ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第16話  奇跡の星、ウルトラの星

 第16話

 奇跡の星、ウルトラの星

 

 異形進化怪獣 エボリュウ 登場!

 

 

 アニエスとミシェルにとっての憎い仇、リッシュモンへと通じる通路は、今一匹の怪物によって閉じられていた。

「ワルド……人間だったころの意識はもうないようだな」

 凶暴なうなり声をあげて、四本の鍵爪を振り上げる怪物を、アニエスは憐憫をわずかに含んだ目で見上げた。

 ワルド……いや、今や意思のない獣。エボリュウ細胞によって変貌した異形進化怪獣エボリュウは、細胞に仕込まれた「細胞を打ち込んだ人間に従え」という唯一の命令に従って、アニエスとミシェルに牙を向ける。

「ぬははは、人間だったころよりよほど頼りがいがある。大事の前の余興にはちょうどいい。さあエボリュウよ。この私に傷を負わせてくれた礼だ。せいぜいむごたらしく引き裂いてやれ!」

「なめるな! 化け物どもが」

 アニエスはもうリッシュモンを人間と思っていなかった。人の姿こそしていても、こいつの心に人間らしい美しさや優しさは一滴たりとて感じられない。むしろ、人間の持つあらゆる醜い部分のみを集めたような……いわば反対人間だ。

 リッシュモンの命令に服従して襲い掛かってくるエボリュウに対して、アニエスとミシェルは右と左に分かれて同時に斬りかかった。だが、エボリュウの強靭な皮膚は刃を通さずに、そのまま身をよじらせただけで二人は軽々とはじきとばされてしまった。

「くそっ、この馬鹿力め」

 並の男の傭兵以上に鍛え上げた二人の力をもってしても、エボリュウには通じなかった。

 まるでオーク鬼かトロール鬼……いや、それ以上だ。しかもこれでも小さいとリッシュモンは言っていた。ならば成長すればどこまで巨大になるのか……?

 いったいどんな悪魔がリッシュモンに加担しているのかと、アニエスとミシェルは奴の背後の闇に空恐ろしいものを感じた。二人とも裏の仕事は長いけれど、人間を怪獣化させる薬など聞いたこともない。奴はエボリュウ細胞と言っていたが。

 

 まさか……かつて戦ったバム星人やワイルド星人のように、ハルケギニアの外からの技術!?

 二人の懸念は、残念なことに当たっていた。

 

 エボリュウ細胞とは、かつてウルトラマンティガの戦っていた世界で発見された宇宙細胞の一種である。それは、生物に移植すると能力を飛躍的に向上させる特性を持ち、生命の人工的な進化の可能性を秘めているとして研究されてきた。

 だが、大きな変化には大きな代償もともなうものである。エボリュウ細胞には、ある致命的ともいえる欠陥が二つあった。一つは、変異した細胞を維持するには定期的に電気エネルギーを補充しなければいけないということ。もう一つは……移植した生物の進化を加速させることに限度がなく、最終的には元の生物とは似ても似つかない、恐るべき巨大怪獣へと変貌させてしまうのだ。

 エボリュウも、かつてティガの世界でエボリュウ細胞を移植した科学者がしだいに変化して、最初はときたま人間大の怪獣に変身するだけだったのが、最後には完全に理性を失った巨大怪獣と化してしまった。

 さらに、エボリュウ細胞の脅威はこれだけにとどまらず、後にメタモルガ、ゾンボーグといった異形進化怪獣を生み出して、ウルトラマンティガ、ダイナを苦しめている。

 

 そして、このエボリュウ細胞を薬品化したものがどういう経緯によってかこの世界に持ち込まれた。それを手に入れたシェフィールドがチャリジャの手を借りてそれに改造を施し、さらにリッシュモンに渡された。それがどういう結果をもたらすのか考えられもせずに……

 

 エボリュウの攻撃は、壁を砕き、天井を落としてアニエスとミシェルに襲い掛かってくる。

「避けろ!」

 これまでの攻防で、エボリュウにはこちらの攻撃は通じず、パワーでも負けることを二人は学んでいた。正面からぶつかり合うことを避け、身の軽さを活かして攻撃をいなしていく。しかし、リッシュモンは防戦一方になってしまった二人を見てあざ笑った。

「どうしたどうした。守ってばかりでは勝てんぞ!」

「吼えていろ。それができるのも今のうちだ」

 攻撃の通用しない敵など銃士隊の戦いの中でいくらでもあった。だが、完全無欠の存在などこの世にない。必ずどこかに弱点はあるはずだ、それを見つけ出せれば……冷静な目で二人はエボリュウの体や動き方を観察する。

 一方エボリュウは、力任せの攻撃を俊敏な二人の騎士に避けられていらだっていた。だがワルドだったころにあった沈着さや判断力を消失した代わりに、両腕を突き出すと高圧の電撃光線を発射してきた。

