ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第28話  東方よりの客人

 第28話

 東方よりの客人

 

 宇宙斬鉄怪獣 ディノゾール

 宇宙斬鉄怪獣 ディノゾールリバース 登場!

 

 

 ガリア王国の首都、リュティスのヴェルサルテイル宮殿。

 壮麗さと優美さをかねそろえ、ハルケギニア最大の王国の国力の象徴ともいうべき大宮殿。

 別名、薔薇園とも呼ばれるここには、広大無比な庭園が敷かれ、およそ人間が知る限りの花々が彩られている。

 その中でも特に異彩を放つ、青色の大理石で建造されたグラン・トロワは、今日は人払いがされて警備の兵士すらいない。

 最奥の一室に、宮殿の主が一人の特別な客人を迎えていたのが、その理由であった。

「ここへ出向いてくるのも久しぶりではないか。どうかな? お前たちのいう蛮人の世界に、そろそろ慣れたかね?」

「慣れる慣れないの問題ではない。我には、この地で果たさねばならぬ使命がある。それだけだ」

 人懐っこく声をかけるジョゼフに、客人の男は眉一つ動かさずに無感情に答えた。

 国王を前にしているというのに、まるで臆した様子の無い彼は、薄い茶色のローブを着た、痩せた長身の男だった。ジョゼフの筋肉質の巨躯と並ぶと、対照的な体格といってもよい。彼は、殺風景で椅子すらなく、とても客人をもてなすものとは思えない部屋には一瞥もせず、バルコニーを背にしたジョゼフに告げた。

「我らとお前との契約、よもや失念してはおるまいな?」

「むろんだ。これでも記憶力はよいほうなのでな。お前が余の元を訪れた日の会話は、一言一句まで覚えている。聖地に近づこうとする人間を抑えて欲しいという願い、なんなら再現してみせようか?」

「ならばよい。お前が契約を忘れない限り、我も契約を遵守する。願わくば、今後も共存していきたいものだ」

 彼は、ガリアの国王を平然と”お前”呼ばわりした。ジョゼフがその魔法の才のなさゆえ、公然と無能王と呼ばれていることを差し引いても、これは考えられない無礼な言動といえる。

 しかしジョゼフは意に介した風も無い。また、客人も無表情を崩さない。

 それはまさしく、両者がほぼ対等な立場を有しているという証拠である。

 客人の男は、外の日差しを背にしているジョゼフから離れ、部屋の中ほどでつばの広い帽子を脱いだ。

 長く伸びた金髪の下の顔は、一言で表現すれば極端なまでに美しく、それゆえ絵画的な非現実感を漂わせている。けれど、切れ長な瞳は研いだ刃物のように鋭く、そして金色の髪から長いとがった耳が伸びている。

 彼は、人間とよく似ているが人間とは決定的に違う、この星を二分するもう一つの種族、エルフだった。

「信用してもらいたいものだな。なにせ、お前を城に招くときには毎回苦労する。エルフと接触しているなどということが公になれば、余は異端者として国王を追われるだけでなく、このガリアもどうなるかわからんのだから」

「無理を強いているということは重々承知している。ただし、それなりの代償を与えてはいるはずだが……」

「確かにな、お前たちは人間の世界にはないものを色々と持っている。お前たちが我らを蛮人などと呼ぶのも納得がいくものだ。だが、もっと楽にしたければその耳を隠せばいいだけの話ではないか? いつばれるか危なっかしい帽子なんぞより、お前たちの魔法なら容姿を変えるなどたやすかろう。やはり、蛮人に化けるのはプライドが許さんか? ビダーシャル卿」

 せせら笑うようなジョゼフの態度にも、ビダーシャルと呼ばれたエルフは表情を動かさなかった。

 エルフは、ハルケギニアの東方に広がる砂漠地帯に住む長命の種族である。

 人間の有史、始祖ブリミルの降臨のはるか以前から文明を持つと言われ、強力な先住魔法を使う強力な戦士たち。

 そして、人間にもっとも近い亜人といわれながら、もっとも人と敵対してきた種族。

 

 数千年前から数百年前まで、人間とエルフは数限りなく戦争を繰り返してきた。

 エルフの支配地にある、始祖ブリミルの降臨したという聖地を奪還する聖地回復戦争。

 しかし、圧倒的に強力なエルフの力の前に、人間側は敗退を繰り返してきた。

 戦いしかない歴史の中で、人間はエルフを異教の悪魔とみなし、エルフは人間を野蛮で遅れた蛮人と蔑視する。

 当然、友好的な交流などは生まれようはずもない。

 

 今や、エルフはハルケギニアの中では、伝説で誇張されて怪物扱いされ、人々のあいだで恐れられている。

 だが、それほどまでに恐怖されるエルフと、ジョゼフはなんでもないことのように会話している。

 この光景を城の人間が見たら、恐怖で口を閉ざすか、それとも卒倒するか。

 なぜ、このような光景が生まれたのか? それは、今から四ヶ月ほど時をさかのぼったある日のこと。

 いつものように、グラン・トロワで政務を処理していたジョゼフの元に、何の前触れも無くビダーシャルはやってきた。

 

