第21話
カトレアの怪獣ランド
童心妖怪 ヤマワラワ
原始怪鳥 リトラ
宇宙小怪獣 クプクプ
友好珍獣 ピグモン
伝説妖精 ムゲラ
音波怪獣 シュガロン
メガトン怪獣 スカイドン 登場!
秋の涼しい空気が空を吹いていき、トリステイン魔法学院の中庭に茶色い木の葉を散らした。
学院の軒下では、夏のあいだにたくましく成長した燕たちが、温かい南を目指して住み慣れた巣を巣立っていく。
地球でも、今ごろは紅葉が見ごろになっていることだろう。
才人とルイズが魔法学院に帰ってきてから一週間ほどが過ぎた。あれから、目だった事件も起きずに、トリステインは至極平和を保ち、魔法学院ものんびりとした空気が流れていた。
人の気配がなくなる授業時間を終えれば、またぞろと生徒たちのにぎやかな声が学院に満ちる。
ギーシュは下級生の女子に手を出してモンモランシーにかんしゃくを買い、ギムリとレイナールはどうしてあんな情けない奴がもてるんだと真剣に話し合う。
タバサは陽気を浴びて気持ちよく昼寝しているシルフィードに寄りかかって本を読み、キュルケはそんなタバサに向かって最近のボーイハントの成果や愚痴をこぼす。
シエスタは晴れた日に布団を干し、物干し竿の上にとまっている白い小鳥が彼女を見守るように喉を鳴らしている。
総じて、平和そのもの。こんな日が永遠に続けばいいなと思うような、そんな昼下がり。
そんななかで、才人は学院の城壁の上に立って、ある方角だけをまるでなにかを待っているように見つめていた。本日は、天気晴朗にして風は穏やか、気温も温かく眠気を誘う陽気である。でも、今日の才人は目をぱっちりさせて、居眠りの兆しはさらさらない。
「……来た!」
森の向こうの空に待ち焦がれていたそれが見えたとき、才人は思わず手を叩いて喜んだ。
五匹のドラゴンが、銀色に輝く大きななにかを吊り下げてゆっくりと飛んでくる。それが近づいてくるにつれ、才人の胸に少年らしいワクワクが満ち溢れてきた。
「間違いない。ゼロ戦だ!」
その翼に描かれた真っ赤な日の丸が目に入ってきたとき、才人は思わず叫んでいた。アルビオンで戦っていたとき、四次元怪獣トドラの異空間で見つけた零式艦上戦闘機。才人とともに空を飛び、リトルモアの大群とも戦った懐かしい翼だ。
竜の運送屋たちは、城壁の上で指示している才人の誘導に従って、ゼロ戦をゆっくりと学院の広場に下ろした。すぐに才人も階段を駆け下りてゼロ戦のそばによって、じっくりと見つめる。触れれば切れそうなくらい鋭い主翼、すすのこびりついた機首と両翼の機関砲。あのときと変わらない姿で、ゼロ戦は才人の元へと帰ってきた。
「久しぶりだな。またこうして見られるとは思わなかった」
才人は、二度と動かせないと思っていたゼロ戦をこうして間近で見て、久しぶりに小学校の校舎に足を踏み入れたときのような感慨深さを感じた。以前アルビオンでの戦いで奮闘するものの、ついにガス欠で動けなくなったゼロ戦は、ロングビルに頼んで後日破壊してもらう予定であった。
しかし、才人がハルケギニアに残ったことと、先日ダイヤモンドを持っていることを思い出したおかげで事情が変わった。才人はダイヤの一つをロングビルに換金してもらって、そのお金でゼロ戦をアルビオンから魔法学院にもってきてもらう代わりに、残ったお金をティファニアへの仕送りにプレゼントしたのだ。
これにはロングビルは飛び上がらんばかりに驚き、そして喜んだ。アルビオンから学院までの距離を竜をチャーターするのには大金がかかるが、それでも残った額は莫大だった。土くれのフーケとして、貴族からセコい宝石やアクセサリーを盗んでいたときの何日分にも相当する額である。
でも才人も置物にするためにわざわざ大金をはたいたわけではない。その理由は、いっしょに戦った愛機を雨ざらしにしたり破壊するのは忍びなかったことが一つ。もう一つは、下りてきたゼロ戦にこれ以上ないくらいに目を輝かせ、知的好奇心をくすぐられている人に、これを見せるためであった。
「きみ! こ、これはなんだね? よければ私に説明してくれないかね?」
ミスタ・コルベールは、才人から見せたいものがあると言われて待っていたものが、自分の想像をはるかに超えていて目を輝かせた。当年とって四十二歳、教員歴二十年。縁結びと毛根の神様にそっぽを向かれた彼の生きがいは研究と発明である。そんな彼に喜んでもらえるだろうと無理を言って手配してもらった才人は、思ったとおりの反応を得れて喜んだ。
「これは『ひこうき』っていうんです。おれたちの世界では普通に飛んでる」
「これが飛ぶのか! はぁ! 素晴らしい!」
コルベールはゼロ戦のあちこちを興味深そうに見て回った。翼の下に潜ったり、エンジンのオイルの香りを嗅いだり、操縦席の計器を覗き込んだり。このあいだ自分の小屋をゴミ屋敷にして追い出されかけたというのに、もうすっかり忘れているようだ。ただ、胴体によじ登ろうとしたときはゼロ戦の機体構造は非常にもろいので慌てて止めた。機体には早いうちに『固定化』をかけて保護しておいたほうがいいだろう。
