ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第二章
第1話  ルイズの帰郷 (前編)


 第1話

 ルイズの帰郷 (前編)

 

 始祖怪鳥 ラルゲユウス

 獣人 ウルフガス

 童心妖怪 ヤマワラワ 登場!

 

 

「これがルイズの家ぇ!? まるでお城じゃねーか!」

「ちょっと、大きな声で叫ばないでよ。誰かが聞いてたらどうするの、恥ずかしいじゃない!」

 地球とは時空を超えた場所にある異世界にある星、そこにある国トリステインの二つの月に照らされた夜空に、一組の男女の叫び声がこだました。

 声の主は、地球からやってきた少年平賀才人と、このトリステインの大貴族の令嬢ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢。

 ここはトリステイン王国にあるラ・ヴァリエール領。

 あの、アルビオン内戦を利用した作戦を完全に破壊され、最後の攻撃をかけてきたヤプールの怪獣軍団と、ウルトラマンメビウスとCREW GUYSの死闘から、もう四日が過ぎた。

 あれからキュルケ、タバサらや、今後の処遇をオスマンと話し合って決めるというセリザワと別れた二人は、二ヵ月半にも及ぶ長い夏期休暇を持つトリステイン魔法学院の夏休みの後半を利用し、ルイズの馬に相乗りして里帰りの旅に出た。

 そして、学院をあとにして三日。まだまだ夏休みも半ばの蒸し暑い日の夜、才人とルイズはルイズの実家のあるヴァリエール領の本邸にやってきていた。なのだが、トリステイン有数の大貴族と口では聞いていたが、実際にその領地を治めている建物を見たとき、才人は自身の貧弱な想像力を早々に打ちのめされていた。

「うーん……ファンタジー世界恐るべし」

 月明かりに照らされて、丘を越えた先に見えてきたルイズの実家というのは、まさしくテレビゲームに出てくるRPG世界のお城そのものだった。軽く正面からだけ見ても三階建ての豪邸で、贅をつくした装飾が細やかなところに施されている。さらに、よく見えないが奥行きも相当なもので、高々とそびえる尖塔を東京タワーのようにいくつも明々と灯らせ、先に聞いた話では広大な裏庭にはボートに乗れる池もあるという。

「ト、トリステイン王宮よりでかいんじゃないか?」

「それはないわ。貴族の分をわきまえるために、どんな大貴族もトリステイン王宮を上回る規模の城を建てることは禁じられてるの。まあ王宮は山城で、私の家は平城だから、大きいように見えるかもしれないけどね」

 呆然と、目の前に迫ってくる壮麗な大邸宅を見上げている才人に、ルイズはなんでもないことのように言ったが、才人にとって目の前に広がる豪邸という言葉すら謙虚に聞こえる城は、社会科見学で見に行った国会議事堂すらおもちゃのようで、才人の知ってる中で、これに匹敵するものは一つしかなかった。

「個人でZAT基地を持ってるようなもんだな。おれ、生まれて初めて金持ちってものを知った気がするよ」

 かつて、歴代防衛隊最強とうたわれた宇宙科学警備隊ZATは東京都心に巨大な円盤型基地を構えていて、当時日本最大の建造物だったそこは東京タワーすら及びもつかない東京の名所だったというが、ルイズの実家も地球に持ってきたら観光客には不自由しないだろう。ただし、ルイズは金持ちという単語を褒め言葉とは感じなかったようだ。

「あのね、ヴァリエールを成金貴族のクルデンホルフみたいに言わないでよ。それと、このくらいで驚いてたらどこの田舎者だってバカにされるから、今度からはもう少し冷静にしなさいよ。壮麗で有名なガリアのヴェルサルテイル宮殿なんか、この五倍はあるのよ」

「ご、五倍……まいった」

 ハルケギニア恐るべし、才人はただただ開いた口が塞がらなかった。

 とはいえ、才人とずっと相乗りしているのでルイズの機嫌が悪かろうはずもない。唖然としている才人に体を密着させながら、顔が直接見えないのをいいことに、得意げな口調とは裏腹に、いわゆるルンルン気分で馬に揺られるのを楽しんでいた。

 

 

 と、そのとき唐突にであった。

 後ろから馬を九頭もつらねた大型馬車が猛スピードで走ってきて、ぶつけられそうになったルイズは慌てて手綱を引くと馬を路肩に避けさせた。

「あっぶねえな、はねられるところだったぜ」

「やってくれるわね。どこのバカ貴族だか知らないけど、よくもヴァリエールの領内で無礼な真似をしてくれたわね。サイト、つかまりなさい、飛ばすわよ!」

 せっかくの上機嫌をぶち壊されて、完全に頭にきたルイズは、馬の腹に蹴りを入れると、全速で馬車を追いかけ始めた。その馬車の従者はどうやら命令に従うだけのゴーレムだったようで、追いついたルイズが横合いから止まれと叫ぶと、二十メイルほど進むと猛烈な砂煙をあげさせながらもようやく止まった。

