Side アリア
修学旅行初日の夜です。
私はホテル内を見回りながら、各所に探知魔法を仕掛けていきました。
『複写眼(アルファ・スティグマ)』があればもう少し効率よく警戒できるのですが、仕方がありません。
ネギ兄様達が防衛隊がどうとか言ってましたから、中の方は大丈夫でしょう。
それで一応、私は外部からの侵入を気にしているというわけなのですが。
「手が足りませんね……」
瀬流彦先生にも警戒をお願いしてはいますが、それでも二人。
ネギ兄様を数に入れたとしても、三人。
とてもカバーしきれない……。
相手が物量作戦に出てこないことを、祈るしかありませんね。
(……刹那さんと……木乃香さん)
お説教の合間に事情を聞いた限りでは、なんでも幼少時のいざこざで距離を置くことになったのだとか。
なんとも、やるせない話ですね。教師としてはなんとかしたいのですが……。
木乃香さんには、兄様のことで迷惑をかけてしまっていることですし。
(とはいえ、第三者の私がとやかく言うのも……)
悩ましいですね。
「……まぁ、基本は、二人次第ですが…………む」
探知結界の一部に反応。
反応のあった方角へ走り、窓から外を見ます。
すると今まさに外へと逃げる敵、が……?
「着ぐるみ……?」
今度は猿の着ぐるみですか……関西って……。
って、木乃香さんが攫われているじゃありませんか。
兄様…………私は一人しかいないんですよ?
と、ネギ兄様と明日菜さん、刹那さんが後を追っていますね。
ん~……。
いえ、ネギ兄様に任せるのは不安すぎますので私も後を追いましょう。
「アリア先生、ちょっといいです?」
そして、このタイミングで声をかけられる私。
相手は、綾瀬さんと宮崎さん。
いつも一緒で仲がよろしいですね。
「もうすぐ就寝時間ですが、近衛さんが部屋に戻っていないです」
「そ、それに、ネギせんせーがどこにもいないみたいで……」
申し訳ありません、今しがた誘拐された木乃香さんを助けに行きました。
そう言えたらどれほど楽か……!
しかし、そんな私に救世主が現れました。
「あ、いたいた二人とも。ネギ君、なんか明日菜達と一緒に外行ったみたい……って、アリア先生」
「早乙女さん。ナイスな情報です」
そして、その私を見た瞬間の「あ、やば」みたいな表情はなんですか。
この人達、兄様に何するつもりだったのでしょう。
「では私はこれからネギあ、ネギ先生達を連れ戻してきますので、綾瀬さん達は部屋に戻ってください。就寝時間は守るように」
そう言って、颯爽と去ります。
まだ何事か言っているようでしたが、緊急事態につき聞こえなかったことにしておきます。
ネギ兄様の後を追う前に、私にあてがわれた部屋に向かいます。
「む、やっと来たなアリア、お前も混ざれ!」
「マスター、アリア先生はまだお仕事の時間です」
「やった、あがりです!」
「ケケケ、アガルマエニウノッテイワナキャダメナンダゼ」
「私の部屋でウノやらないでください! あとチャチャゼロさん、なんで動いてるんですか!」
エヴァさんたちが私の部屋で楽しくウノをやっていました。
私も混ざりたいですが、残念ながら茶々丸さんの言う通りまだ仕事中です。
そして私は、40センチ程の六角形の物体を創り出します。
その中心に、一回り小さな画面が付いています。
「なんだ、それは?」
「『ヘルメスドライブ』という魔法具です。レーダーのようなものと考えてください」
瞬間移動もできる優れモノです。
これで兄様達を探しつつ、後を追います。
さすがに、人通りのある場所でこれは使えません。
では、行きます。
Side 刹那
「ざ~んが~んけ~ん!」
「くぅ……っ!」
月詠とかいう剣士の斬撃を、夕凪でなんとか受け止める。
この女、ふざけた格好をしているが強い!
神鳴流を名乗る割に、禍々しい気を隠そうともしないこの女。
二刀の小太刀による連続攻撃は、相性が悪い……!
「うふふ、たのしいな~」
「この・・・っ!」
一刻も早くお嬢様を救わねばならないというのに、できない自分がもどかしい。
お嬢様……!
