ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第12話  過去の光、未来の光

 12話

 過去の光、未来の光

 

 ウルトラマンジャスティス

 誘拐怪人 レイビーク星人

 破壊獣 モンスアーガー 登場!

 

 

「速いっ!」

 イザベラには、一瞬その女が黒豹のように見えた。モンスアーガーは投げつけられたレイビーク星人を振り払うと、その女に向かって火炎弾を放とうとする。しかし、一瞬目を放したその隙に、女の姿は視界から消えていた。

「上だ!」

 イザベラとオリヴァンの動体視力では、それを把握するので精一杯だった。

 女の身は重力を無視するかのようにモンスアーガーの頭上を舞い、次の瞬間には全身のばねを使ったキックを、モンスアーガーの急所の裂け目、突き刺さったイザベラの杖をめがけて打ち込んだ。

 すると、加重を加えられた杖はさらにモンスアーガーの急所を深く貫き、同時に増した亀裂は頭頂部の皿全体に行き渡り、最後には乾いた音を立てて粉々に粉砕してしまった。

「やった……」

 唖然とする二人の前で、今度こそモンスアーガーは断末魔をあげて崩れ落ちると、赤色の粒子になって跡形もなく消滅した。

 

「大丈夫か?」

「あ、あい……」

「はあ……」

 

 モンスアーガーをあっという間に倒した女の第一声が、意外にも普通だったので安堵した二人は少々間の抜けた返事をした。と、いうよりも、二人はあまりにも勝手に進んでいく場の展開に頭がついていけていなかったというのが正解だろう。

 イザベラは、突然現れたタバサに仰天した余韻が続いていたし、オリヴァンは初めての実戦で心が擦り切れかけていた。

 そんな二人だったが、女が横たわっているアネットに悠然と歩み寄っていったときには、はっとして駆け出していた。

「おい! お前何を」

「黙っていろ」

 死者に向かっていったい何を? だが女は駆け寄った二人には目もくれず、アネットをじっと見つめると手をかざした。

「まだ脳死にはいたっていないか……間に合えばいいが」

 女の手が一瞬輝くと金色の光が放たれて、アネットの体に吸い込まれていく。

 イザベラとオリヴァンは、今なにをしたと、女に向かって思わず声をあげかけた。しかし、その前に聞こえてきたか細いと息に、二人は信じられない思いで凍りついた。

「う、うぅん……」

「アネット! まさか!?」

 驚いたことに、死んでいたはずのアネットが息をしていて、白く透き通っていた肌に赤みが戻っているではないか!

「成功したか……」

 息を吹き返したアネットを見て、女は軽く息をついた。

 オリヴァンが抱き起こしたアネットは、まだひどい傷で激しく汗をかいているが、心臓だけは確かに動いている。

「生きてる……アネットが生き返ったよお!」

「ばかな、生き返っただと……お前、いったい何を?」

「応急的な手当てだ。すぐに医者に診せるがいい」

 アネットを抱いて泣きじゃくるオリヴァンと、唖然としているイザベラに、女は淡々と告げた。

 そして、一度は完全に死んでいたアネットを蘇らせた力、それは。

 

『ジャスティスアビリティ』

 

 本来はエネルギーを分け与える技なのだが、人間に使用するのは初めてだ。生命エネルギーの付与は、傷を直接治すことはできなくても、自己治癒力を増進するくらいはできる。そう考えて、五分五分の賭けながらも使ったけれど、どうやら成功だったようだと、その女……ジュリは思った。

 

 

 一方、赤目のボスを追いかけていったタバサは、妨害してくるレイビーク星人の兵士たちを排除しつつ、赤目を追撃していた。

『ウェンディ・アイシクル!』

 大振りの杖の先に無数に作り出した氷の矢の一本が、襲ってきたレイビーク星人の一体を物質縮小光線銃をかまえる間もなく串刺しにして倒した。この魔法は、普通は無数に作った氷の矢の乱射で敵を蜂の巣にする攻撃魔法だが、魔法の矢をストックして、一本ずつ打ち出すこともできる。

 タバサは、この攻撃によってこれまで十数体のレイビーク星人を倒していたが、さすがに敵の本拠地だけあって数が多く、一時も気を休める暇がなかった。

 今また、背後から奇襲をかけてきたレイビーク星人を、風の動きを読んで振り向かずに倒し、さらに正面に向かって二本の矢を放つ。

 息つく間もない激戦、それにしてもなんという数の亜人だとタバサは思った。これほどの数の亜人が、誰にも気づかれることなくリュティスに入り込んでいたのか……いや、彼らの不可解な技術や、ハルケギニアでは発見されたことのない姿かたちからして、奴らは以前にエギンハイム村で戦った奴や、トリステイン王宮に潜入していた奴ら……サイトの言っていたウチュウジンという連中と同類かもしれない。

 それにもう一つ、自分がここまでここまで早期に来れた最大の理由である、あの黒服の女は何者だろうか? 自分がここに突入しようとしたときにいきなり現れ、無策で突入しようとしても返り討ちにあうだけだと忠告し、その後こちらがものを申す前に、「見ていろ」とばかりに入り口で待ち伏せていた敵を片付けてしまった……しかも、驚くべきことに、素手で。

