SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence- 作:ペンローズ
入口まで見送ってくれたボーウッドに別れを告げ、二人は並んで王宮を出た。
「驚いたわ」
「中々面白い人だろう?」
ルイズがぽつりと呟き、エツィオを見上げた。
「そうね。……あんたって、意外と顔が広いのね」
「人徳、というやつかな?」
そう答えて満面の笑みを浮かべたエツィオに、「人徳ぅ?」とルイズは訝しげな視線を向けてきた。
そんな彼女の視線を受け流し、エツィオは口を開いた。
「ところでルイズ、さっきの話だけど……」
「なに?」
「『虚無』のことを陛下に話したそうだけど、陛下はそれについて何か言っていたか?」
「ええ、姫さまはわたしを、直属の女官に任命してくださったわ」
エツィオの質問に、ルイズはつんと胸を張ってアンリエッタから受け取った羊皮紙を手渡した。
それからエツィオに、謁見室でどんな内容の会話をしたのかを伝えた。
タルブで起きた『奇跡の光』は自分の『虚無』であることを打ち明けたこと。
『虚無』の力はルイズとアンリエッタのみの秘密だということ。
普段はその力を隠し、魔法学院の生徒としてふるまうこと。
ルイズにしか解決できない事案が持ち上がった時は、必ず相談するということ、などであった。
「二人だけの秘密……ね」
オスマン殿にどう説明したものか……。まさか早々に宮廷の……しかも女王に知られるとは思いもしなかった。眉根にしわを寄せながらエツィオが呟く。
そんなエツィオの反応が気に食わなかったのか、ルイズは顔をしかめた。
「なによ、あんた、姫さまの事信じていないの?」
「信じていない、というわけでもないさ。でも、俺の事を秘密だと約束したのに、枢機卿に教えていただなんて酷い話だとは思わないか?」
エツィオは肩をすくめた。その二人だけの秘密とやらも、いつまで続くのか分かったものじゃない。
口こそ出してはいないが、エツィオの態度はそう言っているようだった。
「なんにせよ、全部俺の予想通りだった、ってわけか」
「どういう意味?」
やや自嘲気味に鼻で笑ったエツィオを、ルイズが睨み付ける。
「きみはとてもわかりやすいって意味だよ。連中も、このくらい単純だったら助かるんだけどな」
いつもなら笑顔を向けて言うはずなのに、表情を変えずどこか棘のある口調でエツィオが呟く。
なんだか非難されているような気がして、ルイズはむっとした様子で眉間にしわを寄せた。
「それはいいとして、一つきみに聞きたいことがある」
「なによ?」
「なぜきみは『虚無』を陛下のために使おうと思った? そこだけ聞かせてくれないか?」
エツィオはルイズに尋ねた。
マザリーニとの謁見の時、マザリーニはタルブでの虚無の光について何一つ触れなかった。
ということは、少なくともマザリーニはあの光についてなにも知らないということになる。
彼ほどの立場の人物がそれを知らないことを見るに、タルブでの巨大な光は、それこそ『奇跡』で片付いてしまっている可能性が非常に高い。
となると、ルイズが自ら打ち明けたと考えるべきだろう。エツィオは、そう決断するに至ったルイズの気持ちを知りたかった。
「それは……、姫さまのお力になりたいから……それだけよ」
ルイズは僅かに視線をそらすと、やがてエツィオの顔を見据え、はっきりと答えた。
「わたしね、あんたに言われてから、ずっと考えてたの、この『虚無』をどうすべきなのか……どうしたいのかって」
ルイズの言葉を、エツィオは黙って聞いた。
「わたしね、姫さまと祖国のためにこの身と杖を捧げる、そうしつけられて、そう信じて育ってきたの。だけどね、あんたも知ってのとおり、わたしは今まで失敗ばかりしてた、ついた二つ名は『ゼロ』。そういつもみんなに馬鹿にされて……、ずっと悔しかったわ」
「でもね」とルイズは呟く。
「そんなわたしが『虚無』の担い手だった。ならわたしは、それを信じるもののために使いたい。だからわたしはわたしの……心に従ったわ」
