SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-08 「禁じられた遊び」

 『土くれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊がいる。

土くれのフーケである。

 その手口は繊細に屋敷に忍び込んで盗み出したかと思えば、別荘を粉々に破壊して大胆に盗み出したり、

白昼堂々王立銀行を襲ったと思えば、夜陰に乗じて邸宅に侵入する。

行動パターンがまったく読めず、トリステインの治安を預かる王立衛士たちをも手玉に取る、神出鬼没の大怪盗

それが、『土くれ』のフーケである。

 そんな男か女かも不明なフーケだが、盗みの方法には共通点があった。

フーケは盗みを行う際、主に『錬金』の呪文を使用する。

宝物を守る強固な壁を、錬金によって粘土や砂に変え、穴をあけて潜り込むのである。

『土くれ』は、強力な『固定化』の魔法をかけられた壁をあっさりと土くれしてしまうその実力と手口からつけられた二つ名なのであった。

忍び込むばかりでなく、力任せに屋敷を破壊する時は、フーケは巨大な土ゴーレムを使う、その身はおよそ三十メイル。

城をも壊せそうな巨大なゴーレムである。集まった魔法衛士たちを蹴散らし白昼堂々お宝を盗み出したこともある。

 そんな土くれのフーケの正体を見た者はいない。男か女かすらもわからない。

ただ、わかっていることは、フーケは少なくとも『トライアングルクラス』の『土』系統のメイジであること。

そして、犯行現場の壁に、『秘蔵の○○、たしかに領収いたしました。 土くれのフーケ』とふざけたサインを残していくこと。

そして何より、フーケは珍しいものには目がない、ということだ。

 

 巨大な二つの月が、五階に宝物庫がある魔法学院の本塔の外壁を照らす。

月の光が、壁に垂直に立った人影を浮かび上がらせていた。

トリステインを騒がせる盗賊、『土くれ』のフーケその人である。

フーケは足から伝わってくる壁の感触に舌打ちした。

 

「さすがは魔法学院本塔の壁ね……。物理衝撃が弱点? こんなに厚かったらちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」

 

 足の裏で、壁の厚さを測る。『土』系統のエキスパートであるフーケにとっては朝飯前である。

 

「確かに、『固定化』以外の魔法はかかってないみたいだけど……。これじゃ私のゴーレムでも壊せそうにないね……」

 

 フーケは腕を組み悩んだ。

強力な『固定化』の呪文がかかっている以上、『錬金』の呪文で壁に穴をあけるわけにもいかない。

 

「やっとここまできたってのに……」

 

 フーケは唇をかみしめる。

 

「かといって、『真理の書』……あきらめるわけにゃあ、いかないね……」

 

 フーケの目がきらりと光る、そして腕組みをしたまま。じっと考え始めた。

 

 フーケが本塔の壁に足をつけて、悩んでいる頃……ルイズの部屋では騒動が持ち上がっていた。

ルイズとキュルケは、お互い睨みあっている。その横でタバサはベッドに座り本を広げていた。

 

「どういう意味? ツェルプストー」

 

 腰に両手を当て、ルイズがぐっと不倶戴天の敵であるキュルケをにらみつけている。

キュルケは悠然と、恋の相手の主人の視線を受け流す。

 

「だから、あなたがエツィオに買ってあげたのよりよっぽどいい剣を手に入れたからそっちを使いなさいって言ってるのよ」

「おあいにくさま。使い魔の剣なら間に合ってるの、ねぇ、エツィオ」

 

 ルイズはそう言うと、渦中の人物であるエツィオを睨みつける。

しかし、エツィオはそんな言葉を尻目に、キュルケが手に入れた剣を腰に差すと、くるりと振り向いた。

 

「どうかな? なかなかに決まってるだろ?」

 

 エツィオはニヤリと笑うと、キュルケの手に入れた剣を鞘から引き抜き、フェンシングの様に構えを取る。

何を隠そう、キュルケが持ってきた剣は、最初にルイズが買おうとしたあの豪奢なレイピアであった。

店の親父からその事情を聞いたキュルケは、エツィオのために買ってきたのであった。

思いがけず全ての装備を整えられたのでエツィオはご満悦の様子である。

 ルイズはそんなエツィオを蹴飛ばした。

 

「い、いきなり何を!」

「返しなさい。あんたにはあの喋る剣があるじゃない」

「もちろん、でも、この剣もあって困るようなものじゃないだろう? 二つとも大事に使わせてもらうよ」

 

 エツィオはそう言うともう一度振り返り、背中のデルフリンガーを見せた。

 

「そうじゃなくって! あんた、またあの話を聞きたいの? ツェルプストーの女からは豆の一粒だって恵んでもらいたくないの!

