SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-28 「Liberation」

 深夜、一時過ぎ。

夜空に煌々と輝く二つの月の光も、鬱蒼とした木々に阻まれ、森の中は闇に包まれている。

その深い闇の中を、風のように駆け抜けるフード姿の男が一人。エツィオであった。

左肩には、今や貴族派にとって死の象徴である、貴き血によって赤黒く染め上げられた亡王のマントが翻っている。

足音も鳴らさず走るその姿を見れば、誰しもがこう思うだろう、――死神と。

 動きを悟られぬよう、アルビオンの軍勢で埋まる草原を大きく迂回し森の中に入ったエツィオは、馬を降りて自分の足でタルブの村へと向かっていた。

 ボーウッドに示されたルートを辿っていたため、タルブの村に辿りつくのはそう難しいことではなかった。

辿り着いたタルブの村は、イタリアの農村にもよくあるような、こぢんまりとした、しかし素朴で美しい村だった。

しかし今は、アルビオン軍に占領され、村のほとんどの家屋が焼け落ち、黒い煙を上げている。そこかしこにはレコン・キスタの旗が誇らしげに掲げられ、

村の中心部の広場には物見櫓が聳え立ち、その上で弓兵が周囲を警戒していた。村を囲むように作られた柵の中には大砲が外へ向けずらりと並べられている。

村の隅には何人か死体が転がっている、そのぞんざいな扱いを見るに、ここの防衛に当たっていたトリステイン軍の兵士達だろう。

そんな異様な村の中を、アルビオン軍の兵士が我がもの顔で闊歩していた。

 

 エツィオは奥歯をギリっと噛みしめると、今にも怒りにまかせ飛び出してしまいそうな己を律するため、大きく深呼吸をする。

逸る心を落ち着かせ、周囲を警戒しながら村の中をじっくりと観察する。幸いにもアルビオン兵の姿はそれほど多くはないようだ。

目下のところ、その多くが大草原で待機しているラ・ロシェール攻撃部隊へとかりだされているのだろう。

さしもの彼らも、拠点防衛に回すほど人員を裂く余裕はなかったようだ。

ましてやここはトリステイン軍の立て籠るラ・ロシェールとは反対方向、ここからだと大草原のアルビオン軍、そして空軍艦隊を挟む形になっている。

そうやすやすと攻め込まれないと判断したのだろう。

 

 そうやってエツィオが中の様子を盗み見ていると。突然、ばっさばっさ、と力強く羽ばたく音が空から聞こえてきた。

竜の羽音だ、その音を聞いたエツィオは、咄嗟に身をかがめる。それから、音がした方を見上げると、なるほどそれは、アルビオン軍の風竜であった。

万一見つかりでもしたらひとたまりもない、エツィオは見つからないように体勢を低くして、それをやり過ごす。

そうやって風竜を目で追っていると、やがて風竜は、村の広場へと降下して行った。

 

「伝令か?」

 

 その風竜が降りた広場を見て、エツィオは首を傾げた。

見ると、村の広場に兵士たちが整然と並び、集まり始めている。どうやらその風竜を出迎えているようであった。

 するとその風竜から、それを操っていた竜騎士と共に一人の立派な貴族が広場に降り立つのが見えた。

貴族は広場に降り立つと、防衛部隊の隊長と思わしきメイジと何やら話しこんでいる。

 

「あれは……」

 

 エツィオはその貴族を見て、首を傾げた。

ここからでは距離が遠すぎてよく確認出来ないが、こうやって兵士たちに出迎えられているということは、かなり地位の高い貴族であることには間違いない。

もしかしたら、彼こそがこの地上部隊の指揮官なのかもしれない、と見当を付けた。

 

 話が終わったのか貴族は、元は村長が使っていたのであろう、村の中でも大きな家の中に入ってゆく。

それから、兵隊長が号令をかけ、兵士たちは明日の戦へと向け、それぞれの軍務へと戻って行くのが見えた。

 

 エツィオは兵達の動きが落ち着きを取り戻すまで待ち、頃合いを見計らって物陰に隠れながら村へと近づいてゆく、

すると、一人のアルビオン兵士が斧槍に寄り掛かってうつらうつらと船をこいでいるのが見えた。

どうやら彼は、この付近の見張りを任されているようだ。彼の他に周りの兵士の姿はない。

 エツィオは僅かに口元に笑みを浮かべると、職務怠慢な彼の足もとに、一枚の銀貨を放り投げる。

ちりん、と硬貨が涼しい音を立てる、すると彼は目を覚まし音がした足元を見つめ、思わず顔をほころばせた。

 

「おほっ、銀貨じゃねえか」

 

 兵士は喜んでそれを拾い上げる、すると数歩先に、もう一枚銀貨が落ちていることに気がついた。

思わぬ拾い物に兵士は顔を輝かせそれも拾い上げる、するとまた数歩先に、今度は金貨が落ちていた。

 

「おおっ! 今度は金貨! まだどっかに落ちてないかな?」

 

 それも拾い上げた兵士が、あさましくもまだ落ちていないか周囲の地面を見回す。

すると今度は……。なんと財布と思われる布の袋が落ちているではないか!

 

「財布じゃねえか! 神様ってのはいる――っ!?」

 

 兵士は思わず斧槍を放り出し、喜んでそれを拾い上げようと身をかがめた、その瞬間。

突如闇の中から伸びてきた手が、兵士の口を力強く塞いだ。

兵士は自分の身に何が起こっているのかわからず目を白黒させる。その手は兵士の身体を軽々と持ち上げ、木の幹に叩きつけた。

全身に走る強い衝撃で兵士は意識を手放しかける、半ば薄れかかった視界の中、首筋に突きつけられた短剣を目にし、恐怖のあまり兵士は言葉を失った。

 

「――っ! ……っ!」

「今から手をどける、……俺が言いたいことくらいわかるな?」

 

 少しでも意に逆えば即座に殺される。そう感じた兵士はこくこくと必死に頷いた。

 エツィオは兵士の胸倉をつかむと冷たい表情のまま口を開いた。

 

「お前に聞きたいことがある、答えてくれるな?」

「わかった! なんでも答える! ぼ、暴力はやめてくれ!」

「振るう側のお前がそれを言うのか? なかなか笑える冗談だ。……だが、それには賛成だ、俺も出来れば暴力は控えたい」

 

 その言葉とは裏腹に、敵兵の首に突きつけた刃先に、僅かだが力を込めた。皮膚が切れ、流れ出た血が一筋、敵兵の首の上を滴り落ちた。

恐怖に凍りついた敵兵に、エツィオは低い声で尋ねた。

 

