ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第26話  群青の湖の悪魔と伝説

 第26話

 群青の湖の悪魔と伝説

 

 液体大怪獣 コスモリキッド 登場!

 

 

 トリステインの西方、ガリア王国と国境を接する内陸部にハルケギニア最大の湖、ラグドリアン湖はある。その規模は六百数平方キロメイルの広大さを誇り、その景観の美しさをもって人造物の追随を許さない。

 しかし、この湖は人間の所有物ではないことも知られている。水の精霊、湖底のはるか深くに住まうという、人間よりもはるかに古い、ハルケギニアの先住民がその主なのである。

 彼らは一説には、数万年もの長い時を変わらずに存在し続け、誰も見たことのない深い湖の底に独自の都市と王国を持っているという。誰も確かめようのない伝説ではあるが、彼らは確かに存在する。

 

 湖水はなみなみと澄んだ水をたたえ、画家がいたとしたら絵筆をとらずにはいられないことだろう。数ヶ月前にその水の精霊によって水位を上昇させられ、沿岸部の住民が遠のいていたが、今では平常に戻った湖水のほとりの道を旅人がいきかっている。

 だが、宝石のように美しい水の中に、人間の目を逃れて住まうものは果たして水の精霊だけなのだろうか……

 

 湖の湖畔……街道から外れて、藪の中の獣道を進んで出る静かな湖岸で一人の老人が釣り糸を垂れていた。白髪で、しわに覆われた顔の枯れ木のような体つき。でも、若い頃は漁師をやっていたのか、体に刻まれた幾筋もの傷跡や、筋肉のなごりが人生を物語るような、小さな老人がそこにいた。

 周りにはほかの釣り人の姿もなく、あるものといえば虫の羽音くらいの中で、老人は朝からずっと、眠っているように釣竿を握っている。

 そんな老人の後ろに、いつの間に現れたのか一人の男が現れていた。

「もし、ご老人」

「なんじゃい」

 振り返らずに返事を返した老人に、その男は「釣れますか?」と何気なく質問した。返って来た答えは、「さっぱりじゃ」と、そっけない。びくの中をのぞいて見ると、雑魚の一匹たりとて入ってはいなかった。老人は不機嫌そうに釣竿を振ると、愚痴るようにつぶやいた。

「ここ最近は外道もろくにかからん。以前はこんなことはなかったんじゃがな。まったく、このあいだの異常増水もやっとおさまってほっとしたところにまたこれじゃ、水の精霊さまは何を考えておられるんじゃのう」

 うんざりしたようにぼやくと、老人は沖合いを見つめた。今日はよく晴れていて対岸もうっすらと見渡せる。ラグドリアン湖は水の精霊の居場所というだけでなく、ガリアとトリステインの国境の要所なので、両国の取り決めによって対岸に一定以上大きな街や港の建造は禁止されている。そのおかげで、自然が保護されて良好な漁場として両国の民の舌を潤しているが、今はまるで巨大な水溜りのように見えた。

 老人は、何もかかっていない針を引き上げると、ため息をついてまた放った。小さな水音がして、水面には浮きだけが顔を見せている。男は、しばらくその浮きをじっと見詰めていたが、やがて老人に警告するように告げた。

「ご老人、今日はもう帰ったほうがいい」

「なんじゃ、まだ日は高いぞ。それにわしゃ、今日の晩飯を釣って帰ると孫と約束しとるんじゃ」

「いくら粘っても今日は釣れはしない。孫には早めに帰って謝るといい」

 無愛想に告げる男の言うことに、老人は当然のように拒否した。わしは五十年以上この湖に住んでいる、若造が知ったような口を利くなと。しかし、男は語気を強めると、再度老人に警告した。 

「もう時間がない。急いで立ち去れ……命が惜しかったらな」

「なにを言うとるんじゃ、ここは昔からわしの専用の穴場じゃ、よそ者などに……」

 異変は、老人が抗議の言葉を終わる前に始まった。

 老人の前から五十メイルばかり離れた湖面が突然泡立ったかと思うと、巨大な水柱が立ち上りはじめた。

「わわっ! なんじゃ、なんじゃ!?」

「遅かったか」

 狼狽する老人と、憮然として見上げる男の前で水柱はどんどん高くなり、水しぶきが雨のように二人に降り注ぐ。そして、その中から青い肌をした巨大な怪獣が姿を現した。全長はおよそ六十メイル、鼻先と頭の両側に巨大な角がついていて、そいつの作り出した影に二人は覆い隠された。

「ひええぇっ! たす、助けてくれぇ!」

 老人は釣り道具を放り出して逃げ出した。しかし、男のほうは身じろぎもせずに、湖水から上がって自分たちへと向かってくる怪獣を見上げていた。

「現れたな……怪獣め」

 

