ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第24話  地底の秘密書庫

 第24話

 地底の秘密書庫

 

 大ぐも タランチュラ 登場!

 

 

 オスマンから許可をもらったアニエスとエレオノールは、さっそくミスタ・コルベールに会おうと本塔を降りた。途中すれちがった何人かの生徒に居場所を聞くと、研究所にしている小屋にいるとのことであった。

 しかし、いざ小屋の近くまで行くと、見たこともない鉄の塊の上に乗ったコルベールが二人を出迎えたのである。

「おお! これはこれはミス・エレオノール教諭! こんな狭苦しいところに来ていただけると光栄ですな」

 二人の姿を見るや、ゼロ戦の翼の上から飛び降りてきたコルベールは手を叩かんばかりに喜んだ。何を隠そう、コルベールもエレオノールファンクラブの一員なのである。この人、前にロングビルをデートに誘ったことはあるがあっさりとあしらわれ、一応嫁がいないことを気にしているのであった。

 アニエスはコルベールに事情を説明して、鍵の貸与を申し出た。しかし以外にもコルベールはしぶった態度を見せた。

「地下へですか? それはあまりおすすめできませんね。あそこは泥棒避けに防犯の強力な魔法が仕掛けられていて、うかつに入ると大変危険なのです」

「私は騎士だ。危険などは恐れん。そのためにミス・エレオノールに同行を頼んである。それに、これは王女殿下の命令であるし学院長の許可も下りた。貴方に拒否権はない」

 ここまで来ながらアニエスに引き返す選択肢はなかった。危険だというのであれば、それ以上に危険なことを少し前にもしてきている。今更魔法のトラップごときにおたおたしてはいられない。コルベールはなおも不服そうな様子を見せたけれど、やがて観念したようにため息をついた。

「わかりました。鍵を開けましょう。ですが、私の権限で開ける以上、安全のために私も同行いたします。よろしいですね?」

「了解した。参考までに、貴方のメイジのクラスは?」

「一応、火のトライアングルだ」

「そうか……」

 そのときコルベールは、アニエスの顔にわずかにかげりが見えたような気がした。

「アニエスくん、なにか私は気に障ったことをしたかね?」

「……いや、個人的なことだ。公務に差し支えはない。それではいくぞ、ミス・エレオノール……あれ?」

 と、出かけようとエレオノールに声をかけようとしたアニエスだったが、いつのまにやらその本人はさっきまでいた場所から消えていた。

 どこに行ったのか? きょろきょろと首を回してアニエスはエレオノールの姿を探した。すると、エレオノールはゼロ戦の翼の上に乗って、その胴体を興味深そうに撫で回していた。

「ミスタ・コルベール、これはいったいなんですの? こんな金属、今まで見たこともありませんわ!」

 エレオノールの目が、まるで少女のように嬉々としてきらめいていた。ハルケギニアにはまだ存在しない、ゼロ戦の超超ジュラルミン板が、土系統のメイジと、研究者としての両方の好奇心を存分にくすぐっていたのだ。

 コルベールのほうも、あこがれのエレオノールに声をかけてもらったことと、ゼロ戦に自分以外に興味を持つ人間が現れたことに感激して、喜んで説明を始めた。

「よくぞ聞いてくれました! これは『ひこうき』といいまして、はるか異国の……」

 こうなったらもう止まらなかった。コルベールから説明を受け、その分解図を見せてもらったエレオノールは驚き興奮して、自らもコクピットやエンジン部を興味深そうにのぞいたり叩いたりする。研究者と呼ばれる人種にとって、自分の知らないものがあるということは、本能的に確かめずにはいられないものなのだ。

「これが飛ぶというの? 風石の力も借りずに、しかもこの羽根は羽ばたけるようにはできていないじゃない」

「いえ、飛ぶ仕組みが風石とはまったく違うのです。それに、鳥も常に羽ばたいているわけではありません。風を受けているときには翼を静止しているでしょう。これの場合はこのプロペラという風車を……」

「なるほど、しかしこれほど重そうなものが……」

「そのために、まず地上を滑走して助走をつけるそうです。そのために……」

「それで、これだけ薄い鋼板を使っているのですね。それに、この首のところの『えんじん』というものの精巧さは……」

 水を得た魚とはこのことだろう。研究バカ同士、見事なまでに息が合っていた。エレオノールが問題点を指摘すると、コルベールはそれに論理的な解説を返す。

 アニエスは二人の会話についていけず、しばらく唖然として見守っていた。だが、二人の話が延々と、いつまで経っても終わる兆しを見せなかったので、いらだってついに怒鳴った。