「危ないじゃないの! どこを見てるの!」

 危うくぶつけられるところだったルイズは、見慣れないその馬車にどこかの貴族がヴァリエール候にあいさつに来たのだと思って叫んだ。しかし、停止した馬車から悠然と、見事なブロンドをひるがえした、眼鏡をかけた長身の女性が降りてくると、怒りで赤く染まったルイズの顔色は一瞬にして青ざめたものに変わった。

「ちびルイズ、このわたくしに向かって怒鳴りあげるとはえらくなったものね」

「エ、エレオノールお姉さま」

 その人は、ヴァリエール家の長女にして、王立魔法アカデミーの主席研究員。そしてルイズが両親に次いで最も恐れる姉、エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールに間違いはなかった。

「ようやくとれたアカデミーの休暇、一分一秒も無駄にするまいと急いでたのに、よくもまあ余計な手間を取らせてくれたわね。宝石より貴重なわたくしの五分間、どう弁償してくれるのかしらぁ!」

「あべべべ! ご、ごべんなはぃお姉さまぁ!」

 馬から引き摺り下ろされて、頭二つ分くらい身長差があるエレオノールにほっぺたをつねり上げられるルイズは、半泣きになりながら、いつもの気の強さがまったく想像もできない姿で、ひたすらに許しをこうた。

「ちょ、お姉さん、そのくらいで!」

「平民は黙ってなさい!」

「は、はいぃっ!?」

 才人が止めようとしても、エレオノールは一括しただけで聞く耳を持たない。あの母親ゆずりなのは間違いない男勝りの威圧感もだが、どうやら昔のルイズ以上に貴族と平民の身分にこだわる主義らしい。以前トリステイン王宮で見たときには遠目で傍観していただけであったが、間近で見るととにかく怖い。

 だが、才人もどうしようもなく、ルイズがエレオノールの怒りのはけ口にされているところで、天は女神を遣わしてくれた。地獄と化しているこの場に、エレオノールのものとはまったく対照的な、穏やかで優しげな声が音楽のように流れてきたのだ。

 

「まあまあ、エレオノールお姉さまもそのへんで、せっかく久しぶりにみんな帰ってきたんじゃないですの」

 

 見ると、馬車からまるで桃色の風が形になったような、優雅で可愛らしい顔をした女性が微笑を浮かべて立っていた。

 彼女は、腰がくびれたドレスを優雅に着込み、夏の微風にルイズと同じ桃色がかった髪を揺らしている。

「カトレア」

 エレオノールが、その母親が幼児をなだめるように優しい声に、反射的に手を離すと、ルイズはほっぺたをおさえて地面にへたりこんだが、カトレアと呼ばれた娘の存在に気がつくと、喜びに顔を輝かせて抱きかかっていった。

「ちぃねえさま!」

「ルイズ、お久しぶりね。わたしの小さいルイズ、あなたも帰ってきてたのね!」

 人目もはばからぬくらいに抱き合って喜ぶ二人を見て、才人は目を丸くした。突然のことで動揺したけれど、どうやらこのカトレアという人もルイズの姉さんらしい。

 しかし、それにしてもルイズとよく似ていた。体格はエレオノールよりやや小さいくらいでルイズとは頭一つ違うが、髪の色や瞳の色はそっくり同じで、顔つきはルイズを柔和にして大人びさせたといえばそのもの。姉妹だからといってしまえばそれまでなのだが、エレオノールが多分に父親似なのだろうからルイズと大して似てないので、余計に驚いてしまった。

「遺伝子ってのは神秘だなあ……特に……」

 そこで才人はルイズとカトレアを比較しているうちに、非常に不逞ながらも一箇所だけこの姉妹に決定的な違いがあることに気がついてしまった。それはまあ、平たく言えば幼児体型のルイズにはなくて、同年代の一般女性には普通についているもので、出産後に乳児に母乳を与えるために必要になる器官。あと男性の夢と希望が詰まっているもので、十八才未満視認禁止なところ、しかも標準のそれよりもかなりサイズはプラス方向に補正されている。

「ティファニア以下、シエスタ以上……うむ、まだまだ世界は広いなあ」

 ルイズに聞こえたら確実にぶっとばされることをつぶやきつつ、才人は二人で仲良く再会を喜び合っているカトレアを、ぐっと胸を詰まらせて見つめていた。とにかくも、ルイズに優しさというヴェールをかぶせて大人びさせたカトレアの容姿は才人の好みを直撃したのである。

 と、そうやって感動の再会を、ややにごった瞳で見物していた才人であったが、ふとカトレアがこちらに目を向けたかと思うと、子供が道端でどんぐりを拾ったときのような、無邪気で底抜けに明るい笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。

