SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-23 「大鷲、凱旋」

「エツィオ・アウディトーレ! 無事だったか!」

「サー」

 

 エツィオによる『レキシントン』号爆破から三日後、

ほぼ機能停止となったロサイスから遠く離れた街、スカボローで、エツィオはヘンリ・ボーウッドと再会を果たした。

二人は固く握手を交わすと、ボーウッドは苦笑しながら首を振った。

 

「よしてくれ、ぼくはもう『サー』ではない」

「これは失礼を、シニョーレ。……ここは人目が多い、歩きましょう」

 

 エツィオは一礼すると、ボーウッドを促し、歩き出した。

 

「聞いたか? ロサイスで大規模な爆発事故が起こったらしいぞ」

「ああ聞いたよ、なんでも、『レキシントン』号が突然火を吹いて大爆発したんだろ? 死傷者の数は計り知れないんだってな」

 

 二人がスカボローの街を歩いていると、住民達の噂話が聞こえてきた。

二人は街を歩きながら、その噂話に耳を傾ける。

 

「議会議員がまた一人殺されたって話は聞いたか? ロサイス郊外の街道で、ジョンストン議員が変死体で見つかったそうだ」

「おいおい、本当か! これで何人目だ? 一体誰がそんな事を……」

「決まっている。『死神』の仕業だ」

「『死神』?」

「ワルド子爵を暗殺してのけた王党派のアサシンだよ。ロンディニウムの広場に堂々と現れても、誰も手出しできない凄腕だそうだ。

なんでも、ロサイスで行われた緊急会談、その最中に現れて、議員一人を殺ったって話だぜ。すげえのは会議の閉会まで、誰も気がつかなかったそうだ」

「アルビオンは大丈夫なのか? 建国からまだ三週間と経っていないのに……」

 

 そんな噂話を聞いていたボーウッドは口を開いた。

 

「街は君の噂でもち切りだな」

「そのようで、……しかし爆発事故と言うのは?」

「兵達の士気を考慮してのことだろう、ロサイスを壊滅させ、貴族議会すら半壊させたのが、

たった一人のアサシンの仕業だと知られては、否でも士気は下がるだろうからな。

……とはいえ、もはやそれも無駄だろうがね。『レキシントン』号を失ったのは奴らにとっては大きな痛手だ」

「はい、偶然とはいえ、ロサイスの機能も停止させることができました。貴方のお陰です、シニョーレ」

「いやなに、ぼくはなにもしていないさ。それにしても、まさか政府高官まで暗殺してのけるとは……恐ろしい男だな、きみは」

 

 ボーウッドは苦笑しながら呟いた。

 

「旗艦をはじめとした主力艦を四隻、軍事工廠、司令官の死。クロムウェルにとって、この損失は計り知れない程の大打撃だ」

「これで、侵攻を少しでも遅らせることができればよいのですが」

「ふむ……、どうだろうな、『レキシントン』を含む艦隊を失ったとはいえ、まだ他の艦隊や竜騎士隊は健在だからね」

「兵達の士気は?」

 

 ボーウッドはエツィオを見つめ、にやっと笑った。

 

「きみのお陰でひどいものさ、きみが身にまとう王家のマントはもはや、『王党派』ではなく、『死』の象徴となりつつある。

(アルビオン)の死神』、『王家の亡霊』。呼び名は様々だが、みなきみを恐れている。

貴族議会の馬鹿どもは、白のローブとフードの着用を禁止する法案を本気で考えている始末だ」

「随分と嫌われたものだ」

「兵達は戦々恐々だ、街の巡回にしたって、次は自分が殺されるのではないかといって隊から逃げ出す者も出ているそうだ。

……まったく、我が祖国は、いつからこのような腑抜けになってしまったのだろうか」

 

 眉をひそめてボーウッドは呟く。それから苦笑しながら頭をかいた。

 

「とは言え、つい先日までぼくもきみの事を恐れていたのだがな、こうして、泣く子も黙るアサシンと、共に街を歩いていることが不思議に思えてくるよ」

「奇遇ですね、私もそう思っていたところですよ」

 

 二人は笑いあいながら、とある建物に入ってゆく。

そこはスカボローの港にほど近い場所にある宿屋であった。

その中にある部屋のドアの前に立ち、軽くノックをして扉を開ける。

すると部屋の中にいた女性が立ち上がり、二人を迎え入れた。

 

「初めまして、かしらね。ミスタ」

「まさか貴女が、エツィオの言う協力者とは思いもよりませんでした、ミス・サウスゴータ」

 

 二人を出迎えた女性、マチルダはボーウッドと握手を交わす。

マチルダはにっこりと笑顔を浮かべて言った。

 

「亡命をすると聞いて、耳を疑いましたわ、ミスタ」

「はは、これ以上簒奪者に仕えるのは我慢ならなくなってね」

 