「お前たちいい加減にしろ!! 日が暮れるまでそうしているつもりか!」

 ゼロ戦の胴体を平手でどんと叩き、せかすアニエスにエレオノールとコルベールはそろっていやそうな顔をした。けれど、仕事は仕事なので仕方がない。二人はしぶしぶゼロ戦から離れると、名残惜しそうにアニエスに続いて地下への秘密通路へと歩いていった。

 

 しかし、その後姿をひっそりと見守っている者がいることに、そのときの三人はまだ気がついていなかった。

 

「あれはいつかの銃士隊のお姉さん? それにミス・エレオノールにミスタ・コルベール? ずいぶんと変わった組み合わせねえ。うふふ、なんか面白そうな予感がしてきたわ。フレイム、あの人たちがどこへ行くか見張っててちょうだい」

 

 口元に愉快そうな笑みを浮かべつつ、『フライ』でこっそりとその人影は飛び去っていった。

 

 一方、地下道へと向かったコルベールたちは、いくつかの魔法の扉をくぐって、薄暗い洞穴に入っていた。

「まさか、あんなところに入り口があるなんて、誰も思わないでしょうね」

 たいまつを掲げるコルベールの背中を見ながら、エレオノールは感心したようにつぶやいた。

 コルベールに案内されてついた地下道の入り口とは、なんと女子トイレの壁にカモフラージュされていた。なるほどあれでは一般生活で見つかることはまずあるまい。男はそもそも入れないし、女にしても長居したい場所ではない。姑息だが、よく考えたものだ。

「ミスタ・コルベール、書庫へはどれくらいかかりますの?」

「普通に歩いて、およそ十分というところでしょう。ここから先はもう仕掛けはありませんが、足元がすべりやすいのでお気をつけくださいね」

「はい、ありがとうございますね」

 親切に警告してくれたコルベールに、エレオノールは優雅に会釈した。すると、彼がたいまつの灯りでもわかるくらいに赤面したので、エレオノールはこんなものでもそれなりに効果があるのねと、ちょっといい気になった。

”ふむ、こういうのも悪くないかもね”

 なんとなくだけど、ご先祖さまから代々にかけて、ヴァリエール家の恋人を寝取ってきた仇敵ツェルプストーの気持ちが少しわかったような気がする。難しく考えていたが、男というものは案外単純なものらしい。

 もっとも、あまりやると横目で見ているアニエスに笑われかねないので、話題を転じることにした。

「こほん、ところでミスタ・コルベール。あなたのことは、以前よりアカデミーに論文を持ち込んでくるので名前くらいは存じていました」

「おお! 名だたるエレオノール女史に記憶いただけるとは、光栄のいたりですな」

「残念ながら、大半は考慮する価値なしとして破棄されましたがね。神学一筋の以前のアカデミーでは、実用主義のあなたの研究は異端以外の何者でもなかったですから」

「はは、まあわかってはいましたが……」

 苦笑するコルベールは、認められないことは慣れっこですよと、かぶりをふった。エレオノールは、そんな彼を冷ややかに眺めていたが、続いて言った。

「……ですが、その内容の精密さについては一目置いていました。先程も、あれほどの精密機械を分析する知識と技術、いったいどこで?」

「いや、ただ趣味が高じただけですよ。二十を超えてこの道に入りましたが、私には後ろ盾になってくれる家がなかったもので、最初はあれこれやって食い扶持を稼いでいました。そのうちオスマン学院長のご好意でこちらで教鞭をとらせてもらいながら、好きに発明をやらせてもらっているうちに自然と」

「と、いうことはそれほどの知識と技術を独学で!?」

 ええまあ、と後ろ頭をかきながら答えたコルベールに、エレオノールは絶句した。主席研究員である自分ですら、アカデミーでそれだけの地位を得るには並ならぬ努力があったというのに。ゼロ戦の構造を即座に理解したときに才人が驚いていたように、コルベールの技術力は天才的と評してよかった。

「たいしたものですわね。ですが、あなたほどの技術があれば、アカデミーでも相当な地位と名誉を得られるでしょうに」

「……まあ、貴女から見ればそう見えるかもしれませんが、私にも信念というものがありまして」

 コルベールは、先日才人に語ったとおりのことをエレオノールにも語った。彼女は、その話をしばらくじっと聞いていたが、やがてため息をつくと言った。

「つまりませんわね。あなたの言うような、火の力でひとりでに動くような装置は、魔法を使えばすぐにできるではありませんの?」

「ははっ、まあ生徒たちからもよくそう言われます。ですが、魔法に頼らないで魔法と同じようなことができるようになれば、平民が楽になり、ひいては貴族も楽になって、大勢が幸せになる。そうは思いませんか?」