「うわああっ!」

 通路を埋め尽くすほどの稲妻の乱舞は避ける場所などどこにもない。直撃を受けた二人の全身に強烈なショックが走り、鎖帷子が電熱を持って体を焼く。

「これは……まるでライトニング・クラウド……?」

 つぶやいたミシェルの体が土の上に崩れ落ちる。起き上がろうともがいても、体中がしびれて言うことを聞かない。筋肉が電流で弛緩して脳の命令に従えないのだ。

 本物のライトニング・クラウドは一撃で人間を黒こげにするというが、これも充分すぎるほどに強力だ。それでも、もしも常人が浴びていたら即座にショック死していても不思議ではない電流を浴びていながらも、アニエスとミシェルは意識を保っていた。

「ミシェル……だ、大丈夫か?」

「くぅぅ、た、隊長」

 武器は握っていても、立ち上がるだけの力が出ない。

 リッシュモンは倒れ付した二人を見下して、得意げになって叫んだ。

「うわっはっは! 虫けらはそうやって地面をはいずっているのがお似合いだ。さあエボリュウよ。まずはその役立たずの裏切り者から殺せ」

「なにっ!?」

 エボリュウの足が上がり、倒れているミシェルの上にかかる。ミシェルは避けようと必死で体をよじろうとした。しかし手足はまだ満足に動かず、ミシェルの背中にエボリュウの足が落石のようにのしかかる。

「ミシェルーっ!」

 アニエスの見ている前で、ミシェルの体がきしみをあげてつぶされていった。あばらが曲がり、肺が圧迫されて悲鳴をあげることさえできない。しかも、エボリュウは嬲るように足にかけた体重を徐々に増加させていった。

 息を吐くことはできても吸うことはできない。さらに、しだいに重量は肋骨の柔軟性を上回っていき、何本もの骨にひびが入り始めた。

 このままでは肋骨がへし折れるのと同時に内臓もつぶされ、ミシェルは確実に殺されてしまうだろう。アニエスはようやく自由を取り戻した体で立ち上がると、エボリュウに力のままに斬りかかった。

「その足をどけろーっ!」

 渾身の力を込めたアニエスの剣は、エボリュウの左腕の鍵爪とぶつかり合って、乾いた音を立てて砕け散った。しかし、同時にエボリュウの爪の一本をへし折り、激痛を奴に与えた。苦しげな咆哮がエボリュウの喉から漏れ、リッシュモンが驚きの声をあげた。

「なんと!? 平民ごときの力で」

 だが、爪一本の代償として剣を失ったアニエスに、もうそれ以上エボリュウを攻撃する手段は残されていなかった。怒り狂ったエボリュウの振るった腕がアニエスを吹き飛ばして壁に叩きつけ、ミシェルにもさらに体重がかけられて、吐き出す息に血が混じり始めた。いや、ミシェルはもはや酸欠を起こして顔色はなく、あと少しエボリュウが力を込めたら心臓も肺もつぶされる。その無残な光景が目に浮かび、アニエスは思わず叫んでいた。

「やめろぉー! もうやめてくれぇー!」

 幼いころに家族を失い、戦いの日々の中で仲間や部下を何人も失ってきて、もう人の死というものに慣れたつもりであった。でも、死神の鎌を首にかけられたミシェルを見たとたん、なぜかとうに失ったはずの感情が蘇ってきた。

 そして……アニエスのその叫びは、意識を失いかけていたミシェルの気をわずかに呼び覚ましていた。

「隊、長……?」

 苦しみから、強烈な眠気が襲ってくる中で響いてきた声に、ミシェルは顔を上げて声のしたほうを見た。かすれる視線の中で、ひざを突いたアニエスが何かを必死で叫んでいるのが見える。でも、耳もいかれてきたのか意味が聞き取れない。

 このままわたしは死ぬのかとミシェルは思った。

 悔しい……まだ何一つ成し遂げていないのに……

 いや、死ねない。死ぬわけにはいかない。ここで死んだら父と母にも才人にも申し訳が立たない。こんな奴のために、死ぬわけにはいかない!

 

 負けてたまるか……負けるもんか!

 

 そう思ったとき、ミシェルの瞳に一つの強く輝く光が差し込んできた。

「この……光は……?」

 まるで、夜空に輝く星のようにその光はミシェルの視界の中にきらめいていた。

 でも、とても強く輝いているというのにアニエスやリッシュモンには見えていないようだ。

 いったいあれは……? もしかして……

 ミシェルの心に、才人との別れ際に聞かされた一つの話が蘇ってきた。

 

「昔、おれの国でも超獣に父親を殺された少年がいたんです」

 

 それは、いまを去ること三十数年前……ウルトラマンAがTAC隊員北斗星司として、ヤプールが倒された後も日々出現し続ける超獣と戦っていた、あるときのことである。

 パトロール中だった北斗は、仲間内からいじめられていた梅津ダンという少年と知り合いになった。

 なぜいじめられているのかと話を聞くと、彼の父親は一年前に酔っ払い運転のドライバーとして、非業の死を遂げていた。それで、その息子だというダンもいじめの格好の的になっていたのだ。

