SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-17 「滅亡の日」

 ルイズ達を乗せた軍艦、『イーグル』号は、浮遊大陸アルビオンのジグザグした海岸線を、雲に隠れるように航海した。

三時間ばかり進んでいくと、大陸から突き出た岬が見えた。岬の突端には高い城がそびえている。

 ウェールズはワルドにあれがニューカッスルの城だと説明した。

しかし、『イーグル』号は、まっすぐにニューカッスルに向かわずに、大陸の下側に潜り込むような進路を取った。

 

「何故、下に?」

 

 ワルドが訊ねると、ウェールズは、城のはるか上空を指さした。

遠く離れた岬の突端の上から、巨大な船が、降下してくる途中であった。

慎重に雲中を航海してきたので、向こうには『イーグル』号は雲に隠れて見えないようであった。

 

「叛徒共の、艦だ」

 

 本当に巨大としか言えない、禍々しい巨艦であった。

長さは、『イーグル』号の優に二倍はある。帆を何枚もはためかせ、ゆるゆると降下したかと思うと、

ニューカッスルの城目がけ、並んだ砲門を一斉に開いた。

斉射の炸裂音が振動と共に、『イーグル』号まで伝わってくる。砲弾は城に着弾し、城壁を砕き、小さな火災を発生させた。

 

「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソリヴン』号だ。叛徒らが手中に収めてから、『レキシントン』と名を変えている。

やつらが初めて勝利をもぎ取った戦地の名だ。よほど名誉に感じているらしいな」

 

 ウェールズは微笑を浮かべて言った。

 

「あの忌々しい艦は、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように、城に大砲をぶっ放していく」

 

 巨大戦艦の舷側からは無数の大砲が突き出ており、艦上にはドラゴンが舞っている。

 

「備砲は両舷合わせ、百八門、おまけに竜騎兵まで積んでいる。あの艦の反乱から、全てが始まった、因縁の艦さ。

さて、我々のフネはあんな化け物を相手にできるはずもないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づく。

そこに我々しか知らない秘密の港があるのだ」

 

 

 ウェールズとワルドがそんな会話をしていたその頃……。

 

「なあ、ルイズ、いい加減機嫌を直してくれよ」

「……」

 

 甲板の片隅で、エツィオがルイズの機嫌をなんとか治そうと、悪戦苦闘していた。

ルイズはというと、先ほどエツィオに一杯食わされた事が気に入らないのか、顔をつんとそむけ、無視を決め込んでいる。

事情を飲みこみ、気持ちがひと段落してからというもの、かれこれずっとこの調子であった。

 

「本当に悪かったって、まさかきみがあんなにまで取り乱すなんて思わなくてさ……」

「……どうして」

「ん?」

「どうしてあんな真似したの? わたしを試したって、どういう意味?」

 

 ルイズが口をヘの字に曲げて呟いた。

エツィオは仕方ないとばかりに肩を竦めた。

 

「貴族派につくくらいなら、死んだ方がマシ……」

「なによ……」

「船倉で名乗りを上げた時、きみはそう啖呵をきったそうじゃないか、そしてあの場でもそう言った、だから試したんだ、

きみの行動によって、俺が死ぬという最悪の状況、その中で、きみがどれだけ自分の意思を貫けるか……それを見させてもらった。

まぁ結果は、俺の死がきみの意思を益々堅固なものにしてしまったようだけどな」

 

 エツィオはそう言うと、試すなら殺される寸前の状況にしておくべきだったかな、と小さく呟き、苦笑する。

その説明を聞いたルイズは怒りに顔を赤くしながら、どんっと甲板を踏みならした。

 

「だからって! あ、あそこまでする必要ないじゃない! わたし、あんたが本当に死んじゃったとっ……!」

「だけど、もし彼らが本当の空賊だったら? 名乗りを上げたところで正当な扱いを受けられるとは到底思えない。

俺はあの場でとっくに殺されているだろうし、杖のない子爵も同じ、ルイズ、きみもどうなっていたかもわからない」

「それはっ……」

「言っただろ? 高貴な所はきみの美点だが、時と場合を選べと、さっきも言ったけど、あんな調子じゃ、この先命がいくつあったって足らないぞ」

 

 エツィオは身をかがめると、まっすぐにルイズの瞳を覗きこむ、その静かな迫力に、ルイズは思わず押し黙った。

しばしの沈黙のあと、ルイズが口を開いた。

 