昂然とエツィオを見つめ、ルイズが言った。
強い意志を感じさせる瞳だ、しかし、同時に危うさも孕んでいる。
そんなルイズの顔を見ているだけで、エツィオの胸はキリと痛みだした。
「そう、わたしは姫さまのおともだち……だからこそお力になりたいの」
「……利用されてもか?」
「なんですって?」
思わずぽつりと呟いたエツィオに、ルイズは食って掛かった。
「どういう意味?」
「そのままの意味だ、その力が政争や争いに利用されることになったとしてもか? と聞いているんだ。
きみは、政治の裏側がどれほど汚いものかわかっていない。きみの力を知った権力者たちがどうするか何も考えなかったのか? アルビオンを見てみろ、それらしい力を使う『虚無』を騙る者が出ただけであのザマだ。私欲のためにきみを利用しようとするものが必ず現れるぞ!」
「な、なによ! そんな事わかってるわ!」
自分でも驚くくらい、エツィオはきつい口調になっていた。しかし気の強いルイズも負けてはいない。
「わかっているだって? ならきみはその力を政争の道具にされても構わないと思っているのか!」
「違うわ! 姫さまがわたしを信じてくださっているように、わたしも姫さまを信じているわ! 姫さまはわたしの力を私利私欲のためなんかに使わない! 秘密にするって誓ってくださったもの!」
「どうしてそう言い切れる! 今この国が立たされている状況をわかって言っているのか!」
二人の言い争いは徐々に熱を帯びてゆく。
そこはもう、王宮前のブルドンネ街。大通りである。道行く人々が、何事? といった目でじろじろと見つめている。
「もう! 人が見てるわ! やめてよ!」
「っ……!」
エツィオはぐっとこらえる様に唇を噛むと、ルイズをにらみつけた。
「勝手にしろ! どうなっても知らないからな!」
口ではそう言ったが、本当は不安で仕方がない、大人げないとわかっていても、ルイズを止められない自分がもどかしくてついついつっけんどんな口調になってしまう。
「うっさいわね! あんたなんかに言われなくってもわかってるわよ!」
ルイズはぷいと顔をそむけ足早に歩き出した。どこまでも気の強い子だ。この頑固さは妹のクラウディア顔負けである。
足早に歩き去っていくルイズを見つめながら、エツィオは思わず立ち止まる。同時に胸がキリキリと痛みだした。
その痛みの理由は、エツィオ自身よくわかっている。危うい立場になったルイズが心配でたまらないのだ。もちろんルイズになにかあった場合、己の命に代えても彼女を守るつもりでいたが、こんなにも不安を覚えるのは、大切な人を守りきれなかった悔恨が根強いせいだ。おそらくこの胸の痛みは、一生消えることはないのだろう。
日増しにルイズの存在が自分の中で大きくなっていく。エツィオは複雑な気持ちで、石畳の道を歩き出す。雑踏に紛れルイズはもう見えなくなっていた。
つかつかと人ごみをかき分け、ルイズは足早に歩いていく。
街は未だに戦勝祝いでにぎわっている。酔っぱらった一団がワインやエールが入った盃を掲げ、口々に乾杯! と叫んではカラにしている。
そんなお祭り騒ぎの人々とは裏腹にルイズは憤懣を募らせながら歩いていた。
「もうっ! なによ! 少しは褒めてくれたっていいじゃない!」
ぶちぶちと使い魔への不満を愚痴りながら歩いていく。
ほんとは姫さまに重要な役職を任されたことを一緒に喜んでほしかった。これでようやく自分もエツィオに肩を並べられるような立派な主人になれたと思っていたのだ。
けれど彼の口から出てきたのは小言ばかり、ちっとも褒めてくれやしない。確かにちょっと考えなしなところもあったと思うけど、あんな言い方はないんじゃないか。
「いてえな!」
そんなふうにして、下を向いて足早に歩いていると、ルイズは男にぶつかってしまった。
どうやら傭兵崩れらしい。手に酒の壜をもって、それをぐびぐびラッパ飲みしている。相当に出来上がっているようだ。
ルイズはその男のわきを通り抜けようとしたが、腕をつかまれた。
