第7話
がんばれ!未来の三ツ星シェフ (前編)
再生怪獣 ライブキング 登場!
「相談? おれたちにか」
新学期が始まってから二週間半が過ぎたある日。夕食を終わらせて、あとの放課後を特にすることもなくギーシュやモンモランシーといっしょに、夏休みの思い出話をしていた才人たちに、突然リュリュが相談を持ちかけてきたのが始まりだった。
「なんなりと言ってくれたまえ。レディに相談を持ちかけられて、断ってはグラモン家の名折れ、積もる話もあることだし、向こうでゆっくりと二人で……」
「なにをする気なのかしら?」
「え? あ、まっ、ごぼぐげごぼっ!」
まあさっそくギーシュがいつもの悪いくせを出して、モンモランシーの作った魔法の水の玉の中で溺れているが、自業自得なので才人もルイズもしらけた視線でだけ見ている。
「さてと、バカのおかげでいきなり話が横道に逸れたけど、多分学院で一番多忙な生徒のあなたがわざわざ来るってことは、ただごとじゃないようね」
溺死寸前のところでギーシュをずぶ濡れで放り出したモンモランシーは、水もしたたるが全然いい男ではない一応の恋人に一瞥もくれずに、今となっては戦友ともいえるリュリュに、真摯な態度で向き合った。
「ありがとうございますモンモランシーさん。実は、少し言いにくいことなんですが……」
「なによ、いっしょに死線をくぐった仲じゃない。脳みそがお花畑のあのバカはほっといて、できることなら力になるわよ。人に聞かれたくない話なら、わたしの部屋に行く?」
「いいえ、できればルイズさんや、平民のサイトさんにも聞いてほしいんです」
そう言われて、才人とルイズは平民の才人にも聞いてほしいとはどういう話かと怪訝な表情になったが、日夜寝る間も惜しんで修行に励んでいるリュリュのことは聞き及んでいたので、文句を言わずに了承した。
「おれで役に立てるかはわかんないけど、相談に乗るくらいはいつでもいいぜ。ここだけの話だけど、君のクックベリーパイのおかげで最近ルイズの機嫌がよくてね。おこぼれにあずかって、おれの食卓も豪華になってきたんだ」
「サイト、なにひそひそ話してるの? わたしもね、あんたみたいにひたむきな人は嫌いじゃないから力になってあげる。そういえば、今日のクックベリーパイも絶品だったわよ。また腕を上げてきたんじゃない」
「ええ、ありがとうございます。ルイズさん……でも」
ご機嫌なルイズの賛辞にも、リュリュは暗い態度のままでぽつりとつぶやいた。
「実はわたし、料理人としての自信がなくなってきたんです」
まったく予想していなかったその言葉に、聞いていた全員が「ええっ!?」と驚いた。考えるまでもなく、彼女の料理の腕はここで修行するようになってから、短期間ではあるが上達こそすれ問題があるようには思えなかった。特にルイズは、今日も三枚もパイを平らげただけに、食べられなくなるのではと必死でリュリュに詰め寄った。
「リュリュ、なにがあったかは知らないけど、あなたの腕はもう小さな店をもってたって不思議じゃないレベルにまできてるわよ。このわたしの舌がそう言ってるんだから間違いないわ! だから元気出して、あなたがいなくなると困るのよ!」
「あ、ありがとうございますルイズさん、でも」
「おいおい、まだ話もろくに聞いてないのにそんなに迫るなよ。つか目が血走ってるぞ」
興奮したルイズに詰め寄られて困ってしまっているリュリュに、才人が助け舟を出してルイズを落ち着かせると、リュリュはほっとして話を続けた。
「みなさんが、わたしの……わたしたちの作ってくれたお料理を楽しみにしてくださっているのは、とてもありがたく思います。けれど、皆さんに楽しく食卓を囲んでいただこうと思って、無理を言ってデザートを付け加えさせていただいても、ほかの方々には……」
「どういうことだい? 話が見えないが」
はてな、とでもいうふうにギーシュが両手を横に広げてジェスチャーをとると、リュリュは「ちょっと来てみていただけますか?」と、一同を厨房の裏手に案内した。
するとそこには、強烈な異臭とともに、うず高い極彩色の小山が築かれていた。
「うっ! これは」
「げほげほっ! ひどい匂い」
「ざ、残飯の山じゃないかい」
一同はその生ゴミの山からただようすさまじい悪臭に、のどや口を押さえて慌てて距離をとった。
ただ、十メイルほど離れても、その臭いはまだ漂ってきて、周りにはさっそくカラスやネズミなどが群がって凄惨な光景を見せていた。
「こ、これが見せたいものってこと?」
モンモランシーが手持ちの香水を消臭剤代わりに水魔法で薄めてばらまき、やっと臭いが少しは収まると、リュリュは悲しそうに首を縦に振った。
「これが、今日一日に出た分の……食堂の食べ残しです。わたしたちがいくらがんばってお料理を作っても、ほとんどの方々は充分に手をつけずに残していってしまいます」