「神の御業である魔法をそんな下賎なことといっしょにするなど、とんでもありませんわ。異端とまでは言いませんが、あなた相当変わってらっしゃいますわね」

 エレオノールは軽蔑する様子を隠そうともしなかった。彼女も、神学一辺倒のアカデミーの方針にうんざりしていたのには違いないけれど、貴族に一般的な『魔法は神聖なものなのだから、それを平民のために使うのは下劣なこと』という思考と無縁ではない。むしろ、コルベールとは貴族の階級の差で頭ごなしに怒鳴りつけないだけましなほうである。

 しかし、コルベールの信念も、それで曲がるほどやわではなかった。

「私はこのとおり、貴族としての身分も低いし、見た目もさえません。この歳で嫁のきてもなく、私の家系は私の代で絶えるかもしれません……ですが、こんな私でも人の役に立てることがあれば、死ぬときまで誰かのために尽くして生きたい。そして、私にできることは、教師として働くことと、そうしたこざかしい発明を考えることくらいなのです」

 熱く、熱くコルベールは語った。

「平民のために尽くすですか。私にはわかりませんわ」

「いいえ、それは違います。私は貴族とか平民とかではなく、人々のために尽くしたいのです。この命が続く限り……いや、私のことはいいでしょう。私には私、ミス・エレオノールにはそれぞれの信念があり、それが結果的にトリステインのためにつながっていくならば」

「そうですわね。こうして議論をしていても、互いに妥協点が見つかるとは思えませんわ」

「いつかはわかりあいたいものですがね……では、互いに興味のある話題に戻りましょうか。貴女もさっき見たとおり、私は最近、あの『ひこうき』の研究に打ち込んでおりましてね。いやはや、調べれば調べるほど興味深いものでして、楽しくてたまらないのです」

 すると、気難しそうな表情をしていたエレオノールも、それには同感だと顔の筋肉をほころばせた。

「確かに……私も仕事柄、古代のアイテムを扱うことはありますけれど、あれほどに精巧に組まれた装置はいまだかつて見たことがありませんわ。あなたはあれを、どこで手に入れなさったのです?」

「生徒の使い魔……いえ、友人からの預かり物でして。はるか遠くの異国からやってきたものだそうです」

「異国……使い魔……? それはもしかして、黒髪の剣をたずさえた少年ではありませんか?」

 ピンときたエレオノールが尋ねると、コルベールは意外そうな顔をしてうなずいた。

「おや、サイトくんをご存知でしたか。これは奇遇……いやいや失敬、ミス・エレオノールはルイズくんのお姉さんでしたな。ならば知っていて当然ですな」

「ええ……あの駄犬が」

「は? なんですと?」

「あ! いえいえなんでもありませんことよ!」

 思わず漏らしてしまったつぶやきを、エレオノールは慌ててごまかした。彼女にとって、いまだ才人は妹をたぶらかした不埒な平民なのである。才人はまったく意識していないけれど、自分がいまだに恋人の一人もできないことへの苛立ちも含めて、逆恨みの激しさははらわたが煮えくり返るようだ。

 と、そのとき。それまで二人の話を興味無げに前で聞いているだけだったアニエスが振り返った。

「ほお、なんとも珍妙なものがあるなと思ったら、やっぱりサイトが絡んでいたか。まったく、あいつは相変わらずところかまわずに騒動のタネを撒いているようだな」

「おや、アニエスくんはサイトくんとお知り合いなのですか?」

 意外そうに驚いたコルベールに、アニエスはそうだとうなずいた。目立つことを嫌った才人が隠しているので、ツルク星人やワイルド星人、それにアルビオンや先日のトリスタニアでのことも、一般には才人のことは知られていないのである。

 アニエスは、才人との関係を、前にトリスタニアですりを捕まえるときに手伝ってもらい、その縁で剣の指南などをしているうちに親しくなったと語った。あながち嘘でもない。

「あいつはあの歳でなかなかたいした奴だ。剣の腕はそこそこだが、性格はまっすぐで心に強い芯を呑んでいる。私は任務やいろいろな戦いの中で、散々悪党やろくでもない奴らを見てきたが、あいつを見てたらこの世もなかなか捨てたものじゃないなと思えてくる」

「そうですな。ん? そういえば、サイトくんはこのあいだトリステインの戸籍を取得したと、学院長のところに登録に来ましたが、ミランという名前はもしかしたら?」

 すると、アニエスはご名答とばかりに微笑んだ。

「サイトとは、貸し借りも増えてきて他人とは思えなくなってきたので、その縁で身元の引き受け人をね。ミスタ・コルベール、よろしければ私のかわいい弟をこれからも頼みます」

