SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-35 「英雄の条件」

 一方その頃。

王宮の謁見室では、本日すべての執務を終えたアンリエッタは、とある人物を待っていた。

 

「陛下、マザリーニ枢機卿猊下がお戻りになりました」

 

 謁見室の外に控えた呼び出しの声に、アンリエッタは短く「通して」と告げる。

扉が開き、マザリーニ枢機卿が現れ、部屋の中へと足を進める。

 

「お待たせいたしました、陛下」

 

 マザリーニが深々とアンリエッタに頭を垂れる。

アンリエッタは部屋にいたお付きの者を全て下がらせ、マザリーニに向きなおった。

 

「いかがでしたか? 彼は」

 

 彼がどこにいたのか知っていたのであろう、アンリエッタはマザリーニに尋ねた。

果たしてエツィオの予想通り、この謁見自体がマザリーニの手によるものであったようだ。

マザリーニは力なく首を横に振ると、嘆息するように大きくため息をついた。

 

「陛下、お人が悪いですぞ」

「どういう意味でしょう?」

「なぜ彼をもっと早くに教えてくださらなかったのか、ということです。このマザリーニ、一生の不覚……、あれほどの傑物を今まで見出すことができなかったとは……。彼は一体今までどこに隠れていたというのでしょうか……」

 

 悔しそうに唇をかむマザリーニに、アンリエッタは問うた。

 

「それほどの人物なのですか? 彼はその……確かに有能ではあるようですけれど、少々軽薄な方という印象を受けていたのですが……」

 

 何しろ初対面の時、アンリエッタの身分を知らぬとはいえ、開口一番口説いてきた男である。

アンリエッタがそういった印象を受けるのも無理らしからぬ話であった。

しかしマザリーニは小さく首を横に振った。

「結論から申上げましょう。彼は……危険です」

「危険? 彼がですか?」

「はい。故に何としてもトリステインに引き入れ……、監視下に置いておきたいところですな、それがかなわぬのならば……」

 

 マザリーニはそこで一息つくと、アンリエッタを見据え、険しい表情で呟いた。

 

「殺してしまうべきです」

「殺すですって!」

 

 それだけに、マザリーニの口から飛び出した言葉に、アンリエッタは驚きのあまり思わず聞き返した。

 

「引き入れるというならまだしも、なぜ彼を殺さねばならないのですか? 確かに腕の立つ暗殺者だと聞き及んではおりますが……彼はルイズの使い魔であって……、メイジではないのですよ?」

「メイジではない……。そう侮った貴族派の者共が皆どのような末路を迎えたかお忘れですかな?」

 

 まあ、そこはよいでしょう、とマザリーニは言った。

 

「順を追ってご説明しましょう」

 

 「まずは一つ目」と、マザリーニは人差し指を立てた。

 

「これは私が直接対話して感じたことですが……。彼には人を惹きつける才能がありますな、これはまだ若く粗削りですが、磨けば確実に光るでしょう」

「『魅力』……ということでしょうか?」

「ええ陛下、これは稀有な才能ですぞ。人の上に立つものとして決して欠かせぬものです。無論陛下も国を治める身である以上お持ちではある。しかし長い歴史を紐解けば、極々稀に彼のような傑物が現れることがあるのです」

 

 「二つ目」、中指を立てマザリーニは続けた。

 

「『武力』……タルブの村で彼と共に戦ったという傭兵達からの聴取によりますと、彼は戦場にて鬼神のごとき戦いぶりを見せたと証言しております、その強さはメイジの騎士がまるで相手にならなかったほどだとか……。にわかには信じがたいですが、捕虜になったアルビオン兵からも同じ証言が得られたこと、そして彼の存在を何よりも恐れていることから事実と見るべきでしょう」

「メイジ殺しの戦士……」

「そうですな。……しかしそれだけではありません、同じく傭兵達からの聴取によると、彼はその場にいた傭兵達を瞬く間にまとめ上げ、指揮を執っていたとのこと、事実、アルビオン軍の総攻撃を受けてなお、彼らは寡兵でありながら持ちこたえていた。……どうやら彼には将としての才もあるようですな。まるで一端の指揮官のようだったと傭兵たちは証言しておりました」

 

 マザリーニは目を細めると、苦虫をかみつぶしたような顔を作った。

 