 でも、ダンはいじめっこたちに屈することもなく、父親の無実を信じていた。

 そんなダンから、北斗は昼間でも空に輝く星があることを聞かされた。その星はダン以外の誰にも見えていなかったが、北斗はダンにその星が彼にだけ見えるわけを教えた。

「今まで君が星を見たとき、きっと心の中で「負けるもんかって」思ったはずだ……あの星はウルトラの星だ」

「ウルトラの星?」

「そうだ、あれがウルトラの星だ」

 その、二人にしか見えない星は、どんなときでもあきらめない人だけが見ることができると北斗は教え、ダンはその言葉を信じて父の無実を信じた。

 そして、二人の前に真犯人が姿を現した。かつてのダンの父の事故は、人間の地下水汲み上げに怒った地底人アングラモンが、手下の地底超獣ギタギタンガに命じて、その吐き出す酸欠ガスによって引き起こされたものだったのだ。

 ダンは単身、人間の大きさになって人目のない場所に潜んでいたアングラモンに挑み、地底人に弱点があることを発見した。

 工場地帯で暴れるギタギタンガと、巨大化したアングラモンにTACの戦闘機も全機撃墜され、ウルトラマンAが登場する。しかし一対二のハンデ戦ではさしものエースも苦戦を余儀なくされ、カラータイマーが点滅を始めた。

 そんなとき、アングラモンに崖に突き落とされながらも必死に「負けるもんか」と頑張っていたダンの叫びがエースを復活させ、エースのパワーがギタギタンガの巨体を粉砕する。さらにそこへ、アングラモンの弱点を突き止めていたダンの声が飛んだ。

「地底人の急所は、胸だよー!」

 それを知ったエースは地割れから空中高くジャンプして、アングラモンの胸をめがけて必殺光線を放ち、アングラモンを炎上させた。

 エースは勝った。しかし、ダンの声やアドバイスがなければどうなっていたかはわからない。

 そう、ダンは負けるもんかとあきらめないことで、見事に父の仇を討ったのだ。

 

 それを話し終わった後で、才人はぐっと拳を握り締めて言った。

「もう止めはしません。行ってください。でも、どんな相手と戦っても、最後まで「もうだめだ」とは思わないでください。そうすれば、必ずウルトラの星は輝きますから!」

「ウルトラの……星?」

「ええ、奇跡を起こしてくれる星です。負けそうなとき空を見上げて、その星が見えてもなお諦めなかったら、絶対に負けたりはしないんです」

 普通に考えたら、それは子供の妄言以外のなにものでもないだろう。けれどもミシェルは、力強く断言した才人の言葉に、確かなものを感じていた。

「わかった。でも、そんなこと言われたら……心残りなく戦いにいけないな」

「それでいいと思いますよ。心残りなくあの世に行くなんて、あと七・八十年生きてじいさんばあさんになってからで遅くないですって」

「八十年、か……」

 ミシェルはなにか自分がずっと悩んでいたことが、ずいぶんとちっぽけなものだったように感じた。十年間、地獄をさまよって人生をあきらめていたけれど、まだわたしにはそれだけの時間が残されていたのか。

「そういえば、年をとった後のことなんて、全然考えたことなかったな」

「ミシェルさんなら、きっといいお母さんになってるんじゃないですか?」

「フッ……」

 その才人の言葉に、ミシェルは切なげに苦笑した。本当は、才人にわたしの子供の父親になってほしいと言いたかった……だけど、才人はルイズが好きだと言った。だから言えない。才人の特別な人は自分じゃないから。

 でも……

「ミシェルさん?」

「ごめん。今はまだ、自分の気持ちをうまく整理できないんだ。なにか、一度にいろんな思いが吹き出してきて……」

 才人は何も言わずにじっとミシェルの顔を見ていた。女心に敏感だなどと、夢にも思ったことのない才人であっても、はっきりと「好きだ」と言われたのでは思うところがある。こういうとき、どんな言葉をかければいいのか才人は知らない。

「そろそろ時間だ……行くよ」

「ミシェルさん」

「大丈夫、わたしはもう負けないよ。サイトがくれた勇気があるから」

 ミシェルの差し出した手を才人が握ると、最初のときとは比べ物にならないほど強い力で握り返されてきた。

 思いは届かなくても、譲り受けたものは大きい。かつて北斗からダンへ、兄弟たちから大勢の人間へ、そして今度から才人からミシェルへ。物は分け与えれば減っていくが、愛や勇気、心は減ることはない。

 

 そして、あきらめない限り勇気は、未来は無限大だ!

 

 まるで、第二の太陽が現れたような、ミシェルの瞳に宿った光の正体はなにか?

 くじけそうになったとき、その輝きを目にしたミシェルは、才人から教えられた言葉をつぶやいていた。

「負けるもんか……負けるもんか」

 すると、黄泉への門をくぐりかけていた心に熱が戻ってきて、麻痺していた体がわずかに動いた。

 痛みから見えた幻覚かもしれない。いや、それ以前にここは地下だ、星が見えるはずはない。

 でも、見えるのだ! 空に輝く一つの星が。

「イル……ア……」

 肺に残ったわずかな空気を使って、ミシェルは呪文を唱え始めた。しかし背中からは、エボリュウがさらに体重をかけてきて、肺からは同時にぬめった血も吐かれてくるためうまくルーンにならない。それでも、ミシェルは蚊の羽音のように小さく、喉の焼ける痛みで涙が湧いてきても、心の中で「負けるもんか」と念じながら詠唱は止めなかった。

