ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第23話  ミス・エレオノールの多忙なる日常

 第23話

 ミス・エレオノールの多忙なる日常

 

 古代怪獣 ツインテール 登場!

 

 

 トリスタニアの西の外れに、トリステイン王立魔法アカデミーはある。

 そこは名前どおり、様々な魔法の研究をおこなう公立機関である。国内の学者たちから特に選りすぐられたエリート研究員たちが昼夜を問わずに、その知識をぶつけ合い、研究塔から灯が消えることはない。

 その中でも、エレオノールは三十人からなる主席研究員たちの一人であり、土系統の分野においてのリーダー格として、将来を待望される人材であった。

 

 ヴァリエール領で伝書フクロウを通じての呼び出しを受けたエレオノールは、まずは四階にある自分の研究室で、ドレスから研究衣に着替えた。

「うん、やっぱりこの服のほうが落ち着くわね」

 身動きのたやすい研究衣の感触を確かめると、エレオノールは開放感にひたるように背伸びと深呼吸をした。男女共通のデザインで、あちこち薬品のしみがついていて、おせじにも可憐とはいえない服だけれども、着慣れた服は自分の体の一部のようで安心感がある。

 しかし、実母のカリーヌが見たら淑女らしさが足りないと雷を落とされそうな光景でもある。このほかにも、エレオノールの部屋にあるのは専門の土の魔法の研究のための機材のほかには、装飾らしいものはご先祖の肖像画一枚くらいで、女性らしい飾り気はほぼ皆無であった。

 と、そうして落ち着いていると、部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」

 扉に向かって告げると、黒髪のメガネをかけた妙齢の女性が入ってきた。

「あら? 帰ったって聞いてたけど、なんだもう着替えちゃってたの」

「おあいにく様、またどうせ似合わないかっこうしてるとか冷やかすつもりだったんでしょうけど、そうはいかないわよ。ヴァレリー」

 同僚で、同じ主席研究員仲間のヴァレリーだった。エレオノールから見て二歳年下で、専門の研究対象は水系統の魔法薬、自身のメイジのランクも水のスクウェアと、彼女もまたエリート中のエリートだ。

「残念、実はエレオノールのドレス姿はけっこう好きなんだけどなあ」

「余計なお世話よ。動きづらいったらないし、お化粧にはやたら時間がかかるし、どうして男ってのはあんなのが好きなのかしらねえ」

「あはは、でもこわーいお母さまのご命令だもんねえ。でも、おせじ抜きでエレオノールはいい線いってると思うけどなあ。私が男ならプロポーズしてるところよ」

 くだけた調子で話しかけてくるヴァレリーに、エレオノールは嘆息したけれど、その明るい態度に憎しみは持たなかった。同僚とはいえ、研究者としては全員がライバルのアカデミーで、ヴァレリーは数少ない心を開いて話せる友人であった。

 ちなみに、アカデミー内は昔からの知己が多いためにエレオノールはここでは淑女の皮を被っていない。アカデミー内部のことは一切の他言が禁じられているので、秘密が漏れる心配がないのも理由だ。

「冗談じゃないわよ。体力消費は十倍、気疲れは百倍、ストレスは千倍。寄ってくるのは歳食った教師と青臭い子供ばかり」

「それで、そろそろ見つかった? 結婚相手」

 その瞬間、エレオノールの冷静さは結婚という単語が起爆剤になって吹き飛んだ。豹を思わせる俊敏さで、ヴァレリーの喉下を締め上げたのだ。

「私の前で、その不愉快な単語を軽々しく口に出さないでくださる?」

「ご、ごめん……ごめんなさい……許して……」

 さすが、あのカリーヌの娘でルイズの姉だけあって、エレオノールの腕力と握力は見た目の華奢さとは裏腹に並みの男をはるかにしのいでいた。肉体派系メイジの家系とでもいうべきか、ヴァレリーはエレオノールの手を振り解こうとするもののビクともしない。

「結婚は人生の墓場、とおっしゃい」

「げ、げっごんば、じんぜいのはかば……」

「よくってよ」

 エレオノールはそこでヴァレリーを放すと、不機嫌な顔で木製の簡素な椅子に腰を下ろした。目の前にあった蒸留水のビンの中身をコップに注ぐと、一口を含む。行儀が悪い上にまずいが、少しだけ落ち着いた。しかし、結婚は人生の墓場とはいうが、エレオノールの場合は結婚できなかったら本物の墓場が近づくので、焦りといらだちも相当なものだろう。ヴァレリーは激しく咳き込んで、なんとか息を整えると、気を取り直すように言った。