「誰だ? お前は」

「我は”ネフテス”のビダーシャルだ。ガリア王ジョゼフ、まずは出会いに感謝しよう」

「エルフか、警護の兵士たちはどうした?」

「お前の部下たちには、しばらくのあいだ眠ってもらった。願わくば、話し合いの機会を設けられたい」

「ふ、招かざる客にしては、無作法だな……よかろう、座れ」

 

 それが、ジョゼフとエルフの使者としてやってきたビダーシャルとの邂逅であった。

 ビダーシャルは、自身がエルフをまとめるところの国家機関であるネフテスからの使者であることをまず名乗り、その来訪の目的を語った。

「最近、我らの守りし”シャイターンの門”の動きが活発になってきた」

「聖地のことか?」

「お前たちにとっては聖地でも、我らには忌まわしき”シャイターン(悪魔)の門”だ。六千年前に、大厄災をもたらした」

「それが動き出したということは、なにかの予兆か?」

 ビダーシャルは一呼吸おくと、ややためらいがちに口を開いた。

「我らの予言にはこうある。四つの悪魔揃いしとき、真の悪魔の力目覚める。真の悪魔の力は、再び大厄災をもたらすであろうと」

「悪魔の力?」

「お前たちのいう、”虚無”の力のことだ」

「ほう……虚無」

 ハルケギニアの人間ならば、誰でも知っている伝説の名を聞いて、ジョゼフの口元に笑みがこぼれた。

 虚無とは、始祖ブリミルが伝えて、今でもメイジのあいだで使われている四系統魔法のほかにもう一つ、始祖ブリミル自身が使ったといわれる五番目の系統魔法のことだ。

 むろん、今では伝説上にしか存在しない代物だけれども、始祖の用いた聖なる魔法としてたたえられている。

「我らにとっては悪魔の力だ。このままでは、我らの平和は守れない。お前の力で、門に近づこうとする者たちを止めて欲しい」

「ふん。大事だな……しかし、大厄災と漠然と言うが、具体的にどのようなものなのだ?」

 ジョゼフが質問すると、ビダーシャルは少し考え込んだ様子を見せ、少々苦しげに口を開いた。

「実は我らにも、大厄災に関する詳しい資料は残っていない。歴史の文書が記され始めるのは、大厄災が起きてから、少なくとも数百年は経過してからで、大厄災に関してはおおむね口述による伝聞が大半なのだ」

「なんとな。ハルケギニアよりも、はるかに文化の進んだエルフにしてはあいまいなものだ」

「だが、我らの歴史は大厄災を境に、それより以前が切り落とされたかのように欠落している。さらに、記録が始まってからしばらくは、不毛の大地を切り開くことから始まり、それが数百年続く……」

「要するに、大厄災があったという状況証拠はそろっているというわけか」

 ビダーシャルは軽くうなづき、ジョゼフが彼の求めているだけの理解力を備えていることを確認した。だが、ジョゼフはそこで含み笑いを見せると、冷たく突き放すように言った。

「お前たちの事情はわかった。しかし、大厄災とやらがなんであれ、我ら人間には関係のないことだ。なぜエルフの安全のために、人間の王である余が力を尽くさねばならぬ?」

 それはまさしく現実的かつ、ビダーシャルには極めて重い反論だった。

 過去、エルフと人間は何度となく戦争を繰り返してきた。ここ数百年は膠着状態を保っているものの、不倶戴天の敵のために働けというのは、あまりに虫がよすぎるだろう。

 しかし、ビダーシャルもその反論は予想していたらしく、目を閉じると、澄んだ声で歌うように語り始めた。

 

「大厄災を伝える。数少ない伝承の一つを、我らは一言一句違えることなく語り継いできた……」

 

”昔、この世界はあふれんばかりの緑で覆われていた。

 不毛の砂漠も、草も生えぬ荒野も存在せず、すべての生き物は有り余る大地の恵みを受けて平和に暮らしていた。

 しかしあるとき、空から悪魔たちが大地に降り立ったことからすべてが変わった。

 彼らは強大な力でまたたくまに世界の理を崩し、ありとあらゆるものを作り変えていった。

 空はかすみ、水は濁り、大地は荒野と化した。

 生き残った我らの祖先と、シャイターンの軍勢との戦いはいつ果てるまでもなく続いた。

 さらに、天には悪魔の虹が輝き、地に生きる獣を魔物に変えていった……”

 