「……怖かった、怖かったわよ、殺されるかもしれないと思った。だけど、わたしは最後の最後まで諦めないわ、諦めたくないの。

たとえ彼らが殿下達ではなく本物の空賊であったとしても、地面に叩きつけられる寸前までロープが伸びると信じているわ」

 

 ルイズはまっすぐエツィオを見て答えた。

エツィオは目を細めると、ニッと笑った。

 

「まったく、きみは大したものだな。まあ、そうじゃないと俺のご主人様は務まらないんだけどな。

あの状況で自分の意思を貫く姿は、なかなかかっこよかったぞ、ルイズ」

 

 エツィオは優しく微笑むと、ルイズの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でる。

普段なら怒ってエツィオの手を振り払うルイズであったが、今回はなぜかそれが心地よく感じた。

 

「それに、俺の事も心配してくれた……、すごくうれしかったよ」

「そ、それは……あ、あんたが本当に死んじゃったかと思って……! それに、あんたは使い魔でしょ!

使い魔を見捨てる主人なんていないわ! だ、誰だってああなるわよ!」

「ははっ、それもそうか」

 

 また、この顔だ、と屈託なく笑うエツィオを見て、ルイズは思う。

知的で優雅、その反面、どこか子供っぽい優しい笑顔。正直、ズルいと思う、この顔をされると、どうにもエツィオを直視できなくなってしまうのだ。

それに、何故だろう、ワルドにも同じ様なことを言われた筈なのに、エツィオに言われるとなんだか胸が温かくなり、顔も自然に綻んでしまう。

そんな様子をただでさえ鋭いエツィオに悟られるわけにはいかないと、ルイズはむりやり表情を作ると、つんと胸を張った。

 

「ふん! と、当然じゃない。まあ、わたしを試そうとしたことは、とりあえず許してあげる」

「それはどうも、……だけど、あんまり調子に乗らないでくれよ?」

「む、わかってるわよ……」

「まあ、きみに何言っても無駄だってのはよくわかってるよ、そんなきみを守るのが俺の役目なわけだしな」

「ど、どういう意味よ!」

「どうって、そのままの意味さ」

 

 ころころと表情を変えるルイズをからかい、エツィオが笑う。

最初は怒っていたルイズも、だんだんと笑みがこぼれ、仕舞いには二人は笑いあっていた。

 その時、辺りがゆっくりと闇に包まれ、やがて真っ暗になった。

どうやら大陸の下にもぐりこんだようだ。おまけに雲の中、視界は暗闇に閉ざされ、ゼロに近い。

マストについた魔法の灯りだけが、ぼんやりと艦の周囲を照らしている。

ひんやりとした、湿気を含んだ冷たい空気が頬をなぶった。

 

 

 しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている場所に出た。

マストに灯した魔法の灯りの中、直径三百メイル程の穴が、ぽっかりと開いている様は壮観だった。

 

「一時停止」

「一時停止、アイ・サー」

 

 掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令で『イーグル』号が裏帆を打つと、

しかるのちに暗闇の中でもきびきびとした動作を失わない水兵達によって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。

 

「微速上昇」

「微速上昇、アイ・サー」

 

 『イーグル』号は、ゆるゆると穴に向かって上昇していく。

曳航されている『マリー・ガラント』号にもウェールズの部下が乗り込み、船員達に指示を下しているようだ。

その様子を見ていたワルドが、感心したように頷いた。

 

「まるで空賊ですな」

「まさに空賊なのだよ、子爵」

 

 穴に沿って上昇すると、頭上に灯りが見えた。そこに吸い込まれるように『イーグル』号が上がっていく。

眩いばかりの光にさらされたと思うと、艦はニューカッスルの秘密の港に到着していた。

そこは、真っ白な発光性のコケに覆われた、巨大な鍾乳洞の中だった。

岸壁の上には、大勢の人々が待ちかまえ、近づいてきた『イーグル』号に一斉にもやいの縄をなげてよこしてきた。

水兵達はその縄を『イーグル』号に結わえ付けた。

艦は岸壁に引き寄せられ、木でできたタラップが取り付けられた。

 

 ウェールズはルイズ達を促し、タラップを下りた。

背の高い、年老いた老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらった。

 

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな! 殿下!」

 

 老メイジは、『イーグル』号のあとに続いて現れた『マリー・ガラント』号をみて、顔をほころばせた。

 

「ああ、喜べパリー! 中身は硫黄だぞ! 硫黄!」

 

 ウェールズがそう叫ぶと、集まった兵士たちが、うおぉーっと歓声を上げた。

 

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我等の名誉も守られるというものですな!」

 

 老メイジはおいおいと泣き始めた。

 

「ああそうだ、これだけの硫黄があれば……王家の誇りと名誉を奴ら叛徒共に示しつつ、敗北することができるだろう」

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者ぶるいがいたしますぞ! 先の陛下よりお仕えして六十年……! こんなにうれしい日はござらん!