「ま、まぁ……女だてらにこういった研究生活をしてると、結婚から遠のいてしまうのもしかたないわね」

「そうよ。決して私に難があるわけじゃないの。ところで、何の用よ?」

「ああ、すっかり忘れてたわ。今日の仕事は私があなたとパートナーを組むのよ」

「なんだ、そういうこと……って、そういうことは普通忘れないんじゃない?」

「いやいや、我が親愛なるエレオノールくんの艶姿を想像すると、仕事のことなんか地平線のかなたに吹っ飛んでしまうのさ」

「あなた、ほんとよくそれで主席研究員をやってるわねえ……」

 それから、ヴァレリーととともに、エレオノールは塔の最上部にある所長室で用件を受け取った。内容は、トリスタニア郊外で行動中のチームの助力をすること、詳しい内容は現地で聞くようにとのことだったので、二人は所員用の竜籠を借りるために階下へ降りていった。

 大きな研究塔のあちこちでは、大勢の所員たちがたくさんの書類や実験道具をかかえてすれ違っていく。

「ここも、前とは比べ物にならないくらいにぎやかになったものね」

 自分たちには目もくれずに忙しく働く所員たちを見て、エレオノールは感慨深げにつぶやいた。

 設備が拡張されたアカデミーでは、重要な研究がいくつもおこなわれている。

 たとえば、地下には大規模なドームが建設され、かつて破壊されて収容されたメカギラスの残骸の検分が今も続いている。また、冷凍保存庫では倒された超獣や怪獣の死骸の一部が保管されている。

 それらはすべて国運を左右するために関係者以外立ち入り禁止で、厳重に衛兵がついて監視されていた。

 そういったところを素通りしつつ、エレオノールはヴァレリーに愉快そうに言った。

「こういう空気っていいわよね。なんかこう、未知への探求をしてるって感じで、血が騒ぐってものがあるというか」

「あなたの恋人は昔から実験材料と好奇心だもんね。でもま、私も今が楽しいのは賛成だけどね」

 ヴァレリーも、懐からなにやら薬品の入った小瓶を取り出して、手のひらの中で弄びながら答えた。

 昔は神学一辺倒で、美しい神像を作るとか、どのような風が始祖の使ったものに近いのかとか、そういう役に立たない研究しかできなかったアカデミーも、今ではすっかり自由になった。皮肉な話だが、ヤプールの操る超獣には通常の兵器や魔法はほとんど効果がないということがはっきりしたからで、対抗可能な魔法兵器や、その他もろもろの補助アイテムを製作できるのはアカデミーしかなかったのが、旧弊を打ち破る原動力になったのだ。

 アカデミー専用の、実験機材も運べる特別製のゴンドラのついた竜籠に乗った二人は、命令を受けた場所へと飛び立った。その場所はトリスタニアを挟んでアカデミーとは反対側にあり、街の上空を横断する際に、先日のアブドラールス戦で破壊された箇所の再建などがおこなわれている様子が手に取るように見えた。

 

 やがて竜籠は街をすぎて、人影の少ない郊外へと飛んでいく。このあたりは立ち入るものも少なく、うっそうとした森が続いている。目的地は、この森の中で数週間前に猟師が偶然見つけたという、古代の遺跡の発掘現場であった。

「それにしても、このあいだの円盤といい、トリステインの地下には何が埋まってるか知れたものじゃないわね。それで、あなたは先に予備調査に来たことがあるそうだけど、まだかかるの?」

「いえもうすぐよ。ほら、見えてきたわ」

 見ると、行く先から調査チームの炊いたと思われる焚き火の煙がうっすらと見えてきた。食事時でもないのだが、空路でしかまともに近寄れないので、目印のために上げているのだろう。

 と、そのとき飛んでいく先から奇妙な匂いが漂ってきた。

「ん? この匂いは……」

 エレオノールはくんくんと鼻をならして、その匂いを確かめて首をひねった。それは、前に家のディナーで食べたことのあるエビの丸焼きのような、なんとも香ばしくていい匂いである。しかし、こんなところで漂ってくるとは変なものだ。

 その正体は、発掘現場の上にまでやってきたときに明らかになった。森が切り開かれて、大きな穴が口を開いているその横に、全長四・五十メイルほどの寸胴なヘビのような姿をした、手足のない巨大な生き物が黒焦げになって横たわっていたのである。

「ヴァレリー! なによあのバケモノ!?」

「あー、やっぱりびっくりした? 驚かそうと思って黙ってたんだけどね。実は、発掘の途中で大きな卵が出てきて、調べてみようと魔法をかけたら巨大化してあのとおり。いや、やっつけるのに苦労したわ」

 それは古代怪獣ツインテールの死骸だった。ツインテールは地球ではジュラ期に生息していたと考えられている怪獣で、非常に頑強な卵を持っていて、ほぼ化石の状態からでもなんらかの刺激を吸収することで復活することができる。過去の例ではMATのマットシュートのレーザーや、高次元捕食体ボガールの与えた熱エネルギーなどが確認されており、今回の場合は魔法による探査が蘇生のきっかけとなったのだろう。

 ヴァレリーは唖然としているエレオノールに、そのときの自分たちの武勇談を誇らしげに語った。

「今思い出しても身震いがするわ。なにせ怪獣を目覚めさせたなんてことになったらアカデミーの大失態だから、そのときはもう上も下もおおわらわで、テストも済んでない魔法兵器の試作品まで持ち出して、なんとかこの場所で始末しようとやっきになったわ。かくいう私も、戦いは苦手だけど杖をふるってがんばったんだから」