「先ほど風竜で降りてきた貴族がいたな、そいつは何者だ」

「サー・ジョージ・ヴィリアーズ公だ! 議会議員の!」

「議会議員? ということは……」

「そ、総司令官だ! 明日俺達はラ・ロシェールに総攻撃をかける予定なんだ! その指揮の為にここに……!」

 

 その言葉に、エツィオは薄く笑った。なんという僥倖だろう、まさか相手からこっちに来てくれるとは。

だがその笑みを極力悟られぬように、平静を装ってさらに訊ねる。

 

「お前達が捕らえた捕虜はどこにいる?」

「む、村の離れだ! あそこの納屋と家畜小屋だ! 鍵は見張りが持つことになってる! ほら、あいつだよ!」

 

 兵士が視線を向けると、なるほどそこには見張りの兵士が一人、納屋の前に立っていた。

エツィオは、小さく頷くと、兵士へと視線を戻した。

 

「なるほどな……分かった、お前の言葉に偽りがなければ、だが」

「い、偽りなどない! も、もういいだろう! 正直に話したんだ、放してくれ!」

「放す? 放せば報せに走るだろう?」

「だ、誰にも言わない! 誓ったっていい! ずっと黙ってる!」

「……なら約束してくれ」

 

 エツィオがそう言うと、兵士は心底安堵したように頷いた。

 

「あ、ああ、約束する、約束すると……っ!」

 

 兵士の言葉はそこで途切れる。

いつの間にかエツィオは兵士の太腿にアサシンブレードの先端を突き刺していた。刺しはしたものの、傷口は浅く、少し血がにじんだ程度である。

しかしどういうわけか、兵士の顔色は見る見るうちに変わり、目を大きく見開くと、ばたりと仰向けに倒れ伏した。

そして全身に緊張を起こした後、やがて動かなくなった。

 

「おでれーた、それ毒剣だったのかよ」

 

 その様子を見ていたデルフリンガーが、カチカチと音を立てる。

 

「ああ、毒はレオナルドご自慢の特別製だ、効き目は……見ての通りみたいだな」

 

 エツィオはニヤリと笑みを浮かべると絶命した兵士の死体を担ぎあげる。

そして暗がりの中に下ろすと、兵服と鉄兜をはぎ取った。殺害に毒を用いた為、血は付いていない。

エツィオはすばやく敵兵の服に着替え、死体を草むらの中に慎重に隠した。

それから放り投げられた斧槍を拾い上げ、何食わぬ顔で村の中に入ってゆく。

見破られはしないかと、内心不安を抱いていたエツィオであったが、夜の闇も手伝い、他の見回りの兵達は中身が入れ替わったことに全く気が付いていないようだ。

 まんまと村の内部に潜入することに成功したエツィオは、自分の作戦がうまくいったことにほくそ笑みつつ、村の構造、敵兵の配置を把握するために歩き出す。

やはりというべきか、損壊を免れた家屋の多くは、アルビオン軍に利用されていた。ある家は兵達の宿舎として、またある家は武器火薬庫として。

それからエツィオは村の広場へと視線を送る、そこには先ほど総司令官が地上に降りるために乗ってきた風竜が一匹繋がれていた。

どうやらこの村にいる竜はこの一匹らしい、数が少ないのはいいが、それでも生身の人間 にとっては十二分に脅威である。

これはどうしたものかと首を傾げていると、不意に声をかけられた。

 

「おい、そこの貴様」

「はいっ!」

 

 エツィオが振り返り、下っ端らしく威勢よく返事をする。

すると目の前には一人の騎士が、牛や豚の肉の塊が入った手桶を持って立っていた。

 

「悪いが竜に餌をやっといてくれないか」

「自分が……ですか?」

「そうだ。なに、そんなに怯える必要はない、別に取って食われやしないんだから、とにかく頼んだぞ」

「りょ、了解しました」

 

 騎士はエツィオに手桶を手渡すと、そそくさと立ち去ってゆく。

その場に取り残されたエツィオは手桶の中身と風竜を交互に見やった。

別に従う必要もないが、不審な動きをしてばれてしまっては元も子もない、エツィオは意を決したように、そろそろと風竜に近づいてゆく。

以前、タバサの風竜の背に乗せてもらったこともあったが、やはりその巨体を目の前にすると竦んでしまう。

エツィオはおそるおそる手桶の中の肉片を風竜の前に置いてみる。ちょっと腰が引けている。

すると腹をすかせていたのか、風竜はがつがつと肉をおいしそうに食べ始めた。

ほっ、と胸をなでおろし、エツィオは残りの肉を風竜に与える、そして最後の一つをやろうとしたその時、何かを思いついたのかエツィオはその手を止めた。

 

「悪いが、これはまた後でな」

 

 どこか不満そうな目でこちらを睨みつけてくる風竜にエツィオは小さく笑みを浮かべると、その場を後にし、肉の入った手桶を物陰に隠しておいた。

 そうして風竜に餌をやり終えたエツィオは調査を続行する、頭の中で作戦を練りながら、捕虜たちが囚われているという離れへと近づいてゆく。

するとその姿に気が付いたのか、納屋の警備をしていた兵士がこちらに手招きをしてきた。

 

「おいっ……、おいっ、そこのお前だ、ちょっと」

「はい!」

 

 先ほどと同じように返事をし、エツィオがその兵士の元へ走り寄る。

すると兵士は、なにやら落ち着きのない様子でエツィオに囁いた。

 

「な、なあ、ちょっとお前に頼みがあるんだ」

「何でしょう?」

「少しの間でいい、見張りを代わってくれないか?」

 

 思わぬ申し出にエツィオは思わず口元が緩みそうになる。だがそれを悟られぬように、エツィオは頷いた。

 

「了解しました」

「へへっ、すまねえな、後でお前にもいい思いをさせてやるからよ」

 

 兵士はそう言うと下卑た笑みを浮かべながら、どういうわけか納屋の鍵を開け、その中に入っていった。

それを見送ったエツィオは周囲に他の兵士がいないことを確かめ、納屋の取っ手に手をかけようとした、その時だった。

納屋の中から、何かを殴りつける音が聞こえてくる。それから何かを引きずる音……。

拷問か? エツィオは顔をしかめながら納屋の扉を開ける。中はやはりというべきか真っ暗闇で、その中には傭兵達と思われる男達がすし詰めに拘束されていた。

しかし先ほどの兵士の姿は見えない。エツィオは近くにいた傭兵の元に歩み寄り訊ねた。

 

