ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第18話  長い雨のやむ日

 第18話

 長い雨のやむ日

 

 UFO怪獣 アブドラールス 登場!

 

 

 豪雨の中に身をさらし、銀色の巨人と、緑色の光沢を放つ異形の怪獣が対峙する。

 ウルトラマンAとUFO怪獣アブドラールス。

 かつてウルトラマン80を苦しめたこの強敵を相手に、エースはいかに戦うか。

 しかし、その背の先に守るべき人たちがいる限り、戦士の心におびえはない。

〔この怪獣は強敵だ。ゆくぞ、二人とも〕

〔よっしゃあ〕

〔見てなさいよ!〕

 ウルトラマンA・北斗星司とともに、才人とルイズもそれぞれの志をもって戦う決意を定めた。

 そのエースの後ろでは、病院の窓からミシェルや銃士隊の仲間たちが息を呑んで見守っている。

「ウルトラマンA……頼む、みんなを守ってくれ」

 この病院には、手術の終わっていないアニエスや、重病で動かせない患者がまだ残っている。だから、なんとしてでも怪獣をやっつけてくれと、ミシェルは祈り、その祈りがヒーローに力を与える。

 

【挿絵表示】

 

〔ミシェルさん、みんな、必ず守ってみせるからな〕

〔あなたたちの努力、無駄にはしないからね〕

 せっかく仲間たちのもとに帰ることができたミシェルの幸せを、怪獣なんかに踏みにじらせてたまるものかと才人はエースとともに拳を握る。ルイズは恋敵を助けることに釈然としない思いはあったものの、命を軽視することは才人が一番嫌うところである。それに、自分たちの住む国を守るために傷ついた人たちのために戦うことは、ルイズの信じる貴族の責務と一致する。

 対して、アブドラールスは目の前に出現したウルトラマンAに驚いたふうもなく、口元に縦に四個ずつ二列になってついている赤いランプのような発光機関を上から下に輝かせながら、両腕を小刻みに上下させている。また、鳴き声もラジオのノイズのような機械的なもので、その異質さには闘志を燃えさせていたルイズや才人も鼻白むものがあった。

〔なんか、気持ちの悪い怪獣ね〕

〔ああ……こいつ、本当に生き物なのか……?〕

 二人が息を呑んだのも無理はない。これまで多くの怪獣や超獣、宇宙人と戦ってきたが、このアブドラールスにはそいつらが持っていた生物的な怒りや憎しみ、こちらに対する敵意などがまるで感じられず、ロボットかアメーバでも相手にしているような無機質さしか伝わってこない。これならば生物兵器である超獣のほうがまだ生き物らしいだろう。

 ともかく、ウルトラ戦士が戦った怪獣たちの中でもアブドラールスほど謎の多い怪獣はあまり例がない。かろうじて人型をしているものの、頭部の側面から突き出た目は、黄色く不気味に輝き、まったく感情というものを感じることができない。また、胸から腹にかけて鏡のように光を反射する物質がまだらのようについていたり、背中から足にかけて長さの異なる触手が無数に生えている。これら地球上のいかなる生物や、地球に現れたほかのどんな怪獣とも類似点のない容姿から、アブドラールスの存在は宇宙生物学の謎とされている。

 だが、放っておいたら平和が乱される存在であることは間違いない。

「デャァッ!」

 エースのキックがアブドラールスの脇腹を打ち、つかみかかってきたアブドラールスの手をかいくぐって頭部をつかみ、後頭部にチョップの連打を叩き込む。

「ヘヤァッ、シャッ!」

 鋼鉄すら軽くひしゃげさせるエースのチョップ。普通の怪獣ならばこれで脳震盪くらいは起こすだろう。しかしアブドラールスは痛がるそぶりも見せずに、機械的にエースの腕を振り解くと、頭からエースに体当たりをかけてきた。

「エース!」

 背中から煉瓦作りの建物に突っ込んで、舞い上がった土煙に包まれたエースに見守る人々から叫びがあがる。

 もちろん、エースもこのくらいではまいらずにすぐに立ち上がり、正面から激突してパンチやキックの応酬を繰り広げる。

「セヤッ!」

 エースのパンチがアブドラールスのボディに突き刺さり、巨体がよろめいて後退する。だがアブドラールスは苦しそうなそぶりも見せずに持ち直すと、エースに強烈な張り手を喰らわせた。

 横っ面から殴られたエースが、風に吹かれた看板のように吹き飛んで、家々を巻き込んで倒れこむ。軟体じみた体のくせにすごいパワーだと才人は思った。かつてウルトラマン80と真正面から戦って、格闘戦で圧倒したというのもうなずける。

 しかもアブドラールスは単なるパワーファイターではない。エースとの間合いが離れたとみるや、黄色く輝く両眼から、黄色の怪光線をエースに向けて放ってきた。

「ヘヤァッ!」

 とっさに側転してかわしたところに光線は命中し、一軒の家を粉みじんに吹き飛ばす。さらに攻撃は一発では終わらず、エースが避けたところへ二発目、三発目と命中して火の手をあげ、ついにかわしきれなかった怪光線がエースの体に命中した。