 火を出す装置、土を水に変える装置、その他薬品から新型のマジックミサイル等々、そのときトリステインにあるありとあらゆる武器が使われたといってよかった。しかし、ツインテールはこれでもウルトラマンジャックやウルトラマンメビウスを苦しめた強力な怪獣である。頭を下にして、体をブーツのように縦に起こした特異な形で移動し、頂部の二本の鞭を振るって暴れるツインテールに、アカデミーの持ち出した武器のほとんどは跳ね返され、メイジたちも蹴散らされていった。

 

「でもそのとき! 天は我らに味方したわ。一発の凍弾頭のマジックミサイルが、奴の尻尾のほうの目に直撃したのよ!」

 

 まるで講談師のようにどんでん返しを強調してヴァレリーは言った。その一発で目を凍りつかされた奴はフラフラと足元がおぼつかなくなり、総崩れしかかっていたアカデミーのメイジたちは立ち直る猶予を得ることができたのだと。

 本当に幸運なことに、ミサイルの当たったツインテールの第二の目こそが奴の急所であった。ツインテールは頭の目のほかに、尻尾側にも青く輝く目を持っているかのように見えるけれど、実はこれは目ではなく三半規管に近いもので、ここを破壊されると平行感覚を失ってしまうのだ。

「あとは、身動きの止まったところに錬金で作った油と、ありったけの火力を集中させて丸焦げにしてやったというわけ。いやあ、見せたかったなあ、あのときの私たちの勇姿!」

 からからと、ヴァレリーはまるで試験の成績がよかったのを親に自慢する子供のように笑ってみせた。これは巨大怪獣の前に煮え湯を飲まされ続けてきたトリステインの軍隊が、非公式にとはいえあげた大戦果である。それに、ザラガスを撃破した火石の爆弾が二発目を作れないことを考えれば、トリステインの武器でもやりよう次第では怪獣と戦えるという証明になって、彼らの溜飲を大いに下げていた。

 しかし、怪獣に囲まれて育った妹ならともかく、大半がインドア派の研究者たちが怪獣とやりあってよく無事であったなとエレオノールは呆れていた。

「あなたたち、私が留守のうちにそんなことしてたのね。死者が出なかったらしいからいいようなものの、下手したらトリステインの頭脳が全滅してたじゃない」

「終わりよければということにしておいてよ。おかげで最良の実戦テストになって、使える武器と使えない武器とがはっきりしたわ。怪獣の死骸も、生物調査団が解体して持ち帰るそうだし、次にヤプールが攻めてきたときは、目にもの見せてやれるかもしれないわよ」

 結果論だが、ツインテールとの戦いはアカデミーの兵器開発を多いに前進させることとなった。実際、すでにアカデミー内部では研究の大幅な整理縮小がおこなわれ、ツインテールに通用しなかった兵器は即刻開発中止になり、効果のあったものへと予算と人員を移していた。

 やがて二人を乗せた竜籠は高度を落とし、ツインテールの死骸のそばに着陸した。ビッグマウスと呼ばれる大きな口をだらりと開き、ほどよくミディアムに焼けている図体を見上げて、エレオノールは嘆息した。

「それにしてもすごい匂いねぇ。いえ、悪臭ならともかくだけど、こう香ばしい香りがされると拍子抜けするわ」

 ツインテールは生まれたばかりだとエビのような味がするという有名な俗説がある。本当かどうかは試してみた人がいないので不明だったが、どうやら本当らしかった。

「男たちの中には度胸だめしで肉を食べてみた人もいるそうよ。けっこう美味だったらしいけど、試してみる?」

 むろん、エレオノールが丁重に断ったのは言うまでもない。

 

 

 さて、ツインテールのことは置いておいて、エレオノールとヴァレリーは問題の遺跡の発掘現場へとやってきた。

 一帯は森が切り開かれており、調査団が作った架設テントや、掘り出した土をまとめた山がそこここに見受けられる。その中で、地下十メイル、直径二十メイルほどに掘られた縦穴に二人は入っていくと、そこには石壁と、分厚い鉄で作られた大きな扉が口を開いて待っていた。

「これが入り口……」

 獅子のような石のレリーフに見下ろされた門を二人は潜ると、中と外との明るさの差で思わず目を覆った。

 だが、中の灯りに目が慣れると、そこには驚くべき光景が広がっていたのだ。

「これは……大発見じゃない!」

 そこは、天井までの高さが五メイルもある、石造りの巨大な建造物だった。

 内部のあちこちには、獅子や虎、あるいは竜などをかたどった石の彫刻が柱や壁と一体化しており、見たこともないレリーフが刻まれている柱もある。これは明らかにトリステインはおろかハルケギニアの文化ともかけ離れた文明の産物であり、これを作った人間たちが相当な技術力を持っていたという証でもあった。

