SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-04 「浮気者にお仕置きを」

 トリスティン魔法学院に奉職し二十年、中堅の教師である『炎蛇のコルベール』は図書館で書物を開いていた。

彼は先日の『春の使い魔召喚』の際に、ルイズが呼び出した青年が気にかかっていた。

正確に言うと、彼の左手に刻まれたルーンの事が気になって仕方がなかったのである。

今まで見たことがない珍しいルーン。そのため先日の夜から図書館にこもりきりで資料を探していたのであった。

高さ三十メイルにも及ぶ巨大な本棚を『レビテーション』を使いながら本を探っていた。

その中の一冊の本の記述に目をとめる。それは始祖ブリミルが使用した使い魔たちが記述された古書であった。

それに記された一節に彼は目を奪われた。信じられないとばかりに自分のスケッチと見比べる。

彼はあっ、と声にならない呻きを挙げた。一瞬『レビテーション』の集中が途切れ、床に落ちそうになる。

降り立った途端、本を抱えると、慌てたように走り出す。向かう先は、学院長室であった。

 

 学院長室は、本塔の最上階にある。

トリステイン魔法学院の学院長を務めるオスマン氏は白い口髭と髪を揺らし、重厚な造りのテーブルに肘をつき、退屈を持て余していた。

ぼんやりと鼻毛を抜いていたが、おもむろに引き出しを引き、中から水ギセルを取り出す、

すると、部屋の隅で書き物をしていた秘書のミス・ロングビルが羽ペンを振った。

水ギセルは宙を飛び、ミス・ロングビルの手元までやってきた。つまらなそうにオスマン氏が呟く。

 

「年寄りの楽しみを奪わんでくれんか、ミス……」

「オールド・オスマン、あなたの健康管理もわたくしの重要な仕事なのですわ」

 

 オスマン氏は椅子から立ち上がると、理知的な顔立ちが凛々しい、ミス・ロングビルに近づいた。

椅子に座るロングビルの後ろに立ち、重々しく目をつむる。

 

「こう平和な日々が続くとな、時間の過ごし方というものが。何より重要な問題になってくるのじゃよ」

 

 オスマン氏の顔に刻まれた皺が彼のすごしてきた歴史を物語っている。

百歳とも三百歳とも言われている、本当の年齢など、彼ももはや覚えていないらしい。

 

「オールド・オスマン」

 

 ロングビルは、羊皮紙の上を走らせる羽ペンから目を離さずに言った。

 

「なんじゃ? ミス……」

「暇だからといって、私のお尻を撫でるのはやめてください」

 

 オスマンは口を半開きにしたまま、よちよちと歩き始めた。

 

「都合が悪くなるとボケた振りをするのもやめてください」

 

 どこまでも冷静な声で、ミス・ロングビルは言った。

オスマン氏はため息をついた。深く、苦悩が刻まれたため息であった。

 

「真実とはどこにあるんじゃろうか? 考えたことはあるかね? ミス・ロングビル。我が師に言わせれば、真実は――」

「オールド・オスマン! いらっしゃいますかな!」

 

 オスマン氏の言葉はそこで中断される、ドアがガタン! と勢いよく開けられ、中にコルベールが飛び込んできた。

 

「なんじゃね?」

 

 オスマン氏は腕を後ろに組み、重々しく闖入者を迎え入れる。

 

「た、大変です! これを見てください!」

「大変なことなど、あるものか。すべては小事じゃ」

「ここ、これを見てください!」

 

 コルベールは、オスマンに先ほど読んでいた書物を手渡した。

 

「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。まーたこのような古臭い文献など漁りおって。

そんな暇があるのなら、たるんだ貴族たちから学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ。ミスタ……、なんだっけ?」

「コルベールです! お忘れですか!」

「あぁ、そんな名前だったな。どうも君は早口でいかんよ。で、コルベール君。この書物がどうしたのかね?」

「これも見てください!」

 

 コルベールは、エツィオの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。

それを見た途端、オスマンの表情が変わった。目が光り、厳しい色になった。

 

「ミス・ロングビル。席を外しなさい」

 

 ロングビルは立ち上がり、部屋を出て行く。その退室を見届けた後、オスマンは口を開いた。

 

「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」

 

 

 

 

「よし、こんなものでいいだろ」

「……」

 