「知力に武力、そしてカリスマ性……間違いなく指導者の器です、しかも恐ろしいことに彼はまだ若くそれらが未だ成長段階にある。まるでおとぎ話の勇者ですな。古今、彼の様な者を『英雄』と呼ぶのでしょう」

 

 アンリエッタは驚いた、マザリーニがここまで人を褒めることはめったに……いや、今までにない事であった。

 

「そう、『英雄』……。彼がただの『英雄』であったならば、どれほどよかったか……」

 

 しかし、マザリーニは深くうなだれてため息を吐くと、気を取り直したように顔を上げた。

 

「ここまで言えばもうお分かりでしょう。故に、彼の存在は危険極まるのです。戦場で見せた一騎当千の武力。広い視野と聡明さ。そしてそれらに裏打ちされた暗殺者としての卓越した技量。いずれも脅威そのものだ。しかし何よりも危険なのは、彼の思想とカリスマ性なのです」

「思想……ですか? それがどうして?」

 

「はい、して陛下、ここからが本題なのですが……」と、マザリーニはアンリエッタに向きなおり、一つ質問を投げかけた。

 

「陛下、この世で最も強力な武器とは何と思われますか?」

「最も強力な武器……ですか?」

「はい、思いつくもので構いませぬ」

 

 そうですわね……と、アンリエッタは小首を傾げ、少し考える、最強の武器とはなにか?

そう問われれば、すぐに思い浮かぶものが一つある、ルイズがタルブで放った、アルビオン艦隊すらも滅ぼした伝説の系統……『虚無』の光だ。

 

「魔法……ですわね、例えばそう……伝説の系統である『虚無』かと」

 

 その答えを聞いたマザリーニは、ふむ、と頷いて見せた。

 

「なぜそう思われるのです?」

「それは貴方もよくご存じなのではなくて? 始祖ブリミルが用いた『虚無』の伝説は数多くの神話として残っておりますわ」

 

 実際に貴方もタルブでご覧になったでしょうに……、と誰にも聞こえぬように小さくごちる。

しかし、そんなアンリエッタをよそに、マザリーニは、わずかに笑みを浮かべた。

 

「なるほど、確かに強力なのかもしれませぬな、なにせ六千年たった現在でさえ、その系統の使い手である始祖ブリミルは信仰の対象となり、広く人々の知るところとなっております。……その全貌がはっきりとしていないにも関わらず」

「違う……、と仰りたいのですか?」

 

 虚無の担い手たる『始祖』を奉る聖職者とは思えぬ発言に、アンリエッタは眉をひそめる。しかしマザリーニは涼しい顔で小さく頷いた。

 

「ええ、残念ながら、私はそうは思いませぬ、この世で最も強力な武器とは少なくとも『魔法』……ましてや『虚無』などではないと考えております」

「では何と?」

 

 アンリエッタの問いに、マザリーニは短く答えた。

 

「『思想』です」

「『思想』ですって?」意味を理解しかねているのであろう、アンリエッタは戸惑うような視線を向けた。

 

「はい、『思想』あるいは『概念』とも言い換えてもよろしいかと。それらの前では『人』も『魔法』もただの道具でしかないと私は考えております。……無論、『虚無』でさえも」

「枢機卿、あなた……、何を仰って……!」

 

 聖職者としてあるまじき言葉に、アンリエッタは思わず言葉を失った、しかしマザリーニは表情を崩さない。

 

「不敬と仰りたいのも百も承知、しかしこうも考えられませぬかな? 確かに、陛下のお答えになった『虚無』、これを最強の系統だと信ずる者は多い、むしろほとんどの者がそう答えるでしょう。それこそがここハルケギニアに浸透した『思想』だからです」

「もしそうだとして……、その『思想』がなぜ武器になると?」

 

 アンリエッタの問いに、マザリーニは頷いた。

 

「『思想』……あるいは『概念』こそが完全無欠の武器、形こそ持ちませぬが、世界に無数の変化をもたらすことができます。時に暴力という形を伴って。陛下が仰ったいかな強力な虚無の使い手でさえ、人である以上、かならず死が訪れる、それはかの始祖ブリミルでさえ例外ではなかった。しかし、思想概念はそうはいきません。信じる者、あるいはそれを知る者全てを一人残らず抹殺し、それが記された書物を全て焼いたところで無意味なのです。一時的に勢力を弱めることはできても、いつか必ず何者かによってこの世に再びもたらされるでしょう」