して殿下、ご報告ですが、叛徒共は明日の正午、攻城を開始すると言う旨、伝えてまいりました、まったく、殿下が間にあってよかったですわい」

「してみると、これは危機一髪! 戦に間にあわぬはこれ、武人の恥だからな!」

 

 ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあっている。ルイズは、敗北という言葉に顔色を変えた。

つまり……死ぬと言うことだ。この人たちは、死ぬのが怖くないのだろうか?

 

「して、その方達は?」

 

 パリーと呼ばれた老メイジが、ルイズ達を見て、ウェールズに訊ねる。

 

「トリステインからの大使殿だ、重要な用件で王国に参られたのだ」

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする。パリーでございます。

遠路はるばる、アルビオン王国へようこそいらっしゃいました、たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非ともご出席くださいませ」

 

 

 ルイズ達は、ウェールズに付き従い、城内の彼の部屋へと向かった。

城の一番高い天守の一角に彼の部屋はあった。それは、一国の王子の私室とは思えないほど狭く、質素な部屋だった。

王子は椅子に腰掛け、机の引き出しから宝石がちりばめられた小箱を取り出す。首にかけたネックレスの先に着いていた鍵で、箱を開いた。

蓋の内側にはアンリエッタの肖像が描かれている。

 ルイズがその箱を覗きこんでいることに気がついたウェールズは、はにかんだように笑った。

 

「宝箱でね」

 

 中には一通の手紙が入っていた。それが王女からのものであるらしい。

ウェールズはそれを取り出し、愛おしそうに口づけた後、開いてゆっくりと読み始めた。

何度もそうやって読まれたのであろう手紙は、すでにボロボロであった。

 読み返すと、ウェールズは再びその手紙を丁寧に畳むと、便せんに入れ、ルイズに手渡した。

 

「これが、姫から頂いた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

「ありがとうございます」

 

 ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。

 

「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出航する、それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 

 ルイズはその手紙をじっと見つめていたが、そのうち決心したように口を開いた。

 

「あの、殿下……さきほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 

 ルイズはためらう様に問うた、ウェールズはあっさりと答えた。

 

「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、はてさて勇敢な死に様を連中に見せつけることだけだ」

 

 ルイズは俯いた。

 

「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 

 エツィオは無表情のまま、ウェールズを見つめていた。

明日にも死ぬと言うにも関わらず、皇太子はいささかも取り乱した所がない。

彼はすでに覚悟を決めている、ならばなにも言うことはあるまい。そう考えたエツィオはただ静かにそのやりとりを見守っていた。

 

 ルイズは深々と頭をたれて、ウェールズに一礼した、言いたいことがあるのだった。

 

「殿下、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」

「なんなりと、申してみよ」

「この、ただいまお預かりした手紙の内容……これは」

「ルイズ」

 

 エツィオがルイズの肩に手を置き、小さく首を振る。

しかしルイズは、その手を振り払うと、きっと顔をあげ、ウェールズに訊ねた。

 

「この任務を、わたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、それはまるで恋人を案じるかのような……。

それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫さまの肖像が描かれておりました。殿下が手紙に接吻なさった際の物憂げなお顔といい。

もしや姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」

 

 ウェールズはほほ笑んだ、ルイズの言いたいことを察したのである。

 

「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 

 ルイズは頷いた。

 

「そう想像いたしました。とんだご無礼をお許しください。してみるとこの手紙の内容は……」

「恋文だよ。きみが想像しているとおりのものさ、確かにアンリエッタが手紙で知らせたように、

この恋文がゲルマニアの皇室に渡ってはまずいことになるだろう。始祖ブリミルの名において、永久の愛を誓っているのだからね。

知っての通り、始祖に誓う愛は婚姻の際の誓いでなければならぬ。この手紙が白日のもとに晒されれば、彼女は重婚の罪を犯すと言うことになる。

そうなれば、ゲルマニア皇帝は婚約を取り消し、同盟相成らず、トリステインは一国にて、あの恐るべき貴族派に立ち向かわねばなるまい」

「とにかく、姫さまは、殿下と恋中であらせられたのですね?」

「昔の話だ」

 