「あっ! い、いえこちらこそ彼には色々と教えられています。あなたこそ、彼は危なっかしいところが多いので、助けてあげてください」

 二人とも、自分の見ていないところでは才人をよろしくと、誠意を込めて相手に頼んだ。

 だが、逆にエレオノールの不愉快度は上昇の一途をたどった。

 気に入らないの二乗となって、清楚の殻の下で怒りのマグマが煮えたぎる。あの平民は、妹をたぶらかしただけでも許しがたいのに、それが今をときめく平民の英雄の弟になったとは。これでは、身分いやしきものとして結婚に反対する大義名分が崩れてしまう。お母さまも元はといえば下級貴族の出身なのだから、これだけあれば身分には拘泥するまい。いや、万一にもあの平民とルイズが結婚するようなことになれば、自分とこの女とは親戚どうしになる。

「エレオノールお姉さん」

 ならまだいいが。

「エレオノールおばさん」

 冗談ではない! 未婚のままおばさんにされてたまるものか。

 理性のたががずれて、地の暴言が喉の奥まで湧いてくる。「平民が調子に乗るんじゃないの! トリステインの上流階級に、魔法も使えないものが入ってこれるなんて思わないことね」と。

 けれど幸いに、エレオノールの理性が外れる前に、メイジの本能がそれを上書きした。

 ふと、足の裏から伝わってきた異様な振動。普通の人間では感じ取れないような微細なそれも、土のトライアングルメイジである彼女になら感じ取れる。

「お二方!」

「はい」

「ええ……」

 話しかけると、コルベールとアニエスも足を止め、目つきを鋭く変えて振り向いた。エレオノールとは別に、アニエスは歴戦の経験から異様な気配を感じ、火のメイジであるコルベールも、後ろから流れてくる空気の温度の微妙な変化を感じ取ったようである。

 

”つけられている……”

 

 自分たち三人以外の別の誰かが、この地下通路にいる。しかも、気配からして一人ではなく複数だ。

 何者だろうか……ここまで自分たちに気づかれなかったということは、向こうも気配を殺していたのだろう。ならばまさか! 当たりをつけたアニエスは素早く銃を取り出すと、後ろに向かって撃った。

「出て来い! そこにいるのはわかっている!」

 銃声が通路の壁に反響し、地上より強烈に耳を痛めつける。

 しかし警告にも関わらずに相手が動かないと、今度はエレオノールが叫んだ。

「出ていらっしゃい! 不平貴族どもの残党ですか!? 隠れていると、丸ごと生き埋めにしますよ!」

 それは脅しでもなんでもなく、明白な最後通告だった。もしもあと数秒、なにも反応がなかったらエレオノールは本気で通路を崩していただろう。

 だが、緊張して相手の出方をうかがっていたら、通路の奥から聞こえてきたのは、完全に想像外の間の抜けた声であった。

 

「まままま! 待ってくださいエレオノール先生! 埋めないで!」

 

 ん? この声は……? この、すっとぼけた軽い男の声は。三人とも、どこかで聞いたような気がした。

 ピンときて思い出そうとしていると、通路の奥からさらに聞き覚えのある声が響いてきた。

「このバカギーシュ! あんたが石にけつまずいてこけたりするから気づかれちゃったじゃない!」

「そうよ。せっかく話が面白くなってきたってとこだったのに!」

「いやいや! それよりもやることあるだろ君たち! 生き埋めにされたらたまらないよ」

「ギーシュ隊長! 隊長のせいなんだから、先陣きってお願いします」

 がやがやとにぎやかな声がこだまして、アニエスたちはあっけに取られた。そして、たいまつの灯りに照らされて、まずは金髪の少年が、それから赤髪の少女やよく見知った少年少女たちがぞろぞろと出てくると、三人とも唖然としていた。

「ギーシュくん……それにミス・ツェルプストーにミス・モンモランシ。レイナールくんとギムリくんまで……」

 コルベールが一人一人名前を告げたとおり、頭をかいたりごまかし笑いをしたりしながら現れたのは、何を隠すまでもない、彼らの教え子達であった。

「あなたたち、いったいこんなところで何をしているの?」

 すっかり気が抜けて、杖を持った手を下ろしたエレオノールが聞くと、一同からいっせいに視線を向けられたキュルケが空笑いしながら答えた。

「あははは。実はさっき、先生方が『ひこうき』のところでなにかお話しているのをたまたま見かけて。コルベール先生がエレオノール先生と連れ立ってどこか行くなんて、ねえ」