 ことの始まりは、その数時間ほど前にさかのぼる……

 

 ハルケギニアの気候も秋から冬へと変わりゆくそんな夜明けの日、朝霜を踏みしめて、一人の男が湖畔に立っていた。

 背格好はトリステインでよく見る平民のものと変わりなく、道を歩いていても誰も気に止めることはないだろう。しかし、彼はハルケギニアではまず見ることのできない黒い髪を持ち、さらに注意して見てみたら、彼の洋服の左胸付近に、白い翼をイメージしたエンブレムがあしらわれているのがわかるだろう。

 彼の名はセリザワ・カズヤ、またの名をウルトラマンヒカリという。

 

 二ヶ月前のヤプールとの決戦の後、エースと、彼と同化している才人とルイズたちを補佐するためにセリザワはこの世界に残った。それからしばらく、彼はこの世界のことを知るために、魔法学院の警備として勤めてきた。だが、今は違った。

 トリステインの国土を歩いて回り、その場に怪異や異変が起きていないかを調べ、時には解決に手を貸す。それは普段学院から自由に動くことのできない才人とルイズに代わって、ヤプールが復活するのなら、その予兆を一刻を早くつかむため。

 そしてもう一つ、ウルトラマンヒカリにとって絶対に座視することのできない目的があった。

「ボガール……この世界のどこかに、貴様がいるのか……?」

 その忌まわしい名を口にするとき、セリザワ……ヒカリの脳裏にはある悲劇が蘇ってくる。

 かつて、奇跡の星と呼ばれ、ヒカリが守り抜こうと決めた星・アーブ。そのアーブを滅ぼした宇宙の悪魔ボガール。メビウスと力を合わせて、仕留めたはずのボガールが蘇り、この世界に潜伏しているかもしれない。あの悲劇をこの美しい星で繰り返させないために、ボガールを探し出して討伐する。それがヒカリのもう一つの目的であった。

 セリザワの胸中には、ハルケギニアに来る前にゾフィーからのウルトラサインで伝えられた事実が深く焼きついている。M78星雲のアニマル星を多量のレッサーボガールが襲い、それらを使役していたのが間違いなくボガールであったということ。同時に、ボガールの背後にはヤプールがいるということも。

「何度蘇ろうとも、貴様の野望は俺が砕く。今度は、宇宙警備隊員として」

 彼はまだ、ウルトラマンジャスティスが月面上でボガールを撃破したことを知らない。

 

 そして今日、セリザワはこのラグドリアン湖へとやってきた。理由は、近隣の住民から最近この湖の近辺で人間や家畜が行方不明になる事件が頻発していると聞きつけたからだ。むろん、それだけならば、単なる失踪や誘拐事件と、よくあることですまされるかもしれない。だが先日、水の精霊のために水没していた村の住人が、水が引いたために帰ってきて再建の準備をしていたところ、一夜にしてその数十人が消えてしまったために、今では恐れをなして人々はめったに湖に近寄らなくなっていた。

「美しい湖だな……」

 湖畔に立ったセリザワは、朝日を受けて輝く湖を見て、思わずそうつぶやいた。ヒカリの故郷、光の国や惑星アーブ、地球にも勝るとも劣らない神々しさを秘めた輝き……魔法であろうが科学であろうが、数千年をかけて作られた大自然の造詣を再現することは不可能だろう。

 けれど、セリザワはこの美しい風景に大きく欠けているものがあることにも気づいていた。

 湖畔は静まり返り、水を飲む動物も水鳥の気配もない。湖水は鏡のように平坦で、魚一匹跳ねることもない。

 静かすぎる……異常なほどに、生き物の気配そのものが、これほどの湖だというのにほとんど感じられなかった。

 ラグドリアン湖は、無機質な絵画のような光に包まれて、セリザワの砂利を踏みつける足音のみが響いている。

 ふと、水際でセリザワは立ち止まった。同時に湖のほうを睨み、鋭い声で告げる。

「出て来い。私を見ているのは気づいている」

 すると、湖畔に立ったセリザワの前で、湖水が揺らめいてアメーバのように一部が浮き上がり始めた。セリザワは右手に左手を添え、いつでもナイトブレスを展開できるように備える。水の塊はそのまま浮上を続けると、湖水から二メートルほどの高さで止まって、やがて不完全な人間の形をとった。それは、湖の主である水の精霊が人間と会うときに、人の姿を模して現れる姿だった。