「まぁ、まあ、まあまあまあ」

「は、はい?」

 すっかり隣にいるエレオノールのことは無視して、なにが『まあ』なのかわからないが、緊張している才人の顔をカトレアはぺたぺたと触ってまわった。

「あなた、ルイズの恋人ね?」

「いっ!?」

「ち、ちぃねえさま!」

 いきなり本城天守閣を大砲で吹っ飛ばされて、才人とルイズの顔がまだ夏だというのに、秋の夕暮れのように真っ赤に変わった。

「やっぱり! わたしの勘ってよく当たるのよ。おめでとうルイズ、しばらく見ないあいだにあなたもすっかり大人になったのね」

「えええ、ちちち、ちぃねえさま、そそそそ、それは」

 心の準備が皆無だったので、さしものルイズの聡明な頭脳もすぐにはうまい言い訳の文句が浮かんでこなかった。これがひと昔前だったら、

「ただの使い魔よ! 恋人なんかじゃないわ!」

 そうすぐに怒鳴っていただろうが、あいにくとすでに恋人宣言はすませてしまった後だったので、その手は使えなかった。貴族に二言はないのだ。

 が、ルイズの恋人宣言を聞いて、怒髪天を突いたのがエレオノールである。

「なんですって! ルイズあなた、爵位どころか、ただの平民相手に恋をしたっていうの!」

「ひっ! エ、エレオノールお姉さま」

 金髪の魔女、という表現をするのならばそのときのエレオノールほど適した対象はなかったであろう。ただでさえ威圧感満点のエレオノールが、まなじりを上げて怒っている。貴族と平民の違いをはっきりとさせている彼女にとって、栄誉あるヴァリエールの候女がたとえ三女でも平民などと付き合うなどとは言語道断なのだろう。

 ルイズは、蛇に睨まれた蛙同然で、魔法の杖を漏れ出す魔力でスパークさせながら振り上げている姉に何か抗弁しようとしたが、恋人なのかどうか、「はい」とは言えないし、かといって「いいえ」とも言えない。

「あ、あのその、えっと……そ、そうだ! お姉さま、バーガンディ伯爵との婚約、どうもおめでとうございました!」

 記憶の鉱脈を掘り下げて、なんとか起死回生の一手を探り出したルイズは、前に実家との手紙のやり取りで知った、エレオノールの婚約の話題で話をそらそうとした。なのだが、これが結果的にエレオノールの逆鱗に触れることになってしまった。

「ちびルイズ、このわたしにイヤミを言えるようになるとは、態度だけはでかくなったようね」

「へっ?」

「婚約は解消よ! 解消になりましたが、何かぁ!」

 実はエレオノールの婚約の話は、ルイズが知って間もなく破談になっていた。理由はバーガンディ伯爵談「もう限界」、その心はわずかでも想像力を持つ者であれば容易に理解できることだろう。

「ルイズ、あなたにはちょっとおしおきが必要なようね」

「ひっ、ひぃぃぃっ!」

 堪忍袋の尾は切れるためにある、いやすでに切れてしまっている。おまけに、多分に自分の婚約が破談になってしまったことへの八つ当たりが混ざっているからなお性質が悪い。才人とルイズは仲良く腰を抜かして、これなら怪獣相手のほうがまだましだと思いながら、振り下ろされようとしている鉄槌を待ち構えていた。

 けれど、目をつぶって覚悟しても、なかなか魔法が跳んでこない。そこで、そっと目を開けてみると、二人の前にはいつの間にかカトレアが立ってエレオノールと向かい合っていた。

「エレオノールお姉さま、お気持ちはわかりますけど、ルイズにはルイズの考えがあるのでしょう。少しはルイズのお話も聞いてあげましょうよ」

「おどきなさいカトレア、ルイズにはあらためてヴァリエールの娘というものがどういう責任を持つのかを、みっちり仕込んであげなくては。それに、平民の分際でヴァリエール家の者に恋慕するなどと、そこの下品な顔の男にもしっかりと身分の差というものを思い知らせてあげなくては!」

「お姉さま、確かにお姉さまのおっしゃることは正論ですが、お姉さまは少々加減というものが苦手でらっしゃいますから、わたくしは心配で。それに、平民とはいえ彼はルイズが連れてきた以上ヴァリエール家の客人ですわ。どうしてもとおっしゃいますなら……お姉さま、わたくしがお相手してさしあげてもよろしくてよ」

「うっ……」

 いつの間にか、カトレアの右手にもルイズのものと同じ形の小ぶりな魔法の杖が握られていた。そして、ルイズたちに背を向けて、笑顔を消したカトレアのその無言のプレッシャーは、エレオノールの頭に上っていた余分な血液を下がらせた。

「はぁ……わかったわ、カトレアに免じてここは保留にしてあげる。けどね、二人とも、ヴァリエールの血統を下賎な者の血で汚すなんて、わたくしは絶対に認めませんからね!」

 そう言い捨てると、エレオノールは憤然と馬車の中に入っていった。

「ふぃーっ、た、助かったぁ」

 寿命が十年は縮んだと、ほっと胸をなでおろした才人に、カトレアはへたり込んでいる彼の前にかがみこむと、微笑んだ。

「ごめんなさいね、でも、エレオノールお姉さまを恨まないでちょうだいね。本当は、ルイズが可愛くてしょうがないのよ。だから、ついついかまってしまうの、わかってあげてね」

 本当に、優しい人だと才人は思った。もちろん返事は「はい」と答えたが、これはあのルイズが懐くのも至極当然だ。

「ありがとう。ところで名前はなんて言うの……そう、サイト・ヒラガくん。これからもルイズをよろしくね。さあ、ルイズももうお立ちなさい。せっかく会えたんですもの、ここからはみんないっしょに行きましょう」