 そこまで話すと、いったんビダーシャルは口をつぐみ、ジョゼフの反応をうかがった。

「まるで黙示録……いや、ラグナロクといったところかな。平和な世界に突然悪魔がやってきて……定番の神話だな」

 ジョゼフが軽く拍手をしながらそう言うと、ビダーシャルの眉がぴくりと動く。

「……信じぬというのであれば別にいい。我は質問に答えただけで、聞いてからのことはお前の問題だ」

「ふっ、まあそう怒るな。悪気はなかったのだ、許せよ」

 初対面だというのに、まるで友人のように気安く、楽しげに話すジョゼフに、ビダーシャルは眉をひそめた。

「お前も、シャイターンを信奉する狂信者の一員なのか?」

 この場合のシャイターンとは、始祖ブリミルを指す。ハルケギニアであがめられている始祖を悪魔と言い放つエルフに、ジョゼフは笑い返した。

「余は神も始祖も信じてはおらぬ。余が信じているのは己だけだ」

「知っている。だから我らは、交渉相手にお前を選んだのだ」

「褒められたと思っておこう。では、現実的な問題に戻ろうか。お前たちは、余に聖地へ向かうやからを止めて欲しいという。相応の見返りはあるのだろうな?」

「向こう百年間の、”サハラ”における風石の採掘権と、各種の技術提供」

 風石は、船を空に浮かべるために不可欠の物質だ。大空軍を有するガリアにとっては、重要な戦略物資であり、民需としても需要が高い。風の精霊の力の結晶とされ、サハラにはそれが大量に埋蔵されているのだ。

 さらに、不毛の砂漠を切り開いて人の住める土地にするエルフの技術。水や土のメイジが荒地を開墾するのとはレベルが違う。

 それらを提供するという条件は、まさに破格といえた。

「気前がいいな」

「お前たちが信じる理想を曲げさせるのだ。当然だ」

 ジョゼフはわかった、というふうにうなずいた。

「よかろう、あともう一つだ」

「なんだ?」

「エルフの部下が欲しい」

 想像もしていなかったらしく、ビダーシャルの眉が曇った。

「交渉してみよう。期待に添えるように善処する」

「その必要はない。お前でいい。余の命ある限り、余に仕えよ」

 ビダーシャルは言葉を失った。

 この人間は何を言っているのかわかっているのか? 人間にとって最大の敵であるエルフを配下に欲するなど、想定の範囲を超えている。いや……そうではない。

 そこでビダーシャルは、ジョゼフの目の色に、自身がこの蛮人を見損なっていたことを悟った。

 ジョゼフは無言のうちに、いやならこの話はなかったことにと言っている。

 しまった……と、ビダーシャルは内心で後悔した。

 

”だから我らは、交渉相手にお前を選んだのだ”

 

 この一言で、ジョゼフはこちらに拒否権がないことを見破ったのだ。

 余計なことをしゃべりすぎたと思っても、すでに手遅れだった。風石や技術提供などは関係なしに、ジョゼフに断られたらエルフは人間に交渉相手を失う。人間たちの噂のままに、物欲や権力欲だけが強い愚王と思っていたら甘かった。こいつはとんだキツネだ。

 ためらっているビダーシャルに、ジョゼフは言い放つ。

「蛮人に仕えるのはプライドが許さぬか? お前たちは世界の均衡を、平和を、守りたいのだろう? はは、余の理想と一致するではないか。その余に仕えるということは、エルフの理想を守ることに他ならない」

「本国の意向もある。我の一存では……」

「バカが! 自分で決めろ」

 一喝され、ビダーシャルは進退窮まったことを悟らざるを得なかった。

 初めて表情にわずかに感情らしいものをかげらせ、一礼する。

「……よかろう。仕えよう。だが、それならば我にももう一つ条件がある」

「言ってみよ」

「お前に仕えるにしても、我は当分この地に滞在することになる。お前の権限で、この国のどこへでもゆける許可を、二人分出してほしい」

「二人分?」

 いぶかしげに尋ねるジョゼフに、ビダーシャルは観念したように息を吐いた。

「我がこの地に来た目的は、お前との交渉のほかにもう一つあった……シャイターンの門の活動の活発化に続いて、サハラの大いなる意思にも異変が生じ始めたのだ」

 大いなる意思とは、エルフなどのハルケギニアの先住民が信仰している、人間にとっての神に近い概念だ。精霊の力の源泉でもあり、言葉で表現するのであれば、自然界の意思とでも呼べばよいのか。ともかく、人間には、やや理解の難しい概念であり、ジョゼフもその例外ではなかった。

「具体的に言うとどういうことなのだ?」

「お前たちには感じられぬだろうがな。この世界は精霊の力によって、地、水、風などのバランスを整えて、平和を保っているのだ……そのバランスが、崩れ始めた。時期に沿って訪れるはずの風が変わり、水の流れが止まり、空に不気味な黒い影が現れるようになった。まるで、邪悪な意思を持つ何者かの影響を受けているかのように」

 それは、自然界のバランスが崩れることで生まれるアンバランス現象に他ならなかった。地球でも、かつてウルトラマン80と戦うことになるマイナスエネルギー怪獣が出現し始める以前に、植物が腐ったり、石が突然変色するなどの現象が発生している。人間よりも自然界に密接なエルフたちは、その変調を敏感に感じ取っていた。