「ガァァッ!」

 怪光線が胸に当たったところから電撃を浴びせられたようなショックがエースを襲う。かつても一撃でウルトラマン80にひざを突かせたとおり、この個体の光線も並の威力ではない。

〔いけない! くるわよ〕

 ルイズが叫んですぐ、駆け寄ってきたアブドラールスの足がよろめいたエースを蹴り飛ばした。超獣にも劣らないパワーの攻撃に、エースは地面を転がり、アブドラールスは追撃をかけようとさらに向かってくる。

 しかしエースもやられっぱなしではない。突進してくるアブドラールスの勢いを利用して、体をアブドラールスの体の下に潜り込ませて、掬い上げるように投げ飛ばす。

「ヘヤッ!」

 頭から落下したアブドラールスがあおむけに倒れて転がる。エースはそのチャンスを逃さずに、アブドラールスが体勢を立て直す前に、頭上にあげた手のひらのあいだに赤色のエネルギーを溜め、両腕を突き出すのと同時にくさび形のエネルギー弾の連射に変えて撃ち出した。

『レッドアロー!』

 赤い光の矢がアブドラールスに突き刺さり、断続した爆発が異形を包み込む。

 やったか……? 

 炎と煙に包まれたアブドラールスを、エースは油断なく見据える。だが、炎の中から怪光線が突然撃ち出され、エースの体に槍のように突き刺さった。

「ウッ、グォォッ!?」

 ダメージを受けてエースがよろめくのと同時にアブドラールスが炎の中から立ち上がる。

〔そんな! あの攻撃でまだ動けるのか〕

 才人は炎の中から悠然と現れたアブドラールスを見て愕然とした。レッドアローはかつてタイム超獣ダイダラホーシを木っ端微塵にしたほどの威力があるというのに、奴はまるで無傷だ。そういえば、アブドラールスはかつても防衛組織UGMの戦闘機、スカイハイヤーやシルバーガルのミサイル攻撃をものともせずに、ウルトラマン80のサクシウム光線にも耐える頑丈さを見せている。

 アブドラールスはエースに体当たりを仕掛け、弾き飛ばされたエースを何度も蹴りまわす。

〔このままじゃやられる! 反撃だ〕

 一瞬の隙を突き、エースは突進してくる敵の勢いを利用した巴投げをかけて投げ飛ばした。次いで起き上がってきたところに駆け寄ってジャンプし、両足をそろえたドロップキックをお見舞いする。

 だが、吹っ飛ばされるもアブドラールスはすぐにまた起き上がってくる。

 エースは追撃をかけようとするが、アブドラールスは両眼からの怪光線を弾幕のように乱射してきた。これではさしものエースも回避するのが精一杯で近づくことができない。

 あの武器は強力だ! エースを襲う無数の怪光線の雨あられが火炎と黒煙を生み出して、人々が平和に暮らしていた街を悪魔の炎で包み込んでいく。

 

 街は炎上し、さらに悪いことに、豪雨で視界がさえぎられた人々は効率よく避難することができない。

 しかしその頃、銃士隊はすでに行動を開始していた。

「一番小隊は西番地、二・三番隊は中央街、四番隊は下町へ、各班速やかに避難誘導に当たれ!」

「はっ!」

 人命救助も軍の立派な仕事のうちだ。アメリーの指示が飛び、隊員たちはすばやくまとまると、それぞれの小隊指揮官に従って街中に散らばっていった。

「残りの隊はここに残って患者の避難を手伝え! 副長、副長もどうか安全な場所へ」

「いや、わたしはここでいい。それよりも、一人でも多く避難を急がせろ」

 ミシェルはアニエスといっしょでなければ逃げ出すつもりはなかった。こんな自分をかばって、妹のようだとまで言ってくれたあの人を置いていくなんてできない。手術が終わるまで、絶対に守り抜いてみせるとミシェルは決意した。

「さあ行け、そして銃士隊としての責務を果たすんだ」

「はっ!」

 軍隊とは人殺しを仕事にするろくでもない組織だ。それでも、人を生かせる機会が与えられるならばそれに全力を尽くす。銃士隊に続いて、怪獣に歯が立たないことを認めざるを得なくなった竜騎士隊やマンティコア隊などもアンリエッタの命で救助活動に加わって、逃げ遅れた人々を空から救い出す。それは華々しい戦闘とは違って、地味で功績とは無縁ではあるが重大な……そう、地球で一般の防衛隊員たちがメガホンを片手に市民を避難させてくれるからこそ、防衛チームは安心して戦闘機や超兵器を使うことができるのと同じだ。

「早く! 急いで逃げてください!」

 誘導する隊員たちに従って、人々が洪水のように駆けていく。ベロクロンからメカギラス、ツルク星人とヤプールの攻撃開始当初に受けた大被害を繰り返すまいと、街をあげて避難訓練を繰り返してきた経験が迅速な避難を可能としていた。