「待ちなよ、お嬢さん。人にぶつかって謝りもしねえで通り抜けるって法はねえ」
傍らの傭兵仲間らしき男が、ルイズを見て「貴族じゃねえか」と呟いた。
しかし、ルイズの腕を握った男は動じない。
「へっ、今日はタルブの戦勝祝いのお祝いさ。無礼講だ。貴族も兵隊も町人もねえよ。ほら、貴族のお嬢さん、ぶつかったわびに、俺に一杯ついでくれ」
男はそういって、ワインの壜を突き出した。
「離しなさい! 無礼者!」
ルイズが叫ぶ。とたんに男の顔が凶悪にゆがんだ。
「なんでぇ、俺にはつげねぇってか。おい! 誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたと思ってるんでぇ! 『聖女』でもてめえら貴族でもねえ! 俺たち兵隊だ!」
男はルイズの髪をつかもうとした。しかし、その手が遮られる。
いつの間にか現れたエツィオが、男の手をがっしりとつかんでいた。
「なんだてめえ、ガキはすっこんでろ!」
「でしゃばって悪いが、こちらのレディの一日をこれ以上台無しにするわけにはいかなくてね」
エツィオはにこやかな……だが凄みのある笑みを浮かべてそういうと、男の手首を軽くひねり上げる。
ぎしりと骨がきしむ音がして、男はルイズから手を放して悲鳴を上げた。
「い、いでででで!」
「それに、女の子相手にそこまでムキになるなんてみっともないんじゃないか?」
「ぐあああっ! お、折れるっ! 折れる!」
エツィオは男の腕をさらにひねり上げ、勢いよく突き飛ばした。
男はたまらず地面に倒れこむ。途端に土ぼこりが勢いよく舞い上がった。
「ほら、彼女も悪いと思ってるようだし、ここはお互い様ってことで丸く収めようじゃないか」
「こ、このガキ! 調子に乗りやがって!」
ルイズを後ろに押しやり冷笑をうかべたエツィオに、激昂した男が立ち上がり、怒りに任せてとびかかってきた。
エツィオは反射的に身をかがめ、男の足を払ってやる。バランスを失った男は顔面から派手に地面にたたきつけられ、さらに悲鳴を上げながら苦痛にのたうち回った。
「足元が覚束ないようだな、飲み過ぎじゃないのか?」
「ふっ……ふがっ……! て、てめえっ! おい! なにしてる! こいつを叩きのめせ!」
男が怒鳴ると、周囲にいた仲間と思われる男たち三人が一斉にエツィオにとびかかってきた。
相手は武装していなかったのでこちらも素手で対抗する。
まずは殴りかかってきた男二人の頭をつかんで叩きつける、すると彼らは白目をむいて気絶した。
それから残る一人の股間を蹴り上げる、苦痛に身をかがめたところを見逃さず喉笛を掴んで頭を地面に勢いよくたたきつけ、あっという間に三人の傭兵を無力化してしまった。
「友よ、もう十分だろう?」
あまりの早技に言葉を失い茫然と立ち尽くす男に、両手のひらを空へ向けエツィオが微笑みかける。
はっと我に返った男は、ようやく彼我の実力を思い知ったのか、慌てて踵を返し、仲間を捨てて悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。
すると周りで見物していた人々から、喝さいが巻き起こった。
どうやら彼らの素行の悪さは街の人々の目に余るものがあったらしい。
エツィオはそんな彼らの歓声に笑顔を浮かべ優雅に腰を曲げ一礼すると、ルイズに向きなおり、「お怪我は?」と尋ねる。
そんな風に声をかけられたものだから、半ば茫然としていたルイズは気が動転してしまい、うまく言葉を返すことができない。
そんなあたふたと慌てた様子のルイズを見て、エツィオは呆れたような表情を見せ、肩をすくめてくるりと踵を返してしまった。
「えっ……?」
エツィオにつれない態度を取られたショックで、ルイズはしばし立ちすくんでしまう。
なにぶん、あのエツィオから初めて受ける冷たい仕打ちである。ただ呆れられた、たったそれだけのことなのに、それがどうしようもなくルイズの心に重く圧し掛かってきた。
「ま、待って!」