そんだけよ! わかったら早くキュルケに返しなさい!」

「素敵よ……エツィオ、剣を構えるあなたもとっても格好いいわ」

 

 キュルケはエツィオに近づくと甘えるようにしな垂れかかる。

エツィオは優しくキュルケの身体を抱き寄せ、優しくほほ笑んだ。

 

「その剣は返さなくていいわ、好きにして頂戴。ご存じ? その剣、ゲルマニアのさる高名な錬金魔術師の作だそうよ?」

 

 キュルケはそう言うと、うっとりとした表情でエツィオに流し目を送る。

 

「ねぇ、あなた。よくって? 剣も女も生まれはゲルマニアに限るわよ? トリステインの女ときたら、

このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くってヒステリーで、どうしようもないんだから」

 

 ルイズはキュルケをぐっと睨みつけた。

 

「なによ、ほんとのことじゃない」

「へ、へんだ。あんたなんかただの色ボケじゃない! なあに? ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、

トリステインまで留学してきたんでしょ?」

 

 ルイズは冷たい笑みを浮かべ、キュルケを挑発する。

声が震えている、相当頭にきているようだ。

 

「言ってくれるわね。ヴァリエール……」

 

 キュルケの顔色が変わった、エツィオから離れルイズを睨みつける。

ルイズが勝ち誇ったように言った。

 

「なによ、ほんとのことでしょ?」

「おい二人とも、その辺に……」

 

 見かねたエツィオが両者の肩に触れる、二人はエツィオの腕を振り払うのと同時に自分の杖に手をかけた。

そして、あるべき場所に杖がないことに気づき、慌てたように声を上げた。

 

「うそっ! 杖が!」

「あ、あれっ? どこに!」

 

 慌てふためく二人の前にエツィオがずいっと進み出ると、両手に持った二本の杖を振った、果たしてそれは、ルイズとキュルケの杖であった。

 

「エツィオ! そ、それわたしの杖よ! かえしなさい!」

「うそ……いつの間に?」

 

 唖然とする二人を前に、エツィオは大きくため息をつくと、宥めるように言った。

 

「そんな事だろうと思ったさ、二人とも、俺の事を思ってくれているのはうれしいが、

美しい二人が傷つけあうのは見たくはないな、もちろん、罵りあう姿もだ」

 

 そう言うと、二人に杖を返し、壁に寄り掛かる、そして背中のデルフリンガーを引き抜いた。

睨みあうルイズとキュルケを見ながらデルフリンガーは呆れたように呟く。

 

「あーあ、確かに修羅場だねこりゃあ」

「女性関係には苦労している、そう言ったろ?」

「相棒、おめぇ、この状況楽しんでねぇか?」

「なに、フィレンツェにいた頃に比べれば、まだ可愛いものさ」

「……まあいいさ、んで? 俺とそのレイピア、どっち使ってくれるんだ?」

「おい、お前までそんな事言うのか?」

 

 うんざりしたように呟くと、デルフリンガーを鞘に納める。

そして視線を感じ、顔を上げると、ベッドに腰掛け本を読んでいた少女、タバサがこちらをじっと見つめていた。

エツィオがにこりとほほ笑みかけると、彼女は手元の本に視線を戻してしまった。

エツィオはそんなことはお構いなしにと、彼女の横に腰かけると声をかけた。

 

「やあ、また会ったな、ミス・タバサ」

「……」

 

 返事はない、本のページを黙々とめくっている。

 

「初めて会った時も本を読んでいたみたいだったが……本が好きなのか? 一体何を読んでいるんだ?」

 

