ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第19話  混戦始末記、おいでませ魅惑の妖精亭!

 第19話

 混戦始末記、おいでませ魅惑の妖精亭!

 

 知略宇宙人 ミジー星人

 特殊戦闘用超小型メカニックモンスター ぽちガラオン 登場!

 

 

 無限に広がる大宇宙、そこには様々な生命が満ち溢れている。

 死に逝く星、生まれくる星。

 命から命に受け継がれる大宇宙の息吹は、永遠に終わることはない。

 

 しかし今、我々の住むハルケギニアに、恐るべき侵略の魔の手が迫りつつあった。

 人々は、まだその脅威を知らない。

 

 

 アブドラールスとの戦いが終わった日の夜、銃士隊全員は戦勝祝いもかねて大宴会を開こうとしていた。

「それでは、銃士隊全員の無事生還と、ミシェル副長の復帰。そして、新しい隊長たちミランご姉妹の誕生を祝して、乾杯!」

 アメリーが音頭をとり、店を埋め尽くした銃士隊員たち全員がグラスを高くかかげて乾杯と叫ぶ。

 ここは、トリスタニアのチクトンネ街にある魅惑の妖精亭。アンリエッタ王女から祝福を受けたあの後、格別のおはからいと、たいして活躍できなかったことで責任を感じていたド・ゼッサールが事後処理をすべて引き受けてくれたおかげで、銃士隊は全員休暇をもらえた。そして、彼女たちは才人の紹介で、アルビオンに旅立つ前に彼らがお世話になったここを借り切ってパーティを開いたのだった。

 主賓は、隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと、帰ってきた副長にしてアニエスの新しい妹、ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。それから、今回の影の大功労者で二人の弟にされてしまったサイト・ヒラガ・ミラン。

 店の奥側に急造された段に並んで立たされた三人は、それぞれ照れながらもこんなパーティを開いてくれた仲間たちに感謝の言葉を送った。

 

「ごほん。皆、今日はよく戦ってくれた。本来なら、陛下の近衛隊である我々がこのようなパーティを開くのはけしからんことだが、今日は姫殿下のお許しもある。存分に楽しめ!」

「みんな、実を言うとまだ自分がここにこうしているのが夢みたいだ。みなのおかげで、まだこの世の中は捨てたものじゃないと思うことができた。これからもよろしく頼む」

「えーっと……なんて言えばいいのかな。あ、そうだ。皆さん、これからもアニエスさん……いや……まだちょっと実感わかないけど、姉さんたちをよろしくお願いします」

 

 アニエスは固さのなかに柔らかさを、ミシェルは素直に仲間たちへの感謝を、才人は二人の姉への心遣いを見せて、店中からの割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 続いて、隊員たちのあいだから口々に「隊長、あんまりサイトをいじめちゃだめですよ」とか、「副長、もういなくならないでくださいね」「サイト、姉弟はいっしょに風呂入っていいんだよ」「いつまでも仲良くね」などの声があがる。それらの優しい声を聞いて、才人は銃士隊が単なる軍の一部隊などではなく、ウルトラ警備隊やMATのような厳しさの中に、ZATやGUYSのような優しさをもった、すばらしい組織なのだと思った。

「さあ、今日は副長の復帰祝いだ。全員思う存分飲んでいいぞ!」

 おおーっ! と歓声があがり、続いて何十もの乾杯の音が響いてパーティが始まった。

 魅惑の妖精亭の自慢の料理や酒が次々と運ばれてきて、激務で疲れていた隊員たちは舌鼓を打って胃袋に食物を送り込んでいく。まあ、うら若き乙女たちが肉や酒にかぶりついていく光景は少々圧巻で、さすがはアニエスの部下たちだと才人は感心した。

 妖精亭の店員の少女たちは、普段はこの時間にはむさい男たちを相手にしてるので、いつもと違う層の客たちに最初はとまどっていたものの、そこは鍛えられた接客の名人ばかりである。すぐに適応すると、武勲の自慢を聞いたり、店員も女性であるから隊内での恋愛談義の相談に乗ったりしながら隊員たちに酒をついで、話に聞き入り場を盛り上げていく。

 そこへ響き渡る野太い声。

 

「トレビア~ン! 今日はこんなにうるわしいお客さんがいっぱいおいでくださってうれしいわあ。しかも来てくださったのが、姫殿下の覚えめでたく今をときめく銃士隊のみなさまでしたなんて、こんな名誉は二度とありません。妖精さんたち、今日はいつもの五割り増しでサービスしてあげてちょうだいね」

「はい! ミ・マドモアゼル!」

「トレビアン」

 

 十メートル離れていてもすぐにわかる巨体を左右にくねくねと腰を動かすオカマ、この店の店長のスカロンのあいさつに才人は思わず吐きそうになった。いい人だとわかってはいるけど、この人のこのかっこうはいまだに慣れない。グドンの前のツインテールのように本能が拒否反応を起こしてしまうのだ。