 腰に力を入れて立ち上がった二人が、カトレアの提案に二つ返事で賛成したのは言うまでもない。彼女たちの乗ってきた馬車は馬九頭立てのワゴンタイプで、小さな家が動いているようなものであった。

 ところが、ルイズが自分の乗ってきた馬を馬車につないで、いざ乗り込もうとしたところで、なにやら怒った様子のエレオノールが馬車の窓から顔を出してきた。

「ちょっとカトレア早くしてよ! こいつらったら、あなたがいないとてんで落ち着かないんだから!」

「あらごめんなさい。すぐに行きますから」

 なんだなんだ? まだ誰かいるのかと、才人とルイズは顔を見合わせると、カトレアに続いて馬車に飛び込んで、そして目を丸くした。

「わっ! なんだこりゃ」

 そこはさながら動物園であった。

 前の席では大きな虎がいびきをかいているし、その横では熊が座っていて、床にはいろんな種類の犬や猫がいる。どうやらカトレアは相当な動物好きらしかったが、その中でもカトレアにじゃれついて遊んでいる二頭の見慣れない動物が、才人とルイズの目を引いた。

 

「ゴ、ゴリラ!?」

「コボルド!?」

 

 二人がそう叫んだのも無理はなかった。一頭は毛むくじゃらの雪男みたいなゴリラみたいなやつ、もう一頭は狼男そのものといったところで、ハルケギニアに生息する犬頭の亜人コボルドとルイズが認識するのも当然だった。

 けれども、反射的に杖と剣に手を伸ばした二人に、カトレアは手のひらを向けると穏やかに静止した。

「やめて二人とも、この子たちは悪い子じゃないわ。みんなわたしの大切なお友達よ」

「えっ……」

 慌てて武器を持つ手を緩めた二人は、あらためてよくその二頭を観察してみた。

 まずはコボルド似のほうだが、落ち着いてみればコボルドは普通の人間より小さいはずなのに、そいつはカトレアより大きい上に、前にタルブ村で戦ったコボルドと比べて、顔つきが犬より狼に近くて、茶色いはずの体色も銀色だ。なによりも、コボルドは知能が低くて凶暴なのに、そいつはいかつい見かけに反してカトレアの陰に隠れて臆病そうに震えている。

 それに、雪男みたいなやつのほうも、顔はこわもてで頭のわきや肩には立派な角が見受けられるが、まるでカトレアをいじめるなといわんばかりに彼女の前に立ちはだかっており、これではこっちのほうが悪人にしか見えない。

「サイト」

「う、ううん……」

 すっかりきまずくなってしまった空気の中で、とりあえず二人は武器から手を離すと、敵意はないし、君たちには何もしないよと手のひらを向けて謝意を示した。すると、言葉は通じなくてもこちらの熱心な意思は通じてくれたようで、二匹とも警戒を解いて二人にすりよってきたりして、カトレアはころころとうれしそうに笑った。

「ありがとう、わかってくれて。さあ行きましょう」

 そうして、四人と多数の動物を乗せて、大型馬車はゆっくりと屋敷に向かって進み始めた。

 

 

「しかし、すごい馬車ですね」

 さすがに、貴族用の大型馬車は乗り心地も格別だった。揺れも少ないし、椅子はふかふかで羽根布団に横たわっているように感じる。地球でいうならば超高級車のベンツかロールスロイスに乗っているようなものなのだろうか。ルイズと馬に相乗りも最高だが、これはこれで悪くない。

 それに、聞いてみてわかったことだが、今見えていた大きな屋敷も実は分邸の一つで、本邸にはまだ時間がかかるということなので、ルイズと才人はカトレアからいろいろな話を聞いていった。

「ちぃねえさまは動物が大好きなのよ」

 そうルイズが言うとおり、普通は猛獣とされる動物も、まるで牙を抜かれてしまっているかのようにカトレアの前ではのどを鳴らしてじゃれついている。どれも、カトレアが住んでいるラ・フォンティーヌ領で傷ついたり、飢えたりしているところをカトレアに救われて、そのまま懐いてしまったのだという。

 かくいうこの二頭のうちの、ゴリラと雪男もどきのほうも、カトレアが森の散策に出かけて、うっかり道に迷って帰れなくなってしまったときに助けてくれて仲良くなったそうだ。

「この子はさびしがりやでね。わたしの姿が見えなくなると不安になってどこからか探しにきてしまうの。人目につくと大騒ぎになっちゃうから、今日はこうして連れてきちゃったわ」

 狼男もどきのほうは少々複雑で、ある日突然森の中に直径何十メイルもある巨大な鉄の球が降ってきて、驚いて見に行ったら、壊れた鉄の球の周りでおろおろしているのを見つけて助けたら懐かれたのだという。

「この子は不思議な子でね。夜のあいだは元気なんだけど、お日様が昇るとふっといなくなるの。けど、誰かを傷つけたりしないし、一人ぼっちだと、さびしいよ、怖いよって鳴いてるの。だから、どうしても置いていけなくてね」