 最後まであきらめなければ、必ず奇跡は起きるという才人の言葉だけを信じて。

 そして、永遠にも思われるような長い時間の中で、上級魔法の詠唱を終えたミシェルは、渾身の力を込めて魔力を解放した。

『クリエイト・ゴーレム!』

 ミシェルの杖から放たれた魔力が地下通路の床に吸い込まれていき、とたんに通路の床や壁、天井からも不気味な地鳴りが響いてくる。リッシュモンは、その地鳴りからミシェルの唱えた呪文の正体を知り、顔を青ざめさせて叫んだ。

「ば、馬鹿め! こんなところでそんな魔法を使ったら!」

 だが、すでに時遅く。魔力を受け取った通路の壁は瞬時に膨張し、ある場所は収縮したりして、まるで生き物の胃袋のように脈動を始めると、アニエスもリッシュモンも、さらにエボリュウとミシェルもまとめてもみくちゃにしていった。

「ひゃあっ! や、やめろ止めろぉ!」

 リッシュモンは何度も地面に打ち付けられ、口の中を切って無様にわめき散らした。

 これは明らかにまともな魔法の発動ではない。なぜなら、ミシェルの使った『クリエイト・ゴーレム』という魔法は、読んだとおりにゴーレムを作り出すためのものであり、以前に土くれのフーケがゴーレムを作っていたときのものがこれだ。しかし、本来全高数十メイルのゴーレムを作り出せるほどの魔法を、この狭い地下通路の中で最大級で解放すればどうなるか? それは、密閉された容器の中で風船を膨らませたらということにも似たことになる。

 本来ゴーレムの胴体や手足を構成するはずの土の塊が、具体化する空間を与えられずに暴走する。その猛威にはさしものエボリュウも対抗できず、ダメージを受けることはなくても通路に倒れこんで身動きできなくなった。

 その隙にアニエスは地震のように揺れ動く地面の上をはいずるように動くと、エボリュウの足元から解放されたものの、自分の放った魔法にもてあそばれていたミシェルを抱き起こした。

「ミシェルお前、なんという無茶を!」

 圧死寸前で解放されたはよいが、何度も床や壁に叩きつけられたミシェルは返事を返すこともできずに荒い息をついていた。それでも杖を手放さなかったのはさすがと言えるであろうけれど、そんなことは今はどうでもよかった。

「しっかりしろ! 死ぬな」

「……たい、ちょ……」

「ちゃんと息をしろ! まったく、なんという馬鹿なことをするんだ!」

 メイジでないアニエスにも、今の魔法が本来の使い方でない邪道だということはわかった。運良くエボリュウが後ろ向きに倒れたからいいようなものの、下手をすれば全体重を一気にかけられて即死することになったはずだ。

 だが、暴走していた魔力も維持するメイジがいなくては長くは続かず、通路が元の土壁に戻るとエボリュウも行動を再開した。むくりと起き上がると、ミシェルを抱えているアニエスに向かって左腕を向けてくる。

「隊長! 危ない」

 とっさにエボリュウの気配に気づいたミシェルはアニエスを突き飛ばした。とたんに、エボリュウの腕から鞭のような触手が伸びてきて、ミシェルの首にからみついた。

「うわぁっ!」

「ミシェル!」

 触手は完全にミシェルの喉に食い込んでいて外すことができない。しかも、エボリュウは触手で喉を締め付けるだけでなく、触手を引き戻してミシェルを自分のところへ引きずり込んでいった。その先には、鋭い爪を振りかざしたエボリュウの右腕がある。あれを喰らえばひとたまりもない! アニエスは落ちていたミシェルの剣を拾い上げると触手に斬りつけた。

「くそっ、硬い!」

 切っ先は食い込んだ。しかし生木に切りつけたように刃が捉えられて切断することができない。それでも、エボリュウの手前で触手の神経系まで刃が届いたらしく、触手の力が弱まるとアニエスはミシェルの首に絡み付いていた触手を振りほどいた。

「大丈夫かミシェル!? うぐっ!」

 そのときミシェルは、自分に手を貸してくれたアニエスの声がくぐもって、表情に曇りが浮かんだのを見た。

「隊長!?」

「なんでもない! それよりも、やるぞ!」

 エボリュウは目の前だ。また逃げたら電撃にやられる。アニエスは剣をミシェルに握らせると、その上から手を添えて二人で一本の剣を握った。

「隊長?」

「い、いいか? 奴に普通の武器は通じない。杖を刃物にする魔法があったろう、使えるな? そいつをこの剣にかけろ」

「は、はい!」

 ミシェルは言われるままに、剣といっしょに握っている杖を使って、『ブレイド』の魔法を剣全体にかけた。

「よ、ようしいいぞ。だが、今のお前の体では力が出せまい。かといって、私一人の力でも奴の体は切れないだろう……だから、頼む」

 そう言ってアニエスがミシェルの瞳を見つめると、ミシェルもアニエスの目を見つめ返して、こくりとうなづいた。

「わたしの力でよければ。勝ちましょう、隊長」

「ああ、行こう」

 一つの剣を二人で握り、互いの手と手の暖かさを感じたとき、痛みはどこかに消えていた。

 アニエスの力と、ミシェルの魔法、一人の力ではだめでも、二人が力を合わせれば別の力が生み出される。人は弱いから群れるのではない。強くなれるから手を結ぶのだ。

 雄叫びをあげて向かってくるエボリュウと、いらだって顔を悪魔のように歪めて叫ぶリッシュモンを、二人は体を寄せ合い、剣を握り合って正面から見据える。

「平民の成り上がりと奴隷出のクズめ。いつまでも私の貴重な時間を貴様らごときに費やしておれんわ! やれい! そしてそやつらの首をねじきって、アンリエッタの前にさらしてくれるわ!」