「あれさえなきゃいい店なんだけどなあ」

 パーティが自由時間になったので、才人はアニエスとミシェルといっしょに、三人でテーブルを囲んで話をはずませていた。

 テーブルの周りでは、料理や酒を盆に乗せた店員の少女たちがいそがしそうに駆け回っている。

 ただ、才人にとって意外だったのはアニエスやミシェルをはじめ、銃士隊の隊員たちのほとんどがスカロンの容姿に対して平然としていたことである。

「あんなものより気持ち悪いものなどいくらでもある」

 それとなく尋ねてみて、アニエスから帰ってきた答えがこれだった。

 考えてみたら、銃士隊も立派な軍隊なので、戦場では死体や見るに耐えない汚物を眼にすることも多いだろう。やはり彼女たちは並ではない。アニエスはスカロンのパフォーマンスにもむしろ拍手を送る様子で、才人の肩を叩いた。

「サイト、見たくないものがあるならミシェルの顔でも見ててやれ。この子もそのほうが喜ぶぞ」

「いっ?」

「ちょ、姉さん!」

 二人はまだ酒がまわっていないのに頬を染め、アニエスはそれが面白いというふうに笑った。どうやら妹や弟をからかう楽しみに目覚めてきているようだ。

「ははは、照れるな。さあて、二人とも今日は疲れたろ、たっぷり食べて飲んでいけ。おーい! 酒と料理の追加、早くしろ」

「あっ、はーい! ただいまぁ」

 アニエスが怒鳴ると、奥の厨房から盆に酒と料理を乗せた男たちが駆けてきた。一人はがたいのいい大男、もう一人は厚化粧のスカロンとは別方向のオカマだ。

「まいど、置いておきますね」

「はーいお待たせ。ゆっくりしていってねん」

 二人は料理を運び終えると、また厨房のほうへと走っていった。よく見たら、厨房ではもう一人恰幅のいい男が皿洗いをしているのが見える。才人は記憶を辿って、あれは確か行き倒れていたのをスカロンが拾った三人組だったなと思い出した。名前はドル、ウド、カマとかいったっけか。まだここでアルバイトしていたんだな。

「おーい、こっちも追加オーダー頼む」

「こっちもだ! お酒が足りないよ」

「はーい、たっだいまあ!」

 ウドとカマはオーダーが出るたびに素早く駆け回って、料理を運んだり皿を片付けたりしている。その接客態度はけっこう様になっていて、隊員たちからのウケも悪くないようだ。

 もっとも、耳をすませてみたら厨房のほうからは「ほらドルちゃん! お皿たまってるよ、グズグズしないの」と、叱る声が聞こえてくるのであいつだけはまだ適応してないようだ。

 

 

 さて、そんな店内の喧騒から少しばかり離れ。けっこう広い店内を銃士隊員たちが埋め尽くす中、一人だけはじかれたルイズはふてくされるように隅っこのテーブルで、一人ワインのグラスをかたむけていた。

「なによもう、バカみたいにうかれちゃって。功績あげたからって調子に乗りすぎじゃないの? そんなんで、いざというときに戦えるのかしら」

「まぁまぁルイズ、せっかくのお祝いなんだし、喜べるときには喜ばしてあげなさいよ」

 飲んだくれのおやじみたいにくだをまくルイズを、ジェシカが慣れた手つきで空瓶を片付けながら慰めている。

「ジェシカ! あんたは人事だからそんなのんきに言えるのよ。それにね……はぁ」

 ため息をついたルイズは、そばに置いていたかばんの中から古びた羊皮紙の本を取り出した。

「なに? このボロボロの本?」

 表紙は題名が書いてあったのすらわからないほど擦り切れて、しかも中の茶色くくすんだ紙には一ページたりともただの一字も書かれてはいない。これでは何の本だかさっぱりだとジェシカが首をかしげると、ルイズはつまらなさそうに言った。

「トリステイン王家に伝わる『始祖の祈祷書』よ」

「始祖の祈祷書? あの国宝の?」

 王家に伝わる伝説の書物。それをなぜルイズが持っているのかとジェシカはまた首をかしげた。

「実はね、来月にとりおこなわれるアンリエッタ姫と、アルビオンのウェールズ皇太子の結婚式のために、式の詔を考えてくれって頼まれちゃったのよ」

 ルイズは、銃士隊の表彰式の後でアンリエッタに呼び出されて頼まれたことを聞かせた。

 

「ルイズ、聞いてちょうだい。ついに先日ウェールズさまとの正式な婚約の日取りが決まりましたの」

「本当ですか! おめでとうございます。姫さまとウェールズさまなら、きっとよいご夫婦になられますわ」

「ありがとうルイズ。これもみんなあなたたちのおかげよ。それでねルイズ、あなたに折り入ってお願いがあるんだけど。わたしとウェールズさまとの婚礼の折に、式の詔を読み上げる巫女に、あなたになってもらいたいの」

 

 それで、涙を流さんばかりに喜んだルイズは即座に引き受けた。王家の結婚式の巫女とは国中にその名が知れ渡ることになる、この上ない名誉な役割である。父や母、姉たちもきっと喜んでくれるはずだ。そのときはそう思った。

「へえ、それは大変な名誉じゃない!」

「そう思う? でもね、世の中そんなに甘くないのよね」

 ため息をつくと、ルイズは指でペラペラとページをめくりながらぼやいた。

「なんていったって、王家の結婚式の詔でしょ。いくら公爵家の子女だからって、わたしが作ったものをおいそれとは採用されないわ。候補者はほかにもいて、それらの中から一番優秀な詔を作った人が巫女として認められるそうなのよ」