 

 『虚無』ではなく、ブリミルの『思想』こそが、世界を変えた。その考えに、アンリエッタは納得できず、マザリーニに反論する。

 

「しかし、『虚無』を操った始祖ブリミルは確かに世界を変えたのでは?」

「ええ、確かに変えましたな、『虚無』という思想概念によって神に近い存在へと成った。そしてその教えと伝説を後世に伝え、時に創作することにより、現在の世界(ハルケギニア)を形作り……今もなおこの世界に無数の変化をもたらしております。今のアルビオンに、新教徒たち、例を挙げればキリがありませんな」

「それは始祖への冒涜ではなくて?」

「冒涜? 事実を申し上げているまでです」

 

 私もまた、その思想概念を信ずる者でありますゆえ。とマザリーニは涼しい顔で嘯いた。

 

「そして恐ろしいことに、思想というものは人である以上必ず持ちうるものです、そしてそれは羊皮紙をインクに浸すように、人の心にあっという間に染み込み広がってゆく」

 

 そして……、とマザリーニは言葉をつづけた。

 

「そしてあろうことか、その『武器』を担う者が現れてしまったのです」

「現れた? もしやそれはルイズの使い魔のことを仰っているの?」

 

 アンリエッタの問いに、マザリーニは重々しく「はい」と頷いた。

 

「確かに……暗殺者の思想となれば、それは危険なものだということは理解できますわ、しかしそのような――」

「いいえ陛下、それは違います」

 

 アンリエッタの言葉を遮るように、マザリーニはぴしゃりと言った。

 

「彼は暗殺者と言えど確固とした信条と倫理観がある。彼はその理想と信条を私に語ってくれました。世界の平和と自由意志の尊重について。

普段であれば、そんな青臭い理想など一笑に付すものだ。しかし彼が語るとどうでしょう。それがひどく眩いものに感じたのです……。『自由』、それこそが人のあるべき姿である、そう思ってしまったのです、……この私が、『アサシンの信条』に惹かれてしまっていたのですぞ?」

 

 マザリーニは表情を青くしながら首を横に振った。

 

「『思想』と『カリスマ性』を兼ね備えた英雄の危険性……私は彼との会話で、それを改めて認識させられました、彼の持つ思想は、あまりに正しく、あまりに眩く、そしてそれ故に……あまりに進み過ぎていた。これが年相応の普通の青年ならば、街に繰り出してその思想を大声で叫んだところで相手になどされません。しかし、彼のようなカリスマ性を持った傑物だった場合はどうでしょう? 必ず賛同するものが現れ、瞬く間に一大勢力へと変貌する、そんな気がしてならないのです」

 

 「話がそれましたな」とマザリーニは小さく息を吐いた。

 

「これらを踏まえまして、私自身の意見といたしましては、彼の存在は、伝説にある虚無の才能よりも稀有なものだと存じます。一代限りの虚無よりも、後々の世まで影響を及ぼしかねない強力な指導者のほうが私には恐ろしい。とはいえ、彼はまだ若く、そのカリスマ性も粗削りなものだ、すぐにどうなるといったものではないはずです。……もっとも十年、二十年後はどうなっているか、考えるだけでも恐ろしいですが……」

「では……どうすればよいのかしら?」

「幸いにも彼はトリステインに好意的です、その上、こちらの話し合いにも積極的に応じてくれます。ならば眠れる獅子は起こさなければよい。しばらくは彼を自由にするのが得策かと存じます。それに、彼からトリステインに協力を申し出てくれました。断る理由はありませぬ。故に彼……そしてラ・ヴァリエールとは友好な関係を築けられればと……」

「そ、そうですわね……」

 

 マザリーニのただならぬ様子にアンリエッタは思わず言葉を失った。

まさかルイズの使い魔の男が、あのマザリーニがここまで認めるほどの傑物だったとは……。 

そんな風に考えていると、マザリーニが口を開いた。

 

「その上で陛下、くれぐれも彼から目を離してはなりませぬよう……。目を離したが最後、その時には我々の手に負えない存在になっているかもしれない、私はそう思わずにはいられないのです」

 

 沈痛な面持ちで呟くマザリーニの表情は、今まで見せたことのないほど、真剣なものであった。

 