 ルイズがめちゃくちゃにした教室の片づけを終えたエツィオが大きく息を吐く。

新しい窓ガラスや重たい机を運びこむ重労働だった。すでに時刻は昼休みの前にさしかかっていた。

最後の瓦礫をかき集め木箱の中に詰め込む、後はこれを捨てるだけだ。

エツィオは瓦礫が入った木箱を抱え上げる。

 

「さて、行こうか」

「……何も言わないの?」

 

 木箱を抱え教室を出ようとしたエツィオに、今まで黙っていたルイズが口を開いた。

 

「ん? 何がだ?」

「とぼけないでよ、魔法よ、わたしの魔法、失敗したじゃない」

「あぁ、あれか……」

 

 エツィオはとぼけた声でそう言うと首をかしげる。

 

「たしか、成功確率『ゼロ』だったかな?」

「……そうよ」

「で、さっきのも失敗と……おい、もしかして、それでさっきからしょげているのか?」

「ぅ……」

「なるほど、そしてそのことを知った俺がバカにすると思ったんだな?」

 

 エツィオはニヤリと笑うと、ルイズの頭にポンと手を置き、わしゃわしゃと撫でた。

ルイズは顔を真っ赤にしながらエツィオの手を振り払った。

 

「なっ! なにすんのよ!」

「心配するなって、そんなことで俺が君を見捨てたりすると思ってるのか? まぁあの爆発には驚いたけどな」

 

 ふてくされた様子のルイズを見て、エツィオはさらにおちょくるように口を開いた。

 

「それとも、俺に慰めてほしいのかな? なんだ、早く言えよ。それならあとでいくらでも……」

「だっ、誰があんたなんかに慰めてもらわなきゃならないのよ! この、つ、使い魔のくせに!」

「冗談さ、それに、慰めなんて必要ないだろう? 君は強いからな……その、いろんな意味で」

「どういう意味よ! このーっ!」

「いてっ! おいおい、やめろって、こっちは荷物をもってるんだぜ」

「知らない! このバカ!」

 

 顔を真っ赤にしたルイズがエツィオを蹴りつける、エツィオはそんなルイズをからかいながら教室を後にした。

 

「あぁルイズ、悪いが先に行っててくれないか」

「どうしてよ……って、そうね、わかったわ、ゴミ捨て場わかる?」

「あぁ、昨日確認済みさ、それじゃ、あとでな」

 

 食堂へ向かっていたエツィオが、ルイズに先に行くように促す。

先ほどの瓦礫が詰まった木箱を抱えたままである、このまま持っていくわけにもいかない。

ルイズも納得し、いったん別れると、エツィオは瓦礫が詰まった木箱を処分するためにゴミ捨て場へと向かった。

 

「さてと……」

 

 ゴミを処分し終えたエツィオは、改めて食堂へと向かう、先ほどの重労働のおかげで腹がすいて仕方がない。

しかし、食堂まで向かう途中、朝に出された食事は質素なスープに堅そうなパンだけだった事を思い出した、

しかもその後に食事抜きを宣告されている。あまり食事には期待はできそうにない事は確かだ。

 

「仕方ない、ルイズに掛け合うか」

 

 こればかりは死活問題だ、早めに改善しないとならない。

空いた腹を抱え肩を落とす。そして食堂に向かおうと顔を上げた。

 

「あら? エツィオさん?」

 

 その声に振り向くと、昨日エツィオの前に現れたシエスタが立っていた。

 

「やぁ! シエスタじゃないか!」

 

 暗い表情から一変、エツィオは明るい口調でシエスタに歩み寄る。

 

「おや? 昨日より可愛くなってないか? 一体どんな魔法を使ったんだ?」

「あっ、いえっ、そのっ、わ、私は何もっ!」

「まったく、俺の心をますます離してくれないな、君は。困った魔法使いだ」

 

 開口一番に口説き始めたエツィオに、シエスタは褒められた気恥ずかしさと、うれしさが混ざったような表情ではにかむ。

その時、エツィオのお腹が空腹に耐えかねたのか大きな音を立てる。

 

「ははっ、これは失礼……」

 

 決まりが悪そうにエツィオが頭をかく、雰囲気をぶち壊した自分の腹の虫が恨めしい。

 