「おい、今入ってきた奴はどこにいった?」

「い、今、隊長を連れて、向こうの部屋に……」

 

 アルビオン兵士の格好をしているためか、どこか怯えたような様子で傭兵が答える。

エツィオはすぐに兵士が入って行ったという扉の前に行き、音を立てぬようにゆっくり扉を開けた。

 

 そして、その中の光景を見てエツィオは目を疑った。

窓から漏れる月明かりに短く切った金髪がきらめき、その下に青い瞳が泳ぐ。

白い肌、細い首、一目で女性とわかる、しなやかできめ細やかな素肌が月光の元に晒されていた。

彼女の足元には、無理やりに引き裂かれたのであろう革鎧が無造作に落ちている。

 思わずその姿に目を奪われてしまっていたエツィオだったが、継いで目に入ってきた光景に我を取り戻す。

先ほどの兵士が、彼女にのしかかるようにして襲いかかったのだ。

考えるまでもなく、エツィオは即座に兵士の背後に忍び寄り、頸部をアサシンブレードで貫いた。

 

「見下げた奴だ」

 

 言葉も発せずに絶命した敵の死体を見つめながら、エツィオが吐き捨てるように呟く。

それから、突然の光景に言葉を失っている女の拘束を解いてやる。そして鉄兜を脱ぎ捨てると、安心させるようににこりとほほ笑んだ。

 

「お怪我はありませんか?」

「お、お前は……? な、なぜ助けた?」

「ディアーナを汚そうとする不埒者を成敗したまで。立てるか?」

 

 震える声で尋ねる女に、エツィオは手を差し伸べる。

差し出された手を取り、女はふらふらと立ち上がる。その身体はまだ震えていた。

 

「きみは、傭兵か?」

「そうだ。……お前は、わたしを犯しに来たわけではなさそうだな」

「俺は紳士でね。でも、いざその時になったら、そこの男より満足させてあげられる自信はある」

 

 エツィオは彼女の頬をそっと掌で包み、仰向かせた。だがすぐにその手は打ち払われてしまった。

 

「言ってろ、その時はお前のモノを噛みきってやる」

 

 どうやら落ち着きを取り戻したようだ、彼女の物騒な物言いに、エツィオは苦笑しながら肩を竦める。

それから床に転がる兵士が脱いでいた兵服を拾うと、女傭兵に手渡した。

 

「お前……何者だ? アルビオンの兵士じゃないのか?」

 

 兵服に袖を通しながら、女傭兵が訊ねる。

 

「俺か? 俺はただの使い魔さ、……つい最近クビになったけどな」

「使い魔だと? 冗談はやめろ」

「残念なことに冗談じゃないんだ。なんにせよ俺はアルビオンの兵士じゃない。ついでに言えば、トリステインの兵士でもない」

「トリステイン兵じゃない? 救援じゃないのか? ではお前は何をしにここへ?」

 

 からかう様なエツィオの口調に女傭兵は顔を顰める。

そんな彼女の瞳を覗き込み、エツィオはにやっと笑った。

 

「聞けばこの村に、アルビオン軍の総司令官が来ているそうじゃないか」

「……らしいな」

「そいつを消しに来た、と言ったら?」

「消しっ……!」

 

 エツィオの口から飛び出した言葉に、女傭兵は思わず叫んだ。

エツィオは女傭兵の口に人差し指を当て、中断させる。

 

「……くっ! け、消すだと! お前は一体何者なんだ! 答えろ!」

「そのうちわかるさ。それよりもだ、そのためにはきみたちの力がいる。力を貸してほしい。どうかな? きみたちにとっても悪い話じゃないはずだ」

「名乗りもしない癖に……そんな奴をどうやって信用すればいいというのだ?」

「それを言われると返す言葉もないな。こちらも無理強いはできないし、するつもりもない。

ただ、このまま坐して敗北を待つか、行動を起こして勝機をつかみ取るか、好きな方を選べばいい。

まあ、どちらにせよ俺は動くつもりでいるけどな」

 

 未だに疑いの目を向ける女傭兵の胸に、エツィオは人差し指を突き立てる。

 

「それにだ、困ったことに俺はいくら手柄を上げても、恩賞を受け取れない立場にあってね、なんなら手柄を全部きみたちに譲ってもいい。うまくいけば大出世だ」

 

 その言葉に女傭兵は信じられないとばかりに大きく目を見開いた。

 

「ほんとうか?」

「もちろん、相手は総司令官、大手柄だ。勿論この戦に勝利し、生き残る必要があるけどな」

 

 女傭兵は、ほんの少し考えた後、エツィオの目をまっすぐ見据え、大きく頷いた。

 

「……わかった。その話、乗った」

「決まりだな」

 

 エツィオがにやりと笑い、手を差し出す。

 

「名前を聞いていなかったな」

「……アニエスだ」

「いい名前だ。俺は……アウディトーレだ。よろしくな、アニエス」

 

 差し出された手を、アニエスが握り返した。

 

「よし、それじゃあ、向こうの彼らにも手順を説明する。付いてきてくれ」

 

 最初、アルビオン兵の姿をしたエツィオをいぶかしんでいた傭兵達であったが、アニエスのとりなしで信用を得る事が出来た。

どうやら彼女は女性の身でありながら傭兵達を率いる身分らしい、相当な実力者のようだ。

 そうして捕虜の傭兵達を解放したエツィオは、彼らに作戦を説明し、納屋にあった農具で武装させ待機を命じた。

アルビオン兵の姿に変装させたアニエスには納屋の見張り役に立たせ、合図を待たせる。

それからエツィオは何食わぬ顔で納屋を後にし、行動を開始した。

まずエツィオが向かったのは、村の中心に聳え立つ物見櫓だった。

櫓の上には石弓を持った兵が二人控えており、周囲を警戒している。こちらの行動を察知されては困るため早急に始末する必要があったからだ。

エツィオは櫓を登ると、何気ない風を装い二人の弓兵に声をかけた。

 

「おい、困ったことが起きたんだ、ちょっと来てくれないか?」

 

 その言葉に反応した二人は、何事だろうかと首を傾げ、登ってきたエツィオに近づいてゆく。

その瞬間だった、エツィオの両腕から二本のアサシンブレードが弾かれたように飛び出し、二人の首を同時に切り裂いた。

声を出すこともできずに絶命した二人は、どさりと櫓の上に身を横たえる。この一瞬の早業に、気が付いたものは誰ひとりとしていなかった。

 