「あなた、何者?」

「説明している余裕はないのではないか? お前のことは、アルビオンという場所で遠巻きに見ていた。あの少年たちの仲間だな」

「っ! あのときの戦いは、どれも見ている人はいなかったはず。まさか、ヤプールの……」

「違う、とだけ言っておくが信用するかはお前しだいだ。どのみち、私はこの中のやつらの無法を許しておくつもりはない。ただ、さらわれた百人近い人間まで無事に救い出せるほど余裕があるかはわからん」

 それだけ告げると、女はタバサに背を向けてアジトの中へと突入していった。タバサはどうするべきか迷ったものの、イザベラの安全が第一だと考えて、すぐにその後を追った。

 けれど、その先にあった光景は圧巻としかいえないものだった。

 廃屋の物陰から襲い掛かってくる見たことも無い亜人を、女は信じられないような身のこなしで、次々と撃破していっていた。むろん、タバサもすぐに参戦しようとしたが、亜人の銃から放たれる光線が、すぐそばにあった置物を小さくして吸い込んでしまうと、自然と防戦にまわらざるを得なくなっていた。

「下がっていろ」

「くっ」

 そう言われて黙って引き下がるのはしゃくではあったけど、こうなったら女の戦闘テクニックを盗んでやろうと考えるあたり、タバサは極めて現実的かつ冷静な性格であった。

 女は黙々と襲い掛かってくる敵を倒していく。そのおかげで、こちらとしては安全であったし、自分では気づかなかった身のこなし方を発見できたり、敵の攻撃パターンなども頭に叩き込むこともできた。

 そのうちに、いつの間にか廃屋からこの奇妙な建物に入って、途中であの女ともはぐれてしまった。もっとも、そのおかげで偶然にもイザベラたちの危機を救うことができたのは、怪我の功名といえるだろう。ただし、もはやイザベラだけ救えればそれでいいわけではないので、こうして追撃をかけている。 

 敵は複雑な構造になっている場所で待ち伏せ、隙あらば物質縮小光線でタバサを捕らえようと狙ってくる。が、そこはトライアングルクラスの風の使い手であるタバサのこと、神経を研ぎ澄ませて敵が潜んでいる場所を嗅ぎわけ、または飛び出してくる敵の乱す空気の動きを肌で感じて回避して、ウェンディ・アイシクルの氷の矢を打ち込んでいった。

「待て!」

「チィッ! しつこいやつめ。これでも食らえ!」

 追い詰められた赤目は、目から赤色の破壊光線をはなって攻撃してきた。だがタバサはそれさえも左右に跳躍してかわすと、杖を振るって反撃の一打をはなった。

 

『ライトニング・クラウド!』

 

 強力な雷撃魔法が赤目を撃ち、スパークと焦げ臭い臭いが吹き上がる。それでも、赤目はレイビーク星人の親玉らしく持ちこたえてみせた。

「おのれぇっ、覚えていろ!」

 赤目はそう言い捨てると、背後の扉の向こうへと逃げ込んでいき、扉は赤目が通り抜けると頑強な金属製のシャッターが下りてきて塞いでしまった。

「待て! ……これは」

 扉を破って追いかけようとしたタバサは、そこに赤目の部下がここまで運んできたと思われる人間のケースが積まれているのを見つけた。

 

 追うか……それとも。

 

 迷った時間は一瞬だった。タバサは多量のケースにレビテーションをかけて浮かせると、来た道を走って戻った。

「お前、なにやってたんだ! あいつは仕留めたのか?」

 ドームにまで戻ると、そこではイザベラたちが、いまだ虫の息のアネットを介抱していた。もちろん、途中参加のタバサにはそういう経緯はわからず、一瞬本物のイザベラかとうたぐってしまったくらいだが、すぐにそうした妄想を振り払って、彼女たちに脱出をうながした。

「今のうちに外へ、敵が次の手を打つ前に」

「なんだと! やられっぱなしでひきさが……ちっ!」

 イザベラは悔しさのあまり舌打ちしたけれど、タバサの冷静な顔を見ると、これ以上ここにとどまっては危険だということは理解できた。

「くそっ……おいデブ、アネットを背負え。逃げるぞ」

「えっ! いや……その」

 女の子とまともに手を握ったこともないオリヴァンは、この期に及んで照れて顔を赤くした。しかしイザベラはせっかく人が気を使ってやってるのに、なにをぐずぐずしてるんだと彼の尻を蹴っ飛ばしてとにかく背負わせる。

 だが、同時にドーム全体がぐらりと揺れて、全身に押し付けられるような感覚がきた。

「いけない。飛び上がった」

 空を飛びなれているタバサは、それがこの場所が浮上したものであることを悟った。

 

 それはまさに的中していた。裏町の廃屋に偽装して隠されていたレイビーク星人の、直径百メートルはあろうかという巨大な宇宙円盤は、カモフラージュをといて空中へと舞い上がり、宇宙空間へと向けて上昇を開始していた。