 

 

 王宮から部屋に帰ってきたルイズは、鼻歌交じりで着替えを済ませると、ベッドの上に横たわり『始祖の祈祷書』を開いた。

そんな彼女の様子を見て、エツィオは装備を取り外しながら微笑みかける。

 

「随分とご機嫌だな」

 

 エツィオに茶化されて、ルイズはむっとした表情を作った。

 

「い、いいでしょ別に」

「悪いとは言っていないさ、それよりどうだ? さっそく一杯」

 

 装備を取り外し終えたエツィオは、それから買ってきたばかりのブランデーの壜を振りながら言った。

 

「えー? もう飲む気なの?」

 

 呆れたように首を傾げるルイズをよそにエツィオは意気揚々とブランデーの栓を抜く、それから少し香りを愉しんだ後、ゴブレットに注いでルイズに手渡した。

「いい香りだぞ」とエツィオに言われて、ルイズは受け取ったゴブレットの中に注がれた琥珀色の液体の匂いを恐る恐る嗅いでみた。そしてその濃密なアルコールの臭いに思わず顔をしかめた。

父さまはこれの香りをすごくありがたそうに嗅いでから飲んでいたけど……。正直、今のルイズにはそれほどありがたがるほどのものではないと感じた。これではいつも食堂で出されるワインの方がまだ香りがいいと思ってしまう。

 とは言え目の前にあるのは公爵である父が、年に数えるほどしか飲めない超高級酒である。……そういう違いを感じられるようになってこその『大人』というものだろうか?

 そんなことをぼんやりと考えながら、ほんの一口、ブランデーに口をつけてみた。

 

「ん”に”ゃ”あ”あ”!?」

「うおっ!?」

 

 瞬間、ルイズは思わず素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 ほんの少し口に含んだだけで、先ほど嗅いだ匂いとは比べ物にならないほどの強烈なアルコールが、ルイズの口の中を蹂躙する。そのせいでブランデーが気管に入り込み、ルイズは思いっきりむせてしまった。

 

「げっほ! げっほっ! にゃ、にゃによこりぇ!」

「おい、大丈夫か?」

 

 げほげほと咳き込むルイズの背中をさすってやりながら、エツィオはブランデーの入ったゴブレットをルイズの手から取った。

 

「それで? お味の程は?」

「わ、わかんないわよ! そんなの……」

「どうやらきみには、まだ早かったみたいだな」

 

 恨みがましい目で見つめてくるルイズを笑いながら、エツィオはそのゴブレットに口をつけた。

 

「よくそんなの飲めるわね」

「きみと違って大人だからな」

「ふんっ、わたしなんてどうせお子様よ」

 

 ルイズ不満げに小さく鼻を鳴らすと、再びベッドに横たわり、『始祖の祈祷書』を開いた。

エツィオはその横に腰かけると、ルイズの手元、『始祖の祈祷書』を覗き込む。

その中身ははたから見れば相変わらず白紙のままだ。しかしタカの眼を通して見ると、眩いばかりの魔力を放っている。

もちろんそのまま読むと目が焼けてしまいかねないため、エツィオには読み進めることができないのであるが……。

 

「それで? その『始祖の祈祷書』について、なにかわかったことはあるか?」

「ダメね、今も開いてみたけど……ここの『エクスプロージョン』の呪文のところまでしか書いていないわ」

 

 ルイズは首を振った、どうやらルイズには他のページにはなにも書いていないように見えているらしい。しかしエツィオのタカの眼には、他のページにも魔力が続いている事が確認できた。

 

「他のページにも、強い魔力が続いているな……、でも何も見えないというのはどういうことだろう?」

 

 エツィオはうーん、と唸った。

 

「しかし、最初に飛び出したのがあの爆発か……、その『始祖の祈祷書』が言うには、それで初歩の初歩の初歩なんだろう?」

 

 エツィオはあの日、艦隊を吹き飛ばした魔法の光を思い出した。

『虚無』。それは始祖ブリミルが用いし伝説の系統……。そして俺はその始祖ブリミルが使ったといわれる使い魔、『ガンダールヴ』。あらゆる武器を使いこなす能力をもって、始祖の呪文詠唱の時間を守った伝説の使い魔……。

 