 だが、エースに当たるも外れるもかまわずに怪光線を乱射するアブドラールスによって街の各所で火の手があがり、豪雨の中だというのに延焼が広がりつつある。

 カラータイマーの点滅が始まり、ひざを突いて身を守るエースの周囲に着弾の爆炎があがる。

「グォォッ……」

 炎にあぶられてエースは地面に手をつき、苦しそうに倒れこんだ。アブドラールスはエースの動きを封じたのを確認すると、それっきり興味を失ったかのようにくるりと反転すると歩き始める。その行く手にあるものに、才人は憎憎しげに叫んだ。

〔あいつ、また病院を狙ってやがる!?〕

 間違いない、奴は一直線に病院を目指している。あそこには、まだ大勢の人が残っているというのに、行かせるわけにはいかない。

「ヘヤァッ!」

 起き上がってアブドラールスの後ろから組み付いたエースは、奴を強引に振り向かせると肩口から胸に向けてチョップを打ち込み、投げ飛ばそうと組み合う。けれど、アブドラールスのパワーはエースを上回り、逆にエースのほうがアブドラールスに持ち上げられて投げられてしまった。

「ウォォッ……」

 蓄積したダメージの大きさですぐに起き上がれずにいるエースを、まるで丸太のように踏み越えて、なおも病院のある方向へと向かう。

 いったい何が、アブドラールスを引き付けているんだ……?

 奴は明確な目的をもって病院を狙っている。三度にも渡って偶然同じ方向を目指すなどありえない。

 エースのみならず、才人やルイズもアブドラールスがエースにとどめを刺すのも無視して、執念とでもいうべきしつこさで病院を狙う目的を考えた。しかし、病院にいるのは銃士隊と患者、医師くらいのもので、怪獣を引き付ける要素などはなにも思いつかなかった。

 それでも、奴は磁石に引き付けられるかのように病院へ向かっている。

 止めなければ……エースは追おうとするものの、受けたダメージから体がいうことを聞かない。

 そのとき、アブドラールスの放った怪光線が病院の一角に命中し、石造りの建物の一部を吹き飛ばした。

 

 爆発の衝撃は建物の中にも伝わり、ミシェルたちのいる大部屋も天井がはがれて落ち、ベッドが紙細工のようにひっくり返る。もちろん、人間も無事でいられるはずもなく、ミシェルも窓際から部屋の中まで投げ出された。

「う……く」

 舞い散ったほこりと、降りかかってきた天井の破片の中からミシェルは身を起こした。

 周りでは、同じようになにかの残骸にまみれた隊員たちがうめき声をあげている。その中を、痛む体を引きずりながら窓に歩み寄ると、今の一撃で病院を壊せなかった怪獣が、さらに一撃を加えようと腕を揺らしながら怪光線の発射姿勢をとっているのが見えた。その視線の先は、まっすぐ自分のいる場所を睨んでいる。

 これまでか! 思わずミシェルは目をつぶった。だが、その瞬間ミシェルの耳朶を力強い声が打った。

「うろたえるな! 銃士隊の一員たるもの、最後の最後まであきらめずに戦いぬけ!!」

「隊長!」

 振り返ると、なんとそこにはアニエスが一人の隊員に肩を支えられながら立って、鋭い眼差しでミシェルやほかの隊員たちを睥睨していた。

「隊長! お体は!?」

「かまうな。こんなときにのんびり寝ていられるか!」

 そうは言って、しっかりと制服を着込んではいるものの、手術を無理矢理に終わらせてきたのは額の汗を見れば明白であった。その苦痛に耐える精神力は驚嘆にさえ値する。

 これが人の上に立つ人間の義務なのだ。あくまで堂々と、アニエスは窓辺によると、今にも光線を放とうとしているアブドラールスには目もくれず、その後ろのウルトラマンAに向かって叫んだ。

 

「立てウルトラマンA! 私たちも街の人々も、まだ誰一人絶望していない。皆、お前を信じているんだ。それなのにお前が寝ていてどうする! 立たないか!」

 

 燃える街を見て、アニエスの心の声が言っていた。この街を、かつて焼かれた自分の故郷のように滅ぼしてはいけない。故郷を奪われて泣く人間を、一人たりとて生み出してはいけないのだと!

 その声は闇夜を切り裂き、エースの耳を打った。

 そうだ! ウルトラマンであるということは、決して人々の期待を裏切らないということだ。

 ウルトラの父の教えを思い出したエース。皆が応援していることを知った才人。自分も負けていられるかと奮起したルイズの意思が共鳴し、エースの瞳に新しい光が灯った。

「トォーッ!」

 立ち上がったエースは大きくジャンプし、アブドラールスの前に着地した。さらに、怪光線を放ったアブドラールスに向かって両腕を回転させて光の鏡を作り出す。

『サークルバリア!』

 跳ね返された怪光線がアブドラールス自身を打ちのめす。

 今だ! エースの大反撃が始まる。

「ヘヤアッ!」

 首根っこを掴んで持ち上げた勢いで、背負い投げが炸裂し、巨体を泥の中に叩き落す。

 さらに、起き上がってくる前に足をつかんだエースは、そのまま自らを軸に大回転! 風車のようにジャイアントスイングを決めて、放り投げた。

「ようしいいぞ! いけぇー!」

 アニエスやミシェル、街中の人々の歓声の中でエースはアブドラールスを打ち、蹴り、投げて怒涛の猛攻をかけていく。アブドラールスは復活したエースの攻撃に瞬く間にボロボロにされ、ようやく起き上がるも、そこへエースは額のウルトラスターに指を当て、青色の破壊光線を発射した。

