ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第13話  落日の決闘!!

 第13話

 落日の決闘!!

 

 四次元ロボ獣メカギラス 登場!

 

 

 燃えるような夕日の下、その紅い光に照らされてウルトラマンAがトリステイン城を守るように構えている。

 迎える相手はバム星人の作り上げたロボット怪獣メカギラス、巨大なパワーを秘めてミサイルと破壊光線で武装した鋼鉄の巨竜。

 今、両者の銀色の体は夕日に照らされ、まるで黄金のような幻想的な輝きを放っていた。

(こいつを倒さないと、トリステインは滅ぼされるわ。サイト、いつもどおりサポート頑張んなさいよ)

(うーん。こいつに関してはよく分からないんだが、とにかく勝たないと話にならないからな!!)

(来るぞ、ふたりとも!!)

 かん高い音を上げて、メカギラスの頭部からミサイルが放たれてエースの周辺で爆発を起こし、エースは城へ被害を出さないために天高く飛び上がる。戦いが始まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その様子はトリステイン城を見上げるトリスタニアの街全域からも眺めることができた。

「おい、大変だ!! 外に出てみろ」

「なんだ、城が、城が燃えてる!!」

「それに、怪獣もいるぞ、戦っているのは……」

「ウルトラマンAだ!!」

 

 空中へ跳んだエースは、メカギラスの頭上を飛び越えて反対側に着地した。

「デヤァッ!!」

 エースはメカギラスの真後ろから飛び掛る。鈍重なメカギラスは急には振り返れずに後ろはがら空きだ。

(もらった!!)

 才人が叫んだように、メカギラスは足をガシャガシャさせているだけでまるで旋回が間に合っていない。だが、メカギラスはそのままの姿勢のままで首だけを関節部から180度回転させると、ミサイルと破壊光線をエースに向かって連射してきた。

「シャッ!!」

 間一髪、エースは側転でそれをかわしたが、流れ弾が街に着弾して各所で火災が発生し始めた。

(街が!)

(待て、今はこいつを倒すのが先決だ。住民達も先のベロクロンとの戦いの後の避難訓練が行き届いている。すぐには惨事にはならない)

 あの炎の下で、いくつの家が焼かれ、いくつの幸せが壊されているのか、それを思うとエースの胸も痛む。しかし、その悲劇を少しでも減らすために、今は心を鬼にしてメカギラスを倒さなければならない。そのあいだにも、夕日の赤い光に、炎の赤が加わり、血の様に街に広がっていく。 

「ダッ!!」

 エースは、首に合わせてようやく旋回が終わったメカギラスに向けて、再び構えをとった。

 

 

 そのころ、エースによって窮地を救われたキュルケとアニエス達は、城中に残っていたWEKCと銃士隊をかき集めていた。

「ギーシュ、みんな無事?」

「ああ、僕らはみんな大丈夫さ。それよりも、これはどうなっているんだい? 敵の計画は阻止したんじゃなかったのか」

「あいにく、敵が悪あがきしてね。だめだった。ね」

「ね、じゃないだろ、どうするんだよ!!」

 ギーシュ達はどうしていいのかわからずに、完全にパニックになってしまっている。

「お前達、静かにしろ!!」

「はいっ!!」

 アニエスは一喝して少年達を黙らせると、銃士隊を見渡して言った。

「全員揃っているな。いいか、第一班は私とともに女王陛下、王女殿下方を城から避難させる。ミシェル、お前は残りの班を指揮して火災の延焼を全員が避難するまでなんとか食い止めろ」