「『虚無』か……。最強の系統と呼ばれるのも頷けるな」

「そうとも言い切れないわ。実は、がっかりさせたくなくって、姫さまには言わなかったんだけど……」

 

 ルイズはため息交じりに、杖を取り上げ、ゆっくりと呪文を唱え始めた。

 

「エオルー・スーヌ・フィル……」

「お、おい! なにを!」

 

 こんなところであんな爆発が起きたら学院が消し飛びかねない。

しかし、ルイズは詠唱を止めようとしない。

 

「ヤルンサクサ……」

 

 そこまで唱えて、耐えきれなくなったようで、ルイズは杖を振った。エツィオのクッションの山が、ぼーんと爆発して飛び散った。

そしてルイズは白目をむいて、ぱたっとベッドに崩れ落ちた。

 

「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」

 

 エツィオは慌てて、ルイズを揺さぶった。それから首筋に手を当て脈を確認する、とくんとくんと指先に伝わる鼓動を感じ、気絶しているだけだと知って安堵する。

しばらくすると、ルイズはぱっちりと目を開けた。

 

「あううう……」

「どうしたんだ一体?」

 

 頭を振りながらルイズはむっくりと起き上がった。

 

「大丈夫、ちょっと気絶しただけよ」

「気絶だって?」

「実はね、最後まで『エクスプロージョン』を唱えられたのはあの時こっきり……。それから何度唱えようとしても、途中で気絶しちゃうの。一応、爆発はするみたいなんだけど」

「どういうことだ?」

「たぶん、精神力が足りないんだと思うの」

「精神力?」

「そうよ、魔法は精神力を消費して唱えるのよ。知らなかったの?」

「そういえば、詳しくは知らないな……。教えてくれないか?」

 

 ルイズはちょこんと正座をすると、指を立てて得意げに説明を始めた、

メイジはその足せる系統の数でクラスが決まるということ。

呪文のクラスが一つ上がるごとに、その精神力の消費は倍になるということ。

 

「なるほど、つまり低いクラスの呪文は何度も唱えることができるが、高いクラスの呪文はそう何度も唱えられないということだな?」

「そういうこと、呪文と精神力の関係は理解できた?」

 

 エツィオは「ああ」と大きく頷き、深い笑みを浮かべた。

いかな強力なメイジでさえ精神力の消耗は免れず、また呪文が強力であればあるほど、それに伴う詠唱も、精神力の消費が大きくなる。

常に魔法という存在に悩まされ続けているエツィオにとっては、とても有意な情報であった。

 

「ということはさっききみが気絶したのは……」

「そう、精神力が切れちゃったの。無理をするとさっきみたいに気絶しちゃうわ。呪文が強力すぎて、わたしの精神力が足りないんだわ」

「とすると……、なぜあの時は唱えられたんだ?」

「そこが分からないのよ……。どうしてかしら?」

「精神力はどうすれば元に戻る?」

「大体、睡眠をとれば回復するわ」

 

 エツィオは考える様に顎に手を当てた。

 

「うーむ……、きみは今までまともに呪文が唱えられなかったんだろう? だとしたらこれは俺の仮説だが、きみは精神力が貯まりに貯まっていたんじゃないか? それをあの一回で使い切ってしまったとか」

 

 ルイズははっとした表情になった。

 

「そうかもしれないわ……。スクウェアメイジといえど、スクウェア・スペルはそう何度も唱えられない。下手すると一週間に一度、一月に一度だったりするのよ。つまり強力な呪文を使うための精神力が貯まるのには時間がかかるってことなの。わたしの場合も、そうなのかもしれないわ」

「とすると、次、最後まで唱えられるようになるには……」

「わかんないわ、自分でも……、一か月なのか……もしかしたら一年なのか……」

 

 ルイズは考え込んでしまった。

 

「あれだけ強力な呪文だ……、そうそう早く貯まるとは思えないな。しかし、さっきのを見るに、成功することは成功するようだが」

「そうね、『虚無』は本当にわからないことだらけ、なにせ呪文詠唱が途中でも、効力を発揮するんだもの。そんな呪文は聞いたことがないわ」

「詠唱が途中でも……か」

 

 エツィオは苦い表情になると、吹き飛んだ自分のクッションの山を見つめ思案にふける。

詠唱を中断させれば、効果を発揮しない普通の呪文に対し、虚無の系統は詠唱こそ長いものの、発動に必要な精神力がなくとも、一定の効力を発揮する……。それも詠唱の途中であってもだ。

「厄介だな……」と、小さく呟き、エツィオは我に戻った。

……今、自分は何に対して『厄介』だと思った? 既存の概念に囚われぬ『虚無』の系統に対するものか、それともその力を得たルイズに対して?