 つまりは、いくつかの貴族から選ばれた巫女候補の娘たちが詔作りでその座を争うということらしい。それも、あとで聞いたことだがルイズ以外の候補者はすでに祈祷書を借りて詔を作ってしまって、あとはルイズが一人だけ。

「多分姫さまのことだから、わたしに巫女になってもらおうと無理に候補者に入れてくれたのね。

そのお心には応えたいのだけど。でも、いったいなんて作ったらいいのかしら……」

 少々不可解に思えることだが、座学においては学年一の成績を誇るルイズは、紙数にしたらせいぜい二~三枚分ほどの詔をどう作成すればいいのかと本気で悩んでいた。むろん、過去に使われた詔を参考にするという手もあるし、アンリエッタもそこまで完璧は求めていないのだけれど、負けず嫌いを地でいくルイズの性格が、人真似は嫌だと妙なプライドを燃やさせていた。

「ほかの貴族の娘なんかに負けたら、ヴァリエール家の名折れだわ。けど、わたしは作文だけは苦手なのよねえ……」

「はぁ、人間意外なところに弱点を持っているものね。だったら、誰か友だちに相談してみたら?」

「それができれば苦労はないんだけど……」

 プライドにひっかかるけど白紙答案だけは嫌なので、その方面はルイズも考えた。しかし、脳裏に浮かんだ名簿に、早々に挫折を強いられた。なぜなら、才人やギーシュをはじめ男連中はアホばっかりで、女もキュルケやシエスタのような色ボケは論外、タバサは定型文しか作ってきそうにない。先生方も、詩的な才能ではロングビルやコルベールはだめそうだ。

 総じて、頼りになりそうなのがいないので、ルイズは行き詰っていた。

「なんとかしないと、名誉どころか大恥だわ……ああもう! ジェシカ、もう一杯」

「はーい、追加オーダーね。カマちゃーん、ルイズにもう一本ね!」

「はぁーい! たっだいまお持ちしまーす」

 すかさずカマちゃんが新しいワインをテーブルにおいて、にこやかにウィンクして去っていった。そのスカロンに勝るとも劣らずの横顔に、思わずルイズからも嗚咽が漏れる。

「うぇーっ、あんたたち、あんなのよくいまだに雇ってるわねえ」

「そうでもないわよ。前にもオカマバーで働いてたこともあるってんで接客態度は悪くないし、今じゃ普通のお客さんも慣れて、けっこう人気あるんだから」

 そんなものか、男っていうのは訳のわからない生き物だとルイズは思った。けれど、そこがこの店の営業戦略なのである。たとえば甘いお菓子を作るときにほんの少し砂糖に塩を混ぜておけば甘みが増すように、美少女たちの中にスカロンのようなのを混ぜておけば、両者を対比することでお客はいつでも新鮮な癒しを得ることができるのだ。

 ともかくも、ルイズは口直しのつもりでワインを無造作にグラスに注いだ。と、そこに才人がアニエスやミシェルと仲良く会話してるのが映って、思わず席を立ちかけたところをジェシカに引きとめられた。

「野暮はやめておきなさいよ。どうせ学院に帰ったらあんたがサイトを独占できるんでしょ。余裕のない女はもてないわよ」

 と言われて、ルイズはしぶしぶ腰を下ろした。

 

 一方、ルイズにしっかりと見張られているとは思わず、才人は若者らしく食欲を本能のままに満たす作業に没頭していた。居酒屋とはいえ、魅惑の妖精亭の料理は充分に標準以上を満たしている。まだ若く、酒より肉のほうに美味を感じる才人は酔いもせずに空になった皿を増やしながら、アニエスやミシェルと、王宮で初めて会ったときからの思い出を語り合っていた。

「早いものだな月日が経つのは。初めて会ったときは、見ている方向も望んでいるものもバラバラだった我々が、今はこうして同じ名を背負って姉弟になるなんて……」

 感慨深くつぶやいたアニエスと、才人とミシェルは同じ気持ちだった。

「ギーシュの奴が道に迷ったおかげで鉢合わせすることになったんだよな。うーん、思えばアホらしい出会いだったな」

「ははっ、でもそのおかげでサイトと出会えた。そして、あのトリスタニアを震撼させたツルクセイジンとの戦いのとき、サイトが駆けつけてくれなかったら、わたしを含めて銃士隊は皆殺しにされていただろう」

「それいうんだったら、その前にバム星人に撃たれかかってたとき、おれはアニエスさんたちに助けられてますからおあいこですよ」

 互いに、助け助けられて、大変な戦いを生き延びてきたのだと彼らはあらためて感じた。

 いくらすごい力を持っていようと、一人でできることなどたかが知れている。ウルトラマンだってひとりじゃあない。兄弟たちや大勢の人々に支えられてきたからこそ、恐るべき怪獣や侵略者と戦い抜くことができたのだ。