 首尾よく櫓の上の敵を始末したエツィオは、彼らが持っていた石弓とボルトを回収し、素早く櫓を降りる。

次にエツィオは、先ほど隠した肉の入った手桶を手に取った。

そして、その中の肉の塊に、アサシンブレードに仕込まれた毒剣を突き刺し、ありったけの毒を注入する。

 

「それ、竜にも利くかね? 竜相手じゃ、精々腹痛起こすとかその辺なんじゃないか?」

 

 その様子をみていたデルフリンガーがカチカチと音を立てる。エツィオは毒を注入しながら首を傾げた。

 

「こればかりはレオナルドを信じるしかないな、自信作とか言ってたが」

「その毒、中身はなんだ?」

「えーっと、確かドクゼリの根っこに毒ニンジン、ヒヨスのエキス……あと殴り殺した豚の肝臓に亜砒酸の混合……他色々だそうだ」

「うーん? 聞いたことねえのばっかりだな」

「だろうな、俺も毒については門外漢だ。とにかく、腹痛程度でも、無力化さえできればいいさ」

 

 そう呟きながら毒を注入し終えたエツィオは、風竜の目の前にその肉片を放り投げると、すぐにその場から離れ様子を見守る。

待ちかねていた食事に、風竜は嬉しそうに一声鳴くと、肉に齧り付いた。それを確認し、エツィオはそそくさとその場を立ち去る。

あとは毒の効果が表れてくれるのを祈るだけ……そう思っていた、その時だった。突然風竜が苦しそうにもがき始める。どうやら毒が効果を発揮し始めたようだ。

風竜は口から涎と泡、そして吐瀉物をまき散らし、翼や頭を振り回しながら広場で大暴れを始めた。

 

「お、おいおい……」

 

 予想以上の毒の効果にエツィオが思わず呟く。

 レオナルドが作ったとはいえ、本来人間相手に使うものである、

人間より遥かに強靭な肉体をもった竜にどれほどの効果が及ぼせるか不明ではあったが、まさかここまで強力な物だったとは思わなかったのだ。 

 

「竜すら殺す猛毒かよ……お前のその親友、おっかねえ野郎だな」

「……同感だ、あいつは恐るべき大天才だよ」

「それを人に使ったお前はもっとおっかねえけどな」

 

 デルフリンガーが呆れたように呟いたその時、風竜の異常に気が付いたのか、警備の為に村中に散っていた兵士たちが広場に集まり続ける。

 

「どうした! 何事だ!」

「風竜が暴れ出したぞ!」

「と、止めろ! なだめるんだ!」

 

 どうやら、村中の兵士たちの注意を集める結果になったようだ。これは予想外であったが、エツィオにとっては好都合だ。

必死になって竜をなだめようとする兵士たちを尻目に見ながら、次の行動に移るべく、そそくさと移動を開始する。ここからは早さとの勝負だ。

敵兵達の視線が、竜に釘付けになっている隙に、納屋の前のアニエスに向け手を振り、合図を送る。

すると納屋の扉があき、中にあった農具で武装した傭兵達が他の捕虜が囚われている家畜小屋や武器庫に忍び込み、没収された武器を運び出してゆくのが見えた。

捕虜を解放し、武装を終えた傭兵達が、アニエスの指示に従い、それぞれの配置場所へと移動してゆく。

全員が配置についたことを確認したエツィオは、すぐに物陰に隠れると、兵服からアサシンのローブへと着替え、フードを被る。作戦開始だ。

 

 

「くそっ……! 貴重な竜が……!」

「一体何があったんだ? 急に暴れ出すなんて……」

 

 広場では、毒にのたうちまわっていた風竜がようやく息絶え、その巨大な身体を横たえていた。

その遺骸の周りに集まっていた敵兵達は、奇妙な急死を遂げた風竜を見て首を傾げていた。

 

「とにかく! これは責任問題だぞ! 原因を究明しろ! 最後に竜に触れた者は誰だ!」

「そ、それは確か……、あ、あれ? あいつはどこに……!」

 

 エツィオに餌を与えるように命じた騎士は、あわててその姿を探す。

その時だった、兵士が一人、息を切らせて広場へと駆けこんできた。

 

「大変だ! そこの草むらで、フェルトンの死体が見つかった!」

「な、なんだと! してみると、敵襲か!」

「それだけじゃない、死体から装備がひんむかれてやがった。俺達の中に、フェルトンに化けている奴がいる!」 

「と言うことは……、我々の中に敵の間諜がいるのか!?」

 

 その言葉に、兵達の間に一気に緊張が走った。見えぬ敵の姿に、誰もが剣、或いは杖の柄に手を伸ばす。

その時であった。兵士たちが集まる広場に不意に一つの影が差した。何事かと振り向いた兵士たちは、全員言葉を失った。

 

 兵達が視線を向けた先、村の寺院、そのファサードの頂上に立ち、天上に輝く二つの月を背にこちらを見下ろす一つの影。

目深に被った白のフードに、左肩に翻る血塗られた王家のマント……。その姿はまさしく、冥府より現れた死神のようだ。

 

「あ……アサシン……?」

 

 手配書となんら違わぬアサシンの姿を見た兵士が、戦慄いたように呟く。

 

「アサシン? あれがっ……!?」

「う、嘘だろ……? な、なんで奴がここにっ……!」

 

 動揺が、瞬く間に広場に集まった兵士たちの間に伝播してゆく。

それを俯瞰していたエツィオに、デルフリンガーが呟く。

 

「銃兵だ、相棒」

 

 その言葉に、エツィオは広場に集まった敵兵達の中から銃兵をすぐさま割り出す。

 

「魔法なら俺がなんとかできる。だが弾丸はそうもいかねえ、狙われる前に銃兵を先に潰しちまえ」

「そうさせてもらおう」

 

 エツィオは小さく呟くと、先手必勝とばかりに敵兵達の中心目がけて跳躍する、

同時に腰のナイフベルトから四本の投げナイフを両手で引き抜き空中からすかさず投擲。

ヒュンと音を立てて放たれた短剣は、死神が振う大鎌にも劣らぬ効果を発揮した。

眉間に深々と投げナイフが刺さった四人の兵士たちが、そのままどさりと地面に倒れる。

それとほぼ同時に着地したエツィオは、まるで猛禽が獲物を捕らえるかのように両腕のアサシンブレードで二人のメイジの首を貫く。

素早く死体からアサシンブレードを引き抜き、近くにいた敵兵の首や急所を、手当たり次第に切り裂き、貫いた。

横一文字に切り裂かれた敵兵達の首から真っ赤な鮮血が噴き出し、エツィオに降りかかる。その恐ろしい姿に、敵兵達がさらに竦み上がった。

その瞬間を見逃さず、エツィオは弾丸の様な速さで敵の間を駆け抜けながら、いつの間にか引き抜いていたデルフリンガーを振い、次々に敵兵達の胴体を薙いでゆく。

己の身を翻し、刃を閃かせるたびに、血しぶきが舞い、敵の身体が倒れてゆく。目につく敵をどんどん排除し、握ったデルフリンガーから鮮血を滴らせ、

弾を装填している銃兵達目がけ突っ込んでゆく。その突撃に完全に泡を食った銃兵達は、なすすべもなくなぎ倒されていった。

そして最後の一人である銃兵を斬り伏せようとした、その時。

 

