追想 ‐少女と花畑の妖怪‐【完結】   作:鷹崎亜魅夜

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 夏になりました。向日葵の季節です。ということはつまり……。
 三人称視点を貫きます。それと伴い、この作品の執筆を変えております。
 ではどうぞ。


第一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の花がこんなにも美しいものなんだと、初めて知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茹だるような暑さの中、風見幽香は日傘をさして歩いていた。空を見上げようにも太陽は熱波と共に強烈な光を浴びせて来るので、手で目元を隠しながら空を見上げる。

 空を見上げるのをやめて、歩を進める。

 ふと、騒がしい二人がやってきていた。

 

「待てこの野郎!」

 

 このクソ暑い中、汗をだらだら流しながら箒に乗ってとある妖精を追いかけている白黒の魔法使い――霧雨魔理沙。そして

 

「待つかバーカ!」

 

 空中で反転し、口に両手の人差し指を入れて歯ぐきを見せながら「いーっ」と幼子の様な仕草をするおバカな氷精――チルノ。その二人だった。

 何があって魔理沙が氷精を追いかけているか分からないが、なにやら面白そうだったので幽香は少し見物することにした。

 

「……じゃあ、しょうがねぇか。お前に頼まなくてもどうにかなりそうだしな」

 

 追いかけていた魔理沙は急に箒から降りると、これ見よがしに「はぁ~~~~」と盛大なため息をついていた。どうでもいいが、汗を拭いた方がいいと思う。

 

「……」

 

 氷精は突然、魔理沙が追いかけるのをやめたのを見て怪訝な表情を浮かべていた。逃げていたのならそのまま逃げれば良いのに、と思ったけど口にしない。だって、その方が面白そうだったから。

 

「あーあ、どこかに頼りになる、すっげぇ妖精いねぇかなー(棒読み)」

 

 あんなあからさまな誘導に引っかかる愚か者が居るのだろうか。いたとしたら、相当おバカだと言わざるを得ない。

 

「しょうがないわねーっ」

 

 そこに居た。忘れていた。

 

 あの氷精は短絡思考の生き物だということを忘れていた。元より『妖精』は『人間』よりも格下の存在だ。あの氷精は『妖精』の中でも特別力が強いせいか己を驕り、口を開くと「あたいってば最強ねっ」と囀るのだ。

 

「そ――んなにあたいが必要なのー?」

「うん、マジで必要」

「しょうがないなー、特別、力を貸してあげるよっ」

 

 本当にバカね、あの氷精。

 本人は得意げな顔をしてデレデレしているので、魔理沙のあのあくどい顔を見ていない。

 バカだと思う一方、とても純粋な氷精なのだと思ってしまった。

 

「……今日はやけに感傷的な日ね」

 

 やれやれ、と首を横に振る。

 

「どうしてかしらね。でも、考えらえるとしたら……」

 

 幽香はここ数日のことを思い出そうとした。

     

 

 

 

 

 

 

 

 蝉が五月蠅い。

 遠くでアブラゼミとミンミンゼミが競うように大合唱をしていた。誰が勝者を決めるワケでもないのに、よくもまあ、そんなに無駄に騒ぐモノだと感心してしまう。

 若葉のような黄緑色の髪が熱を孕んだ風に靡く。赤く鋭い双眸の片目を閉じ、眉根にシワが寄る。端正な顔立ちをしているが、そこには可愛らしさはなく、どちらかと言えば美しさすら感じさせる。

 

「……あの山を消し飛ばせば、この五月蠅さから解放されるかしら?」

 

 もちろん、そんな事をすれば博麗の巫女に退治(という名の粛清)されるのは目に見えている。仕方ないので耐えるしかない。それに、あの山にはもう一つの神社があるのだ。

 守矢神社。

 外の世界からこの『幻想郷』にやってきた、特異な経歴を持つ神社だ。しかも、その神社には二柱の神が祀られている。一柱が本来の有るべき姿だが、どうやら本当ならそこで祀られているはずの神が、別の神との対戦に敗北しその社を奪われてしまったらしい。

 

「よくそんなことで神をやっていられるわね」

 

 まあ、神と言っても所詮は偶像崇拝に過ぎない。憑喪神を神格化したり、悪魔を崇拝するような所もあるのだ。極論、何でも神様になってしまう。

 

「どうでもいいか、私には関係ないし」

 