 そう言うとエツィオはタバサが読んでいる本を覗きこむ、そして眉を顰めた。

その本は、エツィオにとって見慣れない文字で書かれており、どうしても読むことができなかった。

 

「……どこの言葉だ、これは……」

 

 エツィオの呟きが聞こえたのか、タバサが首を傾げ、訝しむような視線を向けてきた。

 

「あ、いや、すまない、こっちの話だ」

 

 慌ててエツィオが本から視線を外す、そして顎に手を当て考え込んだ。

 

「(参ったな……字が読めないのか……)」

 

 今まで会話が通じていたため、あまり意識していなかったが、ここは異国、下手をすれば別大陸である。

文字も違えば言語も違う、故に文字が読めないのも当然だ、これは早いところ現地の文字の習得を急いだほうがいい。

言語が違えど会話が成立することについては、彼女らの言う『魔法』とやらの恩恵によるものだと解釈した。

 

「(まぁ、それは今度ルイズにでも教わるとして……)」

 

 そこまで考えたエツィオは、ルイズとキュルケに視線を戻す。

どうやら議論はますますヒートアップしているようだ。

 

「「決闘よ!」」

 

 二人の怒鳴り声が部屋の中に響く。

結局そうなるのか……、とエツィオが小さくため息をついた。

 

「もちろん、魔法でよ?」

 

 キュルケが勝負はもう決している、と言わんばかりに言った。

ルイズは唇を噛み締めたがすぐにうなずいた。

 

「ええ。望むところよ」

「いいの? ゼロのルイズ、魔法で決闘よ? 本当に大丈夫なの?」

 

 小ばかにする様子でキュルケが挑発する。ルイズは頷く。

自信はない。だが相手があのツェルプストーだ。引き下がるわけにはいかない。

 

「もちろんよ! 誰が負けるもんですか!」

 

 

 本塔の外壁に張り付いていたフーケは、誰かが近づく気配を感じた。

とんっと、壁を蹴り、すぐに地面に飛び降りる。

地面にぶつかる瞬間、小さく『レビテーション』を唱え、回転して勢いを殺し、羽毛の様に着地する。

それからすぐに中庭の植え込みに消えた。

 

「ん?」

 

 中庭に出てきたエツィオが、ふと外壁を見つめる。

そんなエツィオに気が付いたのかルイズが首を傾げる。

 

「どうしたのよ」

「いや、今、あそこに誰かがいたような……」

「誰かって、あそこは本塔の壁じゃない、あんなところに人がいると思ってんの? あんたじゃあるまいし」

「だから! もうそのことは忘れてくれよ!」

 

 エツィオがばつが悪そうに頭をかく。

 

「じゃあ、始めましょうか」

 

 そうしていると、後ろから付いてきていたキュルケが言った。エツィオが困ったような表情で言った。

 

「二人とも、さっきも言っただろう、俺は君達が傷つくところなんて見たくない」

「何言ってるのよ、もう後には引けないわ」

 

 ルイズもやる気満々である。

 

「そうは言うけどな……もうちょっと穏便に決着をつける方法はないのか?」

「確かに、怪我するのも馬鹿らしいわ」

 

 キュルケが言った。

 

「……そうね」とルイズも頷く。

 

 すると、それまで黙っていたタバサが本を閉じ、キュルケに近づいて、何かを呟く。それから、エツィオを指差した。

 

「あ、それいいわね!」

 

 キュルケが微笑む。そして、キュルケもルイズへ呟いた。

 

「あ、それはいいわ」

 

 ルイズも頷いた。

 三人は、一斉にエツィオの方を振り向いた。

 

「ん? なんだ?」

 

 突然視線を向けられ、戸惑うエツィオに、微笑を浮かべながらキュルケが近づく。

手にはどこから取り出したものか、立派なロープが握られている。

 

「ねぇ、エツィオ……これもあなたのためなの、悪く思わないでね?」

「おい、一体なにをしようって言うんだ? このまま部屋に連れて行かれるっていう展開なら大歓迎なんだけどな……」

 

 エツィオの下顎を指でなぞると、キュルケは彼の身体をロープで縛り始めた。

 

「ふふっ、ごめんなさいね、それはまた今度……タバサ! 準備いいわよー!」

 