見ると、リュリュのクックベリーパイも、残飯の山に大量に埋もれて無残な姿をさらしていた。
「量も味も、毎日のメニューも、毎日きちんとみんな考えて、飽きないように、健康に過ごせるようにと、料理長もみんなも、いつも真剣なんです。なのに、どうして……」
心底つらそうに、とつとつと告白するリュリュのうつむいた顔を、四人のうちの誰もまともに見ることはできなかった。それは、誰にでも好き嫌いはあるのだし、アレルギーなどでどうしても食べられないものがある人もいるのだから、残飯が出るのはどうしても避けられない。けれども、この量は……
「少しでしたら、あとは家畜のえさにすれば無駄にはなりません。でも、これだけ多いと全部ごみに出すしかないんです」
リュリュの言葉を聞きながら、才人はじわじわと真綿で首を絞められているような息苦しさを感じた。
食い物を粗末にすることは、ルイズに召喚された当時に、犬のえさのような食事しかもらえずに、ずいぶんひもじい思いをした経験から腹は立つ。しかし、だからといって自分も地球にいたころはジャンクフードやカップラーメンの食べすぎで、夕食にせっかく母が作ってくれた料理を、たいして食べられずに生ゴミにしてしまったことが一度や二度ではない。
恐らく、この学院にかよう生徒たちも似たようなものなのだろうと才人は思った。毎日見ていることだが、朝食から鳥のローストなどが出るようなのが魔法学院の食卓なのだ。そりゃあ、どうしたって食べきれずに残すものが出てきてもおかしくはない。ただ、それなら量を減らせばといえばそんな単純なことではない。飽食に慣れた貴族たちに、明日からいきなり食事の量を半分にするといったって聞き分けられるはずはないし、才人だって昔ならば、いきなり米の飯から、明日から粟やひえやめざしだけ食えと言われれば腹を立てただろう。
なによりも、コックたちは全員平民であるから貴族に対して文句を言えない。生徒の中にはそれをいいことに、菓子やらワインやらを自室に持ち込んで偏食している者もいるだろう。さらには、それを指導する教師もここにはいないのだ。
それでも、ルイズは厳しくしつけられて育ったために、ディナーもまともに食べられないほかの生徒に憤りを覚えた。また、その反面貧乏貴族の出で、食えないことはないが飽食とは程遠い生活を送ってきたギーシュとモンモランシーも憮然としてこの惨状を見ていた。
「まさか、毎日こんなに残飯が出ていたなんて知らなかったよ」
「こりゃあ、自信をなくすのも当然ねえ」
洞窟で三日間飢えて過ごした二人にとって、それは笑ってすごせる問題ではなかった。特にモンモランシーのほうは、自作の香水を売って小遣い稼ぎなどをしているので、自信作の香水がまったく売れなかったときの苦い記憶が重なって、リュリュの気持ちがよくわかった。
「わたしの夢は、万人が平等に美食を楽しんでいただけるようになることで、それは貴族の人たちも例外ではありません。けれど、美食を追及していくと、人は食べ物への感謝を忘れるようになる。わたしも、昔はおいしいものをたらふく食べて育ったから、えらそうなことは言えませんが……わたしの考えは、間違っているんでしょうか」
空気は人間が生きるのに必要なものだが、空気をありがたいものだと感じる人間は少ない。それは空気がそこらじゅうにごく当たり前にあるからだ。ならば、食べるものが当たり前にある人たちに、食べることの幸せを伝えようとするリュリュの夢は通じないのだろうか。
四人はそれぞれリュリュの夢の純粋さも、ひたむきさも、その原動力となった優しさも理解しただけに、無責任な否定や慰めの言葉を口から出すことはできなかった。それでも、いろいろ思うところはあったが、まさか全校生徒に注意するというわけにもいかないし、ほかにいい方法も浮かばない。
結局、悲しみに沈むリュリュを四人で慰めると、その日は彼女と別れて終わった。
「皆さん、今日はどうもありがとうございました。お話したら、少し楽になった気がします」
身分が下の才人にまで、ぺこりと礼儀正しくおじぎをして帰っていくリュリュの後姿は、とても痛々しく見えた。
その光景を、屋根の上から一羽の小さな白い鳥が眺めていたのを、誰も気づいてはいない。
だが、異変はその翌日に唐突に厨房の一角から始まった。
早朝、学院の朝食を用意するために、まだ日の昇らない暗い内に起きだしてきたコックたちは、道具を洗浄し、かまどのおき火に風を入れて、日常のとおりに料理にかかろうとした。
それなのに、準備が整ったのにいつまで経っても食材が運び込まれてこないので、マルトーたちが不審がりはじめたとき、今日の厨房手伝いの当番だったシエスタが血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です! 一大事です。大事件です!」