『パンチレーザー!』

 顔面に直撃し、アブドラールスは口元のランプを焼け焦げさせてもだえる。

 とどめを刺すのはいまだ! エースはウルトラ念力を集中し、高く掲げた手に一本の長刀を実体化させた。

『エースブレード!』

 作り出した長剣を構え、エースはよろめくアブドラールスの正面から突進した。

「トアァッ!」

 気合一閃! エースの突き出した剣はアブドラールスの胸の中央を見事に貫いた。

”やったか!?”

 世界が凍りついたかのような静寂が訪れた中で、その光景を見ていた誰もが思った。

 エースが剣から手を離すと同時に、止まっていた時間も動き出す。

 エースブレードに背中まで貫通されたアブドラールスは、数歩よろめきながら後退した。

 そして、ふらりと右に傾いたかと思うと、ゆっくりと地響きをあげて倒れこんだ。

「やった……勝ったんだぁーっ!」

 地に崩れ落ちたアブドラールスに、街中から天にも届かんばかりの歓声が沸きあがった。

 避難誘導に当たっていた銃士隊員たちや、王宮から見守っていたアンリエッタからも、思わず安堵のため息が漏れる。

”ありがとうウルトラマンA、トリタニアはこれで救われた”

 だが、人々が歓喜に震える中で、たった二人だけ、背筋の凍るような悪寒に支配されている者たちがいた。アニエスとミシェルは、アブドラールスが倒れたあとで、地面に伏した奴が這いずるようにしながらも病院に……自分たちに向かって手を伸ばし、力尽きて絶命するところを見て、ある男と共通の憎悪を感じていた。

「リッシュモン……?」

 そのとき、それまでずっと戦いを傍観していたUFOが、アブドラールスの死をきっかけにしたかのように動き出した。

「あっ! 円盤が、逃げる!」

 街の誰かが叫んだとおり、UFOは飛行を開始するとぐんぐんと上昇を始めていた。竜騎士も追いかけるけれど、到底追いつける速度ではない。このままでは逃げられてしまう。そうはさせじと、エースはUFOを追って飛び立った。

「ショワッチ!」

 両手を広げ、エースはウルトラ兄弟最速を誇るマッハ二十の猛スピードでUFOを追撃していく。UFOは雲に隠れて遁走を図るが、エースの透視能力にはかなわずに、さらに雲を抜けて上昇を続ける。

〔あいつ、宇宙まで逃げる気か!?〕

 才人はUFOの上昇速度を見てそう思った。奴はさらに加速を続けており、間もなく大気圏を離脱できる第一宇宙速度まで到達する。そうはさせるか! エースは飛行しながら腕をL字に組んだ。

『メタリウム光線!』

 三原色の光芒がUFOに吸い込まれ、UFOは一瞬激しく明滅したのを断末魔とするかのように、次の瞬間大爆発を起こして、跡形もなく吹き飛んでいった。

〔やったあ!〕

〔ざまあみなさいよ!〕

 燃え上がる爆炎に照らされて、エースの中で才人とルイズも勝どきをあげる。

 そこへ、爆発したUFOの衝撃波がエースを通り過ぎていった。それは、地上に届くほどの威力ではなかったものの、トリスタニアを覆っていた低気圧の気流をかき乱し、雲を吹き払ってトリスタニアの街の空に美しい銀世界を取り戻させた。

「わぁ……きれい」

 空を見上げていた人々は、いつも見ているはずの夜空がこんなにきれいだとは思っていなかった。

 銀河は数億の星を輝かせ、いかなる魔法でも作り出せない究極の芸術を見せている。

 その星空に、ふと一つの流れ星が輝いたとき、人々の幾割かは、この星空があの流れ星の贈り物なのかなと思った。

 そして……アニエスとミシェルも。

「終わったな……」

「はい、終わりましたね」

 リッシュモンは死に、奴の陰謀のすべても地獄に落ちた。

 この戦いは……いいや、奴の欲望から端を発した悲劇が、今ここでようやく幕を下ろしたのだ。

 アニエスは、仇の一人がこの世から消えたことへの達成感と、自ら手をかけられなかった無念さと……あと一つ、自らの手で復讐を遂げられなかったのに、なぜかそのことに安堵している自分の心に複雑な思いを抱きながら、ミシェルの腕の中で眠りについた。

 

 

 だが、戦いには勝利したものの、一つの謎が残った。

「ねえサイト……あの円盤と怪獣、結局なんだったのかしら?」

 ルイズに問いかけられて、才人はあのUFOのとった不可解な行動について考えた。

 途中までは、確かにあれはリッシュモンが操縦していたはずだ。しかし、突然のリッシュモンの死と同時にUFOは、まるで自らの意思があるかのように動いてアブドラールスを出現させた。あのUFOにリッシュモン以外が乗り込んでいたとは思えない。ならば、いったい誰が……?