 ルイズは熱っぽい口調で、ウェールズに言った。

 

「殿下! 亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」

「よせ」

 

 エツィオが厳しい表情を浮かべ、ルイズの肩に再び手を置き、制止する。しかし、ルイズの剣幕はおさまらない。

 

「お願いでございます! わたし達と共に、トリステインにいらしてくださいませ!」

「それはできんよ」

 

 ウェールズは笑いながら言った。

 

「殿下! これはわたくしの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! 姫さまの手紙には、そう書かれてはおりませんでしたか?

わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫さまの遊び相手を務めさせていただいました! 姫さまの気性は大変よく存じております!

あの姫さまがご自分の愛した人を見捨てるはずがございません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫さまは多分手紙の末尾であなたに亡命を――」

 

 ルイズの言葉を最後まで待たず、ウェールズは首を振った。

 

「その様なことは一行たりとも書かれてはいない」

「殿下!」

 

 ルイズはウェールズに詰め寄った。

 

「私は王族だ、嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれてはいない」

 

 ウェールズは苦しそうに言った。その口ぶりから、ルイズの指摘は当たっていたことがうかがえた。

 

「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させるわけがない」

 

 ルイズはウェールズの意思が果てしなくかたいのを見て取った。

ウェールズは、アンリエッタを庇おうとしているのだった。臣下のものに、アンリエッタが情に流された女と思われるのがいやなのだろう。

ウェールズは、ルイズの肩を叩いた。

 

「きみは、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢、彼……エツィオの言う通りだ、まっすぐで、いい目をしている」

 

 ルイズは寂しそうに俯いた。

 

「忠告しよう、そのように正直では、大使は務まらぬよ、しっかりしなさい」

 

 ウェールズはほほ笑んだ、白い歯がこぼれる、魅力的な笑みだった。

 

「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。なぜなら守るものが名誉以外になにもないのだから」

 

 それからウェールズは、机の上に置かれた、魔法の水時計を見た。

 

「そろそろ、パーティーの時間だ。きみたちは、我が王国が迎える最後の賓客だ。是非とも出席してほしい」

 

 ルイズとエツィオは一礼すると、部屋の外に出た。

ワルドは居残って、ウェールズに一礼した。

 

「まだ、御用がおありかな? 子爵殿」

「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」

 

 ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ウェールズはにっこりと笑った。

 

「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」

 

 

 

 パーティは、城のホールで行われた。

簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰掛け、集まった貴族や臣下たちを、目を細めて見守っていた。

明日で自分たちは滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティであった。

王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のために取っておかれた、さまざまなごちそうが並んでいる。

 

 ウェールズが現れると、貴婦人達の間から、歓声が飛んだ。若く、凛々しい王子はどこでも人気者のようだ。

彼は玉座に近づくと、父王になにか耳打ちをした。ジェームズ一世がすっと立ち上がる。

若き王子ウェールズが、高齢の父王に寄りそうように立ち、その身体を支える。

陛下がこほんと軽く咳をすると、ホールの貴族、貴婦人たちが、一斉に直立した。

 

「忠義なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に、反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。

この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはこれはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となるであろう。

朕は忠勇な諸君らが、傷つき、倒れるのを見るに忍びない」

 

 老いたる王は、ごほごほと咳をすると、ふたたび言葉を続けた。

 

「したがって、世は諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べるぞ。

明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らも、この艦に乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」

 

 しかし、誰も返事をしない。一人の貴族が、大声で王に告げた。

 

「陛下! 我らはただひとつの命令をお待ちしております! 『全軍前へ! 全軍前へ! 全軍前へ!』今宵、うまい酒の所為で、いささか耳が遠くなっております! 

