追想 ‐少女と花畑の妖怪‐【完結】   作:鷹崎亜魅夜

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 永遠の二番手は扱いやすい。
 ではどうぞ。


第三話

 翌日、幽香は少女と共に炎天下の中を歩いていた。

 

「おねいちゃん、どこに行くの?」

「黙ってついて来なさい」

 

 昨日は幽香がズカズカと進むだけだったが、今日は違った。

 幽香は少女の手を引きながら歩いているのだ。

 

(全く、あんな話を聞かされたから、変な情が移っちゃったじゃない……)

 

 ちらり、と隣を歩く少女を見下ろす。

 この少女の残る命は僅かに五日。せめてその間だけは面倒を見ようと思ったのだ。少女が死んだら一時は喪失感を感じるだろうが、すぐに治まるだろうとも思った。

 幽香は日傘をさし、少女は麦わら帽子を被っている。少しでも太陽熱から身を守るためだ。

 少し歩いていると珍しい人物と遭遇した。

 

「あら、珍しいですね――珍しいですね!?」

 

 わざわざ言いなおしてきたのは守矢の巫女の東風谷早苗と呼ばれる少女だ。幽香よりも鮮やかな緑色の髪に、巫女装束を身に纏っている。早苗の視線は幽香と少女の間を行ったり来たりしていた。

 

「うるさいわね、静かにしなさい。だから所詮は永遠の二番手なのよ」

「なんの話ですか!? しかも永遠の二番手!?」

 

 ガーンッとショックを受けているようだが、そんなことはどうでも良い。

 

「そんな事よりも!」

 

 ビシッ、と早苗は幽香が手を引いている少女を指差す。

 

「まさか人里から誘拐したんですか!? いけません! そんな非道、この守矢神社の巫女・東風谷早苗の目が黒い内は許しませんよ!?」

「アンタの目ぇ別に黒くないじゃない」

「……」

 

 早苗は「こほん」と咳払いをすると

 

「とにかく退治します! ていやーっ」

 

 

 やせいの さなえが とびだしてきた

 

 

 弾幕でもぶっ放して黒焦げにしてやろうかと思ったが「だめぇぇええっ」と少女がその小さな体を精一杯広げながら幽香と早苗の間に割って入った。

 

「へっ!? やだ、止まらな――」

 

 勢いがついてしまったらしい早苗は急には止まれないようだ。幽香は少女を突き飛ばそうとしたがすぐに却下した。この少女は「遥かに弱い」のだ。かと言って、抱き抱えて飛び退こうにも、何かの拍子でとんでもないことになるかもしれない。

 

「先に言っておくわよ――歯ぁ食いしばりなさい」

「あべしぇっ!?」

 

 幽香は持っていた日傘で早苗の顔面をぶっ叩いた。お陰で軌道修正することができ、早苗はごろごろ転がりながら木に激突した。

 

「……ふぅ」

 

 ここ最近のストレスも発散できた気がしてスッキリした。

 

「おねいちゃん、だいじょーぶなの?」

 

 心配した様子の少女が問いかけて来る。

 

「いきなり襲いかかって来る非常識な人間はぶっ飛ばしていいのよ」

「『幻想郷』では常識に囚われてはいけないんです!」

 

 がばっ、と起き上がった早苗に少女が肩をすくませて驚く。

 

「何をするんですか幽香さん! 乙女の顔を殴るなんて、アナタの方が遥かに非常識ですよ!? ミラクルフルーツをお見舞いしますよ!?」

「黙りなさい、腋巫女二号」

「腋巫女二号!?」

 

 ズガンッ、とショックを受ける早苗を見て幽香はため息を吐いた。

 

「妖怪の山の巫女がこんな所をふらふら出歩いて何してんのよ」

「私は守矢神社の巫女であり、諏訪子様の血を引く者であり、軍神・神奈子様から栄えある風祝の位を承った由緒正しきJKです」

「じぇいけい? なにそれ」

 

 この少女は『外』からやって来たらしい。そのため、『外』の言語を時々使うので、幽香を始めとする『幻想郷』住人からすれば異界の言葉なので意味がさっぱり分からない。

 

「ともかく、私は守矢の信仰を集める義務があるのです。この『幻想郷』に古来からあるあの博麗神社よりも! 頼れる、御利益がある、信仰するに値する! そんな活動を日夜、寝る間を惜しまずしているんです」

 

 どうやら夜は普通に寝るらしい。

 彼女は布教活動をしているらしい。博麗の巫女もこれだけ精力的に活動をすれば良いのだろうけど、どこかものぐさなあの赤い巫女は面倒がってやらない。

 

「それに、お賽銭を貰わないとそろそろ生活も苦しいので」

 

 切実な問題もあるようだ。

 

「アナタの能力をちょっとでも利用すれば良いじゃない」

 

 早苗は『奇跡を起こす』能力を宿している。その能力を使えば「奇跡的に」守矢の信者が増えるかもしれない。そう言う意味で言ったのだが、早苗はぷんすこ怒りながら言った。

 