「人間どもめ、こうなったら貴様らごと我々の次元に連れ去ってやるぞ」

 チャリジャから譲られた帰還装置にエネルギーが伝達され、時空移動の準備がはじまる。だが、人一人だけならともかく宇宙船ごとワープさせるとなっては膨大なエネルギーがいり、それには数分の準備が必要であった。

 宇宙船は、巨大な浮遊物体に唖然とするリュティスの市民たちを尻目に、誰にも妨害されることのない高度へと上昇していく。

 

「脱出する」

「逃げるって、お前どうやって!?」

 落ち着いて告げるタバサに向かってイザベラは怒鳴った。しかし実際タバサにもいい方法があったわけではない。自分たちはこの宇宙船の一角に幽閉されたも同然であり、宇宙船の外壁は試してみても、タバサの魔法でもびくともしなかった。

 このままでは全員まとめて二度と帰れない場所に連れ去られてしまう。タバサの額にも、焦りの汗が流れたときだった。それまでじっと押し黙っていた黒づくめの女が、タバサに物質縮小光線銃を渡すと、こう言ったのだ。

「私が、この外壁に穴を空ける。お前たちはそこから脱出しろ」

「え?」

「その銃のスイッチを逆に設定すれば、小さくされた人間を元に戻すことができる。全員を戻すだけのエネルギーは充分にあるだろう」

「待って、あなたは何者なの? どうしてそんなことがわかるの?」

 だが、女はタバサの質問には一切答えずに、言うだけを言うと壁際に立ち、胸につけていた羽型のブローチを外して、胸の中央に押し当てた。するとたちまちブローチから光が溢れ出し、閃光が部屋中を満たして、三人が目を開けていられなくなるまで強くなる。

 瞬間、大地震のような揺れがドームをゆさぶった。

「なっ、なにが起きたんだあ!」

「あっ! か、壁を見てくれ」

 目を開けたとき、すでに女の姿はどこにもなく、壁には直径三メイルほどの大穴が空いて、そこからは空がのぞいていた。

「うわっ! もうこんな高さに」

 見下ろすとリュティスの街はすでに雲の切れ目の下。宇宙船はなおも上昇を続けている。もう猶予はないと、タバサは杖を握って、人々が閉じ込められているケースを風の紐でがっちりと固定した。

「飛び降りる」

「なっ、そんなことできるわけないだろ!」

 イザベラは蒼白になって怒鳴った。高すぎる、落ちれば絶対に死ぬ。でも、タバサはぽつりとつぶやいた次の言葉で、簡単にイザベラを変心させてしまった。

「怖いの?」

「ぐっ、こ、怖くなんてあるわけないだろ」

 これで話は決まった。イザベラは震えるオリヴァンを引きずってくると、「無理だよ死んじゃうよ」とわめく彼の耳元で一喝した。

「うるせえ! てめえも男なら、女の子の前でちっとはかっこつけようとか思ってみせろ。いいか、なにがあってもアネットを離すんじゃねえぞ。わかったら行ってこーい!」

 尻を思い切り蹴っ飛ばし、アネットを背負ったまま落ちていくオリヴァンを追って、タバサとイザベラも意を決して飛び降りる。

 

「うわぁぁ……」

「どひゃぁぁ……」

 

 高度五千メートルの高高度からのダイブは、オリヴァンとイザベラの悲鳴をも飲み込んでいく。毎秒9.8キロずつの等加速度自由落下を続けながら、ケースを守るための魔法を使っているタバサと、杖をなくしたイザベラ、精神力を使い果たしたオリヴァンはフライを使うこともできないで、地上めがけてまっ逆さまに落ちていく。

 しかし、タバサの小さな口から放たれた口笛が、宙を切り裂き雲を突き抜けたとき、青い閃光が落ちていく三人を拾い上げた。

「お姉さま、大丈夫なのかね!」

 間一髪、駆けつけてきたシルフィードに掬い上げられて、タバサとイザベラとオリヴァンはその背に転がった。

「こ、こいつはお前の使い魔か!」

「ド、ドラゴン、ドラゴンだあっ」

 命拾いをした二人は、全身の力を失ってシルフィードの背中にばったりと寝転んだ。

 雲の上のその空には、ひたすらに青い空が広がっており、そこに逃げていく宇宙船が黒いしみのようにへばりついている。

 だが、宇宙船の逃げていくその先には、侵略者を許すまじと、恐るべき敵が待ち構えていた。

「見ろ……あれは」

 天空に輝く赤い光の球、そこから現れる赤き巨人、その姿にタバサははっきりと見覚えがあった。

「あれは……」

「ウルトラマン……ジャスティス!」

 かつて、ウルトラマンAとともにノーバやボガールと戦った、もう一人のウルトラマンが、そこにいた。

 