「お腹、空いてるんですか?」

「恥ずかしながら、実はそうなんだ、どうだい? 一緒にランチでも」

「あっ……ごめんなさい、私はもう済ましてしまったので……」

「そうか……君に会うのがもう少し早ければご一緒できたのに……運命の神様を殴りたい気分だ」

「あ、あの、もしよろしければ今からエツィオさんの分を用意いたしますわ」

「いいのかい?」

「はい、ではこちらにいらしてください」

 

 そう言うとシエスタは歩き出した。

 

 エツィオが連れて行かれたのは、食堂の裏にある厨房だった。

大きな鍋やオーブンがいくつも並んでいる。

コックやシエスタのようなメイドたちが忙しげに料理を作っている。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

 エツィオを厨房の片隅にある椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥に消えた。

しばらくすると、お皿を抱えて戻ってきた。皿の中には温かいシチューが入っていた。

 

「貴族の方々にお出しする料理のあまりもので作ったシチューです、賄い食ですがよろしければ食べてください」

「ありがとう、恩にきるよ」

 

 エツィオはそれを受け取ると、スプーンで一口すする。

 

「…… これはうまいな! 朝のスープとは比べ物にならないよ」

「よかった、おかわりもありますから、ごゆっくり」

 

 シチューを食べるエツィオの様子をみてシエスタはニコニコとほほ笑んだ。

 

「ご飯、もらえなかったんですか?」

「朝の食事があまりに貧相だったんでね、ルイズの食事からいくつか頂いたんだ、そしたら食事ヌキだとさ」

「まぁ! 貴族にそんなことしたら大変ですわ!」

「気がつかない彼女が悪いのさ、なに、からかい甲斐のある子だよ」

「勇気がありますのね……」

 

 シエスタは唖然とした様子でエツィオを見つめた。

あっという間にシチューを平らげたエツィオは空になった皿をシエスタに返した。

 

「おいしかった、ありがとう、君は命の恩人だ」

「よかった、お腹がすいたらいつでもいらしてください、私達が食べているものと同じものでよかったら、お出ししますから」

 

 うれしい提案だ。ここまでしてくれるとは予想外だったのか、エツィオは笑いながら肩を竦めた。

 

「ははっ、まったく、君の認識を改めなきゃならないな」

「認識……ですか?」

 

 シエスタがなんのことかわからないと首をかしげる。

 

「君は魔法使いじゃなく慈悲深い女神さまってことさ」

「め、女神だなんて! か、からかわないでください! 本当に御冗談がお上手なんですから、エツィオさんは」

「本当さ、こんな慈悲深く美しい女神をメイドとして雇っているなんて、ここの連中は自分がどれだけ幸運なのかわかってないらしいな」

「おっ、大げさですよ!」

「大げさじゃないよ、さて、ルイズのご機嫌でも伺ってくるかな、えーと食堂へは……」

「こちらですわ、これから私もデザートの配膳がありますので、途中までご一緒しますわ」

 

 シエスタはそう言うと、再び厨房の奥へと行き、デザートのケーキが並んだ大きな銀のトレイを持ってきた。

 

「おいおい随分大きいトレーだな、一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ、いつものことですので」

「心配だな、どれ、手伝ってやるよ」

「いいんですか?」

「もちろんさ、女神さま」

 

 エツィオは軽くウィンクすると、シエスタからトレーを受け取った。

 

 

 銀のトレーを持ち、食堂に出たエツィオは、シエスタとともにケーキを配って行った。

シエスタがはさみでケーキをつまみ、エツィオの持つトレーから手際良く貴族達に配って行く。

 

 金色の巻き毛に、フリルのついたシャツを着た、気障なメイジがいた。

薔薇をシャツのポケットに挿している。周りの友人達が、口々に彼を冷やかしていた。

 

「なぁ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ!」

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 

 気障なメイジはギーシュと言うらしい、彼はすっと唇の前に指を立てた。

 

「つきあう? 僕にそのような特定な女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 

 その言葉を聞いて、エツィオは思わず鼻で笑う。

 

「(……なかなか言うな、彼は)」

「エツィオさん? どうしたんですか? 顔が笑ってますよ」

「いや、ちょっとな……」

 

 エツィオの様子に気がついたのかシエスタがフードの中を覗き込んだ。

エツィオは肩を竦めると、シエスタに配膳の続きをするように促した。

 

 その時、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスで出来た小壜だ。中に紫色の液体が揺れている。

それをみたエツィオがギーシュに声をかけた。

 

「おい、ポケットから壜が落ちたぞ」

 

 しかしギーシュは振り向かない。聞こえなかったか? 