「ちぃねえさますごいわ! 動物の言葉がわかるなんて!」

「使い魔の考えは手に取るようにわかるでしょう? それと似たようなことなんじゃないかなって思うの」

 カトレアは微笑んで、ルイズは頬を染めた。

 だが、楽しそうにおしゃべりをしている二人に安心したように寄り添っている動物たちや、二匹の奇妙な生き物を眺めながら、才人はうーんと考え込んでいた。

「こんな動物もいるなんて、ハルケギニアってのはやっぱすごいところなんだなあ」

 人畜無害らしいので警戒は解いていたし、念のためにリュウ隊長にもらっていた自分用のGUYSメモリーディスプレイで調べてみたが該当するものはなかったから、才人はこの二頭もハルケギニア独特の動物なんだろうなと、宇宙の広さを感じていた。

 しかし、残念ながら才人は知らなかったが、この二頭はどちらも動物などではなかった。

 雪男みたいなほうは、実は才人の世界とは別次元の地球の日本にあるヤマワラワ山脈に古来から生息しているヤマワラワという生き物の同種で、不思議な力を持っているが、優しい心を持っており、一種の妖怪として言い伝えられている。この個体も、恐らくはカトレアが純粋な心を持っていると感じて彼女の元に現れたのだろう。

 また、狼男みたいなやつは別世界でウルフガスとコードネームをつけられた改造実験生物で、太陽光線を浴びると体をガス化させる体質を持っており、昼間に姿を消すのはこのためだ。しかし見た目の恐ろしさに反して戦いを好まないおとなしい性格の持ち主なので、倒されずにガスタンクに封入されて宇宙のかなたに帰されている。それがどういう経緯をたどったかは不明だが、時空を超えてハルケギニアに墜落したらしい。

 とはいえ、知らないこととはいえ怪獣を二匹も懐かせてしまったカトレアの人徳というか、博愛精神はたいしたものである。もちろん、二匹ともおとなしい性格なのも理由だが、馬車に乗るぶんだけでこれなのだから、カトレアの家を才人が見たらひっくり返るかもしれない。

 と、そのとき急に馬車の中の動物たちが泣き喚いたり、おびえて震えだしたので窓から外を見てみると、馬車の上を巨大な怪鳥が通り過ぎていくところだった。

「ラルゲユウス!」

「お母様だわ、帰ってらしたのね」

 風圧で馬車がわずかに揺れて、巨鳥が屋敷の向こうに飛び去っていくと、絶対に敵わない相手に本能的に服従の姿勢をとっていた動物たちもようやく安心したのかおとなしくなった。

 馬車は仏頂面を続けているエレオノールと、『烈風』カリンと会わねばならないことに緊張しはじめたルイズを優しくなだめているカトレア、それからそんな二人を眠気と戦いながら見ている才人を乗せて街道を駆けて、深い堀にかけられた跳ね橋を超えて本邸のほうへと入っていった。

 

 

 さて、外もすごかったが、中に入ってみると才人はあらためて大貴族の邸宅の豪華さに驚いた。とにかくどこもかしこもきらびやかで規模が大きく、なにげなく飾られている絵画一枚にしたって、才人が一生働いたとして買えるだろうか。

 いくつも部屋や長大な廊下を抜けて、数えるのを飽きてしまったほどにいた使用人やメイドの前を通り過ぎて、やっとダイニングルームにたどり着けた。そこにはすでにカリーヌが三十メイルもある長大なテーブルについて待っており、ルイズとエレオノールは向かい合って座り、数分遅れて使用人たちに動物たちを任せてきたカトレアがエレオノールと並んで座り、才人は本来こういう席に参加する資格はないのだが、ルイズの使い魔ということで特別にルイズの後ろに警護のような形で立って控えていた。

「ただいま戻りました、お母さま」

「久しぶりね、エレオノール、カトレア、ルイズ、三人とも元気そうね」

 厳格ながらも、どことなく温かさを感じるカリーヌの一言に、三人の娘たちはそろって軽く会釈を返し、給仕たちが前菜を運んできて晩餐会が始まった。

「お母さま、お父さまはまだお帰りではないのですか?」

「残念ながら、公務が思ったよりもお忙しくてね。皆も知ってのとおり、半年前に壊滅した軍の再建も途上であるし、アルビオン王党派への支援や他国への牽制のためもあって、ヴァリエール公だろうとのんびり退役してはいられないのよ」

 どうやらルイズたちの父親であるラ・ヴァリエール公爵は、宮廷に駆り出されていてもうしばらくは帰ってこれないらしかった。その知らせに、ルイズたち姉妹はがっかりしたようで、また才人も、あのルイズたちの父親を見損ねたことで、ほっとしたような残念なような気もしていた。

 だが、アカデミーの主席研究員であるエレオノールは、そんなところで働いている母に、アカデミーにこもっていては知ることのできないトリステインの内部事情を聞いてきた。

「ところでお母さま、アルビオンの内乱が終結したのは伝え聞きましたが、その後のトリステインの方針はどうなりますの? アカデミーとしては、なにぶん時間が必要な仕事ですから、早めに武器かアイテムか秘薬かの研究の重点を決めておいてもらわなくては、いざというときに間に合いませんわ」