はて、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」

 

 その勇ましい言葉に、集まった全員が頷いた。

 

「おやおや! 今の陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえたぞ?」

「耄碌するには早いですぞ!陛下!」

 

 老王は、目頭を拭い、ばか者どもめ……、と短く呟くと、杖を掲げた。

 

「よかろう! しからば、この王に続くがよい! さて、諸君! 今宵は良き日である! よく、飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」

 

 辺りは喧噪に包まれた。こんな時にやってきたトリステインからの客が珍しいらしく、王党派の貴族たちが、代わるがわるルイズたちの元へとやってきた。

 

「大使どの! このワインを試されなされ! お国のものより上等と思いますぞ!」

「なに! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい! うまくて、頬が落ちますぞ!」

 

 そして最後に、アルビオン万歳! と怒鳴って去っていくのであった。

貴族たちは悲嘆にくれたようなことは一切言わず、ルイズたちに料理をすすめ、酒をすすめ、冗談を言ってきた。

そんな姿が、勇ましいというより、この上もなく悲しくて、ルイズは憂鬱になった。

この場の雰囲気に耐えられず、ルイズは外に出て行ってしまった。

 エツィオは、すぐに追いかけようとしたが、それよりも先に、ワルドが後を追うのをみて、足を止める。

そして再び、貴族達との歓談の席に戻って行った。

 

「やあエツィオ、楽しんでいるかね?」

「殿下」

 

 エツィオを見つけたウェールズが、座の真ん中から近寄ってきた。

エツィオは胸に手を当て、一礼する。

 

「きみと話がしたくてね、よろしいかな?」

「わたくしでよろしければ、殿下」

「ありがとう」

 

 二人は杯をあわせる。ちん、とグラスから涼しい音がなった。

 

「君にはまだ、『マリー・ガラント』での一件を詫びていなかったな。いや、あの場を誤魔化すためとはいえ、殴って済まなかった」

「どうかお気になさらず。いやはや、殿下はなかなかいい拳を持っておられる、今までで一番ききましたよ」

 

 エツィオは笑いながら握り拳を作った。

ウェールズはわっはっはと豪快に笑った。

 

「全く、きみは面白い男だな。……こういうのもなんだが……もう少し早くきみと出会えていれば、私たちはよき友人になれたかもしれぬな」

「殿下……」

「ふふ、柄にもない事を言ってしまった。……どうやらきみには、人を惹きつける魅力があるようだ」

「いえそんな、もったいなきお言葉です」

「この私が言うのだ、間違いは無いさ」

 

 ウェールズはそこまで言うと、エツィオの肩を叩いた。

エツィオは笑顔を作ると、少し俯く、それから顔をあげ、まっすぐにウェールズを見据えた。

 

「……殿下、失礼ながらいくつか伺いたいことが」

「何かな?」

「姫殿下からのあの手紙、やはり姫殿下は亡命を?」

 

 エツィオが訊ねると、ウェールズはルイズがいないことを確認するかのように、周囲を見回した後、苦い表情で言った。

 

「……ああ、その通りだ、あの手紙には私に亡命を勧める一文が書き記されていた」

「やはり……」

「……きみも私に亡命を勧めるのかね?」

「いいえ、残念なことですが、亡命を拒否した貴方の判断は正しいと存じております。

……姫殿下を攻めるつもりはありません、むしろ恋人を案じるその御心は美徳です。

だがそれは、トリステインを、民を、そして、姫殿下を、戦火に晒すことにもなりかねない」

「ああ、そうだ、きみの言うとおりだよ、エツィオ。私がトリステインに亡命したならば、貴族派にトリステインに攻め入る口実を与えてしまうことになる……。

だからこそ、私はここで戦い……そして死なねばならぬ。そう思うからこそ、死の恐怖も忘れられるというものだ」

 

 力強く言い切ったウェールズを見て、エツィオは、真剣な面持ちで頷いた。

どうやら心配は無用だったようだ、姫殿下自身の手紙ですら、彼の決意は微塵も揺らいではいないようであった。

ならば自分にできることは、彼を気持ちよく戦地に送り出すことだけである。

 

「愛するが故に、知らぬふりをせねばならぬ時がある、愛するが故に、身を引かねばならぬ時がある。

戦で荒廃するトリステインを……悲しみ苦しむ民草を、そしてアンリエッタを見るくらいなら、私は喜んで討ち死にしよう」

 

 ウェールズはエツィオを見つめると、にっこりと笑った。

 

「おっと……今言ったことは、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、美貌を害するからな。彼女は可憐な花のようだ。きみもそう思うだろう?」

「ええ、まったくもって同感です」

 

 エツィオは軽い笑みを浮かべて頷き、同意した。

それからエツィオは、小さく首を傾げ、ウェールズに訊ねた。

 