 同時に、レイビーク星人たちにとっては最後の瞬間の到来であった。

「急げ、早くこんな世界からはおさらばするんだ!」

 作戦がことごとく瓦解した今となっては、せめて母星に帰還して報告し、奴隷狩りの大船団を仕立ててもらわなければならない。しかし、宇宙船のブリッジで焦って叫ぶ赤目の声に答えたのは、レーダー手の震えた声であった。

「リ、リーダー! ぜ、前方に……」

「なに、なんだというの……」

 スクリーンに映し出された宇宙船の前方の光景を見たとき、赤目は絶句していた。

 そこに映されていたのは、宇宙船の進路を塞ぎ、破壊エネルギーをまばゆい光と共にチャージしている巨人の姿。

「ば、馬鹿な……なぜ」

 その問いに答えるものは誰もいなかった。

 迎撃も逃亡も、もう絶対間に合わない。

 そしてジャスティスは、凝縮したエネルギーを光の矢に変えて、一気に解き放った。

 

『ライトエフェクター!』

 

 かつて、怪獣兵器スコーピスを二匹いっぺんに粉砕した必殺光線が放たれて宇宙船に突き刺さり、エネルギーを解放して内部で暴れ狂う。爆発につぐ爆発の連鎖、強固な宇宙金属でできているはずのそれも、強度をはるかに超える負荷には耐えられない。

 そして、爆発がとうとうエンジンに及んだ瞬間、一気に膨れ上がった破壊の力は、宇宙船を内部よりの圧力によって一瞬にして焼き尽くした。

「ギエェェーッ!」

 赤目の断末魔と共に、宇宙円盤は大爆発を起こしてリュティスの空の塵となった。

 

「やったぁー!」

「ざまあみやがれ!」

 

 粉々の燃えカスとなって散っていく宇宙船をあおぎみて、オリヴァンとイザベラの大歓声が空の上に吸い込まれていく。

 こうして、ハルケギニアでの奴隷狩りをもくろんだレイビーク星人の野望は完全に潰え去ったのである。

 あとに残ったのは、平和を取り戻した空と、そこに漂う一頭の竜のみ……

 シルフィードは、傷ついた四人を乗せて、ゆっくりと高度を下げていく。彼らは、疲れきった体をその背にゆだねながら寝転び。その視線の先で、こちらを一瞥すると、この果てしない空へと飛び去っていくウルトラマンジャスティスを見送った。

「行っちまったな……」

「あれが、ウルトラマン……すごかったね」

「ああ……そうだな」

 イザベラとオリヴァンは、ぐったりと寝転びながら、口だけを動かして会話していた。

「ねえ……あのお姉さんが、ウルトラマンだったのかな?」

「わかんねえ……けど、なんで助けてくれたのかは、今度はわかる気がするよ」

 イザベラは、以前、マドカ・ダイゴに助けられたときと同じ温かさを、どこからかあのウルトラマンからも感じることができたと思った。

 その答えは、ウルトラマンが人間でもあるという事実を知っているタバサのうちにだけあった。

 そうか、アルビオンでのヤプールとの戦いを、あのウルトラマンは見ていて、それで自分を覚えていてくれたのか……

 タバサは、こんなハルケギニアの端と端で、また同じウルトラマンに助けてもらえることになるとはと、世の中は意外と狭いなと思い、そして才人とルイズのように、人間はいつもどこかでウルトラマンに見守られているのかなと、空の上のその先へ思いを寄せた。

 だが、タバサはあくまでもイザベラから任務をもらうために、わざわざこうしてやってきたのである。任務の遅れはすなわち母の心を取り戻すのが遅れることになる。そのためいったんタバサはイザベラをホテルまで送り届けようと、イザベラにそう断った。しかし、その提案は胸倉をつかまんばかりに詰め寄ってきたイザベラとオリヴァンに、全力で却下された。

「いや! その前に病院だ病院!」

 タバサはぎくりとしたが、虫の息のアネットを見ると、何も言わずにシルフィードをリュティス中央病院の屋上へと向かって降下させ、そのまま集中治療室に運び込ませた。

 

 アネットの容態は、ジャスティスに蘇生してもらったとはいえ、集中治療室に運び込まれた時点でかなり危険なものであった。だが、そこは各国の中でも魔法技術の進んでいるガリアだけはあり、優秀な医師団と水魔法の粋を集めた集中治療によって、なんとか一命をとりとめた。

 けれど、貴族の中でも特に高貴なものしかかかれない、その治療を平民のアネットに受けさせるには、イザベラは王女としての自分の身分を明かさなければならなかった。

 

「万難を排してその女を救え。もし死なせるようなことがあれば、お前たちの指を全部切り落としてやる!」

 

 わけもわからず病院に呼びつけられた東薔薇騎士団に持ってこさせたドレスに身を包み、居丈高に命じるイザベラの剣幕に医師団が震え上がったのはいうまでもない。

 手術は四時間に及び、タバサはそのあいだに囚われていた人々を全員元の大きさに戻して解放した。だがイザベラは言うだけいうと病室の一室を借り切って、泥のように眠り込んでしまったので任務を受け取ることができず、仕方なく別室で待機することにした。