「はっ、隊長、ご無事で」

「お前もな。だが無理はするな、王族と首脳陣の避難が完了したらあとは各自の判断で脱出しろ」

「はっ!!」

 ミシェルは、銃士隊の八割を引き連れると、燃え盛る炎へ向けて立ち向かっていった。

 そしてアニエスは次にギーシュ達を見渡すと、よく通る声で言った。

「それから、お前達!」

「あっ、はいっ!!」

「お前らもミシェル達に協力して消火と城の者達の避難に当たれ、どんな方法を使ってもかまわん。消火不能だと判断したら破壊してもいい。私が責任をとる!!」

「!?」

「どうした、ウルトラマンが怪獣を抑えている今しか猶予はない。早く行け!!」

「はい!!」

 生徒達は、ここでもアニエスの気迫に圧倒されていた。部下の責任を全て自分一人でかぶるなど、簡単に言えるものではない。

 しかし、生徒達にも貴族の子弟としての意地があった。平民に責任を負わせて助かろうなどといった腐った考えを持った者は少なくともこの中にはいない。水や土の系統の使い手は消火にまわり、炎に相性の良くない火や風の系統の使い手は『開錠』や『錬金』を応用して避難経路を造ったり、『レビテーション』や『フライ』で水場から消火用水を運んできたりしていた。

 だが、火災の勢いはそれらの努力をあざわらうかのように徐々に延焼を広げていった。

 

 

 そして一方、アニエスらは王女アンリエッタをはじめとした王族や国の重鎮達を避難させるために謁見の間までやってきていた。

「皆様方、炎がそこまで迫ってきています。ここは危険です、ただちにご避難ください!」

 アニエスは狼狽している貴族や大臣達を、隊員達に命じてなかば強引に退去させていった。

「アニエス、来てくださいましたか」

「女王陛下、姫様も早くご避難ください」

 しかし女王と、王女アンリエッタはかぶりを振って答えた。

「私は最初の戦いのとき、絶対にこの城から逃げ出さないと誓約しました。皆が戦っているというのに王族が敵に背を向けるわけにはいきません」

「姫様、それは違います。今皆が必死に戦っているのは姫様達を安全な場所までお連れし、ひいてはこの国を守るためなのです。敵と戦っての討ち死になら私がどこまでもお供します。しかし炎にまかれて死んでは犬死以外の何者でもありません」

 王族の誇りを守ろうとするアンリエッタをアニエスは必死で説得した。

「わかりました。ただし、王族はこの城の主です。この城から離れるのは最後の一人となってからです。あなた方も、一人も残らず逃げ延びたら、私もここを離れましょう」

「うけたまわりました。それでは、城の東側はまだ火が回っていません。お急ぎください」

 すでにここにも煙が流れ込みはじめて来ている。一刻の猶予も無いが、幻獣などの目立つ乗り物を使ってはいい的にされてしまうので、走って逃げ延びるしかない。

(だがそれも、ここであの怪物を倒せたらの話だ。首都を壊滅させられては、すぐに滅亡はせずともトリステインの国力は激減する。ウルトラマンA、頼む、なんとしてでも奴を倒してくれ)

 熱気を帯びた廊下を駆けながら、アニエスはエースの勝利を切に願っていた。

 

 

 だが、ウルトラマンAはメカギラスを相手に、予想外の苦戦を強いられていた。

(くそっ、バリアか!?)

 メカギラスの弾幕をかいくぐり、掴みかかろうとしたエースはその寸前で、突如見えない壁にぶつかって跳ね飛ばされてしまった。その壁はメカギラスの全体を包み込んでいるらしく、エースのチョップもキックも歯が立たない。なおかつ、メカギラスの攻撃は素通しするらしく、バリアの前で立ち往生しているエースに向かって至近距離から破壊光線を放ってきた。

「グワッ!! ヌォォッ」

 直撃を食らったエースは思わずひざをついてしまった。まだたいしたことは無いものの、これを何発も食らっては危険だ。

(エース、危ない!!)

(!?)

 とっさに右に飛びのいたエースのいたところを、ミサイルと破壊光線の乱射が通り過ぎていき、それが街に当たってまた火災が広がっていく。 

(大変だ、このままじゃ街が燃えちまう!)

(ちょっと、このままじゃせっかく復興したトリスタニアが台無しになっちゃうじゃない!! サイト、あんたあいつのこと知ってるんでしょ、弱点とかないの!?)

(そうは言っても、前のメカギラスは記録にあるのはウルトラマン80が異次元から引きずり出したのを倒したところしかないから、どうやって戦ったのかは分からないんだ!)

