ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第11話  泥まみれの勇気

 第11話

 泥まみれの勇気

 

 誘拐怪人 レイビーク星人

 破壊獣 モンスアーガー 登場!

 

 

 イザベラは、夢を見ていた。

 

 いつからだったろうか……あの子の顔を見るのが嫌になったのは?

 はじまりは、出会いはもう覚えていないし、あの子も多分忘れているだろう。

 思い出せるのは、自分が五歳くらい、あの子が三つくらいのころ。

 あのころは楽しかった。小さなエレーヌ、姉さまと呼び合い、いっしょに日が沈むまで遊びまわった。

 それが変わったのは、いつだったか……よく思い出せない。

 でも、気がついたときには、二人で遊ぶことはなくなり、いつしか会うこともなくなっていた。

 きっと……そのときからだろう。ある噂が耳について離れなくなったのは。

「シャルロットさまはシャルルさまに似て、大変魔法がよくおできになるのに、イザベラさまはさっぱり上達なさらないわねえ。やっぱり、父親が無能だから、娘も無能なのかしら?」

 侍女のそんな噂話を偶然耳にしてから、自分は誰も信じられなくなった。

 あいつも、こいつも、顔では笑ってるけど自分を無能の娘とあざけっている。

 どいつもこいつも、表ではこびへつらうくせに、裏では魔法が使えないと笑っている。

 いくら耳を閉ざそうとしても、噂話はどこからともなく聞こえてきた。

 無能、おちこぼれ、あれでも王家か、だめだよなあ……

 そして、そのたびにいっしょに聞こえてきたのは、それにひきかえシャルロットさまはすばらしいという声。

 なんだなんだ、魔法が使えるのがそんなにえらいのか、みんなシャルロットがいいのか?

 だったらお前たち、わたしをあなどった報いをくれてやる。お前たちはしょせんわたしの家臣でしかないことを思い知らせてやる。

 それにシャルロット……あいつさえ、あいつさえいなければ……

 今に見てろ、多少魔法がうまいからって頭に乗るなよ。いつか、必ず見返してやる……

 

 イザベラは、夢を見ていた。

 

「う……ぐぅぅ……はっ!」

 

 暗い意識の中から目を覚ましたイザベラは、まだはっきりしない頭を、額に手を当てて起こした。

「夢……か」

 とりあえず、気分は最悪だ。よく覚えてないが、すごく悪い夢を見たような気がする。

 いや……考えてみたら、ここ何年もいい夢というものを見た記憶はない。それもまた、いつからか……

「そうだ……わたしは……そうか、また捕まったのか」

 左手につけられた鎖の枷を見たとたん、イザベラはすべてを理解した。

 あのとき、飛び出したアネットのおかげでレイビーク星人たちに見つかって……それから。

 そこまで思い出して、イザベラは考えるのをやめた。考えたら、自分がどうしようもなく惨めになるからやめた。やめて、ゆっくりと周りを見渡すと、すぐそばにアネットが自分と同じように無造作に寝かされているのを見つけた。

「生きてたか……」

 すぅすぅと寝息を立てているアネットの寝顔に、イザベラはなんとなくほっとした思いを感じた。でもすぐにアネットの顔を直視することができずに目をそらしてしまった。

 しだいに目が慣れてくると、今度自分が囚われているのは、あのケースではなく、やたらとだだっ広い真っ暗な部屋らしかった。幸い杖は取り上げられていなかったので、”ライト”を唱えてみると、部屋のはしまでは照らせなかった代わりに、すっとんきょうな声が響いた。

「うわっ! まぶしい」

「誰だっ」

 灯りをそちらに向けてみると、そこにはちょっと見覚えのあるふとっちょの少年が顔を隠してうずくまっていた。

「お前……オリヴァンか?」

「え? な、なんでお前、ぼくの名前を知ってるんだ」

 びっくりした様子の少年に、イザベラはやっぱりなとうなづくと、まじまじと彼の身なりや体格、それから顔つきなどを見渡して、ふっとあざ笑った。

「なんとまあ、アネットからだいたいは聞いてたけど、ぶっさいくな野郎だね」

「な、なんだと! こ、この無礼者め」

 突然の暴言に怒ったオリヴァンが立ち上がっても、イザベラはまるきし恐怖を感じなかった。彼が恐らく自宅でさらわれたときの、サテンの寝巻き姿であったこともあるが、それ以上にプクプクと太っていて、まるきし外に出ていないことが一目でわかる真っ白い顔をしていては、幼児にだってピエロと間違われて笑われるだろう。