そこまで考えた時、無意識のうちに『虚無』を、そして『ルイズ』を脅威と考えていた自分に怖気が走った。

 

――虚無が敵に回ったらどうする?

 

 内なる心の声に、冷たい手で心臓を鷲掴みにされた気分になった。

エツィオは心の中に浮かんだ、よからぬ考えを振り払うように大きく頭を振った。

しかしそれでも、タルブで見た、あの恐ろしい爆発は脳裏に焼き付いたままだ。

ルイズが言うようにそうそう使えるものではないのかもしれないが、あの力はまさしく神の威光としか言いようがない。

 

 一体何を考えている、エツィオ・アウディトーレ、お前は自分が守ると誓った少女を手にかけるつもりなのか?

 

 自分自身に活を入れるため、心の中で自分の名前を叫ぶ。

そうだ、そうさせないために、そうならないために、自分がいるのではないか。

 それでもどうしても払拭しきれない思いは、胸の中に渦巻いたままだった。

 

――虚無が敵に回らないと、どうして言い切れる?

 

 例の心の声が、再び冷たく響き渡る。エツィオは無意識に口元を押さえた。

瞬間、こちらを見ていたルイズが何かに気が付いたかのように、がばっと跳ね起き、キャミソールの裾を押さえて顔を真っ赤にした。

 

「な! 見た! 見た見た! 見たーーーーッ!」

「……え?」

 

 突然叫びだしたルイズに驚き、きょとんとした表情でエツィオはルイズを見つめる。

瞬間、飛んできた枕が顔面に直撃した。

 

「わぶっ! な、なんだよ急に!」

「と、とぼけないでよ! わ、わたっ、わたしのっ……お、お尻をみてたでしょう!」

 

 突然怒鳴りだすから何事かと思ったが……、考えるのに夢中でまったく気が付かなかったが、どうやらエツィオの視線の先に、ルイズのお尻があったようだ。

エツィオはその言葉を聞いて、あれこれと真面目に考えていた自分が急にばかばかしくなってしまって、思わず大声で笑ってしまった。

 

「なんだよ、随分と今さらだな、きみ、俺が召喚された初日なんて気にも留めなかったじゃないか」

「そ、それとこれとは違うわよっ! このばかあ!」

 

 そうやってしばらくぽこぽこと枕でエツィオを殴っていたルイズであったが、やがて唇を噛みながら、ごそごそと布団の中に潜り込んだ。

 

「寝る」

 

 エツィオも優しい笑みを浮かべると、彼女の額に唇を落とす。

エツィオが「おやすみ」とささやくと、ルイズは拗ねたように体を丸めた。

しばらくルイズはそのまま唸っていたが、そのうちにおとなしくなった。

エツィオも、明日はオスマン殿に報告をしなくてはならないなと思いながら、眠りについた。 

 

 

 翌日、ルイズを授業に送り出したエツィオは、王宮での出来事を報告するため、学院長室へと赴いていた。

 

「入りたまえ」

 

 ドアをノックしようとしたその時、部屋の中にいるであろうオスマン氏に声をかけられて、エツィオは驚いた。

来訪を予期していたのだろうか、エツィオは僅かに緊張した面持ちで学院室のドアを開く。

 

「失礼いたします」

「安全と平和を、アサシン。……少し待ちなさい」

 

 エツィオが学院長室に入ると、オスマンは机に向かい何やら作業をしていた。

オスマンは僅かに笑みを浮かべると、再び作業に没頭し始める。

何をしているのだろう? と興味がわいたエツィオは、オスマンの手元を覗き込む、すると丁度作業が終わったのか、オスマン氏が顔を上げた。

 

「ほほ、久しぶりに作ったもんでな、時間がかかってしまったわい」

 

 オスマン氏は呵々と笑うと、作り終えたものを机の上に置いた。

 

「何かお作りになっていたのですか?」

 

