ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第33話  灼熱の挑戦

 第33話

 灼熱の挑戦

 

 ミイラ怪人 ミイラ人間

 赤色火焔怪獣 バニラ 登場!

 

 

 彼は、長いあいだ闇の中にいた。

 いつから、どうしてここにいるのかも忘れてしまうほど長い時の中を、静かな闇の中でまどろんでいた。

 ときおり、ぼんやりと夢の中で何かを思い出す。遠い昔……まだ、太陽の下を歩き回っていたころ。

 そのころ、自分の周りにはたくさんの生き物がいたように思える。

 大きいのもいれば小さいのも、数え切れないほどいろんなものがいる。

 と、彼はその中で一つ、珍しいものがあるように思えた。

 周りの生き物たちとはどこか異質な、人間のような気配。けれど、彼はそれが悪いものとは思えなかった。

 顔はわからないが小柄な男性のようだ。隣には、髪の短い女性と、幾人かの人間がいるようだ。

 ここはどこで、彼らは誰なのだろうか……? 思い出せない。でも、どこか懐かしいような感じがする。

 そうだ、自分は彼らから……

 やがて眠りは深くなり、また幾分か眠りが浅くなると彼は同じ夢を見た。

 それを何万回、何十万回かと繰り返したろうか。

 

 あるとき、闇に閉ざされていた彼のまぶたに光が射した。

 太陽の光ではなく、ろうそくの薄暗い灯りだった。

 いつからかの外からの刺激に、彼は延々と繰り返してきた夢の中から、外に向かって意識を向けてみた。

 どうやら、大勢の人間がいるらしい。がやがやと、何かをしゃべっているようだが言葉の意味はわからない。

 目覚めるときが来たのかと、彼は思った。

 まぶたを開け、体を起こしてみた。感覚が蘇り、体が自分の思うように動くのがわかる。

 と、彼は何気なく周りを見渡すと、人間たちの様子が変わっているのに気づいた。なにやら驚いたり怯えたりした様子で、奇声をあげて部屋から逃げ出していく。

 どうしたのか? 彼は疑問に思ったが、目覚めたばかりからか考えがまとまらない。

 しかし、部屋の中にあった祭壇に目をやった瞬間、彼ははっとした。

 ここには、何かがあったはずだ。それは確か……思い出せない。

 自分はそれを……思い出せない。

 長すぎる眠りが、彼の記憶の重要だった部分までほこりに覆わせていた。それでも、彼はここにあったものを取り返さなければいけないという意思で動き出す。

 あれを、あれを取り返さなくては大変なことになる。なのに、彼の目の前に何人もの人間がやってきて自分に攻撃をかけてきた。

 彼らは何者なのだ? なぜ自分が攻撃されねばならない? 意味がわからないまま、彼は自分を守るために彼らを排除していった。力では自分が上だし、なにやら術を使うやつらも目から出せた光を浴びせたら簡単に倒すことができた。

 そうして地上に出ると、彼はすっかり変わってしまった外の風景に驚きつつも、目的のものを見つけることができた。

 よかった……彼は安堵した。しかし、まだ何かを忘れているような気がする。

 それに、人間たちは徒党を組み、またも自分に襲い掛かってきた。

 ここは危険だ。彼は大切なもの、赤いカプセルをかついで走り出す。

 自分は、あの人たちからこれを……

 眠りに着く前にしたはずの、何か大切な約束。それを思い出そうとしながら、彼は一心不乱に駆けた。

 

 

 ミイラの復活から、およそ一時間後……

 小雨の降り始める中、いまだ混乱の収まらぬトリスタニア郊外の発掘現場に、一機の竜籠が着陸した。

「これはいったい、どういうことなの!」

 飛び降りるように竜籠から真っ先に下りてきたエレオノールの絶叫が、惨劇の現場となった遺跡に響き渡った。

 所用で現場を留守にしていて、ようやく遺跡に戻ってきた彼女を待っていたのは、まるで戦場跡のような惨状だった。掘り出した遺物を置いていたテントはのきなみ野戦病院のようになり、即席のベッドには負傷者が並べられて苦しそうにうめいている。

 なにがあったのかを、エレオノールは近場にいた人間に説いただしていった。混乱する現場では、右往左往する平民、ひたすら怒鳴るばかりの貴族など、要領を得ない者にいらだたされはしたけれど、ようやくテントの中で負傷者に治癒の魔法を使っていた若いメイジを捕まえることができた。

 しかし、古代のミイラが蘇ったことまでを知った彼女は当然のように驚愕するのと同時に、歓喜した。

「ミイラが動き出した? ……ふふ……うっふふふ」

 報告を聞くなり、エレオノールは口元を含み笑いを浮かべだした。逆に報告した若い研究者や、治癒を受けていた土方の平民たちは悪い予感を覚える。案の定、彼女は眼鏡を光らせて手を上げると、高らかに命令したのである。