エツィオはシエスタにトレーを持ってもらい、小壜を拾った。

 

「落し物だ、ここに置いておくぞ」

 

 それをテーブルの上に置いた。ギーシュは苦々しげにエツィオを見つめると、その小壜を押しやった。

 

「これは僕のじゃない、君は何を言っているんだね?」

 

 その小壜の出所に気付いたギーシュの友人達が大声で騒ぎ始めた。

 

「おお? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」

「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーとつきあっている。そうだな?」

「違う。いいかい、彼女の名誉のために言っておくが……」

 

 ギーシュがなにかを言おうとしたとき、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かいコツコツと歩いてきた。

栗色の髪をしたかわいらしい女の子だ。マントの色からして、おそらくは一年生だろうか?

 

「ギーシュさま……」

 

 そしてボロボロと泣き始めた。

 

「やはり、ミス・モンモランシーと……」

「彼らは誤解しているんだ、ケティ、いいかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ……」

 

 ギーシュの言い訳は、ケティと呼ばれた少女の平手で遮られた。

パァン! と小気味いい音が食堂に響き渡る。

 

「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」

 

 ギーシュは頬をさする。

すると、遠くの席から一人の見事な巻き毛を持った少女が立ち上がる。

確か彼女は、エツィオが召喚されたときにルイズと口論していた子だ。

いかめしい顔でかつかつとギーシュの席までやってきた。

 

「モンモランシー、誤解だよ。彼女とはただラ・ロシェールの森まで……」

 

 ギーシュは必死に冷静を装いながら言った。

 

「やっぱり、あの一年生に手を出してたのね」

「お願いだよ、『香水』のモンモランシー! そんな顔をしないでくれ、僕まで悲しくなってくるじゃないか!」

 

 モンモランシーはテーブルからワインボトルをつかむと、中身をどぼどぼとギーシュの頭にかけた。

 

「この嘘つき!」

 

 と、怒鳴って去って行ってしまった。

沈黙が流れる、ギーシュは一つため息をつくと、ハンカチを取り出し、ゆっくりと顔を拭いた。

そして首を芝居がかった仕草で振りながら言った。

 

「あのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 

 エツィオは根性は大したものだな、と思い、配膳の続きをするためにシエスタから銀のトレイを受け取ろうとした。

そんな彼を後ろからギーシュが呼び止める。

 

「そこのフードの男、待ちたまえ」

「ん? 何か用かな? 色男君」

 

 ギーシュは、椅子の上で体を回転させると、すさっ! と足を組んだ。

いちいちキザったらしい仕草に、エツィオは口の端を上げ笑う。

 

「君が軽率に、香水の壜なんか拾い上げてくれたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」

 

 呼び止めておいて何を言い出すかと思えば……。

エツィオは半ばあきれた口調で言った。

 

「どうって言われてもな、二股かけていた君が悪いとしか言いようがないな」

 

 ギーシュの友人達がどっと笑った。

 

「その通りだギーシュ! お前が悪い!」

 

 ギーシュの顔に、さっと赤みが差した。

 

「いいかい? 給仕君。僕は君が香水の壜を拾ったとき、知らないふりをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転があってもよいだろう?」

「なるほど、それでこの件の責任は俺にある、と言いたいのか」

 

 その言葉を受けたエツィオは、空いた椅子を引っ張ると、ギーシュを真似るように腰かけ、すさっ! と足を組む。

わざとらしいキザな仕草、しかしギーシュと比べるとまるで貫録が違う。

唖然とする周囲をよそ目に、エツィオはテーブルに置いた香水の小壜を手に取ると、指先で弄び始めた。

 

「俺が君に話を合わせれば、彼女らは二股をかけられていることにも気がつかず、また、名誉も傷がつかずにすんだ、と」

 

 壜のふたを開け、香りを確かめる。ギーシュがあっ、と小さく声を上げる。

エツィオは悩ましげに息を吐き、小さく頭を振った。

 

「ふむ、いい香りだな、相手のことを思って作った証拠だ……。あぁ、これは申し訳ないことをした。

君みたいな不実な男に二股かけられてたという不名誉な事実を知った彼女らの胸中は計り知れないな……」

「なっ! なんだと!」

「おや? 何か間違ったことでも言ったかな?」

「ぐっ……」

 