ルイズは慌てた、ほんとは泣きたいほど辛かったが、これ以上嫌われたくないという一心で駆け出した。人ごみに紛れ込む前にエツィオを捕まえ、離さないように彼の袖をぎゅっと握った。それでも彼の歩みが止まらない。
「えっと……その……ごめん……」半ば引きずられるようにして歩きながら、ルイズは小さな声で呟く。
「なんのことかな?」エツィオは振り向かずに応える。
素っ気ないエツィオの態度が、ルイズの胸をさらに刺す。
どうしよう? 嫌われちゃった……? そう考えると益々悲しくなった。
「怒ってる?」涙をこらえ恐る恐るルイズが尋ねる。
「そう見えるか?」エツィオはちらとルイズに視線を送る。
するとルイズは口をへの字に曲げると悲しそうに顔を俯かせた。
「なら……悪かった、俺も少し言い過ぎたよ」
エツィオは静かに笑みを浮かべると、立ち止まってルイズの視線の高さに合わせるように身をかがめた。
「なあルイズ、きみにとって、たぶんこれは大きなチャンスなんだろう、それは俺もわかっている。けど……」
「けど……?」
「ただ心配なんだ。うまくは言えないが……きみが……きみでなくなってしまうようで」
心苦しそうに呟くエツィオを、ルイズはまっすぐ見つめて首を横に振った。
「わたしなら大丈夫よ、それともわたしってそんなに頼りないの?」
寂しそうな目で見つめられ、エツィオは一瞬言葉を失った。
それから暫し目をつむると、エツィオはルイズをまっすぐ見つめた。
「……そうだな、きみの意思を尊重する、そう言ったのは俺だったのに……。俺がきみを支えないでどうするんだろうな」
ぽんと、ルイズの肩に手を置き、エツィオはほほ笑んだ。
「すまなかった、これで仲直りだ」
ルイズの表情が少し和らぐ。二人の間を漂っていたぎこちない雰囲気が柔らかくなっていくのを感じる。
胸のわだかまりが消えたルイズは、せめてもの強がりと、つんと胸を張って言った。
「そ、そうね、今回は特別に許してあげるわ」
そんなルイズの顔を覗き込むと、エツィオはにっと笑みを浮かべ「それはどうも」と呟き、ルイズの目じりを優しく指先で拭った。
その突然の行動に面食らっていたルイズであったが、エツィオの指先で光る水滴を見つけ、自分が知らず知らずのうちに涙を流していたことに気が付いた。
どうやら今までこらえてきた涙がここにきて零れ落ちてしまったらしい。
「さ、仲直りもした事だし、そろそろ行こう」
「えっ! あっ! ち、ちがっ、これ違うから!」
気恥ずかしさに顔を真っ赤にしてルイズが何かを言おうとする、しかしエツィオはまったく取り合おうとせずに、ルイズの手を取ってさっさと歩き出した。
突然のエツィオの行動にルイズは彼の成すがままになってしまう。どぎまぎしながら何か言おうとするも、それよりも早くエツィオが歩き出した。
いつもならルイズの歩調に合わせ半歩後ろを歩くエツィオであったが、今日の彼はいつもと違う、力強く大胆にルイズを先導していく。
そんなふうに歩いていくものだから、ルイズは半ば引っ張られるようにエツィオについていく。
使い魔がご主人様を引っ張るなんて何事! と思う反面、こういう強引なところもいいかも……と思ってしまうルイズであった。
ルイズはエツィオに手を繋がれて歩くうちに、ウキウキしはじめた。街はお祭り騒ぎで華やかだし、楽しそうな見世物や、珍しい品々を取りそろえた屋台や露店が通りを埋めている。
地方領主の娘であるルイズは、こんな風に賑やかな街を歩いたことがない、まして異性と手をつないで歩くなんてことはしたことがなかった。その両方がルイズの心を自然と弾ませ、思わず泣いてしまっていた記憶を頭の中から早々に追い出していた。
「おっ、エツィオ! 今日はえらい別嬪さんを連れてるなあ! もしやデートか? この色男め!」
「彼女は特別でね、他の子ならそのうち紹介するよ」
「あ~らエツィオくん! 最近お店に来てくれないじゃない! お店の娘たちも待ってるんだから遊びにいらっしゃいな!」