コルベールはひととおり見回ると、翼やプロペラの意味などを根掘り葉掘り才人に質問した。
「なるほど、この風車を回して風の力を得るわけか。なるほどよくできておる! では、さっそく飛ばせてみせてくれんかね! ほれ! もう好奇心で手が震えておる!」
本当に、おもちゃの箱のリボンを解いてよいかと親にねだる子供のようだ。才人としても、すぐに要望に応えてあげたかったけれど、残念ながら首を横に振った。
「すみませんが、しばらく野ざらしにしていたので先に整備が必要なんです。それで、先生に相談なんですが」
才人は、このゼロ戦が非常にデリケートな構造でできていること、以前アルビオンで飛ばしたときにも、エンジンを故障していることを話した。
「ううむ、無理に動かすと二度と動かなくなるかもしれないということか。それで私の出番というわけだね。見るところ、とても複雑な構造らしいが、一定の法則に従って分解できるようにもなっているようだ。これは腕が鳴るものだ」
機械には整備性といって、あらかじめ整備や修理をしやすいように設計されているものだが、それを一目見ただけで理解したコルベールはたいしたものだと才人は思った。工具は『錬金』で作れるし、分解するたびに痛むネジなどは『固定化』で補強すれば穴がつぶれたりすることはない。
才人は、そういった細かな注意をし、コルベールはうんうんと言いながらそれらをメモした。
「図面をとりながら分解すれば、ばらして二度と組み立てられなくなるということもあるまい。それにしても、これは私の思い描いていた理想そのものだ」
楽しげにコルベールはゼロ戦を見つめ続けた。才人はやはりこの人に相談してよかったと思った。コルベールは魔法に頼らずに動く機械の製作をライフワークにしていて、まだ機械の概念すら乏しいハルケギニアで、初歩的ながら独力でエンジンを作ったこともある。確かあれはいくらか前の火の授業中、油を気化させてピストンに送り、中で引火させて爆発の勢いで動かすものだった。おもちゃの域ではあっても、誰にも教わらずにそれだけ作ったのだから天才的だ。
しかしなぜ、周りから変人され続けても研究を続けるのかまでは知らない。聞いてみたことはあるが、世の中の役に立ちたいからだとはぐらかされてしまった。
「サイトくん、君は私に幸運を運んできてくれる天使のようだ。よろしい、私の誇りにかけて、これをもう一度飛べるように整備してみせようではないか!」
「さすが先生は話がわかる! ああそれと、燃料のガソリンも補給をお願いしたいのですが」
「ガソリン? ガソリンとはなんだね?」
「これの燃料で、風石の代わりのものといえばわかりやすいでしょうか。特殊な油なので、普通の油では代用が利かないんです。それをこのエンジンの中で燃やして、プロペラを動かす力を得るんです」
才人は胴体タンクに残っていたガソリンを試験管に汲んでコルベールに手渡した。
「ふむ……嗅いだことのない臭いだ。温めなくともこのような臭いを発するとは……随分と気化しやすいのだな。これは、爆発したときの力は相当なものだろう」
あっという間にガソリンの性質も理解してしまった。才人は、この人のすごいところはこの発想の柔軟なところだと思った。ただ頭のいい秀才とは訳が違う。コルベールはすでにぶつぶつとつぶやきながら、ああでもないこうでもないと思案を始めている。きっと彼の頭の中では『錬金』でガソリンをどう調合しようかと、めまぐるしくニューロンが動いているに違いない。
それに、才人としても単なる親切だけではない。将来GUYSクルーになれたとしたら、当然戦闘機の操縦もしなければならない。あくまで修理ができたとしたらが前提で、ガンダールヴの力が抜けた今では空戦は無理だけれど、ゼロ戦は機体が軽くて操縦性が非常に良好なので練習機としては理想的だ。
「先生は、変わってますね」
「ん?」
才人がそうぽつりと言うと、コルベールは顔を上げて才人を見た。
「いえ、悪い意味じゃなくて、このゼロ戦を見て興味をもってくれるのは先生くらいですから。ほかのみんなは、ただの鉄の塊にしか見てくれない。ルイズたちにしても、実際飛ばすまで信じてくれなかったし」
「ははっ、それはこれを見てすぐに用途を理解するのは難しいだろう。私とて、変人などと呼ばれて、自分の趣味が人とかけ離れていることくらいは自覚している。おかげで、嫁も未だにおらんが、私には信念があるのだ」
「信念ですか?」
「そうだ。ハルケギニアの貴族は、魔法をただの道具……普段なにげなく使っている箒のような、使い勝手のよい道具ぐらいにしかとらえておらぬ。私はそうは思わない。魔法は使いようで顔色を変える。従って伝統にこだわらず、様々な使い道を試みるべきだ」