「声がでけえんだよこの寸詰まり。ガマガエルみたいな口をでかく開くな、笑えちまうだろうが」

「なっ! きさま、ぼくはド・ロナル家の跡継ぎだぞ。それを知ってのことか」

「うるせえって言ってんだよ。てめぇが貴族ならわたしは姫様だ。文句があるっていうんなら、てめえのその余った肉塩漬けにして肉屋に叩き売ってやるぞ」

 オリヴァンの身分を盾に取った脅しも、当然王女であるイザベラには効かず。彼女は年頃の少女から、よくもまあ出てくると感心するほどの悪口雑言を叩きつけて彼を黙らせると、だらしなく床にすわりこんで、オリヴァンとアネットを交互に見渡した。

「けっ、アネットがぼっちゃんぼっちゃんとうるさく言うから、どれほどのものかと思ったら、かけらの美点も見つからないブタじゃねえか」

「きっ、きさ……え、アネットがなんだって?」

「あん? だから、アネットはお前のところの召使なんだろ? あいつは行方不明になったお前を探し回ってたんだよ。手がかりを探して危険な裏町にまで一人で乗り込んでな。うちでどう扱ってるのか知らんが、お前みたいなのの何がいいんだか」

「アネットが……なんで?」

 本当に不思議そうに言うオリヴァンに、イザベラは「知るか!」とだけ答えた。その怒声に彼がびくりとしたので、イザベラは退屈しのぎに、オリヴァンに自分とアネットのことを語らせた。というより、杖を突きつけておどしてしゃべらせたのだが、そうしてたどたどしく答えたオリヴァンの話は、イザベラをさらに不愉快にした。

 いわく、青っ白い見てくれのとおり、彼は学校にもまともにかよっておらず、ほとんど家にこもってばかり。その理由も学校でいじめられるからという、イザベラからしてみればなんとも馬鹿馬鹿しいことだった。

「男のくせにだらしねえな。ケンカ売ってくる奴がいるならぶっ飛ばしてやればいいだけだろ」

「できるわけないよ。あいつら大勢なんだ……それに、暴れたりなんかしたら、家名に傷が」

「つかねえよ。ガリアを治めてる王様が、周りからなんて言われてるのか知らないのか」

 言い訳を一蹴すると、イザベラは見れば見るほど腹が立ってくる肉だるまに向けて、さらに吐き捨てた。

「お前見てると、わたしの家にも大勢いる使用人どもを思い出すね。ビクビクオドオドと、年中人の顔色をうかがって……そういうのをさ、耳をつねったり、杖でひっぱたいてやると面白かったんだ。わかるかい?」

 ”面白かった”と、あえて過去形にしてあるけれど、残虐な笑みを浮かべて笑ったイザベラの顔に、オリヴァンはひっと言って後ずさった。

「そうそう、そういう顔だ。お前今鏡見てみたら笑えるぜ。そりゃいじめられもするわ。で、怖くて家に閉じこもってうじうじしてるうちにブクブク太ったわけだ。あっははは」

「う、うるさいうるさいっ! ぼくだって、ぼくだって、ド・ロナル家の人間だ。いつか、あいつらなんかよりすごい魔法が使えるようになるさ」

 嘲笑に耐えかねて叫んだオリヴァンの、「ぼくだって……いつか」という言葉を聞いたとき、イザベラの目つきが変わった。嘲笑していた冷たい目がよりいっそう冷酷になり、口元が笑いではなく怒りのために歪む。

「いつか、できる……だとぉ? ふざけてんじゃねえよ。女に怒鳴られて縮こまってるやつが言う言葉か? ええっ!」

「ひっ!」

「ほんとに、なんでお前みたいな奴に、こんな献身的なメイドがつくのか……なんだ、お前アネットに『制約(ギアス)』の魔法でもかけてるのかい?」

「そ、そんな! そんな恐ろしいこと、いくら相手が平民だってできるわけないよ!」

 人の心を操る伝説の禁呪の名を聞いて愕然とするオリヴァンは、少しは良心というものを残しているらしい言葉を返した。だがむろん、イザベラも最初からそんな超高等スペルを彼が使えるなどとは思っていない。

「けっ、ならなにがあの貧弱女を動かしてたんだろうな。もしかしてお前に惚れてるとか?」

 これも冗談だったのだが、それで青ざめていたオリヴァンの顔が、今度は一転して真っ赤になって、イザベラが含み笑いすると、彼はぽつぽつとつぶやいた。

「そんな……ぼくに、女の子が……アネットは、ただの使用人で、着替えや食事の世話をさせてるだけで……」

 この照れようを見ると、女性と対等に話したことも皆無に違いない。貴族の中には身分の差を盾に、平民の女性や、それもできない奴は自分の屋敷のメイドにいかがわしい真似をするのも少なくないけれど、幸か不幸かオリヴァンはまだそういった遊びは覚えてないようだ。