 すると、ギーシュもモンモランシーに突っつかれて言った。

「ま、まあキュルケに面白そうなものが見れるかもよと言われて……つい」

「なに言ってるのよ。我らの女神、ミス・エレオノールがあのコッパゲと逢引などと許せん、なんて気勢吐いてたのはあなたたちじゃない」

「だったら君はなんでついてきたんだね?」

「え、そりゃあ……」

 モンモランシーが口ごもると、キュルケがわざと独り言のようにささやいた。

「いつも目の届くところにあの人がいないと、落ち着かないのよね」

「ちょ、キュルケ! わ、わたしはギーシュやこの男たちが思い余って馬鹿なことしないか見張ってるだけよ」

 するとギムリとレイナールも。

「いや、我々はギーシュ隊長の指示に従っただけであります」

「おいギムリ! ああもう、だから尾行なんかやめようって言ったのに」

 どうやら、ことのあらましがわかってきた。

 彼らの言ったことを端的にまとめると、ゼロ戦の前でのコルベールたちの話を立ち聞きしたキュルケが、面白そうだと言ってギーシュたちに伝えた。それでエレオノールのファンであるギーシュが悪友のギムリとレイナールを誘って、ギーシュが心配になったモンモランシーもついてきたというわけだ。

 コルベールとエレオノールは「まったく君たちは……」と呆れた。年頃から、そういうことに興味が深いのはわかるけれども、逢引とはいくらなんでも。

 しかし、二人に代わってアニエスが口を開くと、ギーシュたちの愛想笑いも消えることとなった。

「ほお、お前らは。久しぶりだな、まだ生きていたか」

「あ、はい……その節は、お世話になりまして」

 アニエスとギーシュたちは、以前一度だけ、王宮で顔を合わせたことがある。あれは、もうずいぶんと前になるか、ホタルンガの事件のおかげで国内の貴族などが召集されたとき。あのとき、王宮が広すぎたせいで情けないが迷子になり、銃士隊と出会い頭にぶつかってえらい目にあってしまった。

「前は銃を突きつけられただけで腰を抜かしかけていたな。学生の騎士ごっこはまだ続けているのか?」

「あ、ま、まあ……」

 せせら笑うようなアニエスに、ギーシュはそのときのことを思い出して冷や汗をかいた。王宮に呼ばれたということで浮かれあがり、不審者と間違われて銃を突きつけられたときは死ぬかと思った。

 だが、悠然と見下してくるアニエスの視線に晒されていると、威圧感と並んで屈辱感も湧いてくる。

「どうした? 顔色が悪いぞ。そうか、騎士ごっこは怖くなったから、今ではままごとをしてるのか?」

「くっ……」

 侮蔑を隠そうともしないアニエスに笑われても、すぐには反論の言葉が喉を通らない。たとえるならば、子供が立派な大人になっても、よぼよぼになった母親の一喝にかなわないようなものだ。

 確かに、近衛部隊である銃士隊に比べれば、一応ギーシュたちはヤプールによる内部侵攻に対するための軍の一員として認められているものの、実体は魔法学院の防備のみを任された自警団にすぎない。

 それでも、ちっぽけでも譲れない誇りはある。

「あ、あまり馬鹿にしないでもらえるか! ぼくらだって、これでも何度も学院を襲った怪獣と戦ってるんだ」

 ギーシュがアニエスの眼光に負けないように、勇気を振り絞って叫ぶと、ギムリとレイナールもいわれない侮辱は許さないぞとアニエスを睨みつけた。

「ほお、言うことは立派になったな……なら、試してみるか?」

 不敵な笑いを浮かべ、拳を顔の高さまで上げたアニエスにギーシュたち三人は明らかに気圧された。普通に考えたら、平民一人がメイジ三人にかなうはずはない。が、アニエスは剣どころか素手でも三人を倒して見せるといわんばかりの迫力を見せている。

 コルベールとモンモランシーは、よしてくださいとアニエスを止めるがアニエスは一瞥もしない。そして、どうするかと選択を迫られたギーシュは、軽く息を吐き出して言った。

「よしておきましょう。平民でも、婦女子に向ける杖をぼくは持ちません」

「ふ、臆病風に吹かれたか?」

「……」

 挑発するようなアニエスの言葉に、ギーシュは答えずにじっとアニエスを見返した。

 数秒か数十秒、睨みあいが続いた。アニエスの眼光は、気の弱いものなら失神してしまいそうなほど鋭い。

 それでもギーシュが目を離さずにいると、やがてアニエスは表情を緩めてふっと笑った。

「なかなかいい顔ができるようになったな。見ないあいだに、立派になったようだ」

「へ?」

 唐突なアニエスからの褒め言葉に、ギーシュたちは思わず目を丸くした。

「ふふ、共に肩を並べて戦った戦友は忘れんさ。すまんな、お前たちが腑抜けていないか気になって、少しばかり発破をかけてみた。許してくれよ」

 深く頭を下げて謝罪するアニエスに、ギーシュたちは驚いた。でも、戦友という言葉に気がつくと、照れくさそうに頬を染めた。バム星人が王宮に侵入したとき、銃士隊とギーシュたちは一度だけだが力を合わせて戦ったのだ。

