SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-33 「思わぬ再会」

「むっ……」

 

 マザリーニとの会見を終え、緊張感から解放されたせいか、エツィオは全身にアルコールが回るのを感じていた。

思えばあのブランデーは味こそよかったものの中々に強烈なものだった、それを勧められるがままに飲み干せばこうなるのは当然だった。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「ああ、ちょっとふらっとしただけだ。……参ったな、飲み過ぎたみたいだ」

 

 呆れたように声をかけてきたデルフリンガーに、エツィオは苦笑しながらかぶりを振った。

 

「ちょっと調子に乗りすぎたな……。それにしても、いい加減、ここにいると息がつまりそうだ……」

 

 エツィオは少々うんざりした様子で呟くと、ソファから立ち上がり、立てかけていたデルフリンガーを手に取った。

 

「外の空気でも吸うか、ついでに謁見室の様子も見てこよう」

 

 

 待合室を出たエツィオは、長い廊下を渡り、謁見室の前までたどり着いた。

しかし、そこにいたのは扉の前に控える衛兵だけである。

 

「失礼、ラ・ヴァリエールの連れの者だが、謁見は終ったのか?」

「いえ、まだ終わっておりません」

 

 扉の前の衛兵に尋ねると、どうやら謁見はまだ続いているらしい。

どうしたものかとエツィオは小さく首を傾げ……、それから再び衛兵に声をかけた。

 

「すまないが、彼女の謁見が終わったら、俺は外にいると伝えておいてもらえないだろうか?」

「かしこまりました、お伝え致します」 

 

 エツィオは「ありがとう」と礼を述べ、城の外へと向け歩き出した。

外の空気を吸えば多少は酔いも覚めるだろう、そう考えながら歩いていると、エツィオは城の中庭の一つにある練兵場へと出た。

今は昼時であるためか、訓練に励む兵士の姿はなく、打ち込み用の藁人形が寂しく佇むだけであった。

そんな中、練兵場の片隅に一本の木剣が転がっているのを見つけ、エツィオはそれを拾い上げた。

 

「まったく、整理整頓ができていないな。ここがヴィラだったら伯父上に殺されるぞ」

 

 モンテリジョーニの伯父、マリオを思い出しながらエツィオは呟く。

それから木剣を掲げると、自分の左手を見つめた。

 

「なあデルフ、これはルーンが光らないんだな」

「ああ、なんせ木剣だ、ガンダールヴにとっちゃおもちゃ同然ってことなんだろ」

「ふぅん……そんなこと言って、実は判断基準は適当だったりしてな、刃がついてれば武器! みたいにな」

 

 そんな風に冗談を言い合っている時であった。

 エツィオの背後から、聞き覚えのある威圧的な女の声が聞こえてきた。

 

「おい貴様。そこで何をしている」

 

 その声に振り向くと、声の主と目が合う。

「「あっ」」っと二人の声が合わさった。

 

「エツィオ……? お前、エツィオか!」

「そういうきみは、アニエスか?」

 

 果たしてそこに立っていた人物は、タルブの戦いの時、エツィオが助け出した女傭兵のアニエスであった。

 

「無事だったんだな! またきみに会えてうれしいよ」

「ふん、お前もな」

 

 二人は握手を交わし、互いの無事と再会を喜んだ。

 

「ところでエツィオ、お前、どうしてここにいるんだ?」

「俺の主人が陛下に呼ばれてね、俺はその付き添いさ」

 

 訝しげな視線で問うてくるアニエスにエツィオは肩をすくめて見せた。

 

「なるほど……あの女の子か、確かルイズとか呼んでいたな。あの少女は、陛下に謁見を許されるほどの身分だったのか?」

 

 タルブでエツィオとルイズのやり取りを見ていたアニエスは、得心したように頷く。

 

「まあそんなとこさ。それより、きみこそどうしてここに? 王宮にいるってことは、もしかして手柄が認められたのか?」

 

 エツィオが尋ねると、アニエスは「そうだ」と頷き、誰もいないのを確認するように周囲を見回した。

 

「ヴィリアーズ公を討ち取ったのはわたしだということになった。……お前のお陰だ、何度礼を言っても言い足りない」

 