「どうもマダム、そのうちお邪魔するよ、妖精達によろしく」
「ようエツィオ! お前が気に入りそうないい品を仕入れたんだ、今度見に来いよ!」
「やあ、それは楽しみだな、後で寄らせてもらうよ」
そんなふうにして二人で街の中を歩いていると、道行く人々が次々とエツィオに声をかけてくる、その一人一人に笑顔を浮かべて応じるエツィオを、ルイズは少し驚いたようにして見つめた。
「ねえ、もしかしてあんたって、ほんとに顔が広い?」
「これもまた人徳ってやつさ」
「ふぅん……」
「きみは知らないだろうが、以前からギーシュのやつと一緒に遊びに来ててね。もしかしたら、今ではきみよりもトリスタニアを知っているかもしれないぞ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべたエツィオに、ルイズは首を傾げた。
「え? ギーシュと? いつ行ってたの?」
「以前きみがいじけて俺を追い出した時があったろ? その時にな」
その時のことを思い出したのか、ちょっとむっとした表情を作ったルイズに、エツィオは少し意地悪な笑みを浮かべて答えた。
「それからちょくちょく遊びに行くようになってね。朝の食堂でギーシュに声をかけるんだ、『友よ、学ぶことも大事だが、時には休息も必要だとは思わないか?』ってな」
ルイズは「通りで……」と呆れたような表情になった。
「あの時、たまにあんたがいなかったのも、授業でギーシュを見かけなかったのも、あんた達二人で遊びに行ってたからなのね」
「そういうこと、おかげでこうしてきみをエスコートできるようになったんだ、大目に見てくれよ」
得意顔のエツィオに、ルイズは訝しげな視線を向けた。
「まあ、それはいいとして……、あんたの言うその人徳とやらで思い出したんだけど」
「うん?」
「……マチルダって、誰?」
ルイズはジト目でエツィオを見つめた。
マチルダ、あの日、エツィオの手紙に書かれていた差出人の名前である。
察するに、どうやらアルビオンでの協力者のようではあるが、ルイズにはその名前に心当たりがない。
これが男の名前なら気にもとめなかったであろうが、マチルダとは明らかに女性の名前である。
エツィオは指で頬を掻くと、笑みを浮かべてルイズの顔を覗き込んだ。
「うーん、誰って言われてもな……。どうしてそんなことを?」
「え? そ、そりゃあ気になるじゃない」
「気になっているのは、彼女の素性? それとも俺と彼女との関係かな?」
まるでルイズの気持ちを見透かしているかのようにエツィオの笑みが深くなった。
「ち、違うわよ! 誰があんたなんかのっ……! 使い魔の行動はきちんと把握しておくのが主人としての務めだからよ!」
「ふぅん……、なら教えるけど……本当に聞いちゃってもいいのか?」
顔を真っ赤にして反論するルイズに、エツィオは何やら意味深な笑みを浮かべた。
「どういう意味よ」
「いや、これが明るみに出れば間違いなく監獄行きなんだけど……、困ったな、これを聞いた以上、きみも俺の共犯ってことに――」
「待って待って待って! やっぱり無し! 言わなくっていい!」
猛烈に嫌な予感がしたルイズは慌ててかぶりを振り、中断させる。
なにせエツィオは裏で何をしているのかわからないのだ。それこそエツィオの正体を知った今、それが冗談とはとても思えなかった。
「それがいい、彼女はトリステインじゃお尋ね者だ、知ったらきみも罪に問われかねないからな」
「なんでそんなのと知り合いなのよ……」
「蛇の道は蛇さ、それに、どうやらきみの手を引いて歩いている男は、アルビオンじゃとんでもない御尋ね者らしいぞ?」
自分の胸にトントンと親指をあててエツィオはニヤリと笑ってみせた。
「まあ、そんなことより、きみが今一番心配しているであろう、俺と彼女の関係だけど……、安心しろ、きみが思ってるほどのものじゃない、彼女はよき友人で、協力者だよ」
「よく言うぜ」と、呆れたように呟いた愛剣の鍔を強く握り締めてこれ以上の発言を中断させる。