 自然にまで影響をもたらせるような邪悪な存在、ジョゼフの知る限りにおいても、それは一つしかない。

「ヤプール……か」

 考えられる唯一の可能性に行き当たることで、ジョゼフも納得した。突如出現し、トリステインを滅亡寸前まで追い込んだという、謎の侵略者。恐るべき超獣や、人知を超えた不思議な力を行使すると聞き及んでいる。ヤプールの力は、遠くサハラにまで影響を及ぼしていたのだ。

「だから我は、異変の元凶であるハルケギニアで何が起きているのかを調べ、本国に報告せねばならない。むろん、お前との契約も果たすが、お前にも我の使命の邪魔はさせぬ」

「ああ、よかろう。なんでも、好きなだけ調べていくがいい」

「そうさせてもらおう。しかし、いちいち蛮人の目をごまかすために精霊の力を行使するわけにはいかぬ。ガリア王の許可状があれば動きやすいだろう。我と、もう一人助手としてついてきた者がいる。我が動けないときは、その者が代わってこの地の異変を本国に報告する手はずになっている」

「用意がよいな。いいだろう、今日中に文書にして渡してやる」

 向こうの申し出に比べたら、安すぎるくらいの代償であった。ジョゼフからしてみれば、ガリアの内情がエルフに漏れたとて痛くもかゆくもない。

 契約は成立し、ジョゼフはビダーシャルに下がってよいと告げた。しかしビダーシャルは動かずに、じっとジョゼフを見つめていた。

「どうした。なにか文句があるのか?」

「一つ、お前に聞きたい」

「言え」

「お前はなにを考えているのだ? お前が、世界の均衡と平和を望んでいるとは、その顔と態度を見るに、我には思えぬ。その上、我らは、お前が属する民族のよりどころであろう、神を、聖者を侮辱しているのだぞ? 正直なところを言えば、相当の悶着を想像していた。一筋縄ではいかぬと、本国では予想していた。どうしてあっさり我々に協力するのだ?」

 つまらなさそうな声で、ジョゼフは答えた。

「退屈だからだ」

「なんだと?」

「いいから去れ」

 用件があれば連絡はガーゴイルでとると言うと、ジョゼフは手を振ってビダーシャルを追い出した。

 

 その後、ジョゼフはガリアに滞在するビダーシャルと幾度かに渡って会う機会を持った。

 ビダーシャルは約束を守り、ジョゼフが要求する技術を可能な限り提供した。

 大国ガリアの作り上げた大規模な魔法研究施設。そこで秘密裏のうちに、新型のゴーレムや魔道具の開発を補助するのが、ジョゼフから与えられた命令だった。それが軍事利用に転用された場合、いずれ自分たちエルフを攻撃するために使われる危険性も充分にあったが、ビダーシャルに選択の余地はなかった。

 けれどジョゼフも約束を守り、ビダーシャルにガリア全土での自由な行動権を保障して、その行動を制約しようとはしなかった。

 また、たまにジョゼフのほうから呼びつけて、国内で起きている精霊の力の変調を聞くことはあった。それを何に役立てるのかについては、ジョゼフは一切の口を閉ざしてはいたが。

 

 

 そして今日、珍しくビダーシャルのほうから会談を持ちたいという知らせを受けたジョゼフは、一切の政務をキャンセルして、部下となったエルフの客人を招きいれていた。

「しばらくぶりだな。どうだ、頼んでおいたものは順調かね?」

「お前の期待を裏切らない程度には努力している。予定を下回ることはないはずだ」

 つまらなさそうに答えたビダーシャルに、ジョゼフは怒らなかった。彼が嫌々協力していることなどは先刻承知している。無能王として、他人からの蔑視や敵意の視線に慣れているジョゼフにとっては、この程度の不満を向けられるなどあいさつのようなものである。

「順調ならばけっこう。資材や人員など、必要なものがあれば言うといい。簡単なものならすぐ送り、難しいものでも揃えさせよう」

「ならば、齢二百年以上の火竜の鱗を十頭分ほど」

「よかろう。すぐに集めさせよう」

 ささやかな嫌味にも本気で答えたジョゼフに、ビダーシャルは覚悟していたはずなのに脱力を覚えた。老齢した火竜はスクウェアメイジや数千の軍隊をもしのぎ、本気で集めようとしたら軍艦を出して、さらに何千人の犠牲がいることか知れない。

 ビダーシャルは早くも疲れた声で、「冗談だ」とだけつぶやいた。

「おやおや、エルフも冗談を言うのか! これは勉強になる」

「余計な世話だ。我も先に聞いておくが、お前に要求しておいた件は、できているのだろうな?」

「ああ、ロマリア宗教庁の内部事情など調べておいた、聖地にもっとも執着があるのは連中だからな。どうやら今のところ、表立った動きはないようだ」

「ならばいい」

 ロマリアはガリア南方にある、ブリミル教の総本山である。始祖の子孫が統治している各国と異なり、始祖の弟子が作ったという、小国ながら周辺の都市国家を傘下におさめ、ハルケギニア全土への影響力も絶大である。