「相棒! 後ろだ!」

 

 デルフリンガーの叫びに、エツィオは素早く反応し背後に向け剣を振う。

するといつの間に放たれていたのだろう、背後から飛んできた火の玉が振ったデルフリンガーの刀身に吸い込まれ、消えて行った。

 

「礼は後だ!」

 

 エツィオは叫びながら、すぐ後ろにいた銃兵の胸倉をつかみ、デルフリンガーの刀身を鳩尾に突き立てる。

それから死体とデルフリンガーを盾に、そのまま魔法を飛ばしてきたメイジの元へ猛然と突っ込んでいった。

呪文を放ったメイジは、その恐ろしい姿に思わずひるみ上がり、がむしゃらに呪文を放った、しかしその呪文のいずれもが、デルフリンガーに吸収され、或いは

哀れな味方の死体に阻まれ、ついにエツィオに届くことはなかった。

エツィオは盾となってくれた死体を払いのけ、デルフリンガーを小さく振い、最小限の動きでメイジの喉を切り裂いた、

切り開かれた傷口から、ぱっと鮮血が舞う。メイジは切り裂かれた喉を押さえながら、がくりと膝を突き、崩れ落ちた。

 そうやって兵士たちをことごとく斬り伏せたエツィオがついと振り向くと、その姿に慄いたアルビオン兵達が恐怖のあまり後じさった。

 

「どうかな? 彼らには申し訳ないが、今降伏すれば、命だけは助けてやるぞ」

 

 そんな彼らに血糊が付いたデルフリンガーを左手で振いながら、エツィオが提案をする。

すると士官と思われるメイジが、激昂した様子でエツィオに杖を突きつけた。

 

「ふっ、ふざけるな! 貴様こそ、この数の不利を覆せると思うなよ!」

 

 その言葉に、怖気づいていた敵兵たちが剣や槍を構え、エツィオの周囲をぐるりと取り囲んだ。

メイジである者は杖を構え、呪文を詠唱しエツィオに突きつける。

 

「ここから生きて帰れると思うな! アサシン!」

「受け入れてはもらえないか……」

 

 しかし、剣や槍、果ては杖に囲まれてなお、エツィオは泰然とした態度で不敵に微笑んでいる。

それからエツィオは小さくため息をつくと、すっと右手を高く掲げる。

 

「残念だ」

 

 そう呟くや否や、エツィオは高く掲げた右手の指をパチン! と鳴らす。

その瞬間であった。真っ先に激昂しエツィオに杖を突きつけていたメイジが、ぐるんと白目をむき、ばたりと地面に倒れ伏した。

何事かと、敵兵が一斉にそちらを見つめる。メイジの背には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。

 

「なっ、なにっ!?」

 

 敵兵達の間に、再び動揺が走ったそのとき、エツィオを囲む敵兵達目がけ、大量の矢、或いはボルトが次々撃ち込まれてゆく。

完全にエツィオに気を取られていたアルビオン兵達は、闇に紛れ背後に回り込んだ傭兵たちに全く気が付くことが出来なかった。

傭兵達の奇襲に、アルビオン兵達はなすすべもなく体中に矢を受け、地面に伏してゆく。

それは杖を構えていたメイジ達も同じであった。杖を目印に集中的に狙われた彼らは、真っ先に多くの矢を打ちこまれ絶命していった。

 

「今だ! 突撃開始!」

 

 あらかた矢を撃ち終えたのか、アニエスが号令をかける。傭兵達はそれぞれの得物を構え、広場へと突っ込んで行く。

エツィオもそれに合わせ、デルフリンガーを構え、アルビオン兵の中に斬り込んで行った。

 

 アサシンの襲撃に傭兵達の奇襲、それにより士官のメイジを失い恐慌状態に陥りつつあったアルビオン勢、

片やガンダールヴの力を発揮したエツィオにアニエス率いるトリステイン傭兵隊、その戦いの優劣は最早火を見るより明らかだった。

あっという間に戦況をひっくり返し、広場にはアルビオン勢の死体がどんどん増えてゆく。

優勢を確信したエツィオは、デルフリンガーを振り回し、敵を薙ぎ払いながらアニエスに指示を出した。

 

「アニエス! 手勢を率いてあの屋敷に襲撃をかけろ! 指揮官はそこにいる!」

 

 アニエスはエツィオの指示に耳を疑った。敵の身体を蹴り飛ばし、よろめいたところを止めを刺す。

血の滴る剣を抜きながら、彼女はエツィオを問いただした。

 

「お前は!」

「広場を制圧する! 言ったろ! 手柄はきみたちに譲るって!」

 

 エツィオはフードの下でウィンクすると、左右から同時に飛びかかってきた男達を瞬時に斬り倒した。

 

「急げ! 奴を逃がすな!」

「簡単に言ってくれる……! 聞いての通りだ! 敵将はこの中だ! わたしに続け! 討ち取るぞ!」

 

 アニエスは手早く傭兵に号令をかけ、村で一番大きな屋敷に突入してゆく。

勝利を確信したエツィオは、広場に残る敵兵達を睨みつける。もはやアルビオン勢の気勢は削がれ、武器を捨て命乞いを始めるものまでいた。

制圧は最早時間の問題だろう。

あとはアニエス達が出てくるのを待つだけか……。そう思っていた時だった。

 

 突如、アニエス達が突入した屋敷の扉から烈風が吹き荒れる、それと一緒に、中から彼女と共に突入した傭兵達が扉を突き破り広場にまで吹き飛ばされてきた。

何事かと、エツィオが屋敷の扉があった所を睨みつける。すると中から、立派な杖を持ったメイジの貴族が姿を現した。

果たしてその貴族とは、先ほど風竜に乗って村に降りてきたアルビオン軍総司令官、サー・ジョージ・ヴィリアーズ公であった。

ヴィリアーズ公はゆっくりと広場を見渡すと、じろりとエツィオを睨みつけた。

なんとも威圧感のある男である、その男が姿を現しただけで、いつの間にか広場は静まり返っている。

 