水面下でそんなやり取りがされているとはつゆ知らず、ルイズは「ほんとに? そ、そうなんだ……」と、どこか安心したかのようにわずかに頬を緩ませた。
それから同時に、そんな風に安心してしまった自分に腹が立った。
なんでエツィオの言葉を聞いて、安心なんかしてるんだろう? 好きだから? 違うもん。なんていうか、そう、プライドの問題ね。
そう自分に言い聞かせたあと、ルイズは辺りを見渡す。
そして、わあっ、と叫んで立ち止まる。
「どうしたんだ?」
エツィオが振り返る。ルイズは宝石商に目を止めたらしい。立てられた羅紗の布に、指輪や
ネックレスなんかが並べられている。
「へえ、装飾品か、見たいのか?」
エツィオが興味深そうに呟くと、ルイズは頬を染めて頷いた。
二人が近付くと、頭にターバンを巻いた商人がもみ手した。
「おや! いらっしゃい! 見てください貴族のお嬢さん。珍しい石を取り揃えました。『錬金』で作られたまがい物じゃございませんよ」
商人はそういうが、並んだ宝石は貴族がつけるにしては装飾がゴテゴテしていてお世辞にも趣味がいいとは言えない代物だった。
ルイズの目が、ペンダントに止まった。貝殻を彫って作られた、真っ白なペンダント。周りには大きな宝石がたくさんはめ込まれている。しかし、よく見るとちゃちな作りであった。宝石にしたって安い水晶だろう。でも、ルイズはそのきらきら光るペンダントが気に入ってしまった。騒がしいお祭りの雰囲気の中では、こういった下賤で派手なものの方が目を引くのである。
ルイズがそれを手にとってみようと手を伸ばそうとすると、それより先に、エツィオがそれを手に取った。
エツィオは手に取ったペンダントをルイズの胸元に持って行くと、「素敵じゃないか」と笑みを浮かべた。
そんなエツィオの行動に、ルイズは顔と胸の中がかっと熱くなるのを感じた。
エツィオが自分が気に入ったものと同じものを、自分のために選んでくれた! たったそれだけのことがどうしようもないほどうれしかった。
「それでしたらお安くしますよ。四エキューにしときます」
そんなふうに舞い上がっていた彼女を、現実に引き戻すような言葉が店主から浴びせかけられる。
ルイズは思わず「高いわ!」と叫んでいた。
以前、エツィオに剣を買ったときに、今期のお小遣いは全て使ってしまったのであった。
「うーむ、参ったな、今は持ち合わせがない」
どうやらお金を持っていないのはエツィオも同じのようだ、しかし言葉とは裏腹に、どこか余裕すら感じさせる口調だ。
「親父、少し待っていてくれないか? ルイズ、行こう」
するとエツィオは、何を考えたか、ルイズの手を取って、今来た通りを戻り始めた。
「ちょ、ちょっと! どこいくのよ!」
「いいからいいから」
突然の使い魔の行動に、慌てるルイズをよそに、エツィオは路地裏に入ると、道端の隅にしゃがみ込んで、何やら石畳を丁寧に調べ始めた。
「ねえ、あんたなにしてんの?」
「まあ見てろって」
怪訝な表情で見つめるルイズに、やがて何かを見つけたのか、エツィオはニヤリと笑い、人差し指を口元に立てた。
それから石畳の一枚をはがし始める。するとその石畳の下は丁度いい空洞となっており、中にはなんと、エキュー金貨と宝石が詰まった小箱が入っていた。
「えっ! えっ! う、うそっ!? な、なによこれ!」
「ふふん、秘密の財宝ってやつだ」
そのあまりの量に驚きのあまり言葉を失うルイズに、エツィオはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「えっ? あ、あんた、なんでそんなにお金を持ってるの?」
「レコン・キスタ、連中の金だよ、彼らは必要ないってさ」
エツィオは肩をすくめて笑った。
「しかし、頂いたまではいいけど何分一人で持つには多くてね、俺がトリステインに戻ってきた時に、街のあちこちに隠したんだ。有事に備えてな」
エツィオは金貨を取り出してそういうと、小箱の蓋を閉めて穴に入れ、剥がした石畳を元に戻した。