 水の精霊は、警戒するセリザワの前でぐにゃぐにゃと形を整えると、よく澄んだ声で彼に話しかけた。

「近頃は、わずかも月が交差する前にめずらしい客がよく来るものだ。光の戦士よ」

「私がわかるのか?」

 自分がウルトラマンであることを知っている。そして、その声に敵意がないことを悟ると、セリザワは手を下ろした。 

「水の流れが、我にとってはお前たちの目のようなものだ。特に、お前たちはとても強い息吹をその生命から発している。以前やってきた、お前よりも若い二人もそうだった」

 水の精霊は、以前に才人とルイズがスコーピスと戦ったときのことを覚えていた。あのとき、湖の付近で砂漠化を進めていたスコーピスをエースが倒さなかったら、ラグドリアン湖も枯れ果てていたかもしれない。セリザワは、そのときのことを水の精霊から聞かされると、なるほどとうなずいた。

「そうか、あの二人がな……」

「かの者たちには、我は大いなる恩がある。彼らに似た気配を持つ者よ。何用にてやってきた?」

 そう尋ねる水の精霊に、セリザワは自分がラグドリアン湖にやってきた目的を話した。自分たちウルトラマンは宇宙の平和を守るために戦っていること、この世界に世界を崩壊させかねない凶悪な敵が入り込んでいること、そのため、最近この湖で頻発している行方不明事件を調べにやってきた。それはお前の仕業かとも尋ねると。

「それは我の関することではない。しかし、最近この湖に住み着き、荒らしているものがいる。そのもののしわざであろう」

 セリザワの眉がぴくりと動いた。そして「心当たりがあるのか?」と尋ねると、水の精霊の姿が揺れ動き、声が不快になった。

「ある夜、空から落ちてきた石よりそやつは現れた。世の理に従わぬ、我らとはまったく異種の生き物だった。奴は我の住まう水底にまで巣食い、湖の生き物を次々と捕食していった。我も憂慮している」

「なるほど、湖の不気味すぎるくらいの静かさはそのせいか。生き物のバランスが崩れれば、湖の水もやがて濁り始める」

 優秀な科学者でもあるヒカリは、一見平穏に見える湖の中で大変な事態が起きているのだと息を呑んだ。

 湖の生態系が崩れれば、大量発生や大量死亡による水質悪化が引き起こされ、それは一朝一夕には回復することはできない。水と同質の水の精霊にとっては、まさに死活問題であろう。

「危険な兆候だな。しかし、そいつがお前にとって害になる存在だとわかっているのなら、なぜ排除しようとしない? 聞けば、お前は水が触れた相手の心を奪うことも簡単にできるのではないか?」

「むろん試みた。だが、そいつはまるで我と同じように水と同化してしまうために、我の力も通じなかった」

 水の精霊の声に悔しさらしいものが混ざった。精霊にとって、水を扱ってうまくいかないことがあるなどということは、この上ない屈辱なのだろう。

「光の戦士よ。そこで我はお前に頼みごとをしたい。その、我に徒なす侵入者を退治してほしい。そうすれば、世界に散った我の一部を通して知った。世界の異変のことを教えよう」

「……いいだろう。俺としても見過ごすことのできない事態のようだ。それで、そいつのいる場所はわかるのか?」

 水の精霊は湖水の中へと沈んで消えた。しかし湖面には、まるでそこだけ石を投げ込み続けているような波紋が残り、それが静かに動き始めた。

 ついてこいということか、水の精霊の意図を理解したセリザワの姿も湖畔から消えた。

 

 

 そしてその数時間後……セリザワは、水の精霊の示した”敵”と対面していた。

「ドキュメントZATに記録。液体大怪獣コスモリキッドか」

 手に持ったGUYSメモリーディスプレイに表示されたデータに目を通し、セリザワはぽつりとつぶやいた。

 全長五十八メートル、体重六万トン。

 ウルトラマンタロウが二番目に戦った怪獣で、名前にコスモとあるとおり宇宙怪獣の一種といわれる。

 その最大の特徴は、名前のリキッドに象徴されるとおり、自らの体を液体化させ、水と同化することができるというものだ。これによって、恐らくは隕石などに付着して星々を渡り歩いたり、小川や池など水さえあればどんな場所にでも潜伏し、自由に実体化できるのだ。かつてもこれによって、とても怪獣が隠れることのできないような浅い川に潜んだりしている。今回も水の精霊の力が通用しなかったのも、この水と同化する能力ゆえであろう。

 さらに、こいつには忘れてはならない特徴がもう一つある。

 セリザワの忠告の意味をようやく理解し、老人は必死に走って逃げようとしていた。だが、それを血の匂いをかぎつけた鮫のような目で見つけたコスモリキッドは、口を大きく開くと真っ赤な舌を触手のように伸ばして、あっというまに老人をからめとってしまったのだ。

「わ、わ、ひぎゃぁぁっ!?」

 分厚いマットのような舌に巻き取られ、老人は悲鳴をあげながら引き戻されていった。その先には、鋭い牙の生えた口が待ち構えている。それを目の当たりにして、老人は自分が行方不明になった村の住人と同じことになったのを悟った。