 むろん、エルフに対する敵愾心の塊でもあるので、ビダーシャルもうかつには近づけない。そのため、ジョゼフを通して間接的にその動向を調べていたのだ。

 聞きたいことを聞いたビダーシャルは、感謝の色も見せずに視線を逸らした。ジョゼフも、それでいいとばかりに、暗い笑みを口元に浮かべる。初対面から数ヶ月経つというのに、両者のあいだには友好的な兆しは一切存在しないようである。

「調査は、引き続いて要求しておく」

「引き受けよう。ところで、今日はあの元気なお嬢さんは来ていないのかな?」

「彼女は単独で動きたいと言い、今の行方は知らん。お前の部下になったのは我だけで、彼女の行動に指図する権利はないはずだが?」

「そうだな。では本題に移ろうか。今日はどういった用向きかな?」

「ネフテスから、新たな指令が届いた」

「ほう……」

 ビダーシャルは、ジョゼフが興味を示したことを感じ取ると、大きめの手鏡のようなものを手渡した。

 しかし、それにはジョゼフの顔は映らない。代わりに映っているものは、広大な砂漠の風景。地球でいうのならばビデオに近いマジックアイテムらしかった。

「我らが故郷、砂漠(サハラ)の風景だ。今日、本国から届いた」

 つまりは、見ろということらしい。無駄口を叩いて興を削ぐ気はなかったジョゼフは、じっと鏡の中を凝視し、やがて砂色一色だった風景に変化が現れた。

 砂漠の中に、オアシスのように緑に覆われた一帯が、海に浮かぶ島のように存在している。よく見れば、オアシスの周りには薄い膜がドームのように覆っており、ジョゼフはそれが砂漠の中で生活環境を確保するための、なんらかの先住魔法であると判断した。

「我らの部族の一つが住む村の一つだ。三日前、この村が襲撃を受けた」

 ビダーシャルが言い終わるとすぐに、映像が空を向くと、雲ひとつなく晴れ渡っていた青空に黒いしみのような点が現れ、それは見る見るうちに長い首と甲殻の体を持つ怪獣の姿となって降り立ってきた。

「怪獣か……」

 ジョゼフがつぶやくと、ビダーシャルは不愉快そうに軽くうなづいた。

 着地の衝撃で吹き上がる砂の中から現れた怪獣は、全身を藍色の装甲で覆われ、前方に突き出た首の先には四つの目を持つ小さな頭を備え、背面からは二本の尻尾が長く伸びている。

 これはまぎれもなく、宇宙斬鉄怪獣ディノゾール。才人たちの地球での第二の怪獣頻出期の始まりを告げて、旧GUYSを全滅させて佐々木隊員がハルケギニアに来るきっかけを作り、ウルトラマンメビウスが地球で初めて戦った怪獣の同族が、この世界にもいたのだ。

 砂漠に降り立ったディノゾールは、目の前に広がるオアシスの緑に誘われるように前進を始めた。ディノゾールは宇宙空間でエネルギーとなる水素分子を必要とするために、惑星上では水場に引き付けられる性質を持つのである。

 だが、オアシスを目の前にしてディノゾールは見えない壁に当たった。まるで、空気が固化したかのようなそれによって、十歩ほど後退を余儀なくされる。見ると、いつの間にかオアシスの緑のふちに何人ものエルフが集まっている。

「村を守護する。我らの騎士たちだ」

「ほほぉ……」

 騎士と聞いて、ジョゼフの口元に笑みが漏れた。エルフは皆が強力な先住魔法を使用するが、その中でも人間同様戦闘を専門におこなう者たちは存在する。ビダーシャルも、城の警護の者たちを軽々と無力化してグラン・トロワの中に入ってくるほどの使い手ではあるものの、エルフの戦いというものは、さしものジョゼフも見たことはない。

 村に入れてなるものかと、エルフの戦士たちは全長七十七メートルにも及ぶ巨大怪獣に挑んでいく。

 戦いの口火を切ったのは、騎士たちの中でも小柄な者だった。彼がなにやら呪文を唱えると、砂漠の砂が渦を巻いて、直径五十メートルほどの流砂となってディノゾールを飲み込もうとしていく。

「見事だな」

 率直な感嘆をジョゼフは述べた。人間も、土のメイジは大地を操ることはできるが、局地的なものにすぎない。仮に、土のスクウェアメイジを集めて、直径五十メイルの流砂を作ろうとすれば何十人必要になることか。

「これが、お前たちのいう精霊の力というものか?」

「そうだ。我らは自然の万物に宿る精霊の力と契約し、その力を行使する。今のは、砂に宿る精霊の力を借りたものだ」

 エルフの先住魔法は、人間の系統魔法とは基本からして違う。系統魔法が、人間の精神力を糧にして様々な現象を発生させるのに対して、先住魔法は自然の力そのものを利用する。端的に述べるならば、仮に岩を動かすとしたら、系統魔法は岩を自分で押して動かす。しかし先住魔法は、岩に「動いてくれ」と頼んだら岩が自分で動いてくれる。どちらが強力かは論ずるまでもない。