「そんなインチキで信者を増やすなんて、守矢に泥を塗るだけです。心から信じる者が救われる。それが『宗教』です。どっかのズボラ巫女やエア巻物で見世物をしている仏門とは違って、私たちは真剣なんです」

 

 妖怪である幽香にとってはどれも大して差が無いように思える。

 人里近くにある『命蓮寺』なる仏門は人間も妖怪も区別しないようだが、そう言った点で見れば博麗の巫女は人間も妖怪も大して興味が無さそうだし、守矢に至っては二柱の神が居るのだ。ご利益があるんだかないんだか分からない。

 

「それはそうと、アナタは一体何をしてるんです? 人間の女の子なんて連れて」

「アンタには関係無いでしょう?」

 

 すげなく言うと、早苗は食い下がってきた。

 

「別にいいじゃないですか、教えてくれても」

「別に教えてあげても良いけど、その代わりに潰れた饅頭みたいな顔面になるかつ、記憶が無くなるほど全力で殴るわよ?」

「私には関係のないことですよね」

 

 早苗はすぐに引いてくれた。

 

「しょうがないです。私はこのまま人里に向かって布教活動をしてきます」

 

 じゃあね、お嬢さん。早苗はそう言って人里の方へと向かった。少女は「ばいばーい」と手を振りながら早苗を見送っていた。

 

「あの緑のおねいちゃん、おもしろいね」

「今度会ったら『だから赤には勝てないのよ』って言ってあげなさい。きっと泣いて悦ぶわよ」

 

 わかった、と少女は元気良く頷いた。

 

「道草を食った……というより、バカに遭ったけど先を急ぐわよ」

「あい」

 

 幽香は少女の手を引いて歩いた。

 

 

 

 その姿はまるで親子のようだった。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の畑。ここはそう呼ばれている。身の丈を優に超えるひまわりの大群が出迎えてくれた。少女は「わぁーっ」と少し興奮気味だった。

 

「ひまわりがたくさんっ」

「あら、知っていたの」

「うんっ。花言葉は『すーはい』とか『こーき』だよね? けーねせんせーが作ってくれたお花の本に書いてあった」

 

 驚いたことにこの少女はひまわりの花言葉を知っていた。確かにひまわりには『崇拝』や『光輝』といった意味がある。もしかしたらこの少女、他の花の花言葉を知っているかもしれない。

 

(そう言えばあの老いぼれ、花が好きだとか言ってたわね……)

 

 ぼんやりと幽香はそんな事を思い出した。

 

「こんなにたくさんのひまわり、初めて見たっ」

 

 少女は駆け出し、クルクル回りながらひまわりを見上げていた。四尺くらいの身長しかないのだから、それの三倍はあろうかという巨大なひまわりを見て感動していた。

 

「あまりはしゃぐんじゃないわよ」

 

 うーんっ、と生返事の少女に、幽香はため息をつく。彼女が花に夢中になっている間に、やることはやってしまおう。

 

「私は少し席を外すけど、ここから絶対に動くんじゃないわよ?」

「わかった」

「少しでも動いたらその足、圧し折るからね」

 

 凄味を利かせて言うと、少女は「あ、あい……」とビビりながら頷いた。

 幽香は花畑の中に入り、目的のモノを探した。それはものの数分で見つかったので、そう時間をかけずに済んだ。

 待ち合わせ(?)場所に向かうと、少女は身体を左右に揺らしながら、今にも動きたそうにしながら待っていた。

 

「随分と聞きわけが出来てるのね」

 

 幽香がそう言うと、少女は華やいだ笑みを浮かべた。

 

「ばあばに『大人の言うことはちゃんと聞きなさい』って言われたから」

「人間にしてはちゃんと調教をしてるのね。はい、これ」

 

 そう言って幽香が少女に渡したのは数種類の花の種だった。

 

「適当に持って来ただけだから、育てたいヤツがあったら持って来なさい」

「……いいの?」

 

 少女は小首を傾げながら問うてくる。

 

「昨日、あの医者に言われたからね」

 

 幽香はそう言って肩をすくませる。

 

「鉢に植えて、水をあげたらしばらく放置してなさい。芽が出てきたら詳しい事を教えてあげる」

「私のしくだい、手伝ってくれるの?」

「乗りにかかった船よ」

 

 本当は面倒だが仕方あるまい。

 幽香はふと、あの老婆のセリフを思い出す。この夏休みが最後。この少女は五日もしないうちに命を落とすかもしれない。あの老婆だって老い先が短いだろうから、孫との時間を過ごしたいかもしれない。

 そんな考えが、幽香の脳裏をよぎった。

 

「さて、帰りましょうか」

 

 目的は果たした。帰ろうとしたが、少女は動かず、ひまわりの花をじぃーっと見つめている。

 

「なにしてるの、行くわよ」

「……」

 

 それでも少女は動かない。ひたすらに眺めている。

 

「……しょうがないわね」

 

 幽香は手ごろな大きさのひまわりを引っこ抜き、花の部分と茎の部分とに分けた。そして、花の部分に特殊な力を働かせる。

 幽香の身に宿るのは『花を操る』能力。少し応用を利かせれば、いつまでも腐らないドライフラワーのような物を作ることが出来る。

 