 そう、コスモリキッドは肉食性の怪獣。かつての地球でも、確認されているだけで五人の人間がこうやってコスモリキッドに捕食されている。

 老人は、危険だから行くのはよせと止めてくれた息子や嫁の言葉に従わなかったことを後悔した。一番上の孫は自分を手伝って農作業をするようになり、来年早くには四番めの孫が生まれて、今度は自分が名づけ親になるはずだったのに……こんなことならもっと……

 だが、老人が絶望し、足が宙に浮きかけた瞬間、カマイタチのような鋭い斬撃がコスモリキッドの舌を切り裂いた。セリザワの持つ青い短剣、ナイトブレードの一撃である。深く切り裂かれた舌は力を失い、老人を離してだらりと垂れ下がる。ウルトラマンヒカリと一体化したセリザワは、ボガールヒューマンと渡り合えるほど超人的な身体能力を持ち、風のように素早く切り込んだのだ。

「逃げろ。決して振り向くな」

 助け出した老人に言い置くと、セリザワはすっとコスモリキッドを見上げた。老人は、何がなんだかわからないままに必死になって走っていく。けれど、コスモリキッドの舌はもう老人を追いはしない。獲物よりも、自分を傷つけたこしゃくなちびに腹を立てて、今度は捕らえるためではなく叩きつけるためにコスモリキッドは舌をセリザワに向かって振り下ろす。

「そうだ。お前の相手はこの俺だ」

 舌が当たる瞬間に、セリザワの姿は掻き消えて別の場所に移っていた。ウルトラマンの力を使った超高速移動、人間の目からしたら瞬間移動したように見えるだろう。

 コスモリキッドは怒って、さらに舌を振り下ろしたり、踏み潰そうと執拗にセリザワを襲う。しかし、セリザワはそのすべてをなんなくかわし、あの老人が安全な遠くまで逃げ延びたのを気配で確かめると、コスモリキッドから離れた場所で足を止めた。

「怪獣よ。ここはお前のいるべき場所ではない」

 セリザワが右腕を胸の前に掲げると、手首にウルトラマンキングから託された神秘のアイテム、ナイトブレスが出現する。そして、対となるナイトブレードを差し込むと同時に青い光があふれ出し、光の渦の中で青いウルトラの戦士、ウルトラマンヒカリへと変身。巨大化してコスモリキッドの前に立ちはだかった!

 

「セヤッ!」

 

 登場したヒカリは至近距離からのウルトラキックの一撃で戦いの幕を開けた。強烈なキックの威力に、コスモリキッドの巨体が吹っ飛び、湖の中に大きな水柱をあげる。ヒカリは湖岸に着地して足元から砂利を巻き上げて、湖へ向かって構えをとる。

 

 ウルトラ兄弟十一番目の戦士、ウルトラマンヒカリの戦いが始まった!

 

「トアッ!」

 湖の中から起き上がってきたコスモリキッドに、ヒカリの素早い回し蹴りが炸裂する。さらに、よろめいたコスモリキッドのボディに向かい、かがみこんでの正拳突きによる連続攻撃。巨大な太鼓を叩いたような轟音が鳴り、ひるんだコスモリキッドはいったん水中へと逃れようとするが、そうはさせじとヒカリも湖に飛び込んで追いかける。

「逃がさん!」

 この周辺は遠浅になっているので、ヒカリとコスモリキッドは足首までを水につけて格闘戦に入った。退路を塞ごうとするヒカリに、コスモリキッドも本気を出して襲い掛かってくる。角をふりかざし、太い腕で殴りつけてくるのをいなし、得意の中段からのミドルキックで迎え撃つ。

 しかし、コスモリキッドは水と同化する能力があるので湖の中へ逃れられたらまずい。そのとき、湖水を通じてヒカリに水の精霊が語りかけてきた。

「我の力で、彼奴が水に逃げ込むのを抑えていよう。しかし長くは持たない。いまのうちに倒すのだ」

「心得た!」

 水の精霊の援護のおかげで心置きなく戦える。ヒカリはジャンプすると、コスモリキッドの脳天にウルトラチョップを炸裂させ、その強烈な衝撃によって火花を散らせた。

 水の精霊はその戦いを見守りながら、悠久の時を積み重ねてきた記憶を蘇らせていた。

「すさまじい戦いよ……数えるのも愚かしいほどの時を重ねてきたが、歴史は繰り返すか。光の戦士よ、今一度悪しき者たちから世界を守ってくれ」

 ウルトラマンと怪獣の激突によって湖の水は荒れ、湖畔は津波に襲われて木々がなぎ倒される。

 美しい湖の景観は見るかげなく破壊され、この湖を愛する者が見たら激しく嘆くだろう。しかし、その美しい水の中に目に見えない毒が居座り続ける限り、湖はいずれ本当に死んでしまうに違いない。自らも破壊の一端となることを苦く心のうちにとどめて、ヒカリはパンチ、キックを繰り出し、腕を掴んで思い切り放り投げる。