 悪いことに、才人の知識には、どうやってウルトラマン80がメカギラスを破ったのかというその方法が無かった。もちろんエースの地球滞在以降に出現した怪獣なので北斗の知識にも無い。少しでも良い材料があるとしたら誘導装置を全て破壊したことで、メカギラスが異次元に逃げこむことと、テレポート攻撃をしなくなっていることがあるが、それを差し引いても、その攻撃力と防御力はすさまじかった。

(もう、だったらあのなんとか光線で決めちゃいなさーい!!)

 しびれを切らしたルイズに思わずエースもびくっとしたが、今はそれしかないかもしれない。エースは上半身を大きく左にひねると、投げつけるようにメカギラスに向かって両腕をL字に組んだ。

『メタリウム光線!!』

 エースの腕から必殺の光線が放たれる。しかし、やはりメカギラスの直前で、まるでガラスにぶつかった水鉄砲の水のようにはじかれてしまった。

(くそっ! メタリウム光線でも駄目なのか!!)

 時間の経過とエネルギーの消費でエースのカラータイマーが鳴りはじめた。

 メカギラスはその場からほとんど動かずに、首だけを旋回させてミサイルと破壊光線を連射してくる。まさに動く要塞だ、だがその鉄壁の防御を破らなくては勝機はない。

 そのとき、さらにメカギラスの破壊光線が飛んできて、とっさにかわしたエースの居た場所で爆発を起こした。

(このぉ、自分だけ一方的に攻撃できるなんて卑怯よ!!)

 思わず怒鳴り声を上げたルイズだったが、その言葉を聞いて才人ははっとした。

(待てよ、向こう側の攻撃は通すってことは……エース!)

(なるほど、目には目を、バリアには……)

 合点したエースは、メカギラスの真正面に立ち、まるで挑発するように身構えた。

 当然、メカニズムの塊であるメカギラスには挑発など意味がないが、その電子の頭脳は、停止した標的に向かって正確に照準を合わせた。

(来る!!)

 メカギラスの両腕が高く上がり、錆びた扉を思い切り開いたようなこすれた鳴き声が上がったとき、エースは両手を高く掲げて、そのまま円を描くように体の前で回転させた。

(バリアには、バリアだ!!)

 瞬間、メカギラスの頭部から発射された破壊光線がエースに殺到する。しかし、それらはエースの眼前に出現した丸い光の壁にさえぎられて、そのままメカギラスへ向けて跳ね返されていった。

『サークル・バリア!!』

 あらゆる光線をそっくりそのままお返しするエースのバリアにはじかれたメカギラスの破壊光線は、メカギラス自身のバリアは素通りするという特性はそのままに、メカギラスのボディを直撃し、その内部の回路や構造体をショートさせ、焼き切らせていく。 

(いまだ、エース!!)

 よろめくメカギラスに向かってエースは跳ぶ。すでにバリア発生装置も破壊されたのか、エースをさえぎるものはない。

「デヤッ!!」

 エースの跳び蹴りがメカギラスの右肩を直撃し、肩の関節部分から盛大に火花が散った。

「テヤッ!!」

 後方に着地したエースはすかさず反転して、今度は左肩にキックをお見舞いした。再び花火のように大量の火花が散り、メカギラスの両腕は力を失ってだらりと垂れ下がった。

(今だ!!)

(とどめよ!!)

 すでにメカギラスは駆動部もやられたのか、全身から火花と煙を吹き始めている。だが、それでも奴は命じられたただひとつの『破壊』というプログラムを遂行するために、体中の関節をきしませてエースに向き直った。

「シュワッ!!」

 エースは胸の前で両腕をクロスさせると一瞬、白い閃光が走った。

「デヤァ!!」

 瞬間的にエネルギーが圧縮され、そのまま両腕を水平にメカギラスに向かって押し出すと、腕の間から三日月形に整形されたエネルギーの刃が飛び出した。

『ホリゾンタル・ギロチン!!』

 これぞ、エースがもっとも得意とするギロチン技のひとつ、水平発射されたカッター光線は狙い違わずにメカギラスの首に命中、関節部を切り裂いて頭部を空中に吹き飛ばした。

 そして、宙に飛んだ頭部が大地にひしゃげた音を立てて転げ落ちた時、残った胴体も完全にコントロールを失ったらしく、小さく爆発を起こした後に両腕が関節部からもげて、あとは積み木の城を崩すかのようにガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。