コルベールは頷いて、言葉を続けた。
「君を見ていると、ますますその信念が固く、強くなるぞ。わかるかね? この『ひこうき』は、ハルケギニアの理によるものではない。それはつまり、世界はまだまだ私の知らない未知の発見にあふれているということだ。なんとも興味深いことではないか。その中には、いつか私の理想に合致するものがあるかもしれない。おもしろい! とても興奮するものだ。先は長くけわしいだろうが、私はそれらを見てみたい。新たな発見は、私の魔法の研究に新たな一ページを加えてくれるだろう! だからサイトくん。困ったことがあったら、なんでも私に相談したまえ。この炎蛇のコルベール、いつでも力になるぞ」
胸をどんと叩いてコルベールは宣言した。才人はそんな先生を見て、これは思ったより早くゼロ戦にまた乗れるかもしれないなと、確信めいた予感を覚えるのであった。
さて、そんなふうにのんびりと普通の生活に戻ったかに見えた才人だったが、最近思わぬ悩みを抱えていた。
「姫様の結婚式の詔、まだ思いつかないのか?」
「うん……」
部屋の中で机に向かって、ルイズは見るからに落ち込んだ様子でうなだれていた。秋の日差しは窓から部屋を適度に暖め、小鳥の声でも聞こえてきそうな明るさなのに、ルイズの周りだけはお通夜のように沈んでいる。そんなルイズに、才人も力なくため息をつくしかない。
原因は、机の上で無造作に広げられているぼろっちい白紙の本にあった。先日、王宮でアンリエッタ姫に依頼された、来月にとりおこなわれるアンリエッタ姫とウェールズ皇太子、いや新国王との婚礼の儀を祝福する巫女の読み上げる詔。それが今日になっても少しもできていなかった。
一時、夜通し頭をひねって、翌日才人に聞かせたときはこんな感じである。
こほんと可愛らしく咳をして、椅子に座って清聴している才人に向かってルイズは自分の考えた詔を詠みはじめた。
「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を読み上げ承る……」
ここまでは前置きで、誰のものも変わりはない。しかし、これからが大事というところでルイズは黙ってしまった。
「どうした? 続けろよ」
「これから、火に対する感謝、水に対する感謝……四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠み上げなくちゃいけないんだけど……」
そう、それがルイズを悩ませている根本的な原因であった。詩的といえば一言だけれども、論文やレポートと違って、詩は聞く人間の感性に訴えかけねばならず、そこが直情的でロマンティズムとは無縁な生き方をしてきたルイズにはきつかった。
「なんも思いつかない。詩的なんていわれても、困っちゃうわ。わたし、詩人なんかじゃないし」
「いいから思いついたこと、言ってみ」
ルイズは困ったように、がんばって考えたらしい”詩的”な文句をつぶやいた。
「えっと、炎は熱いので、気をつけること」
「『こと』は詩的じゃねえだろ。注意だろそれ。てか、感謝してねえし」
「うるさいわね。風が吹いたら、樽屋が儲かる」
「ことわざ言ってどうすんだよ!」
こういう感じのボケツッコミとしか思えないやりとりに終始して、前置きから一行たりとて前進しなかった。ルイズは真面目に考えれば考えるほど”詩的”というワードにひっかかって泥沼にはまっていくばかり。皮肉なものだが、遊ぶ間も惜しんで学院で誰よりも真面目に勉学に打ち込み、学術書ばかり読みふけっていたことが、今回は完全に裏目に出ていた。
才人は、こりゃ漫画ばっか読んでて叱られてた自分のほうがまだましだと思った。魔法が使えないことを除いては完璧人間だと思っていたルイズに、こんな意外な弱点があったとは。いや、正直、才人にとってはすごくどうでもいいことである。ルイズの詔が落選したら、別の貴族が代わりに採用されるだけだ。でも、毎夜部屋の中でうんうんうなられたら、自分の試験勉強にも悪影響が出る。
言葉の迷宮に迷い込んだルイズの、無限ループのような日々は続いた。
しかしそんなある日のこと、グッドアイディアを才人は思いついた。
「そうだ! 明日から三連休が始まるだろ。カトレアさんに相談しに行ってみたらどうだ?」
「そっか! なんで今まで思いつかなかったんだろう。ちぃ姉さまならきっと素晴らしい詩を考えてくださるに違いないわ」
ルイズの脳裏に、温和で知的なカトレアの笑顔が浮かび上がってくる。小さいころ、ルイズの枕元で昔話を聞かせてくれたり、自作の子守唄を歌ってくれたりしたあの優しい姉なら、必ず期待に答えてくれるだろう。それに、なんといっても公然とカトレアと会える理由ができたことにルイズは喜んだ。
「ようし、それじゃあ明日一番で出発するわよ。今日は早寝しなくちゃ!」