 だが、ヒカリの攻撃のあいまを狙ってコスモリキッドも反撃に出る。怪力を活かしての突進攻撃に、毒を持っているとも言われる鋭い爪での攻撃。体格で勝っているがゆえの利点を活かして、ヒカリを追い立てようとする。

「さすが、タロウと渡り合っただけはあるな」

 ヒカリはコスモリキッドの戦歴を思い出して、あなどれない相手だと冷静に判断した。

 ウルトラマンタロウとコスモリキッドが戦ったのは都合二回。最初の一回はタロウに圧倒されて逃げ出しているが、二度目は再生怪獣ライブキングとタッグを組んだとはいえ、ウルトラ兄弟最強と言われているタロウを後一歩のところまで追い詰めている。

 けれど、強敵だとわかっていてもヒカリはひるまない。ハンターナイト・ツルギとしてボガールと戦っていたころから、ウルトラマンヒカリとなって生まれ変わった後も、再生怪獣サラマンドラ、宇宙大怪獣ベムスターといった強敵と戦って勝利してきている。その経験が自信となってヒカリを支えていた。

「ムゥン!」

 ハイキックによる横合いからの攻撃を顔面に食らわせ、間髪要れずに逆方向からのキックを加える。その攻撃で、コスモリキッドの左側の角がへし折れて水中へ吹っ飛び、自慢の角が折られたことで奴はあたふたと手足を振り回して慌てた。

 戦闘テクニックの差でコスモリキッドを圧倒するヒカリ。対するコスモリキッドは、まるで雷をはじめて見る子供のように右へ左へとうろたえて、手足を振り回すくらいの反撃しかできていない。

 なのに、湖水を通して戦いを見守っていた水の精霊は、次第に不自然さを感じ始めていた。

「どういうことだ……奴の力はまるで衰えていない。いや、むしろ攻めている彼のほうがどんどん力を失っていっている」

 そのことには、ヒカリも気づきはじめていた。攻撃は確実にヒットしているのにどうも手ごたえが妙だ。そのとき、ヒカリはへし折ったはずの奴の角がいつの間にか元に戻っていることに気づいた。

「あれは……そうか! 奴は液体怪獣だった」

 そのことに気づいたとき、妙な手ごたえの理由もわかった。コスモリキッドは瞬時に自分を水に変えることができる特殊な細胞を持っている。地球に出撃した個体も、その特性によってZATのミサイル攻撃がまったく通じなかった。殴っても衝撃はすべて吸収される。いわば水風船を殴っているようなものなのだ。

 また、メビウスたちが戦った憑依宇宙人サーペント星人も似た特性を持っていて、体組織のほとんどが水であるために、メビウスの攻撃を受けても瞬時に再生して彼らを苦しめている。コスモリキッドにも同じ能力が備わっていても不思議でもなんでもない。

「水に勝つためには、どうすれば……」

 ヒカリは、通常の攻撃では奴を倒せないと思った。サーペント星人はメビウスのメビュームブレードでもすぐに再生するほどの体を持っていたが、塩化ナトリウムを含んだ金属火災用消火弾、つまり塩を浴びせられて水分を失って倒されている。しかしここには塩はない。

 そして、かつて倒されたコスモリキッドは……そこまで考えたとき、コスモリキッドの口から舌が伸びてヒカリの体に絡み付いてきた。

「ヌワッ! やはり、弱った振りをしていたのか」

 能力に気を取られていたが、奴は意外に知能も高いようだ。体に巻きついた舌はゴムのように頑強で引きちぎれない。コスモリキッドは、このときを待っていたかのように舌を引き戻してヒカリへと爪を向けてくる。

 危険だ! 力比べではヒカリでも勝てない。

 湖の中で思うように踏ん張りが効かない。綱引きの姿勢をとりながら、ずるずると引っ張られていくヒカリを、コスモリキッドは文字通り舌なめずりして待ち構えている。ヒカリはとっさにナイトブレスに左手を当て、光の長剣を発生させた。

『ナイトビームブレード!』

 振り上げて舌を切り裂き、絡みついた舌を振りほどく。すると、水に落ちた舌はすぐに溶けてなくなってしまった。

「やはり、奴を相手にすることは水を相手にすることと同じか……」

 コスモリキッドは切られた舌を意にも介さずに、元気一杯に甲高い鳴き声をあげてくる。

 それなのに、ヒカリのエネルギーは減少する一方で、カラータイマーが赤く点滅を始めた。

 ウルトラマンは、地球のような惑星の大気中では急激にエネルギーを消耗する。残された時間はもうわずかだ。

 ヒカリは、疲労して苦しくなっていく息の中で考えた。水に勝つ手段、いかにでも形を変える水をいくら殴っても蹴っても結果は同じだ。ならば、高熱を浴びせて一瞬で蒸発させてしまえばどうだ!? ヒカリはエネルギーをナイトブレスに集中すると、十字に組んだ手から必殺の光線を放った!