 才人はしばらく考えていたが、やがて空をあおぐと一つの仮説を提示した。

「あの円盤が、リッシュモンを食っちまったのかもしれねえな」

「食べちゃったって? まさか、あの円盤が生き物だったっていうの? もしかして、あんたが前に言ってた、『円盤生物』って怪獣のこと?」

「さあな、おれは思いつきを言っただけだ」

 確証はなにもない。しかし、アブドラールスを乗せてきたUFOについても謎は多い。どこの星からなに星人が送り込んできたのか? 地球を攻撃してきた目的は? アブドラールスが単体で乗ってきたのか、それとも黒幕の宇宙人がいたのかもわかっていない。

 しかし、空を駆け、海に潜り、地を進み、神出鬼没に姿を隠す常識離れしたUFOの能力が、かつての円盤生物に似ている部分があるのも否定できない。

 もしかしたら、あの円盤は太古にハルケギニアにやってきた機械生命体で、誘蛾灯のように自身をおとりにして獲物を待っていたのかもしれない。

 それに、恐ろしいことだが……アブドラールスの断末魔に見せた行動から推測すると、もしかしたら奴は円盤に吸収された……と、それ以上考えることが恐ろしくなった才人は頭を振って打ち消した。

「円盤も怪獣もなくなってしまった以上、どっちみち真実は闇の中さ……」

「そうね……」

 結局、謎は謎のままだった。しかし、確かなことを探すのだとすれば、それはリッシュモンが死に、円盤も永遠に消滅してしまったということだ。過去の人々が懸念した円盤の復活が起こることは二度とないだろう。

 

 謎とともに、古代の悪魔もまた永遠の闇のかなたへと消え去った。

 やがて街の火の手も消え、トリスタニアは平和の中で新しい朝を、黄金の太陽とともに迎えた。

 

 才人たちは、戦いの疲れを泥のように眠って癒すと、銃士隊の面々らとともに昼すぎになって、王宮に呼び出され、謁見の間で王女アンリエッタから祝福を受けた。

「我がトリステインが誇る、忠勇無双な騎士たちよ。よくぞこの国に巣くっていた獅子身中の虫を退治し、王国の平和を守ってくださいました。わたくしは、全国民を代表し、あなた方の勇気と強さと、助け合う心に感謝し、その活躍を永久に心にとどめるでしょう」

 壇上から王家の杖をかかげて祝福の言葉を述べるアンリエッタに、アニエスら銃士隊員たちは、ひざまずいて頭をたれ、少し離れた場所ではルイズが形だけ礼をとっている才人の頭を抑えながら、皆と同じように礼をとっている。

 王女以外誰も一言も発することもなく、やがて儀礼の言葉が終わると、アンリエッタは軽く息をついた。

「さて、堅苦しいあいさつはここまでにしましょう。アニエス、皆さん、ご苦労さまでした。おかげで不平貴族の反乱は未発に終わりました。それに、あなた方が迅速に避難誘導をおこなってくださったおかげで、市民の負傷者も最小限に抑えることができました」

「もったいないお言葉。我ら一同、これよりも殿下のために身命をささげる所存です」

「アニエス、堅苦しいあいさつはここまでにしましょうと言いましたでしょう。儀礼や作法は確かに大切ですが、度を過ぎると嫌味に聞こえますわよ。こうして、誰一人欠けることなくここに揃ったことを、素直に喜びましょうよ」

「は、はぁ……」

 真面目一徹のアニエスには姫様の前で無礼講といわれても、素直に砕けるのは少し難しかったようだ。

 アンリエッタは、少し困った様子のアニエスの前を内心苦笑しながら通り過ぎると、次に隅でかしこまっているルイズたちに声をかけた。

「お久しぶりねルイズ、まさかあなたが来ているとは思いませんでした」

「え……まぁ。トリステイン貴族として、国の大事に立ち上がるのは当然ですから」

 まさか使い魔のお守で来たとは言えないルイズは下手な言い訳をした。むろん、見抜かれてはいたが。

「まあいいでしょう。あなたにはあなたの都合もあるでしょうしね。とにかく、ルイズの助力も少なからず貢献しました。それに、ちょうどあなたに渡すものもありましたし、後で少し時間をとってくださいね。サイト殿も、いつもよくわたしのお友達を守ってくださいまして、お二人には感謝いたしますわ」

 姫と友人とを半分ずつで、アンリエッタはルイズの手をとってお礼を言った。ルイズは、アンリエッタが細かいことにはこだわらないでいてくれるのを知って、「これで母さまに知られずにすむわ」とほっとした。

