SERVANT'S CREED 0 -Lost sequence-   作:ペンローズ

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memory-10 「過去からの因縁」

 ルイズ達と別れたエツィオは、荷車に置きっぱなしのデルフリンガーを回収すべく、馬車へと戻っていた。

エツィオが荷車の中を覗き込むと、そこにはやはり、置き去りにされたデルフリンガーが転がっていた。

 デルフリンガーを鞘から引き抜くと、早速文句が飛んできた。

 

「おい相棒! 俺を忘れてどうすんだよ!」

「悪いな、こうでもしないと、彼女達から離れられなかった」

 

 エツィオはしれっとした表情で言った。

 

「おい、てことはなんだ? お前、まさかわざと置いて行ったってことか?」

「そうなるな」

 

 エツィオはそれだけ言うと、デルフリンガーを握り、来た道を走りだした。

左手のルーンが光り出し、同時に身体が羽根の様に軽くなる。

まるで一陣の風の様に、エツィオは森の中を駆け抜けた。

 エツィオに握られたデルフリンガーがカチカチと音を立て、彼に尋ねた。

 

「相棒、これからどうすんだ? フーケを見つけられんのか?」

「あぁ、フーケならとっくに見つけてる、後は機を待つだけだ」

「見つけた? どこにいるんだよ」

「……しっ!」

 

 エツィオはそれだけ言うと、急に立ち止まり、茂みの中に飛び込んだ。

そこに身を隠したまま、森の開けた場所に佇む一軒の廃屋を見つめた。

廃屋の前には、内部を偵察しようとしているタバサの姿が見えた。

やがてタバサは廃屋に異常がないことを確認したのか、頭の上で両腕を交差させる。

すると、もう一方の茂みの中から、ルイズとキュルケ、そしてミス・ロングビルの三人が姿を現し、恐る恐ると言った様子で廃屋へと近づいて行く。

 

「……しかし、ルイズ達がついてくるなんてな……お陰で予定が大幅に狂った」

 

 その様子を茂みの中から覗いていたエツィオが、ため息交じりに呟いた。

 

「予定? なんだよそりゃ」

「フーケを捕まえるしかなくなったってことさ」

「はぁ? じゃあどうするつもりだったんだ?」

「もちろん、口説くつもりだったのさ」

 

 エツィオはニヤリと笑うと、廃屋の周囲を警戒するミス・ロングビルを見つめた。

すると、ミス・ロングビルは、ルイズ達に、「周囲を偵察してきます」とだけ告げ、森の中へと入っていく。

それを確認すると、エツィオは極力物音を立てぬよう、ミス・ロングビルの後を追い始めた。

尾行を開始したエツィオに、デルフリンガーは小さな声で彼に尋ねた。

 

「口説くって……まさかフーケはあのロングビルって女なのか? さっきフーケは男だって……」

「男? 違うな、俺の"眼"はごまかせない、あの夜、一目見た瞬間フーケは女性だと確信したよ」

 

 エツィオは茂みの中でじっと息を殺し、『偵察』の割には急ぎ足で歩くロングビルを見つめた。

 

「じゃあなにか、お前は宝物庫にいた時から、あのロングビルって女の正体を見破っていたってことか」

「そうなるな、出来れば二人っきりでお話ししたくてこの計画を仕組んだんだけど……見ての通りさ」

「なんだよ、それじゃあ、こんなまどろっこしい真似しなくたって、馬車に乗った時にでもとっ捕まえりゃいい話じゃないか」

「それでもよかったんだけどな……。もしあの時、俺が彼女を問いただしたところで、ゴーレムを創り出して抵抗するか、

荷車の誰かを人質に取るかのどちらかだ、そしたら俺に勝ち目はないし、双方無事では済まされないだろう。

……ならどうするか、簡単さ、彼女がゴーレムを創り出し、注意がそれたところを押さえつける。血を流さずに済むなら、それが一番だ」

 

 エツィオはそう言うと、アサシンブレードを引き出す、左手のルーンが光り出し、身体が羽根の様に軽くなった。

 

「さて、おしゃべりは終わりだ。始まったぞ……」

 

 茂みの中に隠れたエツィオが、立ち止まり、杖を取り出したミス・ロングビルを睨みつけた。

ロングビルは、杖を手に呪文の詠唱を開始する。長い詠唱だった。

詠唱が完了すると、地面に向けて杖を振る。

ロングビルは妖艶な笑みを浮かべる、地面が音を立てて盛り上がる。

たちまち、地面から巨大なゴーレムが現れ、小屋へと向けて歩いていく。

やがて、ゴーレムを見たルイズの悲鳴が聞こえ……。見計らったかのようにタバサのウィンドドラゴンが、三人を救出し上空へと舞い上がるのが見えた。

 

「……最も信頼できる人間ってのは、同じ境遇の人間だ。そうは思わないか?」

 