 言い返そうにも言い返せない、二股をしていたのは事実である。

口先でこの男に勝てる気がしない、ギーシュはただエツィオを睨みつけるしかできなかった。

エツィオは椅子から立ち上がると、欠伸をし大きく伸びをした。

 

「さて、君の相手をするのも飽きてきたな……もういいかな? 女の子達にケーキを配らなきゃいけないんだ」

「ふ、ふん……。あぁ、君は……」

 

 睨みつけていたギーシュがエツィオの服装と顔を見て何かを思い出したのか、バカにしたように鼻を鳴らした。

 

「確か、あのゼロのルイズが呼び出した、平民出の没落貴族だったな、こんなに機転も利かないんじゃ、没落しても仕方がないな。

期待した僕が間違っていたよ。行きたまえ」

「……何だと?」

 

 背を向けていたエツィオが振り返り、ギーシュを睨みつける。

フードの中の目は今までの彼からは想像もできないほど鋭く、殺意に満ちていた。

だがギーシュは相手はただの平民だとタカを括っていた。

 

「聞こえなかったのかね? 没落しても仕方がないと言ったんだ、平民の分際で貴族だなんて、分不相応にもほどがあるんじゃないのかね?」

「……取り消せ、今ならまだ遅くは無いぞ」

 

 静かに、しかし怒りに満ちた声で警告する。

しかしギーシュは何も間違ったことは言っていないとばかりに鼻を鳴らした。

 

「取り消す? 何をだね?」

「これ以上我が家名を侮辱してみろ、その首掻っ切るぞ」

「ふん、面白い、丁度いい腹ごなしだ。君に貴族としての矜持が残っているのなら、決闘といこうじゃないか、もちろん、受けて立つよな?」

「当然だ、そっちこそいいのか? 泣いてもママは助けに来ないぞ?」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりにエツィオがニヤリと笑う、獲物を捉えた狩人の眼だ。

貴族というものは自分の家名に誇りを持つ、それはエツィオとて例外ではない。

家名の侮辱は命をかけ決闘をするに十分値する理由だった。

 

「場所は?」

「貴族の食卓を平民の血で汚すわけにはいかない。ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら来たまえ」

 

 ギーシュはくるりと体を翻し、食堂を後にする。

ギーシュの友人達がわくわくした顔で立ち上がり。ギーシュの後を追った。

一人はテーブルに残った、エツィオを逃がさないために見張るつもりのようだ。

 

 シエスタがぶるぶると震えながら、エツィオを見つめている。

エツィオはおどけたように頭を抱えた。

 

「はぁ、やってしまったな……つい熱く……冷静になれって伯父上に言われてるんだけどな」

「あ…… あなた、殺されちゃう……」

「ん?」

「貴族を本気で怒らせたら……」

 

 シエスタは、だーっと走って逃げてしまった。

すると入れ替わるようにルイズが駆け寄ってきた。

 

「あんた! なにしてんのよ! 見てたわよ!」

「やぁルイズ、丁度よかった」

「やぁじゃないわよ! なに勝手に決闘なんか約束してるのよ!」

「奴は、我が家名を侮辱した、理由としては十分さ」

 

 ルイズは一瞬言葉に詰まる、しかし気を取り直し強い調子でエツィオを見つめた。

 

「あんたの気持もわかるわ、でも聞いて。あれでもギーシュはメイジなの。アンタは平民なんだからメイジに勝てないの!」

「やってみなくちゃ分からない、それにメイジとは一度やりあってみたかった、こんなに早く機会に巡り合えるなんて思ってもいなかったよ」

「何言ってるの? あのね? 絶対に勝てないし怪我するわ、いや、怪我ですんだら運がいいわよ!」

「さて、ヴェストリの広場はどこだ」

 

 ルイズを無視しエツィオは歩き出した、ギーシュの友人の一人が顎をしゃくった。

 

「こっちだ、平民」

「それに」

 

 エツィオは一度立ち止まると、振り向かずに言った。

 

「あいつに勝てなかったら、君の使い魔なんて勤まらないだろう」

 

 ルイズにそれだけ言うと、再び歩き出す、

すると何かを思い出したのか、前を歩いていたギーシュの友人の肩をたたく。

 

「なんだ?」

「決闘前に寄りたいところがあるんだ、悪いがちょっと付き合ってもらっていいかな?」

 

 しばらくその様子を呆然と見ていたルイズだったが、エツィオの姿が消えると、ヴェストリの広場へと向かった。

 