「どうエレオノール? 驚いたでしょう」

「驚いた、なんてものじゃないわよ。これはハルケギニアの歴史がひっくり返りかねない発見よ。つくりの頑丈さから見て、古代の神殿跡かしら? もしかしたら、始祖が降臨して魔法が伝わる、有史以前の文明のものかもしれないわ」

「ええ、私たちも同じ見解よ。これまでの出土品から、生活道具の類が見つからないことを見ると、なにかの宗教儀式に使われた線が強いの。みんなのあいだでは、仮称として悪魔の神殿と呼んでるわ」

「悪魔の神殿……ね」

 誰が言い出したものかは知らないが、よく言ったものだとエレオノールは思った。こんな地下に隠されて、気味の悪いレリーフが散見する様は、どこか背筋が寒くなるものがある。

 今のところ発掘されているのは入り口から五十メイルくらいで、さらに奥の通路は発掘途中で進めず、二人は土砂が取り除かれている部分を、丹念に調べていった。

「ねえエレオノール。壁になにか絵が描かれてるみたいだけど、ちょっと見て」

「ほんとね。だいぶかすれてて見にくいけど……怪物の絵……それも複数いるみたいね」

 それぞれ違う形をした怪物の姿が、二匹……いや三匹か? 細部はよくわからないけれど、それらの周りには街、さらには炎を思わせる絵が描かれており、その情景はそのまま戦いを連想させた。

「怪物を神として祭ってたのか、それとも逆か……この絵も、復元してみる価値はありそうね」

 案外、ここは本当に悪魔の神殿かもよと、エレオノールが真顔で言うと、ヴァレリーはよしてよ気味が悪いわねえと身震いした。

 

 そうしてエレオノールとヴァレリーは、発掘がすんでいる箇所の検分を終えると地上に上がった。日の光が目に染みて、ほこりっぽい空気から森の澄んだ空気が喉を通り抜けていく。

 しかし、穴を登って発掘チームの仮設テントに向かおうとしたところで喧騒が聞こえ、何かしらねといぶかしんでいると、一人の若い研究員が助けを求めに来た。

「あっ! エレオノール女史にヴァレリー女史。申し訳ありませんが、手を貸していただけませんか」

「どうしたの? そんな血相を変えてしまって」

「それが、どこで噂を聞きつけたのか。評議会員のエスパニヤ博士がやってきて、これは異教の邪悪な代物だからすぐに破壊するべきだ、お前たちは異端な研究をしていると言ってるんです」

「ああ、あの評議会のヒヒじじいか」

 エレオノールはつまらなさそうに吐き捨てた。評議会とはアカデミーの意思決定機関で、研究員から選抜された彼ら評議会員によって、アカデミーは運営されている。ただし、一線を退いた老人や、実践より理論を優先する者の流れ着き場、さらにはその地位だけが欲しい者が金で売買したりもするので現場との対立は絶えず、ヴァレリーも眉をひそめた。

「エスパニヤといったら、家柄と金だけでアカデミーに入ったって能無しじゃない。そういえば、司教の称号も持ってたっていうわね。はっ、大方若手が手柄を立てて自分の地位を脅かすのが怖くて邪魔をしに来たってところでしょうねえ」

「ですが、なにぶん博士は司教の肩書きをもっておりますもので、あまり強く反抗すると異端審問にかけられてしまいます。どうか、お二人にお知恵をお貸し願えないでしょうか?」

 必死に懇願する若い研究者に、ヴァレリーは親友の横顔を見ると不敵な笑みを浮かべた。

「だ、そうよ。どうする? 先輩として」

「馬鹿の相手なんて気が進まないけど、宝の山をつぶされるのはもっと冗談じゃないでしょう。いいわ、あなたたちにいいものを見せてあげる。案内しなさい」

 鋭角的なメガネをついとあげて、好戦的な笑みを浮かべたエレオノールを、若い研究員は救世主を得たかのように、喜び勇んで連れて行った。

 

 仮設テントが数多く建てられ、発掘現場はちょっとした街のようになっている。その中の、ひときわ大きな発掘団本部になっているテントで、エスパニヤ博士は何人もの研究者に向けてわめきたてていた。

「諸君、私はアカデミー評議会員として、そして何よりも始祖の代弁者たる司教として諸君に忠告する。このような忌まわしい邪教の神殿に触れることは、神の御技を与えられた貴族のすべきことではない。即刻この世から消去し、君たちの信仰の深さを天に知らしめよう。諸君らの中に、悪魔に心を売った異端の徒がいない限り、私に反対するものはいないはずだ」

 口八丁も八丁、よくもまあ心にもない言いがかりをつけられるものだと研究者たちは憎しみを込めてエスパニアを睨んでいた。偉そうなことを言ってはいるが、エスパニア自身は研究者として在職中のころも、めぼしい成果をひとつもあげたことはないことで知られる。単に、家柄がよくて追放させにくかったために、厄介払いで評議会員に押し上げられたのだが、こういうやからはどこへ行っても人の迷惑になり続けるらしい。