「すばらしいわ! 数千年ものあいだ生命を保管する技術が存在しただなんて。これは不老不死に人間が近づく大いなる一歩だわ! あなたたち、なんとしてでもそのミイラを生け捕りにするのよ。アカデミーの総力をあげて、永遠の生命の謎を解明するのだわ」

「い、いえ! すでに警備班や幻獣捕獲隊から追撃が出ています。どうかご安心を」

「生ぬるいわ! これがどれほどの大発見だかわかってるの? さあ、発掘を再開するわよ。動けるのは働きなさい! ミイラの追撃隊も、いるだけのメイジを送りなさい、あなたもよ!」

 エレオノールの剣幕に、若い研究者は震え上がった。

 しかし、興奮して命令を飛ばすエレオノールの肩を、彼女と同乗してきていた親友のヴァレリーが掴んで止めた。

「待ちなさいよエレオノール、負傷者が続出してる中で発掘の再開なんて本気? まして、追撃隊の増強なんて、できると思ってるの?」

「なにを言ってるのよヴァレリー? あなたこそわかってるの。これは大発見なのよ、有史以前の古代人の生き残り、歴史が根底からひっくり返るほどの大発見じゃない」

 興奮を抑えきれていない様子のエレオノールの主張を、ヴァレリーはそれはわかるけどと受け止めた。彼女も大発見だということは重々承知している。でも、エレオノールよりは社交性の高い彼女は、興奮を押し殺した冷めた目つきで、彼女の耳元に口を寄せてささやいた。

「いいから、黙って周りの平民たちを見てみなさい。みんな、親の仇みたいな目でこっちを見てるじゃない」

 エレオノールは、憎らしげに睨んでくる平民の工夫たちの視線に気づいたが、なおも強気だった。

「なによそんなの、平民が貴族のために尽くすのは当然でしょ」

 その言葉がどれほど彼らを怒らせるか、ルイズと違って平民と対等に付き合ったことのない彼女にはまだわからなかった。一方、ヴァレリーのほうは貴族らしい平民への蔑視と完全に無縁というわけではなかったが、友人よりははるかに温厚で人との付き合い方を知っていた。彼女はエレオノールの耳元で強い口調でささやいた。

「バカ、時と場合をわきまえなさいよ。いい? 研究するのは私たち貴族でも、現場で発掘作業するのは大半が彼ら平民なの。彼らを怒らせて仕事が雑になったら、今後大発見があってもパーになるかもしれないじゃない。それに、無茶をして死傷者を出したら、私たち全員の管理責任になる上に、アカデミーの空気を入れ替えてくれた姫さまの期待を裏切ることになるわ。冷静になりなさい、エレオノール・ド・ラ・ヴァリエール!」

 普段温厚なヴァレリーの厳しい警告と、姫さまのことを出されたことでエレオノールもやっと気を落ち着かせると、こほんと咳払いをしてうなづいた。

「ごめん、頭に血が上ってたわ」

「わたしに謝ってもしょうがないけどね。我が親友は物分りのよい人物で助かるわ」

「いいえ、私の独断で死傷者を増やしたら、お母さまにきついお叱りを受けるところだったわ。ヴァレリー、あなたは命の恩人よ」

 苦笑を浮かべたエレオノールを、ヴァレリーは微笑を浮かべて見返した。エレオノールは、きつい性格で研究熱心で度を超してしまうところもあるけれど、決して残忍な人間ではないことを親友の彼女は知っていた。

「あなたも大変ねえ。ともかく、発掘は一時中断しましょう」

 ヴァレリーは、エレオノールが同意するのを確認すると、現場責任者に先の命令は撤回、全員を地上に上げて休息をとらせておくようにと命じた。これのおかげで、急落しかけていた工夫たちの信頼はある程度つなぎとめられた。

「やれやれ、これはアカデミーの大失態ね」

「こんな事態を予想できた人なんていないから仕方ないわよ」

 落ち着きを取り戻したエレオノールは、てきぱきと指示を出して混乱していた現場を片付けていった。

 と、そのとき空から一羽の伝書フクロウが飛んできた。あて先はエレオノールになっていて、差出人はアンリエッタ王女。婚礼を控えたこの時期に、なんの用かと書簡を開いてみると、そこには早急なる出頭を命ずる旨の内容が記されていた。

「こんなときに……間が悪いわね」

 そうは思っても、姫さまはここの惨状は知らないのだし、知らせるわけにもいかない。エレオノールは眼鏡の奥の瞳をしかめさせた後、現場は元々の監督官に任せると告げて、ヴァレリーを誘った。

「やむを得ないから、私は王宮に赴くわ。できるだけ早く戻るつもりだけど、ヴァレリー、あなたはアカデミーに戻りなさい」

「エレオノール、仕事を頼みたいのかしら? 見返りは」

 不敵な笑みを浮かべる友人に、エレオノールは雨に濡れた口元を軽く歪ませると、研究者の目つきに戻って答えた。

「緊急事態よ、ツケにしといて。ミイラは赤い液体のカプセルのみを持ち去ったんでしょう? だったら、先日発掘された青いカプセルも狙われる恐れがあるわ。今のうちに開封して、中身を確認しておくのよ」