 クロムウェルの側近の一人であるマチルダに、

ボーウッドは苦笑を浮かべながらエツィオを見つめた。

 

「なるほど、我々の動向が全て君に筒抜けだったのは彼女のお陰と言うわけか」

「その通りです、シニョーレ。彼女は心強い味方ですよ」

 

 エツィオは笑みを浮かべると、ボーウッドに席を勧める。

ボーウッドが椅子に腰かけるのを見ると、二人は同じ様に椅子に座りテーブルについた。

 

「船の手配はどうだ?」

「問題ないわ、すぐにでも出発できるはずよ」

「ありがとう、助かったよ」

「まったく、結構難儀だったわよ」

 

 そう言うと、マチルダは一枚の羊皮紙を取り出してエツィオに手渡した。

羊皮紙にはフードを被った男の姿が描かれている、果たしてそれは、エツィオの手配書であった。

 

「あいかわらず酷い絵だな、俺はもっと男前だぞ」

 

 エツィオは苦笑しながら、手配書をテーブルの上に放り投げる。

エツィオに懸けられた懸賞額を覗き見てボーウッドは思わず目を丸くした。

 

「……これは驚いた、アルビオンの長い歴史の中でも、過去最高金額だな……」

「50000エキュー、数字だけならフィレンツェと並んだな……」

 

 自分の首にかかった懸賞金が十倍に跳ね上がったというのに、エツィオはこともなげに首を竦めて見せた。

 

「それにしたってこの絵は無いな、懸賞金と一緒に絵描きの腕も上げてもらいたいもんだ」

「言ってる場合? 船長にそいつを運んでくれと言ったら、結構吹っ掛けられたんだよ?」

「だろうな……。そいつは信用できるのか?」

「金さえ払えばしっかり仕事をしてくれるわ、口も堅い、あれでも職業意識ってもんがあるみたいね」

「なるほど……念の為こちらでも金を用意した方がよさそうだな。クロムウェルの様子は?」

「それがね、見てて笑えるわよ、ロサイスの一件以来、宮殿の自室にこもって一歩も外に出てこなくなってしまったわ。

ほかの議員もほとんど同じね、みな自分の屋敷に閉じこもって怯えているわ」

「結構なことだ」

 

 エツィオは口元に笑みを浮かべると、テーブルの上に金貨がたっぷりと詰まった袋を差しだした。

それはやはりというべきか、エツィオが先日強奪したアルビオン共和国の軍資金であった。

 

「これは報酬だ、手間賃も入ってる」

「どうも、受け取っとくよ」

 

 それを受け取ったマチルダを見てボーウッドは首を傾げる。

 

「貴女は、彼に雇われているのですか?」

「協力関係、と言って欲しいですわね」

「失礼、いつから彼と?」

「全てお話すると長くなるのですが……彼女が『レコン・キスタ』に参加する前からの仲なのですよ、シニョーレ」

「……ああ、これは失礼、ぼくとしたことが、野暮なことを詮索してしまったようだ」

 

 ボーウッドはにやっと笑うと、二人を見つめる。

マチルダは冷笑を浮かべ、エツィオを睨みつけた。

この男はそうとは思っていないだろう。こいつはそういう奴だ。

 

「いえ、お気になさらずシニョー……あたっ!」

 

 マチルダのそんな冷たい視線を知ってか知らずか、エツィオはにっこりとほほ笑んだ。

マチルダはエツィオの頭を叩くと、仕方がないとばかりに、これまでのいきさつをボーウッドに話して聞かせた。

 

「なるほど……それで彼と……」

「一応、彼には命を救われましたから。それに、彼を敵に回すことの恐ろしさを知っている、というのもあるでしょうか」

「ははは、ぼくも彼の恐ろしさを身を持って思い知ったばかりでね、出来ればもっと早く教えてほしかったよ」

 

 マチルダがそう言うと、ボーウッドは豪快に笑って見せた。

マチルダは窓の外にちらと視線を送る。日はとっぷりと暮れ、空には二つの月が浮かんでいる。

 

「……そろそろ約束の時間ですわね、行きましょう」

 

 マチルダはフードを目深に被ると、二人を促し立ち上がる。

宿を後にした三人は、トリステインへ向かう密航船が待つ、港の一角へと向かって行った。

 

 

 人気のない、夜のスカボローの港の片隅に、一隻の古い小型のスクーナー船が停泊している。

船から降ろされたタラップの前で、船長と思わしき男と、フードを目深に被ったマチルダが交渉をしていた。

やがて交渉が終わったのか、マチルダは船長に金貨がたっぷり詰まった袋を手渡す、

船長は満足そうに頷くと、そそくさと船の中に入り出航の準備を始めた。

マチルダはそれを見送ると、こちらに近づいてきた。

 

「話はついたわ、さ、乗って」

「すまないな。ずっときみに世話になりっぱなしだ」

「ふん……、こっちも金を貰ってるからね」

 