 ディノゾールは水の上の石が沈むように、流砂の中へと吸い込まれていく。だが、宇宙怪獣であるディノゾールにとっては、重力が邪魔になるなら飛べばすむだけの話である。すぐに流砂から脱出すると、再度進撃を開始した。

 同時に、目の前にいる小さな生き物が邪魔だということを理解したのか、ディノゾールは背中から液体焼夷弾、『融合ハイドロプロパルサー』を、エルフたちに乱射した。たちまち爆発の嵐がエルフたちを襲い、エルフたちの姿がかき消される。

「死んだかな?」

 と、ジョゼフは冷酷に判断した。あれだけの火炎、たとえスクウェアメイジの全力の風でも受け流せまい。ならばエルフがどうやって回避するか、見ものだと思った。

 かつて東京の街を火の海にした火炎はエルフたちのいる至近で吹き上がり、紅蓮が周りを包み込む。人間ならば簡単に焼死してしまうほどの火炎量だ。けれど、炎が収まった後でエルフたちは同じ場所に変わらぬ姿で立っていた。

「カウンターだな」

「そうだ」

 ジョゼフの質問に、ビダーシャルは一口で答えた。

 カウンター・反射とは精霊の力を自身の周りに張り巡らせて敵の攻撃を跳ね返す先住魔法の一つである。その強度はスクウェアメイジの魔法すらそのまま返すほど頑強で、人間がエルフと戦って勝てない大きな理由の一つが、この鉄壁のガードにある。

 小柄なエルフは、使う魔法を誤ったなと言われたように後ろに下がり、今度はやや年配のエルフたちが前に出る。

 それからの戦いは、スクウェアクラスのメイジを何人も部下に持つジョゼフにしても、圧巻の光景であった。

 

 あるエルフが手をかざすと、オアシスの木々から触手のように枝や根が何百メートルも伸びて怪獣をからめとった。

 砂が生き物のように動くと、全長十メイルもの槍の形をした塊になって、それを数百本作り出した。

 また、別のメイジは大気を歪めて巨大なレンズを作り出し、太陽光をレーザーのように変えて照射した。

 最後に、幾本もの竜巻が起こり、真空波で怪獣を四方から切りつけた。

 

 それら、わずか数分足らずの出来事だけでも、ジョゼフはエルフがなぜ恐れられているのかを理解するのに充分だった。

 たった四人程度なのに、まるで自然を己が手足としているようなこの威力。これだけで、人間ならば数千の兵を一瞬にして葬ることが可能だろう。一個軍団がそろったときのエルフの力は、もはや想像に余りある。

 

 だが、相手が人間ならばこれで勝負がついたであろう攻撃も、その相手が違えば結果も違う。

 エルフたちの起こした、一個の街をも瓦礫の山に変えられそうな天変地異が過ぎ去った後、そこには全身を切り刻まれ、さらに長い首の付け根をざっくりと切り裂かれたディノゾールが横たわっていた。

 エルフたちは手を取り合い、勝利の喜びに沸いているのが見ただけでもわかる。しかし、これで終わりならばビダーシャルがわざわざ見せる必要などはない。

 突然、死んだと思われていたディノゾールの体が震え始めた。千切れていた頭の代わりに長い尻尾が生え、腕が大型化して逆立ちのような形で立ち上がる。さらに、長く伸びていた二本の尻尾が引っ込み、そこから頭が二つ生えると、ディノゾールは上下逆さまの双頭の怪獣となって復活したのである。

『ばかな!』

 声は聞こえなくても、エルフたちがそう叫んだのはジョゼフにもわかった。

 これこそ、ディノゾールの進化形態ディノゾールリバース。ディノゾールには特殊な再生能力があり、一度致命傷を受けても生物学的な極性を反転させてパワーアップすることができるのだ。

 そう、怪獣とは、生物の常識を超えた生物のことなのである。

 エルフたちをはっきりと敵とみなしたディノゾールは、砂漠を地響きを立てて前進していく。

 当然、エルフたちも先程よりも強力な先住魔法で応戦する。しかし、今のディノゾールには通じない。

 融合ハイドロプロパルサー乱射で周りを炎に包み込むのはもちろん、奴の双頭の口が開かれたと思った瞬間、エルフたちの放った砂の槍や竜巻、植物の触手などはすべてバラバラに切り裂かれて粉砕されてしまった。

「なに……?」

 ジョゼフもエルフたちも、なにが起こったのかわからなかった。奴が何かを仕掛けたのは確かだ。けれど、何も見えなかった。

 いや……エルフたちは風の精霊の力を借りて、空気を切るような鋭い音を感じた。

 まるで鞭を振るうような……まさか!