「やれやれ、怒る気もうせるわお前見てると。で、つまりアネットと特別な関係とかはないのかよ」

「うん……」

「ふん。だが、こいつの身の入れようは半端じゃなかったからな……こいつしか知らない理由か。さて、なんなんだろうね」

 普通、平民は貴族の揉め事に巻き込まれるのを嫌うのに、珍しい平民もいるものだ。ま、当の本人は二人がこれだけ騒いだにも関わらず、まだすやすやと眠っている。これは案外大物かもしれない。

 しかし、アネットには多少の興味を持ったイザベラも、オリヴァンにはまだなんらの好意的感情を持ち合わせることはできなかった。とにかく、さっき言った理由のほかにも、なぜか見てたらむしょうに腹が立って殴りたくなってくるのだ。

「ぼ、ぼくたちこれからどうなるのかなあ?」

「さあな。煮て食われるか焼いて食われるか。まあ一番はお前だな。ブクブク太っていかにもうまそうだ」

「な、なんだとぉ!」

 臆病者のオリヴァンも、相手が少女ならば多少は勇気が出るようだ。イザベラとしては、それでも多少はからかいがいがあるぐらいの圧迫感しか感じないが、人形を相手にするよりは面白みがある。

 

 だがそのとき、突然真っ暗だった室内に白色の照明がつき、続いて室内にあの赤目のレイビーク星人の声が響き渡った。

「カカカカ、お楽しみのところを邪魔してすまないね。人間諸君」

「貴様!」

 明るさに目がなれたイザベラは、自分たちのいるところが直径およそ三十メイルほどの、円形のドームであることに気がついた。天井まではおよそ五メイル、壁も床も天上も白色の石膏のような建材でできていて、照明の効果以上に室内が明るく見える。

 そんなところで、自分たちに声をかけてきたあの赤目は、彼女たちから見て正面の壁に、唯一開いた大きな窓の先で、ガラスごしに見物するようにこちらを眺めていた。

「この野郎!」

 オリヴァン以上に見て腹の立つ顔に、イザベラは問答無用で窓に向かってつむじ風の魔法をぶつけた。が、窓はわずかに震えるだけで魔法を跳ね返し、赤目はカカカと愉快そうに笑った。

「無駄だよ。この窓はバリヤー怪獣ガギのバリヤーと同じ物質でできている。そんなものでは傷もつかんよ」

「くっそぉ……ここはどこだ! あたしたちをどうするつもりだ」

「カカカ、ここは我々の宇宙船の中さ。あのアジトはもう引き払って、我々は本国に帰還する。奴隷狩りの準備のためにな」

「ふざけるな。そんなことさせるか! さっさとあたしたちを元の大きさに戻して解放しろ」

 歯軋りをしながら、イザベラが最大限の憎しみをこめて睨みつけても、赤目は余裕のままだった。

「カッカカ、敵に向かって元に戻せとはけっさくだ。しかし安心したまえ、君たちのサイズはすでに元の大きさに戻してある。そうでないと、ショーにならないのでね」

「ショー……だって?」

 いやな予感がイザベラの胸をつたった。ただでさえ、オリヴァンはイザベラの影で震えるだけで役に立たないし、たった一人で宇宙人を相手にしているという圧迫感が、冷や汗と脂汗を額に浮かばせてくる。

「まさかお前たちのような雑魚に逃げられるとは思わなかったよ。本来なら即座に処分するところだが、君たちの勇気と力に免じて特別に生き延びるチャンスをあげようというのだ」

「チャンスだと?」

 慇懃無礼な赤目の言い草にイザベラは腹を立てた。しかし、ここで怒ってもなんにもならないので、歯を食いしばって問い返すと、赤目は待ってましたとばかりに笑った。

「ふふ……君たちの世界にも、闘犬や闘鶏とかいう遊びがあるそうじゃないか?」

 すると、ホールの向こう側のシャッターがうなりを上げてゆっくりとせり上がり始めた。

 そして、床とシャッターのあいだにできた隙間からのぞき始めた鋭い爪のついた足。同時にシャッターに何かがぶつかって起きる大きな音と恐ろしげな遠吠え、それが意味するものは、ただ一つしかなかった。

「ひっ、ひぃっ!」

「ぐっ、て、てめえ!」

「カカカッ、ウハハハ!」

 赤目の哄笑が響き渡る中、シャッターは無慈悲に全開し、中から現れた赤色の竜は、三人の姿を見つけると威嚇するように吼えた。

「そいつの名はモンスアーガー。我々の世界に生息する怪獣の一種で、第七メラニー遊星で捕獲して我々の命令に従うように改良したものだ。まあ本来は六五メートルの巨大怪獣なのだが、それではさすがにつまらないので二メートルにまで縮小しておいた。さあ、もしこいつを倒すことができたら、君たちを解放してあげよう」