 机の上に置かれたものを興味深そうに見つめながらエツィオが尋ねる。

オスマン氏が置いたそれは、短剣であった。しかし普通の短剣と違うのは、刃の先端に鋭い返しがついており、柄尻の部分には長いロープが結ばれていることであった。

 

縄镖(じょうひょう)と呼ばれる暗器でな。見てのとおり、ナイフの柄にロープがくっついているものだと思ってもらって構わん。師が言うには、遥か昔、お主の世界のシンと呼ばれた国で考案されたものだそうじゃ」

「なるほど……、手に取ってみても?」

「構わん、使ってみなさい」

 

 オスマン氏は部屋の隅に飾られた甲冑を指さし、エツィオに縄镖……ロープダートを手渡した。

では、とエツィオは頷くと、甲冑目掛けてロープダートを放った。ルーンの力も合わさったダートはまっすぐに甲冑の兜、その眉間へと突き刺さる、同時にエツィオは手元のロープをぐいと引き寄せた。すると、ダートが突き刺さった兜が勢いよく甲冑から外れ、エツィオの元へと引き寄せられてきた。

 

「おっと!」

 

 ダートと一緒に戻ってきた兜を空いた左手で受け止め、エツィオは感嘆のため息を漏らした。

対象を殺傷、あるいは拘束し引き寄せる、原理こそ単純なものだが、それが戦いの場においてどういった効果をもたらすか、その有用性に気が付いたエツィオは興奮を覚えずにはいられなかった。

 

「こいつはすごい――」

「見事じゃ、アサシン」

 

 早くも新たな武器を使いこなした彼を見て、満足そうにオスマンが頷いた。

 

「持って行きなさい。使い方はそれだけに限らんでな、より鍛錬に励むがよい」

「ありがとうございます、オスマン殿、きっと私の助けになってくれるでしょう」

 

 エツィオは一礼すると、新しい武器をポーチにしまい込む。

今はこれ一本しかないが、構造自体は単純だ、これなら俺にも作れそうだ。

新しい武器を手にし心を躍らせるエツィオに、オスマンは「さて……」と、机にひじをついた。

 

「今日は何用かな? 昨日はミス・ヴァリエールとともに王宮へ行っていたそうじゃが……。お主がここに来たということは、何かあったのかね?」

 

 オスマン氏に尋ねられ、エツィオも表情を引き締めて、王宮であったことを説明した。

 謁見待合室にて、マザリーニ枢機卿の接触があったこと。

そしてルイズが、自身の『虚無』をアンリエッタ女王陛下に告白し託したということ。

 

それを聞いたオスマン氏は、ううむ。と顔をしかめた。

 

「なるほどのう、ツケは思ったよりも早く回ってきたようじゃな」

「……面目ありません」

 

 同じように苦い表情で呟くエツィオに、オスマン氏は小さく肩をすくめた。

 

「全ては過ぎたことじゃ、責めてはおらぬ。しかしマザリーニ枢機卿……、彼の嗅覚は噂以上らしいのう、こうまで早くお主にたどり着くとは、正直、予想しとらんかった」

「まだ彼を完全に信用したわけではありませんが……、彼はトリステインに忠誠を誓っているようでした、少なくとも貴族派であるということはないかと」

「そらそうじゃ、彼から忠義と政治手腕を取ったらあとは骨と皮しか残らんでな」

 

 大きく息を吐くと、オスマン氏は椅子の背もたれに背中を預けた。

 

「しかし、まさかミス・ヴァリエール自らが打ち明けるとはな」

「彼女の性格を考えれば無理からぬこと、せめて私がそばにいれば……」

「起きてしまったことは仕方があるまい、今はその問題に対しどうすべきかを考えるべきじゃな。陛下は彼女の処遇をどうすると?」

「陛下は彼女を直属の女官としたようです、『虚無』については秘密とするとのことでしたが……、正直、アテにはならないでしょう」

「外にも内にも、目を光らせる必要が出てきたということか……」

 

 難儀よな……、とオスマン氏が唸った。

 

「なにより、ミス・ヴァリエールにも気を配らなくてはならん、虚無の力に溺れ、道を踏み外すということは、何としても避けねばならん……、我らアサシンとしても、一人の教育者としてもな」

「同感です」

 

 エツィオは深く頷いた。内に外、そして今や『虚無』という計り知れないほど大きな力を持ったルイズ、その全てに気を配らねばならぬこの状況、どう考えても一人では出来る事に限界を感じてしまう。