 エツィオはマチルダの顎を持ち、なにやら切なそうな表情を浮かべた。

 

「しばらくの間、きみに会えないのか……胸が張り裂けそうだ」

「何言ってんだか。はやくご主人様んとこに戻ってやんな」

「名残惜しいが……きみの姿を目に焼き付けてから行くとするよ」

 

 マチルダと唇を合わせ、エツィオは真剣な表情になった。

 

「それじゃ、きみは引き続き調査を続けてくれ、何か動きがあったらすぐに連絡を。……くれぐれも無理はしないでくれ、いいな」

「わかってるよ……それじゃ」

 

 するり、とマチルダからエツィオの腕が離れる。

マチルダはすぐに踵を返すと、闇の中へと消えて行った。

タラップを登り、船に乗り込む、すると先に乗っていたボーウッドがにやっと笑い、肩を竦めた。

 

「驚いたな」

「彼女のことですか?」

「いや、昔から英雄色を好むとあるが、どうやらきみもまた例外ではないようだね」

「こればかりは性分でして、どうにもならないですよ」

 

 エツィオも甲板に寄り掛かりにやりと笑う。

ボーウッドも同じように甲板に寄り掛かると、エツィオを見た。

 

「気風だけをみると、きみはロマリア人のようだが……、どこの生まれだ?」

「フィレンツェです」

「フィレンツェ……すまない、聞いたことがないな」

「でしょうね、遠いところですよ」

 

 エツィオは徐々に離れゆくアルビオンに別れを告げながら答えた。

 

「そんな遠いところから来たきみが、なぜアルビオンに?」

「いろいろありましてね、今はとある人物に仕える身です」

「とある人物……それを尋ねることは野暮と言う物だな」

「感謝します、シニョーレ。……アルビオンに来た理由は、その随伴です」

「随伴でここに? その主人はどうしたのかね?」

「一足先にここを離れました、私はその後始末ですよ。……とはいえ、ここまでする予定ではありませんでしたし、

その後始末自体、主人の知るところでもありません」

「主人の命ではない?」

「はい、全て私の判断です。加えて言うと、主人は、私が『アサシン』であることを全く知りません」

 

 その言葉を聞いてボーウッドは言葉を失った、

この男は、主人に命じられるまでもなく、自己の判断で全ての暗殺を実行してきたというのか。

 

「なるほど……、きみのようなアサシンを配下に置く人物か、なんともうらやましい限りであり……恐ろしい限りだ」

「戦の遅延を目的とした暗殺、それらは全て"後始末"のついでにやったことです。私自身、クロムウェルが気に入りませんからね」

「それでは、なぜクロムウェルを暗殺しなかったんだね?」

「そこです」

 

 ボーウッドが尋ねると、エツィオは真剣な表情になった。

 

「奴のもつ力は、マジックアイテムによる偽りの力です、それゆえ、奴を消したとしても、

同じようなアイテムを使い、第二第三のクロムウェルが現れるかもしれない」

「なるほど……今はまだその時ではない、と」

「はい。それと、これは私の勘ですが……。この反乱、何か裏があると思えてならないのです」

「裏?」

「メイジではない平民の男が、『死者を蘇らせる』とはいえ、たった一つの指輪だけで、

僅か数カ月かそこらで、あそこまで勢力を拡大し、王家を滅ぼした……。全てがあまりに急すぎる、話が出来すぎているのです」

「確かに……あの反乱は瞬く間に広がった。王家に不満を持つ貴族など、決して多くはなかったのに……」

 

 ボーウッドも、感じ入るものがあったのか、顎に手を当てて考え込む。

 

「……クロムウェルという男自体は、名のある人物なので?」

「いや、この反乱が起こるまで、聞いたことがなかったな、なんでも、元は一介の司教だとか……」

「なるほど……。とはいえ、今はまだ情報が足りません、まだ奴には生きてもらわなくては。奴を消すのは、それからでも遅くはない」

「……全く、きみは本当に恐ろしい男だな。一国の皇帝を暗殺するなんて、普段は冗談か何かだと思うのだが。……きみが言うと、とても冗談とは思えないよ」

 

 エツィオのその言葉に、ボーウッドは苦笑いを浮かべた。

 

「さて、こうしてアルビオンから離れたはいいが、トリステインに到着したらきみはどうするのかね?」

「到着次第、トリスタニアへ同行します。私は王宮へ行き、姫殿下に事の報告と貴方の亡命の申請を行ってきます」

「きみは姫殿下に目通りできるのかね?」

「面識は一度だけありますが、確実に門前払いでしょうね」

 

 首を振って見せたエツィオに、ボーウッドは首を傾げた。

 

「ではどうやって……。まさか……」

「決まっています。忍び込むんですよ」

 

 

 