 アンリエッタは銃士隊員一人一人に笑みを向けて労をねぎらうと、最後にミシェルの前に腰を沈めて微笑んだ。

「お帰りなさい、ミシェル」

 アンリエッタからのすべての思いが、その一言に込められていた。

 長い文句はいらない。ただ、仲間たちにかこまれた彼女の今の姿が、アンリエッタに余計なことを言わせるまでもなく、自然とすべてを物語っていた。

 よく帰ってきてくれた。あの雨の中で、幽鬼のように沈痛なミシェルを見送ったアンリエッタは、人間らしい明るさを取り戻した彼女に心からそう思った。そして、アニエスと並んでリッシュモンを討伐する戦果をあげたミシェルに対する恩賞として、小姓にトリステイン王家の紋章が金字で刻まれた小箱を持ってこさせ、アニエスはそれを開けて中のものを取り出した。

「ミシェル、受け取れ」

 アニエスはその手の中で一枚のマントを広げると、それをミシェルの首にまいてやった。

「これは……銃士隊のマント……?」

「ああ、これがお前の新しいマントだ。私と姫さま、そして銃士隊全員からのプレゼント、受け取ってもらえるだろうな」

 ミシェルは返事の代わりに、真新しいマントのすそをぐっと握ると一度うなずいて見せた。

 マントの肩口にはトリステインの象徴である百合の紋章があしらわれて輝き、間違いなく自分が銃士隊に戻ってきたのだという実感が湧いてきた。

 と、美しいマントの感触をためしていると、マントの胸元に前のマントにはなかった銀色の糸で刺繍された五芒星があしらわれているのに気がついた。

「これは……姫様!」

「ええ、アニエスと同じシュヴァリエの紋章。わたくしからのささやかなプレゼントです」

 ミシェルの顔に驚きとともに歓喜の色が浮かんだ。シュヴァリエ、つまり騎士となることは貴族として認められたことを意味する。それはアニエスと同格となるだけでなく、かつて無実の罪で剥奪された称号が戻ってきた。つまりは、汚名のすべてが浄化されたことを意味するのだ。

 さらに、シュヴァリエに任命されるということは貴族としての、苗字をつけることが許されるということであり、ミシェルはそれを一つの条件つきで受け取った。

「本当によろしいのですか? あなたの失われた家名を返してあげることもできるのですよ」

「はい。いまさら形ばかりの家名を取り戻しても、父も母も戻ってきはしません。それよりも、わたしは新しいこの名前で、隊長や皆と共に生きていきたいのです」

「わかりました。ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。それがあなたの新しい名前です」

「はっ! 確かに承りました」

 うやうやしく礼をしたミシェルは、隣に歩み寄ってきたアニエスの前に立つと、しっかと抱き合った。

「これからも、よろしく頼むぞ。ミシェル……我が妹よ」

「はい……姉さん」

 そう、ミシェルはかつて失われた家名の代わりに、アニエスと同じ名を背負うことを選んだのだった。

 ミランという、短いが確かなその名を、これからアニエスとミシェルは共有する……姉妹として。

 続いて、銃士隊の隊員たちからも二人を祝福する声が続々とあがった。

「副長! おめでとうございます」

「隊長、かわいい妹さんですね!」

「お二人とも、いつまでも仲良くね」

 割れんばかりの拍手に包まれて、新しい姉と、新しい妹は、思いだけではなく形となった絆をしっかと確かめた。そして、このことを快く認めてくれたアンリエッタに、二人そろってもう一度深々と頭を下げた。

「姫様、ありがとうございます」

「喜んでいただけてうれしいですわ。さて、それでは次にサイトどの、よろしいですか?」

「へ? はい」

 唐突に姫様に話しかけられて、なんだろうなと思いながらも才人はアンリエッタの前に出た。

「あなたのご活躍も聞きました。わたくしの大切な家臣……いいえ、かけがえのない人たちを救っていただいて、本当に感謝しています」

「そんな、おれは自分のわがままを通しただけです」

「そのわがままで救われる人がいるなら、それはよいわがままでしょうね。あなたにも何か報いてあげたい。個人的にはシュヴァリエに任命してもよいと思っているくらいですわ」

 アンリエッタの言葉にルイズは仰天した。それは才人も下級とはいえ貴族の地位を手に入れるということである。平民がシュヴァリエというだけでも例外中の例外なのに、まして才人は異世界人であるし、形式上はルイズの使い魔と規格外すぎる。

 けれど、ルイズが反論をまくし立てる前に、アンリエッタは軽い口調で言った。

「冗談ですよ。いくらなんでも、そこまでしては軋轢が大きすぎることくらいは承知しています。それに、サイト殿にとってシュヴァリエはあまり価値のないものでしょう」

「まあ、そりゃあ」

 実際才人はシュヴァリエといわれてもよくわからなかった。騎士といわれればかっこいいとは思うけれど、別になりたいとは思わない。それに、前にツルク星人が暴れたときに銃士隊に加勢したときも、表彰されるのを断ったとおりに、抜け駆けの手柄でせっかく結んだギーシュたちとの友情にひびを入れたくはない。

「でも、功績をあげたものには報酬を与えなくては示しがつきません。それで、アニエスとも相談したのですが、サイト殿はルイズに召喚されたために、正式にトリステインの国民ではありません。そこで、サイト殿には家名を送ろうと考えました」

