ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

129 / 338
第30話  封じられたウルトラタッチ

 第30話

 封じられたウルトラタッチ

 

 幽霊船怪獣 ゾンバイユ 登場!

 

 

「みなさーん! 朝ですよ。さっさと目を覚ましなさい! 起きないとこうですよ!」

 ガンガンガンと、鉄の鐘を鳴らす耳障りな音がホテルの廊下に響き渡る。朝を知らせるロングビルの声と鐘の音がホテルの壁もドアも通り抜けて、まだ惰眠をむさぼっていた生徒たちを無理矢理夢の世界から引きずり出した。

 生徒たちは、その貴族の子女にあるまじき起こされ方に腹を立てながらも、イモ虫のようにベッドから這い出してくる。ルイズと才人も、楽しい時間が過ぎるのは早いというが、それはまったくの真理であると目覚めて思った。

「う、うーん……頭が」

「あいたた……も、もう朝か」

 ウェストウッド村伝統の目覚ましはさすがによく効く。二日酔いで、頭の中でベル星人が暴れているような不快感と合わさって、二度寝の欲求が二人を襲う。でも、自分の顔をはたいて目を覚ますと、二人はベッドから勢いよく飛び降りた。

 そう、夜が明けて、ついにめでたき婚礼の儀の朝がやってきた。部屋のカーテンを開けると、真っ白な陽光がさあっと差し込んでくる。空は青空、日本で言うならまさに日本晴れ、まるで今日この日のために天の神様が特別に用意していてくれたかのようだ。

 朝日の洗礼を全身に浴びて、叩き起こされた全校生徒は最高の礼装に身を包み、身なりをきちんと整える。

 ルイズも才人に手伝わせて、礼装に着替えるとすぐに部屋を出た。駆け足で一階ホールに集合すると、そこで待っていたオスマン学院長から訓示を受けた。

「諸君、ついにこの日がやってきた。わしも魔法学院の学院長をして長いが、これほどめでたい日は先王の婚礼の日以来じゃ、諸君はまだ生まれてはおらんのう。わかるじゃろう。これは諸君らにとっても二度とめぐってくることのないであろう歴史的な行事じゃ。そこに汚名など残さぬよう、誇りと使命感をもって勤めを果たし抜くのじゃ」

 普段敬遠されるオスマンの言葉も、今日に限っては誰一人として視線を逸らす者はいない。いまさら説明されるまでもなく、今日この日の重要性は心得ている。一世一代の大仕事、貴族の義務と誇りを叩き込まれて育ってきた彼らにとって、これほど重要な日はない。

「では、わしらは一足先にトリスタニアで待っておる。諸君らはトリステインの代表として、ウェールズ新国王陛下をお出迎えし、トリスタニアで待つ姫殿下のところまで、立派にお連れするように。よいか、魔法学院は諸君らの貴族の誇りと努力に期待する」

「杖にかけて!」

 全生徒の唱和が響き、その声に満足したオスマンと教師陣は退室していった。

 ここからは、教師の引率はなく、トリスタニアまで生徒にすべてがまかされる。厳しいようだが、国の大事に生徒といえどおんぶにだっこでは締まらない。三年生も一年生も、すべて一人前として扱われ、一切甘えは許されないのだ。

 

 それから彼らは、豪華な朝食の味も感じぬほどに腹に詰め込むと、三年生の引率で港に向かった。

 

 ラ・ロシェールは巨大な世界樹の枯れ木の枝に空中船が停泊する港である。ここで、間もなくやってくるウェールズ新国王を出迎えるのが、生徒たちに与えられた最初の使命だ。空洞になった世界樹の内部の階段を、彼らは急いで駆け上る。ウェールズ国王の座上するお召し艦が到着するのは、最上部に位置する桟橋だった。

 

 桟橋には、歓迎の使節団、軍楽隊がすでに並んでいた。生徒たちも横に三年生、二年生、一年生の順に並び、さらに学年ごとに縦に三列に整列する。ルイズはその中で二年生の最前列に並んで、才人はルイズから離れて列の一番後ろ、従者という扱いで待機していた。

「いよいよね、緊張してる? ルイズ」

 直立不動の姿勢で停止していたルイズに、隣のキュルケが小声で話しかけた。

「キュルケ、こんなところで話してたら叱られるわよ。黙っててよ」

「心配しなくても、まだ時間はあるって。それよりも聞いたわよ。巫女の大役、あんた大丈夫なの?」

「審査はパレードがトリスタニアにつくまでに審議されて、合格者は結婚式の直前に発表されるそうだから、まだわたしが巫女になると決まったわけじゃないわよ」

「そう、それで見事合格したらどうするの?」

「そのときは、ヴァリエールの名に懸けて務めを果たすだけよ。それくらいの覚悟は決めてるわ」

 ルイズが小声ながら、はっきりとした物言いで返すと、キュルケはルイズにだけ見えるように唇に笑みを浮かべた。

「ならいいわ。緊張でガチガチになってるなら面白いかもと思ったけど、つまらないわね」

「神経が世界樹の幹でできてるような人らしい言い草ね。あんたこそ、せっかくの式典をぶち壊さないでね」

「心配なく、その程度の節度はわきまえてるわ。わたしの恥はツェルプストーの、ひいてはゲルマニアの恥になるからね。留学生ってのはつらいわよ」

「よく言うわ」

 うわべだけうんざりしたようなキュルケの心中など、ルイズには手に取るようにわかる。別に無理して取り繕わなくても、キュルケの社交能力はルイズよりも上だ。だてに数百年にわたってヴァリエール家から恋人を奪ってきたツェルプストーの末裔ではない。