 ふい、と顔を背けて歩を進める。

 先ほどの守矢に留まらず、様々な勢力がこの幻想郷に集まっている。賑わっていると言えば聞こえがいいが、それだけ『幻想郷』は多勢の侵略を許しているということだ。由々しき事態だと思う反面、それは幽香が戦う機会が増えるとイコールだ。

 歩を進めると、竹やぶに行きあたった。

 

「そういえば、あの月の医者たちとはあまり話したことが無かったわね」

 

 迷いの竹林の奥に居を構えている『永遠亭』という診療所。そこに住まうのはどんな薬を持つくれる天才と言われている八意永琳なる女性。

 

「……妖怪って病気に罹るのかしら?」

 

 病に罹った事が無いのでその辺の按排は分からない。ともあれ、彼女は人里の健康を診たりするらしい。

 興味が湧いたので聞きに行ってみることにした。

 天高く生い茂る竹林が日光を遮断してくれるのでそれほど暑くは無い。それでも、日傘をさして歩き進む。

 

「ん? 珍しいね、花畑の妖怪がこんな所にいるなんて」

 

 舌ったらずの甲高い声が耳朶を打つ。視線を下ろすと、そこにはウサミミを生やした少女が――因幡てゐがいた。

 

「私がどこで何をしようと勝手でしょ」

「そりゃそうだが、いいのかい? 大好きなお花を放っておいて」

「貴女如きに心配されるようなことはないわ」

 

 風見幽香は本体を花畑に残し、自由に移動できる。表現が正しいか分からないが、今の幽香は思念体――幽体離脱をしている様なものなのだ。幽体とはいえ、物理攻撃も可能な特異があるが。

 

「丁度良いわ、ウサギ。私を永遠亭まで案内してくれるかしら?」

「別に構わないけどさー……なんか釈然としないんだよねー」

「良いから早くなさい。消し飛ばすわよ」

 

 日傘の先をてゐに突き付ける。先に僅かに光が集まっていることから、ビームを出す準備を始めているらしい。てゐは「わかったわかった!」と諸手を上げた。

 

「連れて行くよ、全く……。おっかないったらありゃしない」

「ぶつくさ言っても消し飛ばすわよ」

「アンタの頭ん中どうなってるんだい!?」

 

 てゐは戦々恐々としながら道案内を始めた。

 歩いて数分経った頃だろうか、ドシャアアアアアッと何かが落ちる音が聞こえた。幽香は振り返りながら音のした方向を見る。

 

「何かあったのかしら」

「ああ、私が仕掛けた落とし穴に鈴仙が引っ掛かったんじゃないかな?」

 

 身内を罠に嵌めておいて、しれっとしているこのウサギの頭の中はどうなっているのだろうか。

 

「アンタ、あのウサギの身内でしょ? なにをしてるのよ」

「んー、最近だけど性質の悪い妖怪がこの辺を荒らしててね。そんなんだと人間も永遠亭に寄りづらいじゃん? 気休め程度にしかならないけど、何もやらないよりかはマシかなって思って」

「空を飛ぶ事のできる妖怪には全くの無意味ね。まあ、だとしても紅の自警隊がどうにかしてくれるんじゃないの?」

「あいつは今、寺子屋の教師とくんずほぐれつしてるよ。なんて言ったかな、寺子屋は今、夏休みって言うやつらしい。んで、寺子屋の教師もヒマを持て余してるから、二人でしっぽりしてるみたいだよ」

 

 呆れた、と幽香はため息をついた。己からその役を引き受けておいて放置とはやる気を感じられない。

 

「そんな顔をしなさんなって。別にアンタが割を食うワケじゃないんだ」

「それはそうだけれど……。紅の自警隊が居ない今、誰が道案内してるのよ」

「私」

 

 と、てゐは自分を指差した。幽香はそれを胡散臭そうに見下ろす。

 

「なんだい、その目は」

「アンタが? どう言う風の吹き回しよ」

「酷い言いようだな、お前さん」

 

 先のことから分かるように、このウサギは悪戯をしょっちゅうする。大概、その標的はもう一匹のウサギだが。そんなイタズラ大好きなウサギが率先して道案内をするとは考えられない。きっとこうやって道案内をしては変な所に連れて行って遁走し、人間の慌てるさまを遠くから見てけたけた笑っているに決まっている。

 

「私だって別に好き好んでやってるワケじゃないよ。ただ、永遠亭に入り浸ってるとヒマを持て余したお師匠さまの薬の実験体にされそうになるし、姫様の相手をしなくちゃいけないんだ。姫様はともかく、実験体にされたくはないからこうして道案内をして逃げ道を作ってるってワケさ。それに、私の『人間を幸運にする』能力で妖怪は寄って来ないよ。幸運にもね」