「えーっと……どうか、頭を上げてください。我ら一同も、あのときの銃士隊の皆様との共闘を忘れてはいません。その勇猛さは、噂が伝わってくるたびに尊敬していたほどです」

 その言葉は嘘ではない。数々の経験を積んで、ギーシュたちの器も昔より大きく成長していた。それに、ギーシュの見るところ、アニエスもあのときに比べたらだいぶとげがとれたように思える。むろん、それに才人がいろいろと関係しているのを彼らが知る由もないが、冷や冷やしながら見守っていたコルベールとモンモランシーは、ほっと胸をなでおろした。

 それからアニエスとギーシュたちは、主にそれぞれが体験した怪獣や宇宙人との戦いなど、懐かしい話をいろいろと交わした。特にアニエスと才人が姉弟になったことはギーシュたちを驚かせたのはいうまでもない。

「しかしまあ、任務中の我らをつけるとは大胆な真似をしてくれたな」

「ああ、そうだ! 話はそこそこ聞いてましたが、任務ってなんなんですか?」

「ん? まあ隠すことでもないが」

 どうせもう事後処理の段階なのだからと、アニエスは地下書庫へ行くことを教えた。

 そして、資料探しは時間がかかるだろうので、人手は多いほうがいいから、お前たちも手伝えと告げた。もっとも、これはどうせ貴族がそんな雑用みたいなことできるかと断られると思っていた。ところが、アニエスの要請に、ギーシュたちは意外にも「はいっ!」と、あっさりと了承して、拍子抜けしてしまった。いや、それどころか彼らの顔はむしろ真逆に期待に震えているように見える。

「なにかうれしそうに見えるな……」

「あ、いやそんなことないですよ!」

 ギーシュたちは慌てて否定したけれど、もちろん裏はある。古代の図書館と聞いて、ギーシュやギムリは発禁になった艶本があるかもと考え、モンモランシーは特殊なポーションの調合書、キュルケはタバサが喜びそうなものを探してみようかなと思ったのだ。

 

 やがて、思いもよらずに大所帯になってしまった一行が歩いていくと、巨大な地下空洞に出た。

「あれが、秘密書庫か」

「うわぁ……こりゃ、とんでもないところにあるな」

 たどり着いてみて、この場所のことを知らなかった者は一様に慄然とした。

 石造りのギリシャ建築のような書庫の建物は、彼らのいる地下空洞の反対側にあり、その地下空洞は下が見えないほど深い断崖になっていたのだ。

「これはよく作ったものね。土のメイジの傑作だわ」

 書庫へと続く一本橋を渡りながら、エレオノールはつぶやいた。この光景だけでも、一つの芸術品としての価値はありそうだ。しかし、魔法の研究者としては垂涎ものの光景を見ながら、コルベールが憂鬱そうな顔をしているのに気づいて、エレオノールは尋ねてみた。

「どうしたのですか? 何か気になることでも」

「いえ……ここまでは無事に来れましたが……実は、数ヶ月前や一年ほど前にも、ここを調査したいというアカデミーの……あ、もちろん擬態だったのでしょうが、そういう人たちがここに入って、帰ってこなかったことがあったのです」

 地上にいたときも話したコルベールの懸念は、ここに来てもなおぬぐわれてはいなかった。実は彼がここの管理を任されるようになる前からも、地下通路に入ったまま帰ってこなかった人間の話はあり、ここが完全に閉鎖される理由もそれがあった。しかし、早く資料を閲覧したいとはやっているエレオノールは、彼の懸念を一笑にふした。

「あなたが出てくるのを見落としただけでしょう。あまり変なことをおっしゃらないでください」

「はぁ……」

 その言葉にコルベールもとりあえずはうなずいた。だが、それだけでは片付けられない不安と悪寒を、彼の六感は感じていた。数百年、貴族の悪事と欲望の数々を飲み込んできた書庫。古さだけではない禍々しい気配が漂っているように思えてならない。

 