 エツィオの身体を縛り終えたキュルケは大声で指示を出す、するとタバサがピューっと口笛を吹く。

その口笛を聞きつけ、彼女の使い魔であるウィンドドラゴンが姿を現した。

タバサはウィンドドラゴンの背に跨ると、エツィオに向かい小さく杖を振った。

すると、エツィオの身体がふわりと宙に浮かびあがった。

 

「うわっ……! お、おい! ちょっとまて! 何をする気だ!」

 

 突然の事にエツィオが抗議の声を上げるも、誰も返事をしない。

あっという間に、エツィオは本塔からロープで吊るされてしまった。

これではいい晒しものである、今の自分の姿はシニョーリアの窓から吊るされたフランチェスコと同じ。

そう思うと何となく惨めな気分になった。

 

「くそっ! なんだってこんな目に!」

「諦めな相棒、お前さんが捲いた種じゃないか、最初から俺を選んでおけばこんなことにはなってなかったのによ」

「だからってここまでするか!?」

 

 一緒に縛られたデルフリンガーが呆れたように言った。

彼女らを甘く見すぎていたのか……、とエツィオは小さく項垂れた。

視線を落とすと、キュルケとルイズがこちらを見上げ、何やら話しこんでいる、エツィオは耳をそばだてた。

 

「いいこと? ヴァリエール、あのロープを切ってエツィオを地面に落とした方が勝ちよ。勝った方の剣をエツィオが使う、いいわね」

「わかったわ」

 

 ルイズは硬い表情で頷いた。

 

「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。そのくらいはハンデよ」

「いいわ」

「じゃあ、どうぞ」

「待て! 俺はどうなる! この高さじゃ剣を使う以前に死ぬぞ!」

 

 その言葉を聞いたエツィオが顔を青くして怒鳴った。

 

「大丈夫よ、下に藁山を用意しておいたから!」

「そう言う問題じゃないだろう! 勝手に人を的にするな!」

「あぁっもうっ! うるさいわね! 集中するんだから静かにしてよ!」

 

 エツィオの抗議を無視し、ルイズは杖を構えた。

『ファイアボール』等の魔法は命中率が高い。動かさなければ、簡単にロープに命中する。

しかし、命中するかしないかを気にする以前に、ルイズには問題があった、魔法が成功するかしないか、である。

でも、今はそんな事気にしていられない、例え爆発でもロープが切れればそれでいい。

ルイズは覚悟を決め、『ファイアボール』を使うことに決めた。小さな火球を目標目がけて打ち込む魔法である。

短くルーンを呟き、詠唱を始めた。

 

「あぁ……マズイぞこれは……」

 

 詠唱が始まってしまった、その様子を見ていたエツィオの顔が益々青くなる。

記憶が正しければ彼女の魔法は例外なく爆発するらしい、となると、以前教室で目にしたあの爆発を身を持って味わう可能性が非常に高い。

どうやって切りぬける……。必死で考えを巡らせる。下は藁山、落ちても彼女らの言うとおり死にはしないが、あの爆発を喰らって無事でいられる保証はない。

 

「……よし」

 

 考えが浮かんだのか、エツィオが覚悟を決めたように小さく呟く、そして注意深くルイズの姿を観察した。後はタイミングだけだ。

呪文詠唱が完了する。ルイズは気合いを入れて、杖を振った。

呪文が成功すれば、火の玉が杖の先から飛び出すはずであった。しかし、杖の先からは何も出ない。

一瞬遅れて、エツィオの後ろの壁が爆発した。失敗である。

爆風で煙が巻き起こり、エツィオが吊るされた場所がすっぽりと覆われてしまった。

ロープが力なく揺れている。

それをみたキュルケは……腹を抱えて笑いだした。

 

「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの! 器用ね!」

 

 ルイズは愕然とした。

 

「あなたってどんな魔法を使っても爆発するんだから! あっはっは!」

 

 ルイズは悔しそうに拳を握りしめると、膝をつきがっくりと項垂れた。

キュルケは勝負はついたと言わんばかりの笑みを浮かべると一歩前に出た。

 

「さて、あたしの番ね……煙、まだ晴れないわね……タバサー、ちょっと煙を払ってくれない?」

 