「そ、そんなこと、できるわけないよ!」

「ならば死にたまえ。さあ、ショーの始まりだ!」

 オリヴァンの哀願を一顧だにせず、赤目が手元のスイッチを押すと、イザベラたちを拘束していた鎖の枷が外れ、同時にモンスアーガーは叫び声をあげて、一歩一歩と三人に向かって進撃を始めた。

 モンスアーガーは赤色をしたドラゴン型怪獣で、動きはあまりすばやくないようだが、太い腕や鋭い牙のついた口を持っている。

「ちくしょう。なにがチャンスだ。要するに、あたしたちをなぶり殺して楽しむつもりなんだろ」

「ど、どうしようどうしよう!」

「うるせぇ! 男のくせにビービー泣くな。それとも、土下座して許してくださいって頼むか? わたしは死んでもごめんだけどね」

 王族や貴族というものはプライドが高いが、イザベラとて例外ではない。相手がドラゴンだろうが悪魔だろうが、命乞いなど冗談ではない。生まれてはじめての逃げ場のない実戦に、杖を握る手が震えても、震えるオリヴァンを蹴たくって前に出すと、二人でモンスアーガーに杖を向けた。

「いいか、あたしが援護するから、お前はやつに近づいてなんでもいいから魔法をぶっ放て」

「ええ!? ぼ、ぼくがぁ」

「なに? か弱い乙女に前に出ろとでも言う気か? なんだったら、お前を吹き飛ばして奴にぶっつけてやってもいいんだぞ? どうする」

 怪獣よりイザベラのほうが怖い。このときオリヴァンは本気でそう思った。そこらの不良やチンピラよりも目の据わり方や口調に年季が入っている。

「わ、わかった。ぼ、ぼくも戦うよ」

「ようし、それでこそ男だ。それから、わたしのことはイザベラと呼びな。いくよ!」

 でかい分盾代わりにはなるだろう。元々盾になると言っていたのはアネットだが、気絶したままだし、怪獣を見たらまた気絶してしまうかもしれないので起こさない。もっとも、目の前に亜人やらドラゴンやら宇宙人やら怪獣やらが現れたら、たいていの女の子はびっくりするだろうから、イザベラの神経の太さも並ではない。

 二人はうなり声をあげながら迫ってくるモンスアーガーへと向けて、同時に魔法を放った。

『ウィンド・ブレイク!』

『ウィンド・ブレイク!』

 偶然にも二人とも風が得意な系統だったので、平均以下の破壊力の二人の魔法も増幅しあい、通常の『エア・ハンマー』級の威力となってモンスアーガーの腹に命中した。しかし、圧縮空気が通り過ぎた後、モンスアーガーの皮膚には傷一つついていなかった。

「だ、だめだぁ! どうしよう」

「やかましい! 第一、わたしたちの攻撃で簡単に倒せるような奴をぶつけてくるわけないだろうが! 少しは頭を使え」

 うろたえるオリヴァンを叱咤して、イザベラは魔法が当たった場所をかゆそうに爪でかいているモンスアーガーを見据えた。元々イザベラは人格的には未熟でも、頭の回転は決して鈍くない。絶対に負ける心配がないからこそ、赤目はモンスアーガーをぶつけてきたのだ。

 だが、いきなり全力の攻撃をしのがれてうろたえる二人に、赤目は愉快そうに告げてきた。

「カカカカッ、そちらのお嬢さんはなかなか頭が切れるようだ。だが、こうも一方的では面白くもないので、君たちに一つハンディをあげよう」

「ハンディだと?」

「そう。モンスアーガーの後頭部、青い半球がついているのが見えるだろう。そこがモンスアーガーの弱点だ。そこを破壊すればモンスアーガーは行動を停止する」

「な、に!?」

 見ると、確かにモンスアーガーの後頭部には、青い皿のような半球がついている。しかし敵の言うこと、イザベラはすぐには信じなかった。

「おい、あとでそこは弱点じゃありませんでした。なんてこと言わないだろうな!」

「もちろん、お前たちごときに小細工などせんさ。ふふ、やれるものならやってみるがいい」

 つまりは、完璧にこちらをなめているということか。まあそりゃそうだ。あたしが赤目の立場でも同じようにするだろうとイザベラは思った。が、それならそれで利用させてもらうだけだ。