「なるほど、道理ではあるわね」

「この際だから、多少荒っぽい手を使ってもかまわないでしょう。それと、あの生きのいい新人がいたでしょ。助手に使ってみるいい機会かもしれないわよ」

 エレオノールの提案に、ヴァレリーもそれもそうねとうなずいた。少し前にアカデミーに来て以来、昼夜を問わずに様々な分野の研究に顔を出している、金髪の新人。名前をルクシャナということ以外、ほとんど自分のことを語らないけれど、どの分野でも秀でた才覚を見せている彼女ならこの仕事も任せられる。

 エレオノールとヴァレリーを乗せた竜籠は、遺跡を離れるとトリスタニアの方角へまっすぐに去っていった。

 

 

 同時刻、トリスタニアの郊外の森林地帯では、魔法アカデミーからの追っ手が必死にミイラを追撃していた。

「ユーノフとハイツは北から回りこめ、俺たちは西の道を塞いで退路を断つ」

「小隊長どの、見張りにつけていた使い魔のフクロウが落とされました!」

「くそっ! この雨じゃ人の視界が効かないし、奴は頭がいい」

 捕獲の命令を受けてきた十人ほどのアカデミーのメイジは、すでに三人が負傷して脱落し、二人を救護のために残して半数になっていた。残る五人も、長引く追撃戦で精神力を消耗し、使い魔も失って疲弊している。

「せめて抹殺命令が出ているなら気が楽なのだが、最低でもカプセルは奪取しなくてはならん。くそっ、やっかいな!」

 小隊長は、受けた任務の困難さと、思うようにいかない苛立ちから吐き捨てた。彼らはアカデミーの中でも、秘薬の材料となる入手困難な薬草や、危険な生物の捕獲を主として請け負う一隊なので魔法の実力は高い。それでも苦戦を強いられているのは、ミイラの捕獲とカプセルの確保という、厳命された任務内容と、雨中の森林地帯という追撃には不利な地形、そして予想以上に強力なミイラの武器にあった。

「奴の怪光線は風や水の防壁では防げません。この雨の中では火や土の魔法は効力が半減します。このままでは、逃げられてしまいます」

「おのれ……我々がここまで手こずるとは。それにしても、あのミイラはいったいなんなんだ? 目から光線を放つ亜人など聞いたこともない!」

 彼もアカデミーの一員である以上、亜人などの知識には精通しているが、ミイラの正体はまったくわからなかった。とにかく、ケタ外れの腕力と体力を持っており、これだけの時間追撃しているのに疲れる様子を見せない。特に目から放たれる怪光線の威力は絶大で、魔法と違って相手を見るだけで発射できるために避けられず、近寄ることさえままならなかった。

「奴は北東へと逃げています。これ以上進まれると、街道に出ることになります。もし、誰かに見られるようなことになったら大変ですよ」

「わかっている! くそっ、俺たちも残った精神力は少ないし、こうなったら賭けに出るしかないか」

 捕らえるにしろ殺害するにせよ、近づくことができなくては無理だ。頭の悪いオークやコボルドなどならまだしも、奴は人間並に頭が働くのは明らかだ。

 考えた末に、小隊長は一計を案じた。

「確か、この近くに小川があったな。ようし、そこに奴を誘い込め」

 起死回生をかけて、小隊長は最後の作戦を開始した。

 追われるミイラは、森の木々のあいだを素早く駆け抜けていく。地面の様子は凸凹で、雨でひどくぬかるんでいるというのに、それを感じさせないすごい脚力だ。また、肩には子供ほどの大きさがある透明なカプセルを担いで、大事そうに守っている。これは、先日発掘されたカプセルと同型のものだが、中の液体は赤色であった。

 うなるような声を漏らし、木々のあいだを縫って逃げているミイラは、ふと空を見上げた。人間が一人、こちらに向かって飛んでくる。追っ手だと気づいた彼は、そいつを向かって目を見開くと、眼球から白色の破壊光線を撃ちだした。

 命中、肩に攻撃を受けた追っ手のメイジはうめきながらふらふらと墜落していく。しかし、そいつと入れ違いに現れたメイジが風をふるい、周辺の木々をなぎたおしてミイラの行く手を塞いでしまった。

 あれは囮か、そう気づいたミイラは道が全部ふさがれる前に、残っている道へと駆け出した。

 それを見て、伏兵のメイジは作戦通りとほくそえむ。ミイラの行く先には川があった。

 一方、先回りをしていた小隊長は、部下の風のメイジ二人とともに川べりで隠れて待っていた。作戦通り、誘導されてきたミイラが彼らよりもわずかに上流に現れる。

「小隊長」

「待て、焦るな」

 はやる部下を抑えて、小隊長はじっとチャンスを待った。呪文の詠唱はすでに完了している。しかし残った精神力すべてを注ぎ込んだ一撃であるから、万一にも失敗は許されない。ミイラは、川辺に出たことで躊躇し、引き返そうかと迷っているように思える。