 それを確認したエツィオは、小さく呟くと、茂みの中から飛び出した。

突然茂みから姿を現した白ローブの男……エツィオの姿を見たロングビルの表情が驚愕に歪む。

その瞬間、エツィオはまるで狩りをする大鷲のように、一足跳びにロングビルに飛びかかった。

驚くほどの跳躍力で、一気に距離を詰め襲いかかる。右手で肩を押さえつけ、左手で首を掴み押し倒す。

そのまま地面に組伏せ、同時にアサシンブレードを喉元に押し当てた。まさに電光石火の早業であった。

 

「杖を捨てろ、さもなくば神の名の下、喉を掻っ切る」

 

 何が起こったのかわからないとばかりに、目を白黒させるロングビルに対し、馬乗りになったエツィオは不敵な笑みを浮かべた。

 

「な、なに……? な、なんで……」

「言っただろう、疑っている、と」

 

 さらに脅迫するように、エツィオが喉に刃を食い込ませる。

やがて、ロングビルは観念したかのように、力なく杖を投げ捨てる。

すると、今まで暴れていたゴーレムがぴたりと動きを止め、崩れ落ちていくのが見えた。

 

「いい子だ」

 

 エツィオは口の端をあげると、即座にロングビルの鳩尾に拳を叩きこんだ。

くぐもり声をあげたロングビルはそのまま意識を手放した。

 

 

 ドラゴンの背から地面に降りたルイズ達は、ただ茫然と土の小山を見つめていた。

 

「やぁ、待たせてすまないな」

 

 その声に三人がはっと振り向く、すると、肩にミス・ロングビルを担いだエツィオが茂みの中から姿を現した。

 

「エツィオ! あんた何をしたの!」

「この通り、フーケを捕まえてきたのさ」

 

 ルイズがそう尋ねると、エツィオはいたずらっぽくウィンクし、肩に担いだロングビルに視線を送った。

 

「ミス・ロングビル……! うそ……それじゃあフーケは……」

「あぁ、彼女が土くれのフーケだ」

 

 ルイズ、キュルケ、タバサの三人は顔を見合わせると、エツィオに駆け寄った。

 

「なるほどね、わたしたちはあんたの手のひらの上で踊らされてた、ってワケね」

「そう怒らないでくれよ、他に方法が無かったんだ」

 

 学院に戻る馬車の上で、エツィオから説明を受けたルイズはつまらなそうに呟いた。

そんなルイズを御者台から宥めながらエツィオは言った。

 

「そのために、一瞬とはいえ、君たちを危険にさらしてしまった、済まないと思ってるよ」

「タバサがドラゴンを使ってわたし達を助けるのもあんたの計画だったの?」

「あぁ、君達の中で、実戦経験があるのはタバサだと聞いたんでね、使い魔も空を飛べるドラゴン。だから彼女に頼むことにしたんだ。

ありがとうタバサ、君のおかげだ」

「でも凄いのはエツィオよ。さすがあたしのダーリンね! こんなにも鮮やかにフーケを捕まえるなんて!」

 

 キュルケは荷台から身を乗り出し、御者台に座るエツィオを後ろから抱き締める。

 

「なに、全ては君達あってこそさ」

 

 エツィオは、そう言うと、懐からタバサから受け取った『真理の書』を取り出した。

 

「しかし、これは一体何の本なんだ? 『真理の書』と言うからには、さぞかし価値のある書物なんだろうけど……」

 

 御者台でエツィオが『真理の書』を広げると、三人は興味津々とうしろからそれを覗きこんだ。

後ろから『真理の書』を覗きこんでいたタバサは首を傾げ、小さく呟いた。

 

「古代文字」

「読めるか?」

 

 エツィオはタバサにそれを手渡す、しばらくタバサはそれをじっと見つめていたが、やがて小さく首を振り、エツィオに手渡した。

 

「解読できない、おそらく暗号で書かれてる」

「そうか……、ま、きっと歴史的な書物なんだろう」

 

 エツィオが興味なさげに呟いた。三人も興味がなくなったのか、荷台に戻り、腰を下ろした。

エツィオが適当に『真理の書』の頁をめくる、すると、その手はあるページでピタリと止まった。

 

「これは……」

 

 驚いたように小さく呟き、左手の手甲に刻まれたレリーフと、その頁の挿絵を真剣な表情で見比べ始める。

手甲に刻まれているのは、アルファベットのAに似た、特徴的な紋章。それは、『真理の書』の挿絵にあるものと同じであった。

 

「(アサシンの紋章……なぜ……)」

 

 誰にも聞こえぬよう、小さく呟くと、『真理の書』を再び懐の中にしまいこんだ。

 

 

学院長室で、オスマン氏は戻った四人の報告を聞いていた。

 

「ふむ……。ミス・ロングビルが『土くれ』のフーケじゃったとはな……。美人だったもので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」