 それでも、ハルケギニアにおいて始祖の御心から離れる、異端のレッテルを貼られることは事実上の死刑にも等しい。研究者たちは、エスパニアをうっとおしく思っても、司教の肩書きという伝家の宝刀をかざされては、せいぜい時間稼ぎをするしかできなかった。

 そこへ、さっそうとエレオノールが現れたのである。

「これはこれはエスパニア博士、いらしているとは存じませず、出迎えもいたしませんで失礼仕りました」

「おお、君はアカデミー一の才女として名高いミス・エレオノールくんか。久しいねえ、君の活躍は先輩として常に誇らしく思っていたよ」

「それは身に余る光栄ですわ」

 両者とも、言葉の丁寧さとは裏腹に、口調には砂の一粒ほどの敬意も込められてはいなかった。エスパニアにとって優秀な若手はすべて自分の地位を脅かす敵であったし、エレオノールにとって無能な男とは路傍の石ほどの価値もない代物にすぎない。

 社交辞令が終わると、エスパニアは先に研究者たちに言ったのと同じことをエレオノールに機関銃のようにぶつけた。あるだけの言いがかりと異端を楯にした芸のない文調の羅列。ヴァレリーや研究者たちは、それを黙って聞くエレオノールを、じっと見守っていたが、やがておもむろにエレオノールは口を開いた。しかし、その発言は研究者たちを愕然とさせるに充分だった。

「わかりました。私も忠実なる神の僕、遺跡をとり壊しましょう」

「おお! さすがアカデミー一の才女、物分りがよいのお」

 エレオノールが折れたことで、エスパニアは勝ったとばかりにしわまみれの顔を醜く歪めて笑った。一方研究者たちには絶望と、エレオノールに対する失望感が流れる。

 だが、ヴァレリーにはわかっていた。エレオノールの目は死んでいない。あれは狩人が冷静に獲物を見る目だ。

「ではエスパニア博士、わたくしたちはこれから遺跡の破壊作業に移ります」

「うむ、手早くするのだぞ」

「早急に……ですが、さすがはエスパニア博士。ご自分の身命を省みずに始祖と、そして我々の生命を守ろうと駆けつけてくれるとは、なんたる自己犠牲の精神と感涙いたします」

「な……? じ、自己犠牲とはどういうことかね?」

 不吉な単語が流れたことに、エスパニアの顔から笑みが消える。その瞬間、これこそが待ちわびた瞬間だと、エレオノールのメガネが光った。

「ご冗談を、高名な博士ならご存知のはず。こういった邪教の神殿には、異教徒の盗掘を避けるための呪いがかけられていることが多いのです。悪意をもって踏み入るものには死の罰をと、奇病にかかったり事故にあったりと、三百年前のリューベック博士が全身の血を吐いてミイラになって死んだり、エルダー男爵が突然湖に身を投げたりした例があります。まして神殿を破壊しろなどとなったら、どれほど恐ろしい呪いが命じた者に降りかかるか……ああ、それを信仰のために自らの身を投げ打とうとするエスパニア博士の名は、アカデミーの歴史に刻まれることでしょう」

 一気にまくしたてたエレオノールの言葉が終わったあと、エスパニアに顔色はなかった。

「では、我々はエスパニア博士のご命令に従い、ただちに……」

「ま、待て!」

 エレオノールの完全勝利であった。エスパニアはそれまでの高言はどこへやら、邪教の神殿かどうかをきちんと調査してから、改めて判断を下そうなどと適当なことを並べると、逃げるように去っていった。

 そして、エスパニアの乗った竜籠が見えなくなると、あとは研究者たちの歓声がこだました。

「さすがねエレオノール」

「ちょろいもんよ」

 すべては、エスパニアが知識が薄弱で臆病なことを計算したエレオノールの作戦だったのだ。

 研究者たちから熱烈な感謝の言葉をかけられたエレオノールは、「つまらない時間を使ったわ」と、ぽつりとつぶやくと、彼らに仕事に戻るようにうながした。馬鹿に勝って悦に入るほどエレオノールは暇ではないのだ。

 

「ヴァレリー、次は?」

「じゃあすでに発掘された出土品を見ましょうか。水系統の私より、土系統の貴女のほうが見るものは多いでしょう。それと後で、あなたに紹介したい子がいるから」

「紹介したい子?」

「ええ、とっておきのね。そういえば、エレオノールとも、けっこう相性がいいかもしれないわね。なにせその子ったら、あなたと同じで見た目はいいくせに、ひたすら研究ばかりに……」

 と、ヴァレリーがそこまで言ったときだった。向こうのテントで発掘品の調査をしていたらしい女性職員が、ヴァレリーに気がついて駆け寄ってきた。金髪がまぶしい、青い瞳の驚くほど目鼻の整った美少女だった。