大急ぎでここまで走ってきたのだろう。エプロンのすそを泥で汚して、息せき切って駆け込んできたシエスタを、マルトーはとりあえず落ち着けと息を整えさせると、なにがあったのかと改めて問いかけた。
「た、大変なんですよぉ! し、食料庫の食べ物が全部なくなっちゃってたんです!」
「なんだとぉ!?」
食堂の全員が仕事を忘れてシエスタに詰め寄り、どういうことなんだと問いただしたあとに、そろってまだ夜闇が濃い道を走って食料庫に駆けつけた。扉の前にはシエスタといっしょに行った使用人たちやコックが呆然とした様子で立っていて、中を覗き込んだ一同は例外なく愕然とした。
「なっ……!」
食料庫が……学院生数百人分の一週間分の食材を余裕で保存しておける、高さ五メイル、横幅奥行き五十メイルほどもある巨大な食料倉庫が、ものの見事にすっからかんになっていた。どれだけ見渡しても、うずたかく積み上げられていた小麦粉の袋や、肉や野菜を詰め込んであった木箱も一つたりとて見当たらない。
「どっ、どっ、泥棒だぁぁーっ!」
それから魔法学院は、叩き起こしたオスマン学院長に報告が上がるや否や、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
なにせ、隠しておけるような事件ではない。学院の食料が根こそぎ消えるという前代未聞の出来事に、すぐさま全教員が招集されて調査がおこなわれるあいだ、食堂近辺は立ち入り禁止とされて、朝食がなくなるとわかった生徒たちは騒ぎ始めた。
「メシ抜きってどういうことだ!」
「食料庫に泥棒が入ったって? 警備の連中はなにをしていたんだ」
「この学院に泥棒って、まさかまたあの土くれのフーケみたいな奴がか」
「いや、おれは厨房で火事があったって聞いたぞ」
「コックどもはなにをしてるんだ、これだから平民は」
憶測や噂がデマを拡大させ、騒ぎの無秩序な拡大を恐れたロングビルらによって、全校生徒は許可が出るまで寮から出ることを禁止し、自室で待機を命じられて、ようやく騒ぎは一応の沈静を見た。
が、肝心の問題の解決はこれからであった。
「ともかく、この魔法学院に賊が入るとは一大事じゃ。こんな不名誉を放置しておくわけにはいかん、全教師の誇りにかけて犯人を捕らえねばならん。もし、取り逃すようなことがあれば、我ら全員減俸程度ではすまん事態になるぞ!」
オスマンが集まった教師たち全員を一喝して、ただちに捜査が開始された。
なにせ、名誉を何よりも重んじる貴族たちのことであるから、自分の勤めているところでの失態はその後の職歴に大きく響く反面、ここで賊を捕らえて手柄をあげれば小は昇給から、大は王都への転勤にも一歩近づく。そのどちらにも興味のない例外はカリーヌとコルベールの二人くらいだ。
そうして、保身から野心までいろいろあれど、最低でもトライアングルクラスのメイジ数十人をもってして、捜査は数時間にわたって行われた。けれども……彼らの必死の努力もむなしく、犯人の有力な手がかりらしきものは発見することはできなかった。
「これだけのメイジがそろっていながら、情けないものじゃのう」
失望しきったようなオスマンの言葉に、一人の教師が言い訳するように調査結果を報告したが、それで事態が好転するわけではなく、無力感を味わった彼らは、すごすごとすきっ腹を抱えて引き返していくしかなかった。
「やれやれ、普段生徒たちに言っていることの半分も自分ができればこんなみじめな思いはしなくてもすむまいに。まあ、連中にはよい薬か。それでカリーヌくん、君から見て、この事件はどう思うね?」
オスマンは、教師たちが立ち去っていった後に、ただ一人表情を変えずにじっと立っていたカリーヌに質問した。なお、オスマンはカリーヌの前歴をルイズたち以外に知っているただ一人の教師である。
「少なくとも、あの連中の手には負えないでしょう。これは、どうもただの人間の仕業とは思えません」
カリーヌは、烈風と呼ばれていたマンティコア隊時代の表情になって、集めてきた資料に目を通すと言った。
まず、昨日の夕食のとき食料庫は数人の使用人とコックが確認しているが、そのときにはまったく異常はなかったので、犯行時間はそれから明け方までのあいだ。
犯人の候補としては、盗られたものの量から大規模な盗賊団が想定されたが、これが早々に暗礁に乗り上げた。
なぜなら、数百人分の食料を一夜で運び去るには、当然それなりの人数と装備がいるが、あの土くれのフーケ事件以降警備もそれなりに強化されていて、夏休み中はまだしも新学期が始まって以降はきちんと見張りの目が存在している。実際その日も、正門の当直の教師をはじめ、セリザワほかの数十人の警備員も夜通し見回りをしており、それらにまったく気づかれずに学院に侵入することはまず不可能。つまり外部からの人間の線は薄い。