 数日後……。こちらは、トリステインの王宮。

アンリエッタの居室では、女官や召使が、式に花嫁がまとうドレスの仮縫いでおおわらわであった。

大后マリアンヌの姿も見えた。彼女は純白のドレスに身を包んだ娘を、目を細めて見守っていた。

 しかし、アンリエッタの表情はまるで氷のよう。仮縫いのための縫い子達が、袖の具合や腰の位置などを尋ねても、曖昧に頷くばかり。

そんな娘の様子を見かねた大后は縫い子達を下がらせた。

 

「愛しい娘や。元気がないようね」

「母さま」

 

 アンリエッタは母后の膝に顔をうずめた。

 

「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」

「そのようなことはありません。わたくしは幸せ者ですわ、生きて結婚することができます。

結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」

 

 その言葉とは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせて、さめざめと泣いた。

マリアンヌは、優しく娘の頭を撫でた。

 

「恋人がいるのですね?」

「『いた』と申すべきですわ。速い、速い川の流れにながされているような気分ですわ。すべてがわたしの横を通り過ぎてゆく。

愛も、優しい言葉も、なにも残りませぬ」

 

 マリアンヌは首を振った。

 

「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れることができますよ」

「忘れることなど、できましょうか」

「あなたは王女なのです、忘れねばならないことは、忘れねばなりませんよ。

あなたがそのような顔をしていたら、民は不安になるでしょう」

 

 諭すような口調で、マリアンヌは言った。

 

「わたしは、なんのために嫁ぐのですか?」

 

 苦しそうな声で、アンリエッタは問うた。

 

「未来の為ですよ、民と、国と、そしてあなたの」

「わたしの?」

「アルビオンを支配する、レコン・キスタのクロムウェルは野心豊かな男。聞くところによると、かの者は『虚無』を操るとか」

「伝説の系統ではありませぬか」

「そうです、それがまことなら恐るべきことですよ、アンリエッタ。過ぎたる力は人を狂わせます。

不可侵条約を結んだとはいえ、そのような男が、空からおとなしくハルケギニアの大地を見下ろしているとは思えません。

軍事強国のゲルマニアにいたほうが、あなたのためでもあるのです」

 

 アンリエッタは、母を抱きしめた。

 

「……申し訳ありません、わがままを言いました」

「いいのですよ。年頃のあなたとって、恋は全てでありましょう、母も知らぬわけではありませんよ」

 

 母后が退出し、居室に一人になったアンリエッタは、椅子に腰かけ、ぼんやりとしていた。

 

「全ては……未来のため……」

 

 小さく呟き、机の上に置かれた薔薇が差してある花瓶へと視線を送る。

ついと立ち上がり、薔薇を一輪手に取ると、アンリエッタは花弁を一枚、はらりと落とした。

 

「愛している……」

 

 今は亡きウェールズの面影を思い浮かべながら、もう一枚花弁を落とす。

 

「愛していない……」

 

 そうやって、一枚花弁を落とすたびに、呟く。

 

「愛している……、愛していない……」

 

 はらりはらりと花弁を落としながら、物思いにふけっていると、窓の方からきいっ……という音がした。

アンリエッタは、はっと顔を上げ、音の気配がした方向に振り向いた。

 

「……! あなたは……!」

「ああ続けて、邪魔をするつもりはない」

 

 アンリエッタはそこに立っていた人物を見て言葉を失った。

いつの間に入り込んでいたのだろうか、そこには、見覚えのある男が一人佇んでいた。白のローブを纏い、フードを目深にかぶった男。

その男には見覚えがある、確か彼は……。

 

「ルイズの使い魔の……! どうして……! いえ、生きておられたのですか!」

「はい、ルイズ・フランソワーズが使い魔、エツィオ・アウディトーレ、只今アルビオンより帰還いたしました」

 

 アンリエッタが驚いた声で尋ねると、エツィオはフードを外し、恭しく片膝をついた。

 

「どうやって……、いえ、なぜここに?」

「殿下の居室に踏み入れたこと、どうかお許しを、ですがこれもトリステインの危機をお知らせするため」

「トリステインの危機?」

「はい、私がアルビオンで見聞きしたことをご報告に上がりました」

 

 困惑するアンリエッタに、エツィオは深く頭を垂れた。

 

「まずは殿下にご覧になっていただきたいものが……こちらを」

 

 エツィオは懐から一枚の羽根を取り出し、アンリエッタに差しだす。

アンリエッタはそれをおずおずと受け取ると、それを見つめた。

元は純白の羽根だったのであろうそれは、なにやら根元から赤黒く変色してしまっている。

アンリエッタは首を傾げると、エツィオに尋ねた。

 

「羽根? これは……?」

「裏切り者の血です」

「裏切り者の? ……まさか!」

 

 その言葉が意味するところを知ったのだろう、アンリエッタは驚きのあまり、思わず羽根を取り落としてしまった。

エツィオは、淡々とその後を引きとる様に言った。

 

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、犯した罪に相応しい末路を迎えました」

「子爵は……あの裏切り者は、死んだということですか?」

 