「いったい、どこで採用されたんですか?」

 

 隣に控えたコルベールが尋ねた。

 

「街の居酒屋じゃ。私が客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」

「で?」

 

 コルベールが促した。オスマン氏は照れたように告白した。

 

「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないか、と言ってしまった」

「なんで?」

 

 理解できないといった口調でコルベールが尋ねた。

 

「カァーッ!」

 

 オスマン氏は目をむいて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力だった。それからこほんと咳をして、真顔になった。

 

「おまけに魔法も使えるというもんでな」

「死んだほうがいいのでは?」

 

 コルベールがぼそっと言った。オスマン氏は軽く咳払いすると、コルベールに向き直り重々しい口調で言った。

 

「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想良く酒を勧める。

魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」

「それについては同感です、美人はそれだけで魔法使いだ」

「そのとおりじゃ! 若き大鷲よ! 君は実に話がわかるのう! あの男とは大違いじゃ!」

 

 エツィオがその意見に同意すると、オスマン氏は心底うれしそうな表情で笑いだした。

そんな二人の様子をルイズとキュルケ、タバサの三人はあきれ果てた様子で見つめていた。

生徒たちの冷たい視線に気づき、オスマン氏は照れたように咳払いをすると、厳しい顔つきをしてみせた。

 

「さてと、君達はよくぞフーケを捕まえ、『真理の書』を取り返してきてくれた」

 

 誇らしげに、エツィオを除いた三人が礼をした。

 

「フーケは、城の衛士に引き渡した。そして『真理の書』もこの通り、一件落着じゃ」

 

 オスマン氏は労う様に、一人づつ三人の頭を撫でた。

 

「君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。

と言っても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

 

 三人の顔が、ぱあっと輝いた。

 

「ほんとうですか?」

 

 キュルケが、驚いた顔で言った。

 

「ほんとじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたのだからな」

 

 ルイズは、先ほどから深刻そうな表情で立っているエツィオを見つめた。

 

「オールド・オスマン。エツィオには何もないんですか?」

「残念ながら、彼は貴族ではない」

「でも……」

 

 ルイズは言葉に詰まった。フーケを捕まえたのは、他ならぬ彼である。正直、自分達がなにかしたわけではない。

しかし、エツィオは言った。

 

「結構、私には必要ありません。全ては彼女達のおかげです」

 

 オスマン氏は大きく頷くと、ぽんぽんと手を打った。

 

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり『真理の書』も戻ってきたし、予定通り執り行う」

 

 キュルケの顔が、ぱっと輝いた。

 

「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 

 三人は、礼をするとドアに向かった。

 ルイズはエツィオをちらと見つめた。そして、立ち止まる。

 

「すまない、先に行ってくれ。オスマン殿……すこしお話を、よろしいですか?」

 

 いつにない真剣な表情でエツィオが言った。

ルイズは心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行った。

 三人の退出を確認すると、オスマン氏はエツィオに向き直った。

 

「さて、話とは何かな? 若き『アサシン』よ」

「……っ! ……何の話でしょうか」

 

 その言葉に、エツィオの目が鋭くなる。

オスマンの言葉を否定しつつも、悟られぬようにマントの下で左手のアサシンブレードを引き出した。

 

「おっと、その剣を納めてくれるかの、安心しなさい、私は『テンプル騎士団』ではない」

「……」

 

 そのエツィオの行動を見越していたのか、オスマン氏は、諭すようにエツィオに語りかけた。

……見抜かれた。エツィオは一瞬、その言葉を信ずるべきか迷ったが、

傍にコルベールも控えている状況を見て、エツィオは彼らに見えるようマントの下から左手を出すと、アサシンブレードを手甲の中に収めた。

 

「失礼を……」

「よい。事情を先に説明しなかった私にも非はある。なるほど、その反応だと、未だ終わっていないようじゃな……」

 

 オスマン氏は、大きく息を吐くと、椅子に腰かけた。

 

「貴方は一体……?」

「君の味方にして、遠き友だよ、若きアサシン」

 

 オスマン氏はそう言うと、『真理の書』を机の上に置いた。

 

「君の言いたいことはわかっておる、この『真理の書』についてじゃな」

「はい、その書物は一体? なぜその書物にアサシンの紋章があるのですか?」

「うむ、その『真理の書』はな、さる人物の手記じゃ」

「手記……ですか?」

「そう、そして記した人物の名は……」

 

 オスマン氏は一旦言葉を切り、エツィオをじっと見つめた。

まるでその人物を思い出しているかのような、遠い目だった。

 

「アルタイル」

「アルタイル! そんな! しかしこれは!」

「知っておるのかな? アルタイルを」

 

 その言葉を聞いたエツィオの目が驚愕に見開かれる。

思いがけず現れた、伝説のアサシンの名。

三百年前、十字軍、イスラム軍を相手に戦い、テンプル騎士団の野望を阻止した偉大なるアサシン。

エツィオはオスマン氏の問いに絞り出すような声で答えた。

 