 思い出話はそれからもじっくりと続いた。時系列は時を進め、やがて現代にまでたどり着くと、ミシェルは一呼吸をおいて才人の耳元で小さくつぶやいた。

「実は、わたしの体の傷、消そうと思うんだ」

 才人ははっとすると、食べる手をやめてうなずいた。

 ミシェルの体には、奴隷だったころにつけられた無数の傷跡がまだ残っている。リッシュモンを倒したとしても、それが消えることはない。でもそれは、誰にも言ってはいない秘密なのではと、才人がアニエスを見ると、アニエスは驚いた様子もなくうなずいた。

「実はもうアニエス姉さんには話したんだ。サイトが受け入れてくれたんなら、姉さんも受け入れてくれると思って……」

 答えは、ミシェルの肩を優しく抱くアニエスを見れば一目瞭然だった。お前が何を抱えていようと、無条件でいっしょに背負ってやる。それが家族というものだろうと、アニエスは小さい頃に父と母から受け取った愛情をミシェルに注いだ。そしてミシェルはその愛情を受けて、これまでは忌まわしいものとしてひた隠しに隠してきた傷に、勇気を出して向き合うことに決めたのだった。

「できるんですか? 傷を消すなんて」

「水の秘薬を使って時間をかければ可能だそうだ。お前は気にしないと言ってくれたけど、この体じゃわたしの子供がびっくりするからな」

 お腹をさすって、ミシェルはいつかそこに宿るはずの未来の息子か娘の幻想に思いをはせた。

 才人は、そうして前向きに生き始めようとしているミシェルをうれしそうに見つめた。けれど、才人も多少なりとてハルケギニアで過ごしてきた以上、魔法の薬の価値は知っている。それで、お金かかるんじゃないですかと尋ねると、ミシェルは軽く苦笑した。

「貴族の屋敷が庭付きで買えるくらいはいるそうだ。でも、何年かかっても稼いでみせるさ」

 そうは言っても、それが容易なものではないことくらい才人にもわかる。銃士隊の給金は決して安くはないが、それでもサラリーマンがフェラーリを買おうとするようなものだ。無理だと思った才人は、何か補助になれるものはないかと考えて、ふとあることを思い出してパーカーのポケットの中を探ると、奥から玉砂利ほどの大きさの透明な結晶を取り出した。

「じゃあこれ、足しになるようでしたら差し上げます」

「ん? ガラス玉……?」

 アニエスは、才人がテーブルの上に置いたそれを見つめて首をかしげた。

 しかし、ミシェルも意味がわからないと不思議そうにしていると、才人はいたずらっぽく笑って言った。

「覚えてませんか? ほら、アルビオンで雲の中に吸い込まれたとき」

「あっ! ああっ!」

 はっとしたミシェルは、アルビオンで才人たちと行動しているときに、四次元怪獣トドラや超力怪獣ゴルドラスが生息していた異空間に迷い込んだときのことを思い出した。

「あのとき拾ったダイヤモンドか」

「ええ、持って帰って金に換えようと思ってたけどすっかり忘れてた。でもまあ、どうせおれが金持ってても使い道がないし、使ってください」

 惜しげもなく、才人はポケットからつかみ出したダイヤを無造作にテーブルの上にばらまいた。

 それらの価値は、ざっと換算しても、どれだけ安く買い叩いたとしても、これほど大きく質のよい結晶なら二万エキューは軽くするだろう。水の秘薬の代金を払っても山のようにおつりが来る。ミシェルはいくらなんでも受け取れないと遠慮しようとしたけれど、才人はまったく未練はないようだった。

「いいですよ遠慮なんかしなくても。どうせ拾ったものなんだし、役に立てる機会があるなら使わなくちゃ。それに、弟が姉を助けようと思うのは普通でしょ。姉さん」

「う……」

 それを言われたら返す言葉がなかった。アニエスも「もらっておけ」と微笑んでいる。それは、はやく傷を治してきれいになった体を見せてやれというアニエスの姉心だった。ミシェルは姉さんと呼ばれたことにぽっとして、少し頬を染めると、迷った結果、中くらいのダイヤを一つ選んで仕舞った。

 残ったダイヤは、一番小さいものをアニエスが万一の際に隊の運営資金に当てるとしてもらうことにして、あとはまた才人のポケットに仕舞われた。

「まったく、お前は少し目を離すとどこでなにをしてるかわからんな。それにしても、それだけの宝石があれば大金持ちどころか、ゲルマニアだったら爵位や領地も買えるぞ。少しはもったいないと思わないのか?」

「全然」

 呆れたようなアニエスの質問に、才人は即答した。自分が大金を持っていたところで使い道はないし、やたらと貯金する趣味もない。

 ダイヤを異空間で拾ったときもそうだったが、才人の長所であり欠点は金欲や物欲がとぼしいといった点である。衣食住はルイズに保障してもらってるから充分、金貨のプールで泳ぐなどといった下種な夢はない、そんなことより本当に必要としている人に使うべきだと、才人は考えていた。

 しかしそのとき、ポケットから零れ落ちたダイヤが一つ転がって、こっそりと摘み上げられたことに才人は気づいていなかった。

 