 何重にもかけていためっきがはがれ、下種の本性をむきだしにしたリッシュモンを前にしても、二人の心は不思議と平静であった。

「こうしてお前と共に命を懸けるのは、あのとき以来だな」

「ええ、あのときはサイトがいた……そして、今も」

 ツルク星人と戦ったときも、力を合わせて勝つことができた。今度も、才人はいなくても才人の与えてくれた勇気とともに戦っている。今一度、闇の中に輝く星が見えたとき、ミシェルははっきり理解した。ウルトラの星とは心の光の象徴なのだ。そこへ向かって歩む勇気があれば、恐れるものなどなにもない!

 

「でゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 渾身の力を込めてアニエスとミシェルは吼え、そして駆けた。

 エボリュウも、大きく振り上げた腕に全体重を込めて振り下ろしてくる。

 だが、いくら恐ろしいなりに変わろうと、いくら悪魔じみた力を持とうと、心無き力の底は浅い。

 振り下ろされた腕を、アニエスとミシェルはまるで一つの体を共有しているかのように跳びあがってかわした。

 飛翔した二人の眼前に、体勢を崩したエボリュウの体が迫ってくる。その左肩をめがけて二人は剣を振り下ろした。

 一閃……銀色の閃光が天から地へと駆け下りる。

 次の瞬間、二人の姿はエボリュウの足元にあった。地に足をつけ、祈るような形で止まっていた。

 エボリュウは、その二人を見下ろし、とどめを刺そうと左腕を上げる。

 だが、上げられた左腕の根元に亀裂が生じたとき、戦いの勝敗はエボリュウの体に形となって現れた。

「切った……」

 岩の塊のようなエボリュウの左腕が、落石のように体から零れ落ちる。

 次いで、絶叫がエボリュウの喉からほとばしり、傷口からは体内に溜め込んでいた電気エネルギーが空中放電を起こして漏れ出していく。アニエスとミシェルは、苦しむエボリュウを見上げ、短く宣言した。

「私たちの」

「勝ちだ」

 体の維持に必要な電気エネルギーを消耗しつくしたエボリュウは、急速に力を失っていった。変身したときとは逆の順序で、爪が消え、肌が元通りになって体が収縮していき、最後にはワルドの姿に戻って床の上に倒れこんだ。

「ぐぉぉっ……ぬあぁっ、俺の、俺の腕が……おのれ貴様ら……いや、リッシュモン、貴様ぁ!」

「腕を失ったショックで変身が解けたか……さて、残るは……」

「ひっ!」

 正気に戻ったワルドと、アニエスに鮫のような冷たい目で睨まれ、リッシュモンはおびえてあとずさった。杖を失ったメイジはただの人でしかない。まして贅沢な貴族生活におぼれていたリッシュモンに、切り札のエボリュウをも失ってなおアニエスとミシェル、それにワルドに対抗する手段などありはしない。奴はそれまでの大言壮語をどこに捨て去ったのか、怯えた声を残すと通路の奥へ駆け去っていった。

「待て、リッシュモン! 隊長、追いましょう!」

 逃げ出したリッシュモンを追おうと、ミシェルは息を整えて立ち上がった。

 逃がすつもりはなかった。傷ついているとはいえ、脚力は自分たちのほうが上だし、土のメイジである自分ならば、この地下通路で見失うことはない。

 だが、アニエスは憎い仇が逃げていくというのに追う様子を見せずに、ふっとミシェルのほうを見て微笑んだ。

「ミシェル、今日までずっとご苦労だったな。お前がいなければ、リッシュモンをここまで追い詰めることはできなかった」

「隊長?」

 こんなときになにを言い出すのかと、ミシェルは怪訝そうにアニエスを見つめた。

「思えば、銃士隊ができる前から、お前にはずいぶんと世話になってきた。私に甲斐性がないばかりに、ろくに報いてやることができなかったが、許してくれ、よ……」

「っ!? 隊長!」

 急にアニエスの体が力を失い、倒れそうになったのをミシェルは慌てて支えた。

 しかし、体を支えようとして背中に差し伸べた手に生暖かい感触を感じ、引き戻した手のひらを見てミシェルは愕然とした。

「血っ……! まさか隊長、さっきわたしを助けたとき」

「ふっ、私としたことが、つい背中をおろそかにしてしまったよ」

 自嘲ぎみにつぶやくアニエスの背には、エボリュウの爪でつけられた四つの刺し傷が湧き水のように血を噴き出している。見れば顔からはいつの間にか血の気が引き、呼吸は大きく荒くなっていた。

 こんな体で体調の不調を悟らせず最後まで戦い抜くとは信じられない精神力。けれど、その糸もエボリュウを倒したまでで切れ、失血によってもうアニエスには立つ力も残されてはいなかった。