「アルタイル……、伝説のアサシン……」

 

 

 オスマン氏は、うむ、と大きく頷いた。

エツィオはオスマン氏に尋ねた。

 

「失礼ですが、何故アルタイルの事を御存じなのですか? 彼が記した書物が、なぜここに?」

「アルタイルは、私の無二の友であり、師でもある、命の恩人じゃ」

「恩人? どういうことですか? アルタイルは二世紀以上も前の人物だ、その話だと、あなたは……その……」

「まぁそういうことじゃ。細かいことは詮索するでない、なにせアルタイルに殴られたのじゃからな……今でもたまに痛むんじゃよ?」

 

 オスマン氏は顔をしかめると、左の頬を撫でた。

そして遠い昔を思い出すかのように、目を細めた。

 

「あれは……もう何年前だったかの、私がまだ若い頃……森の中でワイバーンに襲われての。

未熟だった私は、不覚にも杖を落としてしまった、絶体絶命のその時、フードを被った男が助けてくれたのじゃよ。

その男は、怒れるワイバーンに臆することなく立ち向かい、なんとか打ち倒したのじゃ」

「それで……どうなったのですか?」

「助けてくれたのはいいものの、彼はワイバーンとの戦いで手傷を負ってしまっての。

そこで、命を救ってくれたせめてもの礼に彼を介抱したのじゃ。それからじゃ、彼との付き合いが始まったのは」

 

 オスマン氏は昔を懐かしむように続けた。

 

「彼はアルタイルと名乗ってくれた、変わった男でな、無口で無愛想かと思いきや、誰よりも人々のことを考えておったよ。

彼は今の私でも及ばぬくらい、多くの知識を身につけておっての。その知識に興味を引かれた私は、一時期彼と行動を共にしていたのじゃ。

その『真理の書』は、その時に彼が書き溜めていた手記というわけじゃな」

「なるほど……では何故、彼はその場に居合わせたのでしょう、私が知る限り、アルタイルはマシャフを中心に活動していたはずだ」

「うむ、これは君にとっても重要な事なのじゃが……彼はこことは異なる、別の世界から来たのじゃよ」

「別の世界? あの……おっしゃる意味がよく……」

 

 理解できない、といった表情でエツィオが首を傾げた。

しかしオスマン氏は首を横に振った。

 

「そうじゃろうな、しかし事実じゃ。彼はこの世界とは全く別の、異なる世界の住人じゃ」

「御冗談を……」

「すまぬが、冗談ではないのだ。私も最初信じることはできなかった、別の世界など世迷いごとだと。……しかし、私はアレに触れてしまった。あの禁断の果実に。

アレが"真実"そのものを教えてくれたよ。このハルケギニアに、彼がいたマシャフも、君の暮らす国も、ましてや君の知る国すら存在しない。

もっと言おう、この世界には『キリスト』も『イスラム』の教えも存在しない、無論、君の敵である『テンプル騎士団』もな」

「嘘だ! そんな馬鹿な話が!」

「落ち着きなさい、話はここからじゃ」

 

 取り乱したエツィオを諌めるように、オスマン氏が言った。

その厳しい口調に、エツィオも思わず押し黙り、椅子に腰かけた。

 

「ぐっ……、失礼……」

「取り乱す気持ちは、わからんでもない、しかし忍耐を学ぶべきじゃな、若きアサシンよ」

 

 オスマン氏は柔和な笑みを浮かべ、エツィオを見つめた。

 

「さて……まず確認じゃが、君はミス・ヴァリエールの召喚によってこの世界に来たのじゃったな」

「……その通りです、しかし、俺はここを別大陸かなにかとばかり……。では彼はどうやってこの世界に?」

「そう思うことは仕方のないことじゃ。して、アルタイルがこの世界に来た理由じゃが、彼は、『リンゴ』の力の暴走だと言っていたよ。

なんでも、調査、研究中に起きた思いがけぬ事故だと」

「『リンゴ』……『エデンの果実』?」

「うむ、望む者にあらゆる叡智を授け、見返りに絶対の服従を求める、忌むべき禁断の果実。彼はそう言った。

そしてこれこそが、『アサシン』と『テンプル騎士団』の長年にわたる因縁だと」

「はい……その通りです」

「うむ、事実、その通りだった、アレは人が手にしてよいものではない。

その忌むべき『リンゴ』が、アルタイルをこの世界に導き、全ての答えを与えた……皮肉な話じゃな……」

 

 オスマン氏は小さくため息をついた。

 

「して、ここからが重要なことじゃが、結論から言おう、アルタイルは元いた世界に無事帰還することができた。君のいた世界にじゃな」

「戻れた? 彼は元いた場所へ戻れたのですか! しかし……なぜそう言えるのです?」

 