 アンリエッタが信じられないと言った様子で口元を押さえた。

 

「はい、それが証拠の羽根でございます、殿下」

 

 エツィオは膝をついたまま、淡々とした口調でアンリエッタに事の次第を報告をした。

 ルイズ達と別れ、一人アルビオンに残っていたこと。

 スカボローで行われた王党派残党の公開処刑、その式典の最中、ワルドを暗殺したこと。

 しばらくアルビオンにて諜報活動を行っていたこと。

 最初は驚いていた様子のアンリエッタであったが、エツィオの報告が終わるころには、幾分か落ち着きを取り戻していった。

 

「正直に申します……人の死を、これほど喜ばしく思う日がこようとは……。夢にも思いませんでした」

 

 事の顛末を聞いたアンリエッタは、切なげにため息をつくと、悲しげな、それでいて安心したかの様な笑顔を浮かべた。

 

「……私もです」

「ルイズの使い魔さん……、いえ、エツィオ・アウディトーレ、ウェールズさまの仇を討って下さったことに、感謝の言葉もありません。

よくぞ……よくぞ討ち果たしてくれました」

「恐れ入ります」

 

 それからアンリエッタはエツィオを見つめ首を傾げた。

 

「して、先ほどあなたはトリステインの危機と申しましたが、それは?」

「はい、先日締結された不可侵条約、それは全てまやかしでございます、殿下。彼らはすぐにでも攻め込む気でいるでしょう」

「そんなっ……!」

「ゲルマニアとの同盟がまとまりきる前に彼らはこの国を制圧する気でいます。

今はアルビオン国内で混乱が起きているためなんとか時間は稼げているはずですが、軍の再編が済み次第、彼らは攻め込むでしょう。……こちらを」

 

 言葉を失い、呆然と立ちすくむアンリエッタにエツィオは一枚の羊皮紙を取り出すと、アンリエッタに手渡した。

アンリエッタはそれを手に取ると、その書類に目を通し、絶句した。

書面には、アルビオンの企む『親善訪問』の概要が、事細かに書かれていた。

 

「これは誰が書いたのですか?」

「一人、アルビオンから亡命を希望している者がおります、その者がしたためた書面でございます、殿下」

「その者とは?」

「現政権に不満を持っている、アルビオン空軍旗艦、『レキシントン』号の元艦長でございます、私の説得に応じてくれました。

先ほど申した通り、今はトリステインに亡命を申し出ております」

「……信用できるのですか? その男は」

「はい。万一裏切るようであれば、その時は奴の首をこの手で切り裂き、私の命も捧げましょう」

 

 きっぱりと言い切ったエツィオに、アンリエッタは、しばらく考えるかのように顔を俯かせる。

そしてきっと顔を上げると、扉の方を見て衛兵を呼びつけた。

 

「衛兵!」

「はっ……! なっ! き、貴様! 一体どこから入った!」

 

 アンリエッタの呼び出しにすぐさま部屋の中へ飛び込んだ衛兵は、部屋の中に佇んでいた侵入者に、

目を吊り上げながら、腰に差した杖を突きつける。

 

「やめよ! 彼はわたくしの大事な客人です!」

「は……、はっ!」

「すぐに将軍達を集めて、これよりアルビオンに対する軍議を行います」

「はっ、畏まりました!」

 

 アンリエッタはそんな衛兵を窘めると、将軍達を招集するように命じた。

衛兵は敬礼すると、すぐに踵を返し将軍達を召集すべくアンリエッタの居室を退出する。

衛兵を見送った後、アンリエッタは机の上の羊皮紙に羽ペンで、さらさらと手紙をしたためると、花印を押し、エツィオに手渡した。

そこには城へ入ることを許可するという文面が記されていた。

 

「亡命を希望する者にお渡しください、直接伺いましょう」

「ありがとうございます。殿下、最後にもう一つ」

 

 エツィオは深々と頭を下げると、懐から一つの指輪を取りだし、アンリエッタに差しだした。

 

「これを、友の……ウェールズ殿下の形見でございます」 

「これは、風のルビーではありませんか、預かってきたのですか?」

「はい、手渡してくれ、と」

 

 本当は斃れたウェールズの指から抜いてきたものなのであったが、エツィオはそう言った。

すこしでも、彼女の慰めになれば、と思っての事だった。

アンリエッタは風のルビーを指に通した。ウェールズがはめていたものなので、アンリエッタの指にはゆるゆるだったが……、

小さくアンリエッタが呪文を呟くと、指輪のリングの部分が窄まり、薬指にぴたりとおさまった。

 アンリエッタは、風のルビーを愛おしそうに撫でた。それからエツィオのほうを向いて、はにかんだような笑みを浮かべた。

 

「なにからなにまで……、いくらお礼を申し上げても足りないくらいですわ」

 