 

『ナイトシュート!』

 

 青色の必殺光線が炸裂し、コスモリキッドの体で激しい爆発が引き起こる。

 だが、爆発が収まった後、コスモリキッドは胴体の突起物のいくつかが吹き飛んでいたものの、なおも健在な姿をそこに置き続けていたのである。

「だめか……くそっ!」

 奴を蒸発させるには威力が足りなかった。方法としては悪くなく、ここの湖に住む水の精霊も、体を炎であぶられたら蒸発して消滅してしまうと言われているとおり、理論上は間違っていなかったのだが、コスモリキッドの耐久力がヒカリの光線のそれを上回っていた。残念だが、すでにエネルギーをいちじるしく消耗していたこと、八十七万度の高熱を持つというゾフィーのM87光線が自分にはないのが悔やまれる。

 カラータイマーの点滅が早くなり、もう光線を放つのは無理だ。それでも、コスモリキッドの突進をジャンプでかわしながら、ヒカリはなおもあきらめずに考えた。ほかの兄弟に比べたら戦闘能力は低く、力の劣る自分にとって、それをおぎなう武器は科学者であることの知識と経験しかない。

 最初に現れたコスモリキッドはどうやって倒されたか。それは、タロウのウルトラフリーザーで全身を凍結させられて、ZATの鉄球攻撃で体をバラバラにされたからだ。しかし、ヒカリには冷凍系の技はない。ならばどうする? 奴を凍らせる。この温暖な場所で? 考えろ、考えろ。

 ヒカリは、コスモリキッドの爪をかわし、尻尾を避けながら必死に対処方法を練った。

 奴を溶かせるほどの塩はないし、海に連れて行っても海水と同化される危険性がある。

 ならば熱? だめだ、光線技を撃つ力は残ってないし、今ハルケギニアに噴火している火山はない。

 だとすれば、やはり低温……しかし、冷凍技はないし、極地に連れていこうにも遠すぎる。

 

 低温……遠くに行かず、光線を使わずに低温を作り出す方法……そんなものが……いや、待て!

 

「そうか……一つだけ方法がある!」

 可能性に思い至ったヒカリは、突進してくるコスモリキッドを、ジャンプして頭上を飛びこえた。

「ジュワッ!」

 空中で華麗に一回転し、コスモリキッドの後ろをとる。そのままヒカリは、奴が振り向く前に背中に抱きつくと、脇腹をがっちりと抱え込んで固定し、空中高く飛び上がった。

「シュワッ!」

 コスモリキッドを抱えたまま、ヒカリはラグドリアン湖の上空へとどんどん上昇していく。ヒカリの飛行速度はマッハ七、つまり音速の七倍の秒速二千三百八十メートルの猛速を発揮できるということだ。残念ながら、エネルギーの消耗によって速度は格段に落ちているとはいえ、当然ながらハルケギニアのいかなるものよりも速い。あっという間に小さくなっていくヒカリと怪獣の姿を見上げながら、水の精霊は人間でいうなら呆然としているかのようにつぶやいた。

「いったい……どうするつもりなのだ……?」

 それは、ヒカリにとっても一つの賭けだった。自分の力が尽きる前に上がりきれるか、またコスモリキッドの体組織が思ったとおりになってくれかどうか、保障はない。

 しかし、高度一千、五千、七千と上がっていくにつれて効果は次第にあがってきた。暴れていたコスモリキッドの体が霜を降った様に凍り始め、やがて動きが止まって彫像のようになっていく。

「効いて来たな。上空は、地上からの熱が届かないために気温は軽く零下を切る。そのまま凍り付いてしまえ!」

 ヒカリの作戦とはこれだった。たとえ地上が熱帯でも、高度を上げれば気温はみるみるうちに下がっていき、高度一万を超えて成層圏と呼ばれる場所に到達すれば、そこは零下五十度を下回る極寒地獄と化す。そんな場所では、水なんかあっという間に凍って当たり前なのだ。

 地上を離れること、高度一万一千メートル……もはや、地上に聳え立ついかなる大山脈の頂すら遠く及ばない高さにいたったとき、ヒカリはコスモリキッドを離した。奴はすでに白く結晶化した姿で、完全に沈黙している。液体は温度を下げれば固体に変わって動かなくなる。子供でも知っている単純な論理だが、コスモリキッドといえどもその法則から逃れることはできなかった。