 入り口には、『施設内での一切の魔法の使用。及び資料の持ち出しと改変を禁ずる。これを犯したるとき、死の制裁が下るであろう』というただし書きがついていた。それを見てエレオノールは「ただの脅し文句ね」と鼻で笑ったが、アニエスは懐から手形のようなものを取り出した。

「賊軍の貴族の一人から押収したものだ。これを持っていれば、資料の持ち出しはできる。ただし、中で魔法を使うとトラップが発動するそうだから、皆注意しろ」

 生徒たちは「はい」と、元気よく答え、勘が外れたエレオノールはやや不愉快そうな顔をした。

 

 屋内はひんやりとした空気に包まれ、足を踏み入れた彼らの頬を冷たくなでていった。

「うわぁ、こりゃすごい。ロマリアの宗教図書館並みだな」

 館内を見渡したレイナールが、眼鏡を持ち上げながら、館内の広大さに感心してつぶやいた。薄暗い館内は二階に分かれて、それぞれ何百という本棚が延々と続いている。収められている本は大小合わせて何十万冊にのぼるか見当もつかない。

「これは予想以上に大変そうだ」

 本来一人で探すつもりだったアニエスは、アクシデントとはいえ人手を得れた幸運にほっとした。そして、一同はアニエスに探して欲しい資料の題名が書かれたメモを一瞥させてもらうと、おのおの好きに本棚の奥へと散っていった。だが、ひとりコルベールだけが残っていたので、あなたは行かないのかと尋ねると、

「私は責任者としてあなたを見張る義務がありますからね。お供しますよ」

 そう言われたので無理に断るわけにもいかず、アニエスも誰もいなくなったのを確認すると、コルベールと別の一角へと向かった。しかし、彼女には皆に見せた資料のほかにもう一冊、どうしても探さなければいけない資料があるのを、誰にも言ってはいなかった。

 そしてもう一つ……これは確証ではなく、戦士としてのいわば勘なのだが、ここに入ったときから皮膚にざわざわとなでられるような感触がしてならない。

「誰かに見られているような気がする……」

 そんなはずがあるわけないと思いながらも、アニエスの手はいつでも剣を取り出せるように身構える姿勢から動くことはなかった。

 

 書庫は物音一つなく、ただ足音のみが古い床板をきしませる。

 歩くたびに降り積もったほこりが舞い上がり、足跡が雪上のように残されていく。

 見渡す限り、本、本、本……これだけの書物を貯蔵するのには、いったい何百年の歳月を必要としたのだろう。

 ある偉人は、本を読むことは本を書いた人と会話をしているに等しいと言ったそうだが、そうするとここにいったい何十万人の人がいることになるのだろうか?

 増して、人に見せたくない記録ばかりを収集してきたこの書庫のよどんだ空気は、まるで流動せずに形を持っているかのように闇の中に沈殿する。

 やがて、今日またやってきた入館者たちが館内に散ると、闇の中からそれはゆっくりと姿を現した。

 入り口ホールの天井に吊るされた古びたシャンデリアから、音もなく一匹のクモが降り立つと、毛むくじゃらの足を動かして床を這い始めた。まるで、怒っているかのように。まるで、喜んでいるかのように……

 

 カサカサというわずかな足音がホールに響き、やがて消えていった。

 

 

 館内の思い思いの場所に散った一行は、それぞれの思惑を胸に秘めて、高い本棚を見上げながら歩いている。

 エレオノールは、アカデミー関連の資料が収められている一階の奥へと進んだ。

 

 ギーシュたちは、探し物が人に言えるようなものではないので、三人でひそひそ話しながら左右の本棚を見渡していく。

「うーん、小難しい本ばかりだなあ。ここじゃないのかなあ」

「ねえ、こんなことやっぱりよさない? アニエスさんにバレたら大変だよ」

「なにを言う。レイナール、君は知りたくないのかい? この世の心理が記されているという伝説の古文書を! ぼくらは貴族だ、騎士だ。いつ国のためにこの命を散らせるかもしれない。そんなとき、真理を得ぬままに、ヴァルハラへと旅立てるのかい!?」

 最低なことを熱く語るギーシュと、ノリノリなギムリに、レイナールはそんな奴がヴァルハラに行けるのだろうか? と、はなはだ疑問に思わざるを得なかった。本当に我ながら、よくもまあこんな友人といまだに付き合っているなと感心する。でもギーシュもギムリも女性に手招きされたら鬼女でもホイホイついていくような奴である。レイナールも、これは何を言っても無駄だと悟るしかなかった。

「わかったよ。こうなったら毒を食らわば皿までだ」

「そうだレイナール! それでこそ、君も立派な騎士だ」

 褒められても少しもうれしくない。むしろ人には隠したい光景である。レイナールはため息をつき、本をあさる手をひと時も休めない友人二人に、それでもなにか苦言を呈しようと思ったが、先のギーシュの一言が、最近忘れていたある単語を思い出させた。