「来い、そのまま来い」

 心の中で叫びつつ、気配を殺して彼らは待った。もし、ミイラが引き返したら作戦は失敗に終わる。けれど、彼らの忍耐は望むとおりに報われた。ミイラは退路を塞がれることを焦ったのか、川の中に入ってきた。幅はほんの四メイルほどの浅い川、すぐに渡れると思ったのも無理は無い。だが、それこそが小隊長が待っていた瞬間だった。

「かかったな! くらえ、『ライトニング・クラウド!』」

 三人分の電撃魔法が川に向かって放たれ、電撃が水を伝ってミイラを感電させた。

 さしものミイラも巨像すら即死させる威力の電撃を浴びてはたまらないと見え、全身をけいれんさせてもだえている。作戦が図に当たって、小隊長は木の枝で作った偽装を脱ぎ捨ててからからと笑った。

「どうだ怪物め、この雨中では電撃もまともに直進できないが、それならそれでやりようはある。人間様の知恵をあなどったな。さあて、身動き取れまい。アカデミーに連れ帰ってじっくり調べてやる」

 部下を傷つけられた恨みもあって、小隊長は残忍な笑みを浮かべてミイラに歩み寄った。

 ミイラは大きなダメージを受けたと見え、小川の中にひざまずいて荒い息をついている。まだ、あの目からの怪光線は脅威で慎重に近づかなければならないものの、もう逃げられる心配はなさそうだ。

「よし、ミイラは俺が捕まえる。お前たちはカプセルを回収しろ」

「はっ」

 これで任務は終了だと、小隊長は部下に任務の半分をまかせて、自分はミイラに向かって『蜘蛛の糸』の魔法をかけようと杖を向けた。

 だが、そのとき……ミイラの手から取り落とされ、川の水につかっていたカプセルから乾いた音がした。

”ピシリ……ピシシ……”

 まるで、卵から雛が孵化するような音が、一回だけでなく断続的に続き、次第に大きくなっていった。

 

 

 そのころ、才人とルイズは馬車に乗って魔法学院への帰途を急いでいた。

「ひでえ雨だな」

 窓から外を覗き見た才人は、忌々しそうにつぶやいた。街を出たときから雨は降り続き、すっかり土砂降りになってしまった。冬の雨は冷たく、馬車の中も冷えて気がめいる。いや……気温などより、向かい合って座っているルイズの沈黙こそが、才人にとって寒かった。

「なあ、ルイズ」

「なに?」

 話しかけても気の無い返事しかしてこないルイズに、才人のほうがため息をつきそうになった。それでも、おせっかい焼きの才人は、明らかに言外に話しかけるなと言われているのに、続けて声をかけた。

「そんな、つっけんどんにしなくてもいいだろ。お前の姉さんと違って知識はないけど、もう短い付き合いじゃねえだろう、俺たち」

「このことは誰にも言わない秘密だってこと、もう忘れたの? どこに敵の目があるか、わからないのよ」

「ここには俺しかいないんだし、気兼ねする必要はねえだろ」

 御者は自動操縦のガーゴイルなのだからと、才人はルイズをうながした。

 けれど、好意はうれしいけれども、こればかりは才人に相談してもどうにかなるとは思えない。

「あんた、魔法のことなんかわからないでしょう?」

「そりゃそうだが、落ち込みようがひどいからな。虚無だかなんだが知らないが、すごい魔法が使えるようになったって、それだけのことだろ」

「はぁ、あんたの気楽さの半分でもあれば、わたしも気が楽なんだけどね」

 『エクスプロージョン』の炸裂のとき、才人は魂を奪われていたために、その光景を見ていなかった。それゆえ、ルイズがすごい魔法使いになったと言われても実感は薄かったのだろう。しかし、すごい魔法使いという表現さえ、虚無の前には過少評価というしかない。

 これを、あのエレオノールにどう説明すればよいかと考えるだけで、限りなく憂鬱になっていく。

 そんなルイズの心境には思い至らず、才人は、むしろ「黙っていなさいよ」とか怒鳴りつけられたほうが、まだましだと思った。から元気すらないルイズなど、まったくもってルイズらしくない。どうしたものかと元気付ける方法を考える才人は、ふとかたわらに置いてあるデルフリンガーがやけに静かなのに気がついた。

「そういえば、デルフ、お前も何か言ってやれよ。このままじゃ葬式の帰りみたいでたまらねえぜ」

 ここはデルフの軽口に期待しようと、才人はデルフを鞘から抜いて話しかけた。しかし、いつもは饒舌なデルフが、今日に限ってはしゃべろうとしないので、才人は不審に思った。

「どうしたんだよデルフ、湿気でさびるのが嫌なのか? それとも、しばらく抜いてなかったんですねちまったか」

「……そんなんじゃねえよ」

「なんだ、ルイズに続いてデルフまでどうにかなっちまったのか? 勘弁してくれよ」

 元来、めったなことでは物事を深刻に考えない才人は、大げさな身振りで呆れて見せた。しかし、ルイズもデルフも黙り込むばかりで、才人は自分が出来の悪い道化のようで情けなくなった。仕方なく、おどけるのをやめて真面目な口調でデルフに尋ねる。