 キュルケは、ルイズが緊張しているようならほぐしてやろうかと思ったが、どうやら杞憂だったとわかると、視線を流してタバサのほうを見た。こちらは想像通り直立不動で身じろぎもしていない。まあ、元々が王族であるのだから心配するだけ無駄だろう。対して、ギーシュやギムリたちなどは見てて哀れなほどにガチガチに緊張していて声もかけられない。

「だめだわこりゃ」

 呆れたキュルケは視線を正面に戻してため息をついた。普段でしゃばりなやつほど、こういうときになると緊張してダメになるのはなぜだろうか? この際、式典の間中気絶でもしていたほうが恥をかかずにすんでいいかもしれない。

 そっと懐中時計に視線をやると、式典の開始時刻まで、あと十分ほどを長針が示していた。予定ならば、そろそろウェールズ新国王のお召し艦が見え始めてもよいころだ。そのとき、生徒たちの整列している桟橋を突然大きな影が覆いつくした。 

 空を見上げると、そこには数十隻の空中帆走軍艦からなる大艦隊が見事な隊列を組んで浮いている。それはこの日のために国中の軍港から召集された、トリステイン空軍の主力艦隊であった。

「すっげぇ……」

「かっこいいなあ」

 男子生徒の中からは何十もの感嘆の声が漏れ、その中には才人のものもあった。プラモ屋に行けば、必ずアニメのガレキやロボットもののプラモに劣らない存在感で、大和をはじめとする軍艦のプラモがのきを連ねるように、船というものは男の冒険心、ロマンを心の底からくすぐる魅力を持っている。

 

 トリステイン艦隊の旗艦は、新鋭戦艦『ブルターニュ』号。ゲルマニアに発注して、先日届いたばかりの木材の香りも香ばしい新品である。全長はおよそ百四十メイル、火砲は片舷八十門、総計百六十門と戦没したアルビオンの『レキシントン』級の二百メイルの巨体に比べれば小さく、武装もたいしたことはないように思えるが、その分厚い装甲を持ち、巡洋艦並の速力を併せ持つ俊足の戦乙女であった。

 その後甲板上で、トリステイン艦隊司令官のラ・ラメー伯爵とフェヴィス艦長は満足げに話をしていた。

「フェヴィス君。まこと壮観な眺めだと思わないかね。この空の下、一同に会したトリステイン空軍の艨艟たちを見たまえよ。我が国も、ようやくこれだけの艦隊を配備できるようになれたのだな」

「はっ、以前のトリステイン空軍は列国の中でも最弱と見くびられ、我ら将兵もろともに屈辱に耐えていました。ですがこの勇姿が知れ渡れば、もはや何者もトリステインを弱国とは言いますまい」

 感無量とはまさにこのことだと、二人は新造艦ばかりで構成された艦隊を見渡していた。

 後方には、旧トリステイン艦隊の旗艦であった『メルカトール』号。上空にはアンリエッタ王女のアルビオン一日行軍で名をはせた高速戦艦『エクレール』の姿もある。

 その後方には、新鋭の竜母艦『ヴュセンタール』号と、以前バードンとテロチルスに襲われたがかろうじて助かった『ガリアデス』が修復を終えた姿でいる。それに続いては、やや小型の戦列艦と旧式戦艦群。それらを取り巻くように巡洋艦、駆逐艦の快速艦艇が輪形陣をなす。それらは、レコン・キスタの脅威がなくなったために浮いた国費、それでも巨大戦艦を多数揃えるだけの資産がないトリステインが、他国に対抗できる艦隊を持つために考え出された戦略。比較的安価な小型艦艇を多数使った、高速打撃艦隊思想が、ようやく形となった姿だった。

「さて、もうすぐウェールズ国王のご座乗艦がいらす。フェヴィスくん、わかっているだろうが、この歓迎は我ら新生トリステイン空軍の偉容を世界に示す観艦式でもある。万に一つも、無様は許されんぞ」

「はっ、この日のために我ら一同、日々の猛訓練に耐えてきたのです。その成果、とくとご覧ください」

 ラ・ラメーの言葉に、任せておいてくれとフェヴィスは胸を張った。二人は、『メルカトール』号を旗艦としていたころからの付き合いで、いっしょに船に乗るようになってからもう何年も経つ。権威主義的な官僚軍人のラ・ラメーと、叩き上げのフェヴィスははじめは折り合いのよくない仲であったけれど、長く付き合っていたらそれなりに付き合い方もわかるし、相手への愛着もわいてくる。

 

 空のかなたにその船が現れたのは、予定と数分も違わぬ時刻だった。

「ウェールズ国王ご座乗艦、ご到着!」

 桟橋で待機している歓迎団にさっと緊張が走り、全員が背中に棒を入れられたように気をつけの姿勢をとった。もはや、私語をしたりするものは一人もいない。ここで何かあったら末代までの恥となる。普段ふざけているギーシュなども、別人のように見た目だけはきりっとしていた。