そう言うと、いつもより一時間は早くルイズはベッドで寝息を立て始めた。このところ寝不足だったから寝つきが早い早い。才人はこれでやっと勉強ができると、ノートパソコンを開いて、ライセンス試験の問題集を夜がふけるまで解いていた。
そして翌日、早朝早めの朝食をとった二人は、空を飛んでヴァリエール領に向かっていた。
「おお、さすが速いな。学院がもう見えなくなったぜ!」
「この調子なら、あと二時間くらいでつけるわ。うーん、やっぱり空の旅はシルフィードが一番ね」
幸運にも見事な秋晴れになった空を、風竜シルフィードはすべるように飛んでいく。ヴァリエール領は国内にあるといっても馬では遠すぎる。そのため、二人は部屋にこもって読書にあけくれていたタバサに頼んでシルフィードを使わせてもらうことにしたのである。
「タバサ悪いな。せっかくの休みに無理いっちゃって」
「いい、ギブアンドテイクだから」
本当は、タバサは虚無の曜日の読書の時間を至福としているので最初はしぶった。でも、ルイズが「うちの書庫から好きな本を持って帰っていいから」という条件で折れたのである。トリステイン有数の名家であるヴァリエール家の書庫ともなれば、どんな貴重な古文書や絶版書が眠っているかもしれない。タバサからしてみれば宝の山に等しかった。
馬車でも二日以上かかる道のりも、シルフィードのスピードなら数時間でたどり着けた。前に通った街道や森の上を飛び越えると、見慣れた屋敷が見えてくる。空飛ぶ使い魔を下ろせる前庭に着陸すると、才人とルイズは名残惜しげに飛び降りた。ゼロ戦なら一時間、ガンフェニックスなら数分だろうけれど、快適さではやっぱりシルフィードが一番だ。
城門でカトレアが滞在していることを確認した才人とルイズは、まずシルフィードを屋敷の召使に預けた。それから、さっそく書庫に行くというタバサに夕方落ち合おうと約束して、メイドに案内されていく彼女と別れると、こちらもメイドに案内されて屋敷の奥に向かった。
ところが、カトレアは才人たちが来る数分前に、休暇をとってやってきた別の客を迎えて相手をしていた。
「まあまあお姉さま。元気を出してくださいませ。お母さまだって、何も悪意があってしているわけではないのですから」
「カトレア、あなたはいいわね。なにもなくても世間の殿方の人気を独り占めなんだから」
「わたしなど、お姉さまに比べたら教養も低いですし、国に貢献するような功績をあげたこともありませんわ。お姉さまは、アカデミーの主席研究員で、発明の数々の中にはトリステインを救ったというものもあるそうではないですか」
テーブルを挟んで、せっかくの高級な紅茶に口をつける気配も見せずに突っ伏しているブロンドの女性に、カトレアは微笑を浮かべながらなだめの言葉をかけていた。
「はっ、そんなの男を遠ざけこそすれ、引き寄せる要素にはならないわよ。わたしなんて、こんな似合わないドレスを着て、作り笑いしてやっとガキをだますので精一杯なんだから……」
そう言って、カトレアの姉のエレオノール・ド・ラ・ヴァリエールは、疲れきった体をだらしなく高価な椅子に横たえた。
その様子は、魔法学院で見せているような、優雅で華やかで清楚な公爵令嬢としての雰囲気はなく、地の性格が久しぶりに表に出てきている。それというのも、あのカリーヌ直々の『烈風カリンの社交界マナー講座、初級編』を受けさせられてから今日まで、一日たりとてエレオノールに心の休まる日はなかったのだ。
今思い出しても、あの日々のことはぞっとする。優雅さを身につけるために、カップの底に沈んだしびれ薬を混ぜないように紅茶を飲む訓練や、足音を立てたら吸血コウモリが襲ってくる洞窟を抜ける訓練。気品を身につけるために、笑顔を崩したら電撃を喰らう鏡の前に縛り上げられて座らされたり、殺気を見せたら噛み付いてくる軍隊コヨーテの子を育てさせられり。あと男性に優しくするための訓練は、思い出すだけでのた打ち回りたくなるような、一言で言えば地獄だった。
しかも、卒業の日に母カリーヌはこう言ったのだ。
「エレオノール、今日までよく試練に耐え抜きました。それらの教えたことをきちんと守れば、お父さまのような立派な殿方とめぐり合えることも夢ではないでしょう。けれど、それが付け焼刃でしかないということはよく覚えておきなさい。よって、今後例えルイズにでも、その態度で接し続けて定着させることです。なお、二十八歳の誕生日までに婚約が決まらない場合、『中級編』に進みますのでそのつもりで」
初級編でさえ地獄だったのに、中級編となると生きて帰れる保障などない。そのため、ルイズにも本心をさらせず、猫をかむってすごさなければならない毎日。
「私が本当の私に戻れるのはこことアカデミーだけよ……もうやだ。ただの一研究員に戻りたい!」
「まあまあ、焦らなくてもまだ時間はありますわ。疲れたらいつでも私がお相手いたしますから、じっくりがんばりましょうよ」