「デルフ、お前らしくないぜ。なんで何も言わないんだよ」

「……」

「おい、おれのことを相棒って言い出したのはお前だろ? お前は口の軽い奴だとは思ってるけど、嘘をつく奴だとは思ってないんだぜ」

「……そうだな、わりい相棒。少し、昔のことを思い出しててな」

「昔のこと?」

 才人は、意外なデルフの答えに怪訝な顔をした。そういえば、デルフが自分のもとに来る前のことはほとんど聞かされていなかった。デルフリンガー……意思を持つインテリジェンス・ソード。魔法を吸収し、自らの姿を変化させることのできる、自称伝説の剣。

 考えてみたら、自分はデルフのことを何も知らずに振るっていた。相棒と互いを呼んでいたのに、いつどこで誰が何のために作ったのか、一つも知らなかった。

「昔って、いつぐらいのことだ?」

「さあな、俺は生き物じゃねえから寿命ってやつがない。時間の概念ってもんが、当の昔にふっとんじまってるんだ……けど、大昔だったのは間違いねえ。そう、虚無、嬢ちゃんの虚無に関するこった」

「なんだって!」

 なぜそれを早く言わないんだと、才人だけでなくルイズも詰め寄る。お前は、昔に別の虚無の使い手と会っていたのか? いったい虚無とはなんで、その人はどういう人だったのか、聞きたいことは山のようにある。

 だがデルフは、期待をかける二人にすまなそうに告げた。

「すまねえ、話してやりたいのはやまやまだが、昔過ぎてなかなか思い出せねえんだ。さっきから思い出そうと努力はしてんだが」

「おいおい、せっかく手がかりが見つかったと思ったのに。ほんとに、何一つ覚えてないのか?」

「いや、少しはある。例えば相棒、おめえに初めて会ったとき、俺はおめえを『使い手』と呼んだよな。以前、俺を使ってたのもおめえと同じガンダールヴだった。それは感覚が覚えてんだ」

 才人は、大昔のガンダールヴと言われて、今はルーンが消えてしまった左手の甲を見つめた。自分の前のガンダールヴ、その人も自分と同じように虚無の担い手を守って戦ったのだろうか。

 ほかには? と尋ねると、デルフリンガーはうーんとうめいた後、自信なげに言った。

「始祖の祈祷書にも書いてあったと思うが、ブリミルは四つの秘宝と指輪を残してる。そして奴は三人の子供と一人の弟子に、力も分けて残した。だから、担い手は嬢ちゃんを含めて四人いるはずだ」

「四人? そんなに!」

「ああ、そして四人の担い手と秘宝と指輪、使い魔が揃ったとき、虚無の力は完成する」

「虚無の力の完成って、何?」

「覚えてねえ」

「デルフ……」

 がっくりと、二人は肩を落とした。

「ほんとだ。ただ、ぼんやりとだが……でっかくて訳がわかんなくて、俺なんかの想像を超えてた。それこそ、世界を変えてしまいそうなくらいの……そのことだけは覚えてる」

「世界を、変える」

 ごくりとつばを飲み込む音が二つ響いた。漠然とではあるが、初歩の初歩の初歩である『エクスプロージョン』の度を超えた破壊力からすれば、完成型の威力はデルフの言うとおり想像を絶するものなのだろう。それがもし悪用されたらと考えると、戦慄を禁じえない。

「シェフィールドの一味は、いったい虚無の力をどうしようというのかしら?」

 ルイズのつぶやきに、才人も考え込む。聖地の奪還、虚無の存在する目的はそれだが、そんなことではあるまい。力を背景にしての世界征服、手口の悪どさからして九割がたそんなところだろう。そんなこと、絶対に許すわけにはいかない。

 二人はそれからも、デルフに覚えていることはないのかと散々尋ねた。そのことの努力の多数は徒労に終わったものの、デルフのにわかには信じがたい話は、才人とルイズに半信半疑ながらも、おぼろげな道を示したように思えた。

 ただし、デルフは何かを思い出したら必ず教える、と約束するのに続いて、不吉極まる勧告を二人に残した。

「二人とも、これだけは覚えといてくれ。虚無の力は、四系統とは文字通り格が違う。ブリミルのやろうも、わざわざ警告を残したくらいだ。お前さんが成長すれば、威力も上がるし使える種類も増えてくだろう。だが、虚無のことを思い出そうとすると何か嫌なものがひっかかるんだ……もしかしたら、俺は思い出せないんじゃなくて、思い出したくねえのかもしれねえ。何か……とんでもなく嫌な、悲しいことがあったような、そんな気がするんだ」

 それだけ言うと、デルフはしばらく考えさせてくれと言って鞘の中にひっこんだ。

 才人とルイズは、デルフの話に大きな衝撃を受けて、頭の中の整理がつかずに押し黙った。

 