 それは、ディノゾールリバースの口から放たれる、一ミリの一万分の一という細さしかない奴の舌、『断層スクープテイザー』の放つ音だった。これは、かつてGUYSのガンクルセイダー隊を全滅させた武器で、あらゆる金属を切断する威力を持つ。さらには、振り回せばバリヤーとしての効果も発揮でき、マケット怪獣ウィンダムのレーザーショットを軽々と防ぐ強度まで備えているのである。

 むろん、ディノゾールリバースは相手がなんであれ容赦などするつもりはまったくなかった。

 音速を軽く突破する断層スクープテイザーが振られ、直撃をこうむった一人のエルフが吹き飛ばされた。鉄壁のカウンターとて無敵ではない、どんなバリアーにも共通することだが、強度を上回る威力を当てられたら破られる。攻撃を喰らったエルフは、なにが起こったのかさえわからずに体にななめに走った傷口を見て気を失った。もし、カウンターや精霊の力を何重にも使った防備をあらかじめしていなかったら、彼の体は両断されていたに違いない。

 仲間が助けようと彼に向かって飛んでいく。エルフの治癒の力は、死者をも蘇生させると言われるけれど、傷の具合によっては助からないことも当然ある。が、人数が半減したらいくらエルフの力でも怪獣を食い止めることはできなくなった。

 あらゆる攻撃を断層スクープテイザーで跳ね返し、オアシスに乱入したディノゾールリバースは怒りをぶちまけるように無差別に暴れまわる。こうなれば、エルフたちもオアシスそのものを破壊しかねないために、うかつな攻撃はできなくなった。いや、戦って勝つなどといったことがもはや不可能であることを彼らは理解せざるを得なかった。むしろこれ以上怒らせては、戦う力には乏しい女子供を守ることすらできなくなる。彼らは抵抗するのをやめて女子供を連れて逃げ、嵐が過ぎるのをじっと待つしかできなかった。

 

 魔法の鏡は記録したものを映し終わると黒一色に変わり、ジョゼフは必要のなくなったそれを持ち主に返した。

「いや、なかなか面白い見世物だった。サハラでは、あのようなことを毎日やっているのか?」

「同じようなことは、すでにサハラ全土で起き始めている。これまで地の底から現れた獣たちはどうにか撃退はしてきたのだが、空から現れる獣たちは地から現れるものたちとはまったく違う……なんとかその後、首都アディールから集めた戦士たちが協力して倒したが、被害は甚大だった」

 ビダーシャルは、暗い様子で続けた。

「精霊の力は、日に日に不安定になっていく。このハルケギニアでも、連日怪物の出現が増えていくのはそのためだ。歪んだ精霊の力が、地の底に眠っていたものたちを次々と呼び起こしているのだ」

「なるほど、言われてみたら報告にあがってくる、怪物につぶされた町や村の数が増えてきたような気がする。おかげで、軍も休む暇がないと大臣がぼやいていた」

 まるで人事のように話すジョゼフにビダーシャルは嫌悪感を覚えたものの、ジョゼフの人柄はすでに承知していたので無言で流した。

「大厄災を書き残したわずかな文献にはこうある。悪魔の力は、まずはじめに地より巨大なる獣を目覚めさせ、続いて汚された地に引き寄せられるかのように、空から異形のものどもが現れはじめた。これは、まさに今の世界の状況と一致する」

 マイナスエネルギーの波動が、地底怪獣、古代怪獣たちを復活させ、その混乱に付け入るように宇宙怪獣が現れ始める。ヤプールによって仕組まれた混乱は、ボガールが死んだ後も、宇宙怪獣をこの星に呼び続けていたのだった。

「事情はわかった。それで、余にどうせよというのだ? ネフテスの意思を述べよ。ビダーシャル卿」

「このまま精霊の力の変動を放置しておいては、混乱に拍車がかかる一方だ。根本的な対策が見つかるまでのあいだ、我にもこの地の精霊の力を鎮めよと命がくだった」

「精霊の力を鎮める?」

「世界はつながっている。この地の不穏はやがてサハラにも影響を及ぼすかもしれん。そのため、乱れた世の理を修正する。これは、精霊の声を聞けない人間にはできない仕事だ。そして、お前にも頼みたいことがある……」

 そのとき、窓の外から一陣の冷たい風が吹き入り、花瓶に生けられていた花を揺らした。

「ほう……なるほど」

 ビダーシャルの口から発せられた、一つの要請を聞き終わったとき、ジョゼフの口元には皮肉げな笑みが浮かんでいた。

「本気だな。お前たちエルフも」

「かつての伝説では、大厄災から我らを救ったという聖者によって、この世界の地の底には無数の魔物が眠りにつかされたとある。もし、それらが一斉に目覚めるようなことになれば、お前たちと我ら、どちらの世界も無事ではすまなくなる」

 そこには、ある種の悲壮感が漂っていた。

 対してジョゼフは、群青色の瞳を細めて、なにやら考え込むように瞑目している。実際、この要求は彼にとっても、かなり呑みがたい条件であると思われた。しかし、ビダーシャルに技術提供を受けて作ろうとしているものは、まだまだ中途半端で人間の力だけでは完成は望みがたい。ただでさえ破格の提供を受けている身、ここで要求を断絶され、それらを失うのは惜しい。ここでなんと答えるかが正念場であった。