 また一方、ルイズは離れた席で今日は酌をする必要のないジェシカを相手にして、才人がミシェルと仲良くしてるのを歯がゆく見つめていた。

「あのバカ、あのバカ、あのバカ……」

「落ち着きなさいよルイズ。焼きもちを焼く女は可愛いけれど、度を越えたら嫌われるわよ」

 注がれたワインをちびちびと飲みながら、ルイズはジェシカになだめられていた。

「うー……でも、サイトはわたしのものなのよ。あいつ、わたしのこと好きって言ったのに、わたし以外の女とベタベタして」

「ま、姉弟になったそうだしそのへんは大目に見て上げなさいよ。心配しなくても、サイトはあんたのこと好きって言ってくれたんでしょ。だったらどっしりかまえてなさいよ。それに、あんたは人の不幸を見てみぬふりをする人を好きになったの?」

 ルイズは人一倍独占欲の強いタイプなので、才人がほかの女と仲良くするのを見ているとたまらなく腹が立った。でも、ジェシカの言うことが的を射ているので、大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。

「そうね。サイトは嘘なんかつかないわよね。うん、そうよね。だったらわたしも大人のレディーとして対応しましょう。あんな女に、わたしが負けるはずはないんだから!」

「そうその調子よ! さすが大貴族は器がでっかいわ。さっ、でしたら景気づけに乾杯しましょう」

「ええ、ぐっとつぎなさい」

 ジェシカに持ち上げられていい気分になったルイズは、自分が言われるままに店で一番高いワインを買わされたことに気づいていない。ルイズを慰め励ましつつ、ちゃっかり商売に持ち込むジェシカがすごいのである。

 なんといっても、ジェシカは貴族に対して物怖じしない。むろんルイズが親戚であるシエスタの知り合いだからというのもあるけれど、それを差し引いても、一秒で親友のように陽気に話しかけてくる。しかも、普通なら貴族に対して無礼なと思われるような台詞でも、彼女が言うと悪意をまったく感じず、むしろ楽しくなるのは天性の人柄というべきか。

「ぷはーっ! もう一杯」

「おお、さすがいい飲みっぷりね」

 自分がもろにカモにされているのに気づかず、ルイズの酔いはまわっていった。もっとも、別にジェシカもルイズに悪気があるわけではない。ルイズの悩みには真摯に対応していたし、腹が立ったときには思いっきり飲んで忘れてしまったことがいいこともあるのである。ルイズの場合は不満を内にこもらせるタイプなので、発散できる機会に全部吐き出させたほうがルイズのためだとジェシカは考えていた。お金はもらうけれど、それに見合った幸せはきちんとサービスする。それがジェシカのプライドであった。

 むろん、商売のことも忘れていないが、いかに高級ワインといえどもルイズの小遣いからすれば微々たるものなので、気兼ねせずにボトルをあけると、ルイズはグラスに注いで一気に飲み干した。

 

 と、そのときだった。店の入り口の羽扉が開いて、新しい客が店内に入ってきた。一人だけだが、貴族と思しきマントを身につけた中年の男性である。

 その貴族が入ってくると、貸し切りだと思っていた隊員たちは突然の来客に驚いて店中から視線を集中させた。それから、スカロンが腰をクネクネさせた例の動きで、意外にも素早く駆け寄っていった。

「これはこれはチュレンヌさま。ようこそ、魅惑の妖精亭へ!」

 チュレンヌと呼ばれた貴族は、自分より頭二つくらい大きいスカロンを見上げてにこやかに笑った。

「こんばんわ店長。今日はいつにも増して繁盛しているようだな。まことにけっこう」

「はい、おかげさまで景気よく商売させていただいています。本日はお仕事で?」

「いやいや、今日はプライベートでな。普通に客としてまいったのだ」

「ああ、申し訳ございませんが本日は貸し切りでして」

「なんと! ああそうか、入り口になにやら看板があったようだがうっかり見落としてしまっていた。いやどうも皆の衆、お騒がせしてすまん。わしのことはかまわずに続けてくだされ」

 チュレンヌがさわやかに笑って手を振ったので、怪訝な顔をしていた隊員たちも、とりあえずはまたワイングラスやフォークを手に取った。

「では、わしはこのへんで退散しようか。ご迷惑をかけてすまなかった」

「いえいえとんでもない! あなたさまのおかげで私どもは安心して商売ができるのです! 立ち話でよろしければ少しいかがでしょうか? タルブの新酒が手に入りましたもので」

 スカロンは立ち去ろうとしていたチュレンヌを引き止めて、ほかの客の邪魔にならないように世間話をしながらもてなした。けれど、大半の隊員たちは彼の顔を知っていたので、食事に戻りながらも横目でチュレンヌを見ていた。

「あいつは……」

 さらに、そのスカロンと話しているチュレンヌの顔を見て、アニエスとミシェルが不快そうな顔をしたので、才人はそっと耳元で尋ねてみた。

「あれ、誰です?」

「この区域の徴税官をしているチュレンヌという男だ。すこぶる評判の悪い奴で、脱税や贈賄の噂も耐えない。平民にたかって袖の下をほしがる、典型的な小役人というところだな」

 吐き捨てるようにミシェルが言ったので、才人もまじまじとチュレンヌの様子を観察してみた。こじんまりとした寸詰まりの胴体に、薄くなった頭髪が油で頭に張り付いて、ちょこんとしたなまずヒゲ、絵に描いたようなエロ中年だ。