ならばと、根性の曲がった教師の何人かはコックたちの自作自演の狂言を疑ったが、食料庫が昨日まで満載であったのは警備員も確認しており、なによりもそれほどの重量物を運んだのなら食料庫前に荷車の跡くらいはつくはずである。だが、そんな形跡はなく、リュリュ以外は全員平民のコックたちにそんな芸当はできない。
外部の人間ではなく、平民にも無理、そうなればこの学院に通う生徒たちが疑われたが、これは馬鹿馬鹿しいとして一蹴された。そんなものすごい真似、教師である自分たちでさえ不可能なのだから。
ともかく、食料庫の鍵は壊されておらず、倉庫の壁や天井にも壊されたりした形跡はない。ディテクトマジックで徹底的に調べた結果、教師たちは未知なるメイジの仕業と断言したが……それが限界であった。
「彼らは、ものごとを自分の常識の範囲内でしか見ていません。不可能と思われるなら、その不可能を可能にする方法を考えもしない。よくもまあ、あれで堂々と教師と名乗れるものです」
「うーむ、耳の痛いことじゃ……わしもあと六十年若ければ。いやあ、こんなポンコツはもうさっさと隠居すべきなのじゃが、跡継ぎを決めないままだらだらとやってきてしまって、今じゃあもうやめるにやめられん。まあ、年寄りの愚痴はともかくとして、やはりこれは手だれのメイジによる盗賊団だと思うかね?」
「知らせを聞いてからすぐに私の使い魔に、この学院の四方二十リーグを索敵させましたが、怪しい一団の影など皆無でした。空を飛んだにせよ、あれほどの重量物をもって早々遠くには逃げられません」
「ではやはり、生徒か教師の仕業じゃと?」
「いえ、始業式から今日まで、学院の生徒はほぼ見尽くしましたが、それほどの実力者はおりませんでした。教師は論外です」
「まあ、君の若い頃に比べたら、この学院の全員がたばになっても敵うまい。が、まさか食料がなにもなく蒸発してしまったとは思えん。それに、食事ができなくては授業どころでもないしの。困ったものじゃ」
ため息を軽くついて、いかにも困ったしぐさをするオスマンは、不思議とどこか楽しそうにも見えた。錯覚かもしれないが、カリーヌにはその何事にも他人事のように平然としている神経の太さが少しうらやましく見えた。
「それで、学院長はこの件をどうなさるつもりですか?」
「そうじゃの。ことが公になったら大恥じゃし、衛士隊には通報せずにこちらで処理しよう。まあこれから当分学院全員メシ抜きじゃが、自分の尻拭いくらいは自分でせんとな」
「学院長もお人が悪い……では、私も独自に調査を続けさせていただきますので、これで」
カリーヌは、オスマンの真意を完全には理解できなかったが、カリーヌも今は教師であるので学院で起きた事件を放っておくわけにはいかなかった。
だがどうにも、普通の事件とは思いがたい。はっきりした証拠はないが、若い頃から人間以外の化け物とも数多く戦ってきた経験が、この事件をなめるなと警告してくる。現役を退いてから、長いこと感じていなかった感覚だ。
それにしても、この自分の目すらごまかして、数百人の一週間分の食料を盗むとはどんな方法をとったのか? そして、なぜ宝物庫などを無視して食料を狙ったのか……犯人の意図は、皆目見当がつかなかった。
さらに、現実的な問題として、週に一回運び込まれる食料が次に来る日は五日後、急いで発注しても三日はかかる。それまで、生徒たちが空腹に耐えられるか。
カリーヌの懸念は、時を置かずして現実のものとなった。午後になって、外出禁止令はとりあえず解除され、本日の授業はすべて中止されることが発表されると、事情を知った生徒たちは朝食に続いて昼食、さらに夕食も出ないという事態に騒ぎ始めたのだ。
「メシが出ないってどういうことだ! 学費はちゃんと払ってるんだぞ」
「役立たずの警備の連中を出せ、おれが制裁をくわえてやる!」
「そういやお前、先生に黙って部屋にエクレア持ち込んでたな。黙っててやるから少しよこせよ」
「お前こそ、実家から送ってきたワイン隠してるんだろ? 知らないと思ってるのか」
空腹が理性を麻痺させ、醜い争いがあちこちで起こっていた。
怒りの矛先を求める者、わずかな食料を奪い合おうとする者、とかく空腹を味わったことのない若者たちはこれに弱かった。
けんかの仲裁をしながら、この学院にいる才人以外のもう一人の地球人、セリザワ・カズヤはぽつりとつぶやいた。
「人間というものは、どこでもたいして変わらないものだな」
今、この学院で起きていることは決してここだけの特別なことではない。地球でも、かつて肉を狙って現れる火山怪鳥バードンの目を逃れるために、肉や魚を外に出すことが禁じられたときや、宇宙大怪獣ムルロアによって太陽光線がさえぎられ、光に集まってくるムルロアや宇宙蛾の大群によって流通が麻痺し、食料不足が起きたときには似たようなことが起きている。