「いいだろう。ネフテスには、余が了解したと返信するがよい」

「そうか……」

 交渉が受け入れられると、ビダーシャルは安堵したような色をわずかに見せた。

 

 会談が済むと、ビダーシャルはまるで逃げるように立ち去っていった。

「やれやれ、嫌われたものだな」

 人から嫌われるような性格だとは自覚しているけれど、エルフにも嫌われるとは重症らしい。まあ、どうでもいいことだ。今更治そうとも思わないし治るとも思っていない。

 ビダーシャルが去り、しばらく経つとジョゼフはシェフィールドを呼び寄せて尋ねた。

「今の奴の話、どう思う?」

「彼らは我々を蛮人とさげすんでいます。ビターシャル卿のおっしゃったことに、偽りはないものと思いますわ」

「余も同意見だ。それにしても、奴らもなかなかに無茶を押し付けてくれる。おかげで、余はこれから大臣たちに小言を言われねばならん。年寄りの話は長くて退屈で、うんざりするものだ」

「それだけに、相当切羽詰っているのも確かでしょう。自分たちの弱みを、わざわざ教えてくれるとは」

 シェフィールドの答えに、ジョゼフは満足げにうなずいた。エルフはあまりにも人間よりも優れているため、人間となんらかの接触を持つ場合でも『話し合ってやる』と、傲慢な態度に出ることがほとんどなのである。しかしそれゆえに、自身と対等以上の立場を持つ相手との交渉術は不得手であった。

「彼らエルフに比べたら、我ら人間がいかに汚れた種族かというのがよくわかるものだ」

 それは辛辣極まる皮肉であった。宮廷闘争を勝ち抜いてきたジョゼフにとって、人間をあなどってやってきたビダーシャルを手玉にとるなどは児戯にも等しい。しかし、エルフたちの思惑はどうあれ、ジョゼフにはジョゼフの目論見がある。

「かつてこの世界を破滅させたという大厄災か……眉唾物かと思っていたが、少々興味が湧いて来たな」

 暗い笑みをジョゼフはこぼした。ビダーシャルの言ったことが本当だとしたら、その時は現実にすぐそこまで来ているということになる。

「大厄災をもたらすものは、四つの悪魔の力……ふふふ、面白いではないか」

「ジョゼフさま」

「アルビオンのゲームは、余の敗北であった。しかし、どうやら次のゲームが見つかったようだ」

 プレゼントの小包を破った子供のような笑みがジョゼフの顔に満ちる。その主人の笑みを見て、シェフィールドも恍惚とした喜びを表した。

「ジョゼフさま、それでは……」

「うむ、世界を滅ぼすという力、それが余の掌中に収まったらどうなるか……エルフの先住、そして伝説の虚無の力、ゲームの賞品としてなかなかに食指をそそる。先日の件で、対局相手にもそれなりの力量があることも知れた」

 先日、リッシュモンを扇動して起こさせた事件の顛末はすべてジョゼフの知るところだった。反乱を事前に鎮圧し、国内をほぼ統一したトリステインのアンリエッタと取り巻きたち、アルビオンの阿呆な貴族たちよりは楽しめそうだ。

「言い伝えでは、始祖の血を引くものたちは、それぞれの国の王族の源流となったそうだ。ということは、各国にそれぞれ一人ずつ、虚無の継承者がいることになる。まずは、それをあぶりだすとするか」

「それは、いかようにして?」

「なに、始祖の力はその継承者が時を迎えれば目覚めるはずだ。ビダーシャルの言うとおりならば、虚無の担い手たちは自然に世に現れるだろう。ならば、それを少々後押ししてやろうではないか」

 計画を練るジョゼフの顔は、心底楽しそうにシェフィールドには見えた。

「では、まずはどの国から……?」

「ふむ、そうだな……おっと、忘れていたが、今度トリステインではアルビオンの新国王と婚礼の儀があるそうだな?」

「はっ、我が国からは、新鋭の戦列艦、シャルル・オルレアン号を使節として派遣する予定ですわ」

「シャルル・オルレアン……シャルルの、我が弟の名を受け継いだ艦か」

 その名を聞いたときの、ジョゼフの表情が何を意味するのか、シェフィールドにも判然とはしなかった。ジョゼフによって暗殺された弟の名を、この新鋭艦につけたのはほかでもないジョゼフである。その真意が何にあったのかを知るものは、ジョゼフ以外にはいない。

 ひとしきり考えたあとで、ジョゼフは含み笑いをするとシェフィールドに命じた。

「よいだろう。余のミューズ、お前に特に命ずる。お前の裁量で、派遣使節のすべてを取り仕切れ。ははっ、せいぜいガリアとして恥ずかしくないくらいに、身なりを整えさせよ」

「お心のままに……ご期待に添えられますよう、身命を注ぎますわ」

 ジョゼフからの信頼を一身に受け取ったと感じたシェフィールドは、その胸を熱くして頭を垂れた。

 

 

 続く


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