「アサシン……! 貴様が……!」

 

 ヴィリアーズ公は立派なカイゼル髭を揺らしながらエツィオに杖を突きつける。

だがエツィオは億した風もなく、優雅に腰を曲げて見せた。

 

「これはこれは、ヴィリアーズ公、お目にかかれて光栄の至り」

 

 いかにもわざとらしい、皮肉を込めた慇懃な振る舞いに、ヴィリアーズ公は不愉快だと言わんばかりに顔をしかめた。

 

「ふん! 薄汚いアサシンめ! 私の首を狙いに来たか!」

「御明察恐れ入ります、閣下。つきましては、我が刃の露と消えていただきたく……どうか御覚悟のほどを」

 

 エツィオはフードの下に笑みを浮かべ、左手を差し出す、同時にアサシンブレードが弾け、袖口から鋭い刃が飛び出す。

 

「成程、今までお前が殺してきた我が同胞たちのように、私もまたその刃で討ち取ろうというわけか。だがそうはいかぬぞ、アサシン!」

 

 そう言うと、ヴィリアーズ公は後ろからぐいと何者かを引っ張り出した。

果たしてそれは、先ほどこの屋敷に突入して行った、アニエスであった。

 

「くっ……! アウディトーレ……、すまない……!」

 

 アニエスは申し訳なさそうに俯くと、悔しそうに唇を噛みしめた。

ヴィリアーズ公はアニエスに杖を突きつけ、己の正面にまるで盾にするように立たせた。

 

「人質か、人のことを汚いと罵る割には、そちらも随分と卑劣な真似をするじゃないか」

「ほざけ! 貴様がこれまで行ってきた非道の数々に比べればどうということではないわ!

不意を打ち、その薄汚い刃にて多くの貴族の誇りを散々に踏みにじってきた貴様に比べればな!」

「お前も貴族だろう? だったら彼女を解放しろ。お前達が誇りとする魔法とやらで俺を殺してみろ!」

「貴様は挑発のつもりだろうが……、私は見ていたぞ、その剣に魔法が吸い込まれてゆくのを」

 

 ヴィリアーズ公はねめつける様にエツィオの手元のデルフリンガーを見つめた。

 

「この女を離してほしいか? ならばその剣を捨てろ、そうしたら離してやるぞ」

「離してはだめだ! 離したら奴は魔法を放つつもり――あうっ……!」

「黙っておれ! ……さあ剣を捨てろ、アサシン。それとも、丸腰の女を見殺しにするのかね?」

 

 はっとしたように叫ぶアニエスの顔をヴィリアーズ公が殴りつけた。それからエツィオを見つめ、楽しそうに呟く。

 するとエツィオは肩を竦め、何を考えたか、手に持っていたデルフリンガーを地面へと放り投げた。

がちゃり、と音を立て、デルフリンガーが地面に転がった。

 

「馬鹿め! 卑しいアサシンめ! 死ぬがいい!」

 

 それを見たヴィリアーズ公は盾にしていたアニエスを突きとばし、エツィオに杖を突きつけ、勝ち誇ったように叫んだ。

その時であった、すっとエツィオの左腕が伸び、掌をヴィリアーズ公にかざす。その瞬間、耳をつんざくような轟音と共に、エツィオの指の間から白煙が上がった。

 

「……卑しいのはお前の心だ。その穢れた魂とともに朽ち果てよ。――眠れ、安らかに」

 

 ――どさり。と、直立不動のまま、ヴィリアーズ公の身体が仰向けに倒れ込む。

倒れ伏した彼の額には小さな穴があき、そこから鮮血が溢れ出て、見る見るうちに血だまりを作った。

 周囲にいた人間は、何が起こったのか全く理解できなかった。それはヴィリアーズ公の最も近くにいた、アニエスもだった。

ただ分かったのは、アサシンが手をかざした瞬間、ジョージ・ヴィリアーズが額に穴を開け、地面に倒れ伏したということだけである。

 

「ひっ……!」

 

 アルビオン兵の一人が、情けない声を上げ、持っていた武器を放り投げる。それからじりじりと後じさったかと思うと、踵を返し全速力で村の外へと逃げて行った。

それは他の兵達も同じであった。手を触れずして、文字通り一瞬で総司令官の命を奪ったアサシンに対する恐怖が、見る見るうちにアルビオン兵達の間に広がってゆく。

 

「し、死神だ……! 奴は死神だぁああっ!」

「た、助けてくれ! こ、降参だ!」

「殺さないでくれ! 投降する! この通りだ!」

 

 ある者は地に跪いて命乞いをし、またある者は一目散に村の外へと逃げてゆく。

エツィオは、もう戦いを続ける必要が無いことを確信すると、地面に転がったデルフリンガーを拾い上げ、呆然と座り込んでいるアニエスの傍へと歩いていった。

 

「無事か?」

「あ、アウディトーレ? い、一体何が……?」

 

 アニエスはヴィリアーズ公の死体とエツィオの顔を交互に見比べながら、訳がわからないと言った表情で呟く。

 

「さぁ? そんなことより、いま重要なのは……」

 

 そんな彼女にエツィオはニヤリと笑みを浮かべると、近くに倒れていた傭兵の死体から、彼の持っていた拳銃を拾い上げ、こっそりとアニエスの手に握らせた。

そのエツィオの意図を測りかねているのか、さらに首を傾げる彼女を引き立たせながら、エツィオは大声で叫んだ。

 

「諸君!」

 

 その力強く勇ましい声に、半ば呆然としていた傭兵達が、はっとした表情でエツィオとアニエスを見つめた。

 

「アルビオン軍総司令官、サー・ジョージ・ヴィリアーズは、彼女の機転によって討たれた! この戦、我らの勝利だ!」

 

 デルフリンガーを天高く掲げ、エツィオが叫んだ。

 

「勝利は我らの手に!」

 

 大胆な宣言に、傭兵達も拳を突き上げ、或いは武器を振りかざす。そして一斉に雄叫びをあげた。

 

「勝利は我らの手に!」

「うおおおおおおおおぉーッ!」

「勝った! 勝ったぞ! 俺達の勝ちだ!」

「アサシン! アサシンだ! 俺達にはアサシンがついてるぞ!」

 

 静寂に包まれていたタルブの村に、勇ましい勝利の雄叫びが響き渡る。

傭兵達の歓喜に包まれる中、ただ一人、エツィオの隣で呆然としていたアニエスは、慌てたようにエツィオに喰ってかかった。

 