 

 そして、半日後……イザベラの姿はリュティス中央病院の、一等病室にあった。

 

「入るよ。アネットが元気になったんだって?」

 イザベラが乱暴に自分の手で扉を開けると、あの廃屋とはうって変わり、白く清潔な室内に柔らかな羽毛布団が敷かれたベッドのある病室が目に入ってきた。

 その中で、アネットは全身に包帯を巻かれてベッドに寝かされており、彼女の傍らにはオリヴァンがついていた。しかし、二人はイザベラが入ってきたことに気がつくと、はっとしたように、オリヴァンは床に頭をつけて、ベッドから動けないでいるアネットはぐっと毛布に顔を押し付けるようにして土下座した。

「お、おいおい。どうしたんだよお前たち」

「ま、まさかガリア王国姫殿下とは存じませず、大変なご無礼をいたしましたぁ!」

 なるほどそういうことかと、イザベラは合点した。確かに、今のイザベラは、お忍びのための平民の服ではなく、王女らしいきらびやかなドレスに身を包み、すぐ後ろに東薔薇花壇騎士団長のカステルモールを控えさせている。さすがにこの姿と、王家の証である青い髪の組み合わせを見たらイザベラが王女だと疑うものはいないが、軽く見舞いのつもりでやってきたら、まるで死刑執行人のように扱われて、イザベラは軽く息をついた。

「そういえば、お前たちにはまだきっちり名乗ってなかったか。じゃああらためて自己紹介しておくが、確かにわたしはこのガリア王国国王ジョゼフ一世の娘、イザベラだ」

「はっ、姫殿下ともあろうお方が、このような下賎な場所へのご来訪、恐れ入りますぅ!」

 下手な宮廷言葉でしゃべるオリヴァンに、イザベラは怒るよりもまず呆れてしまった。ド・ロナル家がいかに名門といっても、王家から見たら一貴族にすぎない。その機嫌を損ねたら、出世の道が閉ざされるばかりか、貴族としてほかの貴族から関係を持つことを避けられるようになり、最悪お家断絶もありえる。きっと、イザベラが来る前に、ド・ロナル家からくれぐれも粗相のないようにと、厳命がきたのだろう。

 とはいっても、王女とわかったとたんにこの態度。イザベラは自分はそんなに怖がられていたのかと少し悲しくなった。とにかくこれでは話もできないので、恐れ入って頭を下げてくるオリヴァンとアネットの前に立って、「頭を上げろ」と言った。が、王女を前にして震えている二人は、まったく動く気配を見せない。

「やれやれ。あたしゃ別に、隠していたつもりはないんだけどねえ」

「そ、それだからこそ罪は重いのです。王女殿下に対しての無礼の数々、いかようなお裁きでも」

「ア、アネットに罪はありません。すべては、彼女の主人であるぼくの罪。お裁きになるなら、すべてぼくにお願いいたします」

 これでは本当に首狩り役人にされたようなものだ。彼らとしては最大限わびてるつもりなのだろうが、そんな血も涙も無い悪魔のようにされてはさすがにたまらない。いや……いつもなら、身分が下の者がはいつくばって許しをこうのは愉快なのだが、今回に限って不愉快なのはなぜだろうか?

 イザベラは、はしたなく頭をボリボリとかくと、めんどうくさそうにオリヴァンの前の床にどっかと腰を下ろしてあぐらをかいた。

「お、王女さま!」

「いけません! お召し物が汚れます」

 イザベラの、王女が人前でするのにはあまりに常識を外れた行動に、アネットとカステルモールが悲鳴のように叫ぶ。しかしイザベラは気にも止めずに、「ほうっておけ」と、いわんばかりにひらひらと手のひらを振って、オリヴァンに告げた。

「さて、あらためて言うぞ。面を上げろ」

「そ、そんな、恐れ多い」

「ほぉー、お前、その位置からだとわたしのスカートの中見えるんだが、王女のパンツを覗いたって父上に報告してやろうか?」

「えっ!?」

 がばっと、興奮したんだか血の気が引いたんだかわからない表情でオリヴァンが起き上がると、イザベラは意地の悪そうな笑いを浮かべた。

「ひっひっひっ、面白いねお前は……ほんとに覗いてたら、その場で絞め殺してるよ。よかったね命拾いして」

 それはまったくもって現実的な脅しであった。しかもイザベラはからかうように、スカートの端をはためかせて見せるもので、オリヴァンはますます動揺する。

「お、おからかいにならないでください」

「ばーか、こんなもんからかってるうちに入るか。んったく、こんなんじゃあ、将来貴族どころか平民の女にさえコロッとだまされそうだねえ。お前のとこにいたのが、アネットでほんとよかったよ」