「エレオノール、国の機密をそんなに軽々と口にするものではないわ。けれど、あなたの言うことには一理あるわね。皆、これから話すことは他言無用よ」

 そうしてカリーヌは懐から取り出した杖を軽く振って、この部屋が盗聴されていないか『ディテクト・マジック』で確認すると、部屋全体に『サイレント』を張って音を遮断した。これで、ここで話されたことが外に漏れる心配はない。ただ、カトレアはまだしも才人もいっしょに聞くことに関してはエレオノールから抗議が出たが、ルイズが「こいつは大丈夫です!」と固持し、カリーヌも「かまいません」と許可したことから、彼女も押し黙るしかなかった。

 

 晩餐会をゆっくりと続けながら、カリーヌから語られたトリステインの近況はざっとまとめるとこのようなものであった。

 

 アルビオンの状況は、王党派がほぼ国内の再統一に成功。若き皇太子ウェールズの元で再建に向けて精力的に動いており、国内がまとまれば皇太子が新国王に即位するのは確実だそうだ。

 トリステイン軍も、それにともなってガリアやゲルマニアを刺激しないために、交易のためのわずかな軽武装の小隊を数個だけ残して、アルビオンからは撤兵しつつある。

 ただし、最終的にはたいした損害もなく帰還してきたトリステイン軍ではあるが、汚点を残した部分もあった。トリステイン大使で、レコン・キスタの内通者だったワルド子爵は逮捕されてチェルノボーグの監獄に収監され、同じく内通者であった銃士隊副長は、捕縛後に戦闘に巻き込まれて死亡となったことが公表されたという。しかし、この公式発表には裏があることを才人は知っていた。

「ミシェルさん、大丈夫かな……」

 しばらく身を隠すと言っていた彼女のことを、才人は口の中だけでつぶやき、その無事を祈った。すでに、反逆が露呈している状態では、死んだことにする以外には方法はなかったのだろうが、死人を装いながら生きるということは並大抵の苦労ではあるまい……いや、お互いに生き延びて再会すると約束したんだと、才人は別れ際に見たミシェルの笑顔と、唇に残ったかすかな甘い香りを思い出して、いつかみんなで笑い会える日が来るはずだと信じた。

 その後は、才人にはうまく理解できない部分も多かったが、現在のトリステインの内政状態や財政、他国との同盟や共同軍事演習などが話されて、エレオノールとルイズは随所でうなずいていた。

「基本的には、アルビオンと連携しながら国力の底上げと、軍事力の再建を目指していく形になったわ。あと、巨大生物の出現に悩まされているゲルマニアとも、技術提携がなされることなったから、武力の面では加速されるでしょう」

「では、これからは有力な魔道具の開発が主眼になると考えてよろしいのでしょうか?」

「ええ、火石を作った爆弾が増産不可能である以上、あなたたちはその技術力を使って、新しい魔道具やポーションの開発を進めなさい。得意分野でしょう?」

「ええ、お任せくださいませ」

 元々、兵器の製造には乗り気でなかったエレオノールは、いまにもアカデミーに舞い戻っていきそうなくらいにやる気を顔にみなぎらせていた。なにせ、やっと神学にしばられた研究体系から解放されたと思ったら、次は強力な兵器を作れと気に入らない研究を続けてきた彼女にとっては、自由に研究をしてもよいと言われているのと同義語であるから燃えないはずはない。

「期待しています。それから、これはまだ正式な決定ではないのだけれど、トリステインとアルビオン、両国が安定した暁には、アンリエッタ姫殿下とウェールズ皇太子のご結婚が発表されるでしょう」

「お母さま! それは本当ですか」

 アンリエッタ姫と幼馴染であるルイズは、その知らせにあやうく椅子を蹴倒してしまいそうになるくらいに喜んだ。

「ええ、両国の関係を揺るがなく強固にするための王族のつとめですもの。当然、解決すべき問題は山積みですし、最低でもあと一年は必要でしょうがね」

 それでも、ルイズにとって親友であるアンリエッタが愛する人と結ばれるのはうれしく、二人の幸せな前途を切に祈った。

 けれど、結婚という話が持つ意味について、現在ルイズと正反対の感情を持つのがエレオノールである。

「そうだお母さま、大切なお話があるんでしたわ。聞いてください、このルイズったら、身分の低い男と……」

 そこでエレオノールはルイズが平民の男に恋をしていることをカリーヌに告げてとがめてもらおうと思ったようだったが、彼女にとっては計算外に、これが思い切り彼女自身の墓穴を掘る結果となった。

「そういえばエレオノール、あなた先日のシャレー伯爵家との婚約も解消されたらしいわね。一ヶ月前のバーガンディ伯爵との婚約解消から、これでもう三件目の破談ですが、何かわたくしに言うべきことがあるのではなくて?」

「えっ!? あっ、そ、その!」

 鋭い目でカリーヌに睨みつけられて、エレオノールから怒気が一瞬で払いのけられた。

「お姉さま! 三件目って、そんなに振られてたんですか!?」

 さすがに恋愛にうといルイズもあまりの数に呆れてしまった。ヴァリエール家の長女ともなれば国中で引く手あまただろうに、しかもここ一ヶ月に限ってさえそれなのだとしたら、総数ではいくらになるのか。

