慌ただしかった4月がもう終ろうとしている。
相も変わらず、カナコは授業には出ていない。
日がな一日、出撃が無ければ校舎の屋上で黄昏(たそがれ)ている。
そんなある日の昼休み。
カナコの元には、当たり前のようにミズキが来て、昼食を一緒に食べていた。
「もうすぐゴールデンウィークだね」
ミズキは楽しそうにとりとめのない話題を振ってくる。
カナコは基本的に、「ええ」とか「そうね」と相槌をうつばかりだ。
だが、そんな会話がカナコは嫌いではない――嫌いではなくなっていた。
ミズキとの会話は楽しい。
気持ちが落ち着く。
心地良いと感じる。
優しい声をもっと聴いていたいと思わせる。
まるで麻薬のように中毒性がある。
(きっと私は、もうミズキの毒にやられているのね)
内心で呟き、嘆息する。
「――それでね、カナコ?」
「ええ、何?」
少しだけミズキの声のトーンが変わる。
「連休になる前に、少しだけでいいの……教室に来てみない?」
「…………」
予想はしていた。いつか、ミズキがこんな事を言い出すのではないかと。
「どうして?」
「せっかく学校に来てるのに、ずっと屋上に居て退屈じゃない?」
「図書室にも居るわ」
「う~ん……そうかもしれないけど」
事実だ。暇になると図書室で本を探して、そこで読む事もある。
「教室、楽しいよ?」
「私は教室に居て楽しかった経験が無いわ」
これも事実だ。むしろ、自分の居場所が無くて落ち付かなくなる。
まるで自分の周りだけ空気が無くなったようで、窒息しそうになる。
学校というのは特異な空間だ。居場所が無い者には、あまりに過酷にすぎる。
「――あたしが居ても駄目?」
いつの間に距離を詰めたのか、ミズキの顔が至近距離にあった。あまりに近いため、さすがのカナコも動揺する。
「……嫌よ――」
だから、駄々をこねる子供のような口調になってしまった。
だが、ミズキは食い下がる。
「お願い!」
「……誰かに連れてこいとでも言われたの?」
「ううん。そうじゃないよ」
意外な事を言われたようにミズキは一瞬、きょとんとした。
「なら、どうして?」
「カナコが来てくれたら嬉しいなって、あたしが思ったから」
あっけらかんと口にするミズキ。その表情にも感情にも邪気がまるで無い。
そんな彼女に当てられてしまったのかもしれない。
「……考えておくわ」
思わず、そう口にしてしまっていた。
カナコの言葉を聞いたミズキの表情は――まさに喜色満面そのものだった。
「うん! 絶対だよ!」
「何が絶対よ……考えておくだけよ」
そんなやり取りを繰り返していると、やがて昼休みの終了を知らせる鐘が鳴った。
「あ、もう行かないと。また放課後にね」
「ええ」
腰を浮かせ、ミズキが校舎内に続く扉に向かおうとして、立ち止まる。
「どうしたの?」
「あのね、カナコ。あたし――あなたのこと好きだよ」
「……何よ、急に。馬鹿じゃないの?」
「えへへ。急に言いたくなったから」
それじゃあね、と今度こそミズキが立ち去ろうとする。
「――待って!」
その背中をカナコを呼び止めた。
振り返るミズキ。
「ありがとう、ミズキ。あなたが来てくれたから、私は帰ってこられた」
「どういたしまして――でいいのかな?」
らしくない事を言っていると自覚していた。だが、このタイミングを逃せば、ずっと言えない気がしたから。
「ミズキが来いっていうなら、教室にも行く。だから明日は校門前で待ち合わせ……いい?」
「――! うん……うん!」
ミズキが力強く、何度も頷く。
気恥かしい気持ちでいっぱいだった。
けど、言えた。
きっと、これから色々な事が変わっていく。
けど、ミズキと一緒になら、変わっていけると思えた。
立ち向かっていける気がした。
そう――あなたといるから。
〈了〉
どうも、流遠亜沙です。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
おつかれさまです。
恐らく、読むのがしんどくなって途中でやめた方も多いと思います。
話は重いし、主人公は面倒くさいので、こういうのが好きな方しか受け付けないかもしれません。
今思えば、これでラノベの新人賞を狙うのは間違っていた気がします。
ともあれ、僕自身は気に入っています。
ホームページには加筆修正版もありますので、「読んでやるよ畜生!?」という猛者の方は是非。
それでは、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。