「もったいないお言葉で」

「その言葉はアネットに言ってやりな。アネットが助けに入らなかったら、いまごろお前はつぶれたトマトさね……ほら、どうした? 命の恩人に、礼の一つもないのか」

 軽く笑いながらイザベラがうながすと、オリヴァンは立ち上がって、アネットに向かって頭を下げた。

「ありがとうアネット、君はぼくの恩人だ」

「そ、そんな! なんともったいないお言葉。おやめくださいぼっちゃま」

 そうはいうものの、イザベラがここに来る前から二人でいろいろと語り合っていたのであろう。

アネットの頬に浮かんだ赤みは、ただの照れだけではなかった。

「ほんと、これ以上ない主従ってとこか。これからはせいぜい大事にしてやりなよ。じゃあま、お邪魔虫はそろそろ退散するとするか。いくよ、カステルモール」

「はっ」

 さすがにいい雰囲気の空気を感じたイザベラは、まだ言いたいことはあったが、そこまで無粋になる気にはなれなかったので、よっこらしょと立ち上がってドレスのほこりをはたくと、自分からドアを開けた。

「じゃあ、せいぜいお大事にな」

「はい、ありがとうございました。姫殿下」

 ドアから半身だけを見せたイザベラは、やっぱり他人行儀な二人に苦笑すると、続いてぼりぼりと頭をかくと、少しいたずらげに二人に告げた。

「ああそうだ。言い忘れてたが、もうすぐプチ・トロワの再建がすんでホテルから引っ越すんだが、なにせ再建したっていっても、娯楽施設を増やしたわけじゃないから退屈だろ。アネット、今度そのデブ連れて遊びに来いよ」

「は……え、ええーっ!」

 アネットが仰天したのも当然だ。プチ・トロワといえばヴェルサルテイル宮殿の中の、王族の居城である。一般人はおろか、貴族だって気軽に立ち入れる場所ではない。

「あー、心配するなよ。ちゃんと通行証は出してやるから」

 いや、そういうことではない。

「どーせ帰ったって、学院行くわけでもないなら暇なもんだろ? 菓子くらいは出してやるよ。それに、わたしもちょうど、杖をなくして、新しいのを契約するのに魔法を使う相手がほしかったんだ」

 メイジの杖は単なる棒ではない。そのメイジと杖との相性というものがあり、メイジは時間をかけて祈りの言葉とともに、杖との契約をはたして自分のものにする。その際に、隣で不安定な魔法が暴走しないように、補佐する相手がいればちょうどいい。

「で、でもぼくなんかより。そこの騎士どのなどのほうが……」

「こいつらが相手だと、自分の下手さが際立ってやなんだよ。てか、そんなに嫌なら別にいいが、お前、わたしのことが嫌いか?」

「い、いえ、そんなことは! 決して」

 それが本心でも嘘でも、王女に面と向かって「嫌い」などと言えるわけがない。オリヴァンは恐縮して、また頭を下げた。そんな彼に、イザベラはカステルモールにあらかじめ「口出しはするな」と手で伝えて、ゆっくりと問いかけた。

「わたしは、王女イザベラじゃなくて、お前たちといっしょに駆け回った、ただのイザベラが好きかってことが知りたいんだけどな」

「え?」

「まあいいさ、でもな、わたしはお前たちに感謝してる。誰もがわたしにかしづくか恐れる中で、お前たちだけだよ。いっしょになってあんなにバカやれたのは」

「イザベラさま……」

 わずかな憂いを含んだイザベラの横顔は、どことなくとても寂しそうに見えた。

「じゃあな、楽しかったよ。変なこといってすまなかったな、忘れてくれ」

 イザベラは、やっぱりダメだったかと、夢のようでもあった今日の日に別れを告げるように、ドアを静かに閉めていった。だが、ドアのすきまが残り数サントにまで狭くなったとき、部屋の中からのアネットとオリヴァンの声が、イザベラの手を止めた。

 

「イザベラさま! アネットは、こんなわたしを助けてくれた心の優しいイザベラさまが大好きです! よろこんでイザベラさまのおうちへ、遊びにいかせていただきます!」

「イザベラ、さま! ぼく、学院へ行くよ。それで、もうアネットに心配をかけないようにする。それで、イザベラさまの、杖の契約のお相手、さ、させてもらってもいいかな?」

 

 二人とも、今度は腹の奥から絞り出した声で、”さま”の部分に必要以上の力がこもっていない。

 イザベラは、二人のその言葉に、自分の思いが通じたことを悟った。

「ちっ、ばかやろう……はやく……きっと来いよな……」

 ドアノブを握り締めたまま、うつむいて肩を震わせているイザベラの声は、確かに室内の二人に届いていた。

 そして、そんなイザベラを無言で見守るカステルモールの心の中では仕える主人に対するうれしさがこみ上げていた。なんと、イザベラに初めての友達ができたのである。相手は平民のメイドと、名門とはいえ問題児の少年と、凸凹には違いないが、友人にそんなものは関係ない。

 それにしてもあの少年、あのままでは到底ものの役に立つまい。そうだな、将来イザベラさまの警護団長が務まるくらいまでしごいてやるか。カステルモールは、かつてあれほど憎んだ主君の将来を、自然に考え始めていた。

 

 その階のホールには、タバサが待っていて、彼女はそのまま廊下にひざまずくと言った。

「任務を」

「あ、ああ……そういえばそうだったね」

 イザベラは、ふとタバサを任務で呼び出したまま、それっきりだったことを思い出した。まずはドレスの内懐に入れっぱなしだった任務の書簡を取り出して、カジノから帰った後で確認しようと思っていた、その内容をまず自分で目を通してみる……見た、のだが。

「む……ん? ふふふ……あっははっは!」

 読み終わったとたん、つぼにはまったように笑い出したイザベラに、タバサはあっけにとられた。

 いつもなら、意地悪そうに申し付けるか、つまらなさそうに投げ渡すかのどっちかであるのに、笑うとはどういう風の吹き回しだろうか?