さらにいえば、トイレットペーパーがなくなるからといってスーパーに大挙して押し寄せた主婦たちの話も、心理的に見れば同類である。後世から見たら、馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、未来を予知することのできない人間は恐怖に対して屈しやすく、冷静さをすぐに失ってしまう。そうしたところでは、地球人もハルケギニアの人間も、なんら変わるところはなかった。
騒ぎから離れていたのは、才人やルイズなどを含めてごく少数だけである。
「まったく食い物の恨みは恐ろしいって、昔の人はよく言ったもんだな」
「あんた、よく平然としてられるわね」
「メシ抜きは誰かさんのおかげで慣れてるからな。お前こそ、けっこう我慢強いな」
「貴族たるものが、無様に人前でわめき散らすものじゃないわ。でも、黙って見ているのもなんでしょうね」
二人は、ギーシュやモンモランシーなどといっしょに、興奮している友人たちをなだめてまわった。同調したのは、ルイズに対抗して意地を張っているキュルケや、忍耐力の強いタバサなど数名。彼らはつかみ合っている同級生たちを力づくで引き剥がしたり、水をぶっかけて気を落ち着かせたりといろいろしてまわった。
「レイナールにギムリ、普段仲のよい君たちまでこんな騒ぎに加わるとは、情けない限りだな」
「ごめん、おなかが減って、ついカーッとしてしまって……」
「おれも、イライラしてて……悪かったなレイナール」
暴れたくなる気持ちもわかる。ギーシュも身をもって彼らと同じ気持ちを味わったのだから。いや、だからこそ友人たちが醜い争いを続けているのを黙視することはできない。落ち着かせた二人も加えて、ときには殴られ、蹴られながらも彼らはけんかの仲裁を続けた。
それでも、学院全体で見れば氷山の一角である。騒動がエスカレートし、ついには魔法を使っての暴動に発展しかけたときだった。
突然、学院を覆い尽くすほどの巨大な影が学院全体を包み込み、誰もが空を見上げたとき、そこには四十メートル以上の巨鳥が羽ばたきながら、こちらを見下ろしていたのである。
「静まれ! 国の未来の名誉をになうべき学院生が、この無様な姿はなんだ! 恥を知れ」
巨鳥の肩口から響いてきたよく通る声に、生徒たちは聞き覚えがあった。
「ヴァリエール先生……」
聞く者に絶対的な畏怖を植えつける、威厳と威圧感をかねそろえた声。そしてそれを放つ、見間違えようもない桃色がかった長いプロンドの髪を風になびかせる女傑の姿。
「見苦しいものだ。お前たち、今の自分の姿を鏡で見てみろ。それに考えてみろ、故郷の両親や兄弟が今のお前たちを見て、どう思うかを」
厳しい口調で叱りつけられて、生徒たちの幾割かは正気を取り戻し、自分の醜態に気がついてうつむいた。
「頭を冷やせ。たとえ何もないものでも、常に自分のしていることは誰かに見られているということを忘れるな。空腹の苦しさはわかるが、貴族以前に人間としての礼節を簡単に捨てるな。将来国のために奉仕するつもりならば、苦しいときこそ歯を食いしばって耐えて見せろ!」
一声をもって数百の人間を畏怖させる胆力。カリーヌは容姿こそルイズを鋭角に成長させたものであるが、内面に関しては数十年の歳の差以上に、文字通り大人と子供の差があった。
それでも、「ゼロのルイズの母親がなにをえらそうに」と、一部の生徒に反感が見えたので、カリーヌは中庭に大きな雷を一発叩き落して見せた。
「わたしとて今朝から何も口にしてはおらん。空腹は皆平等だ、自分だけが苦しいと思うな。これ以上に苦しいことなど、世にいくらでもあるぞ。だがどうしても暴れたいというのであれば、こやつも腹を空かせているから胃袋の中でいくらでも暴れさせてやる。それでもいいか?」
ラルゲユウスの野太い鳴き声が響き渡ったとき、もう逆らう生徒も教師も一人もいはしなかった。
「よろしい。ならば全員、追って指示があるまで校内で待機せよ。心配せずとも一日や二日食わなくても人は死なん。根性で乗り切れ」
その言葉を最後に、カリーヌはラルゲユウスの肩から地上に飛び降りると、ラルゲユウスを文鳥サイズに縮小させて自分の肩に止まらせ、唖然と見守る生徒たちのあいだを悠然と校舎の中へと消えていった。
なにもかもあっという間で、冷水をかけられたように静まり返った生徒たちは、一人、また一人と寮の中へと消えていき、残された才人やルイズたちは、相変わらずのカリーヌの絶対的な支配力に、あらためて恐れを抱いていた。
「おれの学校にも、あんな怖い先生は何人かいたけど……さすが、格ってものが違うな」
「だから言ったでしょ。のんきにしてられるのは、今のうちだけだって」
眠れる獅子を目覚めさせてしまったら、眼前の羊はただ恐れおののくしかない。あれだけ無秩序に争っていた生徒たちも、カリーヌの前では牧場の羊と同然だった。