 誰も言葉を発しなくなり、馬車の中はひづめと車輪の音、それに雨音だけが無機質に響いていく。

 

 雨は先程よりも激しくなり、街道は彼らの馬車以外には通行している人影はない。

 魔法学院までは、あと二時間くらいだろうか。ルイズは、始祖の祈祷書を握ったまま瞑目している。

 才人も、次第に船を漕ぎ出した。疲れから、馬車の揺れがゆりかごに、雨音も子守唄のように快く感じられて、睡魔が急速にやってくる。

 このまま、着くまで寝てよう。才人は睡魔に抗うことをあきらめて、からだの力を抜こうとした。

 だがそのとき、鼓膜の奥にわずかだが人の悲鳴のようなものが響いてきて、はっと顔を起こした。

「いまのは……」

「サイト、あなたも聞こえたの?」

 ルイズも気づいたと見えて、鋭い目つきになっている。普通なら馬車と雨音に紛れて絶対に聞こえないようなかすかな声だったけれど、ウルトラマンAと合体したことによる作用で、二人は聴力が常人の何倍にも強化されているのだ。

 聞こえてきたのは前からと、揃って馬車の前の窓を覗く。しかし、雨足が強くて視界がさえぎられて、前方の様子は霧のようにかすんで判別しがたかった。

「だめだわ、これじゃ何もわからない」

「馬車を止めて、歩いて探ってみるか。傘、あったよな?」

「ええ、座席の下に……待って、あれ何かしら?」

「ん? なんだ、電灯? いや、そんなはずないか」

 いつの間にか、街道の行く先にぽっかりと二つの白い光が浮いていた。まるで、東京にいたころに毎日見ていた道路の街路灯のように、街道をはさむように二つが同じ高さで浮いている。

 なんだいったい? 正体を掴みかねて戸惑う二人に向かって、白い光はじわじわと近づいてくる。いや、光ではなく二人を乗せた馬車のほうが近づいているのだ。

 好奇心がわいて、二人は光がよく見えるところまで近づこうと思った。

 ところが、光が近づいてくるにつれて街道の先にぽっかりと暗い穴のようなものが見えてきた。

”トンネル? いや、学院とトリスタニアのあいだにトンネルなんかなかったはずだ!”

 背筋にぞくりと冷気を感じた瞬間、穴の中の上下に鍾乳石のようなとがった柱が幾本も見えてきた。

 さらに、穴の奥には真っ赤な洞穴。いや、これは洞穴なんてものではない! その証拠に、白い光の中に黒い瞳が動き、こっちを睨んでいるではないか。

「止まれぇーっ!!」

 反射的に二人は叫んでいた。御者のガーゴイルが命令を忠実に実行し、馬の手綱を引く。

 しかし、遅すぎた。勢いのついた馬車は止まりきれず、穴の中に突っ込んでようやく停止したとき、天井が落ちてきて馬車を押しつぶそうとしてきた。

「きゃあぁーっ!」

「ルイズ!」

 悲鳴をあげるルイズに、才人は覆いかぶさってつぶれてくる馬車から守った。だが、馬車の中に何本もの鋭い柱が突き刺さってくる。馬車は踏まれた缶のようになり、馬は穴の奥へと悲鳴をあげて落ちていった。

 二人は、押し上げられるような感触を覚え、砕けた窓から外を見て絶句した。森が、街道が空から見たときのようにはるかに下にある。このとき確信した。自分たちは何か巨大なものの口の中へと飛び込んでしまったのだ。

 馬車を咥えた巨大な何かは、歯ごたえでそれが何かを確かめているようだった。そうして、それが食べ物ではないとわかると、ぺっと外へと吐き出した。馬車は地面に激突してグシャグシャになり、その何かは興味を失ったかのようにきびすを返そうとする。

 だが、そのとき!

 

「ヘヤァ!」

 

 上空から急降下してきたウルトラマンAのキックが、何かの背中に炸裂して吹っ飛ばした。

 間一髪、馬車が押しつぶされる直前に、才人とルイズは合体変身することに成功していたのだ。

 着地したエースは、構えをとって敵を見据える。

 しかし、起き上がってきた敵の姿に、才人は愕然としていた。

 細身の体に、タツノオトシゴのような頭。らんらんと光る両眼に、なによりもその赤一色の姿。

(赤色火焔怪獣バニラ! なんでこんなところに!?)