「家名って……苗字のことですか?」

「はい。といっても、難しく考えないで、あなたの名前が正式にトリステインの国民として登録されるものと思ってください。役所などでは、身分が不明確な人間は受け付けてもらえませんから、あって不便にはならないはずです。ああ、もちろん母国に帰さないということではなく、トリステインの中だけの話なので安心してください」

 なるほど、つまりは外国人が日本に帰化するときに英名を強引に漢字に直すようなものかと才人は理解した。それでヒラガ・サイトではトリステイン人ではありえない名前なので、少し継ぎ足すわけだ。

 名ばかりの平民から普通の平民に。戸籍ができたら変わるといっても、あまり実感はないけれど、身分証明書を発行してくれるのならありがたい。せいぜいかっこいい名前がつけばいいなと、才人はあまり深く考えずに了承し、アンリエッタは証明書類を秘書官に持ってこさせた。

「ではここに、あなたを正式なトリステイン王国の民の一員として認め、我が名をもちましてその身分と姓名を保障いたします。サイト・ヒラガ・ミラン殿」

 公文書を読み上げて、アンリエッタは自らの花押が押されたそれを才人に手渡そうとした。だが、受け取る側の才人は、たった今アンリエッタが述べたその名前に愕然としていた。なぜなら、その名前は明らかに! 

「ちょ、ちょっと待ってください姫さま! ミ、ミランってことはまさか?」

「ええ、戸籍を作るにしても身寄りがなくては困りますからね。アニエスに後見人になってもらいました」

 唖然としてアニエスのほうを見ると、彼女はしてやったりというように笑っている。

「と、いうわけだ。お前には前々から借りを作りっぱなしだったからな。この国にいる限り、私がお前の身分上の保護者になってやる。ありがたく思えよ」

「い、いやそういうことじゃなくて! おれもこの苗字にするってことは」

「ああ、これでお前は戸籍上私の弟になったわけだ。それに……ほら!」

 アニエスは一歩下がると、ミシェルを才人の前に押し出した。

「た、隊長!?」

「隊長じゃない。姉さんと呼べ。そら、お前にとっても新しい弟だぞ。よく顔を見ておけ」

 そう言われて才人と向かい合わされたミシェルも、予想だにしていなかった事態に困惑し、どうしようもなく才人と顔を見合わせた。

”サイトが、わたしの弟に!?”

”ミシェルさんが、おれの姉さんに!?”

 二人とも、あまりにも突然のことなので心の準備もできずとまどった。

 でも、だからといって嫌だというわけではない。ミシェルの才人への思いは当然、才人にとってもミシェルはもうかけがえのない人だった。

 そこへアニエスが二人の肩を抱いてこう言った。

「突然ですまなかったなサイト。でもな、血のつながりはなくても、ミシェルは私にとって本当の妹だ。この子をまかせられる男はお前しかいない」

「で、でもだからって」

「無茶なのはわかってる。それでも私はミシェルを……いや、お前もいっしょに守ってやりたくなったんだ。少し前は、復讐のため以外に生きるなんて想像もしなかった。お前のせいなんだぞ」

「……アニエスさん」

「ありがとうなサイト、お前はミシェルを救うのと同時に、私にも守るべきものをくれた。恩返しといったら変だが、お前たちの未来をそばで見届けたいんだ。私たちの弟になってくれないか」

「……わかりました。アニエス……姉さん」

 心から納得できたわけではないが、才人もまたアニエスやミシェルの今後を見届けたかった。それに、血がつながっていないといえばウルトラ兄弟もそうだ。血よりも濃い絆で結ばれた兄弟。そう思い、才人はアニエスとミシェルの弟になることを決めたのだった。

「サ、サイト……」

「ミシェル……姉さん」

 ミシェルと才人は、互いに照れながらも弟と姉として相手を認め合った。

 するとアニエスは無邪気な笑いを浮かべ、才人とミシェルの肩をぐっと掴んで、二人を思い切り抱きしめさせた。

「わっ!」

「きゃあっ!」

「おっと、やりすぎた。まあいいか」

 勢い余って、才人はミシェルの胸元に顔を突っ込んでしまった。しかもアニエスが面白がって力を緩めないものだから、才人の顔はミシェルの豊かな双丘にはさまれたまま身動きできない。

「むぐぐ……ちょ、アニエスさん。や、やめてください」

「きゃはは! サ、サイト、息を吹きかけるな。ね、姉さんやめて!」

「なんだなんだ、姉弟なんだからこのくらい気にするな。スキンシップだと思え、スキンシップと」

「そ、そんなぁ!」

 いつもの真面目な態度はどこへやら、いたずらっこのように無邪気な笑顔を浮かべながら、アニエスはミシェルと才人を抱きかかえ続けた。一方で、ミシェルは恥ずかしくて顔から火が出る思いだけれど、いっしょにうれしさで才人を跳ね除けようとはしなかった。それで、そんな降って沸いた天国の中で、才人は、ガールフレンドができたのはいいけれど、姉が二人もできてしまったのをどうやって日本の両親に説明しようかと、本気で悩むのだった。