 寂しく、悲しい笑みだったが、エツィオに対する感謝の念がこもった笑みだった。

その笑みを見つめると、エツィオは再び頭を垂れ、呟いた。

 

「殿下、ウェールズ殿は、勇敢に戦い、そして立派に討ち死になさいました。それだけは間違いありません」

「……はい、わかっております」

「ウェールズ殿の魂は、その指輪……貴方と共にあります。

故に、この先、どのような事が起きようとも、それはウェールズ殿の真意ではありません。決して惑わされぬよう、お気を付け下さい」

「それは……どういう意味でしょうか?」

「それは……」

 

 エツィオはウェールズが蘇ったことを明かすべきか迷った、クロムウェルによって死体を動かされているに過ぎないとはいえ、

ウェールズは彼女の想い人である、このトリステインにとって大事な時期に、彼女の心を乱すわけにはいかないだろう。

エツィオは唇を噛みしめると、呻くように呟いた。

 

「申し訳ない、今は……お伝えすることができません。今言えることは、クロムウェルはウェールズ殿下の名を使い、なにかを企んでいるということです」

「……わかりました。彼らの企みに決して惑わされぬと、この指輪に誓いますわ」

 

 アンリエッタは、指光る風のルビーを見つめながら、言った。

それからエツィオを見つめ、ほほ笑んだ。

 

「あなたのこの度の働きには、いくら感謝を述べても足りないくらいですわ、本来ならば恩賞を与えるべきなのだけれど……。なにかお望みはあるのかしら」

「恩賞など……、では一つだけ、お願いしたいことが」

 

 首を傾げるアンリエッタに、エツィオは人差し指を立てる。 

 

「私の存在は内密にしていただきたい、望むことはそれだけでございます」

「それだけですか? 他になにも望まぬと?」

 

 驚くように言ったアンリエッタに、エツィオは頷いた。

 

「はい、裏切り者が城内にいる可能性を鑑みると、私の存在が明るみになれば、いろいろと面倒になるでしょう、

それゆえ、くれぐれも私のことを口外なさらぬよう、是非ともお願いしたいのです」

「わかりました……、あなたがそれを望むなら、その通りにしましょう」

「ありがとうございます、殿下」

「わたくしのお友達は、本当に良い使い魔を持ったようですね」

「もったいなきお言葉、使い魔として当然のことをしたまでです」

 

 微笑むエツィオに、アンリエッタは左手を差しだす、エツィオは手の甲に唇を落とし、一礼する、

そしてフードを目深に被ると、入ってきた窓へと歩を進めて行った。

そして窓の淵に足をかけた、その時、あの……と、アンリエッタがエツィオを呼びとめる。

その呼び声に振り返ったエツィオに、アンリエッタは首を傾げて尋ねた。

 

「そう言えばあなたは……、あなたは一体何者なのですか?」

「あなたの親愛なる友人、ルイズ・フランソワーズの使い魔ですよ、殿下。では……」

 

 正体を尋ねるアンリエッタに、エツィオはニヤリと笑みを返すと、窓の淵から空へと向かい、大きく飛翔するように飛びだした。

 

 

「まさか本当にトリステインの王宮に。しかもアンリエッタ王女の部屋にまで侵入するとはね……」

 

 呆れと驚きが混じったような声を上げたのは、ヘンリ・ボーウッドであった。

 トリスタニアの城下町にある一件の宿屋、その一室で待っていた彼は、戻ったエツィオから事の次第を聞いて、目を丸くしていた。

 

「何度も思ったが……本当にきみは恐ろしいな。きみに暗殺できない人間はいないんじゃないか?」

「まだ修行中の身ですよ、シニョーレ。それに今回の目的は暗殺じゃない」

「そうだったね、それで、麗しの姫殿下のお部屋の中はどうだった?」

「ええ、甘い香りで頭が蕩けてしまいそうでしたよ」

「はっはっは! うらやましい限りだな!」

 

 冗談を言い合い一しきり笑いあうと、エツィオは真剣な表情に戻った。

 

「さて、シニョーレ、冗談はここまでとして……、これを」

「うむ……」

 

 そう言うと、エツィオはボーウッドに一枚の羊皮紙を手渡した。

それは先ほどアンリエッタがしたためた、王宮への入城と身分の保護を認める書簡であった。

ボーウッドはやや緊張した面持ちでそれを眺めると、大事そうに懐にしまい込んだ。

 

「城門の衛兵に見せれば、案内してもらえるでしょう」

「何から何まで、すまないね」

「いえ……、それよりシニョーレ、別れる前に一つ頼みたいことが」

「何かな?」

「私がアサシンであること、そしてウェールズ殿下が蘇った事は、全て内密に願いたいのです」

「それはどうしてだ? きみがアルビオンで挙げた成果は計り知れないのだぞ?」

 

 エツィオの口止めに、ボーウッドは驚いたように顔を上げた。

 