視線を動かせば、お嬢様を誘拐した女が呼びだした式神と、ネギ先生と神楽坂さんが戦っている。
その女の腕の中でお嬢様は眠っている、捕えられているのだ。
ネギ先生が拘束用の魔法を放ったが……お嬢様を盾に取られて失敗していた。
早く、行かなければ……!
「お嬢様!」
「すきありです~」
「なっ、あぐっ!?」
お嬢様の方に気をとられた一瞬の間に、月詠がすぐ目の前に迫っていた。
一刀で夕凪を抑え、一刀が顔面に……。
「…………くぅっ!」
無理やり身体をそらし、かわした。
だがバランスを崩し、無様に地面に転がってしまう…………しまっ。
「おしまいです~」
月詠が、私目がけて刀を振り下ろして―――。
Side アリア
付近に転移後、『翔(フライ)』のカードで上空から様子を見ています。
駅に停車している車両の中が水没した時には焦りましたが、なんとか追い詰めてはいるようですね。
明日菜さんはアーティファクトらしきハリセンで、相手の式神を消滅させています。
刹那さんは、敵の神鳴流と思わしき剣士と切り合っているようです。
2人とも、前衛としてまずまずの働きぶりですね。
それに対して兄様は・・・。
「あっ・・・曲がれ!」
相手の眼鏡の女性が木乃香さんを盾にすると、拘束用の魔法をわざと外しました。
えー……兄様―……。
その魔法拘束用だから当たっても大丈夫でしょうに。
それに、そんなことをしてしまうと……。
「はは~ん、なるほど、甘ちゃんやな。人質がおったら攻撃できひんのか?」
とか言って、相手の女性が木乃香さんを盾にし始めました……。
ダメダメですね……。
「お嬢様!」
「すきありです~」
「なっ、あぐっ!?」
そしてそれに気を取られた刹那さんが、その隙をつかれて窮地に陥ってしまいます。
明日菜さんも援護に行きたいようですが、式神に邪魔されて動けませんね。
…………ちぃ。
「おしまいです~」
「くっ……!」
地面に転がった刹那さんが、やられる! とばかりに目をキツく閉じます。
しかし…。
「な、なんや、あんたは!」
そうは、させません。
「……大丈夫ですか? 刹那さん」
「あ、アリア先生……?」
呆然とした表情を浮かべる刹那さん。
その目の前で、私は敵の神鳴流の剣士……ゴシック・ロリータファッションに身を包んだ、小太刀と短刀を備えた少女の剣を受け止めていました。
私の手には、一本の刀。
ぎぃんっ!
金属音を発して、距離を取る剣士。
…………ずいぶんと血の匂いのキツい方ですね。
「だれどすか~」
「何、ただの副担任です。名乗るほどの者ではありませんよ」
「せんぱいもたのしかったけど・・・あんさんもおもしろそうやね~」
そう言って頂けるのは、嬉しいのですけど。
「あいにく、剣術には自信がありませんので」
ひゅん、と刀を目の前にかざして、言います。
「散りなさい……『千本桜』」
次の瞬間、私の刀の刀身が消え無数の桜の花びらとなって散ります。
しかしそれは、ひとつひとつが刃。
それにこもる殺気に気付いた時には、もう遅い。
「きゃ……!」
花弁が消えた後には……切り刻まれた、神鳴流剣士の姿。
殺してはいませんよ?
……そういえば、名前も聞いていませんでしたが……。
「そ、そんな、月詠はんが一瞬で……」
月詠さんと言うらしいですね。
次いで私は指にはめた魔法具、『黒叡の指輪』を振りかざします。
「『闇よ……有れ』!」
影から生まれた無数の獣が、明日菜さんと切り結んでいた式神を一瞬で切り刻みます。
そして。
「ぐぅっ……!?」
木乃香さんを抱えていた敵の腕に影獣が喰らいつき、木乃香さんを奪い返します。
地面に落ちそうになった木乃香さんを、他の影獣たちが優しく受け止めます。
「……確かに、返していただきました」
「な、何者や……あんた」
腕を喰い千切りこそしませんでしたが、結構な血の量ですから軽傷ではないでしょう。
それでも体勢を崩さないあたり……プロですね。
「ど、どうしてこんなことをするんですか!?」
ネギ兄様が空気の読めないことを言いますが、ここは無視しま……!