 静寂の中で、時間が止まっているような感覚が続く。皆、目だけを動かして、ウェールズ国王の乗った船がやってくるのを今か今かと待って、彼らの視界の中にその船はとうとう現れた。

 十数隻の小型艦に護衛されて、一隻の大型艦がやってくる。あれがお召し艦に間違いないが、その船が近づいてくると、才人やルイズたちは息を呑んだ。

「あの艦は……」

 才人たちはその艦影に見覚えがあった。それもそのはず、その艦はかつてのアルビオン戦でレコン・キスタ最後の船として戦い、バキシムによって無残な最後をとげた『レキシントン』号の同型艦。正確には『ロイヤル・サブリン』級の二番艦『レゾリューション』だったからだ。

 かつて、ハルケギニアを我が物にしようとしたレコン・キスタは空軍兵力の増強として、当然のごとく最強艦であった『レキシントン』級の増産に乗り出した。が、王党派の逆襲で新造艦の建造どころではなくなり、船台上で放置されていたのを新王国軍が完成させたというわけだ。

 アルビオンの造船所では、すでに同型の三番艦『ラミリーズ』も建造中である。ちなみに、これには軍備の再編のほかに、造船で人を集めて復興を推し進めようという側面もある。ただし、『ロイヤル・サブリン』級は図体が大きすぎて小回りが利かず、ガリアでさらに小型で砲戦力の強力な戦艦が建造中との情報があったため、四番艦『リベンジ』の建造は中止され、新設計の『ドレッド・ノート』級が計画中だった。

 トリステイン艦隊が道を開けるように隊列を開いた中を、『レゾリューション』はすべるように通過し、桟橋にわずかも行き過ぎることなく停止した。巨体にもかかわらず、見事な操船技術。感嘆した拍手が高らかに、なによりの歓迎として鳴り響く。

 『レゾリューション』からタラップが下ろされ、桟橋から軍楽隊のファンファーレが奏でられると、ついにその人が現れた。

「アルビオン王国国王、ウェールズ一世陛下! おなーりーっ!」

 いっせいに歓迎の貴族たち、生徒たちは最上級の礼をとる。タラップを降りて桟橋に、アルビオン新国王、ウェールズ・テューダー一世陛下がその御身を現しなされたのだ。

「ようこそトリステインへ、ウェールズ陛下。我ら一同、陛下を心より歓迎いたします」

「出迎えを感謝する。すばらしき友邦たちよ。以前、私がトリステインにやってきたときはまだ若輩なる皇太子の身分であった。そのときに受けた心よりのもてなしとよき思い出は忘れてはおらぬ。今日この日、アルビオン王国国王として、この地を踏めることを心より喜んでいる」

 さっと手を上げたウェールズに応えるように、歓迎の一団から歓声が轟いた。

「ウェールズ一世陛下、万歳!」

「アルビオン・トリステイン王国に栄光あれ!」

 大歓声を浴びながら、ウェールズ国王は護衛の騎士団を引き連れてゆっくりと歓迎の列の前を歩み始めた。

 楽団はアルビオンの国歌を演奏し、場に荘厳な空気が流れる。その中を一歩一歩、豪奢なマントを翻して歩むウェールズ陛下の凛々しい姿に、男子は尊敬とあこがれの視線を送り、女子はただただ見とれて陛下が前を通り過ぎるのを見守った。

 ルイズも最敬礼の姿勢を崩さず、ウェールズ国王が三年生の前を通って、二年生の自分のところにやってくるのをじっと待った。

”殿下、いえ国王陛下、なんて凛々しくなられて”

 見る限り、ウェールズにアルビオンでの憔悴した感じはもう残っていなかった。今では若々しさに重なる形で、老齢した威厳を感じる。ノーバに憑りつかれた心の弱さを乗り越えて、母国の復興のために心身を削って打ち込んだことが、彼の精神を大きく磨き上げたのだろう。

 でも、多分国王陛下はわたしのことなんか覚えていないだろうなあ。アルビオンの陣地や城で、多少は話ができたけれど、ほんのちょっぴりだし。そんなので、例え選ばれることができたとしても婚礼の儀の巫女などしてもいいのだろうか。と、ルイズが自嘲気味に思っていると、国王陛下はルイズの前を通り過ぎる一瞬、軽く視線をルイズに向けて片目を閉じて見せてくれた。

”陛下……?”

 一瞬の自失のうちに、ウェールズはルイズの前を通り過ぎて一年生のほうへと歩んでいってしまった。けれど、明晰なルイズはそれだけで、ウェールズが自分のことも覚えていてくれたことを悟った。私のような非才な者のことまでお心にとどめていてくださるとは、さすが姫さまの選んだお方だ。ルイズは感動するのと同時に、あんな素敵な方といっしょになれる姫さまはなんて幸せなんだと、少しうらやましくも感じるのだった。

 

 

 だが、そうした華々しい祭典を冷ややかに見守っている目があった。

 ラ・ロシェールを望む小高い丘にたたずむ漆黒のローブで全身を包んだ女。式典に湧く街とは裏腹に、まるで喪服のような暗い衣装をまとって、薄く笑みを浮かべるその女は、シェフィールドであった。

「さあて、と。祭りも盛り上がってき始めたところで、そろそろショーには観客があっと驚くハプニングが必要でしょうね。ちょうど始祖の秘宝もそろっている今、わたしとジョゼフさまからの心ばかりの贈り物。受け取りにいらしてくださるかしら? 虚無の使い手どの」