 

 随分と狡い手を使うモノだ、と思った。

 このウサギは健康に気を使っているうちに妖怪化したらしいし、彼女のそのやり方こそが、処世術であり長生きの秘訣なのかもしれない。

 

「おっと、そんな話をしているうちに到着だよ」

 歩を止めて屋敷を眺める。『永遠亭』と表札らしきものもあるので間違いはないようだ。

「ご苦労様。帰って良いわよ」

「アンタ、存外不遜だよね……いいけど。精々、実験体にならないように気を付け――」

 

 遠くから『待ちなさい、てぇぇぇえええええええゐぃぃぃぃいいいいいいッ!!』と絶叫が聞こえた。

 

「おや、あの落とし穴から抜け出してきたのか。うーん、もうちょっと深く掘った方が良いみたいだねぇ」

「ちなみに、どれくらいの深さだったの?」

「一反(約一一メートル)」

 

 バカじゃないだろうか。

 

「……よくそんなに掘ろうなんて思ったわね」

「ウサギってのは穴倉で暮らすんだよ?」

「だとしてもそんなに深く掘らないわよ」

「大きさが大きさだからね。人間的なサイズにすれば、まあ手ごろな深さだと思うけど」

 

 人間の大きさだとしても三メートルくらいが関の山だと思うのだが。

 

「ともあれ、アイツに捕まると面倒だからね。私はここで失礼するよ」

 

 そう言っててゐは脱兎のごとく竹林へと姿をくらませた。ウサギだけに。

 絡まれるのも面倒なので幽香はそのまま永遠亭へと踏み込んだ。

 純和風の作りとなっており、玄関は老舗の旅館などを彷彿とさせる。靴を脱ごうかどうか迷ったが、そのまま上がることにした。

 廊下を突き進んでいくと、話声が聞こえてきた。

 

『せんせー、治らないの?』

『そうねぇ……。こればっかりはどうしようもないわね』

『せんせーは何でも治せるって村の人たちが言ってたよ』

『何でもは治せないわ。私に治せるのは怪我や病気とかそう言った類のモノだけ』

 

 声からして『永遠亭』の主たる八意永琳のものと、人間と思しき声が聞こえた。人間の声はどこか舌ったらずで、甲高い。先ほどのウサギよりも幼そうな気配がする。

 話の腰を折ろうが折るまいが、幽香には関係無い。幽香はそのまま永琳が居ると思われる部屋に入った。

 

「邪魔するわよ」

「あらあら、今日は千客万来ね」

 

 髪を後ろでみつあみにし、赤と青の衣服を身に纏った女性――八意永琳が顔を上げてこちらを見てきた。

 

「急患じゃないならあとにしてくれる? お仕事中なの」

「別に病を患って来たわけじゃないわ。アンタとは面識がなかったから、ふらりと寄ったまでよ」

「ウチの輝夜みたいね」

 

 永琳は小さく笑っていた。

 

「ひっ」

 

 そこへ今まで眼中になかった少女がこちらを見上げるなり短い悲鳴を上げた。永琳は少女の頭を撫でながら言った。

 

「ああ、そのお姉さんは見た目は恐いけど、中身はもっと怖いからあまり近づかない方が良いわよ」

「良く言うわよ、出奔ついでに部下を殺しまくったヤツが」

「……」

 

 永琳の目に剣呑なモノが宿る。どうやらあまり口外されたくない話だったみたいだが、言ってしまったものは仕方ない。

 

「さて、それを知っている私やそこの子どもに、アンタ自慢の頭で作ったお薬でも飲ませて記憶でも消してみる?」

「貴女は大人しくそれを飲むタマじゃないでしょう? とは言え、この娘には覚えていてもらわれても困るからしょうがないわね」

 

 と、永琳が少女を見下ろすと、少女はガタガタ震えながら耳を塞いでいた。

 

「ふふ、どうやら九死に一生を得たみたいね」

「……そうみたいね」

 

 永琳は苦笑しながら少女の頭を撫でていた。

 

「大丈夫よ」

 

 永琳がそう言うと少女はそろりと顔を上げて辺りを確認している。そして幽香を見ると肩をすくませていた。

 

「……アンタの所為で私が恐がられてるじゃない」

「言ってしまったモノは仕方ないわよね?」

 

 意趣返しのつもりだろうか、永琳は少し笑っていた。その笑みに腹が立ったので、顔面に弾幕をお見舞いしてやろうと思ったがやめた。この女にはどうやっても勝てる気がしないのだ。