「あっ! ヴァレリー先輩! 戻られたんですか。すごいですよ! あれからもう発見発見、大発見の連続です。見てください、この宝物の山を」

「ああ、わかったからわかったから。そんなに詰め寄らなくても聞こえてるわよ」

 興奮を隠し切れない様子の彼女に、ヴァレリーはまあまあとなだめると彼女のよこしたレポートの途中経過を検分した。

「へえ、よくまとまってるわね。出土品のリストやスケッチもきれいだし、たいしたものだわ」

「トリステインで五本の指に入ると言われているヴァレリー先輩に褒められるとは光栄です!」

 その女性職員は、表情に満面の笑みを浮かべて喜びを表現した。どうやら感情を隠すことが下手なタイプのようで、その勢いにヴァレリーのほうがたじたじになっている。

「ヴァレリー、その子は?」

 エレオノールは、アカデミーにこんな若い娘がいたかしらといぶかしんだ。

 すると、その少女はエレオノールの顔を見るなり、子供のように飛び上がった。

「わあっ! もしかしてあなたはエレオノール博士でいらっしゃいますか! 先輩からお噂はかねがね。博士の書かれた論文の数々を拝見させていただき、ぜひ一度お会いしたいと思ってました!」

「あ、うん。それはどうも光栄ね」

 生き別れていた親と会ったような少女の喜びように、今度はエレオノールがたじたじになる番だった。

 小声で、「誰? この子」とヴァレリーの耳元でささやくと、ヴァレリーも気恥ずかしそうに答えた。

「あなたが魔法学院に行ってるあいだに入った新入りよ。あとで紹介しようと思ってたんだけど、ガリアから来たそうで、アカデミーの入学試験を優秀な成績でクリアした英才なの」

「よろしくお願いします。いやあ、叔父様にくっついてガリアに来てたんですけど、せっかく面白いものをいっぱい見れると思ったら、叔父様ったらお前はおとなしくしてろの一点張りで、たまりかねてトリステインまで来ちゃったんです」

「ふーん、身内で苦労するのはどこも同じなのねえ」

 エレオノールは、母や妹たちの顔を思い出して軽く息をついた。

「ま、優秀な若手が育つのは悪いことじゃないわ。このレポートもよくできてるし、まあ仲良くやりましょう」

「はい」

 差し出した手をとった彼女と、エレオノールは握手した。意外にも思えるけれど、実力で地位と名誉を勝ち取ってきたエレオノールには後輩いじめをして若い芽をつぶそうという気はなく、アカデミーの若手の中では人気があるのである。

 エレオノールは彼女のレポートを基にして、遺跡の調査を進めていった。

「出土品の状況から見て、最低四・五千年は経ってるのは確実ね。やはり始祖以前の古代人のものかしら」

「はい、私も大災厄以前の蛮人の……あ、いえ。ですが、同時に文字板も複数出土しています。解読すればなにかわかるのではないですか?」

「そうはいっても、ほとんどがバラバラに砕けてるから復元からやらなきゃね。この古代文字の解読はリードランゲージでやればいいけど、復元作業は手作業になるから、解読は相当後になるわね」

 いくら魔法でも壊れたものを元通りにすることはできない。こういうことは、地道に人間が根気と努力でやるしかないのだ。

 そうして、三人は出土品を前にして議論を戦わせていたが、一番奥に置かれていたあるものの前で足を止めた。

「これは……なに?」

 エレオノールは、そこに一つだけあった、明らかにほかの出土品とは違う物体をいぶかしんだ。それは、石版や石の彫刻とは違い、子供ほどの大きさの透明なカプセルで、それに関してはヴァレリーも首をふった。

「それは入り口近辺の祭壇に安置されてたものなんだけど、中に液体が詰まっているということ以外はまだ何もわかってないわ。中のサンプルをとってみようと試みても、恐ろしく頑丈で錬金もどんな衝撃も受け付けないのよ」

 なるほどと、エレオノールもそばにあったハンマーで叩いてみても傷一つつく気配はなかった。

「これが先史時代のものだとすれば、固定化も使わずにこれほどの強度の物質を作り出せたということになるわね。それに、中の液体も興味深いわ」

「でしょう。私は古代人の秘薬だと踏んでるんだけど、ああ! もし不老不死の秘薬とかだったらどうしよう?」

 興奮して叫ぶヴァレリーに、エレオノールたちは呆れた顔を見せた。

「あのねぇ……」

「わかってるわよ。冗談よ冗談。不老不死なんてものが存在したら、古代人が滅びるわけはないもの。まあ、これはアカデミーに持ち帰ってじっくり調査しましょう。なんにせよ、楽しみじゃない」

 ウィンクしてみせるヴァレリーに、二人は「同感」と笑い返した。

 

 なんにせよ、この発掘現場はアカデミーにとって金山よりも貴重な宝の山だった。

 一般人から見たらガラクタに見えるようなものも、彼らからしてみたら古代の謎を解き明かす鍵なのである。特に、始祖が降臨する前の歴史についてはほとんどわかっていないので、その一ページをめくることに興奮していないものはいない。