「これが街のあちこちにある、隠し場所を知っているのは俺だけだ、全部の隠し金貨をかき集めたら……、もしかしたら、今のきみよりお金持ちかもな」
「それじゃ行こうか」と、尚もあっけにとられるルイズの手を取って、エツィオは露天商のところへ戻り始めた。
露天商のところへ戻った二人は、金貨を四枚支払い、ペンダントを受け取った。
エツィオは、手慣れた様子でルイズの首にそれを巻いてやる。お似合いですよ、と商人がお愛想を言った。
自分の首に巻かれたそれを手でしばらくいじくりまわしたあと、ルイズの頬が思いっきり緩んでしまった。
エツィオに見てほしい、と思って振り返る、するとエツィオは下あごに手を当てて何やら真面目な表情でじっとルイズの顔を見つめていた。
あんまりにも真面目な顔で見つめてくるものだから「な、なに?」と少々上ずった声で尋ねる。
すると「思った通りだな」と、エツィオはにっと破顔した。
「確かに、とても似合っているけど、やっぱりきみにはどんな宝石もかなわないな」
魅力的な笑みで答えられ、再びルイズの頬がかあっと赤くなる。
素直に嬉しい思いと、気恥ずかしさが胸の中でまぜこぜになり、なんて言い返そうか言葉に迷う。
そんなルイズにエツィオはすっと手を差し伸べる、まるで騎士のように洗練された動作に、ルイズは思わずその手を握った。
「おっと、ここだな」
ペンダントを購入し、再び大通りを二人で歩いていると、エツィオが何やら立ち止まり、一軒の店の前で足を止めた。
なんだろうとルイズがエツィオの視線の先を追う、するとそこには一軒の酒屋があった。
「なあルイズ、ちょっと寄ってもいいかな」
「なあに? お酒を買うつもり?」
さっき王宮で飲んでいたと聞いていたルイズは、少しだけ眉を顰めた。
「別にいいけど……まだ飲み足りないの?」
「なに、ギーシュに宿賃替わりに持って行こうと思ってね、ちょうどいい、きみとの分も買っておこう」
そう言って、二人は酒屋へと入った、豪奢な内装と豊富な酒の品ぞろえを見るにトリステインでも有数の高級品を取り扱う店のようだ。そんな店だというのに、エツィオは別段臆した様子もなく堂々と店の奥へと足を踏み入れてゆく。
公爵家の三女とは言え、こういった高級店に初めて足を踏み入れたルイズは、興味深そうに店内を見回す。酒瓶とはいえ、中々こじゃれたデザインの壜が関心を引く、しばらくそんな風に眺めていると、二本の酒瓶を持ったエツィオが戻ってきた。
「やあ、待たせたな」
「何を買ったの?」
「ブランデーをな、結構したけど……たまの贅沢だ、これくらいは目をつむってくれよ」
エツィオはウィンクをして買ってきたブランデーの酒瓶をちらつかせた、見るに他の酒壜と比べ一回りも二回りも小さい。しかしルイズはその壜に見覚えがあった、どこで見たんだろう……? 確か実家の……。
そこまで思い出したとき、ルイズは思いっきり噴き出した。
「うぇええっ!? そ、それって! こ、コルニャークじゃない!!」
「あれ? 詳しいんだな?」
ルイズが銘柄を知っていたことが意外だったのか、エツィオはとぼけたように首を傾げた。
「そうそう、猊下から賜ったんだけどな、言うにはこれは大フィリップ一世っていう――」
「そ、それ! 大豪邸付きの土地が買えるっていうくらいすっっっっっごい高いお酒なのよ! 父さまでさえ特別な日にちょこっとしか飲めないっていうのに! なんてものしれっと買ってんのよ! しかも二本だなんて!」
「なるほど、道理で美味いわけだ。ルイズ、こいつはなかなか強烈だぞ、飲んでるうちにきみが目を回さないように気を付けないとな」
はっはっは、と陽気に笑う使い魔の計り知れなさを改めて感じ、ルイズは早くも目が回る思いだった。
お久しぶりです
発狂していたらこんなことになっていました
久しぶりに書くと文章力の低下を感じずにはいられません、
忘れ去られているかもしれませんが、お待たせして本当にごめんなさい
文章力と妄想力の低下は智慧を絞ってなんとかします
ヽ旦ノ