 アニエスは伏し目がちに呟くと、腰のベルトに挟んだ拳銃をそっと撫でた。

果たしてその拳銃は、ヴィリアーズ公を暗殺した際、エツィオがアニエスに手渡していた拳銃であった。どうやらあの時から大事に持ち歩いていたらしい。

 アニエスの可愛らしい一面を見たような気がしたエツィオは、思わず頬を緩ませた。

 

「なに、気にする必要はないさ。それで? 貴族になれたのか?」

 

 エツィオが尋ねると、アニエスは小さく首を横に振った。

 

「いや、正式にトリステインに仕官が決まった事以外は特に音沙汰はない、あまりにやることがないんでな、訓練する時以外は、こうして城の見回りだ」

 

 どうやら中々に退屈しているらしい、少々むくれた様子でアニエスは答えた。

 

「しかし、認められて仕官できただけでも僥倖というものだろう。……少々肩身は狭いがな」

「すると、あまりいい扱いは受けていないのか?」

 

 エツィオが尋ねると、アニエスは肩を竦め「ああ」と呟いた。

 

「宮廷の貴族たちは、平民が仕官となって城の中を歩いていることがお気に召さないらしい。

聞こえてくるのは陰口だけだな」

「そうか……。大丈夫だアニエス、いつかきみの働きと存在が認められる日がいつかきっとくる」

 

 力強く肩を叩きエツィオが励ますも、アニエスは力のない笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「だといいがな……。しかし、わたしとしては城に入り込めただけで十分なんだ」

 

 彼女のその物言いに引っかかるものを感じたのか、エツィオが片眉を上げた。

 

「……入り込めた? それは…・…」

 

 エツィオがそこまで言ったときであった。

アニエスは話題を変えるかのように、にやっと笑った。

 

「そうだエツィオ、せっかくだ、訓練に付き合え」

 

 アニエスはエツィオが木剣を持っていることに気が付いたのだろう。

有無を言わさぬ口調でそういうと、隅に立てかけられた木剣を手に取り、エツィオの前に立った。

 

「実戦形式だ、どんな手を使ってもいい、相手から一本取ったら勝ち、それでいいな?」

「それはかまわないが……」

「言うまでもないと思うが、女だからとて手加減は無用だ」

「わかった、どんな手を使っていいんだな?」

 

 その言葉に、少々意地悪な笑みを浮かべ、エツィオが呟く。

その笑みが意味するところを知らないアニエスは、意気揚々と「ああ」と頷いた。

 

「きみに失望されないように頑張らせてもらうよ」

「アサシンの業、とくと見せてもらうぞ!」

 

 叫ぶや否や、アニエスは木剣を振りかぶり、遠慮のない一撃を見舞うべく、突進してきた。

それに対しエツィオは、なんと持っていた木剣をアニエスに向け放り投げた。

 

「なんのつもりだ!」

 

 緩い放物線を描いて飛んできた木剣をアニエスは激昂しつつも叩き落とす。

そして丸腰になったエツィオに一撃を加えるべく木剣を振り上げたその瞬間、

エツィオは猫のような素早さでアニエスの懐に潜り込むと、彼女の首根っこをつかみ、そのまま地面に組み伏した。

 

「ぐあっ……!?」

 

 全身に衝撃を受け、アニエスはたまらずうめき声を上げ、狐につままれたような顔をしている。

何が起こったのかもわからないまま、地面に組み伏せられているのだから当然だ。

 

王手(チェック)、さあどうする?」

 

 エツィオはニヤリと嘯くと、アサシンブレードを発動させ、アニエスの喉元に滑り込ませた。

刃先がわずかに首筋に触れる。

これが死神の刃か、その冷たい感触にアニエスはかつてないほどの寒気を感じた。

 

「ひ、卑怯……だぞ……!」

「卑怯? きみ、どんな手を使ってでもって言っただろ?」

「くぅっ……!」

 

 やっとのことで非難の言葉を口に出すものの、涼しい顔でエツィオに返されアニエスは悔しさに唇をかんだ。

たしかに、『実戦形式で』と言ったのは自分だ。だが相手を甘く見過ぎていた。なにしろ相手はあらゆる手段を用いて標的を殺す『アサシン』なのだ、正攻法で来るはずがなかった。

自分はまんまとエツィオの策にはまり、結果、こんなにもあっさりと()()()()しまったのだ。

 