「この文字の形は、やはりここ数千年のあらゆる文献の文字とも違うわね」

「でも、一部の形がエルフの使っている文字記号と酷似しているように見えなくもないと思わない?」

「可能性はなくもないと思いますよ。エルフの文明は、ば……人間よりも古いですからね」

 いくら話しても、話のタネがつきることはなかった。

 そのとき、エレオノールのところに、例の伝書フクロウがまた飛んできた。足にはしっかりと手紙筒がつけられており、それを外して一読した彼女は、一瞬口元に苦い表情を浮かべた後にため息をついた。

「ごめんヴァレリー。魔法学院から緊急の呼び出しが来たわ。悪いけど、今日一日はあなたにまかせるわ」

「あら、それは残念。まったくあなたはどこでも大人気で大変ね」

「お勤めだから文句も言えないからね。すまないわねヴァレリー。それからあなた、ヴァレリーを補佐してあげてちょうだい、頼むわね」

「はい! お任せください」

 明るく返事をした新人の顔を見て、エレオノールは微笑を浮かべた。この新人、若いがかなり見所がある。ゲルマニアからガリアに留学していたとのことで、どうやらメイジではないらしく魔法は使えないようだが、知識量はそこらの学者が及ばないほどすごい。

 なによりも、その好奇心と探究心の高さは感心するほどで、あれこれ発見があるたびに興奮しまくりで、文字通り寝食を忘れているほどである。あちらの国では学者も平民の登用も大規模に進んでいるようなので、トリステインはそのあたりも見習わなくてはならないだろう。

 

 大発見を目の前にして、後ろ髪を引かれる思いながら、エレオノールは竜籠に乗り込んだ。四頭の竜に吊り上げられたゴンドラは空へと舞い上がっていき、地上から、あとはまかせてくれと手を振ってくるヴァレリーと、新入りの姿もどんどん小さくなっていく。

「間違えて大事な史跡を壊したら承知しないわよヴァレリー! それに……」

 と、叫ぼうとしたとき、エレオノールはまだ新入りの名前を聞いていなかったことにようやく気がついた。ありったけの声で、そういえばあなたの名前は!? と叫ぶと、風に乗って音楽めいた響きの言葉が飛んできた。

「ルクシャナ……」それが彼女の名らしかった。

 

 

 急いで竜籠で学院に帰還したエレオノールは、自室で作業服からドレスに着替えると、その足で手紙をよこしたオスマン学院長の待つ学院長室に出頭した。入り口で来訪者を受け付けていたロングビルに

用件を伝え、学院長室のドアをノックする。

「地系統担当教諭、エレオノール・ド・ラ・ヴァリエール参りました。失礼いたします」

「おお、来たかねミス・エレオノール。ううん、相変わらず美しいのう。ほっほっほっ」

 室内に足を踏み入れると、オスマン学院長が早くも軟派な言葉であいさつをかけてきた。例によって、口調は威厳を保っているのと反比例して、口元がにやけている。エレオノールは、来たことを早くも後悔しつつ、スカートのすそをつまんで、カリーヌ直伝の優雅におじぎを返した。

「学院長におかれましては、本日も大変ご機嫌うるわしいようで」

「いやいや、年寄りの楽しみは若い者の育つのを見ることだけじゃからのお。特に、貴女のような美しいお方を見れば、寿命が百年は延びるというものよ。ミス・ロングビルもじゃが、メガネ美人というものは胸にキュンとくるわい。ほっほほほ」

 内心で百年寿命が縮めと吐き捨てたのを、少なくともこの学院の女子生徒ならば誰もとがめるまい。このじいさんの好色ぶりは、エレオノールも学院生活を送っているうちに重々承知しているつもりではあるけど、オスマンの視線がまっすぐに自分の胸元に向いていると、自然と殺意が湧いてくる。

 それでなくとも、今はカトレアのようなゆったりとしたドレスに身を包み、麗しき公爵令嬢という猫をかむって学院生活を送り、今では望まぬも『エレオノール公爵令嬢を見守る会』などいうものに始終監視されているだけに、不愉快度は倍増した。

「最近はおぬしのおかげで、土の授業で生徒の出席率もよくてのう。いやはや、感謝に耐えんよ」

「真面目な生徒ばかりでして、わたくしも教えがいがあるというものですわ」

 本当は大きなお世話だと怒鳴りつけたかった。なにが悲しくてガキども相手に愛想ふりまかねばならんのか? いや、こうして教師などをしなければいけないのも、もう国中のめぼしい貴族との縁談が破談し、こうでもしないと相手が見つからないのはわかってはいる。けれど、常日頃から男の視線にさらされ続けると疲れてしまう。ついでにオスマンの使い魔の、ネズミのモートソグニルがスカートの中に入り込もうとしていたので、偶然を装って踏みつけておいた。