「へっ!? いやっ! ちょ、ちょっと待て! わ、わたしが……、わたしが討っただと!?」

「ああそうさ、やったじゃないか、大手柄だ」

 

 悪戯っぽく微笑みエツィオがウィンクする。

 

「いや! しかし!こ、ここ、この戦果は……っ!」

「よかったじゃないか、うまくいけば貴族の地位だって夢じゃないんじゃないか?」

 

 泡を食ったように慌てるアニエスを見て、エツィオはとぼけたように言った。

それからエツィオは傍らのヴィリアーズ公の死体に近づくと、驚愕に見開かれたままの彼の瞼をそっと閉じ、顔を整える。暫しの間瞑目し、祈りを捧げる。

そんなエツィオを見て、アニエスは小さく首を傾げた。

 

「何を……しているんだ?」

「祈りをな、死者には敬意を払うべきだ」

 

 生憎、信仰するものは違うけどな。と、エツィオは小さく呟く。

 アニエスはそんな彼の左肩にあるマントを見つめた。血で赤黒く染まったアルビオン王家のマント。

それを纏ったアサシンの噂は、当然彼女の耳にも入っていた。だとすれば、彼こそが『アルビオンの死神』その人なのだろう。

 

「『死神』と呼ばれるお前がか?」

 

 アニエスが、わずかに皮肉をこめた調子で尋ねる。

アルビオン軍に『死神』の二つ名で呼ばれ、恐れられるアサシンが、自ら手に掛けた標的に祈りを捧げるなど、まさに皮肉のように思えたのだ。

 

「そう蔑まれてもだ」

 

 そんな彼女の問いに、エツィオは顔色を変えずに答え、立ち上がった。

 

「……すまない。しかし、まさかお前があの『アサシン』だったとはな。何故もっと早く言わなかったんだ?」

「言っても信じてもらえないと思ってね」

「普段から真面目に振るまってりゃ、そうはならないんだがねぇ」

「ほっといてくれ」

 

 デルフリンガーの茶々に、エツィオはむっとした表情で、つまらなそうに腕を組んだ。

それから気を取り直す様にアニエスに視線を向け、肩を竦めて見せる。

 

「さてアニエス、こうして総司令官を討ちはしたが、残念ながら戦はまだ終わってはいない、異変に気が付いた草原の部隊がこちらにくる可能性もある、迎撃の準備に取り掛かろう」

「あ、ああ……そうだな」

「連中に総司令官の死が知れ渡るまで時間を稼ぐ。何としても生き残らなきゃな」

 

 エツィオの言うことにも一理ある、アニエスは素直に頷き、未だ広場で歓喜に沸く傭兵達に向け大声で叫んだ。

 

「聞いたな! 全員! 迎撃の準備――」

「待った」

 

 アニエスがそこまで言った時だった、突如エツィオがそれを遮り、前に進み出た。

 

「諸君! その前にだ!」

 

 引き継ぐように叫ぶエツィオに、何事かと傭兵達が首を傾げる。

そんな彼らをよそに、エツィオはぐるりと広場を見渡す。戦士者達には既にハエがたかり始めていた。

 

「死者を弔おう、手伝ってくれ。……仲間の死体を、野ざらしにはできないだろう?」

 

 エツィオはそう言うと、前へと進み出て、戦死した傭兵の死体を担ぎあげた。

そんな彼を見た傭兵達は顔を見合わせると、誰ともなくその後に続き、死体を運び出し始める。

誰もが怒りと悔しさを噛みしめながら、そして死した戦友達と共に勝利を噛みしめながら、黙々と亡骸を弔った。

 

 

 さて、時は遡りエツィオがラ・ロシェールに向かい馬を走らせていたその頃……。

こちらはトリステイン魔法学院のルイズの部屋。

入浴を終え、部屋へと戻ったルイズは、ふらふらとベッドに近づき、ばたっと倒れ込むと枕に顔を埋めた。

今の様な気分の時は誰とも会う気がしない。ベッドの中に閉じこもり、食堂に食事に行く時と、入浴の時だけ部屋を出た。

 

 ギーシュの部屋にエツィオが転がり込んでいる事は知っていたので、先ほどギーシュが一人でいるところを捕まえ問いただしたら、

エツィオは何とあのメイドと共に彼女の故郷……タルブの村へと出かけてしまったのだという。

 ひどい。それを聞いたルイズはますます悲しくなった。ショックで頭の中は真っ白になり、どうやって部屋まで戻ってきたか思い出すことが出来ないほどだ。

そうしてベッドに倒れ込んだルイズはしくしくとすすり泣いていた。悔しさと切なさで、どうしても泣けてきてしまうのだった。

そんな時、ベッドの端に置いてあった『始祖の祈祷書』が、どさっと床に落ちてしまった。

気が付いたルイズはもそっと身体を起こす、目を擦りながらそれを拾い上げようと、床の『始祖の祈祷書』へと手を伸ばした。

おや? 視界がぼやけた。そして、落ちた際開いた白紙のページに、一瞬、文字の様なものが見えた。

ん? とルイズは目を凝らす。しかし、次の瞬間、それは霞のようにページの上から消えていた。

今のはなんだろう? と思ってページを見つめた。しかし、もう、そこには何も見えない。

気のせいかしら、目が疲れてるのね……。と思った。どれもこれも、全部エツィオの所為よ。とルイズは呟き、『始祖の祈祷書』を拾い上げた。

その時、ふとその横に落ちていた、くしゃくしゃに丸められた紙片が目に入った。見るにどうやら手紙のようだ。

なにかしら? と首を傾げながらルイズはそれを拾い上げ、紙片を広げる。そして中身に目を通して言葉を失った。

 

 中身は、先日エツィオが部屋の隅に落としてしまった、マチルダの手紙であった。

そこにはアルビオン軍が、すぐにでもトリステインに攻め込んでくるということ、

そしてその戦場がラ・ロシェールにほど近い、タルブの草原であろうことが事細かに記されていたのだ。

手紙の差出人にあるマチルダという名、それが誰なのか、そんなことは今のルイズにとってはどうでもよかった。

重要なのは、アルビオンの侵攻が予定通り行われるであろう、という文面であった。

 そしてその戦場となるタルブの草原……。ルイズははっとした表情で顔を上げた。エツィオが向かったというメイドの故郷である村の名前と同じ……。

 くしゃくしゃに丸められた手紙、エツィオが向かったというタルブの村、アルビオンによる侵攻。

どうにも嫌な予感がする。まさかエツィオは、トリステインに攻め込もうとしているアルビオン軍を迎え撃つためにタルブに向かったのだろうか?