 タバサは小さく頷くと、杖を振り一陣の風を巻き起こす。

煙が吹き飛んで行くところを余裕の笑みで見つめていたキュルケであったが、

煙が次第に晴れていくうち、その笑みがみるみる消えていく。

 

「う……嘘、嘘よ……」

 

 愕然とした表情でキュルケが呟く、その声を聞いたルイズが何事かと顔を上げた、その時。

 

「ぶはっ!」

 

 地面にこんもりと積まれた藁山から、エツィオが飛び出した。

それを見たルイズの表情がぱぁっと輝く、ロープで吊られていたエツィオが藁山から出てきた、と言うことはつまり……。

本塔から下がるロープを見る。やった! ロープが切れている!

 

「うそっ……! やった! 切れた!」 

 

 喜びのあまりルイズが飛び跳ねる。魔法は失敗したが勝負には勝った、そのことだけで彼女の頭の中は一杯になった。

 

「はぁっ……ひ、酷い目にあった……」

 

 ローブについた藁を払いながら、心底疲れた表情でエツィオが呟いた。

ルイズはそんなエツィオに駆け寄ると、うれしそうに、ロープを指さした。

 

「見なさい! エツィオ! ロープが切れたわ! わたしの勝ちよ!」

「あぁ……君の勝利なら身を持って実感してるよ……。

だけど、こういうことはもうこれっきりにしてくれ、これじゃ命がいくつあったって足りやしない」

 

 子供の様にはしゃぐルイズを見て、怒る気も失せたのか、エツィオは苦笑しながら肩をすくめた。

ルイズは勝ち誇って笑い声をあげる。

 

「わたしの勝ちね! ツェルプストー!」

 

 勝負に負けたキュルケは相当ショックだったのか、しょぼんとして座り込み、地面の草をむしり始めた。

 

 フーケは中庭の植え込みの中から一部始終を見守っていた。

ルイズの魔法で宝物庫の辺りの壁にヒビが入ったのを見届ける。

いったいあの魔法はなんだろうか、あんな風にモノが爆発する魔法など見たことがない。

フーケは頭を振った、そんなことよりも、この千載一遇のチャンスを逃してはいけない。

フーケは呪文を詠唱し始めた、長い詠唱だった。

 詠唱が完了すると、地面に向けて杖を振る。

 フーケは薄く笑った。音を立て地面が盛り上がる。

土くれのフーケが本領を発揮したのだ。

 

 

「なぁ相棒、どうやってロープを解いたんだ? さっきの爆発じゃロープ切れてなかったろ?」

 

 無邪気にはしゃぐルイズを見ながら、背中のデルフリンガーが唐突に口を開いた。

エツィオは、ルイズ達に見えないように背を向け、手首を返しアサシンブレードを引き出した。

 

「へぇ、こりゃおでれーた、隠し短剣か」

「まさか、こんな形で助けられるとはね、命を救われたよ」

 

 エツィオが複雑な表情を浮かべて呟いた。

エツィオはルイズの魔法が爆発を起こす瞬間に手首のアサシンブレードを引き出し、ロープを切断、事なきを得ていたのだった。

 

「しっかし、それをあの娘っ子は許すかねぇ? ありゃ自分の力で切ったと思ってるぜ?」

「彼女が勝負に勝ったのは事実だ、……真実はない」

 

 アサシンブレードを元に戻し、「キュルケには悪いけどな」と小さく呟いた。

 

「残念ね! ツェルプストー!」

 

 勝ち誇ったルイズは、大声で笑った。

キュルケはルイズに負けたことが悔しいのか、膝をついたまましょぼんと肩を落としている。

それに気が付いたエツィオは、優しく慰めるべくキュルケに近づいた。

 

 そのときである。

 背後に巨大な何かの気配を感じて、キュルケとエツィオが振りかえった。

そして我が目を疑った。

 

「おいおい……これは……何の冗談だ?」

 

 巨大な土のゴーレムがのっそりと立ちあがり、地響きを立てながらこちらに歩いてくるではないか。

 

「きゃあああああああああああ!!」

 