 エツィオは思わず身を乗り出した。

 

「うむ、その瞬間を見届けたのじゃよ、彼が『リンゴ』を使い、元の世界に帰還するその瞬間をな」

「なるほど……! では、私はフィレンツェに! イタリアに戻れるのですね!」

「そう言うことになる、無論、そのために『エデンの果実』が必要になるじゃろうがな。

彼は元々果実を所持していた。当初は使うことをためらっていたようじゃったが、やはり、背に腹は代えられなかったようじゃな」

「あっ……」

 

 その言葉に、エツィオは冷静さを取り戻す、そうだ、アルタイルは『エデンの果実』の力を使いこの世界に来たのだ。

ならば戻るにも『果実』が必要と言うことになる。エツィオはがっくりと肩を落とした。

そんなエツィオを見て、オスマン氏は宥めるように言った。

 

「まぁ、そう落ち込むでない、彼はこうも言っておった、『エデンの果実』はこの世界にも存在すると。

同様に、この空に輝く幾千の星々の中にも存在する可能性があるとな」

「果実が……この世界にも……」

 

 オスマン氏はそう言うと、『真理の書』の表紙を大事そうに撫でた。

 

「あるいは、この『真理の書』になにか手掛かりが書かれているかもしれぬな。どうかな? よければこちらで解読してみようと思うのだが」

「よいのですか?」

 

 今まで黙って話を聞いていたコルベールが、オスマン氏に尋ねる。

今まで門外不出であり、閲覧を禁止されていた書物である。

オスマン氏は髭を撫で、大きく頷いた。

 

「よい、師の遺志を継ぐものが現れたのじゃ。とはいえ、私も最近老眼での、よければミスタ・コルベール、君に頼みたいのだが」

「私、ですか?」

「うむ、なんのために君をここに呼んだと思っておる、君を見込んでの頼みだ、どうか彼の力になってくれないか?」

「……わかりました、私でよければ、解読いたしましょう」

「感謝します、コルベール殿」

 

 エツィオが深々とコルベールに頭を下げる、するとコルベールが慌てたように手を振った。

 

「やや、良いのです、実は、私もこの書物には大変興味がありましてな! 是非一度、読ませていただきたいと常々……」

「ミスタ・コルベール」

「ははっ!」

 

 熱が入ったコルベールをオスマン氏が静かな声で窘める。

そして、まっすぐにコルベールを見つめ、オスマン氏が言った。

 

「よいかな、ミスタ、この書物は三百年前に書かれたものだ、そのこと、よく心に銘じて解読をすすめるのじゃぞ」

「は、はい、わかりました。しかしオスマン殿、なぜそのようなことを?」

「なに、解読してみれば自ずとわかることじゃ。それと、解読した内容と、この話は、この三人以外には他言無用で頼むぞ。

下手すると異端に問われる可能性もあるからの」

 

 そう言うと、オスマン氏はソファに深く腰掛けるとコルベールに『真理の書』を手渡した。

コルベールは、神妙な面持ちでそれを受け取った。

エツィオは深々と頭を下げると、なにか引っかかるものがあるのか、首を傾げた。

 

「お力添え、感謝いたします、オスマン殿。……ところで、なぜアルタイルはわざわざこの世界の古代文字を使ってこの書物を記したのでしょうか。

ただの手記ならば、一々古代文字で書くと言う手間などしないと思うのですが」

「うむ、これは推測じゃが、彼は君がこの世界に来ることを予期していたのじゃろう」

「アルタイルが? なぜそう思うのです?」

「彼がこの世界を去る時、私に一つの予言を残したのじゃよ、『世が乱れし時、若き大鷲が現れる』、とな。

……おそらくはリンゴの力によるものじゃろう、彼の話では未来の予見すら可能だと言っていたからの……。

故に、彼は自国の言語を用いず、我々に解読できるようこの世界の古代文字を使ったやもしれぬな、全ては……再びここに訪れた、若きアサシンのために」

「なるほど……だとすれば、過去からの贈り物に感謝しなくてはなりませんね。それともう一つ、お聞きしたいことがあります」

 

 エツィオはそう言うと、左手を差しだした。

オスマン氏はその手を掴むとそこに刻まれたルーンをまじまじと見つめた。

 

「この文字は一体……これが光ると、なぜか身体が軽くなるのです」

「……これなら知っておる、ガンダールヴの印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」

「伝説の?」

「そうじゃ、その伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなしたそうじゃ」

 

 エツィオは、首を傾げた。

 

「なぜ私が伝説の使い魔に?」

「わからん」

 

 オスマン氏はきっぱりと言った。

 

「そうですか……」

「すまんの、ただ、アルタイルの予言の事もある、そのガンダールヴの印は、それと何か関係しているのかもしれん」

「なるほど……これもまた、過去からの贈り物、というワケですか……、全く、私は随分伝説に縁があるようだ」

 