 ミシェルは腕の中でみるみる衰弱していくアニエスに、思いつく限りの応急処置を施していった。それなのに、焦るミシェルに向かってワルドは残った右腕で杖を拾い、突きつけてきた。

「ふっははは! やはり最後に笑うのは私だったな。左腕の礼だ、二人まとめて黒焦げにしてくれる!」

「ワルド、貴様!」

 常軌をいっした目で杖を向けてくるワルドに、ミシェルは反撃をおこなえなかった。瀕死のアニエスを抱いている今、避けても反撃しても反動はアニエスに行く。それに今手当てをやめたらアニエスは助からない。

 だが、魔法を放つ寸前にワルドは急に胸を押さえてうずくまった。エボリュウ細胞の発作がまた始まったのだ。それでも、ワルドは完成していた魔法を憎しみを込めてアニエスとミシェルに向かって解き放った。

『ライトニング・クラウド!』

 杖から魔法で生み出された電撃が放出される。しかし、その電撃はアニエスとミシェルに向かうことはなく、逆に放ったワルドに吸い込まれていった。

「なっ!? ぬわぁぁっ!」

 放った魔法がコントロールできず、電撃に包まれた自分の姿にワルドは狼狽した。けれど電撃による痛みはなく、反対に電撃が体に吸い込まれるごとに胸の痛みが消えていくことに、ワルドは気づいた。

「まさか……この発作は電撃を吸収することで治るのか? はっ、はは、はっははは!」

 このときほどワルドは、自分が電撃を生み出せる風のメイジに生まれたことを感謝したことはなかった。偶然だが、エボリュウ細胞に犯された生物の唯一の生存手段に、ワルド自身の能力が合致したのだった。

「ふははは、リッシュモンめやってくれたな。しかし、私は死なんぞ。生き延びて必ず聖地にたどり着いてやる。だが、その前に……」

「くっ」

 ワルドは残忍な笑みを、アニエスを抱きかかえながら自分に杖を向けてくるミシェルに向けた。

 杖と杖が向かい合い、緊張が走る。が、どちらも先制を打とうとはしない。いや、できなかった。

 ミシェルはアニエスを守りながらでは戦えないけれど、ワルドが攻撃してアニエスが絶命すればミシェルは捨て身の攻撃をかけてくるだろう。そうなれば、スクウェアとトライアングルの差はあるといっても、地の利で負けていることからワルドの勝機は低い。

 結局、折れたのはワルドだった。

「ふん。まあリッシュモンから離れられただけでもよしとしよう。それに、どうせ貴様らも長くは持つまい。さらばだ、もう二度と会うこともあるまい」

 捨てゼリフを残し、ワルドは失った左腕を押さえながら通路の先へと消えていった。

 残されたミシェルはほっとしたのもつかの間、アニエスの手当てに戻った。

 でも……診れば診るほど傷は深く。とても間に合わせの治療では時間稼ぎにしかならないのは明白であって、ミシェルは歯軋りするしかなかった。

 薬は携帯のものしかなく、土のメイジである自分では治癒の魔法は使えない。このままでは……そのとき、荒い息をつきながら苦しんでいたアニエスがミシェルの肩に手を伸ばしてきた。

「もう……私のことはいい。リッシュモンを追え」

「そんな! た、隊長を見捨てていくわけには」

「任務のためには、例え隊長でも見殺しにせねばならない。基本中の基本だろう? 今逃がしたら、もう二度と奴は捕まらんぞ。両親の仇を討てなくていいのか!?」

「うっ……し、しかし」

 アニエスの言うことが正論だとはわかる。けれど今放り出したら確実にアニエスの命はない。

「行け……どうせ私は、奴への復讐のために生きてきたんだ。奴と道連れなら悪くない。さあ」

「隊長……すみません。わたしが足手まといになったばかりに、隊長が」

 何度も敵に捕らえられ、あげくの果てにアニエスに傷を負わせてしまったことに、ミシェルは恥じて涙した。だが、アニエスは恨み言などは一言も言わずに、ミシェルの頭をなでた。

「泣くな……お前のせいじゃない。言ったろう、お前がいなければ奴には勝てなかった……それに、私はこれでもけっこう満足しているんだ」

「えっ……?」

「私の代わりに、お前が生きられる。前に、お前の命を奪おうとした侘びではないが、私よりもお前のほうが未来がある。だから行け……お前には、心残りがあるんだろう?」

「隊長……いやです! それだけは聞けません。銃士隊を裏切ってから、ずっと隊長に守られてきたのに甘えてばかりで……なにも恩返しできてないのに」

 するとアニエスは、これまで見せたことのない穏やかで優しい笑みを浮かべた。

「私も同じだよ」

「えっ?」

「お前といると、ずっと一人で戦っていた寂しさを、そのときだけは忘れることができた。お前と共に戦うと、どんな敵にも負ける気がしなかった。喜びも、苦しみも……お前といると一人のときとは違ってた……いつからかな。血はつながってなくても、いつの間にか妹のように思っていた」