「ま、今のはちょっと意地悪だったな。すまない、次からは真面目にやるよ。『こいつ』も使わない」

 

 エツィオはそういうと、アサシンブレードを手甲の中に収納した。

 

「くっ……! もう同じ手は食わんぞ……!」

「そうだな、通用するのは一回だ」

 

 その言葉に、エツィオは苦笑しながら木剣を拾った。

エツィオのその言葉と苦笑の意味するところを察したのだろう、アニエスは再び唇を噛んだ。

そう、これが実戦ならば、一回通用すればそれでいいのである。

通用したということは、その相手とは()()()()()ことはないのだから。

 

「さ、気を取り直そう、もう一度だ」

「わかっている!」

 

 アニエスが立ち上がり木剣を構えなおすのを見届けると、エツィオは同じように木剣を構える。同時にアニエスが速攻を仕掛けてきた。容赦なく振り下ろされる木剣をエツィオは時に受け止め、時に受け流す。

木剣と木剣が絡み合う激烈な一騎打ちが続く中、エツィオはアニエスの技量に舌を巻いていた。

実戦にて磨かれてきたのであろうアニエスの剣さばきは、女性とは思えないほど鋭く、モンテリジョーニの傭兵たちにも劣らぬくらいに見事なものであった。

 

「やるな」

「お前はどうした? タルブでのお前の動きは、こんなものじゃなかったはずだ」

「なに、ここからさ」

 

 だからといって負けてしまっては男が廃る。

エツィオはニヤリと嘯き、アニエスの一撃を回避し、彼女が身体を引くのを待った。

アニエスが一歩後退して体重を後ろ足にかけた瞬間、エツィオはその足をすくってよろめかせる。

不意打ちを食らったアニエスが体勢を立て直すよりも早く、エツィオは木剣を振り下ろした。

 

「うっ……!」

「今度こそ一本だな」

 

 木剣をアニエスの鼻先に突き付けながら、エツィオはにかっと笑った。

 

「も、もう一度だ!」

「いいとも、きみもなかなか負けず嫌いなんだな」

 

 息巻いて立ち上がったアニエスは、エツィオをにらみつけ、木剣を構えた。

エツィオは再び不敵な笑みを浮かべると、フードを目深に被った。

 

 

 それから十分ほどの間、エツィオはアニエスの訓練に付き合うことになった。

そして手合せも六回目を数えたころ、ついにアニエスが白旗を上げた。

 

「くそっ! 降参だ……!」

 

 地面に尻餅をつく形で座り込んだアニエスは、息を切らしながら悔しそうに吐き捨てる。

 

「よし、ここまでにしよう。きみの公務に支障が出るといけない」

「剣には自信があったのだがな……、わたしもまだまだということか……」

「いや、俺もかなり危なかった。全く、女性なのにたいしたものだ」

 

 同じように肩で息をしながらエツィオが素直に称賛する。

アニエスの剣技は、ルーンを使っていないエツィオに迫るものであり、事実手合せの最中、何度もいいのを貰いかけていた。アサシンとして実戦と経験を積んでいなければたちまち叩きのめされてしまっていただろう。自分もまだまだ訓練を積む必要がある……、アニエスとの手合せでエツィオはそう実感すると同時に、女性でありながらここまでの腕前を誇るアニエスに関心を持った。

 

「どこでそんなに腕を磨いたんだ?」

 

 エツィオが手を差し伸べると、アニエスは「いい」と首を横に振って自分の足で立ち上がった。

 

「基礎は街の道場だ、あとは傭兵たちに混ざって戦場で腕を磨いた」

「それであの腕か、まったく、本当にたいしたものだ」

「お前は?」

「大体きみと同じだよ、叔父上のもとでみっちり鍛えられてね、あの日々は今でも夢に出てくる」

 

 あの厳しかった戦闘訓練に明け暮れた日々を思い出し、エツィオは思わず苦笑いを浮かべた。

しかしその日々で学んだ戦闘技能は、確かにエツィオの血肉となり、今日まで生きながらえさせてくれたのだ。

 

「そのアサシンの技もか?」

 

 アニエスに尋ねられ、エツィオはにやっと笑みを浮かべ、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「おっ、ずいぶんと聞いてくるな? もしかして俺に興味でも?」

「ああ、大いにある」

 

