにミサイルを撃ち込めば、当然周りの建物にも被害が出る。また、ウルトラマンが現れても狭い市街地では満足に戦えないこともあるだろう。そのため、市街地のど真ん中に、百メートルから数キロ四方の広大な空間が配置されるようになった。

 もうお分かりだろう。つまりは、ウルトラマンが怪獣と街中で戦っているときの、大きな空き地のことなのである。

 ここでなら、周りの被害を気にせずにウルトラマンも防衛隊も思う存分戦うことができる。

 宇宙大怪獣ベムスターをはじめとして、囮怪獣プルーマ、ブーメラン怪獣レッドキラーと、この空き地を使ってウルトラマンと激しい肉弾戦を繰り広げた怪獣は多い。むろん後のウルトラマンたちも、エースやタロウは初戦のベロクロン戦、アストロモンス戦でさっそく活用し、レオや80もむろんここで数多くのバトルを繰り広げている。

 

 相次ぐ怪獣出現による経験は、地球とハルケギニアで偶然にも……いや、必然と呼ぶべき同じ進化を街に与えていた。

 むろん、古来より続いた街並みを変えることには大きな抵抗感があったし、軍からもトリスタニアが敵軍に攻められたときにどうするのかという反発もあった。けれども、広い道は平和時には交通や交易に非常に便利であり、火事や地震の際にも安全な避難路として使うことができる。また、軍に対しては「トリスタニアまで敵に攻め込まれて、そんな状態からどうやって戦争に勝てるのかお教え願えますか」というアンリエッタの一言がすべてを決した。

 少なからぬ時間と、アンリエッタやマザリーニの不断の努力を代償にした新しいトリスタニアの形。それは直接目に見える形ではなく、恐らくはほとんどの人々の記憶には残らないだろうが、これまで破壊されるにまかされるだけであった人々の暮らしを、怪獣から守ることに成功した。

「ゼッサール隊長、怪獣の進行方向の市民の避難はほぼ完了しました。信じられない速さです。おかげで、これまで犠牲者は一人も出ていません!」

「ご苦労。それに火災や建物の倒壊も、以前と比べると格段に少ない。姫殿下の慧眼は、私のような老眼の持ち主よりもはるかに遠くを見れているようだ」

 満足げにうなづきながら、ゼッサールは市街地を進んでいくアボラスを見た。さすがに完全に素通りとはいかず、置き去られた屋台や荷車が踏み潰され、運悪く尻尾をぶつけられた建物がひしゃげさせられたりしているものの、これまでだったら大火災の発生と多数の死傷者を生んでいるはずだ。

 英断をくだした主君に、あらためて忠誠を誓うゼッサール。けれど、これはあくまで被害軽減の策にすぎず、怪獣を倒さなければ意味はない。部下の持って来た報告を聞き、彼はここからが正念場だと覚悟を入れなおした。

「隊長、東の森林地帯より赤い怪獣が接近中。このままいくと、トリスタニア東部の住宅街で青い怪獣と衝突するものと思われます」

「赤い怪獣、アカデミーから連絡があったバニラとかいうやつか。ウルトラマンAをも撃退してのけたそうだが、もしも青い怪獣と同士討ちになってくれれば、我々にもまだ望みはある」

「しかし、もしも二匹が共闘して我々に向かってきた場合には……」

「そのときは、陛下から杖を預かったものとして恥ずかしくない行動をとるまでだ。我々が滅んでもトリスタニアが残ればよい。トリスタニアが滅んでも、市民が残れば街は何度でも作り直せるからな」

 どちらにせよ、覚悟だけは決めておけと部下に告げると、ゼッサールは目を閉じて瞑目した。

 

 しかし、かつて地球でも悪魔と呼ばれた二大怪獣の本当の恐怖を、ゼッサールたちはまだ知らない。

 

 そして、二大怪獣を封じ込めた人々が、未来の人々のためにと残した最後の望みも、同時に目覚めようとしている。

 アボラスとバニラを封じていた悪魔の神殿。その付近一帯を激震が襲い、発掘現場は再びパニックに包まれる。

「じ、地震だ! でかいぞ!」

「遺跡が崩れる。みんな逃げろ!」

 崩落する悪魔の神殿、そのさらに地底から高い声の遠吠えとともに、金色の巨体が浮上してくる。

「か、怪獣だぁーっ!」

 天を見上げて、金色の巨躯を持つ怪獣は復活の雄叫びをあげる。

 ミイラ怪獣ドドンゴ……ミイラ人間の忠実な僕である彼は、逃げ惑う人々には目もくれずに、無人と化した発掘現場の片隅に姿を現したミイラ人間に向かって頭を垂れた。

 ミイラ人間は、遠い過去からの友との再会に、わずかに目を細めると、ある方向へ向かって指を指した。

 その指す先はトリスタニア。ドドンゴは、己のなすべき使命を知ると、翼をひるがえして高く吼えた。

 

 

 続く


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