「どうしたものか……」と小さく呟いて、エツィオは考える。現状、仲間と呼べる人物は、アルビオンにいるマチルダ、そしてトリステインのボーウッドとアニエスくらいだ。

こうしてみると、自分がいかにフィレンツェで多くの人々に支えられてきたのかが分かってくる。

『狐』率いるフィレンツェの盗賊や、ラ・ローザ・コルタ(摘み取られたバラ)の娼婦たち、モンテリジョーニの傭兵隊、……そしてレオナルド、みな心強い仲間達だった。ハルケギニアにも、彼らのような仲間がいてくれたら……、共に助け、支え合う仲間たちが……。

 

「仲間……か」

 

 エツィオはそこまで呟くと、小さく頷いてオスマン氏を見すえた。

 

「オスマン殿、ご相談が」

「なにかな?」

「オスマン殿の仰る通り、この先、様々な方向に目を光らせ、場合によっては行動を起こさねばなりません、私一人では対処しきれぬこともあるでしょう、そこで協力者……仲間を作るべきかだと考えます。

あらゆる場所に協力者を潜ませ情報網を蜘蛛の巣のように張り巡らせる。そうすれば状況の把握がはるかに容易になるはずです」

 

 熱っぽく語るエツィオに、オスマン氏は顎髭を撫でながら静かにううむ……と唸った。

 

「……確かに、街中から情報を吸い上げることが出来れば、この国の抱える病も見えてくる……それに、必要とあらば標的の追跡、排除も容易となろう」

「はい、では早速――」

「まあ待て、それに関しては私から一つ条件を出させてもらいたい、よいかな?」

 

 いざ仲間集めに――と、意気込んでいたエツィオを、オスマン氏がぴしゃりと止めた。

 

「条件……ですか?」

「うむ、協力者を作り、情報網を広げる、それ自体には賛成じゃ、より多くの協力者を募るがよい。しかし、共に戦う戦士(アサシン)に関しては条件がある」

 

 一体どのような条件であろうか? エツィオは自然と身構え、オスマン氏の言葉を待った。

 

「まずは一人じゃ。一人、共に戦う『仲間』を見つけなさい、そしてその者に、お主の持つ技術、教団の信条、余すことなく伝えよ。まずはその者の成長を見させてもらう」

「一人……ですか、わかりました。しかし、なぜそのような条件を?」

「その者はいわば試金石。我々がどの程度までのアサシンを育成できるかを見極めたい。……教育に関しては私も協力しよう、これでも教育者じゃからな。――ただし」

 

 オスマン氏はニヤリと笑みを浮かべると、エツィオを指さした。

 

「その時はお主も一緒じゃ、貴族の子弟共に教えているものよりもはるかに高度なものとなるぞ、覚悟するがよい」

「うっ……、わ、わかりました。どうぞお手柔らかに……導師(マスター)・オスマン」

 

 勉学か……! とエツィオは思わず苦笑した、まさか今になって再び座学を学ぶことになろうとは……。

 

「なあに心配するでない、言語学、数学、歴史学、美術、人体学、倫理学、魔法学、その他もろもろのフルコースじゃ。この私自ら教鞭を取るのじゃ、名誉に思うがよい」

 

 くっくっくっと、不穏に笑うオスマン氏に、これから待ち受けるであろう勉強の山に恐怖を感じつつ、エツィオは恭しく頭を垂れた。

 

「ではオスマン殿、まずはラ・ヴァリエールの警護を優先、それから頃合いを見て協力者を集めたいと思います。王宮の件ですが、内部にヘンリ・ボーウッド殿がいらっしゃいます。なにか王宮に不穏な動きがあれば、報告するよう彼に願い出ましょう。とはいえ、次に連絡を取れるようになるのがいつなのか、それが問題ではありますが」

「そうさな、お主の正体を知る彼ならば適任じゃろう。とにかく今は様子を見る事しか出来ん。だが、いずれ行動を起こさねばならぬときが来るじゃろう、その時まで指をくわえて待っておるわけにはいかん。――行くがよい、アサシン、あらゆる事態に備え、力を蓄えるのだ」

 




ダークソウル3面白いですね、トロコンしても周回が止まりません。
お陰で文章力が前にもましてガバガバになっている状況に内心危機感を覚えております。

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