「ル、ルイズ! ふ、振られるなんて、そんなことがこの私に限ってあるわけが。ど、どいつもこいつも栄誉あるヴァリエールにはふさわしくないでくの棒だったから、こっちから振ってあげたのよ!」

「にしたって、多すぎませんか? お姉さまの基準で言うと、ハルケギニアから貴族はいなくなってしまいますが……」

 バーガンディ伯爵にしたって、ルイズから見れば理想とは言わないまでも悪い印象を持ったことはない。本人は振ったと言っているが、それをそのまま信用するほどルイズはこの姉を知らないわけはない。

 そうなると、散々八つ当たりをぶつけられただけにルイズの心にもささやかな復讐心がわいてきて、それからこの方面に関しては姉より先輩になれたという優越感から、ルイズは思いっきり生意気な口調で言ってやった。

「どうも、わたしなどよりエレオノールお姉さまのほうが、貴族の子女のたしなみが必要なのではないでしょうか? もう危ない時期なのですし」

「ル、ルイズあなた!」

「エレオノール!」

 ルイズに怒りをぶつけようとしたところをカリーヌに鋭くとがめられ、エレオノールは恐縮すると椅子の上で縮こまった。

「ルイズの言うとおりよ、あなたに人のことをとやかく言う資格があると思ってるのですか? あと数年で三十路というのに、いまだに身も固まらずにふらふらと……どうやら、あなたにはわたしが直々にヴァリエールの長女としての、それから貴婦人としての心構えというものを叩き込まねばいけないようね」

 エレオノールの顔から血の気が引いた。カリーヌは言い終わると、何事もなかったかのようにディナーを口にして、ルイズと才人はこみ上げる笑いをスカートのすそを握り締めたり、ももをつねったりしてこらえて、カトレアは相変わらず微笑を浮かべている。

 そして食後、そそくさと逃げ出そうとしたエレオノールが、逃げられるはずもなく捕まって、屋敷の奥へ強制連行されていくのを、彼女の妹たちは温かく見送った。

「ルイズ、カトレア! 助けて、助けてぇーっ!」

「頑張ってお姉さま、痛いのは多分最初だけですわよー」

 満面の笑みと、白いハンカチを振って涙の別れを告げるルイズの前で、大きな扉がきしむ音を立てて閉じた。それからしばらくしてニワトリの首を絞めたときのような、切ない悲鳴が届いてくると、一同は心からの哀悼の祈りを捧げたのだった。

 

 

 それからは、夜も更けてきたのでルイズは才人を連れてカトレアの部屋に泊まる事になった。もちろん、これも特例中の特例なのだが、公爵および公爵夫人、長女も不在なので次女と三女が実質この家の最高権力者だったので可能となった。鬼のいぬまのなんとやらである。

 だが、その寝室も当然高級ホテル並に広大なものであったが、カトレアの動物たちもいっしょに泊まるとのことなので、彼らが寝静まるまでのあいだ、カトレアはルイズと才人をともなって、夜の庭園の散歩に出かけた。

 もっとも、それは夏の夜長の風流なものとは……ならなかったが。

「あっはっはっはっ! それにしても、エレオノールお姉さまのあの顔ったらなかったわね」

「ほんとほんと、それにしても、上には上がいるってほんとなんだな。いーひっひっひっ、は、腹がよじれる」

 二人とも気兼ねする必要がなくなったので、エレオノールをだしにして言いたい放題言って、大爆笑した。二人とも、今頃は魔法騎士隊すら震え上がる『烈風』カリンの指導の下でエレオノールがどうなっているかを思うと、やや薄情ではあるとは思うのだが、元はといえばエレオノールの八つ当たりが原因なのだから、いわば自業自得。おまけにこれであの高飛車な姉が多少はおとなしくなってくれれば一石二鳥と考えていた。

「あっはっは……しっかし、お前の家族もけっこうにぎやかな人たちだな。おれはてっきり、大貴族だからもっと堅苦しいものかと思ってたぜ」

「バカにしないでよ、今日は特別、普段はお母さまもお父さまもずっと厳しいんだから」

 やっとこさ収まった笑いの余韻を口元に残しつつ、二人は夏の夜の涼しげな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「あー、笑うだけ笑ったらスッキリした」

「まったく、あんなエレオノールお姉さまの顔なんて、めったに見れるものじゃないわ、自分のもてないのを人に押し付けようとするからあんなことになるのよ。でも、あんたちょっと笑いすぎよ、あれでも一応わたしのお姉さまなんだからね」

「そんなこと言って、おれよりでかい声で笑ってたのはルイズだろ。ぷ、やべ、思い出したらまた笑いが」

「ぷくく……わたしも、あっはっはっははは!」

 人目がないからいいようなものの、二人ははしたないととがめられても文句は言えないほどにまた笑い転げて、そんな二人を後ろからついていきながらじっと見守っていたカトレアは、ふと短くつぶやいた。