 

 

 

 ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある、中庭である。

西側にある広場なので、そこは日中でも陽があまり差さないため、決闘にはうってつけである。

しかし、噂を聞きつけた生徒達で広場は溢れかえっていた。

 

「諸君! 決闘だ!」

 

 ギーシュが薔薇の造花を掲げた。うおーッ! と歓声が沸き起こる。

 

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」

 

 ギーシュは腕を振り、歓声に応えている。

そんな中、ギーシュに向かい合っていたエツィオが前に進み出ると、両手掲げる。

 

「静粛に、諸君! 静粛に!」

 

 興奮に沸く観衆を諌めると、一歩前に進み出る。そしてギーシュを指さし高らかと宣言する。

 

「奴はアウディトーレの名を貶めた! 許せん! この決闘の理由は他でもない! 

名を貶めるということがどういうことかを、あの馬鹿に思い知らせてやるためだ!」

 

 おぉっ! と観衆から声が上がる。

エツィオとギーシュが、広場の真ん中に立ち、お互いに睨みあう。

 

「遅かったね、しかし逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」

「それは悪かったな、ちょっと用事を済ませてきたんだ。

……さっきのケティって女の子、ちょっと慰めてあげたら俺にゾッコンだったぜ? お前とは大違いだな」

「なんだとっ……!?」

 

 その言葉に薔薇の花を弄っていたギーシュの手が止まる。

その時、見物に集まった観衆の中から、黄色い声が聞こえてきた。

 

「エツィオさまーーっ! がんばってーー!!」

「ケ……ケティ……?」

「な?」

 

 最前列のケティがエツィオに向かい声援を送っている。

唖然とするギーシュをよそ目に、エツィオは軽く手を振りそれに応えた。

 

「さて、それじゃそろそろ始めようか、この後彼女とお茶を飲む約束があるんだ」

「くっ! おのれっ……!」

 

 ギーシュに振り向き、エツィオが言った。

言うが早いか、ギーシュは薔薇の花を振った。

どうやらこれから魔法を使うらしい、エツィオの目が鋭くなる、それは紛れもない、戦いに臨む者の目だった。

 花弁が一枚、ひらひらと宙に舞ったと思うと……。

甲冑を着た女戦士の形をした、人形になった。

身長は人間と同じだが硬い金属製のようだ。淡い陽光を受けて、その肌……甲冑がきらめく。

それが、エツィオの前に立ちふさがった。

 

「(……これは)」

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」

「……ふん、そうでなくちゃな」

「言い忘れていた。僕はギーシュ・ド・グラモン、二つ名は『青銅』。『青銅』のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム、『ワルキューレ』がお相手する!」

「(青銅製……厄介だな、拳じゃ歯が立ちそうにないな……)」

 

 一目見て厄介な相手だと判断する、内心舌を打ちながらエツィオはマントの下で、左手首を返しアサシンブレードのリングを引いた。

青銅製の相手に、これもどれだけ通用するかはわからないが、あるだけマシである。

ブレードを引き出し、固定する。その時、エツィオの左手に刻まれたルーンが光りだし、ふっと体が軽くなる。

 

「え……?」

 

 自身の身体に起きた変化に驚き、思わずアサシンブレードを納める。ルーンの輝きが消え、体の感覚もいつもと同じになった。

突然の変化に戸惑い、無防備のままのエツィオに、ゴーレムが襲いかかった。

その右の拳がエツィオの顔面に叩きこまれる。

 

「ぐぁっ!?」

 

 エツィオはそのまま地面になぎ倒される。青銅製の拳だ、無理もない。

倒れ伏したエツィオを悠然とゴーレムが見下ろした。

 

「いっつ……」

 

 殴られた箇所を押えふらふらとエツィオが立ち上がる。

手のひらを見ると、べっとりと血が付いていた、どうやら口元の古傷が開いてしまったらしい。

ギーシュが余裕の笑みを浮かべながら、エツィオの様子を見つめている。

 

「威勢がいいのは口だけだな。どうする? 降参するかい?」

「ははっ、なるほど、これはお堅いご婦人だ。口説いてもお友達にはなってくれそうにないな」

 

 エツィオは口元を拭うと、薄く笑みを浮かべる。

その時、ゴーレムが動いた、青銅製の拳が再びエツィオに襲いかかる。

それを見たエツィオが再び左手のアサシンブレードを引き出す。

するとそれに呼応するかのように左手のルーンが輝き出し、体が軽くなった。

 