 

「やったあ!!」

 城の者、街の民、貴族平民、あらゆる身分を問わずに、この戦いを見守っていた者達全員から歓声があがった。

 もちろん、才人とルイズも同様である。

(よっしゃあ、勝ったぜ!!)

(ふん、このわたしにケンカ売ろうなんて百年早いのよ)

 メカギラスを撃破し、得意満面のふたりであったが、そのときエースは厳しい声でふたりに言った。

(いや、まだだ!!)

 ふたりは突然のエースの声にびくりとした。メカギラスは確かに倒したはずだ、なのにまだ何かあるというのか?

「シャッ!!」

 しかしエースは何も言わずに跳ぶと、トリスタニアの市街地の中に静かに降り立った。

 街の人々は、突然やってきたウルトラマンAに驚き、逃げ出す者もいるが、エースはそれにはかまわずに、今の戦いの流れ弾で火災を引き起こした家屋に、両手のひらをつき合わせて向けた。 

「シャッ、デュワッ!!」

 すると、エースの手のひらの間から大量の水が噴出して、炎を覆い、みるみる消し止めていく。

『消火フォッグ』

 エースの能力の使い道は攻撃だけではない。時にはこうして怪獣の被害にあった人々を救い、その被害を最小限に抑えることもできるのだ。

 

「やった、火が消える!」

「火事が消えていくわ、アンナ、ミナ!!」

「よかったな奥さん、これで取り残されてた子供達も助かるぜ!」

「おかあさーん、エース、ありがとー!」

 

 街のあちこちから、人々がずぶぬれになるのも構わずに手を振っているのが見える。

(怪獣を倒しただけでは、まだ戦いは終わったわけではない。戦いのあいまに傷つき、大切なものを失っていく人々のことを忘れてはいけないよ)

 エースにそう諭されて、ふたりは有頂天になっていた自分を恥じた。

 一軒、また一軒と、エースは延焼のひどい家屋から順に消し止めていく。しかし、燃え上がっている家屋は多く、すぐにすべてには行き届かない。だが、エースの行動に勇気付けられた人々は、自分達の手で火災を消し止めようと、力を合わせてバケツリレーなど消火活動に当たっていった。

 そんな人々の様子を、才人は頑張れと声援を上げて、ルイズは気恥ずかしそうに唇をかんで見守っていたが、エースの視界に、炎上し続けているトリステイン王宮が入ると、ルイズはまるで我が身が燃やされているかのように叫んだ。

(エース、城が、トリステイン王宮が燃えてる!! 先に、先にあっちの火を消して!!)

 だが、エースはそれを承諾しなかった。

(だめだ、城はもうほとんどの人が避難し終わっているが、街の延焼は今消し止めないと犠牲者が大勢出る)

(でも、数千年の歴史と伝統の王城を……)

(歴史と伝統は千年あれば作れるが、失われた命は何万年たっても戻ってきはしない。ルイズくん、君にも聞こえるだろう。炎にまかれて苦しむ人々の声が、それに背を向けることが、君にできるのかい?)

 かつて北斗星司として超獣の脅威に苦しみ、道を見失った少年や少女達をはげましたときのように、エースの言葉は貴族として王家のために尽くすか、それとも力無き人々を守るのかと対立するルイズの心を揺さぶった。

 そして、迷うルイズに才人は、少しとまどいながら話しかけた。

(なあルイズ、俺はお前の言う貴族の誇りと義務ってやつは、正直理解できねえ。だけど、その誇りを守るために一生懸命に頑張ってるお前は、本気ですげえと思ってる。けど……)

(……くっ、うるさいうるさい!! どいつもこいつも人の気も知らないで……貴族として生まれた者がどれだけの義務と責任を負うかも知らないくせに!)