 からかうつもりで聞いたのだが……、アニエスに素直に頷かれてエツィオは思わず目を丸くした。

これがルイズだったらすぐに怒り出して有耶無耶になるのだが……。

しかし、そういった反応をされるのも悪くはない、エツィオはずいっと身を乗り出すと、アニエスの顎をもって甘い声で囁いた。

 

「それはうれしいな。実は俺もなんだ、さっきからきみのことを知りたくて仕方がなくってね」

 

 しかしそこはアニエス、エツィオの手を払って冷たくあしらうと、きっと睨み付けた。

 

「勘違いするな、わたしはお前のアサシンの技術に興味があるんだ」

「それはちょっと傷つくな、俺の魅力はそこだけじゃないと証明させてくれてもいいと思うんだけど」

「冗談もいい加減にしておけ、……お前、それでも本当にアサシンなのか?」

 

 ずいぶんとまあ自己主張の激しいアサシンがいたものである、おまけに口達者で女好きときた。

アニエスは自分の中に築いていた暗殺者というイメージが崩れていくのを感じながら、なかば呆れたように肩をすくめた。

 

「冗談なものか、俺はいつだって真面目なんだけどな。まあいいさ、それについてはもっと親しい関係になったら教えてあげるよ」

「……もういい、お前の言う関係がどんなものかなんてのも興味はないしな」

 

 どこまでも冷たくあしらってくるアニエスである、しかしそんなつれない態度だからこそ、エツィオは胸の中が熱を帯びていくのを感じていた。

 

「そういえば……」

 

 それからアニエスは思い出したかのようにぽつりとつぶやいた。

 

「お前の本当の名前は『エツィオ』でいいのか?」

「本当の名前だって? そうだけど、随分と今さらだな……どうしてそんなことを?」

「エツィオ! そこにいるの?」

 

 アニエスからの妙な質問に首をかしげたその時、王宮の中につながる扉が開き、よく通る鈴のような声が響いた。

 

「やあルイズ、今行くよ」

 

 聞こえてきたルイズの声に、エツィオは手を挙げて応える。

 

「ごめん、もう行かなきゃ。……さっきの質問だけど……」

「いや、なんでもない、どうやら本名らしいな」

 

 なにやら得心したように頷くアニエスに、「まあ、それならいいが……」と首を傾げながらもエツィオは呟く。

 

「それじゃ、これからのきみの活躍を祈ってるよ、アニエス」

「ああ、こちらこそ」

 

 それからアニエスと固く握手を交わし、エツィオはルイズの元へと歩いていく。

そんな彼の背中に、アニエスは「エツィオ」と声をかけた。

 

「ん?」

「その……また会えるか?」

 

 思いがけない言葉に、エツィオの頬が思わず緩む。

 

「もちろん、よろこんで駆けつけるよ」

 

 エツィオは魅力的な笑みを浮かべてそう答えると、新しい出会いに胸を躍らせながら、中庭を後にした。

 

 

「ちょっと、何してたの?」

 

 王宮の廊下を並んで歩いていると、ルイズがどこか拗ねたように尋ねる。

 

「偶然知り合いと会ってね、ちょっと話してたんだよ。ほら、きみがタルブに来た時、一人女の傭兵がいただろ? 彼女だよ」

 

 エツィオの説明に、ルイズは「ふぅん……」とどこか気のない返事をした。

たしかにあの時、エツィオの隣には女の人が立っていたような気がする。

というか正直、タルブでのことは、エツィオに怒られたショックと、戦場という異常な状況が原因でそんな細かいとこまでは覚えていなかったのであった。

 

「って、そうじゃなくって、なんでおとなしく控室で待ってなかったの? おかげで探しちゃったじゃない」

「悪かったよ。ついついお酒を飲みすぎちゃってね、酔いを醒ましたくて歩き回ってたんだ」

「あんた、お酒なんて飲んでたの!? 呆れた!」

 

 非難めいた声を上げたルイズに、エツィオは肩をすくめて見せた。

 

「仕方ないだろ? 枢機卿猊下に勧められたら、誰だって飲まざるを得ないよ」

「猊下って……もしかしてマザリーニ枢機卿?」

 

 エツィオの言葉に、ルイズははっとした顔になった。

 