カトレアは姉をなだめながら、内心かなり同情していた。自分を偽って生きるということは大変な苦悩に違いない。でも、本当にこのままではいかず後家決定なのだから、母の焦りもわかるためにやめろとも言えなかった。
ちなみに、地球に対してハルケギニアは一年の周期がわずかに長く三百八十四日で、十九日長い。そのため、十七歳の才人と十六歳のルイズはほぼ同い年ということになる。しかし、二十七歳のエレオノールの年齢を地球基準にしてみると、十九×二十七=五百十三で二十八歳と半年となり、三十歳に極めて近くなる。十代のうちの結婚が当たり前のトリステインでは、大変危ない年齢だ。
と、そのとき。窓から一羽のフクロウが入ってきてテーブルにとまった。足には『エレオノール・ド・ラ・ヴァリエール宛』と書かれた筒がくくりつけられている。
「あら、伝書フクロウですわね。お姉さま宛ですか」
「そうね。アカデミーか学院でなにかあったのかしら? ……ふむ。なるほど」
筒から出てきた手紙を一読すると、エレオノールはすっかり冷めてしまっていた紅茶を一口で飲み干して立ち上がった。
「悪いけど、すぐにアカデミーに戻らなくちゃいけなくなったみたい。話の続きは、また今度聞いてもらうわ」
「それはまたいつでも。道中お気をつけてくださいませ」
立ち上がったとき、すでにエレオノールの眼鏡の奥の瞳は鋭さを取り戻していた。
カトレアは、ドレス姿とはあまりに不似合いな眼光を宿した姉の表情を見て内心で苦笑した。やっぱりこの人は仕事がなによりの生きがいなのだ。特に、最近の魔法アカデミーは対超獣用の魔法兵器などの開発を遅延なく進めさえすれば、その他の研究も倫理に触れたりしない限り、大抵の内容に認可が下りるようになっている。猫をかむりつづけなくてはいけないとしても、好きなように実験をおこなえる今の環境は、エレオノールにとって楽しくてしょうがないのだろう。
それに、男運が悪いのを気にしてはいるけれど、自身がなまじっか有能すぎるので、ただの男ではすぐに不満が爆発してしまう。その際の相手を容赦なくなじるキツさは体験したものでないとわからない。
はてさて、この姉と対等に付き合える男がいるとしたらどんな人なのだろうかとカトレアは考える。エレオノールの知力に匹敵して、なおかつ胆力を備えた男? こればかりは伝説のイーヴァルディの勇者でもどうであろうか。
けれど、カトレアがそうして姉に知られたら、かんしゃくを起こされそうなことを想像しながら見送ろうとしていたところだった。エレオノールはふとドアの前で立ち止まると、カトレアに言ったのである。
「おっと、大事なことを忘れるところだったわ。カトレア、これあげるからつけておきなさい」
エレオノールは懐から小さななにかを取り出すとカトレアの手に握らせた。それは、カトレアが手のひらを開いてみると、銀色の水滴型をした、こじゃれたペンダントであった。
「まあきれい! 大切にいたしますわお姉さま……でも見かけない細工ですわね?」
「それはそうよ。それ、装飾品じゃないからね」
「はい?」
怪訝な顔をしたカトレアに、エレオノールは二・三説明をした。これは、アカデミーでの研究の副産物で、ある特殊な仕掛けの施されたアイテムの試作品である。その使用法を教えると、エレオノールは自分の手でそのペンダントを妹の首にかけてあげた。
「あんたは強いけど、ぼっとしたところがあるからね。私はこれでも心配なのよ。じゃあ、またね」
それだけ言うと、エレオノールは照れくさそうに足早に立ち去っていった。その後姿を、カトレアは廊下の向こうに見えなくなるまで見送ると、感謝を込めてつぶやいた。
「ありがとうございます。肌身離さずいたしますわ、お姉さま」
カトレアの胸には、涙のようにきらきらと輝くペンダントが静かにまたたいている。
それから数分後、メイドに冷めた紅茶を片付けてもらったとき、カトレアは妹の来訪を知らされた。
「ちぃ姉さま、ただいま!」
「まあまあ、おかえりなさいルイズ!」
元気よく扉をくぐってきたルイズを、カトレアは温かく迎えた。そして、ルイズから相談事があると聞かされると、快く引き受けたのである。
「まぁ、姫さまの結婚式の巫女の詔ですって! ルイズ、あなたがそこまで姫さまに頼られるようになっていたなんて、私も鼻が高いわ。いいわ、いっしょに考えましょう」
「はい! ありがとう、ちぃ姉さま」
「どういたしまして。それじゃあ、久しぶりに私の屋敷に行きましょうか。あの子も、あなたに会いたがってるわよ」
ルイズはぱあっと表情を輝かせた。
「はい! 喜んで。わあ、お姉さまのお屋敷、久しぶりだわ」
すでにピクニックのようにルイズはうかれていた。でも、ここで詔を考えるんじゃないのかと才人に聞かれると、ルイズはそういえば前のときには話していなかったわねと説明した。