(ああ、確かに知らない。けれど、目の前で家族や友を失おうとしている人の涙より重いものがあるのか?)

(…………)

 ルイズは今度は怒鳴りつけることもせずに、言葉にできない感情を才人に向け、才人はそれを黙って受け止めた。才人にとって、目の前の光景は決して他人事ではない。地球も、彼の召喚された当時こそ平和であったが、ほんの数年前までは、毎日のように怪獣や宇宙人の襲来が相次ぎ、ニュースで犠牲になったそれらの人の名前が読み上げられる度に、次は自分かと心の中で思っていた。

 だから、そんななかでいつも必ず駆けつけて、人間のために戦ってくれるウルトラマンの存在は本当に心強かったし、あこがれた。そして、だからこそ才人には、目の前の人々を見捨てることはできなかった。

 

 やがて、街の人達の懸命の努力もあって、市街地の火災は完全に消し止められた。

「ショワッチ!!」

 エースはトリステイン王宮の上空へ飛ぶと、空中で静止したまま消火フォッグを雨のように降らせた。しかし、城の火災はかなりなものに拡大しており、多少勢いは弱まったものの、鎮火のきざしは見せなかった。

 しかも悪いことに、戦いの後の上に長時間消火にエネルギーを消費したために、エースのカラータイマーの点滅は、もはや限界に達しようとしていた。

(くそっ、もう力が……)

 カラータイマーの点滅はウルトラマンの命そのものを表す。その点滅が消えてしまったら、エースは二度と立ち上がる力を失ってしまうのだ。

 だがそのとき、城から脱出していたキュルケ達が、エースのピンチを見て取って、振り返った。

「エースが危ないわ、みんな、エースを助けましょう。城の火をわたしたちで消し止めるのよ!」

 キュルケは、ホタルンガとの戦いで、カラータイマーの点滅が危険を表すものであることを知っていた。しかし、彼女の意気込みとは裏腹に、ギーシュが汗まみれで息も絶え絶えな表情で言った。

「ミ、ミス・ツェルプストー……き、君の言うとおりだ……だけど、もう僕達には、系統魔法どころか、フライひとつ使うだけの精神力も、の、残ってないんだ……」

 そう、トライアングルクラスの使い手で、莫大な精神力を持つキュルケやタバサはまだしも、大半がドットやよくてラインクラスの力しかない少年達の力はすでに限界にきていた。

「あなたたち……まったく、ゲルマニア人のわたしがやる気出してるのに、もう!」

 キュルケは愕然とした。自分にはまだ余力があるから気がつかずにいたが、少年達はもう立つだけで精一杯の力しか残っていない。そして、いくらなんでも自分とタバサだけではエースを助けて城の火を消すなどということは不可能。

(みんな、もういい。早く離れてくれ……)