 暗い笑いが丘に流れて、風の中で風化して消えていく。その一瞬後には、彼女の姿は煙のように消えていた。

 

 

 到着の式典はとどこおりなく進み、ウェールズ国王は桟橋から世界樹の中へと続く階段へと歩んでいった。

 お召し艦から続いて、アルビオンの大臣や将軍も降り立ち、ウェールズよりも下位の礼を受けながら主君の後へと続いていく。その中には、かつての『レキシントン』号艦長で、負傷して部下の手で離艦されたために命拾いし、その堂々たる戦いぶりから罪を許され、『レゾリューション』艦長に任命されたボーウッド提督の姿もあった。

「なんと凛々しき若者たち、それに勇壮なる艦隊よ。彼らと戦わずにすんだ幸運を、私は神に感謝すべきだろうな」

 空を見上げて、小さな声でつぶやいたボーウッドの視線の先には、かつての敵であった自分たちを守って浮かんでいる『ブルターニュ』の勇姿があった。

 

 ウェールズ国王の行進の様子は、『ブルターニュ』号からもよく見え、ラ・ラメーとフェヴィスも満足げに見物していた。

 そのとき、トップマストの見張り台より、見張り員の大声が伝声菅を通じてブリッジに響き渡った。

「左舷、八時の方向に大型艦見ゆ! ガリア空軍、『シャルル・オルレアン』級戦艦と認む!」

「ちっ、ガリアの野蛮人どもめ、こんな時間になってようやくやってきおったか」

 悦に入っていたところを邪魔されて、ラ・ラメーは不機嫌そうにつぶやいた。この式典には、当然ながら列国もそれぞれ婚礼の祝福のための使節を送ってくることになっている。

 ロマリアからはすでに高級司祭と聖堂騎士の一隊がトリスタニアに入ったし、ゲルマニアも式当日にはアルブレヒト一世がやってくることになっている。だがガリアは国王ジョゼフの大使として、代理の一団を送ってくると告げてきただけで、トリステインからは不快感を買っていた。

「あの無能王め、国が大きいことを鼻にかけて、我が国のような小国など眼中にないとでもいわんばかりではないか。しかもやってくるのはたかが戦艦一隻だけとは! 貧弱なトリステイン空軍など、それだけで充分おどしになるとでもいうのか。人をなめるにもほどがある!」

 貴族の例に漏れず、誇り高いラ・ラメーは軍靴で床を何度も打ち付けて吐き捨てた。けれど、彼のそんな性格も承知しているフェヴィスは、慣れた様子で彼の機嫌をとった。

「まあまあよいではありませんか。山奥でせせこましく威張っている、世間知らずの田舎者に、今のトリステインがどんな国か教育してやるいい機会だと思えば。この新鋭艦隊の礼砲で、図体ばかりのでくの坊の目を覚まさせてやりましょう」

「ふむ、それもそうだな。我が空軍を弱軍とあなどっていた奴らを歓迎して、慌てさせるのも一興か」

 ラ・ラメーは気を取り直すと、ブリッジに備え付けの大型双眼鏡を覗いた。しかし、まだ空のはるかかなたにいるガリア艦は彼の視力では捉えることができない。それを手持ちの望遠鏡だけで艦種まで見分けた見張り員の視力が、いかに優れているかということがわかるだろう。

 戦闘では、常に相手の先手を取ることが勝利につながるために、敵を一秒でも早く発見するための見張りの能力は欠くことのできない条件なのである。そのため、彼ら見張り員の視力は、最低でも3.0は下らない。常人ではありえないその視力は、軍艦乗りの中から特に選ばれた視力の持ち主に、たゆまぬ訓練によって培われた艦隊の財産なのだ。

 その見張り員の報告からしばらくして、双眼鏡をのぞく二人の目にも巨大かつ優雅な戦艦が見えてきた。

「……あれが新鋭の『シャルル・オルレアン』級戦艦か」

「『ロイヤル・サブリン』より小型の船体に、より以上の武装を施したという、連中のご自慢の一品ですな。奴らはハルケギニア最強の戦艦などと豪語していますが、一隻だけでくるとはたいした自信ですな」

 自国の新鋭艦隊に自信を持っていた彼らも、接近してくるガリア艦が誇るに値するだけの威力を秘めていることは認めざるを得なかった。国王は無能でも、その軍隊は寝ぼけてはいないということか。トリステインも、国内で大型戦艦の建造ができるよう船台の増強を急いでいるが、実際に建造できるようになるにはまだ何年も必要だろう。

「ガリア艦に信号を送れ。『貴艦ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎スル。トリステイン艦隊司令官』。それから我の指示に従い接岸されたし」

「了解」

 フェヴィスは苦笑しつつ、司令官の命令を実行した。『ブルターニュ』のマストの先端に信号旗が掲揚される。これで向こうから返信があり、近距離にまで近づいてくれば双方が礼砲であいさつをかわすことになる。

 ラ・ラメーは人をなめたガリアの大使を、新式大砲の砲撃音で驚かせてやるのを楽しみにして、少し意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 しかし、『シャルル・オルレアン』号が近づいてくるにつれて、なにか様子がおかしいことに彼らは気づき始めた。

 