「おいデブ、お前が囮になれ。その隙にあたしが後ろに回りこむ」

「えっ! なんでぼくが」

「少なくともわたしのほうがお前よりは身軽に動ける。わたしだって、お前なんかに頼りたくないが、負けるよりはましだ。来るぞ!」

 話しているうちに至近に寄られたモンスアーガーの爪の一撃をどうにかかわすと、左右に散ってそれぞれ魔法を放った。

『エア・カッター!』

『ウィンド・ブレイク!』

 放たれた二人の風の刃と衝撃波の魔法は、またも直撃したが弾き返された。

「だめだぁ、こいつの全身はまるで鎧だよ」

 モンスアーガーの皮膚は、かつて同族がウルトラマンダイナやスーパーGUTSの光線を跳ね返したほどの強度を誇る。二メートルにまで縮小されたとはいっても、ドットの二人の攻撃程度で傷つくはずはなかった。

 しかも、動きが鈍いからと侮ったら、奴は大きく裂けた口から真っ赤な火炎弾を吐き出して攻撃してきた。

「わっ、あちち!」

「にゃろう、飛び道具もあるのか」

 壁に当たって爆発した火炎弾の威力は、おおよそファイヤーボールくらい。そこまで強大な破壊力というわけではないが、人間相手には威力は充分だ。

 だがそれでも、オリヴァンが魔法を乱射している隙にイザベラはモンスアーガーの背中に食いつき、頭部の皿に向かってエア・ハンマーの狙いを定めた。

「もらった!」

 コントロールに自信がないので近づかなければならないが、必中の間合いに踏み込んで、イザベラの顔に凶暴な笑みが浮かんだ。しかし、イザベラは恐竜型、あるいはドラゴン型怪獣を後ろから攻撃するときに注意しなければならないことがあるのを知らなかった。

「ぐはっ!?」

 突然脇腹に鈍い痛みを感じたときには、イザベラの体はドームの隅にまで吹き飛ばされてしまっていた。

「し、尻尾か……」

 肺が圧迫されて激しく咳き込むなかで、イザベラは自分を吹き飛ばした太く長いモンスアーガーの尾を見て思った。そうか、あれがあるから赤目は平然と奴の弱点をさらしたのか。

「イ、イザベラ!」

「う、うるさい。お前なんかに心配されるいわれはねえ。こんなもの、なんでもないよ」

 大きく息を吸うと、イザベラは笑うひざを押さえて立ち上がった。

 ようし、まだ体は動く。本当は地面を転げまわって泣き喚きたいが、敵や、特にあの軟弱男にだらしないところは絶対に見せたくない。けれどイザベラの痛みに歪んだ顔を見て、赤目は低い声で笑った。

「ふふふ、女性にしては見事な精神力だが、そのまま楽になったほうがよくないかね?」

「ふざけろ……おいデブ! もう一度いくぞ」

「ヒィッ、もうやだよぉ」

「泣くな! 立たないならあたしがお前をぶち殺すぞ!」

 もう意地だけがイザベラを立たせていた。魔法の才能は乏しく、知力、体力、求心力、どれをとってもタバサには敵わないことは、内心ではわかっている。だがそれでも負けたくないという気持ちだけは譲れない。

 しかし、二人の魔法はその後も何度もモンスアーガーの皮膚に当たったが、ことごとくはじき返された。しかもその反面、二人のほうは疲労がたまるうちにモンスアーガーの攻撃をかわせなくなってきた。

 鞭のようにしなる尻尾がイザベラの腕に醜いみみずばれを作り、転んだオリヴァンがボールのように蹴飛ばされて、その隙を狙おうとしたイザベラのほおに、振り返って振り上げられた爪が三本の傷をつける。

「ちくしょう……よりにもよって女の顔を傷つけるかよ」

 もう左半身が動かず、顔をぬぐった手にはべっとりと血がついて、女として悲嘆が湧いてくる。けれども……イザベラはそれでも杖だけは手放さずにいた。

「おいデブ……まだ生きてるか?」

 イザベラは、腹を蹴られたショックで胃液を吐き出していたオリヴァンを見下ろした。彼も、なんとか生きてはいるが、着ていた寝巻きはボロボロになり、杖も持っているというより手にひっかかっているといったほうが正しいような状態だ。

「痛い、痛いよぉ、なんでぼくが、こんな目に」

 涙で崩れた彼の顔を冷たくイザベラは見下ろした。なんでこんな目にあうかなど、言いたいのはこっちだ。生まれてこの方、なぜ自分だけが報われないのかと歯軋りをした日は数え切れない。

 対して、モンスアーガーは死に掛けの二人に余裕しゃくしゃくといった様子でゆっくりと歩いてきており、赤目も愉快そうにそれを眺めている。

「バカにしやがって……」

 後頭部をなんとか狙おうとした攻撃はすべて失敗し、残った精神力も体力もあとわずか、チャンスは、あと一回……それを逃せば、死ぬ。

「死……か……けっ、あの人形娘より先にくたばるなんて、冗談じゃないよ」

 伝説によれば、勇敢な戦士の魂は死後に戦士の楽園ヴァルハラに導かれるというけど、イザベラはそんなところに行ける自信はないし、行ってやる気もなかった。

 