 皆の声を上空で聞き、エースは残りの力を振り絞って消火フォッグを放つ、だが、炎の勢いは治まらず、もはやこれまでかと思われた。そのとき。

「皆さん、下がってください」

 キュルケ達の後ろから、鈴の音色のような声が響き、生徒達が思わず振り返ると、そこにはトリステイン王女アンリエッタが、アニエスら銃士隊に護衛されて立っていた。

「ひ、姫様!?」

「皆さん、ありがとうございます。あとはわたくしがやります」

 思いもよらぬアンリエッタの言葉に、ギーシュ達トリステインの貴族らは苦しい息の中で必死になって止めようとした。

「ひ、姫様、そんな、危のうございます。早く、ご避難をっ、ゴホッ、ゴホッ!!」

「ありがとう、けど大丈夫です。アニエス、城の中の者は全員避難したのですね?」

「はっ、城内の者は牢獄の罪人にいたるまで一人残らず、間違いありません」

 アニエスの報告を受けて、アンリエッタはこくりとうなづくと、宝玉をあしらった杖を取り出し、そして生徒達を見渡して言った。

「この中に、風系統の使い手で、まだ余力を残している方はいらっしゃるかしら?」

 すると、タバサがキュルケに押されて前に出てきた。

「あなたは……いえ、ごめんなさい。わたしに力を貸していただけるでしょうか?」

 アンリエッタは、タバサの独特の青い髪の色と、見覚えのある顔つきに一瞬気を取られたが、今は気にしている場合ではないと思いあたり、誠実に協力を請った。

「……」

 タバサは何も言わずに首を前に振った。

「ありがとう。では、皆さんは離れて、あなたはわたくしに合わせて風のスペルをお願いします」

 アンリエッタとタバサは横に並ぶと、城へ向かっての呪文の詠唱に入った。系統はアンリエッタが『水』『水』『水』、タバサが『水』『風』『風』の6乗のトライアングル。それらは重なり、増幅しあって、やがて巨大な水の竜巻を作り出した。

 魔法の理論上で言えば、トライアングルクラスの魔法を最高の精度で組み合わせれば、ヘクサゴン・スペルという通常とは比較にならない威力を生むという。しかし、そのためには使い手が最上級であることを前提に、両者のあいだに完璧な同調をも必要とする。まさに理論上での極大魔法であったが、そのとき皆は、竜巻にいびつな形ながらも刻まれた六芒星の輝きを確かに見た。

 竜巻は、城を包み込むと、ゆるやかだが大河の流れのように雄雄しく回転し始めた。炎は水の勢いに押されて次第に小さくなっていくが、まだ火勢は強い。しかし、ふたりの呪文が完成したとき、竜巻はその姿を変えた。

 竜巻に含まれる水分が急速に冷却、凝固を始め、水の竜巻は氷の竜巻に姿を変えていく。

「きれい……」

 誰とも無くそうつぶやいたように、夕日の残光を受けて、氷の竜巻はまるで金塊が飛び交っているように輝いていた。しかも、それは空気中の水分はおろか、エースの消火フォッグの水分までも吸い込み、内部を真空に変えて炎から熱と酸素を奪い取り、あれだけあった火炎を、まるで握りつぶすかのように消滅させてしまった。

「やったやった。火が消えたぞ!」

「やっぱ、王家の魔法は俺達とは段違いだな。王女様、ばんざーい!!」

 竜巻が役目を終えて消滅したとき、太陽は完全にその姿を隠し、代わって双月が輝きだし、銃士隊やWEKCの生徒達、ほかにもこの光景を見ていた大勢の人々から一斉に歓声があがった。

 アンリエッタは、振り返って微笑むと一礼して言った。 

「皆さん、ありがとう。けれど、これはわたくしだけの功ではありません。敵と戦いながら、城の人々を逃がし、炎の勢いを喰い止めてくれた銃士隊と、魔法学院の生徒の皆様がいてくれたからこそ、わたくしが魔法を使うだけの猶予が残っていたのです。そして……」

 彼女はそこで一旦言葉を切り、空を見上げて、星空を背にして見下ろしているエースに語りかけた。

「ウルトラマンA、この国を、再びヤプールの脅威から救ってくださって、ありがとうございます。トリステインの民全員を代表して、心よりお礼を申し上げます」

 そして、優雅に会釈すると、片手を振って感謝の意思を示した。

 エースは、それを見届けると、一度だけゆっくりとうなづいて見せ、満天の輝きを見せる星空へと飛び立った。

「ショワッチ!!」

 人々は、エースの姿が夜空に見えなくなるまで、手を振り、ありがとうと叫びながら見送っていた。

 

「それから、あなたにもお礼を……」

「友達のためにしただけ……気にしなくていい」

 アンリエッタが、タバサにも礼を言おうとしたとき、タバサはもう用は済んだとばかりに背を向けていた。

「待って、あなたはわたくしの恩人です。さきほどの魔法は、わたくしだけではあれだけの力は出せませんでした。それに、あなたのその髪の色と、魔法の才、あなたはもしかして……」

「姫様、もし本当に私に感謝する気持ちがあるなら、それ以上の詮索はしないでもらえますか」

 タバサはそれだけ言うと、友の待つ元へと帰っていった。

(いいえ、わたくしの記憶が正しければ、あなたは間違いなくガリア王家の……しかし、なぜ……?)