「……」

「私は、もう助からん……だから行け……お前に、死に顔は見せたくない」

「……」

 アニエスは、歯を食いしばってうなだれているミシェルをうながした。

「どうした? 早くしないと、両親の仇を討つチャンスはなくなるぞ!」

「……やです」

「なに?」

「いやです!」

 ミシェルは叫ぶと、アニエスを無理矢理に背負ってリッシュモンとは反対方向に走り出した。

「ミシェル、なにをするんだ!?」

「すみません隊長。命令無視させてもらいます……」

「馬鹿な! ここで、奴を逃せば……」

「わかってます! わかってますけど……」

 あの狡猾なリッシュモンが、二度と網にかかるとは思えない。長い年月をかけて積み上げた機会を無にするつもりかとアニエスは制止した。だが、ミシェルの足は止まらない。

「でも、でも……わたしは二度も目の前で家族を失うのは耐えられないんです! わたしもあなたが好きだ。だから……だから姉さんを絶対に死なせはしない!」

「ミシェル……」

 アニエスは喉が詰まって、それ以上しゃべることができなかった。

 ミシェル、お前は……お前は私を姉と呼んでくれるのか……

 そう思ったとき、アニエスの心の中にも、急に死にたくない、生きたいという思いが湧いてきた。

 

 土の感覚に従って、ミシェルは一番近い地上への出口へと体の痛みを忘れて走った。

 

 飛び出した出口は、チクトンネ街の奥まった場所にある下水道の入り口であった。ミシェルは階段を駆け上がり、出口のドアを蹴破るようにして雨中の下町へ躍り出た。

 しかしそこには、出口を取り囲むようにして三十人近い、汚いなりをした男たちが待ち構えていたのだ。

「うへへぇ、来た来た」

「お譲ちゃん。そんなに急いでどこへ行くのかな?」

「そうそう、俺たちと遊ぼうぜぇ」

「ぬふふ、飛んで火にいる夏の虫だな」

 ごろつきたちはいやらしい笑みを浮かべながら、出口を背にしているミシェルたちへとじりじりと迫ってきた。どいつもこいつも、野良犬のような、まともに働いて暮らしている人間とは思えない目つきをしている。ミシェルは、一人でさすらっていたころに散々見たそんな連中が、自分たちに意図していることを察して、おぞましい予感を覚えた。だが、路地の奥の小さな広場にある下水道の出口は完全に人の壁に囲まれて隙間はない。

 しかし、これはいったいどういうことだ? なぜこんな場所に都合よく待ち伏せがされているのだと、ミシェルはアニエスをかばいながら男たちを睨み付けた。

 まさか……すると、男たちの一人が口にした言葉がミシェルを激昂させた。

「ぐふふ、まったくあの貴族の旦那の言ったとおりだぜ。ここで待ってたらいい女が出てくるってよぉ」

「ワルド!? あの下種が!」

 それで理解できた。多分奴も地下通路の構造を知っていて、当然もっとも近いこの出口から出てきたのだろう。ミシェルはワルドが去り際に言った「もう二度と会うことはあるまい」という捨て台詞の意味を理解した。

 ごろつきたちは、ミシェルの構えている杖を警戒して、全員でいっせいに襲い掛かろうとじりじりと包囲陣を狭めてくる。しかも例外なく下種な言葉をつぶやきながら。

「殺してくれって依頼だが、それまでになにしようとかまわねえよなぁ」

「こいつら銃士隊だぜ。俺はこいつらに何度も煮え湯を飲まされてきたんだ。お礼してやるぜ」

「見たとこ、けっこう怪我してるみたいだが、この人数相手にしてどれだけ持つかな?」

 魔法で飛ぶことはできる。しかし飛翔の衝撃にアニエスが持ちこたえられるかわからない。

 かといって、引き返す時間はない。アニエスは一刻も早く医者に診せなければ死んでしまう。とてもではないが別の出口を探す余裕はない。

 魔法で正面突破するしかないのか……しかし、全員をいっぺんに吹き飛ばせるほどの力は残ってないし、今の自分では一人に組み付かれただけでも振りほどく力はない。

 こんなところで……絶望がミシェルの心を覆いかけた。

 それでも、目をつぶらず空を見上げたミシェルの目に、暗雲をものともせずに輝く星が映ったとき、絶望は闇のかなたへと追いやられていた。

「そうだなサイト……あきらめちゃいけないんだよな……わたしも、最後まで戦うぞ」

 決意を決めたとき、ミシェルにもう迷いはなかった。この背に背負ったこの人だけは死なせない。その覚悟を決めて、杖を振って叫ぶ!

「どけぇ! 貴様らぁ!」

 地面が爆裂し、ごろつきたちを吹き飛ばす。それでできた包囲網の裂け目へ向けて、ミシェルは全力で駆けた。

 本気になれば、トライアングルクラスのミシェルの力はすさまじく、残りの力を絞りつくした一撃は数十人を舞い上がらせる。

 だが、ミシェルの力も今はそこまでが限界だった。吹き飛ばした連中も半数は立ち上がってまた向かってきて、アニエスを背負ったままでは早く走れない。

「観念しろ、このアマぁ!」

 男の声がすぐ後ろから迫ってきて、途切れそうになる息が体の自由を奪っていく。それでも、ミシェルはあきらめずに走り、心の中で叫ぶ。

「負けるもんか、負けるもんか!」

 命を懸けて、希望を、奇跡をウルトラの星に信じて。

 けれど、男の汚い手がついにミシェルの肩にかかろうとした。

 そのとき!