 エツィオは苦笑しながらため息をついた。

 

「こちらでも、いろいろと調べてみよう。君も、いつでもここに尋ねてきてもかまわんよ」

 

 オスマン氏はそう言うと、ソファから立ち上がり、エツィオを抱きしめた。

 

「よくぞ、よくぞ我が友の書物を取り返してくれた。改めて礼を言おう」

「とんでもない」

「お主が元の世界に戻れるよう、全面的に協力しよう、私にできる事があれば、なんでも言ってくれてかまわん。

心配しなさるな、必ず元の世界に戻る方法はある、アルタイルという前例があるからの」

「何から何まで……ご協力を感謝いたします、オスマン殿」

「……若きアサシンよ、君達アサシンとテンプル騎士団の深き因縁はアルタイルから聞き及んでおる。

正直に言うとな、私はどちらが正義なのか、今でもわかりかねておる、君らの戦いはもはや、善悪の彼方だ、

君達には君達の信ずる正義があり、騎士団には騎士団なりの正義があるのだろう。

だが、私は君の味方だ。それだけは変わらぬ真実じゃ」

「はい、ありがとうございます」

「うむ。それとな、一つ頼みがあるのだが。聞いてもらえるかの?」

「なんでしょう、私にできることなら」

「お主がミス・ヴァリエールに召喚された事にも、きっと理由がある、元の世界に戻るまででかまわん、その時までどうか、彼女の力になってくれぬか?」

「無論、そのつもりです」

 

 エツィオは口元に笑みを浮かべ、即答する。

オスマン氏は満足そうに頷くと、ぽん、と手を叩いた。

 

「さて、先も申したが、今夜はフリッグの舞踏会じゃ、お主も楽しんでくるがよかろう」

「そうさせていただきます、では……。またお話が聞ける日を楽しみにしています」

 

 エツィオは一礼すると、踵を返し、ドアへと向かう。

そして、ふと思い出したかのように振り返った。

 

「つかぬ事をお伺いしますが……ミス・ロングビル……いや、フーケは、どうなるのでしょう」

 

 その問いにオスマン氏は深いため息をついた。

 

「今頃はチェルノボーグ監獄じゃな……残念じゃが、アレだけのことをしたのじゃ、縛り首は免れんだろう……」

「そうですか……残念です……。では、またいずれ……」

「うむ、また会おう、若き大鷲よ。君の刃に幸運が宿らんことを」

 

 学院長室から退出したエツィオは、フリッグの舞踏会が行われているであろう食堂へ向け、一人歩いていた。

窓から差し込む巨大な二つの月の光が、彼を照らしだす。

その光に目を細めながら、エツィオは二つの月を見上げた。

 

「異世界……か」

 

 エツィオは小さく呟くと、力なく項垂れた。

あまりに飛躍した話ではあるが、エツィオは不思議とその事実を受け入れつつあった。

二つの月、魔法、ドラゴンをはじめとする不思議な生物、既に見慣れた今では、別の世界だと言われれば、妙に納得できてしまう。

ため息をつきながら、背中のデルフリンガーを手に取る、エツィオは鞘から少し引き抜くと、剣に話しかけた。

 

「なぁ、聞いたか? 俺はこの世界の人間じゃないらしいぞ」

「聞いてたよ、らしいな」

「それだけか? 随分冷たいんだな、お前は」

「それだけってなぁ、じゃあなんて言えばいいんだよ」

 

 少々冷たい反応にエツィオが苦笑する、するとデルフリンガーはカチカチと音を立てながら言った。

 

「俺には、相棒がどんな人間なのかってのは、あまり関係ないからな、重要なのは俺を使ってくれるかどうかさ」

「それもそうだな……」

「ま、あの娘っ子に召喚されたのも何かの縁だ、ならせめて、もとの世界に戻るまではせいぜい楽しんだらいいんじゃないか?」

「楽しむ……か、それもアリか……可愛い女の子もいるしな」

 

 その言葉に、エツィオはニヤリと笑うと、デルフリンガーを鞘に納める。

異世界とはいえ、戻れないわけではないのだ、エデンの果実がこの世界にもあるならば、戻れる可能性は大幅に上がる。

事実、アルタイルは元いた世界に戻れたと言う話ではないか。

……もうすぐ『アルヴィーズ』の食堂だ、辛気臭い表情のままパーティ会場に足を踏み入れるわけにはいかない。

女の子がたくさんいるならなおさらである。今は不安を忘れ、楽しむのも悪くは無い。

そう考えたエツィオは、簡単に身なりを整えると、パーティ会場である『アルヴィーズ』の食堂へと足を踏み入れていった。

 

 『アルヴィーズ』の食堂の上は大きなホールになっている、『フリッグの舞踏会』は、そこで行われていた。

着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。

エツィオが、外からバルコニーに続く階段から昇ってくると、それを見つけたキュルケが走り寄ってきた。

 