 だが……捻じ曲がった執念のせいでも、まだ勝負をあきらめていないイザベラと違い、生まれて一度も真剣勝負をしたことのないオリヴァンの心はすでに折れてしまっていた。そして、死にたくないとだけ願う彼は、誇りも人間としての尊厳も捨てて、とんでもないことをイザベラに提案してきた。

「てめぇ……もう一回言ってみろ」

「だから、アネットをたたき起こして囮になってもらうんだよ。あいつは、ぼくのためにここまで来たんだろ。だったら、ぼくのために死んでもいいはずだ。たかが平民だ。あいつが食われてる隙にぼくたち二人でやっつけるんだよ!」

 ふつふつと、怒りを超えた憎悪がイザベラの胸に湧いてくる。見下げ果てた自分勝手さ……イザベラは、このときなぜオリヴァンのことがずっと気に入らなかったのかを理解した。

「どうだい、いい考えだろ!」

「ああ……すごくな」

 目の前のオリヴァンの姿が、いつもタバサに任務を言い渡すときの自分と完全に一致する。

 こいつは……自分そのもの……なんの力もないくせに偉ぶり、強者に嫉妬し弱者をいたぶる……生きた鏡、もう一人のイザベラ。そう思ったとき、イザベラの手はこぶしを握り、魔法ではなく素手の一撃を、オリヴァンの顔面に向けてぶちこんでいた。

「ぶはっ! な、なにすんだよぉ!?」

「……クズが!」

 その一言をつくのがやっとなほどイザベラは怒っていた。強者が弱者を使い捨てる。これほど醜いものだったとは……人の姿を通して、はじめてわかった。罪悪感よりもむしろ、こんなものと自分が同じだったのかという嫌悪感と羞恥心が身を焼いていく。

 そして、殴られたオリヴァンのほうは、なぜ殴られたのかさえ理解していないようだったが、そうして味方同士で攻撃をはじめた二人を、赤目はそろそろ飽きたように見て、言った。

「とうとう発狂して仲間割れをはじめたか。モンスアーガーよ、もういい。とどめを刺せ!」

 赤目の命令がスピーカーを通して二人にも聞こえ、はっとして二人が振り返ったときにはモンスアーガーは両腕を大きく広げ、全身を赤熱化させていた。

「しまっ……」

 怒りに我を忘れて、敵のことを意識から外していたことをイザベラは悔いたが、もう遅かった。ウサギを猟犬に追わせて逃げ切れるかどうかを楽しむ競技では、いつまでも勝負がつかない場合にウサギを射殺するという。見世物としての価値を失った二人に向けて、モンスアーガーは全身のエネルギーを腕に集め、腕を合わせて突き出すことで、口で撃つよりも大きな火炎弾を発射した。

「これまで……か!」

「うわぁぁっ!」

 フレイム・ボール級の大きさがあるそれを受ければ、二人とも焼け死ぬ。しかし、覚悟して目を閉じようとしたイザベラの瞳に、その直前飛び込んできた光景は、火炎弾を背中で受け止めて、木の葉のように崩れ落ちた赤色の髪の少女の姿だったのである。

「アネットぉ!」

 固い床に、受身をとることもできずに倒れたアネットを、イザベラは、オリヴァンは蒼白になって抱き起こした。

「アネット! このバカ女、聞こえるか!」

「あ……イザ……ベラさま。ぼっ……ちゃま……ご、無事で」

 弱弱しい息の中で、アネットはとぎれとぎれに口を動かした。けれど、火炎弾の直撃を受けた彼女の背中の服は燃え尽き、皮膚は黒く炭化している。とてもではないが、助かる傷ではなかった。

「アネット、お、おいアネット、だ、だいじょうぶか」

 青ざめた顔で、たどたどしく言うオリヴァンに、アネットは口元にわずかに笑みを浮かべて見せた。

 モンスアーガーは、事態の急変に驚いている赤目からの命令がないために棒立ちになっているが、今の二人の目には入らない。

「アネット、お前どうしてぼくなんかのために……聞いてたんだろ。ぼくは、お前を売ろうとしたんだぞ」

「いいえ……ぼっちゃまは、いっとき気が迷われただけ……ほんとうのぼっちゃまは、そんな人ではないということを、アネットは知っております」

「なんでだよ。ぼくは、いつもお前をこき使うだけで……」

「……三年前の……ことで、ございます。ぐずでのろまで、毎日叱られてばかりいたわたしが、家宝の大切な壷を割ってしまったとき、ぼっちゃまは、ぼくが割ったことにするから気にするなと、おっしゃってくださいました。あのときのご恩は、忘れません」