 

「でぁりゃああっ!」

 

 突然ミシェルの前方から、豪雨を切り裂くように飛び込んできた黒い影。

 それが振るった銀色の閃光が閃いたとき、ごろつきは下種な笑顔ごと数十メイルを吹き飛ばされていた。

「危ねえ、ギリギリかろうじて間に合ったか」

「お、お前は……!」

 ミシェルは、アニエスは、今見たものが信じられなかった。その、大刀を峰に返して持ち、肩で息をしながら立っている黒髪の男の後姿は、彼女たちにとって忘れられない戦友のもの。だが、こんな場所に現れるはずはない。現れたら、それこそ……奇跡。

 しかし彼は、ふと何気なく振り返ると、よく見慣れた屈託のない笑顔を示した。

「どうも、こんばんわ。アニエスさん、ミシェルさん」

「サイト!」

「お、お前!?」

 それはまさしく、ミシェルが昼間会ってきたはずの才人以外の誰でもなかった。彼は雨中の中で黒髪から水滴を滴らせながら、あのときとなんら変わらぬ様子で立っている。

 アニエスとミシェルは、どうしてお前がここにいると当然の疑問をぶつけた。しかし才人はそれには答えずに、再び狂声をあげて襲い掛かってくるごろつきたちに切っ先を向けた。

「おいお前ら、悪いが今日は手加減してやれる心境じゃねえんだ。骨折くらいは覚悟しろよ」

 奥歯を強く食いしばり、愛刀デルフリンガーを峰に返したことを唯一の気配りにと、才人はごろつきの集団に飛び込んで縦横に剣を振り回した。瞬く間に男たちの腕が折れ、あばらが折れ、鼻がへし折れて血飛沫が舞う。

 いくら峰打ちとはいっても、鉄の棒で殴られるわけだからただですむはずはない。ごろつきどもは手に手にナイフやピックなど凶悪な武器で反撃しようとしたが、才人の動きについていけずに逆にデルフリンガーで殴り飛ばされて気を失った。

「なんなんだこのガキ!?」

 男たちは才人が子供だとなめていた。しかし、ガンダールヴの力が抜けたとはいっても、ある程度は体のほうが動きを覚えているし、それに今の才人とごろつきどもの間には決定的な差があった。

「うっひょお! 相棒、怒ってるねえ!」

「当たり前だ! 怒って悪いか!」

 アニエスとミシェルを傷つけられそうだったということが、才人の怒りとともに力を極限まで引き出していた。戦いは精神のありようによって弱者でも強者を倒す。窮鼠猫を噛むというのがそれだ。

 だが、それでも圧倒的な数の差は埋めがたく、才人はごろつきたちに完全に包囲されてしまった。

「調子に乗りやがって。だがバカめ、もう逃げ場はねえぜ。死にやがれ!」

 四方からいっせいに刃が才人を襲う。しかし、勝ったつもりでいるごろつきたちに才人は不敵に笑って見せた。

「バカはお前らだ。おれがたった一人で、偶然こんなところにこれたとでも思ってるのか?」

 それが、男たちにとって地獄への招待券であった。突如、闇の中に閃いた無数の銀色の輝きと、それに続く勇壮な歓声。

 

「突撃!」

 

 闇から飛び出した数十人の女剣士たちは、才人を取り囲んでいたごろつきたちに襲い掛かると次々に切り倒していく。一人残らず地に伏せさせられるまで、十秒もあればたくさんだった。

 そして彼女たちは、アニエスとミシェルの前に整列すると、見事な敬礼をして言ったのである。

「隊長、副長、お迎えにあがりました!」

「お前たち……」

 それはまさしく、アニエスとミシェルの仲間たち、銃士隊の勢ぞろいした勇姿だった。

 彼女たちは、気が抜けて倒れこみそうになったミシェルを支えると、すぐに衛生兵の隊員を呼び、二人を担架に横たえた。

「お前たち、どうしてここに……? それに、わたしを……」

 担架で運ばれながら、不安げにミシェルはかたわらの隊員に尋ねた。任務で街中に散っているはずの隊員たちがどうしてここに? それに……自分が背信者だったということを、みんなは……

 けれど、その隊員は優しく微笑むとミシェルに毛布をかけた。

「話は後で……でも安心してください。あなたも隊長も、決して死なせはしませんから」

 その笑みと、視界の端で才人がルイズにほっぺたをつねられながらもガッツポーズを決めてくるのを見て、ミシェルは奇跡が起きたんだなと幸福感に包まれて、やっと睡魔にその身をゆだねた。

 

 

 だがそのころ、逃げたリッシュモンはトリスタニアの地下深くの巨大な空洞に安置された、切り札を始動させようとしていた。

「くくく、これさえあれば馬鹿な貴族どもも、役立たずのワルドも必要ない。見ておれアンリエッタめ、今からこの国に地獄を見せてやるわ!」

 彼の眼前には、光り輝く巨大なUFOが、不気味な稼動音をあげて鎮座していた。

 

 

 続く


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