「カトレアお姉さまはヴァリエール家の一員だけど、お父さまから公爵家の一部のラ・フォンティーヌ領を与えられて、その当主をやってるの。だから、お姉さまの屋敷もこことは別にあるのよ」
才人がうなずくと、カトレアは次いで笑った。
「でも、お母さまやエレオノールお姉さまと会うときは大抵こちらに来るけどね。お姉さまったら、どうも私の屋敷が苦手みたいで」
まあそうだろうなと才人は思った。前にここに来たときのカトレアの馬車が動物園だったことを思えば、屋敷のほうにはどれだけの動物がいることか。あのエレオノールには耐えられないだろう。しかしルイズは平気なようだった。
「エレオノールお姉さまはツンツンしてるから動物も警戒するのよ。ちぃ姉さまの動物たちはみんなおとなしくていい子たちばかりなんだから」
「そうね。心を割って話せばみんな無為に襲ってきたりはしないわ。動物が牙をむくのはエサを欲してるときと、自分や仲間を守ろうとするときだけ。怖く見えるのは、人間が驚かせてしまうから……さあ行きましょう。ルイズがいないあいだにも新しく増えた仲間も紹介したいわ。ちょうど裏庭に私が乗ってきた子が一羽待ってるわ」
「わぁ! ちぃ姉さまの新しいお友達って、グリフォンかしら、それともマンティコアかしら? 楽しみだわ」
ルイズはカトレアといっしょに飛べるとなって、もう舞い上がっている。ルイズにとって、カトレアは本当に大好きなお姉さんなのだろうと才人も思った。
しかし、いざ裏庭に出てみると才人とルイズは度肝を抜かれた。そこにはシルフィードが雀に見えるような巨大な鳥が、草原を覆うようにして翼を休めていたのである。
「ち、ちぃ姉さま! こ、この鳥は!?」
「最近散歩に出かけたら、がけの中に大きな卵が埋まっているのを見つけてね。暖めてみたら、この子が生まれたの。最初は三メイルくらいしかなかったのだけれど、あっというまにこんなに大きくなっちゃって。今では私を背中に乗せてどこへでも行ってくれるわ」
ころころと笑いながら、カトレアが手を差し出すと、その巨鳥は口ばしを差し出してじゃれついてきた。しかし、カリーヌのラルゲユウスに比べれば小型なものの、全長十五メートルはある巨鳥と平気で触れ合えるカトレアはやはり並ではない。
しかも、この鳥はやはりというかGUYSメモリーディスプレイに該当があった。
「アウト・オブ・ドキュメントに一件記録を確認。原始怪鳥リトラか……」
怪獣頻出期の初期の初期に確認された、記録に残っている中では特に古い怪獣だ。正式名称はリトラリアといい、古代怪獣ゴメスから人間を守るために戦って、相打ちで死んでしまった個体の墓が今でもとある山間部に残されていることで知られている。かつての個体は生まれてすぐに死んでしまったために、このリトラがリトラ本来の大きさなのだろう。才人は親子揃って怪獣を飼うとは、本当にすさまじい一家だと改めて思った。
ルイズは人間なんか一口にしてしまいそうな巨鳥とじゃれあっているカトレアに、危ないですわよと慌てて止めようとしたところ、才人に止められた。
「大丈夫だ。リトラはおとなしい生き物だ。それに、どうやら刷り込みでカトレアさんを親だと思ってるらしい」
「う、ううん……わきゃっ!」
おびえていると、カトレアがご挨拶しなさいとリトラに言って、リトラが鼻先を擦り付けてきたのでルイズは危うく腰を抜かすところだった。
「大丈夫よ。この子はとても賢くて優しいから」
「は、はい……いい子ね。よしよし」
勇気を出して口ばしの先をなでてあげると、リトラはうれしそうに喉を鳴らした。ルイズも、それでもやっぱり迫力はあるが、リトラに敵意はないと知って少し落ち着く。
そうして、カトレアに誘われてルイズと才人はリトラの背に乗り込んだ。
「うわーっ! 速ーい!」
三人を乗せて飛び立ったリトラは、すさまじい速さでラ・フォンティーヌ領の方向へと翼を向けた。たちまち、猛烈な風圧が襲ってきて二人は飛ばされそうになるが、カトレアが魔法で風の障壁を作ると落ち着いた。
「どう? 私の新しいお友達は、すごいでしょう?」
「は、はい! なんて速さだ」
才人もさすがリトラだと感嘆した。ガンフェニックスとはさすがに比べようがないけれど、ゼロ戦よりも格段に速い。カトレアは才人に友達を褒められてうれしそうに微笑んだ。
「この子がいるようになってから、ヴァリエールのお屋敷にも自由に行き来できるようになったわ。空っていいわね。こうしてると、この世でできないことはないように思えてくるわ」
風の障壁の中に漏れてくる微風を受けて、髪をなびかせるカトレアは、カリーヌが烈風のような精悍さを持つ女神だとしたら、春風のような暖かさを持つ天女のようだった。
「さっ、それじゃあ着くまでに、学院に帰ってから今までどんなことがあったのか教えて! あなたたちのことだから、きっといろいろあったんでしょう?」