 

「まさか……そんなっ……!」

 

 湧き上がる不安に居ても立ってもいられなくなったルイズは、ベッドから立ち上がると、『始祖の祈祷書』と杖を手に、部屋を飛び出した。

階段を駆け下り、学院の正面広場まで一気に飛び出した。その時である。

トリステイン王立衛士の制服を着た一人の使者が、息せき切って現れる。

 彼はオスマン氏の居室をルイズに尋ねると、足早に駆け去って行った。

その尋常ならざる様子にルイズは胸騒ぎを覚え、使者の後を追った。

 

 オスマン氏は、式に出席するための用意で忙しかった。

一週間ほど学院を留守にするため、様々な書類を片づけ、荷物をまとめていた。

 その時である、猛烈な勢いで扉が叩かれた。

 

「誰じゃね?」

 

 返事をするより早く、王宮からの使者が飛び込んできた。大声で口上を述べる。

 

「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期となりました!

王軍は現在、ラ・ロシェールに展開! したがって、学院におかれましては、安全の為、全生徒と職員の禁足令を願います!」

 

 オスマン氏は眉を顰めた。

 

「宣戦布告とな? なんと……戦争となってしまったか……。現在の戦況はどうなっているのかね?」

「は……はっ! あらかじめアルビオンの奇襲を察知していたことが功を奏し、制空権を奪われることなく、現在五分の状況に持ちこんでいる状況です。

しかし、地上部隊の降下を許してしまい、アルビオン軍はタルブの村を占領、現在地上部隊の本隊がタルブの草原に陣を張り、我が軍とにらみ合っている模様です」

「ふむ……ちと厳しい状況のようじゃな」

 

 こうなることを予期していたとでも言うのだろうか、冷静に聞き返してきたオスマン氏に、少々戸惑いながらも使者は答えた。

 

「同盟に基づき、以前よりゲルマニア軍への派遣を要請していましたが、有事が起こらぬ限り動かぬの一点張りでして……、先陣が到着するのは、三週間後とか……」

 

 オスマン氏はため息をついた。

 

「杞憂で終わればよかったのじゃがな……大鷲の働きも無に帰してしまったか……。あいわかった、すぐに禁足令を出そう、伝令御苦労じゃった」

 

 

 学院長室の扉に張りつき、聞き耳を立てていたルイズは、戦争と聞いて顔を蒼白にした。手紙を握った手に力がこもる。

タルブの村が戦場に? そこはエツィオが向かった村ではないか!

そこまで考えが至った瞬間、ルイズはすぐに踵を返し、走りだした。転がるように階段を駆け下り、息を切らせて馬小屋へと向かう。

鞍の付いた馬を一頭引っ張り出し、ひらりとそれに跨った。馬の腹に蹴りを入れ、学院の外へと走りだそうとした、その時である。

 学院の正門の向こうから、一人の人物が、馬を走らせてくるのが見えた。

ルイズはその人物に見覚えがあった、あれはたしか、エツィオを追いだすにいたった原因であるあのメイド、シエスタではないか!

しかし、見えるのは彼女だけである、エツィオと共にタルブへ出かけたと聞いていたが、そのエツィオがどこにも見当たらない。

 

「シエスタ!」

 

 ルイズが大声で名前を呼ぶと、シエスタははっとした表情で馬を降り、息せき切ってルイズの傍へ駆け寄った。

 

「ミ、ミス・ヴァリエール!」

「シエスタ! エ、エツィオは! エツィオは一緒じゃないの!?」

 

 ルイズも馬から降り尋ねると、シエスタは目に涙を浮かべながら激しく首を振った。それから自分達の身に起こったことをルイズに報告した。

エツィオと共にタルブに向かってる途中、避難するタルブの村人達と出会ったこと。

家族と共にトリスタニアへ向かい、落ち着いたらオスマン氏にこの事を報告するようにエツィオに指示されていたこと。

そして、やることがあると、エツィオはタルブへ向かったと言うこと。

 

 それを聞いたルイズの頭の中で全てがつながった。

ルイズはポケットから、丸めて突っ込んだ手紙を取り出し、それを広げると、呻くように呟いた。

 

「あいつは……全部知ってたんだわ」

「え……?」

 

 戸惑う様に首を傾げるシエスタにルイズはその手紙を手渡す。

 

「多分だけど……、あんたとタルブに行ったのは、村人達を避難させるためだったんじゃ……」

 

 推測にすぎないが……、抜け目のないあの男のことだ、見ず知らずの他人の自分が行ったところで警告を聞きいれてもらえる可能性は低い。

それゆえに、多少危険に晒してしまうことになっても、タルブ出身者のシエスタを同行させたのではないか。

 

「そんな……エツィオさん……」

 

 ルイズは再び、馬に跨った。

手紙を読み、言葉を失っていたシエスタは、はっとした表情でルイズの足にすがりついた。

 

「ミス! どこへ行くつもりなんですか!」

「タルブよ! そこにエツィオがいるんでしょ!」

 

 それを聞いたシエスタは顔色を変えた。

 

「ダ、ダメです! 戦争なんですよ!? 行ったら死んじゃいます! それにエツィオさんが学院から誰も出すなって!」

「離して! エツィオが行ったのよ! あいつが死んでもいいの!?」

「エ、エツィオさんは、様子を見たら、すぐに戻るって……!」

「様子を見る? あいつがそれだけで終わらせる筈がないじゃない! あいつはっ……!」

 

 アサシンなのよ! そう言おうとして、はっとした。以前オスマン氏に聞いた、とあるアサシンの話を思い出したからだ。

エツィオのルーツ。アサシン教団の伝説。

『戦争を終わらせるために、両勢力の要人達を暗殺した』

 

「あっ……!」

 

 ルイズの頭の中で、悪い予感がどんどん膨らんでゆく。

ひょっとしたらあいつは、『戦い』に行ったのではなく、『暗殺』をしに行ったのではないか?

 

「や、やることって……、まさか……あのバカ……!」

「あ、あの……ミ、ミス?」

 

 顔色を蒼白にし、ふるふると頭を振るルイズに、尋常じゃない雰囲気を感じたのか、ルイズの足を掴んでいたシエスタの手の力が緩む。

その時である。ルイズが突然馬を走らせ、わき目も振らずにタルブへと向かう街道を駆けだした。

 

「ま、待って下さい! ミス! わ、わたしも行きます!」

 

 一人取り残されたシエスタは、慌てて自分の乗ってきた馬に跨ると、ルイズを追い馬を走らせた。


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