 懐かしそうに、とつとつと語るアネットに、オリヴァンは激しく首を振ると懺悔するように叫んだ。

「違うんだ! あれは、あのときぼくはラグドリアン湖への旅行に行くのがいやで、なんでもいいから謹慎になるような罪がほしかっただけなんだよ!」

「知っていましたよ……」

「え……?」

「たとえ、いつわりだったとしても、ぼっちゃまがわたしを必要としてくれたことで、わたしは救われました。ですから、わたしはこの命ある限りぼっちゃまのために尽くそうと決めたのです。それが、信じるということだと思うから……」

 冷たくなっていくアネットの手を握る、オリヴァンの顔は、もう涙で原型をとどめてはいなかった。

「イザベラさま……もうしわけ……ありませんが、ぼっちゃまをよろしくお願いします」

「お前……それが、お前の言う信じるってことなのか!? わたしはお前を見捨てて逃げようとした人間だぞ! 愚かだと思わないのかよ」

「わたし、バカですから……信じるしか、できないんです。でも、こんなわたしに優しくして、傷の手当てまでしてくださった方を、信じてはいけないのでしょう、か……」

「お前って、やつは……」

 すでにアネットの声は、注意して聞かねば聞き取れないほどに弱弱しくなっている。

 バカのために流す涙があるということを、イザベラはこのとき知った。

「さよう、なら……イザベラさま……ぼっちゃま……必ず……」

 それから先の言葉がアネットの口からつむがれることはなかった。

 

「おやすみ……」

 二人は、満足げな顔を浮かべて横たわっているアネットの両手を胸の上で重ねると、立ち上がってモンスアーガーを睨みつけた。

「お前だけは、ゆるざないぞぉっ!」

「アネットの弔い合戦だ。貴様だけは地獄に道連れにしてやる!」

 再び凶暴なうなり声をあげるモンスアーガーを前にしても、すでに二人におびえはない。アネットの仇への怒りと、アネットをみすみす見殺しにしてしまった羞恥心が、二人の心を熱く満たしていた。

「チィッ、とんだ茶番を。もうお前たちはいいわ、早く死ねクズども」

 しびれをきらせた赤目の命令が飛び、モンスアーガーは一直線にこちらに向かってくる。

 イザベラは、不思議と冴え渡った頭で突進してくるモンスアーガーを見据えると、オリヴァンに向かってぽつりと告げた。

「おい、ウィンド・ブレイクは使えるか?」

「ああ……けど、あと一発が限度だよ。それに、あいつには当たっても」

「奴じゃない。わたしに撃つんだ」

「えっ!?」

 オリヴァンは、イザベラの気が触れたのではと彼女の顔を見たが、その目はまるで氷のように冷静だった。

「やることはわかるな? これがわたしたちの最後の攻撃だ!」

 無言でうなずいたオリヴァンを背に、イザベラはフライで飛んだ。速度も遅く、滞空高度も低いがモンスアーガーを正面から飛び越えようと、きゃしゃなその身は青色の髪をなびかせて宙を舞う。

 だが、空中では火炎弾の絶好の的になる。そのことを知っているモンスアーガーは、口を大きく開くと、ためらいなく火炎弾をイザベラめがけて発射した。青い彗星に向けて、赤い流星が吸い込まれるように向かっていく。そのときだった。

『ウィンド・ブレイク!』

 オリヴァンの全精神力を使った突風が鷹の翼のようにイザベラを後押しした。そして、瞬間的に加速したイザベラは、モンスアーガーが二発目を放つ前に奴の頭上に出ると、杖をまるでナイフのように両手で持って振り上げたのだ。

 

「クズの意地を、思い知れぇ!」

 

 怪獣を一発で倒すような強力な攻撃魔法など使えない。しかし、イザベラに使える魔法の中でたった一つだけ、モンスアーガーを倒せる可能性のある魔法があった。それは、誰もが使えるコモンマジックの一つ。

 魔法の力がイザベラの杖に巻きつき、瞬時に木製の杖を鉄の強度に鍛え上げる。そして、イザベラは渾身の力を込めて、モンスアーガーの急所の後頭部の青い皿をめがけて、槍と化した杖を突き刺した。

『硬化』

 串刺しの一撃。確かな手ごたえを感じたイザベラの手から杖がはずれ、魔法の制御を失った彼女の体が放り出されて床に叩きつけられる。

 しかし、イザベラとオリヴァンは見た。杖を突きたてられたモンスアーガーの頭から真赤な火花が噴火のように立ち上ったかと思うと、奴の巨体はがっくりと力を失って、その場に倒れこんだのだ。