「殿下、反乱軍……、貴族派についてお聞きしたいことが、奴らの狙いは一体何なのですか? 彼らは何故反乱を?」

「『レコン・キスタ』の事か」

「『レ・コンキスタ』?」

「『レコン・キスタ』だ、彼らは自らをそう呼称している。……なにか気になることでも?」

「いえ……私の故郷でも聞く名前です、ですが……どうやら根本的に違う物のようだ」

 

 エツィオは肩を竦めると、ウェールズは小さく頷き、話を続けた。

 

「我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』、奴らの目的は、ハルケギニアの統一だ。『聖地』を取り戻すという、理想を掲げてな」

「『聖地』……ですか」

「そう、我等ブリミル教徒にとっての『聖地』だ。理想を掲げるのはよい。

しかし、あやつらはそのために流されるであろう民草の血のことを考えぬ。荒廃するであろう、国土のことを考えておらぬのだ。

だからこそ、我らは勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。

やつらがそれで、『統一』と『聖地の回復』などという野望を捨てるとも思えぬが、それでも我らは勇気を示さねばならぬ。

それが、内憂を払えなかった王族としての義務なのだからな」

 

 聖地の奪還、統一、その言葉を聞いたエツィオは顔をしかめた。

 

「……まるで十字軍だな、馬鹿馬鹿しい」

「十字軍?」

 

 呻くように呟いたエツィオに、ウェールズは首を傾げた。

 

「いえ、こちらの話です、お気になさらぬよう」

「ふむ……、どうやら、きみの故郷でも似たようなことがあったらしいな」

「ええ、とはいえ、もう二百年も前の話ですが」

「『聖地』か……どこの人間も考えることは同じのようだ」

「そのようで」

 

 どこの世界も、人間の考えは変わらない、そんな皮肉めいた事実に、二人は笑いあった。

 

「さて、もう少しきみと話していたいが……そろそろ行かなくてはならない」

「ええ殿下、私も、貴方と話せて楽しかった」

「そうだ、エツィオ、一つ頼まれてくれないだろうか」

「なんなりと」

 

 エツィオが頷くと、ウェールズは目を瞑って言った。

 

「アンリエッタに、こう伝えてくれたまえ、ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと」

「必ずや、お伝えいたします。……殿下」

 

 エツィオはそう言うと、座の中心に戻ろうとしていたウェールズを呼びとめ、肩に手を置き、まっすぐに目を見つめた。

 

「我が心は貴方と共にある、お別れです、殿下、……いや、我が友よ」

「ありがとう、そしてさらばだ、友よ。最期にきみに出会えたこと、始祖に感謝する」

 

 その言葉を受けたウェールズは、うれしそうに微笑むと、エツィオに向き直り、手を差し出した。

 

「「栄光を!」」

 

 二人は、奇しくも同じ言葉を互いにかけあうと、硬く握手を交わす。

それからウェールズは再び座の中心へと向かい、エツィオはその場を後にすべく振り返り、ホールの出口へと歩き出した。

 

 

 エツィオは会場を後にし、あてがわれた部屋へ続く廊下を歩いていた。戦時中であるため、灯りは消されており、廊下は暗闇に包まれている。

 廊下の途中に、窓が開いていて、月が見えた。月を見て、一人、涙ぐんでいる少女がいた。長い、桃色がかかったブロンドの髪……。

ついと、ルイズが振り向いた。暗闇の中、佇んでいるエツィオに気づき、目頭をごしごしとぬぐった。

ぬぐったけど、ルイズの顔は再び、ふにゃっと崩れた。

 

「……」

 

 エツィオが無言で近づき、慰めるように指先でルイズの涙を拭いてやった。

するとルイズは、力が抜けたように、エツィオの体にもたれかかった。

 ルイズはエツィオの胸に顔を押し当てると、ごしごしと顔を押し付けた。

 ぎゅっと、エツィオの体を抱きしめる。エツィオは優しく、子供をあやすようにルイズの頭をなでた。

泣きながら、ルイズは言った。

 

「いやだわ……あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。

姫さまが逃げてって言っているのに……恋人が逃げてって言っているのに……、どうしてウェールズ殿下は死を選ぶの?」

「……愛しているからだ」

「……どういうこと?」

「姫殿下を、愛しているからこそ、彼は死を選んだ、それだけだ」

「愛しているって……だったら、どうして死を選ぶの? 恋人が逃げてって、言っているのよ?」

「愛する人の傍にいることが、必ずしも最良というわけではないんだ、それによって引き起こされる事も考えなくてはならない。きみにはまだ……難しいかな」

「あんたまで……そんなこと言うの?」

「すまないな」

 