(せっかく育てたのに……)

 

 名残惜しいが、間引きだと思って幽香はグッと堪えた。

 

「ちょっと帽子貸しなさい」

「あっ」

 

 幽香は少女の了承を得ず帽子をはぎ取った。帽子の裏側に、少女の名前らしきものが刺繍されていたが、幽香は特に気にしなかった。そして幽香は麦わら帽子に加工したひまわりを付けた。

 

「はい」

 

 ぽすっ、と少女の手に麦わら帽子を落とす。

 

「おねいちゃん、これ……」

「どうせ欲しかったんでしょう? これだけひまわりがあるんだし、一つくらい恵んであげるわよ」

 

 あくまで上から目線でそう言う。

 

「……ありがとぅ、おねいちゃんっ」

 

 少女のその笑みは、太陽よりも眩しく輝いていた。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は安らかな寝息を立てていた。老婆はそれを愛おしそうに、幽香は感情の読めない表情でそれを見下ろした。

 

「ほっほっほ。さぞ嬉しかったんでしょう……。その証拠に、帽子を抱いて寝て居る」

 

 少女は宝物のように帽子を抱きしめていた。

 

「そなたもこの子に振り回されて大変だったでしょう?」

「そうでもないわ。随分とちゃんと躾てあるじゃない」

 

 人間の子どもは腕白でじっとしているのが苦手だと思っていたが、この少女は幽香の言うことをちゃんと守っていた。

 

「どんな飴と鞭を使ったのやら」

「そんなモノは必要ありませんよ。叱る時は叱る。褒める時は褒める。それだけですぞ」

 

 たったそれだけでこうも従順になるのだろうか。人間とは不思議なものだ。

 

「それ以外に考えられるとしたら……貴女が、この子の母親に似ているからでしょう」

「……」

 

 人間と似ている。昔ならそれだけでこの老婆を殺すには十分な理由だったが、不思議なことに今はそんな気持ちが全く起こらなかった。

 

「この子の父……儂の倅は、この子が二つの時に死んでしまいました。嫁は儂と娘……三人の食い扶ちを稼がなければならなかった。嫁は、とても厳しい女でしたな。しかし、ちゃんと娘を愛していた。母の幻影を貴女に重ねているのでしょう。だから、この子は貴女に懐いている」

 

 女一つ手で養ってきた。そう考えるとすごいと言えるだろう。

 

「孫としては甘えたい盛り……しかし、母は構ってくれず、仕事。儂も昔は身体が動いたからちょくちょく仕事をしていて、家にはこの子一人っきり。……随分と寂しい思いをさせてしまいましたな……」

 

 しわくちゃの手で少女の頭を撫でる。

 

「そんな矢先に、嫁も死んでしまった」

「病気か何かだったの?」

 

 老婆は視線を逸らし、それでも忌々しげにハッキリといった。

 

 

 

 

 

「……妖怪に、喰い殺されました」

 

 

 

 

 

 ドクンッ、と幽香の心臓が強く脈打った。

 

「無差別に里の人間を襲い、多くの死傷者が出ました……。今こそは近くに聖さまが居られるから大丈夫になりましたが……。それが恒久的なものかどうかは、わかりません」

 

 老婆は悲しそうな表情を浮かべ、少女を撫でる。

 

「可哀相に……。父も母も失い、残ったのは老い先の短い婆……。儂が死んでしまったら、この子は一人になってしまう」

「……」

 

 幽香は視線を逸らす。その視線の先には、少女の寝顔があった。

 

「どうか、死なないで下され」

 

 ビクッと肩をすくませる幽香は、本当に珍しい。恐る恐る顔を上げると、目尻に涙を浮かべた老婆の顔があった。

 

「そなたは嫁に似すぎている……。胸騒ぎがしてやまないのです……。あの子が旅立つまで残り五日……せめて、せめて、この子に……ひと夏の思い出を。その短い人生を精一杯楽しむことができた思い出を」

 

 どうか、お願いします。老婆は縋るように、希ってきた。

 

「……少し、風に当たってきていいかしら?」

 

 幽香は答えず、そう質問した。老婆は涙を拭い「ええ、構いませぬ」と言った。幽香は静かに立ち上がり、家から出た。

 見上げるとそこには満天の星空があった。キラキラと輝く星々の距離は、近いようで実は遠い。

 それはまるで、人間と妖怪との距離に思えた。

 

「……なにを絆されそうになってるの、私は」

 

 そんなの自分ではない。『風見幽香』ではない。

 

「……だとしたら、今の私は誰?」

 

 自分は紛れもない『風見幽香』のハズ。しかし、『風見幽香』は人間などに情を移さない。

 頭では分かっているはずだが、幽香は「ソレ」を認めることが出来なかった。

 

「私は何がしたいの?」

 

 星々に問いかけるも、答えてくれない。

 その答えは自分で見つけなければならない。

 

 

 

 

 

 それが、風見幽香に課せられた『しくだい』だった。

 

 

 

 

 

 




 次回で……。

 ではまた。

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