 

「まあ、顔を見せるだけだったからすぐに帰らせてもらうわ。そろそろお水をやらないといけないから」

「お花畑の世話は楽しい?」

「人間の面倒を見るよりは遥かに有意義よ」

 

 じゃあ、と言って去ろうとしたが、服の裾を掴まれた。

 

「……なによ」

 

 振り返るとそこには涙目の少女が居た。永琳かと思ったので思わず面を喰らってしまった。

 黒い髪を肩口で揺らし、とても可愛らしい顔立ちをした少女だ。

 

「なによ」

 

 幽香は努めて低い声でもう一度問いかけ見下ろした。ただでさえ凄味のある視線なのだから、すぐに引くものだと思った。しかし、少女は涙目のまま幽香を見上げている。その少女は片手に花を植える鉢のようなものを抱えていた。

 

(恐いならすぐに引けばいいものを……)

 

 人間の相手をするのが面倒だったが、その為には服を放してもらわければならない。幽香はもう一度「なによ」と言った。

 

「用が無いなら放してくれるかしら?」

「……なを、……さい」

 

 もごもごと口の中で何かをしゃべっている少女に苛立ちが募る。ただでさえ人間を見下しているところのある幽香にとって、ハッキリと物を言わない人間はストレスの要因でもある。

 

「ハッキリ言いなさい」

 

 幽香がそう言うと、少女は今にも泣きそうな顔をして言った。

 

 

 

 

 

「お花を、治してください……っ」

 

 

 

 

 

 普段はすまし顔の幽香だが、こればっかりは気が抜けた顔になった。

 

「……花を、治す?」

 

 言っている意味が分からず幽香は聞き返していた。

 

「どうやらその人間の女の子、その抱えている鉢をどうにかしたいみたいなのよ」

 

 永琳は肩をすくませながらそう言った。

 

「今は寺子屋が夏休みってやつでしょ? 自由研究の課題として、花を育てるらしいんだけど……花の芽が中々出てこないみたいで、心配になって私に診せに来たみたいなんだけど……ねえ」

 

 永琳は苦笑を浮かべていた。察してくれと言わんばかりの空気を出している。

 

「……」

 

 幽香は鉢を抱えながら、涙目の少女を見下ろす。

 

「貴女、バカなの?」

 

 そしてそう言った。

 

「医者に花を診せてもどうすることもできるワケ無いに決まってるじゃない」

「でも、皆は『えーりんせんせーはなんでもなおせる』って……」

「壊すの間違いじゃなくて?」

 

 ぞわり、と殺気を感じたのでこれ以上変なことを言うのはやめておくことにしよう。命あっての戦闘なのだから、こんな下らない理由で散らしたくない。

 

「あの医者が治せるのは人間だけよ。それ以外は治せないわ」

「……私の花、治らないの?」

 

 ついにはぐずり始め、幽香は面を喰らった。幽香は嗜虐趣味の気があることを自覚しており、泣かすことは好きなのだが、泣かれるのは困ってしまう。

 

「……ったく、しょうがないわね……」

 

 ぽろぽろと涙をこぼす姿が居た堪れなくなり、幽香は少女の抱えている鉢を奪い取った。

 

「あっ」

「待ってなさい」

 

 幽香はそう言って土に指を突っ込んで花の種らしきものを抜き取った。

 

「……」

 

 幽香はその種を見て、なぜ花の芽が出ないのかが分かった。

 

「この種、死んでるじゃない」

 

 正確に言えば中身が無い。あるのは種皮を呼ばれる外殻の部分だけ。

 幽香はその身に『花を操る』能力を宿している。故に、花に関することであれば何でも分かるのだ。伊達にフラワーマスターなんて呼ばれていない。幽香に花に関することで分からないことなどない。

 

「大方、鳥か何かに啄ばまれたのね。そりゃ芽が出るはず無いわね」

 

 幽香は鉢を少女に戻すとそのまま背を向けた。が、すぐに歩を止めた。理由は至極簡単。

 

「……人間のクセに、私をイラつかせるのが上手ね」

 

 少女が幽香の服の裾を引っ張っていたのだ。

 

「……私のお花、出てこないの?」

「言ったでしょ? その種は死んでるの。死んだ種からは芽は出ないわ」

 

 死んだ人間は生き返らないくらい自明の理だ。幼いとは言え、それが分からないはずはないと思う。

 永琳は何か思いついた様に手を「ぽんっ」と叩いた。

 