 しかもイザベラは、ひとしきり笑って落ち着くと、書簡を手の中で丸めて、ポイとゴミ箱に投げ捨ててしまった。

「今回の任務はもうないよ。いや、もう終わってる。だからもう帰っていいよ」

「は?」

 さすがのタバサも訳がわからなかった。柄にも無く間の抜けた返答をしてしまい、いったいどんな任務だったのかと、ゴミ箱からはずれて転がっている紙くずを拾い上げて開いてみると、そこには。

『ド・ロナル家の引きこもり息子を、なんとしてでも学校に通わせろ』

 と、概要としてはそんなことが書かれていて、今度はタバサがため息をついた。なんのことはない。要は引きこもりのオリヴァンを外に出すことで、それはたった今イザベラ自身が完了させてしまったのだ。馬鹿馬鹿しすぎて怒る気にもなれないのも当然だろう。

 しょうがない。ともかくも用がなくなったのならトリステインへ帰ろうと、タバサは屋上で待たせてある

シルフィードの元へと階段を上り始めた。しかし、その途中で突然呼び止められて、その言葉に驚いた。

「あっ、ちょ、ちょっと待ちな……エレーヌ」

「え?」

 階段の途中で振り返ると、そこにはなんとなくきまりが悪そうに、目が泳いでいるイザベラがいた。

 いや、それよりも今イザベラはなんといった。聞き間違いかと思ったが、その名前は確かに。

「なにを鳩が豆鉄砲食らったような顔してんだい……せいぜい気をつけて帰りな、エレーヌ。それだけさ」

 言い終わると、イザベラは反対側の下り階段をカステルモールを連れて足早に駆け下りていった。

 けれども、イザベラの最後の言葉はタバサの心に残って、しばらくのあいだそこに立ち尽くすことになった。

 エレーヌ……それは、まだ自分がシャルロットと名乗っていた頃のミドルネーム……もう三年のあいだ、誰からも呼ばれることのなかった、自分の本当の名前。

「イザベラ……あなた」

 誰もいなくなった階段に、タバサの口から小さく漏れたつぶやきが流れた。

 昨日までのイザベラとは、どこかが違う。どことははっきりと断言できないが、タバサはイザベラのどこかに、懐かしい温かさを感じたように思った。

 

 タバサにとって、もっとも短かった任務はこうして終わった。

 シルフィードはリュティスの街の上空を一巡りし、いつもどおりに読書にふけりだしたタバサを乗せて、進路を一路トリステインへと向ける。

 しかし、この北花壇騎士としても、一切の記録に残らないであろうささやかな事件が、後にトリステインを揺るがす一大事件の引き金になるとは、そのときタバサには知る由もなかった。

「ふわっはっははは! いや愉快愉快、またとない演劇。最高の大活劇を見せてもらった。こよいはよい日だ。アンコールを頼めぬのが残念でならぬわ」

 グラン・トロワの一角に、ジョゼフの心底愉快そうな哄笑が遠慮会釈なく響き渡る。その足元の水鏡には、今まさにリュティスをシルフィードに乗って去ろうとしているタバサの後姿が映し出されており、彼はシェフィールドの操るそれを使って、タバサやイザベラの戦いの一部始終を観戦していたのだ。

「いや、我が姪も少し見ないうちにまた腕を上げたようだ。さすがはシャルルの忘れ形見、なんとも頼もしい限りだ」

「まったく、あの様子では間もなくスクウェアクラスにも到達しましょう。しかし、まさかイザベラさまがあれほどの頑張りを見せるとは思いませんでした」

「イザベラか……」

 自分の娘の名前を聞いて、ジョゼフの顔に苦いものが走った。

「ただの余に似た出来の悪い他人かと思っていたが、いつの間にか、あんな余とは似ても似つかないことができるようになっていたとはな……親はなくとも、子は育つか……」

 ジョゼフは一瞬、皮肉げな笑みを浮かべたが、すぐに元のとおりの表情になると、もうタバサの姿が見えなくなった水鏡を見下ろした。

「もうよいぞミューズ。ふむ、興奮したら喉が渇いたな」

 映像を消させ、充分満足したとばかりに、ジョゼフは部屋にすえつけてある高級品の椅子に立ちっぱなしだった体をどっかと沈ませると、傍らのテーブルに置いてあるワイングラスに自分の手でワインを注いで、ぐっと一息で飲み干した。