「えっ? あ、まぁ、そりゃ」
好奇心を顔一面に張り付かせて尋ねてくるカトレアに、才人とルイズはちょっとたじたじながらも、新学期からどんなことを体験したのかをカトレアに話して聞かせた。教師として着任したカリーヌのこと、新学期早々怪獣が現れたこと、それらをカトレアは驚きながら、興味深そうに聞き入った。
だがしかし、ラ・フォンティーヌ領についてからの驚きはこんなものではなかったのである。
リトラの巣である丘の上に着陸して、止めてあった馬車に一行は乗り込んだ。ここから屋敷までは、馬車でおよそ二十分ほどだという。ラ・フォンティーヌ領は人里から遠く離れた山間部と森林が大部分を占める未開の土地だといい、その豊かな自然を満喫しつつ、馬車は丘を下りて小さな渓谷にかけられた吊り橋に差し掛かった。そこで、吊り橋の前に全身にマシュマロを貼り付けたような、ふわふわした見た目の怪獣が現れたのだ。
「きゃー!!」
「お、音波怪獣シュガロン!? なんでこんなところに」
悲鳴をあげるルイズと、思わずデルフリンガーに手を伸ばす才人。しかし、びっくりする二人とは裏腹に、シュガロンはカトレアが手を振ると、合わせるように手を振って見送ってくれたではないか。
「大丈夫よ。最近この谷に住み着くようになったんだけど、とてもおとなしい子だから」
「は、はぁ……」
そう言われても、すぐ目の前にいきなり怪獣が現れたら普通は驚く。
そういえば、才人はシュガロンは普段はおとなしい怪獣だったとドキュメントMATを思い出した。ただ、音波怪獣というとおり非常に聴覚が優れていて、車のエンジン音などちょっとした騒音でも凶暴化してしまうやっかいな性質を持っている。恐らく、ヤプールの活動による地殻変動の一環で目覚めたものだと才人は推測したが、騒音など皆無のここはシュガロンにとっては天国に違いなく、暴れられる心配はまずない。
だが、怪獣が家のそばにいて平気なのですかと才人が尋ねると、カトレアは笑って「えっ? かわいいでしょう」と、二人を引きつらせた。
さらに、やっと屋敷が見えてきたときに差し掛かった小高い丘では。
「ちぃ姉さま、こんなところに丘なんてあったかしら?」
記憶にない地形に、ルイズが怪訝そうに首を傾げても、カトレアは黙ってにこにこしているだけであった。馬車は丘をまたぐようにかけられた、やや傾斜がきつい陸橋をゆっくりと登っていく。それにしても何か変な丘だ。なにやら黒光りしていて、しかも近づくにつれて地の底から響いてくるようないびきが聞こえてくる。
これはまさか……非常に悪い予感がして、陸橋の頂上部について丘の全容を見たとき、ルイズと才人は空いた口がふさがらなかった。その丘には、頭や尻尾がついていたのだ。
「ま、また怪獣……」
「メ、メガトン怪獣スカイドン……」
なんと、丘だと思っていたのは昼寝の最中のスカイドンだった。彼らが渡っている陸橋は、スカイドンをまたぐようにかけられており、カトレアはもう腰を抜かしかけている二人になんでもないように言った。
「ちょっと前に空から落ちてきて、そのまま道を塞いで眠ったままだから、思い切って橋を架けてみたの。いかつい顔だけど、こうして見るとけっこうかわいいでしょう」
もう驚くのにも疲れきってしまった。確かにシュガロンもスカイドンも基本はおとなしい怪獣だけれど、それを子犬や子猫同然に扱えるカトレアの胆力は、やはり『烈風』の血を色濃く受け継いでいるとしか思えない。
そうして、今日近くに来てるのはこれくらいねと、思わせぶりなことを言うカトレアに戦慄しつつ、馬車は屋敷の前へと止まった。
カトレアの屋敷は、門をくぐると植物園のようなつくりになっていた。手入れされた木や草が適度に陽光をばらまいて、その下をカトレアが飼っている犬や猫、熊や虎などが気持ちよさそうに歩いたり眠ったりしている。以前来たときに馬車の中で会ったヤマワラワも、よく帰ってきてくれたと木陰から飛びだしてきてカトレアにすりよっていく。
さらに、茂みからひょこひょこと飛び出してきた赤い生き物に、才人は歓喜の叫びをあげた。
「ピグモン! ピグモンじゃないか!」
多々良島や大岩山でのピグモンの献身的な活躍を知らないものはいない。怪獣界の小さなアイドルとこんなところで会えると思っていなかった才人は、思わず握手してもらった。
また、庭を見渡すと噴水の近くの石の上に、マンション怪獣キングストロンの元になった、子豚ほどの大きさの宇宙小怪獣クプクプが、白い置物のようにしてうずくまって眠っている。まさに怪獣動物園、地球の怪獣学者が見たら狂喜乱舞するだろう。しかも、それらはすべてカトレアが山や森で出会って、友達になったものだというではないか。
「人間も動物も区別はないわ。姿が違っても、みんな心を持っているのよ」