「おっと……」

 

 再び現れた自身の変化に戸惑いつつも右手で拳を受け止め、内側にひねりこむ。

軽く力を込めただけのはずなのに、青銅製のゴーレムは、簡単に体勢を崩し背中を晒した。

エツィオは押し出すように尻を蹴り飛ばす。距離をとる為に蹴飛ばしたはずが、ゴーレムは派手な音を立てて地面を転がって行く。

 

「なんだ? これは一体……」

 

 エツィオは驚いていた。

アサシンブレードを引き出した瞬間、痛みが消え、体が羽のように軽くなり、力が湧いてきた。

再び引っ込めると、ルーンの輝きが消え口元の痛みがぶり返す。

 

「使い魔のルーン?」

 

 左手を見つめながら小さく呟く、今まで数多くの暗殺をこのアサシンブレードとともにこなしてきた。

しかしこれまでの間、使っていてこんな風に体が軽くなるなど一度たりともなかった。

こうして光っている間だけ、体が軽くなる以上、この効果はルーンが及ぼすものだと考えられる。

 

「気になることは山ほどあるが、まずは……」

 

 思考を中断し目の前の戦いに集中する、うつ伏せに倒れこんだゴーレム目がけエツィオが飛びかかった。

立ち上がろうともがくゴーレムの身体を右手で押え、再び地面に押し倒すのと同時に、ゴーレムの首にアサシンブレードを突き立てるべく、左手を振りおろした。

 

 所変わり、ここは学院長室。

コルベールは、泡を飛ばしてオスマン氏に説明をしていた。

春の使い魔召喚の儀で、ルイズが平民の青年を召喚してしまったこと。

その契約時に現れたルーンが気になり調査をしたこと、その結果……。

 

「始祖ブリミルの使い魔、『ガンダールヴ』に行きついた、というわけじゃな?」

 

 オスマン氏は、コルベールが描いたエツィオの手に現れたルーン文字のスケッチをじっと見つめた。

 

「そうです! あの青年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』とまったく同じものであります!」

「なるほど、で、君の結論は?」

「あの青年は『ガンダールヴ』です!これが大事じゃなくて、なんなんですか!オールド・オスマン!」

 

 コルベールは、禿げ上がった頭を、ハンカチで拭きながらまくし立てた。

 

「ふむ……。確かに、ルーンが同じじゃ。同じじゃと言うことは、ただの平民だったその青年は、

『ガンダールヴ』になった、ということになるんじゃろうな」

「どうしましょう」

「しかし、それだけで決めつけるのは少々早計かもしれん、

なにか、彼の身分がわかるようなものはあるかね? 例えば、こういうものを身に着けていた、とか」

「そういえば、彼の身に着けていた服にこのような紋章がありましたな」

 

 コルベールは記憶を頼りに、エツィオが身に着けていた紋章を、スケッチの横に書き足した。

黙ってそれを見ていたオスマン氏の目がみるみる身開かれていく。

 

「ミスタ・コルベール! これはっ……!」

「オールド・オスマン? この紋章がどうかしましたかな?」

 

 ただならぬ様子のオスマンにコルベールが恐る恐る声をかけた、その時、ドアがノックされた。

 

「誰じゃ?」

 

 扉の向こうから、ミス・ロングビルの声が聞こえてきた。

 

「私です。オールド・オスマン」

「なんじゃ?」

「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」

「……まったく、暇を持て余した貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」

「あの、グラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、その息子も輪をかけて女好きじゃ。

おおかた女の子の取り合いじゃろう。それで? 相手は誰じゃ?」

「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の青年のようです」

 

 オスマンとコルベールは顔を見合わせた。

 

「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」

 

 オスマンの目が、鷹のように鋭く光った。

 

「アホか。ケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「わかりました」

 

 ロングビルが去っていく足音。コルベールは、つばを飲み込んで、オスマンを促した。

 

「オールド・オスマン」

「うむ」

 

 逸る気持ちを押え、オスマン氏は杖を振った。壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出される。

すると、白いローブを纏い、フードを目深に被った青年が、ゴーレムに飛びかかる姿が映し出された。

それをみたオスマンが驚愕の表情を浮かべ、呟いた。

 

「アサシン……!」

 


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