 しかし、見た目はそのとおりなのだが才人はどうもミシェルの説明に納得できなかった。

「ふーん、でもそんなふうには見えないけどなあ」

 才人の見たところ、貴族の居丈高さは見られないし、スカロンとは友人のように話をしているように見える。これなら会ったばかりのころのアニエスたちのほうがまだ傲慢さがあった。物腰も柔らかで、むしろあっちのほうが頭を下げているような雰囲気に、才人はとてもそんな悪徳役人とは思えなかったのだ。

 するとそこへ、ジェシカが才人の後ろにやってきて三人に耳打ちした。

「そうなのよ。前は副隊長さんの言うとおり、一銭も払わないくせに店にたかってくるひどい奴だったんだけど、一ヶ月くらい前かな。突然人が変わったみたいにいい奴になっちゃったの」

「どういうことだ?」

「どういうことだも、見てのとおりよ。急に腰が低くなって、税金を下げてくれるようになったり、いばってた貴族たちを抑えてくれるようになったりと、まるで以前とは別人みたい」

 ジェシカの言うとおりなら、チュレンヌという奴は過去は相当な嫌われ者だったのだろう。

「どこの世界にも庶民にたかるセコいやつはいるもんだな。ん? そういえばルイズは?」

「ほらあそこ、酔いつぶれて寝ちゃったわよ」

 見ると、ルイズはテーブルにつっぷしてすやすやと寝息を立てていた。そういえば、ルイズもかなり疲れてたんだろう。おれのわがままに付き合わせて悪かったなと、才人はその可愛い寝顔に心の中で頭を下げた。

 しかし、チュレンヌに対しては、突然人が変わったということに関して、職務柄アニエスが怪しんだ。

「ふん、ああいうやからは芝居がうまいからな。本来は、奴も今回の戦いで始末してしまう予定だったんだが、確かに一ヶ月前ほどから贈賄を送っていた貴族との関わりが消えてしまってな。我々の探索に気がついてなりをひそめたのではというのが隊の見解だ。もしくは、奴に恨みをもつ何者かが魔法の薬で人格を変えたか……」

 それについてはジェシカも同感だったらしく、軽くうなずいてはくれた。だが、首を横に振るとその意見をはっきりと否定した。

「誰かが魔法で成り代わってるんじゃないかって、彼の部下たちも怪しんだそうだけど、結局魔法の形跡は見つからなかったそうよ」

「では、本当に人が変わったということか……フン……」

 むろん、納得したわけではないけれど、魔法の薬を使わずに人格を急に変えることは難しい。ならば本当に改心したのか? いや、アニエスやミシェルは多くの悪党を相手にしてきた経験上、チュレンヌの変貌をまったく信用していなかった。

「ともかく、奴はしばらくマークしておく必要があるな。ミシェル、頼むぞ」

「はい」

 隊長と副長の目に戻って、アニエスとミシェルはうなずきあった。

 チュレンヌは、すぐそばでそんな会話がかわされているとは知らず、スカロンと親しげに会話していた。

「おっと、少し長居してしまったか。歩いて帰れるうちにやめておくとしよう」

 空になったワイングラスをスカロンに返し、スカロンはそれをボトルといっしょに受け取りに来たカマちゃんに手渡した。

「ありがとうございましたぁ。これからもどうか、ごひいきに、お・ね・が・い・しますぅ!」

 オカマがウィンクしてのあいさつは、遠目で見ていた才人でも吐き気がしてくるほどキモかった。でも、さすがにこれは無礼うちになるのではとアニエスたちは身構えたけれど。

「うむ、君も商売がんばりたまえよ。美しいお嬢さん」

「んなっ!?」

 想像もしていなかったチュレンヌの反応に、さしものアニエスやミシェルもずっこける寸前まで行った。あのオカマが美しいお嬢さん!? どういう美意識をしてればそんな言葉が出てくるんだ? というか、お前はほんとに人類か?

「ではさらばだ。楽しかったよ」

 最後まで場の雰囲気には気がつかないまま、チュレンヌは帰っていった。残された隊員たちは、別に彼は何もしていないというのに緊張からくる気疲れで、そろってため息をついた。

 でも、パーティは終わりではなく、飲みなおしだとばかりにまだ酔いのまわっていない隊員たちはさらにボトルをあけていく。酒豪ぞろいの銃士隊のパーティは、女性にたいへん失礼なことながら酔っぱらい怪獣ベロンと飲み比べができるんじゃないかと思ったくらいだった。

 やがて三人で飲んでいたアニエスたちも酔いのまわった隊員たちに引っ張り出された。

 なにをしんみりしてるんですか! 隊長たちもいっしょに楽しみましょう。

 スカロンが特別に許可してくれて、飲めや踊れと宴会はまだまだ遠慮なく続いた。

 

 