 

「やった……やったんだぁー!」

 

 横たわる巨体を前に、イザベラとオリヴァンの歓声がこだました。信じられない、まさか自分たちなんかの手で怪獣を倒せるとは……だが、モンスアーガーの敗退に驚愕した赤目は、怒りのあまりに約束などすっかり忘れて、ドームに設置された電撃装置に手を伸ばした。

「おのれぇ、せっかく捕獲したモンスアーガーをよくも! 黒こげになって死ね」

 十万ボルトのショックを与える高圧電撃のスイッチが、イザベラたちを焼き殺そうと振り下ろされる赤目の手を待って胎動する。だが、その凶悪なエネルギーが解放されることはなかった。

 観戦席の側面についていたドアが突然爆発するように外側から破壊されると、粉塵の中から放たれた空気の弾丸が赤目を反対側のドアにまで吹き飛ばし、さらにドームのコントロールパネルをめちゃめちゃに破壊したのである。

「き、貴様は」

 赤目は、そこに現れた敵の姿が子供のように小柄だったことに驚いた。

 そこには、イザベラと同じ色の髪を短く刈りそろえた眼鏡の少女が、油断無く杖を振りかざしていたのだ。

「そこまで……さらっていった人たちは、返してもらう」

「お前! どうしてここに」

 イザベラは、窓の向こうに突然現れたタバサに驚愕した。だが、タバサはこちらをちらりと一瞥しただけで、赤目に毅然として言った。

「さらっていった人たちは、どこ?」

「キサマ、余計なことを……」

 赤目はチッと舌打ちした。レイビーク星人は巨大化能力などは持たず、今は物質縮小光線銃も持っていない。そのため、赤目は魔法使いを相手にしては分が悪いと逃げ出した。

 タバサもまた逃げていった赤目を追って、扉の向こうへ消えていく。イザベラとオリヴァンは、助けが来たと思ったのもつかの間、呆然としてタバサが消えていったあとの扉を見つめていた。

「あいつ……どうやってここに」

「知り合い……かい?」

「まあ……な」

 あまりにもあっという間の出来事で、体力も気力も使いきり、床にへたりこんだ二人は、急に静まり返ったドームの中を無気力に見渡した。けれど、横たわるアネットの姿が目に入ったとき、ぐっと体に力をこめて立ち上がった。

「行こう。アネットを、こんなところに置いておくわけにはいかないよ」

「ああ、そうだな……」

 もう動かなくなってしまったアネットを連れ帰ろうと、二人はよろめきながら彼女へと歩み寄った。

 

 だがそのとき、急所を貫かれて、完全に息絶えたと思われていたモンスアーガーの目が開いて起き上がった。そして奴は自分に背を向けている二人に向けて火炎弾を放つべく、大きく裂けた口を雄たけびとともに開いたのだ。

「しまった!」

 モンスアーガーは死んだと思っていた二人は完全に虚をつかれた。

 逃げようにも、とっさのことで足が動かず、魔法を使おうにもイザベラの杖はモンスアーガーの後頭部に刺さったままで、オリヴァンには魔法を使う精神力がもうない。

 

 死んだふりか! いや、あれでは傷が浅かったのかもしれない。ちくしょう、ここまできたのに!

 

 獣の狡猾さをあなどっていたことを二人は後悔したが、打つ手はもはや残されていなかった。

 せっかくアネットが命を捨ててまで助けてくれたのに、たった数分生き延びただけか、あの世でどう言ってわびればいいんだ。

 目の前に死の世界の門が開くのを、二人はこの世への未練と、アネットへのすまなさをこめて待った。

 しかし、開いた扉は死の世界からのものではなく、ドームの側面に備え付けられている怪獣搬入用のシャッターだった。恐らくは鋼鉄か、それ以上の強度を誇るであろう金属のシャッターが外側から大砲でも撃ちこまれたかのように吹き飛び、飛ばされた鉄の扉がモンスアーガーにぶち当たる。

「なっ!?」

 あっけにとられた二人の目の前に、破壊されたシャッターの扉の奥から現れたのは、黒髪の、全身黒尽くめの女だった。その右手には気絶したレイビーク星人が首根っこを掴まれて引きずられ、左手にはそいつが持っていたと思われる物質縮小光線銃がある。

 彼女はドームの中の惨状を、ぐるりと見回すと、その視線をシャッターをぶち当てられて怒りに燃えているモンスアーガーに向けた。そして、右手に掴んでいたレイビーク星人を投げつけ、同時に前傾姿勢をとって床を蹴った。

 

 

 続く


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