「殿下が蘇ったと知れば、アンリエッタ姫殿下は確実にお心を乱すでしょう、

一応釘は差しましたが、興入れの前にそれだけはなんとしても避けるべきかと。

それと……、これは個人的な事ですが、私がアサシンであることは、主人にも知られていないこと。

王宮の人間に知られるのは好ましい事とは思えません、どうかご理解を、シニョーレ」

 

 エツィオの言うことに一理あると考えたのか、ボーウッドはしばらく考えると、頷いた。

 

「わかった、その通りにしよう」

「感謝します。そうだ、あと……」

 

 エツィオはそう言うと、ボーウッドの耳元で、二言三言口にした。

 

「ふむ……なるほど」

「不意を打つ相手なら、こちらも相応の手で応じるべきかと……もっとも戦略は門外漢、頭の片隅にでも」

「いや、面白い考えだ、検討しておくとするよ」

 

 ボーウッドがにっこりとほほ笑むと、エツィオは右手を差しだした。

 

「シニョーレ、貴方とはここでお別れです、後のことはよろしくおねがいします」

「世話になったね、ここからはぼくの仕事だ」

 

 ボーウッドはその手を握りしめ、二人は固く握手を交わした。

ボーウッドは苦笑を浮かべながら頭をかいた。

 

「こういうのもなんだが、最初は敵対していた者同士だったとはとても思えないな」

「不思議な物です。……さて、私はそろそろ主人の元に帰るとします、癇癪を起されては堪りませんからね」

 

 そんなエツィオにボーウッドは肩を竦めて笑った。

 

「はてさて、死神が帰る場所とは一体どこだろうね。まさか冥府ではないだろう?」

「ええシニョーレ、『楽園』ですよ。私にとってはね。……では、縁があればまたお会いしましょう」

「ああ、またきみと会える日を楽しみにしているよ」

 

 そう言うとボーウッドは城へ向かうべく歩き出す、その姿をしばらくの間見送ると、

エツィオも踵を返し、主人の元へ、トリステイン魔法学院に戻る為に歩き出した。

 

 

 一方、トリステイン魔法学院では……。

オスマン氏は王宮から届けられた一冊の本を見つめながら、ぼんやりと髭を捻っていた。

古びた皮の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうだった。

色あせた羊皮紙のページは、色あせてくすんでいる。

 ふむ……、と頷きながら、オスマン氏はページをめくる。そこにはなにも書かれてはいない。

およそ、三百ページぐらいのその本は、どこまでめくっても、真っ白なのであった。

 

「これがトリステイン王室に伝わる、『虚無の祈祷書』か……」

 

 六千年前、始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に詠みあげた呪文が記されていると、伝承には残っているが、

呪文のルーンどころか、文字さえ書かれていない。

 

「まがい物じゃないかの?」

 

 オスマン氏は、胡散臭げにその本を眺めた。偽物……この手の『伝説の品』にはよくある話だ。

その証拠に、一冊しかない筈の『始祖の祈祷書』は各地に存在する、金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……。

いずれも自分の『始祖の祈祷書』が本物だと主張している。それらを全部集めると、図書館ができると言われているくらいだ。

 

「しかし、まがい物にしたって、酷い出来じゃ、文字さえ書かれておらぬではないか」

 

 オスマン氏は、各地で幾度か『始祖の祈祷書』を見たことがあった。ルーン文字が踊り、祈祷書の体裁を整えていた。

しかし、この本には文字一つ見当たらない、これではいくらなんでも詐欺ではないか。

 

 そのとき、ノックの音がした。オスマン氏は秘書を雇わねばならぬな、と思いながら、入室を促した。

 

「鍵はかかっておらぬ、入ってきなさい」

 

 扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。桃色がかかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズであった。

 

「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」

「おお、ミス・ヴァリエール。待っておったよ。身体の調子はどうかな?」

 

 ルイズは言った。オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎した。

 

「はい……大分楽になりました、今は授業にも出ています」

「ふむ、大鷲は……まだ帰って来てはおらぬようじゃな」

「……はい」

 

 表情を曇らせ、弱弱しい声で答えたルイズに、察したようにオスマン氏は言った。

 

「そんな顔をするでない、ミス・ヴァリエール。大鷲は必ず帰ってくるとも」

 

 優しい声で、オスマン氏は言った。

 

「さて、今日お主に来てもらった件なんじゃが……」

 

 オスマン氏の言葉に、ルイズは首を傾げた。

一体何の用だろう、と思っていると、オスマン氏は手に持っていた『始祖の祈祷書』をルイズに差しだした。

 

「これは?」

 

 ルイズは、怪訝そうな顔でその本を見つめた。

 

「始祖の祈祷書じゃ」

「始祖の祈祷書? これが?」

 

 王室に伝わる、伝説の書物。国宝のはずだった。どうしてそれをオスマン氏がもっているのだろう。

 

「お主も知っての通り、来月にはゲルマニアで、王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる予定となっておる。