 パーティは夕暮れから深夜にもつれ込んでいき、日付が変わりそうな時刻になってようやく終わった。

 才人は酔いつぶれてしまったルイズを背中に背負い、アニエスたちは学院に帰る二人を馬車駅まで見送った。

「それじゃ、また」

 才人は借り上げたガーゴイル操縦の自動馬車の座席にルイズを横たえると、簡潔にあいさつをした。

「またいつでも来い。銃士隊は男子禁制だが、お前だけは例外だ。というより、準隊員にしてやろうか?」

「サイト、次に会えるのを楽しみにしてるからな……また、姉弟三人でいっしょに飲もう」

 アニエスとミシェルも、にっと笑って手を振ってくれた。才人は、姉弟に見送ってもらえるということに、なんとなく気恥ずかしさとうれしさを感じた。M78星雲から旅立つウルトラマンも、こんな気持ちなのだろうか。

 馬車の中では、ぐっすり眠ったルイズが、いい夢を見ているのかなにやら寝言を言っている。

「あははは、サイトー、待ってえ。もう、待たないとひどいんだぞぉー」

 夕日の砂浜で追いかけっこでもやっているのだろうか? もしかしたらジェシカが吹き込んだことかもしれないけれど、幸せなものだ。でも、ルイズも才人に付き合って疲れたのだろう。なんだかんだといっても、ルイズもけっこうお人よしなのだ。

 才人がルイズの横の席に座ると、ルイズは無意識にわかるのだろうか才人のひざに頭を乗せてきた。

「サイトー」

 しかもその寝顔が無邪気で可愛いものだから、才人もついつい顔が緩んでしまう。

 そんな二人にミシェルは少し寂しそうな表情を見せたけれど、馬車のドアを閉めるとガラスごしに才人に手を振った。

「じゃあなサイト、道中気をつけてな」

「はい。姉さんたちも、無理はしないで頑張ってくださいね」

 ひづめと車輪の音を残して、馬車は夜の闇の中へと去っていった。

 アニエスたちは、車輪の音が聞こえなくなるまで見送り、静かになるとアニエスは全員を見渡して告げた。

「ようし、では本日はこれで解散する。明日は完全休暇にするから、おのおの宿舎に帰ってゆっくり疲れをとるように。では、解散!」

「はっ!」

 夜空に全隊員の声が響き渡り、銃士隊の最大の戦いはようやく幕を下ろしたのだった。

 

 

 街は寝ぼすけな子供もベッドの上で夢を見て、満天の星々の中に双子の月が仲良く輝いている。

 

 

 だが、光あるところに影がある。平和を取り戻した街の暗い闇の中で、今恐怖の計画が始まろうとしていた。

 

「ふっふっふ、ついにきた。この世界にやってきて苦節三ヶ月! ついにこの星が我々のものになるときがやってきたのだ!」

 

 暗がりの中に高らかに侵略者の声が響き渡る。月明かりだけがわずかに照らすこの室内に、赤いマスクのような頭部をした宇宙人が、ハルケギニアを我が物にしようという、恐るべき企みを育てつつあった。

「かつて、この世界にも様々な侵略者が現れたが、すべて失敗した。だがしかし、我々は詰めを誤って失敗した彼らのようにはいかない。綿密な計算を立てて、誰にも気づかれずに作戦を遂行するのだ」

 自らの計画に絶対の自信を持つ宇宙人は、すぐそばで話を聞いている仲間に力強く宣言した。なんと宇宙人は三人もいた。それが、いつの間にかトリスタニアに潜入していたのだ。なんと恐ろしいことだろう。

「でも、この星にもウルトラマンがいますよ。昨日も見たあいつ、けっこう強そうだったし」

「はっはっはっ! ウルトラマンなど恐れるに足らず、覚えているだろう。あのときのダイナのようにやっつけてくれるわ!」

 ウルトラマンAの存在を危惧する仲間の心配を意に介さずに、リーダーは高らかな笑い声を響き渡らせた。

 ウルトラマンすら恐れないとは、なんとふてぶてしい奴だろう。その自信の根拠はなにか?

 

 だがそこへ、闇を切り裂く雷鳴のごとき声が階下から響き渡った!

 

「うるさーい! 今何時だと思ってるの、早く寝なさーい!」

「うわぁっ! す、すみませんジェシカさん」

 彼らはぽんと手を叩いて人間の姿になると、階段の下を見下ろした。そこには寝巻きを着て、すごく怒った様子のジェシカがぎろりとこちらを見上げている。

「ドルちゃん、近所迷惑だっていつも言ってるでしょう。いい加減にしないと給料下げてもらうわよ」

「す、すいません。すぐ寝ますんで」

 へこへこ謝った彼らは、なんとかジェシカが許してくれるとほっとして部屋の中に戻った。

 なんとここは魅惑の妖精亭の天井裏の部屋だった。実は、ドル、ウド、カマの三人の正体は、この世界の侵略をもくろむ凶悪な宇宙人、ミジー星人だったのだ。

 リーダーのドルことミジー・ドルチェンコ。その手下のミジー・カマチェンコとミジー・ウドチェンコ。

 彼らはかつて別の世界で地球侵略を数度にわたってもくろんだものの、そのすべてに失敗して、ついに何をどう間違ったのか、ハルケギニアに来てしまったのだった。

 でも、人間に変身できる以外はたいした能力を持たない彼らは、食べていくために偶然拾ってくれたスカロンの下で住み込みでバイトしていたのだった。だが、たとえ異世界に来てしまったとしても、彼らは凶悪宇宙人である。