 石のように落下していくコスモリキッドを見下ろし、ヒカリはもう一度ナイトビームブレードを引き出した。

 上段に構え、自由落下していくコスモリキッドをめがけて、自分も落下の速度を利用して一気に切りかかっていく。

「デャァァッ!」

 縦一閃の斬撃。青い閃光が閃き、ヒカリのシルエットがコスモリキッドと重なった刹那、彼はコスモリキッドよりも高度にして五百メートルほど下の空中に静止していた。

 落下していくコスモリキッドを背にして、ヒカリはナイトビームブレードを、左手で鞘に収めるようにして消し去った。その瞬間、コスモリキッドの頭部から股下までにかけて一列の亀裂が生じた。そして、亀裂はさらなる亀裂を呼び、コスモリキッドの全身へ蜘蛛の巣を幾重にもかぶせたような微細な筋が侵食していく。

 最後は、いうなれば霧であった。全身の細胞の一つ一つにいたるまで、打ち砕かれたコスモリキッドの体は爆発するでもなく、まるで空気中に溶けるように崩壊すると、白い霧となって風の中に舞い散っていった。

「ここまで粉砕すれば、もはや再生することはできまい」

 液体大怪獣コスモリキッドは、虚空に消えた。

 

 ウルトラマンヒカリの、勝利だ。

 

 コスモリキッドの最期を見届けたヒカリは、静かに地上を見回した。

 高度、およそ八千メートル……雲さえもはるか下で、この日は全国的に晴天だったらしく、ラグドリアン湖の周辺をはてしなく見渡すことができた。

「美しい星だ。これほど美しい星は、宇宙でもそうはあるまい」

 地球を、かつての惑星アーブをヒカリは思い出した。無限にある星々の中でも、これほどまでに恵まれた環境を有する星は一握りしか存在しない。まさに、宇宙に輝く一つの宝石といっていい。

 だが、それゆえにこの星も数々の侵略者たちの標的とされる運命から逃れることはできないだろう。他人の持つものをうらやみ、力づくで手に入れようと企む凶悪宇宙人はごまんといる。ヒカリは、そんな奴らのためにこの星が荒らされ、平和に暮らしている人々の幸せが壊されてはいけないと強く思った。

「アーブの民よ、見ていてくれ。俺はもう二度と、俺の前で惑星アーブの悲劇を繰り返させはしない」

 決意を新たに、ヒカリは美しい緑の星へと帰っていく。

 ヤプール、ボガール、まだ見ぬ未知の敵……戦いは、まだまだ続くのだ。

 

 ラグドリアン湖に帰還し、セリザワの姿に戻ったヒカリは水の精霊と再び相対していた。

「よくやってくれた。これで、湖もまた平和に戻った。感謝するぞ、光の戦士よ」

「礼にはおよばない。俺は、俺のなすべきことをしただけだ」

 ヒカリも、宇宙警備隊員として、ゾフィーにスカウトされたときから宇宙の平和のために戦おうという覚悟は決めていた。それでも、感謝をされること自体は悪くはない。顔には出さなかったけれど、心の奥でセリザワは水の精霊の感謝の言葉をしっかりと受け止めていた。

 精霊の言うには、怪獣のせいで減少していた湖の魚も時間が経てば元に戻れるという。そうなれば、ラグドリアン湖の湖畔にはまた人が集まり、この湖は豊かな漁場に戻ることだろう。

 しかし、湖に平和を取り戻した今、ヒカリにはせねばならないことがあった。

「精霊よ。お前はこの地に人間が現れるよりも以前から存在したという。教えて欲しい、かつてこの星でなにが起こったのか。そして今、世界になにが起こりつつあるのかを……」

「わかっている。約束だ……我の記憶すらすむ悠久の時をさかのぼった、人間たちの暦で言えば六千年の昔、一度この世界は滅亡したのだ」

 水の精霊は淡々と、過去にこの星で起きた災厄を語った。それまで、この世界は今のように多くの生き物がそれぞれのバランスをとって生きている平和な世界だった。しかしあるとき、争いが起こり、空は曇り、地は裂けて、生き物たちは秩序を失って互いに殺しあう混沌とした世界となり、当時からこの場所に存在していたラグドリアン湖も生物が死滅した死の湖となった。

「それほどの異変が……いったい何が原因で」

「わからぬ。我が知りえるのは、我と我のかけらがある場所だけに限られるからな。しかし、最初の異変ははるかな東方よりやってきた。それまで見たこともない姿と、圧倒的な力を持つ者たちが巨大なる異形の軍団を率いてこの地を蹂躙していった」