「騎士ねえ……そういえばギーシュ、覚えてるか? ぼくたちが自分たちの騎士隊につけた名前」

「ああ、そういえば最近使ってなかったな。水精霊騎士隊とつけたかったけど、学生が名乗るには立派過ぎるってんで、才人がつけてくれたのが……」

 

 キュルケは、あまり本には興味がないので、とりあえずは頼まれた資料を探しながら、適当な本を見繕おうとぶらぶらしていた。が、彼女は運が悪く、数百年に渡って張り巡らされていた自然のトラップに行く手を遮られていた。

「面白そうだと思ったけど、書庫ってけっこう退屈なものね。それにほこりっぽいし、なによこれ! どこもかしこもひどいクモの巣!」

 人の入らない建物の多くがたどる運命は、この書庫とて例外ではなかった。薄暗い室内は、細いクモの巣は視認しにくく、うっかりすると顔にベタベタと張り付いてくる。クモの巣というものは意外と強度が強く、巣の主がいなくなってもかなりのあいだ残るのだ。

「もう! せっかくのセットが台無しだわ」

 美容を気にするキュルケは、髪にへばりついたクモの巣を引っぺがしながら怒りを吐き出していた。興味本位でここまで来たものの、こんなことなら適当に男を見繕って遊んでおけばよかった。でも、珍しい書物を手に入れてタバサを驚かそうという考えも捨てきれない。あの無口無表情なタバサから礼を言われたことは、親友と自負している自分でさえもめったにないのだ。

「ま……あの子のためと思えばいいか」

 気を取り直したキュルケは、左右の本棚を見渡しながら少しは面白そうなものがないかと探していく。しかしそこは何百年も前の、今はもう存在しない領地の生産高を報告したような書類ばかりで、学術的な書物の類はなかった。

 やがて通路が行き止まり、目の前が大きな本棚に閉ざされると、キュルケは大きく息をついた。

 骨折り損か、仕方がない引き返そうと思ったとき、ふと突き当たりの床にほかの書類とは表紙のデザインが違う厚めの本が落ちているのを見つけて、手にとってみた。

「『ハルケギニア亜人便覧、及び先住魔法についての概要と考察』、うん。小難しそうなところがタバサにはぴったりかもね」

 ようやくそれらしい本を見つけたことに満足して、キュルケは本のほこりを掃うとペラペラとページをめくった。中身は題名どおり亜人の説明と考察がぎっしりと書き込まれていて少しも面白くないけれど、タバサなら喜んでくれるだろう。

 しかし、なんでこの本だけが場違いにこんなところに落ちていたのだろうか? 誰かが前にここに来て落としていったのだろうか……? なんとなくそんなことを思ったキュルケは、突き当りの壁にまだ何かが落ちているのに気がついて拾い上げてみた。だが、それは……

「何これ? メガネに入れ歯、それに短剣……なんでこんなものが落ちてるの?」

 ほこりの中から取り上げられたものは、明らかにこの場には不似合いな代物だった。おまけに、短剣にはさびと同化しかかっているが、明らかに血の跡がある。

 薄気味が悪くなってきたキュルケは、さっさと立ち去ろうと腰を上げかけた。しかし、突き当りの本棚に、爪で引っかいたように残されていた文字を見て、思わず立ちすくんだ。

「タスケテ……タベラレル」

 

 一方、生物書庫欄へと向かったモンモランシーは、さっそく珍しいマジックポーションの調合の作り方を記した本を見つけて、熱中して読んでいた。

「ふむふむ、このポーションにこんな配合の仕方があったなんて。こうすれば、より少ない材料で効果を倍増できるのね」

 すっかり目的を忘れて、モンモランシーはめぼしい配合の方法をメモに書き写すのに忙しかった。

 だが、そうして一人で本に向き合っているうちに、モンモランシーの背後に、天井から音もなく何かが降りてきていた。

「んー、この材料は現在じゃ入手不可能ね。でも、これならマンドレイクで……ん?」

 そのときモンモランシーは、後ろから肩を軽く叩かれたことに気がついた。

「なに? ギーシュでしょ。今忙しいの、話なら後にして」

 どうせ二人きりで愛の本を探そうとか、そういう話だと思ってモンモランシーは相手にしなかった。

 けれど、無視しているとさらに数度、それでも無視しているとさらに数度肩を叩かれた。

「んもう! しつこいわねぇ! 今それどころじゃないって言って……」

 

 

 続く


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