 接近してくる『シャルル・オルレアン』号の甲板やマスト上には人影が見当たらず、こちらの送る手旗信号にも応答がない。

「ガリア艦応答せよ。貴艦は我が国の領空上にある。我の指示に従え」

 再三の警告にも従わず、『シャルル・オルレアン』は進路、速度ともに変更せずに向かってくる。ラ・ラメーとフェヴィスは、はじめガリアが新鋭戦艦の威容を誇示し、おどしをかけてくるいわゆる砲艦外交の一環かと思ったが、それにしても妙だと気づいた。

 いくら最新鋭戦艦だからといって、数十隻のトリステイン艦隊を前にしてはたった一隻に過ぎない。まっすぐ接近し、対応にとまどうこちらを笑っているのか? いや、それにしても危険すぎる。

 第一、今ガリアがトリステイン、アルビオン両国と戦端を開いて政治・軍事的に利点などはほとんどない。

 フェヴィスは背中にぞくぞくときな臭いものを感じ、司令の意思を待たずに命令した。

「両舷第二戦速、本艦をガリア艦の進路上に入れろ。全艦第一級警戒態勢。右砲戦用意」

 トリステイン艦隊旗艦『ブルターニュ』は、大きく舵を取り、同時に右舷に装備されたすべての砲門を開いた。距離はおよそ三千、『シャルル・オルレアン』はなおも止まる気配を見せない。

 距離は二千五百を切った。もはや向こうの船体の装飾物まで見分けられる。旗流信号は停船勧告から命令に変わり、こちらが砲門を向けていることもわかるはずなのに止まらない。

「全艦、警戒態勢から戦闘態勢へ移行。二番艦から六番艦まで我に続け! 残りの艦は『レゾリューション』の上空を死守せよ!」

 ラ・ラメーもフェヴィスにうながされて、ついに非常事態宣言を下した。トリステイン艦隊は礼砲から実弾へと装填しなおし、各種魔法兵器の発射準備も整えられる。

 

 一方、空の異変は地上でも敏感に感じ取られていた。

「どうしたのかしら? 艦隊が陣形を崩すなんて」

 艦隊の異常に気がついたルイズがいぶかしげにつぶやいた。周りでも、これから同盟国の国王を歓迎して艦隊行動演習のお披露目が予定されているのにどうしんだろうかと、生徒たちが顔を見合わせている。

「すみません、なにか予定の変更があったのでしょうか?」

「いえ、特にありません。皆さんはそのままプログラムを続けるようお願いします」

 不信感を持ち始めた生徒たちを、桟橋の護衛団はそういって抑えた。彼らには、すでに『ブルターニュ』からの警報が伝えられていた。”接近中のガリア艦に不穏の気配あり、警戒されたし”と。

 しかし、気配だけで世界が注目している式典に、最初から水を差すわけにはいかない。もし、騒いでなんでもなかった場合は、トリステインが臆病さを世界に宣伝するようなものである。護衛団は彼らを落ち着かせるために、状況の一部を公開することにした。

「現在、ガリア王国の大使を乗せた戦艦『シャルル・オルレアン』号が本港へ接近中でありますので、艦隊の行動はそのためであります。皆様におかれましては、ご心配なきようお願いします」

 その説明で、生徒たちはだいたいは納得した。だが、接近中のガリア艦の名を聞いたタバサの眉が、ほんの少しだが震えた。『シャルル・オルレアン』、それはジョゼフに暗殺されたタバサの父の名前である。なぜジョゼフが自ら殺した弟の名前をこの船につけたのかは知らない。また、知りたくも無い。

 そんなタバサの心の機微を察して、キュルケが軽くタバサの肩を叩いた。

 気を取り直した生徒たちは、歓迎式典の続きをやるために世界樹の階段を降り始める。

 それでも、予兆とでもいうべきか……ぬぐいきれない何かを感じて振り返った者は、一人や二人ではなかった。

 

 そのころ、地上で混乱が起こるのを食い止めているうちに、上空でもトリステイン艦隊が、不審な動きを続ける『シャルル・オルレアン』をなんとか止めようと腐心していた。

「『ヴュセンタール』号に伝令、竜騎士を出して『シャルル・オルレアン』を止めさせろ。場合によっては強行接舷してもかまわん!」

 砲門を向けても応答をよこさない『シャルル・オルレアン』に、ラ・ラメーはとうとう実力行使を決意した。警告にも威嚇にも応じない以上、これ以上近づけさせるわけにはいかない。あるいは、こちらから手を出させることで、戦争の口実を求めているのかとも思ったが、ここにはトリステインだけでなく上空からアルビオン艦隊も見ている、濡れ衣をかけられないための証人としては充分だ。

 竜母艦『ヴュセンタール』から、厚い鎧で身を包んだ竜騎士が十騎飛び立っていく。彼らの乗っているのは火竜で、近距離でブレスを放てば木造船ならば甚大な被害を与えることができる。それでなくとも帆を焼いてしまえば航行不能に陥らせることができる。