同じ教師でも、オスマンやコルベールのような温厚さとは別格に、彼女は力と恐怖で生徒を従わせる。その、尊敬や信頼を求めることのない厳格な態度に、才人とルイズは鉄の規律をモットーとした『烈風』カリンの在りし日の一端を見た気がした。
でも、それは必要なものなのかもしれないとも、心のどこかで二人は思った。温厚な教師の甘さや優しさだけでは、子供は育てられない。彼らのように、大人と子供の中間点にある未成熟な若者たちには、屁理屈をこねることを許さずに、世の理を叩き込むそんな存在が必要なのかもしれない。元々教師と生徒は上下関係にあることが当たり前なのだから。
やがて日は落ち、事件はなんの伸展も見せないままで、生徒も教師も水やワインで空腹を紛らわせて、やっと眠りに着いた。
けれども翌日になっても、事態はいっこうに変わることはなかった。食料庫は空のままで食堂には朝から誰一人立つことはなく、武士は食わねど高楊枝を決め込んでいた者たちも、動けばなお腹が減るだけと、自室にこもって水っ腹で空腹をごまかして寝込んでいた。
「魔法学院が、ここまでもろかったなんてね」
窓から静まり返った学院を見渡して、ルイズは憮然とつぶやいた。たかが食事を一日抜いただけで、盗賊も恐れて近づかないという魔法学院がまるでゴーストタウンのようになってしまった。
「まあ丸一日メシ抜きなんて、この学院のほとんどの連中にとっちゃ初めての経験だろうしな。ラッキーなのはエレオノールさんか、こういうタイミングに限ってアカデミーに帰ってていないんだもんなあ」
「むしろ空腹のあげくに地が出るほうが恐ろしいわよ。はぁ……」
二人とも、しゃべるのもめんどうくさいが、黙っていても気がめいるような、そんな気分だった。
しかも、悪いことに事件捜査にあたっている教師たちも大半がすでにまいってしまっていて、捜査は見事にストップしている。つまり、かろうじてあった犯人から食料を奪い返すという可能性は、現在のところほぼゼロ。
ちなみに、街まで食べに行くという選択肢もない。食料が戻り次第授業は再開するという建前なので、無断外出したら単位に響く。第一、何時間も馬を操って街まで行く体力、いいや気力がほとんどの者には残っていない。
「ああもう我慢できない! サイト、行くわよ」
「行くって、お前どこに」
「体力が残ってるうちに、犯人をふん捕まえて食料を取り返すのよ。さっさと来なさい!」
どうやら意地を張っていたルイズも限界が近いらしい。才人は一瞬躊躇したが、どのみちこのままではあと二日なんてとても持たないだろう。ならば、ルイズの言うとおり、体力に余裕のあるうちに。
「わかった。こんな探偵みたいな真似はじめてだけど、おれもメシは食いたいからな。でも、二人だけじゃどうにもならないから、何人かには声をかけていこう」
人手は捜査にせよ、犯人を捕まえるにせよ多いほうがいい。水精霊騎士隊のほとんどはゾンビ状態になっていて役に立たなかったが、ギーシュとモンモランシーだけは、香水作りに使う薬草の中で食用になるもので飢えをしのいでいたので仲間にいれ、ついで当時の状況や食料庫のことに詳しいシエスタに助力を求めに行った。
「喜んで行かせていただきます。サイトさんのお役に立てさせてください」
欲をいえばリュリュにも来てほしかったが、彼女は食堂のコックたちといっしょに近隣の村に食料の買出しに出かけたという。彼女自身も空腹で大変だろうに、頭が下がる。けれど、魔法学院の周りにあるのは小村ばかりなので、正直期待はできない。
それから一同は、シエスタの摘んできた野草の雑炊で少しだけ空腹をごまかすと、憎き食料泥棒を捕まえるために行動を開始した。
ただし、その直後に。
「なになに? なんか面白そうなことがはじまるの?」
こういうことへの嗅覚だけは鋭いキュルケが、例によって読書中だったタバサを引き連れて参加してきたことによって、ちょっとした少年少女探偵団ができてしまった。
「キュルケ、なんであんたはそんなに元気なのよ?」
「ふふーん、別に。ちょっと男友達数人にお願いしたら、君のためならってお菓子やパンを持ってきてくれただけよ」
「ちっ、相変わらずうちの男子どもはバカばっかりなんだから……まあ、あんたでもいないよりはましね」
「あなたこそ、相変わらず素直じゃないわね。ありがたいならはっきりと言えばいいのに。さて、それじゃどこから調べる?」
「え?」
そこでルイズはやっと、自分が勢いだけで飛び出してきたことに気がついて間抜けな声を出してしまった。頭の回転は人一倍速く、聡明な頭脳も短気では役に立たない。
しょうがないので一同は、いい案はあるかということで考え込んだが、すでに教師連がじっくりと調べたあとだったので、そういい方法も浮かんでこなかった。ただし、捜査に行き詰ったときには基本がある。
「やっぱり、現場百ぺんかな」
刑事ドラマの基本中の基本、捜査に行き詰ったら現場に返れ。とりあえずほかにやることもないし、一同はシエスタの案内で、食料盗難事件の現場となった食料庫にやってきて、なにか見落とされたものはないかと調べることにした。