 アンリエッタは、タバサの背中を見送りながらも、心の中から湧き上がる疑問を抑えられなかった。

 

 そして。

「おーい、おーい!」

「!! その声は!?」

「サイト、それにルイズも、まったく悪運の強いやつらだ」

 月の光に見守られ、ふたりは仲間達の元へと帰還した。

 

 

 それから数時間後、かろうじて形だけは焼け残った謁見の間に、生徒達と銃士隊の面々が整列して、玉座に座ったアンリエッタの言葉を待っていた。

「皆さん、今回の一件は本当にありがとうございました。おかげで、トリステイン王宮はなんとか機能を失わずに済み、人命の被害も最小限にとどめられました。もう、何度お礼をしても足りないくらいですが、わたくしはあなた方のような頼もしい騎士達を持てて、心から誇りに思います」

 すると、全員を代表してアニエスが前に出て言った。

「もったいないお言葉です。我ら一同、王家の武器としていつでも命を捨てる覚悟はできています。また、戦いのときは我らの命、ご自由にお使いください」

「その忠誠には千の感謝でも足りませんわ。ですが、あなた方の命はまずはあなた方のものです。あなた方の死はあなた方の家族や友人、そしてわたくしの心を痛めるということを忘れずに、最後まで大切に守り抜いてくださいね」 

「はっ!」

 アンリエッタの言葉に、彼らはひざをついて頭をたれ、最高位の敬礼で答えた。なかには、ギーシュのように感極まって涙を流している者までいる。アンリエッタは、しばらくその様子をすまなそうに見ていたが、やがて意を決したように、悲しげな声で彼らに言った。

「さて、実はここで皆様に謝らなければならないことがあります。今回の功績に対して、全員にシュヴァリエの称号を送りたいところなのですが……」

「それに関しては、私から説明いたしましょう」

 申し訳なさそうにしているアンリエッタに代わって、隣に控えていた枢機卿マザリーニが前に出てきた。

 彼の言うところによると、敵の城内侵入をたやすく許してしまったばかりか、陽動作戦にまんまとはまって城を無防備にしてしまった以上、彼らに勲章を与えれば軍の無能をさらけだすばかりか、女子供に手柄をすべて横取りされたと軍内部からも不満が出る、だから今回のことは、軍が出払ったときに偶然敵が襲撃してきたことにして、国民には発表したいということだった。

 もちろん、これには生徒達はおろか、銃士隊の隊員達からも言葉には出さないものの、副長のミシェルなどは貴族のこの汚いやり方に、歯軋りをして怒りを表していた。

 また、破壊されたメカギラスの残骸は、後日王立魔法研究所に運ばれて研究材料にされるとのことだったが、怒りに燃える彼らの耳には届いていなかった。

 だがその一方、彼らの怒りと不満を一身に受けているはずのマザリーニは、落ち着いた表情のまま、残りの句を継いだ。

「以上、"私の"考えに従ってもらうことになる。皆、異論はないな」

 異論も何も、王族を除けば国の最高権力者であるマザリーニの意向に背くことはできない。不満を持つ者達は、(薄汚い鳥の骨め)(王女殿下の心を踏みにじりやがって)(それが貴族のやることかよ)と胸の中で彼を罵倒したが、唯一アニエスだけは微動だにせず頭を垂れていた。

(例え汚く思われても、全体の感情に配慮しなければならないこともある。だが、それを自分の発案だと言い切ることで、皆の不満を一身に集めて、王女殿下に災が及ばないようにするとは、マザリーニ枢機卿、鳥の骨などと揶揄されても、貴方という人は……)

 マザリーニは、これだけの人間からの負のオーラを一身に受けながらも、痩せた体を揺るがせもせずに立っている。いや、彼の立場からしてみれば、こんなものは序の口で、利権争いに貪欲な貴族達との駆け引きでは、それこそこの国を守るために心を鬼にして戦っているのだろう。