「いくらなんでも、これならば止まらざるを得まい。ガリアの連中め、あとでたっぷりしぼりあげてくれるからな」

 せっかくのめでたい日に水を差された不愉快さから、ラ・ラメーは毒づいた。

 双眼鏡で見ている先で、竜騎士は『シャルル・オルレアン』の周りを旋回し、示威行動をおこなっている。

 だが、そのときだった。

 甲板に強行接舷しようとしていた竜騎士に向かって、灰褐色の毒々しい光線が放たれたと思った瞬間、光線を受けた竜騎士は小石のようにまっ逆さまに墜落していったのだ。

「あれは!? 司令、見ましたか!」

「ガリアの奴らめ、何のつもりだ」

 その光景を目撃していたフェヴィスとラ・ラメーは同時に驚愕と怒りの感情をぶちまけた。しかし、一時の激昂がすめば、実戦経験の長いフェヴィスはすぐに冷静に戻っていた。『シャルル・オルレアン』は近づこうとした竜騎士をその怪光線で撃ち落しつつ、なおも接近してくる。

 もはや、敵対の意思は明らかだ。

「司令、ガリア艦の敵対行為は明白です。ただちに応戦許可を!」

「う、いやしかし……」

 こちらも攻撃したら、それはもう戦争だ。そうなれば、自分はガリアとの戦端を開いた責任をとらされるに違いない。軍人よりも政治家気質の強いラ・ラメーは迷った。しかし。

「早くしてください! 万一ウェールズ陛下にもしものことがあったら、我ら二人首が飛ぶだけではすまなくなりますよ!」

 その言葉がとまどっていたラ・ラメーの迷いを吹き飛ばした。

「反撃だ! 全艦砲撃開始!」

「了解! 目標、敵戦艦『シャルル・オルレアン』、撃ち方始め!」

 たちまち『ブルターニュ』『メルカトール』『エクレール』をはじめとする巨砲戦艦群が咆哮する。距離が至近だったために初弾のほとんどは『シャルル・オルレアン』に狙い違わずに命中した。巨艦のあらゆる箇所で着弾の爆発が起こり、船体のほとんどが爆煙に包まれる。

 そこへ、第二陣として控えていた軽快艦艇が間髪入れずに追撃をかけた。

「左舷雷撃戦! 目標敵戦艦、てぇーっ!」

 小艦艇から放たれた、一隻につき数十発の大型マジックミサイルが炎上する『シャルル・オルレアン』へと向かう。これは、火薬や油の塊を風石の力で飛ばして敵にぶつけるもので、破壊力は砲弾以上ではあるが、反面速度が遅くて射程が短いために、敵に接近してなおかつ敵の防御火力が衰えたときしか有効に使えない。しかし今回は、炎上し、炎と煙の塊となった『シャルル・オルレアン』は回避も反撃もできずに至近距離からの集中雷撃を浴びて槍衾となり、数十の爆発に包み込まれる。

「敵戦艦、轟沈!」

 雷撃の爆煙が収まった後の『シャルル・オルレアン』を見た見張り員の報告が高らかに響き渡る。先程まで威容を誇っていた『シャルル・オルレアン』は、船体外板の木材を撒き散らして空中で崩れていき、原型をとどめない炎の塊となっている。

「少々やりすぎましたかね?」

「うむ、あれでは生きている人間はおるまい。捕虜を得て、奴らの意図を暴くべきであったな」

 燃え盛る敵艦を眺めて、フェヴィスとラ・ラメーは憮然としていた。これで、攻撃をかけてきたガリア艦の意図はわからずじまいとなった。しかし、あの怪光線だけでなく、『シャルル・オルレアン』の全砲門が開かれていたらトリステイン艦隊にも甚大な被害が出たかもしれない。全力での反撃はやむを得ざるところであった。

 『シャルル・オルレアン』は、燃え盛りながら船内に残った風石の余剰浮力からか、ゆっくりと墜落していく。その光景を、トリステイン艦隊は上空から見守り、『シャルル・オルレアン』が、地上に激突して爆発炎上したとき、艦隊将兵たちはそろって万歳した。

 

 しかし、燃え盛る炎の中に突如として黒い影が出現し、おどろおどろしい声が響き渡った。

「し、司令! あれは」

「な、なんだとお!」

 フェヴィスとラ・ラメーは愕然とした。爆沈した『シャルル・オルレアン』の船体を踏み砕き、尖塔の先端部分の円錐が横に二つつながったような胴体から足が生えたような、黒々とした体を持つ一つ目の不気味な怪獣が出現したのだ!

「フ、フェヴィスくん、なんだねあれは!?」

「船の中から怪獣が!? あんな化け物が、『シャルル・オルレアン』の中に潜んでいたというのか」

 愕然とする二人の前で、怪獣はその全容を炎の中から現した。

 全長はおよそ六十メイル、胴体の正面にそのまま顔がついていて、青い一つ目と裂けた口がついている。生き物というよりも、まるで城に手足がついて動いているかのようだ。

 怪獣は壊れた笛のような鳴き声をあげて、上空を遷移する艦隊を見上げると、突然空へと飛び上がった。

「なっ!?」

 なんの前触れもなく飛翔した怪獣に、ラ・ラメーもフェヴィスも一瞬脳が凍結した。翼もなく、見るからに重く鈍重そうな見た目に反して、重力を無視して、空気の上を走るかのように怪獣は一隻の小型船に体当たりした。避ける余裕もなく、ぶつけられたその船は、船体の左半分をひしゃげさせられて落ちていく。