「がらんどうか、まあ当然のことだけどね」
地球でいうなら、小学校の体育館くらいの広さのある食料庫は、明り取りの天窓から差し込む光が直接土の床を照らして、わずかにかびくさい臭いがつんとするだけで、今ではネズミもゴキブリも引っ越してしまって、この上なく殺風景であった。
「ここに満載されていた食料を一晩で、いったい犯人はどんな手を使ったんだろうか?」
「それをこれから調べるんでしょ。ほら、みんなで手分けするわよ」
七人はバラバラに散って、それぞれ思い思いに調べ始めた。
壁を叩いて音を聞き、天窓に細工がされてないか、どこかに秘密の抜け道がないか。
「まさか使い魔になって探偵の真似事するとは思わなかったぜ」
才人はそうつぶやいたが、探偵は少年が将来なりたい職業のトップ10に頻繁にランキングされるあこがれの職業だから気分は悪くなく、子供の頃に探偵ごっこやスパイごっこをしたワクワク感を思い出していた。
その点では、ギーシュや、ルイズたち女子も同じようなものである。幼い頃に自分だけの秘密基地を野っ原や木の上、ベッドの下などに作ったときのような気分で、なんの変哲もない壁や天井を熱心になって調べ上げた。
とはいえ、あくまで素人調査であるから都合よく手がかりが見つかるはずもなく、三十分もするころには全員があきらめてしまっていた。
「だめねこりゃ。天窓も通風孔もまったく異常なし、犯人は幽霊かしらねえ」
ディテクトマジックをかけ疲れて、なかばやけくそ気味で言ったモンモランシーの言葉に積極的な反論をする者はいなかった。食料庫の中は、空調がしっかりしていて夏の日中でも涼しかったが、誰の額にも汗が浮いている。
「シエスタ、当日はきちんと扉にはカギがかかってたんだよな」
「はい、専用のカギ以外では外せない、対魔法の仕掛けが施された頑丈な錠前が二つかけられてました」
「つまり、食料庫は完全に密室だったわけだ。犯人はどんなトリックを使ったのだろうか」
密室トリックは推理小説の定番で、もっとも読者の探究心をくすぐる分野だ。
才人はあごに手を当てて、パイプがあったらいかにもシャーロック・ホームズみたいなしぐさをとったけれど、当然意味のわからないルイズたちは怪訝な顔をするだけだった。
と、そのときだった。輪になっている一同の真ん中の地面が急に盛り上がったかと思うと、土の中からぴょこりとでっかいモグラが顔を出した。
「ヴェルダンデ! おお、ぼくの可愛いヴェルダンデじゃないか」
「ヴェルダンデって……ああ」
その大モグラにギーシュが飛びついてほお擦りしたので、ルイズたちや、特にモンモランシーは見るからにひいたが、おかげで最近とんと見ていなかったギーシュの使い魔のジャイアントモールのことを思い出した。
「久しぶりだな。あのラグドリアン湖のとき以来か」
今となってはもうずいぶん懐かしい思い出になる。以前モンモランシーが惚れ薬を作ろうとして失敗し、なにがどうなっているのかできてしまったハニーゼリオンをなめてしまったヴェルダンデが巨大化して、中和剤を作るためにラグドリアン湖まで材料をとりにいったことがある。あれ以来、ギーシュが呼ぶとき以外は地中にいるためにすっかり忘れていたが、相変わらず主従ともに仲がいいようだ。
「よしよし、相変わらずかわいいなあ君は。そうかいそうかい、落ち込んでるぼくらを慰めるために出てきてくれたのかい。なんて優しいんだ君は!」
使い魔と主人は意思の疎通ができる。つまりは動物ともある程度話ができるというわけで、大モグラとじゃれあっている少年というのは傍から見ていたら気味のいいものではないものの、彼らは人の目などは気にも止めずにじゃれあっていた。
「うんうん、君の気持ちはうれしいけど、悪いけどぼくたちはどばどばミミズは食べられないなあ。ん? なに、話……なんだって!? うん、うん……そうか」
「ギーシュ?」
なにか様子がおかしいので、才人が声をかけてみたら、ギーシュはヴェルダンデとうんうんとうなずきあってから振り返った。
「みんな、ぼくのヴェルダンデがお手柄だ。彼がこのあたりのミミズを食べてたら、ここの地下をつい最近何者かが通っていったみたいだってさ」
「なんだって!? そうか、地面の下か」
足元とは盲点だった。これだけの荷物を運んだんだから、陸路か空路かと思い込んでいたが、食料庫の床は土がむき出しなので、穴を掘って入った後に埋めてしまえば証拠は残らない。おまけにこれなら無理に魔法を使わなくても、誰にだって時間をかければできる。
ともかく、それがわかれば善は急げと、気の短いルイズは空の倉庫によく通る声で叫んだ。
「ようっしゃあ! じゃあさっさと追い詰めるわよ。ギーシュ、案内させなさい」