「もうミジー星どころか地球に戻ることもできない。しかーし! 我々の進んだ科学力があれば、こんな未開の星なんぞ、あっという間に征服することができる」

 ドルチェンコは高らかに宣言して、屋根裏部屋を占領している鉄くずの山を見渡した。

 飽くことのない彼の野望は、この世界にあっても侵略用のロボット兵器を作るべく、給料を侵略資金に金属を買い集めたりして連日実験を繰り返していた。しかし、ハルケギニアで手に入る金属や工具ではたいしたことはできず失敗ばかり。前に才人たちが来たときの爆発もその失敗の一つだった。

 が、今ドルチェンコには秘策があった。

「見よ! とうとう宇宙の神は我々に味方した。このダイヤモンドがあれば、高名な土のメイジに部品の作成を依頼する資金を得ることができる」

 なんと才人のダイヤが一個、彼らにくすねられていたのだ。そして、ハルケギニア征服のためのミジー星人の切り札とは!?

「ふっふっふ、今のうちに平和を満喫するがいい人間たちめ。この特殊戦闘用超小型メカニックモンスター・ぽちガラオンが完成したときこそ、この世界の最後となるのだ!」

 ドルチェンコの手のひらの上には、ピンポン球くらいの大きさの、小さな小さなロボットがちょこんと乗っかっていた。このちびっこロボットで、いったいドルチェンコはどんな侵略計画を立てようとしているのだろう? 知略宇宙人と異名をとるミジー星人の頭脳は、人間には図りがたい。

 しかし、意気上がるドルチェンコとは裏腹に、カマチェンコとウドチェンコは後ろを向いてひそひそと話し合っていた。

「そんなお金が手に入るんだったら、あたしは新しいアクセサリーやコスメがほしいわ」

「それより、安くていいから自分たちの家をもちたいって。ここの人たちは親切だけど、いつまでも借家暮らしはなあ」

 どうやらこの二人は今の生活にあんまり不満はないようだ。でも、地球征服がだめならばと野心を燃やすドルチェンコは、二人の頭をつかむとビビビビっ! と電流を流した。

「あばばばばば!」

「目的を見失った、バカどもめが!」

 悪の宇宙人のリーダーらしく、おもいっきり居丈高にドルチェンコはブスブスと煙を吹く二人を叱り付けた。

 でも、この世には上には上がいる。

「こらーっ! いつまで騒いでるの!! いい加減にしないと外に放り出すよ!」

「はいぃっ!」

 ジェシカに怒鳴られて、ドル、ウド、カマは慌ててせんべい布団に潜り込んだ。

 おのれ見ていろ、今にこの星は我々のものになるのだ! 

 この夜ミジー星人たちは、仕事の疲れとハルケギニア侵略の甘い夢に酔いしれて、ぐっすりと眠った。

 

 

 そして翌日とてとてと、アルバイトをこなしながらハルケギニアを侵略すべく、ミジー星人は街を歩く。

 恐るべき侵略ロボットを完成させるために、まずはダイヤを換金するのだ!

「ねえ店長さんのおつかいさぼって大丈夫なの? 怒られてお給料下げられたら大変よ」

「不良にからまれていたおばあさんを助けていたとでも言っておけばいいさ。ハルケギニア征服のためなら、おつかいの一つや二つ!」

 お給料日が近いので心配するカマチェンコをよそに、ドルチェンコは栄光の未来を夢見て、肩をいからせる。これまでコツコツ貯めてきたお金を使って身なりを整え、少しでも高くダイヤを売って、侵略資金を確保するのだ。

 チクトンネ街の裏店では買い叩かれるので、ブルドンネ街の専門店が目的地だ。

 買い物に出ているほかの店員たちや、知り合いに会ったらまずいのでこっそりと、きょろきょろ辺りを見回しながら、三人は進んだ。でも、そんな努力も虚しく三人に後ろから声がかけられた。

「おや? 君たちは魅惑の妖精亭の店員じゃないかね」

「ひゃあっ!?」

 宇宙人のくせに注意力不足。この世の終わりのように振り向いた彼らの前では、チュレンヌがさらにびっくりしていた。

「ど、どうしたね?」

「チ、チュレンヌさま! ど、どうしてこんな早朝から?」

「い、いや、昼食を終えて役所に帰る途中なのだが……悪かったか」

「いえそんなことは! わ、わたしたち急ぎますので、失礼しマース!」

 大慌てで、ミジー星人の三人組は逃げていった。チュレンヌは呆然としてそれを見守る。

 なにか悪いことをしてしまったか……? 訳を知るはずもないチュレンヌは、しばらく考え込んでいたが、やがて苦笑すると自分も自分の仕事場に向けて歩き始めた。

「まあいいか……しかし、やはりこの星はいいな。どことなく地球に似ているし、人々は明るくて親切だ。まぁたこ焼きがないのは残念だけど、もうしばらくいることにしようかな」

 ぽつりと意味ありげなことをつぶやいて、チュレンヌも昼の雑踏の中へと消えていく。

 やがて魅惑の妖精亭の屋根裏からまた爆発音が響き、ジェシカの怒鳴り声がこだまする。

 ミジー星人の野望が成就する日は、まだ遠かった。

 

 

 続く


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