 ルイズが寂しそうにぽつりと呟く。涙がぽろりと、ルイズの頬を伝った。

 

「やっぱりわたし、説得する。もう一度説得してみるわ」

「ダメだ」

「どうしてよ」

「彼らの決意は決して揺るがない、だからこそ俺は、彼らを笑顔で送り出した……それが彼らに対する礼儀だからだ」

「わかんない……ぜんぜんわかんないわ、愛しているから死ぬって……。

残される人の事なんて……なにも考えていないんだわ……。もうイヤ……トリステインに帰りたい」

 

 殿下の言葉を理解するには、今のルイズにとって難しい事だ、ならば無理に理解する必要もない。

そう考えたエツィオはルイズの体を優しく抱きしめると、優しくその頭を撫でた。

 

「……そうだな、今日は疲れただろう、もう休むといい。明日、一緒にトリステインに帰ろう」

「……うん」

「おやすみ、ルイズ」

「……おやすみなさい」

 

 ルイズは、ぐすっと鼻をすすり、涙をふくと、エツィオの胸から離れ、とぼとぼとあてがわれた部屋へと歩いてゆく。

そしてふと立ち止まると、ルイズは振り返り、エツィオを見つめる。 

 

「……エツィオ、あんたは……」

「ん?」

「あんたは、いなくならない……?」

「おや? それは一体どういう意味かな?」

 

 エツィオは肩を竦め、からかう様にニヤリと笑う。

 

「あっ、なっ、なんでもない! なんでもないの! おやすみ!」

 

 ルイズは、思わず口から出た言葉に赤面し、小走りに廊下を駆けてゆく。

その様子を見ていたエツィオは口元に優しい笑みを浮かべると、小さく呟いた。

 

「心配しなくとも……いきなり君の前から消えたりしないさ」

 

 ルイズを見送り、自分も部屋へと戻ろうとしたその時であった、不意に背後に人の気配を感じ振り向いた。

そこには、ワルドが立って、じっとエツィオを見つめている。

 

「なにか?」

「きみに言っておかねばならぬことがある」

 

 ワルドは冷たい声で言った。

 

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

 

 エツィオはぴくりと体を震わせた。今、結婚式と言ったか?

動揺を悟られぬように、声を押し殺し、冷静を装い訊ねる。

 

「こんな時にですか? ここで?」

「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕達は式を挙げる」

 

 エツィオは一瞬、ワルドの正気を疑った。ここにきて結婚式を挙げるとはあまりに急な話である。

ワルドとルイズは婚約者同士とはいえ、再会してまだ数日……片手で数えられるほどの時間しか経っていないのだ。

しかも、ここはすぐにでも戦場となる、そんなところで結婚とは無計画にもほどがある。

 

「ルイズはなんと?」

「彼女にはまだ伝えてはいない、追って伝えるつもりだ」

「お言葉ですが子爵殿、私は反対です、そんな事をしている暇は無い、すぐに脱出し、姫殿下に手紙を届けるべきです。

第一、式を挙げていたら、脱出の手段がなくなってしまいます、明日の朝に『イーグル』号は出発してしまうのですよ? どうやって脱出するおつもりなのですか?」

「使い魔君、きみの意見など聞いていない。それに、既に殿下の了承を頂いている、今さら取り消すわけにはいかぬ」

 

 ワルドはエツィオの反論をにべもなくはねつける。

 エツィオは心底呆れた表情でワルドを見つめた。この男は、こんな時に一体何を考えているのだ?