「兄様!」
「えっ・・・うわ!?」
兄様めがけて、土……いえ、石の属性の槍が殺到しました。
とっさに袖に仕込んでおいた『速(スピード)』のさ○らカードを発動、兄様の前に立ちます!
『全てを喰らう……』
左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』で石の槍に込められた魔力を吸収、隆起してきた岩は影獣で相殺します。
……なるべく手札は残しておきたかったのですが。
しかし、とにかく新手のようです。そちらに……。
「…………今のを受け止めるとは、やるね」
胸が、締め付けられるような感覚。
懐かしい何かに出会った、そんな気持ち。
……そこにいたのは、白い髪の少年でした。
動かない表情に、感情の色の見えない瞳。
彼は私のことを、じっと見つめていました。
「ふぇ、フェイトはん、助かりましたわ……」
「……ここは分が悪いね。一度退くとしよう、千草さん」
「そ、そやな・・・覚えとき!」
分が悪いとは、どういうことでしょうか。
貴方なら、ここにいる全員を簡単に殺せる。
それが、私にはわかる。
どうしてわかる? ……わからない。
ずぶずぶと地面に沈んでいくフェイトさんと……千草さん……。
……月詠さんも、どうやら同じようです。
その中にあって……フェイトさんの目は、私を見つめているように思えました。
「待て!」
刹那さんが追いかけようとしますが、転移されてはどうしようもありません。
普段の私ならどうしたかはわかりませんが、今の私はどこかおかしい。
心が、ざわついて止まらない。
これは、この気持ちは、何?
「くっ……お、お嬢様!?」
悔しそうな顔をする刹那さんですが、すぐに木乃香さんの方へ。
私はとりあえず刹那さんに木乃香さんを渡すと、影獣を消しました。
「……早めに戻るようにしてくださいね」
まぁ、一度撃退した以上、帰りは襲ってくることはないでしょう。
私は先に帰って、他の生徒のみなさんを見なければ……。
「あ、あの、アリア先生!」
「はい?」
木乃香さんを抱えた刹那さんが、私を呼びとめました。
「あ、あの……ありがとうございました。アリア先生がいなければ、どうなっていたか……」
「……大したことは、していませんよ」
では、と言って私は足早にその場を去りました。
何か言いたそうな顔でネギ兄様がこちらを見ていましたが、いちいち相手をしていられません。
面倒ですもの。
そんなことよりも……。
そんなことよりも、ざわついたこの気持ちを鎮めるのが先です。
いつだったか、私はこの気持ちを何度か感じたことがあるはずなのです。
いつ? ……わからない。
フェイトさん。
私は彼の事をどれだけ知っていますか?
原作では、どういう立ち位置にいましたか?
最近は記憶が曖昧で自信がありませんが……敵、として存在していたことは確か。
けれど、彼は敵ではないと叫ぶ自分がいます。
状況からすれば、明らかに敵。
そもそも、直に出会ったのはこれが初めてのはず。
なのに……。
………………やめましょう。
私は考えることを一旦やめ、ざわつく心を無理矢理抑え付けます。
考えても、おそらくは意味のないことです。
私は教師、理由はどうあれ生徒を襲う彼らは敵。
それでいい、他のことは全て後回しです。
それでも私は確信を持って、断言できることがあります。
・・・シンシア姉様。
アリアは彼に会わなければならない、そんな気がします。
アリア:
初めまして、そうでない方はこんにちは。アリア・スプリングフィールドです。
数名の方が、本文中で登場する「シンシア姉様」を気にしている様子。
私にとって、どんな存在なのか。それをここで説明することはできませんが、本編で詳しい説明が出る時期を、少しだけお教えいたします。
今のところ、ネギ兄様が過去を話すことになる弟子入り試験編~悪魔襲撃編のどこかで、と考えています。
理由は、そこが私の過去に最も近付く場面だろうと考えられるからです。
また、今回のお話の中で私が使用した魔法具「ヘルメスドライブ」は、元ネタを「武装錬金」と言います。
水色様、月音様、元ネタ紹介とアイデア提供、ありがとうございました。
さて、次話は修学旅行編2日目に入ります。
多少の問題はあるものの、生徒のみなさんが旅行を楽しめるよう、微力を尽くしたいと思います。