「ふむ。酒を多少なりともうまいと感じられれば、余にもまだ人間らしいところが残っているということかな。しかし、可愛い姪や娘が死地にありながら愉快と思ってしまうとは、まだまだ余には悲劇が足りんらしい」

 ジョゼフは、こんなはずではなかったといわんばかりに首を振ると、力なくグラスをテーブルに戻した。シャルルを殺したあの日以来、なにをしても罪悪感を感じなくなってしまった自分の心のすきまを埋めようと、アルビオンに内乱を誘発させたりといろいろと試しても、期待に応えられたものは一つもなかった。

「ジョゼフさま」

 沈黙を破ったのは、いつの間にか傍らに控えていたシェフィールドだった。

「ん? おお、どうした余のミューズよ」

「たった今、トリステインで仕込んでいた例の計画の準備が整いました。あとはジョゼフさまのご命令を待つだけでございます」

「なんと! おお、余としたことがすっかり忘れていた。ゲームはまだまだ続いていたのだったな。いつもながら、お前の手腕には世話になるな」

 あっというまに顔色を取り戻したジョゼフは、新しいおもちゃを手に入れたばかりの子供のように、無邪気にシェフィールドの説明する企みの概要に聞き入った。

「すでに実行者への根回しはすんでおります。かの国は、現在アンリエッタ王女の指導下で、国力の増大につとめておりますが、反面平民や下級貴族の登用で閑職にまわされた貴族たちの不満はくすぶっております」

「ふふふ、だが不満はもっても反乱を起こすような気概は持ちえぬ臆病者たちのたがを、こちらで外してやろうというのだな」

「そのとおりです。現在のトリステインの要は王女アンリエッタと、その側近の枢機卿マザリーニ、実戦部門は現役に復帰した、あの『烈風』……暗殺という手段に頼ろうにも、王女は論外であり、神の代理人たる枢機卿につばするは不敬、かといって『烈風』に暗殺が成功するはずもなし。よって、彼らのとりうる方法は」

「うむ、国内に混乱を生み出して、王女とその取り巻きに無能の汚名を着せるか。悲しいものだな、自分を高めるのではなく、上を引き落とすことしかできない無能者というのは。だが……」

 ジョゼフは、シェフィールドから愉快そうに説明を聞きながらも、この計画に絶対必要な要素をまだ知らされてないことを、的確に指摘した。

「さすがジョゼフさま、ご明察です。不満貴族を統合するには、彼らをまとめあげるだけの地位と権限を持っていて、万一の時には罪をすべてなすりつけられるような、そんな存在が必要です」

「ふふ、お前は頭がよいからすべてまかせておける。それで、その者の取り込みはできているのだろうな?」

 主人に褒め言葉をいただいて、喜色を浮かべたシェフィールドは、口調をこころなしか明るくして続けた。

「アルビオン内戦時から、レコン・キスタに国内の情報を売って私服を肥やしていた人物ですが、その地位によって逮捕を今まで免れていたようであります。国への忠誠心はないに等しく、金で動くので操りやすいかと」

「うむうむ……しかし、余の願いは国内の混乱などというつまらないものではない。それも、わかっているだろうな」

「はっ、きゃつには例のものの試作品の一部を渡しておきました。それからもう一つ、わたくし自ら『切り札』を授けてまいりました。ああいう輩は他人を信用しませんから、強力な力を持たせてやるに限ります」

 それからジョゼフは、シェフィールドから『切り札』の概要を聞くと、呵呵大笑して褒め称えた。

「なるほどなるほど! まさかトリスタニアの地下にそんなものが眠っていたとはな。そんなものが手元にあれば、使いたくなる気持ちもよくわかる」

「はっ、秘密の地下道を掘削している最中に偶然発見したものの、使い方がわからずに放置されていたところ、わたくしの能力で調べ上げました」

「ほぅ? ということは、それはマジックアイテムの類だったのか?」

「それは、実はわたくしにも詳しいことは……ただ、同時に発見された古文書によれば、少なくとも数千年は地下に埋まっていたようです」

「ふむ……まぁよい。ともかく、扱いこなせれば一国を滅ぼせるかもしれない道具を、俗人に与えるのも一興よ」

 ジョゼフはそれ以上、その切り札については言及せずに、ただその計画がもたらす結果にのみ興味を示した。

「ふふ、ちまたでは未来の名君と噂されているようだが、アンリエッタ王女が、余の主催するゲームのプレイヤーとしてふさわしいか、これで見極められよう。それで、その実行者はなんというのだ?」

「リッシュモン高等法院長……」

「そうか、ではさっそくゲームの駒を動かそう! 劇音楽は、トリステインへのレクイエムだ!」

 高笑いを続けるジョゼフの胸元には、ムザン星の魔石が鈍い輝きを放っていた。

 

 ガリアの中枢に、陰謀の網が張り巡らされ、遠く離れたトリステインへと投げかけられようとしている。

 空は夏の終わりの入道雲に、嵐の兆候を鳴らし始めていた。

 

 

 続く


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