「ああ、……この謁見自体が、彼の差し金だったようだ。どうやらこの謁見は、俺との接触が目的だったみたいだな」

 

 それからエツィオは急に真面目な表情になると、ルイズの手元を見つめた。

彼女の手元には、やはりというべきか『始祖の祈祷書』があった。

 

「……それはそうときみ、『虚無』のことを陛下に話したみたいだな」

「えっ? ど、どうしてそれを……?」

 

 どうやら図星だったようだ、ルイズはエツィオに言い当てられて戸惑いの視線を向けてきた。

 

「返却を求められたのに、未だに持ってるのを見れば嫌でも察しが付くよ。それで? 陛下はなにか言って――」

 

 エツィオがそこまで口にした時だった。廊下の向かいから、快活な声が聞こえてきた。

 

「エツィオ・アウディトーレ!」

 

 大声で名前を呼ばれ、何事かと顔を上げると、廊下を大股で歩いてくる一人の精悍な男が目に入った。

 

「シニョーレ!」

 

 その男を見たエツィオは、人懐こい笑みを浮かべると、歩いてきた男と握手を交わした。

 

「無事だったかエツィオ! 総司令が討たれたと聞いてもしやと思ったが……まさか本当にやってのけるとは! まったく、たいした男だ、きみは!」

「ありがとうございます、ボーウッド殿」

 

 肩を叩きながら豪快に笑うその男は、果たしてヘンリ・ボーウッドであった。

 

「それより、どうしてここに? きみの存在は内密にしていたはずだが……」

 

 そこまで言うと、ボーウッドは半ば隠れるような形でエツィオの後ろに立ち、もじもじと居心地の悪そうにしているルイズに気が付いた。

 

「あ……、え、えっと、エツィオ? その人は……」

 

 ボーウッドと目があったルイズが恐る恐るエツィオに尋ねる、するとボーウッドは快活な笑顔を浮かべ丁寧に一礼した。

 

「おお、これは失礼、アルビオンのヘンリ・ボーウッドだ。今は故あってトリステインに仕える身です。どうぞよろしく」

「は、はぁ……よ、よろしくお願いします」

 

 アルビオン訛りを色濃く残す自己紹介に、ルイズは戸惑うような視線をエツィオに向けた。

 

「アルビオン人……?」

「『死神』に目をつけられたのだがね、運よく見逃してもらえたのさ」

 

 ボーウッドは冗談めかしてそういうと、エツィオに視線を戻した。

 

「なるほど……彼女が……」

「ええ、彼女が私の主人です。……秘密はもう打ち明けましたのでご安心を。今日ここにいるのは彼女の付き添いですよ」

 

「そうだったのか」とボーウッドは頷くと、ルイズとエツィオを交互に見やり、にやっと笑みを浮かべた。

 

「『死神』を従える貴族と聞いて、どんな恐ろしい人物かと思っていたが、いやまさか、こんなにも可憐なお嬢さんだとはね」

「ええ、ですがどうかこの件もご内密に願います」

「もちろん、わかっているとも」

「感謝します、シニョーレ。」

 

 神妙な面持ちで頷くボーウッドにエツィオは深々と一礼した。

 

「ところで、もうお帰りになるのかね?」

「ええ、用事も済みましたし、そろそろお暇するところです」

「そうか、ならば立ち話もなんだ、入口まで送ろう」

 

 それから三人……、というよりもさっきから黙ってしまったルイズをよそに、エツィオとボーウッドは歩きながら会話を弾ませていた。

 

「そうだエツィオ、投降したアルビオン軍将兵たちの陳情を知っているか?」

「陳情ですか? はて、聞きませんね」

「それがな、中々に笑えるぞ、『死神の刃から我らを保護してくれ』だそうだ!」

 

 それを聞いたエツィオは、苦笑を浮かべながら肩をすくめてみせた。

 

「ずいぶんと嫌われたものですね、まったく、私とてそこまで見境がないわけではないというのに」

「まったくだな。とはいえ、ぼくもその立場だったら同じことを言っていたかもしれないがね」

 

 ボーウッドはわっはっは、と豪傑笑いをした。

その時、エツィオは彼が腰に杖を下げていることに気が付き、にやりと笑みを浮かべた。

 