 それだけでは漠然としすぎていてなんの結論もくだせない。水の精霊はさらに続けた。

「今でも、エルフなど、その当時の伝承が残っている種族の間では、彼らのことをシャイターンの軍勢と呼んでいるらしいが、その正体については謎のままだ。だが、彼らシャイターンもすぐに滅亡の道をたどることになった……」

「なぜだ?」

「より強大な悪魔が現れたからだ……そして、お前たちとよく似たあの光の戦士も、そのときに現れた……」

 水の精霊の語る、それからの戦いの歴史はウルトラマンヒカリをしても驚愕せずにはいられなかった。

 かつてのエンペラ星人の侵攻にも匹敵する恐るべき侵略。それによって生まれた数多くの悲劇と、歪められてしまった星の命……

「災厄が去って、この湖が元の姿を取り戻すだけでも、ゆうに月が六千回はめぐる歳月が必要であった。東方には、いまだ災厄によって生まれた砂漠が広大な不毛の地をさらしていると聞く」

「その災厄が、再び起こりえると思うのか?」

 セリザワのその質問に、水の精霊は体をしばらくぐにゃぐにゃと歪めながら沈黙した。どうやらあれが精霊が考えているときのしぐさらしい。やがて精霊は人の姿に戻ると、やや低めの声で言った。

「わからぬ……起きてほしくはないというしかない。だが、我は人間たちが我の涙と呼ぶ体の破片を通して世界のことを見ている。この世界に充満しつつある邪悪な気配は、もう無視できるものはない」

「邪悪な気配……ヤプールか?」

「ヤプール……お前たちの世界からの侵略者か、確かにその気配も日々強くなっている。しかし、それとは別の邪悪な意思も感じるのだ」

「別の意思?」

「そうだ。かつてのシャイターンによく似た……いや、そのものと呼んでよい何かが育ちつつあるようだ。今はまだ小さいが、濁った水のような意思を持つ何者かが……さらに悪いことには、それらのすぐそばに以前我の手から奪われたアンドバリの指輪の気配がある。指輪に付着した、我のかけらが小さすぎてそれ以上のことはつかめないがな……」

 憂いげに告げる水の精霊の言葉を、セリザワは深く脳裏に刻み付けていった。アンドバリの指輪、水を操り、人間の精神をも支配できる凶悪なアイテム、そんなものが邪悪な意思を持つ者たちの手にいまだに存在しているのは無視できる問題ではない。

「わかった。もしもどこかで見つけたら、必ず取り返すと約束しよう」

「お前は信ずるに足る存在だ。期待しよう。だが、単なる者たちの時間は短い、恐らく近いうちになんらかの行動を起こすだろう。用心せよ」

「心得ておこう……有益な話を聞けた、ありがとう」

「礼を言うべきは我のほうだ。今日の恩を永久に心にとどめておくことを誓約しよう……さらばだ」

 水の精霊は、知っていることはすべて話し終わったと、湖の中へと去っていった。

 後には、平和を取り戻した湖が何事もなかったかのように、小さな波を岸に寄せている。

 セリザワは、ラグドリアン湖を一瞥するときびすを返した。

「ヤプールとは別の、邪悪な存在か……」

 ぽつりとつぶやいたセリザワは、憂慮すべき事実であり、同時にいつかは戦わなければならないかもしれないと覚悟した。正体も目的も不明だが、少なくとも水の精霊からアンドバリの指輪を盗み出すといった暴挙をおこなっている限り、じっとしている可能性は低いだろう。

 が、セリザワはまだこのことを才人たちには知らせるべきではないと考えていた。不確かな情報で平穏な学院生活を送っている彼らを不安にさせたくはない。彼らはまだ若い、きたるべき戦いのときは必ずやってくる、それまで無用な重荷を背負わせるべきではない。

「もうしばらく、探りを入れる必要があるようだな」

 独語しながら、セリザワはわずかな懐かしさを覚えていた。かつて、エンペラ星人が地球への侵攻をもくろんだときも、ヒカリは地球で戦っているメビウスやGUYSのために宇宙で調査をおこなっていた。あのときと、状況も場所も違うけれど、次世代をになうべき者たちのために働いているのは同じかと、セリザワ、そしてヒカリは運命の偶然に苦笑した。

 

 その後、トリステインをぐるりと一周したセリザワは、ある虚無の曜日に学院に帰ってきた。

 そして、数人の生徒が危険な地下洞穴に入ろうとしているのを耳にし、洞窟内にテレポートして彼らの窮地を救った。

 しかし、彼の活躍を知る者はいない。孤高に、自らを語ることはなくウルトラマンヒカリの戦いは続く。

 人々の自由と平和と、ささやかな幸福を守るために。

 

 

 続く


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