 むろん、おさまらないのはルイズである。

「あにやってんのよ! あのバカはぁ!」

 才人の身分が公的に保障されるならそれもよいとルイズも軽く考えていた。しかし、こんな展開になることなど念頭にはない。これならまだヴァリエール家の召使その一で押し通したほうがましだ。だいたい才人もなんだ? あんな無茶な条件突きつけられて、しかもあの女のあの胸に……

 だが、激発して才人に殴りかかろうとしたルイズの肩をアンリエッタがつかんで静止した。

「だめですよルイズ。せっかく家族水入らずで親交を深めているというのに、よそさまが割り込んだりしたら」

「ひ、姫様!? か、家族って」

「あら? 姉弟であるということは、当然家族であるということでしょう? ほら、見てごらんなさいよ。アニエスにミシェル、それにサイト殿のあのうれしそうな顔を。やっぱり、家族というものはすばらしいですわね」

 アンリエッタに止められたのでは仕方がないと、ルイズは歯を食いしばって我慢した。

 それに、考えてみたらミシェルが才人と姉弟になるということは、必然的にそれ以上の関係にはなりえないと、ルイズは自分を説得した。

 が、アンリエッタはそんなルイズの目算をテレパシーでも使ったかのように打ち砕いた。

「あ、そうですわルイズ。トリステインの法律では義姉弟って結婚できるの知ってました?」

「んなっ!? ま、まさか……姫様、わかってて最初から全部仕組んだんですか?」

「さあ? なんのことでしょう」

 愕然として、震えながらルイズに見つめられたアンリエッタの顔には、幼いころに二人で侍従長や城の者たちに散々いたずらをしてまわったときの、おてんば娘だったときとまったく変わらない微笑が浮かんでいた。

 そして、アンリエッタは作戦大成功とゆるんでいた顔を引き締めると、アニエス、ミシェル、才人の三姉弟に向かって言った。

「あなた方三人は、もう家族なのです。ですから、決して命を粗末にすることは許されません。その命は、もう一人だけのものではないのですからね。三人とも、これからも姉弟三人仲良く、助け合って生きていくのですよ」

「はい!」

「よろしい。ではさっそく、銃士隊の皆さん。盛大に祝ってあげてください」

「へ?」

 気づいたときには、三人はうずうずしている銃士隊のみんなにすっかり囲まれていた。

「そーれみんな! 新しい隊長のご一家を胴上げだー!」

「おおーっ!」

 あっという間に三人は皆の頭上に持ち上げられて、アンリエッタとルイズの見ている前でわっしょいわっしょいと、何度も宙を舞った。

 アメリーから衛生兵まで、誰もがアニエスたち新しい姉弟を祝福していた。

 おめでとう。よかったですね。これからも仲良くね。仲間たちの温かい声に包まれながら、アニエスとミシェルの心に、遠い昔になくした懐かしいものが蘇ってくる。

「ミシェル」

「姉さん」

 失ったものは戻らないと思っていた。二度と帰ることはできないとあきらめていたもの。

 でも、今彼女たちはそれを手に入れて、その温かさの中にいた。

 家族という、かけがえのない光の中に……

 

 

 数分後、才人はようやく輪の中から抜けると、酔ってふらつきながら窓辺で外の空気を吸い込んだ。

 空は雲ひとつなく晴れ渡り、どこまでも、どこまでも澄み渡っている。

 そんなさんさんと降り注ぐ太陽を浴びながら、才人に背中のデルフリンガーが話しかけた。

「そういえば相棒、聞きそびれてたことさ。お前の世界で復讐にやってきたって宇宙人、その後どうなったんだ?」

「ん? メイツ星人のことか。なんだ藪から棒に」

「いいから、聞きたいんだよ」

 強く問いかけてくるデルフリンガーに、才人は空をあおぐと記憶をたどった。

 

 ゾアムルチを覚醒させ、地球人に対する憎しみをあらわにするメイツ星人の息子・ビオ。

 けれど、銃撃で傷ついた彼に手を差し伸べたのは同じ地球人の子供だった。

 ビオは、殺された父が地球人を愛し、ともに暮らしていた少年に注いでいた愛の記憶が、今の地球人たちにも受け継がれていることを知った。

 そして、ビオの憎しみの化身となったゾアムルチはウルトラマンメビウスによって倒され、復讐をあきらめたビオは、握手を求めてくるリュウ隊員に一言だけ言い残して地球を去った。

「握手は、父の咲かせた遺産の花を見とどけてからにしよう」

 彼は地球人を許したわけではないだろう。けれど、父が地球人を愛し、残した優しさという遺産を信じて、そこに希望を見出してくれたのだ。

 

 才人は、その地球とメイツ星とのあいだの小さな前進を思うと、ぽつりと答えた。

「怒りと、憎しみがどんなに深くても、手を差し伸べてくれる人がいれば、人は未来に希望を持つことができるのさ」

 そう、復讐劇に決着をつけたのは怒りでも憎しみでもなかった。

 ビオにとって父の遺産を受け継いだ人々の手が救いとなったように、才人は銃士隊の仲間たちにもみくちゃにされているミシェルを見て思った。

 

 笑い声はこだまし、空に吸い込まれていく。

 長い雨がやんだ空は、どこまでも美しかった。

 

 

 続く


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