「丁度良いわ。アナタ、今もお花の世話をしているんでしょう?」

「何が丁度良いのか分からないけど……。してるけど、それがどうかしたの?」

 

 怪訝な表情で問いかけるも、永琳は少女のことを見ていた。

 

「お嬢ちゃん、そのお姉さんはお花には詳しい人なの。だから、お姉さんに宿題を手伝ってもらいなさいな」

「なっ」

「えっ」

 

 幽香と少女の声がユニゾンする。

 

「別にいいじゃない、どうせ花の世話以外はヒマしてるんでしょう?」

「……花の世話舐めんじゃないわよ」

 

 簡単に見られがちな花の世話だが、案外大変なのだ。土を入れ替えたり、害虫がつかないように程々の量の殺虫剤を使ったり、交配をして新しい種を作ったり、等など。他にも腐葉土を作ったり間引きをしたりなど、体力を多く使ったりするのだ。幾つも思念体を動かさないとやっていられない。

 

「それに、アナタもいい加減に人に慣れなさい」

「理由が無いわね」

「人と関わると色んな事が知れるわよ。……特にアナタのような妖怪は、ね」

 

 意味が分からない、と言わんばかりのため息をついた。

 

「私も以前までは人間なんて手足にしか考えていなかったけど……。医者をやるようになってからは色々なものを学んだわ。それこそ、長い時間をかけても得られなかった充実感が一瞬で手に入ったわ」

「アンタ歳は幾つなのよ」

「レディに歳を聞くのは無作法よ?」

 

 顔は笑っているが雰囲気が笑っていない。でも確かに、幽香も「アンタ幾つ?」なんて聞かれたら消しズミにしている可能性がある。

 

「ウチの姫様も色々と模索してるみたいだけど……。それはさておき、その娘の手伝いをしてくれる?」

「冗談言わないで。なんでこの私が……」

 

 ちらり、と少女を見下ろす。少女はポカンとしながらこちらを見上げていた。幽香は僅かに眉根にシワを寄せる。

 

「アナタのお陰で芽が出ない原因が分かったけど、新しい花の種はどうするの? このままじゃこの娘、一人だけ宿題が出来なかった、てなるわよ?」

「……」

「鳥に啄ばまれたって言ってたけど、それの対応も教えないといけないでしょう?」

「…………」

「アナタ、曲がりなりにもフラワーマスターて呼ばれてるなら少しくらいその力を役立てなさいな」

「ああもうっ、うるさいわね! 分かったわよ、やればいいんでしょう、やれば!」

 

 ごちゃごちゃ言われて面倒になったので、幽香はしょうがなくその役を引き受けることにした。ただ顔を見せに来ただけだったのに、とんだ貧乏くじだ。

 永琳は「よろしい」と言って笑っていた。

 

「お嬢ちゃん、このお姉さんについて行けば新しいお花の種がもらえるわよ」

「……本当?」

 

 ええ、と永琳は頷いた。

 

「なに、取って食いはしないから大丈夫よ」

 

 言外に「人間に手を出すな」と釘を刺しているのだろう。そんな事を言われずとも、人間なんて相手になどしない。

 

「……おねいさんは、お花に詳しいの?」

 

 少女は首を傾げながら問いかけて来る。よもや、幽香が妖怪だと思っていないのだろう。それはそれで好都合なので、幽香は適当に言った。

 

「ええそうよ」

「私のしくだい、手伝ってくれるの?」

「図らずもね」

「少しは素直になりなさいな」

「嵌められたようなものなのに、それでいて素直になれと言うの?」

 

 ジト目を向けるも、永琳はどこか楽しそうだった。

 幽香はため息をついて少女を見下ろす。

 

「行くわよ、人間」

「せっかくなんだから名前でも教えてあげたらいいのに」

 

 本当にイラつかせるのが上手な医者だ。何を言おうと屁理屈をこねて幽香に名前を言わせるつもりらしい。だとしたら、さっさとしてしまおうと思った。

 

「風見幽香」

「わ、私は……」

「別に言わなくて良いわ。興味ないし」

 

 幽香はそのまま歩きだす。少女はさっさと行ってしまった幽香の後を、とてとてと追いかける。

 

「……アナタは、人間と触れ合って何を知るのかしらね」

 

 永琳の呟きは虚しく部屋に響いた。

 

 

 

 

 




 幽香姐さん、子ども相手にもその態度を貫くんですね。ある意味尊敬します。

 ではまた。

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