「どうやら杖を帯びれるようになったようですね」

「ああ、失った手足が戻ってきた気分さ。ついでに、この一件で正式にトリステインに士官が決まってね、めでたく再就職というわけだ」

 

 ボーウッドは杖を抜くと誇らしげに目の前で振って見せた。

 

「おめでとうございます、どのようなお役職に?」

「ああ、実は艦を一つ任されることになってね、その艦の艦長に任命されることになっている」

 

 先ほどのアニエスとはえらい違いである。元敵国人と言えど、メイジの貴族にはここまでの礼が尽くされるのに、平民である彼女にはなにもないのか。とエツィオは内心複雑な気分になった。

しかしそこは顔に出さず、エツィオは素直にボーウッドを祝福した。立場はどうあれ、彼を信じ導いたのは自分だ、そういった意味で、彼も今では心強い味方であることは変わりない。そんな彼がトリステインに認められたことは素直にうれしかった。

 

「これもすべて、この戦での偉大なる勝利と……何よりきみのお陰だ、感謝してもしきれないな」

「信頼を勝ち得たのはあなた自身の力によるもの、私はなにもしておりません、ボーウッド殿」

「そう謙遜しないでくれ、こちらの立場がなくなるだろう」

 

 苦笑しながらボーウッドは呟く、それから「そういえば……」と呟いた。

 

「ぼくに任されるフネなんだが……、実は元はアルビオンのフネなんだ」

「すると、鹵獲した軍艦ですか?」

 

 ボーウッドは首を横に振った。

 

「いや、どうやら避難民を乗せてトリステインに逃れてきたフネらしい。避難船に使われたとはいえ、立派なブリッグだ」

 

 ボーウッドの口から出てきた言葉に、今まで後ろで黙っていたルイズが口を開いた。

 

「え? ねえ、それって……『イーグル』号じゃない?」

「おや? 知っているのかね?」

 

 ボーウッドは興味深そうに首をかしげて見せた。

エツィオはボーウッドに、アルビオンへ渡った時のいきさつを伝えた。

『マリー・ガラント』号に乗り込んだ際、空賊に扮したウェールズ殿下の乗る『イーグル』号に拿捕され、ニューカッスルへと渡った事を聞くと、ボーウッドは感慨深げに大きくため息を吐いた。

 

「そうか……、とすると『イーグル』号は殿下の忘れ形見、ということか……」

 

 それからしばしの間瞑目すると、やがて決心したように「うむ」と頷いた。

 

「ならばエツィオ、『イーグル』号は現在改装中でね、新しく生まれ変わるのだが……、トリステインでは慣例として艦長には艦の命名権があるそうだ。どうかな? よければきみに新たに命名してもらいたいのだが」

「よろしいのですか?」

「もちろんだ」とボーウッドは頷いた。

「『イーグル』に縁を持つきみだからこそ頼みたいんだ」

 

 ボーウッドの頼みも一理ある、ならばせめてよい名前を考えなくては……、エツィオは顎に手を当てじっくりと考えた。

それからしばらくして、よい名が浮かんだのか「そうですね……」と、顔を上げた。

 

「『アクゥイラ』というのはいかがでしょう」

「『アクゥイラ』? 聞き慣れぬ言葉だが、それはどういう意味かね?」

「『鷲』を意味する言葉です。ラテン語……私の故郷の言葉なので馴染みはないと思いますが……」

「成程……、『鷲』か、ふむ……なかなか独創的でいいじゃないか!」

 

 ボーウッドは嬉しそうに破顔すると、「決まりだな」と大きく頷いた。

 

「改装が済み次第、新たな名前として申請しておくよ。それにしても……、『イーグル』が『エツィオ』をアルビオンへ導き、『エツィオ』によって『アクゥイラ』に生まれ変わる、はは、こうして考えると、なんとも数奇な運命だとは思わないかね?」

 

 その言葉に、エツィオの胸も自然に熱くなる。

 

「同感です、ですからどうか、大切になさってください」

 

 ボーウッドは表情を引き締めると、杖を引き抜いて胸の前に掲げてみせた。

 

「エツィオ、我が杖、我が名にかけて、『アクゥイラ』号は決して沈ませないと誓おう」

 

 エツィオもそれに応える様に神妙な面持ちで頷いた。

 

「御武運をお祈りします艦長、あなたの航路に栄光があらんことを」

 


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