一瞬、殴りとばしたい気持ちに駆られたが、婚姻の媒酌を、勇敢なウェールズに頼みたいという気持ちも、まあ理解できたため、ぐっとこらえた。

ワルドはそんなエツィオをよそに淡々と続けた。

 

「きみにも式に出席してほしいが、君の言うとおり、船が出発する時間と重なってしまっている、

君が式に出席してしまうと、『イーグル』号で脱出できなくなってしまうんだ。だから君は明日の朝、すぐに出発したまえ。

私とルイズは式が済み次第、グリフォンで帰る」

「長い距離は飛べぬとお聞きしましたが」

「滑空するだけなら問題なくトリステインにまで辿りつける」

「そうですか……、わかりました、そうさせていただきます」

「きみとは明日、一旦ここでお別れとなるな。ルイズには、きみが先に『イーグル』号で帰還することを伝えておこう」

 

 ワルドはそう言うと、立ちつくすエツィオの横を通り、その場を後にしようとした。

 

「子爵殿」

「……何かな?」

 

 不意に後ろからエツィオに声をかけられる。その声にワルドが振り返ろうとした、その時だった。

 

「失礼」

「――なっ! ぐぉっ!?」

 

 瞬間、突如膝の力が抜け、不意に世界がひっくりかえった。

完全に虚を突かれたワルドはエツィオの足払いに全く反応出来ず、首を掴まれ、そのまま強かに床に叩きつけられる。

 

「おっ、おのれっ! なにを!」

 

 それでも、流石は魔法衛士隊の隊長、混乱しつつも、すぐに杖に手をかける。

しかしエツィオはそれを見越していたのか、ワルドの口を即座に塞ぎ、詠唱を強制的に中断させると、

次に杖を払いのけた、杖が乾いた音をたて、廊下の隅へと転がってゆく。

 たちまち床に組伏せられたワルドは、抵抗を試みる。だがそれはできないと言うことに、すぐに気がついた。

自分の首筋に、鈍い光を放つ何かが突きつけられている、エツィオの左腕、袖口から飛び出したそれは、『イーグル』号の船倉で見た、隠し短剣であった。

あと少し、エツィオが力を込めるだけで、この刃がたちまち自分の喉を切り裂くことは、容易に予想ができた。

せめてもと、エツィオを睨みつけるも、薄暗い廊下に、目深に被ったフードのおかげで、彼の表情は、全く読む事が出来なかった。

 

「今から手をどける、だが大声は出すな」

「……くっ、な、なんの真似だ……!」

 

 口を塞いでいた手がどけられる。

ワルドが緊張に顔を歪ませながら、呻くように呟いた。

エツィオはワルドの喉元に短剣を突きつけながら、静かに口を開いた。

 

「愛しているか?」

「な、何のことだ!」

「ルイズの事だ、お前は本当に、ルイズを愛しているのか?」

 

 声を荒げるワルドに対し、エツィオはどこまでも冷静な声で言った。

 

「と、当然だ! 愛しているに決まっているだろう!」

「なら今ここで誓え、ルイズを必ず幸せにすると」

「君も聞いただろう? 始祖に誓う愛は婚姻の際の誓いでなければならぬと、残念だが、今はできない……っ!」

 

 喉元に当てられた短剣に、僅かだが力が込められるのを感じる。

ワルドはごくりと唾を飲み込んだ。

 

「ならば始祖ではなく、俺に誓え」

「くっ……わ、わかった、誓う……、彼女を愛し、必ず幸せにする……」

 

 ワルドは呻くように言った。

 

「少しでも彼女を泣かせてみろ、俺はお前を、地の果てまでも追い詰め――」

「……ぐッ!」

 

 エツィオはそこまで言うと、凄まじい力で床に組みふせたワルドを引きずり起こし、そのまま壁に叩きつける、

喉に短剣を喰い込ませ、ワルドの目をまっすぐに睨みつけた。

 

「その首を切り裂いてやるからな」

 

 ふっ、と、エツィオの手から力が抜け、短剣が、左腕の鞘の中へと納まる。

ワルドの胸倉を掴んでいた手を離し、エツィオを数歩下がると、ワルドに深々と頭を下げた。

 

「大変、失礼をいたしました、子爵殿。……ですがこれも主人であるルイズを想うが為、どうかお許しを」

「全くだ、何を考えているのだ……」

 

 ワルドは、不愉快だと言わんばかりに、口元を拭い、衣服の乱れを直しながらエツィオを睨みつけた。

エツィオは床に転がったままのワルドの杖を拾い、恭しい手つきでそれを差し出した。

 

「……」

 

 ワルドはエツィオから差し出されたそれを、ひったくるように奪い取る。

エツィオは一礼し、踵を返すと、そのまま廊下の奥、暗闇の中へ溶けるように消えてゆく。

 

「フン……薄汚いアサシンめ……!」

 

 エツィオが消えた暗闇の奥を睨みつけ、ワルドは吐き捨てるように呟いた。


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