「駆逐艦『ヘレネ』大破! 墜落していきます!」

「くっ! 応戦だ、全艦砲撃を開始せよ!」

 見張り員の報告で我に返ったフェヴィスは反射的に攻撃を命じた。

 「撃ち方始め」の号令と同時に、艦隊全艦の砲撃が再開される。さしもの怪獣も、一千門近い大砲の集中砲火を受けてはひとたまりもないように思われたが、怪獣は巨体に見合わない身軽さでゆうゆうと砲撃をかわしてしまった。

「続けて撃て!」

「だめです! とても照準が追いつきません」

「ちっ! 図体の割に猫みたいなやつだ」

 怪獣は悔しがる艦隊の将兵をあざ笑うように、ヘラヘラと気味の悪い鳴き声をあげながら体を揺さぶっている。しかも、怪獣は艦隊を無視するかのようにラ・ロシェールの街へと向かい始めたではないか。

「怪獣が来るぞ! 逃げろぉ!」

 渓谷の街はお祭り騒ぎから一転して、狂騒の渦に巻き込まれていた。出店の屋台は踏み壊されて、道は逃げ惑う人で溢れかえる。銃士隊や軍の人間が避難誘導に当たっているが、あまりにも人が密集していたためにパニックを軽減するだけで精一杯だ。

 そんなところへ、まるでスキップをするように四本の足で軽快に近づいた怪獣は、逃げ遅れた人々を青い一つ目でじろりとにらみつけた。そして、その目から灰色の怪光線を浴びせかけた。

「うわぁ……かっ……」

 怪光線を浴びた人々は悲鳴をあげる間もなく倒れていった。その光景を見たラ・ラメーやフェヴィスは愕然として言った。

「あの光線は!? さっき竜騎士を撃ち落したものと同じ!」

「まずい、ほっておいたら被害はどんどん増えるぞ」

 今、ラ・ロシェールには何万人という人が詰めているのだ。さらに、万一ウェールズ国王がやられてしまったら、せっかく復興しかけたアルビオンや、同盟国を失うトリステインも大変なことになってしまう。

 ラ・ラメーは即座に砲撃続行を命じたがフェヴィスに止められた。怪獣が街に近すぎる。この艦隊の砲撃の仮に一割でも流れ弾になったら、逃げ遅れた何千という人々の上に降り注いでしまうであろう。

 艦隊が手を出せずに足踏みをしている前で、怪獣は怪光線を好き放題に撒き散らし人々を襲う。しかし、不思議なことに倒れた人々には外傷らしきものはなく、ただ全身がミイラのように青色に染まっている。まるで全身から生気を抜き取られてしまったかのようだ。

 

 被害者は加速度的に増え続けていく。その凄惨な光景は、遠方から見守っていたシェフィールドも鼻白むものであった。

「人の魂を食らう伝説の怪物……あいつめ、よくもまああんな化け物を用意してくれたものね……」

 レコン・キスタを組織し、アルビオンを戦乱に巻き込んだ張本人も思わず目を逸らしかけた。

 

 幽霊船怪獣ゾンバイユ……『シャルル・オルレアン』に乗り移っていた怪物の、それが正体であった。

 宇宙怪獣の一種であり、宇宙を渡り歩いて宇宙船や惑星を襲い、生物のプラズマエネルギー、いわゆる魂を食い荒らして死の世界を広げていく。さらに、襲った宇宙船に同化し、隠れ蓑とすることで油断させて近づき、犠牲者を増やしていく。それゆえに、宇宙航海者たちから伝説の怪獣として恐れられている存在がこいつなのだ。

 怪光線を受けた人間は、魂を吸い取られて仮死状態になる。そして、ほおっておけばそのまま死んでしまう。ゾンバイユは光線を乱射して街中の人々から好き放題に魂を吸収していっている。いまや、ラ・ロシェールの街の一割が奴の餌場として蹂躙されていた。

 

 シェフィールドは、眼前の光景を作り出した原因が自分であるということに、戦慄すら覚えていた。

 今でも怪獣を見ると、アルビオンで受けた古傷がうずく。あのときは一方的にやられるだけであったが、同じことを自分がするとなると話は違う。

「トリスタニアの地下に眠っていた円盤といい、まだ世界には我々の知らない力が数多く存在するようね。でも、これもジョゼフさまのため。さて、トリステインのものども、舞台は整えてやったわよ。このまま蹂躙されるにまかせるか、それとも……」

 握った手のひらから汗が染み出る。シェフィールドの中指で、アンドバリの指輪が陽光を受けて鈍く輝いていた。

 

 ゾンバイユの暴虐はなおも続き、阿鼻叫喚のちまたはさらに広がりつつあった。怪光線がなめるように街をかすめていき、その度に魂を吸い取られた人々が抜け殻となって地面に崩れ落ちる。

 ウェールズの一行は、世界樹から出たところで怪獣の襲撃を知り、いったん世界樹の中へ戻っていた。しかし、これからどうするかについては、護衛団のあいだで意見が真っ二つに割れていた。すなわち、『レゾリューション』に戻って空へと退避する方法と、空は危険だから陸路で退避する方法である。

 だが、激論をかわすだけでいっこうにまとまる様子を見せない護衛に向かって、ウェールズは一喝した。

「静まれ! 諸君、友邦の民が蹂躙されている前で逃げる算段しか頭にないとは、君たちは自らを情けないとは思わないのかね? 民をあの暴虐から救おうと、私に進言する者はいないのか!」