イライラがつのって爆発寸前のルイズに尻を蹴飛ばされるように、一同は地面を盛り上げながら驀進していくヴェルダンデを追いかけて走っていった。
「まったく、主人と違って本当に頼りになる使い魔よねえ」
最後尾を追いかけるキュルケがぽつりとつぶやいて、タバサが無言でうなずいたのを、先頭を走っているギーシュは知らない。
そして、穴の出口を探して走った一同は、普段はあまり人の寄り付かない、外出用の馬がとめてある厩舎の近くにやってきた。
「みんな、この穴だってさ!」
見ると確かに厩舎のそばに直径三メイルほどの真ん丸い穴がぽっかりと口を開いていた。
「そうか、盗賊団はここから穴を使って食料庫に侵入したんだな」
「なるほど、この大きさの穴なら、大きな袋でも簡単に運び込めるわね。けど、この調子じゃ盗賊団はとっくに逃げちゃってるでしょうね」
キュルケにざっくりと言われて、一同はがっくりと肩を落とした。
けれど、ヴェルダンデの手柄を逃したくないギーシュは肩をいからせて穴の前に立った。
「いいや、諦めるのはまだ早い。まだ穴は残ってるんだ、ひょっとしたらなにか証拠が残っているかもしれない。ぼくがちょっと探してくるから、君たちはそこで待っていてくれ」
モンモランシーにかっこつけたい気持ちも見え見えなのだが、さすがにキュルケや才人もそこまで突っ込むほど無粋ではない。それに、土系統のメイジのギーシュなら、確かに土の中はお手の物だし、本当に遺留物の一つでも見つけてくれば追跡の手がかりにはなる。
だが、ギーシュが例によってモンモランシーに言わなくてもいい別れ文句を言っているとき、才人の耳に聞きなれない声が響いてきた。
『ウハハ……』
「ん? ルイズ、お前何か言ったか?」
「は? なんのこと」
「いや、なんか笑い声みたいなのが聞こえたんだが……」
気のせいかと才人は思うことにしたが、なんとなくあの地の底から響いてくるみたいな野太く不気味な声が耳に残って忘れられずに気にかかった。
”そういえば、どうして犯人はこの穴を残したんだろうか”
普通に考えたら、出口も埋めてしまえば追跡を完全に断つことができるのに、ここまで用意周到な犯人はそれをしていない。完全犯罪には妙に不自然な点が、落ち着いてみたらべったりと才人の気に障った。
穴からはなにやら生暖かく湿った空気が湧いてくる。はじめはこの夏の暑さのせいかと思ったけれど、それにしては何か生臭い臭いもする。
今までに培ってきた経験が、才人に危険信号を出している。これはどうもただの穴ではない。そうして、敵意のこもった目で穴を見下ろしていた才人の目の前で、今まさにギーシュが飛び込もうとしていた穴が、生き物のように厩舎のほうに向かって五センチほど動いたとき、反射的に才人は叫んだ。
「ギーシュ! 待て、入るな!」
とっさにギーシュの肩をつかんで、後ろに向かって無理矢理に引き倒すと、才人はなにをするんだと抗議して来るギーシュを無視して、穴の中へ向かって耳をすませた。
『ワハハ……』
やはり、まさかと思ったがそのまさかだった。この笑い声、こいつの仕業と考えればすべて納得がいく。才人は、青ざめた顔で振り返ると、シエスタに必要なものがあるからとってきてくれと頼みごとをして、一同を穴から下がらせた。
「サイト、どういうこと? なんで穴から逃げなくちゃいけないの」
「あれはただの穴じゃない。あれに食われたらえらいことになるぞ、見ろ!」
ルイズたちも、最初は訳が分からないと不思議がっていたが、シエスタを待っているうちに穴が生き物のようにじりじりと動くのを見て顔色を変えた。
「な、なんだいありゃ!? 穴が、動くなんて」
「すぐにわかる。とにかく絶対に近づくなよ」
やがてシエスタがおっとりがたなで戻ってきて、才人に食堂でよく見かける小瓶を差し出した。
「サイト、なにその瓶……ん? ふ、ふ……ふえーくしょん! コ、コショウじゃない」
「ああ、見てろ。こいつが犯人だ!」
そう叫ぶと才人はコショウの小瓶のふたをとると、それを穴の中へと投げ入れた。
すると……しばらくしたあとでからっぽになった小瓶が穴から吐き出されてきたかと思うと、続いて穴の中から猛烈な勢いで蒸気が噴き出し、さらに周囲を激しい揺れが襲い始めた。
「うわあっ! 地震!?」
「まずいわ、みんな逃げましょう!」
慌てて逃げ出した一同の後ろから、土が盛り上がる音とともに奇怪な笑い声が響き始める。
『ワハハハ! フェーックショイ! ワハハハ! フェークシェイ! ブエックション!』
笑い声とくしゃみの混じった珍妙な声を、カモノハシのようなくちばしから響かせ、地中から姿を現す巨大な怪獣。全身は青緑色で首筋にはいくつもの丸いこぶがついており、大きく突き出た出っ腹にはぽつんとでべそがついている。
かつてウルトラマンタロウを散々にてこずらせた大怪獣、再生怪獣ライブキングが白昼の魔法学院に、とてつもなく大きな笑い声をあげて出現した!
続く