「ダーリーンっ!」

「おっと! ははっ、楽しんでるみたいだな、キュルケ」

 

 近寄るなり胸に飛び込んできたキュルケを優しく抱きとめ、エツィオは笑った。

綺麗なドレスに身を包んだキュルケは甘えるようにエツィオと唇を重ねる。

 

「遅かったじゃないエツィオ、パーティはもう始まっていてよ?」

「あぁ、オスマン殿との話が長引いてしまってね……。ルイズはまだ来てないのか?」

 

 エツィオは周囲を見渡すと、ルイズの姿を探した。

いつもなら怒鳴りながら間に割ってくるはずなのに……。

するとキュルケは、つまらなそうに唇を尖らせた。

 

「あの子ならまだ来てないわ……ねぇ、ルイズなんて放っておいて、一緒に踊ってくださらない? これから舞踏会が始まるの」

「そうか……それは楽しみだ、それじゃ、また後でな」

 

 エツィオは優雅に頬笑むと、キュルケと別れ、パーティ会場へと足を踏み入れた。

パーティなど何年振りだろうか、そんな事を考えながら、辺りを見渡す。

すると、そんなエツィオを見つけたのか、ギーシュが大きく手を振った。

 

「エツィオ!」

「よう、ギーシュ! なんだ、もう出来あがってるのか?」

 

 テーブルで豪華な料理を囲みながら、友人達と談笑していたギーシュに、エツィオが近づいていく。

 

「やぁ、丁度いいところに来たな、今暇かい? よかったら彼らにも君の話を聞かせてやってくれよ!」

「なんだよ、まだ聞き足りないのか?」

 

 ギーシュが空いた椅子を引き、エツィオに話の輪に加わるように薦める。

エツィオは快く頷くと背中のデルフリンガーをテーブルに立て懸け、椅子に腰かけた。

 

「うーん、それじゃあ何から話してやろうか」

「おお? なんだよ、何か面白い話があるっていうのか?」

 

 その言葉に食い付いたギーシュの友人が、エツィオの話に耳を傾けるべく、近くに寄ってくる。

しばらく考えていたエツィオだったが、やがて思いついたのか膝を叩き話を始めた。

 

「そうだな、夜中に女の子の部屋に忍び込んだ時の話なんだが……」

「おぉっ、いきなりだな……」

 

 集まった男子生徒達は興味津々とエツィオの話に耳を傾ける。

そしてややあって、男子生徒の集まったテーブルは、爆笑の渦に包まれた。

 

「一晩中愛し合っていたら、朝が来てしまってな、一緒に寝てるところを、彼女の父親に見られたんだ」

「うわっ……、そ、それでどうなったんだ?」

「もう彼女の親父はカンッカンさ、俺の顔を見るなり、殺してやる! ってな。

窓から飛び降りて逃げたはいいが、今度は衛兵呼ばれてな、捕まったら打ち首さ、だから必死で逃げ回ったよ」

「壮絶……だね……」

「こんなものまだ序の口さ」

「おおっ……まだあるのか! っと、そろそろかな?」

 

 エツィオの話に、身を乗り出したギーシュ達であったが……、

ふと何かに気が付いたのか、周囲にいた男子生徒達は、いそいそと身だしなみを整え始めた。

その様子を見ていたエツィオはギーシュに尋ねてみる。

 

「ん? どうしたんだ?」

「あぁ、これから舞踏会が始まるんだ、君も、目当ての女の子がいるなら、ダンスを申し込む準備をしておくべきだよ」

 

 なるほど、にわかに身だしなみを整え始めたのはそれが理由か、と納得する。

そして、もう一度ギーシュの裾を引っ張ると、エツィオはギーシュにしか聞こえぬよう小声で尋ねた。

 

「なぁギーシュ、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

「ん? なんだい?」

「実は…………なんだが、知らないか?」

「ん? なんだってそんなとこ……まぁいいか。えぇっと確か……そこは…………だな」

「わかった、ありがとう、友よ」

「いいさ、そんなことくらい、面白い話をしてくれたお礼だよ。さ、そろそろ舞踏会が始まるぞ」

 

 ギーシュがそう言った丁度その時、ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現した。

門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げた。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~り~~~~!」

「公爵? 彼女、公爵家の出だったのか……」

 

 それを聞いたエツィオは少々驚いたように目を丸めた。道理で……、とエツィオはルイズを見つめた。

ルイズは、長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、純白のパーティドレスに身を包んでいた。

肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをさらに演出し、引き立てる。

胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石の様に輝かせている。

 主役が全員そろったことを確認した楽師達が、小さく流れるように音楽を奏で始めた。

ルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男達が群がり、盛んにダンスを申し込んでいた。

今までゼロのルイズとからかっていたノーマークの女の子の美貌に気付き、いち早く唾をつけておこうと言う魂胆だろう。

ホールでは、貴族たちが優雅にダンスを踊り始めた。しかしルイズは誰の誘いをも断ると、

テーブルでワインを傾けているエツィオに気付き、近寄ってきた

 