 キュルケは悲鳴をあげて逃げ出した。

その悲鳴で我に返ったエツィオはゴーレムを見上げたまま立ちすくむルイズを小脇に抱えた。

とにかくここにいたらまずい、即座に判断しゴーレムとは反対の方向へと一目散に駈け出そうとした、その時。

タバサのウィンドドラゴンが滑り込むように滑空してきた。

エツィオとルイズを両足でがっしりと掴むと、ゴーレムの足をすり抜け、上空に舞い上がった。

そして誰もいなくなった空間にゴーレムの足が振り下ろされ、大地にめり込んだ。

 ウィンドドラゴンの足にぶら下がった二人は、上空からゴーレムを見下ろした。

 

「なんだあれは……? すごい大きさだ……」

「わかんないけど……巨大な土のゴーレムね」

「ゴーレム? あれが? ギーシュのとは比べ物にならないぞ!」

「……あんな大きい土ゴーレムを操れるなんて、トライアングルクラスのメイジに違いないわ」

 

 その時、ウィンドドラゴンの背に跨っていたタバサが身長より長い杖を振る。

『レビテーション』で、エツィオとルイズの身体が足からウィンドドラゴンの背に移動した。

 

「ありがとう、ミス・タバサ、助かったよ」

 

 エツィオが礼を言うと、タバサは無表情に頷いた。

エツィオはゴーレムを注意深く観察しながら、ルイズに尋ねる。

 

「あのゴーレム、壁なんか殴って何をしているんだ?」

「宝物庫」タバサが答える。

「狙いは宝物庫? ……ということは、あれは『土くれ』のフーケ?」

「フーケ? あの……なるほど、あいつか」

 

 エツィオはゴーレムの肩に乗る黒いローブを纏ったメイジを見つめて呟いた。

 

「ミス、ルイズを頼む」

 

 エツィオはタバサにそう言うと、ドラゴンの背から身を乗り出し、ゴーレムを覗きこんだ。

見ると宝物庫の壁には大きな穴があき、黒ローブのメイジが腕を伝って入り込もうとしていた。

ゴーレムはピタリと動きを止めている、飛び移るなら今をおいて他にないだろう。

 

「ちょっと、何する気なのよ!」

「見過ごすわけにはいかないな、奴を引きとめる、早く人を呼んで来てくれ」

「エツィオ! 待ちなさい! エツィオ!!」

 

 今まさに飛び降りようとするエツィオを見てルイズが引きとめる、しかし、エツィオはそれだけ言うと、ウィンドドラゴンの背からゴーレムの頭目がけ飛び降りた。

 

 

 

 フーケは巨大な土ゴーレムの肩の上で薄い笑いを浮かべていた。

 逃げ惑うキュルケや、上空を舞うウィンドドラゴンの姿が見えたが気にしない。

フーケは頭からすっぽりと黒いローブに身を包んでいる。その下の自分の顔さえ見られなければ、問題はない。

 

 ヒビが入った壁に向かって、土ゴーレムの拳を鉄に変えた。壁に拳がめり込み、バカッと鈍い音と共に壁が崩れ落ちる。

黒いローブの下で、フーケはほほ笑んだ。

 

 フーケは土ゴーレムの腕を伝い、壁にあいた穴から、宝物庫の中に入り込んだ。

 中には様々な宝物があった。

しかし、フーケの狙いはただ一つ、『真理の書』である。

――曰く、この世の真理が記されている書物である。

――曰く、読み解く者に真実を与える書物である。

――曰く、世界を一変しかねない書物である。

等々、その書物にまつわるうわさ話は後が絶えない。

だがフーケにはそんな事はあまり関係がない、そう言った曰くつきの書物は好事家に高く売れる、ただそれだけであった。

 

 宝物庫の中を見回すと、様々な本がガラスのケースに納まっている一角があった。

フーケはその中の鉄製のプレートを見つめた。

『真理の書、閲覧、持ち出しを堅く禁ずる』と書いてある。

フーケの笑みがますます深くなった。ガラスケースを叩き割り、『真理の書』に手に取った。

 

「これが『真理の書』?」

 

 フーケは『真理の書』を開き、眉を顰めた。

ハルケギニアの古代文字が全項に渡りびっしりと綴られている。

一体何が書かれているのだろうか、読み解く者に真実を与える書、

少し興味をそそられたが、今は考えている暇はない。急いでゴーレムの腕に乗った。

 去り際に杖を振る、すると壁に文字が刻まれた。

 