 王女以外にも、忠誠をかたむける価値のある人間の存在に、まだこの国も捨てた物ではないなと思い、自身の目的のためにも及ばずながら尽力しようと、アニエスは思った。

  

 やがて、またアンリエッタが皆にねぎらいの言葉をかけて場を和ませた後、この場を締めくくる言葉を述べた。

「銃士隊、そして学院生徒の皆さん。改めて、心よりの感謝をあなた方にささげます。今回は、本当に申し訳なく思いますが、あなた方の活躍は、永久にこの胸にとどめておくことをお約束いたします。そして、あなた方でしたら、次は今回以上の手柄を立てることもできると信じています。そのときは、わたくしの名誉に賭けて最大限の礼を尽くしましょう。共にハルケギニアに平和をもたらさんことを!!」

「杖にかけて!!」「剣にかけて!!」

 生徒達と銃士隊の唱和が、猛々しく城を超えて夜空にもこだました。

 

 その声は、平民で使い魔であるという理由で謁見の間の扉の外にある控え室で待たされている才人とデルフの耳にも届いていた。

「どうやら、話は終わったみたいだな。まったく貴族の話ってやつは長ったらしくていけねえや相棒」

「そうだな。ふぁぁ……俺もう眠いや」

「お前さんは間違っても偉くなれんタイプだね。式典の最中に居眠りしてぶち壊す類だ」

「へん、偉くなんて、なりたくもねえ、や……」

 急激にまぶたが重くなり、それっきり才人の意識は深いまどろみの中へと落ちていった。

「相棒、お前さん今日はよく頑張ったよ。その若さで、たいしたもんさ」

 デルフは才人の背で、我が子をほめる父のようにつぶやいた。

 と、そのとき扉が開き、謁見が終わったルイズやアニエス達が控え室に入ってきた。

 もちろん、いびきをかいて気持ちよさそうに眠っている才人の姿が目に入る。当然、きまずい空気が流れた。

「…………」

「あ、娘っ子……相棒もさ、今日はさ、疲れてたんだよ」

 しかしデルフの声は、ゆっくりと杖を振り上げるルイズの耳には届かない。

 そして……

 

「この、馬鹿犬ーっ!!!」

「わーっ!! ルイズ、ここはまずい!!」

 

 ルイズの爆発魔法が炸裂し、皆は壁際まで吹っ飛ばされて、才人は夢の世界から引きずり出された。

「な、何が……げっ、ルイズ!?」

「あ、あんたってやつは……ご主人様がいないと思って、まあ気持ちよさそうに……」

「ま、待て、話せばわかる!」

 

「うるさーい!!」

 

 本日、最大最後の大爆発が夜空に響き渡った。

 逃げる間もなくキュルケもアニエス達も巻き込まれて伸びてしまい。最後にルイズは精神力の使いすぎで、才人は吹き飛ばされて頭を打ったせいで、ばったりと床に倒れこみ、そのまま寝息を立て始めた。

 

 やがて、轟音を聞きつけた兵士達が駆けつけて、彼らをどかそうとしたが、そこへアンリエッタがやってきて彼らを止めた。

「そのままにしておいて、朝まで寝かせておいてあげなさい」

「しかし、この聖なる王城の床でこのような無礼な真似を」

「いいのです。彼らはこの国とわたくしの恩人、今はそっとしておいて。ああ、風邪をひくといけませんわ、毛布を持ってきてあげなさい。命令ですよ」

 アンリエッタが最後に強い口調で言うと、彼らは慌てて毛布を取りに駆けていった。

「本当に疲れていたのですね。アニエス、皆さん、本当にご苦労様です」

 ひとりひとりの顔を見渡し、最後に突っ伏して眠っているルイズに目をやると、アンリエッタは懐かしそうにその寝顔に語り掛けた。

「ルイズ、あなたは今でも変わりませんね。元気で、真っ直ぐで……」

 ルイズの顔にかかった髪を優しくはらうと、アンリエッタは王城の奥へと静かに去っていった。

 

 続く 


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