(サイト? 今度は知ってる怪獣なの)

 知っているどころの話ではない。ウルトラマンに少しでも興味があれば、バニラの名前は知らないほうがおかしいほどだ。

 かつて、地球上に栄えていたといわれる古代文明ミュー帝国において猛威を振るっていた、赤い悪魔と呼ばれていた恐るべき怪獣。かつても、科学特捜隊や防衛軍の攻撃がまるで通用せず、オリンピック競技場を壊滅されられたことをはじめ、暴れるにまかせられた東京は甚大な被害を受けている。

 その、バニラがなぜこんな場所にいるのか? 才人は理由がわからず戸惑った。

 けれど、戸惑う才人とは裏腹に、ルイズの腹は明確に決まっていた。

(サイト、そんなこと考えるのは後でいいわ。怪獣が出たんなら、こいつが街に向かう前に倒すべきでしょう)

 こういうとき、ルイズのほうが現実的な思考をする。幼い頃から魔法を使えず、なぜ自分は魔法を使えないんだろう。といちいち考えるのをあきらめ、ひたすら困難にぶつかってきた経験が形を変えて生きていた。

(そうだな、ルイズの言うとおりだ)

 才人も、考えるよりもやるべきことがあると気がついた。同時に、ルイズへの信頼感と、ある意味の尊敬を深くする。いかなるときでも折れない芯と、気高さが彼女の魅力なのだ。

 

 寒風吹きすさび、雨がみぞれに変わりつつある嵐の中で、ウルトラマンAの戦いが始まる。

 

「トァァッ!」

 先手必勝、エースは体当たり攻撃を仕掛けた。肩から突っ込み、バニラの胸板にぶつかっていく。

 衝突! 太鼓を百個同時に打ち鳴らしたかのような轟音が響き、衝撃が木々の枝を揺さぶる。

 組み合ったエースとバニラは、エースが身長四十メートル、バニラが五十五メートルだから頭一つ分バニラがエースを見下ろす形となる。しかし、戦いは体の大きさだけで決まるものではない。エースは、組み合ったまま、バニラの胴体へと膝蹴りを繰り出す。

「デヤッ!」

 相手の動きを封じたままの姿勢での、巨岩をも砕くエースの攻撃が連続して炸裂する。

 だが、バニラは細身の体に見合わぬ力で、がっしりとエースの攻撃を受け止めると、すかさず腕をふるって逆襲に転じてきた。

「ヘアッ!」

 振り下ろされてきたバニラの腕を、X字にクロスさせた両腕でエースは受け止めた。

(くっ! 重いっ)

 しびれるような感触が、両腕を通して体に伝わってくるのをエースは感じた。完全に止めたはずなのに、まるで斧で打たれたような、強烈な感触だ。細身に見えてこの怪力、まともに組み合っては不利だと、エースはガードを解くと、バニラの腹をめがけてキックを入れる。

「ヌンッ」

 中段からの体重を込めたキックが、バニラの腹に当たって後退させた。

(よしっ、いまだ!)

 間合いが開き、チャンスを逃してはなるまいと才人の檄が飛ぶ。エースはそれに応え、バニラへ攻撃を続行した。人間に似た形の腕で掴みかかってくるバニラの攻撃をかわしつつ、比較的柔らかそうな腹にパンチの連打を浴びせ、反動で距離が開くと助走をつけてドロップキックをお見舞いする。

(いいわよ、その調子)

(そのまま一気にいけっ!)

 エースの猛攻に、ルイズと才人も歓声を送る。キックを受けたバニラが、森の木々を巻き添えにしながら倒れてもがいているところへ、馬乗りになったエースはパンチを連打して追い討ちをかけていく。だが当然バニラも無抵抗ではなく、鳥の鳴き声のような叫びをあげてエースを振り払い、尖った頭を打ちつけて反撃を繰り出す。

(右だ! エース)

 肉体を共有している才人の叫びで、エースはバニラの頭突き攻撃を寸前でかわした。そして、空振りして体勢を崩したバニラの頭にキックを浴びせ、バニラは悲鳴をあげて倒れこむ。

(いいわよ。このままいけるんじゃない!)

 優勢に運ぶ戦いに、先日から閉塞感を感じ続けていたルイズは胸のすく思いを感じていた。才人のほうも、理由はともあれ元気を取り戻してくれたルイズにならって「いや、まだ油断はできないぞ」と言いながらも声色が浮いている。

 

 ウルトラマンAの攻撃は着実にバニラをとらえ、エースの勝利は疑いないように思われた。

 

 しかし、湧き上がる二人とは裏腹に、エースは攻撃を加えるごとに違和感を感じていた。

 確かに、攻撃して手ごたえはある。攻撃が着実にヒットしているという自信はあるのだが、それがダメージに結びついているという実感がわかないのだ。例えば、腹など弱そうな部分を狙って打っても、バニラにはこたえた様子がない。

 戦いを見つめているうちに、才人も次第にそのことに気づいてきた。至近距離からのパンチを受けてもなおバニラは平然と立ち上がってくる。

(なんて頑丈な奴だ!)