『真理の書、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 それを確認したフーケは口の端を上げ、ゴーレムの肩に向かい踵を返した、その時。

何者かの気配を感じ、顔を上げる、ゴーレムの頭の上に誰かが立っている。

自分とはまるで正反対の格好をした、白いローブの男だ、これまた自分と同じようにフードを目深に被っているため顔や表情を伺うことができない。

フーケは歯噛みした、まさか乗り込んでくる奴がいようとは、そこまで考えた瞬間、男が動いた。

ふわりと、まるで羽毛の様にゴーレムの肩に降りてくると、何を考えているのか、男はフーケに対し、優雅に腰を曲げ一礼する。

杖を手に臨戦態勢に入っていたフーケが一瞬呆気にとられた。その隙を逃さず、男の手から投げナイフが放たれた。

 

「しまった!」

 

 矢の如く迫るそれをかろうじて反応し、ギリギリで回避する、体勢を崩した所にもう一本投げナイフが飛んできた。

フーケは咄嗟に『真理の書』を持っていた左手でそれを防いでしまった。

 

「なっ!」

 

 男の手から放たれたナイフは狙い澄ましたかのように『真理の書』の背に突き刺さる。

あろうことか、パラパラと『真理の書』から頁が抜け落ちていくではないか。

フーケは、これ以上の脱落を防ぐため、必死で『真理の書』の表紙を押えつける。

その機を逃すまいと、男がゴーレムの上を駆けだした。

 

「くっ……! なめるんじゃないよ!」

 

 フーケは杖を振り、ゴーレムの腕を大きく振らせ、男を振り落とそうとした。

 

「おわっ、うわわっ!?」

 

 突然腕を振られ、地面に投げ出されそうになった男がかろうじて腕にしがみついた。

 フーケはその隙に『フライ』を詠唱し腕から脱出する。これ以上時間を割いている余裕はない。すぐにゴーレムを歩かせる。

ゴーレムは魔法学院の城壁を一跨ぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てて草原を歩いていく。

 

「くそっ、このままじゃ……!」

 

 歩き続けるゴーレムの腕にぶら下がりながらエツィオは歯噛みする。

高さは少なくとも二十メイルはある、落ちたらひとたまりもない。

 

「どうする……」

 

 そう呟き、周りを見渡す。ゴーレムが歩くたびに生じる振動がエツィオに襲いかかる。

このままではいずれ振り落とされてしまうだろう。

 

「エツィオ!」

 

 その時、ルイズの声が聞こえてきた、エツィオがその方向に視線を送ると、タバサのウィンドドラゴンが飛んでくるのが見えた。

ゴーレムの腕すれすれを通過した瞬間に、エツィオがドラゴンに飛び移る。

間一髪、エツィオが飛び移った瞬間に、草原の真ん中を歩いていた巨大なゴーレムは、突然ぐしゃっと崩れ落ちた。

巨大なゴーレムは大きな土の山になった。

 

「はぁっ……! た、助かった……!」

 

 エツィオはドラゴンの背びれにもたれかかると大きく息をついた。

あと少しで生き埋めになるところだった。

 

「ばかっ! 何してんのよあんたは!」

「すまないルイズ、捕まえられなかった」

「違うっ! そんなこと言ってるんじゃない!」

 

 目に涙をため、ルイズがエツィオを怒鳴りつける。

突然怒鳴られたエツィオは、やや驚いたようにルイズを見つめた。

 

「死んだらどうするのよ! 心配かけさせないでよ! このバカ使い魔!」

「……ルイズ」

 

 普段ならそんなルイズに対し軽口を叩くエツィオだったが、今回ばかりはそんな気になれなかった。

本気で自分の身を案じ、涙を流す彼女を、どうしてもからかうことはできなかった。

 

「……すまない」

 

 エツィオは渋い表情で呟くと、崩れ去ったゴーレムへと視線を送る。

月明かりに照らされたこんもりと小山の様に盛り上がった土山以外何もなく。

エツィオが対峙した黒ローブのメイジの姿もどこにもなかった。


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