 しかし、長居するのが嫌でオスマンに呼びつけた用件を問おうとしたところ、隣室の扉からもう一人、見覚えのある人物が入ってきた。

「あなたは……確か銃士隊の」

「お久しぶりですね。ミス・エレオノール、直接お会いするのはおよそ三ヶ月ぶりくらいですか」

 学院長の机の横に立ち、この魔法学院に不似合いな剣を吊り下げた女剣士、アニエスがエレオノールを見て言った。二人には、以前アンリエッタ王女の御前で一度だけだが面識がある。あれは確か、ワイルド星人の事件が起きる少し前だったか。エレオノールは魔法アカデミーの研究成果を、アニエスは国内のレコン・キスタの内偵を報告するためにやってきたときだったはずだ。

 あのときはそれぞれ忙しかったので、あいさつをするくらいしか余裕はなかった。しかし、互いに女性としては有名なので、無意識にライバル視して、耳に入ってきたそれぞれのことはよく記憶していたのだ。

「ミス・アニエスでしたわね。昨今ますますのご高名はアカデミーでも今や知らぬものはおりませんことよ。先日もトリスタニアでのご活躍、まさに貴女方の勇猛の証明と呼べるでしょう」

 一見褒めているようだが、言外に平民あがりはゴミ掃除がお似合いだという侮蔑が含まれている。むろん、それを表に出すほどエレオノールは浅慮ではなく、わずかに眼鏡のふちを光らせただけであった。

 しかし、彼女の言う平民あがりの反撃は、対照的に直球だった。

「ミス・エレオノールもアカデミーでのお噂はかねがね。以前の怪獣を一発で倒した超爆弾の件では、正直に感服いたしました……しかし、短いうちにお変わりになられて。そろそろお焦りですか?」

「……っ!」

 エレオノールは、アニエスが自分の格好を見て笑っていることに気がついて赤面した。アニエスは仕事柄国中の貴族のプロフィールを暗記していて、その中には当然エレオノールのこともある。

「まあ、少々乙女のたしなみというものに目覚めまして。美しいということも、なかなかに罪なものですわね。おほほ」

 下手なごまかし方をしたが、前のエレオノールと直接会った事のあるアニエスは涼しいものだった。だが、怒ってはいけない。似非貴婦人だとばれればまた婚期が遠くなる。また、母にばれたら天国が近くなる。エレオノールは、この成り上がりめいつか泣かす! と、怒りをぐっとこらえると本題を切り出した。

「と、ところで学院長。わたくしをわざわざ呼び戻したということは、よほどの重大事が起きたものとお察しいたしますが」

「うむ。君も先日王都で不平貴族が反乱未遂で大量に検挙されたのは知っていよう。それに関することなのじゃが、詳しいことはアニエスくん。説明してやってくれい」

「はっ」

 アニエスは、先日の王都でのリュシュモンをはじめとする貴族との戦いの顛末からを簡潔に説明して、それから事後処理を進めるうちに浮いてきた問題を語った。

「逮捕した貴族たちの自供によって、これまで王政府内でおこなわれてきた汚職や不正の実体が明らかになってきました。しかし、それらの証拠となる命令の公文書のありかだけが不明でしたが、調査を進めるうちに、その秘密公文書館がこの魔法学院の地下にあることが判明したのです」

「なんですって!? ああ、失敬……それは本当なのですか? 学院長」

「まあのう。確かに、この学院の地下には数千年前に作られたと言われる書庫が存在しておる。しかし、古い施設で危険なので普段は立ち入り禁止にしてあるんじゃ……まれにアカデミーから研究のためにと、貴族が派遣されてくることはあったがの」

「そんな! アカデミーではそんな研究のことは……はっ」

 それでエレオノールもことの詳細を理解した。汚職官僚たちは、この学院の地下にある古代の書庫を都合の悪い文書を保管しておく場所にすることを思いついたのだろう。なにせ場所が場所な上に、アカデミーの研究者を名乗れば出入りは自由。しかもその際に書類を出し入れしたとしても怪しまれることはない。エレオノールはよく盲点をついたものだと感心した。

「なるほど、うまく悪知恵を働かせたものですわね」

「ええ、しかし書庫まではそいつらの仕掛けた魔法のロックが仕掛けられているらしく、並のメイジでは解除できません。そのため」

「私に白羽の矢を立てたというわけですわね。ふむ、なかなか面白そうですわね」

 エレオノールが口元に微笑を浮かべたのを見て、アニエスも喜色を浮かべた。

「お引き受けいただけますか?」

「古代の書庫ともなれば興味は尽きませんわ。それに、極秘の魔法実験の資料も残っているかもしれません。お引き受けいたしましょう」

 エレオノールの研究者としての血が燃えていた。アニエスとしてはエレオノールは気難しい性格だと聞いていたので、王女殿下の命令であるとして押し通すことも考えていたのだが、向こうが乗り気ならそれに勝るものはない。

 欲を言えば、才人とも会っていきたかったがあいにくルイズとと共に留守だった。けれど、それはまあいいだろう。余計な心配はかけたくないし、任務が第一だ。

「そういうわけです。オスマン学院長、地下への入場を許可いただけますね」

「うむ……仕方あるまい。地下への入り口の鍵はミスタ・コルベールが管理しておる。しかし、古代の施設なので謎も多い。くれぐれも注意してくれ」

 

 

 続く


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