 そのタフさに才人は舌を巻いた。エースのパンチは蛾超獣ドラゴリーの体を貫いたほどの威力があるというのに、耐え切るとは恐ろしい奴だ。いや……それにしても異常だと才人、それにエースは感じ始めていた。

 このバニラは、これまでに見るところでは科学特捜隊が交戦した初代バニラと大きく変わるところはない。なのに、この異常なまでのタフネスさはなんなのだろう? 無限の体力を誇る怪獣は、液汁超獣ハンザギランなど例はあるが、バニラにそんな能力があると聞いたことはない。第一、ウルトラマンと戦う前に倒された怪獣なので、倒せないはずはないと思っていたがとんでもない。才人は、自分の知っている中で、何かバニラの特徴に見逃しているところはないかと考えた。

 古代ミュー帝国において、赤い悪魔と恐れられた怪獣。性質は凶暴で……いや、能力自体はそこまでの脅威ではない。バニラと同程度の怪力や能力を持つ怪獣などは、探せばいくらでも見つかる。はるかに文明が進んでいたと伝えられるミュー帝国の人々をして、悪魔と言わしめたものはそんなものではないだろう。ならばと、才人は考える。確か、バニラは同時に暴れていたもう一匹の……

(そうか!)

 頭の中でピースが組みあがったとき、才人にはなぜバニラが恐れられていたのかという理由がわかった。もしこの仮説が当たっているとしたら、このままバニラといくら戦い続けても無駄でしかない。

 そのとき、バニラの口が開かれると、真っ赤に裂けた口腔から紅蓮の火焔がエースに向かって放たれた。

「ヌオオッ!?」

 近距離にいたエースは火焔を避けきれず、胸に直撃を受けて大きくのけぞった。

 これが、バニラが赤色火焔怪獣と呼ばれるゆえんである。

(エース!)

(北斗さん!)

(大丈夫だ……)

 直撃を受けた箇所を押さえて、エースは苦しげに答えた。バニラの火焔は二万度の熱量を誇ると言われ、エースの胸は大きく焼け焦げている。口では大丈夫というものの、そんな生易しい傷のはずはない。その証拠に、カラータイマーも青から一気に赤の点滅を始めた。

 この機を待っていたと、バニラはエースを見下ろしてさらに火焔を放射した。

(避けて!)

(くっ!)

 転がり避けた後を火焔がなぎ払い、森が一瞬のうちに炎に包まれていく。しかも、勢いあまった炎は、そのまま数百メイルに渡って森を焼き、炎の壁ともいうべき森林火災が引き起こされた。

(な、なんて炎なの!?)

(バニラの火焔は、空の上の戦闘機を狙い撃ちできるほどの射程もあるんだ。エース、もう時間がない。一気に決めましょう!)

 カラータイマーの点滅は、バニラとの格闘戦が長引いたことで急速に早まっている。これ以上引き伸ばされては光線技を放つエネルギーもなくなる。エースは、この戦いはここで終わらせると決意すると、腕をL字に組んで最大の得意技を放った。

 

『メタリウム光線!』

 

 赤、青、黄の輝きを放つ光の奔流が驟雨を貫いてバニラへ向かう。いかに奴が頑丈であろうとも、これを喰らえばただではすまないのは確実だ。

 ところが、バニラは避けようとするどころか火焔をメタリウム光線に向けて放射した。

(なにっ!?)

 三原色の光線と、灼熱の火焔が空中で衝突して激しいエネルギーのスパークがほとばしる。三人は信じられなかった。火焔がまるで障壁と化したかのように光線を受け止めている。そしてついに、メタリウム光線はバニラに届くことなく空中ですべてかき消されてしまったのだ。

 エネルギーを大量に消耗し、エースはがくりとひざを折った。カラータイマーの点滅は一気に限界まで達し、才人は愕然としてつぶやいた。

(メタリウム光線を防ぐなんて……なんて奴なんだ)

 起死回生の一手もしのがれて、もはやエースにはまともに戦うだけの力は残されていなかった。

 バニラは、今の攻撃がこちらの最後の切り札だったことを見透かしたかのように、安心して悠然と向かってくる。

(いけない! 奴が来るわよ、エース立って!)

(くっ!)

 急激な疲労感の中で意識が遠のきかける中、ルイズの叫びでエースは我に返った。目の前まで迫ってきたバニラに飛び掛り、投げ倒そうとする。だが、逆に軽く弾き飛ばされてしまった。

「ウッ、フゥゥーンッ……」

 地面に叩きつけられ、エースから苦悶の声が漏れる。森の木々をへし折り、仰向けに倒れるエースは起き上がることもできずに、平然と接近してくるバニラを見上げることしかできなかった。

(エース! バニラがくるぞ! がんばれ、がんばってくれ!)

(そうよ! あなたが負けたら誰がこの世界を守るの。お願い、立って!)

 苦しむエースの心に、才人とルイズの必死の叫びが響く。二人とも、エースがダメージを受けたことによる反動で、すでに激しい苦痛を受けている。それにも負けずに呼びかけてきた声にはげまされ、エースは最後の力を振り絞った。起き上がろうと、しびれる腕に鞭を打ち、地面に手を着いて体を支えようとする。

 だが、バニラはそれすらも許さなかった。火焔を放ち、周辺の森ごとエースを炎に包み込んだのだ。

「ヌワアアッ!」

(うあぁぁっ!)

(きゃああぁぁ……)

 太陽が地上に出現したような業火の中に、ウルトラマンAの姿が飲み込まれていく。

 バニラの勝ち誇った遠吠えが、暗雲の中にとどろいていった。

 

 

 続く


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