「やぁ、シニョリーナ。今夜は一段とお美しくていらっしゃる」

 

 エツィオは口元に笑みを浮かべると、グラスを掲げてウィンクする。

相変わらずの使い魔にルイズは小さくため息をつくと、腰に手をやって、首を傾げた。

 

「楽しんでるようね」

「そうかな? 君がいないパーティなんて味気ないものさ、ようやく始まったってところかな?」

 

 エツィオは一気にグラスの中のワインを傾けると、テーブルに置いた。

すると、テーブルに立てかけていたデルフリンガーがルイズに気付き、「おお、馬子にも衣装じゃねぇか」と笑った。

 

「うるさいわね」

 

 ルイズは剣を睨むと、腕を組んで首を傾げた。

 

「踊らないのか?」

 

 エツィオはどことなく意地悪そうな表情でルイズに尋ねる。

 

「相手がいないのよ」

 

 ルイズは手を広げた。

 

「それもそうか、君の美しさに釣り合える男なんて、この学院にはいないからな、……たった一人を除いてはな」

「へぇ、それは誰なのかしら?」

「それは君が一番よく知っているはずさ」

 

 エツィオは笑いながら言った。ルイズは答えずにすっと手を差し伸べた。

 

「おや?」

「踊ってあげても、よくってよ」

 

 目を逸らし、ルイズはちょっと照れたように言った。

エツィオはニヤリと笑うと、意地悪な笑みを浮かべて言った。

 

「正解だ、だけど、誘い方がなってないな、もっと他に言うことは無いのか?」

 

 彼女が自分をダンスのパートナーに指名するためにここに来たのはわかりきっている。

だがエツィオはあえてルイズをからかってみる。

するとルイズは、ため息をついた。

 

「今日だけだからね」

 

 ルイズはドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げてエツィオに一礼した。

 

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

 

 そう言って顔を赤らめるルイズを見て、エツィオは頬笑み、立ち上がる。

そして優雅に腰を折り、ルイズの手を取った。

 

「わたくしでよろしければ、シニョリーナ」

 

 二人は並んでホールへと向かった。

 

「あんた、本当になんでもできるのね」

 

 ダンスを踊りながら、ルイズが感心したように言った。

相変わらず腹が立つくらい器用な男である。

エスコート、乗馬に続き、エツィオのダンスは文句のつけどころがないほど洗練されていた。

 

「まぁな、見直したか?」

「その軽口さえ治ればね」

「おっと……これは手厳しい」

 

 ルイズがステップを踏みながら澄ました顔で言った。

 

「でも、今日だけは許してあげる」

 

 ルイズは軽やかにステップを踏みながらそう呟き、少し俯く。

 

「ねぇ、帰りたい? その……イタリアに」

「……二年前の、何も知らない俺なら、迷わずここにいるって言っただろうな……」

「それって……」

「俺は戻る、イタリアに。それがいつになるのはわからない、でも、それでも、俺には果たさなくてはならないことがあるんだ」

 

 真剣な表情でそう言い切ったエツィオを見たルイズは、「そうよね……」と呟き、しばらく無言で踊り続けた。

しばらくそうやってステップを踏んでいると、不意にエツィオが口を開いた。

 

「……すまないルイズ、君といられる時間は永遠じゃない、だけど、俺が戻るその時までは、君の使い魔でいることを誓うよ」

 

 その言葉を聞いたルイズはちょっと顔を赤らめると、エツィオの顔から目を逸らした。

そして、思い切ったように口を開く。

 

「ありがとう」

 

 ルイズが礼など言ったのでエツィオは少しだけ驚いたような表情になった。

 

「なによその顔」

「あっ、いや、君から礼を言われるなんて思わなかった」

「い、言う時は言うわよ!」

 

 ちょっと怒った風に口をとがらせるルイズを見て、エツィオは笑いかける。

 

「ははっ、君からそんな言葉が聴けるなんてな、他の女の子の誘いを断ってきた甲斐があったよ」

「ばか……」

 

 楽士達が、テンポのいい曲を奏で出した。二人は曲調に合わせステップを踏んでいく。

……自分はイタリアに戻らなくてはならない、だがそれまでの間は、彼女の使い魔でいる事も悪くは無い。

復讐を忘れるつもりはない、しかし彼女といる間だけは、せめて素敵な日々を楽しもう、いつか訪れる、別れの日まで。

 

「なに、当然のことさ」

「……何が?」

「君の使い魔でいるってことがさ、これからもよろしくな、ご主人様」

 

 エツィオはそう言うと、ルイズに笑いかけた。


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