「し、しかし国王陛下。あなた様の身にもしものことがあればアルビオンはどうなります。それに、実際に怪物を相手にどうしようと」

「民を守るという王の責務を果たせない者が生き残っても、それはもはや王ではあるまい。なおも意義がある者がいるならば去るがよい。追いはせぬ。しかし、卑怯者は二度と余の前に立つことを許さぬ。次に相対するときは、反逆者として葬り去る!」

 殺意さえ感じられるような、ウェールズの闘志の前に、足を翻す臣下は誰一人いなかった。

「さあ、余はアルビオン王国国王として命ずる。アルビオン艦隊は全艦出撃、トリステイン艦隊と協力し、怪獣から街を死守するのだ!」

 歓呼の声が世界樹のうろの中にこだまし、次の瞬間彼らは『レゾリューション』の待つ桟橋を目指して駆け上がっていった。

「ウェールズさま、お見事です」

 ルイズはその後姿を見て、惚れ惚れしたようにつぶやいた。やはりあの方は王の器だ。死ぬ可能性のほうがはるかに大きい敵に挑むというのに、まるで臆した様子を見せない。

 生徒たちは、『レゾリューション』までついていくわけにはいかないのでその場所に残っていた。仕方がないが、艦隊が動くとなったら彼らは完全にお荷物でしかない。しかし、恥を忍んで自分たちは陸路で街から避難しようとしたとき、外からの絶叫が悲鳴のように響いた。

「大変だ! 怪獣がこっちに向かってくるぅ!」

 愕然とした生徒たちは出口から飛び出して、気の弱い者は悲鳴をあげた。

 街を襲っていたゾンバイユが方向を変えて世界樹のほうへと一直線に向かってくる。

 いけない! 『レゾリューション』が出航するにはまだ時間が必要だ。停泊時を襲われたら、いかな強力な戦艦といえどもひとたまりもない。いや、もし世界樹に体当たりされて折れでもしたら、世界に二つとない良港をトリステインは失い、ラ・ロシェールも滅びてしまう。

 だがそうしているうちにも、ゾンバイユは高い渓谷を軽々と飛び越えてやってくる。

「俺たちが囮になって、怪獣の気をひきつけるんだ!」

 誰かがそう叫んだ。すると、行動を決めかねていた生徒たちは、その言葉に勇気付けられたかのように我も我もと杖を掲げ始めた。無謀かもしれない、愚かかもしれないが、彼らはそうすることが自分たちの使命だと信じていた。貴族の誇り、それだけではなく、自分たちの国を、故郷を荒らすやつがいるのに、じっとしていることなどできない。たとえこの身は非力でも、彼らも立派なトリステイン貴族の一員であった。

 けれど、彼らにとっては幸か不幸か、勇敢な行動は始まる前に打ち砕かれた。

 なぜならば、百人前後の人間の集団をゾンバイユが見逃すはずはなかったからだ。光線が発射され、生徒たちは次々に倒れていく。ルイズたちは幸い難を逃れたものの、大半の生徒が魂を抜き取られて、残った生徒たちは散りぢりになっていった。

「ギーシュ! モンモランシー!」

 叫んでも、魂の抜け殻となった肉体は答えられない。新鮮なプラズマエネルギーを得れて喜ぶゾンバイユはさらに迫ってくる。

 そのとき、ルイズのそばを風が流れ、青い影が目の前に現れた。

「ルイズなにやってるのよ! こんなときにあなたがじっとしててどうするの!」

「キュルケ、タバサ!」

 それはシルフィードに乗ったキュルケとタバサの二人だった。彼女たちも、とっさに空へと逃れていたのだ。

 ルイズは、二人が無事だったことを喜ぶのと同時に、自分がすべきことを思い出した。

 今、あの怪獣を止めることができるのは自分たち二人、ウルトラマンAしかいない。戦うことを決意したルイズは才人に毅然として告げた。

「サイト、やるわよ」

「ああ、わかってるぜ」

 変身を決意した二人は、ぐっとこぶしを顔の前で握った。銀色のリングが白い光を放つ!

 だが、二人が二つのリングを合わせようと右手を振り上げた瞬間、ゾンバイユの目がまっすぐにルイズを向いた。

「危ない!」

 反射的に才人は空いていた左手でルイズを突き飛ばした。

「きゃあっ!」

 小柄で体重の軽いルイズははじかれて転がり、礼服が砂まみれに汚れる。

 しかし、ルイズは服のことを気遣う余裕などはなかった。転がりながらかすかに目に飛び込んできた光景は、たった今自分がいたところを灰色の光が埋め尽くし、才人がそれに飲み込まれるものだったのだ。

「うわぁぁっ!」

「サイト!? サイトぉっ!」

 才人の断末魔と、ルイズの絶叫が響き渡る。

 そして、灰色の光が過ぎ去っていった後、才人の体がぐらりと揺れた。ルイズは、才人の体が地面に叩きつけられる前に、必死で駆け寄って抱きとめたが、才人の顔はすでに生者のものではなかった。

「サイト……ねえちょっと、嘘でしょ」

 揺さぶり起こそうとしても、才人はルイズの腕の中で目を閉じたままで動かない。

 魂の抜け殻となった才人の手の中で、ウルトラリングもまた力を失い、くすんだ光を放っていた。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。