「二人とも、本当に仲がいいのね」

 微笑を浮かべながらささやかれたカトレアの言葉に、二人ははっとなったようにほおをそろって紅く染めた。

「いいお姉さんだな」

「でしょ、でしょ!」

 耳元でぼそぼそと、二人はカトレアに聞こえないようにささやきあった。

 まったく、ルイズが自慢するのもよくわかる。おしとやかで優しくて、おまけにスタイル抜群と、非のつけどころが見つからない。

「サイトくん、どう? わたしたちの家は気に入ってくれた」

「はい、最初はちょっとビビってたけど、みんなルイズのことを思ってるし、すごくいい家族だなって思いました。でも……」

「でも?」

「ちょっと、不安になったっていうか、ルイズはこんなすごい家に住んでる身分なのに、おれは身ひとつの平民ですから」

 気を落ち着かせて、この広大な庭園を見まわしてみたら、カトレアの優しさに包まれていても、才人は、自分はやはりここには場違いな存在なのだなと、心の中の疎外感をぬぐいきれなかった。

「気後れして、自信がなくなっちゃった?」

「いえ、ルイズが好きなのは変わらないけど、将来うまくやっていけるかなあって」

 その心配ももっともであった。世界中、過去幾多の愛し合った者同士が、身分の差、財産の有無などで泣く泣く別れなければならなくなったことか、銀河の星々の数にも匹敵しよう。

「何言ってるの、あんたごときがどうあがいたって、ヴァリエール家に匹敵できるような門地を一代で得られるわけないでしょう。心配しなくても、どうしても許してくれないっていうならわたしにも考えがあるから」

 ルイズはそう言ってくれて、実際それはうれしかったけれど、エレオノールのことは明日は我が身なのである。

 ただの平民が、トリステイン最大の名門貴族であるヴァリエール家に婿入りする。どんな痴人でも夢想しないようなバカな幻想であるが、そのバカなことをこそ成し遂げなければならないことに、二人が不安を感じているのを見て取ると、カトレアはふぅと息を吐き出すと、数歩後ろに下がった。

「サイトくん、悪いけど、ちょっとわたくしのわがままに付き合ってもらえるかしら?」

「え?」

「ルイズ、あなたの彼、ちょっとお借りするわよ」

「ちぃねえさま……?」

 唐突なカトレアの言葉に、二人は思わず怪訝な表情をした。しかし、カトレアはいつの間にか魔法の杖を取り出しており、微笑を浮かべたままだが、まとった雰囲気がこれまでのような穏やかで優しいものから、刺す様な峻烈な気配に変わっていた。

「サイトくん、わたしもね、ルイズのお姉さんだから、妹が意気地のない男の人のところへ嫁いでいくのは我慢できないの、わかってくれる?」

 無意識につばを飲み込む音が才人の喉の奥に響いた。口調は穏やかでも、その中にはとてつもない威圧感が潜んでいる。エレオノールに睨まれたときと同じような……いや、エレオノールが燃え盛る大火の迫力だとしたら、それよりもはるかに高温なのに、静かに煮えたぎるマグマ……そう、まるで『烈風』のそれに匹敵する、段違いの殺気。

「ち、ちぃねえさま、まさか!?」

 ルイズが言い終わるより早く、カトレアは高速で詠唱を終え、『クリエイト・ゴーレム』の呪文を完成させていた。魔法の光がカトレアの足元に吸い込まれ、瞬く間に地面が小山のように盛り上がっていき、やがて土くれでできた巨大な人形の形をなしていった。

「ゴーレム!」

 そう、それは錬金によって生み出されるメイジの操り人形ゴーレム。カトレアはその左肩に立って二人を見下ろしていた。

「サイトくん、あなたが本当にルイズを守れる殿方かどうか、確かめさせてもらうわね。あなたの本気、証明してみせなさい」

「やっ、やっぱりですかぁー!」

 才人は最悪の予感が的中したことと、想像もしていなかった天国から地獄への落下に人生の不条理を呪わずにはいられなかった。なんで? どうしてここでカトレアさんと戦わなければいけないの? しかも、このゴーレムは。

「で、でかい……」

 カトレアのゴーレムの身の丈は、かつてトリステイン中を震撼させた怪盗・土くれのフーケのゴーレムでもせいぜい三十メイルだったのに、少なく見積もっても四十メイルは下るまい。才人は、さっきなぜエレオノールがカトレアから引き下がったのか理解した。単純な話だ、この人は……強いんだ!

「ルイズ、カトレアさんって……メイジのクラスは?」

「土の、トライアングルだったはずだけど……わたし、ちぃねえさまが本気で魔法を使うところなんて、見たことないの」

 ルイズも、カトレアがこれほどの魔法を使えるとは知らなかったようで、顔を引きつらせてゴーレムを見上げている。

「さあ、いくわよサイトくん。わたしに勝って、見事ルイズを手に入れて見せなさい!」

「ちょ、ちょっと待ってーっ!」

 振り下ろされてくるゴーレムの巨大な拳を間近に見ながら、才人はやっぱりこの人も間違いなくルイズのお姉さんなんだなと思った。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

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