それでじゃな、トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。

選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」

「はぁ」

 

 ルイズは、そこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事をした。

 

「そして姫は、その巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」

「姫さまが?」

「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」

「ええっ! 詔をわたしが考えるんですか!」

「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……。

伝統と言うのは、面倒なもんじゃの。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。

これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」

 

 アンリエッタは、幼いころ、共に過ごした自分を巫女役に選んでくれたのだ。

ルイズはきっと顔をあげた。

 

「わかりました。謹んで拝命いたします」

 

 ルイズはオスマン氏の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。

オスマン氏は目を細めて、ルイズを見つめた。

 

「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」

 

 

「はあ……」

 

 オスマン氏から受け取った『始祖の祈祷書』を手に、ため息を吐きながら、ルイズは自室へと戻るべく歩いていた。

勢いで受けてしまったものの……、こんなに暗く沈んだ気分で詔など浮かぶのだろうか……。

アルビオンから帰ってきたその日から、ルイズの気持ちは深く沈んだまま、なにも変わっていない、ずっと胸がちくちくと痛み、ルイズを苛む。

 

「エツィオ……」

 

 ルイズは思わず自分の使い魔の名前を呟いていた。

そう、使い魔だ、あの日、アルビオンに一人残ったエツィオの事を考えるだけで、胸の奥がキリキリと痛み、悲鳴をあげる。

彼が帰ってこない限り、この心にかかった暗雲は、決して晴れることはないのだ。

一度エツィオの事を考えると、ルイズの気分はますます深く沈んでゆく。そうして歩いていると、いつの間にか自分の部屋の前まで辿り着いていた。

 ぐすっ……と鼻を啜り、いつの間にか目に溜まっていた涙をごしごしと拭う。

とりあえず、受けてしまったものは仕方がない、精いっぱい素敵な詔を考えなくては、

そう思いながら、ドアの鍵を開け、扉を開けた。

 

「おや?」

 

 懐かしい、どこか人を小馬鹿にしたかのようなとぼけた声。

扉を開けたルイズの目に飛び込んできたのは、開けっぱなしの窓から入る風に翻る一枚のマント。

次いで目に入ってきた、白のローブを纏った一人の青年を見た時、ルイズは溢れる涙を止められなくなった。 

 

「エツィオぉ……」

 

 もっていた『始祖の祈祷書』を取り落とし、顔を涙で濡らしながら、ずっと待ち続けた使い魔の名前を呼ぶ。

名前を呼ばれた使い魔は、ついと振り返ると、いつもルイズに見せていた、からかうような、子供っぽい笑みを浮かべた。

 

「やあルイズ。なんだ? この部屋の散らかりようは、まるで戦場だな。掃除するのは誰だと思ってるんだよ」

 

 衣服や食器、果ては下着までもが散乱した部屋を見渡しながら、エツィオはニヤリとうそぶいた。

そんな余裕たっぷりの使い魔の態度に、腹立たしいやら嬉しいやら、様々な気持ちがごちゃ混ぜになって、ルイズはエツィオを怒鳴りつけた。

 

「どこにっ! 今までどこ行ってたのよッ!」

「アルビオンさ、道に迷ってね、ついさっき戻ってきたんだ」

「ふ、ふざけないで! あんたっ! わ、わたしがっ……わたしがどれだけっ……、どれだけ心配したと思って……!」

 

 最後の方は、もう言葉にならなかった。

ルイズの目頭から、大粒の涙がぽろっと流れた、それがきっかけとなり、ルイズはぽろぽろと泣きだしてしまった。

 

「勝手に、勝手にいなくならないでよ。ばか、きらい」

 

 エツィオは、優しい笑みを浮かべると、泣いているルイズの目頭を指先で拭った。

 

「悪かったよ、だから泣かないでくれ、ルイズ」

「ばか、知らない、だいっきらい」

 

 ルイズはますます強く泣き始め、エツィオの身体にもたれかかった。

エツィオの胸板を拳で叩きながら、ぐずるルイズの頭を、エツィオは優しく撫でてやった。

 

「相棒は泣く子も黙る凄腕の……、はずなんだけどなぁ」

 

 傍らに立てかけられたデルフリンガーがそんなエツィオの様子を眺めて呆れたように言った。

エツィオはそんなデルフリンガーをちらと視線を送り、軽くウィンクすると、改めてルイズを見つめた。

 

「すまなかったな、心配をかけた」

「もう、もう戻ってこないのかと思った……。怖かった、不安だったんだから」

 

 ルイズは顔をぐしぐしとエツィオの胸に押しつけると、上目づかいにエツィオを見つめた。

 

「もう……いなくならない?」

 

 いつか、ニューカッスルの廊下で聞いた、その言葉。

エツィオは優しい頬笑みを浮かべると、ルイズの額に唇を落とし、呟いた。

 

「いなくならないよ。……ただいま、ルイズ」


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