やがて、名残は惜しいがピグモンたちともいったん別れて、一行は屋敷のほうへとまた歩を進めた。と、屋敷の中へと歩いていく途中で、才人はふと思いだしたことをカトレアに尋ねた。
「そういえばカトレアさん。ルイズに会わせたい人がいるとおっしゃってましたけど、ここにほかに誰かいるんですか?」
「いえ、人は私のほかには執事やメイドの方たちしかいないわ。もちろん彼らも大事な我が家の一員だけれども、ここには私の古い友達が住んでるの」
「友達?」
人間以外で友達となれば、動物のことかと才人は思った。けれどカトレアは空を遠い目で見上げると、思い出話を語り始めた。
「実はね、私は小さいころ体が弱かったの。これといった名前のない奇病でね。原因も治療法もわからなくて、国中のお医者さまもさじを投げたわ。どうも生まれついてからだの作りが悪いみたいで、強力な水の魔法で抑えても、別のところが悲鳴をあげだして、その繰り返しだったわ」
懐かしそうなカトレアの話に、ルイズも同じようにうなずいた。
「あのころ、お父さまもお母さまもできる限りの手を尽くしたけれど、結局発作を弱めるのが精一杯だったわ。ヴァリエール領から出ることもできないで、ラ・フォンティーヌ領を与えられたのも、せめて貴族として一人前として扱おうというお父さまのせめてものお心だったわ」
「そうね。出て行けるのもせいぜい庭までで、窓から飛んでくる小鳥だけが唯一の友達だった」
憂いを含んだ姉妹の言葉に、才人は正直に驚いていた。
「カトレアさんに、そんな過去があったなんて……」
今のカトレアからは、とてもそんな壮絶な過去があったようには思えなかった。でも、カトレアはそれが事実であると証明するように言葉を続ける。
「あのころはまだ小さかったルイズも、毎日のように「ちぃ姉さまがんばって」と看病してくれたわね。でも、いっこうに病状が改善せずに、もうみんな諦めかけていたそんなときだったわ」
カトレアは、足を止めるとそのときの光景を思い浮かべるために目を閉じた。
「ある日の夜、自分の体がいやでいやでしょうがなくなって、無理に屋敷を抜け出したの。けれど、庭の中で発作が起こって動けなくなってしまったわ。私がいないのに気がついたルイズが駆けつけて来てくれたけど、小さなルイズでは私を運ぶことはできなくて、もう死ぬのかと思った。そのときよ」
カトレアはうそじゃないからねと断ると、にっこりと微笑んだ。
「空からね。光り輝くお城が降りてきたの。金色に光って、何十もの塔が聳え立つ逆さまのお城が、太陽のように私たちを照らしながらゆっくりとね」
「わたしも、あのときのことは今でもよく覚えているわ。天国なんてものがあるとしたら、たぶんあんなのをいうんでしょうね。あっサイト、信じてないでしょ? 本当のことよ……それでね、二人ともすっかり見とれていたときに、あの子が現れたのね」
「あの子?」
才人が聞くと、カトレアとルイズはよくぞ聞いてくれたとばかりにうなずいた。
「空のお城の光の中で、いつの間にかその子はわたしたちの前にちょこんと座ってたわ。最初は驚いたけど、悪い気配は全然しなかった。それでね、その子が苦しんでいる私に指先を向けて、ピカッと光ったと思うと、気を失いそうなくらい苦しかったのが、ふっと楽になったの」
胸に手を当てて微笑むカトレアは、とても幸せそうに続けた。
「するとね。空のお城はゆっくりとまた空のかなたに帰っていったわ。でも、その子は消えずにまだ私たちの目の前にいてくれた……そうして、おそるおそる私が手を伸ばすと、その子も笑ったの。『トモダチ』ってね」
「友達……」
「ええ、彼が私にとって初めてできた友達だった……それからよ。その子は、私とルイズ以外の人間がいるときは姿を見せないんだけど、私が発作を起こすとどこからか現れて治してくれるようになったの。そのうちに、発作が起きる回数も少なくなっていって、今ではこのとおりすっかり元気なの!」
なるほど、少なくとも巨大ゴーレムで暴れられるだけは元気なのだなと才人は思った。しかし、カトレアの言う彼とは、まず人間ではないだろう。地球の常識を持つ才人が考えれば、その空飛ぶ城というのは、宇宙船と考えて間違いはない。すると……と、才人がそこまで考えたとき、カトレアはくすりと笑って言った。
「あの子はね、偶然このあたりを通りかかったところで苦しんでいる私を見かけて、どうしても見ていられなかったんですって。それで、仲間と別れてまでもここに残ってくれたの。だからね、私も彼の優しさに応えるために、傷ついた動物たちを助けようと思ったの……いつか、あなたが安心して仲間の元に帰れるようにね」
「えっ!?」
才人は驚いてカトレアの視線の先を追った。すると、いつの間に現れたのか、柱の影に隠れるように子供くらいの背丈の、白い妖精のような生き物が静かにこちらを見つめていた。そして、ルイズはその生き物に歩み寄ると、親しみを込めてあいさつをした。
「ただいま、ムゲラ」
続く